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2018年9月 2日 (日)

いいこと日記

今朝(2018/09/02)の朝日新聞の天声人語が気に入った。
「(天声人語)いいこと日記
 日記をつける習慣がほとんどない。毎日のように書いたのは中学生時代だけだった。実家に帰ったときに開いてみて、恥ずかしくなった。級友たちに対する劣等感や、女の子への片思いのつらさばかりがつづられていた▼とても読んでいられなかったが、あの頃は書くことで救われていたのかもしれない。そんな「つらいこと日記」とは、180度違うやり方があることを最近知った。「いいこと日記」。精神科医の宮地尚子さんがエッセーで書いていた▼その日の良かったことを三つ、簡単にメモするだけという。悪かったことはあえて書かない。どれほど嫌なことがあったとしても▼そんな日記を続けて宮地さんが見えてきたのは「いいことはたくさん起きているのに、それらを当たり前のように受けとめて、じゅうぶん味わっていなかったなあということ」。なぜうまくいかないのかと不満を持ち、反省することに多くの時間とエネルギーを費やしていたことも分かったという▼宮地さんにならい、きょうあったことを思い出す。みかんの青い実がふくらんでいるのを見つけた。本屋で挿絵のきれいな本に出会った。エレベーターで小さな男の子が一生懸命、「開く」ボタンを押してくれた。もう三つになった▼春がスタートの季節とすれば、秋は再スタートのときか。学生であれば夏休み明けで、学校に行くのがしんどく思えるときがあるかもしれない。つらいことはある。でも見過ごしがちないいことも、たぶんたくさんある。」(
2018/09/02付「朝日新聞」「天声人語」より)

先日、映画「阿弥陀堂だより」の、おうめ婆さんのこんなセリフを紹介した(ここ)。
「わしはね、この歳まで生きてきたけど、もう切ねえ話はうんと聞いたから、いい話だけ聞きていでありますよ。誰も切ねえ話聞くために、わざわざカネ出して本買うのはヤダもんなあ。わしゃあ、いい話聞いて、いい気持ちになりたいでありますよ。」

スタンスは一緒だ。悪い情報は体に良くない。だからもし情報の入り口で、それらを取捨選択できるとすれば、良い情報だけを入れたいもの。
しかし、新聞やTVニュースを見ると、ほとんどが悪い情報。政治の世界もバッカみたいな話が多すぎる。

前に昭和33年、小学校5年生の頃の思い出話を書いたとき、当時の小学校の校長のことを思い出した(ここ)。
10年も前の記事だが、こんな事を書いた。
「それと思い出すのが「表彰」。この小学校の校長が「誰でも何か褒める事があるはず」との考えで、誰でも何かの理由で表彰された。順番に全校生徒の前で「表彰」されるので、嬉しかった。その話が先にお袋の耳に届き、学校から帰ると「学校で表彰されたんだって?」と言われ、得意になったものだ。この校長の「子供を褒めて育てる」という方針は、今でも正しいと思っている。」

良いこと、褒めることは人間を前進させる。子どもの時に先生に褒められたことがきっかけで、大人になってその道の大家になる事は良くある。
良いことだけに目を向けたい。しかし現実がそれを許さない。
2つの孫が、幼児用の椅子でバナナを食べながら寝てしまい、椅子からずり落ちて悲惨な?格好で眠っている写真が送られてきた。
こんな微笑ましい写真を見ていると寿命も延びる。しかし悪いニュースは寿命を縮める。
できるだけ良い出来事をたくさん聞いていたいものだが、ま、今の世の中、無理ですよね。


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