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2017年1月20日 (金)

今ごろ!?山口百恵著「蒼い時」を読む

今ごろ、37年も前の本、山口百恵著「蒼い時」を読んでしまった。これがウワサ通りの秀逸。
NHKラジオ深夜便で毎月放送されている「昭和史を味わう」。先日の「行財政改革」(2017/01/09放送)でノンフィクション作家の保阪正康氏がこんな事を言っていた。
「昭和55年に引退した山口百恵さん。私は書評は良くやるのだが、芸能人の方の書評はほとんどやったことがない。この本は良い本だよ、とある人から言われて読んだ時、ビックリした。この文章は、ゴーストライターを使わずに自分で書いたというが、内容がすごくレベルが高いというか、筆の力というのはプロに匹敵すると思いました。この本を彼女が書いたということで、本当に才能のある方だなと思いました。歌っている自分の表現の仕方を、客観化しながら書いている。普通の芸能人は、“私が”“私が”と書くが、この人のは一歩引いて、その“私が”を見ている“私”という立場で文章を書いている。この人はすごい人間の観察力のある人だなと思って、そういう書評を書きました。良い本です。」

自分は、昔から山口百恵の歌はよく聞いていた。先日もハイレゾの音源を買った(ここ)。
別に“ファン”ということは思ったことはないが、独身の頃は、部屋にレコードに付いていた写真を飾ったり、篠山紀信の写真集を買ったこともある。しかし、山口百恵が自叙伝を書いていたとは知らなかった。いや知っていても、そもそも芸能人の自叙伝など、まったく興味が無かった。ゴーストライターの書いた自慢話など、読む気にもなれない。
170120yamaguchi しかし、先の保阪正康氏の話には反応した。引退する時に書いたとすると、もう40年近く前。とっくに絶版になっているだろうから、図書館ででも借りて読んでみようか・・・
ところが、図書館で検索すると、ただの文庫本なのに、何と3人も待っている。そしてAmazonでみると、何と絶版になっていない。現在も現役の本なのだ。そして中古を買おうかと調べると、結構高い。新刊本と100円しか違わない。それで新本を買ってしまった。
巻末を見ると、2013年6月の第62刷。「発売から1か月で100万部を超え、12月までに200万部を超える大ベストセラーになった。」というのも、うなずける・・・。

読んでみると、まさに保坂氏の言う通りの素晴らしい本だった。“歌手・山口百恵”を、生身の山口百恵が観察し、それを文字にしている。ファイナルコンサーは日本武道館で1980年10月5日に開催されたが、この本はその直前の9月に刊行されたという。そんな忙しい最中で、なぜこんな本を書いたのか? その解が本文にあった。

「今、この時に、私は、私の歩んだ21年の日々、そして、芸能界というある意味では特殊な世界に生きた約8年の日々を、自分の手、自分の言葉で書き記しておきたかったのである。
それは理解ある人たちの協力で実現することになった。
自分を書くという事は、自分の中の記憶を確認すると同時に、自分を切り捨てる作業でもある。
過去を切り捨てていく――それでいい。
原稿用紙を埋めながら、私はそう考えていた。
秋の終わりに、私は嫁ぎ、姓が変わり、文字通り新しい運命に生きる。
その中に、これまでの運命の、たとえそれが暗ではなく明であったとしても、持ち込むことをしてはいけない。
もし書くことによって、終決させられるのなら――それでいい。
執筆期間、約4ヶ月の間に、様々な思いを知った。・・・・
」(山口百恵著「蒼い時」p207より)

キーワードは「終決」だった。
170120momoebun この自叙伝は、確かに本人の筆。普通は時系列で自叙伝は書かれると思うが、この自叙伝はそうではない。あるアイテム毎に、心に浮かぶ姿を文字にしている。
それにしても、多くの人が評しているように、21歳の女性が、たった4ヶ月で書いたそれまでの人生。幾ら、スタッフの助言があったとしても、これは大変な作品。読みながらスゴイと思い、読み終わって、何か心があたたかくなった。
つまり、この本の中に、自分が知っている歌手・山口百恵は居なかった。人間・山口百恵が居た。

実は自分も、入社から定年退職までの仕事について、ふとしたことから自叙伝として活字にしたことがある。しかし、最後の校正は困難を極めた。多くの人が目にする前提だったので、事柄や言葉について、結果として削るに削った。それはある人から「活字になると、ある事柄が一つの歴史、事実として残ってしまう。ひとつの文献として。それが他人に与える影響を考えて文字にしろ」というアドバイスを貰ったから・・・。書いて良いこと悪いこと・・・・。
この本も、中に出てくる他人を傷付けるのではないかと、おののきながら書いている。
実は自叙伝は、その本を多くの人が読めば読むほど、配慮が必要で、非常に難しいのである。

ともあれ、出版後37年も経って、人間・山口百恵を読んだ。しかしこの本は、絶版とならないだけの価値を持っている。歌手としてほとんどの時間を使いながら、満足に学校にも行けない状況の中で、これだけの凝縮した時間を過ごし、それを自分の文章に表せた人間が居たという事実。これが何事にも代え難い。

現役時代、谷保の三浦邸の近くに家がある同僚がいた。その同僚は、「山口百恵?よくスーパーで見かけるよ」と事も無げに言っていた。「ホント?“一度”見たいね」などと当時の自分は言っていた。
20歳でこれだけの人・・・。その人を“見たい”とは・・・
70近い自分の薄っぺらさ、そして今の無為な時間の使い方を恥ずかしく思いながら読んだ「蒼い時」ではあった。


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