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2018年11月 5日 (月)

日本と中国の国民性~品のある行動とは?

先日の朝日新聞の「声」の欄の記事。
「(声)柔軟さ欠ける大幅遅れの新幹線
 無職 男性(福岡県 68)
 10月19日夕刻、人身事故で、東海道・山陽新幹線は運休や終点駅の変更、大幅な遅れが出た。
 大阪にいた私は、午後7時25分に新大阪を出る博多行き「のぞみ」の指定席券を持っていたが、運行見通しが立たない。駅員の方がとにかく来た列車に乗ってほしいと言うので、鹿児島中央行きが博多止まりに変更された別の列車に午後10時ごろ乗った。
 大混雑で自由席はあきらめ、指定席車両に立つことにしたのだが……。デッキ付近には混み合った人々、通路にもそこそこの人、そして、座席にはまばらな人。この光景に日本人の生真面目さが表れていると思った。平常時は指定席券を持つ人以外は座れない。そのことが皆、頭にあるようで、律義に守っている。
 立っている人の中には、高齢者もいる。なぜJR西日本は「空いている席にはご自由にお座りください。指定席券をお持ちの方が来たら、席をお代わりください」と、一言アナウンスできなかったのだろうか。」
(2018/11/04付「朝日新聞」p8より)

JRも、黙認はしても、指定券を買って座っている人のことを考えると、「ご自由にお座りください」とは言えなかったのだろう。でも「他の指定券をお持ちの方は、空いている席にご自由にお座りください」とは言えたのではないか・・・

しかし「席が空いていても座らない」。これも、律儀な日本人の国民性の表れか・・・
さて、もし自分だったらどうだろう。やはり指定券を持っていないと、躊躇するかも。いや、座るな・・・。
サラリーマン現役時代、同僚に“こんなやり方もある”と教わって、新幹線でどうしても席が取れない場合は、堂々と指定席の空いている席に座ることにしたっけ・・・。もちろん指定券を持っている人が来たら、別の空いている席に移る。検札が来ると、その時に指定席料を払う。車掌さんも慣れていて、その際いつも言われるのが「指定券を持っている人が来たら、別の空いている席に移って下さい」「はい分かりました」。
上の投稿の例だと、どうだろう?自分が座っている横に、立っている人が座ったら、「指定料も払わないで、ケシカラン」と思うのか?
いや、自分が空いている奥の席に移って、「誰か来るまで座りませんか?」と声を掛ける??

一方、中国のこんな記事もあった。
中国バス転落、原因は「けんか」 乗客に殴られ、運転手応戦 13人死亡
181105tyuugokujiko  中国・重慶市で10月下旬、路線バスが長江にかかる橋から転落し、13人が死亡したのは、運転手と乗客の女性のけんかが原因だったことが2日明らかになった。警察がバスを水中から引き揚げ、車載カメラの映像を復元し、事故直前の車内の様子が分かった。
 事故は10月28日午前10時8分に発生。中国国営中央テレビなどによると、降車場所を乗り過ごした女性がバスを止めて路上で下車させるよう運転手に要求。バス停以外では下車できないとし、走行を続ける運転手と口論になった。
 復元された車載カメラの映像では、運転席の隣に立った女性が携帯電話で運転手の頭を殴り、運転手もハンドルから片手を離し女性をたたいて応戦。ハンドル制御ができなくなり、車内に悲鳴が上がる中、バスが対向車線を横切って橋の柵を破って落下する様子が映っていた。バスには15人が乗っており、転落して長江に沈んだ。これまでに13人の死亡が確認され、残る2人は行方不明になっている。 (上海=宮嶋加菜子)」(
2018/11/03付「朝日新聞」p11より)

結局15人全員が死んだが、このバスの中での殴り合いの映像は、バスの転落の様子と一緒にテレビで何度も放送され、その結果の重大さに驚いたもの(ここ)。まず日本では有り得ない事故。
これに似て、よく引き合いに出されるのが、電車の乗り降りの様子。日本では降りる人を待って乗るが、中国では、電車が着くや否や、お構いなしに乗ろうとするらしい。

いやいや、そんなキレイな話ばかりではない。こんな話はどう見る・・・・?
「(声)児相反対住民こそ価値下げる
 巫女 女性(山口県 18)
 東京・南青山に持ち上がった児童相談所の建設計画で、地元住民から「区の価値が下がる」という意見が出ていることに愕然(がくぜん)とした。その発言こそが、区の価値を下げていると思う。
 児相や保育園新設の反対は、時々ニュースになる。私も「家の隣に児相ができます」と言われたら戸惑うだろうし、「反対はしないけど自分の家の近くは嫌」という気持ちも分からなくはない。ただ、「未来を担う子どもたちを保護し、育てる素晴らしい施設ができる」と前向きに児相を捉え直すことはできないだろうか。
 今、日本全体がみんなで子どもを育てるという意識が薄れているような気がする。様々な理由で親と暮らせない子どもがいたら、手を差し伸べるべきだ。児相に相談に来たり、保護されたりするほど追い詰められた状況で、その子の親や家庭を責めてもしょうがないと思う。子育ては各家庭の問題だからと突き放してしまうと、いつまでも児相を必要とする子は減らない。
 困っている子どもや親がいたら協力する。偏見をなくし、「社会で子育てをする」という意識を、すべての人が持つべきだと私は考える。
」(2018/11/05付「朝日新聞」p10より)

火葬場とまでは言わないが、幼稚園や保育園が地元住人の「うるさくなる」という反対で建てられない、という話はよく聞く。
自分の周りでも、散歩の時に通る小学校では、いつも校庭がにぎやか(ウルサイ)。そのせいか、校庭の隣の家は、ずっと空き家のまま。
自分も、その当事者になったら、何を言い出すか分からない。まあこれらは、「総論賛成、各論反対」の典型例。

話は飛ぶが、ウチのカミさんは、還暦をとっくに過ぎているが、電車で絶対にシルバーシートに座らない。自分はさっさと座って、帽子を脱ぐ(=はげ頭を見せて「オレは年寄りなんだ!」とアピール!?)。いつも「偽善者!」とカミさんをののしるのだが、カミさんは「見栄が無くなったら人間オシマイ」という。

おっと話がどんどんずれてしまった。
まあいつも、歳を取った分だけ「品のある行動を」とは思うのだが・・・・


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