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2017年2月11日 (土)

「読売新聞」の2紙購読を半年で止めた話

「全国紙と地方紙の比率~「読売」“も”読もうかな・・・」(ここ)という記事を書いたのが、半年前の2016年7月10日だった。
自分は昔から朝日新聞の読者だが、この半年、試しに「読売新聞」“も”取ってみた。しかし、結局半年読んだが、この1月で止めた。
理由はいくつかある。まず日々の生活の中で、負担を感じたこと。つまり、現役時代は、日経は通勤途上で、朝日は家で、との棲み分けだった。そもそも自分は、結構時間をかけて読む方。まあblogネタを探す目的もあるが・・・。
それが、“毎日が日曜日”になると、日々自室で2紙を読む事になるが、家の行事(散歩やら買い物の付き合い・・・)をしていると、夕方になっても新聞を読んでいないことが多くなり、「まだ新聞も読んでいないのに、夕方になってしまった!」と、焦りともグチともつかない思いが湧くようになってしまった。「こんなことをしていたら、新聞を読むことに追われているうちに死んでしまう(死ぬ歳になってしまう)!」とも・・・。

そもそも何故読売か?それは左の代表?の朝日だけでは、それでなくても染まり易い自分なので、客観的に世の中を見るためには、右系の?読売も一緒に読んでバランスを・・・と考えたこともあった。しかし結果はどうだ? 載っている記事は、世の中の事件が主。つまり朝日も読売もほとんど内容が変わらない。それを2度読むだけだ。つまりは、朝日を読んでから、読売を読むと、同じような記事は飛ばし読みすることになる。
まあ、社説などは、各紙の主張が載っており、朝日と読売とは違うが、ここで気が付いた。自分の思いと異なった社説や、記事は読まないのである。見出しを見て、「然り」と思う記事は読むのだが、「否」と思う記事はどうも読む気がしない。つまりは、2紙を取る意味があまりなかったのである。(自分の度量が不足?)

それと、文化や生活の記事も、読売に、朝日とは違う新鮮さを求めたが(つまりblogネタ)、興味を引く記事は少なかった。
かくして、毎日追われるように読売まで読む必要があるか?という思いになり、結局止めてしまった。

話は変わるが、今日、カミさんと行き付けのホームセンターに行った。ついでに幾つか途中の店に寄りながら・・・。それが、午前10時に出て、帰ったのが午後4時。ホームセンターの店の中をカミさんに付き合ってダラダラと歩いていると、妙に時間の経過が気になった。
そして帰りの車の中で、いつものグチ。「まだ新聞も読んでいないのに、もう夕方になってしまった!こんな事をしていたら、あっと言う間に死んで(死ぬ歳になって)しまう!」
するとカミさんは言う。「どうせ家に居ても、何もしていないじゃないの!今日は色々な所に行って、充実していたでしょう」

北欧では退職後の “健康寿命”の時期は「ゴールデンエイジ」と言われているそうな・・・
まさに今の自分がその時期。将来、大きな病気を患うであろうまでの、短い時間だ。
そんな貴重な時期に、「新聞に追われていました」で過ぎるのは情けない。
だからと言って、「自分のゴールデンエイジの時期には、***をしました」と、胸を張って言えることが何かも、良く分かっていない。
でもまあ、せっかくのゴールデンエイジ! 藤沢周平を読んだり、今までとは違う本を読んだり、どこかに行ったり・・・・、後で人に言えるような時間を過ごしたいものだが・・・ね。

(関連記事)
全国紙と地方紙の比率~「読売」“も”読もうかな・・・ 

170211kituneiro <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

おはようございます。
エムズの片割れ様はこのサイト運営だけで
世のシニア族を啓発、啓もう、大いに社会的
貢献をなさっています。自信と誇りをもってください。
新聞購読では
似たような経験があります。50代に三紙(今より一層の田舎住まいで友人もなく、まだパソコンも所有してなかった)朝日、日経、地元紙。自分は何のために生きてるのであろう。翌日には古紙と化した3紙の収納整理も頭痛の種となった。
蛇足
怖いもの見たさで 「失楽園の」の二番煎じ
日経の連載小説「愛の流刑地」も読みました。
「このようなものを世の殿方は好むのか」と
呆れたものです。

【エムズの片割れより】
新聞の連載小説は読んだことがありません。毎日、ちょっとずつ、というのがどうも合わないようで・・・。

投稿: りんご | 2017年2月12日 (日) 09:28

終戦直後、我が家はかなり長い間5紙ぐらい取っていました。それは読むためではなく、何ヶ月か取ると洗面器だの石鹸だの鍋などのおまけが貰えるからです。何しろ戦災で日常品を殆ど失くしたのですから何でも欲しかったわけです。10人家族ですから何もかも足りないのです。多分配給で当たらないと買えなかったと思います。その上、新聞紙はお弁当箱の包み紙や、雨漏り用の桶の下に敷いたりで使い道はいっぱいあったのです。トイレの落とし紙にもなっていました。随分新聞紙が活躍してくれていたのです。
中学生ぐらいから新聞小説も読むようになりました。『新吾十番勝負』『氷壁』は楽しみでした。挿絵が良かったですね。新聞が大活躍の時代があったのです。

【エムズの片割れより】
「氷点」は有名ですが、「新吾十番勝負」も新聞小説だったんですか・・

投稿: 白萩 | 2017年2月12日 (日) 22:11

白萩様のコメントに笑えました。
「トイレのおとし紙~。究極のリサイクルですね。落とし紙は勿論今ならテッシュ、チリ紙にも使ってました。花の頭が黒くなりなったものです。読み売りも購読したことありますが、他所のお宅にお邪魔してるような違和感がありました。自由に家計を任される身〈結婚)となり購読した@朝日新聞、暮らしの手帳、婦人の友@が私の大学となりました。

投稿: りんご | 2017年2月13日 (月) 09:28

「信吾十番勝負」の挿絵のモデルが、あのテレビドラマで面白かった「素浪人月影兵庫」や「花山大吉」で面白いオッチョコチョイの役をやっていた焼津の判次がモデルだったなんて考えられませんよね。伴次役の品川隆二は美しく挿絵画家の目に留まり信吾のモデルに絵を描いたと聞いたことがあります。85歳で病気療養中だそうです。
高校生の頃、鼻の周りを真っ黒にした友人が登校してきました。「どうしたの」と訊いたら家を出る時,新聞の中のチラシで鼻をかんできたそうです。インクが粗悪品で全部顔についてしまったのですね。鏡を見ないで街中をあの顔で
歩いてきたのかと思い出すと今でも笑えます。
花の女学生が髭の女学生になってしまったのです。何もかも遠い昔のことになってしまいました。

投稿: 白萩 | 2017年2月13日 (月) 10:45

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