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2018年10月26日 (金)

西脇義訓の「デア・リング東京オーケストラ」の世界

先日、NHKラジオ深夜便で「ホールが楽器 目指せ空間力 指揮者・録音プロデューサー西脇義訓」(2018/10/11放送)を聞いた。ここで初めて西脇義訓氏の活動を知った。
ここ)によると、デア・リング東京オーケストラとは、「N&Fの録音プロデューサー・西脇義訓が、録音を主目的として2013年に創設した、若手中心のプロ楽団。奏者は全員客席に向って座る、弦楽は弦楽四重奏のセットで座る、ボウイング(弓の上げ下げ)は自由等々、常識外の発想のもとで、バイロイト祝祭劇場の音(名称も《指環》に由来)や、ホールを1つの楽器として響かせる“空間力”を目指してきた。指揮者を兼ねる西脇は自らを「ファシリテーター(促進者)」と位置づけ、団員には「自発性を持ち、オケ全体の音を聴いて合わせる」ことを要求。」だそうだ。

<「ホールが楽器 目指せ空間力」指揮者・録音プロデューサー西脇義訓(41分)>

この放送のテキスト(文字起こし)は(ここ)にあるが、朝日新聞の記事(ここここ)から少し細かく西脇義訓音楽のコンセプトを拾ってみる。

「――まず、「デア・リング東京オーケストラ」という名称に込められた想いから聞かせてください。
西脇 先進性、独創性、開拓者精神で世界を席巻したワーグナーの代表作「ニーベルングの指環」(Der Ring des Nibelungen)にちなんで名づけました。」
「あれは忘れもしない2009年、バイロイト音楽祭開幕の7月25日。演目はペーター・シュナイダーの指揮による「トリスタンとイゾルテ」でした。着慣れぬタキシードに身を包み、硬い木でできた客席に座って今か今かと開演を待ちわびていたところ、ついに前奏曲が始まり……。その瞬間、天井から降ってくるかのような至福の響きに包まれた。これこそが私の理想とするオーケストラの演奏だと歓喜しました。私の予想通り、オケ・ピットの構造によってブレンドされた柔らかく、深く、荘厳なまでに美しい響きを奏でていたのです。
――バイロイト祝祭劇場のオケ・ピットは、どんな風に特殊なのですか?
西脇 客席との間には巨大な壁が覆いかぶさるようにそびえていて、客席からオーケストラは全く見えず、オーケストラから客席も全く見えません。ワーグナーは観客が集中できるよう、こうした構造にしたと言われていますが、私は音の響きも計算してのことだと思うのです。
 こうして生まれた「至福の響き」をバイロイト祝祭劇場のような特殊なオケ・ピットを使わずに実現したいと考えたのが、デア・リング東京オーケストラを創設した大きな理由です。」

「西脇 ただ、配置は二次的なことで、大切なのは目ではなく耳。指揮棒を目で追うのではなく、耳を使って全体の響きを聴き合うことです。その上でホールは楽器だととらえ、ホールという空間を最良の状態で響かせることも欠かせません。奏者の空間力とホールの空間力が一致した時に至福の響きが生まれるのです。
 相撲の土俵のように舞台が真ん中にあれば円を作るのが一番良いのですが、そうではないのでデア・リング東京オーケストラでは奏者が指揮者ではなく観客のほうを向いて座ります。指揮者が見えない人もいるし、弦楽器のボーイング(弓の上げ下げ)は各々の自由。誰かと合わせることに集中するのではなく、自由に、自発的に楽器を奏でることで意識を遠くに置くことができる。つまり演奏を俯瞰することができる。音を遠くに聴くことが「至福の響き」を生み出す秘訣なのです。」

「――団員が指揮者を観ないということになると、指揮者の役割とは?
西脇 日本では「指揮者」と訳されていますが、英語ではお客さんを快適な旅へと誘うのが役目だということから「コンダクター」。また、フランスでは「シェフ」と言います。さまざまな材料のそれぞれの素材を活かして料理をする人という意味ですね。「指揮者」というと支配するというニュアンスになってしまいがちですが、私は誘う、まとめるというのが本来の指揮者の役割だと思います。つまり英語のファシリテーターですね。音楽は文字通り、人を楽しい気分にしたり、心を癒したりするもの。一人ひとりの団員が自発的に方向性を定め、自然のうちに呼吸を合わせて演奏するのが理想ではあるけれど、それはそんなに簡単ではない。やはり促進する存在が必要なのだと捉えています。
 指揮者は独裁者であり、性格的な偏りがあっても音楽的な才能が際立っていればカリスマ性のある人物として受け止められるということは大いにありますが、エキセントリックにダメ出しをして団員のプライドを傷つけたり、モチベーションを下げたりするのは本末転倒なのではないでしょうか。奏者がすべきことは楽譜に書いてあるのです。すべきことを全員がストレスなく演奏することができれば、自ずと純度の高い響きを持って聴衆の心に届くと思っています。」

*なお西脇氏の音楽思想については、氏のサイト(ここ)に詳しい。

自分はそもそも「解像度」の高い(方向性の明確な)音源(音像)が好き。よってデッカ録音に凝ってきた。それが、西脇音楽は、それとは真逆のふわっとした音像だという。
181026scottish しかし、指揮者がふんぞり返った「オレ様」音楽に反旗を翻したことには共感。それでまずメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」のCDを買ってみた。なるほど、奏者の配置がバラバラ(従来のオケの配置と違う)のため、音像がふわっとしている。そしてボーナスCDに付いていたのが、客席後方の2階席に置いたワンポイントマイクによる録音。まさに、客席で聞いているように、前方遠くにオケがある。ちょっと聞いてみよう。

<デア・リング東京オーケストラの「スコットランド」#1>

実に穏やかな音楽である。弦、特にバイオリンの音が何と美しいことか・・・。

そして自分が持っているショルティ/シカゴ響と比較してみると、第4楽章が最も差が分かった。

<ショルティ/シカゴ響の「スコットランド」#4より>

<デア・リング東京オーケストラの「スコットランド」#4より>

ショルティ盤は、まるでスポーツカー? メンデルスゾーンはスポーツカーには乗らないだろう・・・!?

自分は、HAP-Z1ESとSR-009Sを愛用しているように、アナログ的な柔らかな音が好き。そのスタンスから言うと、西脇音楽は自分にフィットするはず!?

方向感の無いステレオ録音というと、EMIが1960年代に発売した、フルトヴェングラーのLPを思い出す。ドイツ・エレクトローラ社のブライト・クランクによる疑似ステレオである。

一方、次に買った「エロイカ」のCDのブックレットにこんなやりとりがある。
「大原 第1楽章の終わる直前に「英雄」のテーマが高らかになって、それが途中で、トランペットが消える。それでこれはナポレオンが落馬したといわれているところがありますね。

西脇 ええ、でもそれはね、当時の楽器の性能というか構造上、音が出にくいのでベートーヴェンはそうしたんだと思うけど。楽譜をよく見ると、あそこにはフォルテが1つ書いてある。それでほとんどの演奏は、頂点のように高らかにテーマを鳴らす。言葉で言うと、|ティータ|ティータ|ティーターター|ターー|ティータ|ティータ|ティーターターとね。トランペットはファンファーレのように高らかに鳴らす。

大原 大体の指揮者はそうですね。

西脇 フルトヴェングラーも、朝比奈さんもそうですしね。大体そうやっている。最近では古楽器スタイルの演奏では元に戻すと言うのもありますが。

大原 フォルテが一つというのは?

181026eroica 西脇 ベートーヴェンのスコアでは弱い順にPP(ピアニッシモ、ごく弱く)、P(ピアノ、弱く)、その次がf(フォルテ、強く)、それからpiu f(ピウ・フォルテ、さらに強く)、というのがあって、ff(フォルテシモ、ごく強く)と5段階に分けられている。だからf(フォルテ)は5つあるうち真ん中なんですよ。真ん中か、あるいはちょっと強めの解釈をしました。

大原 しかし、一般にはかなり強くやっていますね。

西脇 そう、一般的にそこが到達点。トランペットは頂点みたいに演奏する。ところが途中でテーマが、ティータ、ティータ、ティーターパパ、パパパパパパって伴奏に回っちゃうわけ。木管はタッタッタッタッタッタッ、タッタッタッタッタッタッって旋律を吹いているんだけど、急に旋律がおっこっちゃう様に聴こえるんで、あれは、ナポレオンの落馬だってことになったわけ。

大原 話としてはナポレオンの落馬は面白いですけどね。第1楽章の終わりの部分、ぜひ注意して聴いていただきたい。楽譜に忠実に西脇流の解釈。否、解釈を入れない楽譜に沿った演奏をお聴きいただきたい。あくまで忠実に楽譜を読み込もうとする西脇の姿勢がベートーヴェンの意図に肉薄する。」(デア・リング東京オーケストラの「英雄」ブックレットp4より)

それでこの部分を、フルトヴェングラーの擬似ステレオとデア・リング東京オーケストラを比較してみよう。指揮者によるトランペットの違いと、音場について。ふわっとした音場は、両者が似ているかも・・・!?

<フルトヴェングラー/VPOの「英雄」#1より>

<デア・リング東京オーケストラの「英雄」#1より>

それにしてもデア・リングの演奏は速い。一般的に遅いと言われているが、フルトヴェングラー/VPOの「エロイカ」の演奏が52分17秒に対し、デア・リングの演奏は44分50秒。ついでに、ショルティ/シカゴ響は50分13秒、ブリュッヘン/18世紀が49分20秒なので、いかに速いテンポなのかが分かる。

全体的に“軽い”イメージのオケだが、音楽の速度もそれに合っているのだろうか?

ところで、話を戻すと、指揮者を見ない演奏、というのがどうも自分には理解出来ない。そもそもスタートのタイミングが合わないでは無いかと心配する。
上の放送にある、ベートーヴェンの7番の冒頭を聞くと、やはりアンサンブルに少し問題があるように感じる。そして42人という規模では、とてもブルックナーなどの重い交響曲は無理では?と思ったのだが、第1弾のCDがブルックナーの交響曲3番ときた。確かに聞いてみると、何となくスマートなブルックナー。まあこんなのも有るのかな・・・という感。
このオケは、何となくモーツァルトやロマン派の音楽はフィットするとしても、ブラームスやマーラーなどの重厚な音楽は向いていないように思う。でもブルックナーはやっているな・・・。
それと、CDに入っているモノラル音源が良く分からない。ステレオ音源があるのに、わざわざモノラル音源を聞く人が居るのだろうか? モノラル音源の方が良いと思う人が居るのだろうか? 少なくとも自分は聞かないな・・・

ともあれ、フランス・ブリュッヘンの18世紀オーケストラのように、自分のオーケストラを作ってしまう西脇氏のパワーはすごい。しかも65歳で、だ。
リタイアして、のうのうと生きている自分も、同世代として応援したい気もしてくる。
何とも摩訶不思議な西脇義訓氏の音楽の世界ではある。


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