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2018年8月 1日 (水)

「苦労して微積分学ぶ必要ある?」

だいぶん前の記事だが・・・・
「(声 どう思いますか)6月14日付掲載の投稿「苦労して微積分学ぶ必要ある?」
 ■苦労して微積分学ぶ必要ある?
           再任用地方公務員(愛知県 62)
 今も昔も数学に苦い思いをした人は多いと思う。特に高校に入った途端に難しくなり、苦手科目になってしまう生徒も多いのではないか。しかし大学入試では、数学は昔から国語、英語と並ぶ主要科目だ。私もそれを当然と受けとめながらも、微分・積分や関数などに悪戦苦闘した。
 私は獣医師職の公務員だが、これまでの仕事で微分や積分を必要としたことは一度もなかった。2人の娘もやはり高校時代には数学で随分苦労したが、社会人となった今、高等数学とは無縁の仕事に就いている。大学生や社会人になってから、実際に高等数学の知識が必要である人はかなり限られているように感じる。
 高等数学は、高校を卒業してからそれぞれの必要に応じて学べばよいのではないか。日常生活に関わる基礎知識や教養という点では、社会科や理科の方が重要な部分が多いと感じるし、高校教育での数学の比重が大き過ぎるように思う。現在の教育界にこのような議論はないのだろうか。(6月14日付掲載の投稿〈要旨〉)
     ◇
 ■不要論受けとめ魅力ある授業に
             中学高校教員(愛知県 47)
 中高生に数学を教えています。微積分はほとんどの高校で履修する「数学2」に登場しますが、学習時間は2カ月程度です。一方、理系の高3生が学ぶ「数学3」はおよそ半分が微積分になります。
 微積分は物の運動や社会現象の「変化」に注目した未来予測や、曲線で囲まれた面積や体積を求める技法の一歩目で、大学で工学系や経済学系に進むには必須でしょう。社会で実際に使う人は限られるかもしれませんが、将来その必要性に気づくこともあると思います。
 また、微積分の学習を通し、一般性や厳密性など学問の奥深さに触れることができます。高度情報化社会を支える基盤として、数学の教科内容を大きく減らすことに私は反対です。ただ、このような「不要論」があることは受け止め、目の前の生徒たちに楽しい授業を実践するよう、努力していく所存です。

 ■数学は思考回路を鍛えてくれる
          高校生(神奈川県 17)
 文系の私の周りには、数学など将来役に立たないと切り捨てる友人がたくさんいる。私自身、数学が入試に必要な大学を志望しているものの、数学に直接関わる仕事に就く考えは、今のところない。
 では数学は高校教育に必要ないのか。私は、数学を学ぶと自分の思考回路が理路整然としたものになっていくように思う。問題の要求に応じて必要性や十分性を熟考し、論理の道筋を表現する作業は、確実に私の中の何かを高めている。万人に得るものがあるからこそ、この学問は何千年にもわたり人々に必要とされ、受け継がれてきたのではないか。
 正直なところ数学は得意科目ではないが、無ければいいと即断してしまうのは危険だと思っている。役に立たない、と思い込みで決めつけて排除するのではなく、幅広い教養を身につけた視野の広い大人になりたい。

 ■学ぶ楽しさ、工夫し取り戻そう
             無職(茨城県 87)
 高校で微積分までやる必要はないのでは、とのご投稿。教育は本来、受けて楽しいはずなのに、逆の効果が表れてしまった。これはいけない。理工学系の研究所に勤め大学で数学を教えた経験も踏まえ、微積分の一つの入門を試みたい。
 紙を切って円を作り、半分に折る。この半径に沿って半分に折る操作をその後3回続けると、二等辺三角形に近いものができる。その底辺は円弧だが直線に近似でき、高さはほぼ半径だ。紙を広げると円は16個の「三角形」に分割され、その底辺の和は円周に近く、面積の和は円の面積に近い。どこまでも折っていくと円周の長さと円の面積が求まる。細かく分けるのが微分で、集めるのが積分だ。
 要は教える側の工夫と、学ぶ側の素直な気持ちだ。国語や数学、文系と理系などと垣根を作るのがいけない。学びの対象は色々あり、精神は同じなのである。

 ■積み重ね必要、再学習は困難
 会社顧問(京都府 69)
 元は橋の設計、その後は橋の構造解析のコンピュータープログラミングと、技術者人生を歩んだ私は数学の重要性を知っている。ご投稿に異議を唱えたい。
 まず、橋の設計には、数学の知識の上に成り立つ応用力学が欠かせない。また線形代数の知識なしにプログラミングは成り立たない。文系出身者がプログラム開発に携わる場面を多く見てきたが、彼らが決まって言うセリフが「学校でもっと数学を勉強しておけばよかった」だ。
 さらに、理系分野の一部の大学では新入生の数学の学力不足のため、高校数学の補習を開催している現実がある。
 数学は、典型的な積み重ね学問であり、社会に出てからの再学習が極めて困難な学問である。高卒時点で将来の進路が定まっている人は多くはない。安易な教育の手加減で、若者の将来の可能性を狭めることだけは避けるべきだと思う。

 ◆もったいない数学嫌い
 桜井進・(公財)中央教育研究所理事 数学をテーマに小中高校で年間70回ほど講演をします。子供たちの感想文を読むと、元投稿に「ごもっとも」と言わざるを得ません。学校が「数学嫌い」を大量生産しているのです。
 小学校で算数を知的遊戯として楽しめても、中学から急に抽象的になり、しかも「作業手順をいかに覚えるか」を問われるだけの授業では、面白くないのも無理はありません。微分積分はその象徴みたいに思われていますが、刻々と変わる現象を捉える強力な計算技法。物理学・電子工学・金融工学・AIなど現代技術文明にも不可欠な実学なのに、授業で触れられません。
 社会で必要性を感じてからでは学ぶ機会が乏しい。数学は数千年かけてつくりあげられてきた人類の英知で、その普遍的真理は至極の芸術。触れずに終わるのは、実にもったいないです。」(
2018/07/11付「朝日新聞」P12より)

微積分以前に、数学を思い出すと、高校までは大好き。しかし大学以降は大キライな科目だった。自分は工学部だったが、大学1年になったとたんに極端に難しくなり、苦手に・・・
自分のスタートは、中学のとき。数学の時間は勝手自習で、教科書の先を、先生の話も聞かずに自習していた。先生もそれで良いと言ってくれた。そのクセが高校に入っても続いた。授業のページよりも、如何に先に進んでいるかを競った。しかし先生からは「**!今は自習の時間じゃ無いんだぞ!」と叱られた。しかし自習は止めなかった。つまり、高校までの数学は、自習で充分に学習は出来る。

上の高校生の「私は、数学を学ぶと自分の思考回路が理路整然としたものになっていくように思う。」という意見に賛成。
そもそも「学ぶ必要ある?」という捉え方はしたことがない。そう考えると、極端に言うと、「現代国語」以外は、およそ社会で即役に立つとは思えない。漢文・古文やドイツ語も・・・。しかし、勉強はどこかで役に立つのである。上の高校生の意見のように・・・。
自分は現役時代、電子回路の設計をした時期があるが、その時に、最も重要な法則が「オームの法則」だった。極端に言うと、この法則ひとつで、回路の設計など出来てしまう・・・
応用なんてそんなもの・・・

しかし、上の無職先生の「紙を切って円を作り、半分に折る。・・・」は、目からウロコ・・・
そんな考えはしなかった。微積分がそんな形で言い換えられるとは!!

年金生活になると、妙に昔を懐かしむ。前にも書いたが、中学以降の数学をもう一度勉強してみようかと、始めたことがあった。しかし、さすがに中1の数学は面白くなく、結局そこで止まってしまった。

しかし、先の無職先生のように、昔勉強した数学が、今の時代のどんな考え方に言い換えられるのか、どんな考え方に役立っているのか、難しい数学と実生活とを結びつけてくれるような本があれば読んでみたいものだ。
数学を受験科目以外の存在として見直すために・・・・


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コメント

私は、70歳。
現在、高校数学を、趣味で勉強中です。
本は、生き抜くための高校数学-高校数学の全範囲の基礎が完璧にわかる本
芳沢 光雄(著)
です。
エムズさんも、高校数学を勉強しませんか。

【エムズの片割れより】
いやはや、そんな本があるのですね。
さっそく、どんな内容か覗いてみま~す。

投稿: 名古屋 | 2018年8月 2日 (木) 14:36

 中高生の時、あれ程数字を見るのがイヤだったのに、まして放物線なんてどうやっても理解しがたいものでした。はなから目をつむって授業を受けていたような気がします。ですが社会人になってずーと数字とともにいました。

今思うと、生活の中で便利な数学的なものは方程式でした。
それと幾何的思考でした。幾何なんて高校生のときは赤点組でしたが、あの考え方が私の思考回路になっていました。

物理のテストは白紙で出して、かえって物理の先生に慰められたりしました。女子生徒が白紙で出したことに驚いたのでしょう。

ですが、社会に出てから物理的、幾何的、数学的な考え方が身に付いていたことに驚きました。

やはり無駄な事と思っていても、それはどこかで役に立っていたのですね。

【エムズの片割れより】
数学や物理ナンテ、どこの国の科目?
というウチのカミさんも、立派に家事をこなしています。学問と実生活のつながりは、そうそう目に見えるものではないのかも?

投稿: patakara | 2018年8月 2日 (木) 20:09

微積分よりもそれ以前の算数が分からない人が多いのではないでしょうか。私は分数の計算は出来ますが、2分の1×2分の1=4分の1。2分の1÷2分の1=1になる理屈が分からないのです。つまり、分数の掛け割りが理解できていないのです。-×-=+。-×+=-。これも分かっていません。
計算は出来ますが根本的に算数がわかっていないのです。基礎が全く分かっていません。大学を出た青年たちに訊くとそんなこと考えた事もない、公式に当てはめれば良いのだと言います。これでいいのでしょうか。小中学の数学の先生はちゃんと理解しているのでしょうか。何十年来私は考えています。

投稿: 白萩 | 2018年8月 4日 (土) 20:55

高校では幾何も数学も物理も赤点組でした。
社会に出てからも物理的、幾何的、数学的な考え方が身に付いてるとは思えません。
その点がpatakara様とは正反対です。
反対に前出の教科がすべて優秀だったM子の思考回路に常にイライラさせられております。
頑固で想像力のひとかけらもなく彼女の中には生きる上での自らの公式があるらしく、世間一般からかけ離れているのです。個人商店の方から「あの人、あなたの友達」と吃驚されました。これまで書籍の一冊も購入せず、のみならず読みたい本を私に買わせようと算段。高校時代の成績が彼女の支柱になっているらしく些かの揺るぎもないのは天然記念物的存在と言えます。

結論、理解不可能な生徒を机に縛り付ける
高等数学、物理は一刻も早く選択教科にすべきです.

投稿: りんご | 2018年8月 5日 (日) 06:46


数学は能力別5クラスでした。
当初は2組にいた私が再任雇用の声の低い爺さん教師(今にして思えば60代)になるや5組に転落。その教師を恨んだが逆に1組に昇級した男子もおったので、教師の責任とだけは言い切れませんね。若いイケメン教師なら逆もありえたかもと馬鹿な事を考えます。
教師の熱意と力量次第で特異科目にも不得意科目にもなる要素は否めません。
良い教師に当たれば幸運です。人生運次第です。

投稿: りんご | 2018年8月 5日 (日) 07:46

実は私の疑問を近所の中学の数学の先生に聞いたことがあります。全く分かっていませんでした。大変驚きました。何でも公式に当てはめるだけの授業は日本の数学のためにならないと思います。実際には数学は面白いと思います。時々コンビニで「おじさんの数学」などという本を買ってきてやってみます。数式は組み立てられませんが何問かは答えがでます。公式に当てはめないで考えて答えが出ると嬉しいですね。これからの子供のために基礎がしっかりわかっている先生を養成して貰いたいと願っています。

投稿: 白萩 | 2018年8月 5日 (日) 09:08

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