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2017年4月22日 (土)

山口百恵の「横須賀ストーリー」

先日、朝日新聞にこんな記事が載った。
「(もういちど流行歌)「横須賀ストーリー」山口百恵 あまりに歌が巧かった17歳
 芸能界にいたのは、たった7年半。短い間にアイドルから国民的な歌姫へと駆け上がった山口百恵さんにとって、最大の転機となった一曲です。
     *
 「彼女は胃の中に歌を一度ストンと収め、はき出すように歌った。そこには彼女の17歳までの生き方、環境、すべてが表れていた」
 「横須賀ストーリー」を作曲した宇崎竜童さん(71)は、当時17歳だった百恵さんが、デモテープをもとに歌ったときの印象を強烈に覚えている。
 何人もの歌手に楽曲を提供してきた。宇崎さんが歌ったデモテープを渡すと、歌い方までコピーしてしまう歌手が多かった。だが、百恵さんは違った。
 「歌い出しの(拍をずらして刻む)シンコペーション、感情の込め方、発声。彼女はすべて自分のものにして、自然にできていた」
 あまりにも巧(うま)いので、ボイストレーナーがついて歌い方を指導しているのだろうと思っていたという。
170422yokosuka  作詞は妻の阿木燿子さん。神奈川県横須賀市育ちの百恵さんに重ねて書いた「横須賀ストーリー」は、レコード会社の求めでアルバム用に夫婦で用意した4曲のうちの1曲だった。
 「作曲の10年くらい前にイタリアブームがあって、『イタリアンロック』を意識して作った。『これを百恵さんが歌ったらカッコイイだろうな』と思って、サックスを使って」
 4曲の中で一番面白い曲に仕上がったと感じたが、アルバムには使われなかったので没になったと思っていたという。
 「シングルに採用されたとき? ああ、これまでの百恵さんとは違う、世界を変えていくつもりなんだなと感じました」
 アンケートでも、作り手同様、百恵さんの歌唱を称賛する声が相次いだ。
 「燃える情念をあの硬い表情で歌い上げる姿が本当に印象的だった」(宮城、55歳女性)、「無表情で歌うのに臨場感があった」(京都、65歳女性)。
 百恵さんが飛躍するきっかけとなった一曲だという見方も一致する。
 「初めて聴いたとき、百恵さんが『アイドル』から『大人の歌手』になったと感じた」(東京、56歳男性)、「山口百恵がこの曲を境に変わり、伝説の歌い手になった。そんな転機の一曲だと思う」(宮崎、64歳男性)。
 「イミテイション・ゴールド」「プレイバックPart2」「ロックンロール・ウィドウ」……。宇崎さんと阿木さんはその後も、印象的な楽曲を提供し続けた。アルバム収録曲などを含め、その数約70曲。疾走するかのような速さで存在感を増した百恵さんの約4年を、夫婦も伴走した。
 引退について、宇崎さんが感じたことは、ふたつ。
 「『ああ、もう書かなくていいんだ』って、背負っていたものが下ろせた感じと、『もうちょっと書きたかったなあ』と。いつも挑戦状をたたきつけられて、プロとしての幅を広げてくれた存在でした」

 ■文学に飢えていた?
 歌謡界のトップアイドルから、なぜ畑違いの自分たちに曲が依頼されたのか。宇崎さんはずっと疑問に思ってきた。その謎が解けたのは、約30年後のことだ。
 「実は数年前、初めて百恵さん夫妻と一緒に4人で食事したんです」
 宇崎さんはそこで、本人の“ご指名”だったと確認する。百恵さんのラジオ番組にゲスト出演した際、即興で歌を作り、その場で披露したことがあった。「この人はこういうメロディーを書くんだ、じゃあ、私にも書いてくれるかなって。そう思ったみたいです」
 さらに歌唱指導を受けていたという思い込みも、勘違いだったと知る。「(録音の際)宇崎さんのデモテープしか聴いていませんって。本当に驚いた」
 確かに傑出した歌い手だったと思う。歌い方を注文し、その注文を超える歌が返ってくることもしばしば。普通の歌手は1カ所注意されると、そこを意識して別の部分が乱れるが、百恵さんにはあてはまらなかった。「夜中までドラマの収録をしてからスタジオに来てそれをやってのけるんですからね。超人でした」
 一方で、当時から百恵さんの知性や品格を感じ取っていた。「ラジオでご一緒したときも、いつも文庫本を持ち歩いていた。文学に飢えている感じ」。本当はもっと勉強したかったんだな、と思ったという。(岩本美帆)」(
2017/04/15付「朝日新聞」b2より)

<山口百恵の「横須賀ストーリー」>

「横須賀ストーリー」
  作詞:阿木燿子
  作曲:宇崎竜童

これっきり これっきり
もうこれっきりですか
これっきり これっきり
もうこれっきりですか

街の灯りが 映し出す
あなたの中の 見知らぬ人
私は少し 遅れながら
あなたの後 歩いていました
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
急な坂道 駆けのぼったら
今も海が 見えるでしょうか
ここは横須賀

話しかけても 気づかずに
ちいさなアクビ 重ねる人
私は熱い ミルクティーで
胸まで灼けて しまったようです
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
あなたの心 横切ったなら
汐の香り まだするでしょうか
ここは横須賀

一緒にいても 心だけ
ひとり勝手に 旅立つ人
私はいつも 置いてきぼり
あなたに今日は 聞きたいのです
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
そう言いながら 今日も私は
波のように 抱かれるのでしょう
ここは横須賀

先日、「今ごろ!?山口百恵著「蒼い時」を読む」(ここ)という記事を書いたが、結局、まだまだ山口百恵は生きているということ。
しかし別の意味で、この歌も自分には新鮮・・・。何度も書いているが、自分は歌を聞いていても、まるで歌詞を理解していない。よって、この歌も、今初めて歌詞を文章として読んで、「この歌は、そういう歌だったのか・・・」と感心している始末・・・。自分にとっては、二度楽しめるのであ~る。

170422yamaguchiまあ、そんなバカな話は置いておいて、改めてwikiで、山口百恵のシングル曲を眺めてみると、確かにこの「横須賀ストーリー」で、歌の世界が変わった。ここからオトナの歌手への脱皮が始まった。これ以降の歌の凄まじいこと・・・

自分の備忘録を見ると、初めて買ったLPが1975年の2枚組のベストアルバム。「湖の決心」までだった。デビュー当時の歌は上手とは言えなかった。それが日に日に上手になって、新境地を拓いて行った。

上の音源は、自分の好きなハイレゾ音源(ここ)からダウンコンバートしたもの。40年経っても、昔の音はちゃんと“生きて”いる。
まだまだ楽しめる、若い頃に聞いた歌の数々である。

170422wasureta <付録>「ボケて(bokete)」より


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