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2016年11月の14件の記事

2016年11月29日 (火)

「3.9+5.1=9.0」は減点~小学校算数の奇習

このような理不尽な話は、どうしても許せない。怒りが湧く。
今朝(2016/11/29)のテレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」。「ショーアップ」のコーナーで「大論争 算数のテスト“減点”に異論 一方で教師の苦悩も」というテーマが“論じられて”いた。
161129hatori 3.9+5.1=9.0は正解ではなく、減点対象だという。何と「.0」に斜線を引き、「9」が正解だという。この話に疑問を感じた大人がツイッターに投稿したところ、ネット上で大論争になっているという。「何とバカな」を思っても、なかなか奥が深い話らしい。
番組では玉川さんが大反論をしていたが、現場にいたアナやコメンテーターも、若手は「そう学校で教わった」とのこと。
そして驚くのは、街中で取材すると、小学生はすべて「9」と解答するのである。確かに、学校教育は子供に浸透している・・・。
「有効桁数」の概念を踏み潰して、“間違ったこと”を教えているのに・・・。

番組でも、玉川さんが有効桁数を指摘するが、「それは数学の話で、ここは算数の話」と言われてしまう。
番組で、数学検定協会に聞くと、「9.0でも9でも正解」との回答。
番組が言うには、「小学3年生の教科書の中では、“9.0”の“0”の部分に斜線をして“9”とすると表記されている」とのこと。
そして、減点した理由は、「小学3年生で初めて小数点に出会う。9.0が9と同じ値だということが分からない児童がいる。だから9.0が出て来たら9と同じなんだから0を消して分かり易くしようね、と教えている。」とか・・・。

現役小学校教師の「教えたことをやっていないから減点にしたのではないか」という指摘や、「ルールは守りましょう」ということで減点しているのでは?という話がホントウなら、いやはや怖ろしい・・・。
「100点取った人間が必ず優秀とは限らない」のに・・・

161129kennnel この話をググってみると、確かにツイッターでの話がキッカケらしい。
‏@kennel_orgさんの「姪っ子の小3算数テストの採点結果。.0の有効数字に意味があるというのに全く訳がわからない。」という投稿(ここ)。

この話に、茂木健一郎氏がblogにこう書いている。
小学校の算数にまかり通っている「奇習」は、子どもたちに対する「虐待」である
2016/11/20 08:14
昨日、小学校の算数のテストで、「3.9+5.1=9.0」と書いたら、減点されたというツイートが流れてきて、とてもびっくりした。これははっきり言って一種の子どもに対する「虐待」である。これ以外にも、小学校の算数には謎の奇習があると聞く。
かけ算の順序、足し算の順序、という「問題」があって、2×3=6は正解だが、3×2=6は不正解、同じように2+3=5は正解だが、3+2=5は不正解、という「世界」があるのだという。詳細はアホらしいので書かないが、もし興味がある方は検索してみて欲しい。
数学的には、かけ算の順序や足し算の順序などは、どちらでもいいことはトリビアルな問題で、つまりは自然言語の世界と数式の世界をどのようにマッピングするか、ということで、そんなもん、どんなマッピングが良いかは趣味の問題で一つの型を押し付けることではない。
ある程度数学がわかっている人にとっては、「小数点問題」「かけ算の順序」「たし算の順序」問題はトリビアルに意味がないから「瞬殺」の話し(議論する必要すらない)であるが、小学校の算数で、そのような奇習がまかり通っていることは国の恥と言うべきことだろう。
問題は、瞬殺されるような間違いを、現場の先生方の一部、さらに驚くことには教科書会社の一部が子どもたちに強制しているということで、本当はMen In Blackのフラッシュライトのように「はい、こっち見てください」と呼びかけて瞬間修正したいところだが、世の中は不自由にできている。
小学校算数の奇習が一部でまかり通っている現状を改善するには、そんなもん、一瞬たりとも意味がない、という観念、情報を、折りに触れ拡散する必要があるだろうし、また、文科省にも、きちんとした対応をとっていただきたいと思う今日この頃である。
ふしぎに思うのは、ぼくが小学生の頃は、「小数点」「かけ算の順序」「たし算の順序」といった問題は経験した記憶がないということで、いつからそんな奇習が小学算数の一部に広がってしまったのだろう。もしそんなものがあったら、小学生のぼくはかなり深刻な大人不信になっていたと思う。
いずれにせよ、小学校の算数において、奇妙な「正解」を押し付けるのは、子どもの精神に対する虐待であり、許されることではない。そのような、数学的にトリビアルな奇習を押し付けている小学校教育界の「権威」(笑)の人たちは、自分たちの愚鈍を恥じ、反省し、改めて欲しいと思う。」(
ここより)

茂木氏は「奇習」と切って捨てたが、どっこい、教育現場ではこの奇習が押し付けられている。その背景は何か?

オリジナルのリツイート(ここ)を読むと色々な考え方があるようである。このリツイートの中に、教科書会社の東京書籍の“見解”があるというので、読んでみた。

Q12 3下p.12 の問題6①「1.2+2.8」の筆算において,答え4.0の「0」のみを斜線で消し,小数点は残したままにしている理由を教えてください

 筆算について,正式な基準や方法が定められているわけではなく,児童の実態などに応じて柔軟にご対応いただいて差し支えないと考えています。要は,「答えは4である」ととらえることができればよいのであって,例えば,「斜線を用いて0を消去していないから誤りである」とか,「小数点を斜線で消去したから誤りである」などといったことは全く意図していません。
  以下,3年下巻12ページ問題6①の小数の加法の筆算で,小数点以下の計算結果が「0」になる場合の,斜線を用いた消去の教科書上の表現の意図について説明します。
 まず,末位の「0」について斜線で消去していることについて述べます。
 筆算の手続きに従って計算すると,結果は4.0となります。ここでは,有効数字については考えませんので,4.0と4は同義であり,児童にとっても,筆算から得られた「4.0」から,「答えは4」とするのが自然です。「0」をそのまま残した場合,「小数の計算において,小数点以下が『0』になるときには,4.0と答えなければならない」との誤解が生じる可能性,また,小数点があることを忘れ,「答えは40」という誤答が生じる可能性に配慮し,0を斜線で消去することとしました。
 次に,小数点について,斜線で消去せず,そのままにしていることについて説明します。
小数点を斜線で消去することのメリットについては,例えば,

(1) 答えは4であることから「0」を斜線で消したのだから,小数点も斜線で消すことが児童にとっては自然であるということ
(2) 「答え 4.」のような誤答が生じる可能性に配慮すること

などのことが考えられます。しかし,0を斜線で消去し,答えは4であることをとらえたならば, (2)のような誤答が生じる可能性は低いと考えます。また,(1)については,誤答や誤解が生じるというレベルのことではないことから,結果として,小数点を斜線で消去する必要性はあまり感じられないと判断しました。
 以上のように,筆算には正式な基準や方法が定められているわけではありません。教科書紙面は,上述のような考え方に基づいて扱っていますが,斜線を用いた消去の表現について児童から疑問が出された場合には,その内容に応じて柔軟に対応していただくのがよいと考えます。」(
東京書籍のHPここより)

正直、読んでも良く分からなかった。つまり、胸にスッと入ってこない。しかし、0を斜線で消去することとしました。」という記述から、この問題は“教科書会社が決めた”ルールのようだ。

全ての教科書が同じように書いているかどうかは分からない。しかし、それよりも、「有効数字」を習った後は「9.0」が正解で「9」は不正解、というまったく逆のことが生じることが明白なこの話。
この教科書会社の暴論?を、教科書検定している文科省はどう考えるのだろう?

そしてもっと怖ろしいのは、「教えたことをやっていないから減点」や「ルールは守りましょう」という視点での減点だとすれば、まさに「子どもの精神に対する虐待」であり、独裁国家の洗脳教育になってしまう。
いやはや怖ろしい国、ニッポン!

161129benki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月26日 (土)

「かつての出征シーンと同じだ」~“駆けつけ警護”に思う

今夜も、夕食後、カミさんとテレビBS日本の「こころの歌」に合わせて歌った(ここ)。11月21放送のテーマは「潮音」。最後に歌われたのが「群青」(ここ)だった。
戦争で海に散った息子を偲ぶ・・・・。何とも切ない歌である。もう二度と同じことを繰り返さない、と思っていたのに・・・・

今朝の「朝日新聞」の二つの記事が思い出された。
「(声)かつての出征シーンと同じだ 無職 女性(愛知県 77)
 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に参加する陸上自衛隊の先発隊が、新任務の「駆けつけ警護」を付与されて現地へ渡った。
 青森空港を出発する様子を伝えた21日朝刊の記事を、私は涙なしに読めなかった。ある隊員の母親は息子から11月から長期出張だと聞いた。行き先を尋ねても答えはなかったが、「南スーダンに行くんだな」と思ったという。別の隊員の母親は10月、普段そっけない息子が、家族で焼き肉を食べに誘ってくれ、しきりに「食べて」と取り分けてくれたことを語った。
 幼い息子を抱き上げ、見つめる隊員の姿をとらえた写真からは、最悪の事態も想定し、二度とこの顔を見られないかもしれないという隊員の複雑な思いが伝わってきた。
 晴れの見送りの場で、「南スーダンになど行きたくない」とはおおっぴらには言えない隊員たち。「行かないで」と引き留められない家族たち。これは、71年前に終わったはずの先の戦争における出征シーンと一緒ではないか。
 私たち日本人は平和を守るために戦争の悲惨さを語り継いできた。しかし、語り継ぐ内容は先の戦争のことで終わりにすべきだ。」(
2016/11/26付「朝日新聞」p12より)

「「命がけ」理解はあるのか 駆けつけ警護、識者に聞く
        柳沢協二・元内閣官房副長官補
 安全保障関連法の目的の一つは、駆けつけ警護などの新任務に伴う自衛隊の武器使用権限の拡大だ。新任務の危険性は高いが、そのことは国民に十分には知られていない。
 安保法制の議論で決定的に欠けていたのは「戦場」のリアリティーだ。こちらが撃てば相手は撃ち返す。戦場はそういうものだ。政府は駆けつけ警護がそうした世界へ踏み込むことだとは説明せず、国民の理解が足りないまま、任務として与えられてしまった。
 南スーダンで自衛隊が直面しうる深刻なケースは、銃を持つ兵士が民間人を襲っている現場に駆けつけるというものだ。武装した自衛官から制止されれば、兵士は驚いてすぐに撃ってくるかもしれない。自衛隊側も反撃し、犠牲者が出ることもありうる。
 自衛隊は抑制的な武器使用基準のもと、海外活動で1発の弾も人に向けて撃っていない。それが戦闘による自衛官の犠牲を1人も出していないことにつながっている。多くの国民はこうした活動を支持してきたので、新任務を与えられても「非戦闘地域で人道支援をしている自衛隊が銃の撃ち合いをすることはない」と思っているのではないか。
 一方、自衛官はプロなので危険性を理解している。彼らにとって最も耐えがたいのは、命がけの任務が国民の支持を得ているか、確信を持てないことだ。
 自衛隊がイラク派遣された時期に内閣官房副長官補だったが、官邸では「1人でも自衛官の犠牲者が出たら内閣はもたない」との意識が共有されていた。直接「撃つな」とは言っていないが、「まさかそんなことしないよね」という空気は部隊にも伝わっただろう。だが、危険にさらされた市民の保護が喫緊の課題である南スーダンPKOの実態を見ると、1発も撃たないことを前提とした自衛隊の活動は難しいのかもしれない。
 政府は、日本の国益のために南スーダンでどんな貢献をしたいのかという原点に立ち返るべきだ。自衛隊派遣は必要か、もっと有効な代替手段はあるのか。その議論を通じて形成される国民理解がないなかで、自衛隊に危険な任務を強いるのは、あまりに酷だ。(聞き手・其山史晃)
 ◆キーワード
 <自衛隊の海外での武器使用> 1992年成立の国際平和協力法は、海外での武力行使を禁じた憲法に配慮して、隊員の命を守るための必要最小限の武器使用のみを「自己保存型の自然権的権利」として認めた。任務遂行のための武器使用は認められていなかったが、安全保障関連法により、駆けつけ警護などの任務の妨害者らに対しても武器が使えるようになった。」(
2016/11/26付「朝日新聞」p4より)

この中で、「彼らにとって最も耐えがたいのは、命がけの任務が国民の支持を得ているか、確信を持てないことだ。」「政府は、日本の国益のために南スーダンでどんな貢献をしたいのか」「国民理解がないなかで、自衛隊に危険な任務を強いるのは、あまりに酷だ。」という言葉が重い。

日本は、今まさに、“いつ自衛隊員の犠牲者が出るか?”のフェイズに移っている。安倍1強の現在、「官邸では「1人でも自衛官の犠牲者が出たら内閣はもたない」との意識が共有されていた。」という雰囲気もない。

“頼りない” 稲田防衛大臣、そして“我が党においては結党以来、強行採決をしようと考えたことはない”とヌケヌケと言ってのける安倍総理。
こんな堂々たるウソが通るのが国会なのだから、期待するべくも無く・・・

「自衛隊員に死者」というニュースが飛び込んだ時、そのお二人がどう言い訳をするかは、既に記者会見“読み上げ原稿”が出来ているのだろう。
それらの政治の暴走を許しているのは、主権者たる我々国民。止められないのも国民・・・。
お隣、韓国では大統領の辞任を求めるデモが、100万人を超えているという。幾ら感情的に過ぎる、と言われようが、政治に対するその熱気・・・。ある意味、羨ましいと感じるのは自分だけか?

161126isu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月24日 (木)

横浜市の「原発避難いじめ」に思う

日々流れるニュースで、イジメに関する話題ほど、心が痛むものはない。先日の、横浜市に避難した原発被災者に対するイジメは、その冴えたるもの。

本件について、各紙に掲載された社説を色々と読んでみた。
その中で、信濃毎日新聞の社説である。
原発避難いじめ 差別をはびこらせるな
 いわれのない差別やいじめに苦しむ子どもと保護者の訴えを、学校も教育委員会も正面から受けとめようとはしなかった。その姿勢は厳しく批判されなければならない。
 原発事故が起きた福島県から横浜市へ両親と自主避難した男の子が転校先の小学校でいじめを受けた問題である。中学1年になった今も不登校が続いている。
 いじめは小2の転校直後に始まり、同級生から名前に「菌」を付けて呼ばれた。小5に進級した一昨年には、ゲームセンターなどで遊ぶ費用や食事代を払わされた。「賠償金があるだろ」と言われ、総額およそ150万円を家から持ち出している。
 学校は両親から相談を受け、同級生らに事情を聴いた県警からも連絡があった。なのに対応していない。内部調査で男の子が自分から渡したと判断し、いじめとは認識しなかった。市教委も「介入できない」との姿勢だった。
 「なんかいもせんせいに言(お)うとするとむしされてた」「いろんなはなしをしてきたけどしんようしてくれなかった。だからがっこうはだいっきらい」―。
 男の子は小6だった昨年、手記につづっている。子どもからこんな悲痛な叫びをぶつけられる学校とは、いったい誰のための場所なのかと思わされる。
 いじめを受けて自ら命を絶つ子が各地で絶えない。手記は、自分は死を選ばなかったことを伝えたいという男の子の強い意思で公表された。
 「なんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」。けい線をはみ出す力強い字に必死な思いがにじむ。
 両親がいじめ防止対策推進法に基づく調査を求め、市教委が第三者委員会に諮ったのは今年1月。男の子が不登校になって1年半余も過ぎてからだ。第三者委は報告書で、学校の対応を「教育の放棄に等しい」と非難している。
 それとともに見過ごせないのは、福島からの避難者を差別、排除する意識が社会に深く巣くっていることだ。それが子どもたちに投影されていないか。「放射能がうつる」などといじめられる事例は震災後、各地で相次いだ。
 お仕着せの対策ではなく、差別と排除をはびこらせないために大人がどう行動するかが問われている。子どもが生き生きと学び育つ権利をどうすれば守れるか。保護者や住民も関わり、教育の場で主体的な取り組みを起こしたい。
」(2016/11/19付「信濃毎日新聞」社説より)

前にテレビで見た横浜市教育長などの記者会見は、あまり愉快なものではなかった。とても、血が通っているようには見えなかった。
世の中から、陰鬱なイジメを無くすためにはどうすれば良いのだろう。

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(声 どう思いますか)10月30日付掲載の投稿「いじめ加害者の親にも刑事罰を」
 ■いじめ加害者の親にも刑事罰を 無職(千葉県 65)
 青森県の女子中学生が、いじめを苦に自ら命を絶った。彼女が写っていた夏祭りの写真。その表情は実に屈託がなく、幸せそのものに見える。しかし本当は、つらく悔しかったろう。想像するだけで胸が張り裂けそうになる。なぜ、いじめがなくならないのか。様々な対策を見聞きするが、手ぬるいがゆえに、あまり成果が出ていないように思える。
 いじめ根絶には、加害者側に厳しく対処すべきだ。過激な提案のようだが、加害者本人だけでなく親権者の刑事責任も問う「連座制」を設けてはどうか。18歳未満の子どもの行動には、親権者が責任を持つべきだ。親も懲罰を受ける可能性があれば、親権者は子どもの行動により注意を払うはず。親に迷惑をかけないように、子がいじめをやめる抑止効果も期待できる。
 加害者側が痛みを感じる社会でないと、いじめがなくなることなどない。親子連座制は有効な対策と考える。失われた命は戻らない。悲劇を繰り返してはだめだ。(10月30日付掲載の投稿〈要旨〉)
     ◇
 ■親にも責任、見抜けぬのは怠慢  団体職員(岐阜県 53)
 ご投稿に共感した。いじめ加害者のありように、家庭が関わっていないはずはない。我が子のいじめのサインが見えないとしたら、親の怠慢に尽きる。
 教師をしている友人によると、学校からいじめ行為の指摘を受けても、「うちの子だけですか」「他の子に唆されているのでは」と子を擁護する親が少なくないという。
 いじめという重大事を軽視する親の姿勢は人権軽視にほかならず、それがしばしば子に反映されるのが「いじめの本質」だ。人権軽視が高じて人命軽視になり、ひどいときは命が失われる。
 加害者が罪を償うのは当然だ。また、親もそれに準じて扱われるべきだ。わが子を止めず、被害者やその家族の人生を変えてしまった親が刑事罰を負うことに、何ら疑問を感じない。親には、真剣に我が子に向き合う義務がある。

 ■親子は別、厳罰化にも疑問  NPO法人理事(神奈川県 41)
 ご投稿は、公職選挙法の連座制からの連想ではないか。悪質な選挙違反があった場合に当選が無効になるものだが、背景には候補者と秘書らを一体としてとらえる考え方があると思われる。
 仮に、いじめ対策に「親子連座制」を導入するなら、「親子は一体」ととらえることを意味するのだろう。だが親子といえども行動は一体ではなく、子どもは親の付属物でない。連座制はおかしい。
 「親子連座制」を導入しても、処罰できるのは、法に触れる行為で、加害者を特定できる場合に限られる。ネットいじめの場合は加害者の特定が難しいし、被害と加害の関係が流動的ないじめもあり、現実的でない。
 未成年者が起こした不法行為についての損害賠償責任は親権者などが負う。「親子連座制」は、刑事責任ではなく民事責任の中で考えるべきだろう。

 ■どの命も重いと理解させよう  作業療法士(東京都 41)
 後を絶たない痛ましい事件。「いじめ防止に即効力のある手立てを」という思いになります。しかし、罰を受けるから、親に迷惑をかけるからいじめをしないというのは、根本的な解決にならないでしょう。
 9歳の末っ子はダウン症です。「変な顔」「キモい、こっち来るな」とからかう子もいます。上のきょうだいたちも弟のことで、時に嫌がらせを受けます。私はからかう子に気づくたび、ダウン症について説明したり、先生に対応をお願いしたりしています。
 世の中には様々な人がいて、どの命も重いと子どもたちが理解できれば、いじめないでしょう。それを理解しない子がいるなら、環境に原因があります。幼児期から教育し、いじめを早期発見し、問題を見つけたらその都度、解決を図る。遠回りでも、それしかないと思います。

 ■子供たちの感性磨くことが大切 無職(大阪府 68)
 加害者だけでなく、親権者にも「連座制」責任を問うことに疑問を覚える。おそらく家庭内での親の関わりや、管理、教育責任を問う問題提起と考える。だがいかに罰則を強化したところで、どれだけの抑止効果が期待できるのだろうか。また、どんな罰則を科せばよいのか。
 遠回りに思えるが、周囲の大人たちが子供たちと関わりを持ち、ぬくもりを感じる言葉をかけることで、子供たちの感性を磨いていけるのだと思う。子供たちにとっては、見守られているという安心感につながる。
 まずは「いじめ、暴力は絶対に許さない」との断固とした気風を醸成することだ。他者の痛みや苦しみを共有できるか、善悪の判断基準を持てるか、そして無関心を装うことの功罪など様々な視点から、学校も家庭も社会全体も考えていくべきではないだろうか。

 ◆親への支援こそ有効  非行に詳しい須永和宏・前東京家政学院大教授
 家裁調査官として長年、少年や少女たちと向き合ってきました。確かに、「子の不始末は親の不始末」との意識は社会に根強くある。それだけ問題が深刻なのでしょう。
 ただ、いじめ問題は複雑。ある高校生は級友をいじめて暴力をふるっていたが、自身も過去にいじめられ、暴力を受けていた。人間不信に陥って親をはじめ大人に心を閉ざし、警察沙汰になっても取り調べでは事情を明かさなかった。家裁調査官とじっくり話をする中で重い口を開いた。こうした子を抱える親も悩んでいる。そうした中で、厳罰で対処すれば子ときちんと向き合うようになり、いじめが防げるといった問題ではない。
 問題を抱えた子を持つ親向けに関係機関が相談や指導に当たり、親子関係立て直しを促すことが求められます。」
(2016/11/23付「朝日新聞」p16より)

つまりは、もう刑事罰まで考慮しないといけない所まで来ている、ということか・・・。
学校もダメ、教育委員会もダメ、警察もダメ。すると刑事罰を与えるからと脅して、親を動かすしか方法は無い・・・!?

そもそも「罰」が怖いので、動く、ということは長続きはしない。しかし、「それでは、即効ある代替案は?」となる。
つまり、各紙から読み取れる横浜市の対策は、「指示した」程度で、到底即効性があるとは思えない。

今朝の朝日新聞の社説にこうある。
被災いじめ 再発防止をめざすなら
 事実をはっきり示さないまま教育現場に「いじめ問題への取り組みの徹底」を指示して、果たして実が上がるのだろうか。
 原発事故後、福島県から横浜市に避難した小学生がいじめを受けた問題で、市教育委員会が市立の小中高に通知を出した。
 いじめ防止対策推進法にもとづき、市教委の諮問をうけて今回の問題の調査にあたった第三者委員会の提案を踏まえた。
 理解できないのは市教委による第三者委の報告書の扱いだ。全26ページのうち公表されたのは答申部分の7ページと目次だけ。しかもあちこちに黒塗りがある。
 実際にどんな問題行動があったのか。学校や市教委はどう判断し、いかなる対応をとってきたのか。答申の前提となった事実経過はほとんどわからない。
 いじめが原発事故の避難に伴うものだったこと、被害者は名前に「菌」をつけて呼ばれていたこと、不登校になったこと、「賠償金があるだろう」と言われ、ゲームセンターなどで遊ぶ金を負担していたこと――。
 今回の事件を特徴づけるこうした事実は、被害者の代理人弁護士の会見などで明らかになったもので、公表された報告書からはうかがい知れない。
 深刻ないじめが起き、学校や市教委もそれなりに状況をつかんでいたにもかかわらず、なぜ「重大事態」と受けとめられなかったのか。関係者とのやり取りや学校側の迷いなど、具体的な経過がわかってこそ、現場の教職員は教訓をくみ取れる。
 一部公表にとどめる理由を、市教育長は「子どもの今後の成長に十分配慮していく必要がある」と説明する。いじめられた側、いじめた側ともまだ中学生で心配りはもちろん必要だ。
 それにしても、今回の対応は「配慮」の域を超えている。学校や市教委の失態を隠したい意図があるのではないか、と受け取られてもやむを得まい。
 いじめ防止法の施行後、これまでに10以上の自治体で第三者委が報告書をまとめた。多くは「校内の情報共有不足」「教員の問題の抱え込み」を指摘するが、なぜそうなってしまったかという深部まで踏み込まないものがほとんどで、課題は多い。
 それでも、プライバシーに配慮しながら「概要版」をつくって事実を知らせようとしている例もある。今からでも横浜市は参考にすべきだ。
 報告書の内容を各校が共有し、間違えた原因を掘り下げ、みずからに引き寄せて考え、見直すべき点を見直す。このサイクルが動かなければ、再発防止にはつながらない。」(
2016/11/24付「朝日新聞」社説より)

前にカミさんに薦められて読んだ、奥田英朗著「沈黙の町で」(ここ)を思い出した。
イジメにも、見る視点から色々な事情がある。全貌を捕まえるのは容易ではない。
しかし、前の青森の女子生徒を自殺に追い込んだ例(ここ)では、父親が、娘の実名を公表している。もし、自分がこの例の父親だったら、“うっかり”黒塗り(伏せ字)の一切無い遺書を、Netに流してしまうかも・・・・。
加害者の人権が叫ばれるが、ことイジメに関しては、加害者がエビデンスのもので明確な場合、それを公表して、その責任を問うことも必要な気がする。つまり、『必殺仕置人』の中村主水も必要な気がする。過激な意見ではあるが・・・

まあそうは言っても、結局、こども一人ひとりに、親が躾けるのが基本かも知れない。
「イジメは絶対に許さない」という親の毅然たる態度の積み重ねこそが、根を絶やすキッカケになるのかも・・・
もちろん、それには、後ろ姿を見せるオトナ自身に、偏見が無い事が前提になるが・・・。

161124seatbelt <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月22日 (火)

戦時下の「犬猫毛皮供出献納運動」~西田秀子氏の話

昨日は久しぶりに体調が悪かった。カミさんに言わせると、朝聞いたラジオの録音が、あまりに残酷な内容だったので、悪い“気”が入ったせいではないかという。

NHKラジオ深夜便「調査報告・戦時下の犬猫供出 地域史研究家 西田秀子」(2016/11/12放送)を聞いた。その一部を聞いてみよう。

<調査報告・戦時下の犬猫供出 西田秀子>

この番組のmp3を(ここ)に置くので、聞いてみて下さい。37分。

知らなかった。確かにありそうな話だが・・・。
西田さんは、地域史研究家として、この事実を調査し、その報告書を発表したという。史料に残っているだけで、献納された(命が奪われた)数は、犬猫合わせて9万3千頭にのぼるという。

ググってみると、北海道新聞のこんな記事が見つかった。まさに今回の話の内容である。
戦時中道内で犬猫供出 毛皮、兵士の防寒着に 江別の地域史研究家が調査「軍国主義の一例

 太平洋戦争中、兵士の防寒着などに毛皮を利用するため、道民が飼っていた犬や猫を供出させられた経緯について、江別市の地域史研究家西田秀子さん(65)が調査し、札幌市公文書館の年報で発表した。1944年度(昭和19年度)には犬の皮1万5千枚、猫の皮4万5千枚が供出され、道庁も各市町村に供出数を割り当てるなど深く関与した。西田さんは「物資不足で供出対象が身近な動物にまでエスカレートした。上意下達の全体主義が、社会全体を覆う当時の状況を知ってほしい」と話す。
 西田さんは、新札幌市史編集員だった10年前、犬猫の供出を調べ始め、史実として記録しておこうと論文にまとめた。芦別市の「星の降る里百年記念館」などの協力を得て、所蔵する防寒着や防寒靴などを獣医学の専門家らに鑑定してもらい、犬猫の毛がコートの一部や靴の内側などに利用されていたことも確認した。
 西田さんによると、国は44年12月に軍需毛皮の増産や狂犬病根絶、空襲に備えた野犬の駆除などを目的に、飼い犬を含めた供出を各都道府県に通達した。札幌では兵士の防寒着に使われるウサギが減ったことから、それより前の43年4月に大政翼賛会札幌支部の発案で、飼い犬の毛皮を国に献納する運動が始まり、同年度だけで約2600枚の犬の皮が集まったという。
 また、道庁は44年12月、道内各市町村ごとの供出割当数を決め、45年4月末までに供出するよう市町村長や警察署長に指示した。全道の供出割当数は犬が約3万匹、猫は約7万7千匹で、実際は割り当て通り集まらなかったが、道庁が把握していた道内の犬の総数の8割、猫の総数の5割という高い目標設定だった。
161122kennou  論文には、「野畜犬 進んで奉公 さあ!今だ!」といった標語を掲げた道庁公報を掲載し、供出された犬猫の殺処分を手伝った男性の証言も収録。「連れてきた人の目の前で金づちで殺すんだ。怖がっていたよ。自分も怖かった。なるべく苦しまないように眉間を狙うんだ」といった証言が記されている。
 全国での犬猫の供出数は不明だが、西田さんは道内では積極的に供出運動が展開されたと指摘。厳しい寒さの中で生活する道民は、防寒着が生死を分ける必需品との共通認識があり、極寒の地に派遣された兵士に暖かい防寒着を送ってあげたいという集団心理が働いた可能性があるという。
 西田さんは「犬や猫の供出は、戦争に勝つためという軍国主義が行政の末端まで及んだ一例。この歴史を記録するため、供出させられた人の証言をさらに集めたい」と話している。
 西田さんの論文は、札幌市中央区の札幌市公文書館のほか、同公文書館のホームページでも閲覧できる。」(
2016/08/14付「北海道新聞」より)

その他に(ここ)にも載っていた。(上の写真もここから)

道新の記事で、「西田さんの論文は、札幌市中央区の札幌市公文書館のホームページでも閲覧できる」とあったので探してみると、載っていた(ここ)。その報告書を下記にリンクしておきます。

「アジア太平洋戦争下、犬猫の毛皮供出、献納運動の経緯と実態-史実と科学鑑定(西田秀子)」(その1)(その2)(その3

見ると、大報告書であり、簡単には読み飛ばせない。これからじっくりと読んでみよう。

しかし、ここに発掘された事実は、戦後70年を経ても、決して忘れてはならない事実。それを、この報告書で歴史に留めた西田氏の功績は大きい。

生半可なコメントは差し控える。
ぜひ一人でも多くの人が、上の西田氏の話を聞き、札幌市公文書館のHPに載っている西田氏の報告書を精読して、戦時下、この「犬猫毛皮供出献納運動」という事実があったことを歴史に埋もれさせないようにしたいものだ。

そして、まさに「人の命を軽んじる戦争を、わたしたちは徹底して憎み、拒まなくてはいけない。そう、戦争によって殺されてしまった犬や猫のためにも。」(ここより)
殺処分の現場を目撃した加藤さんは言う。「戦争は、平穏な日常からすべてを奪いさっていくのもの。戦争が何かを知る努力をするべき」・・・・

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2016年11月20日 (日)

バーチャルの海外旅行はいかが?~チベット紀行

さて、久しぶりに、“団塊Kさんの海外一人旅・紀行”。今回は「(西寧)チベット紀行」である。Kさんの2015年10月の一人旅。なお、このシリーズは、過去にさかのぼっているので、前回の2016年3月「シカゴ・リオデジャネイロ紀行」の前である。

★(ここ)にオリジナル「チベット紀行(68頁)」(2015年10月14日~21日)のPDFを置きます。

161120tibetkikou Kさんは、相変わらずの冒険男である。今回はチベットだそうだ。西寧とラサへの一人旅。とても素人は行かない場所。
読むと、鳥葬とか、いまだにきな臭いチベット事件などの話題があり、なかなか観光といって、浮かれていられない場所である。しかし、北京語と英語を駆使して渡り歩くKさんの活躍は、相変わらずである。

中国といえば、最近よくそのテレビ番組を見る。昔のNHK特集は、「シルクロード」を筆頭に、中国物が多かった。1980年代、中国がやっと世界に門戸を開いた頃だった。よって、世界から見ると、中国の何もかもが目新しかった。電気が通っていない場所の取材も多かった。
その中でも、我々にとっては、チベットはテレビでしか知り得ない場所だった。
前に「関口知宏の中国鉄道大紀行 ~最長片道ルート36000kmをゆく~」を見たが、この番組は、ラサが出発点だった。あれが2007年だったそうで、その時も、監視がキツイ印象だったが、2015年でも、その雰囲気は変わっていないという。

きな臭い視点で見ると、なかなか難しいチベットだが、この紀行記にある写真はどれも美しい。
写真を見ながら、到底行けないチベットに、バーチャルの一人旅をしてみるのも一興か・・・

161120harikomi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月17日 (木)

NHK特集を改めて見る~昔のVTRテープの再登場

先日(2016/11/13)、「NHKアーカイブス▽テレビが伝えた知られざる世界“N特”放送40年 自然・紀行」を見た。
NHKの解説にこうある。
「昭和51年4月にスタートした「NHK特集」。現在のNHKスペシャルの源流となった番組の放送から40年、“N特”が伝えたものとは何だったのか3回にわたって振り返る。第1回は自然・紀行番組。自然番組で最も視聴率の高かった「ポロロッカ アマゾンの大逆流」を全編放送。ほか、第一回放送の「氷雪の春」、「シルクロード」、「襲撃~スズメバチの恐るべき生態」「神の湖 摩周湖」など話題作をダイジェストで紹介する。」(ここより)

前に見た番組だが、改めて「ポロロッカ アマゾンの大逆流」を見た。この番組は初回放送が1978年8月1日だというから、もう38年も前の番組。でも、今見ても見応えがある。
NHK特集は、自分がよく見た番組。昭和51年(1976年)スタートというから、確かにもう40年だ。自分は凝り出したのは、「シルクロード」(1980年)が放送されてから。
振り返ってみたら、自分がVTRを初めて買ったのが1981/11/24。ベータ方式で16万8千円だった。自分の録画の歴史がその頃始まった。今残っている最初の録画は、1982年03月25日に録画した「喜多郎&秀星」(ここ)。当時は、「NHK特集シルクロード」で知った喜多郎に凝っていた。
Excelに整理してあった録画リストを見ると、この頃にスタートし、1987年頃にVHSに変えたようだ。
録画内容は、クラシックから始まって、NHK特集などのドキュメンタリー番組がほとんど。ハイレゾの今の時代、まずクラシックは見ない。しかし、ドキュメンタリー番組はどうだろう・・・
先の1978年の番組も、まだ新鮮なので、“溜めたものの、見ないな”と思っていた、昔の録画テープを再生してみる気になった。

録画の古い順から見て行くとして、最初に再生したのが、「NHK特集 秘境・興安嶺をゆく」。これは1988年の番組。最初、D-VHSのデッキで再生したら、結構画面が粗い。それで、普通のVHSデッキ(1999年購入のHR-VXG100)で再生したら、これが意外とキレイ。10年ぶりくらいで電源を入れたが、ちゃんと動いて感激。
昔、「いずれヒマになったら見よう」と録り溜め、ハイビジョンの時代になってしまったので、もう見ないな、と思っていたテープに陽が当たったよう??
自分も、これから老化で目がショボショボするまでの、今の時間が最後のチャンス。今見ないと、録画しただけで、永久に見ない。それで、気が向いた時に、昔のVTRテープを見ることにした。VHSが200数十本。ベータも数十本あるが(ベータのデッキはそのうち・・・)、整理する前に・・・

そう言えば、最近よく“NHKデマンドで配信”という文字を見る。ググってみると、テレビでもNet配信で見られるらしい。先日買ったPanaの新型ブルーレイレコーダーで操作してみると、「アクトビラ」で見られることが分かった。テレビで見る場合、基本はケーブルテレビや光TVらしい。Net経由では、「アクトビラ」しか選択肢は無いらしい。番組を検索してみると、NHK特集は、40番組ほどしかない。でも、昔の番組を良い画質で見られるのは良いこと。
月初めからのスタートが得らしいので、そのうち、試してみるか・・・

「テレビ三昧」も非難が多いが、現役時代に、「そのうちに時間が出来たら見よう」と溜めておいた番組を、今やっと時間が出来たので見る。そのどこが悪いのか!?
ナンテ、自分に言い訳を言いながら、ダラダラ生活が続いているのであ~る。

161117funn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月15日 (火)

さだまさしの「防人の詩」

昨夜は、「スーパームーン」だったが、曇っていて見えなかった。
実はウチのカミさんが「スーパームーンだ!」と騒いでいる。幾ら68年ぶりのスゴイ「スーパー161115tuki ムーン」だと言われても、皆既日食ほどにはインパクトがない。
次回は2034年で18年後なので、「お互い生きていない!?」と言われて、メイ子と一緒に庭に出た。庭から雲間に見える月は、14%大きく、30%明るいと言うが、まあ言われてみれば、そうかな・・・
カミさんは「自分は月」だという。すると自分は太陽!?テレちゃうな・・・・
(上の写真は、さっきカミさんが、自宅の洗面所から撮ったもの。9時25分過ぎの時計も写っている。我が家は、洗面所から空が見える。しかし、ガラスが汚れているので、鮮明には見えない。)

それはそれとして、久しぶりに月をボヤッと見ていると、悠久の時を感じさせる。相変わらず、何にでもお願いをするカミさんは、家族の色々を月にまで頼んでいた。

こんな歌を思い出した。さだまさしの「防人の詩(さきもりのうた)」である。

<さだまさしの「防人の詩」>

「防人の詩(さきもりのうた)」
  作詞・作曲:さだまさし

おしえてください
この世に生きとし生けるものの
すべての生命に 限りがあるのならば
海は死にますか 山は死にますか
風はどうですか 空もそうですか
おしえてください

私は時折
苦しみについて考えます
誰もが等しく 抱いた悲しみについて
生きる苦しみと 老いてゆく悲しみと
病いの苦しみと 死にゆく悲しみと
現在の自分と

答えてください
この世のありとあらゆるものの
すべての生命に 約束があるのなら
春は死にますか 秋は死にますか
夏が去る様に 冬が来る様に
みんな逝くのですか

わずかな生命の
きらめきを信じていいですか
言葉で見えない 望みといったものを
去る人があれば 来る人もあって
欠けてゆく月も やがて満ちて来る
なりわいの中で

おしえてください
この世に生きとし生けるものの
すべての生命に 限りがあるのならば
海は死にますか 山は死にますか
春は死にますか 秋は死にますか
愛は死にますか 心は死にますか
私の大切な 故郷もみんな
逝ってしまいますか

海は死にますか 山は死にますか
春は死にますか 秋は死にますか
愛は死にますか 心は死にますか
私の大切な 故郷もみんな
逝ってしまいますか

wikiによると、この歌は、映画『二百三高地』の主題歌であり、1980年7月10日にシングルが発売されたという。もう36年も前の歌だが、心に残る・・・・
wikiによると、「なお一時期、4番の歌詩の一部を変更して歌っていた。」というので、Youtubeで聞いてみると、確かに4番の「去る人があれば 来る人もあって」という部分が「行く人があれば 来る人もあって」と歌っていた。
しかし、相変わらず哲学的な詩だ。wikiによると、
「歌詩は『万葉集』第16巻第3852番に基づいて作られている。
鯨魚取 海哉死為流 山哉死為流 死許曽 海者潮干而 山者枯為礼
鯨魚(いさな)取り 海や死にする 山や死にする 死ぬれこそ 海は潮干て 山は枯れすれ
大意:海は死にますか 山は死にますか。死にます。死ぬからこそ潮は引き、山は枯れるのです。」

だというが、浅学の自分には良く分からない。しかし、何故か沁みる・・・・

ぼやっと大きく輝く月と、流れる雲を見ながら、目の前を矢のように流れる“時間”というものを、つい考えてしまった。

161115sibou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月13日 (日)

素晴らしい女性用クシ~ラブクロム PG テツキ シルバー

今日は、カミさんが絶賛している櫛の話。(別にblogネタに困っているワケでもないが・・・)
我が家は、かなり通販を利用している方だ。カミさんもよく利用しているが、手配(注文)はいつも自分が巻き込まれる。このクシもそうだ。

聞くと「an an」という雑誌の「カラダにいいもの大賞2016」(2016.09.20 NO. 2021)(ここ161113anan という特集号に載っていたクシが欲しいのだという。
それで、「ラブクロム PG TETSUKI シルバー」という名前を頼りに検索してみると、色々ヒットした。いつもは「Yahoo!ショッピング」で買うのだが、カミさんは、信用の点で、公式ショップが良いと言う。確かに定価3700円、税込み3996円で、定価販売。つまり、どこから買っても同じ。
それで公式サイト(ここ)にアクセスして「購入はこちら」をたたくと、何とAmazonのサイトにリンクしていた(ここ)。

それで、先日商品が到着したのだが、カミさんが髪をとかしての第一声。「これはスゴイ!」。自分には理解不能だが、聞くと、スルスルと髪がとかせるのだそうだ。引っ掛からずに・・・
それで友人にも紹介したが、あまり乗り気ではなかったらしい。それでカミさんは、九州のヨメさんにあげるので、もう一つ注文しろ、と言うことに・・・
Amazonのサイトを見ると「非公式サイトでの購入による偽造品トラブルが急増しております。LOVE CHROME 公式ショップ、もしくは、正規販売店での購入をお勧めします。 」という注意書きがあるので、色々と出回っているらしい。
Amazonを見ていて気付いたが、同じような形をした「ラブクロム(LOVE CHROME) クリッパー クロマティックシルバー」という製品もあり、値段もほとんど同じで、形も同じ。しかしこの製品は評価か宜しくない。
この二つの製品、微妙に違う。「クリッパー」は「Amazonでの取り扱い開始日: 2014/3/21 ワイシープライマリー(YC・Primarily)」であり、今回の「TETSUIKI」は「Amazonでの取り扱い開始日: 2016/3/7 LOVE CHROME (ラムクロム)」と、販売店の名前も微妙に違う。同じメーカーなのだろうが、良く分からない。しかし、形だけを見ると、間違えてしまう。

「an an」の紹介には、こんな記載がある。
ラブクロム PG TETSUKI シルバー
“静電気を拡散、表面摩擦軽減・とかすと髪が落ち着く、櫛”
 櫛を変えたくらいで、そんなに変化があるの? そう訝しく思った人、同感です。我々編集部スタッフも、この櫛に出合うまでは、髪に良い櫛はつげや竹などの天然素材で作ったものだろう、と思っていたクチ。
161113kushi  でも、日本の最先端技術を侮っていたことを反省しました。驚くほど軽い櫛の表面は、日本が誇る最新の自動車工業技術を利用した、滑らかな表面加工を施しています。当然、櫛
通りはスルスルーーーッと滑らかで、髪をとかした時に生まれる静電気を大幅に軽減。
 実は、静電気が起こると、髪のダメージを生むだけでなく、必要以上の帯電が疲労の原
因にもなっているんだとか。髪の健康維持と疲労対策のためにも、できるだけ静電気が起
きない櫛を選ぶことは、とても大事なのです。
 撮影時に試した、モデルのメイ・バクティさんも、とかすたびに髪が落ち着きしっとりしてきた、と驚きの表情に。
 また、微細な空洞もない緻密なコーティング加工なので、バクテリアなどがつきにくく、いつも清潔に使えます。毎日とかすことで変わっていく、髪の変化を楽しんで。」

何?自分? ウン、自分も試してみたが、櫛がスッと入った。もっとも、自分は禿頭で、そもそも髪の毛が無いので、櫛が髪に引っ掛かることは原理的に有り得ないのだが・・・

今日は、カミさん推薦の商品の話をしてしまった。繰り返すが、これは自分は一切評価していないので(出来ないので)、カミさんの受け売り。
ま、そんな製品もある・・・という話。

(2016/11/14追)~メモ
●当サイト右欄の愛犬「メイ子」の写真を、今日、トリミングに行った時に撮った写真に交換。
・ちょうど3歳になった孫娘。今朝のヨメさんからのメールによると“お昼にラーメンを食べていたら「スープの香りが口いっぱいに広がっておいしいわ~」”と言ったとか・・・。
抱腹絶倒!とてもオムツをしているとは思えない表現力・・・。かくもオ・ン・ナは怖ろしい!? 
おかげでこれが我が家の流行語になってしまった!?カミさんもこの言葉が頭から離れなくなったとか・・・・

161113denki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月12日 (土)

無期懲役、進む「終身刑化」~仮釈放1年で0.5%、30年

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
無期懲役、進む「終身刑化」 仮釈放、10年連続1桁
 法務省は8日、無期懲役刑が確定して服役中の受刑者のうち、昨年中に仮釈放されたのは9人だったことを明らかにした。無期懲役の場合、刑の開始から10年が過ぎれば仮釈放できると刑法は定めているが、10年続けて1桁となった。9人の服役から釈放までの平均期間は31年6カ月で、事実上の「終身刑化」が進む。
161112choueki  昨年新たに無期懲役で服役したのは25人。昨年末時点の無期懲役の受刑者数は1835人にのぼった。うち3割は服役期間が20年以上で、50年以上も12人いた。また、昨年の服役中の死亡者は22人だった。
 仮釈放は全国8カ所の地方更生保護委員会が審理し、反省の様子や更生への意欲、再犯のおそれなどをもとに許可するかを決める。昨年は31件が審理され、許可は11件。年内に9人が仮釈放された。許可されたうち、殺人罪の50代の受刑者は、服役期間が33年9カ月に及んだ。強盗致死傷罪で30年6カ月服役していた80代の受刑者もいた。
 犯罪白書によると、1970年代の仮釈放は平均で年間約70人いたが、その後は減少。現在と同じ統計方法になった98年以降は20人以下にとどまっている。平均服役期間は98年には20年10カ月だったが、昨年まで7年連続で30年を超えた。
 ■「23年目、生きる自信ない」
 仮釈放が認められにくい状況について、日本弁護士連合会は2010年に出した意見書で「事実上の終身刑化が進行している」と批判。今年10月に出した「死刑制度の廃止」を求める宣言の中でも仮釈放を審理する機会を増やすよう求めた。
 意見書に関わった海渡雄一弁護士のもとには昨年10月、かつて面会した西日本の刑務所にいる受刑者から手紙が届いた。「相変わらず仮釈放はありません」「23年目ですがこれから何年も生きる自信もありません」とつづられていたという。
 無期懲役の受刑者の社会復帰のあり方を考える研究会も今月、立ち上がった。石塚伸一・龍谷大法科大学院教授(刑事法)ら研究者が集まり、終身刑のある海外の実態などを調べ、刑務所内での対応法を提案する計画だ。石塚教授は「無期懲役の受刑者の増加は施設側の負担にもなっている。社会に戻りうる環境を整えることは社会の責任だ」と話す。(金子元希)」(
2016/11/09付「朝日新聞」p35より)

死刑制度が、世論調査を見ても、なかなか無くなりそうもない日本。そして、死刑と10年経ったら出所出来る無期懲役との間の落差が大きすぎる、という指摘がある。
しかし、現実には、無期懲役は終身刑化しているという。
率で言うと、1800人中、1年間の仮釈放は9人なので0.5%。そして釈放までの平均期間は31年・・・。

人間、「希望」が無いと生きていけないという。
今放送中の朝ドラ「べっぴんさん」。先日(2016/11/09)の放送の中で、明美のこんなセリフがあった。
「人を元気にするのは希望です。なんとか現状維持しよう思うんやなくて、元気になれば、その先にこんな事が待っているって、未来を夢見ることが、それが一番人を元気にするんです。」

刑務所の中も同じ。出所出来るかも知れない、という希望があれば、より良く生きることも出来る。しかし、絶対に出所できない終身刑だと、何を夢見て生きるのか・・・

確かに、重罪を犯した受刑者の無期懲役。何を甘い、という見方もある。
自分も今まで、死刑と無期懲役の間を埋める「終身刑」が日本でも必要では?と思っていたが、年間0.5%で30年という仮釈放の数字を見るに、今のままで良いのでは?と思った。

●メモ:カウント~960万

161112wagahai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月10日 (木)

居間の壁紙の貼り替え~トランプ勝利

いやはや昨日(2016/11/09)は、色々と大騒ぎ。
家のメンテ。居間の壁紙の貼り替えは、長年の懸案だったが、やっとカミさんの同意が得られ、昨日実施。
今まで何もしなかった理由は二つ。「いつまでもこの家に居る訳ではない」というカミさんの方針と、「(愛犬)メイ子が騒ぐ」。
「都会のマンションに」というカミさんの40年来の夢も、お金の関係で渋々挫折を認めざるを得ず、メイ子の問題も「お前、いつまで元気なんだ?」と聞くと、「当分死なないよ」という返事。
それで、これではいつまで経っても実現しそうにないので、工事の時間は、カミさんがメイ子を外に連れ出す、ということで折り合った。

実は先日、近くの知人宅を訪問したとき、“壁紙にペンキで塗る”という方法があることを知った。カミさんは、それで良いと言うので、色々研究したが、結局見送ることにした。
Img_00381 実は、居間の壁紙で、一番見にくいのが、天井のシーリングの痕。当初から長い間、20W蛍光灯5本の四角い大きなシーリングを使っていたため、それより小さい丸形のシーリングに変えた今は、四角い黒い痕が汚かった。よって、一番交換したいのが天井。しかし、アマチュアは天井の作業は無理。長時間上を向いていると、血栓が出来て、脳梗塞にもなりかねない。
天井だけでなく、壁も全体的に黒い。特に天井と壁の四隅が、理由は良く分からないが、黒い・・・

まあ、自分の作業が大変、という理由もあるが、結局頼んだのは、いつもの市内のインテリア屋さん(ここ)。試しに、良く行くホームセンターで概算を出して貰ったら、1.5倍だった。大きな店舗を構え、受注してから外注に出す大規模店に比べ、自社の社員で作業をするところは、中間マージンが無い分、安く挙がるらしい。

16畳の居間は、2名で9時前に始まって、4時には終わった。さすがプロは速い。一人が壁紙を剥がすと同時に、もう一人は、機械で壁紙に糊を付けたものを用意。それが出来上がってから、一気に貼っていく。
聞くと、何もしていない壁紙はすぐに剥がれるが、いったんペンキを塗った壁紙はカチカチにに固まってしまい、簡単には剥がれず、苦労をするという。従って、その費用も請求すると言っていた。つまり、ペンキ派はずっとペンキ派でないとダメみたい・・・

Img_00611 天井も、一人で貼って行く。前に貼った物と継ぎ目を合わせながら、速いこと・・・

メイ子は、さすがに自分の居場所が無い。最初は珍しそうに歩き回っていたが、お茶の用意をしてから、カミさんと行き付けのホームセンターに“時間潰し”に出発。自分は、二階の自室で、テレビを点けっぱなし。もちろん米大統領選の速報に釘付け。
案の定、最初から最後まで、トランプ優勢で推移。まあこれは、“自分的には”予想通り。つまり、「隠れトランプ派」が多いとウワサされていたのに、最終の支持率での、たった3%程度の差は、逆転は予想内だった。

そんなテレビを見ながら、壁紙がパソコンやネット、テレビの配線の部分になると出動。タイムシフトを止めたり、タンスの裏を掃除したり、30年ぶりの床を拭いたり・・・

午後2時頃になって、ほぼトランプが当確。そんな時、突然Netがつながらなくなった。居間に降りて、「何かした?」と聞くと、光ケーブルのコンセントの部分の壁紙作業中で、「コンセントを元に戻した際に、光ケーブルが切れたみたい。KDDIに直して貰うしかない。」とのこと。それが確信に満ちた言い方なので、納得。
「エエッ!?Netも電話も不通じゃないか・・・」とも言えず、仕方が無くKDDIに電話。すると「ご迷惑を掛けて申し訳ありません・・・」「いやいや、こっちが壁紙を貼り替えていてケーブルを切ったみたいで・・・。ネットも電話も不通なので、一刻も早く直して欲しい・・・」
「直ぐに手配をする。何とか今日中に連絡を入れるようにします」「スミマセン・・・」

Netが通じなくなるのは初めて。何か不安。息子からの電話も携帯に。試しにスマホから自宅の家電に掛けてみたら、話中の「ツーツー」かと思ったら「ネットワークにつながれていないので、電話が通じません」みたいなアナウンスが流れた。なるほど、これなら分かり易い・・・。
連絡がないので、夜8時頃に、状況確認の電話を入れたら「手配(現地の工事業者)は済んでいる。今から連絡をして、お客さまに連絡するように言います」とのこと。「スミマセン・・・」
すると、9時前に電話があって、明朝(今朝)来てくれるとのこと。

一晩、Net無しの生活だった!?(大袈裟だけど・・・)でも、そんなに不都合は無かった。まあ当然だけど・・・。
そして今朝、9時半頃に工事屋さんが来て、見てくれた。やはり原因は、光コネクタ部分の断線で、光ケーブルのつなぎ直しで、すぐに直った。ヤレヤレである・・・
それにしても、KDDIの修理は速かった。停止時間は午後2時から翌朝9時半までで済んだ。

まあ、そんなこんなで、昨日はバタバタしてしまった。
年金生活者の特権で、朝から午後までテレビを見ていたが、トランプ候補の躍進は、米国民の現状維持への不満の爆発なのだろう。それはそれで分かる。
一方、世界がトランプリスクに怯えているようだが、自分はそれほ心配ないと思っている。
先日、話題となったフィリピンのドゥテルテ大統領の“暴言”。FNNの単独インタビュー(ここ)で「アメリカなどに過激な発言を繰り返す理由について、ドゥテルテ大統領は、「誰も話を聞いてくれないとき、どうやったら、気がついてもらえるか。『汚い言葉を使って叫んでいる男は誰だ』となり、わたしに気づき、耳を傾け始める。(では、暴言はわざとだと)もちろん」と述べた。」と答えている。
つまりトランプ候補も同じ。昨日の勝利宣言でも現れているように、いったん大統領になったら、それなりの行動を取ると思う。
しかし、「まさか・・・」が現実となる世の中になってきた。英も米も韓も、国民は変化を求めている。今までの延長線では、何も生まれないと判断している。
ひるがえって、日本はどうか・・・。国中が惰性(今のままで良い)で動いているようにも見える。
そんな観点では、英も米も韓も、羨ましい・・・

おっと話がそれた・・・
壁紙が新しくなって、まず夜明るいことに気付く。これは当然。蛍光灯の光が真っ白な壁に反射するので、明るい。今日、試しにシーリングの中の蛍光灯を一本外してみた。それでも明るさはちょうど良い。思わぬ効果・・・

今までの壁紙は無地だったが、今回の「珪藻土風」の模様も、心配要らなかった。と言うのは、工事屋さんが、強く「珪藻土風」の模様の壁紙を推薦する。理由は紙の厚さ。貼り替えの場合、下地のデコボコが表面に出て来てしまうことがあるが、紙が厚いとごまかせるらしい。推薦に従ったが、まあ正解のようだ。
作業終了時には、工事屋さんが、一巻きの壁紙を手に「これは保管しておいて下さい。将来この製品が廃止になると、補修が出来なくなるので・・・」。なるほど・・・
そして、「さすがにエアコンの裏だけは出来ないので、エアコン交換の時は室内機を、今より大きい物に替えなければいけないね」と言うと、「その時は、エアコン交換の日を教えてくれれば、エアコンを外した時に、さっきの壁紙を利用して補修します」と言う。
確かに配管があって今は無理だが、地元の老舗店だけあって、アフターサービスもOK。そう言えば、前にトイレの床を貼り直して貰った時も、トイレの水漏れで床が大きく剥がれてしまったことがあった。その時も、電話一本で、無料で貼り直してくれたっけ。

今まで、30年も放りっぱなしの居間の壁紙。ケーブル類の配線も含めて、腰が重かったが、まあやってみると、それほどでもなかった。変化の多い、一日だった。

161110tanosiku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月 7日 (月)

「世界一国民が豊かな国は?」~“熱気のない”日本は6位

もうかなり前の記事だが、「国民の豊かさ」についてのランキングが載っていた。
世界一国民が豊かな国は? アジアから3カ国がトップ10入り
世界各国の富裕度を測る「ワールド・ウェルス・レポート2016」が発表され、日本は世界で6番目裕福な国であることが判明した。「世界一の経済大国」を自負する米国は堂々の2位。3位は金融産業大国として知られる英国という結果になった。
この調査は大手国際金融グループ、ドイツのアリアンツが、各国の不動産以外の個人資産と人口に基づいて算出した「国民の実質的な豊かさ」を表したもので、従来の国が保有する資源や事業などを中心とした「国の豊かさ」とは異なる点が興味深い。
不動産価格は各国によって変動が大きく、資産総額を不自然に押し上げる、あるいは押しさげる要素が強いため、今回の評価基準から削除された。
首位のスイスを始め相対的に欧州国が目立つが、アジアからは台湾とシンガポールもトップ10にはいっている。
かつて「アジア一の富裕国」といわれた日本国民の富が年々後退しているのに対し、富裕層が増加傾向にあるアジア圏では多くの国の個人資産が着実に成長している。
欧州圏ではスイスがいまなお、世界の資産の中心地として健在。北欧三カ国の豊かさもさることながら、フランスやドイツといった欧州国が、2008年の経済危機以降長い年月を経て個人資産を回復させているのがわかる。

■富裕層では無敵のスイス 日本もアジア1位を維持
1位 スイス
2位 米国
3位 英国
4位 スウェーデン
5位 ベルギー
6位 日本
7位 デンマーク
8位 台湾
9位 オランダ
10位 シンガポール
11位 カナダ
12位 イスラエル
13位 ニュージーランド
14位 オーストラリア
15位 イタリア
16位 フランス
17位 オーストリア
18位 ドイツ
19位 アイルランド
20位 フィンランド
(ZUU online 編集部)(
ZUU online 2016/9/29ここより)

このランキングは「不動産以外の個人資産と人口に基づいて算出した「国民の実質的な豊かさ」を表したもの」だそうだ。
ざっと見ると、老大国の英国が3位なのは健闘している反面、フランスが16位、ドイツが18位と、EUの劣等生?のイタリア15位の後塵を拝しているのはどうしたことか?

一方、最近話題の多い香港。一人当たりのGDPは2015年で19位と、ドイツ20位、フランス23位、日本26位の上を行く。まさにアジアの“豊かな国”のひとつ
その香港の選挙がおかしい・・・

今日の朝日新聞。
香港独立派2議員の資格は「無効」 中国全人代が法解釈
 9月の香港立法会(議会)選挙で当選した、中国からの独立を視野に入れる政党の2人の議員資格が争われている問題で、中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の常務委員会は7日、香港の憲法にあたる基本法について、2人の資格が無効となる解釈を示した。中国側が法解釈を使って、香港独立の動きを封じ込めた形だ。
 資格が無効となるのは、政党「青年新政」の梁頌恒氏と游蕙禎氏。香港ではこの問題を裁判所で審理中だが、全人代の解釈が優先される。香港では「中国による司法権への介入だ」と反発が広がっている。
 基本法104条は、立法会議員の就任時に「(香港は中国の一部と定めた)基本法を守る」と宣誓するよう義務づけている。だが、2人は決められた文言通りに読まず、「香港は中国ではない」と書かれた横断幕を掲げるなどしたため、宣誓は無効と判断された。
 常務委は「有効な宣誓をしなかったり、拒否したりした場合は、その職には就けない。やり直しも認めない」との解釈を示した。
 常務委香港基本法委員会の李飛主任は北京で開いた会見で、「香港独立の主張は基本法に明確に違反しており、すぐに抑制して打撃を与えなければ、国の安全と香港の繁栄・安定を損なう」と解釈権を行使した理由を説明した。
 香港トップの梁振英・行政長官は記者会見で「香港政府は全面的に常務委の法解釈を支持し、法に基づいて厳正に対処する」と語った。
 この問題では、香港政府が「2人はすでに議員資格を失った」として裁判所に判断を求めていた。2人は「議員資格を失わせるには出席議員の3分の2の賛成が必要」との基本法の規定を理由に、議会内で決める問題だと反論していた。
     ◇
■広がる香港独立論、封じ込め図る中国
 香港の若者らで広がる中国からの独立論を、中国側が香港基本法の解釈権を使って封じ込めた。香港の立法会(議会)であからさまに独立を訴える議員はいなくなる見通しだが、香港の司法手続きの頭越しに失職させることで、中国への反発が強まる可能性がある。
 独立論の背景には、行政長官選挙の民主化を訴えた2014年の抗議デモ「雨傘運動」や中国当局の関与が疑われる昨年の書店関係者失踪事件で、香港市民の間で中国政府への不信感が高まっていることがある。
 2人が基本法で定められた宣誓をせず、議場で中国を侮辱するような言葉を使ったことなどに対しては、中国政府に批判的な民主派の間でも「やり過ぎだ」との意見が強かった。
 だが、2人は選挙で選ばれた市民の代表だ。「一国二制度」の下、高度な自治が保障されているはずの香港で、裁判継続中に失職させようとする強引な手法は、中国政府による香港の民意の否定と受け止められかねない。(北京=延与光貞)」(
2016/11/07付「朝日新聞」夕刊p2より

NHKのETV特集「香港は誰のものか」(2016/10/29放送)(動画はここ)を見て以来、独立派の若者による新興勢力の当選者2名の動向を注視していたが、案の定の結果。
まさに「中国政府による香港の民意の否定」である。

経済的な豊かさに対する、思想信条の自由による心の豊かさ。その点では、香港は、決して豊かではないのかも知れない。

ひるがえって日本。国民は世界第6位などと言われても、実感はまったくない。心の自由という豊かさも、日々狭められていることは、国会でのやりとりを見ていても直ぐに分かる。
最近の韓国大統領の「お友だち」問題もひどいが、日本でも、小池都知事が揺さぶっている五輪、築地問題などは氷山の一角。
昨日のNHKスペシャル「廃炉への道2016 調査報告 膨らむコスト~誰がどう負担していくか~」(2016/11/06放送)を見ても、現時点の予想13.3兆円から青天井に膨れあがって行く費用。その7割を国民に負担させるというが、誰も国民に説明をしていないという。

英国のEU離脱に続いて、トランプ米大統領も絵空事ではなくなっている。これも、現在と、その延長線の政治への反旗。
それら最近の英国、韓国、香港、米国の国民の“熱気”に対し、何とも弱々しい日本国民の熱気。
これら熱気のある国が“羨ましい”と、誰かが言っていた・・・。

161107kyouto <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月 5日 (土)

サービス残業横行の“隠れブラック企業”~対する理想の経営理念「伊那食品」

先日、何となくテレビを点けていたら、NHKクローズアップ現代「蔓延する“隠れブラック企業”」(2016/11/02放送)という番組を放送していた(動画はここ)。
先の電通の過労死問題に端を発し、厚労省の特別チームである「過重労働撲滅特別対策班(かとく)」の動きを伝えていた。この組織は2015年4月に、東京と大阪に置かれ、ブラック企業を摘発するために作られた専門チームで、強力な調査権限を持っているという。
そしてこれまで大手企業5社を摘発したという。表向きはホワイト企業に見える会社だが、実際は長時間残業が当たり前の““隠れブラック企業”。

これまでに強制捜査に入った企業は、下記の5社。
エービーシー・マート(ABC-MART)
ドン・キホーテ
フジオフードシステム(まいどおおきに食堂、串家物語、つるまる、かっぽうぎ)
サトレストランシステムズ(和食さと、・・・・)
コノミヤ(大阪、名古屋のスーパー)

そして今回、臨検監督に入った電通。

大和ハウスでは、2004年に電通と同じ強制消灯をしたが、想定外のことが発生。暗闇の中で隠れて残業をしたり、翌朝早く出勤して勤務記録をつけずに働く社員が続出。結果として形を変えたサービス残業が横行したとして、2011年に労基の指導まで入ったという。
それからの取り組みは「がんばるタイム」(一定の時間、集中して仕事をするための時間で、話し掛けることも電話の取り次ぎもしない)などの効率化、などなど・・・。

続いて、今朝の朝日新聞にはこんな記事があった。
ドン・キホーテ、違法な長時間残業で罰金命令 東京簡裁
 従業員に違法な長時間残業をさせたとして、ディスカウント店を運営する「ドン・キホーテ」(東京都目黒区)が労働基準法違反(長時間労働)の罪で東京簡裁から罰金50万円の略式命令を受けた。10月26日付。同社は今後、納付するという。同社をめぐっては、都内の「ドン・キホーテ町屋店」など5店舗で、従業員数人に労使で定めた残業の限度(3カ月120時間)を超える最長415時間の残業をさせたとして、東京労働局が今年1月に同社と執行役員ら8人を書類送検した。親会社のドンキホーテホールディングスは「全社を挙げて関係法令の順守を徹底する」とコメントした。」(
2016/11/05付「朝日新聞」から)

残業時間については、サラリーマンの現役時代に散々かかわったが、こんな記事を読むと、話題になっているのは、まさに氷山の一角だと思う。
あらゆる会社で、サービス残業の問題はある。その問題にすいて、社員が問題視して、労基に駆け込むと事件化することもある。しかしそれも氷山の一角。賃金支払い問題を多く抱えている労基は、特に大会社の場合は、自浄作用を期待して、電話で担当者に注意して終わるケースも多いと前に聞いた。

そもそも会社の文化、いわゆる社風は絶対に変わらない。というのがリタイア・サラリーマンとしての自分の見解。
監督官庁から指摘を受けても、その時は、色々な対策をして、今後は起こさない、としても、時間と共にその緊張感は薄れ、物と姿に戻ってしまう。それは「人間の心」「長年培われた文化」はそうそう変われないという事。

番組にあった大和ハウスの「がんばるタイム」も、自分も現役時代に同じような事をやったことがあるが、ほとんどと言うより、全く根付かなかった。
そもそも根源は仕事の量。番組の「和食さと」の例も、お客が目の前にいて、回さなければ、という使命感からすべては発生する。仕事と対応する人員とのバランスがすべて。しかも、ここでの悲劇は、会社側(上司)が本人の知らないところで、残業時間数を改ざんしていた点。これは救われない・・・・

就活に向かう人にもしアドバイスが出来るとすれば、「社風は変わらない」ということ。東芝のように「上司に逆らえない」風土なども、140年の歴史から生まれている。それが簡単に変わる訳がない。そしてこれら事件を起こした会社も簡単に変わる訳がない。それを前提に会社選びをするべき。

改めて、先日行った(ここ)「かんてんぱぱ」の伊那食品の経営理念をじっくりと読んでしまった(ここ)。

そこには、「当社は成長の数値目標は掲げていません。 売り上げや利益の数値は、自然体の年輪経営の結果であり、あえて目標を掲げる必要はないと思うからです。 売上高を伸ばす事を目指すのではなく、社員一人ひとりが能力を充分に発揮し、色々な面で成長できる事を目指しています。」という方針が掲げられていた。
寒天の国内シェア8割という実力から来るこの安定経営。
人を物のように使い捨てにする、先のブラック企業の対局にあるこの社風。これも簡単には変わらない。
しかし伊那食品工業の経営理念を読んでいると、まさに心が洗われる。
あのキレイな敷地が頭に浮かぶ・・・・

最近の「日本はどうなってしまったのか?」と思うような事件を見聞きする一方、まだまだ救いがある会社はある、と思い出す伊那食品ではある。

蛇足だが、朝日新聞に載っていた、電通事件の特集を下記しておく。
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「(けいざい+ 深話)電通、過労自殺再び:上 終業と退館、記録にずれ
 「もう4時だ 体が震えるよ…… しぬ もう無理そう。つかれた」
 昨年10月21日早朝。広告大手、電通の新入社員だった高橋まつりさんは、SNSにこんなメッセージを残した。東京・汐留の本社ビルの入退館記録などによると、この日退社したのは午前3時38分。前日の午前8時56分に出勤してから、19時間近くが過ぎていた。
 その4日後。日曜日だった25日は午後7時27分に出社。28日午前0時42分に退社するまで約53時間、ほぼ連続して社内にいた記録が残る。11月5日にはこう書き込んだ。「タクシー乗ったなり へろへろ」
 この日の退社時刻は午前2時7分。前日から続けて17時間近く社内にいた。深夜勤務や休日出勤が続いたこのころ、高橋さんはうつ病を発症したとみられる。
 12月25日朝、都内の電通の女子寮で身を投げ、自ら命を絶った。24歳だった。
 今年9月30日、三田労働基準監督署(東京)は高橋さんの自殺を労災と認めた。労基署が認定した1カ月(10月9日~11月7日)の時間外労働は105時間。試用期間が終わり、10月に本採用になってから倍以上に増えていた。
 労働基準法は、1日8時間、週40時間を労働時間の上限と定める。これを超えて時間外労働をさせるには、労基法36条に基づいて労使が協定(36〈サブロク〉協定)を結び、労基署に届ける必要がある。電通が届けていた上限は原則として月50時間。ただし、特別な場合には月100時間まで認められる。
 電通では、社員が始業・終業の時刻を自己申告し、上司が承認することで労働時間を管理している。この記録では、高橋さんの時間外労働は月50時間の範囲に収まっていた。労基署の認定とは大きな開きがある。
 電通は一方で、「フラッパーゲート」と呼ぶ出入り口を通ると、入退館時刻を自動的に記録するようにしている。1991年に入社2年目の社員が自殺し、再発防止策として導入したしくみだ。労基署はこの記録をもとに、高橋さんが36協定の上限を超える長時間残業をしていたと認定した。
 電通広報部によると、「入館と始業、終業と退館の間に1時間以上の開きがあった場合、理由を申告し、上司が確認する」という。記録のずれが生じるのは、「ラッシュを避けるために早めに出社したり、終業後にサークル活動や自己啓発活動をしてから退館したりするなど、私的な理由で残っているケースがある」からだと説明する。
 だが、30代の現役社員の説明は異なる。夜遅くまで残業したとき、私的な理由で会社に残ったことにして残業時間の申告を減らしているという。終業と退館に1時間以上の差があれば、「『私的情報収集』『(忘れ物などの)一時的入退館』『自己啓発』などの理由をつけて申告する」という。「勤務時間中の一部を働いていなかったことにして『中抜き』することもある」と明かす。例えば、午前1時に仕事が終わって退館した場合、午後8時から午前0時の間は働いていないことにして申告する。
 部長から「残業が100時間を超えないように処理して」と指示を受けているためだ。「ひどい月は140時間は残業しているのが実態だが、ウソをついているので、システム上は残業時間が100時間を超えていない」と打ち明ける。
 「部長『君の残業時間の20時間は会社にとって無駄』」。上司に言われたとして、高橋さんがSNSに残した言葉だ。高橋さんにも、「上司が実際より短い残業時間を記録するよう指示していたのではないか」。遺族側はそうみている。(大内奏、編集委員・沢路毅彦)
     ◇
 25年前に若手社員が過労自殺し、責任を認めた電通。再発防止を誓ったが、再び悲劇が起きた。教訓はなぜ生かされなかったのか。2回に分けて報告する。」(
2016/10/27付「朝日新聞」より)

「(けいざい+ 深話)電通、過労自殺再び:下 「鬼十則」の風土、今も
 バブル経済の終わりが近い1991年8月。電通に入社して2年目のラジオ局(当時)の男性社員が自宅で自殺した。24歳だった。
 長時間労働でうつ病になったのが自殺の原因だとして、遺族は電通の責任を問う訴訟を東京地裁に起こした。遺族側は、深夜の退館記録などをもとに、男性が長時間労働を強いられていたと主張。会社側は男性の自己申告による記録をもとに、「時間外労働が突出して多いわけではない」「在館時間がすべて業務にあてられていたわけではない」などと反論した。
 地裁判決は、男性が亡くなった8月に10回、前の月も12回、東京の本社を午前2時以降に退社していたと認定。こうした事実をもとに、「常軌を逸した長時間労働をしていた」として遺族の訴えを認めた。
 裁判は最高裁まで争われ、2000年3月、電通に安全配慮義務違反があったと認定された。「会社は労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務がある」。初めてこう言い切った最高裁判決は「過労死問題のバイブル」(岩城穣弁護士)になった。
 電通は責任を認めて遺族と和解。再発防止に向け、「長年にわたって適正な勤務管理、長時間勤務抑制、社員の健康維持のための取り組みを実施してきた」(広報部)と説明する。
 しかし、14年6月に関西支社(大阪市)が、昨年8月には東京・汐留の本社が、違法な長時間労働をさせたとして労働基準監督署から是正勧告を受けていた。その4カ月後、男性と同じ24歳で新入社員の高橋まつりさんが過労自殺した。
 さらに、本社勤務だった男性社員が3年前に亡くなり、過労死を認められたと関係者は明かす。「全国過労死を考える家族の会」の寺西笑子代表は「過労死を繰り返す企業には社会的な監視が必要だ」と憤る。
 違法な長時間労働が常態化していた疑いがあるとみて、東京労働局の「過重労働撲滅特別対策班(かとく)」などが今月14日、本支社に抜き打ち調査に入り、刑事事件としての立件も視野に調べを進めている。
 「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」。電通の4代目社長で、「広告の鬼」と呼ばれた故吉田秀雄氏が1951年に書いたという10カ条の遺訓「鬼十則」の一節だ。長時間労働を助長しかねない電通の企業風土を象徴する社員の心得として知られ、高橋さんの遺族側が問題視している。
 「鬼十則」は今も、電通の社員手帳に残る。中堅社員の一人は「うちの哲学。入社研修で学んだし、一部はそらんじられる」と話す。「良くも悪くも体育会系でタテ社会」の社風で、「花形の局では『1年の年次の違いは海よりも深い』と言われている」という。
 「命を削って給料をもらっているところはある。今回の過労自殺はひとごととは思えない」とも話した。
 電通は17日、石井直社長名の社員向け文書で「当社が是認してきた『働き方』は、当局をはじめとするステークホルダー(利害関係者)から受容されえない」と言及。会社は、午後10時の一斉消灯と退館、午後10時~早朝5時の深夜業務の禁止を社員に通達した。スタンドライトの点灯や社外での深夜業務も禁じた。
 25日午後10時過ぎ。本社の明かりは一斉に消えていった。しかし、社員の反応は冷ややかだ。ある中堅社員は「パソコンを自宅に持ち帰って、こっそりとサービス残業することになるだけ。立件を何としても避けようとしているようにしか思えない」と話す。
 電通の労働組合も24日、会社の対策が「場当たり的なものになってしまう可能性がある。社員にしわ寄せがいくことを懸念している」とのメッセージを組合員に出した。(高野真吾、大内奏、編集委員・沢路毅彦)」
(2016/10/28付「朝日新聞」p9より)

161105fight <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年11月 3日 (木)

八王子「合唱の集い」(2016年)を聞く

今日は、文化の日。ジンクス通りの晴天。それで、八王子いちょうホールで開かれた「第66回(平成28年度)八王子市民文化祭」の「合唱の集い」に行ってきた。
先日、「日野市民合唱祭」(ここ)に行ってみたが、カミさんが、地元の八王子の合唱団も平等に?聞く必要があるというので、行ってみた。しかも、最初から聞くべきというので、10時161103gassyou1 過ぎから午後4時半まで、6時間の長丁場だったが、ほぼ全団体の演奏を聞いた。
今日は、それを素人が予断無く、素直に聞いた感想である。(日野の時に、衣装で惑わされたので、今日は目をつぶって音楽だけを聞いた。)

まず全体的な印象だが、ピアノの威力が大きく、少人数の団体の演奏はピアノの音に負けている。どの団体も同じだが、ピアノ伴奏と合唱のバランスが難しい。自分はどちらかと言うと、ピアノ伴奏の無い合唱の方が好き。
161103gassyou2_2 演奏の技量は、非常にばらついている。“一糸乱れず”から“とにかく楽しもう”まで・・・
演奏者を男女別に人数をメモしてみたら、その合計は、女性700名に対して、男性118名だった(児童合唱の2つは含まず)。この人数が八王子の合唱人口??
内訳は、混声合唱11団体、女声合唱27団体、男声合唱3団体、児童合唱2団体の計43団体。
混声合唱は、男声が1~2名の団体もある。とにかく合唱は女性の天下。衣装も皆素晴らしい。

16110305yamanami その中で、印象に残った演奏を出演順に紹介すると、まず5番目の「混声合唱団 やまなみ」が良かった。男声12名、女声13名とバランスが取れたメンバー。良く訓練された歌声が実にバランス良い。
この辺りまで聞いてみて、いわゆるボイストレーニングが、合唱では大切なんだろうな、と思った。たぶん理想は、各パートが一人で歌っているようになれば良いのかも・・・。一人でも突出した声を出す人がいると、全体のバランスは崩れる。その点では、団員募集の時に発声の入団テストが必要なのかも・・・

16110313silver 13番目の「竹の里 シルバーコーラス」にはビックリ。男性3名、女性8名なのだが、まず舞台に椅子が並べられ、何人もシルバーカートを押しながらの登場。しかも皆白い帽子をかぶっている。平均年齢は90歳近い?
もちろん声も小さいので、リボンや鈴で脇を固める。上手下手を超えた「特別出演」!?歌が元気を運ぶことを実感した。

16110318katakuri 18番目の「混声合唱団 かたくり」も素晴らしかった。最初の第一声を聞いただけで、良く訓練されていることが分かった。男声6名、女声13名で規模は小さいが、どんな混声合唱曲もこなせる技量があるように思えた。たぶんベテラン揃いなのだろう。

16110319narahara 19番目の「女声コーラス ならはら」も素晴らしかった。女声20名の全体のバランスがよく、まとまった歌唱は聞いていて安心。
この団体とは関係無いが、全体的に合唱の編曲について、色々思った。自分が古いのかも知れないが、全体的に合唱編曲で感心した歌がなかった。つまり、どちらかと言うと、あまりに現代的な合唱編曲のように思えた。良く聞き慣れた唱歌も歌われたが、編曲がどうも頂けない。
そして、全体的に、旋律が弱い。つまりソプラノが弱いので、伴奏の他のパートに負けて、旋律が聞き取れない合唱が多かった。ピアノ曲でもギター曲でも、旋律は他の音とは区別されてはっきり聞こえるのが普通。昔からだが、合唱ではなぜ旋律の明確化がされないのか・・・

おっと話が脱線した。元に戻そう。29番目の「女声合唱 いろえんぴつ」も良かった。女声1916110329iroanpitu 名の演奏だが、良く訓練されたハーモニーが美しい。特に、弱音の和音は素晴らしかった。
ここまで書いて、ふと指揮者が同じことに気付いた。プログラムを見ると、上に書いた「混声合唱団 やまなみ」、「混声合唱団 かたくり」や、この「女声合唱 いろえんぴつ」も、指揮者は松田有子さんで、同じ。その他の2つも指揮しており、今日の参加団体だけで5つを指揮している。
つまりは、この指導者の力量が素晴らしいということかも・・・。
前にも書いたが、合唱は指導者によって大きく化ける。自分は、八王子の合唱については何も知らないが、かなり有名な方なのだろう。

16110335vongole そして、35番目に登場した「男声合唱団 コーロ・ボンゴレ」。男声合唱団は3つ参加していたが、この団体が一番ハーモニーが良かった。人数は10名と少ないが、その声は統一感があり、突出した声もなく、安心してそのハーモニーを聞いた。テナーの高域がきつそうだったが、やっとホンモノの男声合唱を聞いた。女声の牙城の合唱の世界で、一服の清涼剤!?
前にも書いたが、自分が男声合唱が一番好き。ワーンというハモった時の快感は格別。それを今日初めて味わわせてくれた。まさにオトナの合唱だった。

16110339minamino そして39番目の「みなみ野キッズシンガーズ」も良かった。小学校入学前?から中学?までの、たくさんの児童が、一緒になって歌っている。その指導は大変だと思うが、その訓練の成果がいかんなく発揮された演奏だった。
この演奏が終わった途端、ごそっと多くの客が客席から退席されたので、キッズの親御さんがたくさん聞いていたのだろう。

16110343simin そしてトリは43番目「八王子市民合唱団」。男声13名、女声35名による今回参加中48名という最大の人数。一番少ない団体は7名だったので、その演奏の厚みはさすが・・・
Netで検索すると、1993年に苫小牧市と一緒に「第九」を歌ってからの発足らしい。この20数年という歴史は、他の団体に比べてどうかは分からない。しかし、歌声は伝統を感じさせる演奏だった。

もちろん他の団体も上手だったが、編曲も含めて、自分の好みで紹介した。
しかし、日野市と違って、学校の合唱団が出なかったのは残念。学校の合唱団は一般的にレベルが高い。それを聞きたかった・・・。

曲名では、「365日の紙飛行機」が人気があるらしく、2団体が取り上げていた。日野の時も聞いた。そして繰り返すが、ピアノ伴奏無しの合唱が少なかったのは残念。ピュアな合唱をよりたくさん聞きたかった。
ともあれ、6時間、じっくりと八王子の合唱の実力を聞いてしまった。そして、予想以上に女性の天下であることを知った。先に聞いた日野の「第47回」の27団体に対して、八王子は「第66回」の43団体。
どこも、合唱熱がいかに盛んなのかを、再認識した。
自分は歌う方には行きそうにないが、皆さん、お疲れさまでした。

(関連記事)
第47回(2016年)日野市民合唱祭に行く 

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2016年11月 1日 (火)

蓼科小旅行~愛犬と共に

一泊二日で、蓼科に行ってきた(2016/10/30~31)。
カミさんの知人から貰ったチケットで、ホテルを予約。今回は、愛犬を連れて行くことを優先にしたため、ペット同伴の部屋のあるホテルから選んだ。愛犬の体調と天気予報を確認して、ホテルの予約は直前。
行き先は、蓼科リゾート(ここ)。2016/10/30(日)の10時過ぎに出発。中央道は空いておりスイスイ。双葉SAに寄ってランチ。1時半過ぎにホテルに着いて、近くの紅葉の名所を教えて貰Img_18441 い、車を飛ばす。先ずは蓼科胡。おっとその前に「九増兵衛餅(くぞうべいもち)」に寄ったが、休日の午後とあって、品切れ。明日のお楽しみ!?
蓼科胡に着いた時には天気も晴れており、紅葉がキレイ。静かな湖面にボートが浮かぶ・・・。愛犬を連れての散歩・・・。

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隣の「蓼科高原芸術の森彫刻公園」は無料公開されていたが、時間が無いので外から見ただけ。
次に向かったのが、「横谷観音展望台」。確かに紅葉は見えたが、それほどでも無かったな・・・

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次に向かったのが「乙女滝」。これが意外と見応えがあった。近い。こんなに間近に滝を見たのは初めて。大きな爆音と共に水しぶきがかかり、「マイナスイオン指数20000個/CC」と表示がある。

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4時過ぎにホテルに戻り、ペット同伴のコテージの鍵を受け取り、指定のコテージへ。
敷地が広いせいか、一番奥のコテージまでは結構の距離。結局、車を部屋の前に乗り付けて荷物を運び入れた。
部屋は、ペット用のゲージもあり、オムツシートなども完備されていた。部屋の外を見ると、小川が流れている。夏は、ベランダで過ごすのも良いのだろう。
しかし、玄関には3つのスプレー。虫取り用なのだろう。今は秋だったから良いが、夏は虫の侵入が避けられないのだろう。自分は夏はゴメンだな・・・

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さて温泉だが、これが建屋内に無い。数分歩いた、道路を隔てた別の施設の有料の温泉場に入りに行った。これは冬はツライ。浴衣で・・・というワケにはいかない。
そして夕食。和定食を予約しておいたのだが、これがなかなか美味しかった。夕食後は建物の中を散策!?
広いフロアーに大きな薪の暖炉があった。冬は雰囲気がよい。なかなか渋い・・・

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愛犬メイ子は、意外と大丈夫だった。エサもだいたい食べたし、おしっこもちゃんとフロアに堂々と。結局、夜半からはカミさんのベッドで一緒に寝ていた。

次の日(2016/10/31)は、朝食後に、ホテルの前を散策。世話が行き届いた芝生に、結婚式用のチャペルがあり、そして下の方に池(湖?)がある。自然と一体となったホテルだ。

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ホテルを後にして、前日買いそびれた「九増兵衛餅(くぞうべいもち)」で買い物をした後、今度は中央道に入って、伊那の「かんてんぱぱガーデン」(ここ)に向かった。
それにしても、iPhoneの地図カーナビは侮れない。自分のカーナビには無かったホテルへも、ちゃんと連れて行ってくれたし、伊那にもちゃんと。

前に行った初台の「かんてんぱぱ」もそうだったが、今回もカミさんの言われるままに行ったのだが、それが「かんてんぱぱガーデン」の広いこと・・・。そして園内のキレイなこと・・・。
先ずカミさんに連れられて行ったのが「健康パビリオン」(ここ)。ここで1500円払って、血管年齢と骨密度を測った。
自分はまあ年齢相応だったが、カミさんは苦戦!?

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さて昼にするか・・・と、園内にあるソバ屋に行ったのだが、平日の1時過ぎだというのに、かなりの人が待っている。待つ時間がもったいないので、隣の「野村陽子植物細密画館」(ここ)を先に見ることにした。
植物の細密画と聞くと、奄美の画家・田村一村(ここ)を思い出すが、ルーペまで置いてあって、非常に細かい絵。どれも原寸大の大きさ。その原画がズラリ。写真は、遠くからならばOKとのことだったので、撮ってみた。

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正面の「ごあいさつ」を読むと、この伊那食品の会長さんとの出会いによって、この専用の美術館が出来たとのこと。原画をこれだけ専用に展示される場所があるというのは、画家冥利だろう。
原画は売らないとのことで、印刷したものが売られていた。

さてそば屋に戻って昼食。新ソバだということで、混んでいたのかも・・・

Img_19701 Img_19671

しかし、つくずく自分はソバが苦手。幾ら新ソバだと言っても、自分にとっては固いソバ。カミさんが美味しいと言って食べているが、自分はソバが苦手だと分かった。

さて、最後に面白いものを見付けた。何と、ベンチにぞうきんが置いてあった。こんなの見たことない。企業のガーデンならでは・・・。ベンチの汚れまで気にしているガーデン。どうりで園内がキレイ・・・
カミさんに聞くと、この伊那食品という会社は、年功序列の終身雇用で、今まで誰もクビにしたことがない会社だそうだ。静かな地方で、こんな安心して働ける会社とともに生きる人生は、羨ましい限りだ。

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かくして、メイ子との小旅行は終わったのであった。
帰りも中央道はスイスイ・・・・。お疲れさま。

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