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2017年8月19日 (土)

加藤登紀子と近藤圭子の童謡「雨」

とうとう東京では、8月になって以来、19日連続の雨だという。
今(夕方)も外は土砂降り。雷もゴロゴロで、衛星放送もダメ。スカパーはアンテナレベルがゼロ。BS放送よりも弱いみたい・・・
団地の夏祭りも到底出来ず、延期だろう。
まあこんな日は、「雨」の歌でも聞くか・・・・

加藤登紀子の童謡「雨」が実に味わい深い・・・

<加藤登紀子の「雨」>

「雨」
  作詞:北原白秋
  作曲:広田龍太郎

雨がふります。雨がふる。
遊びにゆきたし、傘はなし、
紅緒の木履も緒が切れた。★初出「お下駄」

雨がふります。雨がふる。
いやでもお家で遊びませう、
千代紙折りませう、たたみませう。

雨がふります。雨がふる。
けんけん小雉子が今啼いた、
小雉子も寒むかろ、寂しかろ。

雨がふります。雨がふる。
お人形寝かせどまだ止まぬ。
お線香花火もみな焚いた。

雨がふります。雨がふる。
昼もふるふる。夜もふる。
雨がふります。雨がふる。

 〔出典〕『白秋全童謡集I』(岩波書店)平成4年発行・『トンボの目玉』

この歌詞について、池田小百合氏の解説によると。
「雑誌『赤い鳥』(赤い鳥社)大正7年9月号の初出では「お下駄」でしたが、童謡集『トンボの眼玉』(アルス)大正8年発行に収録の際、「木履」と改訂しました。大正10年8月5日に弘田龍太郎が作曲しました。
「紅緒」は、下駄の紅色の紐。「下駄」と「木履」は同じ。「木履・かっこ」は、からころ、という音に派生した幼児語。
子どもの生活感情を大切にする姿勢から生まれた白秋童謡の代表作です。」(
池田小百合著「読む、歌う童謡・唱歌の歌詞」より)

さて、この音源は「赤い靴 すばらしき詩人たち」という1974年12月21日発売のアルバムから。
加藤登紀子が31歳の時も録音なので、声も若々しい。あの「百万本のバラ」がヒットしたのが1987年というから、そのだいぶん前だ。

そして昭和の童謡全盛期に、童謡歌手の近藤圭子が歌ったのが、これだ。

<近藤圭子の「雨」>

こちらは非常にテンポが速い。演奏時間も半分ほど。しかし加藤登紀子の歌唱は情感溢れる歌い方で自分は好き。

こんな歌を聞くと、昭和の自分の子ども時代を思い出す。
何とも、異常気象の雨が続く毎日ではある。


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コメント

しみじみと戦後の焼け跡を思い出しております。傘もなければ靴もない、昭和21年4月小学校入学、学校の校舎もなく、あり合わせの服を着て、画板を持ってお宮の庭で青空教室、雨が降れば休み、国語と算数はやった覚えがありますが、理科や社会は全く覚えがありません。
近藤圭子さんは私より少し若いと思います。声がきれいで明るいですね。子どもだったら断然圭子さんのほうが好きです。傘のない子が半分以上いたと思います。靴もなく、カッコを履いていましたね。日本は山国ですから木材はあったようで下駄はありました。全員が平等に貧しかったから良かったと思います。ボロを着ていているのが普通でした。明るい歌が皆の気持ちを明るくしてくれたと思います。戻りたくはありませんが、懐かしい時代です。

【エムズの片割れより】
ふと、こんなことを思い出しました。
小学校低学年の頃、早く帰った自分に、母親が「雨が降ってきたから、お兄ちゃんに傘を持っていってあげなさい」。
それで、雨の中を兄の傘を小学校に持っていきました。シーンと静かな教室の前に立って、授業中の教室にどう入っていこうかと、モジモジ・・・
先生が気が付いて、兄に渡すことが出来ました。
それと、やはり低学年のころ、縁側から雷の光る空を見ていて、初めて雷がギザギザの光線なのを目撃しました。
全てが新鮮でした。

投稿: 白萩 | 2017年8月19日 (土) 23:48

昭和20年代、30年代の童謡全盛期には、大正昭和の童謡の作り手の多くが健在で、伴奏の編曲も含め作り手の積極的な関与があり、作詞家・作曲家の考えや時代背景が色濃く反映された録音になっています。
一方、新しい録音では、歌詞と旋律を新しい感覚で解釈しており、本来の童謡とはかなり乖離したものになっているように思えてなりません。
極端ないい方になりますが、ショパンの曲の左手の演奏部を好みで作り替えたようなような感じ?
そういう次第で、個人的には当時の録音が好きですね。特に録音技術が急速に進歩した20年代後半から以降に制作されたものにはすぐれたレコードがたくさんあるように感じます。

両親が買って来てくれたレコードの一枚に近藤圭子の雨が収録されていました。レコード面がフルカラーの絵が印刷されていたもので、降りしきる雨を窓から悲しそうに眺める少女の愁いを帯びた表情が今でも思い出されます。
カラーで印刷されたレコードはそれっきり見たことがありません。

当時の音源は二度と返らない想い出とリンクしています。新しい音源が全く別の作品のように思えて違和感を抱くのは私一人でしょうか。

【エムズの片割れより】
近藤圭子の「雨」も聞いてみましたが、幼い頃の録音ですね。
新しい録音の改悪編曲は、まったく同感です。
それは童謡に限らず、歌謡曲も全く同じで、現代風に凝った編曲には辟易します。
旧モノラル録音に限らず、再録音は大歓迎ですが、編曲によっては死んでしまいます。
石川さゆりのテイチク盤や、前川清の再録は、オリジナルの編曲のまま再録しているので、自分は大好きです。

投稿: 桜 公一 | 2017年10月 4日 (水) 23:09

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