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2018年5月の14件の記事

2018年5月30日 (水)

小林研一郎が歌う多田武彦の「アカシアの径」

前にも書いたが、この歳になると自分にとって新しくフィットする歌と巡り会うと嬉しくなる。最近巡り会った歌が、小林研一郎(コバケン)が歌う多田武彦の「アカシアの径」。
言うまでも無く、多田武彦は男声合唱分野の大作曲家。その多田武彦の作品を演奏会のアンコールで、これも世界的大指揮者の小林研一郎が歌ったのだという。

<小林研一郎が歌う多田武彦の「アカシアの径」>

「アカシアの径」
  作詞:鈴木 薫(多田武彦)
  作曲:多田武彦
  独唱:小林研一郎
  合唱:ピエロinいわき

君と歩いた アカシアの径を
僕は一人で 歩いてゆく
君と捜した しあわせの星は
夜霧の中に 消えてしまいそうだ
秋の雨に 濡れながら
溢れる涙に 濡れながら
君と歩いた アカシアの径を
僕は一人で 歩いてゆく

君と歩いた すずかけの径を
僕は一人で 歩いてゆく
君と捜した しあわせの花は
雨に打たれて 散ってしまいそうだ
秋の雨に 濡れながら
溢れる涙に 濡れながら
君と歩いた アカシアの径を
僕は一人で 歩いてゆく

この演奏は、2013年3月17日に、コバケンさんの故郷の、福島県の「いわきアリオス」で開180530iwaki かれた、小林研一郎指揮「ピエロinいわき」としての200人を超える大男声合唱団によるものだという。
この大男声合唱団の内訳は、グリークラブ府中(府中市)、多摩男声合唱団(多摩市)、男声合唱団エルデ(日野市)、男声合唱団お山の大将(八王子市)、男声合唱団シリウス(日野市)、男声合唱団トップハット(多摩市)、町田男声合唱団「マルベリー」(町田市)に、現地いわきの男声合唱団や高校生の参加も得たという。

自分は、コバケンは指揮者としてしか知らなかった。数年前、コバケンによる「ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2013」コンサート(ここ)に行ったことがあったが、上の演奏は、まさにこの年の演奏だったらしい。

それにしても、指揮者が自ら歌う演奏会は初めて聞いた。もちろんマイクも無しで、朗々と声量豊かに歌うコバケンさんの歌は本格的。しかし、音楽が実に歌謡曲的で、多田武彦の作品とは思えない。こんな世界もあったのだ・・・

いわきがコバケンさんの故郷だと聞いて、wikiを読んでみると、「福島県いわき市小名浜生まれ。」「福島県立磐城高等学校を経て、東京藝術大学作曲科に入学。」とあった。
バンコウなんだ・・・。大学のときに、同級生に磐城高校出身の人が何人かいた。
その友人のことを思い出す。バンコウは男子校で、隣に磐城女子高があって、通学の道は、左側が男子、右側は女子が歩く、と聞いた。さっき初めて地図を見たら、なるほど、道路を挟んで高校が並んでいる。しかし磐城女子高は、共学になって今は磐城桜が丘高校と名前が変わっていた。
ベートーヴェンの時は、出身地など気にせずに聞いていたが、いわき出身と聞いて、何か近しく感じた。

それにしても、200人の男声合唱の迫力はすさまじい。
この時の演奏「ピエロ」も少し聞いてみよう。

<小林研一郎指揮「月光とピエロ」2秋のピエロ>

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2018年5月28日 (月)

はぐらかし答弁での審議時間「浪費」~東大話法

今朝(2018/05/28)の朝日新聞の「天声人語」が面白かった。
「(天声人語)「ウソつきました」という説明
 NTTとは関係ないにもかかわらず、NTTと称したり、NTTとあたかも関係があるような説明をしたり、事実に反する説明をして契約を迫る販売勧誘が発生しています。くれぐれもご注意ください――▼NTT西日本のホームページから引かせていただいたが、困っている会社は他にもあろう。誰もが知る企業との関係をにおわせるのは悪質業者の常套(じょうとう)手段だ。では「首相に『いいね』と言われた」と触れ回るのはどうか▼加計学園の加計孝太郎理事長と安倍晋三首相が面会したことを記す文書が愛媛県に残っていた件で、学園がコメントを出した。その説明を信じるなら、理事長は首相と会っていないし、獣医学部の計画にいいねと言われてもいない。なのに愛媛県には、面会したとウソの報告をした。学部設置への打開策を探るなかでの作り話だったという▼虚偽報告なら謝罪があってしかるべきだと愛媛県知事が言うのは当然だろう。首相も怒りに震えているに違いない。「相手の立場を利用しようとするなら、友人とは言えない」が持論なのだから▼まずは首相官邸ホームページで警告してはどうか。「首相とあたかも関係があるような説明をして、認可や補助金を得ようとする学校法人がいます。ご注意を」。もう手遅れ? いや姿勢を示すためにも▼ひどいウソが多すぎて感覚がまひしそうな昨今の国会である。もし「ウソをついた」というのもウソだったら……。怒りに震えるパワーは、私たちに残っているだろうか。」(
2018/05/28付「朝日新聞」より)

実に国民の心情を言い当てている。

先日の同じ朝日新聞にこんな記事もあった。

はぐらかし答弁、審議時間「浪費」 働き方法案、きょう採決
 安倍政権が今国会の最重要法案と位置づける働き方改革関連法案について、与党は25日の衆院厚生労働委員会で採決することを決めた。29日にも衆院を通過させ、今国会中の成立をめざす。野党は加藤勝信厚労相に対する不信任決議案を提出し、抵抗する構えだ。
180528asahi  24日の衆院本会議では、立憲民主党など野党が提出した衆院厚労委の高鳥修一委員長(自民党)の解任決議案を与党などの反対多数で否決した。その後に開かれた衆院厚労委の理事懇談会で、高鳥氏が委員長の職権で25日の採決を決めた。(斉藤太郎)
 衆院厚労委での審議で、法案の責任者の加藤勝信厚労相が野党の質問に正面から答えず、繰り返しはぐらかす場面が目立っている。与党は十分審議したとして25日に同委で採決すると決めた。だが、労働時間調査の異常値問題など政府側の失態をめぐるやりとりも多く、主要野党が欠席した時間もあった。さらに加藤氏の答弁で「浪費」された審議時間も少なくない。

 ■聴取数出し渋り
 高所得の一部専門職を労働時間規制から完全に外す高度プロフェッショナル制度(高プロ)。「過労死を助長する」と法案からの削除を求める立憲民主の岡本章子氏は9日、働く人のニーズについてただした。
 岡本氏 ニーズの把握は、何をもってしたのか。
 加藤氏 いくつかの企業とそこで働く方から、いろんなお話を聞かせて頂いている。
 岡本氏 どのくらいの数の方が(高プロの)必要があると答えたのか。
 加藤氏 いくつかの企業の働く方々からお話を聞かして頂いた。
 岡本氏は人数を聞いているが、加藤氏は明確に答えず、この後に高プロに肯定的な意見を二つだけ紹介した。岡本氏が「全体としてどれくらいか」と重ねて求めると、ようやく「十数人からヒアリングした」と答えた。この答弁まで最初の質問から約8分かかった。

 ■抗議で度々中断
 質問の趣旨と違う答えを次々と繰り出す加藤氏のこうした「ずらし答弁」は、法案検討時に参照された労働時間調査に異常値が大量に見つかり、厚労省が全データの約2割を削除した問題でもあった。立憲の西村智奈美氏が16日、データ削除後の集計結果が削除前と大きく変わらないとして調査を撤回しない厚労省の対応について、質問した。
 西村氏 2割ものデータが誤りという調査結果全体に対する信憑性(しんぴょうせい)が失われた。(削除後の)データに、全く誤りがないと答弁できるか。
 加藤氏 エラーチェックをしっかりやることで精度を上げた。従前より信頼性が高い。
 西村氏 全然答えていない。誤りがないと言い切れるのか。
 加藤氏 従前に比べて、信頼性の高いものになっている。
 こんなやりとりが約10分続き、野党側の抗議で審議は3度も中断した。
 野村不動産への特別指導をめぐる質疑でもあった。厚労省が大半を黒塗りにして国会に提出した経緯の資料について、西村氏が9日、厚労省が同社社員の過労自殺を労災認定していたと認めた後も「過労死」という言葉の黒塗りを外さない理由を問うた。
 西村氏 なぜ外せないのか。
 加藤氏 労災申請をいつしたかは、申し上げられないことになっており、それにかかる話は差し控える。
 西村氏 いつ労災申請したかは聞いていない。
 加藤氏 何が端緒だったか等々をつまびらかにすることは、今後の監督指導に支障がある。
 西村氏は最後、「はぐらかさないでほしい」と語気を強めた。(千葉卓朗、贄川俊)

 ■森友・加計と同じ姿勢
 論理の欠点をごまかしつつ自分の主張を正当化する「東大話法」についての著書がある安冨歩・東大東洋文化研究所教授の話
 加藤厚労相はそもそも質問に答える意思がないのだろう。「答えたふり」さえもしていない点で、東大話法ですらない。こうした答弁姿勢は森友問題や加計問題でも同じで、安倍政権では一貫している。多くの国民もその姿勢を受け入れてしまっているように感じる。野党にできることは、加藤氏がヘトヘトになるまで延々と同じ質問を繰り返すか、自分たちの足で疑惑や国民のニーズを調べるか、ではないか。」(
2018/05/25付「朝日新聞」p3より)

国会で何を議論しようが、何をテーマにあげようが、政府に「そもそも質問に答える意思がない」のだから、時間の浪費でしかない。まさに、安冨歩教授の指摘は当たっている。

ところで「東大話法」という言葉を初めて聞いた。「「答えたふり」さえもしていない点で、東大話法ですらない。」とも言うが・・・
wikiによると「「東大話法」は相手を言いくるめ、自分に従わせるための、言葉を使った暴力と説明される。この話法は東京大学の教授や卒業生だけが使う技術というわけではないが、使いこなせる能力を有する人物は東大に多く集まっているともいう。」というものらしい。定義は・・・

<東大話法規則一覧>
①自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する。
②自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する。
③都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事をする。
④都合のよいことがない場合には、関係のない話をしてお茶を濁す。
⑤どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す。
⑥自分の問題を隠すために、同種の問題を持つ人を、力いっぱい批判する。
⑦その場で自分が立派な人だと思われることを言う。
⑧自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル貼りし、実体化して属性を勝手に設定し、解説する。
⑨「誤解を恐れずに言えば」と言って、嘘をつく。
⑩スケープゴートを侮蔑することで、読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度を取らせる。
⑪相手の知識が自分より低いと見たら、なりふり構わず、自信満々で難しそうな概念を持ち出す。
⑫自分の議論を「公平」だと無根拠に断言する。
⑬自分の立場に沿って、都合のよい話を集める。
⑭羊頭狗肉。
⑮わけのわからない見せかけの自己批判によって、誠実さを演出する。
⑯わけのわからない理屈を使って相手をケムに巻き、自分の主張を正当化する。
⑰ああでもない、こうでもない、と自分がいろいろ知っていることを並べて、賢いところを見せる。
⑱ああでもない、こうでもない、と引っ張っておいて、自分の言いたいところに突然落とす。
⑲全体のバランスを常に考えて発言せよ。
⑳「もし◯◯◯であるとしたら、お詫びします」と言って、謝罪したフリで切り抜ける。

国会での議論がムダとなったら、野党や国民は、どんな手段を持っているのか・・・・

一方、内閣支持率が下げ止まっているという。反転しているという。
産経新聞には「飯島勲内閣官房参与は23日の東京都内での講演で、衆院を解散して自民党が過半数を獲得すれば、秋の総裁選は不要との認識を示した。加計学園問題などで重要法案の審議に停滞が見られる現状を踏まえ「解散すべきだ。最低でも過半数は取れる。選挙で国民の信任を得た安倍晋三首相(党総裁)に対し、総裁選をやる必要はない」と述べた。」(ここより)という記事も・・・

北朝鮮情勢で大きく動いている世界。それに対して、空しい日本の政治ではある。

(追~「ご飯論法」)
「ご飯論法」というのもあるそうだ。
モリカケ問題 政府答弁は論点のすり替え? ネットで話題「ご飯論法」
180528ronten  森友学園と加計学園を巡る国会論戦が1年以上も続くのに、世論調査では国民の過半が政府の説明に納得していない。この異常事態について、ごまかしや論点のすり替えを図る不誠実な政府の国会答弁が原因だとの指摘もある。ネット上でいま、そのカラクリを暴く「ご飯論法」なるものが注目されている。発案者とともに政府の答弁を考えた。【和田浩幸/統合デジタル取材センター】」(
2018/05/27付「毎日新聞」ここより)

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2018年5月25日 (金)

樹木希林の「人生、上出来でございました」

今朝の朝日新聞に、、楽しみにしていた樹木希林さんのコラムがあった。最終回である。

「(語る 人生の贈りもの)樹木希林:14 人生、上出来でございました
 ■役者・樹木希林
 《今年1月で樹木さんは75歳になった》
 後期高齢者の仲間入りね。ここまで十分生かしてもらったなあ、って思います。私、自分の身体は自分のものだと考えていました。とんでもない。この身体は借りものなんですよね。最近、そう思うようになりました。借りものの身体の中に、こういう性格のものが入っているんだ、と。
180525kikikirinn  ところが、若い頃からずっと、わがもの顔で使ってきましたからね。ぞんざいに扱いすぎました。今ごろになって「ごめんなさいね」と謝っても、もう遅いわね。
 「人間いつかは死ぬ」とよく言われます。これだけ長くがんと付き合っているとね、「いつかは死ぬ」じゃなくて「いつでも死ぬ」という感覚なんです。でも、借りていたものをお返しするんだと考えると、すごく楽ですよね。
 人から見ると、それを「覚悟」と言うのかもしれませんね。でも「覚悟」が決まっているということでもないの。だからといって、グラグラしているわけじゃない。現在まで、それなりに生きてきたように、それなりに死んでいくんだなって感じでしょうか。
 夫の内田裕也もね、大変な思いもしたけれど、ああいう人とかかわったというのは、偶然じゃないという気がしてきたの。ほとんど一緒にいなかったけどね。でも縁があったんだろうなあ、と。だから内田には「面白かったわ」と伝えているの。
 日本映画界にも、これを描きたいという意思をしっかり持った若い人が出てきましたね。すごくいいんじゃない? 日本って、東洋と西洋の思想をうまく料理出来るお国柄だから、すごい映画が出来ると思う。監督も役者も、もう少し層が厚くなってくると、とても楽しみだわね。私はもうお墓に入っているけどね。
 いまなら自信を持ってこう言えます。今日までの人生、上出来でございました。これにて、おいとまいたします。
 (聞き手 編集委員・石飛徳樹=おわり)」(
2018/05/25付「朝日新聞」p35より)

樹木希林さんが、自らのガンを告白したのが2013年だという。5年経った。しかしテレビで見る姿は、(舞台裏は別にして)元気な様子。
ガンを抱えているからだろうか、至って人生を達観している。上の一文も同じ。
しかしこの裏も表もないスタンスは素晴らしい。この記事で、希林さんの肩書きは「役者」だって・・・。「女優」では無いのだ・・・!

映画作品を見ていると、どれも役を“作って”いるようには見えない。自然体・・・。まるで、希林さんが演じるという前提で作品が作られているみたい。
体力的に、そろそろスローダウンかな、と思っていたら、どうしてどうして、先日、カンヌ映画祭で最高賞を取った「万引き家族」という作品に出ているという。
あらすじを見ると、今年の初めに放送された、広瀬すずと田中裕子のテレビドラマ『anone』(あのね)を思い出した。
話はそれるがこのドラマ、自分が好きだった2013年の『Woman』の再来を期待したが、消化不良で終わってしまった。どうも、寄せ集め家族というと、ついこのドラマを思い出して、あまりそそられない。
でもまあ、樹木希林さんを見るために、行ってみようか・・・

まるで、悟りを開いたお坊さんのように哲学的な樹木希林さんではある。

(付録)
<連載「(語る 人生の贈りもの)樹木希林」(全14回)2018年「朝日新聞」より>

(関連記事)
樹木希林の「死生観」~その語録より 

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2018年5月23日 (水)

2018年の「サラリーマン川柳」ベスト10

第一生命保険が「第一生命サラリーマン川柳コンクール」の第31回の投票結果を発表した。
そのベスト10は下記だという。

<2018年「サラ川ベスト10」>
①スポーツジム 車で行って チャリをこぐ (あたまで健康追求男)(3136)
②「ちがうだろ!」 妻が言うなら そうだろう (そら)(3113)
③ノーメイク 会社入れぬ 顔認証 (北鎌倉人)(3084)
④効率化 進めて気づく 俺が無駄 (さごじょう)(2929)
⑤電子化に ついて行けずに 紙対応 (トリッキー)(2503)
⑥「マジですか」 上司に使う 丁寧語( ビート留守)(2336)
⑦父からは ライン見たかと 電話来る (アカエタカ)(2135)
⑧「言っただろ!」 聞いてないけど 「すみません」 (中っ端)(1936)
⑨減る記憶 それでも増える パスワード (脳活)(1562)
⑩ほらあれよ 連想ゲームに 花が咲く (さっちゃん)(1552)

(第一生命のここより)

180523sarasen1 180523sarasen2 180523sarasen3

例によって、自分が選んだベスト10(ここ)との答合わせをしてみる
2月に自分が選んだ10作品で、世論が選んだものと一致したのは、1位、2位、10位の3作品だった。そしてベスト10以下では、下記のように12位、19位、35位、39位、40位、47位、60位だったので、自分の感性はそれほど世論とずれていないことが分かった。

12)何事も 妻ファーストで うまくいく (よみ人知らず)
19)ウォーキング 秋に始めて 冬終わる (しゅうじのオヤジ)
35)俺ん家も 長期政権 嫁一強 (やす)
39)売り言葉 買って二倍に 返す妻 (剛球)
40)正直で 忖度なしの 体重計 (綾波翔太郎)
47)変わったね 太ったねとは 言い切れず (過去は過去)
60)空き缶日 他の缶見て 格差知る (第三発泡亭主)

それにしても、第一生命のサイトにあるマンガが面白い。実に言い当てている。特に2位の「違うだろ!」の車内の絵は、まさに我が家と同じ。
そのコメントが、「お父さんの家庭での生き抜く知恵が表れているのが面白い」「一見、妻を恐れる夫の叫びに聞こえるが、実は夫婦円満の秘訣。優しい夫の心遣いですね」とある。

我が家では、出掛けるときの運転手はいつも自分。それは良いのだが、いつも帰りは眠い・・・。
「ガンバレ!」と自分に掛け声をかけると、横からカミさんの“ピンタ”が飛んでくる。「運転中に危ないじゃないか!」と叫び、目が覚める!?

何とか免許の返上は、先に送りたいのだが・・・

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2018年5月21日 (月)

「忖度を生むリーダー」~ウソの連鎖

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(政治季評)忖度を生むリーダー 辞めぬ限り混乱は続く 豊永郁子
 アイヒマンというナチスの官僚をご存じだろうか。ユダヤ人を絶滅収容所に大量輸送する任に当たり、戦後十数年の南米などでの潜伏生活の後、エルサレムで裁判にかけられ、死刑となった。この裁判を傍聴した哲学者のハンナ・アーレントは「エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」を執筆し、大量殺戮(さつりく)がいかに起こったかを分析した。

 前国税庁長官・財務省理財局長の佐川宣寿氏の証人喚問を見ていて、そのアイヒマンを思い出した。当時、佐川氏ら官僚たちの行動の説明として「忖度(そんたく)」という耳慣れない言葉が脚光を浴びていた。他人の内心を推し量ること、その意図を酌んで行動することを意味する。私はふと、アーレントがこの日本語を知っていたらアイヒマンの行動を説明する苦労を少しは省けたのではないかと考えた。国会で首相の指示の有無を問いつめられる佐川氏の姿が、法廷でヒトラーの命令の有無を問われるアイヒマンに重なったのである。
     *
 森友学園問題――国有地が森友学園に破格の安値で払い下げられた件、さらに財務省がこの払い下げに関する公文書を改ざんした件――については、官僚たちが首相の意向を忖度して行動したという見方が有力になっている。国会で最大の争点となった首相ないし首相夫人からの財務省への指示があったかどうかは不明のままだ。

 アイヒマン裁判でも、アイヒマンにヒトラーからの命令があったかどうかが大きな争点となった。アイヒマンがヒトラーの意志を法とみなし、これを粛々と、ときに喜々として遂行していたことは確かだ。しかし大量虐殺について、ヒトラーの直接または間接の命令を受けていたのか、それが抗(あらが)えない命令だったのかなどは、どうもはっきりしない。

 ナチスの高官や指揮官たちは、ニュルンベルク裁判でそうであったが、大量虐殺に関するヒトラーの命令の有無についてはそろって言葉を濁す。絶滅収容所での空前絶後の蛮行も、各地に展開した殺戮部隊による虐殺も、彼らのヒトラーの意志に対する忖度が起こしたということなのだろうか。命令ではなく忖度が残虐行為の起源だったのだろうか。

 さて、他人の考えを推察してこれを実行する「忖度」による行為は、一見、忠誠心などを背景にした無私の行為と見える。しかしそうでないことは、ヒトラーへの絶対的忠誠の行動に、様々な個人的な思惑や欲望を潜ませたナチスの人々の例を見ればよくわかる。

 冒頭で紹介したアーレントの著書は、副題が示唆するように、ユダヤ人虐殺が、関与した諸個人のいかにくだらない、ありふれた動機を推進力に展開したかを描き出す。出世欲、金銭欲、競争心、嫉妬、見栄(みえ)、ちょっとした意地の悪さ、復讐(ふくしゅう)心、各種の(ときに変質的な)欲望。「ヒトラーの意志」は、そうした人間的な諸動機の隠れ蓑(みの)となった。私欲のない謹厳な官吏を自任したアイヒマンも、昇進への強い執着を持ち、役得を大いに楽しんだという。

 つまり、他人の意志を推察してこれを遂行する、そこに働くのは他人の意志だけではないということだ。忖度による行動には、忖度する側の利己的な思惑――小さな悪――がこっそり忍び込む。ナチスの関係者たちは残虐行為への関与について「ヒトラーの意志」を理由にするが、それは彼らの動機の全てではなかった。様々な小さなありふれた悪が「ヒトラーの意志」を隠れ蓑に働き、そうした小さな悪が積み上がり、巨大な悪のシステムが現実化した。それは忖度する側にも忖度される側にも全容の見えないシステムだったろう。
     *
 このように森友学園問題に関して、ナチスに言及するのは大げさに聞こえるかもしれない。しかし、証人喚問を見ていると、官僚たちの違法行為も辞さぬ「忖度」は、国家のためという建前をちらつかせながらも個人的な昇進や経済的利得(将来の所得など)の計算に強く動機づけられているように感じられ、彼らはこの動機によってどんなリーダーのどんな意向をも忖度し、率先して行動するのだろうかと心配になった。また、今回の問題で、もし言われているように、ひとりの人間が国家に違法行為を強いられたために自殺したとすれば、そこに顔を覗(のぞ)かせているのは、犯罪国家に個人が従わされる全体主義の悪そのものではないか、この事態の禍々(まがまが)しさを官僚たちはわかっているのだろうか、と思った。

 以上からは、次の結論も導かれる。安倍首相は辞める必要がある。一連の問題における「関与」がなくともだ。忖度されるリーダーはそれだけで辞任に値するからだ。

 すなわち、あるリーダーの周辺に忖度が起こるとき、彼はもはや国家と社会、個人にとって危険な存在である。そうしたリーダーは一見強力に見えるが、忖度がもたらす混乱を収拾できない。さらにリーダーの意向を忖度する行動が、忖度する個人の小さな、しかし油断のならない悪を国家と社会に蔓延(はびこ)らせる。

 すでに安倍氏の意向を忖度することは、安倍政権の統治の下での基本ルールとなった観がある。従って、忖度はやまず、不祥事も続くであろう。安倍氏が辞めない限りは。
     ◇
 とよなが・いくこ 専門は政治学。早稲田大学教授。著書に「新版 サッチャリズムの世紀」「新保守主義の作用」。」(
2018/05/19付「朝日新聞」p14より)

今日、愛媛県から、安倍首相と加計理事長が、首相の説明よりも2年も前に会って、獣医学部新設についての説明をしていたというニュース速報があった。
愛媛県知事の言うように、ウソは他人を巻き込む。付いたウソは、関係者全員がウソの上塗りをして口裏合わせしなければ、どこかからほころぶ。そんな当たり前の事を、国の代表者が行っている。誰もがウソだと分かる誠意のない説明は、国民にはバレバレ。
それでも、昨日報道された内閣支持率は、前月に比べ3%上がっているという。まったく分からない。首相の後継者が見えないのが原因か?
・・・とすると、日本という国は、大変な人材不足の国という事になる。世界に冠たる経済大国の日本に、リーダー候補が居ない!

明日、もはや社会問題化した日大/関学大のアメリカンフットボールの試合における暴力事件に関し、日大の選手が記者会見をするという。
エライ人が付いたウソに、弱い者が付き合わされる連鎖。それが断ち切れるのかどうか・・・
佐川さんや柳瀬さんは、官僚としての実績があるので、それを棄てられず、エライ人のウソに付き合うしかない。まさに上の記事と同じ構図。
しかし、学生は自分の今後の人生がかかっている。監督という絶対的にエライ人のウソに付き合うことが、自分のこれからの人生にどれだけの悪影響を与えるか・・・
怪我を負わせた実行者としての責任はあるものの、単なる学生時代だけのスポーツの監督との関係で、長い人生に負い目を持つ必要は無い。
今の行動が、これからの自分の長い人生に、燈台の光のビームのように照らしている。いつ思い出しても、胸を張れるような、そしてこれから生まれるであろう我が子に対しても、堂々と説明出来る行動を期待したい。薄汚れた官僚とは違うのである。

最近は、将棋の藤井さんと、大リーグの大谷選手の他に明るいニュースを与える人がいない。この二人の活躍からニュース番組を始めれば、日本は少しは明るくなるかも・・・!?
救いようのない日本のリーダーではある。

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2018年5月19日 (土)

“ドキドキ“は心臓に良くない~WIN7からWIN10化への準備

Windows 7の延長サポートの終了日は2020年1月14日だという。あと1年半である。
前のXPのときも、WIN7への移行が面倒だった。よって「自分は(昔と違ってフリーズしなくなった)XPで充分である」と、当時うそぶいていた。しかし、アクセスするサイトで、XPでは受け付けない所が続出し、陥落した。
そして慣れてみるとWIN7の便利なこと・・・。
さて今度はどうか。WIN10をインストールしたPCもあるが、使い勝手が全く違う。そもそもWIN10の勉強をしていないが、まだまだ拒否感があって、当分はWIN7である。

PC本体は、ここにも何度か書いているが、自分の指にフィットした、2006年発売のdynabookのノートしか使わない。このキーボードに手が慣れているため、その他の機種ではダメなのである(と思い込んでいるのである)。そもそもこの機種はXPの時代の機種。それをWIN7にアップグレードしたものを中古PC屋から買って使っている。自分でSSDに換装したこともあり、ディスプレーの表示が不充分なのを除くと、スピードの点などでは特に不満はない。

問題は、WIN7のサポートが終わった後、どうするかだ・・・・
壊れたときの予備のために、同じ機種を何台も持っており(何せ1台1万円ちょっとなので)、前のWIN10無料アップデート期間に、そのうちの何台かアップして、Radikoolでのラジオ録音にだけ使っている。
自分の常用機は、T7200の当時の高性能の機種。WIN7が終わったら、心を入れ替えて最新機種に買い換えるか、それともこの機種をWIN10にして使うか・・・・。
そもそも、2020年時点で14年も前の機種がWIN10に耐えられるのか?

Netで見ていたら、何と今でもWIN10を無料でインストール出来ることを知った(ここ)。
この情報は「Windows 10 無償アップグレード」で検索するとたくさん出てくる。Microsoftには「Windows 10 のダウンロード」(ここ)というページが今もある。
それに従ってインストールDVDを作成し、実験的に1台のPCでやってみた。もちろん失敗を前提に、現在のイメージはバックアップしておいた。結果は、3時間ほど掛かったが、成功。
途中で、インストールしているアプリをチェックし、自分の場合、「ATOK2010」と「Microsoft Security Essentials」はWIN10に対応していないと判定された。
今回は、インストールの最後に、HDDアクセスランプが止まっても、マウスのアイコンだけが黒い画面に出ていて、少し心配したが、Netで見ると「Control-Alt-Delete」で画面が出るとあったので、試したら、画面が出てきて終了する事が出来た。
このアップグレードでは、その前にインストールしてあったアプリがそのまま使える事が便利。

さて、1年半後にATOKが使えなくなる。新たしいのを買わなくては・・・。調べてみると、ATOKのパッケージ版はATOK2017までで、それ以降は毎月の使用料(300円?)が主になるそうなので、今のうちに買っておこうかと、ジャストシステムで「ATOK2017 AAA優待版」を購入。結構安い。

さてここからが本題だが、先日ネットオークションで、12年前のこの自分のお気に入り機種が出品されていた。送料込み5千円ほど。書斎を含めて常時2台使っているが、予備が1台あるので、それ以上は要らないかな?と思いつつ、つい買ってしまった。それが着いたのが昨日。
程度も性能も良い。大満足の買い物とほくそ笑んだが、各種の設定がおわって、新しいアプリをインストールしようとすると、DVDドライブが動かない。デバイスマネージャーで着ると「!」マーク。復活を色々と試みたが全部失敗。どうもレジストリが壊れているみたい・・・。昨夕から夜中にかけて、色々やったが、結局はWIN7のクリーンインストールで復活した。これから各種アプリをインストールして、最後にWIN10にアップグレードしておいて、WIN7の終息に備える予定。

どうも自分は、異常値になると夢中になってしまうクセがある。パソコンのトラブルが一番良い例。その復活に夢中になってしまう。結果、夕食などそっちのけ。
昨夜も、「ああしたらどうか」「こうしたらどうなるか」の連続。その都度「どうなる?」と心臓がドキドキ・バクバク。結果、血圧が上がり、不整脈(期外収縮)が頻発。
カミさんから「おかしい。声は枯れているし・・・」。脈拍も急上昇し、血圧を測ったらこれも急上昇。やはり“緊張”が心臓に負担をかけているのだろう。
カミさんから、「たった5千円で、脳梗塞にでもなったら、バカみたい。ご苦労さま!財産はしっかり貰っておくから」と言われる始末。確かに、心臓に良くない。オークションで、他の人と落札を争っているときに似ている。「こんちきしょう!また値を上げやがった。こっちも高値で再入札だ!」と夢中になっているときは、血圧が上がっているはず。

22年前に脳出血で亡くなった親父を思い出す。親父は麻雀をやっている最中に、脳出血で倒れ、翌日亡くなった。今まで冗談で「役満の大きいのがテンパッタから?」と言っていたが、ことによると本当かも・・・。つまり、特に老人はドキドキの時、危ない。
若くて美しい看護士さんに、体を触れられたときもドキドキして危ない!!

1年半後のWIN10のことで、昨夜はあやうく死に損なった。これから“ドキドキ”は極力避けるようにしないといけないな、と思った。
数日前、同期の友人が、軽い脳梗塞で入院したと聞いた。古希を過ぎ、もう何があっても不思議でない。「PCのWIN10化で亡くなった」「ヤフオクの競売で興奮して亡くなった」ではシャレにもならない・・・・。
“ドキドキ”を避ける生活をしよう!と思ったPC事件ではある。

追)先日書いた「家の修理を始めた話(引き戸と浴室扉)」の続きである。
自室の引き戸の戸車の交換。本日部品が届き、無事に修理完了。その体験談(苦労話)は(ここ)。

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2018年5月17日 (木)

絵本「りゅうになりたかったへび」

ウチのカミさんは、絵本大好き人間。
今朝、「この新しいのを(ポイントで)買って」と言ってきた。
180517ryuu1 松谷みよ子という人の、「りゅうになりたかったへび」という絵本だが、見るとあまりにも汚い絵本。昔、古本で買ったようだ。(汚い写真で失礼!)
カミさんは、持っておきたい絵本は自分で買っている。まずは図書館等で実物を見て、気に入るとホンモノを買う。これも永く取っておきたい絵本だという。
「数分で読めるから読んでみて」というので、ざっと読んだ。
なるほど・・・。老夫婦のおとぎ話だ。
良かったら、一緒におとぎ話の世界へ・・・・

「りゅうになりたかったへび」~松谷みよ子(著)

むかしむかし、といっても、きのうのきのうくらい、むかしのことです。
あるところに、小さいおじいさんと、小さいおばあさんがすんでいました。
小さいおじいさんと、小さいおばあさんは、いつもいっしょでした。
小さいおじいさんがはたけをたがやすと、小さいおばあさんがたねをまきました。
小さいおじいさんがパンをこねると、小さいおばあさんがパンをやきました。
小さいおじいさんがやぎをつれて原っぱへいくと、小さいおばあさんはかごいっぱい、花をつんでかえりました。
ふたりはびんぼうでしたけれど、とてもしあわせでした。
「おじいさんがいるものねえ」
おばあさんはいいました。
「おばあさんがいるからねえ」
おじいさんもいいました。

ところがある日のこと、おじいさんがおばあさんにいいました。
「わしはきょう、ちょっと町へ買いものにいってくるよ」
「おや、それならわたしもいきますよ」
小さいいおばあさんはいそいそといいました。
「糸とはりとボタンと……。それからなにかありましたよ、買うものが」
「それは、わしが買ってくるよ」
小さいおじいさんはいそいでいいました。
そうして、ぼうしをあたまにのっけると、さっさとでかけてしまいました。
「まあ」
小さいおばあさんはびっくりして、口をあけたままおじいさんをみおくりました。
ああ、あんまりです。
いつもならきっと、いっしょにいこうよというのに……。だいいち、糸だって赤いのか白いのか黒いのか、それにボタンだってまるいのか四かくいのか三かくか、いろいろあるではありませんか。それをなんにもきかないでいっちまうなんて! 小さいおばあさんは、かたい木のいすにすわって、すこしなき、小さいなみだをこぼしました。

さてそのころおじいさんは、小さいからだに大きなぼうしをかぶってせっせとあるいていました。
「きょうばかりは、おばあさんといっしょってわけにはいかんのだ。なにしろ、おばあさんのたんじょう日のプレゼントを買いにいくのだからな」
それにしてもおばあさんには、どんなプレゼントかいいでしょう?
「それはちゃんとわかってるさ」おじいさんは、くすくすわらいました。「おばあさんには、チョコレートボンボンをひとふくろ。それがいちばんさ。よろこぶぞう」
小さいおじいさんはうれしくなって、おもわず目のまえの小石をポーンとけっとばしました。
そのとたんでした。
ごうーっとかぜがふき、あたりはまっくらになったかとおもうと、すさましいこえがしたのです。
「だれだあ!わしのあたまに石をぶつけたのは!」
おじいさんはおもわず、へたへたとすわりこみました。
「お、お、おたすけを……。どこのどなたさまかしりませんが、わしは、その、なにげなく小石をちょっとばかり、そのう……」
「だまれ!」
すこしずつ、すこしずつ、あたりがあかるくなっていき、目のまえにあらわれたのは、一ぴきの大きなへびでした。
へびは、まっかな口を、かーっとあけ、火のようないきをはいていいました。
「わしはりゅうになろうとおもって、ながいながいあいだ、しゅぎょうをしてきたのだ。そうして、あとひといきでりゅうになれるというところまできた。そのたいせつなときにおまえは、わしに石をなげたな。
それでもう、いままでのしゅぎょうは、めちゃめちゃになったわい。もうかんべんならん。おまえをひとのみに、くってやる!」
「へびどん、たしかにわしがわるかった。しらないとはいえ、石ころをぶつけてしまったのは、もうしわけないことでした。どうかおゆるしください」
小さいおじいさんは、こしをぬかしたまま、なんべんもあたまをさげてあやまりました。
でも、へびはききません。
「いいや、どんなことがあってもゆるせん。あとひといきでりゅうになれたのに、天にのぼれたというのに、おまえのためにじゃまをされた。どうでもこうでものむ!」
小さいおじいさんは、かくごをきめました。’
「へびどん、わしはおまえにのまれますだ。けどなあ、わしのたのみもきいてくだされ。うちにまっているおばあさんに、せめてひとめあってわけをはなしておきたいですだ。そうしたらすぐにもどりますから、あぐりとでも、つるりとでものんでくだされ」
へびは、うなりました。
「それではいってこい。しかし、すぐにもどらぬときには、ばあさんもろとも、のんでしまうぞう」
心さいおじいさんは、きっとすぐもどりますとやくそくをして、とぼとぼうちへかえりました。
小さいおばあさんは、いりぐちのまえに、いすをだして、すわっていました。
こうしていれば、だれよりも早く、おじいさんのかおがみられます。といってもこのうちには、おじいさんとおばあさんしか、すんでいないのですけどね。
「あれ、おじいさんだわ。もうかえってきたわ。ずいぶん早いけど、どうしたのかしら」
おばあさんは手をよって、
「おじいさーん」
とよぼうとして、やめました。
「にくらしいおじいさん。わたしをおいて町へいくなんて。いいわ、しらんぷりしてやりましょ」
「おや、雨かしら?」
上をむいたおばあさんは、あっとさけびました。
おじいさんがないているのです!
「いったいどうしたの! おじいさん!おじいさんてば、どうしたんですよ」
「わしは、これこれ、こういうわけで、へびにのまれなくっちゃなんないんだよ」
おじいさんは、なみだをふきました。
「じゃあな」
小さいおじいさんは、とつぜんはしりだしました。そうしないではいられなかったのです。むちゅうではしってはしって、ようやくたちどまり、うしろをふりむくと、うしろに小さいおばあさんが、はあはあいって、たっていました。
おばあさんは、トマトのように、まっかになっていました。
「なんだっていうんです!わたしをおいて、ひとりでへびにのまれるなんて! わたしたちはいつだって、なにをするんだって、いつもいっしょでしよ。もっとも、さっきは、ひとりで町へいっちまったけど。
ごらんなさい。だからとんださいなんにあったんですよ。わたしゃ、とにかくついていきますがらね」
小さいおばあさんは、おじいさんの手をとると、さっさとあるきはじめました。
「あたしゃへびなんて、こわくありませんよ。そうだわ、ぼうでたたいてやろうかしら」
「おまえ、ぼうでたたけるくらいのへびじゃないんだよ。そりゃあもう、大きいへびなんだから……」
「そいじや、ひっかいて……」
小さいおばあさんは、口をおさえました。おどろいたのなんのって、目のまえにへび、それも、みあげるような大きなへびが、まっかな口をあけ、かまくびをもたげていたのです。
「ふん、やくそくどおり、かえってきたな。それでは、いいか、じじい。かくごをしろよ、さあ、ひとのみに、のんでやるぞう-」
「へびさん! わたしゃどうしたらいいんです!」
小さいおばあさんは、バケツをひっくりかえしたように、わあわあなきだしました。
「おじいさんだけがたよりなのに、おじいさんがのまれちまったら、いなくなったら、アンアンアン」
しゃくりあげしゃくりあげ、ころげまわり、あしをばたばたさせて、おばあさんはなきました。
そのさわぎがあんまりひどいので、へびは、げんなりしたように、おじいさんをながめました。
「せっかくのうまいごちそうも、こうさわがしくては、あじもわるくなるというものだ」
「ここにチョコレートボンボンがあればなあ」
おじいさんは、なげきました。
「わしはそいつを、町へ買いにいくところだったんで」
へびはとうとう、おばあさんの上にかがみこんで、どなりました。
「ばあさん! おまえのすきなものは、なんでもだしてくれるはこをやるから、もうなくな!」
「えっ? なんのはこですって?」            ゛
「すきなものがでてくるはこだっ」
「まあ! チョコレートボンボンも?」
「あたりまえだ。さあ、これをやるからおとなしくしろ。うるさいと、じじいものめん」
へびは、小さなはこを一つだしてきました。
「ばしいものをいって、このポッチをおせ。ただし、ねがいごとは三っだぞ」
「じゃあね、じゃあね、チョコレートボンボン、でてこい!」
どどーん。
ぎんの大ざらに山もりのチョコレートボンボン。
小さいおばあさんは、子どものようによろこんで手をたたき、たちまちなみだをふくと、チョコレートボンボンにとびつきました。そしてしあわせそうに一つつまんでまず口にいれ、もう一つつまんでおじいさんの口にいれ、もう一つをへびの口にほうりこみ、それからすわりこんで、たべはじめました。
「たべおわるまで、じかんがあるだろう。そのまにおまえを、のむことにしよう」
へびはぺろりと、したなめずりしました。
「ねえおじいさん、つぎに、なにをおねがいしようかしら」
「おじいさんがいなくなったら、さびしいものねえ。そうだ、あたし毛糸の玉をどっさりほしいわ。そうしたら、たくさん、たくさん、たくさん、ひざかけだの、ケープだの、セーターだのあんで……。ねえおじいさん、それがいいわねえ」
「おまえ、そんなはかな。おかねがいいよ、おかね……」
おじいさんはいいかけて、口をおさえました。
おばあさんは、
「毛糸の玉、いっぱいいっぱいね!」といながら、もうポッチをおしていたのです。
ボワーン。
あーおどろいた。もう、いえほどの、いいえ、もっとたくさんの、いろとりどりの毛糸の玉が、つみあがりました。
「でも、あたし…」
とつぜんおばあさんは、ボンボンをたべるのをやめました。
「へびさん、おじいさんがいなくなったら、こわいものがきたらどうするの? あたし、こわがりなの。もし、どろぼうがきたら……」
「どろぼうなんて、こやしないよ、おばあさん」
おじいさんがなだめました。                        止
「さいごの一つのねがいは、ようくかんがえるんだ。一生つかいきれないおかねとかさ」
「でも、 そうしたら、ますますどろぼうがきますよう」
おばあさんの目から、なみだがもわーっとふきだしました。
ウワーン、アンアンアン……。
「うるさいばばあだ。いつになってもじじいをのめんではないか」へびは、かんかんになりました。
「ばあさん、さいごの一つはとっておいて、おそろしいやつがきたらじごくへとんでいけ! っていってやればいいんだ。わかったな、さあ、じじい、のむぞう」
へびは、かーつと口をあけました。そのとたんです。小さいおばあさんは、さけびました。
「へびめ、りゅうになって、天たかくとんでいけ!」
ごうーっ。すさまじいあらしがおこりました。
へびはみるみるひかりかがやくりゅうになって、目をぱちくりさせながら、空のはてへとんでいってしまい、やがてみえなくなり、そして、あらしは、しずまりました。
「やれまあ、なんてこった」
小さいおじいさんは、ぽかんとしていいました。
180517ryuu2 「まったく、なんてこった。あいつはじぶんでねがいごとをすれば、りゅうになれたんじゃないか。あれ、それにしてもおばあさんや。あのあらしのおかけで、あのはこも、ボンボンも、毛糸の山も、みんなとんじまったな」
「いいんですよ」
おばあさんはにっこりしました。
「あたしには、おじいさんがいればいいの」

カミさんは、目の前の物事(チョコレートボンボンと毛糸の玉)を見る女と、将来(お金)を見る男の違いがあるという。
でも仲の良い老夫婦の信頼感の話。
「ようねん文庫」とあるので、小さな子ども向け。文字も平仮名。
Netで検索すると、Youtubeで紙芝居にもなっている(ここ)。

こんな世界に入り込むのも、一服の清涼剤か!?
我が家にとっては、遠い世界だが!??

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2018年5月16日 (水)

京王堀之内の「花畑かたくり」と日野・豊田の「Kitchen & Cafe Canaan(カナン)」

今日はカミさんに誘われて、八王子・京王堀之内にあるレストラン「花畑かたくり」(ここ)でランチ。これが、予想外に(失礼!)おいしかったので記事にする気になった。

そもそもこのレストランは、11年前にも当サイトに「障害者が働くレストラン「花畑かたくり」(京王堀之内)」(ここ)として書いている。

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カミさんは良く行くらしいが、自分は久しぶり。ここで「シェフの逸品「広東焼きそば(塩味の海鮮焼きそば)税込み820円」を頼んだのだが、これがまさに逸品だった。

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改めて紹介すると、場所は「八王子市堀之内1236-8」、日野市豊田と京王堀之内を結ぶ「平山通り」に面しており、我々も良く通る道。東京薬科大の東だが、実は結婚して10年ほどこの近くに住んでいた。当時はこの道は開通していなかった。
ここは前にも書いたが、社会福祉法人「柚木かたくりの会」(ここ)の障害者自立支援施設。よって、店員さんは障害者の方々。ウチのカミさんは、このような施設を応援している。
しかし、お料理や、一緒に売っているパンはホンモノ。野菜も売っている。
シェフは、中華料理が得意、と聞いたことがあり、今日の焼きそばもさすがと思った。
昼ちょっと過ぎに行ったのだが、広い駐車場に結構車が停まっており、テーブルも満席直前。自分たちの後からも続々とお客が来ていた。カミさんに言わせると、リピーターが多いのだそうだ。

ついでに、もうひとつ紹介しよう。日野・豊田の旭が丘中央公園の前にあるカフェレストラン「Kitchen & Cafe Canaan(カナン)」(ここ)。住所は「日野市旭が丘3-6-6」
ここは社会福祉法人東京光の家“光の家就労ホーム”が運営するセルフサービス式のカフェレストランで、目の不自由な人も店員さんとして対応している。

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実はこの建物は、ある電気メーカーの工場の「クラブ」(飲み会の建物)だったもの。工場の撤退に際して、近くの社会福祉法人が買い取って開業したもの。自分も散々通った建物だったのである。それが、入ってみると改装して1Fは様変わり。いつも宴会をしていた2Fがどうなっているかは分からないが、庭もきれいになっていた。
180516canaan4 11時から4時までの営業だが、飲み放題(ドリンクバー)付なので、女子会のグループが長時間鎮座していた。
昼頃にも行ったが、近くのサラリーマンで満席。よって1時前にはだいぶ空く。結構料理もホンモノだった。駐車場もあり、広い公園(旭が丘中央公園)で遊んだ帰りにちょっと寄るには良いのかも・・・
写真を少し並べておく。

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最近気になった、近くのグルメではある。

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2018年5月14日 (月)

加計集中審議で、野党質問にせせら笑う安倍首相と麻生副総理

今朝(2018/05/14)の朝日新聞にこんな記事があった。
「(政治断簡)私たちは、黙らない 編集委員・高橋純子
 あっそうなのデベソなの。
 出典は今もってナゾだが、幼き頃、くだらん屁理屈(へりくつ)をこねると母にこういなされた。
 「はめられて訴えられているんじゃないかとか、ご意見はいっぱいある」
 あっそうなのデベソなの。
 「セクハラ罪っていう罪はない」
 あっそうなの副総理なの。
 無知であることは罪ではないが、無知に開き直る無恥は罪、ましてや政治家であれば大罪であると、私は思う。
 2008年、首相に就任したかの氏は所信表明演説で、「この言葉よ、届けと念じます」と初々しく前置きし、語った。「日本は、明るくなければなりません。(略)わたしども日本人とは、決して豊かでないにもかかわらず、実によく笑い、ほほ笑む国民だったことを知っています」
     *
 それから10年。この国は、暗い。実によく冷笑し、嘲笑し、無恥な者が威張り散らす陰気で陰険な空気に覆われている。政治家が率先して範を垂れ、せっせと種をまいてきた結果である。
 セクハラという人権侵害に対し、明確に自分の言葉で謝罪しないばかりか、加害者をかばい、被害を告発した側に非があるかのごとき発言を続ける。そのようなむちゃくちゃを、この国の最高責任者は我関せずと放置している。
 かくして社会に垂れ流されるメッセージは。
 逆らっても無駄だ。
 お前たちは無力だ。
 物理的に暴力を振るわれているわけではない。なのに力ずくで抑え込まれたような、口をふさがれたような、恐怖と屈辱が身の内で膨れる。
 「1億総活躍」だと。
 「女性が輝く社会」だと。
 ちゃんちゃらおかしくて、ヘソで茶を沸かしてしまったではないか。
 ぶぶ漬けでもどうどす?
     *
 女という性への抑圧は、至るところに転がっている。黄金週間、たまたま立ち寄ったインテリア店で、はたと目に留まったピンク色のスリッパ。甲の部分に刺繍(ししゅう)がしてある。「I'm Yours」。私は、あなたのもの……。カップル仕様なのだろうか、深緑色の方は「You're mine(あなたは私のもの)」だ。
 もちろんピンクの方を履く男性もいるだろう。わかっている。それでもピンクに課された「私はあなたのもの」にぎゅううと胸が痛んだのは、1週間前、「私は私のもの」という訴えを聞いたからだ。
 東京・新宿駅東口の広場。「私は黙らない」というイベントで、学生や主婦、女性も男性も次々マイクを握った。
 レイプされた経験を語った彼女。この問題は男と女の闘いではなく、共に立ち上がらなければと言った彼。それぞれの声は時に怒りに震え、涙にぬれ、それでも、前に向かってまっすぐに放たれる。自らを鼓舞するため。傷つけられた誰かを励ますため。共に笑える社会を築くため。
 「私はもう黙らない。あなたは何も悪くない。あなたは決してひとりじゃない」
 私たちは黙らない。声を上げることをあきらめない。この国にはびこる冷笑と嘲笑を打ち破る。いつか、必ず。」(
2018/05/14付「朝日新聞」p4より)

上のセクハラもそうだが、今日(2018/05/14)の予算委員会での集中審議。ニュースでその断片を聞いただけで、非常に不愉快。“真摯に対応”の全く逆の、せせら笑う対応に、あきれ果てる。野党の質問に首相と副総理がヤジを飛ばして質問の腰を折る。「謝れば良いんだろう」と開き直って、口先だけの「ゴメン」を言う・・・・

<加計集中審議>首相、追及かわし続ける 麻生氏、渋々謝罪
 安倍晋三首相が出席して行われた14日の衆参予算委員会集中審議。野党は学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡る問題に加え、財務省の福田淳一前事務次官のセクハラ問題を巡る麻生太郎財務相の責任もただした。安倍首相が野党からの度重なるヤジにいらだちを見せつつ追及をかわし続けた一方、麻生氏が審議を中断させる場面もあり、深まらない論戦が続いた。
 「自分がしゃべりたいんだよ、この人は」。衆院予算委で、国民民主党の玉木雄一郎共同代表が北朝鮮非核化を巡って政府の考えをただした際、麻生氏が閣僚席からこう発言し、質疑は一時紛糾した。再開後、玉木氏は「閣僚がこのような態度では、まともな審議ができない。国会を不正常にしているのは安倍政権だ」と抗議。河村建夫委員長も「閣僚もそうだが、質疑中は静粛に願いたい」と注意した。
 柳瀬唯夫元首相秘書官は10日の参考人招致で、加計学園関係者と計3回面会しながら首相に報告しなかったと答弁した。野党の質問はこれを受け、加計学園問題に集中。首相は「手続きに問題はない」と繰り返したが、重なるヤジに、「私が話してますから、ちょっと静かにしてください」などといら立つ様子も見せた。
 午後の参院予算委でも、野党議員は「柳瀬氏の報告がないのは不自然だ」「(首相が)学園理事長と親しいなら、獣医学部についても会話しているのでは」と追及。だが、首相は「プロセスに一点の曇りもない」と批判をかわし続けた。
 一方、麻生氏は衆院予算委で、前事務次官のセクハラ問題で女性社員のセクハラ被害を申し出たテレビ朝日に対し「おわびを申し上げます」と陳謝した。
 立憲民主党の川内博史氏から「被害女性への謝罪はないのか」と求められた麻生氏は「文書でおわびという形を申し上げており、向こうからも『深く受け止めております』というご返事をいただいた」「役所としてはきちんと申し上げたと思っている」と自説を展開。川内氏に「改めて口頭で言えということを言っておられるんですか」と問い返し、「最初からおわび申し上げていると思うが」としたうえで、渋々謝罪した。【蒔田備憲、飯田憲、井出晋平】

◇報告なし、信じられない 元総務相の片山善博・早稲田大院教授(政治学)の話
 秘書官の作法として、首相と近しい人物との面会は首相のあだになる可能性もあり本人に相談する。指示がないのに柳瀬唯夫元首相秘書官が加計学園関係者と面会し、報告もしなかったとは信じられず、首相答弁は作り話としか思えない。「チーム安倍」の柳瀬氏が指南する時点で、加計ありきだったとの印象は拭えない。首相が一点の曇りもないと言うのなら、与党は野党が求める証人喚問などに応じるべきだ。

◇審議停滞は首相の責任 岩本美砂子・三重大教授(政治学)の話
 柳瀬唯夫元首相秘書官が加計学園関係者と3度会っていたことが判明しても、首相は新設を昨年1月まで知らなかったと言い張っている。誰もが分かる矛盾で、完全な行き詰まりだ。審議が進まないのは「野党がサボっているから」という声があるが、このような答弁をする首相の責任だ。これでは国民の信頼は得られない。森友・自衛隊の日報隠し・セクハラ問題もあり、支持率にボディーブローのように効いていくと思う。」(
2018/05/14 21:22配信「毎日新聞」ここより)

これは全て内閣支持率が下がらないから。何を言っても、これ以上支持率は下がらないという、おごりからの姿勢。ここまでバカにされて、それでも支持をする国民。
対抗馬が居ないせいだ、とTV朝日の「報道ステーション」では指摘していたが、なぜ国民は怒らないのか?
段々国民が慣れてくるという指摘もある。「逆らっても無駄だ。」「お前たちは無力だ。」と、ここまで明け透けに言われても、なぜそんな政権にお願いをする!?

我が家では、とうとう居間でニュースを見られなくなってしまった。
あの国民をバカにした政府の面々を見るだけで不愉快。100%ウソ答弁だと国民は分かっていながら、支持率が下がらないことも不愉快。
「ぶぶ漬けでもどうどす?」と、なぜ国民は怒らないのだろう?

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2018年5月13日 (日)

家の修理を始めた話(引き戸と浴室扉)

我が家は築30年。それにしては、当時ヒットしていた規格住宅のせいか、30年経っても満足度は高い。トヨタ車と同じだ。
そうは言っても、徐々に故障箇所は出てくる。自室のベランダに面した引き戸も、開け閉めが“重く”なって久しい。現役の時は、休日しか開けなかった戸も、今では当然毎日の開け閉め。
1805131_2 前に一度ベランダに引き戸をはずしてチェックしたことがある。しかし「重い」原因は分からなかった。戸車もちゃんと回るし、レールに擦っている様子もない。「仕方がない、プロに頼むしかないか」と思って、住宅メーカーのメンテ会社に電話したところ、セールスウーマンが「挨拶がてら」と見に来た。
1805130 それで調べてくれて、戸車の図面を送ってきた。たぶんそれだと思うが、交換に来ると出張料が最低でも8千円かかるという。また、部品が図面と違う場合は、サッシ会社の人が来て、合う部品を探して取り付けるので、もっと費用が掛かるという。

年金生活者はお金が無い。それで全て自分でやることにした。まず部品の照合。引き戸を再度はずして、戸車を取り外し、図面を元に照らし合わせた。すると形状は同じだが、大きさが微妙に違う。さてどうする?
引き戸を元に戻した後、ふと思った。ほとんど動かさない引き戸の戸車を外して、それと交換しよう・・・。
古くて修理が出来ない電子機器では、部品取りのためにジャンク品を手に入れ、修理したい機器の故障部品をそのジャンク品から取り外して使うのが一般的。これも同じ。
そうするためには、引き戸を横倒しにする必要がある。二重ガラスの引き戸は非常に重い。ひとりではとても無理。それでカミさんにSOS。二人がかりで2枚の引き戸をベランダに横に置いた。それで一つ目をいつも動かさない戸から外して、交換。二つ目を外そうとするが、今度はビスが外れない。
その戸車を見ると、発見! 何と車の一部が削れており、回転しないで車を削りながら滑っている事が分かった。回転しないで滑ることで、引き戸は動くものの、重いのだ。これは正常な物と交換したい。しかしプラスネジが回らない。CRCの潤滑剤を付けてもダメ。これ以上頑張ると、ねじ山が完全になめってしまう(ネジ山が取れてしまう)怖れがあるんで中止。
仕方がないので、片側が削れているプラスチック製の車を、やすりで何とか回るように削ることにした。角を削っても、楕円近くなるだけだが、何とか回転してくれると軽くなるはず。
そんな事で修理?してみたが、今後を考えると新品の部品に替えた方が良いのは当然。
住宅メーカーには、「部品のサイズはひとまわり小さいが、収納は出来るので、これでよいので手配して」とお願い。

180513neji 残るはプラスネジの外し。
するとAmazonで「アネックス(ANEX) なめたネジはずしビット カラー塗装仕様 ステンレスネジ対応 3本組 ANH23」という製品を発見した。なめった(つぶれた)ネジ穴に、まずドリルで導入穴を空け、そこに逆方向のタッピングネジのように先端を埋め込んで回すもの。なるほど・・・納得。
180513neji1 それで、この部品を手配した。これが手に入れば、今後はネジ山が壊れても怖くない。
住宅メーカーから戸車が入ったら、重い引き戸をまたベランダに横にして、戸車を交換しよう。今後は、電動ドリルで・・・。

しかし、上の作業、つまり二重ガラスの引き戸を外してベランダに置き、戸車を一つ交換して、もうひとつは車をヤスリ掛け。そして引き戸を元に戻した作業だけで、実はヘトヘト。居間の床にしばらくゴロリとダウン。
つくづく体力が無くなったことを実感した。

1805132 それともうひとつ。浴室の吊り扉も修理?した。こちらは、だいぶん前から、きちっと閉まらない。“く”の字に折れる扉なのだが、最後のガチャ!が出来ない。自分はいつも足で下を蹴飛ばして閉めるのだが、カミさんはいつも開けたままで入浴している。せっかく住宅メーカーを呼ぶのなら、こちらも頼もうかと調査!
1805133 すると、原因は長期間の使用で、扉が下がっており、扉の下部にあるストッパーが効かない事が分かった。これは部品を交換してもダメ。歪んでしまった扉全体を交換する羽目になりそう・・・。しかし、年金生活者はお金が無いのであ~る。さてどうする?
扉下部のモールド製のストッパーを外して、逆向きに入れ替えてみたがダメ。斜めになった突起部分をヤスリで削って滑らかにしてみたがダメ。原理的には、扉が下がってストッパーの部品が下がり過ぎているいることが原因なので、何とかストッパーを上げてやれば直るはず。それでやったことは、モールド製のストッパーの座を、ヤスリで数㎜削った。そうすることで、突起部分の出っ張りが小さくなり、滑らかに動くはず!
かくして、修理完了。カミさんも手で扉を閉めることが出来るようになった。

そもそも、何でも「原理的には」がキー。現象を見て、原因を探し、代替案を考える。30年も経った部品はそうそう手に入らない。修理の人を呼べば、すぐに1万円は掛かる。
それで、いつも使うところと、使わないところを分け、無い部品もいつも使わない部分から外して交換することで済めば、自分の手間だけで直ることもある。

それにしてもこの家は、昔高品質住宅を謳っていただけのことはある。良く持っているが、これからもどんどんガタは出てくるだろう。
自分の体力も確実に衰えてきてはいるが、まあもうひと頑張りしてみよう。

(2018/05/19追)
メーカーから、戸車が届いた。2個で代引き手数料込みで4千円弱。早速取り替え作業。そ180513toguruma0 れにしても二重ガラスの引き戸は重い。カミさんと二人で横にするだけでフーフー。
壊れている戸車を、今度は電動ドリルで外そうとしたが案の定、ネジ穴がなめった(つぶれた)。それで「なめたネジ外しビット」を使った。最初はネジが深く、なかなかドリルが届かない。それでドリルの延長アタッチメントを使って、ようやく届いた。テキはステンレスのM4トラス。でも何とか下穴が開いた。慎重に深く・・・。それで、下穴に食い込むビットを交換。電動ドリルのスイッチを入れたら、ガガガとともに、あーら不思議、ネジが外れた!!

改めて外した戸車を見ると、正常な戸車は、長年の回転で車のレールに当たる部分が摩耗しているが、不良品は、回転せずにある一カ所で滑っており、そこだけが水平に減っていた。でもあらかじめ用具をそろえておいたので、何とか修理が出来た。
でも、体力的には段々辛くなっている。今も腰が痛い!?

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●メモ:カウント~1130万

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2018年5月 9日 (水)

妻のランチ代、夫の1.6倍~男女の金銭感覚

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
妻のランチ代、夫の1.6倍 生保調査「女性、的を絞ってぜいたく」
 妻はお小遣いが夫の半分程度でも、ランチ代は1.6倍――。明治安田生命保険が1日に発表した既婚男女の家計に関する調査で、こんな結果が出た。同社の小玉祐一チーフエコノミストは「男性は毎日少額で外食する一方で、女性は的を絞ってぜいたくしているのでは」と分析する。
 平日のランチ代は男女平均で1042円で、2013年の調査開始後で最高となった。このうち、妻の平均は1263円で、夫の平均777円の約1.6倍にのぼった。
 ただ、自由に使える「お小遣い」は逆転し、夫が3万4699円、妻が1万9376円だった。希望額とは夫が約1万4千円、妻が約9千円開きがあった。
 調査は、20~70代の既婚男女を対象に、インターネットで4月に実施。有効回答は1620人だった。(柴田秀並)」(
2018/05/02付「朝日新聞」p3より)

それでオリジナルの明治安田生命保険のレポート(ここ)を少し眺めてみた。
記事にあったランチ代は、自分の現役時代は毎日800~900円ほどではなかったか・・・。それに引き換え、女性は女子会の費用なのだろう。そう言えば、今日もカミさんは女子会。10時過ぎに行って、帰ってきたのは5時半。自分でも「もうこんな時間!」とビックリしているのだから始末に悪い。ランチにいくら使ったかは分からない。

このレポートも、自分のように引退した身からすると、そうそう興味を引かないが、20~79歳の既婚男女1620人のインターネットでの調査だという。各世代と男女を一定数にした調査。つまり20代~70代の6世代×男女2×各135人=1620人。
家計の管理は、妻が62.4%、夫が21.7%だそうだ。貯蓄額は平均1,203万円。
ヘソクリの平均は、夫が503,078円に対し、妻は741,228円と夫の約1.5倍。年代別では、50代では約2.3倍も妻のへそくり額が夫よりも多いとのこと。そしてショックだったのが70代の男女差。70代の男性のヘソクリが368,963円なのに対し、70代の女性は何と1,870,370円(レポートのP12)。何と5倍である。女性は抜け目ない!!

年金生活者にとっては深刻な「節約」。節約に「気を遣っている」のは81.6%で、男女別では、男性が76.8%に対し、女性は86.4%とこのと。
複数回答では、
電気をこま めに消す 76.1%
冷暖房の温度を調整する 53.1%
外食を控える 51.7%
カードポイントを活用している 42.4%
クーポンを 活用している 34.4%
食費を減らしている 31.7%
お弁当を持参している 23.2%
飲み会を減らしている 19.0%
携帯会社を 変更した 14.1%
保険を見直した 13.3%
電力会社を 変更した 13.2%
天引き貯金している 7.1%
自動車を持たないようにしている 6.0%
家賃を抑えている 2.0%

このアイテムを見ていると、結構自分も実行していることが分かった。最近友人から教わって始めようとしているのが、税金のnanacoによるセブンイレブンでの支払。これによってリクルートカードで1.2%のポイントが付くという。そして出光カードによるガソリンの@5円引きなど。
Tポイントは日常的に使っているし、それ以外のポイントも勉強中。携帯はもちろん格安スマホのmineoに変えてあるし、医療保険も70歳になって保険料が大幅アップしたので先日脱退した。電力会社も、LOOPからエルピオでんきに変更。ガスも東ガスからレモンガスに変更。
自動車保険は、元の会社の団体30%割り引きが安いようなので、目下様子見中。
できるところは、だいたい手を打ったかな・・・。
カミさんはケチだと言うが、年金生活者は、ムダ廃に徹しなくては・・・

金銭に関する男女による感度差を感じる最近ではある。

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2018年5月 6日 (日)

秋葉原~小石川後楽園を歩く

昨日(2018/05/05)は、秋葉原に用があったので、久しぶりに少し都内を歩いてみた。昔、秋葉原には良く行った。中学生の時から部品買いに行き、大学の時は、オープンデッキなどのオーディオ製品を買いに行った。当時良く行ったのがテレビ音響という店。この店はテレオンとして、まだあるという。
レコードをよく買いに行ったのが、万世橋の東芝万世橋ビルの隣にあった石丸電気。ビル全体がレコード・CD売り場だった。メモによると、自分がここで最後にCDを買ったのが、1998/06/16らしい。東京の本社に行くたびに、帰りに寄ったもの。その後は、地元のレコード屋に移り、2003年からはAmazonを利用し始めた。そして2006年からはヤフオクで中古を買い始め、2010年頃からはもっぱらレンタルを利用して、ほとんど新品のCDは買わなくなった。
そんな石丸電気だが、その場所は様変わりして、普通のビルに変わっていた。Netで見ると、この店は2011年3月27日に閉店したという。もちろん駅前の商店街も大きなビル群に変わり、昔の雑沓は夢のよう。
休日の朝なのに、若者が溢れていた。昔の秋葉原電気街の雰囲気はもうどこにも無い。

天気は快晴。それほど気温も高くなかったので、散歩がてら少し歩く気になった。この界隈で寄れるところは・・・・と。
お茶の水、飯田橋方面に何か無いかと探すと、「東京都水道歴館」というのが見付かった。秋葉原から徒歩13分という。外堀通りを歩き出す。昌平坂から直ぐに湯島聖堂。ここには前に来た。このblogを検索すると2008年6月27日(ここ)(このblogは自分の備忘録なのであ~る)。ちょうど10年前か・・・
180506suido4 それにしても近い。そして医科歯科大の前を通って、順天堂大の後に「東京都水道歴館」はあった。そう有名でもないので、誰も居ないだろうと思ったら、結構散策の人が居て、館内で10数人は見掛けた。中は、東京の水源開発の歴史など。
今、藤沢周平の時代小説を読んでいるせいか、江戸時代の民家が面白かった。便所には「あけはなし無用」の貼り紙。

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そして次に向かったのが小石川後楽園。スマホで見ると、徒歩20分ほど。駅で言うと、お茶の水から水道橋を過ぎて、飯田橋駅の近くなのに、ほんの1キロ程度なのだ。
道端にあった元町公園にちょっと寄って、水道橋駅から後楽園の前を通る。東京ドームホテルのデカイこと。
1805064 そしてトヨタ自動車本社ビルの隣にある後楽森ビルが、自分にとって因縁の場所。準現役時代、ここにある会社が入っていて、何度通ったことか。悪い思い出の塊。最後に行ったのは、2006年頃だったか・・・。入居の会社パネルを見ると、もうその会社の名は無かったが、1Fのスターバックコーヒーはまだあった。それで、験(げん)直しにコーヒーを一杯飲んでやった。

そしてその裏手が小石川後楽園。さすがに人が多い。入場料は300円だが、65歳以上は150円とのこと。

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そして園内に入ると、目の前に高層ビルと東京ドームの白い姿。色気がないが、都心の公園、仕方がないか・・・。右手方向から園内を一回り。

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池の周りで、カメラを構えている一群がいる。「何を撮っているんですか?」と聞くと、カワセミだという。一日に数回カワセミが来る。止まる場所も決まっているので、一日中カメラを構えているのだとか・・・。ヒマなんですよ、とうそぶいていた。

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松原という広場に来ると、人だかり。見ると江戸の芸をやっていた。背後で悲鳴!「大丈夫ですか?」との声。振り返ると、数人の女性が、初老の男性をベンチに寝かしているところ。
180506kouraku0 少し経つと、女性が電話で場所を教えていた。救急車の手配だろうか。男は自分も含めて遠巻き・・・。まるで、大相撲の「女性は降りて下さい」の光景。やはり女性だな・・・・
救急隊が来たのは、自分が園を出る頃。20分ほど経った頃だった。大都会の真ん中にしては遅い!?

さて、菖蒲田からブラブラ歩いて行くと、円月橋、そして涵徳亭があった。園の出口で、菖蒲の無料配布をしていたので、カミさんへのお土産にひとつ貰った。菖蒲湯でもする?

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ほんの20~30分の散歩だった。園を出てからまたブラブラと飯田橋駅まで歩いてから帰宅。しめて1万1千歩程度。
風は涼しかったが、やはり初夏。園内の歩道は木々に囲まれ、薄暗くて涼しかったが、炎天下の道路を歩くのは少々暑い。

それにしても、地図を片手にウォーキング姿の人が多かった。自分も、気候を見ながら、東京の散策でも??休日は都心も空いている・・・。しかし駅間の距離が近いのにはビックリ。前は、一駅でも歩く事はなかった。必ず一番近い駅に行って電車に乗ったもの。しかし、最近はできるだけ歩くように、1時間でも歩く事を考えていると、都内の駅の間の近い事・・・・。
これからも電車に頼らず、都心をブラブラするのも良いのかも・・・
ともあれ、カミさんに“不在が喜ばれた”一日ではあった。

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2018年5月 5日 (土)

STAXの新フラッグシップヘッドホン「SR-009S」を聞く

Netでたまたま、STAXから7年ぶりの新フラッグシップヘッドホン「SR-009S」が発売されると知ったのが、5月2日。中野での「春のヘッドホン祭り2018」に出品され、試聴出来たと言うが、4月28~29日とのことで、既に終わってしまっていた。
それでSTAXに、どこかで試聴できないか聞いたところ、このゴールデンウィークは秋葉原の店で、5月12~13日はさいたま新都心の店(ここ)で聞けることが分かり、今日、秋葉原に行って聞いてきた。
じっくり聞きたいと思って、開店すぐの午前中に行ったが、これが正解。「SR-009S」の試聴を待っている人は他に居ず、じっくりと1時間以上も聞き比べてしまった。
もちろん聞き慣れているCDを持って行って。親切な店の人から「ご自由に」と言われて、取っ替え引っ替え存分に。
アンプは、棚に各モデルがズラリと並んでいるが、いつも自宅で聞いているSRM-007tAに、いつも聞いている「SR-009」と新モデル「SR-009S」をつないで聞き比べた。
まずは「SR-009」。まあそうだろうな。次にドキドキしながら「SR-009S」に替える。ウーン。009に戻す。ウーン・・・・

そもそも自分は、「SR-009S」は「SR-009」の振動板を交換しただけ、という認識。よって音の違いだけを聞いた。装着感や重量は、気にしなかった。
自分の好きな音は、刺激のない柔らかな音。キラキラした高域・・・・
そんな期待感で聞いてみた。最初が肝心・・・。
結論は、「SR-009S」から「SR-009」に戻すと、何か物足りない。「SR-009」は平板。「SR-009」が二次元とすると、「SR-009S」は三次元? そして「SR-009S」に替えると、「感動」という言葉が頭に浮かんだ。
振動板を薄くした、という先入観があるせいか、高域が伸びている、または解像度が高い気がした。でもやはり、「SR-009」に戻すと何か“物足りない”が総合の感想か・・・・
アンプを「SRM-T8000」に替えてもみたが、自分がT8000はあまり好きでないこともあり、差はよく分からなかった。

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店の人に聞くと、6月20日発売の第一ロットは予約で埋まり、今は第二ロットがまもなく埋まる、とのこと。STAXの発表が、4月24日なので、まだ10日間なのに、予約がかなり入っているらしい。皆さん「ヘッドホン祭り」で聞いて判断したのだろうか?
ちょうど1年前の「SRM-T8000」の発売のときも、予約がたくさん入って、入手に時間がかかった人が多かった。しかし今は落ち着いている。
7年前の「SR-009」の時は、発売から1~2年経った頃に爆発し、半年待ちが普通だった。さて、今回の009Sはどうだろう?

いわゆる“音のプロ”の店の人に、009Sの印象を聞くと、「音像が広がった感じ」と表現していた。そして009Sの一般の人の評価は高く、7:3または6:4くらいで009よりも009Sに軍配を挙げるとのこと。

自分はもっぱら、「HAP-Z1ES」⇒「SRM-007tA」⇒「SR-009」で聞いているが、この組合せは、自分にとって色々試した果てに到達した不動のもの。よって変える気はなかったが、009Sは別格だな・・・・。
前にも書いたが(ここ)、最高級アンプの「SRM-T8000」の価格と音質改善のバランスについては、自分は異としているが、今回の10万円差の改善は、納得できる気がする。

この製品の最大の欠点は重量。STAX設計陣もそれは分かっているはず。それでも今回の改善は13グラム。つまりは、これが限界ギリギリなのだろう。

STAXのキャッチコピー「SR-009で主任開発者がやり残したこと。その全てを追求し、さらなる進化を遂げた新たなる009。」(ここ)が気に入った。
設計者は、何の製品もそうだが、色々な理由で“あきらめ”が付いて回る。 “こう”したいのだが、コストの点で、または大きさ、重量、形状・・・・のために、ガマンするもの。それを今回はガマンせず、思う存分に理想を追求したのだという。そんな話を聞いただけでワクワクする。

言い過ぎかも知れないが、自分にとってもはや神格化してしまった「SR-009」。その進化版が出る。手に入れるかって?? そんなこと、(家庭の事情があるので)ここには書けない。
STAXとは大学3年、1968年の「SR-3」からの付き合い(ここ)なので、今年はちょうど50周年だ。
長生きすれば、人生色々楽しいことはあるものである。

(2018/06/23追)
予定よりも早く届いた。SR-009Sである。
009を聞いて、009Sに替えてみる。確かに音が違う。最初に頭に浮かんだ言葉が「芳醇」。あれだけぞっこん惚れていた009が何と薄っぺらく聞こえることか・・・
秋葉原で聞いた時もそうだが、あまり長いこと聞き比べていると、その差が分からなくなる。最初に聞いた時の印象こそが、自分なりの評価。
そんな意味でも、009Sがより柔らかく立体的に聞こえるので、自分の好みにはフィット。
あくまで自己満足のオーディオの世界。今回も009の上を行く009Sの音、という思い込みで、自己満足の世界に浸ろう。

(2018/07/05追)~その後気が付いたこと。
・低音が009と違う。低音の解像度が増したということか・・・。
例えて言えば、009は調律不充分のピアノの低い音?もちろんちゃんと鳴ってはいるが、音程の変化があまり意識されない。それに比して、009Sは重低音(ベース)の音程の変化が良く分かる気がした。今までつい高域に気が行っていたが、低音も素晴らしい。

(2018/08/07追)~イヤーパッドの変化
自分もそうだが、従来からSR-009を使っていて、009Sに替えた方は、イヤーパッドの変化に気が付くだろう。009も009Sも、仕様はずっと同じとのこと。しかし、今年のSR-009Sの発売の頃から、イヤーパッドの製造メーカーが替わったらしい。その結果、009Sのイヤーパッドは、固いドーナツのようで、自分の場合、フィットしない。その違和感は、せっかく買った009Sは止めて、009に戻そうかと思ったほど。
旧タイプのイヤーパッドは、肌に当たる部分が平らであり、全体に柔らかいので、イヤーパッド全体が均等に頭に接触し、実にしっくりくる。そしてイヤーパッド全体が頭に密着するので、中の空気が密閉されていることが良く分かった。
それに比べて、新タイプはまさに固いドーナツ型のため(頭に接触する部分が旧タイプのようなベルト状の平面では無く、幅の狭いリング状であるため)、頭に接触する部分が少なく、頭に強く当たる(触る)部分と弱く当たる部分に分かれてしまい、強く当たった部分(特にアゴの部分)が痛くなることがある。(あくまでも自分ひとりの感想だが)
たぶん2018年の始め以降の製造から、009も009Sも新タイプに変わったらしい。この違いは、二つを比較しないと分からないので、初めて009を買った人は分からないかも・・・
しかし、17年製造以前のイヤーパッドのフィット感は、今のものと全く違うので、009Sや009の現行品は、自分にとっては残念と言うしか無い。

新タイプと旧タイプを数値で比較してみた。精密計量器(TANITA KD-320)を利用して、パッドが半分くらいに縮むほどに押してみると、旧タイプは800g程度に対し、新タイプは1400gほど。明らかに内部のスポンジの固さが違う。一般的なスポンジの標準硬度は25ということだが、手持ちの25のスポンジよりも新タイプは固いように感じる。
次にパッドの厚さだが、旧タイプは薄い部分(前部)17mm~厚い部分(後部)27mm程度だが、新タイプは22mm~30mmほど。測った旧タイプは5年ほど使用した物なので、使用に伴う縮みがあるかも知れないが、厚さも若干違いがあるのかも知れない。黒い本革の柔らかさはそれほど違わないので、両者のフィット感の差は、内部クッションに使用されているスポンジの固さの違いと思われる。(ちなみにイヤーパッドのスポンジの直径は約105mm、厚さ17~27mm:基台5mm含む)

どんな製品でも、使う部品の寿命は、それぞれ必ず発生する。それらを乗り越えて、同じ物(名機)を作り続ける難しさを、このイヤーパッドに見た思いがした。

(SR-009の旧タイプ)(SR-009Sの新タイプ)~Netより
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(関連記事)
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2018年5月 2日 (水)

五木ひろしの「のぞみ(希望)」

先日、NHKラジオ深夜便のアンコール放送で、五木ひろしさんの話(2018/01/01)を聞いた。その時に紹介があった船村徹作詞・作曲の「のぞみ(希望)」(2017年4月26日発売)という歌が気になった。
この歌について、五木ひろしさんは、こう紹介していた。

<NHKラジオ深夜便「五木ひろし」より>

ここで紹介のあった話は、
・この歌は、船村徹が大切にしていた歌。
・この歌は、元々1983年に発売した「細雪」のB面の曲だったが、ディレクターがB面にしたくないということで、直ぐに「冬の蛍」に差し替えられたため、一度も歌うことはなかった。
・しかし、船村徹が亡くなったときに、この「のぞみ」という歌を、船村先生がとても大切にしていたということを後日知って、もう一度レコーディングし直して発売した。
・これは女囚の歌。先生は以前から慰問をされていた。奥さまに聞くと、それで生まれたのではなく、その歌があって、それをたまたま刑務所で歌ったときに、皆さんが泣いた。
・なかなか聞いて頂くチャンスが無いので、船村先生が大切にしていた「のぞみ」を聞いて下さい。

<五木ひろしの「のぞみ(希望)」>

「のぞみ(希望)」
  作詞・作曲:船村徹

ここから出たら 母に逢いたい
おんなじ部屋で 眠ってみたい
そしてそして 泣くだけ泣いて
ごめんねと
 おもいきり すがってみたい

ここから出たら 旅にゆきたい
坊やをつれて 汽車に乗りたい
そしてそして 静かな宿で
ごめんねと
 おもいきり 抱いてやりたい

ここから出たら 強くなりたい
希望(のぞみ)を持って 耐えてゆきたい
そしてそして 命の限り
美しく
 もう一度生きて行きたい

先の五木ひろしの紹介にもあったが、この歌の歴史は非常に異質。

五木ひろしのディスコグラフィ(ここ)の1980年代を見ると、こうある。

180502nozomi 「細雪/のぞみ(B面切替につき廃盤)」NCS-2009
発売日:1983年9月1日

この盤には、新録音の「のぞみ(希望)」の“希望”というサブタイトルは付いていない。そしてこの盤は、たった5日後に廃番になっている。

「細雪/冬の蛍」NCS-2010
発売日:1983年9月5日

これは非常に奇妙。何があったのか? 五木さんが言うように「ディレクターがB面にしたくない」と言うなら、直ぐにA面で発売されていたはず・・・。
旧盤の録音を聞いてみよう。

<五木ひろしの「のぞみ」>

新録音の発売は、34年後の2017年8月23日だが、新旧を聞き比べてみると、編曲がほとんど同じ。しかし、旧盤の編曲者は丸山雅仁であり、新盤は南郷達也となっている。
これもナゾ・・・

歌詞は非常に分かり易い。そして旋律は、まさに自分の好きな船村メロディー。
何度か聞くと、心に沁みてくる。
自分にとって、また新たな“大切にする歌”が見付かったようである。

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