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2017年8月13日 (日)

江崎鉄磨氏の「正論」~日米地位協定の見直し発言

先日の天声人語にこんなのがあった。
「(天声人語)江崎鉄磨氏の「正論」
 中国の人工知能(AI)のお話である。インターネット上で利用者と会話を繰り返しつつ、受け答えを学んでいた。最近、「共産党万歳」の書き込みに、こう応じたという。「こんなに腐敗して無能な政治のために万歳できるのか」▼正論だと受け止めた方もいただろう。ネット上では「AIが蜂起した」と話題になった。しかし、そこは共産党一党支配の悲しさ。AIの運営会社が、すぐにサービスを停止した▼AIではないが我が国の閣僚からも突然、正論が飛び出した。在日米軍の権限を定めた日米地位協定について江崎鉄磨・沖縄北方相が8日、「少し見直さないと」「直すところは直すという交渉に」と述べた▼協定の不平等を是正するための見直しは、沖縄県など基地のある自治体にとって悲願である。担当相として渾身(こんしん)の問題提起なのか。しかし、この日午後には後退してしまう。沖縄県知事との会談では協定に言及しなかった。見直し内容を記者団から問われたが、答えなかった。自由な発言を誰かから停止されたか▼江崎氏とAIの共通項があるとすれば、当事者意識の希薄さか。中国のAIは市民としての覚悟を持った発言ではない。江崎氏は「役所の答弁書を朗読する」と口にしたことがあるほど、官僚任せの姿勢だ▼初めて手にする大臣職について「任にあらず」「重荷」とまで語った江崎氏は、正直な人柄なのだろう。いまからでも遅くない。沖縄の現状をつぶさに見た上で覚悟を持って正論を吐いてほしい。」(
2017/08/10付「朝日新聞」「天声人語」より)

この発言について、“オッ”と思ったが、案の定、直後に軌道修正された。
江崎・沖縄北方相「少し見直し」発言釈明 日米地位協定
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に配備されているオスプレイが豪州沖で墜落した問題に関連し、江崎鉄磨・沖縄北方相は8日の閣議後記者会見で、「日米地位協定は少し見直さないと(いけない)」と述べた。日本政府は地位協定の改定方針は掲げておらず、閣僚の発言としては異例。江崎氏はその後、「地位協定のあるべき姿を追求していくべきではないかとの気持ちを申し上げた」と釈明した。
 閣議後記者会見では、過去の米軍機事故に触れて、「地位協定は直すところは直すという交渉に(するべきだ)」と主張。「沖縄県民の気持ちを政府がしっかり受け止め、米国には言うべきことは言いながら(見直すべきだ)、という考えを持っている」と語った。
 約4時間後、就任後初めて訪れた那覇市で、記者団に発言について自ら説明。「地位協定については安倍政権で2度にわたり、大きな見直しを行った。安倍政権においても目に見える改善を積み上げていくなかで、日米地位協定のあるべき姿を追求していくとの姿勢であり、その方針に沿ったものだ」と、一方的に手元のメモを読み上げた。
 地位協定は、日本に駐留する米軍人・軍属らが公務中に犯罪を起こした場合、米側に刑事事件の裁判権が優先的にあることなどを定める。不平等との指摘があるが、協定そのものは1960年の締結から一度も改定されていない。江崎氏は、安倍政権が軍属の範囲などに関する「補足協定」を見直したことを取り上げて、「閣内不一致」との指摘をかわそうとしたとみられる。(
2017/08/09付「朝日新聞」ここより)

就任早々の江崎鉄磨沖縄・北方担当相の「しっかりお役所の原稿を読ませていただく。立ち往生より、しっかり朗読かな」という発言には、ビックリというか、あきれたが、その後の氏の発言を聞きながら、見直した。それは人間性の話。
鉄面皮のどこかの国の首相よりも、よっぽど人間的・・・

終戦記念日が近い。改めて、長崎平和宣言を読んでみる。
先に書いたように(ここ)、安倍首相の広島と長崎で同一だった“朗読挨拶”とは違い、長崎のナマの声が発せられている。温厚な田上市長をして、ここまで言わしめている我が国の首相。

長崎平和宣言
 「ノーモア ヒバクシャ」
  この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。
 核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122か国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。
 私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。
 しかし、これはゴールではありません。今も世界には、15,000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。
 核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。
 安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。
 日本政府に訴えます。
 核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。
 また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。
 私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。
 あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。
 世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。 遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。
 人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。
 世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。
 今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7,400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。
 被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。
 福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。
 原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年(平成29年)8月9日
長崎市長  田上富久」(
ここより)

特に「世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。」という言葉が重い。

話は飛ぶが、今朝のTBS「サンデーモーニング」の「風をよむ~不戦の誓い」のコーナーで、姜尚中氏の発言が重たかった。
「来年、明治150年ですよね。それで戦後70年と言う事は、その約半分が、少なくとも日本は実際に正式の戦闘行為一度もやらなかった。これは誇るべきことで、また自分たちが自信を持っていいと思うんですよ。司馬遼太郎さんが、「昭和という国家」の中で、日本はアメリカに占領される前に、魔法の森の占領者によって、既に占領されていた。それは具体的に言うと、軍部や官僚中心ですから。ですから、占領や敗戦が屈辱だと、それを何とかひっくり返したいと言う人々がいるわけですよね。でも司馬遼太郎がその時に何を書いているかと言うと、光が漏れてきた。終戦によって。ですから、誰が占領していたのかと言うと、マッカーサーが来る前に、日本は魔法の森の占領者によって占領されていた。それよりはむしろアメリカのほうがまだいいじゃないかと。それから憲法と言うものを受け入れてきたわけですから、私は、平和主義は究極の保守だと思う。この72年間の蓄積を、日本の150年の中で見ると、この時代は最も良かったし、平和国家、文化国家として日本は今立っていることを、もう一回考えなければいけない。」(2017/08/13 9:47「TBS「サンデーモーニング」より)

ハッとする視点である。
では今の日本は、安倍首相に占領されている国家に成り下がっているのかも・・・


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