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2018年6月の14件の記事

2018年6月29日 (金)

「一生に一度のお願い」~信用ならない言葉とは

先日、こんな記事を見付けた。

「「一生に一度のお願い」以上? 「信用ならない言葉」に秀逸回答集まる
「信用ならない言葉」というのが世の中にはある。文字から受け取れる意味と、実際の意味合いが異なる言葉のことだ。
この件に関し、「はてな匿名ダイアリー」に投稿されたエントリーが注目を集めている。

■「三大信用ならない言葉」って?
投稿者によると、「三大信用ならない」言葉のうち、ふたつは…

「一生に一度のお願い」
「絶対に怒らないから正直に話しなさい」

なのだとか。たしかにどちらも文字通りに受け取ってはいけない言葉であり、二度目どころかその後何度もお願いがあり得ること、正直に話せば相手が怒ることは、もはや周知の事実だ。
では、残るひとつは何なのか?

■みっつ目は何? 強すぎる候補が続々と
これに対し、他のネットユーザーからは以下のような声が。
・あとで読む
・こちらがわのどこからでも切れます
・さきっちょだけ
・お年玉預かっておくから
・お前の事を思って言ってるんだ
・明日から本気出す
・今からやるところだったのに
どれもこれも強く頷いてしまう、信用ならない言葉ばかりだ。

■ビジネス「信用ならない言葉」
また、仕事で耳にする信用ならない言葉も。
・「アットホームな職場です」←特にアピールポイントのないブラック企業の常套句
・この条件でやってくれたら、次の契約で埋め合わせするから?
・「俺が責任取る!」
アットホームな職場だと思って入るとそこはブラック企業であり、取引先には便利に扱われ、挙句の果てに「俺が責任を取る!」と言った上司が責任をなすりつけてくる…この3つは、セットで経験したことがある人も多そうだ。

■「何もしないからホテルに行こう」が最強説
なお、しらべぇが以前行なった「信用できない言葉ランキング」の調査では、1位は「何もしないからホテルに行こう」で25.1%。2位の「ここだけの話だけど」(19.1%)を上回っていた。
使うのは簡単だが、周囲の信頼感を下げる可能性もあるこれらの言葉。用法用量を守っていきたいところだ。(文/しらべぇ編集部・尾道えぐ美)

【調査概要】
方法:インターネットリサーチ「Qzoo」
調査期間:2015年9月25日~2015年9月28日
対象:全国20代~60代の男女計1347名(有効回答数)」(
2018/06/21付「しらべぇ」ここより)

このアンケートは、2015年のものらしいので少々古い。しかし回答数が1300人以上というからNetの力はスゴイ。

さて、文字が言っている事と実際が違う言葉は、掃いて捨てるほどある。国会での答弁は、その冴えたる物。首相答弁は、その言葉全てがそれにあてはまるのではないかと思われるので、話題にもならない。

自分がこの話を聞いて、自分が最初に浮かんだ言葉が「善処します」かな・・・
広辞苑にはこうある。

ぜん‐しょ【善処】
①物事をうまく処置すること。「すみやかに―する」
②(→)善所に同じ。

しかし、本当の意味は「何もしない」こと。
同じような言葉に「前向きに検討します」がある。これもお役所言葉で「何もしない」を意味する。

先日から、2歳と4歳の孫が遊びに来ている。4歳の女の子の事は完成の域。そして2歳の女の子は、まさに今、マネで言葉を一生懸命覚えている最中。いわゆる「言葉の爆発期」らしい。何から何までお姉ちゃんのマネ。下の子は成長が早いというが、これが原理らしい。
言葉も、マネから独自の意志での言葉に急激に変わってきている。いやはや成長が早い。
4歳のお姉ちゃんも、少しでも分からない言葉があると聞いてくる。
半年前に来た時に「おじいちゃんの頭は何で毛が無いの?」と聞かれたので、「それはね、頭を使い過ぎたので、すり減っちゃったの!」と教えて、後でカミさんに叱られた。それで今回は慎重に教えている。
ふざけて体をふにゃふにゃするので「まるで軟体動物だな」と言ったら「なんたいどうぶつって?」・・・。純真な心に教えるのは、なかなか難しい。

そんな子らに「文字が表している意味と、実際とは違う言葉」を、どう教えたら良いのだろう?
何とも、罪深い「ウソ言葉」ではある。

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2018年6月27日 (水)

「平成落首考 2018年前半」~まとめはひと言「やりきれない!」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
平成落首考 2018年前半 西木空人
 「お仕事は一に隠蔽(いんぺい)二に改竄(かいざん)」「『膿(うみ)を出す』などと患部が言う茶番」「延々と底が割れても猿芝居」
 半年間の「朝日川柳」をまとめて読み返しました。
 やりきれなさに、とても疲れました。
 日本はどうなるのだろうと、あらためて思いました。
 川柳という文芸の本領は、熟達のウィットと悠然たるユーモア、意表を突く風刺にあります。
 我が意を得たり、と思わず膝(ひざ)を打つ。読者のそんな反応を期待して、川柳子は日々句作にいそしみます。「膿」なんて禍々(まがまが)しい言葉は、できれば使いたくありません。
 ところがこの国では、総理大臣が国会で膿、膿と繰り返し叫ぶのです。「ウミ出さず海の外にはすぐに出る」
    × × ×
 半年ごとの「平成落首考」が始まったのは、1993(平成5)年のこと(最初は東京本社版のみ)。前任の選者・故大伴閑人が担当しました。以来、掲載は50回に及びますが、半年間の掲載句に「ウソ」とか「ウソつき」といった忌むべき言葉がこれほど頻出したことはありません。「ウソつきはウソつきの顔記者会見」「堂々とウソ言える人の多いこと」
 川柳における「嘘(うそ)」は、たとえば「送別会きれいな嘘で送り出す」のように、姿が整っているのがふつうです。しかし今回は「こんなにもウソつく政府見たことない」「この一年審議重ねたウソの上」などと、ど真ん中への直球。末世、という表現が、決して大げさでなく響きます。
    × × ×
 それでも国民は、今年の初め頃は、けなげにも政治にいくばくかの希望を寄せていたのです。「愚かにも熱い議論を期待する」。1月、今国会が召集されたときの句です。
 朝日新聞が〈森友文書 書き換えの疑い 財務省、問題発覚後か〉と報じたのは3月でした。4月、「『愛媛文書』で加計(かけ)も炎上」します。
 「現実にあったオーウェル『真理省』」。未来小説「一九八四年」に出てくる真理省は、独裁者に都合がいいように歴史を改竄する中央官庁です。
 佐川宣寿前国税庁長官、柳瀬唯夫元首相秘書官が相次いで喚問・招致されました。モリカケ問題ふたたび沸騰、です。
 彼らは「訴追の恐れがあるので」とか「記憶の限りでは」と真相を明かしませんでした。「官僚になって人間やめにする」
 そこへ福田淳一前財務次官がセクハラ疑惑で参入しました。
 「火の中に栗投げ入れる事務次官」「恐れ入る言葉遊びというセンス」。彼はセクハラ発言を、あろうことか「言葉遊び」と説明したのです。
 重ねてあろうことか、麻生太郎財務相も参戦した。連日の放言、妄言は記憶に新しいところです。「存在がセクハラになる財務相」。もしかすると「パワハラも差別もヘイトも罪じゃない」。
    × × ×
 「『骨太』という命名の場違いさ」。安倍政権は、言葉を弄(もてあそ)ぶことに長(た)けています。「歴史的使命」だの「働き方改革」だの、気恥ずかしいような語彙(ごい)を次々に繰り出します。
 けれども「言わば正にその中に於(お)いて何も無し」と、答弁の空疎なこと。「舌先の上に真摯(しんし)を載せている」のです。
 その態度物腰が政官に伝染している。「便利だが娑婆(しゃば)じゃ使えぬ『記憶なし』」「日本語でいえばいいのに賭博場」。カジノとごまかすのです。
    × × ×
 初めて作りました、という投句が春頃から目立って増えました。みんな、我慢も限界なのでしょう。「この国をどこへ曳(ひ)くのか『安倍・麻生』」も初掲載。
 日大アメフト部の暴力タックル問題が起こりました。仕掛けた選手が記者会見を開きました。「真実を正直に語る潔さ」が多くの人を感動させました。
 対照的に「真実を隠す卑怯(ひきょう)な大人ども」の姿も浮き彫りになりました。
 政治が乱れれば、言葉が乱れる。無体に扱われている日本語がかわいそうです。
 「風に舞う木の葉のような言の葉よ」「以前なら幾つ政権倒れしや」」(「朝日川柳」選者)」(
2018/06/24付「朝日新聞」p8より)

この半年の川柳の世界も、振り返ってみれば「やりきれなさ」だけが残ったようだ。
上のどの句を見ても、今の日本の政治が、どうしようもない底なし沼に陥っており、簡単には浮上できない悲惨な状況を表している。

上にある「川柳という文芸の本領は、熟達のウィットと悠然たるユーモア、意表を突く風刺にあります。我が意を得たり、と思わず膝(ひざ)を打つ。・・」
そう、それを読者は期待している。しかしどの句を見ても、爽やかさが無い。あえて挙げると、「真実を正直に語る潔さ」位だろうか。

新聞を見ると、安倍三選は固いという。こんな状況が続く中、ワケが分からない。小泉進次郎への世論の期待も大きいが、たぶん親父が怪我を避けるために、まだ早いとブレーキをかけるだろう。
国民にとって、救いが無い状況がまだまだ続く。政権にとって最も怖い「国民の怒り」が、時間という渦の中で、萎えてしまっている。まさに政権の思うつぼ。
子供(ガキ)の国、日本ではある。

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2018年6月24日 (日)

世襲政治~江戸時代の“家柄”の政治と同じ?

今朝(2018/06/24)の「朝日新聞」の「天声人語」はこんな記事だった。
「(天声人語)世襲政治
 福沢諭吉が世襲身分制をいかに憎んでいたかが、伝わってくる。「門閥制度は親の敵(かたき)でござる」。門閥すなわち家柄ですべてが決まった幕藩時代を振り返り、残した言葉だ。もっとも門閥は今も健在のようだ。自民党総裁選を見る限りは。
9月に立候補が取りざたされる安倍晋三、石破茂、野田聖子、岸田文雄の各氏は2世、3世ばかり。そういえばもう長いこと、世襲でない自民党総裁を見ていない。慣れっこになったか、世襲への批判も耳にしなくなった。
そう思っていたら、小さいながらも党内に動きはあるという。若手国会議員らが世襲を抑えるための提言作りを進めている。候補者の公募に十分な時間を取り、安易な世襲に流れないようにすることを求めている。
衆院小選挙区で当選した自民党の世襲議員は3割を上回る。「これがもし半分を超えたら」というのが、提言作りにあたる大岡敏孝衆院議員(46)の懸念である。「もはや国民政党ではなく、何とか家、何とか家……の党になってしまう。特定の家が地域の人びとを代弁するなんて、まるで江戸時代です」
世襲の何が問題かと言えば、優れた人材がはじき出されてしまうことだ。しかしこの正論、最近は旗色が悪い。公募で選ばれた議員たちの失言や不祥事が相次いでいるからだ。「魔の3回生」との呼び名もできた。
彼らが世襲議員の引き立て役になっているとすれば、悲しいというか情けないというか。異常を異常と感じなくなれば、それが本当の異常である。」(
2018/06/24付「朝日新聞」「天声人語」より)

実に良い指摘である。
「衆院小選挙区で当選した自民党の世襲議員は3割を上回る。「これがもし半分を超えたら」・・・「もはや国民政党ではなく、何とか家、何とか家……の党になってしまう。特定の家が地域の人びとを代弁するなんて、まるで江戸時代です」
という指摘にゾッとする。

今、藤沢周平全60作品の読破にチャレンジ中だが(現時点で34作品目)、武家の家柄の話は時代小説のベース。どんなにぼんくらに生まれようが、長男は家督を継ぎ、父親と同じ職業に就く。次男以下は、学問か武芸に励んで婿の口を目指し、娘しかいない家は、そんな優秀な婿捜しをして、家を守る。婿の口に恵まれなかった次男以下は、部屋住みとして嫁も貰えず、一生を日陰で終える。それが普通だった。
つまりは、お家が政治を司る仕組み。
上の指摘のように、世襲政治とはまさに「お家が地域の住民の代表者」ということ。
まさに江戸時代の政治である。
それを問題視しているのが、自民党の衆議院議員だというのが面白い。

世界を見ると、中国の太子党や、アメリカのケネディ家・ブッシュ家や、インドのネール・ガンジー王朝などなど、たくさんあるようだ。

一方、「しかしこの正論、最近は旗色が悪い。公募で選ばれた議員たちの失言や不祥事が相次いでいるからだ。「魔の3回生」との呼び名もできた。」という現実があるとすると、結局は、政治家も“育てなくてはいけない”ということになる。
松下政経塾などはその一例なのだろう。

そしてwikiによると、「公明党と日本共産党には世襲政治家はほとんど存在しない。」という。これは組織政党ゆえの結果なのだろう。
また「世襲を容認しその候補を議員にするのは有権者であるという擁護論もある。」という。
結局、行き着く先は選挙。
選挙を経て国会議員を送り出すのは、主権者たる我々国民。
堂々巡りの議論ではある。

●メモ:カウント~1140万

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2018年6月23日 (土)

沖縄慰霊の日~相良倫子さんの平和の詩「生きる」

今日は、沖縄慰霊の日である。平和祈念公園にある「平和の礎(いしじ)」には、今年までに24万1525人の名前が刻印されているという。
この追悼式で、平和の詩「生きる」が朗読された。この中学3年生の立派な態度に感銘を受けた。

命よ響け。生きゆく未来に。 中3、式典で詩
 追悼式で「平和の詩」を朗読したのは、沖縄県浦添(うらそえ)市立港川中学3年の相良倫子(さがらりんこ)さん(14)。県平和祈念資料館が県内の小・中・高校、特別支援学校などから募り寄せられた971点の中から選ばれた。
 タイトルは「生きる」。込めたのは「平和とは当たり前に生きていけること」「命の輝きの大事さを訴えたい」との思いだった。
 94歳になる曽祖母は、沖縄戦で友人を亡くし、収容所に入る過程で家族と離ればなれになった。「戦争は人を鬼に変える。絶対にしてはいけない」と幼い頃から何度も言い聞かされてきた。それが平和を考える原点になった。
 詩では、平和学習で学んだ戦争の情景を描いた。
 〈小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。/優しく響く三線は、爆撃の轟(とどろき)に消えた。/青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。/草の匂いは死臭で濁り、(中略)みんな、生きていたのだ。/私と何も変わらない、懸命に生きる命だったのだ。〉
 こだわったのは「生きる」という言葉。繰り返しつつ、最後はこう結んだ。
 〈鎮魂歌よ届け。/悲しみの過去に。/命よ響け。生きゆく未来に。/私は今を、生きていく。〉(山下龍一)」(
2018/06/23付「朝日新聞」夕刊p13より)

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<相良倫子さんの平和の詩「生きる」>

「生きる」
   沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子

私は、生きている。/マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、/心地よい湿気を孕(はら)んだ風を全身に受け、/草の匂いを鼻孔に感じ、/遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。

私の生きるこの島は、/何と美しい島だろう。/青く輝く海、/岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、/山羊(やぎ)の嘶(いなな)き、/小川のせせらぎ、/畑に続く小道、/萌(も)え出づる山の緑、/優しい三線の響き、/照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、/生まれ育ったのだろう。

ありったけの私の感覚器で、感受性で、/島を感じる。心がじわりと熱くなる。

私はこの瞬間を、生きている。

この瞬間の素晴らしさが/この瞬間の愛(いと)おしさが/今と言う安らぎとなり/私の中に広がりゆく。

たまらなく込み上げるこの気持ちを/どう表現しよう。/大切な今よ/かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

七十三年前、/私の愛する島が、死の島と化したあの日。/小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。/優しく響く三線は、爆撃の轟(とどろき)に消えた。/青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。/草の匂いは死臭で濁り、/光り輝いていた海の水面は、/戦艦で埋め尽くされた。/火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、/燃えつくされた民家、火薬の匂い。/着弾に揺れる大地。血に染まった海。/魑魅魍魎(ちみもうりょう)の如(ごと)く、姿を変えた人々。/阿鼻叫喚(あびきょうかん)の壮絶な戦の記憶。

みんな、生きていたのだ。/私と何も変わらない、/懸命に生きる命だったのだ。/彼らの人生を、それぞれの未来を。/疑うことなく、思い描いていたんだ。/家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。/仕事があった。生きがいがあった。/日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。/それなのに。/壊されて、奪われた。/生きた時代が違う。ただ、それだけで。/無辜(むこ)の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。/悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。/私は手を強く握り、誓う。/奪われた命に想(おも)いを馳(は)せて、/心から、誓う。

私が生きている限り、/こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。/もう二度と過去を未来にしないこと。/全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。/生きる事、命を大切にできることを、/誰からも侵されない世界を創ること。/平和を創造する努力を、厭(いと)わないことを。

あなたも、感じるだろう。/この島の美しさを。/あなたも、知っているだろう。/この島の悲しみを。/そして、あなたも、/私と同じこの瞬間(とき)を/一緒に生きているのだ。

今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。/戦争の無意味さを。本当の平和を。/頭じゃなくて、その心で。/戦力という愚かな力を持つことで、/得られる平和など、本当は無いことを。/平和とは、あたり前に生きること。/その命を精一杯(いっぱい)輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。/みんなと一緒に。/そして、これからも生きていく。/一日一日を大切に。/平和を想(おも)って。平和を祈って。/なぜなら、未来は、/この瞬間の延長線上にあるからだ。/つまり、未来は、今なんだ。

大好きな、私の島。/誇り高き、みんなの島。/そして、この島に生きる、すべての命。/私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

これからも、共に生きてゆこう。/この青に囲まれた美しい故郷から。/真の平和を発進しよう。/一人一人が立ち上がって、/みんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、/私の命が鳴っている。/過去と現在、未来の共鳴。/鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。/命よ響け。生きゆく未来に。/私は今を、生きていく。

自分は、夜7時のNHKニュースで初めて見たが、その前にカミさんが別のニュースで見ていて「何も見ないで、素晴らしい」と言っていった。
確かに、前を向いてしっかりと言っている。朗読ではない。叫びだ。
この沖縄県民の戦争に対する魂の叫びと、その次に “紙を朗読”した安倍首相の薄っぺらな挨拶の違い・・・。

それと中継番組で、NHKもなかなか粋なことをするな、と思ったのが、「だから、きっとわかるはずなんだ。戦争の無意味さを。本当の平和を。頭じゃなくて、その心で。戦力という愚かな力を持つことで、得られる平和など、本当は無いことを。」という部分で、ずっと安倍首相の横顔をカメラが写していたこと。首相はただ目をつぶっていたが、首相の頭の中は・・・??

こんな詩を聞きながら、翁長知事も指摘していた沖縄という米軍の不沈空母の現状に思いをはせ、戦争への道にブレーキを・・・
詩の朗読が終わって席に戻ったときの相良倫子さんのホットした笑顔が、何とも可愛かった。

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2018年6月22日 (金)

首相の答弁~質問に無関係34%、内容繰り返す41%、きちんと回答4%

安倍首相の国会での答弁で、ダラダラと無関係な話ばかりして時間稼ぎをする話法にいらだつのは、自分だけではないようだ。

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
首相の答弁、「信号無視話法」 枝野氏との討論、会社員が分析
 安倍晋三首相らの国会答弁を独自に分析する手法が、インターネット上で注目を集めている。質問と関係のない答弁を「信号無視話法」と名付けて色分けしたり、質問の趣旨をずらした答えを「ご飯論法」と指摘したり。いずれも森友・加計(かけ)学園問題などに正面から答えない首相らの姿勢を浮き彫りにしている。

 ■「赤」質問に無関係34% 「黄」内容繰り返す41% 「青」きちんと回答4%
 立憲民主党の枝野幸男代表は3日、甲府市での講演会で5月30日に行われた党首討論をこう批判した。
 「赤と黄色で埋め尽くされている。とにかく聞かれたことに答えない。答えても論点をずらして答える」
190622touben  枝野氏が取り上げたのは「信号無視話法」。東京都の会社員、犬飼淳さん(32)が考案した。犬飼さんは党首討論での首相答弁を分析。質問にきちんと答えたら「青」、質問の内容を繰り返したら「黄」、質問と無関係だったら「赤」といった具合に色分けした。
 枝野氏の持ち時間19分で、そのうち約12分間を首相の発言が占めた。犬飼さんの分析では、文字数ベースで「青」は4%にとどまり、「赤」が34%で「黄」が41%。7割以上は意味のないやりとりになったといえる。
 犬飼さんが、この結果を党首討論の翌日にツイッターやブログで公開を始めると、反響を呼んだ。タレントの松尾貴史さんや立憲の公式ツイッターにリツイートされたほか、書き込んだブログの閲覧数が6万を超えたという。
 犬飼さんは昨春、友人の生活が苦しくなって社会保障制度を調べ、国会審議に関心を持つようになった。議論がかみ合わない国会のやりとりに驚き、分析しようと思い立った。その第1弾がこの党首討論だった。
 犬飼さんは「こうしたことを国民が意識することで、ごまかしの答弁はしづらくなる。今の一番の問題は、国民の無関心。無関心の人でも読みたくなる発信を続けたい」と話す。

 ■評論家「消極性もニュース」 趣旨ずらす「ご飯論法」も話題に
 働き方改革関連法案の審議で注目を集めたのは、「ご飯論法」だ。
 加藤勝信厚生労働相の答弁について、「朝ご飯を食べましたか」という質問に、パンは食べたけど米のご飯は食べていないので「食べていない」と答えるような答弁姿勢だと、上西充子・法政大教授がツイッターで指摘し、拡散した。
 高年収の一部専門職を労働時間規制から外す高度プロフェッショナル制度(高プロ)をめぐる1月31日の参院予算委員会のやりとりを例に挙げる。
 高プロの導入理由としている「働き手のニーズ」について問われた加藤氏は、「私も色々と話を聞く中で、自分のペースで仕事ができる働き方をつくってほしいとの要望を受けた」と答えた。加藤氏が直接要望を聞いたと受け取れる答弁だが、その後、加藤氏は厚労省によるヒアリングに出席していなかったことが判明。6月12日の参院厚生労働委で、加藤氏は1月の答弁がヒアリングの話ではなかったことを認めた。
 「ご飯論法」は首相答弁に対する評価としても国会審議で取り上げられた。
 こうした答弁のおかしさは、一部だけを切り取ってしまうと伝わりにくい。
 評論家の荻上チキ氏はパーソナリティーを務めるラジオ番組で、国会の審議を長く紹介している。特定秘密保護法や安全保障法制の審議を聞いて思いついたといい、やりとりがかみ合わなくても長い場合は5分間流すこともあるという。
 荻上氏は「一問一答的にかみ合ったやりとりに編集してしまうと、質問に答えるまでの口ごもり方や消極的な言い回しなどが伝わらない。議会は政府の信頼性を問う場でもあり、政府の質問への消極的な姿勢もニュースといえる」と、その狙いを明かす。(中崎太郎)」(
2018/06/20付「朝日新聞」p4より)

190622edano 犬飼淳さんの「信号無視話法」のオリジナル記事は(ここ)。
枝野代表との党首討論の言葉全てを分析している。その結果が上の記事。
そして、共産党・志位委員長との討論の分析は(ここ)にある。
その結果、共産党との討論に至っては、総理答弁の84%(=黄31%+赤53%)190622kyousan が信号無視回答で、(=青)は0文字だったという。
TVの報道では、発言の一部しか取り上げられない。しかし、このように答弁全体を視覚化されると、首相答弁がいかに不誠実であるかが分かる。

昨夜も、「首相は20日夜、麻生太郎副総理兼財務相らと会食。会合後、河村氏は記者団に「首相がもう集中審議は勘弁してくれと言うから、なかなかそうもいかないでしょうと言っておいた」と説明した。」と報道されたが、とにかく時間(が過ぎてくれること)だけが頼りらしい。
そんな政府を、国民は結果として信任しているのだという。内閣不支持率が下げ止まっているからだ。
ウソがまかり通る政権に対して、国民として返す刀は、選挙しか無いのだが、それも甘く見られているらしい。
何とか「ぶぶ漬けでもどうどす?」と言いたいのだが・・・

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2018年6月20日 (水)

中島みゆきの「エレーン」

先に中島みゆきの歌を聴き直し、何曲かあげた。今日はその続きである。
中島みゆきの1980年発売の「生きていてもいいですか」は自分にとって、非常に大切なアルバム。その筆頭はもちろん「うらみ・ます」(ここ)だが、どの作品も心を揺さぶる。
その中に「エレーン」という歌がある。この歌は、中島みゆきの実体験に基づく歌だという。

<中島みゆきの「エレーン」>

「エレーン」
  作詞・作曲:中島みゆき

風にとけていったおまえが残していったものといえば
おそらく誰も着そうにもない
安い生地のドレスが鞄にひとつと

みんなたぶん一晩で忘れたいと思うような悪い噂
どこにもおまえを知っていたと
口に出せない奴らが流す悪口

みんなおまえを忘れて忘れようとして幾月流れて
突然なにも知らぬ子供が
ひき出しの裏からなにかをみつける

それはおまえの生まれた国の金に替えたわずかなあぶく銭
その時 口を聞かぬおまえの淋しさが
突然私にも聞こえる

エレーン 生きていてもいいですかと 誰も問いたい
エレーン その答を誰もが知っているから 誰も問えない

流れて来る噂はどれもみんな本当のことかもしれない
おまえはたちの悪い女で
死んでいって良かった奴かもしれない

けれどどんな噂より
けれどおまえのどんなつくり笑いより、私は
笑わずにいられない淋しさだけは真実だったと思う

今夜雨は冷たい
行く先もなしにおまえがいつまでも
灯りの暖かに点ったにぎやかな窓を
ひとつずつ のぞいている

今夜雨は冷たい

エレーン 生きていてもいいですかと 誰も問いたい
エレーン その答を誰もが知っているから 誰も問えない
エレーン 生きていてもいいですかと 誰も問いたい
エレーン その答を誰もが知っているから 誰も問えない

この歌の背景は、中島みゆきがその著書「女歌」の中でエッセイ「街の女」に、こう書いている。少し長いが、物語として読んでみよう。

物語は、みゆきがマンションを探す場面から・・・
「部屋を探してるんだけどと依頼して回ったとき、条件を四つだしてあった。
 一つ。近隣上下の住人さん達も、時間に不規則なお仕事をなさっていること。フツウの昼生活をなさっている方々には、午後から起きて夜中に楽器を鳴らし、洗濯だ風呂だと音をたて、夜明け頃にドタドタと帰ってくるかと思うと早朝に出かけていくような住人は、たちまち迷惑がられるであろうこと必至であるから。
180620onnauta  二つ。深夜にタクシーをひろえる通りが近くにあること。一番列車に乗ったり深夜のレコーディングに行ったりするとき、タクシーは必需品なんだよね。いちおうみゆきも女のはしくれなので、街灯の少ない暗い裏通りを延々とギターケースだのトランクだの引きずって歩くのはコワイ、と。
 三つ。深夜営業のスーパーが近くにあること。ディスコよりブティックより、なんたってスーパー。そういえば当時はまだ二十四時間営業のスーパーが数少なくて。
 四つ。マンションの住人が、なるべくならタレントなどというものに全く興味を示さない人々であってほしいということ。同じ建物の中でジロジロヒソヒソされるのは、なかなかに居づらいものであるから。さほど売れてないみゆきではあったけれども、なに、売れていようが売れていまいがタレントと聞いただけで「えっ? だれだれ?」と身をのり出す人と「あ、そう」ですむ人とははっきり違う。
 ――てなわけで四つの条件をみごとにクリアしたのが、この霞町のド真ん中に建つ外人向けマンションの一室だった、とこういうわけでありまして。」

そして見付けた外人向けマンションは、洗濯は共用の洗濯室で、というシステム。そこでいつもカラフルな下着類を洗っていたのがヘレン。ある日、男に追いかけられて逃げてきたヘレンを助けたことなどがきっかけで、カタコトの英語で話すようになった。ヘレンは自分をモデル嬢と紹介していた。
そして・・・・・・

「ヘレンをほめてくれたのは、誰だったんだろう。
 端整な顔だちをして、身体つきもスラリと細くて、二十三、四歳くらいかな。見たところ、欠点なんか何んにもないようなヘレン。いつも恋人がいるみたいに華やいだ様子でいそいそと出かけてゆく姿は、お酒も飲んでいないのに陽気で艶っぽくて、香水の香りであんなに酔っ払ったみたいになれるのかな、とふと怪訝に思う時さえあるほどだった。
 日本に来て四、五年になるという。ビザを書き変えなければならないとかで度々帰国する期間があって、そんな時はマンション内のほかの外人さんも誘いあわせて行くので、マンションはなおのことガランと静かになった。
 そういえば思い出してみると、おかしなことのあるマンションだった。
 とある深夜、テレビを観ていて気づくのが遅れたのだが、誰かコツコツとドアをノックしている。あまりにもおそるおそるとノックするので知り合いの誰とも違うことがわかり、管理人さんならもっと事務的にうるさくノックするし、誰だろうとなんだか薄気味悪いのでテレビの音をそのままにしておいてドアにそっと近づき耳をすまして、返事することをためらっていた。コツコツとまた見知らぬ人はノックし、なにか囁きかけている。それがなんと「How Much?」と問いかけているのである。
 ハウマッチ? いくらですか? 何が?
 マジックミラーからのぞくと、日本人の男が二人、もじもじと立っている。その様子でなんとなくわかっちゃった。あ、こいつら、外人女を買いに来たつもりでいやがるな。
「How Much?」
「おい、なんにも言わねえぞ」
 どうしようかなとしばらく考えて、そーっと元のテレビの前まで忍び足で戻るとみゆきは、大きな声ではっきりと日本語で答えた。
「はーい。どなたですかあ?」
 ドアは閉まっていたけれど、二人の日本人の男のうろたえぶりは手にとるよう。
「おい。どなたですか、って」
「日本語だな」
「○○○号室、間違いないだろ」
「もいっぺん聞けよ、おまえ」
「俺が? なんて聞くんだよ?」
 笑っちや悪いけど、吹きだしそうになるのをこらえつつみゆきはこんどはドタドタとドアまで足音高く歩いてゆき、ドアは開けずにもう一度、大声で。
「なにか御用でしたら管理人室へ行ってください。うちは○○ですから、なにかお間違いなんじゃありませんか?」
 二人の男は先を争うようにしてドアの前から走り去った。
 「???」
 へーんな奴等だな。このマンションをなんだと思ってんだバーカ。
 また、とある深夜には。
 通りがかりの階でドアの開いたエレベーターの中から見えたのは、酔っ払っているのかずいぶん大声で一室のドアを叩いてののしっている男だった。痴話げんかでもしたんだろうと見て見ぬふりをしていると、その男はブッブツ何ごとかののしりながら次に、その隣のドアをノックしてやはり叫んだのである。
 「Hello How Much?」
 日本人の男が、またHow Much? と問いかけている。何なんだ、このマンションは? と怪訝に思わずにはいられない。
 しかしおかしいなとはその場では思いつつも、こちらも何かと忙しさにとり紛れて忘れてしまった。近隣のドアに耳をすましているほど退屈してはいられない。コンサートやキャンペーンで旅に出ると、しばらくは戻って来なかったりでマンションとも御無沙汰。鉢植えの花なんか可哀そうにみんなくたばってしまう有様。
 たまに戻ってくると、せいぜい洗濯室へ駈けこんで山盛りの洗濯物をかかえて非常階段を往復すると、あとは睡眠をとってまたすぐ出かけてゆくだけ。こんなくり返しだったし、ヘレンのほうも帰国したりでしばらく顔を合わせることもなく、めまぐるしく季節は流れていつしか、夜は夏になっていた。
 蒸し暑くて眠れない夜明け前。汗ばんでしまった衣類やシーツをひっ抱えて、涼みがてら洗濯でもしようかと洗濯室をのぞくと、偶然、ヘレンがいた。
 あの大きな洗濯物台の上にぽつんと一人、ヘレンは腰かけて乾燥機を見ていた。やかましい音をたてて乾燥機は回っている。会えたのは久しぶりだったのでうれしくなって、ワクワクと「ハイ」と声をかけたみゆきは、しかしヘレンが珍しく沈んでいるように見えて、どうかしたのか、身体の調子でも悪いんじゃないのか、とたずねた。
 その時の答えを今でもはっきりと覚えている。
 「これがあたしの、ふつうの顔なのよ」
 と、化粧っ気の薄れた青ざめた顔をふり向けて、じっとこちらをみつめ返してきたのだ。
 その時みゆきがなんだか不思議に思ったのは、彼女の目だ。
 いつものヘレンの顔の様子というのは、絵画のように血色良く表情豊かに化粧されていたものだったけれど、ただし、そのかわりに目だけは。化粧で囲われた彼女の目そのものだけは、いつも何をも見てはいないような、影の中の獣のような冷えた淋しい目をしている人だった。
 なのに、その夜に限ってアイシャドウもほとんどはげ落ちてしまった、青ざめた彼女の顔の中で、別人のように強い生命力を滲み出させていた目が、異様なまでに何かを問いかけてくるようで驚いたのだ。その目に何か、地の底から這い上がろうとしているような真っ直ぐなものが見えて、驚いたのだ。驚いて……みゆきは目をそらしたのだ。
 大型乾燥機の中で、彼女の少しばかりの下着たちがくるり、くるりと跳ね踊り続けていた。

 ――電話が鳴っている。
 どこか遠くで車の騒音に紛れてわめいている。無理矢理まぶたを持ち上げるようにして時計を見ると、まだ九時前だ。つい三時間ほど前にベッドに入ったばかりの寝入りばなである。知らんぷりをしようとしたが電話はしつこくて鳴りやまない。しかたなく夢うつつの状態で這うようにダイニングテーブルまで行って受話器をとる。こうなりゃ機嫌が悪いことおびただしい。
「なんですか」
 しつこい電話のかけ主は、マンションの管理人だった。管理人室に警察の人が来ていてマンションの全室をこれから訪問したがっているので、私も同行するからよろしく、と言う。しぶしぶ承知して、とり急ぎジーパンに着換えて髪を束ねる。ああ眠い。迷惑だな。何の用だっていうのよ、こんな朝っぱらから。
 窓を開けると、色づいた街路樹の葉っぱの隙間から陽射しをキラキラ反射させながら、車の群れが霞町の坂道を登り降りしてゆく。
 五分ほど待つと管理人が一軒一軒、すまなそうに巡ってきた。
「すみませんね。こんなに朝早くから。そう言ったんだけどこちらさんが急いでらっしゃるって言うから」
 背を丸めた管理人の後ろに立っていた二人の警官のうち一人は、見覚えのある、いつぞやみゆきを家出人と間違えたあのおまわりさんだったけれど、急いでいるのかその日はとりつくシマもなく事務的に無愛想にテキパキと急ごしらえのビラの束から一枚を抜き出してよこすと、テープレコーダーのように説明を暗誦し始めた。
 あいにくこちらは寝起きの頭、そんなにすらすらと並べたてられても即座には何ごとかと理解できず、ビラを読みつつ話をつなげてみると、つまりこういうことを言っているらしい。このビラに書いてある日時に、その絵に似た女を見かけたという心当たりがあったら、申し出てほしい。所轄は○○警察署であるが、もよりの交番でも、云々……。
 知らない名前の女が、インクの滲んだ粗い印刷で大まかに図解説明されていた。
 三日前、東京都港区で発見された全裸死体は……
 死亡推定時刻、四日前の午前二時から五時の間と……
 身の回り品を一切所持しておらず、その上顔面を殴り潰されているため、身元の確認に時間がかかったが……
 手口と状況から見て、所持品目当ての犯行という疑いよりも、「客」がいざこざから犯行に及んだとの疑いが濃く、当夜の被害者の行動の追跡調査を急いでいるが……
 身長………
 体重………
 年齢………
 髪は赤毛を金髪に染めており、顔に整形の跡。……
 近年増加の傾向にあった外人娼婦の中でもかなり有名だった一人で……
 コピーされた似顔絵は、見慣れない、表情がなくて病んだような顔だった。

 被害者は、かつて出産もしくは人工妊娠中絶の経験があり………
 犯人の手掛かりが現在、全くないため、どんな小さなことでも彼女の当日の行動を目撃した人は署に……
 出身地………
 本名………
 仲間うちの呼称・ヘレン。
 現住所・東京都港区西麻布……

――ヘレン!

 四日前? 四日前の午前二時? ヘレンを最後に見たのは? 見たのはいつだった? ああ、頭がまだ回ってないのがもどかしい。
 四日前。夕方。いつもなら彼女が出かけていく夕方。夜。その日は、会わなかったんじゃなかったか? 毎日毎日会っていたわけじゃない。ここ数ヶ月など、数えるほどしか会ってはいなかったという事実を思い知る。
 何を着て出かけた? あの日の髪型は? 持っていたバッグは? 靴は? 一人で出かけたのか? 誰かと会うと言っていたか?
 わからない。知らない。見ていない。こんな時に限って。
 ヘレン? この絵の女は誰なの?
 ヘレンはもっともっときれいで、いきいきしていて、スラリとして、お化粧だっていつもきれいに、
 ……お化粧をとったら?
 ……整形って……どういうこと?

 くるん、くるん、と回り続けていた大型乾燥機の中のヘレンの下着は、いつでも色とりどりだった。レースだのリボンだの刺繍だのとお花畑のように踊り回っていた彼女の下着を、みゆきはちょっとうらやましく、いつも横目で眺めていた。
 事件が起こって後しばらくの間は思い出しもしなかったそのことにみゆきが思いあたった頃、もうマンションにヘレンの部屋はなかった。本国からヘレンの知己と自称する誰も聞き覚えない名前の者が来て、金目の物は全て荷作りして発送し、安物は放っぽって帰ってしまったので管理人がそれらを処分しなければならなかったと嘆く。聞けば、あんなにたくさんあったドレスのほとんどが、実は売り物にもならない、ゴミ回収車に持っていってもらうしかないようなまがいものばかりだったのだという。堅気の着る服じゃないと。
 部屋にあった備え付けの家具類は、全て新品に入れ替えられた。
 ぼんやりと夕陽に光る窓を見ながら、あんな事件があったことなんて冗談だったような気がしてきて、みゆきはつい洗濯室へ足を向けた。
 「ヘレン……?」
 誰もいない夕暮れの洗濯室の片隅、乾燥機の中にも大きな洗濯物台の上にも、もう今日は忘れ物の下着は残されておらず、ずぼらでそそっかしかった彼女が存在しないのだということを、無のうちに報らせていた。
 あの夜、大きな乾燥機の中で跳ね踊り続けていたヘレンの下着たちの色に思いあたったのは、人気ない戻りのエレベーターに乗りかけたその瞬間である。
 蒸し暑くて眠れなくて、ここに来たあの夜明け。ここにひとりぽっちで座っていたヘレンが、化粧のはげた顔でみつめていたほんの数枚の下着は、あの夜に限って、初めて見かけた、白……だったんだね、ヘレン。
 それまで誰にも見せず洗濯室に置き忘れたこともなかった真っ白な下着を、いつの間に誰のために持っていたの。
 「これがあたしの、ふつうの顔なのよ」
 コールーガールの呟きが聞こえる。

 ヘレン。
 二十七歳。
 死因・絞殺。
 目撃者なし、迷宮入り。」(
中島みゆき著「女歌」「街の女」P19~20、p48~58より)

この話は、リアリティがあるので、たぶん本当の話だったのだろう。
そんな背景を念頭にこの歌を聞くと、歌詞のひと言ひとことが胸に刺さる。

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2018年6月18日 (月)

映画「空飛ぶタイヤ」が良かった~「闘う戦士たちへ愛を込めて」

今日は、カミさんと映画「空飛ぶタイヤ」を見てきた。これが意外と良かった。カミさんも大満足。
この所、久しぶりに映画館に行っている。先日は「ゲティ家の身代金」を見て、次は「万引き家族」を見る予定。
この映画は、カミさんが主題歌とともに大のお気に入り。「反撃開始!」や「事故か事件か」「俺が闘わなくて誰が闘う」というキャッチコピーが気に入っている。

公式HPのストーリーにはこうある。
「よく晴れた日の午後に、1台のトレーラーが起こした脱輪事故。
整備不良を疑われた運送会社社長・赤松徳郎(長瀬智也)は、警察で信じられないことを聞く。
突然タイヤが外れた、と。
180618sora1 港北中央署刑事の高幡(寺脇康文)らに整備不良を疑われ、世間やマスコミ、銀行からもからバッシングをされる毎日。自暴自棄になりながらも、赤松運送の専務・宮代直吉(笹野高史)、整備士・門田駿一(阿部顕嵐)や妻・史絵(深田恭子)の支えもあり、独自の調査を開始した赤松は、車両の構造そのものに欠陥があるのではないかと気づき、製造元の大手自動車会社・ホープ自動車へ再調査を要求する。
一方、ホープ自動車カスタマー戦略課課長・沢田悠太(ディーン・フジオカ)は、再三にわたる赤松の要求を疎ましく想いながらも、同僚の小牧重道(ムロツヨシ)や杉本元(中村蒼)と調査を進めていく内に、社内でひた隠しにされる真実の存在を知る。
180618sora2 同じ頃、ホープ銀行の本店営業本部・井崎一亮(高橋一生)は、週刊潮流の記者・榎本優子(小池栄子)より、グループ会社であるホープ自動車について探りを入れられ、その杜撰な経営計画と、ある噂について疑問を抱く。
それぞれが辿りついた先にあった真実は、大企業の“リコール隠し”──。
過去にも行われていたそれは、二度とあってはならないことだった。
その真実の前に立ちはだかる、ホープ自動車常務取締役・狩野威(岸部一徳)。
果たしてそれは事故なのか事件なのか。
男たちは大企業にどう立ち向かっていくのか。
正義とはなにか、守るべきものはなにか。
日本を代表するオールスターキャストによる世紀の大逆転エンタテインメント!」(
ここより)

まさに三菱自工による2002年の「大型トレーラーのタイヤ脱落事故」をベースにしている。内容が非常に分かり易く、TVドラマ的。勧善懲悪が気持ち良く、安心して見ていられる。
映画のエンディングに流れる主題歌がこれ。

<サザンオールスターズの「闘う戦士たちへ愛を込めて」>

「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」
  作詞・作曲:桑田佳祐

悲しい噂 風の中
悪魔が俺に囁いた
この世はすべて裏表
嘘と真実(まこと)の化かし合い

一か八かの勝負時
いつもアイツが現れる
悪意のドアをこじ開けて
心の隙間に忍び寄る

自分のために人を蹴落として
成り上がる事が人生さ
それを許さず抗(あらが)う相手には
殺(や)られる前に殺(や)るのが仁義だろう?

寄っといで 巨大都市(デっかいまち)へ
戦場で夢を見たかい?
しんどいね 生存競争(いきていくの)は
酔いどれ 涙で夜が明ける


時に気高く 情け深く
組織ん中で振る舞えば
同じ匂い嗅ぐハイエナが
餌を求めて群れをなす

疑惑の影が追ってくる
悪い予感に身悶える
魔力を持ったオンナ達
それに魂を売るオトコ達

西陽が俺の孤独を憐れんで
振り返ればそこに長い影
道に倒れた人を踏み越えて
見据えたゴールへとひた走る

さあ、おいでタフな野郎は
根性ねえ奴ぁ オサラバ
Night and Day この企業(ばしょ)で
闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて


大量の株が売られていった
何故だろう?
噂がひとり歩き始めた
どうしたの?
弊社を「ブラック」とメディアが言った
違う違う

寄っといで 巨大都市(デっかいまち)へ
戦場で夢を見たかい?
しんどいね 生存競争(いきていくの)は
酔いどれ 恋も捨てて…

さあ、おいでタフな野郎は
根性ねえ奴ぁ オサラバ
Night and Day この企業(ばしょ)で
闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて

この歌詞は、物語を頭に浮かべると何となく分かる。しかし「大量の株が売られていった」という歌詞は、何を差しているのだろう。別の事件か・・・?

映画の封切り日である6月15日の新聞広告にはビックリ。2ページにわたる全面広告には、180618soratobu 上の主題歌の歌詞全文が載っていた。「本日、反撃開始!」である。

この物語に限らす、企業の不祥事では、内部告発は欠かせない。内部告発無くては、企業犯罪を立証することは難しい。この物語も同じ。自浄作用がせめてもの救い。
愛媛県の中村時広知事が「うそは他人を巻き込むことになる」と言っていたが、企業のウソも、多くの社員や関係者を巻き込んでいく。しかし不祥事を起こす大企業にも、このように心ある社員は居る。しかし企業はその人たちを排除する。会社の事を考えて、と言いながら、その全てはエライ人の保身。どこかの国の政府と同じだ。

細かくは映画を見て頂くとして、見終わった感想は、夫婦ともに「良かったね~~!」。
こんな映画も珍しい。
今朝、Net予約で席を取ったときは、2~3人しか席が埋まっていなかった。カミさんも、平日とは言え封切り直後なのに、どうなることかと思っていたと言うが、行ってみると館内はそれなりに混んでいた。

今の日本の政治の世界は、閉塞感が充ちている。国民は、どうしようもないやりきれなさで一杯。
我々も一人ひとりは微力だが、赤松社長のように、「本日、反撃開始!」と戦いたいものである。

(追)
2018年6月2日付朝日新聞の全面広告に、原作者の池井戸潤さんのコメントが載っている。
「正義とはなにか。守るべきはなにか――」
<事件の影にある多くの「人生」を重層的に描いた>
ある日突然発生した、トレーラーのタイヤ脱落事故。整備不良が原因と指摘され窮地に陥った運送会社が、製造元の大手自動車会社を相手に決死の闘いを挑む物語『空飛ぶタイヤ』はいかにして生まれたのか? 原作者の池井戸潤さんに聞いた。

 この作品を書いたのは、今から13年前。ちょうど、大企業の不正やリコール隠しが相次いで表面化し、コンプライアンス(法令遵守)という概念が世で取りざたされ始めた頃です。
 僕自身、ニュースを見ていて、大企業なら許されるのか、また、法にさえ触れなければ何をやってもいいのか、といった疑問を感じていた。そこで、責任を負わされた小さな会社が日本有数の巨大企業に立ち向かっていく物語を書き始めました。
180618soratobu1  扱うモチーフがモチーフだけに、社会派作品、企業小説と位置づけられがちでしたが、描いているのはあくまでも「人」の物語。運送会社の運命を背負う主人公・赤松や自動車メーカーの担当者・沢田をはじめ、70人近くの人々が登場し、それぞれの立場で事件に対峙します。いわば70個もの人生が、事件の期間で輪切りにされているのが、この物語です。人々ののキャラクターがブレないように、執筆中は神経を使いました。
 映画『空飛ぶタイヤ』は、この長大な原作のエッセンスを的確に抽出し、しかも監督ならではの映像表現で見事にまとめてくださいました。長瀬智也さんが演じた熱い赤松と、原作のイメージ通りにクールなディーン・フジオカさんの沢田、その関係の変化がサラリと、かつ繊細に描かれていて、好感を持ちました。
 映画には登場しませんが、小説には、事故と同時期に赤松の家族に起こる、もうひとつのミステリアスな「事件」のエピソードが盛り込まれています。映画とともに楽しんでいただければと思います。」(
2018/06/02付「朝日新聞」p5より)

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2018年6月17日 (日)

12年目の車にドライブレコーダー(ZDR-015)を取り付けた話

我が家の愛車は、18年(2006年)型のヴィッツ。前にも言ったが、これが優秀な車で、69000キロを走っても、故障を知らない。しかし、来年の1月には13年目の車検を迎え、税金も少し上がるらしい。(自動車税34500円⇒39600円、車検時重量税24600円⇒34200円、計+14,700円)
そんなこともあって、今年中には新車に買え替えるつもりでいた。新車も13年乗るとすると、自分も83歳。生きているか、運転が出来ているかは別にして、これが最後の車であろう。それで、代わりは、故障知らずで気に入っている同じヴィッツにしようか、それとも人気のハイブリッド車のアクアか?
経済的にはヴィッツだが、トヨタもガソリン専用車はもう作らなくなるらしいし、アクアを買った友人が「アクアは良いよ~」と勧める。弟も「早く買ったら!」とあおる。

カタログを見て、どうせ買うならアクアだな。と決めた。友人が「アクアを買うなら営業マンを紹介するよ」と言うので、先日店に行ってみた。その友人に気を使ってか、非常に丁寧な対応。そして値引き額も大きい。(でも友人の値引き以下ではあるだろうが・・・)
しかし、店にあったアクアに座ってみてもあまり感激しない。今のヴィッツと変わらない。まあコンパクトカーなので当たり前だが。そして後座席を倒した時に、床がフラットにならないのが気にくわない。
「Netでみると、11月~12月にフルモデルチェンジするらしいが、それを待った方が良いかな?」と言うと、「そんな話は知らない」と言いながら、調べてくれて「ウワサでは8月という話もあるらしいが分からない」とのこと。
しかしこの4月のマイナーチェンジで、安全性が増したらしいので、まあそれでも良いか、との判断。そもそも、フルモデルチェンジに期待しているのは、安全性。スズキのように、対人での自動停止機能があると、老人には安心。そして、自分が付けたいと思っていたオプションが全て付いた「アクア特別仕様車S“Style Black”」というのがあることを知り、機種は決定!

機種が決まると、安い方が良い。Netでみるとカー用品店のオートバックスでも新車を売っていることを知り、見積もって貰った。すると、先のディーラーとほとんど同じ額。
いつも行っているヴィッツのディーラーは、値引きはまったくダメだった。

さてどうする?そもそも何で買い換える?故障も無く、まだまだ元気なのに・・・
タイヤが摩耗。左尻に自分が自宅駐車場の柱にぶつけたキズ。右後ろドアに、熱気を逃がそうとドアを開けたまま走り出してしまい、出窓にぶつけたキズ。カミさんが「ドライブレコーダーを付けよう」と言うのを、「今度新車にしたらね」と言ってきた宿題・・・・
普通、新車を買おうとするとワクワクするはず。それが無い。そもそもカミさんは新車に反対。理由は「キズを付けたらいけない」とビクビク乗るのがイヤ・・・・。

それで思った。友人の独身貴族のH君でさえ、愛車は19年目と言っていた。13年以上乗って何が悪い!?タイヤもキズも直してやればまだまだ現役・・・(まあ、友人のY君は「今ごろ、バックするのに頭を窓から出すのか?」と冷やかしていたが・・・・)
そう思ったら、急激に新車を買う気が無くなった。そして急にやる気になったのが、今のヴィッツの化粧直し。
まずタイヤ。実は“スリップサイン”ギリギリまで減っている。もっと乗るとなったら、まずタイヤの交換が必要。銘柄はブリジストンにこだわる。イエローハットやオートバックスでは、一本1万円以上する。しかしジョイ本では7千円台。ここに決めた。電話で聞くと、在庫が無いので取り寄せるという。それで電話で予約。
そしてカミさんが、ホイールキャップが汚いと言うので、それを調べた。12年前の車だが、ヤフオクで中古が売っている。それを買えば、4本でも1万円ほど出せば手に入る。なんせ、ディーラーで買うと6千円以上するというから・・・
Netでみると、“新車外し”というのを売っている。新車を買った人が、アルミホイールに交換したため、ホイールキャップが余って出品しているのだ。しかし、同じヴィッツでも、旧型と新型ではホイールの形状が変わっている可能性がるとのこと。なかなか難しい。
ふと、“新車外しキャップ付スチールホイール4本”という出品を見付けた。これも同じで、新車のヴィッツを買ったが、アルミに替えたので余ったという。これなら安心。カタログを見ると、旧型(90系)も新型(130系)もタイヤの形名は同じだった。これが4本で送料込み8500円ほどで手に入った。
かくして、4本のタイヤがホールとキャップ込みで、46千円ほどでピッカピカになった。

1806171 1806172

さて、次は尻のキズ。近くの車の修理・板金工場に初めて寄って聞いてみた。すると後のバンパーのキズが4.5万円、ドアのキズが5万円だという。さすがに尻込み・・・
Netで「ピッカーズ」という店を見付けた(ここ)。ドアのキズも全体を外して塗装するのではなく、部分的な対応だという。値段もまあリーズナブル。
Netで予約し(千円引き)、見積もってもらったら、バンパーの大きなえぐれキズは3万円+税、ドアの5センチのキズは、周囲もへこんでいるので10センチサイズになって22千円+税とのこと。バンパーは、ディーラーで昔交換して貰ったら38千円だったので、それらを意識しているのかも・・・
結局これで予約。しかし混んでいる。3週間待ちだった。
これで化粧も済んだ。・・・・・。とカミさんは「ドライブレコーダーは?」とのたまう。

それもするのか!?しかも、前に追突されてイヤな目に遭ったので、後のカメラも欲しいという。そしてNetで色々見ると、後のカメラの取付が大変そう。
カー用品店では、取付料は5~6千円で、リアカメラ付だと1.5~2万円ほどかかるらしい。高い。
結局選んだのが、価格コムで売れている「コムテックのZDR-015」という製品(ここ)。
180617a 実は機種選定ではあまり迷わなかった。国産の2台型ではこれしか無いようだし、GPSなど必要な機能は全て入っている。前は在庫不足で、数か月待ちだったようだが、今は在庫している店がある。Yahooショップで、ポイントまで含めると実質27千円ほどで入手。
180617b それを昨日取り付けた。やってみると意外と簡単。1時間ほどで終わるらしいが、慎重を期して作業したため、1時間半ほどかかった。
迷ったのが、正面のカメラの取付位置。結局Netの写真を参考に運転席のバックミラー裏に取り付け。後のカメラは、ワイパーの範囲内に取り付け。ケーブルの引き回しは、結構楽だった。リアカメラからのメーブルは、ドアパッキンのゴムのスキマや天井板のスキマに押し込み、前カメラのメーブルも、天井板とのスキマに押し込んだ。
押し込み工具は、前にふすま貼りをした(ここ)ときに買った竹べらを使用。マイナスドライバーにハンカチを巻くと良いが、ケーブルにキズを付けないためには、金属で無い方が良い。

1806173 1806174

問題は、運転席左側の“Aピラー”の外し方。(ここ)に動画があったので、その通りにやったら取れた。
ここは重要。リアカメラのケーブルが長いため、Aピラーの中に束ねて収容。そして、Aピラーの上から針金を下に通す。そして下に出て来た針金の先端に、電源供給用のシガープラグからのケーブルの先端をくくり、引っ張っり出す。そのケーブルをたぐって、前方カメラまで通す。そのケーブルの隠し方は、前に書いた天井板とのスキマに。
シガープラグのケーブルも余るので、束ねて隠す。助手席の足下のケーブルは、コードクリップで天井に留める。

あとはカメラの設定をしてオシマイだが、設置を終わってみて、業者の作業料の高さに驚く。2万円も払うくらいなら、どこかのPCが出来る青年にでもバイトで頼んだ方が安い。経験が無くても、Netでどうやるかを調べて作業すれば、誰でも出来る。5千円も小遣いをあげれば、喜んでやるのでは???

カミさんと試しに一回りして、メモリーカードを外し、PCのビューワソフトで見てみた。このビューワソフトはWIN7では音が出ない。コムテックの「ZDR-015専用ビューワソフト」のHPに載っている「DirectX SDK」のインストールが必要。
出て来た画面は概ね満足だが、画面がカクカクする。画が飛ぶ。色々試してみたが、結局はPCの性能不足のようだ。
取説にこうある。
「・ビューワソフトをご使用する際は、下記に対応するパソコンのスペックを推奨します。
 OS:日本語版 Windows 7/ 8.1/10
 CPU:Core 2 Duo プロセッサ 2.8GHz同等以上を推奨
 メモリー:4GB以上を推奨
 画像解像度:SXGA(1280×1024ピクセル)以上を推奨」

この仕様を満足しているDELLのPCでも試してみたが、何と、画面の左下角と右上の角を境に、ちょうど鏡で映したような画になっている。価格コムで見たら、同じ現象の人が居た(ここ)。
どうも解決策が無いようだ・・・。何でだ??とコーフンしていたら、心臓の動きがおかしい。
先日のPCの設定の時(ここ)と同じ。
今度はホンモノ。4年ぶりの持病、心房細動の再発だった。どうも、PC系のトラブルはいけない。つい夢中になってコーフンしてしまう。結果心臓に負担がかかり、NGに。
「弱ったな・・・。明日は日曜日だし・・・」。貰っているシベノールを飲むが簡単には止まらない。血圧を測ると138/101だが脈拍は160。まさに心臓が踊っている。心房細動に気が付かない人が半分だと言うが、自分には信じられない。
昨夜9時半に発症し、0時と4時に薬を飲んだところ、朝6時に目が覚めたときには止まっていた。ヤレヤレだが、ここ半年薬を止めていただけに、ショック。主治医は、「頓服で薬を飲んで、それでも止まらなかったら病院に来て!電気ショックで止めてあげる」と言っていたが・・・・
それにしても「何も無い(前日と何も変わらない)」ことの有り難さを再認識。
今後のPCのトラブルが鬼門。何かあったらまた夢中になって、心臓バクバクが始まる!?
ドライブレコーダーを取り付けたものの、とんだ厄日の一日ではあった。

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2018年6月14日 (木)

時代小説~親父の思い出

藤沢周平作品を全部読むぞ!と決心(ここ)してから2ヶ月余が経った。
藤沢作品は約60あるが、さっき「冤罪」を読み終わって、計29作品を読んだことになる。図書館の大活字本が気に入って読書し始めて、45冊目である。

このところ、すっかり生活が変わってしまった。以前は、必ずTVニュースを見て、新聞を精読し、社会や政治の動きに敏感になっていた。しかし、最近のニュースは目を背けたくなるものばかり。モリカケ問題の信じられない国(司法・立法・行政)の動き。幼児虐待などの悲惨。誘拐殺人の理不尽。スポーツ界の闇・・・・

悪い“気”は、体に良くない。だからついTVは見なくなってしまった。特に首相の顔や声は、目に入れたくない。チャンネルを替えるより、TVの電源を切った方が早い。
それで、最近は藤沢周平に逃げ込んでいる!?

「冤罪」の解説に「剣豪もの」という文字があった。その言葉で、22年前に80歳で亡くなった親父を思い出した。親父は多趣味だった。将棋、麻雀、野球、釣り、そして“積ん読”。
親父の場合、読書と言うよりは“積ん読”が好きだったのだと思う。家に読んだか読まないか分からない本が溢れていた。しかし週刊誌だけは読んでいたのだろうと思う。
文春、新潮、ポストに現代。毎週4誌を読んでいた。我々も田舎に帰ると、時間潰しにその週刊誌を読んだもの。
その本棚を占めていたのが、将棋の本と時代小説。分野的には「世界の七不思議」と剣豪ものが多かった。さっき「剣豪」という文字を見付けて、「何だ自分も(知らず知らずの内に)親父の後を追っている?」と思ってゾッと?した。

時代小説が多かったと思うが、誰の本を読んでいたか分からない。藤沢作品がそこにあったかどうかも分からない。実家は4年ほど前に処分してしまった(ここ)。もちろんその時に本も。
今思えば、もう少し詳細に写真を撮っておけば良かった。本棚の写真を撮っておけば、親父の読書傾向が少しは分かったかも知れない。それを知ってもどうって言うことは無いが、何だか後を追っているようで、ちょっと気になる。

そう言えば、兄貴も読書好きだった。現役時代、いわゆるベストセラー物は通勤電車の中で全て読んだと言っていた。弟も寝る前に時代小説をよく読むと言っていたので、先日会ったときに聞いてみたら、司馬遼太郎などを読むと言っていた。

読書に最も遠かった自分が追い付いた?ことで、兄弟3人ともに、読書という共通点が出来た。つまりは親父の血か??
何度も書くが、人間の死は二つあるという。肉体の死と、誰からも思い出されなくなる死。
22年前に肉体は死んだが、我々息子の中には、まだまだ生き続ける親父ではある。
(しかし兄弟3人で、相変わらず度々親父やお袋が“夢”に登場するのは自分だけ。理由は不明である。)

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2018年6月12日 (火)

森田童子が亡くなった~「ぼくたちの失敗」

今日の夕刊を見ていたらちょっとショックな記事。
森田童子さん死去 「高校教師」主題歌
 シンガー・ソングライターの森田童子(もりた・どうじ)さんが、4月24日に死去していたことが分かった。日本音楽著作権協会(JASRAC)広報部によると、死因は心不全で、65歳だった。
 1975年以降、7枚のアルバムを発表したが、83年に音楽活動を休止。76年に発表した「ぼくたちの失敗」が、93年に放送されたTBS系のドラマ「高校教師」の主題歌となり、人気を集めた。」(
2018/06/12付「朝日新聞」夕刊P12より)

自分も森田童子には凝った。当サイトでも何曲か紹介している(ここ)。
最初が10年前の2008年3月17日の「森田童子の「逆光線」・・・自死遺族の会」(ここ)という記事。
180612morita 「森田童子の全曲の音源を集めるぞ!」と(勝手に)宣言したのが2010年7月13日の記事「森田童子の「菜の花あかり」」(ここ)だった。
当時、森田童子のアルバムは“幻のCD”で、手に入れるのはオークションで高値で買うしか無かった。自分も苦労して全曲を集めたが、世の渇望を察知してか?2016年7月20日に全アルバムが再発売された。今でも簡単に買えるのが嬉しい。

そう言えば、彼女の代表作(最も知られている歌)をあげていないことに気が付いた。そもそも、当サイトは、有名な曲の紹介ではなく、自分の好みであげているのでこうなる。改めて聞いてみよう。

<森田童子の「ぼくたちの失敗」>

「ぼくたちの失敗」
  作詞・作曲:森田童子

春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだヨネ

君と話疲れて いつか 黙り こんだ
ストーブが代わりの電熱器 赤く燃えていた

地下のジャズ喫茶 変われないぼくたちがいた
悪い夢のように 時がなぜてゆく

ボクがひとりになった 部屋にきみの好きな
チャーリー・パーカー 見つけたヨ ぼくを忘れたカナ

だめになったぼくを見て 君もびっくりしただろう
あの子はまだ元気かい 昔の話だネ

春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだヨネ

この歌は、1976年に発表された2ndアルバム「マザー・スカイ」に収録されていたもの。しかし上の音源は、それではなく、1981年にカセットで発売された「友への手紙 森田童子自選集」というアルバムのもの。

J-CASTに、森田童子の訃報に際し、もう少し詳しい記事があった。
森田童子さん死去、素顔は謎のまま 「ぼくたちの失敗」大ヒット
   「ぼくたちの失敗」の大ヒットで知られるシンガーソングライター、森田童子(もりた・どうじ、本名不明)さんが2018年4月24日に亡くなっていたことが分かった。66歳だった。6月12日、各紙が報じた。日刊スポーツなどによると、日本音楽著作権協会(JASRAC)の会報に、訃報が掲載された。死因は明らかにされていない。

「高校教師」でブレイク
   森田さんは1952年生まれ。友人の死をきっかけに歌い始めたといわれ、75年に「さよならぼくのともだち」でデビュー。全国各地の小さなライブハウスやテント公演などで歌い、学生層など若い世代を中心に、一部で熱狂的な人気を誇った。つぶやくようなトークや透明感のある声が特徴だった。しかし83年、新宿ロフト公演を最後に、時代に背を向けるかのようにひっそりと音楽活動を閉じた。
   再びスポットが当たったのは93年、テレビドラマ「高校教師」に作品が使われたのがきっかけ。再発売されたシングル「ぼくたちの失敗」は100万枚に迫るビッグヒットになり、アルバムも再リリースされるなどブレイクした。
   森田さんは「夢」や「希望」ではなく、徹底して「絶望」「憂鬱」「不幸」「孤独」を歌った。それが青春に躓いて、時代に取り残され、挫折感を味わうファン層に熱く支持された。
   「みんな夢でした」「君と淋しい風になる」「たとえばぼくが死んだら」など暗い曲がほとんどで「淋しい」がキーワード。女性だが、「ぼく」と称し、歌の中では太宰治や高橋和巳なども登場した。「安全カミソリがやさしくぼくの手首を走る」などという歌詞もあった。メジャーになることを目的とせず、カーリーヘアとサングラスがトレードマークで素顔や生い立ち、近況などのプライバシーは謎のままだった。

りりィや藤圭子、カルメン・マキ・・・
   森田さんは「高校教師」で脚光を浴びた後も沈黙を続け、マスコミの前には現れなかった。最近では2010年5月、朝日新聞の「うたの旅人」欄で、「ぼくたちの失敗」を担当した保科龍朗記者が、仲介者をたぐって接触を試みたが、「とても親しかった人との唐突な死別とみずからの病で『手紙すら書けないほど憔悴している』」という返答だった。
   ただ、依然として一部でカリスマ的な人気があり、16年は最新技術によるリマスターのアルバム全集が発売され、「全曲集」の楽譜も出版された。長年、ジャケット写真しかない歌手といわれていたが、3年ほど前、誰かがネットで大昔のライブの「お宝動画」や、ラジオにゲスト出演したときの貴重なトークを公開し、「森田童子が動いている」「生の声を初めて聴いた」と驚きが広がった。
   レコーディングには石川鷹彦さん、木田高介さんら一流アーティストが参加、「さよなら ぼくのともだち」は大森一樹監督の「オレンジロード急行」の挿入歌になり、「高校教師」では脚本家の野島伸司さんが、森田さんの曲にこだわるなど、プロの制作者の側からも高く評価されたシンガーソングライターだった。
   早生まれなどの違いはあるが、同学年に「私は泣いています」のりりィ(1952~2016)さん、「圭子の夢は夜ひらく」の藤圭子(1951~2013)さん、「時には母のない子のように」のカルメン・マキ(1951~)さんがいる。アングラ、演歌、フォークなど活動の場は違っていたが、謎めいた半生を背負った個性的な声の女性歌手が輩出した世代だった。」
(2018/06/12付「J-CASTニュース」(ここ)より)

確かに、藤圭子やりりィも、60歳ちょっとで亡くなっている。
若い人は、こんな訃報を聞いても、何も感じないだろう。しかし、我々と同じような世代の人の死は、なぜか沁みる。
人生、他の人に何らかの影響を与える何かが残せると良いが、なかなか難しい。森田童子は、31歳で音楽活動を終えたが、世から忘れ去られることなく、逝った。
米朝首脳会談の歴史的なこの日(2018/06/12)に、森田童子逝去の報。
我々凡人にはない才能があったから・・・!? 合掌。

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2018年6月10日 (日)

中島みゆきの「傾斜」

先に中島みゆきの歌を聴き直し、何曲かあげた。今日はその続きである。
中島みゆきの「傾斜」という歌を見付けた。

<中島みゆきの「傾斜」>

「傾斜」
  作詞・作曲:中島みゆき

傾斜10度の坂道を
腰の曲がった老婆が 少しずつのぼってゆく
紫色の風呂敷包みは
また少しまた少し 重くなったようだ
彼女の自慢だった足は
うすい草履の上で 横すべり横すべり
のぼれども のぼれども
どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ

冬から春へと坂を降り 夏から夜へと坂を降り
愛から冬へと人づたい
のぼりの傾斜は けわしくなるばかり

としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
悲しい記憶の数ばかり
飽和の量より増えたなら
忘れるよりほかないじゃありませんか

息が苦しいのは きっと彼女が
出がけにしめた帯がきつすぎたのだろう
息子が彼女に邪険にするのは
きっと彼女が女房に似ているからだろう
あの子にどれだけやさしくしたかと
思い出すほど あの子は他人でもない
みせつけがましいと言われて
抜きすぎた白髪の残りはあと少し

誰かの娘が坂を降り 誰かの女が坂を降り
愛から夜へと人づたい
のぼりの傾斜は けわしくなるばかり
としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
悲しい記憶の数ばかり
飽和の量より増えたなら
忘れるよりほかないじゃありませんか

冬から春へと坂を降り 夏から夜へと坂を降り
愛から冬へと人づたい
のぼりの傾斜は けわしくなるばかり

としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
悲しい記憶の数ばかり
飽和の量より増えたなら
忘れるよりほかないじゃありませんか

この歌は、1982年発売のアルバム「寒水魚」に納められていた歌で、wikiには「後に高校の国語教科書にその歌詞が掲載された曲である。」と解説がある。
この歌で高校生に何を教えようとしていたのだろう・・・??ちょと興味がわき、Netで検索してみた。

そしてこの歌詞について、こんな解説を見付けた。
「たとえば、出だしの「傾斜10度」。坂の角度が具体的です。30度もある坂道だと急すぎて、あまりに波乱万丈な人生を予感させるし、平凡な人生には「傾斜10度」くらいがちょうどいいのである。この「傾斜10度」という角度の具体的表現の中には、どんな人生だったかという、いわば何万言もってしても語り尽くすことのできない「人生」という抽象的なものの在り方が表現されているのである。すばらしいですね。
 そして『風呂敷包』。何十年生きても、本当に大切なものはそんなにたくさんはないのだよ。せいぜい「風呂敷」に包める程度でしかないのだ。そして、それでも、その荷物は少しずつ重くなり、そのせいもあって、自慢だった足は「横すべり」する。この「自慢だった足」というのも暗示的ですね。
「若いころは気丈な人だったのに、年取ってすっかり気弱になってしまったねぇ」なんて状態や、「お父さんも最近すっかり涙もろくなって、もう年かねぇ」なんて事を思わせたりもするのである。言わば「精神の足腰」なのである。そして最後は、結局「どこへも着きはしない」ような気がするというのだ。こんなにも生きてきて、まだ前が、行き着く先が見えない。あぁ、いったい私の人生って何だったのだろう。という思いで締めくくられる。

人は年をとるとボケる。これはどうしようもない現実なのである。・・・
その深刻な事態を「哀しい思い出がふえて、頭一杯になってしまい、もう入りきらなくなったので、忘れてしまう以外に仕方がない。」なんて、中島みゆきは捉えてしまい、「悲しい記憶の数ばかり 飽和の量より増えたなら 忘れるよりほかないじゃありませんか」と歌ってしまうのである。いけない事だと言っているのではないのですよ。あるいはそうおっしゃる人もいるかもしれないが、偽鑑先生はそんなきれい事より、この中島みゆきという人の人生や人間を見つめる眼に驚いて、感動してしまうのである。こんなことは、最近のエセロック歌手には逆立ちしたってできないのである。
 それに「飽和量」なんていう理科の教科書に出てくるような言葉を詞の言葉として使って、またそれを違和感なく使いこなしてしまう才能のすばらしさにまいってしまうのである。中島みゆきによって「飽和量」という言葉は新たな命を吹き込まれたと言ってもいいくらいなのである。・・・」
(「偽鑑先生の作文講座」ここより)

なるほど。こんな解釈もあるのか・・・。

一方、学術的?には、早稲田大学の論文?にこう記載があった。
「学習者がよく聴く音楽は、クラシックよりはポピュラーであり、その多くは歌詞が付いたものである。そこで音楽と国語科の接点を考えるときに、直ちに思いつくのはうたの歌詞ということになる。歌詞は、詩歌と同じ位相から教材化を検討することができる。現に、国語の教科書の中にも歌詞が教材として採録されるようになりつつある。高校の「現代文」の教科書を例にするなら、教材として歌詞が掲載された教科書が複数あった。1989年版学習指導要領に準拠した「現代文」の教科書から3例紹介する。

角川書店版教科書には、中島みゆきの「傾斜」の歌詞が収録されていた。「傾斜」は「文体・表現」という単元に収められ、後に次のような「学習」が付いている。
学習1
一 「傾斜」がイメージされている言葉を作品の中から列挙してみよう。
二 この歌詞は光景を叙述した部分と、感情を表出した部分(叙情の表出)とによって構成されている。それぞれその部分はどこか指摘してみよう。
三 この歌詞には次のような二つのリフレインがあるが、それぞれ表現されている意味を明らかにしてみよう(以下略)。
学習2
一 「傾斜」という言葉には何が暗示されているか、考えてみよう。またそれが高らかに歌われてるい部分を指摘してみよう。」(
早稲田大学の(ここ)より)

高校生も大変だ!?

しかし、古希を過ぎた自分にはなぜか心地良い歌だ。老化を認めてくれたようで・・・!?

さてこの歌は、2004年発売のアルバム「いまのきもち」でセルフカバーされているので、それも聞いてみよう。

<中島みゆきの「傾斜」(「いまもきもち」より)>

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2018年6月 7日 (木)

100m吉岡隆徳の「記録は生まれるべくして生まれる」~健康とは?

先日、NHKラジオ深夜便「カルチャーラジオ「声でつづる昭和人物史~吉岡隆徳」」(2018/5/28放送)を聞いていて、こんな言葉に出会った。

<NHK「声でつづる昭和人物史~吉岡隆徳」より>

ここでの吉岡隆徳の言葉、
「人間は記録を作ろうとか、勝ってやろうとか、いうときには絶対にダメだということを、私は身をもって経験した。記録は生まれるべくして生まれる、という気持ち。必ず意識をしない。これは競技に限らず、日常生活でもそのことが一番大切ではなかろうかと思っている。」
を聞いていて、色々なことを思い浮かべた。

仏教では、思い通りに行かないことを「苦」という。
我々の生活では、全てが思い通りにはいかない。もちろん競技もそうだが、日常生活、特に病(やまい)ではそうだ・・・

昨日、軽い脳梗塞の退院祝いをしたH君も、「ひとり暮らしなので、注意をしていたのだが・・・」と言っていた。
カミさんが昔からお付き合いがある神経内科の女医さん。夜、変だなと思って夫婦で話していたが、翌朝には「脳梗塞」。ご主人は脳外科医とか?
つまり、その道のプロの医師夫婦でも、自分たちの脳梗塞を発見できない・・・。

脳梗塞は、4時間半以内だと血栓を溶かす血栓溶解療法で治る可能性があるという。
それも全ては運だと思う。幾ら夫婦で暮らしていても、たまたま別室に居て倒れれば、直ぐに見付からないこともある。逆に運良く雑沓の中で倒れれば、誰かが見付けてくれる。
全て、運・・・

健康のために、ウォーキングをしている人が多い。自分も散歩を心掛けているが、これも程度問題。人間の足は、消耗品だという。過剰に足を使うと、ほころびが出て、日常生活に差し支えてしまう。

では、健康保持とは何だろう?
上の言葉を借りると、「病は、なりたくないと思ってもダメ。病はなるべくしてなる。意識をしないこと。」か・・・・?
あまり力まない方が良さそう。自然体で・・・!?
どうせ、なるようにしかならないから・・・!?

「暑いから」もそうだが、こんな事も言い訳に、健康保持の散歩を逃げている最近の自分である。

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2018年6月 4日 (月)

nanacoで税金を払った話

70年入社の同期が5人集まって、時たま珈琲会(お茶会)を開く。古希を過ぎた爺さん会である。主にY君が主催なのだが、なかなか開催のメールが来ない。自身の山登りで忙しいせいらしい。
その会は最初3人でやるようになって、そこに自分が入り、最後にT君が加わって計5人になった。天気の良い日に、Y君の庭のテラスで、H君が持ってきた珈琲の道具で豆を挽き、珈琲を飲んで雑談。それからランチに繰り出して解散。3時間余の雑談会である。
先日、老舗のメンバーのH君が、軽い脳梗塞で入院したという知らせが届いた。5月12日に入院したという。その後リハビリテーション病院に転院して、今はリハビリをしているという。
1ヶ月ほどの入院の予定が、6月4日に退院するというので、退院祝いをかねて、お茶会をする事になった。

ここからが本題だが、前回のお茶会で、そのH君から、税金を払うときに、nanacoで払うと、いう話を聞いた。普通は銀行振り込み。手間が省けるので、それが一番と思っていた。しかし、節約家はいるもので、「そんな面倒なことをして、何のメリットがあるのか?」と聞くと、「税金を払える電子マネーはnanacoだけ。そのnanacoにクレジットカードから振り込んだときに、得られるポイントがメリット」だという。
対象の税金は、固定資産税、健康保険。自動車税。ひと声40万円として、1.2%のポイントだと、約5千円弱のポイント。これにメリットを感じない人は今まで通り。
自分は年金生活者として、そして世の中の仕組みを知るため?にチャレンジをしてみたのは今日の話。

Netで検索すると「nanacoとクレジットカードで税金や公共料金を節約するために気をつけること【2018年版】」(ここ)というサイトがあって、実に懇切丁寧に書いてある。
自分もこの通りに実行してみた。水道は銀行振り込みの場合、少し安くしてくれる仕組みがあったので、そのまま。年金から天引きされる介護保険と住民税は仕方が無いので、自分の場合は、国民健保保険と固定資産税、自動車税の3つが対象。

・市役所で、自動振替の停止の申請をする。
・イトーヨーカドーに「8がつく日(手数料が無料になる)」に行ってnanacoカードを作成。
・nanacoにチャージするときに1.2%のポイントが付く「リクルートカード」を新たに申請。加えて、(土)(日)に申請すると、計8000円分の期間限定ポイントが貰えるので、「ポンパレモール」で本などを買う。
・ポイントが付くnanacoへのチャージは、毎月16日~翌15日までの間で、3万円まで、の制限があるので、16日を過ぎたら毎月3万円を入れておく。
・セブンイレブンで、nanacoで納税。

その他、カードとnanacoとの紐付けなど色々な手続きがあり、正直面倒・・・
そして、毎月のチャージや紙での納税期限の厳守など、期限を守る必要があるので、自分の場合、スマホのYahooカレンダーに、1年分の予定を入れておいた。

初めての例で、先日、早速nanacoで自動車税を納付してみた。なるほど、だいたい動きが分かった・・・・。
手間の代わりに数千円。これも労働賃か??
何もしないと、頭が鈍る。自分に「何日には何をしないといけない」と追い込むのも、ボケ防止につながるかも知れない!?
H君の指導の下、そんな言い訳をしながら、しばらくやってみるつもりである。

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2018年6月 2日 (土)

長尾和宏さんの「日本が壊れないために」

相変わらず、カミさんが時々「読め」と持ってくるプリント。今回は、カミさんがよく読んでいる長尾和宏さんのブログの記事である。

「日本が壊れないために」~長尾和宏さんのBlogより
・・・・(略)・・・
3年前、ある犯罪者(常習犯)の決定的瞬間をビデオに捕えた。犯罪の様子がビデオにバッチリ映っているので警察に通報した。
当然、法に照らして適正に裁かれる、と誰でも思うだろう。ところがまったくその反対で、逆に訴えられ返される始末。
その犯罪者の父親や兄など身内が兵庫県警の警察官だったのだ。彼らが尼崎南警察署の副所長に娘の犯罪のもみ消しを依頼した。
副所長(当時)は私に「お父さんに頼まれて困っている」と話した。その結果だろう、尼崎検察庁は信じられないことに「無罪放免」とした。
絵にかいたような身内の犯罪のもみ消し。
いくら犯罪者を捕まえても、身内の「忖度」でもみ消して、無罪放免に。しかも逆に訴え返されるという事態に発展・・・
尼崎検察庁の担当検事に話を聞きに行った。その検事は「私は有罪だと思うが、上司からの圧力でもみ消しに」と。
弁護士さんに相談すると検察庁が一旦下した判断を覆すためには検察審査会というところにかけるしかない、ということを知った。
しかし検察審査会で逆転する確率は、1%くらいであるとも。しかし納得できない判決なので、警察審査会に賭けることに。
そしてその結果、半年くらい時間はかかるも「無罪は無効」との判決を得た。警察や検察は完全に腐っているが、検察審査会は機能していることを知った。
しかし、ここからが長かった。
ようやく尼崎裁判所での裁判になった。打ち合わせや出廷は大きな負担になる。
そもそも犯罪者を捕まえたのに、なぜこちらが被害者みたいになるのか。捜査情報は全く知らされないまま、被害者を執拗に捜査するが逆じゃないか?
警察や検察とは、犯罪者は取り調べずに、被害者を取り調べる組織であると知った。
そもそも警察官や検察官は、ひとりひとりが「絶対神」である、そうだ。冤罪事件に詳しいという東京赤坂の弁護士さんにそう聞いて愕然とした。
彼らは国民の治安や幸福や正義のために働いているのではない!国家システム、つまり総理大臣に忠誠を誓うために働いていると。
トップ官僚が「記憶に無い」と言えば出世できる仕組みが理解できるだろう。私は超個人的な経験を通じて、この国の統治システムの大きな欠陥を知った。
日本国には警察や検察官を取り締まる法律が存在しないのである。これは致命的欠陥だと思う。
韓国の歴代大統領の逮捕劇だけでなく米国のトランプ大統領でも大統領命令が通らないという「ブレーキシステム」を有している。
しかし日本は、そうした「権力のブレーキ」が無い国である。
だから権力者(政治家、警察、検察官)の犯罪が、後をたたない。それは犯罪を犯しても断罪されないという欠陥構造に原因がある。

話を戻そう。
2年後に尼崎地裁でやっと「有罪」の判決が出た。しかし大阪高裁に上告され、また半年が経過した。
高裁でも「有罪」判決が出たが、警察官一家は最高裁まで持ち込んだ。しかし、先週、最高裁でもやっと「有罪」判決が出て、罪が確定した。
結局、泥棒さんを捕まえてから3年を要した。弁護士費用だけでも300万円以上かかった。
私は、泥棒さんは恨んでいない。なぜならそれは「病気」だから。
前科があり再犯を繰り返していることも、最近知った。毎回、黙秘と身内のもみ消しで切り抜けてきたことも。
許せないのは、警察と検察の犯罪常習性である。治安を守る立場の人達が結託して身内の犯罪をもみ消すという犯罪を繰り返す国。
日本という国がそんな状態にあることを身を持って知らされた。だから国会での「記憶にない」騒動も裏側が容易に想像できる。
野党がやるべきは「権力を取り締まることができる法律」を造ることだ。しかし野党である限り永遠にそれは実現せず、権力者やりたい放題が続く。
99%の国民はまともに生きている。日本人としてのモラルや美徳がある。
しかし1%の権力者は、犯罪をやりたい放題の現状にある。犯罪を犯しても絶対に捕まらないことを知っているので犯罪ができる国。
恐ろしいのは、そんな国家の行く末である。事実、私の身の周りでもそんな事件が起きた。
奇跡的に最高裁で勝ったが、もし負けたら日本国籍を捨てようと思ってきた。しかし勝ったので、この国が壊れないことを願い、今後もしばらく発信する。
まさに夢のような、信じかたい3年間だったが、学んだことが沢山あった。
このブログに警察や検察の批判を書くのは、この国が壊れて欲しくないから。
先週最高裁判決が下ったので今日初めて3年間闘ってきた経緯を書いた。鉄道事故裁判の高井さんもそうだったが、私自身も感無量の週であった。
超個人的な話に、ここまでお付き合い頂いた皆さまに心からお礼を申し上げます。」(
2018/05/20付「長尾和宏さんのBlogここより)

長尾和宏氏は、当blogでも何度か取り上げている尼崎で在宅看取りのクリニックを開いている医師(ここ)。
NHKラジオ深夜便で聞いて、長尾さんのことを知り、当サイトで最初に取り上げたのが5年前だった(ここ)。
それ以来、ファンになったカミさんが、Blogも読んでいる。そこで気になって印刷したのが、この記事。

氏は「日本が壊れないために」と謳っているが、もうダメではないかと、最近思う。
国会だけでなく、日大アメフト、女子レスリング等など、デタラメのオンパレード。
とうとう、福田元首相までが疑問を呈したという。

「福田元首相が佐川氏不起訴に疑問「命絶った人はどうなる」
「自ら命を絶った人はどうなるのか」――。福田康夫元首相が大阪地検の決定に疑問を呈した。
 福田氏は1日、都内の日本記者クラブで会見を開き、森友疑惑に言及。決裁文書改ざん問題で「記録を残すのは歴史を積み上げることだ。公文書は石垣のひとつ。ちゃんとした石でなければ困る」と語った。
 さらに佐川宣寿前国税庁長官らが不起訴処分になったことについて、「不起訴でおとがめなしとなれば、自ら命を絶った人はどうなるのか」と疑問を投げかけた。今年3月、国有地売却を担当した近畿財務局の男性職員が「書き換えをさせられた」とのメモを残して自殺したことを引き合いに出した格好だ。
 さらに福田氏は、安倍首相の「李下に冠を正さず」「信なくば立たず」という発言について「(言葉の意味を)分かってない人が多いんじゃないか」と語った。」(
2018/06/02付「日刊ゲンダイ」ここより)

国民が最後の砦だと思っていた大阪地検特捜部までもが、上の尼崎の検察のように政権に取り込まれているように見える。三権分立の行政のデタラメを、司法もブレーキをかけられず、立法府も行政から舐められている始末。どこが三権分立なのか分からない。
今回、「日本はウソを付いても良い国」と世界に知らしめてしまった。もちろん子どもたちにも「ウソはダメ」と言えなくなってしまった日本。
長尾氏には残念だが、「日本は壊れてしまった」と思わざるを得ない。
ひとりの独裁者のウソと保身のために、国民の税金で働いているこれだけ多くの人たちが、そのウソ隠しのために動いている。
国内の自浄作用が見込めない現在、“世界から相手にされない日本”に国民が気付くまで待つしか無いのだろうか。

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