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2017年1月の16件の記事

2017年1月31日 (火)

「位牌」と「墓じまい」

自分も「古希」を迎え、長寿の祝いの言葉が、身近になってきた。それに伴い、「位牌」やら「お墓」といったことにも、つい目が行く。

だいぶん前の記事だが、こんな新聞記事の切り抜きが出て来た。
「(Reライフ)位牌、私の死後は?
 ■Reライフ 人生充実
 《2年前に病気で亡くなった夫の位牌(いはい)に毎日話しかけています。子どもがいないので、私が死んだあと位牌がどうなるか心配です。 横浜市 匿名希望(76)》

 ■あり方、宗派によって様々 最後は「まつり捨て」
 「黒いお位牌にしないと四十九日法要ができない」と言われログイン前の続き、質問者は「それは困る」と必死の思いで塗り位牌を注文したという。仏壇は通信販売で購入。そこに遺影とともに安置し、夫が好きだったコーヒーを毎朝あげて手を合わせている。
 そもそも位牌とはどういうものなのだろうか。
170131ihai  「葬儀と日本人―位牌の比較宗教史」(ちくま新書)の著者、菊地章太・東洋大学教授によると、位牌の原型が登場したのは紀元前3世紀ごろの中国だという。
 仏教は紀元前5世紀ごろにインドで生まれたが、魂があの世からこの世に何度も生まれ変わるという「輪廻(りんね)転生」を教えるインド仏教には墓も位牌もなかった。
 位牌を「故人の魂が宿るもの」と位置づける葬儀作法は、中国で唐の時代に生まれた禅宗が徐々に確立させてきたという。
 日本に禅宗が伝わったのは鎌倉時代で、そのころから位牌も登場する。室町時代初期の僧の日記に「昔は位牌はなかった。(中国の)宋の時代から出てきた」という記述がある。
 当初は将軍や高僧といった特別な人たちの葬儀のためのものだった。室町幕府を開いた足利尊氏の位牌に刻む文字をどうするか相談する手紙が残っており、それを見ると、鎌倉時代に執権を務めた北条時頼や時宗の葬儀でも位牌を作ったことがわかる。庶民の間に広まったのは江戸時代中期以降だ。
 位牌のあり方は、地域により、また宗派によりさまざまだ。親鸞が始めた浄土真宗は位牌を作らないのを基本としている。
 作った位牌はどうなるのか。最後は「まつり捨てられる」のだという。三十三回忌といった一定の年数が経ったところで、墓地に埋めたり焼いたりするのが一般的だ。
 菊地さんは「しのぶよすがとして位牌はある。記憶がなくなったら価値はない。ずっと保存することにこだわらないのが、日本人の感性といえる」と話す。

 ■サポート頼む方法も 棺に入れ共に旅立ち
 浄土真宗は、どうして位牌を作らないのを基本としているのか。親鸞の教えを研究している人たちから教えてもらった。
 第一に、親鸞自身が「父母の孝養のために念仏を唱えたことは一度もない」と言ったことだ。「えっ」とたいていの人は驚いてしまうが、実はお釈迦様も「死んだ人に向かって読経しても意味がない」と言っている。
 死んだ人の運命は本人の行い(業)で決まるもので、子孫がお経を唱えて変えられるものではない。そもそも、お経は生きている人が幸せになるための教えを記録したもので、生きているときに聞いてこそ意味があるというのだ。
 第二に、最善の供養とは先祖が喜ぶことをすることだからだ。親にとって何が一番うれしいかといえば、子が幸せに生きることだろう。それには阿弥陀仏の本願を聞き求めればよいと、お釈迦様と親鸞は教える。
 阿弥陀仏の本願、つまり本当の願いとは、すべての人を幸せにしたいということ。阿弥陀仏だけを信じて正しく幸せに生きようというのが浄土真宗の教えだという。
 一方で、日本の多くの仏教宗派では亡くなった人の位牌を作り、仏壇の中に安置する作法が定着している。実は、浄土真宗でも位牌を大事にしている人が少なくない。その場合、仏壇の中に入れないようにしている人もいる。
 現代の葬送のあり方について問題提起を続け、いまは認定NPO法人・エンディングセンターの理事長を務める井上治代さんによると、質問者と同じような悩みを抱える人は少なくないという。しかし、すでによい解決策が見つかっている。「自分が死んだとき、棺の中に入れてもらうんです。そうすれば一緒に旅立つことができる。あたたかで幸せな気分になれます」
 エンディングセンターでは、喪主になってくれる人がいない人たちを支援する事業をしている。生前にきちんと契約を結んだうえで、家族の代わりとして、葬儀や死後の事務処理を取り仕切る。
 この「死後サポート」を受け、すでに何人もの人が夫や妻、あるいは両親の位牌とともに旅立ったという。

 ■忘れられることが成仏
 栃木県足利市の鑁阿寺(ばんなじ)に足利家歴代大位牌があります。図録によると、高さ約2.5メートル、代々の家長の戒名が彫られています。位牌とはこうして長年大事に守るものと何となく思っていたのですが、それは将軍家のような特別な場合に限られると知りました。ある程度の年限がたったら個人の霊は「祖霊」という先祖全体の霊の中に入っていく。個人が忘れられることが「成仏」なのだ、という説明を専門書で見つけ、深く納得しました。(高橋真理子)」(
2016/11/21付「朝日新聞」p31より)

位牌は鎌倉・室町時代に登場し、江戸時代中期に庶民に広がったという。
この記事には、「なるほど・・・」とうなずく言葉が見付かる。

「作った位牌はどうなるのか。最後は「まつり捨てられる」のだという。三十三回忌といった一定の年数が経ったところで、墓地に埋めたり焼いたりするのが一般的だ。
 菊地さんは「しのぶよすがとして位牌はある。記憶がなくなったら価値はない。」

確かに「しのぶよすが」である。四十九日でお寺で位牌に入魂してもらって、その位牌を無くなった人として、お参り供養する。しかしそれは位牌の後に「しのぶ」人がいる場合。
しかし、世代が代わって、位牌の後に個人が見えなくなると、その位牌は役割を終える。見たことも会ったこともない先祖の位牌に、あまり価値(意味)はない。だから「自分が死んだとき、棺の中に入れてもらうんです。そうすれば一緒に旅立つことができる。」という終わり方は道理にかなっている。

故人を覚えているのは、普通は祖父母まで。自分の場合、祖母が亡くなってちょうど40年になる。そろそろ忘れて良い時になったのかも知れない。
「個人が忘れられることが「成仏」なのだ」ということも納得・・・。

話は変わるが、位牌と同時に、お墓の行く末も気になる。子や孫がいる場合は、そのまま引き継げば良いのだろうが、子供がいない場合のお墓はどうなるのか?
例えば、継承者の居ない親戚のお墓の処置は、どうもこうなるらしい。

<墓じまい>
・全てはお寺との相談。
・承継者でないと、墓じまいなどの手続きは出来ないので、無縁墓の場合は、処置する人が、いったん承継者になって、その立場で“自分の管理しているお墓”を墓じまいすることになる。
・同じお寺の合葬墓地に移す場合も、市への届けは必要。
・移すお骨の氏名などの情報をリストで申請。分からないところは「不詳」で可。届けは郵送でも可。
・お墓の解体は、数十万円かかる。特にクレーンが入れない場所は高額。
・お寺への費用(離壇料等)は、様々。

お寺によっては、離壇料を数百万円要求される場合もあると聞く。特に田舎のお寺から都会のお寺への改葬は、檀家が減って困るお寺が、高額を要求する場合があるらしい。
しかし、無縁墓化が明らかな場合は、「無縁になって管理料を払ってもらえなくなり、寺の費用で墓石を撤去したりする事が必要になるのなら」と、墓じまいを容認する傾向もあるという。
無縁墓化が想定される親戚のお墓の処置を考えた時、どうすれば良いのか?

・知らん振りして(無縁墓のまま誰も継承しない)、全てはお寺に任せる。たぶん数年後にお寺の費用で撤去される。
・数百万も懸念される「墓じまい」は止めて、年の管理料を払い続ける。これだと数千円の年管理費を30年払っても、30万円にもならない。
・この際、キレイにするために、墓じまいを決心した時、「墓石の解体処分+お骨を取り出す+行政手続きの代行」の「墓じまい基本パック」というものもあるらしい(ここ)。
これだと、30万円ほどで市役所の手続きもしてくれるらしい。

承継者がいない親戚がいた場合、こんな話がいつ自分のところに降ってくるか分からない。
「終活」とは良く言うが、自分の死んだ後の処置について、他の人に迷惑を掛けないように、あらかじめ手続きしておくのも、大事なことかも知れない。

170131kotatu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月29日 (日)

「米国大統領選挙~米国メディアの問題 露呈か」~池上彰氏の話

今日の読売新聞で、こんな記事を読んだ。先日の「トランプ大統領もあながち悪くない」?(ここ)という記事の続きである。
基調講演 米国大統領選挙を取材して~米国メディアの問題 露呈か
  ジャーナリスト 池上彰氏

 (昨年)11月の米国大統領選挙では、共和党のトランプ氏が勝利しました。厳密に言えば、ここで選ばれたのは大統領選挙人で、実際には選挙人投票が行われる12月19日の本選、1月6日の開票結果をもって正式決定です。
 当初、米国のメディアの多くは盛んに「ヒラリー氏優勢」と報道していました。確かに全米の総得票数ではヒラリー氏の方がトランプ氏よりも200万票多かったのですが、最終的に大統領選挙人の数でトランプ氏に軍配が上がりました。メディアの予測はなぜ外れてしまったのか、彼らがトランプ現象を分析し切れなかったのはなぜか―― ここに米国メディアが抱える問題があるように思います。
 私は10月にニューヨークで大統領選挙を取材し、その間は現地の報道にも注目していました。まず、テレビメディアの中立公正原則が撤廃されているため、ニュース専門放送局は局ごとに支持政党がはっきりしています。当然、報道内容も支持政党に偏りがちで、中立であろうと努めているCNNでさえ、報道の端々にトランプ不支持の姿勢がにじみ出ているように感じました。
 そしてニュース専門の局以外では、驚いたことに大統領選挙は少ししか報道されていませんでした。日本にいると全米が選挙に熱狂していると思いがちですが、実は投票率はそれほど高くなく、米国人全員が関心を持っているとは言えませんでした。
 では、新聞はどうでしょうか。影響力があるとされる3紙(ウォール・ストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト)は全国紙ではなく、ニューヨークやワシントンなどのローカル紙で、各街はいずれもヒラリー氏が所属する民主党の地盤です。これら新聞社は、全米ではなく地元で取材するわけですから、「ヒラリー優勢」という記事になるのは当然と言えるでしょう。日本で私たちが見ていた報道は、実はニューヨークやワシントンに住む人の視点に過ぎなかったのです。
 また、多くの人がインターネットから情報を得ていたことも一因と言えます。フェイスブック上にフェイクニュース(偽報)がたくさん流れていたことが後になって問題になりました。ネット上に流れる嘘や誤報を信じる人が多数現れたのです。
 英国オックスフォード大学出版局が選んだ2016年の英単語は「POST-TRUTH(真実よりその先)」。この言葉は、真実よりも人々が信じる嘘や誤報の方が重視される風潮を表現したものです。私は「トランプ現象」とは、まさにこれだったのではないかと思います。この風潮に対して既存メディアはどうあるべきか、私たちも共に考えていく必要があるでしょう。

いけがみ・あきら 慶應義塾大学経済学部卒。NHK入局後、社会部記者などを経て退職し、フリージャーナリストとして活躍中。名城大学教授、東京工業大学特命教授。」(2017/01/29付「読売新聞」p6「第10回白鴎大学フォーラムin大手町」より)

ここで指摘されている大きなポイントが、2つある。一つが米国では「テレビメディアの中立公正原則が撤廃されている」ということ。もう一つが「影響力があるとされる3紙(ウォール・ストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト)は全国紙ではなく、ニューヨークやワシントンなどのローカル紙で、各街はいずれもヒラリー氏が所属する民主党の地盤」であるということ。
この事が分かると、これらのメディアの優勢報道と異なって「トランプ氏に軍配」が上がったことも理解出来る。

改めてwikiで「報道」の項を読んでみると、こうある。
報道の原則
報道は表現の自由に基づく、報道の自由や知る権利に支えられている。反面、報道は客観報道の原則を守らなければならないとされる。
報道は報道を受け取る大衆との信頼関係の上に成り立っている。 この為、報道は事実に基づいたものである必要があり、事実を追求するための取材が不可欠である。 憶測や推測に基づく記事は、信憑性が失われる原因となり、結果として信頼関係を失うこととなる。 取材をして裏付けを取り、事実を報道することが、報道の原則である。
よく、報道関係者が「真実を伝える」と発言することがあるが、これは原理的に誤りである。 なぜなら、ねつ造しない限り、事実はあくまで事実である。 だが、情報の送り手が真実を判断して、情報の受け手に伝えるということは、その時点で、情報の送り手側が事実に対して何らかの判断を下している可能性がある。 しかし、送り手側がどのような判断を行っているかを情報の受け手側は知りえない以上、この時点で原理的に報道の中立公正さが崩れているからである。 「報道は、事実をありのままに伝えること(事実を曲げないこと)」と言われるのは、この為である。
一方で日本における客観報道の定義は曖昧であり、客観報道そのものに疑問を呈する意見もある。客観報道の定義は人によって千差万別で、定まった合意がないからである。記者クラブが持つ問題点と併せ日本の報道機関の偏向報道体質はよく批判され、客観報道は空想でしかないとの意見もみられる。」
ここより)

つまり、日本で我々が目にしていた3大紙などの論調は、確かに“その地元”の「事実」は伝えていたが、自分などが勘違いしていた全国紙的な「真実」を伝えていたのでは無かった、ということか・・・。

幸いに日本では「放送法は4条で、事業者の番組編集につき、「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を義務として定めています。」とのことなので、いちおう安心!?
一方、新聞はそのような法律は無いため、各紙のスタンスはそれぞれ・・・

つまりは、我々は、幾つかの事実を伝えてくれる新聞や放送の報道を受けて、自分なりにその中から真実を見付けなければいけない。ということ。
何となく言われたことを無批判に信じてしまう自分など、まだまだ子供だな、と感じるこの頃ではある。

(関連記事)
「トランプ大統領もあながち悪くない」? 

170129nodokawaita <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月27日 (金)

「トランプ大統領もあながち悪くない」?

信じられない暴言を連発しているトランプ大統領だが、先日(2017/01/23)のテレビ朝日の「報道ステーション」を見ていたら、こんな発言があった。

富川悠太キャスター「小川さん、取材に行っていらっしゃいましたが、分断されたまま新しい政権が発足してしまった状況ですね。」
小川彩佳サブキャスター「その分断の溝が深まっていると感じたんですけど、一方で感じましたのは、どちらか一方の目線に偏ってはいけないということを、改めて突き付けられた気がします。ワシントンDCのデモを取材していましても、すごく批判の声が大きいなと感じるんですけれども、考えてみればワシントンDCでは90%以上の方がヒラリー氏に投票しているんですね。周りの都市部もそうで、集まってきやすかったのかなという部分も考えなきゃいけないな、というふうに思いますし、サウスカロライナ州の郊外に住むトランプさんの支持者の方に取材したんですが、その方が、自分たちは見捨てられたような気持ちになっていた。そこにトランプ氏がダイレクトに語りかけてくれているような気がして非常に安心感を覚えた。というふうにおっしゃっていて、どうしても行政機関も報道機関も都市部に集まっていますし、そこの目線が浮き彫りになってきてしまいがちだと思うんですけども、もう一方の目線も大事に捉えていかなければならないなと、感じました。」
「見えない声が半分、または半分弱はいるという事は、しっかりとわかっていかないといけないですね。」(
2017/01/23テレビ朝日「放送ステーション」より)

そう。小川サブキャスターの言う通り・・・。
我々はどんな出来事に対しても、一方に偏った情報だけを聞いていてはいけない。裁判と同じように、両者の意見を聞く耳を持たなければいけない。特に自分のように、信念のない人間にとって、洗脳される危険を回避する意味でも・・・
今回の、トランプ大統領についての報道は、まさに否定の一方的な報道が為されているようにも思える。どのチャンネル、どの紙面を見ても同じスタンスで、飽きた!?
逆の、トランプ氏側に立った意見は何か無いかな?と思っていたら、こんな記事が見つかった。

「(インタビュー)トランプ政権への期待 映画監督、オリバー・ストーンさん
 過激な言動で物議を醸すドナルド・トランプ氏が超大国のトップに就いた。政権批判の映画を世に出し続けてきた米アカデミー賞監督が「トランプ大統領もあながち悪くない」と意外な「評価」をしている。かつてはトランプ氏に手厳しい発言もしていたオリバー・ストーン監督に、真意を聞いた。

 ――米大統領選の結果はショックだったと米メディアに語っていましたが、ツイッターで「トランプを良い方向にとらえよう」とも書いていました。
 「ヒラリー・クリントン氏が勝っていれば危険だったと感じていました。彼女は本来の意味でのリベラルではないのです。米国による新世界秩序を欲し、そのためには他国の体制を変えるのがよいと信じていると思います。ロシアを敵視し、非常に攻撃的。彼女が大統領になっていたら世界中で戦争や爆撃が増え、軍事費の浪費に陥っていたでしょう。第3次大戦の可能性さえあったと考えます」
 「米国はこうした政策を変える必要があります。トランプ氏は『アメリカ・ファースト(米国第一主義)』を掲げ、他国の悪をやっつけに行こうなどと言いません。妙なことではありますが、この結果、政策を変えるべきだと考える人たちに近くなっています」
 ――トランプ政権下で、米国の介入主義は終わりを迎えると?
 「そう願っています。米軍を撤退させて介入主義が弱まり、自国経済を機能させてインフラを改善させるならすばらしいことです。これまで米国は自国経済に対処せず、多くが貧困層です。自国民を大事にしていません。ある面では自由放任主義かと思えば、別の面では規制が過剰です。トランプ氏もそう指摘しており、その点でも彼に賛成です」
 「トランプ氏はまともではないことも言います。かつてないくらいに雇用を増やすなんて、どうやって成し遂げられるのか私にはわからない。だがものすごい誇張だとしても、そこからよい部分を見いださねばなりません。少なくとも米国には新鮮なスタイルです」
 「彼は、イラク戦争は膨大な資産の無駄だった、と明確に語っています。正しい意見です。第2次大戦以降すべての戦争がそうです。ベトナム戦争はとてつもない無駄でした。けれども、明らかに大手メディアはトランプ氏を妨害したがっており、これには反対します。トランプ氏がプラスの変化を起こせるように応援しようじゃありませんか」
 ――プラスの変化とは?
 「例えばロシアや中国、中東、IS(過激派組織「イスラム国」)への新政策です。テロと戦うためロシアと協調したいと発言しており、これは正しい考えです」
 ――ロシアが米国にサイバー攻撃したとされる問題について、監督は疑義を呈していますね。
 「米国の情報機関について私は極めて懐疑的です。米中央情報局(CIA)は長年、多くの間違いを犯してきました。キューバのピッグス湾事件やベトナム戦争、イラクの大量破壊兵器問題です。米国は世界をコントロールしたがり、他国の主権を認めたがらず、多くの国家を転覆させてきました。そんな情報機関をけなしているトランプ氏に賛成です。だが、そうしたことは社会で広く語られません。米国社会のリーダー層と反対の立場となるからです」
 ――リベラル派が多いハリウッドは反トランプ氏が目立ちます。
 「そのリベラルと呼ばれてきた人たちが、ものすごい介入主義者と化しています。リベラルと言われるクリントン氏をみればわかります。民主党は中道右派となり、左派を真に代表していません」
     ■     ■
 ――米政府による個人情報の大量監視を暴露したCIA元職員エドワード・スノーデン氏を描いた新作映画「スノーデン」を撮ったのはなぜでしょうか。
 「私は、いつも時代に合わせて映画をつくっています。2013年にスノーデン氏の暴露を知り、衝撃を受けました。米国が監視国家だという疑いが確信になりました。スノーデン氏の弁護士の招きでモスクワに行って以来、彼と9回会って話を聞いたのです」
 「映画はスノーデン氏の証言に基づいてつくっています。彼が09年に横田基地内で勤務していた頃、日本国民を監視したがった米国が、日本側に協力を断られたものの監視を実行した場面も描きました。スノーデン氏は、日本が米国の利益に背いて同盟国でなくなった場合に備えて、日本のインフラに悪意のあるソフトウェアを仕込んだ、とも述懐しています。これは戦争行為でしょう。あくまで彼が語る話であり、確認をとろうにも米国家安全保障局(NSA)側と話すことは認められませんでした。でも、私は経験上、彼は事実を話していると思っています。米情報機関は映画の内容を否定するでしょう。米大手メディアも取り合いません。でも、そこから離れて考えてほしいと思います」
     ■     ■
 ――米議会は昨年、スノーデン氏がロシアの情報機関と接触しているとの報告書を出しました。
 「まったくのたわ言。動機も見当たりません。彼は米国の情報活動が米国の安全保障に役立つ形で改善されることを願っています。彼はまず、ジャーナリストに情報を提供したし、今も表だって理想主義的な発言を続けています。スパイがやることではないでしょう」
 「スノーデン氏がモスクワに着いた時、経由するだけでロシアに滞在するためではなかった。空港でロシアの情報機関の職員から『私たちに出せる情報はないか』と言われ、『ノー』と答えたそうです。彼は出国したがっていました。南米諸国からは受け入れの申し出もあったようですが、米政府の手がおよび、安全が確保できそうにありません。結果としてロシアが最も安全だとなったのです」
 ――就任後、トランプ氏はCIAの影響で反ロシアに陥るかもしれないと懸念していますね。
 「彼がそうなる可能性はあるでしょう。でもトランプ氏はビジネスマン。貿易を好む限り、ビジネスマンは戦争をよしとしません」
 ――トランプ政権下でスノーデン氏はどうなるでしょう。
 「トランプ氏はスノーデン氏を非難しましたが、大統領に就任後、米国の情報機関がいかに堕落したものかを知れば、違った感情を持つようになるかもしれません。ニクソン元大統領は訪中し、レーガン元大統領はゴルバチョフ旧ソ連書記長と会談しました。トランプ氏も変わり得るでしょう。彼が情報機関の本質を知るにつれ、内部告発者寄りになっていく可能性があります。ウィキリークスに情報を提供したマニング上等兵も減刑となったし、スノーデン氏にもいずれ寛大な措置がなされることを願っています」
     ■     ■
 ――映画「スノーデン」の制作にあたっては、米国からは出資が一切得られなかったそうですね。
 「米国のどの映画スタジオにも断られ、大変でした。彼らの多くは政府と関係があり、政府の何かを踏んでしまうのを恐れて自己規制したのだと思います。制作にはとても困難を伴い、なんとか配給会社は見つかりましたが、小さな会社です」
 ――かつて、監督は映画「JFK」などで、米大手スタジオ「ワーナー・ブラザース」とよく連携していました。
 「今回、ワーナーにも断られました。米国がテロとの戦いを宣告した01年以降、米国に批判的な映画をつくるのが難しくなり、そうした映画がどんどん減っています。米軍が過剰に支持・称賛されたり、CIAがヒーローに仕立てられたりする映画やテレビシリーズが目立ちます。非常に腹立たしいことです」
 ――今回は結局、どうやって資金を集めたのでしょう。
 「少額資金を集めながら悪戦苦闘。フランスとドイツからの出資が支えとなりました。欧州議会がEU加盟国にスノーデン氏の保護を求める決議をするなど、欧州は彼に耳を傾けています。2度の大戦を経た欧州は国家による監視を好まず、その危険性も理解しています。英国は例外ですけれど」
 ――そうした状況下、今後も映画制作を続けられますか。
 「わかりません。今はプーチン・ロシア大統領についてのドキュメンタリー映画を仕上げているのですが、(商業映画としては)『スノーデン』が私の最後の作品になるかもしれません。米国では映画制作への協力を得にくくなっているためです。仮につくるとしても、たぶん国外で制作することになるでしょう」
 ――トランプ氏は、彼を批判した俳優メリル・ストリープ氏をツイッターで罵倒しました。今後、米映画業界は萎縮していくのでしょうか。
 「そうなるかもしれません。ただ、私はハリウッドの政治とは一線を画しています。時に嫌われることもありますが、これまで同様、私は発言し続けます」(聞き手・藤えりか)
     *
 Oliver Stone 1946年生まれ。従軍したベトナム戦争を題材にした「プラトーン」「7月4日に生まれて」でアカデミー監督賞。」(
2017/01/24付「朝日新聞」p15より)

この記事の中で、「ヒラリー・クリントン氏が勝っていれば危険だったと感じていました。彼女は本来の意味でのリベラルではないのです。米国による新世界秩序を欲し、そのためには他国の体制を変えるのがよいと信じていると思います。ロシアを敵視し、非常に攻撃的。彼女が大統領になっていたら世界中で戦争や爆撃が増え、軍事費の浪費に陥っていたでしょう。第3次大戦の可能性さえあったと考えます」という部分には、戦慄を覚える。
言われてみれば、そうかも知れない・・

それに引き替え、メキシコとの間の壁など、破天荒な発想だが、戦争までは行くまい。まあ、中東では色々あるだろうが、ビジネスマンだそうなので、戦争よりも儲けが重要!?

ともあれ、あまりに反トランプ報道ばかりなのでつまらない。ここはヘソを曲げて、「トランプ大統領もあながち悪くない」という視点でも見てみたい。
何せ、“米国民の半分はトランプ支持”なので、100%反トランプという報道はおかしい・・よね。まあ飲み会で、「トランプはたぶん暗殺されるな。ISか、国内の有色人種に・・・」という軽口さえ出る大物だけど・・・

(関連記事)
「米国大統領選挙~米国メディアの問題 露呈か」~池上彰氏の話 

170127kuma <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月25日 (水)

ネットオークションは「メルカリ」よりも「ヤフオク」

終活に向けて?家の中の不要品をネットオークションで処分している自分だが、今日初めて「メルカリ」(ここ)を使ってみたが、やはり自分には手数料の点で「ヤフオク」が合っていると思った。

先日(2017/01/06)の朝7時のNHKニュースで、「メルカリ 山田進太郎社長 スマホの“個人間取り引き”で世界へ」(ここ)という紹介があった。スマホでのネットオークションサイトの紹介。自分が今まで使っていたのは、もっぱらヤフオク。それ以外にも流行っているサイトがあるのだ、と一度試してみる気になった。
出すのは、カミさんがデパートで買った、買い置きで余った化粧品。税込みで1万2千円ほどのもの。それをヤフオクとメルカリの両方に9000円で出品してみた。
すると、2日ほどでメルカリで買い手が付いた。メルカリの手数料を10%取られるので、入金は8100円とのこと。
メルカリは、商品が落札者に届いてOKを出した時点で、出品者に入金可能になるシステムだが、今日、商品が落札者に着いたとのことで、初めて「振込申請」をしてみてビックリ。何と振込手数料210円を差し引いて、振込金額は7890円だという。メルカリは送料込みの金額なので、送料250円を負担すると、実際の収入は7640円になってしまった。1万円以上は振込手数料は無料とのことだが・・・。

これでは安い金額で出品したCDなど、逆ざやになりかねない。例えば、送料込み400円で出品したとすると、400円-メルカリの手数料40円-送料164円-振込手数料210円=-14円で、マイナスになってしまう・・・
それで、慌てて出品済みの安いCDを取り消した。(メルカリの手数料については(ここ)に詳しい)

仕組み的には、振込手数料を節約するため、落札金額が1万円になるまで振込を待って、貯めておいて振込申請をする必要があるらしい。
それに比べて、ヤフオクは、手数料8.64%は取られるが、銀行への入金は無料でその都度自動的に行ってくれる。しかも、落札者もクレジットカード以外の支払い方法だと100円の手数料がかかるという。ヤフオクは無料なのに・・・

結局、自分のように、身辺整理で数多く出品するには、やはり慣れたヤフオクの方が良いと言うのが結論。
先のNHKニュースでは、手数料10%が必要なことは紹介していたが、「振込手数料」と落札者の「支払手数料」については、取り上げていなかった。
つい「NHKが朝のニュースでわざわざ取り上げているのだから・・」と、信用してはいけない。
同時に、公共放送が、視聴者の役に立つと思って取り上げたとしても、企業のPRの片棒を担ぐのなら、負の部分(必要な手数料)は全て紹介の中に入れなければいけない。自分のNHKへの信頼度は、最近とみに落ちたままである。

●メモ:カウント~990万

170125kuuki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月23日 (月)

「文化庁」の看板は誰が書いた?

文部科学省が早稲田大学への天下りをあっせんしていた問題。今日はとうとうNHKで「天下りあっせん 文科省が隠蔽工作 口裏合わせ文書入手」というニュースまで・・・
このニュースが流れる度に映し出される看板。
170123kanban 文科省より、スポーツ庁よりも気になる看板が「文化庁」の看板。これを見る度に、この看板は、文化庁の発足時の大臣が、しゃしゃり出て揮毫(きごう=書画をかくこと)したものだろうと想像していた。最近、あまり頻繁にテレビで見せられるので、つい調べてみる気になった。
すると、この筆は、何と書の大先生の揮毫だという。

文化庁のHPにはこう説明がある。
「Q.文化庁の看板の文字を書いたのは誰ですか。
A.文化庁の標識板(縦書体)は,平成13年1月の文部科学省発足を機に書家の成瀬映山(なるせえいざん)先生にお書きいただいたものです。」(
文化庁のここより)

wikiによると「成瀬 映山(なるせ えいざん、1920年3月1日 - 2007年7月16日)は、日本の書家。日展参事、読売書法会顧問、謙慎書道会最高顧問などを歴任。全日本書道連盟顧問。槙社文会代表。警視庁自警会審査顧問。現代書道二十人展出品(朝日新聞社主催)。聖徳大学客員教授。勲四等旭日小綬章叙勲。」だそうだ。

氏の書は(ここ)にもあるが、残念ながら、何という文字か、まったく読めない。
Netによると、氏の書風は「古典美を礎にした激しい行書の書風を得意とする」(ここ)のだそうだ

つまり、この文字は、しゃしゃり出た大臣が、緊張に震えながらヨタヨタと書いたものではなく、その道の大御所が揮毫した“有り難い文字”ということ。
誰が氏に依頼することにしたのか、そして出来上がった看板を誰が承認したのかは分からない。
しかし、省庁の看板は、芸術作品ではない。その時の権力者の好き嫌いで掲げる物でもない。長く国民の目に触れるもの。それを、多くの人が、「何だこりゃ!?」と思うものにしてはいけない。

初代大臣がしゃしゃり出て揮毫した看板も多い。それについて、2年ほど前に朝日新聞に記事があったらしい。(ここ)に全文があったので転載してみる。

大臣筆の省庁看板 字は人を表す?
「字は人を表す」という。霞ヶ関の中央省庁の看板には、発足時の大臣が筆を執ったものが多い。いかめしい省庁の看板をじっと見つめると政治家の性格や政権の特徴が透視できる、かもしれない。

170123asahi 「字の上手下手は別として、勢いがあったかなと」。5月30日に発足した「内閣人事局」の看板を書いたのは、稲田朋美・国家公務員制度相。記者会見で自らの「作品」をこう評した。みなみに、安倍晋三首相の感想は「みずみずしい筆遣い」だった。
この看板は、東京・永田町の合同庁舎8号館にある同局に掲げられている。
「独特の味わいがあっていい」と言う職員がいる一方、「毎日の通勤時にこれがを見るのは正直しんどい。ちゃんとした書家に書き直してもらった方がいい」とこぼす職員も。
1府5省で
現在の1府12省庁の看板のうち、政治家が書いたのは1府5省。1978年に発足し中川一郎農水相が書いた農水省と、2007年に発足し久間章生防衛省以外は、01年1月の省庁再編時のものだ。
当時の首相は森喜朗氏。官邸主導を強めるために新設された「内閣府」は、森氏の揮毫だ。太い線ではっきりと書かれているが、この後政権は先細りし、三ヵ月後、総辞職に追い込まれた。
書き直しも
同じ時期、木の板に墨字で「国土交通省」と書いたのは、初代国交相の扇千景氏。大きな「国」の字と対照的に「省」の字が小さく、逆三角形になっていた。就任時の会見で扇氏は「もう少し練習しておけばよかった」。
小政党の保守党・保守新党に籍を置きながら、前任の建設相も含めると3年以上も大臣を務めたが、道路公団を掲げた小泉純一郎首相と自民党道路族との痛み挟みに。官僚統率力が十分とは言い切れなかった。
そのためかどうか、まもなく看板にひびが入った。現在掲げられているのは03年に扇氏が書き直した2代目。紙に書いたものをデジタル加工でバランスを整え、板に掘り込んでいる。
同省の担当者は「板が劣化し、文字がかすれたため、扇さんに了解を得て書き直してもらった」。あくまで「文字そのものが原因で(看板を)掛け替えたわけではない」という。
片山虎之助総務相の書いた「総務省」は丸文字気味。唯一、役所名が御影石に彫り込まれている「経済産業省」は、平沼赳夫経産相の筆だ。
一方、財務省は、達筆で知られた宮沢喜一・初代財務相ではなく、一般のフォントが使われている。前身の「大蔵省」の看板を書いたのは、池田勇人首相だった。池田氏と同様に大蔵官僚から首相に上り詰め、池田氏ゆかりの保守本流派閥「宏池会」を継いだ宮沢氏は、政治の師匠の字を書き換えることはしなかった。
書家は批判
「内閣人事局」のように、発足時の大臣が役所の看板を書くという霞ヶ関の慣習は途絶えることなく続く。だが、著書「近代書史」で大佛次郎賞を受賞した書家の石川九楊さんは「権力者が身を修めることや詩文書の教養、作法を欠いたまま、看板を書くという形だけ残っている」と話し、あきし慣習と批判する。

全省庁の題字を見て回った石川さんは「こんな表札を掲げ続けていたら、東アジアの漢字圏の要人に日本が軽蔑され、官僚の士気も低下しかねない」と危惧する。
「書は自らをさらけ出す『事故暴露装置』だ。素養のない政治家が容易に筆を執るべきではない」では冒頭の内閣人事局の文字は、どんな内面を「暴露」しているだろうか。
石川さんはこう言う。「基本的で最も大切な均衡、均等、安定性を欠き、ここにあるのは見せかけの力強さや勢いだけだ。
まさに、今の安倍政権全体象徴している」安倍内閣は9月第一週に内閣改造を行い、その官僚の顔ぶれががらっと変わる見通しだ。
したたかな政権運営で知られた小渕恵三首相は、政治を志した大学時代、将来揮毫を頼まれることに備えて書道にいそしんだ。自民党に約60人いる「内閣適齢期組」にも、真夏のあいだ大望を胸に、毛筆の稽古に精を出す議員がいるかもしれない。(
2014/7/31付「朝日新聞」p4ここより)

この記事にもある稲田朋美氏の「内閣人事局」の看板は、あまりに稚拙で、品位に欠ける。何よりも、“氏らしい”出しゃばりの揮毫に、「バッカみたい」と感じるだけ。

しかし「「内閣人事局」のように、発足時の大臣が役所の看板を書くという霞ヶ関の慣習は途絶えることなく続く。」だそうだ。
憲法改定を目論む安倍政権と同様に、自らを歴史に名を残したい、という名誉欲が為せる業なのだろう。しかし本人の意向とは裏腹に、残した文字は逆の意味で「字は人を表す」のである。

実はウチのカミさんは、数年来書道に凝っている。楷書、行書までは良いが、それ以上の書になると、その良さは、我々素人には皆目分からない。文字が絵になってしまっている書には、付いて行けない。
自分が“美しい”と思ったのは、「筆まめ」の「流麗行書体」。年賀状で、この文字に出会ってからは、自分も早速「筆まめ」を買ってきてこのフォントを使ったもの。
つまり、自分にとっては、誰でもきれいと思う文体が良い文体。著名な書家の筆などは、その世界だけで通用するもの。
どんなお役人が勘違いしたのか、超芸術的な「文化庁」の看板。
一般国民のためにも、早くこの看板が落ちて割れ、普通の文字の看板に架け替えられることを祈りたい。もちろん「内閣人事局」や「スポーツ庁」「防衛省」も“普通の文字”にして欲しいもの・・・。

170123nikon <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月20日 (金)

今ごろ!?山口百恵著「蒼い時」を読む

今ごろ、37年も前の本、山口百恵著「蒼い時」を読んでしまった。これがウワサ通りの秀逸。
NHKラジオ深夜便で毎月放送されている「昭和史を味わう」。先日の「行財政改革」(2017/01/09放送)でノンフィクション作家の保阪正康氏がこんな事を言っていた。
「昭和55年に引退した山口百恵さん。私は書評は良くやるのだが、芸能人の方の書評はほとんどやったことがない。この本は良い本だよ、とある人から言われて読んだ時、ビックリした。この文章は、ゴーストライターを使わずに自分で書いたというが、内容がすごくレベルが高いというか、筆の力というのはプロに匹敵すると思いました。この本を彼女が書いたということで、本当に才能のある方だなと思いました。歌っている自分の表現の仕方を、客観化しながら書いている。普通の芸能人は、“私が”“私が”と書くが、この人のは一歩引いて、その“私が”を見ている“私”という立場で文章を書いている。この人はすごい人間の観察力のある人だなと思って、そういう書評を書きました。良い本です。」

自分は、昔から山口百恵の歌はよく聞いていた。先日もハイレゾの音源を買った(ここ)。
別に“ファン”ということは思ったことはないが、独身の頃は、部屋にレコードに付いていた写真を飾ったり、篠山紀信の写真集を買ったこともある。しかし、山口百恵が自叙伝を書いていたとは知らなかった。いや知っていても、そもそも芸能人の自叙伝など、まったく興味が無かった。ゴーストライターの書いた自慢話など、読む気にもなれない。
170120yamaguchi しかし、先の保阪正康氏の話には反応した。引退する時に書いたとすると、もう40年近く前。とっくに絶版になっているだろうから、図書館ででも借りて読んでみようか・・・
ところが、図書館で検索すると、ただの文庫本なのに、何と3人も待っている。そしてAmazonでみると、何と絶版になっていない。現在も現役の本なのだ。そして中古を買おうかと調べると、結構高い。新刊本と100円しか違わない。それで新本を買ってしまった。
巻末を見ると、2013年6月の第62刷。「発売から1か月で100万部を超え、12月までに200万部を超える大ベストセラーになった。」というのも、うなずける・・・。

読んでみると、まさに保坂氏の言う通りの素晴らしい本だった。“歌手・山口百恵”を、生身の山口百恵が観察し、それを文字にしている。ファイナルコンサーは日本武道館で1980年10月5日に開催されたが、この本はその直前の9月に刊行されたという。そんな忙しい最中で、なぜこんな本を書いたのか? その解が本文にあった。

「今、この時に、私は、私の歩んだ21年の日々、そして、芸能界というある意味では特殊な世界に生きた約8年の日々を、自分の手、自分の言葉で書き記しておきたかったのである。
それは理解ある人たちの協力で実現することになった。
自分を書くという事は、自分の中の記憶を確認すると同時に、自分を切り捨てる作業でもある。
過去を切り捨てていく――それでいい。
原稿用紙を埋めながら、私はそう考えていた。
秋の終わりに、私は嫁ぎ、姓が変わり、文字通り新しい運命に生きる。
その中に、これまでの運命の、たとえそれが暗ではなく明であったとしても、持ち込むことをしてはいけない。
もし書くことによって、終決させられるのなら――それでいい。
執筆期間、約4ヶ月の間に、様々な思いを知った。・・・・
」(山口百恵著「蒼い時」p207より)

キーワードは「終決」だった。
170120momoebun この自叙伝は、確かに本人の筆。普通は時系列で自叙伝は書かれると思うが、この自叙伝はそうではない。あるアイテム毎に、心に浮かぶ姿を文字にしている。
それにしても、多くの人が評しているように、21歳の女性が、たった4ヶ月で書いたそれまでの人生。幾ら、スタッフの助言があったとしても、これは大変な作品。読みながらスゴイと思い、読み終わって、何か心があたたかくなった。
つまり、この本の中に、自分が知っている歌手・山口百恵は居なかった。人間・山口百恵が居た。

実は自分も、入社から定年退職までの仕事について、ふとしたことから自叙伝として活字にしたことがある。しかし、最後の校正は困難を極めた。多くの人が目にする前提だったので、事柄や言葉について、結果として削るに削った。それはある人から「活字になると、ある事柄が一つの歴史、事実として残ってしまう。ひとつの文献として。それが他人に与える影響を考えて文字にしろ」というアドバイスを貰ったから・・・。書いて良いこと悪いこと・・・・。
この本も、中に出てくる他人を傷付けるのではないかと、おののきながら書いている。
実は自叙伝は、その本を多くの人が読めば読むほど、配慮が必要で、非常に難しいのである。

ともあれ、出版後37年も経って、人間・山口百恵を読んだ。しかしこの本は、絶版とならないだけの価値を持っている。歌手としてほとんどの時間を使いながら、満足に学校にも行けない状況の中で、これだけの凝縮した時間を過ごし、それを自分の文章に表せた人間が居たという事実。これが何事にも代え難い。

現役時代、谷保の三浦邸の近くに家がある同僚がいた。その同僚は、「山口百恵?よくスーパーで見かけるよ」と事も無げに言っていた。「ホント?“一度”見たいね」などと当時の自分は言っていた。
20歳でこれだけの人・・・。その人を“見たい”とは・・・
70近い自分の薄っぺらさ、そして今の無為な時間の使い方を恥ずかしく思いながら読んだ「蒼い時」ではあった。

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2017年1月18日 (水)

日本将棋連盟の谷川会長辞任へ~後任会長には三浦九段を!?

今日、日本将棋連盟の谷川会長が正式に辞任表明をした。
日本将棋連盟の谷川会長辞任へ
 日本将棋連盟は18日、谷川浩司会長(54)が近く辞任すると発表した。将棋ソフトの不正疑惑で混乱を招いたことに対し、責任をとった形だ。この問題以降、谷川会長は体調を崩していたという。
 連盟は19日に臨時の理事会を開き、その場で辞任が正式に承認される見通し。新しい会長が決まるまで務め、その後退く。谷川会長は18日午後、記者会見を開く。また、谷川会長と共に問題の対応に当たっていた島朗(あきら)常務理事(53)も辞任する意向を固めたことがわかった。
 連盟は昨年10月、対局中にソフトを使ったとして不正を指摘された三浦弘行九段(42)を同年末までの出場停止処分にした。しかし、連盟が委嘱した第三者調査委員会は同12月、不正行為の証拠はないと判断。三浦九段が処分に伴い、挑戦者に決まっていた竜王戦七番勝負(読売新聞社主催)に出場できなかったことなどから、執行部の対応に批判が高まっていた。三浦九段側は自身への補償について連盟と協議している。
 谷川会長は「将棋ファンの皆様、三浦弘行九段に誠意をお伝えするには会長が辞任するのが一番という結論に至った。対応に苦慮する中で心身ともに不調をきたすようになった。このような状況では将棋連盟に迷惑がかかると考えた」とするコメントを発表した。
 谷川会長は、第三者委の報告を受けた12月の会見で「三浦九段につらい思いをさせた。申し訳なく思っている」と謝罪する一方、連盟の対応を第三者委が「やむを得なかった」と判断したことから、「このことで投げ出すわけにはいかない」と続投を表明していた。
 今月17日の渡辺明竜王(32)の就位式で谷川会長は「第三者委の報告を真摯(しんし)に受け止め、将棋界の正常化に努めます」とあいさつした。式が終わったことで一定の区切りがついたと判断し、一連の問題の責任をとったものとみられる。
 谷川会長は1983年に史上最年少の21歳で名人のタイトルを獲得。十七世名人を名乗る資格を持つ。米長邦雄前会長の死去を受けて、12年に会長就任。会長職の傍ら、現役棋士として活躍している。会長任期は今年6月まで。(村瀬信也)」(
2017/01/18付「朝日新聞」夕刊p1ここより)

一方、告発した渡辺竜王については、こう報道されている。
「「三浦九段にご迷惑かけた」 渡辺竜王、不正問題で謝罪
 第29期竜王戦七番勝負(読売新聞社主催)でタイトルを防衛した渡辺明竜王(32)の就位式が17日、東京都千代田区であった。ソフトの不正使用疑惑に絡み、昨年10月の開幕直前に挑戦者が交代するなどの混乱が生じたことについて、渡辺竜王はあいさつの中で「メディアの取材に応じたことで三浦(弘行)九段、読売新聞社様、将棋ファンの皆様方にご迷惑をおかけしました。申し訳なく思います」と謝罪した。
 七番勝負は当初、三浦九段(42)が挑戦者に決まっていた。開幕直前、渡辺竜王は三浦九段が対局中にソフトを使って不正をしている疑いがあることを指摘し、週刊誌の取材に応じた。この記事の掲載が一因となり、竜王戦への影響を考えた日本将棋連盟が、三浦九段を出場停止処分とし挑戦者を代えた。連盟から委嘱を受けた第三者調査委員会は、三浦九段の不正の証拠がなかったと結論づけている。
 また、読売新聞社の取締役最高顧問で主筆代理の老川祥一氏はあいさつの中で「今回の事態を踏まえて、将棋界が正常な環境の下で大きく発展していくことを期待している」と述べた。」(
2017/01/18付「朝日新聞」ここより)

この一連の騒動については「三浦弘行九段のソフト不正疑惑の時系列まとめ記事(その3)」(ここ)のサイトに詳しい。
このサイトをじっくりと読んでみた。そして、ここに紹介されている第三者委員会の報告書もざっと読んでみた。

事の起こりは、こうだったらしい。
「10月3日。
三浦九段の処分前最後の対局。一致率が高いとされる4局のうちの4局目。第75期A級順位戦の対渡辺明竜王戦で、三浦九段が勝利。観戦記には終局後「渡辺の言葉は歯切れが悪かった。終盤の感想戦は一切なし。形式的に一礼を済ませると、渡辺はぶぜんとして対局室を立ち去った」と。
1701170207asahi 後に出る文春によると、渡辺竜王は終局後は「研究にハマって負けた」と思っていた。しかしこの対局を見ていた一部の棋士たちが三浦九段の手のソフトの推奨手との驚き呆れるほどの「一致」を確認。渡辺竜王がそれを知ったことで、事が動くことになる(毎日新聞の報道によると、渡辺竜王に一致を指摘したのは「関係者」とされており、前述の一部の棋士たちが直接知らせたのかわからない)。後に渡辺竜王は、三浦九段の自身との対局および過去の対局も調べ、指し手の一致、離席のタイミング、感想戦での読み筋などから「間違いなくクロだ」と確信。
また、文春はこの頃には疑惑の取材を始め、大手新聞社も疑惑を把握。
新潮の報道でも、この対局が疑惑のきっかけとなったとされている(ベテラン棋士の証言)」
「10月7日。竜王から島朗理事へ電話
文春によると、この日に渡辺竜王が島朗九段(連盟理事)に電話。
産経新聞によると、おそらくこの時期に渡辺竜王は「疑念がある棋士と指すつもりはない。タイトルを剥奪されても構わない」と対応を強く求めた(連盟会見)。ただし渡辺竜王本人は後にこの発言を「言葉のあや、解釈の違い、報道を通して本意でない形で伝わった」と否定。」
「10月10日。極秘会合
文春によると、この日に渡辺竜王、島理事に加え、羽生善治三冠、佐藤天彦名人、谷川浩司九段(連盟会長)、佐藤康光九段(棋士会長)、ソフトに詳しい千田翔太五段の7人が、島理事宅に集まり極秘会合。久保九段は電話で参加。
渡辺竜王の説明に対してシロを主張する棋士はいなかったという。
毎日新聞によると、渡辺竜王は「不正を行った三浦九段と対局するつもりはない。常務会で判断してほしい」と要求。ただし渡辺竜王本人はこの発言も後に否定。
島理事は三浦九段に連絡し問いただすも三浦九段は不正を認めず。」
(いずれもここより)

結果として、(第75期A級順位戦で三浦九段に負けた)渡辺竜王の“思い込み”が、将棋連盟を動かし、竜王戦の対戦相手を、三浦九段から負けた丸山九段に差しかえさせ、丸山九段に勝った渡辺竜王がタイトルを維持。
一方で、渡辺竜王の「産経が報道した「(三浦九段を処分しないなら)竜王戦は指さない(出場しない)。タイトルを剥奪されても構わない」」という直訴に応じた谷川会長と島朗常務理事は責任を取って辞任。

これらの一連の動きを振り返るに、案の定、関係者の断片的な発言を、マスコミが自社に都合の良い部分だけを切り取って報道し、後で発言の当人が否定、という回転をしている。
まあマスコミの報道は、そんなものなので驚かないが、告発の当人の渡辺竜王の「メディアの取材に応じたことで三浦(弘行)九段、読売新聞社様、将棋ファンの皆様方にご迷惑をおかけしました。申し訳なく思います」という謝罪には驚いた。
「ご迷惑をおかけしました」という発言で、自分が引き起こした騒動の責任を取れると思っているのだろうか? それで終われば、渡辺竜王のまさに“いいとこ取り”になってしまう。これは許されない。

そもそも「パソコンによるカンニング」が疑惑なので、三浦九段が言う「私は、連盟から上記疑惑を持たれたので、平成28年10月11日及び12日において、連盟からの要望がなかったにもかかわらず、自ら保有するノートパソコン2台、デスクトップパソコン2台、スマートフォンの全アプリを撮影した画像を提出しています。これら資料を精査してもらえれば、私の身の潔白が晴れることだと信じていましたが、連盟はこれらの資料を精査することなく、一方的に私に出場停止処分を下しました。本当に残念でなりません。」(三浦九段の「反論文書」ここより)
が出た時点で、「シロ」。
つまり、パソコンは幾ら後で削除をしても、痕跡は必ず残っており、プロが調べれば、いつ何をしたかは明白になる。自分も現役時代に、あるトラブルで、初期化されたパソコンをプロに調査依頼した所、100万円ほどかかったが、1週間ほどできっちりと調査が出来た。
つまりは、パソコンを調べればあっと言う間に白黒がはっきりしたはず。
今回発表された第三者委員会も、たぶん同じようなパソコンの調査会社に頼んだのであろう。そこで痕跡が見付からないと言うことは、今回のパソコンを使った疑惑は完全にシロ。

よって、渡辺竜王と、同様に「橋本八段は三浦九段の疑惑に「1億%クロ」とツイッターで言及している。」という指摘をした各々は、何の証拠もなく、無実の人に冤罪を被せた訳で、その落とし前をどう取るのだろう?

冷えた目で見ると、この事件の背景には、棋士の間の好き嫌い、あるいは派閥のようなものがあるように見える。それにしても好き嫌いが限度を越えている。幾らキライな相手でも、普通はこのような仕打ちまでは出来ない。
しかし、今回の場合は、あまりに大規模。将棋界の中だけではなく、週刊誌を利用し、気に入らない相手を追い落とすがごとき動きに、悪意を感じる。それをいさめる力も連盟には無い。狭い将棋界で、こんなことが起こること自体(カンニングを指摘すること自体)、将棋界は病んでいる。

同じような冤罪事件では、2009年のいわゆる「障害者郵便制度悪用事件」の村木厚子局長を思い出す。その後、村木さんは事務次官になった。
同様に、三浦九段に関係者が謝罪する方法は、将棋連盟の次期会長に三浦九段を推薦する位しかないのではないか? それならば多分名誉は回復するだろう。

(2017/01/19追)
本件をググってみると、Net上には色々な厳しい意見が載っている。読んでいて、なるほどな・・・と思う書き込みもある。
「渡辺の罪は大きすぎる。もちろん最大の罪は、自分の仲間うちの棋士や記者と共謀して自身が三連敗している気に入らない対戦相手を陥れたことだが、よくもまあ、先輩の棋士をあのような汚い仕打ちで貶めることができるものだと人間性を疑いたくなる。まさに「恥を知らない」人間の行いである。
そして第二の罪は「将棋第一人者の竜王でも市販のソフトにはかなわないのだ」と自ら社会に公表したことである。「ソフトを使われたから負けた」と訴えているのだから、論理的には当然そうなる。・・・」

「渡辺の犯罪行為は明白です。
渡辺の犯した罪は虚偽風説流布業務妨害罪
刑法第233条(信用毀損及び業務妨害)
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
証拠多数です。
週刊誌にリークしたことにも処分はあるべきです。」(
ここより)

170118panda <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月16日 (月)

「武器としての人口減少社会」村上由美子著~Uさんの読書ノート

今回の紹介は、村上由美子著「武器としての人口減少社会」という本(ここ)。
Uさんのメールには、こんな紹介文があった。

本の紹介「武器としての人口減少社会」村上由美子著
本書の著者は、現在OECDの東京センター長を務めるグローバル人材である事から、OECDの統計資料が豊富に取り込まれている。従って著者の論旨はデータによって裏づけられている。このデータだけでもお買い得である
日本は人口減で未来が無い国のように思われているが、決してそのようなことは無い。というのが本書の論旨である。経済成長と人口は殆ど関係がない。それは明治の初めから今までの150年間を見てみれば明白である。又、人口の伸長率とも、先進国では関係がない。ドイツや北欧の国は人口が減少しているにも関わらず、比較的高い成長を維持している。経済成長率をもたらすのは「労働生産性」である。そして、労働生産性を向上させる最大の要因は「イノベイション」(技術革新とその拡散仕組み、仕事のやり方の革新)と設備投資による「資産蓄積」である。労働生産性の伸びは、ほゞ「一人当たりの所得」の伸びに相当する。先進国の経済成長は主として「一人当たりGDPの成長」によってもたらされる。
日本では、生産性の向上というと「工場でのオペレーションの効率化」の話のように捉えられるが、それ以外の分野への生産性の関心はまだ低い。現在3人でやっている仕事を、労働時間を増やさず、2人でやるにはどうすればいいのかを考え実行する事です
特にホワイトカラー部門での生産性向上は重要である。A・I時代になって、真っ先に淘汰されるのが、ルーチン・ワークなどに携わっているホワイト・カラーだからである。又、労働の多様化についても、ワーキングマザーだけでなく両親の介護をしなければならない男性社員も増えていくからである。生産性を向上させ「総付加価値」を増加させるにはどうしたらいのかを真剣に考え実行しいかなければならない。その為の「知恵」を例えば、外資系企業に学ぶことや、社内研修などの投資、ヒトへの投資が不可欠と思うが各位はどう思われるであろうか?」

★「武器としての人口減少社会」村上由美子著~Uさんの読書ノートのPDFは(ここ
 オリジナルのリンクのあるWordは(ここ

この論について、コメントするには荷が重い。だから、この抄録を読みながら、頭に浮かんだことをメモしてみる。

日本の労働人口の減少に対しては、女性活用、共働きの社会、というのが、やはり日本が目指すべき方向ではないか。もちろん安心して共働きできる、保育所の充実などは、前提。
既に日本では、定年まで安心して働ける社会では無くなった。どんな会社も、定年まで安泰、という状況ではなくなった。日本を代表する企業でも、いつ何時倒産するか分からない。つまりは、それを前提に、家庭を維持する方法を労働者側が準備しておく必要がある。それには、まずはリスク回避から「共働き」だろう。

話は飛ぶが、今朝(2017/01/16)のテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」で、「驚き 死にたくなければ“女医を選べ”の理由とは」という話をしていた。
「米国の医師の学会誌に掲載されたハーバード公衆衛生大学院の津川友介研究員の、(問診が主になる内科に限って言うと)「女性医師の方が男性医師に比べて患者さんが亡くなる確率が低い」という論文が反響を呼んでいるという。
「USA TODAY」の見出しは「寿命がくる前に死にたくないって?それなら女医をつかまえろ!」。「ウォールストリートジャーナル」(2016/12/19)は「女医は治療を受けた患者にとって有益だ」、「ワシントンポスト」(2016/12/19)は「女性の方が良い医者だと建久結果が語る」。
170116jyoi これは米国の内科医5万人が治療した患者150万人のデータを解析した結果、「女性医師の方が男性医師より死亡率が低かった」という。
ドラマ「ドクターX」の監修も務めた医師・医療ジャーナリスト・森田豊氏は、「男性には男性ホルモンが活発に分泌されている。これは非常に責任感があって、そして前向きに考えてリスクを背負うという性格にするホルモン。一般的に女性医師は治療に対する方針、ガイドラインをよく守る傾向がある。そしてちょっとでも困ったら別の専門家に相談する。こういった女性医師の特有な性格とか特徴が、女性医師の方が優れているという結果につながったんじゃないかと思います」と話していた。
津川さんの論文は、65歳以上の高齢者で、肺炎、心疾患などの患者150万人を調査した結果、入院から30日以内の死亡率が男性医師は11.5%、女性医師は11.1%で0.4%の差があった。この0.4%は「統計学的に偶然では説明出来ない数値」と津川氏は言う。この数字は、内科に限って言うと、アメリカでは3万2000人に相当する。」

話を戻そう。つまり、女性の方が有能だという世界も多いと言うこと。
それにしても日本は、まだまだ働ける人を生き殺しにしてる社会のように思えてならない。
自分の出身の企業では、60歳を過ぎるとフル勤務で月給は10万円。それがイヤなら辞めろ、と言っていたという。70歳位までは、体力気力ともに、まだまだ現役で働ける。労働人口の補填には、女性以外でも、まだまだ方法はある。

そして「デューク大学のデビットソン氏は2011年、「現在の小学一年生が大人になるころには、彼らの65%が今存在していない新しい仕事就く」と予測しています。」という言葉が頭に残った。これからの時代、いかにその時代に即していけるか、という柔軟性がより求めらていくようだ。

こんな難しいデータは別にして、少子高齢化の日本で、女性力の活用などについて考えてしまった抄録であった。

170116dareka <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月14日 (土)

「賢くなるパズル」~壮大な時間の浪費??

まったくもって、はた迷惑な話である。
先日、兄貴と会った際(ここ)、やおら新聞を取り出して、「このパズルを解いてみろ」と言う。読売新聞の土曜日の夕刊に載っている「宮本パズル(賢くなるパズル)」というのだそうだ。
もらった12月24日付の新聞には、兄貴の解が書いてあるので、今更消しゴムで消してチャレンジするのも面倒なので放って置いた。

ふと、今日(2017/01/14)の読売夕刊を読んでいたら、同じような問題が載っていた。試しに「練習問題」をやってみたら、簡単!それで「挑戦問題」に取りかかったら、これがまた大変・・・
170114puzzle 数十分で、やっと一番上の行の数字が埋まった。(と言っても順番は決まらない)
このゲームは、マス目に「+-×÷」という記号が入っており、マス目の数字を計算しながら、可能性のある数字を入れていく。これが結構大変・・・

Netで検索してみると、これは「賢くなるパズル」(ここ)というもので、2004年に数学教師の宮本哲也氏が考案したものだという。
そしてこのパズルは一気にかたづけるのもであり、途中で止めると最初からやり直すことになるという。なかなかやっかいな問題。

そう言えば、前に「ナンバープレイス」という同じようなパズルがあり、いっとき凝った(ここ)。電車の中で、解いていると、他の席でもおなじようにやっている人が居た。流行っていたのか?
それに比べると、このパズルは結構大変。兄貴に電話したら、今日の問題は10分で既に解き終わったという。正解が出来たらメールで送れと言う。
こちとら、そんなにヒマではない。はた迷惑な話である。しかし、始めると止まりそうにない・・・。ギブアップも不名誉!「オレだって直ぐに解けたぞ!」と言ってやりたいが、今はblogを書くのに忙しい!?

これを書き終わったら、また始めるか・・・!?

はた迷惑を感じない方は、(ここ)に読売の記事のPDFを置くので、チャレンジしてみたら如何でしょう?(2017/01/14付「読売」夕刊p6より)
時間の浪費と言いながら、退散するのも癪(しゃく)なパズルではある。

(関連記事)
ナンバープレイス~壮大な時間の浪費?? 

170114fuyuyasumi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月13日 (金)

メリル・ストリープ、スピーチでトランプ次期大統領を批判

今日(2017/01/13)の朝刊は、トランプ次期大統領の初めての記者会見の話題で大騒ぎ・・・。
そんな騒動の中、「メリル・ストリープ、ゴールデングローブ賞のスピーチでトランプ次期大統領を批判」という話題が頭に残った。

メリル・ストリープ、ゴールデングローブ賞のスピーチでトランプ次期大統領を批判
アメリカ・カリフォルニア州ビバリーヒルズで1月8日、第74回ゴールデングローブ賞の授賞式が行われ、特別功労賞「セシル・B・デミル賞」を送られた女優のメリル・ストリープが、名指しこそ避けたものの、ドナルド・トランプ次期大統領を批判するスピーチをした。ストリープは、トランプ次期大統領が反移民の立場をとっていること、選挙運動中に障害のある記者の真似をしてからかったことを挙げ、彼を非難した。その後ストリープは、トランプ次期大統領が圧力をかけるとみられるジャーナリスト保護委員会を支援するよう、視聴者に呼びかけた。

「・・・・・
ハリウッドには部外者と外国人が大勢います。その人たちを全員追い出したら、フットボールとマーシャルアーツ(総合格闘技)以外に見るものがなくなります。しかしそれはアーツ(芸術)ではありません。このことを言うために彼らは私に3秒くれたのです。役者の仕事はただ1つ、私たちとは異なる人たちの人生に入り込み、どのように感じるのかを見る人に感じてもらうことです。そしてこの年もパワフルなパフォーマンスがたくさん、たくさん、たくさんあり、そのどれもが驚くべき情熱的な作品でした。
170113merylstreep しかし、私はこの年、あるパフォーマンスで衝撃を受けました。私の心にはそれが突き刺さったままです。良かったからではありません。いいことなんてまったくありません。しかしそのパフォーマンスは影響力があり、功を奏しました。意図的に作られた聴衆を笑わせ、敵意をむき出しにさせたのです。そのパフォーマンスがあった瞬間とは、我が国で最も尊敬される地位に就こうとする人物が、障害を抱える記者の真似をした時のことです。その人物は、特権を持ち、権力を持ち、反撃する力もその記者よりはるかに上です。それを見た時、胸が張り裂けるような思いでした。今でも頭から離れません。映画じゃないんです。現実の世界の話なんです。
このような衝動的に人を侮辱するパフォーマンスを、公の舞台に立つ人間、権力のある人間が演じれば、あらゆる人たちの生活に影響が及び、他の人たちも同じことをしてもいいという、ある種の許可証を与えることになるのです。軽蔑は軽蔑を招きます。暴力は暴力を駆り立てます。権力者が弱い者いじめをするために自分の立場を利用すると、私たちは全員負けてしまいます。これは記者にもつながる話です。報道する力を持ち、いかなる攻撃があっても権力者たちを批判する、信念のある記者を必要としています。だから建国の父たちは報道の自由を憲法に記したのです。
なので私は、とても裕福なことで知られているハリウッド外国人映画記者協会のみなさん、そしてわたしたちハリウッドコミュニティのみなさんにこれだけはお願いしたい。私に加わって、ジャーナリスト保護委員会を支援してください。なぜなら、前進するためには彼らが必要になるからです。そして彼らは、真実を保護するために私たちが必要になるからです。・・・・」(
2017/01/10付「ハフィントンポスト」ここより)

自分は、海外の女優の名前はほとんど知らない。しかしその顔は知っている。このメリル・ストリープという女優は、映画「マディソン郡の橋」で知っていた。やはり大女優だった。
このスピーチは、あらゆるテレビニュースで取り上げていた。
特に、「このような衝動的に人を侮辱するパフォーマンスを、公の舞台に立つ人間、権力のある人間が演じれば、あらゆる人たちの生活に影響が及び、他の人たちも同じことをしてもいいという、ある種の許可証を与えることになるのです。」という部分は、品の無い次期大統領の振る舞いを思い浮かべると、ゾッとする。
このスピーチに対して、トランプは直ぐに反論したが、あまりにもおぞましくて、取り上げる気にもならない。

この話を聞いて、前のこんなニュースを思い出した。
原発避難の小4に担任が「菌」発言 いじめ相談の5日後
 新潟市の小学4年の男子児童が、担任の40代男性教諭から名前に「菌」をつけて呼ばれ、1週間以上学校を休んでいることが、保護者や学校への取材でわかった。児童は5年前、東京電力福島第一原発事故で福島県から家族と避難していた。同級生からもそう呼ばれ、この担任に相談していたという。
 保護者によると、児童は11月22日、担任から昼休みに教室で連絡帳を渡された際、ほかの児童がいる前で、自分の名前に「菌」をつけて呼ばれた。この日は早朝、福島県で最大震度5弱の地震が発生。児童は福島県で働く父親と連絡が取れないまま登校した不安感も重なり、強くショックを受けた様子だったという。祝日をはさみ、24日から学校を休むようになった。
 児童は2011年の東日本大震災後、家族と新潟市に自主避難した。保護者によると、理由は定かではないが、小学3年のころから仲間はずれにされたり、一部の同級生から名前に「菌」をつけて呼ばれたりするようになったという。4年に進級すると、同級生に文房具を捨てられたり、傘を壊されたりもしたというが、児童は保護者に「守ってくれる友達もいる。大丈夫だよ」と話していた。
 ところが、11月に横浜市に自主避難した中学生が名前に「菌」をつけて呼ばれて不登校になった問題が報道されると、落ち込んだ様子になったという。保護者らは「自分も深刻ないじめを受けていると自覚したためでは」とみている。
 心配した保護者の勧めで、児童は11月17日、担任に「自分も名前に『菌』をつけて呼ばれている」と相談した。にもかかわらず、5日後、担任がその呼び方で児童を呼んだとされる。
 保護者が問題視して学校に連絡。学校が担任に事情を聴くと、担任は当初、「相談を受けているわけだし、私は絶対にそういうことは言わない」と否定した。だが11月29日、別の教諭らがクラス全員に聞き取り調査をした結果、複数の児童が「自分もそう呼んでいた」「担任の先生もそう呼んだ」などと答えた。
 校長によると「担任は『認識不足だった。何とかして謝罪したい』と話している」といい、学校側は発言に問題があったと認めている。新潟市教育委員会も問題を把握。詳しい経緯や状況について調査している。市教委教職員課の吉田隆課長は「福島は帰りたくても帰れない状況で、お子さん、ご家族につらい思いをさせているのは残念。適切な対応をしていきたい」と話している。(永田篤史、狩野浩平)」(
2016/12/02付「朝日新聞」ここより)

まさにこの話は、教師が児童たちに対し「いじめても良い」というお墨付きを与える結果となったのだ。

話を戻そう。トランプ次期大統領の言動は目を覆いたくなるものばかり。大統領になれば、選挙用のパフォーマンスも影を潜めて正気に戻るのでは?という淡い期待は、吹き飛びつつある。
それにしても、おかしい。不法移民に対する厳しい政策も、トランプ自身、いやアメリカ国民全体が、「不法移民」の末裔ではないのか?
そもそもアメリカで、移民を拒否出来るのは、アメリカ大陸の原住民だけではないのか?

それに、アメリカ大統領がプーチン大統領に“弱み”を握られているとすると、これからの世界は、ロシアの意のままに動くのでは?とつい勘ぐってしまう。
いやはやとんでもない世の中になったものだ。
世界が、悪い方へと急速に傾いているようで、ニュースから目が離せない。

170113kaikyu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月11日 (水)

「カタカナ語の乱用に違和感」

今日の「朝日新聞」にこんな記事があった。
「(声 どう思いますか)2016年12月15日付掲載の投稿「カタカナ語の乱用に違和感」

 ■カタカナ語の乱用に違和感 高校教員(北海道 52)
 本や雑誌、テレビで気になることがある。「リスペクトしている」のように、カタカナ語が多用されているのだ。「尊敬」では、なぜいけないのか。
 高校国語の教科書や問題集には、カタカナ語が当たり前のように用いられている。文章を読み解くには、カタカナ語の意味を理解することが必須。重要カタカナ語を集めた参考書も数多く出版されている。
 教育界でも能動的学習を意味する「アクティブ・ラーニング」や、授業計画を指す「シラバス」といった言葉が飛び交う。50歳を過ぎたせいか、カタカナ語乱用に違和感を覚える。
 定着したカタカナ語も日本語で表現しにくい語もある。だから、全てを否定するつもりはない。しかし、れっきとした日本語があるにもかかわらず、カタカナ語に走る風潮はいかがか。言葉は時代と共に変化する面があるものの、「尊敬」が「リスペクト」に取って代わられる日が来るとしたら、日本人としてあまりにも悲しい。(2016年12月15日付掲載の投稿〈要旨〉)
     ◇
 ■使い分ければ会話が豊かに 大学生(大阪府 21)
 日本人が時間をかけて作り上げてきた日本語と、元は外国語だったものを輸入してできたカタカナ語は、そもそも完全に同一のものではないと思います。内包する意味が微妙に異なるので、使い分けが可能になります。
 親しい間柄で「リスペクト」を使えば相手の良い点を軽妙に伝えられます。「尊敬」は重々しいと受け取られるかもしれません。一方で、格式が重んじられる場面で「リスペクト」を使うのは、誰しも違和感を覚えるでしょう。
 それぞれが異なる歴史をたどってできあがった言葉は、その裏に含まれる意味が異なるのです。カタカナ語も一概に悪とは言えず、既存の日本語では表せなかった親しみ、陽気さ、皮肉を言葉に乗せられるのではないでしょうか。場面に応じて使い分ければ、より豊かな会話ができるようになると思います。

 ■英語重視の時代、多用は自然 主婦(神奈川県 84)
 カタカナ語の多用が時に問題になる。東京都の小池百合子知事も多用している一人だ。会見や議会では「都民ファースト」や「五輪がいかにサステナブル(持続可能)であるべきか」「東京のブランディング(価値を高める活動)を徹底」といった言い回しが聞かれる。「英語が多すぎる」と批判されている。
 だが、私は疑問に思う。小学校で英語が教科になる時代だ。社会人にも英語学習が盛んに勧められている。理解できない言葉が出てきたら、批判する前に好機ととらえて辞書を引いたらと思う。使える英単語が一つ増えるではないか。
 元々の「一所懸命」よりも「一生懸命」が使われているように、言葉は時代と共に変化する。教育の中で英語が重視され、比重が高まるのも時代の流れだ。カタカナ語の多用、定着も自然でおかしくない。非難するのは了見が狭い。

 ■明治人にならい翻訳の努力を 無職(愛知県 74)
 ご投稿に同感である。2020年の東京五輪・パラリンピック会場見直しをめぐる関係者の議論で「レガシー」という言葉がよく使われた。「遺産」でいいのに。維持にお金がかかる「負の遺産」のイメージが付きまとわないよう、ぼかしているのではと勘ぐってしまう。
 カタカナ語の単語なら、まだ多くは理解できる。だが、フィナンシャルグループを意味する「FG」のように、カタカナ語がアルファベットに省略されると、さらに分かりづらくなることが多い。
 私は、カタカナ語より日本語のほうが微妙なニュアンスが伝わると思う。特に、漢字は表意文字で理解しやすい。たとえば、明治の知識人はフィロソフィーを「哲学」、エコノミーを「経済」と、漢字を使って訳す努力をした。
 先人の知恵に学んでなるべく翻訳に努め、きちんとした日本語を使いたい。

 ■日本語を大切にするのが先です 会社員(神奈川県 54)
 私は、社会全体がカタカナ語より日本語を大切にするのが先だと思います。
 一日の新聞に目を通すだけでも、あるわあるわ、カタカナ語。ガバナンス、オーソライズ、キャリーオーバー……。これらは一見簡単そうでも、正確な意味が分かりません。
 「マネーロンダリング(資金洗浄)」などと、わざわざカッコ内に日本語が併記されていることもあります。それなら最初から「資金洗浄」だけで十分ではないでしょうか。
 こんな風潮のせいか、世の中には「英語ができる」「国際感覚がある」とアピールしたくて、カタカナ語を乱用しているのではないかと思える人もいます。
 「情けは人のためならず」のように、誤用されている日本語も多い昨今です。あえてカタカナ語を使うより、日本語を大切にして、正しく使いたいものです。

 ◆節度持ち賢く使おう 中道真木男・名古屋外国語大学教授(言語学)
 「グレーゾーン」のように既存の日本語で表しにくい言葉。「アフターファイブ」のように格好をつける言い方。時代に応じて生まれるカタカナ語は多数あります。一方、「ギャル」「ナウい」といった廃れる言葉もある。新陳代謝があるのです。
 そうした中、新しいカタカナ語はつい口にしたくなるし、耳につく。それが「氾濫している」との印象につながるのでしょう。
 「シラバス」といった用語は、正確な意味が伝わる。特定のグループの内輪で使う分には問題ありません。
 ただ、グループ外の人は違和感を持つし、「ひけらかし」と受け取られる場合もある。カタカナ語はこれからも登場します。節度をもって賢く使い、既存の日本語も学びつつ、表現を豊かにしてはどうでしょう。」(
2017/01/11付「朝日新聞」p16より)

同じ話題では、以前「外国語「使われすぎ」52% 巧みな言い換え難しく」(ここ)という記事を書いた。
上の記事を読んで、自分が思い浮かぶコメントは前の記事と同じなので繰り返さないが、自分はカタカナ語大キライ人間。
まあ外国語大キライ人間なので、必然的にそうなる・・・!?

「アラフォー」だとか「セレブ」だとか、家の中だとカミさんに意味を聞ける。(でも聞いても直ぐに忘れるが・・・)
テレビでも、当然のようにカタカナ語が使われる。字幕でカッコの日本語が表示されるのならまだ良いが、上の記事にもあるように、小池都知事も多用している。
そもそも自分の考え方を相手に伝えるのが会話や演説だろう。相手が、完全に知っているカタカナ語なら問題ないが、その意味を相手が知らない場合は、何を話しても自分の意志が相手に伝わらないわけだ。つまり、難しい(一般的でない)カタカナ語を使えば使うほど、一般大衆相手では自分の言いたいことが相手に伝わらない。
小池都知事は、それを百も承知で使っているのだろう。だから、多分そこには、それ以上の目的があって、わざと使っているのだろう。イメージ優先とか・・・

アルファベットの略称も、ワケが分からない。外国では、アルファベットの略称で困っている人も居るのでは?
つまりアルファベットの3文字略称など、こじつければ何にでもなる。狭い世界での共通語としては便利だが、あまり有名でない略称は、必ずカッコで日本語を付け加えるべき。
これは読み手を考えると当然。

ともあれ、会話や文字は、相手との“コミュニケーションツール”。相手をよく見て、相手が知っている言葉で話したいもの。もちろん自分宛の話には、カタカナ語は御法度であ~る。

(関連記事)
「外国語「使われすぎ」52% 巧みな言い換え難しく」 

1701011gatsu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月10日 (火)

11年目の車検を「ユーザー車検代行」で安く済ませた話

わが家の愛車は、H18年登録のヴィッツ(1~1.5tランク)。今年の1月に11年目の車検を迎える。
前回と前々回は、ガソリンスタンドで車検をしたことは前に書いた(ここ)。
実は、今回も同じガソリンスタンドで、格安で済まそうと思ったが“玉砕”した。それで今回は、「ユーザー車検代行」に頼んで、安く(6万8千円)で済んだので、その体験談。

170110syaken 例によって、トヨタから「車検前3ヶ月前無料点検(10項目、2160円相当)」のハガキが、何と3通も届いた。それで車を持って行って点検をお願いしたら、「発煙筒の電池の交換はした方が良いが、車検はこのままで通るだろう」と言われた。そして見積は、14万6千円(法定費用込み)。2年前にトヨタで交換したバッテリーの交換まで入っていて、ガックリ。

トヨタの「このままでも車検は通る」というお墨付きを引っさげて?いつものガソリンスタンドへ。
ここでの大失敗は、対応者が店長だったこと。出て来た見積は、タイヤ、バッテリー交換も入れて、13万8千円(1万円のキャンペーン値引き込み)。「ベターな項目は全て止めたい」と粘るが、「ブレーキ調整(4千円余)だけはやって貰わないと受けられない」とのこと。それでも7万8千円・・・。期待値(前回)よりも8千円高い。ブレーキ調整と、基本料が4千円アップしており、その違い。それで、「検討します・・・」で退散。

このまま頼むのも癪(しゃく)! Netで色々と検索。「ユーザー車検」なるものがある。自分で車検場に行くのだが、体験談を読むと、やはり大変そう。すると今度は「ユーザー車検“代行”」なるものがあった。うん、これなら7万円を切りそう・・・。
今回は、“節約”よりもゲーム感覚。“負けるものか!?” まあ建前は「必ずしも必要ないものを節約」なのだが・・・。

結局見付けたのは、一人でやっている?代行業者。連絡は直ぐに付いた。そして約束の今朝、来てくれた。朝9:10に軽自動車でやってきて、乗ってきた車はわが家の駐車場に。そしてわが家の愛車を乗ってどこかに・・・・
そして2時間後の11:10にピンポーン! 「車検が終わりました。特に問題がなかったので、予定の6万8千円余(法定費用5万4千円+車検費1万4千円)でOKです」。
かくして、”勝った!!”

日向ぼっこをしながら、「ユーザー車検代行」なるものの仕組みなどを聞いたので、参考に記す。
・車検自体はディーラーと変わらない。ディーラーも車検と点検。ディーラーのメインは点検。それでダメな所があったら直して車検する。これはワンセット。
・ユーザー車検の場合は、点検の部分を省いて車検だけ。ユーザー車検となっているがディーラーでも普通の整備工場でも車検は同じ。
・トヨタなどのディーラーは、自分の所の工場で整備をして、検査ラインで検査をして、大丈夫だったら、大丈夫でしたという書類を作って陸運局に持って行く。それをまとめて持って行くので、ステッカーなどが届くまで数日かかる。
・ガソリンスタンドは、車検の出来る整備工場を持っている所と、普通の整備工場だけの所とがある。
170110syaken1 ・車検の整備をするのに、分解検査というのがある。それをするためには資格が必要。その資格を取っていれば、ブレーキのオーバーホールなどの指定部品の修理をすることが出来る。
・ガソリンスタンドも、同じ看板を掲げていても、色々な会社がある。たくさんの店舗を抱えているところは、車検センターがあって、ディーラーと同じ事をしている。
・普通のスタンドは、我々と同じように車検に通るかどうかだけをチェックして、同じように陸運局に持って行って車検を通す。
・車検項目の中に、ヘッドライトの光軸、という項目があり、それは車検用のラインのあるところでないとチェック出来ない。今回の我々も、普通のスタンドも、そこに持って行ってチェックをしてから車検を受ける。この車はチェックして、合格ラインに入っていたので何もしていない。
・ぶっつけ本番で、車検場でNGだったら、それから直す手もあるが、1回の料金で3回までしか再トライ出来ない。3回落ちると、再度料金を払う必要がある。この車では1700円。
・陸運局では、初めて来たと言えば、受検のために新設に教えてくれる。しかし初めてでは、「ハイ、ブレーキを踏んで下さい」と言われても、タイミングが合わなかったりする。
・陸運局での車検の予約は2週間前から前日まで。今日は2番目で10時半から。今日は車検場が空いていたので、車検証が出るまで15分くらいかかった。書類を書く代行もあるが、我々は自分で書く。
・自賠責保険は、自分が損保会社と代理店契約しているので、自分で処理出来る。手続きはオンラインで、直ぐに書類がプリンターから出てくる。
・基本的なチェックは、まず下回りのタイヤ下回りのブーツ。ランプが点くか点かないか。メーターパネル内の警告灯。それは別紙にリストがある。
170110syaken2 ・ディーラーなどがセットで行う24ヶ月点検と車検は基本的に違う。「スパーク・プラグの状態」は距離が来ないと交換しない車が多くなったし、「ディスクパッドの摩耗」や「ライニングの摩耗」は分解整備しないと見えない。しかしこれは車検項目にはない。シェ件項目はブレーキが効くか効かないか。だから24ヶ月点検でこのような消耗品は見て貰っておいた方が、安心は安心。
・この車は6万キロなので、交換する部品は無いでしょうね。たぶん消耗品の交換もしていないでしょう。車によっては、消耗が激しい物もあるが。
・この車も次回の13年になると従量税が上がる。13年で1万円くらい、18年で5000円位上がる。自動車税も上がるかな?
・車検は、年式も何も関係無い。ダメな所が無ければ良い。
・ユーザー車検も、一時に比べると下火にはなっている。今は宣伝の効果で、オートバックスなどが流行っているが、料金はディーラー並みで高い。でもディーラーは高いという意識があるので、ラジオのCMなどで「安くて安心」という宣伝をたくさんしている。スタンドだと、アルバイトの子などが多いので、少し心配。オートバックスなどは分解整備を勧めてくる。分解点検は消耗品のチェック。
・車は乗り方と、どこまで乗るかだが、普通のゲタとして使う分では、壊れたら直す、で良いと思う。今の車は、何かあると乗っていて違和感が出てくる。例えば、ブレーキだったら音が出るとか、液が漏れてきたとか、その時に弁交換。
・ディーラーも修理工場も整備でやることは同じ。でも技量が違う。ディーラーが良いのかというと、一概にそうとも言えない。整備士を見て貰えば分かるが、皆さん20代。ただ台数的にはやっているのでそれなりに信用は出来る。しかし経験値としては少ない。街の修理工場は、30~40代の方がやっているが、値段は言いなりになってしまう。
・どこでやっても、故障の発生は同じ。ディーラーは安心感を買っている。24時間点検でも、実質は1時間半もあれば終わる。整備の仕方も昔に比べると変わった。前は故障する前にブレーキのオーバーホールを4年に1回はやったので、修理代がかかった。動きが悪くなるので、車検の時に事前にやりましょうと。今はディーラーでも、壊れていなければチェックだけ。ムダな整備費が一時問題になったので、今はチェックしてOKだったらやることはない、という考え方。
・ベンツやアウディなどは、ブレーキパッドなどもセンサーが付いているので、基本的に見る所がない。でも整備費は高い。(会社の維持のために?)

<今回の総括>
・前回までは、ガソリンスタンドに頼んだが、代車無料(保険料1千円)でも、スタンドに持って行って、出来上がったら取りに行った。今回は、家に取りに来てくれて、届けてくれるので、手間が全くかからなかった。
・ヘッドライトの光軸調整は、どこに頼んでもちゃんとやるので同じ。
・その他の整備項目は、“ベター”の項目(バッテリー交換など)であって、車検とは関係無い。
・安く車検を“通すだけ”なら、「ユーザー車検代行」も有用。少なくても自分はこれで充分。
・ディーラーだと、ステッカーや車検証が後から送られて来たりして面倒だが、今回は直接車検場に持って行くため、全てが1日で終わる。

前回と同じ事を書く。
「トヨタ車は優秀である。タイヤやバッテリー、オイルなどの消耗品はちゃんと取り替えるが、それ以外は何の整備もしなくても、11年目の車検は“通る”」(予防保全は別)

前にも書いたが、新車を買って、初めてガソリンスタンドに持って行った時(車を受け取って、先ずは給油!)、「オイルが汚れているので取り替えましょう」と言われたことが自分のトラウマになっている。よって、車の整備については、まったく信用していない。
今回の11年目のヴィッツも、6ヶ月、12ヶ月、(24ヶ月)点検は全くしたことはない。ただし、3年目、5年目は、ディーラーに頼んだので、24ヶ月点検はしたのだろう。しかし、7年目と9年目はガソリンスタンドに頼んだ。まあこれも何か点検したのだろう。しかし、今回は、何もしなかった。と言うより、ちゃんと動いていたので、する必要が無かった!?
かくして11年目の車検は、「ユーザー車検代行」で格安で終わった。

さて、もう2年乗って13年目はどうするか・・・。我が家のヴィッツは、ぶつけない限りノントラブル。よって、新車を買う気が起こらない。
先日頑張ってタイヤのローテーションもしたし、まあワイパーのゴムくらい変えてやろうか・・・。トヨタ車は優秀であ~る。

(関連記事)
車検をガソリンスタンドで安く済ませた話 

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2017年1月 7日 (土)

今ごろ?「ER緊急救命室」・・・・

元旦から、テレビドラマ「ER緊急救命室」を見ている。
きっかけは、早起きのカミさんが居間でテレビを点けたら、たまたまテレビ東京で放送中の「ER緊急救命室3」を見たこと。それで「面白そうだから見ようか・・・」という事になった。
170107kyuumei 自分は、米国で大ヒットしたこの番組を昔から知っており、見たこともあったが、何かせわしないシーンばかりで、止めてしまった。まあ今回はカミさんに付き合って一緒に見ようかと・・・
Netで検索すると、色々な局で再放送していた。シーズン15まであるらしいが、WOWOWではシーズン13をこれから放送するらしい。
でも、まあ最初から見るか・・・と、宅配レンタルを申し込んで、見始めた。今日は、シーズン1の13話まで見た。
このドラマが始まったのは1994年と言うから、もう20年も前。でも、見ていてもあまり古く感じない。まあ通信手段が電話だけ、というのは古いが・・・
Netでみると、アメリカで放送済みのものでも、“シーズン1は全25話、シーズン2からシーズン12およびシーズン15は全22話、シーズン13は全23話、シーズン14は全19話”というので、25+22×12+23+19=331話×45分=248時間。
まあ、途中で飽きる可能性もあるが、韓ドラのいわゆる“イジメ”は無さそうなので、しばらく見るか・・・

話は全く違うが、今朝の朝日新聞の「天声人語」。
「フライドチキンを世に知らしめたカーネル・サンダースは、65歳のころ一文無しだった。車掌、機関士、保険セールスなどどれも長続きせず、給油所は倒産、カフェは焼失した。65歳を過ぎて自慢のチキン調理法を教える商売を始め、大当たりした▼「65歳までに手に入れたことを結集すれば新しいスタートが切れる」。90歳で亡くなるまで働き続けた彼の言葉だ。「さび付くよりすり切れる方がましだよ。じっとしていてさび付くより身を粉にしている方が好きなんだ」▼65歳から74歳を「高齢者」から切り離して「准高齢者」と呼んではどうか――。医師や研究者らでつくる学会が提言した。いわく脳の働きや歩く速度、要介護の認定率などからみて、以前より健康な人が増えた。ゆえに「高齢者」の定義を見直すべきだという▼学会の発表資料に登場したのが『サザエさん』の父波平さん。いまの感覚では70歳ほどに見えるが、実は54歳という設定だった。漫画の連載が始まった昭和20年代の54歳はあんな雰囲気だったか。一昔前まで55歳が退職定年だったことを思い出す▼心身の衰えるスピードは人により大きく異なる。誰もがカーネルおじさんのように最晩年まで働きたいわけではない。それでも60代半ばからの黄金の10年を「現役世代の続き」と位置づける発想にはうなずく人も多いだろう▼提言では65歳から上が准高齢者、75歳以上が高齢者、さらに90歳以上は超高齢者とされた。敬老の日も3通り必要になるのだろうか。」(2017/01/07付「朝日新聞」「天声人語」より)

ケンタッキー・フライドチキンの創設者が、65歳スタートとは知らなかった・・・
「さび付くよりすり切れる方がましだよ。」という言葉は、だらだら過ごしている自分にはキツイ・・・

こんな人生もある・・・。
自分のように、毎日がこんなテレビ漬けで良いのだろうか・・・
こんな言葉に負けずに、テレビドラマ三昧の、正月のわが家ではある。

170107kouji <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月 4日 (水)

エドゥアルト・シュトラウス作曲「カルメン・カドリーユ」

今日から仕事始めの会社も多い。でも昨年リタイアした自分は、今年からフリーなのだ。
それで、もうそろそろ空いているかと、今日初詣に行ったのだが、まだまだ混んでいる。
今日は、そんな正月にちなんで、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートでの音楽を聞いてみよう。それは「カルメン・カドリーユ」という曲。
先日のFM放送で聞いたのだが、その解説ではこんな事を言っていた。(2016/11/27放送「奥田佳道の“クラシックの遺伝子”」より)
「たぶん世界で一番有名なオペラのビゼーの「カルメン」。それをヨハン・シュトラウス兄弟のワルツ王の弟のエドゥアルト・シュトラウスが、カルメンの有名なメロディーをメドレーにして舞踏会で踊るダンスナンバー、カドリーユという音楽にしました。」
「カドリーユというのは、5つの種類の違う音楽をつなげたものが基本だが、カルメンの美しいメロディーとメロディーの間をつなぐ音楽はエドゥアルト・シュトラウスが、ダンス音楽として書いている。そのつなぎめの部分の音楽で、パートナーを変えたり、踊る場所を移動したりしていた。ウィーン宮廷の歌劇場でいかにビゼーのカルメンが喝采を博していたか、そして舞踏会に集う人びとが皆このメロディーを知っていることが前提。・・・」
「この5分11秒にカルメンの名フレーズが入っている。今どきの言い方を許されれば、“5分で楽しむカルメン”」

それを、2012年1月1日にウィーン、ムジークフェラインザールのニューイヤー・コンサートで、マリス・ヤンソンス 指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が演奏している。

<エドゥアルト・シュトラウス作曲「カルメン・カドリーユ」ヤンソンス/VPO>

「冗談音楽」というジャンルがあるが、聞いているとそれに似ている。しかしこれは、れっきとしたウィーン・フィルが演奏している。これはホンモノの演奏である。

ここに今まで何度同じ事を書いたか分からないが、とにかく時間が経つのが早い。あれよあれよという間に、歳を取っていく。
今年はじっくりと、何かを成し遂げねば・・・?
でも自分のモットーは「ムリはいけない」・・・
カミさんから「たまにはムリをしたら?」と言われるが、まあ今年もごゆるりと・・・!?

170104pasiri <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月 3日 (火)

兄の72歳の誕生会

何と、昨日(2017/01/02)は、弟の発案による兄貴の“72歳の誕生会”に参加してしまった。
連れ合いを亡くして5年半。兄貴は昨日で、72歳になった。近くに住む弟が、色々と面倒をみてくれているが、その兄貴を自宅に呼んで、誕生会をするというので、自分も“ちん入”することにした。
久しぶりにそろった3兄弟。ウチのカミさんが手作りしたケーキで、“Happy birthday to you”を歌おうとしたら、何と義妹が小さなハープを持ってきた。聞くと最近習っているという。(あとで調べたら、「グレースハープ」という名で、膝に乗せて演奏する物らしい。)
そのナマのハープの音に合わせて「Happy birthday to you~~~」を歌った!!
そして、これもカミさんが100円ショップで見付けた「Happy birthday ・・」の音の出るロウソクに火を付けて、72歳の爺さんが“フ~~!”

こんな儀式に縁のない兄貴が、それをしている姿は、ある意味滑稽でもある。でもまあ、72歳を筆頭に、69歳の自分と64歳の弟の老人3兄弟がそろったこと自体に、感謝せねば!?

弟の家には、お袋が亡くなったとき以来、3年ぶりの訪問。昨年買ったという居間のテレビがデカイ。55インチだという。それを1m余で見ている。今はそんな時代か・・・。
まずは仏壇にお参り。位牌は全て弟が管理してくれているので、小さな仏壇から、たくさんの位牌が溢れそう。

今回、兄弟に聞きたかったことは、夢にお袋が出てくるかどうか・・・
「親父が亡くなった時には、一切夢に出て来なかったが、お袋が亡くなってから、夢によく出てくる。しかも、お袋につられて親父まで出てくるようになった」と言うと、弟は「夢に出て来たことはない」と言う。しかし兄貴は「親父もお袋もよく出てくる」と言う。
この言葉で、とりあえず、ホッとする。自分だけ“たたられて”いるようではないようだ。
兄貴に「どんな夢?」と聞くと「日常のこと」で、あまり覚えていない。まあ自分も、少し時間が経つと忘れてしまうので、まあそんなもの・・・。

そして、いつも出る話題は、“自分たちは良い時代に現役を過ごせた”ということ。
兄貴も自分のペースで仕事を伸び伸びやったし、弟も会社の大ピンチのときも、何とか会社に踏み止まって、来年の65歳の定年を迎えられそう。そして自分も、行け行けドンドンの時代に現役時代を過ごせて68歳まで勤められた。これは、今の時代を生きる人からみると、羨ましい人生だった・・・!?

これからは、健康と老化に目が行く。聞くと、兄貴も常に飲んでいる薬は、便秘薬くらいだというし、弟は特に飲んでいないという。それに引き替え自分は、“心臓が規則正しく動けよ!薬”と“胃酸は出過ぎるなよ!薬”の2種類を常用している。つまり、健康的には、自分が一番やばそう・・・。でも、お互い重大な病気にはなっていないので、これは有り難い。

元旦に貰った年賀状をめくりつつ、それぞれ相手の年齢を数えてみると、昔の同僚も、次々と80歳を越えていたり、それぞれが“もうトシ”。幸いなことに、訃報はほとんど無いので有り難いが、これからは健康問題の話題が中心になっていくのだろう。

自分はもちろんだが、自分たちが生きてきた回りの人たちも、確実にトシを重ねている。
ひょんな事で、72歳の誕生会という珍事?に参加してしまったが、とりあえずは、兄弟が健康で集まれる幸いに感謝してしまった。

義妹の料理に皆で舌鼓。そして帰り時間になって、また仏壇に手を合わせた。そしてお袋に「もう夢に出て来ないでね!」と・・・
その甲斐あってか?少なくとも昨夜の夢には、お袋も親父も出て来なかった。
夢の原理は良く分からない。兄貴も見るというので、気にはしないが、そろそろ“親から脱皮”したいものではある。
また、もし来年も誕生会をするというのであれば、またちん入したいもの。そして、それが少しでも長続きすることを祈りたい。

●メモ:カウント~980万

170103hara <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年1月 1日 (日)

今日は元旦~福島・高野医院長、火災で亡くなる

あけましておめでとうございます。
170101aisatu 当サイトも、11年目に入りましたが、今年もよろしくお願いします。
ちなみに、この写真はカミさんの筆を少し加工したもの・・・

さて、今朝の分厚い新聞。気になった記事を見付けた。福島の避難区域で唯一診察を続けていた、高野病院の院長の自宅が火災に遭ったという。Netで検索すると、「福島民報」の記事が詳しい。

高野病院長火事で不明 自宅から男性遺体、確認急ぐ 広野
 30日午後10時半ごろ、広野町下北迫、高野病院院長の高野英男さん(81)方から火を出し、木造平屋住宅の一部を焼いた。焼け跡から男性一人の遺体が見つかった。高野さんの行方が分かっておらず、双葉署は遺体が高野さんとみて、福島医大法医学講座で司法解剖し身元の確認を急いでいる。高野さんは東京電力福島第一原発事故後、町内にとどまり入院患者の診療を続けるなど、双葉郡の地域医療を支えている。
170101takano  双葉署の調べでは、高野さんは一人暮らしで出火当時、一人で家の中にいたとみられる。住宅はログハウス風で、ワンルームの造りとなっている。室内南側の燃え方が激しいという。
 高野さん宅は高野病院の敷地内にあり、警備員が火災に気付いて119番通報した。富岡消防署楢葉分署が消火に当たった。双葉署が原因を調べている。
 高野病院には出火当時、102人の入院患者がいたが全員無事だった。
 高野病院は広野町役場から北東に約1キロの高台にある。
震災後避難せず診療
 広野町は原発事故で緊急時避難準備区域に指定されたが、高野病院は寝たきりの患者がいたため、高野さんら関係者は避難せず診療を続けた。
 高野病院の現在の診療科目は精神科、心療内科、内科、消化器内科で病床数は118床。双葉地方で唯一、入院患者を受け入れている。現在、常勤医は高野さん一人で、非常勤医9人とともに医療活動に当たっている。
 高野さんは南相馬市出身、福島医大医学部卒。いわき市で勤務医を経験した後、昭和55年に広野町に高野病院を開業した。
 広野町の遠藤智町長は「高野さんには双葉地方の医療を支えていただいている。大変、心配だ」と語った。
 高野さんが主治医だという広野町の会社社長赤井博道さん(67)は「物静かで勉強熱心な医師。無事でいてほしい」と心配そうに話していた。
今後の診療態勢協議 高野病院や県、町など
 高野さんの行方が分からなくなっていることを受け、高野病院と県、広野町、周辺市町村の医療関係者らは31日、今後の診療態勢などについて協議を始めた。
 高野さんの次女で同病院事務長の高野己保さん(49)によると、9日までは非常勤医と南相馬市立総合病院から派遣される医師が診療を担当するという。
 その後については、病院側と県、福島医大などが対応を検討するという。」(
2017/01/01付「福島民報」ここより)

この81歳の老医師を知ったのは、NHKのETV特集「原発に一番近い病院 ある老医師の2000日」(2016/10/8放送、ここ)という番組を見てだった。

この番組の解説にこうある。
「福島第一原発から22キロ離れた双葉郡広野町の高野病院。院長の高野英男さん(81)は170101takanoisi 現役の医師として診療を続けている。5年前の原発事故で、病院を取り巻く環境は大きく変化した。原発周辺の病院が休止しているため、救急車が殺到。地域医療が崩壊する中、除染など復興作業に携わる“新たな住民”や、原発事故によって居場所を失ったお年寄りたちの最後のとりでとなっている。孤軍奮闘する老医師、その2000日を見つめる。」(ここより)

改めてこの番組を見てみたが、高野医師は歩くのもよたよた。
「本当、この5年は疲れましたよ。歩くとき、時々よろけたりする。あれは今年5年たってからです。急に。もちろん年齢も年齢ですけどね。当たり前なんでしょうけど・・・」
「本当はもっと早く引退したいんですけども、この災害から今までの現状をみると、これはもう一種の義務感みたいなものが加わりましたね。・・・」

という言葉が重い。
テレビを見ると、高野医院長は、タバコを吸っていたので、体の自由がきかないことも合わせて、タバコの火の不始末での出火かも知れない。
あまりの突然の出来事に、「本当にお疲れさまでした」としか言い様はないが、この病院の世話になっている患者の心中はいかばかりか・・・

そして、このような老医師に頼らざるを得ない福島の現状・・・。
もうすぐ6年を迎えるが、まだまだ時間はかかる。

話変わって、今日は元旦。年賀状が来る。
印刷だけの殺風景な賀状に混じって、数行の肉筆が入った賀状もある。今日、それで大発見?があった。
学生時代のある女友だちと、賀状だけは交わしているのだが、今年の年賀状に、こんなコメントがあった。
「いかがおすごしですか?わが家は昨春、娘が結婚してほっとしています。良い年でありますように!!」
一見、何の変哲もないコメントだが、「子供が居たんだ~」というオドロキ・・・!
つまり、さすがに女友だちだと、手紙やメールのやりとりはない。
思い出すと、自分がまだ会社の独身寮に入っていた時に、結婚するという手紙を貰い、それ以来、年賀状だけは交わしていたが、そこに数文字書かれている情報だけがすべて。あれから40数年・・・
その数行には、今まで一切子供のことが書かれていなかったので、当然子供はいないとばかり思っていた。それなのに、娘さんがいて、結婚したという。
賀状は、孫の話が多いが、神秘のベール?が一枚めくられる賀状もあるのである。こちらまで、つい嬉しくなってしまう・・・・!?

今日は暖かく、雲一つない真っ青な空。愛犬との散歩にはちょうど良い日だった。
いつもの日と変わらぬ、元旦ではある。

170101fami <付録>「ボケて(bokete)」より

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