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2017年8月31日 (木)

「学校で便意、我慢したくないが」

昨日の朝日新聞にこんな議論があった。
「(声 どう思いますか)8月11日付掲載の投稿「学校で便意、我慢したくないが」
 ■学校で便意、我慢したくないが
 会社員(東京都 49)
 「小学校で『排便しない』51%」(4日朝刊)を読み、学校のトイレ事情は、40年前と変わっていないと感じました。
 私は小さい頃からおなかが弱く、一日に何度もトイレに駆け込む日もありました。学校で大便をしようとトイレの個室に入ったことが知られるたび、みんなにからかわれていたので、とてもつらく恥ずかしく、こそこそ隠れるように行っていました。
 しかし、便意を止めることはできません。あるとき自分の中で吹っ切り、用を足しに行く前に「いまからうんちしてきます!」と宣言し、当たり前のように行くようにしました。からかう人がいなくなり、体調を心配してくれる友達も増えました。
 排尿・排便は、人が生きていくために当たり前にする行為です。無理に我慢したら体によいわけがありません。子どもたちが恥ずかしがって我慢している現実は、何とか変えていく必要があるでしょう。学校で当たり前に排便できるように、何か良い知恵や工夫はないでしょうか。(8月11日付掲載の投稿〈要旨〉)
     ◇
 ■男性トイレ、全て個室にしては
 主婦(広島県 84)
 小学生で排便を我慢とは気の毒だ。戦中育った私たちは、くみ取り式の暗い便所だったから怖さこそあったものの我慢はなかった。空襲警報となれば整列して避難しなければならず、先生から「体を整備しておくように」と言われていた。
 私は今、90歳の夫に付き添われ、脳梗塞(こうそく)の後遺症のリハビリに通う身だ。終わると近くのスーパーに寄る。夫は元気なのだが、1日に何回か便意を覚える。しかし、男性トイレには個室が三つしかないそうで、そのうち一つは和式らしい。1階から3階までそれぞれあるトイレだが、空きがない時もあって困るという。
 いっそ男性トイレも全部個室にしたらどうだろう。学校のトイレを全部個室にすれば我慢しなくてすむ。体の調子は人それぞれ、先生も排尿排便の大切さを常々教え、我慢はよくないことだと十分浸透させて欲しいと思った。

 ◆排便教育、毎年行って
 宍戸洲美・帝京短期大教授(学校保健)
 小学校の養護教諭だった頃、授業中トイレに行きたいと訴えた児童に「休み時間まであと10分なんだから我慢しなさい」と言った担任がいました。良い授業をしても、うんちを我慢していては授業に集中できません。しっかり学ぶためには健康でなければ。担任の先生も、健康管理の科学的な知識を身につけるべきです。
 「早寝、早起き、朝ごはん」は言われますが、「出す」が抜けている。「うんこ漢字ドリル」が人気なように、子どもはうんちに興味をもっています。小さなころから正しい知識を学べば、仲間を冷やかすこともなくなります。担任と養護教諭とで最低、毎年1時間は排便教育を行ってほしい。
 ただ、トイレが暗い、汚い、臭いでは行きたがりません。気持ちよく使えるトイレをぜひ整備してほしいですね。」(
2017/08/30付「朝日新聞」p14より)

子どもの頃の、学校での便意については、自分は悪い思い出がたくさんある。そして便意の我慢は、上の投稿と同じく日常的だった。それはそれは苦労の連続。
しかし学校で個室に入って、友だちからからかわれた記憶は無い。全ては、自分の「恥ずかしさ」から来ていた。

小学校の時の思い出は、授業中にたまにお漏らしをする子がいて、先生が後片付けをしていた光景が記憶に残っている。それがトラウマとは思わないが・・・
中学の頃が最も悲惨だった。思春期で、それで無くても敏感な時期。学校は古く、自分が卒業した翌年に、学校の再編で新校舎に移った。古い学校は、渡り廊下の途中に、トイレの建屋が独立して建っていた。個室が数個ズラリと並び、休み時間になると、女子生徒が、友だちどうしで、順番にドアの外に陣取り、お互いが見張りをしながら交替で入っていた。その個室の向かい側が、男子用の小便器。と言っても、一人ひとりで分かれているわけでもなく、数メートルのコンクリーの壁があり、その前にズラリと並んだ男子生徒が、その壁に向かって小便をする、という具合。
男は、緊張すると小便が出ない。自分も、ワイワイ騒ぐ女子生徒を背にしては小便が出なかった。それで、毎日トイレに行くことはなかった。まして、女子生徒が占領している個室に入るなど、有り得なかった。
今考えると、健康上、飛んでもないことだが、一日小便もしないのである。しかし、たまたま自宅が中学校のすぐ近くだったので、体育の時間の前など、校庭の近くの自宅に駆け込んでトイレに入った記憶がある。
高校になると、朝の通学途中での便意に参った。友人と一緒に行くのだが、それを知られたくなく、乗り換えの駅などで、こそこそトイレに行くのだが、これを知られるのが恥ずかしかった。特に授業中の便意には参った。休み時間になっても、恥ずかしくてトイレに行けない。授業中に我慢していると、不思議に、他の生徒が「先生、トイレに行っても良いですか?」と、トイレに行く。まるで自分に代わって行ってくれるような気がした。しかし、自分が授業中に行った記憶は無い。自分は我慢の名人だったのである。
後で考えると、高校の便意の原因は、夏の夜、受験勉強をしていると、お袋が氷の入ったカルピスをたまに持ってきてくれた。その次の日に、下痢になるのだった。
当時、その因果関係に気が付かなかった。何のことはない、お袋が良かれと思ってしたことが、翌朝の通学路で、息子は七転八倒!?

結婚した後、カミさんがまったく“同じ病気”であることを知った。特に大嫌いな理数系の授業の時は、体が拒否反応を起こして、授業中にトイレに行くのが普通だったという。
同じ病気を抱えていると、お互いに気を遣う必要が無いので、これは便利だった。どこかに出掛けても、「トイレに行ってくる」がお互いの日常のこと。だからトイレから帰ってくると「下痢?」と、いつも聞かれる・・・・

カミさんがそんな具合なので、思い出話も良くするが、さすがに中学校の時の、背中で女子生徒がワイワイ・・・の話は、「信じられない!人権侵害!」と言う。
でも、昭和30年代の学校なんて、そんなもの・・・
子どもの頃、いつも思っていた。「女はいいな・・・。個室に入ってさえしまえば、大も小も自由に出来るから」と・・・。それが、カミさんに言わせると、そう簡単に大をすることは出来ないんだって・・・。臭いを気にして?? 男には考えられない・・・!?

それに、一緒に外出していて、自分は“その時”には、どこでも良いので近くのトイレに入るが、カミさんは、「ここはキタナイのでいやだ」と我慢しながら別のトイレを探す。これも男には考えられない・・・

ともあれ、今では考えられないが、自分も子どもの時は、「恥ずかしい」が行動を制限していた。まあそれは、大人になってもあるが・・・
いつだったか、駅のトイレに入った時、二人の男の子が入ってきて、一人が個室に入ってからも、外にいた子供と雑談を続けていた。つまり、二人の友だちの間には「個室」はどうでも良いことだった。これこそが必要なことだと思った。
とは言っても、思春期の恥ずかしさは、他人では制御できない。「男子トイレも全て個室」が理想だろうが、なかなか難しいだろう。なかなか解はない。

こんな投稿を読みながら、昔の悪夢を、つい思い出してしまった。そして、いまだに「排便が恥ずかしい」原因が、自分には分からない・・・・。

2017083116211088d <付録>「まんがイラスト ぼうごなつこのページ」(ここ)より


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