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2019年1月26日 (土)

「私の折々のことばコンテスト2018」受賞作品

今朝(2019/01/26)の「朝日新聞」「天声人語」の記事である。

「(天声人語)言葉の宝石
 つらい時、壁にぶつかった時だからこそ、胸の奥深くにしみいる言葉がある。今年で4回目となる「私の折々のことばコンテスト」に、全国の中高生から2万7千件もの作品が寄せられた▼「頑張った匂いがする」。中1の佐藤彩羽(いろは)さん。つらかった小学校のころ、お母さんから何度もかけられた言葉だ。涙の跡を残して帰宅すると、何も尋ねずギュッと抱きしめてくれた▼聴覚に障害のある高2沢田絢香さんは、お母さんの言葉に涙がこぼれた。「障害のことで親を責めたことがないね」。困難な発音訓練も幼いころから親子でやり通した。耳の手術の前日、「あなたは耳のせいにして諦めたこともないね」とも▼お父さんの口癖も、聴く人を得れば名言になる。「まずは根拠の無い自信から」。中1阿部りつ禾(か)さんのお父さんは、何か初めてのことに挑むとき、家族の前で自分をそう鼓舞する。サケをさばく。エプロンを縫う。失敗してもいい、まずは自信をもって。その気にさせられるひと言である▼高2の将積(まさづみ)沙矢香さんが挙げた言葉もお父さんから。「『どうせ』ってもったいないで」。大嫌いな数学の難問を「どうせ私なんか解けへんもん」と投げ出した日のこと。「どうせ」という言い訳の沼にはまると、前に進めなくなる。そう教えてくれた▼友だちのこと、勉強のこと、部活のこと、家族のこと、夢のこと――。受賞作の一つひとつに10代の感性がきらめく。これら珠玉の言葉は、世代を超えて私たちを支えてくれる。」(
2019/01/26付「朝日新聞」「天声人語」より)

「私の折々のことばコンテスト」というのは知らなかったが、Netでググると、朝日新聞が主催だった(ここ)。その趣旨について、HPにはこうある。
「「私の折々のことばコンテスト」とは
友だちや先輩、親や先生など、身近なだれかのひと言。
メールやLINE、手紙で、ふと心にとまったメッセージ。
本やテレビ、マンガにも、大切なことばとの出会いはあるはずです。
朝日新聞の朝刊コラム『折々のことば』では、哲学者の鷲田清一さんが毎日一つのことばを取り上げ、やさしく深く読み解きます。
「私の折々のことばコンテスト」は、あなた自身の心に響いた「ことば」を探し、その思いを書くことで、自分にとって大切なものは何かに気付く、そんなきっかけを願うコンテストです。」(
朝日新聞のここより)

そのコンテストの入賞作品が決まったという。受賞作をHPで覗いてみる(ここ)。上位の3作品はこれ。

<最優秀賞>
   ラーサール高等学校(鹿児島県) 2年 塚原常暉

あんさんが思っとるほど足下には何もなか、やけん前でも見て歩きんさい
                         バス停のおばさん

19012601  受験が近づくとどうしても不安からか頭が下を向いてしまう。塾から自宅へ帰るとき先日受けたテストがふるわず僕の頭も下を向いていた。「元気無かね」僕が帰るときにいつも玄関前に水をまいているおばさんに声をかけられた。正直言ってイラッときた。受験前で焦っていたためか好意からの声すらも煩わしく感じていた。明らかに不機嫌な顔を見せたのにおばさんは話を続ける…「あんさんが思っとるほど足下には何もなか、やけん前でも見て歩きんさい」何も知らないはずなのに、何でも知っているように話す。軽くなった。
 今では無事高校に入ることができ、もう二年が経とうとしている。大学受験が見えてきた今、もう一度この言葉を思い出す。

●受賞にあたって
 中学2年の夏季講習の帰りでした。塾のクラス分け試験で降格してしまい、落ちこんで不安だった心に、「次がんばればいいだけの話だ」と気付かせてくれました。志望校に合格できたのは、おばさんのおかげです。すごく感謝しています。小さい子が好きで、細かい作業が得意だから将来は小児外科を目指しています。つらいときは、この言葉を思い出して進んでいきたいです。

<鷲田清一賞(中学部門)>
   広島女学院中学校 1年 宮武 和花

何にもないから新婚みたい
    おばあちゃん

19012602 今年の七月六日。大雨で学校が休み。ごろごろしていた時です。母の衝撃的な一言。「真備が沈んでる!」おばあちゃん家はあの真備町にありました。まさに七夕の悲劇でした。初めて片付けに行った日は本当に何もなくて驚きました。そんな絶望的な場面でおばあちゃんが発した言葉がこれです。「何にもないから新婚みたいね。」私には悲しいからわざとそう言ったのか、素直にそう思ったのかなんて分からないけれどなんだか忘れられませんでした。どちらにしてもこの場面でポジティブにこう言えたことはすごいと思います。
 暗くて怖かった廊下も閉めるのがうるさいと怒られたドアももうないけれど、たくさんの思い出とこの言葉を大切にしたいです。

●受賞にあたって
 西日本豪雨でおばあちゃんの家は二階でも体が水につかるくらい大変な被害を受けました。携帯電話の充電の残量を心配したおばあちゃんは、電話をかけてきた親族に「無事。大丈夫。もう連絡せんでよし」とだけ言っていました。一週間後に会えた時は笑顔で抱きしめられて、涙が溢れてしまいました。同時に、この言葉を聞いて、いつも明るいおばあちゃんらしいと思いました。懐かしい家を取り壊すのはさみしいけれど、大好きなおばあちゃんが無事で良かったでず。

<鷲田清一賞(高校部門)>
   シアトル日本語補習学校高等学部1年 グリスヴォルト 綾
はい、トイレ掃除―。
       母

19012603  私は天使でなく、人間である。そのため、幼い頃から数えきれない程の間違えや誤りを犯してきた。その度、母はいつも私を注意し、たまには私を叱った。小学生の私か「ごめんなさい。」と反省すると、母けよく、「ごめんなさいじゃどうにもならん。」と答えた。私は謝るだけでは足りないとは分かっていたが、代わりに何をすれば良いのかが分がらなかった。
 ある日、そんな私がまた誤りを犯すと、母は私を叱らず、注意もしなかった。その代わりに一言「はい、トイレ掃除―。」と語った。まだ割と幼かった私に母け後から、言葉でなく、行動で自分の心を整えるためだと教えてくれ、「トイレだけじゃなくて自分の心も磨きなさい。」と私に言った。

●受賞にあたって
 ピアノの先生をしている母は厳しい時もありますが、とても愛情深く、考えがはっきりしている人です。そんな母から幼い頃に「言葉じゃ足りない」、「行動の方が大切」という考え方を教えてもらったことで今、「自分のできること」を探せるようになったと思います。しかし、それを適切にやり遂げているのかはまだ分からないので、母から教わることはまだまだたくさんあると思います。」

以下の作品は・・・。(佳作は略)

19012604 19012605 19012606 19012607 19012608 19012610 19012611 19012609

どの作品も、心あたたまる一文である。
何もかもが混沌としている世界情勢。悪い方向に向かっているとしか思えない社会。そんな中で、久しぶりに明るい言葉を聞いた。

世の大家が、自分の人生を振り返って、子どものころに教師や親にさりげなく言われた褒め言葉がきっかけとなって、自分の進むべき道を決めたという話は幾らでもある。
純粋無垢な子どもの心に投げかける大人の言葉は重たい。
一方、親が子どもをいじめ殺すという事件が後を絶たない。
そんな話は言語道断として、これから人生を始める子どもたちに、自分の人世で得た教訓を、言葉としてあげたいものだ。

次世代を担うであろう孫たちの顔を思い浮かべながら、まだまだ子どもたちの将来には明るさもある。と、上の一文を読んで、自分の心も明るくなった。


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