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2018年11月 4日 (日)

「叱る」ということ

今朝の朝日新聞の記事。
「(with読者会議)厳しくも温かい、あの一喝
 ■Reライフ 人生充実
 ほろ苦かったり、不条理だったり、温かかったり。怒られるのは誰にとっても嫌なものですが、心に残る思い出の形は様々です。読者の皆さんから寄せられた体験談を紹介します。

 ■「就職させんぞ」気合入った
 今年の正月、兵庫県の高木勇さん(68)のもとに、工業高校時代の恩師から年賀状が届いた。「米寿を迎え、年賀の挨拶(あいさつ)は最後にしたい」。はがきの端には「継続は力なり」の文字。筆まめで、折に触れて届く手紙は、いつも指導や助言がいっぱいだった。「先生の人柄が表れていて感慨深かった」
 忘れられない思い出がある。
 3年生のある夜、先生が突然、自宅に来た。何事かとびっくりしていると、大声で怒られた。「高木君、真面目に勉強しないと、私が推薦する会社の就職試験は受けさせんぞ。もっと真剣に取り組め」。母親は真っ青になった。
181104sikarare  好条件の就職先への推薦が決まり、自覚はなかったが、授業態度が悪くなったことを心配しての行動だった。「てんぐになり、フワフワしていると見られたんでしょう。怒られて、気合が入りましたわ」。就職試験は無事、合格。この就職が、人生を大きく開いた。
 その会社には、給料をもらいながら短期大学で学べる社内制度があった。厳しい選考を通り、苦手だった物理や数学を教え込まれ、別の大学で学ぶ機会も得た。推薦してくれた会社で積んだそんな経験が、研究や企画など様々な部門を歩んだ47年の会社員生活を、豊かなものにしてくれた。
 高校3年間、ずっと担任だった。普段は温厚だが、怒ると顔を真っ赤にした。ついたあだ名は「赤だるま」。化学の実習中、横着をしたら「しょうもないことでも手をぬくな」と、いつもの真っ赤な顔で怒られた。後に、勤め先の研究で「高木君の出すデータは信頼できる」と言われた。「先生の教えの影響があったのかも」
 同窓会で、決まって盛り上がるのは、先生に怒られた時の話だ。「俺はあの時、こう怒られた」「怒られて目が覚めた」――。「うん、うん」とうなずきながら聞いている先生に、あのとき厳しく言われたからこそ、今の自分があるという旧友もいる。「先生は、みんなに本気で向かっていました」(中村靖三郎)

 ■練習に遅刻、無責任さ指摘
 小学校の水泳大会の練習に遅刻した時、「補欠が来ているのに、選抜のお前がなぜ遅刻するんだ!」と先生から思いっきりビンタされ、選考もやり直しに。大会には出られましたが、人生で一番怒られた思い出です。自分が補欠選手だったら嫌だったろうし、責任を持たなければいけない。元から信頼関係があって、怒られても納得できた。卒業後、先生がたたいたことを悩んでいたと知りました。もう一度会いたい先生です。<福岡県 女性(42)>

 ■自覚なくてもいじめだった
 小学3、4年のとき、同級生と一緒に一人の女の子の容姿をはやして、からかった。ある日、先生に突然呼ばれ、その子の家に行くようにとの指示。訪ねると、母親から「いじめられて悲しい思いをした」と涙ながらに叱られた。いじめていたつもりはなく、びっくりして衝撃を受けた。からかいのつもりでも、相手を深く傷つけることがある。当時は私自身もいじめられっ子だったが、全く認識できておらず、強く記憶に残った。<埼玉県 男性(55)>

 ■「誰かと成し遂げる」知った
 大学の団体競技で、監督から「どうしてもっとチームのために協調しないのか」と詰め寄られた。「人間はしょせん最後は一人ですから」と答えると、「それなら君は使えない」とレギュラーから外された。家庭環境に恵まれず「一人」という考え方に行き着いたが、きつい練習に耐えながら集団行動を指導する監督とぶつかって、「誰かと何かを成し遂げる充実感というのもあるんだな」と、半分は思うようになった。<栃木県 男性(50)>」(
2018/11/04付「朝日新聞」p25より)

半年ほど前に、孫たちとディズニーランドに行ったときのこと。4歳の孫娘を連れて売店に入ったカミさんが、ぐずる孫を引っ張りながら出て来た。「お店の人が触らないでね、というのに触っちゃうの」と言って、叱ったという。孫は店から引っ張り出されて不満。じゃあ今度はオレが・・・と。そして孫娘に言った。
「お店の物を触らないと約束したら、おじいちゃんが連れて行ってあげる」「うん、分かった。約束する」
店に入ると、なるほど工芸品が並んでいる。しかも子どもの手が届く高さ。初めのうちは、手を出さなかったが、そのうちに手を出して触る。商品は触っただけで壊れそうな物。
それで、「さっき触らないと約束したでしょ!」と商品に伸ばした孫の手をピシャリ。
驚いた孫は、脱兎のごとく店の外に。追いかける自分に言った。「近寄らないで!」「私に寄らないで!」・・・
そして通路に走り出す。追いかける自分。それからは手を付けられない荒れよう。
ママの所に行って、ひと泣きし、乳母車の中で一眠りしたら、機嫌は直っていた。
そのこと以来、「近寄らないで!」「私に寄らないで!」という言葉が、我が家の孫を表す“流行語”になってしまった!?

久しぶりの子どもへの叱り。カミさんもそうだが、必要のあるときは叱る。これが我が家のやり方。ジジババは孫に弱いと言われているが、我が家は孫にどんなに嫌われようが、叱らなければいけない時はきちっと叱る。それが教育。
自分の息子にも、たくさん叱った。多くは長男。もう忘れたが、中学3年の時の修学旅行だったか、行った先で悪いことをしてトラブルになったという。それを聞いて、その時は、本当に腹の底から叱った。ぶん殴った。長男は抵抗しなかった。どれだけ届いたか知らないが、その時のことは大人になっても長男は覚えているらしい。
それに引き換え、次男はあまり叱った記憶が無い。ぶん殴った記憶もない。

自分は、時代的に親に殴られて育った世代。それに引き換え、今の世の中は難しい。
しかし、幾ら可愛い孫でも、いけないことはキチンと叱る。幾ら嫌われようが、それだけは回避しないようにしよう、とカミさんと話している。
大人でも、ちょっと何かすると、直ぐにハラスメントだという今の世の中。甘やかされて育った子どもの将来が怖い。この記事のアンケートにもあるように、小学生時代の出来事が一番心の残るという。「鉄は熱いうちに打て」である。


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