« 駐留米軍は4万4千人 | トップページ | 団塊Kさんの海外一人旅「#35ボストン・ワシントンDC紀行」 »

2017年12月25日 (月)

「そんな親なら捨てちゃえば?」

先日の「朝日新聞」夕刊に、こんな記事が載っていた。
虐待した親へ「私は生き抜く」~100人の「日本一醜い親への手紙」
 親から虐待を受けて育った100人の手記をまとめた「日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?」が10月に出版された。「ありがとう」とは言えない親への思い、癒えない心の傷などがつづられている。(山本奈朱香)

 《冬はご飯も食べさせず、服がビリビリに破れてほぼ裸の私に頭から水をかけ、外に放り出したね。お父さんにも殴られ、髪を引っ張られ、ふり回されて首を捻挫。すごく悲しかった。》

 「鈴鳴うた猫」というペンネームで、こうした体験を手記にした女性(29)に取材した。九州出身で、現在は神奈川県に住む。
 妹たちは母と一緒にお風呂に入るのに、長女だった女性だけは「お前はくさいから、お父さんに洗ってもらえ」と、20歳まで父と入浴させられた。小学生の時、祖父から性器に指を入れられる性的虐待も受けたが、「誰にも言っちゃいけない」と思い込んでいた。
 中学生になると、自分の指先や手首をカッターで傷つけるようになった。
 高校1年生の3学期、学校に行けなくなった。うつ病の症状だったが、親は「甘えだ」と言った。パジャマ姿で庭に放り出された。「学校に行けない私が悪いんだ」と自分を責めた。
 大学卒業後、親からは地元の公務員になるよう言われた。でも、こっそり神奈川県内の自治体の公務員試験を受けた。合格を知った親は、「落ちればよかったのに」と言った。
 25歳で親元を離れた。信頼できる主治医にも出会え、今春、結婚もした。でも、トラウマは消えない。
 親に怒られる幻聴は最近も聞こえる。「夜中に包丁を取り出していた」と夫に教えられることもある。
 手記を募集していることをツイッターで知り、「親と向き合ってみよう」と思った。親への「手紙」を書いてみて、「少しだけ、つきものが落ちたような感じ」がしたという。
 「虐待を虐待として受け止める機会がなかなか無かったので、すごく良い機会になった」。ただ、親の反応が怖いので手紙を送るつもりはない。「親が好き」という気持ちも、親を責めたくない気持ちもある。
 子どもの時、自分の虐待に気づいてくれる大人はいなかった。「子どもたちがこんな風に感じて生きている現状があることを知ってもらいたい」と願う。
 手記には、今後の人生への決意も込めた。
 《私は必ず生き抜いてみせます》

 ■編集者「まず現実見て」
 出版を企画したのは、作家で編集者の今一生(こんいっしょう)さん(52)。1997年にも「日本一醜い親への手紙」を出している。当時、親への感謝をつづった手記本がベストセラーになる中、「親に『ありがとう』と言えない育てられ方をした人の声に耳を傾けたい」と考えたのがきっかけだった。
171225gyakutai  最初の出版から20年たったが、児童虐待はなくならない。「社会の仕組みを変えるきっかけにしたい」と、再び手記を募った。暴力や性的虐待のほか、親が浪費して学費を積み立ててくれなかったり、極端な信仰を押しつけられて精神的に追い詰められたりしたことなど、さまざまな体験や思いが寄せられた。
 「平穏のため、今後も絶縁し続けます」と書いた人もいれば、「ずっとさみしくて、かなしいんだよ」という人もいる。親への思いはさまざまだ。「周囲から見たら『親を捨てちゃえば?』と言いたくなるけど、捨てても捨てなくてもいい。それを決めるのは、あなただよ」との思いを込めて副題をつけた。
 今さんは「子どもへの虐待は、大人がやり過ごしてきた宿題。まず現実を見て」と話す。虐待を防ぐには親への支援が必要だと言われるが、「子どもも支援すべきだ。自分がされていることが虐待なのか、最低限守られる人権は何か、教えられないまま大人になっていくのはおかしい」と問題提起する。dZERO刊。税別1800円。

 ■手記が気持ちの「定点」に 手記の選者を務めた信田さよ子・臨床心理士の話
 幼児期の親からの虐待は、基本的な安心感を子どもから奪うだけでなく、すべては「自分が悪い子だから」「自分のせいだ」という自己否定感を深く植え付けてしまう。成長してから思い出すたびに「あれは虐待。私が悪いわけじゃないんだ」という気持ちと、「本当はかわいがってくれていたのでは」という気持ちが日によって揺れるもの。手記にすることで気持ちの「定点」ができる。」(
2017/12/16付「朝日新聞」夕刊p1より)

カミさんと一緒に(今ごろ)見ている米TVドラマ「er救急救命室」。現在はシーズン10まで来ている。シーズン15の最後まで見ることになりそう。
このドラマでは、子どもの虐待の話がたくさん出てくる。教育と思っている親、そして逃げ場がない為、親の顔色だけをうかがう子ども。
大相撲ではないが「暴力はいけない」は、昔は無かった。小学校5年生の時に、男の担任の先生が、悪ガキに対して、教室の前で、腕時計を外して殴るのを見たし、その光景はいまだに覚えている。
家でも同じだった。特に自分が小学校高学年の時に、親父にはずいぶん殴られた。兄貴と一緒に外に放り出され、「オトナになったら親父を殺してやる」と兄貴と相談していたのを、トイレに入っていた親父に聞かれてしまい、その後“改めて”殴られたこともある。

さて自分はどうだったか・・・。長男には一度激しく横っ面を殴ったことがあった。確か金銭のことで叱ったときだ。覚えているのはこの一度きり。次男を殴った記憶は無い。
そして今は、子育てで殴ることは有り得ない風潮。もちろん殴ることだけが子どもへの虐待ではないが・・・

親から受けた虐待は、なかなか消えないらしい。その親が亡くなったら、つまりその対象がこの世から消え去ってしまえば、心のキズは癒えるものかと思っていたが、これが消えないらしい。つまり虐待の記憶は、その子どもの心に死ぬまで消えることはないらしい。

家庭内の虐待は、閉ざされた環境故に解決が難しい。親から子への虐待だけでなく、子どもから親への暴力も解決が難しい。
先日、東海テレビのドキュメンタリー「平成ジレンマ」を見た。1980年代に訓練生の死亡事故を起こして刑に服した戸塚ヨットスクール校長の戸塚宏のその後の30年間を追ったドキュメンタリー。そこには家庭内で持て余した子どもと親とがいた。

我々もそろそろ晩年を迎え、我が家はまあまあかな・・・とも思う。
今日カミさんが、孫たちの写真をヨドバシでプリントしていた。そこに写るのは、4歳と1歳の女の子が、寝ているパパのすね毛にセロテープを貼って遊んでいる姿・・・。自分は「すごいね。指圧をしている」と勘違い・・・
我が家の孫は、どうやら親を虐待しているようである・・・。

171225ibu <付録>「ボケて(bokete)」より


« 駐留米軍は4万4千人 | トップページ | 団塊Kさんの海外一人旅「#35ボストン・ワシントンDC紀行」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 駐留米軍は4万4千人 | トップページ | 団塊Kさんの海外一人旅「#35ボストン・ワシントンDC紀行」 »