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2018年6月20日 (水)

中島みゆきの「エレーン」

先に中島みゆきの歌を聴き直し、何曲かあげた。今日はその続きである。
中島みゆきの1980年発売の「生きていてもいいですか」は自分にとって、非常に大切なアルバム。その筆頭はもちろん「うらみ・ます」(ここ)だが、どの作品も心を揺さぶる。
その中に「エレーン」という歌がある。この歌は、中島みゆきの実体験に基づく歌だという。

<中島みゆきの「エレーン」>

「エレーン」

  作詞・作曲:中島みゆき

風にとけていったおまえが残していったものといえば
おそらく誰も着そうにもない
安い生地のドレスが鞄にひとつと

みんなたぶん一晩で忘れたいと思うような悪い噂
どこにもおまえを知っていたと
口に出せない奴らが流す悪口

みんなおまえを忘れて忘れようとして幾月流れて
突然なにも知らぬ子供が
ひき出しの裏からなにかをみつける

それはおまえの生まれた国の金に替えたわずかなあぶく銭
その時 口を聞かぬおまえの淋しさが
突然私にも聞こえる

エレーン 生きていてもいいですかと 誰も問いたい
エレーン その答を誰もが知っているから 誰も問えない

流れて来る噂はどれもみんな本当のことかもしれない
おまえはたちの悪い女で
死んでいって良かった奴かもしれない

けれどどんな噂より
けれどおまえのどんなつくり笑いより、私は
笑わずにいられない淋しさだけは真実だったと思う

今夜雨は冷たい
行く先もなしにおまえがいつまでも
灯りの暖かに点ったにぎやかな窓を
ひとつずつ のぞいている

今夜雨は冷たい

エレーン 生きていてもいいですかと 誰も問いたい
エレーン その答を誰もが知っているから 誰も問えない
エレーン 生きていてもいいですかと 誰も問いたい
エレーン その答を誰もが知っているから 誰も問えない

この歌の背景は、中島みゆきがその著書「女歌」の中でエッセイ「街の女」に、こう書いている。少し長いが、物語として読んでみよう。

物語は、みゆきがマンションを探す場面から・・・
「部屋を探してるんだけどと依頼して回ったとき、条件を四つだしてあった。
 一つ。近隣上下の住人さん達も、時間に不規則なお仕事をなさっていること。フツウの昼生活をなさっている方々には、午後から起きて夜中に楽器を鳴らし、洗濯だ風呂だと音をたて、夜明け頃にドタドタと帰ってくるかと思うと早朝に出かけていくような住人は、たちまち迷惑がられるであろうこと必至であるから。
180620onnauta  二つ。深夜にタクシーをひろえる通りが近くにあること。一番列車に乗ったり深夜のレコーディングに行ったりするとき、タクシーは必需品なんだよね。いちおうみゆきも女のはしくれなので、街灯の少ない暗い裏通りを延々とギターケースだのトランクだの引きずって歩くのはコワイ、と。
 三つ。深夜営業のスーパーが近くにあること。ディスコよりブティックより、なんたってスーパー。そういえば当時はまだ二十四時間営業のスーパーが数少なくて。
 四つ。マンションの住人が、なるべくならタレントなどというものに全く興味を示さない人々であってほしいということ。同じ建物の中でジロジロヒソヒソされるのは、なかなかに居づらいものであるから。さほど売れてないみゆきではあったけれども、なに、売れていようが売れていまいがタレントと聞いただけで「えっ? だれだれ?」と身をのり出す人と「あ、そう」ですむ人とははっきり違う。
 ――てなわけで四つの条件をみごとにクリアしたのが、この霞町のド真ん中に建つ外人向けマンションの一室だった、とこういうわけでありまして。」

そして見付けた外人向けマンションは、洗濯は共用の洗濯室で、というシステム。そこでいつもカラフルな下着類を洗っていたのがヘレン。ある日、男に追いかけられて逃げてきたヘレンを助けたことなどがきっかけで、カタコトの英語で話すようになった。ヘレンは自分をモデル嬢と紹介していた。
そして・・・・・・

「ヘレンをほめてくれたのは、誰だったんだろう。
 端整な顔だちをして、身体つきもスラリと細くて、二十三、四歳くらいかな。見たところ、欠点なんか何んにもないようなヘレン。いつも恋人がいるみたいに華やいだ様子でいそいそと出かけてゆく姿は、お酒も飲んでいないのに陽気で艶っぽくて、香水の香りであんなに酔っ払ったみたいになれるのかな、とふと怪訝に思う時さえあるほどだった。
 日本に来て四、五年になるという。ビザを書き変えなければならないとかで度々帰国する期間があって、そんな時はマンション内のほかの外人さんも誘いあわせて行くので、マンションはなおのことガランと静かになった。
 そういえば思い出してみると、おかしなことのあるマンションだった。
 とある深夜、テレビを観ていて気づくのが遅れたのだが、誰かコツコツとドアをノックしている。あまりにもおそるおそるとノックするので知り合いの誰とも違うことがわかり、管理人さんならもっと事務的にうるさくノックするし、誰だろうとなんだか薄気味悪いのでテレビの音をそのままにしておいてドアにそっと近づき耳をすまして、返事することをためらっていた。コツコツとまた見知らぬ人はノックし、なにか囁きかけている。それがなんと「How Much?」と問いかけているのである。
 ハウマッチ? いくらですか? 何が?
 マジックミラーからのぞくと、日本人の男が二人、もじもじと立っている。その様子でなんとなくわかっちゃった。あ、こいつら、外人女を買いに来たつもりでいやがるな。
「How Much?」
「おい、なんにも言わねえぞ」
 どうしようかなとしばらく考えて、そーっと元のテレビの前まで忍び足で戻るとみゆきは、大きな声ではっきりと日本語で答えた。
「はーい。どなたですかあ?」
 ドアは閉まっていたけれど、二人の日本人の男のうろたえぶりは手にとるよう。
「おい。どなたですか、って」
「日本語だな」
「○○○号室、間違いないだろ」
「もいっぺん聞けよ、おまえ」
「俺が? なんて聞くんだよ?」
 笑っちや悪いけど、吹きだしそうになるのをこらえつつみゆきはこんどはドタドタとドアまで足音高く歩いてゆき、ドアは開けずにもう一度、大声で。
「なにか御用でしたら管理人室へ行ってください。うちは○○ですから、なにかお間違いなんじゃありませんか?」
 二人の男は先を争うようにしてドアの前から走り去った。
 「???」
 へーんな奴等だな。このマンションをなんだと思ってんだバーカ。
 また、とある深夜には。
 通りがかりの階でドアの開いたエレベーターの中から見えたのは、酔っ払っているのかずいぶん大声で一室のドアを叩いてののしっている男だった。痴話げんかでもしたんだろうと見て見ぬふりをしていると、その男はブッブツ何ごとかののしりながら次に、その隣のドアをノックしてやはり叫んだのである。
 「Hello How Much?」
 日本人の男が、またHow Much? と問いかけている。何なんだ、このマンションは? と怪訝に思わずにはいられない。
 しかしおかしいなとはその場では思いつつも、こちらも何かと忙しさにとり紛れて忘れてしまった。近隣のドアに耳をすましているほど退屈してはいられない。コンサートやキャンペーンで旅に出ると、しばらくは戻って来なかったりでマンションとも御無沙汰。鉢植えの花なんか可哀そうにみんなくたばってしまう有様。
 たまに戻ってくると、せいぜい洗濯室へ駈けこんで山盛りの洗濯物をかかえて非常階段を往復すると、あとは睡眠をとってまたすぐ出かけてゆくだけ。こんなくり返しだったし、ヘレンのほうも帰国したりでしばらく顔を合わせることもなく、めまぐるしく季節は流れていつしか、夜は夏になっていた。
 蒸し暑くて眠れない夜明け前。汗ばんでしまった衣類やシーツをひっ抱えて、涼みがてら洗濯でもしようかと洗濯室をのぞくと、偶然、ヘレンがいた。
 あの大きな洗濯物台の上にぽつんと一人、ヘレンは腰かけて乾燥機を見ていた。やかましい音をたてて乾燥機は回っている。会えたのは久しぶりだったのでうれしくなって、ワクワクと「ハイ」と声をかけたみゆきは、しかしヘレンが珍しく沈んでいるように見えて、どうかしたのか、身体の調子でも悪いんじゃないのか、とたずねた。
 その時の答えを今でもはっきりと覚えている。
 「これがあたしの、ふつうの顔なのよ」
 と、化粧っ気の薄れた青ざめた顔をふり向けて、じっとこちらをみつめ返してきたのだ。
 その時みゆきがなんだか不思議に思ったのは、彼女の目だ。
 いつものヘレンの顔の様子というのは、絵画のように血色良く表情豊かに化粧されていたものだったけれど、ただし、そのかわりに目だけは。化粧で囲われた彼女の目そのものだけは、いつも何をも見てはいないような、影の中の獣のような冷えた淋しい目をしている人だった。
 なのに、その夜に限ってアイシャドウもほとんどはげ落ちてしまった、青ざめた彼女の顔の中で、別人のように強い生命力を滲み出させていた目が、異様なまでに何かを問いかけてくるようで驚いたのだ。その目に何か、地の底から這い上がろうとしているような真っ直ぐなものが見えて、驚いたのだ。驚いて……みゆきは目をそらしたのだ。
 大型乾燥機の中で、彼女の少しばかりの下着たちがくるり、くるりと跳ね踊り続けていた。

 ――電話が鳴っている。
 どこか遠くで車の騒音に紛れてわめいている。無理矢理まぶたを持ち上げるようにして時計を見ると、まだ九時前だ。つい三時間ほど前にベッドに入ったばかりの寝入りばなである。知らんぷりをしようとしたが電話はしつこくて鳴りやまない。しかたなく夢うつつの状態で這うようにダイニングテーブルまで行って受話器をとる。こうなりゃ機嫌が悪いことおびただしい。
「なんですか」
 しつこい電話のかけ主は、マンションの管理人だった。管理人室に警察の人が来ていてマンションの全室をこれから訪問したがっているので、私も同行するからよろしく、と言う。しぶしぶ承知して、とり急ぎジーパンに着換えて髪を束ねる。ああ眠い。迷惑だな。何の用だっていうのよ、こんな朝っぱらから。
 窓を開けると、色づいた街路樹の葉っぱの隙間から陽射しをキラキラ反射させながら、車の群れが霞町の坂道を登り降りしてゆく。
 五分ほど待つと管理人が一軒一軒、すまなそうに巡ってきた。
「すみませんね。こんなに朝早くから。そう言ったんだけどこちらさんが急いでらっしゃるって言うから」
 背を丸めた管理人の後ろに立っていた二人の警官のうち一人は、見覚えのある、いつぞやみゆきを家出人と間違えたあのおまわりさんだったけれど、急いでいるのかその日はとりつくシマもなく事務的に無愛想にテキパキと急ごしらえのビラの束から一枚を抜き出してよこすと、テープレコーダーのように説明を暗誦し始めた。
 あいにくこちらは寝起きの頭、そんなにすらすらと並べたてられても即座には何ごとかと理解できず、ビラを読みつつ話をつなげてみると、つまりこういうことを言っているらしい。このビラに書いてある日時に、その絵に似た女を見かけたという心当たりがあったら、申し出てほしい。所轄は○○警察署であるが、もよりの交番でも、云々……。
 知らない名前の女が、インクの滲んだ粗い印刷で大まかに図解説明されていた。
 三日前、東京都港区で発見された全裸死体は……
 死亡推定時刻、四日前の午前二時から五時の間と……
 身の回り品を一切所持しておらず、その上顔面を殴り潰されているため、身元の確認に時間がかかったが……
 手口と状況から見て、所持品目当ての犯行という疑いよりも、「客」がいざこざから犯行に及んだとの疑いが濃く、当夜の被害者の行動の追跡調査を急いでいるが……
 身長………
 体重………
 年齢………
 髪は赤毛を金髪に染めており、顔に整形の跡。……
 近年増加の傾向にあった外人娼婦の中でもかなり有名だった一人で……
 コピーされた似顔絵は、見慣れない、表情がなくて病んだような顔だった。

 被害者は、かつて出産もしくは人工妊娠中絶の経験があり………
 犯人の手掛かりが現在、全くないため、どんな小さなことでも彼女の当日の行動を目撃した人は署に……
 出身地………
 本名………
 仲間うちの呼称・ヘレン。
 現住所・東京都港区西麻布……

――ヘレン!

 四日前? 四日前の午前二時? ヘレンを最後に見たのは? 見たのはいつだった? ああ、頭がまだ回ってないのがもどかしい。
 四日前。夕方。いつもなら彼女が出かけていく夕方。夜。その日は、会わなかったんじゃなかったか? 毎日毎日会っていたわけじゃない。ここ数ヶ月など、数えるほどしか会ってはいなかったという事実を思い知る。
 何を着て出かけた? あの日の髪型は? 持っていたバッグは? 靴は? 一人で出かけたのか? 誰かと会うと言っていたか?
 わからない。知らない。見ていない。こんな時に限って。
 ヘレン? この絵の女は誰なの?
 ヘレンはもっともっときれいで、いきいきしていて、スラリとして、お化粧だっていつもきれいに、
 ……お化粧をとったら?
 ……整形って……どういうこと?

 くるん、くるん、と回り続けていた大型乾燥機の中のヘレンの下着は、いつでも色とりどりだった。レースだのリボンだの刺繍だのとお花畑のように踊り回っていた彼女の下着を、みゆきはちょっとうらやましく、いつも横目で眺めていた。
 事件が起こって後しばらくの間は思い出しもしなかったそのことにみゆきが思いあたった頃、もうマンションにヘレンの部屋はなかった。本国からヘレンの知己と自称する誰も聞き覚えない名前の者が来て、金目の物は全て荷作りして発送し、安物は放っぽって帰ってしまったので管理人がそれらを処分しなければならなかったと嘆く。聞けば、あんなにたくさんあったドレスのほとんどが、実は売り物にもならない、ゴミ回収車に持っていってもらうしかないようなまがいものばかりだったのだという。堅気の着る服じゃないと。
 部屋にあった備え付けの家具類は、全て新品に入れ替えられた。
 ぼんやりと夕陽に光る窓を見ながら、あんな事件があったことなんて冗談だったような気がしてきて、みゆきはつい洗濯室へ足を向けた。
 「ヘレン……?」
 誰もいない夕暮れの洗濯室の片隅、乾燥機の中にも大きな洗濯物台の上にも、もう今日は忘れ物の下着は残されておらず、ずぼらでそそっかしかった彼女が存在しないのだということを、無のうちに報らせていた。
 あの夜、大きな乾燥機の中で跳ね踊り続けていたヘレンの下着たちの色に思いあたったのは、人気ない戻りのエレベーターに乗りかけたその瞬間である。
 蒸し暑くて眠れなくて、ここに来たあの夜明け。ここにひとりぽっちで座っていたヘレンが、化粧のはげた顔でみつめていたほんの数枚の下着は、あの夜に限って、初めて見かけた、白……だったんだね、ヘレン。
 それまで誰にも見せず洗濯室に置き忘れたこともなかった真っ白な下着を、いつの間に誰のために持っていたの。
 「これがあたしの、ふつうの顔なのよ」
 コールーガールの呟きが聞こえる。

 ヘレン。
 二十七歳。
 死因・絞殺。
 目撃者なし、迷宮入り。」(
中島みゆき著「女歌」「街の女」P19~20、p48~58より)

この話は、リアリティがあるので、たぶん本当の話だったのだろう。
そんな背景を念頭にこの歌を聞くと、歌詞のひと言ひとことが胸に刺さる。


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