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2016年11月22日 (火)

戦時下の「犬猫毛皮供出献納運動」~西田秀子氏の話

昨日は久しぶりに体調が悪かった。カミさんに言わせると、朝聞いたラジオの録音が、あまりに残酷な内容だったので、悪い“気”が入ったせいではないかという。

NHKラジオ深夜便「調査報告・戦時下の犬猫供出 地域史研究家 西田秀子」(2016/11/12放送)を聞いた。その一部を聞いてみよう。

<調査報告・戦時下の犬猫供出 西田秀子>

この番組のmp3を(ここ)に置くので、聞いてみて下さい。37分。

知らなかった。確かにありそうな話だが・・・。
西田さんは、地域史研究家として、この事実を調査し、その報告書を発表したという。史料に残っているだけで、献納された(命が奪われた)数は、犬猫合わせて9万3千頭にのぼるという。

ググってみると、北海道新聞のこんな記事が見つかった。まさに今回の話の内容である。
戦時中道内で犬猫供出 毛皮、兵士の防寒着に 江別の地域史研究家が調査「軍国主義の一例

 太平洋戦争中、兵士の防寒着などに毛皮を利用するため、道民が飼っていた犬や猫を供出させられた経緯について、江別市の地域史研究家西田秀子さん(65)が調査し、札幌市公文書館の年報で発表した。1944年度(昭和19年度)には犬の皮1万5千枚、猫の皮4万5千枚が供出され、道庁も各市町村に供出数を割り当てるなど深く関与した。西田さんは「物資不足で供出対象が身近な動物にまでエスカレートした。上意下達の全体主義が、社会全体を覆う当時の状況を知ってほしい」と話す。
 西田さんは、新札幌市史編集員だった10年前、犬猫の供出を調べ始め、史実として記録しておこうと論文にまとめた。芦別市の「星の降る里百年記念館」などの協力を得て、所蔵する防寒着や防寒靴などを獣医学の専門家らに鑑定してもらい、犬猫の毛がコートの一部や靴の内側などに利用されていたことも確認した。
 西田さんによると、国は44年12月に軍需毛皮の増産や狂犬病根絶、空襲に備えた野犬の駆除などを目的に、飼い犬を含めた供出を各都道府県に通達した。札幌では兵士の防寒着に使われるウサギが減ったことから、それより前の43年4月に大政翼賛会札幌支部の発案で、飼い犬の毛皮を国に献納する運動が始まり、同年度だけで約2600枚の犬の皮が集まったという。
 また、道庁は44年12月、道内各市町村ごとの供出割当数を決め、45年4月末までに供出するよう市町村長や警察署長に指示した。全道の供出割当数は犬が約3万匹、猫は約7万7千匹で、実際は割り当て通り集まらなかったが、道庁が把握していた道内の犬の総数の8割、猫の総数の5割という高い目標設定だった。
161122kennou  論文には、「野畜犬 進んで奉公 さあ!今だ!」といった標語を掲げた道庁公報を掲載し、供出された犬猫の殺処分を手伝った男性の証言も収録。「連れてきた人の目の前で金づちで殺すんだ。怖がっていたよ。自分も怖かった。なるべく苦しまないように眉間を狙うんだ」といった証言が記されている。
 全国での犬猫の供出数は不明だが、西田さんは道内では積極的に供出運動が展開されたと指摘。厳しい寒さの中で生活する道民は、防寒着が生死を分ける必需品との共通認識があり、極寒の地に派遣された兵士に暖かい防寒着を送ってあげたいという集団心理が働いた可能性があるという。
 西田さんは「犬や猫の供出は、戦争に勝つためという軍国主義が行政の末端まで及んだ一例。この歴史を記録するため、供出させられた人の証言をさらに集めたい」と話している。
 西田さんの論文は、札幌市中央区の札幌市公文書館のほか、同公文書館のホームページでも閲覧できる。」(
2016/08/14付「北海道新聞」より)

その他に(ここ)にも載っていた。(上の写真もここから)

道新の記事で、「西田さんの論文は、札幌市中央区の札幌市公文書館のホームページでも閲覧できる」とあったので探してみると、載っていた(ここ)。その報告書を下記にリンクしておきます。

「アジア太平洋戦争下、犬猫の毛皮供出、献納運動の経緯と実態-史実と科学鑑定(西田秀子)」(その1)(その2)(その3

見ると、大報告書であり、簡単には読み飛ばせない。これからじっくりと読んでみよう。

しかし、ここに発掘された事実は、戦後70年を経ても、決して忘れてはならない事実。それを、この報告書で歴史に留めた西田氏の功績は大きい。

生半可なコメントは差し控える。
ぜひ一人でも多くの人が、上の西田氏の話を聞き、札幌市公文書館のHPに載っている西田氏の報告書を精読して、戦時下、この「犬猫毛皮供出献納運動」という事実があったことを歴史に埋もれさせないようにしたいものだ。

そして、まさに「人の命を軽んじる戦争を、わたしたちは徹底して憎み、拒まなくてはいけない。そう、戦争によって殺されてしまった犬や猫のためにも。」(ここより)
殺処分の現場を目撃した加藤さんは言う。「戦争は、平穏な日常からすべてを奪いさっていくのもの。戦争が何かを知る努力をするべき」・・・・


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コメント

 当時、国民学校上級生だった私の頭の中にも愛犬を送り出した日の記憶がはっきりと残っています。
 その日は村中、犬の供出日とされ我が家も例外なく従いました。背中に日の丸の小旗を結わえ付けられ喜々として飼い主の前を小走りに走っていた姿は今も忘れられません。役場で係に引き渡した後のことが気になって私は物陰からそっと覗いていました。建物の裏につれて行かれたクロ(愛犬の名前)は頭に素早く大きな金づちを打ち込まれ一瞬の痙攣の後に動かなくなりました。一声も発することもできないほんの一瞬の出来事でした。
 お国のためならと私は納得していたのかどうなのか、軍国少年だった私が七十年以上も前の記憶を辿る時あの日のことをまっ先に思い出すのはやはり納得できなかったからでしょうか。 

【エムズの片割れより】
戦後70年を経ても、まだまだ心の傷は癒えませんね。それだけに、もう決して戦場に人を出したくありません。しかし現実には、南スーダンに・・・

投稿: もと18歳の美少年 | 2016年11月23日 (水) 12:49

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