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2016年11月24日 (木)

横浜市の「原発避難いじめ」に思う

日々流れるニュースで、イジメに関する話題ほど、心が痛むものはない。先日の、横浜市に避難した原発被災者に対するイジメは、その冴えたるもの。

本件について、各紙に掲載された社説を色々と読んでみた。
その中で、信濃毎日新聞の社説である。
原発避難いじめ 差別をはびこらせるな
 いわれのない差別やいじめに苦しむ子どもと保護者の訴えを、学校も教育委員会も正面から受けとめようとはしなかった。その姿勢は厳しく批判されなければならない。
 原発事故が起きた福島県から横浜市へ両親と自主避難した男の子が転校先の小学校でいじめを受けた問題である。中学1年になった今も不登校が続いている。
 いじめは小2の転校直後に始まり、同級生から名前に「菌」を付けて呼ばれた。小5に進級した一昨年には、ゲームセンターなどで遊ぶ費用や食事代を払わされた。「賠償金があるだろ」と言われ、総額およそ150万円を家から持ち出している。
 学校は両親から相談を受け、同級生らに事情を聴いた県警からも連絡があった。なのに対応していない。内部調査で男の子が自分から渡したと判断し、いじめとは認識しなかった。市教委も「介入できない」との姿勢だった。
 「なんかいもせんせいに言(お)うとするとむしされてた」「いろんなはなしをしてきたけどしんようしてくれなかった。だからがっこうはだいっきらい」―。
 男の子は小6だった昨年、手記につづっている。子どもからこんな悲痛な叫びをぶつけられる学校とは、いったい誰のための場所なのかと思わされる。
 いじめを受けて自ら命を絶つ子が各地で絶えない。手記は、自分は死を選ばなかったことを伝えたいという男の子の強い意思で公表された。
 「なんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」。けい線をはみ出す力強い字に必死な思いがにじむ。
 両親がいじめ防止対策推進法に基づく調査を求め、市教委が第三者委員会に諮ったのは今年1月。男の子が不登校になって1年半余も過ぎてからだ。第三者委は報告書で、学校の対応を「教育の放棄に等しい」と非難している。
 それとともに見過ごせないのは、福島からの避難者を差別、排除する意識が社会に深く巣くっていることだ。それが子どもたちに投影されていないか。「放射能がうつる」などといじめられる事例は震災後、各地で相次いだ。
 お仕着せの対策ではなく、差別と排除をはびこらせないために大人がどう行動するかが問われている。子どもが生き生きと学び育つ権利をどうすれば守れるか。保護者や住民も関わり、教育の場で主体的な取り組みを起こしたい。
」(2016/11/19付「信濃毎日新聞」社説より)

前にテレビで見た横浜市教育長などの記者会見は、あまり愉快なものではなかった。とても、血が通っているようには見えなかった。
世の中から、陰鬱なイジメを無くすためにはどうすれば良いのだろう。

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(声 どう思いますか)10月30日付掲載の投稿「いじめ加害者の親にも刑事罰を」
 ■いじめ加害者の親にも刑事罰を 無職(千葉県 65)
 青森県の女子中学生が、いじめを苦に自ら命を絶った。彼女が写っていた夏祭りの写真。その表情は実に屈託がなく、幸せそのものに見える。しかし本当は、つらく悔しかったろう。想像するだけで胸が張り裂けそうになる。なぜ、いじめがなくならないのか。様々な対策を見聞きするが、手ぬるいがゆえに、あまり成果が出ていないように思える。
 いじめ根絶には、加害者側に厳しく対処すべきだ。過激な提案のようだが、加害者本人だけでなく親権者の刑事責任も問う「連座制」を設けてはどうか。18歳未満の子どもの行動には、親権者が責任を持つべきだ。親も懲罰を受ける可能性があれば、親権者は子どもの行動により注意を払うはず。親に迷惑をかけないように、子がいじめをやめる抑止効果も期待できる。
 加害者側が痛みを感じる社会でないと、いじめがなくなることなどない。親子連座制は有効な対策と考える。失われた命は戻らない。悲劇を繰り返してはだめだ。(10月30日付掲載の投稿〈要旨〉)
     ◇
 ■親にも責任、見抜けぬのは怠慢  団体職員(岐阜県 53)
 ご投稿に共感した。いじめ加害者のありように、家庭が関わっていないはずはない。我が子のいじめのサインが見えないとしたら、親の怠慢に尽きる。
 教師をしている友人によると、学校からいじめ行為の指摘を受けても、「うちの子だけですか」「他の子に唆されているのでは」と子を擁護する親が少なくないという。
 いじめという重大事を軽視する親の姿勢は人権軽視にほかならず、それがしばしば子に反映されるのが「いじめの本質」だ。人権軽視が高じて人命軽視になり、ひどいときは命が失われる。
 加害者が罪を償うのは当然だ。また、親もそれに準じて扱われるべきだ。わが子を止めず、被害者やその家族の人生を変えてしまった親が刑事罰を負うことに、何ら疑問を感じない。親には、真剣に我が子に向き合う義務がある。

 ■親子は別、厳罰化にも疑問  NPO法人理事(神奈川県 41)
 ご投稿は、公職選挙法の連座制からの連想ではないか。悪質な選挙違反があった場合に当選が無効になるものだが、背景には候補者と秘書らを一体としてとらえる考え方があると思われる。
 仮に、いじめ対策に「親子連座制」を導入するなら、「親子は一体」ととらえることを意味するのだろう。だが親子といえども行動は一体ではなく、子どもは親の付属物でない。連座制はおかしい。
 「親子連座制」を導入しても、処罰できるのは、法に触れる行為で、加害者を特定できる場合に限られる。ネットいじめの場合は加害者の特定が難しいし、被害と加害の関係が流動的ないじめもあり、現実的でない。
 未成年者が起こした不法行為についての損害賠償責任は親権者などが負う。「親子連座制」は、刑事責任ではなく民事責任の中で考えるべきだろう。

 ■どの命も重いと理解させよう  作業療法士(東京都 41)
 後を絶たない痛ましい事件。「いじめ防止に即効力のある手立てを」という思いになります。しかし、罰を受けるから、親に迷惑をかけるからいじめをしないというのは、根本的な解決にならないでしょう。
 9歳の末っ子はダウン症です。「変な顔」「キモい、こっち来るな」とからかう子もいます。上のきょうだいたちも弟のことで、時に嫌がらせを受けます。私はからかう子に気づくたび、ダウン症について説明したり、先生に対応をお願いしたりしています。
 世の中には様々な人がいて、どの命も重いと子どもたちが理解できれば、いじめないでしょう。それを理解しない子がいるなら、環境に原因があります。幼児期から教育し、いじめを早期発見し、問題を見つけたらその都度、解決を図る。遠回りでも、それしかないと思います。

 ■子供たちの感性磨くことが大切 無職(大阪府 68)
 加害者だけでなく、親権者にも「連座制」責任を問うことに疑問を覚える。おそらく家庭内での親の関わりや、管理、教育責任を問う問題提起と考える。だがいかに罰則を強化したところで、どれだけの抑止効果が期待できるのだろうか。また、どんな罰則を科せばよいのか。
 遠回りに思えるが、周囲の大人たちが子供たちと関わりを持ち、ぬくもりを感じる言葉をかけることで、子供たちの感性を磨いていけるのだと思う。子供たちにとっては、見守られているという安心感につながる。
 まずは「いじめ、暴力は絶対に許さない」との断固とした気風を醸成することだ。他者の痛みや苦しみを共有できるか、善悪の判断基準を持てるか、そして無関心を装うことの功罪など様々な視点から、学校も家庭も社会全体も考えていくべきではないだろうか。

 ◆親への支援こそ有効  非行に詳しい須永和宏・前東京家政学院大教授
 家裁調査官として長年、少年や少女たちと向き合ってきました。確かに、「子の不始末は親の不始末」との意識は社会に根強くある。それだけ問題が深刻なのでしょう。
 ただ、いじめ問題は複雑。ある高校生は級友をいじめて暴力をふるっていたが、自身も過去にいじめられ、暴力を受けていた。人間不信に陥って親をはじめ大人に心を閉ざし、警察沙汰になっても取り調べでは事情を明かさなかった。家裁調査官とじっくり話をする中で重い口を開いた。こうした子を抱える親も悩んでいる。そうした中で、厳罰で対処すれば子ときちんと向き合うようになり、いじめが防げるといった問題ではない。
 問題を抱えた子を持つ親向けに関係機関が相談や指導に当たり、親子関係立て直しを促すことが求められます。」
(2016/11/23付「朝日新聞」p16より)

つまりは、もう刑事罰まで考慮しないといけない所まで来ている、ということか・・・。
学校もダメ、教育委員会もダメ、警察もダメ。すると刑事罰を与えるからと脅して、親を動かすしか方法は無い・・・!?

そもそも「罰」が怖いので、動く、ということは長続きはしない。しかし、「それでは、即効ある代替案は?」となる。
つまり、各紙から読み取れる横浜市の対策は、「指示した」程度で、到底即効性があるとは思えない。

今朝の朝日新聞の社説にこうある。
被災いじめ 再発防止をめざすなら
 事実をはっきり示さないまま教育現場に「いじめ問題への取り組みの徹底」を指示して、果たして実が上がるのだろうか。
 原発事故後、福島県から横浜市に避難した小学生がいじめを受けた問題で、市教育委員会が市立の小中高に通知を出した。
 いじめ防止対策推進法にもとづき、市教委の諮問をうけて今回の問題の調査にあたった第三者委員会の提案を踏まえた。
 理解できないのは市教委による第三者委の報告書の扱いだ。全26ページのうち公表されたのは答申部分の7ページと目次だけ。しかもあちこちに黒塗りがある。
 実際にどんな問題行動があったのか。学校や市教委はどう判断し、いかなる対応をとってきたのか。答申の前提となった事実経過はほとんどわからない。
 いじめが原発事故の避難に伴うものだったこと、被害者は名前に「菌」をつけて呼ばれていたこと、不登校になったこと、「賠償金があるだろう」と言われ、ゲームセンターなどで遊ぶ金を負担していたこと――。
 今回の事件を特徴づけるこうした事実は、被害者の代理人弁護士の会見などで明らかになったもので、公表された報告書からはうかがい知れない。
 深刻ないじめが起き、学校や市教委もそれなりに状況をつかんでいたにもかかわらず、なぜ「重大事態」と受けとめられなかったのか。関係者とのやり取りや学校側の迷いなど、具体的な経過がわかってこそ、現場の教職員は教訓をくみ取れる。
 一部公表にとどめる理由を、市教育長は「子どもの今後の成長に十分配慮していく必要がある」と説明する。いじめられた側、いじめた側ともまだ中学生で心配りはもちろん必要だ。
 それにしても、今回の対応は「配慮」の域を超えている。学校や市教委の失態を隠したい意図があるのではないか、と受け取られてもやむを得まい。
 いじめ防止法の施行後、これまでに10以上の自治体で第三者委が報告書をまとめた。多くは「校内の情報共有不足」「教員の問題の抱え込み」を指摘するが、なぜそうなってしまったかという深部まで踏み込まないものがほとんどで、課題は多い。
 それでも、プライバシーに配慮しながら「概要版」をつくって事実を知らせようとしている例もある。今からでも横浜市は参考にすべきだ。
 報告書の内容を各校が共有し、間違えた原因を掘り下げ、みずからに引き寄せて考え、見直すべき点を見直す。このサイクルが動かなければ、再発防止にはつながらない。」(
2016/11/24付「朝日新聞」社説より)

前にカミさんに薦められて読んだ、奥田英朗著「沈黙の町で」(ここ)を思い出した。
イジメにも、見る視点から色々な事情がある。全貌を捕まえるのは容易ではない。
しかし、前の青森の女子生徒を自殺に追い込んだ例(ここ)では、父親が、娘の実名を公表している。もし、自分がこの例の父親だったら、“うっかり”黒塗り(伏せ字)の一切無い遺書を、Netに流してしまうかも・・・・。
加害者の人権が叫ばれるが、ことイジメに関しては、加害者がエビデンスのもので明確な場合、それを公表して、その責任を問うことも必要な気がする。つまり、『必殺仕置人』の中村主水も必要な気がする。過激な意見ではあるが・・・

まあそうは言っても、結局、こども一人ひとりに、親が躾けるのが基本かも知れない。
「イジメは絶対に許さない」という親の毅然たる態度の積み重ねこそが、根を絶やすキッカケになるのかも・・・
もちろん、それには、後ろ姿を見せるオトナ自身に、偏見が無い事が前提になるが・・・。

161124seatbelt <付録>「ボケて(bokete)」より


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