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2018年11月の18件の記事

2018年11月30日 (金)

マルちゃん「正麺」醤油味~“豚バラねぎ醤油ラーメン”の試食

今日は、たかだかインスタントラーメンでも、ちゃんと料理すると、立派な味のラーメンになる。という体験談!?正真正銘のPR!!?

カミさんが、先日、「三井アウトレットパーク多摩南大沢」の店にズボンを買いに行った。ところがサイズが無いというので、取り寄せて貰い、今日それを取りに行った。
天気も快晴なので、運転手として付き合ったのだが、ちょうど昼前、広場に行列。見るとキッチンカーが止まり、インスタントラーメンの試食会だという。
181130maruchan0 そもそも、こんな列に並ぶのは、自分は有り得ない。モールの年末のくじ引きも、券を並んでいる子どもにあげてしまう。決して自分で並んで抽選に参加することはない。
しかし、今日はカミさんが強引に並べという。カミさんは店にズボンを買いに行くので、ヒマなアナタは、並んで食べてみたら?ということ。
最近は、カミさんには逆らわないことにしているので、「ハイ!分かりました」と、何と並んでしまった。
黄色いジャケットの人が来て「20分ほどかかりますが」という。「アレルギーはありませんか?」と材料の絵のパネルを見せる。「今日のレシピです」とチラシをくれる。そして並んでいる大学生に「SNSで書いてくれると嬉しい」と声をかけている。

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ここはそもそも大学生が多い。ちょうど首都大学東京の玄関口なのだ。通路脇のスーパーは、昼になると、弁当を買ってチンして店内で食べる学生も多い。
列が少しずつ進んで、小さなラーメンをもらって、近くのベンチで食べ始めると、どこから現れたか、カミさん。それでカミさんも含めて“試食”。
まず、具の多さにビックリ。たくさんのネギや肉まで入っている。当然メーカーのプロが料理してPRしているので、おいしいはずだが、結局最後の汁まで飲み干してしまった。
すると黄色のジャケットの女の人が「感想をパネルに貼って下さい。正直に」とワッペンを渡された。圧倒的に「5すごく美味しかった」が多い。自分もつい「5点」に貼ってしまった。

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看板にあった「豚バラねぎ醤油ラーメン」をググってみると、ちゃんと(ここ)に動画で“公式”レシピが載っている。
181130recipes そして(ここ)にはラーメンの作り方が書いてある。麺を茹でるときに、1分間は、麺はほぐしてはいけないそうだ。そして1分経ったら、一度だけひっくり返し、ゆで汁でスープを溶かしておいて、最後に麺をどんぶりに入れるんだって・・・!知らなかった・・・。

考えてみると、今まで完全に自己流。最初から麺をかき回していたし、とぎ汁は使わないで、別のお湯で溶かしてスープを作っていた。茹で汁なんて残骸さ・・・と。
しかし考えてみると、そば湯という言葉もある。勝手に考えないで、メーカーの言うとおりが一番美味しいのだろう。
それにしても、このレシピは具だくさん。自分は1人でやるときは、ほとんど具無し。カミさんはあきれるが、まあそんなもの。
ひょんなことで、インスタントラーメンの“ホンモノ”を味わってしまった。
朝ドラでもやっているらしいが、インスタントラーメンが出来て60年。大学1年のときにはよく食べた。1966年だったから、発明されて8年後か・・・・。最初は、ドンブリに麺を入れてお皿で蓋をしたもの。当時を思い出すと、ドンブリやお皿に熱を奪われて、そう美味しくなかった。ふと、昔を思い出してしまった。インスタントラーメンも恐るべし!?

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2018年11月29日 (木)

山本周五郎著「艶書」の朗読~時代小説にはまっている話

先日、NHKラジオ第2の「朗読」という番組で、山本周五郎著「艶書」の朗読(2018/11/12~)があったが、聞いていてつい引き込まれてしまった。

<山本周五郎著「艶書」の朗読~その1(67分)>は(ここ

<山本周五郎著「艶書」の朗読~その2(53分)>は(ここ

言うまでも無く、「艶書」はラブレターのこと。江戸時代、次男以下の「部屋住み」は不遇だった。お家にとって、ただの食客で、存在意義が無かった。まして嫁を貰うなど・・・
非常に単純なストーリーだが、ハッピーエンドは良い。暗い話はテレビのニュースでたくさん。

前にも書いたが、この4月以降、時代小説にはまっている。しかも、単一の作家の作品を“全部読むぞ”である。藤沢周平の全作品を半年掛けて読んだあと(ここ)、佐伯泰英の「居眠り磐音」全51冊に現在チャレンジ中(ここ)。現在21冊目を読んでいる。2日に1冊のペースだ。
それにしても、本屋に山積みされている「月刊佐伯」の作品は、あまりに多い。しかし、「居眠り磐音」を読むにつれ、前の藤沢作品と同じく、「エエイ!佐伯泰英の作品も全部読んでしまえ!」とばかりに、全作品の約260冊のほとんどを中古本でそろえてしまった(平均単価を計算したら@57円)。つまり、あと240冊ある。2日に1冊ペースで480日分。1年4ヶ月先の2020年3月までの量だ。
ちとやり過ぎかな?とも思うが、「全作品読破」は、なかなかチャレンジングで気に入っている。佐伯作品を全部読んでいる人も、世の中には結構存在しているらしい。
前の藤沢作品は、主に図書館で借りたが、佐伯作品は図書館では無理。つまり、シリーズ物なので、飛ばせない。結局、シリーズ全巻を中古で買って、読み終えたら順に処分。という事にした。やはり手元にあると便利。

佐伯作品を読み始めて、一緒にいわゆる佐伯作品の“案内本”を色々と読んでいる。その中で鷲田小彌太著「佐伯泰英大研究」(日経)という本が面白かった。自分のような時代小説の初心者に、チャンバラ小説の歴史や背景などを教えてくれた。そして、吉川英治、司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平などの“お歴々”の解説も。
そんなチャンバラ小説作家の中で、上の作品を聞いて、「藤沢、佐伯の次は山本周五郎」と、つい決めてしまった。まあスタートは2020年になるが、全作品は無理そう・・・

山本周五郎の作品はどのくらいあるのだろうとググってみたら、(ここ)に一覧があった。
青空文庫のリストである。なるほど、山本周五郎は1967年2月14日没。つまり、2018年から著作権が切れている。
一方、2018年12月30日施行のTPP11法改正により、著作権の保護期間がこれまでの50年から死後70年となるという。
まさに山本周五郎はギリギリ。これからの20年間は、著作権が切れる作者がいなくなるということになるようだ。
ディズニーのごり押しだという保護期間の延長。作者が死んだ後、70年間も遺族に印税が入る仕組みは、何とも解せない。
今の世の中、イヤなことだらけ。上のような“江戸時代のラブレター”という「別世界」に浸って、イヤな憂さを晴らそう!?

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2018年11月27日 (火)

楽しみなBS-4K放送の開始~「TT-4K100」のセット完

いよいよBS4Kの放送開始の2018年12月1日が迫ってきた。あと4日である。
今日、やっとBS-4Kチューナーの東芝「TT-4K100」が送られて来て、セッティング完了。
あとは本放送を待つだけ。その感想である。

自分はREGZA「Z810X」の大ファン(ここ)。
よって、BS-4Kのチューナーも、迷わず東芝製を選択。しかし、これを予約したのが2ヶ月も前。発売は11月22日とのことだが、値段重視でマイナーな通販店で予約したので、ちゃんと放送開始前に着くか心配していた。でも何とか今日着いた。価格コム(ここ)を覗くと、先週着いた人からの情報が満載。結構情報が取れる。

181127bs4k1_2 それもあって、あまり時間も掛からずセッティングできた。HDDは、そもそも東芝REGZAは、HDDを選ばない。つながらなかったという話はほとんど聞かない。現在売っているHDDはもちろん、よほど昔のHDD以外なら、何でもつながる。今回は、前にポイントを使って手に入れておいたバッファローの「HD-NRLC3.0-B」という3TBを使用。4Kで195時間の録画が可能。
今回特別に気を使ったのがHDMIケーブル。東芝のサイトに「※ 4Kの映像信号(2160p)を出力する場合は、プレミアムハイスピードHDMI®ケーブル(市販品)をご使用ください。」(ここ)とあったので、今回だけは特別に、パナソニックの「4Kハイグレードタイプ RP-CHK20-K」というのを買ってしまった。3600円のケーブルは初めて。今まではAmazonの数百円のものしか買った事が無かったが、今回は特別!?

REGZAのセッティング方法などは、「TT-4K100」のHP(ここ)に詳しい。ほとんど取説を読まなくてもセットできた。
「* レグザの設定メニューから「接続機器設定」⇒「HDMI連動設定」⇒HDMI連動機能を「使用する」に設定しておく必要があります。
使用するには「HDMI連動設定」⇒「リモコン動作モード」⇒「連動機器優先」を選択してください。」
「※ 4K/HDR信号を視聴するためには、テレビ側のHDMI®入力端子の設定(高速信号モード等)をご確認ください。」
などなど。

アンテナレベルもまあまあか・・・・。番組表を見たら、ちゃんと1週間先まで載っていたので予約しておいた。

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実は、そもそも自分が欲しいのは、4K番組のタイムシフト。地デジと2K-BSのタイムシフトと同じように、常時4Kの全番組を録画しておいて、後から過去番組をゆっくり見るのが理想。でもまだ無理。
それで、NHKをメインに、軒並み録画予約をしておいた。後でどんどん消せば良いと思って・・・。しかし、録画予約数には限度があるだろう。ググると、REGZAの場合は、予約数は64が最大らしい。

ネットワーク設定では、このチューナーのHDD録画番組は、REGZAにつないだ録画HDDと同じ位置付け。よって、4K番組は無理だが、2K番組はREGZAのテレビと同じく、東芝のレコーダーに番組をダビング出来る。我が家の古いM190にも可能だった。
まあ自分の場合は、このチューナーは、BS-4Kの録画専用なので、転送することも無いか・・・

ともあれ、HDDへの録画もOKだし、REGZAのリモコンでチューナーの操作もほとんどが可能。
連動動作では、REGZAのリモコンで「入力切換が基本」のコンセプトになっているようだ。つまり入力切換が「テレビ」になっていると通常のREGZAのリモコンとして動作するが、入力切換が「チューナー」になっているとチューナーのリモコンと同等の操作になってテレビ独自の「過去番組」のボタンなどは効かない。これは設計思想の話。チューナー選択時のサブメニューは「機器操作」「レグザメニュー」で表示される。
よって、REGZAの入力切換でチューナーを他から選ぶとチューナーの電源が入って、操作が可能になる。最初から入力切換でチューナーが選ばれていると電源は入らない。もちろん、チューナーの電源を入れると、自動的にテレビの電源が入って入力切換もチューナーに切り替わる。
REGZAのリモコンでは、BSボタンを押す毎に、2K-BSと4K-BSに切り替わる。そしてテレビの電源を切ると、状態に拘わらずチューナーの電源は切れる。
全体的に、“まあそうだろうな”という動作になっている。
しかし今回、「リモコン動作モード」を「テレビ優先」から「連動機器優先」に変えたので、今までとちょっと勝手が違うが、まあ慣れるだろう。(今までは、リモコンの「地デジ」ボタンを押すと、ダイレクトに切り替わったが、今後は入力切換を「テレビ」に切り替えてから押さないと、切り替わらない。等々)

しかし、価格コムの情報通り、チューナーの操作ボタンのレスポンスの遅さには参った。地デジやBS-2Kのチャンネル切換は1~2秒で切り替わるが、BS-4Kは4~5秒かかる。これはいったい何だ??ソフトが重いのだろうか?
それに、やはり4Kチューナーは2つ欲しかった。自分のように、録画しておいて後から見る方法だと、リアルタイムでは他の局が選べない。まあ、民放の4K番組は、番組表を見る限り、それほど魅力は無い。よって、やはりNHK主体で見るようになりそうなので、ま、いいか?
それから、早見機能が無いのが残念。いつも地デジなどの録画は1.5倍速で見ているので、4Kも早見が出来るようになるといいな~

181127bs4k5 前にスカパー4Kではガッカリした。最初は新鮮な4K番組に目を見張ったが、9割以上が再放送。一通り見た後は、まったく見なくなってしまった。今回のBS-4Kの番組はどうだろう?どこまでオリジナル4Kの番組があるか・・・
昔のアナログテープ録音が、今ハイレゾの音源として甦っているのと同じように、昔のフイルム番組は4K化で現代によみがえるのでは!? 民放の番組を見ると、昔の番組も色々載っているが、「4K」マークが付いていないので、2Kのアップコンバートなのだろう。残念。
特にNHKでは、昔のフイルム映像が多くあるはず。それらの復活も期待したい。
ともあれ、BS-4Kの開局に向けて用意万端整った。ま、再放送が多いと直ぐに飽きるとは思うが、期待して開局を待とう。
せめてNHKはオリジナル4Kの番組を多く放送されることを!!

(2018/12/28追)
4Kのウィーン・フィルの「第九」の音声が素晴らしかったので、NHKにBS4K放送の音声フォーマットを問い合わせた。結果が下記。

<NHKからの回答>
BS4K放送の音声は、
2CHステレオの場合、
非可逆圧縮MPEG4-AAC
 - 量子化ビット数:24bit
 - サンプリングレート48KHz
 - ビットレート256kbps以下

または、
可逆圧縮MPEG4-ALS
 - 量子化ビット数:24bit
 - サンプリングレート48KHz
 - ビットレート2429kbps以下

のいずれかになります。
なお、非圧縮には対応していません。

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2018年11月26日 (月)

日弁連の「憲法を詩おう♪コンテスト」入選作

先日の朝日新聞の記事である。
憲法ソング、小1が大賞 茨城の7歳が詩、谷川賢作氏が曲
 「憲法を詩(うた)おう♪」と日本弁護士連合会(日弁連)が募集した詩の大賞に、小学1年生の作品が選ばれた。詩人の谷川俊太郎氏の息子で、作曲家の谷川賢作氏が曲を付け、「憲法ソング」として12月1日のイベントで披露される。
181126kenpou  390点の応募作から大賞に選ばれたのは、茨城県土浦市の尾池ひかりさん(7)。「ひいばあちゃん」が戦争中、機銃掃射から何とか逃げ延びた話を紹介し、「ひいばあちゃんがいきたから おばあちゃんがうまれ、おかあさんがうまれ、そしてわたしがうまれた」と書き、「いのちをつなぐけんぽう」が「このままのけんぽうであること」を願うと結んだ。
 谷川氏が曲を付けた歌は、12月1日に東京都港区のサントリーホールで開く表彰式で発表される。日弁連のホームページ
でも発信するほかCD化する予定。
 当日は、詩の審査員を務めた憲法学者の青井未帆・学習院大教授の講演もある。先着400人で無料。問い合わせは、日弁連(03・3580・9507)へ。(岡本玄)」(
2018/11/21付「朝日新聞」夕刊p6より)

日弁連のHP(ここ)を見ると、このコンテストはこんな主旨だったらしい。

日本国憲法企画 憲法を詩おう♪コンテスト 【憲法詩(ポエム)募集】
憲法を詩おう♪コンテスト
「古希」を超え、なお平和と人々の自由、人権を支え続けている日本国憲法。
その理念・役割を評価し、大切さを謳う<憲法詩(ポエム)>を募集します。
大賞受賞作品には曲をつけて<憲法歌(ソング)>にします。広く末永く歌い継がれるものにしたいと思います。みなさんの「日本国憲法への思い・願い・望み」を詩(ポエム)に託して自由に創作してください。
たくさんの応募をお待ちしております!

テーマ 「日本国憲法」
自由や人権、平和を支え続ける日本国憲法の理念や役割をテーマに、日本国憲法の大切さをうたう詩(ポエム)を創作してください。」(
ここより)

日弁連のHP(ここ)に入選作が載っているので、少し読んでみよう。

★大賞★<小学生以下の部 金賞>
   尾池ひかりさん 7歳 (茨城県)

わたしはせんそうをしらない。
おかあさんもしらない。
おばあちゃんもしらない。
でも、ひいばあちゃんはしっている。
えきでへいたいさんをみおくったかえり、ひこうきがとんできて
「きじゅうそうしゃ」でやられそうになったって。
はしってはしってはしってようやくにげたって。
ひいばあちゃんがいきたから
おばあちゃんがうまれ、
おかあさんがうまれ、
そしてわたしがうまれた
へいわをまもるけんぽう
いのちをつなぐけんぽう
わたしがおおきくなっても
このままのけんぽうであること
それがわたしのねがい

<中学生・高校生の部 金賞>
   男性 15歳(東京都)

 「暴走」
力を持てば誰だって
権力行使 戦力投資
止まらない暴走
走り出す奔走 戦争
戦争という悲劇を100年先まで伝えていこう
憲法、止めるのは暴走
焦燥、権力者の陰謀
止められるのは私たちの憲法
止めないで考察
全てに意味を見出して
今日という平和を100年先まで続けていこう

<中学生・高校生の部 銀賞>
   男性 14歳 (東京都)

憲法変えなきゃいけないの。
70年前アメリカから押し付けられた憲法だからなの。
大人が変えたいと言ってるよ。
憲法は誰のもの。
僕は、生まれながらに「人間らしく生きる権利」をもってるし、
学問や宗教、表現の自由もある。
潜伏キリシタンはもういない。
でも、義務はあるけど、平和が一番だ。
9条を変えるってなんでなの。
戦争なんてもってのほか、ちゃんと戦争放棄って書いてある。
軍隊もたないけど自衛隊はある。
よくわからない。
この国を治めるのは誰。
王様でも国会議員でもないよ。
国民である僕たちだ。
だから、憲法をみんなで考えよう。
そうしないと18歳になっちゃうよ。
今、当たり前のことが、当たり前でなかった時代があったんだ。

<大学生・社会人の部 金賞>
   男性 71歳(東京都)
「雑巾のように」

ワシの名前は「憲法」だ
古稀を過ぎてるジジイだが
まだまだカクシャク元気だぞ
大事にしてくれているあなた
神棚の上に祭り上げ
触りもせぬのはやめてくれ

どうしてほしいか聞かれれば
答えは簡単、雑巾だ
雑巾のように使うのだ
暮らしのすみずみ、国の窓
ゴシゴシ磨きをかけるため
毎日使ってほしいのさ

そちらの君はワシのこと
どうやら不満のようですな
邪険にされる身としては
ひとこと言わせてほしいのだ
ワシをどれだけ使つたか
案外使えるヤツですぞ

<大学生・社会人の部 銀賞>
   女性 54歳(東京都)
「いま、新たな戦前」

娘がtwitterで呟く
「子どもの頃、夏休みに留守番してると
戦争のテレビばっかで、めっちゃ怖かったけど、この頃あんまりやってないね」
この20年で何かが変わった
娘の職場はガールズバー
お客さんが戦争に行ったら
彼女はとても悲しむだろう

私の兄は
作業所の給料と年金で暮らしている
吹けば消えそうな
しょうがい者福祉のお陰で生き延びている
若者は「最低賃金を時給1500円に!!」と叫ぶ
健康で文化的な最低限度の生活を求めて

この憲法じゃダメですか
そんなに戦争がしたいのは誰ですか
今こそ
平和と自由と人権を
もっと豊かに花開かせる時

娘の職場はガールズバー
お客さんが戦争に行ったら
彼女はとても悲しむだろう

どの作品も、憲法の大切さを歌っている。
結局、無関心が最大の敵、ということなのだろう。
我々主権者たる国民が、憲法をどう考えるのか。
どう政治を動かしていくのか。
選挙を通し、常に問われている。

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2018年11月24日 (土)

ケルヒャーの高圧洗浄機と「コケとーる」で庭のコケを取った話

ひょんな事で、ケルヒャー(kaercher)の高圧洗浄機「K3サイレントベランダ」を買って、30年ぶりに塀や庭など、家の外を洗浄してしまった。
そもそも話の発端は、カミさんが「コケとーるスプレー」というバカにしたような物を買ってきたことに起因する。「何だこりゃ!」と思ったが、そこは年金生活者の哀しみ、反論が出来ない。
それで、言われた通りに、道路に面した塀のコケにスプレーしたのが11月14日だった。
いやはや、スプレーするのに疲れること。何十回も指を動かすので・・・
まあそれまでは、毎年のように、ホースで水をかけながらブラシでゴシゴシやってコケを取っていた。それはそれは疲れる作業だった。それから開放されることを夢みて・・・

それが次の日、何と緑色のコケが消えている!カーポートのコケには変化が無いが・・・。
しかし塀のコケ取り作業から解放されるので、「気に入った!」
それで、庭や塀など、もっと広範囲にコケを取るべく、近くのホームセンターに行ってみた。Netを見ると、「コケとーるしっかり原液」というのがあったので、スプレー作業を避けるため、これを買うことにした。しかし残念ながら、行った店にはそれが無く、「コケとーるシャワー」というのがあったので買ってみた。
結果として、液をムダ使いしてしまった。あっと言う間に液が無くなった。つまりシャワー口から出る液の量が多く、門扉に掛けたりすると、ほとんどがムダに地面に落ちてしまう。後で反省したのだが、直接振り掛けるのでは無く、いったん器に入れて、スポンジなどで、“塗る”方が良かった。

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それでも、塗った所はしっかりとコケが枯れて無くなった。カーポートのコケも、3日後には無くなった。つまりこの薬は、能書きにもあるように、3日間ほどの時間が必要らしい。そして、薬が雨で流されないように、雨が降らない時に塗る方が良いらしい。

ふと、Amazonの「コケとーる」のコメントで、「結局、ケルヒャー高圧洗浄が一番とれました。」という書き込みを見つけた。ん?ケルヒャー?どこかで聞いたことがあるな・・・とググってみた。すると高圧洗浄機ではドイツ製のこの製品が唯一の選択肢らしい。

確かに、毎年塗る必要があるので、2千円ほどかかる。それなら、高圧洗浄機で吹き飛ばす方が長期的には効率的か??
181124kaercher ケルヒャーの説明(ここ)を読むと、やはりパワー的に「K3サイレント」という機種くらいは必要。そして「アクセサリーキット付」の「K3サイレント ベランダ」という機種に絞って手に入れることにした。何しろ、2万円強で思ったより安い。
中古でも良いと思っていたが、結局新品を買ってしまった。“5の付く日”の「Yahoo!ショッピング」で、ポイントを入れると実質2万円ほど。アクセサリの無い「K3サイレント」でも良いが、2千円ほどしか変わらない。

それで、ブロック塀や庭を洗浄したのがこれらの写真。30年の間にたまりに貯まった庭のコンクリーに染み込んだ泥が、みるみる吹き飛ばされていく。

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しかし、飛び散る汚水には注意。雨ガッパなどを着てやった方が良い。普通の服だと、後の洗濯が大変。

昨日、アルミ製のベランダをやってみたが、これはダメ。汚れが染み込んでおり、水のジェットでは取れなかった。しかし、陽の当たらない裏庭のコケや泥は、見事に吹き飛んだ。

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使用前・使用後がこれ。

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泥を含んだ黒いコンクリートが見る見る白くなっていく様(さま)は、気持ちが良い。

付属のベランダ用の「デッキクリーナー」を使ってみたが、確かに水の飛び跳ねは防止できるが、そもそも玄関のタイルがそれほど汚れていなかったので、効果はあまり確認できなかった。

最後に「伸縮ハンドル」。これは洗浄機の後部に差し込んで、洗浄機を引きずるときに有用だが、一度はめ込んだら抜けない。すると元箱に入らなくなる。よって、自分はこれを使うのを止めた。
そもそもこの洗浄機は、セッティングが面倒なので、そうそうは使わない。それで元箱にしまうためにハンドルは取り付けなかった。
まあ確かに車の洗浄には便利なので、そのような使い方をする人にはハンドルがあると便利なのかも知れない。

ともあれ、このところ、季候も良いため、家の周囲を清掃をしてしまった。それでブロック塀など、家の外回りは、金属製の門扉なども含め、見違えるようにキレイになった。1年後に、またコケが生えてきたらやろうか・・・(たぶん年に一回ほどしか使わないので、レンタルがあると良いのに・・・)
付け加えると、しつこいコケは洗浄機では取れないことがある。「コケとーる」で枯らしたあとに、洗浄するのが確実のようだ。お疲れさま・・・

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2018年11月22日 (木)

「死ぬ前に嫁姑問題解決したい」

blogの記事の“ストック(ネタ)”のフォルダを見ていたら、こんなストックがあった。半月前の記事である。

「(悩みのるつぼ)死ぬ前に嫁姑問題解決したい
 ●相談者 男性 50代
 50代男性です。
 単身赴任ですが、毎週末には必ず帰宅しています。来年は退職して実家に戻ります。
 十数年前に私の両親との3世代同居生活が始まりました。1年後に父が他界、今は母、妻、長女が暮らしています。
 どこの家庭にもある嫁姑(よめしゅうとめ)問題が、我が家にもありました。二世帯住宅でもうまくいかないのに、我が家はトイレ以外全て共用なので言わずもがなです。妻は何度も泣き、母はいつも文句を言っていました。週末に帰宅した時には両者の愚痴をなるべく聞くようにしていました。母が他界するまで頑張るしかないと夫婦でよく話していました。
 ところが、状況が一変しました。私にガンが見つかったのです。最近の医学は進歩しており、幸いなことに私は最新の治療を受けています。しかし、5年先も生きている可能性はあまり高くありません。
 嫁姑の仲介役ができるのは私だけです。私が死んだらどうすると母に聞くと、「そんな話をするな」と言われます。妻に聞くと、「私は子育てのために同居した。子供が独立してあなたがいないなら、私がここにいる意味はない。長女と一緒に出ていく」。どちらの言い分も分からなくはありません。
 私はガンと闘うだけで精いっぱいです。嫁姑問題をなんとかするためには、死ぬまでに何をしたらいいでしょうか。

 ●回答者 政治学者・姜尚中 「自分本位」に生きてください
 まずあなたの健気(けなげ)な律義さを自分で褒めてやってください。あなたは、誰よりも「真面目」なのですから。
 死の影がチラつくような現在でも、嫁と姑の険悪な仲に心を砕いている姿に私も脱帽する思いです。
 しかも、あなたは自分の人生が終わった後、家族がバラバラになるのではと、心配し、気を揉(も)んでいらっしゃる。あなたは誰よりも家族思いな夫であり、父であり、息子であるはずです。
 にもかかわらず、あなたの心情が、妻からも、母親からも理解されていないことに、愕然(がくぜん)とした気持ちでいるのではないでしょうか。
 単身赴任も受け入れて、仕事一辺倒の人生を送ってきたのに、それが結果として家族に犠牲を強い、誰も幸せでないとしたら、何と残酷なことでしょう。
 でも、あなたの余命が5年くらいしかないとしたら、やるべきことは、ただひとつ、あなたのことだけを考え、あなたの思う通り、好きな通りに生きることです。
 人生100年時代と言われているのに、その半ば過ぎで生命を絶たれてしまう可能性があるのなら、何よりもあなた自身を大切にすることです。自分のことだけに専念することです。
 あなたが亡くなった後、嫁と姑の関係がどうなるのかなどと、あれこれ詮索(せんさく)し、悩むことはありません。あなたは十分、悩み、苦しみ、自分を犠牲にしてきたのですから。
 あなたのたっての願いにもかかわらず、妻も、母親も、あなたの切実な願いに耳を貸してくれないとしたら、それも「因果」だと見切ってしまう方がいいでしょう。
 なぜこんな風になってしまったのか、思い悩み、その原因をあれこれ詮索するのはよした方がいいに決まっています。それよりは、余命をあなたの好きなように生き抜いてみることです。
 そのために、修羅場である家庭から距離を置き、ガンの治療に専念しつつ、あなただけのかけがえのない日々を送ってみてはどうですか。
 もしかしたら、あなたが最後に「自分本位」で生きた証(あかし)が、残された妻や母親に感動を与え、意図せざる結果として、ふたりの仲を繋(つな)ぎとめることになることもありえないとは言えません。
 余命いくばくもないあなたが幸せでなければ、誰も幸せにならないことを肝に銘じて欲しいと思います。
 生き抜いてください、最期まで。」(
2018/11/03付「朝日新聞」b10より)

改めて読んでみると、切ない・・・・。可愛そうで涙が出てしまう。
およそストレスの中で、人間関係のストレスほどダメージを与える物は無い。ストレスのほとんどは人間関係と言っても良いのかも・・・
もちろん会社関係では、自分で解決できるものは少ない。我慢してじっと嵐が過ぎ去るのを待つしか無い。(イヤな人との関係が終わるのを待つしか無い)
しかし、こと家庭内のこととなると、自業自得、或いは身から出たサビ、とも言えるため、ツライ・・・

普通、何か問題が起こると、大きな問題は小さな問題を踏み潰す。つまり、それまで大問題と思っていたことも、それ以上の大問題が生じると、それまでの“大問題”は矮小化され、吹っ飛んでしまうもの。
この相談者の状況を見ると、それが見えない。夫の死、息子の死という大問題以上の大問題があろうか? それでも、嫁姑のいざこざが相談者の前にドンと存在していること自体があまりに哀れ。これは嫁も姑も“人でなし”以外の何物でもない。
まさに姜尚中さんの回答のように、そんな連中は早く見捨てて、自分の残された時間を好きに過ごした方が良い。

そもそも夫婦でさえ他人。しかしこれは自業自得。だが、嫁姑は初めから完全な他人。それが自分の意志でも無いのに一緒に生活して、うまく行くはずがない。100%無理。それが前提。
前にも書いたが、自分の実家でも、お袋と祖母が嫁姑のいざこざを起こし、祖母は親父が会社から戻るのを家の外で待っていて、言いつけたという。しかし、一緒に住んでいて目撃していた弟によると、親父はどちらの味方にもならなかったという。

181122kenka 家庭内の人間関係は、逃げ場が無いだけに解決は難しい。しかし“時間”という魔法の杖がある。「臥薪嘗胆」という言葉があるように、どんなに怒っても、時間が解決することもある。
我々もギラギラと脂ぎった現役世代ではない。それに両親たちも既に送った。残された夫婦だけの日々。とにかく平穏に過ごしたいものである。

ん? 我が家?(上の写真?)
もちろん毎日が平穏さ・・・・・・!? 夫婦ゲンカ? いったいどこの国の言葉??

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2018年11月20日 (火)

TOTOの「トイレ川柳」2018

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
TOTOのトイレ川柳いとをかし 入選作品を発表
 TOTO(北九州市)はトイレにまつわるエピソードや思いを集めた第14回「トイレ川柳」の入選作品を発表した。最優秀賞は「百点の テストを我が子 トイレ置き」。恥じらいある子どもが、喜びを伝える場にトイレを選んだ情景が思い浮かぶという。
 誰もが使うトイレだけに家族関係が反映された句も多かった。「カギ閉める 孫の成長 知った夏」「またママが 漢字や式を はっている」。1人になれる空間は貴重で、「駆け込んだ 瞬間わたしの 部屋になる」「作戦を 考え直す 秘密基地」という句も。
 ほかには「トイレから 鼻歌きっと 出たんだな」「本人より ママが嬉(うれ)しい 『ちっちでた』」「スッキリ!に 勝る快感 ほかに無し」など、トイレならではの喜びを表した句も選ばれた。
 主な入選作品を印刷したトイレットペーパーを12月下旬に売り出すという。(田幸香純)」(
2018/11/17付「朝日新聞」p8より)

TOTOのサイトを覗いて、載っている作品を読んでみた。

<最優秀賞>
百点の テストを我が子 トイレ置き (かきくけ子さん)

<未来のトイレ賞>
近未来 トイレは自ら 考える (えぬえっくす)

<仲畑貴志賞>
ノックされこっちもノックまたノック (のほほんと)
コンビニで「トイレの人」と呼ばれてた (まーさー)
カギ閉める 孫の成長 知った夏 (りく・そら・ばあば)

<キッズ賞>
ソファー型便器があるといいのにな (たくたく)
じいちゃんのぽっとんトイレ本当かい (チー)
またママが 漢字や式を はっている (ともきっず)

<優秀賞>
嫁が来たネオレストきた春が来た (おうめちゃん)
トイレ借り 友の隠れた 顔を知る (崋与)
狭いのに忘れ物する七不思議 (ここ)
スッキリ!に勝る快感ほかに無し (たま)
流しても なぜ出てこない 中の人 (トモパパ)
駆け込んだ瞬間わたしの部屋になる (宮のふみ)
くみ取りに 野菜貰った 記憶ある (茂平)
この便座 作った人も 温かい(やっとかめ)
ノックされ引き戻される現実に (よしきち)
立つ派から 座る派になる 定年後 (わかば)
出た出ないそんな会話が出来る友 (わこ)
アツアツの仲でも入るのはひとり (笑爺)

<佳作>
久しぶり 父との会話 「早く出て」 (うっしっし)
本人よりママが嬉しい「ちっちでた」 (がちゃ)
歳バレル はばかりなんて 粋によび (葛飾おかめ)
元号が 変わった朝も ウォシュレット (キジモナカズバザッケローニ)
トイレさん年中無休ありがとう (くぅ)
行く先を「トイレ」と書ける社の余裕 (くろしお)
真夜中に夫と出会うトイレ前 (酔とぉよ)
チャンネルも トイレも妻に 優先権 (大海の真珠)
川柳が 浮びトイレを やっと出る (知多の海人)
トイレまで 近くてよかった 狭い家 (長嶋教)
喧嘩した夫がトイレ磨いてた (春人)
トイレから鼻歌きっと出たんだな (光ターン)
使う度トイレ川柳考える (ヒデ坊)
順番に並んで待つを学ぶ場所 (ひょろひょろ)
平成の トイレの進化 すごかった (もとちゃん)
劇場の 良し悪し決める トイレ数 (ゆり子)
復興を 告げるトイレの 水の音 (らいらいいぬ)
作戦を考え直す秘密基地 (ろんど)
常連になった理由はトイレです (わさび)
マイホーム 夢にまで見た トイレ二個 (ワシログ)」(
ここより)

この催しは、初めて知った。それにしても、20,835 句が集まったというから盛況だ。
読んでみると、どの句も楽しい。なるほど・・と思う。

昔から考えると、トイレは便利になった。どこにでもあるコンビニで、トイレに行けるなど、夢のようだ。昔は、いったん外に出ると、ガソリンスタンドくらいにしかトイレは無かった。10リットル入れてトイレをかりたもの・・・。
「劇場の 良し悪し決める トイレ数」とあるが、トイレによって選ぶこともある。
今、ゴーン会長が逮捕されて大騒ぎだが、日産・村山工場の跡地に出来た「イオンモールむさし村山」に初めて行ったのが2007年だった(ここ)。
その時にビックリしたのが、トイレの素晴らしさ。大きさ。あちこちにトイレがあり、どれも立派。カミさんとこれは気に入った。
そう言えば、首都高の八潮PAのトイレも素晴らしかった(ここ)。

我が家には1階と2階にそれぞれトイレがあるが、トイレ2ヶ所というのは、大変に便利。カミさんは夜以外は1階を使い、自分は主に2階のトイレを使う。だからぶつからない。
それに比べて、マンションは大変だ!?

もうすぐ16歳になる愛犬・メイ子の最近のトイレ事情が大変。歳と共に下痢症になって、周期的に下痢になる。そして食べなくなる。下痢止めの薬を飲ませ、犬用の流動食を与える。幸いにも?メイ子の居場所は、少し高い出窓なので、乗るときと降りるときはジャンプが必要。そのせいか足はまだ大丈夫。しかし、心臓と腸の具合は悪い。
さすがに、下痢の時は床に撒き散らすことがあり、その時は大変。
口からのインプットとアウトプットは、犬だけでなく動物の生きている証。
人間、歳と共に、段々と重要度が増すトイレではある。

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2018年11月18日 (日)

これで最後「終活年賀状」

今朝の朝日新聞の記事。
これで最後「終活年賀状」 高齢・手間…感謝添えて区切り
 来年から年賀状を辞退させていただきます。そんな一文を、年始のあいさつに添える「終活年賀状」が広がりつつある。人間関係を整理したいから、高齢になったから。さまざまな理由で、長年親しんできた年賀状のやりとりについて考える人たちがいる。年賀状の受けつけは12月15日から始まる。
181118nenga1  《皆様と交わして参りました年賀状ですが、誠に勝手ながら今年をもちまして書きおさめとさせていただきます》
 新年のあいさつに続いて、年賀状の「終了宣言」が印刷されていた。神奈川県の男性(69)が2017年の正月に受け取った年賀状だ。差出人は70代後半の夫婦。男性は思った。
 「お互い高齢になり、こういう終活もありだな」
 男性もその年の暮れ、文面をまねて終活年賀状を書いた。毎年出してきた約50枚のうち、今後のつきあいがなさそうな5人ほどに、年賀状をやめたい気持ちと感謝の言葉も手書きで添えた。「印刷や宛名の名簿の管理が面倒だし、あまり思い入れがなく、つきあいも薄くなった人との関係を整理したい気持ちもあった」
 東京都の弁護士の男性(72)にも7年前ごろから終活年賀状が届くようになった。今年は10枚ほどあった。
 《高齢になったので》
 《米寿を迎えたので》
181118nenga そんな理由も書かれていた。「縁切り状のようなものだけど、何も言わずにやめるのではなく、きちんとあいさつしてくれて気配りなんだと思った」
 都内の会社員の舩木真由美さん(40)は、もともと年賀状づくりが面倒で、年末に慌てて作っていた。昨年、終活年賀状という言葉を知った。「人生80年としたら、私も折り返し地点。年賀状のやりとりをやめて、関係を整理してみよう」。一枚も書かなかった昨年末はゆったり過ごせた。
 だが、友人たちから年賀状が届くと、申し訳ない気持ちが募り、年賀状を返した。メールやLINEで「実は終活で年賀状を終わりにしようと思うんだ」と伝えると、友人たちから「楽しみにしていたのに」との返信もあった。舩木さんは毎年、家族4人で新年の抱負を「あいうえお作文」で年賀状に書いていた。「大変だけど、喜んでもらえるなら」。今年の年末はまた年賀状を出そうと考えている。

 ■送る意向、じわり
 昨年、葬儀サービス会社「鎌倉新書」(東京)が65歳以上のモニター約200人を対象に実施した調査によると「終活年賀状を受け取ったことがある」という人は57%だった。実際に「出したことがある」は6%。一方、半数近くが「終活年賀状を送ろうと思っている」と答えた。理由は「付き合いを身近な範囲にとどめたい」「年賀状作成の負担が大きい」などさまざまだ。
 年賀状のイラストなどのダウンロードサイトを運営する「TB」(名古屋市)は、昨年から終活年賀状用の文案の提供を始めた。主な顧客層は70~80代。その世代を親に持つ40代前後の層も狙う。親に代わり、子ども世代が終活年賀状を書いて出すことを想定している。「高齢化で、終活年賀状の需要はますます増えていくのではないか」と担当者は話す。(佐藤恵子)」(
2018/11/18付「朝日新聞」p35より)

今年は、例年になく賀状について気にしている。理由は、ほとんどの賀状を、今年を最後にするつもりなので。
自分が初めて賀状を止めることに接したのは、2012年だった。ある親戚(従姉妹)から寒中見舞いが届き、そこに「我が家の新年の挨拶はこれを最後とさせていただきます。」とあってビックリした(ここ)。
それから2年後の2014年に叔父からも届いた(ここ)。
まるでチェーンメールのように、会社関係の人からも、何通も来た。たぶん自分と同じように、貰ってみて、「これは良い。自分も!」と思って真似をしているのだろう。

何を隠そう、自分も実施中。喪中ハガキと同じ時期に、寒中見舞いとしてのハガキで断りを書くパターンと、賀状に「今年を最後に」と書くパターンの2種があるようである。
自分は、確実で相手に迷惑が掛からないのは「寒中見舞い」スタイルかな、と思っているが、何せこれはインパクトが大きい(印象が強い)。それで自分は賀状に書き添えるようにしている。本来は、この文だけは手書きが良いのだろうが、自分は悪筆なのでワープロ。

自分が賀状に卒業宣言を書いたのは、17年に14人に出したのが最初。しかし、そのうち翌18年に9人から、またもや来てしまった。いかにパソコンのリスト通りに機械的に印刷しており、前年の賀状は記憶に無いことが分かる。そして18年には11人に終活したが、今度の正月には、そのうちまた何人かは来るのだろう。
そして今年書く19年分は、昔の同僚を中心に19名の予定。残るのは、ごく少数の友人と、親戚だけ。親戚は、まさに安否確認が目的。

しかし賀状は、自分にとって段々と不要な存在になっていることは確か。現役時代は、いつも一緒に仕事をしている同僚に「今年もよろしく」と書いたが、やはり意味は無かった。機械的に貰ったから出しただけ。
学生時代の友人も、就職した当初は行き来をしていたものの、それ以来、半世紀も会っていない人に、今後も会う機会は無い。幾ら安否確認としても、段々意味が無くなっている。

それに、今までは両親が亡くなった喪中ハガキが多かったが、これからは本人に関する喪中ハガキが飛び込むかも知れない。同年代の喪中ハガキは、意外とショックだという。

前は、元旦は賀状を楽しみにしていて、“出していないのに来た”人への賀状書きで忙しかったが、来た来ないだけを気にして、文面を読まない賀状の役割は、時代的にもう終わったように思う。

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2018年11月17日 (土)

日本郵便、手紙の翌日配達と休日配達を廃止方針

今朝の朝日新聞の記事。
手紙の翌日配達、廃止方針 日本郵便、平日のみ配達も
 日本郵便は16日、手紙やはがきなど通常の郵便物について、差し出された翌日に配達するのを原則廃止する方針を明らかにした。業務量を減らして人手不足を和らげる狙いだ。土曜日の配達を取りやめ、平日だけとする考えも表明。総務省は、実現に必要な法改正の検討を始める。
 同省の有識者会議で日本郵便が要望した。現在は、夕方までに集めた郵便物は当日夜に仕分けし、速達などを除いた郵便物の約8割を翌日、宛先に配達している。夜間の仕分け作業をやめれば、大半は翌々日になり、一部の地域では4日かかるようになるという。
 郵便法は、郵便物の配達期限について離島を除き「差し出された日から3日以内」と定める。郵便物は週6日は配達するとも定めており、これら業務の見直しには法改正が必要になる。
 見直しの背景には、ネット通販の普及でゆうパックの取扱数が増え、人手不足が深刻になっていることがある。深夜に仕分けなどに当たる約8700人や、土曜に配達する約5万5千人の大半を、平日の日中の業務に配置換えする考え。外部委託している作業にも充て、コストを削減する狙いもある。ただ、サービスの低下にもつながる。木曜に差し出された郵便物を配達するのは、翌週月曜へと3日もずれ込む見通し。総務省は今後、利用者への影響などを見極め、要望を認めるかを判断する。(徳島慎也)」(
2018/11/17付「朝日新聞」p8より)

前々から流れていた話だが、日本郵政は乱暴にもこれらを実現させるようだ。
自分は基本的に反対。そもそも、理由が「ネット通販の普及でゆうパックの取扱数が増え、人手不足が深刻になっている」が気にくわない。仕事が増えると言うことは収入が増えるということ。その仕事を処理するために人を増やせば良いだけ。それを、サービスを削って人を浮かせ、コストダウンにつなげるのだそうだ。そこには何の企業努力も感じられない。市内宛でも、(木)に出した手紙が4日後の(月)に着くのだそうだ。
こんな事が許されるのなら、「サービス」という言葉が死語になってしまう。民間なら、直ぐに自然淘汰されるだけ。そこが親方日の丸。たぶん、政界には根回しが終わって、最終段階なのだろう。自分は郵便の利用が多いだけに、憤懣やるかたない。

オレ様状態の話は、こんな所でもあった。
すしの久兵衛、オークラを提訴 ホテル改装で別棟に「格落ちだ」
 ホテルオークラ東京(東京都港区)に店を構える老舗すし店「久兵衛」が、ホテルの建て替えに伴って「メインエリア」から「片隅」に追いやられたとして、オークラに1千万円の損害賠償などを求める訴訟を東京地裁に起こした。第1回口頭弁論が12日あり、「高級飲食店の格を著しくおとしめた」という主張に対して、オークラ側は請求の棄却を求めた。
 訴状によると、久兵衛は1964年から50年以上、オークラ直営の高級和食店「山里」の隣という「メインエリア」に出店し、「オークラのすしと言えば久兵衛」との立場を確立してきた。しかし、来年秋に開業予定の新ホテルでは、2棟のうち山里とは別の棟にある「アーケード街の片隅」を指定されたという。
 久兵衛は「およそ高級店にはそぐわない場所で、明らかな格落ちだ」と主張。久兵衛から独立した従業員が立ち上げた競合店が山里の中に入るとも指摘し、「考えがたい仕打ちだ」と批判している。信用を傷つけられたとして1千万円の賠償を求めているほか、売り上げが減れば、経済的な損害をさらに請求するという。オークラは朝日新聞の取材に「裁判中の案件のためコメントは控えたい」としている。(北沢拓也)」(
2018/11/13付「朝日新聞」より)

そもそも「名門」とか「老舗」「格」とかいう言葉は本人が使うものではない。外が評価して使う言葉。それを「オレは名門なのに・・・」と自分で言って、果たして通じるものか?

考えてみると、寿司という食べ物は極めてシンプル。ネタがほとんど。
前に、銀座などの有名店で何度か食べたことがあったが、特別おいしいとは思えなかった。ランチ1万円でも、「これで1万円?」と思った。
聞くと、山手線の内と外とで値段が決まっているのだそうだ。つまり「お好み」で何を食べても、ほとんど同じ値段なのだそうだ。外だと**万円。内だと**万円・・・

「オレは名店だから高いぞ」と言う店は好かないので行かない。おっと、そもそも自分には縁の無い話だった・・・。我が家は、もっぱらスシローなので・・・

話を戻そう。オレ様は日本郵政だけではない。世界中でまかり通っている。
トランプ大統領も「アメリカ第一」と言いながら、実は「オレ様第一」。
独裁国家はもっとひどい。
「サウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏が、トルコのイスタンブールにあるサウジ総領事館で殺害された事件で、ワシントン・ポスト紙は16日、米中央情報局(CIA)が「サウジのムハンマド皇太子が殺害を命じた」と結論づけたと報じた。在米サウジ大使館は同紙の報道内容を否定した。」と言うことだが、オレ様を守るために、「トルコにある総領事館でサウジアラビア人記者が殺害された事件で、サウジの検察当局は、実行犯とされる容疑者5人に死刑を求刑した一方、サウジの外相は、ムハンマド皇太子の関与を否定した。」だって。
命令されて、忠実に実行したあげくが、死刑とは浮かばれない。

ん?我が家?もちろん我が家にオレ様は存在しない・・・さ。

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2018年11月15日 (木)

工藤直子著「てつがくのライオン」

先日、NHKラジオ深夜便の「「ことばの贈り物」詩人 谷川俊太郎、詩人 工藤直子」(2018/11/09放送)を聞いていたら、こんな詩の紹介があった。

<工藤直子著「てつがくのライオン」>

<工藤直子著「てつがくのライオン」mp3>

「てつがくのライオン」
                工藤直子
ライオンは「てつがく」が気に入っている。
かたつむりが、ライオンというのは獣の王で哲学的な様子をしているものだと教えてくれたからだ。
181115tetugaku きょうライオンは「てつがくてき」になろうと思った。哲学というのは、坐りかたから工夫した方がよいと思われるので、尾を右にまるめて腹ばいに坐り、前肢を重ねてそろえた。首をのばし、右斜め上をむいた。尾のまるめ工合いからして、その方がよい。尾が右で顔が左をむいたら、でれりとしてしまう。
ライオンが顔をむけた先に、草原が続き、木が一本はえていた。ライオンは、その木の梢をみつめた。梢の葉は風に吹かれてゆれた。ライオンのたてがみも、ときどきゆれた。
(だれか来てくれるといいな。「なにしてるの?」と聞いたら、「てつがくしてるの」って答えるんだ)
ライオンは、横目で、だれか来るのを見はりながらじっとしていたが誰も来なかった。
日が暮れた。ライオンは肩がこってお腹がすいた。(てつがくは肩がこるな。お腹がすくと、てつがくはだめだな)
きょうは「てつがく」はおわりにして、かたつむりのところへ行こうと思った。
「やあ、かたつむり。ぼくはきょう、てつがくだった」
「やあ、ライオン。それはよかった。で、どんなだった?」
「うん、こんなだった」
ライオンは、てつがくをやった時のようすをしてみせた。さっきと同じように首をのばして右斜め上をみると、そこには夕焼けの空があった。
「ああ、なんていいのだろう。ライオン、あんたの哲学は、とても美しくてとても立派」
「そう? …とても…なんだって? もういちど言ってくれない?」
「うん。とても美しくて、とても立派」
「そう、ぼくのてつがくは、とても美しくてとても立派なの? ありがとうかたつむり」
ライオンは、肩こりもお腹すきも忘れて、じっとてつがくになっていた。

この詩は中学校1年生の国語教科書にも掲載されているという。
この詩をいったい生徒にどう教えているのだろう?と思った。Netでググってみると、(ここ)に教師用の教え方の記事が見付かった。

こんなサイトもあるのだ。それによると、こんな視点で教えているらしい。
「どうもこのライオンは、みんなの持っているイメージのライオンとは違うようだ。一旦、まとめてみよう。
 まず、先に答えてもらったイメージのライオンというのは、イソップ物語のライオンに近いな。つまり、他の動物とは王と家来の関係であり、食うものと食われるものの関係であると。「百獣の王」なんてそのままの表現だよね。
一方この話のライオンは「てつがく」のことを考えていて、哲学をほめられてうれしがっているね。どうやら素直で子どもっぽい性格みたいだ。なんせかたつむりに呼び捨てにされて納得しているんだから、他の動物と比べて偉いわけでもない。ライオンとかたつむりの関係は、○○が言ってたけど友達みたいだよね。王と家来じゃない。話し方も、「やあ」「やあ」とか、呼びかけも「ライオン、あんた」に「かたつむり」だもんね。
こんな風に、既存のイメージ、パターン通りの設定とは違うっていうのは、前回の授業でいう、予想外でおもしろいところだ。それに、わざわざこんな風に書いているという点では、表現の仕方がおもしろいと言えるかもしれない。
このパターン通りのライオン。ライオンならこうだろ?と思うわけだけど、この『てつがくのライオン』では違う。この話のライオンは、素直でかたつむりに言われたから「てつがくてき」になろうと「てつがく」してる、というのが大きな違いだったわけだ。」

「さて、『てつがくのライオン』に話を戻そう。ライオンのいう「てつがく」と、かたつむりがいう「哲学」を抜き出してまとめるとこうなる。
<ライオンの「てつがく」>
・かたつむりが教えてくれたもの
・するもの
・なるもの
・すわりかたから工夫するもの
・木の梢をみつめるもの

<かたつむりの「哲学」>
・ライオンは哲学的な様子をしている
・あんたの哲学は、とても美しくてとても立派

きちんとすわり(でれりとしない)、姿勢を正し、何かを見つめようとするライオン。
その姿を、美しくて、りっぱと認めるかたつむり。
かたつむりに認められたことを素直に喜ぶライオン。
うーん、ライオンは一見すると格好いいんだけど、確かに「哲学」を辞書に載っていたように『人生・世界、事物の根源のあり方・原理を、理性によって求めようとする学問』だとわかっている、とは見えないね。少なくとも、見た目を気にしているだけなのが哲学かというと、そうじゃない。かたつむりもそんなライオンを認めているところを見ると、わかってないのかなぁ。

そうしてライオンは「哲学」が何かわからないけど、肩こりも空腹も忘れて座り続けるわけだ。これを間抜けだなぁ思うこともできるけど、実は案外そうでもない。
というのは、有名な哲学者、カントの口癖は
「諸君は、哲学を学ぶより、哲学することを学べ。」
だったというし、座禅でも、道元禅師は
「只管打坐(しかんたざ)」
つまり、「ただ坐れ」とおっしゃった。
「哲学」が何かわからなくても、「てつがく」というものを考えて、ただひたすらにそうしようとしているライオンは、本当のことに近づくかもしれないね。

そこでひとつ覚えておいて欲しいのが、このライオンみたいに、「どうすればいいだろうと考えて、実際にそれを行動に移す」ということ。これはすごく大切なことだと思うんだよ。
たとえば「いじめを無くそう」なんてみんなが思うわけだけど、じゃあどうすればいいのかを考えて、行動する人は結構少ない。そうすればいじめは無くなるなんて簡単なものではないけど、もし、考えて行動すれば、少しは良くなっていくと思うんだ。」
ここより)

自分はこの詩を読んで、何とも、直ぐには感想が出てこなかった。どう読めば良いのかピンと来なかった。しかし、この先生の話を聞くと、なるほどとも思う。

何となく、スッとすれ違ってしまう一つの詩。しかしそこには深い意味が隠されている。
中学生と違って、鈍感な自分にビックリ!?

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2018年11月13日 (火)

「デジタル化時代における日本のものづくり」~藤本隆宏・東大教授の話

NHKラジオ第2「文化講演会」(ここ)で、藤本隆宏・東大教授による「デジタル化時代における日本のものづくり」(2018/11/04放送)を聞いた。ある意味、目からウロコ??

NHKのサイトにはこう解説がある。
「デジタル化時代における日本のものづくり」
東京大学ものづくり経営研究センター長…藤本隆宏
181113fujimoto 藤本さんは日本の製造業の可能性と潜在力について国内外の多くの現場におもむき、取材し徹底的な分析を行なっています。今回は、戦後、日本の製造業が形成した「統合型ものづくり」について、特にその生産・開発・購買のシステムの仕組みが企業間競争力や収益力にどのように結びついたのか、具体的な事例をもとに解説します。またデジタル化が進むなかで日本の製造業の立ち位置や企業の進むべき方向についても語ります。」(
ここより)

<「デジタル化時代における日本のものづくり」~藤本隆宏氏の話(60分)>

<「デジタル化時代における日本のものづくり」~藤本隆宏氏の話mp3>

聞いてまずビックリしたのが、大学で、このような企業の生産活動の研究が為されているという事。そもそも大学は基礎的な学術研究であり、企業の現場とはほど遠い存在と思っていたが、何の何の、氏は企業の現場に赴き、分析をしている。
そして、日本の物作りについて、一刀両断に喝破しておられる。
かつてメーカーで、サラリーマン生活を送った人間としては、懐かしくもあり、苦しくもあり、そして希望もあるように聞いた。

印象に残った話を少しメモしてみる。
重さのある世界(トヨタ生産方式など)は、日本は今でも強い。しかし上空の世界では日本は存在感が無い。
日本は多能工のチームワークで勝負をする。調整能力の高い現場は、調整集約的な製品が強い。調整をたくさんやらないとまともな製品が出来ない物は、日本は強い。設計は調整活動。機能と構造の調整活動。それが必要な製品は強い。それは自動車であり80年代のアナログのテレビ。それがデジタルテレビ、つまり調整節約型、モジュラー型にに変わった時点で、弱くなった(17分頃)。ビールもそう。酵母が元気かどうか。これはまさに調整型。

そして44分頃からの話で、「長期に亘る検査不良が発覚しているが、それで現場力が落ちている証拠だ、とアメリカで言う人がいるが違う。検査不正は許されないが、外部不良(実際に起きる事故)と内部不良(検査規格に達していない)は違う。」という話は、まさに然りである。
マスコミは、まるで鬼の首を取ったように新聞のトップで報じるが、これは内部不良であって、それが直ぐに事故につながるわけではない。それなりの平静さが必要だと思う。

この番組は、たぶんPPT(パワーポイント)などを使った講演の音声部分だけなので、少し分かりづらい所がある。しかし、言っている内容は的確であり、製造の現役生に聞かせたい話。

前に何度か書いているが、自分は夜中に目が覚めると、時間節約のためにウォークマンに録音しておいたNHKの番組を聞いている。PCのRadikoolでNHKの番組を録音しておいて、ウォークマンに転送して聞いているのである。
前はラジオ深夜便を良く聞いていたが、最近はほとんどNHKラジオ第2の「カルチャーラジオ」(ここ)や「文化講演会」(ここ)を楽しみにしている。

最近では「やさしい“ブラックホール”入門」や「南極研究の今~南極観測60年によせて~」が特に面白かった。
この貴重な番組をどれだけの人が聞いているか分からないが、勧めたい番組ではある。

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2018年11月11日 (日)

今ごろ?BDで映画「ベン・ハー」「十戒」を見る

久しぶりに、映画「ベン・ハー」と「十戒」を見てしまった。
たまたま、愛機HAP-Z1ESから流れてきたのが、映画「ベン・ハー」の序曲。それで久しぶりに本編を見ようかと思った。しかし自分のHDDの録画リストにはない。自分で録画したDVDやBDにもない。
181111benhur 調べてみると、ブルーレイの「ベン・ハー 製作50周年記念リマスター版(2枚組)」が1000円弱で買えることが分かって買ってしまった。この盤の評価を見ると、BD盤の色の再現性が良い、とあった。届いたBDを再生してみると、なるほど絵が素晴らしい。ローマ軍の赤いマントが何とも鮮やか。そして音の素晴らしさ。
日本語吹き替えモードではモノラルの音声だが、英語版はステレオ。このような映画は、TVで放送されるモノラルの吹き替え音声ではなく、やはり字幕で、オリジナルの音が良い。

この映画については、前に「映画「ベン・ハー」序曲~チャールトン・ヘストンが亡くなった」(ここ)という記事を書いた。
ちょうど10年前である。その時に、この映画にまつわる思い出話は書いたので、ここには書かない。
それにしても、60年前の1959年(昭和34年)の映画だというのに、今でも生々しい。音の世界で、昔のアナログテープからハイレゾ音源を作って売っているように、これもフイルムというアナログ作品。それ故に、ハイビジョン化でよみがえる。音も、ここまでよみがえるとは、フイルムの底力を感じる。
音については、(ここ)によると「1953年、20世紀FOX社が開発した「シネマスコープ」方式。これは磁気記録による4チャンネル方式、「パースペクタ・ステレオ」も採用されていた。チャンネル構成は、スクリーン側の左、センター、右と、リアの3-1方式である。」とあるが、この映画に採用されたかどうかは分からない。しかし、BDの音は素晴らしい。
「序曲」と「勝利の行進」は先の記事に載せたので、今回は「Final」を聞いてみよう。

<映画「ベン・ハー」のFinal>

<映画「ベン・ハー」のFinal-mp3>

過去に何度か見ているが、改めて見てみると、全体のストーリーは知っているものの、各場面では結構新鮮。つまりあまり覚えていないらしい。

千円で楽しめたので、ついでに「十戒」もBDで見ようかと買ってしまった。こちらは1500円程度。こちらはリマスター盤では無いが、それでもBDの画面と音は充分。
各場面は、こちらの方が良く覚えていた。wikiを見ると、この映画は1956年の作品というから「ベン・ハー」よりも先に作られたらしい。
wikiで比較してみると、先に作られた「十戒」は製作費1350万ドル/興行収入8000万ドル、「ベン・ハー」は製作費1500万ドル/興行収入7400万ドルだという。
何と、「十戒」の方が成績が良い。しかし日本での興行成績は、「十戒」3億5500万円に対して、「ベン・ハー」は15億3000万円で「ベン・ハー」の勝ち。
自分は絶対に「ベン・ハー」が上だと思っていたが、海外での評価は日本とは違うようで・・・

著作権の切れた映画は安い。TVで見るのも良いが、吹き替え盤でない音の良いBDで見るのも、またオツかもね・・・・

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2018年11月 9日 (金)

「2018流行語大賞」候補30語

昨日の朝日新聞にこんな記事があった。もうこんな季節なのである。
「ボーっと生きてんじゃねえよ!」「そだねー」 流行語大賞、候補に30語
1811109ryuukougo2018  今年の世相を映した言葉に贈られる「2018ユーキャン新語・流行語大賞」(「現代用語の基礎知識」選)にノミネートされた30語が7日、発表された。平昌五輪で女子カーリングチームが使った「そだねー」やセクハラ被害について当事者が声を上げた「#MeToo」、NHK番組のCGキャラ、チコちゃんの決めゼリフ「ボーっと生きてんじゃねえよ!」などが挙がった。年間大賞とトップ10は12月3日に発表される。」(
2018/11/08付「朝日新聞」p33より)

ノミネートされた30語
・あおり運転
・悪質タックル
・eスポーツ
・(大迫)半端ないって
・おっさんずラブ
・GAFA(ガーファ)
・仮想通貨/ダークウェブ
・金足農旋風
・カメ止め
・君たちはどう生きるか
・筋肉は裏切らない
・グレイヘア
・計画運休
・高プロ(高度プロフェッショナル制度)
・ご飯論法
・災害級の暑さ
・時短ハラスメント(ジタハラ)
・首相案件
・翔タイム
・スーパーボランティア
・そだねー
・ダサかっこいい/U.S.A.
・TikTok
・なおみ節
・奈良判定
・ひょっこりはん
・ブラックアウト
・ボーっと生きてんじゃねえよ!
・#MeToo
・もぐもぐタイム

自分で意味が分かるのは14個だった。つまり半分の言葉は知らない。相当遅れている??
それにしても、流行語は時代を反映する。
ここ)から、昨年の流行語を眺めてみた。

<<2017年 授賞語>>
<年間大賞>

・インスタ映え
・忖度

<トップテン>
・35億
・Jアラート
・睡眠負債
・ひふみん
・フェイクニュース
・プレミアムフライデー
・魔の2回生
・〇〇ファースト
・9.98(10秒の壁)
・29連勝

(ノミネート)
・アウフヘーベン ・うつヌケ ・うんこ漢字ドリル ・炎上○○ ・AIスピーカー ・共謀罪 ・GINZA SIX ・空前絶後の ・けものフレンズ ・人生100年時代 ・線状降水帯 ・ちーがーうーだーろー! ・刀剣乱舞 ・働き方改革 ・ハンドスピナー ・ポスト真実 ・ユーチューバー ・ワンオペ育児

昨年の流行語でも知らない言葉が多い。しかし、「ちーがーうーだーろー!」なんて聞くと、あれは昨年か・・・と懐かしくもある。そして、「アウフヘーベン」の小池都知事も、既に過去の人?
今年のノミネート語を見ても、既に懐かしくなった言葉もある。「悪質タックル」も盛り上がったが5月の話。そう言えば、貴乃花の言葉(貴ノ岩事件)が無いなと思ったら、ちょうど1年前だった。時間が経つと、過去の話は、自分の頭の中で、十把一絡げになるらしい。

最近、日が暮れるのが早い。毎年、この頃になると気になる。
愛犬メイ子が、我々が外出のときに「暗くなると寂しかろう」と居間のタイマーで点けている常夜灯も、点灯の時刻を夕方4時に直した。
短い秋も直ぐに終わって冬が来てしまう。せっかくの秋に、何かしなければ・・・!?

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2018年11月 7日 (水)

どう思いますか?「来年の新天皇の即位10連休」

今朝の朝日新聞の記事。
「(声 どう思いますか)10月14日付掲載の投稿「10連休、社会生活に支障あり」
181107renkyuu  日本は世界有数の「祝日大国」だってこと、ご存じでした? 祝日数は、実に、英国の2倍。でも、そんな実感は薄いのでは。来春の「10連休」についても、届いたご意見は恨み節ばかり。そんな現状をニッセイ基礎研究所社会研究部の土堤内(どてうち)昭雄主任研究員が斬ってくれました。

 ■10連休、社会生活に支障あり
 主婦 女性(東京都 71)
 政府は、来年の新天皇の即位日を祝日にする法案を提出する方針を示した。これに伴い、来年は祝日法の規定で10連休になるというが、私は疑問を感じた。
 その間は医療機関も休日になる。しかし患者の中には、毎週診療を受けている人もいる。例えば、人工透析を受けている人や、1日で回るのが難しく複数の医療機関を別の日に受診している高齢者もいる。病状の急変もある。弱者は、一体どうせよというのであろうか。
 このような人気取りが目当てとしか考えられない法案は取りやめるべきであろう。10日間も休日態勢になると、社会生活で困るサービスは他にもあると思う。
 皆さんはどう思いますか。 (10月14日付掲載の投稿)
    ◇
 ■非正規で働く人のことも考えて
 高校非常勤講師 男性(長崎県 67)
 私は定年後の再任用を終え、いまは授業のみの非常勤講師として教壇に立っている。年金生活の身ながらいまだ教え、育むことができることに感謝している。
 ただ、非常勤講師のみで生計を立てている若い人のことを考えるといたずらに10連休を喜べない。非常勤には実授業時数分の講師料と日割りの通勤費が支給されるだけで、正規教員のように扶養手当もなければ住宅などの諸手当もない。
 ある非常勤講師がつぶやいた言葉が忘れられない。「夏休みは収入がない。コンビニで働いたが、『先生、何をしているの』と生徒に言われた。つらかった」
 4月、5月は年度初めで諸行事が多く、授業は他の月より少ない。来年度のみの祝日となれば少なくともその日を「賃金支払いの対象日、労働は休み」として、正規労働者同様の措置を非常勤で働く人にも適用できないだろうか。

 ■患者さんに休みはありません
 乳腺外科医 男性(群馬県 57)
 皇太子さまの即位に伴う10連休。巷(ちまた)では休めるか休めないかという議論が聞こえてくるが、24時間休めないがん患者さんのことを考えたことがあるだろうか。
 公的病院は当然休診になる。急患には対応するが、がん患者さんは急患ではない。毎週投与すべき抗がん剤が2週に1回となり、3週間に1回の抗がん剤が4週間に1回になる。手術待ちの期間も10日間延びる。天皇陛下も皇太子さまもこのような事態をお望みであろうか。夜間休日でも特別待遇で診療してもらえる政治家にとって、休診日の増加は切実な問題ではないのだろうか。
 休日の増加に加え、来年度からは医療者にも年5日間の有休消化が義務化される。患者さん本位の医療を行いながら、医療者も年休を取りやすいような働き方改革をこそ考えるべきだと、医療の現場からもの申したい。

 ■休めるのは公務員と大企業だけ
 無職 男性(山口県 76)
 私も「10連休」には反対である。ただし、連休そのものに反対なのではない。「一斉に休む」ことに反対なのである。
 3歳と7歳の孫はどちらもぜんそく持ちで、昼夜を問わず突然発作が起きる。さらに風邪や腹痛など他の病気にも突然かかる。休日に何かあれば最寄りの救急病院を頼ることになる。
 しかし、救急病院の門は決して広くない。まず、救急車を呼んでもいいかどうかで迷い、自力で行くと、「紹介状がない」と高額な割増料金を取られる。
 病院は一斉に休まないでほしい。現状でも連休が多い。われわれ高齢者も「風邪を引かないように、病気にならないように」と連休前はいつも気になる。
 視点を変えて見ると、10連休を確実に取れるのは大企業や公務員が中心で、対応できない業種も多くある。「休日は個別」を旨とし、分散してほしいと思う。

 ■郵便、銀行、市場…日常生活は
 給食調理員 男性(愛知県 55)
 祝日法の規定だからと、安易に10連休にするのは、大いに疑問である。医療機関の受診困難しかり、新しい生活にようやく慣れた子どもたちは連休明けに登園・登校を渋るかもしれない。新入社員には五月病の心配もある。
 郵便配達は原則として祝日は行われないが、郵便物は届かなくなるのか? 銀行業務も10日間停止するとなれば、お金の出し入れに困るだろう。平日勤務、かつ、日割りで給料を得ている労働者はその間無給となるのか? 農作物や魚の市場も休みになるのか?
 一方で、超大型連休で旅行の予約は盛況だと言われている。来年10月に実施するとした消費増税前の経済効果を狙った、短絡的な工作としか思えない。10連休は、政府による思わせぶりな大盤振る舞いにすぎず、社会や学校生活など、多方面で支障をきたすことは明白である。

 ◆祝日大国日本の訳は
 土堤内昭雄・ニッセイ基礎研究所主任研究員 24時間365日経済が動き、産業構造も働き方も多様化した今、皆が一斉に休めるわけなどありません。非正規の方々からすれば、「祝日を増やすなら金をくれ」でしょう。
 日本の祝日の多さは、有給休暇取得率の低さと裏腹の関係にあります。有休が取れていれば祝日は少なくていい。元日や憲法記念日など国民がこぞって祝うべき日だけで十分なのです。
 有休が使えていないのは働く側にも責任があります。「赤信号みんなで渡れば」的な、横並び意識は捨てなければ。親の休みに合わせて子も休めるような学校現場の意識改革も必要です。
 「お上」のお仕着せで休むのではなく、働く人それぞれが自分や家族の都合に合わせて主体的に休みを取り、納得して休む。真の働き方改革は、休み方を変えてこそ実現するのです。」(
2018/11/07付「朝日新聞」p14より)

上の10月の投稿は、自分も読んで覚えていた。
案の定、10連休に否定的な意見が多いようだ。そもそも、上に賛成の意見が無い。
自分もどちらかと言うと反対。自分が年金生活だからかも知れない。“毎日が日曜日”ゆえに、毎日が平日の方が便利という側面もある。
まあそれはそれとして、一般的に考えても、従来の正月と5月連休、そしてお盆は、休んでも4~5日。それが来年の新天皇即位の時は、月の1/3の10日間が連休になると言うから凄まじい。銀行も郵便局も、そして何よりも病院が、月の1/3動かない・・・!
まあ政府の人気取りのひとつなのだろうが、喜ぶのはやはり公務員と大企業の社員だけ?

自分も不整脈の持病を持っているだけに、発作が怖い。平日であれば、病院に駆け込めば何とかなる。しかし、病院が長期に休みになると、発作が起こらないことを祈って、じっと連休が過ぎ去るのを待つしか無い。歳を取ってからというもの、正月とお盆の連休はつい意識してしまう。連休が終わると、「やっと平日になったね」と・・・

上の指摘についても、銀行は休日もNetが動くようになる方向なので別にすると、郵便は困る。郵便局もそうだが、配達が滞る。それでなくても今後は土日の配達を止める方向という。市民生活にとってみると、痛い。

連休以外では、「病気も、火事も起こせないぞ!」と緊張するのが、大雪。都会は雪にはからきし弱い。自分のところも直ぐに交通がストップ。積雪で静かになった道路を眺めながら、「今、救急車を呼んだら来てくれるのかな?」「今、火事になったら、消防車が来て消火活動をしてくれるのかな?」と不安になる。

今まで、ほとんど気にしなかった連休中の“緊急事態”。
年齢と共に、それらを意識するようになった今回の困った“10連休騒動”ではある。

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2018年11月 5日 (月)

日本と中国の国民性~品のある行動とは?

先日の朝日新聞の「声」の欄の記事。
「(声)柔軟さ欠ける大幅遅れの新幹線
 無職 男性(福岡県 68)
 10月19日夕刻、人身事故で、東海道・山陽新幹線は運休や終点駅の変更、大幅な遅れが出た。
 大阪にいた私は、午後7時25分に新大阪を出る博多行き「のぞみ」の指定席券を持っていたが、運行見通しが立たない。駅員の方がとにかく来た列車に乗ってほしいと言うので、鹿児島中央行きが博多止まりに変更された別の列車に午後10時ごろ乗った。
 大混雑で自由席はあきらめ、指定席車両に立つことにしたのだが……。デッキ付近には混み合った人々、通路にもそこそこの人、そして、座席にはまばらな人。この光景に日本人の生真面目さが表れていると思った。平常時は指定席券を持つ人以外は座れない。そのことが皆、頭にあるようで、律義に守っている。
 立っている人の中には、高齢者もいる。なぜJR西日本は「空いている席にはご自由にお座りください。指定席券をお持ちの方が来たら、席をお代わりください」と、一言アナウンスできなかったのだろうか。」
(2018/11/04付「朝日新聞」p8より)

JRも、黙認はしても、指定券を買って座っている人のことを考えると、「ご自由にお座りください」とは言えなかったのだろう。でも「他の指定券をお持ちの方は、空いている席にご自由にお座りください」とは言えたのではないか・・・

しかし「席が空いていても座らない」。これも、律儀な日本人の国民性の表れか・・・
さて、もし自分だったらどうだろう。やはり指定券を持っていないと、躊躇するかも。いや、座るな・・・。
サラリーマン現役時代、同僚に“こんなやり方もある”と教わって、新幹線でどうしても席が取れない場合は、堂々と指定席の空いている席に座ることにしたっけ・・・。もちろん指定券を持っている人が来たら、別の空いている席に移る。検札が来ると、その時に指定席料を払う。車掌さんも慣れていて、その際いつも言われるのが「指定券を持っている人が来たら、別の空いている席に移って下さい」「はい分かりました」。
上の投稿の例だと、どうだろう?自分が座っている横に、立っている人が座ったら、「指定料も払わないで、ケシカラン」と思うのか?
いや、自分が空いている奥の席に移って、「誰か来るまで座りませんか?」と声を掛ける??

一方、中国のこんな記事もあった。
中国バス転落、原因は「けんか」 乗客に殴られ、運転手応戦 13人死亡
181105tyuugokujiko  中国・重慶市で10月下旬、路線バスが長江にかかる橋から転落し、13人が死亡したのは、運転手と乗客の女性のけんかが原因だったことが2日明らかになった。警察がバスを水中から引き揚げ、車載カメラの映像を復元し、事故直前の車内の様子が分かった。
 事故は10月28日午前10時8分に発生。中国国営中央テレビなどによると、降車場所を乗り過ごした女性がバスを止めて路上で下車させるよう運転手に要求。バス停以外では下車できないとし、走行を続ける運転手と口論になった。
 復元された車載カメラの映像では、運転席の隣に立った女性が携帯電話で運転手の頭を殴り、運転手もハンドルから片手を離し女性をたたいて応戦。ハンドル制御ができなくなり、車内に悲鳴が上がる中、バスが対向車線を横切って橋の柵を破って落下する様子が映っていた。バスには15人が乗っており、転落して長江に沈んだ。これまでに13人の死亡が確認され、残る2人は行方不明になっている。 (上海=宮嶋加菜子)」(
2018/11/03付「朝日新聞」p11より)

結局15人全員が死んだが、このバスの中での殴り合いの映像は、バスの転落の様子と一緒にテレビで何度も放送され、その結果の重大さに驚いたもの(ここ)。まず日本では有り得ない事故。
これに似て、よく引き合いに出されるのが、電車の乗り降りの様子。日本では降りる人を待って乗るが、中国では、電車が着くや否や、お構いなしに乗ろうとするらしい。

いやいや、そんなキレイな話ばかりではない。こんな話はどう見る・・・・?
「(声)児相反対住民こそ価値下げる
 巫女 女性(山口県 18)
 東京・南青山に持ち上がった児童相談所の建設計画で、地元住民から「区の価値が下がる」という意見が出ていることに愕然(がくぜん)とした。その発言こそが、区の価値を下げていると思う。
 児相や保育園新設の反対は、時々ニュースになる。私も「家の隣に児相ができます」と言われたら戸惑うだろうし、「反対はしないけど自分の家の近くは嫌」という気持ちも分からなくはない。ただ、「未来を担う子どもたちを保護し、育てる素晴らしい施設ができる」と前向きに児相を捉え直すことはできないだろうか。
 今、日本全体がみんなで子どもを育てるという意識が薄れているような気がする。様々な理由で親と暮らせない子どもがいたら、手を差し伸べるべきだ。児相に相談に来たり、保護されたりするほど追い詰められた状況で、その子の親や家庭を責めてもしょうがないと思う。子育ては各家庭の問題だからと突き放してしまうと、いつまでも児相を必要とする子は減らない。
 困っている子どもや親がいたら協力する。偏見をなくし、「社会で子育てをする」という意識を、すべての人が持つべきだと私は考える。
」(2018/11/05付「朝日新聞」p10より)

火葬場とまでは言わないが、幼稚園や保育園が地元住人の「うるさくなる」という反対で建てられない、という話はよく聞く。
自分の周りでも、散歩の時に通る小学校では、いつも校庭がにぎやか(ウルサイ)。そのせいか、校庭の隣の家は、ずっと空き家のまま。
自分も、その当事者になったら、何を言い出すか分からない。まあこれらは、「総論賛成、各論反対」の典型例。

話は飛ぶが、ウチのカミさんは、還暦をとっくに過ぎているが、電車で絶対にシルバーシートに座らない。自分はさっさと座って、帽子を脱ぐ(=はげ頭を見せて「オレは年寄りなんだ!」とアピール!?)。いつも「偽善者!」とカミさんをののしるのだが、カミさんは「見栄が無くなったら人間オシマイ」という。

おっと話がどんどんずれてしまった。
まあいつも、歳を取った分だけ「品のある行動を」とは思うのだが・・・・

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2018年11月 4日 (日)

「叱る」ということ

今朝の朝日新聞の記事。
「(with読者会議)厳しくも温かい、あの一喝
 ■Reライフ 人生充実
 ほろ苦かったり、不条理だったり、温かかったり。怒られるのは誰にとっても嫌なものですが、心に残る思い出の形は様々です。読者の皆さんから寄せられた体験談を紹介します。

 ■「就職させんぞ」気合入った
 今年の正月、兵庫県の高木勇さん(68)のもとに、工業高校時代の恩師から年賀状が届いた。「米寿を迎え、年賀の挨拶(あいさつ)は最後にしたい」。はがきの端には「継続は力なり」の文字。筆まめで、折に触れて届く手紙は、いつも指導や助言がいっぱいだった。「先生の人柄が表れていて感慨深かった」
 忘れられない思い出がある。
 3年生のある夜、先生が突然、自宅に来た。何事かとびっくりしていると、大声で怒られた。「高木君、真面目に勉強しないと、私が推薦する会社の就職試験は受けさせんぞ。もっと真剣に取り組め」。母親は真っ青になった。
181104sikarare  好条件の就職先への推薦が決まり、自覚はなかったが、授業態度が悪くなったことを心配しての行動だった。「てんぐになり、フワフワしていると見られたんでしょう。怒られて、気合が入りましたわ」。就職試験は無事、合格。この就職が、人生を大きく開いた。
 その会社には、給料をもらいながら短期大学で学べる社内制度があった。厳しい選考を通り、苦手だった物理や数学を教え込まれ、別の大学で学ぶ機会も得た。推薦してくれた会社で積んだそんな経験が、研究や企画など様々な部門を歩んだ47年の会社員生活を、豊かなものにしてくれた。
 高校3年間、ずっと担任だった。普段は温厚だが、怒ると顔を真っ赤にした。ついたあだ名は「赤だるま」。化学の実習中、横着をしたら「しょうもないことでも手をぬくな」と、いつもの真っ赤な顔で怒られた。後に、勤め先の研究で「高木君の出すデータは信頼できる」と言われた。「先生の教えの影響があったのかも」
 同窓会で、決まって盛り上がるのは、先生に怒られた時の話だ。「俺はあの時、こう怒られた」「怒られて目が覚めた」――。「うん、うん」とうなずきながら聞いている先生に、あのとき厳しく言われたからこそ、今の自分があるという旧友もいる。「先生は、みんなに本気で向かっていました」(中村靖三郎)

 ■練習に遅刻、無責任さ指摘
 小学校の水泳大会の練習に遅刻した時、「補欠が来ているのに、選抜のお前がなぜ遅刻するんだ!」と先生から思いっきりビンタされ、選考もやり直しに。大会には出られましたが、人生で一番怒られた思い出です。自分が補欠選手だったら嫌だったろうし、責任を持たなければいけない。元から信頼関係があって、怒られても納得できた。卒業後、先生がたたいたことを悩んでいたと知りました。もう一度会いたい先生です。<福岡県 女性(42)>

 ■自覚なくてもいじめだった
 小学3、4年のとき、同級生と一緒に一人の女の子の容姿をはやして、からかった。ある日、先生に突然呼ばれ、その子の家に行くようにとの指示。訪ねると、母親から「いじめられて悲しい思いをした」と涙ながらに叱られた。いじめていたつもりはなく、びっくりして衝撃を受けた。からかいのつもりでも、相手を深く傷つけることがある。当時は私自身もいじめられっ子だったが、全く認識できておらず、強く記憶に残った。<埼玉県 男性(55)>

 ■「誰かと成し遂げる」知った
 大学の団体競技で、監督から「どうしてもっとチームのために協調しないのか」と詰め寄られた。「人間はしょせん最後は一人ですから」と答えると、「それなら君は使えない」とレギュラーから外された。家庭環境に恵まれず「一人」という考え方に行き着いたが、きつい練習に耐えながら集団行動を指導する監督とぶつかって、「誰かと何かを成し遂げる充実感というのもあるんだな」と、半分は思うようになった。<栃木県 男性(50)>」(
2018/11/04付「朝日新聞」p25より)

半年ほど前に、孫たちとディズニーランドに行ったときのこと。4歳の孫娘を連れて売店に入ったカミさんが、ぐずる孫を引っ張りながら出て来た。「お店の人が触らないでね、というのに触っちゃうの」と言って、叱ったという。孫は店から引っ張り出されて不満。じゃあ今度はオレが・・・と。そして孫娘に言った。
「お店の物を触らないと約束したら、おじいちゃんが連れて行ってあげる」「うん、分かった。約束する」
店に入ると、なるほど工芸品が並んでいる。しかも子どもの手が届く高さ。初めのうちは、手を出さなかったが、そのうちに手を出して触る。商品は触っただけで壊れそうな物。
それで、「さっき触らないと約束したでしょ!」と商品に伸ばした孫の手をピシャリ。
驚いた孫は、脱兎のごとく店の外に。追いかける自分に言った。「近寄らないで!」「私に寄らないで!」・・・
そして通路に走り出す。追いかける自分。それからは手を付けられない荒れよう。
ママの所に行って、ひと泣きし、乳母車の中で一眠りしたら、機嫌は直っていた。
そのこと以来、「近寄らないで!」「私に寄らないで!」という言葉が、我が家の孫を表す“流行語”になってしまった!?

久しぶりの子どもへの叱り。カミさんもそうだが、必要のあるときは叱る。これが我が家のやり方。ジジババは孫に弱いと言われているが、我が家は孫にどんなに嫌われようが、叱らなければいけない時はきちっと叱る。それが教育。
自分の息子にも、たくさん叱った。多くは長男。もう忘れたが、中学3年の時の修学旅行だったか、行った先で悪いことをしてトラブルになったという。それを聞いて、その時は、本当に腹の底から叱った。ぶん殴った。長男は抵抗しなかった。どれだけ届いたか知らないが、その時のことは大人になっても長男は覚えているらしい。
それに引き換え、次男はあまり叱った記憶が無い。ぶん殴った記憶もない。

自分は、時代的に親に殴られて育った世代。それに引き換え、今の世の中は難しい。
しかし、幾ら可愛い孫でも、いけないことはキチンと叱る。幾ら嫌われようが、それだけは回避しないようにしよう、とカミさんと話している。
大人でも、ちょっと何かすると、直ぐにハラスメントだという今の世の中。甘やかされて育った子どもの将来が怖い。この記事のアンケートにもあるように、小学生時代の出来事が一番心の残るという。「鉄は熱いうちに打て」である。

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2018年11月 3日 (土)

「貴ノ岩“泣き寝入り”の深い闇」

先日、大騒ぎした事件の末路だろうか、貴ノ岩が提訴を取り下げた。理由はモンゴルでの家族へのバッシングだと言うが、どうもストンと落ちなかった。これに関してググってみると、やはりストンと落ちない人の?こんな記事が見付かった。

忖度、打算…貴ノ岩“泣き寝入り”の深い闇 はびこるモンゴル支配と暴力体質 提訴取り下げに協会は大歓迎!?

 大相撲の元横綱・日馬富士の傷害事件を巡り、約2400万円の損害賠償を求めていた幕内・貴ノ岩(28)=千賀ノ浦部屋=が30日、突然提訴を取り下げた。家族が母国・モンゴルでバッシングを受けていることを理由としているが、不可解な部分も多い。日本相撲協会が「暴力との決別」を掲げているのとは裏腹に、貴ノ岩の“泣き寝入り”で真相は闇へ葬られることに。後味の悪さを残して、九州場所(11月11日初日=福岡国際センター)を迎えることになる。(夕刊フジ編集委員・久保武司)

 貴ノ岩はこの日、担当弁護士の事務所を通して、署名入りでコメントを発表。提訴取り下げの理由をこう説明している。
 「裁判を起こしてから、母国であるモンゴルでは私に対する想像を超える強烈なバッシングが始まり、私の家族もモンゴルで非常につらい目に遭うことになりました。実際に家族から何度も耐えられないとの連絡があり、もう裁判をやめてくれとの要請がありました」
 「私はどのような反応にも立ち向かう覚悟でしたが、これ以上、私の家族がモンゴルで辛い思いをすることは私自身の気持ちとして耐えられません」
 貴ノ岩が求めている約2400万円という損害賠償額は「モンゴルの貨幣価値に換算すると、とんでもない金額になる。中流家庭が40年以上も楽に生活していける」(法曹関係者)。
 この金額を聞いて、モンゴル国内では「横綱日馬富士を引退に追い込んだうえ、こんなべらぼうな大金を要求するなんて」とSNSなどで貴ノ岩とその家族へ批判が集中したという。
 一方、元日馬富士は引退後、モンゴルのウランバートルで幼稚園から高校までの一貫教育校「モンゴル日馬富士学校」を今年9月に開校。「日本の礼儀や教育システムをモデルにしました」(元日馬富士)とのことで、募集定員の10倍以上の入学希望があり、「なんとか800人弱まで絞りました」(同)。暴行事件を起こしたとはいえ、国内では名士であり好感度も高いのだ。
 貴ノ岩は今後、元日馬富士に損害賠償を請求せず、治療費なども全て自分で負担するという。
 だが、元日馬富士の代理人弁護士はこの日発表したコメントで「モンゴルの国民性からして被害者である貴ノ岩関や、ましてやご家族が非難の対象になることは考えられません」と、貴ノ岩サイドの説明に首をかしげている。
 実際、貴ノ岩の提訴取り下げの背景には、家族の希望の他にも、複雑な事情がありそうだ。
 この傷害事件が発端となって、貴ノ岩は師匠の貴乃花親方を退職という形で失った。新しい師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)は穏健派。この日「(貴ノ岩の家族に)迷惑が掛かっていたようで、貴ノ岩も心配していた。相撲に集中してほしい」と胸をなでおろしたように、面倒な訴訟取り下げは願ったりかなったりといえる。
 また、元日馬富士の傷害事件は、まず横綱・白鵬が「だいぶ偉そうなことを言ったそうじゃないか」と貴ノ岩の過去の言動を詰問したことに端を発している。相撲協会としても、現役横綱が関わっていた一連の傷害事件の経緯をこれ以上詮索されないで済むのだから、提訴取り下げは大歓迎だろう。
 真相究明に強硬な姿勢を崩さなかった貴乃花親方が去り、残された貴ノ岩がそんな周囲の思惑を忖度(そんたく)し、今後自分が力士生活を送っていく上で取り下げた方が上策と判断したとしても、不思議ではない。
 一方で、相撲協会の第三者機関「暴力問題再発防止検討委員会」(委員長・但木敬一氏=元検事総長)は先月19日、約10カ月に及んだ調査の報告書を発表したばかり。その中で、モンゴル出身力士が所属部屋を超えて集まった酒席が傷害事件の舞台となった点を問題視。「当初は、同席していたモンゴル出身力士間の問題として処理されようとしたことや、モンゴル語という異なる言語の問題があったことから、ブラックボックス化していた。出席者間では、部屋を横断する形で、先輩力士や上位力士が後輩等を指導する関係が形成され、大相撲の事業運営の基礎である部屋制度を脅かすものとなり、ひいては協会のガバナンスをも揺るがす契機の存在を浮き彫りにした」と断じている。
 また、相撲協会も年内をメドに外部有識者を含む「コンプライアンス委員会」を新設するとしている。
 こうした動きとは裏腹に、貴ノ岩の泣き寝入りで、モンゴル出身力士のネットワークは所属部屋を超えて団結力と勢力を増し、“ブラックボックス”化に拍車がかかるのは必至。暴力との決別など夢のまた夢ではないか。」(
2018/11/01付「夕刊フジ」ここより)

モンゴルでの家族へのバッシングの事実はあったにせよ、貴乃花親方が去った今、協会に残る自分の今後の相撲人生を考えると、提訴取り下げは、貴ノ岩としては唯一選べる道だったような気がする。
つまりサラリーマン的な考え方をすると、当然選ぶ道。それほど、相撲協会という岩盤組織は強大な権力。まさに大企業と同じ。

バッシングについて、こんな意見もあったようだ。

加藤浩次、貴ノ岩の提訴取り下げはモンゴルでのバッシング報道に「白鵬関、元日馬富士関がそれは違うとモンゴル国民に訴えられないのか」
 31日放送の日本テレビ系「スッキリ」(月~金曜・前8時)で大相撲の元横綱・日馬富士関による暴力被害を巡り、幕内・貴ノ岩(28)=千賀ノ浦=が損害賠償2413万5256円を求めていた訴訟で、貴ノ岩と代理人弁護士が提訴を取り下げたことを特集した。
 取り下げた理由として貴ノ岩本人だけでなく、母国・モンゴルで暮らす家族が耐えられないバッシング被害を受けていることと文書で説明した。損害賠償は一切求めず、治療費も自己負担する。
 番組ではモンゴル国内で貴ノ岩へのバッシングが高まっていることを報じた。こうした背景にMCの加藤浩次(49)は「ボクなんか思うんですけれど、白鵬関、さらに言ったら元日馬富士関が、いやいやそれは違うんだ、とモンゴル国民に訴えることってできないんでしょうかね」と示した。さらに「被害受けた側が取り下げなきゃいけない、いわゆる泣き寝入りの状態。どうなのかなと思っちゃうボクは」と疑問を投げかけていた。」(
2018/10/31付「スポーツ報知」ここより)

これは理想中の理想論。そもそも、全てを仕切っていた白鵬が、最初から最後まで、だんまりで逃げた。鶴竜も同じ。そんな人たちに、こんな理想論をぶつけてもムダ。

先の八百長問題も含めて、大相撲が国技だなんて、やはりおかしい。プロレスと同じ格闘技の興行そのもの。あうんの呼吸で闘う見世物に成り下がっているのだろう。なぜなら、モンゴル文化(モンゴル語によるブラックボックス化)が事件の出発点なのに、良い意味での国技(部屋制度など)がそのモンゴル文化に浸食、破壊されてしまっているのが現実だから・・・。

ふと、昔、小学校低学年のころ(昭和30年代初め)、家の前の空き地にチャンバラの芝居小屋(いわゆる大衆演劇)が来たことを思い出した。丸太で舞台を作り、客席を幕で囲ってチャンバラを見せた。
小学生の自分が、午後、舞台裏を覗くと、チャンバラのスジの打合せをやっていた。こうやるから、後は流れでこう・・・。それを聞いた時、子ども心にガッカリした。ナーンダ、あれはヤラセか・・・・と。
これは先の大相撲の八百長の時の話と同じ。

その頃を思い出すと、映画「若の花物語 土俵の鬼」(1956(昭和31)年公開)が浮かぶ。昭和31年というと、自分は小学校3年。この映画を見て、すっかり大相撲の、そして若の花のファンになってしまった。テレビなど無い時代なので、ラジオで一生懸命聞いた。分かったのは、最後の勝ち負けだけ。途中のアナウンサーの実況の言葉は分からなかった。
当時、親父は栃錦を応援。栃若時代に親父と対立!??

テレビの初期の時代、街頭テレビの人気番組は、プロレスと大相撲。
自分も、出身地の関係で稀勢の里を応援したいと思っていたが、テレビも新聞も、もう大相撲は見ないと思う。この貴ノ岩事件の経緯を見るに、相撲の世界の一連のあまりの理不尽さに、到底自分は大相撲を受け入れられなくなってしまった。
自分にとっては、“さらば大相撲”である。

●メモ:カウント~1170万

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2018年11月 1日 (木)

「余命の告知は医師の義務か?」

先日の朝日新聞の「声」の欄に、こんな投稿があった。
「(声)余命の告知は医師の義務か
 無職 男性(東京都 80)
 がんで亡くなった患者に余命を告げなかったのは医師の告知義務違反だとして、病院が訴えられているというニュースを読んだ。遺族が、残された時間が分かっていたら一緒に温かい思い出を残せたのに、と慰謝料を求めているそうだ。
 私は重篤な病で入退院を繰り返している。余命は、あえて主治医に聞かない。よしんば数カ月先に死が迫っていても、もう少し永らえるだろうと思っていたい。先が分かってしまうと、どうやって生きていけば良いか、生き方を見つけられないような気がするのだ。
 いずれ重い病であることは分かっているから、終わりが近いことは覚悟している。私は家族に自分の考えを言い聞かせ、医師には「知りたくない」と伝えてあるので、その話題は出ない。知りたい人は自分で聞けばいいこと、と思っている。
 だから、わざわざ医師に「告知義務」を負わせる必要はないのではないか。訴訟で医師を追い詰めるべきではない、とも思う。患者の病気や死と向かい合う医師は、ただでさえ微妙な立場に置かれがちで、神経をすり減らし時間を奪われている。むしろ気の毒に思うばかりだ。」(
2018/10/31付「朝日新聞」p14より)

実にもっともな意見だと思うが、話題となった当該記事をググって読んでみた。

余命宣告なし、遺族が提訴 「医師ら説明義務違反」 大分地裁
 乳がんで今年1月に死亡した大分市の女性=当時(57)=の遺族が、余命1カ月との宣告を本人も家族も受けなかったために「余命が充実したものになるよう手厚い配慮ができなかった」などとして、通院先のアルメイダ病院(同市)を運営する市医師会と主治医に慰謝料3190万円を求めて大分地裁に提訴した。
 訴状などによると、女性は2005年ごろに乳がんを患った。09年ごろに再発して肺などに転移。通院しながら抗がん剤治療を続けていたが、今年1月26日、容体が急変して死亡した。
 急死の説明を求めた遺族と病院側の話し合いで、死亡する9日前の検診の際に主治医が「余命1カ月」と判断していたことが判明。病院側は「余命告知の義務はない」と述べたという。
 遺族側は「医師や病院には診断結果の説明義務がある」と強調。医師らは余命宣告の告知を検討するために家族との接触も図っておらず「診療契約に付随する家族への告知義務に違反した」と主張している。これにより、家族一緒の時間を多く設けるなどの配慮ができなかったとしている。
 病院側代理人は「具体的な内容は訴訟の中で主張していきたい」としている。
   ◇    ◇
宣告後に自殺の例も 医療現場難しい対応
 余命宣告を巡っては、最高裁が医師には患者やその家族への告知義務があると認める一方、病気の告知を受けた患者が自殺した例もあり、医療現場は難しい判断を迫られている。
 最高裁は2002年、余命1年のがんと診断したのに患者や家族に余命宣告しなかった医師について、「告知が適当だと判断した場合、診断結果を説明しなければならない」と告知義務違反があったと認定した。
 他方、がんの告知を受けて自殺した男性患者の遺族が「医師の配慮が欠けていた」として主治医らを相手取り、損害賠償を求めて提訴したケースも。余命宣告を受けて仕事や財産を整理したのに、余命を超えて長く生きていると戸惑う人もいる。
 終末期医療に詳しい「にのさかクリニック」(福岡市)の二ノ坂保喜院長によると、余命宣告は同様の病状で亡くなった人たちの統計データなどに基づくもので、患者個々の余命を断定することはできないという。「余命宣告との向き合い方は患者によって違う。医師が本人への宣告の有無や方法について最善の選択をするには患者との信頼関係が重要であり、その上で、個々のケースで判断するしかない」と話している。」(
2018/10/23付「西日本新聞」朝刊ここより)

第一印象は“乱暴な訴えだな”と思ったが、記事の中の「医師らは余命宣告の告知を検討するために家族との接触も図っておらず」というのが気になった。
乳がんの再発から10年もの間、治療を受けていながら、病気の重大性について、医師と本人及び家族の間でどのような話が為されていたのだろう?
幾ら「余命」という言葉は使わなくても、普通は、検査結果を聞くときなどに、病状の説明でそれは分かるもの。
医師が「余命」という“残酷な言葉”を避けるのも分かる。それは聞きたくない人も居るから。それに、上の記事にもあるように、「余命」は単なる統計上の推察の数字で、本人にあてはまるかどうかは不明だから。
よって、自分は余命宣告が医師の義務とは思っていない。必要ならば、医師に聞けば良いだけの話。医師は、隠す理由もない。

義姉の胃がんのときも(ここ)、母の老衰の時も(ここ)、家族の間で「余命」という言葉は出なかった。
「手遅れの胃がん」という言葉はあった。しかし、医師も含めて誰も「余命」という言葉は使わず、がんが見付かってから半年で義姉は逝った。その間、誰もが「少しでも永く」と思いつつも、「いつまで」は心の中にしまった。
母の時も、聞けば医師が答えてくれるだろうと思いつつも、家族の誰も聞かなかった。知りたくなかった。
そんなナイーブなことを、裁判の場で争うのだという。

話は変わるが、ある友人は、脳の手術を近くの大学病院で受けた。ある友人のカミさんは、乳がんを築地のがんセンター病院で受けた。
重大な病気になったときに、どんな病院に行くかを、最近カミさんと話す。もちろん結論は出ない。義姉の胃がんが見つかった時、近くのがん専門病院に行こうと思ったが、受診できるのは数か月先、と言われてあきらめたと聞いた。
要は主治医であり、病院名では無いという。しかし、専門病院の方が、安心出来る気もする。しかし、いかんせん遠い。通院が大変。特に病状が悪化してからの通院を考えると、迷う。
一方、余程の難病でも無い限り、がんなどは標準治療が決まっていて、病院によってあまり変わらないとも聞く。

おっと話を「余命」に戻す。カミさんは絶対に「余命」を知って、きちっと身辺整理をするのだという。一方、自分は聞きたくない。それは自然に分かること。医師の病状説明の言葉からそれを何となく知って、必要があれば動く。それは日常的な心構えの問題だろうと思う。
人間、いつかは必ず死ぬのだから・・・。

待てよ!? 心臓や脳の突然死も考えると、いつ死んでもおかしくない・・・
すると、まだまだ身辺整理が足りないな・・・・。
ふと、都合良く“我が家の家訓”を思い出した。そうだ。「臭いものには蓋」だった。
後で考えよう~っと!?

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