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2016年10月の18件の記事

2016年10月29日 (土)

シングルマザーの貧困を地方移住で解決

今日(2016/10/29)の読売新聞夕刊に、シングルマザー等への移住呼びかけの記事があった。
ひとり親世帯移住促進…自治体、養育費など支援
 都市部で子育て中のシングルマザーなど「ひとり親」世帯に向けて、移住を呼びかける地方自治体が増えている。
 各自治体は就職先の紹介、養育費の助成、資格取得の手伝いといった独自の支援メニューを用意。介護職員や保育士など、人口減少が進む地方で不足しがちな人材を確保する狙いがある。
161029hitorioya  読売新聞の調べでは、少なくとも11自治体が実施している。きっかけは、島根県浜田市が昨春から始めた取り組み。移住し、市内の介護施設で勤務することを条件に、ひとり親世帯への養育支援金などを支給する事業を打ち出した。1年半で、大阪府や神奈川県などの母子家庭7世帯15人が移住した。
 同市は転居費などの支度金として30万円、1年勤務した後は奨励金100万円も支給。車がない人には中古車も無償提供する。市政策企画課は「これからの地元の介護サービスを担う貴重な人材。まちの魅力を知り、ぜひ定住してほしい」と期待を込める。
 大分県国東市くにさきしや長野県須坂市など、職種にこだわらず受け入れる自治体も登場している。
 今月8日には初の合同相談会が大阪市で開かれ、11自治体のうち新潟県や三重県鳥羽市など9自治体が移住のメリットをアピールした。来場したひとり親たちは「雪は多いのか」「交通の便は」などと担当者に熱心に質問していた。
 一方、自治体関係者によると、受け入れが決まった後、途中で辞退するケースも少なくない。定住につながる人材をどう見極めるかが課題という。厚生労働省によると、2011年の全国のひとり親世帯は約146万世帯。1993年に比べ5割増えている。
 30日には、東京都豊島区のサンシャインシティでも相談会が開催される。浜田市や須坂市のほか、山形県、長野県など計8自治体が参加する。午前11時~午後4時。事前申し込みは不要。」(
2016/10/29付「読売新聞」夕刊p11より)

この話は、前に聞いたことがあり、素晴らしい取り組みだと思っていた。

子どもの貧困、特にシングルマザーの子どもの貧困は大きな社会問題。離婚や死別による、父親という働き手を失った家族は、母親がすべてを背負い込むしかない。
そして、家事・育児と、仕事のはざまで、もがき、毎日の子どもの食事もままならないケースもあるという。

そんなひとり親世帯に対して、こんな自治体の取り組みは、朗報かも知れない。移住して働きさえすれば、そして現在の生活を捨てることが出来さえすれば、ささやかかも知れないが、安定した生活が手に入る。
こんな取り組みを、困っている人は、どう見るのだろう。
「受け入れが決まった後、途中で辞退するケースも少なくない。」という現状からすると、見も知らぬ土地への移住は、そう生やさしいことではないらしい。

住宅を売りに出すと、そのほとんどは、近くの人が買うという。生活保護を受けたりしている人も、高い家賃を払いながらも、住み慣れた土地から動こうとはしない。アパート代が安い田舎に移住する事までは考えない。つまり、自分が長年住んだ生活圏は、それほど人にとって重たい。
一方、定年退職を機に、田舎に移住する人もいる。よくテレビに出てくるが、それはそれで田舎の生活習慣や、近所付き合いは、都会の文化と違っていて大変らしい。
まあこれはある意味“贅沢な選択”なのだが、シングルマザーが子どもと一緒に“食っていく”という厳しい状況に置いては、そんなことも言っていられない。
DVなどで、現在の土地から逃げたい人にとっては、遠い場所でもOKかも知れない。

自分の近くにそんな人がいるワケではないが、“子どもに食べさせる”という、親として最小限の責任も果たせそうにない人にとっては、一度は「こんな方法もある」ということを知って欲しいもの。
この新聞記事(紹介記事)が、直ぐに消えてしまうのが惜しいので、ここにピンで留めておきたい。

161029sinnyou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月27日 (木)

倍賞千恵子の「秋風の中で唄う」

今年の秋も、足が速い。今日は過ごしやすかったが、暑い、寒いを繰り返しながら、あっと言う間に冬になる。
何となく寂しい秋。こんな歌はいかが?

<倍賞千恵子の「秋風の中で唄う」>

「秋風の中で唄う」
  作詞:サトウ・ハチロー
  作曲:中田喜直

秋風の中で わたしは唄う
森で見つけた くるみのからに
くろい涙の しみがある
枝にないてる かけすの声が
なぜかこの頃 かすれてる
それを それを それを それを
わたしは唄う

秋風の中で わたしは唄う
草にかくれた うさぎの影が
むねにさびしく 残ってる
道についてる 草履のあとを
リスが二匹で かぞえてる
それを それを それを それを
わたしは唄う

秋風の中で わたしは唄う
枯れてよぢれた ぶどうのつるを
うすい入日が なぜている
白くぼやけた 遠くの壁が
今日に別れを 告げている
それを それを それを それを
わたしは唄う

雰囲気が、同じ作者による「ちいさい秋みつけた」(ここ)とよく似ている。
この歌についてNetでググったが、情報はほとんど無い。Youtubeにも挙がっていない。
唯一(ここ)によると、この歌は昭和39年11月1日発売で、「夏の思い出~中田喜直抒情歌ベスト」というCDに収録されており、その長田暁二氏の解説によると、「昭和39年9月,NHKテレビの「歌のグランドショー」で、倍賞千恵子さんによって発表された。このテレビ番組は,歌う映画女優として注目を集めたSKD出身の彼女が,金井克子,アントニオ・古賀さんなどと共に歌い踊るバラエティショーであった。テレビがカラー化された直後のことである。倍賞さんの透明な美しい音声がよく生かされている抒情歌である。」だそうだ。
倍賞千恵子の、何とも優しい抒情歌である。

話は飛ぶが、よく亡くなった両親の夢を見る。今朝の夢は、何と親父が会社での上司なのだ。目が覚めてビックリ。そして、その前の晩の夢は、お袋が出て来た。病院から帰ってきたら、お袋が「一番悪い病気になったね」と言う。
まあこれらの夢には、それぞれ伏線があり、「あの話が元になっているな」と分かるので、解せるのだが、どうも“夢多き”年金生活というのも、情けない。

とは言え、自分の音楽好きは、両親からだ。親父は聞くのが好き。お袋は歌うのが好きだった。
2年ほど前に、実家の遺品を整理した時、親父のレコードがたくさん出て来た。その中に多かったのが、倍賞千恵子の抒情歌のLP。
さすがにこの「秋風の中で唄う」は無かったが、たぶん親父も聞けば好きな歌・・・。
そんな歌を挙げるので、「あまり夢にお袋が登場しないように、お袋に言ってくれ」と言いたいもの・・・(カミさんは、「親不孝だったから出てくる」なんて、怖いことを言う・・・)

おっと、こんなことを書いたので、今夜は、いつものお袋だけでなく、確実に二人とも夢に出てくるな・・・。きっと・・・。あ~ヤダ。

161027tasukete <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月25日 (火)

京都の放置自転車対策と所有権

今朝(2016/10/25)の「テレビ朝日」の「羽鳥慎一モーニングショー」を見ていたら、京都でのビルオーナーの放置自転車対策の話題があった。
16102600 ビルの内部やエレベーターの前にも放置される自転車やバイク。行政は、私有地なので撤去出来ない。それでビルのオーナーが考えたのが、ある貼り紙。それで放置は激減したが、一方で法的問題もあるという。その張り紙とは、

「自転車捨て場 こちらの自転車はご自由にお持ち帰り下さい。」

もし自転車を実際に持ち帰ったとすると「遺失物等横領罪」に、そして貼り紙をした人も「教唆罪」になる可能性があるという。

1610261 1610262 1610263

じつにウィットに富んだ、妙案だと思うのだが・・・・。
これは京都風とのこと・・・。つまり「ぶぶ漬け」なのだそうだ。

教養のない自分は、知らなかったが、
「京都に古くから伝わる独特の作法…”ぶぶ漬け食べなはれ”。
これは長居している客を帰らせたい時に、「ぶぶ漬けいかがどすか?」と問いかけ、婉曲に帰りを促す技なのだそうです。
京の伝統に従って、ぶぶ漬けをすすめられた者は、その場を立ち去らねばならないというのがまだ一部の老舗に残っているのだという。」
なんだそうだ・・・。(ウチのカミさんも知っていたので、日本人の常識!?)

話は飛ぶが、先日こんな“犬保護”事件があった。
近所の犬仲間が、散歩中にトボトボと歩く小犬を発見。ヒモも首輪もないが、近くの家から逃げ出したのだろうと、保護したのが事件の始まり。
近くの犬仲間に声を掛けるが、飼い主が見つからない。しかし犬は生き物。エサをやって保護しないと死んでしまう。
保健所に相談するも、ルール通りに期限とともに“処分”される可能性。そして、もし処分された後に持ち主が現れたらどうする・・・。保健所に持って行った人が責任?
その“生き物”の扱いをどうするかで、小犬を拾った(保護した)人はホトホト困惑・・・。

この話は、結局、他の街の動物保護団体に引き取って貰い、そこでNetで新しい飼い主を募集。しばらくして、飼っても良いという人が現れたので、この小犬は第二の人生を送ることができた。
まあ、メデタシ・メダシなのだが、その話を聞いての教訓。
本当に飼い主を知っている犬なら保護しても良いが、そうでない場合は、うっかり手を出せないという現実・・・・。

上の放置自転車もそうだが、行政が助けてくれない困り毎に、自分が知恵を出しても、返す刀で切られてしまう・・・・。
結局、迷惑を受けても泣く泣くガマンするしかない? あるいは、“人の道”と分かっていても、見て見ぬふりをしなければならない!?
何とも、型通りの行政に、市民はやるせない気持ちになってしまう。

151025doubutuen <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月23日 (日)

第47回(2016年)日野市民合唱祭に行く

今日は、カミさんの友人からの誘いで、日野市の合唱祭に行ってきた。場所は、日野市役所隣の「ひの煉瓦ホール」。
161013hino0 午後1時開演とのことで、少し前に行ったが、駐車場は余裕。会場も、それほど混んでいなかった。貰ったプログラムを開くと、27の団体の合唱である。場内アナウンスは「写真は周りの迷惑にならないように」とのこと。撮影OKらしい。

初めに開会挨拶のあと、全員合唱で「花は咲く」。知らない歌だったが、ワンテンポ遅らせて、周囲の音を聞き取りながら、歌ってみた。
「・・・花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に 花は 花は 花は咲く わたしは何を残しただろう・・・」
ふと見ると、隣でカミさんが泣いている。歌詞を読みながら、泣けてきたという。まあ東日本大震災を思いながら歌うと、色々連想して涙が出るか・・・。自分は?というと、歌詞は右から左なので、無反応・・・!?

161023hino1 夕方5時半まで、一通り聞いたので、その中から気になった演奏を、メモしてみる。
2番目のシェーネル・エコーという混声合唱団。男性は年配者ばかり。そのせいか、合唱は落ち着いた演奏。つまりオトナの演奏といったところ。34名というから、今日の演奏団体では最大級。後から人数の少ない団体がたくさん出て来たが、やはり合唱は人数が必要だと思った。それでないと合唱に厚みが出ない。それに、少ないとピアノ伴奏に負けてしまう。

圧巻が、161023hino2 7番目に出て来た「都立日野台高校コーラス部」。実は、高校生が最もレベルが高いだろう、と思っていた。練習の密度が、たぶん違う。人数を数えてみたら、女子19名に男子8名。
この演奏が、自分の予想に違えず素晴らしかった。プログラムに「第83回NHK全国学校音楽コンクール予選では銀賞を受賞することができました。」とある。市民合唱祭に参加するのは今回が初めてだというが、男声も存在感があり、「ずいずいずっころばし」に続いて歌った「怪獣のバラード」の歌に合わせての行進もテキパキと決まっており、訓練の賜だと思った。

そしてアレッと思ったのが21番の日野三小コーラス「コール日野台」。てっきり小学生による児童合唱だと思っていたら、“立派な”女性コーラス。少年野球のコーチと同じで、子どもが小学生の時に参加して、卒業してもそのまま? いやいや、それにしてはレベルが高い。もし子供と連動していたら、子供の卒業とともにメンバーが交替することになり、合唱団のレベル維持は大変だろうと思った。

ついでに、カミさんのコメントも載せると、“泣いた”のが、5番目の児童合唱団「こんぺいとうの空」。子どもが生き生きしていたのに感動したという。そして上にも書いた7番の「都立日野台高校コーラス部」。舞台をいっぱいに使って、若々しい演出をしていたのが素晴らしく、感動して涙が出たという。
そして15番の「コーラス・バーバラ」は、若い指揮者だったが、「いい日旅立ち」「365日の紙飛行機」という選曲も分かり易く、暖かい感じがしたという。
そして18番の「百草フラウエンコール」は、衣装の赤がとても美しく、耳慣れたナポリ民謡が楽しかった。そしてプログラムに書かれていた「おいしい声」とは何だろうと思いながら聞いたという。

話は戻すが、合唱の内容は様々。たぶん団体結成のコンセプトの違いだろう。8番目の「三世代で歌う合唱団」という老若の演奏もあれば、9番目の「ロゼ室内合唱団」のような、プロ合唱団のように「詩編」という難しい曲を演奏する団体もある。つまり、歌うことを楽しむ合唱団と、コンサートの開催やコンクールに出席することを目的として、レベルの向上を目指す団体とに分かれるような気がした。

そんなことを考えて聞いていたら、素晴らしいアンサンブルの合唱団があった。17番の「花野会」という24名の女性合唱団である。歌ったのが耳慣れたタンゴ。結成38年という。なるほど・・・。歴史もある。その一糸乱れぬ演奏に、参った。

161023hino3 そして、同じような素晴らしい演奏を最後に聞いた。27番目のトリが「コーラス・ピーカブー」という、これも16名の女性合唱団だった。この合唱団も、結成26年だという。プログラムを見ると、上の「花野会」と、5月にジョイントコンサートを開いたという。指揮者も押切貞子さんという同じ方だ。なるほど、指揮者の指導の賜か、両方とも同じくらいにレベルが高い。

合唱は指導者が要。指揮者によって、合唱団は大きく化ける。今日の指揮者も皆プロらしい。プログラムを見ると、3つの合唱団を指揮した方も居られる。
そして、「ママさんコーラス」という言葉があるほど、女性が多い。今日の団体を分けると、女声13、男声2、混声8、児童生徒4という感じか・・・
そして混声も、どの団体も、ほぼ1:2で女声の勝ち。唯一、26番の「明星大学混声合唱団」が、何と女声2名に対して男声9名。大学も混声合唱は女声の天下と思っていたが、この団体だけは違っていた。まあ男声1名という団体もあったが・・・

それと衣装のキレイなこと。もちろん女性の衣装だが、団体毎に実にカラフル。統一された衣装は、見ているだけで歌も上手に聞こえてしまう。そして、カミさんが「一番キレイ」と評したのが23番の女声コーラス「青い鳥」。他に比べるとややおとなしい衣装だが、その落ち着いた装いは、結成37年という歴史もダテではない!?

ともあれ、ひょんなことで色々な合唱を聞いてしまった。繰り返すが、やはり合唱には厚みが欲しい。つまりは、人数。しかし、人口18万の日野市に、合唱祭に参加する合唱団が27もある。これでは練習場所の確保も大変だろう。でも、それぞれ皆違うコンセプトで、楽しく歌っているのだろう。

前にも書いたが、自分も大学の時に混声を1年、男声(グリークラブ)を1年やったことがある。そして、会社に入って、1972年の暮れに外山雄三/新星日本響で原語で第九を歌ったことがある。それからは、もっぱらCDで聞くだけ。
合唱の世界も、「時代」があるらしい。自分が聞いてきたのは、石井歓、佐藤眞、清水脩、多田武彦、高田三郎といった“昔の”作曲家の作品。
今日の演奏には、唯一、佐藤眞の「旅」から1曲出ていたが、それ以外は、“昔の”作曲家の作品は皆無。聞いたことが無い曲ばかり・・・。よって頭に余り入らない。
つまり、フォークソングや、歌謡曲同様、自分には新しい時代の作品はフィットしないようだ。

会場を出ると外は真っ暗。日が暮れるのも早くなった。冬も近い。
合唱団の現状も全く知らないまま、突然飛び込んだ合唱祭。よって、全くの予断無しで聞いた素人の感想を勝手に綴ってしまったが、それほど印象の深い時間ではあった。
こんな世界も身近にあるのだと感心・・・。そのうち、どこかの玄関を叩くかも!?
皆さんお疲れさまでした。

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八王子「合唱の集い」(2016年)を聞く 

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2016年10月20日 (木)

さだまさしの「恋愛症候群」

今日は、分かっていたとは言え、ちょっと嬉しいことがあったので、楽しい歌をひとつ・・・

先日、さだまさしの歌を流して聞いていたら、「恋愛症候群」という歌が気になった。何ともコミカルで、楽しい。

<さだまさしの「恋愛症候群」>

「恋愛症候群 - その発病及び傾向と対策に関する一考察 -」
  作詞・作曲:さだまさし

恋と呼ばれる一過性の発情症候群に於ける
その発病及び傾向と対策について考える
年齢 性別 職業 ツベルクリン反応 郵便番号の
如何を問わず 凡そ次のとおり

開き直らねば何もできず ただ暗く爪をかみ
目が点になって ため息ばかりの A型
他人のことなど考えられずに 大切な花畑
平気で踏み荒らしてヒンシュクをかう B型

 今日と明日では 自分同志で意見が分かれて
 熱し易く冷め易い AB型
 その内なんとかなるんじゃないかと思っている内に
 自分だけ忘れ去られている O型

その他 いきなり優しくなったり急に詩人になるケース
夜中にいなりずしをどうしても喰べたくなる場合
海に向かって バカヤロー と叫ぶなどはよくある事で
更に 若いのに髪が薄くなる方もある

なにしろ これらがある特定の人にだけ反応するって事は
恋は一種のアレルギーと考えてよい

恋におちたら一部の例外を削除すれば およそ
男は男らしく 女は女っぽくなるものらしい
手相 星座 サイコロ タロット 四柱推命 その他茶柱まで
相性占いなど気になったら もう恋

相手には自分の良い所ばかり見せたくなるものであるし
相手の欠点には気づいても気づかずにいられるし
食べ物 着るもの 見るもの 聴くものすべて好みが合うと思うし
毎日が二人の記念日になる

 処が一年二年とたつうち見えてくるんですよ
 恋とは 誤解と錯覚との闘い
 そのうちなんだかお互い知らない人に思えてきて
 次第に疲れて 会っても無口になる

初めは めまい 立ちくらみ 食欲不振で気付いた恋がいつか
注意力散漫 動悸 肩こり 息ぎれに変わり やがて
頭痛 発熱 歯痛 生理痛 すり傷 切り傷
しもやけ あかぎれ 陰金 夜泣き かんむし 田虫 水虫
出痔 いぼ痔 切れ痔 走り痔 えーと えーと... えーとせとら

とにかく そんな風に 笑っちまった方が傷つかずに済むって
わかってるんだ誰だってそうだろう

 恋は必ず消えてゆくと 誰もが言うけれど
 ふた通りの消え方があると思う
 ひとつは 心が枯れてゆくこと そしてもうひとつは
 愛というものに形を変えること

相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋
与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛
だから ありったけの思いをあなたに投げ続けられたら
それだけでいい

 おそらく求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋
 与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛
 だから ありったけの思いをあなたに投げ続けられた
 らそれだけでいい

 あなたに 出会えて
 心から しあわせです

我々オジサン世代にとってみると、このテーマは縁のない“遙か彼方”のことだか、聞いてみると妙に納得する。
161020rennaisyoukou wikiで見ると、この歌は1985年8月28日に発表したシングルであり、「1985年6月25日に催されたさだまさしの1,000回記念コンサートに際して制作された1,000回記念の楽曲である。当夜のライブは録音され1985年9月25日に『1000回記念コンサート・ライヴ-'85さだまさし-』としてカセット・テープでのみでリリースされた。本シングルはそのライブの先行発売でもある。」という。

さだまさしには他にも色々あるが、このようなコミックソングは、最初に聞くときが最もインパクトがあって面白い。だから最初に歌ったこの録音は貴重。
スタジオで、笑ってくれる客がいない所で歌うのもしんどいかも・・・。

それにしても、さだまさしは天才。このようなコミカルな歌と同時に、深刻な?名曲も多い。
でもたぶんこんな歌が受けるのは日本だけ。
やはりノーベル文学賞は無理か・・・

161020tanaka <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月18日 (火)

「ヨーグルト、なぜふたに付かない?」「焦げつきにくい「フッ素樹脂」器具」

良く知られてはいるが、世の中、色々と便利になった。科学の力である。
「(ののちゃんのDO科学)ヨーグルト、なぜふたに付かない?
 ■水を弾くハスの葉に似せたの
 ののちゃん ヨーグルト大好き。ふたの裏までなめちゃう。
 藤原先生 あら、お行儀悪いわね。でも最近のふたは、裏にヨーグルトが付かないものも増えているのよ。
 のの そういえば、開けてもきれいなままのふたもあるね。どうして。
 先生 ふたにヨーグルトが付いたままだと、ののちゃんみたいに子どもがなめたり、開けた瞬間にヨーグルトが飛び出して服に付いたりすることがあったの。ヨーグルトを作っている会社には結構苦情が来ていたんだって。
 のの どうやって付かないようにしているの。
161018yoguru  先生 二つの工夫があるらしいわ。まず、ふたの裏に小さなデコボコを作ったこと。そのデコボコやすき間にある空気がヨーグルトを押し上げて、ふたに付きにくくしているの。もう一つは表面全体にヨーグルトをはじくような加工がしてあるのよ。デコボコと空気で半分浮かんだような状態になったヨーグルトが、つるつるの面をすべっていく感じね。
 のの そんな仕組み、よく思いついたね。
 先生 実は、ハスという植物の葉っぱがヒントになっているの。レンコンがとれるから、知っているかな。ハスの葉っぱは雨が降ったり、しぶきをかぶったりして水がたまっても、葉っぱの上で水が玉のようになってコロコロ転がって、最後は葉っぱの外に流れて出てしまうのよ。
 のの ふたの裏をヨーグルトがすべるのと似ているね。
 先生 まだまだ先があるのよ。この葉っぱを詳しく調べたら、細かい毛がびっしり生えて、すき間にある空気の層が水を持ち上げていることや、細かい毛そのものにも水をはじく成分が含まれていることが分かったの。
 のの 本当にふたと同じだ!
 先生 こういう生きものの持つ形や仕組みをまねして、私たちの生活にいかすことを、ちょっと難しい言葉でバイオミミクリー(生物模倣)というのよ。たとえば新幹線のパンタグラフが静かなのは、フクロウの音が出にくい羽根にヒントをもらったものだし、壁に張り付くヤモリの指先をまねした粘着テープなんかもあるわ。
 のの いろんな生きものにお世話になっているんだね。
 先生 そうよ。ヨーグルトが付かないふたにしたメーカーでは、苦情が止まったんだって。ふたにヨーグルトが付かなければ、分別して捨てるときに洗手間も省けるでしょ。ののちゃんも、もうふたをなめる必要はないのよ。全部容器に入っているから、それを残さず食べてね。(取材協力=東洋アルミニウム加工開発センターの関口朋伸さん、西川浩之さん、構成=小坪遊)」(
2016/10/15付「朝日新聞」b5より)

「[探る]焦げつきにくい「フッ素樹脂」器具
 ◇たんぱく質の炭化防ぐ
 料理を焦がすと見た目や味を損じかねない。フッ素樹脂加工のフライパンや鍋などの調理器具は、油がなくても食材が焦げつきにくい。なぜ?

 まず「焦げつく」とはどういうものか。琉球大学教授(理科教育)の吉田安規良あきらさんは「食材の中のたんぱく質などが、加熱により、フライパンなどの表面の金属にくっついたまま炭化すること」と話す。
161018koge  鉄やアルミニウムなどの金属の表面は、「吸着水」と「酸化皮膜」で覆われている。吸着水は肉眼では見えない薄い水の膜で、空気中の水蒸気がくっついている。酸化皮膜は金属の表面が空気中の酸素と結合(酸化)してできた膜だ。
 金属製の鍋やフライパンに卵や肉、魚などの食材を入れると、食材の中の水溶性たんぱく質などが吸着水と接触し、溶け込んでいく。酸化皮膜も親水性が高く、たんぱく質を通す。加熱すると水分は蒸発し、たんぱく質が固まり、食品と金属をくっつけるノリのようになる。こうした部分が炭化したのが「焦げ」だ。
 焦げつかせないためには、食材と金属の表面との接触を減らす。食材をフライパンなどの上で動かしたり、食材を入れる前に油を敷いたりすると、焦げつきにくくなる。
 一方、フッ素樹脂加工をされた調理器具の表面には吸着水がほとんどなく、食材を入れてもたんぱく質が溶け出さないので、焦げつきにくい。
 理由はフッ素樹脂の分子構造にある。炭素の周りにフッ素が隙間なく取りついた構造で、ブドウの軸枝に数多くの果粒がびっしり実ったような形状だ。しかも炭素とフッ素の結合力は強く、水分が中に入り込めない。こうしたことから、吸着水の膜は作られないのだ。また、酸化皮膜は、あってもフッ素樹脂加工の下なので、食材には影響がない。
 フッ素樹脂はアメリカのデュポン社が開発、商品化した。「テフロン」は同社の登録商標だ。
     ◆
 ◇剥がれやすい弱点
 フッ素樹脂加工にも弱点がある。剥がれやすい点だ。東京工科大学教授(応用化学)の片桐利真さんは、「フッ素樹脂は本来、別の物にくっつかない。無理をして金属のフライパンに張り付けるところに各メーカーの技術力があるが、使ううちに剥がれるのが前提になっているとも言える」と指摘する。
 使い方などによるが、フッ素樹脂加工は2~5年の使用で剥がれるという。少しでも長持ちさせるため、調理時に表面を傷つけないよう、金属製のヘラを使うのは避ける。調理した料理を長時間入れっぱなしにせず、使用後は粗熱が取れたらすぐ、軟らかいスポンジと中性洗剤で洗う。
 また、強火で使うと、加工部分が炭化、変質して機能が落ちてしまう。ベターホーム協会の松田佳子さんは「火加減は強めの中火までにして」と注意を促す。
 強火が必要な料理には、通常の鉄のフライパンを使おう。ただ、チャーハンであれば、「フッ素樹脂加工を施したアルミ製のフライパンは熱伝導がよいので、強めの中火でもおいしく作れます」と松田さんは話す。」(
2016/09/29付「読売新聞」p16より)

このような知恵で、日常生活が便利になる。

話は飛ぶが、最近、散歩をしていて、蜘蛛の巣が妙に気になる。こんな所にも・・・という蜘蛛の巣が、どこにでもある。空いた家の玄関には、びっしり。屋根から数メートルの長さの糸を降ろして作っている。遊歩道も、人が通る部分だけ避けて、トンネルのように蜘蛛の巣が張っている。

先日、散歩の帰りに、近所の家の生け垣のツタが天に昇っている光景を見た。「何だ、あれは?」と見ると、蜘蛛の巣の糸に、ツタがよじ登っているのだ。1メートルはあるだろうか、ずP10206151 っと上の電線から降りてきている糸に絡まって育っている。
これは貴重だ、と、そのうち写真に撮ろうかなと思っていたが、いつも忘れるので、昨日、雨の合間に散歩したあと、カメラを持って撮りに行った。それがこれ・・・
P10206241 あいにく、曇り空だったので、青い空を背景にした方がキレイかなと、今朝行って見たら、何と「無い!」。蜘蛛の糸が切れたらしく、ツタは、ぶらりと下がっていた。
1メートル育つのに、どの位の時間が経ったか分からないが、それにしても、蜘蛛の糸の強さにビックリ。今まで、ツタの葉の重量を支え、それに受ける雨や風にも耐えてきたのだ。しかし、写真に撮ってあげたら、それを見届けて、息絶えた!?

我が家の庭からはクモは退治してしまったが、散歩で見かけるクモは、それぞれ生きるために苦労している。よって、“我が家以外”のクモの巣は、決して壊したりしない。
皆、生きるために大変なのである。

追)これも上と全く関係無いが、先日、カミさんが友人からブドウを貰ってきた。これがもの凄く甘くておいしい。包みに「シナノスマイル」と書いてある。
161018shinanosumairu 「うまい」「うまい」を連発しておいたので、後で残りをじっくりと食べようと思っていたら、何と、次の日に、カミさんの客が来た時に出したという。「おいしいって言っていたよ」。
これには激怒。「オレがあれだけうまいと言っておいたのに!」
普通、うまい物には(よ)と書く事にしている。しかし抜かった。このブドウには、自分の占有を宣言する(よ)サインを、まだしていなかった!
仕方なく、少し残っていた数少ないブドウをひと粒ずつ噛み締めながら食べた。

Netでみると、この「シナノスマイル」という品種は「1995年(平成7年)に品種登録された、粒の大きな赤ぶどう。栽培に手が掛かるため、流通量の少ない希少品種です。」とあり、毎年8月頃に予約して、9月に発送してくれるという。(ここ
来年は、覚えておいて、しっかり予約して送って貰おうと思っている。

●メモ:カウント~950万

161018maegami <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月16日 (日)

幼児虐待の悲劇

今朝、カミさんが新聞を広げた・・・と思ったら、泣いている。ビックリして聞くと、幼児虐待の記事を読んで、「かわいそうで・・」と。
我が家にも同じような年頃の孫の女の子がいるので・・・

「(小さないのち)奪われる未来:1 届かなかった、なっちゃんのサイン
 重大な虐待事件が起きると、自治体は再発防止のために「検証報告書」をつくる。だが教訓は生かされず、似たような事件が各地で繰り返されている。

 ■顔にあざ/家を出され7キロ歩く
 「ばあちゃん、ばあちゃん」。なっちゃんと呼ばれていた当時4歳の女の子が照れるように玄関に立っているのを見て、祖母(63)は驚いた。兵庫県三田市の自宅から祖母の家まで7キロの道を一人で歩いてきた。2009年春のことだ。
161016youji  なっちゃんは継母から「どこでも好きなところに行け」と言われたという。祖母は「小さな子を一人で出してどういうことだ」と思い、虐待の疑いがあるとして、市に相談した。
 なっちゃんは2歳の時に実母を病気で亡くし、しばらく祖父母に預けられていたが、父親の再婚を機に、父と継母のもとで暮らすようになっていた。
 親族や自治体への取材、裁判記録、県の検証報告書などによると、なっちゃんは何度も虐待の「サイン」を発していた。
 09年夏、なっちゃんのほおにたたかれた痕があるのに幼稚園が気づいた。虐待があったとして、県が管轄する児童相談所(児相)が一時保護したが、1カ月ほどで自宅に戻した。預かり時間が長い保育所に通わせて継母の育児の負担を軽くし、見守ることにした。
 その保育所も、顔などのあざや傷に3度気づいたが、日常で起こったけがだと判断し、すぐに市に知らせなかった。
 そして09年11月、なっちゃんは自宅で倒れて病院に運ばれ、5日後に亡くなった。5年と3カ月の命だった。死因は急性硬膜下血腫による脳機能障害。継母は暴行を否定したが、裁判では頭に強い衝撃を加える暴行があったと認定された。
 翌10年、県の児童虐待防止委員会が事件の検証報告書をまとめた。なっちゃんのあざや傷などの情報が市や児相に十分に伝わっていなかったとして「どんな小さなけがでも市や児相は保育所から正確な情報提供を求める必要がある」などと指摘した。
 だが、虐待の疑いがあると真っ先に市に相談していた祖母は、県から事情を聴かれることはなかった。祖母はさまざまな異変に気づき、幼稚園にも「変わったことがあれば教えてほしい」と見守りをお願いしていた。報告書はこうした経緯には触れていない。
 祖母が暮らすマンションの部屋には、なっちゃんの写真が並ぶ。「SOSを出していたのに、周りの大人たちが救えなかった。何が起きていたのか報告書で丁寧に検証してほしかった」
 報告書がつくられて1年もたたない11年6月、同じ兵庫県の姫路市で、保育所や行政の連携不足が指摘される事件が起きた。2歳の男の子が母親の交際相手に転ばされたうえ、上半身を強く揺さぶられて意識不明の重体になった。このときも、男の子が通っていた保育所が頭や足のけがの痕に3回気づいていたが、防ぐことはできなかった。

 ■情報共有課題、やまぬ虐待
 虐待事件の検証が十分に生かされていない。福岡市では09年、生後7カ月の男児が育児放棄(ネグレクト)で亡くなった。男児は乳幼児健診を受けておらず、家庭訪問でも会えていなかった。これを教訓に市は、未受診の家庭を保健師が訪問し、原則2度会えなければ情報を他の関係部署とも共有して対応するなどのルールをつくった。
 こうした改善策は全国に広がらず、未受診の子が被害に遭う事件はその後も続いた。11年に、健診に来なくなった青森県の6歳男児が父親の暴行で死亡。県は13年、未受診の子の情報収集を強化するよう市町村に呼びかけた。
 神奈川県厚木市でも14年、同じように健診を受けなくなった男児が白骨化した遺体で見つかった。父親のネグレクトで5歳ごろ死亡し、7年以上たっていた。
 一方、検証の教訓が、情報共有の新たな仕組みに生かされたケースもある。
 和歌山県で13年、父親が2歳の男児に暴行を加え死亡させた事件。父親は11年にも男児への傷害容疑で逮捕され、男児は児相に保護された後、乳児院に移されていた。だが父親が不起訴処分になった約1年半後、児相は親子関係が良くなったとみて親元に戻した。事件はその直後に起きた。
 和歌山地検は11年の事件について、「常習的に行った証拠がない」として不起訴(起訴猶予)にしていたが、児相は「虐待の事実が明らかでない」と誤って判断していた。児相は地検に理由を聞いておらず、検証報告書では「児相が適切な判断を行うには捜査情報などを得ることが望ましい」と指摘された。
 これを受け、県は法務省に虐待防止のために捜査情報を児相に提供するよう要望。同省は14年、児童虐待事件に関する捜査の経緯や不起訴処分の理由などを児相に情報提供するよう全国の検察に通知した。(五十嵐聖士郎、山本奈朱香)」(
2016/10/16付「朝日新聞」p39より)

何とも痛ましい。その他の事例も記事にある。

「(小さないのち)虐待から救うために 検証報告書187件分析
 ■死亡・重体例、大半に兆候
 「おじさんが弟を殴ったり蹴ったりした」。三重県の中学生の姉が学校で担任に告げた。
 小学1年の弟への虐待の疑いがあるとみて、その夜、学校から連絡を受けた児童相談所(児相)の職員と警察官3人が家に向かった。布団で寝ている弟の姿を玄関から見て、その場を離れた。翌朝、弟が意識不明になっていると姉が110番通報した。
 弟は児相職員が訪れた日の午前、姉が「おじさん」と呼ぶ母親の交際相手の男から激しい暴行を受けていた。男は逮捕され、弟には重い障害が残った。
 事件から半年後の2010年秋、三重県は「検証報告書」をまとめた。事件の数カ月前から弟の腕の傷痕や、姉が顔面を腫らして登校するなどのサインがありながら、一時保護などの対応が取られず、虐待を止められなかった経緯が書かれている。
 報告書では「訪問から救出までの約12時間が持つ医学的意味は小さくない」と、児相職員らが訪問時に異変に気づけなかったことで、弟の症状が悪化した可能性を示唆している。ただ、なぜ弟の安全を直接確認せずにその場を離れたのか、などの詳しい分析までは書かれていない。
 弟は今、12歳になった。障害児施設で寝たきりの生活を送っている。
    *
 死亡や重体など重大な児童虐待187事例について、全国の自治体が09年4月~16年9月に作成した検証報告書を朝日新聞が集め、専門家の助言を受けながら分析した。報告書161016gyakutai の多くは公表されているが、非公表のものは情報公開請求などで取り寄せた。
 その結果、自治体や児相などが事前に虐待の兆候をつかんでいたケースが144件あり、その4割超の64件で「家庭訪問したのに子どもに会っていない」「電話だけで訪問せず」など、虐待を受けていないかどうかの確認の不十分さが指摘されていた。
 連携不足も指摘されている。自治体内で生活保護担当の職員は虐待の当事者の親子に会っていたのに虐待担当は会えていなかったり、虐待のリスクが転居先の自治体に伝わらなかったりと、行政内の連携不足は全体(187件)のうち114件にのぼった。
 病院や学校、幼稚園などが子どものあざなどに気づいていたのに、県などが管轄する児童相談所に連絡がないなど、関係機関どうしの連携不足の指摘も全体のうち72件あった。
 「児相の専門性が乏しかった」「マンパワー不足」などの指摘も目立った。
 187事例で死亡した被害児童は少なくとも172人(年齢不明の11人含む)。児童虐待防止法では「心身に著しく重大な被害を受けた事例の分析」を自治体に求めている。厚生労働省の統計では09~13年度に虐待で亡くなった子どもは444人で、死亡事例だけみても半数超が検証されていない。

 ■<解説>教訓生かす仕組みを
 187の検証報告書を読み込むと、それぞれの虐待の経緯や防げなかった背景がある程度は分かる。だが、検証の教訓が生かされないまま各地で似たような虐待が起きており、再発防止のための検証制度が十分に機能していない現実も浮かび上がってきた。
 厚労省は11年、「死亡事例のすべてを検証することが望ましい」と自治体に通知した。ただ強制力はなく、通知後も過半の事例で報告書が作られていない。自治体側は「行政が関わっていなかった事例は検証が困難」「件数が多く、絞り込んでいる」などと説明する。
 検証の中身も十分とは言えない。遺族や子どもに関わった当事者から直接話を聞けていないケースも多い。自治体の検証に加わった岩城正光弁護士は「行政が出す情報が全然足りなかった。検証を生かそうという気持ちもない」と話す。
 教訓が広がらない実態もある。検証を受けて虐待防止の仕組みを改善した自治体があっても、ほかの自治体がそれを知らず、虐待が起きるとまた同じような報告書が作られている。
 国の虐待検証作業にかつて携わり、今回、朝日新聞の分析に協力した宮本信也・筑波大副学長は「関係者がどの時点でどう対応すれば死を防げたか、という観点で検証されるべきだ。良い対策については国が情報を集め、広げる必要がある」と話している。(座小田英史、片山健志、五十嵐聖士郎)

 ◆キーワード
 <児童虐待> 厚生労働省の最新の統計では、2014年度に虐待で亡くなった18歳未満の子どもは71人。5日に1人のペースだ。身体的虐待や育児放棄などが44人、無理心中が27人だった。虐待の可能性があっても証拠不十分だったり死因不詳だったりして事件にならず、国が把握していない死亡例が多いとの専門家の指摘もある。
 ◇子どもの命を見つめる企画「小さないのち」の新たなシリーズでは、虐待問題を伝えていきます。子どもたちが健やかに生きられる社会に向けて、私たちに何ができるのかを考えます。」(
2016/10/16付「朝日新聞」p1 より)

役所・・・。我が家では、役所に対して、あまり良い感情は持っていない。
連日テレビを賑わしている小池都知事の指示に対する都のお役人のお粗末な対応だけではない。身近な市役所の対応ひとつ見ても、極端な縦割り組織による非効率の仕事の分担に、辟易する。
何かを問い合わせても「**は**の担当だが、今居ないので分からない」。つまり、同じ仕事を、何人かで担当し、一人が居なくても分かる仕組みになっていない。仕事を細かく切り分け、一人ひとりが細かな仕事を分け合うことで、「余分な人間は一人も居ないぞ」という仕組みをわざわざ作っている。企業のように、「最初に仕事があって、それをこなす為に組織があり、その組織を運営するために人が居る」という流れではなく、「まず人が居て、その人を食わせるために組織を作り、その組織が必要とされるために仕事を作る」という逆の流れになっている。まさに税金の無駄遣い。

そして事件が起こると、一斉に責任回避に逃げる。
先日、新しいテレビドラマ「とげ〜小市民 倉永晴之の逆襲〜」(フジテレビ)を少し見たが、このお役所体質は、志村喬「生きる」の時代と全く変わっていない。
しかしこの幼児虐待に関しては、人の命に関わる。つまり、役所の「やり過ぎ」は無いのである。10やり過ぎても、それで1の命が救えれば、それが成果。しかし、上の記事のように、自治体間の連携は無く、再発防止策はその場しのぎで、横には活かされず、次々に幼児の命が消えて行く。それに対して、行政はまるで他人事・・・
(前にカミさんが本当に世話になった市役所の人がいた。そんな人も居る。しかしその貴重な人は、人事異動でどこかに飛ばされてしまった。“出る杭”だったのかも・・・)

もちろん子どもの親の問題が最大。しかしこちらは、幾ら周囲が対策をしても、親になる資格が無い人間も親になってしまう。結果、命は生まれてしまう。だから子の命を救う手立てが必要。

人の命に関わる行政の仕事については、それこそ第三者機関が事件をキチンと検証し、それを公表して、もし瑕疵があった場合は責任者に罰則を与えることが出来ないものだろうか?それ位の緊張感が必要では?
都の税金の使い方を見ても、無駄遣いは目に余る。
「税金でぬくぬく給料を貰っているのだから、人の命に関することくらいはマジメに仕事をしろよ!」とつい言いたくなる。
この朝日の連載が、少しでも社会を動かす事を祈りたい。

あまりに悲しい幼児虐待の現場ではある。

161016akann <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月14日 (金)

藤木大地の「死んだ男の残したものは」

先日の朝日新聞のテレビ番組のページに、こんな「読者の声」が載っていた。
「題名のない音楽会」(日曜、朝日系)を毎週楽しみにしています。2日は武満徹さんの特集でした。ゲストの谷川俊太郎さん作詞、武満さん作曲の「死んだ男の残したものは」を、ギタ161014fujiki ーの伴奏で、藤木大地さんが静かに朗々と歌い上げるのを聴き、胸が締め付けられました。たったこれだけのことばや調べで、平和を願うことができるとは。世界中の誰の心にも深く染みて忘れられないと思います。魂が揺さぶられました。(福岡県古賀市・主婦・67歳)」(2016/10/12付「朝日新聞」p17より)

自分は「題名のない音楽会」を見ていなかったが、こんな感想を聞いて、見る気になった。それでタイムシフトで改めて見た歌声がこれ・・・(ここより)

<藤木大地の「死んだ男の残したものは」>

「死んだ男の残したものは」
  作詞:谷川俊太郎
  作曲:武満 徹

死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった

死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった

死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来るあした
他には何も残っていない
他には何も残っていない

カウンターテナーの藤木大地さんの歌も、ギター伴奏の鈴木大介さんの演奏も初めて聞いた。
確かにこの歌は、じっくりと歌うのが似合っている。
この歌は、前に森山良子と倍賞千恵子の歌でも取り上げた(ここ)が、それとは違う味わいの歌になっている。

話は変わるが、今日(2016/10/14)のニュース番組では、今年のノーベル賞の文学賞の受賞がボブ・ディランだという話で持ちきりだった。歌の歌詞が、世の小説家を凌駕して痛快だ。特に、日本の流行作家でなくて良かった!?

実は、自分はボブ・ディランについてはほとんど知らない。
知っているのは、「・・・学生でにぎやかな この店の 片隅で聴いていた ボブ・ディラン・・・」と、昔ガロが歌っていた「学生街の喫茶店」で知ったくらい。

しかし歌は短い詩の中で、ある思想を伝える。このボブ・ディランの「風に吹かれて」はその代表。ベトナム反戦で世界中で歌われた。
そしてこの「死んだ男の残したものは」も、日本の代表的な反戦歌。

冗談ではなく、南スーダンPKOに派遣される自衛隊の「駆け付け警護」で、今まさに日本で戦後初の戦死者が出ようとしている。
2016/10/11の国会。「首都ジュバから100キロほど離れた幹線道路で8日、武装グループが市民を乗せたトラック4台を襲撃。21人が死亡、約20人が負傷した。
稲田防衛相は「戦闘行為とは、国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷しまたは物を破壊する行為」とした上で、南スーダンの事例は「こういった意味における戦闘行為ではない。衝突であると認識している」と回答。・・民進党の大野氏は「戦闘であれば、内戦ということになる」と指摘した。」(
ここより)

昔の日本軍が、「撤退」を「転進」と言い逃れたように、自衛隊に武器を持たせて「駆け付け警護」をさせるため、「戦闘」を「衝突」と言い逃れる安倍政権。
まさに、国際貢献の名の下に、安倍政権は国民を戦争に向かわせている。

こんな歌が、忘れ去られた“過去の思い出のメロディー”にならないのが、何とも口惜しい。

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2016年10月12日 (水)

原発ゴミを10万年間国が管理?

少し古いが、朝日新聞にこんな記事があった。
「(いちからわかる!)原発ゴミを10万年間国が管理するんだって?
 ■放射能レベルが高い物を深く埋める。コストは未知数だ
 コブク郎 原発のゴミは10万年間、管理すると国が決めたんだって?
 A 廃炉になった原発を解体するときに出る制御棒などの廃棄物は放射能レベルが高い。放射能が半分になるまでに2万4千年もかかるプルトニウム239などを含んでいる。健康に影響を与えないレベルまで下がるのに10万年はかかるんだ。原発1基あたり100~200トンほど出る。
 コ どう処分するの?
 A 地震や火山、海の浸食などの影響を受けにくい場所を電力会社が選び、70メートルより深い岩盤にコンクリートなどで覆って埋める。
161012gennpatsu  コ 誰が管理するの?
 A 放射能レベルが高い最初の300~400年間は電力会社。放射能漏れがないかチェックする。会社が倒産して放置されないよう、国は電力会社にお金を積み立てさせることも考えている。その後は国が引きつぎ、立ち入りや掘削ができないような対策をする。
 コ もっと放射能レベルの高いゴミもあるの?
 A 使用済みの核燃料から出る廃液などはさらに放射能が強い。ガラスで固めて10万年間、地下300メートルより深く埋める。処分地選びから国が関わっている。
 コ 10万年は長いね。
 A 数千年を超える管理が国際的な標準だ。今から10万年前というと、現人類がアフリカから世界に広がり始める前だ。10万年後、文字や言葉も変わっているかもしれない。欧米では、危ないゴミが埋まっている目印として石碑に各国の言葉や絵文字、数式などを刻むことが検討されている。
 コ それでも原発を使うのは安いからだよね?
 A 原発は安定して発電でき、コストが最も安いとされる。ただ、新設した原発でも稼働できるのは最長60年。廃炉後は長い期間、廃棄物を管理しなければならず、それらも含めると本当に安いのか、正確には分からない。(杉本崇)」(
2016/09/21付「朝日新聞」p2より)

そして今朝の朝日新聞の「耕論」に「国家10万年の計」という記事があった。それぞれの立場の人からこんな意見が・・・
「(耕論)「国家10万年の計」
原発のごみを10万年間、国が管理するという。原子力規制委員会が基本方針を示した。10万年前はネアンデルタール人がいた時代。この途方もない年月をどう考えればいいのか。

原発ごみ、隔離し安全確保 杤山修さん(原子力安全研究協会技術顧問)
「10万年の管理」という言葉が、誤解を招かないか心配しています。実際の処分は、人の管理の手を離れても安全が確保できるようにするのが基本的な考え方です。人の生活環境から離れた地下深くに隔離し、閉じ込めるのです。
 電力会社などの組織が続くのはせいぜい数百年でしょう。いつまでも管理し続けると言っても、空約束にならざるを得ません。だから、数百年を超えて危険が残るものは、人の手による管理が不要になるようにします。
 原子炉内の廃棄物は地下70メートルより深く、使用済み燃料から生じる高レベル放射性廃棄物は300メートルより深くに埋め、坑道も閉鎖します。普通は人が近づきませんが、将来、誰かが偶然にボーリングで掘ってしまうことも絶対ないとはいえません。そこで国が続く限り、掘削などを制度で制限していくべきだというのが原子力規制委員会が求める国の「管理」です。
 かつては様々な処分法が検討されました。宇宙への処分は、打ち上げに失敗したら廃棄物がまき散らされ、費用もかかります。海底に捨てれば海を汚すかも知れません。地下への処分が国際的に妥当とされています。変化が激しい地表に比べ地下深くは安定しています。酸素が少なく地下水もほとんど動きません。人工の閉じ込め機能が損なわれても、こうした天然の閉じ込める仕組みで地表に放射性物質が届かないようにします。
・・・・
 10万年は地球の歴史でみれば短い時間です。プレート(岩板)が沈み込み、地震や火山活動が活発な日本列島で、地下に処分できるかという声もありますが、活断層や火山がある場所を避け、具体的に検討していけば処分に適した場所はあると考えます。・・・

人の姿、劇的に変わり得る 海部陽介さん(人類進化学者)
 10万年という時間にどれくらい意味があるかは生物ごとに異なります。たとえばチンパンジーは、過去10万年それほど大きく変化していないと考えられます。しかし、人類にとっては、非常に劇的な時間でした。ホモ・サピエンスが生まれ、進化して、今にいたるまでのほとんどが10万年の中に詰められています。
 アフリカ大陸に現れたホモ・サピエンスが、現生人類と同じような存在になったのは10万~15万年前と考えられます。地球規模に広がったのはこの5万年の間です。日本列島には3万8千年前に到達しました。10万年前は、ヨーロッパには僕らの直接の祖先ではないネアンデルタール人が、インドネシアにはジャワ原人がいました。そういう原始的な、しかも多様な人類がいた時代です。
・・・
 次の10万年がどうなるかはまったく分かりません。何しろ人間はこの10万年間ですっかり変わりましたから。生物学的な存在としては変わっていませんが、自らをとりまく環境を激変させました。医学が発達しましたし、豊かになったのに子どもを産まなくなりました。もはやダーウィンの自然選択論をも超越しており、普通の生物が経験している進化のルールが当てはまりにくくなっています。むしろ、遺伝子操作やサイボーグの技術で自らを変えるかもしれません。・・・・

託されるのは「誰」なのか 小川一水さん(小説家)
・・・・
 とはいえ、実際は10万年といったら日本列島の形が変わるほどの時間です。議論している方々が百も承知のことでしょうが、生き物も変わるし、人類がいまと同じ姿とも限らない。ですから放射性廃棄物を10万年管理するという話は、現実的には意味はありません。この問題がわれわれのものだと言える期間は長くて数百年でしょう。
・・・
 日本にある高レベル放射性廃棄物をガラス固化体にすると、2020年までの分で4万個、2万トンほどの量になると言われます。大型カーフェリー1隻分です。単純に「どこかに2万トンの船を置く」と考えれば、ことは小さな問題になってしまいます。ですが、生身の人間にとっては非常に大きな量です。その船が及ぼす影響も無限に広げて考えられるでしょう。形の異なる想像力がぶつかりあって問題を形成しています。
 整理した方がいいのは、放射性廃棄物を管理する「われわれ」とは何か、それを誰に向けて管理するのかという問題です。千年後にある国土、政府、そして人間は、「われわれ」でしょうか。私たち日本人は、自国の過去と未来、自分とその周りの環境を、一体になった「われわれ」だと捉えようとしますが、その形は常に変化し、周辺は他のものと混じり合っています。私たちが影響を与える相手は、私たち以外の誰かであることを忘れてはなりません。
 放射能を帯びたごみを千年後に管理しているのは私たちではありません。それは忘れてよいものではなく、誰かに渡すものになります。私たちが考えるべきなのは「その方法で他人に渡せるのか」だと思います。」(
2016/10/12付「朝日新聞」p15より)

前にテレビで、スウェーデンの地下最終処分場のドキュメンタリーを見たことがある。既にトンネルを掘って、10万年後の人類のことまで検討していた。(参考ここ

それにしても、遠大な話だ。
宇宙に持って行くのが最も分かり易いが、確かに「宇宙への処分は、打ち上げに失敗したら廃棄物がまき散らされ、費用もかかります。」
ちなみに、試算してみた。
今日本が持っているロケットで、一番大きいのは、H2A204型で、低軌道(LEO)=高度300 kmに、15トンの衛星を上げることが出来るそうだ。すると、2万トン÷15トン=1,330回・・・。ひと声、1回100億円かかるとすると、13兆円。
福島原発の廃炉費用が8兆円とか言っていたので、そう手の届かないお金でもない。
しかし、打上失敗を前提とするので、どこかインド洋や太平洋の真ん中に人工島を作って、そこから打上??これもSF・・・

しかし、上のスウェーデンの記事で、『ここは地下420m、人が運ぶことができない高レベル廃棄物を遠隔操作で運ぶための車両の開発が行われています』という文字を見ると、これも不安をかき立てる。
長いトンネルを、全て遠隔操作で、ちゃんと動くのかどうか。もしトンネルの途中で運搬車が故障して立ち往生したら、トンネルがふさがってにっちもさっちも・・・。誰が直しに行く?
機械は必ず故障する。

つまり、どう考えても、原子力は人知の及ばない領域。人間が御せる対象ではない、ということ。
では“人類のエネルギー問題”はどうする??
10万年という、日本に人類が到達(3.8万年前)してからの3倍もの時間単位で考えるのだとしたら、幾らでも知恵は出ると思うのだが・・・
そして、先ずは、これ以上の核のゴミを増やさないことが先決では?

161012tetunoisi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月11日 (火)

夕食後、テレビに合わせて歌を歌う

最近、夕食後、たまにカミさんの命で、歌を歌っている。

ひと月ほど前、カミさんが88歳になる知人に、数十年ぶりに会った。そのおばあさんから聞いた話が、発端。
何やら、健康のために、テレビに合わせて歌を歌っているという。それを聞いて、我が家でもやるんだ!とカミさんが言う。

161011kokoronouta 調べてみると、BS日本の「こころの歌」(毎(月)21:00~)という番組。この番組は前から知ってはいたが、それに合わせて歌うとは・・・。
それで早速、録画した。そして夕食後に、番組の半分だけ歌う(後半は次の日)。

初めて歌った時に、ビックリ。声が出ない。無数の歌は聞くが、歌う事が無くなっている事に気付く。しばらく歌っていると、何とか声は出るようになった。でも全くの口先だけの歌。でも、まあ良いか・・・

歌うと、音程は何とか取れる。しかし声はまだまだ・・・。
思い出すと、ホントウに最近、自分で歌った事は無い。昔、カラオケが流行ったが(今でも?)、ほとんど行ったことはない。昔、会社の保養所に行って、家族で備え付けのカラオケルームで歌って以来??

放送される歌は、ほとんど知っている歌ばかり。フォレスタというコーラスグループが歌う。音大出のプロだが、スタジオで、東海林太郎のように、直立不動で歌う。昔の歌謡曲から唱歌・童謡まで。楽譜を見ていないが、これだけ様々なジャンルの歌を、暗譜で歌えるとは思えない。たぶん、カメラ側にプロジェクターで楽譜が出ているのだろうな・・・
でもピアノ伴奏者の前には楽譜がない。毎回違う歌を伴奏するのに、大変だなと思った。

今日は、録画してあった唱歌・童謡を歌ったが、画面の下に表示される字幕が、昔の文字がそのまま。つまり難しくて読めない。カナを振ってくれれば良いのに、と思う。一緒に歌うとは、想定されていないのかも・・・
それにしても、昔の唱歌は、歌詞が難しい。文語調なので。しかしまあ、最近のJポップの歌に比べるとマシ?
そもそもNHKの朝ドラの主題歌など、見ている人はほとんどが老人だというのに、歌はナウ過ぎて付いて行けない。

実績として、98%の歌は知っていて、自分はほとんど一緒に歌える。カミさんは、5(~8)割?
「これも知らないのか!?」と言うと、画面に出る歌が出来た「昭和7年」とかいう画面を見て、「まだ生まれていないから」と、のたまう。
歌謡曲と違って、唱歌は、その年に流行った訳ではない、と言うが、「昭和28年以降はバッチリ」なんだそうだ・・・

ともあれ、ひょんな事で始まった、夕食後の合唱大会だが、確かに声を出すことは健康に良い。愛犬だけが迷惑そうだが、まだ本人からクレームは来ていない。
まあ、しばらく続けてみるか・・・

161011yome <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月10日 (月)

「八王子フードフェスティバル」に行く

今日は、「第4回八王子フードフェスティバル」(ここ)に行ってきた。
161010food カミさんが、今年の自分の誕生祝いは、日にちは少しずれるが、今日「大パーティ」だという。それで、今日、言われるままにカミさんに付いて行った。着いた先は、八王子保健所の裏。「八王子フードフェスティバル」とある。
入ってみると、駐車場だろうか、広い敷地に、露店がズラリ。開催はこの3連休(2016/10/08~10)という。しかし、前半2日は雨だったので、今日がやっと本番というところ。ちょうど昼時。買ったランチを持って、皆が席探し。でも、まあほど良い混みよう。探せば席はある。

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そしてカミさんが目指すは、「Cu-Calガーデンレストラン」。11時から「売り切れ次第終了」とのこと。1000円のチケットを買って並ぶ。そして皿の上には、ポテトチップスと、ハンバーガーのようなもの、野菜サラダ、そして2つのエビとたっぷりのマヨネーズ。
持って行ったお茶と一緒に食べたが、なかなか変わった食べ物だった。結構人気らしく、お客が並んでいた。

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その後は、会場を一回り。カミさんが「仔羊のメンチカツ」を買ったが、メニュー表示と違っていて、“1枚”500円。夕食時に食べたが、美味しいものの、やはりメンチ1枚500円は高い!
まあどの店も、PRのために安くするかと思いきや、高くて買えなかった。

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八王子に出ると、必ず寄る店がある。富士屋(ここ)という肉とお総菜の店。この店のポテトサラダが自分は大好物。理由は、タマネギのシャキシャキ感が絶品。
その店に向かって西放射線ユーロードを歩いていくと、「八王子古本まつり」(ここ)をやっていた。テントに古本がズラリ。カミさんが絵本を買っていた。

富士屋も、まだ昼過ぎだったので、ポテトサラダはまだ売り切れていなかった。駅までの帰り道で、コーヒーを飲んでから、今度はコンサートだ。

八王子オリンパスホール(市民会館)は2011年4月3日開館というからもう5年も前。しかし我1610109 が家は、いままで縁が無く、一度も中に入ったことがなかった。しかし今日は、ひょんな事から、ベートーベンの「荘厳ミサ曲」を聞く事になり、行ってみた。
客席数は1,869席。立派なホールだが、奥行きがやや狭い気もした。
2時から開演。オーケストラと合唱団、そして4人のソリスト。大規模だ。正面には、日本語訳の表示プレート。

しかし、クラシック歴60年の自分も、実はこの曲は苦手で、今まで一度も全曲を聞いたことが無い。モーツァルトのレクイエムなら大好きだが、この曲はどうも・・・
よって、この演奏のコメントは無し。

まあ少々忙しかったが、八王子をあちこち巡ってしまった。
八王子も来年の2017年は「市制100周年」を迎えるらしく、色々なイベントが予定されているという。
地盤沈下が激しい地方都市。でも、まだ八王子は“シャッター通り”となっていないのは幸いである。

161010docchi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月 9日 (日)

7:3をあきらめた日

今日はバカバカしい話。自分のハゲの備忘録である。
改めて“今日は記念すべき日”なのである。頭髪を50年前から7対3に分けていたが、今日からそれを止めたのである。いや、“あきらめた”と言うべきか・・・

思い起こすと、自分たちの時代、子どもの頃は、男は坊主頭、女の子は「おかっぱ」が普通だった。全員が同じ頭をしていた。おっと一人だけ「坊ちゃん刈り」をしていたのを覚えている。
小学校の頃、クラスに街の真ん中に大きな邸宅を構えていた一人の“お坊ちゃん”がいた。その子は、歌も習っていたらしく、声にビブラートが掛かっていて上手だった。ズボンはいつも半ズボンで、肩にズボン吊りをしていた。ある日、その子が突然転校していった。何かの事件が新聞に載り、一家で街を去って行った。その家の場所は、今は銀行になっている。

おっと話がずれた。自分が頭を坊主刈りから、7:3に分けるようになったのは、大学2年の時だった。それまでは何の疑問もなく坊主頭だったが、一緒に下宿していた男から勧められ、髪を伸ばしてみた。そして、一緒に床屋に行って、髪を73に分けて貰った。その時、自分の髪の毛にウェーブが掛かっていることを知った。頭の前の方に大きなウエーブが発生するのだ。
それは1967年のことだったので、自分の73は、まさに50年間の歴史だった。

事件の始まりは、1974/8/25、つまり26歳の時だった。今でも覚えている。会社の先輩と一緒に、セールスカーに乗って、中国・九州地方に1週間の出張をした。車に機械を載せて、客先でのデモの出張。その帰り。宮崎からフェリーで車と一緒に東京に向かった。その船内で、先輩から「最近髪の毛が薄くなったね」と言われた。
ビックリして、鏡を見たら、確かに頭のてっぺんが薄い・・・。ショックだった。

その後のメモ(黒革の手帳)を見ると、1987/5/30、つまり39歳の時には、頭のバンドを買っている。孫悟空のように、頭にバンドを巻き、それに空気を注入していくと、頭頂部が持ち上がり、血行が良くなって毛が生えるという謳い文句だった。もちろん効果は無くて直ぐに止めてしまった。

それからは気にしないことにした。何を言われようが・・・
カミさんに頭の事を言われると、「鏡を見なければよい」「自分で自分の頭は見えないので、どうなっていても気にしない」・・・とうそぶいていた。
しかし、出掛ける時には、鏡の前で、キチンと73に分けていた。従来通り・・・

そして、またまた事件である。この6月に九州で2番目の孫の女の子が生まれたので、早速カミさんと会いに行った。その九州の産院で、赤ちゃんを抱いて、たくさんの写真を撮って貰った。
最近、改めてそのアップされた写真を見たのだが、カミさんがいつも言っている「ムダな努力」を実感した。
161009kami つまり、写真の中に、自分の頭を上から撮った写真が何枚かあった。それを見て、分かったのだ。つまり、自分では73に髪の毛を分けているつもりだったが、7の方の髪の毛があまりにも少ない。と言うより、ほとんど無いのだ。
カミさんには、何を言われようが、前から鏡を見ると、ちゃんと73の7の方も髪の毛があるように見える。よって「ムダではない」と言い張ってきた。しかし、上から見ると、7の方がほんの一房、というより、何本か数えられるほどしか無いのだ・・・・
つまりは、73に分けている方が、上から見るとかえって哀れ・・・
それで自分は今日、決心した。もう73に分ける事は卒業する! もうムダな抵抗は止めた。

思い返すと、同期会でも一番薄いのは自分だった。自分より少しマシなのが一人居るが、それが欠席すると、自分が断トツ。でも気にしなかった。
でも、今考えると、無い毛を無理に73に分けた姿は、哀れに見えたかも・・・

ハゲは血統だと思う。自分の両親、兄弟、皆年齢と共に毛が“無くなった”。(お袋も、合わない毛染めの為、薄くなって晩年はカツラをしていた。)
そして、親父を筆頭に、皆ヒゲは濃かった。
前にどこかで「頭の毛とヒゲの総数は、誰でも同じ」と聞いた事がある。つまり、ヒゲが濃い男は頭髪が薄くなり、ヒゲの薄い男は禿げない!?
我が家の“将来の問題”は、ウチの息子がその遺伝を受け継ぐかだ。しかし、幸い!?息子二人はヒゲが薄いようだ。つまり上の法則がもしホントウなら、ハゲの心配は無いのかも・・・
でもこれもどうしようもない事。気にしないに限る・・・。文句を言われても困る・・・。

かくして、自分の7:3の歴史も、ちょうど50年をもって、本日終了した。これからはオールバック・・・さ。
ついでに、どうせ薄くなるなら、後頭部も薄ければ、床屋に行くメンドウから解放されるのだが、残念な事に後頭部だけは毛が生える。それで仕方なく1000円床屋に行くしかない・・・
まあツルッパゲよりかマシか・・・
哀れな記念日の話である。(このような“深刻な話”は、笑い飛ばすに限る!)

161009koneko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月 8日 (土)

歴史の年月日~旧暦と新暦の誤差

藤沢周平の小説は、前々から読もうとたくさん買い込んでいたのだが、一向に進まなかった。しかし、意を決して?「三屋清左衛門残日録」をやっと今日、読み終えた。
よって今日の頭の中は、江戸時代である!?

大分前だが、読売新聞にこんな記事があった。
歴史の年月日 正確な表記を 笠谷和比古
◇西暦の年と和暦の月日 奇妙な合体
 みなさんは歴史の本やムックなどを見ていて、出来事が起きた年月日の表記が食い違うという経験をしたことはないだろうか。

 ■関ヶ原合戦はいつ?
 誰もが知っている関ヶ原合戦をあげてみよう。これは和暦(旧暦)で「慶長五年九月一五日」の出来事だった。慶長五年は西暦だと1600年に相当する。そこで、合戦の日を「一六〇161008rekisi 〇年九月一五日」と表記する例がある。正しい西暦年と和暦の日付を合わせたものだ。権威ある歴史辞典にもそう記されているが、誤っている。和暦と西暦では日付がずれるので、西暦で書くのであれば1600年10月21日が正解である。
 赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件を、1702年とするものと1703年とするものとがある。この事件は「元禄一五年一二月一四日」に発生しており、元禄一五年は西暦では1702年に当たる。ところが、西暦の方が早く年が改まるために、和暦で年の瀬に起こった討ち入り事件は、正確な西暦だと1703年1月30日の出来事なのだ。従って、討ち入りを1702年とすれば間違いである。
 討ち入り事件を「一七〇三年一二月一四日」と記したケースもある。日付は和暦に従っている。やはりおかしい。赤穂浪士は1703年12月まで、史実より10か月以上、隠忍自重したことになってしまう。

 ■疑似西暦
 このように「一七〇三年一二月一四日」がまずいので、「一七〇二年一二月一四日」と表記した例も目にした。だが、先に述べたように討ち入りは西暦1703年の出来事なので、完全な間違いである。
 関ヶ原合戦の「一六〇〇年九月一五日」や討ち入りの「一七〇三年一二月一四日」「一七〇二年一二月一四日」は、西暦の年に和暦の月日をくっつけた疑似西暦だ。はっきりインチキ西暦と言ってもいいと思う。ところが、気を付けて歴史本などを読んでみれば、この疑似西暦がはびこっている。
 疑似西暦の横行で、歴史を学ぶ人は混乱するし、国民の歴史認識はゆがめられている。もう一つ、顕著な例を紹介したい。有名な「慶応三年一二月九日」の王政復古の宣言である。
 慶応三年は1867年に相当するが、和暦一二月の出来事なので、赤穂浪士の例と同じように西暦年が改まる。西暦1868年1月3日が正しい。だが、疑似西暦で「一八六八年一二月九日」や「一八六七年一二月九日」と記される。どちらも誤りで、前者だと王政復古が実際より遅れ、後者だと早まる。
 ところで、疑似西暦によって「一八六八年一月三日」と表記される大きな戦がある。明治維新の鳥羽・伏見の戦いだ。王政復古の宣言の正しい西暦1868年1月3日を頭に入れている人が、鳥羽・伏見の疑似西暦を目にすると、王政復古と鳥羽・伏見の戦いとは同じ日に起こっていた――ということになってしまう。

 ■表記の改善を
 疑似西暦を野放しにしていると、このようなトリックにからめ取られてしまいかねない。トリックとも気づかないままに、もはやどれが正しい西暦で、どれが疑似西暦であるかの判別もつかないまま、戸惑うことになるだろう。
 歴史家として多くの本や資料に当たる中で、懸念し続けてきた問題である。早くこの病弊から脱却するために、表記が少し長くなっても、一部で実行されているように、せめて、関ヶ原合戦なら「慶長五(一六〇〇)年九月一五日」、王政復古なら「慶応三(一八六八)年一二月九日」とする書き方が適切だと、呼びかけたい。
     ◇
 かさや・かずひこ=1949年神戸市生まれ。国際日本文化研究センター名誉教授。日本近世史、武家社会論。著書に『歴史の虚像を衝(つ)く』『関ヶ原合戦と大坂の陣』『武士道』など。」
(2016/09/21付「読売新聞」p21より)

旧暦と新暦では、日にち単位では、まったく相容れないものらしい。そして、12月、1月の出来事は、1年ずれてしまうという。なるほど、原理的には良く分かる。
討ち入りは、12月の雪の日、という記憶なので、正確な西暦での1月30日と言うよりも、「元禄一五年(1702年)一二月一四日」の方が妥当だろう。

ふと、「そもそも旧暦って何だ?」と思って、少しググってみた。
ここ)によると、
「旧暦を含む太陰太陽暦では、月が新月になる日を月の始まりと考え、各月の1日としました。それから翌日を2日、その次の日を3日と数えたのです。そして、次の新月の日がやってくると、それを次の月の1日としました。
新月から新月までは平均して約29.5日の間隔ですので、12ヶ月間では約29.5日×12ヶ月=約354日であり、太陽暦の1年より約11日短いため、そのままではだんだんと季節とずれていってしまいます。そこで太陰太陽暦では、暦と季節のずれが大きくなってきて、ひと月分に近くなると、閏(うるう)月というものを入れて、ずれを修正しました。例えば、3月の次に閏月が入るとその月は「閏3月」と呼ばれ、その年は13ヶ月間あるということになります。閏月は平均すると19年に7回ぐらいの割合で入ります。」

閏月の入り方は、結構難しい。まあ分かった事は、19年で新暦と旧暦はほぼ一致すること、そして、新暦では4年に一度2月29日を挿入するが、旧暦では、ほぼ3年に一度、閏月を挿入してズレを直す・・・。
閏月の入れ方、つまり「月の数は12個ですので、判定には中気のみを使います。二十四節気は季節の目印ですから、そこから外れた月=中気を含まない月がうるう月となります。」は良く理解できないので、追而・・・・

前にも何度か書いたが、高校時代、自分は歴史が大キライだった。特に世界史は授業の度に眠くて眠くて、通信簿もメロメロ。
しかし“老後”は、一番興味があるのが歴史。世界史は、相変わらず何を読んでも頭に入らないが、日本史だけは、いっぱしの日本人として、一通り勉強しておこうと思っている(ここ)。

書斎の背中の本棚に、今まで買った本が鎮座している。順番に、読みながら棄てていこうと思っているのだが、なかなか進まない。しかし、もう「毎日が日曜日」の身分。(自分への)言い訳は効かない。ぼちぼちと・・・読むさ。

161008oyako <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月 6日 (木)

「森田童子全曲集」~楽譜を買った

先日、「森田童子の全アルバムがCDで再発売!」(ここ)という記事を書いた。もちろん全盤を改めて手に入れた。
その後、森田童子の全曲の楽譜が“新発売”されていることを知った。しかし、その価格が4300円・・・・

実は、ヤフオクで、森田童子のCDをウォッチしている過程で、楽譜集があることを知った。欲しかった。しかし、超レアの本で、とても手が出ない価格だった。
それが、「呉PASS出版」という会社から、2016/08/01に、改めて出版されるという。
森田童子全曲集
161006morita 表紙をモノクロに変更しました。旧版では実現できなかった、全曲五線譜化いたしました。メロディー譜、演奏譜にコードを付与。アルバム全7タイトル、64曲を収録。全曲に全番コードを付与した1ページ歌詞カードを加え、弾き語りなども演奏しやすく改良いたしました。A4版、300ページの大部となりましたが、森田童子さんの楽譜の決定版としてご愛蔵ください。¥4,300」(
呉PASS出版のここより)

AmazonやYahoo!ショッピングなどの、Net限定販売だという。確かに、一般の本屋さんに置いても、売れるとは思えない。だから印刷部数が少なく、高価になるようだ。

しかし、自分は遅まきながら森田童子のファン!? 「エエイッ!」と結局買ってしまった。
そして、改めて、アルバムの発売順に、楽譜を追いながら全曲聞いてみた。
楽譜は、少々心もとない部分もある。歌詞を音符に合わせようとするためか、歌詞の文字が二つ重なってみたり、5番までの歌詞を無理矢理入れて、同じページの下の譜の間はガラガラだったり。下の譜を上下に少し詰めれば、楽に活字を置けるのに・・・(p216)
それに、音楽から採譜したように思える部分もある。まあ楽譜の印刷が大きく、老眼には助かることも含めて、全体的にご愛敬ではあるが・・・

そしてそれぞれの歌詞だが、今までほとんど気にしなかったが、今回改めて楽譜と一緒に読むと、なかなか難しい。物語がある訳でもなく、うーん・・・・・

しかし、全曲を通して聞くと、最後の2つのアルバムは、「らしく無い」というか、自分はそれほど聞かないな・・・と思われる盤。
改めてアルバムの発売日をメモすると・・・

1)(23歳)『good-bye』(1975年10月21日発売)
2)(24歳)『マザー・スカイ』(1976年11月21日発売)
3)(25歳)『A BOY ボーイ』(1977年12月10日発売)
4)(26歳)『東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤』(1978年11月1日発売)
5)(28歳)『ラスト・ワルツ』(1980年11月20日発売)
6)(30歳)『夜想曲』(1982年11月20日発売)
7)(31歳)『狼少年 wolf boy』(1983年11月30日発売)

「カテドラル録音盤」の頃がピークだったのかも知れない。この盤、改めて聞いたが、その声は、一発勝負のライブというのに素晴らしい。
そして、最後の「夜想曲」「狼少年」の収録曲は、自分にはそれほどフィットしない曲ばかりだった。

連続して聞いてみると、森田童子が、31歳で“燃え尽きた”気がしてならない。彼女の、この時期での引退は、正解だったと思う。

“その後”をwikiで追ってみると、
・1988年に初期4枚がCD化。
・1993年1月、テレビドラマ『高校教師』の主題歌に『ぼくたちの失敗』が採用。
・1993年4月にオリジナル・アルバム7枚がCDで再発売。
・そして、今回「2016年7月に、オリジナル・アルバム7作、ベスト・アルバム2作(『友への手紙 森田童子自選集』は初CD化)の計9タイトルが、小澤賢太郎(音楽出版ジュンアンドケイ)の企画・監修で、ユニバーサルミュージック/USMジャパンより、オリジナル・マスター・テープからデジタル・リマスタリングされた音源/SHM-CD仕様で復刻、23年振りの再発売となった。9作全てがオリコンにチャート・インした。」

この復刻版がどの程度売れているかが興味だが、wikiによると「9作全てがオリコンにチャート・インした」とあるものの。真偽の程は分からない。
しかし、歌われている時代は、学生が政権と戦っていた頃。そんな若者の心が、今の若い人にどれだけフィットするのか知りたい所ではある。
そして、Amazonの評価を見ると、全盤が満点の「5」の評価。これを見ても、“素人さん”はこの盤を買っていないことが分かる。つまり、中味を良く知った人が買って評価をしている。

ともあれ、森田童子が引退してから33年経っても、まだCDが復刻発売されるという快挙。
これらの7枚のCD音源と、今回高価ながら買ってしまった楽譜集は、たぶん自分は死ぬまで宝にすると思う。

161006megane <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月 5日 (水)

交際相手なしの未婚者は、男性7割、女性6割

今朝(2016/10/05)の読売新聞「[論点スペシャル]恋をしない若者たち」という記事によると、交際相手のいない未婚者は男性7割、女性6割に上るそうだ。

「[論点スペシャル]恋をしない若者たち
 恋人のいない若者が増えている。国立社会保障・人口問題研究所の最近の調査では、交際相手のいない未婚者は男性7割、女性6割に上る。「告白して断られるのはいや」「面倒くさい」「一人がいい」。恋愛をためらい、背を向ける若者のつぶやきが聞こえる。なぜ恋をしなくなったのだろう。

「リスクや面倒避ける」…追手門学院大学教授 金政祐司さん
 学生を対象にした調査でも、恋人がいるのが約3割という結果が出ていて、今回の調査結果も、まあこれぐらいだろうと感じた。
 恋愛の重要度が上がったのは、ここ50~60年のことだ。1960年代後半に恋愛結婚の割合が見合い結婚と逆転し、今は9割近い。メディアでは、80年代から2000年前後にかけ、ドラマなどが恋愛をすごく肯定的に描いた。
 今は、家庭内暴力やデートバイオレンス、ストーカーなど、恋愛にまつわる否定的側面も描かれる。それは、いいことでもあって、イージーな交際はいけないという歯止めになる。一方で、恋愛離れの理由にもなる。恋愛のイメージが変わり、恋愛受難の時代だといえる。
 若い人が恋愛をしない理由で、大きいと思うのは、リスク回避の思考パターンと、ほかにやりたいこと、できることの選択肢が増えたことだ。
 若くて「自分が何者か」という確信も自信もない状態で、告白をして好きな人に「ノー」と言われるかもしれないなんて、すごいリスクだ。私の親の世代などを含め、以前なら「リスクを冒さないと欲しいものは手に入らない」と考えたが、最初から目の前に何でもそろっている時代の若者は、あえて取りには行かない。
 恋愛は、相手に合わせたり、妥協をしたり。まさに互いの世界を侵食しあうことともいえるが、そういった面倒な関係も嫌う傾向にある。スマートフォンやゲーム、趣味など、楽しく過ごす方法はたくさんあり、恋愛を回避するのは簡単だ。
 社会的な要請の低下もある。「魅力的なら恋人がいて当たり前」、「ある程度の年齢で結婚して当然」というような。今は個々人の選択だ。解決するなら、環境を変えるしかないだろう。例えば、米国のように、いろんな場面でパートナーと行動する「カップル文化」を育てるとか。
 少子化対策を考える立場からは大きな問題だが、生涯未婚率が増えたのは、恋愛しない人が多いせいではないと思う。昔からそういう人はいて、親戚や近所の人が、「口べただけど、まじめでいい人よ」と世話を焼いた。そういうのが、恋愛に上手にアプローチできない人に働きかける社会システムだった。恋愛がポジティブに語られるあまり、「ラブラブの恋愛あっての結婚」という幻想ができてしまった。見合いのような受け皿が再び幅をきかせなければ、生涯未婚率上昇はおさまらないだろう。
 人の心は、いじれない。それでも本音を言えば、若い人には恋愛をしてほしい。恋愛には、その人の心理的要素が出やすく、「オレはこんな人間だったのか」と気づかせてくれる。
 いきなり理想の人に出会うことは、ほぼありえない。例えば食事に誘われたとき、「恋愛の始まり」と構えて「好みじゃない」と断るのではなく、普通のコミュニケーションとして気軽に出かけてみてはどうか。案外、相手のいいところが見えて恋愛に流れ着くことがある。誘う側も同じことだ。(編集委員 森川暁子)

交際相手なし 急増
161005mikonn  国立社会保障・人口問題研究所が9月に発表した2015年の出生動向基本調査によると、異性の交際相手がいない18~34歳の未婚者は男性69.8%(前回61.4%)、女性59.1%(同49.5%)に増えた。特に18、19歳をみると男性77.3%(同69.9%)、女性68.8%(同59.8%)と高く、「特に交際を望んでいない」との回答も男性32.7%、女性34.9%に上る。」
(2016/10/05付「読売新聞」p11より)

最近は、気温が下がったため、カミさんと愛犬メイ子を連れて散歩に出る。(暑い間は、涼しい6時台にカミさんが一人で連れて行った。)
そこでよくカミさんの友人の娘さんの話が出る。ほとんどが、昔、息子の同級生だった人。カミさんは、昔の子どもを通してのお母さんの付き合いが、未だに続いている。それが、そろそろ40に近くなると言うのに、結婚していない娘さんが多いという。一流大学を出て、ちゃんと社会人をやっているが、結婚や孫の話には無縁らしい。

そんな話の後で、こんな記事を読むと、なるほどな・・・と思う。つまり、日本は今、未婚が当たり前の社会になっていると言う事。
自分も、対策は上の記事のように、「見合いのような受け皿が再び幅をきかせなければ、生涯未婚率上昇はおさまらないだろう。」と思う。
そもそも自分は、どうも「好き」とか「嫌い」とか言う言葉と、結婚というのが結びつかない。「好き」でないと、困るかも知れないが、結婚とは、そんなものとはもっと次元が違うような気がする。具体的には、ウチのカミさんが自分を「好き」かというと、絶対にそうは思えない。それでも40年続いているのは、もっと重い何かがあるのではないか?(物好きとか!?)

話は飛ぶが、さっき、フジテレビで「ザ・ノンフィクション 孤独の後始末 請け負います」(2016/10/02放送)(ここ)を見た。

孤独死、自殺者の部屋の清掃人。そのドキュメンタリーだ。
番組の解説にこうある。
ザ・ノンフィクション 孤独の後始末 請け負います
「もしあなたが亡くなったら…そばに誰かいますか?」都会の片隅で誰も知らずひっそりと亡くなっていく。年々増え続ける“孤独死”はもはや他人事ではない。高江洲敦さん、45歳。孤独死や自殺で亡くなった人の部屋の後始末をする特殊清掃人。これまで3000件以上の死の現場を見てきた。どんなに汚れた部屋でも悪臭を完全に取り除き、100%修復するプロフェッショナルだ。孤独死の現場は古びたアパートの一室が多い。
高江洲さんは部屋の前で、合掌し、防毒マスクをつけるという物々しい装備だ。足の踏み場もないゴミ屋敷と化した部屋の奥には、食べかけの食事。干したままの洗濯物。そして、人型の染み。人の脂が染み込んだ床は、通常の清掃では決して匂いまでは取れない。2013年に放送した番組は世界各地で大きな反響を呼び、数々の賞を受賞。あれから3年…。
前回の放送では伝えきれなかった孤独死の真実とは? 」
(2016/10/02放送)

★この番組はYoutube(ここ)で全編を見る事が出来る。

この作品には、前作があり「特殊清掃人の結婚〜孤独死が教えてくれたこと」(2013/01/20放送)もYoutube(ここ)で全編を見る事が出来る。

もっとも厳しい仕事。しかし誰かがやらなければいけない仕事。この番組は「特殊清掃人」の実態をかいま見る事が出来る。
そして、こんな番組を見ていると、これから益々日本は孤独死が日常化していくのだろうと思ってしまう。
孤独死・・・。本人はこれで終わる。しかし残された遺族や家主にとっては、これは始まり。
誰も望まないが、連れ合いを亡くした老人の一人住まいは現実。そして、急病によって一人で死んで行く可能性は、誰も否定できない。
もちろん、上に書いた「未婚者の増大」は将来の孤独死に確実につながって行く。

そんな意味でも、家族は有り難い存在。
孤独死を避けるため、などとは言わないが、人生を一人で生きることよりも、例え苦労が多くても、家族は良いものだ。
世の未婚者は、「会員制のお見合い事業では、女性は、男性の職業や年収を重視し、希望通りでないと会わない傾向が強い。」などとは考えず、それぞれ薄給でも自活している二人が寄り添う結婚、というのがあっても良いのでは?
少子化を憂うると同時に、我々老人は、人に迷惑をかけずに死ぬ、という終活も、そろそろ考えねば・・・と思わせる番組であった。

161005gaman <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月 3日 (月)

「世界に負けない日本」薮中三十二著~Uさんの読書ノート

しばらくサボっていたが、またUさんの読書ノートを取り上げてみる。(毎度言っているが、Uさんが読む本は、内容が自分には難しく、少々敬遠気味だった・・・)

今回の紹介は、薮中三十二著「世界に負けない日本」という本(ここ)。
Uさんのメールには、こんな紹介文があった。

本の紹介「世界に負けない日本」薮中三十二著 PHP新書
各位
毎日鬱陶しい日が続いていますがお変わりなくお過ごしのことと存じます。
今回の「本の紹介」は、薮中三十二著「世界に負けない日本」PHP新書である。外交官とし161003sekaini て世界の国々と交渉を行ってきた著者が、日本の若者にグローバル人材になる為の必須条件とその実践例を紹介している。著者はその発信だけでなく、その教育を大学で教えている。素晴らしい事である。
著者が主張する五つの必須条件に異論はないが、それを国内でそのまま実践すると、かなり居心地の悪い思いをするかもしれない。特に④の「ロジック」の大切さは世界の共通語であるかも知れないが、国内の会議で相手を徹底的に論理で追い詰めると、その相手と絶縁状態に到るかも知れない。相手の意見を尊重しつつ自分の論理を主張しないと日本では上手くいかない。海外と国内で使い分ければベストであるが、それが個性になっているとそれは中々難しい。特に企業のトップにグローバル人材を充てる時、その人物の「人間力」をよく見極める必要がある。その為には、その人材の仲間や友人の多さやその友人達の意見をよく聞く必要がある。つまりトップの悪い独裁になる可能性があるからである。しかし、真のグローバル人材であればトップになっても、社内の仲間たちからの「情報力」をもって上手くマネージすることも可能であろう。日本も世界の中の一つの文化を持つ国であるのだから。
外交官出身の著者が、日本の将来について最大の課題が「少子化」だと言っているのは注目に値する。つまり、「少子化」は厚生労働省の問題だけでなく、文科省、通産省、総務省、財務省、又移民に関する法務、外務省も関係してくる。従って「少子化」問題は官邸・首相のリーダーシップが無くては総合的に解決できないテーマなのである。そしてそれが最大の課題であるならば、ヒト、モノ、カネを一点集中し、問題解決に当たらねばならない。著者はもうそろそろ移民問題を本格的に議論する時期に来ていると言っている。もし、移民を原則自由にするならば、どのような制限を付けつつ段階的に自由化を進めていけばいいのだろうか?各位はどう思われるであろうか?(2016/06/29付)」

★「世界に負けない日本」薮中三十二著~Uさんの読書ノートのPDFは(ここ

取り上げているテーマが自分に最も苦手な話。つまりグローバル。
「ジャングルのようなグローバルな世界では、こうした日本的美徳は通用しない。その際に不可欠となるのは、次の五大必須条件だと考える。即ち①英語力、②情報力、③「個」の力、④ロジック力、⑤人間力の五つである。
グローバル人材に育つにはまず英語だ。「通訳を使えばよいのであって、英語なんか不可欠ではない」という反論があるかも知れないが、英語も話せない人がグローバル人材かと言えば答えは明確に「NO」である。・・・」(p3より)

外務次官までやった著者だが、初めから英語は得意かというと、そうではない。4頁に、アメリカ留学での苦労話が書いてある。
誰でも、若い頃に死ぬ苦しみを経験している。その経験がその後の人生に灯りをともす。これはどんな分野の人でも、共通に言えること。若い頃、苦労をしなかった人は、結局人間が浅く、その後の人生で伸びない。

外交の厳しさについても書いているが、ここでは述べない。
前にも何度か書いているが、自分の人生で、一番の弱点は英語力だった。英会話の大切さは、結局息子には伝えられなかった。かと言って、孫に使える事は無理だろう。

グローバルな人間、そして、近隣諸国との外交について、新聞記事を読むのとは違って、考えさせられた抄録である。

161003hashi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月 2日 (日)

さだまさしの「生生流転」

ひょんな事から、昔買ったさだまさしの楽譜を手にしている。
本棚に、その他の楽譜集と一緒に、ずっと鎮座していたもの。数十年ぶりに手にして、ページの順に聞いてみた。
161002sadamasashi この楽譜は、ドレミ楽譜出版社発行の「ギター弾き語り集 さだまさし べスト・ソング」という本。
昭和62年7月20日発行で、その直後に買っていた。
本の背表紙に「グレープ時代の作品から最新シングルまで、さだまさし珠玉のベスト61曲を収載」とある。
さだ作品で、自分の好きなのはほとんどが初期の作品なので、その大部分が載っていた。
改めて聞いたなかで、改めて感じた曲がこれ・・・

<さだまさしの「生生流転」>

「生生流転」
  作詞・作曲:さだまさし

ああ あたりまえに生きたい ささやかでいいから
ああ 前のめりに生きたい ひたすら生きてゆきたい

鳥は空で生まれて 魚は海に生まれたのなら
時間と呼ばれる 長い長い河の中で
きっとわたしは生まれた
生きるという奇蹟を 思い切り信じて過ごしたい
喜びと悲しみと 憎しみと愛と死を
つまづき乍らでいいから いつくしむ人になりたい

ああ あたりまえに生きたい ささやかでいいから
ああ とても優しくなりたい 素直に生きてゆきたい

道に迷い苦しみ 時には人のそしりを受けて
それでも笑って 胸張って生きられる程
強く強くなりたい
こんな小さな生命 それでもわたしにたったひとつ
逃げたあと悔やむより 悔やまずに血を吐いて
ひたむきに歩ける程 勇気とちからが欲しい

ああ あたりまえに生きたい ささやかでいいから
ああ 前のめりに生きたい ひたすら生きてゆきたい

ああ あたりまえに生きたい ささやかでいいから
ああ とても優しくなりたい 素直に生きてゆきたい

ああ あたりまえに生きたい ささやかでいいから
ああ 前のめりに生きたい ひたすら生きてゆきたい

ああ あたりまえに生きたい ささやかでいいから
ああ とても優しくなりたい 素直に生きてゆきたい

wikiで見ると、この歌は1981年9月25日にリリースしたシングル曲で、映画「長江」主題歌だそうだ。
161002ruten 自分は、「昨日達」というCDを買って以来、良く知った曲だが、歌詞を改めて読むと、何とも哲学的で、「雨ニモマケズ」を思い出す。
そして楽譜で音符を追いながら聞いていると、改めて新鮮に聞こえる。そして自分には不得意な、詩の内容も良く分かる。

ついつい何度も聞いてしまった、さだまさしの名曲である。

161002mune <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年10月 1日 (土)

「妻子のためなら命さえ」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(ユリイカ!)妻子のためなら命さえ
 交尾の時、メスに食べられてしまうことで知られるカマキリのオスは、食べられることで「身を粉にして」子どもたちを育てていた。こんな究極の「イクメン」ぶりを、米豪の研究者2人が明らかにし、6月、英王立協会紀要に報告した。
 研究では、約20匹ずつのオスとメスで、放射性物質で別の目印をつけたコオロギをエサとして育て、交尾させた。半分のつがいはメスがオスを食べるままにさせ、残りは共食いをさせなかった。
 すると、共食いをさせなかったメスの卵や卵巣などでは、オス由来のアミノ酸が21.1%だったが、オスを食べたメスでは、オス由来のアミノ酸は38.8%含まれていた。オスが食べられることで、メスが子宝に恵まれることもわかった。共食いメスが最初の産卵で平均88.4個生んだのに対し、共食いをしないと同37.5個で、2倍以上の差があった。
 研究者は食べられることで「お父さんによる子どもへの投資が増した」と結論付けた。「親のすねかじり」ならぬ「丸かじり」もわが子のためなら腹が立たない?(小坪遊)」(
2016/09/29付「朝日新聞」p31より)

なるほどね。改めてカマキリの写真を見て納得した。オスは、メスの半分。体重では1/4ほどしかない。これでは勝ち目はない。
しかし、オスは食われるのが分かっていて交尾しているのだろうか?それとも、「アリャリャ!?」なのかな・・・。でも頭を食われてもちゃんと交尾は出来るそうだ。何ともたくましい!?

メスが身を挺して卵を産む話はよく聞く。川に登ってくるサケもそう見える。
しかし、オスが自分の子孫のためにエサになるとは、何とも哀しい。しかしそれが摂理・・・

話は上とは全く関係無いが、少し早いが、福岡の息子一家が、七五三の写真を撮りに行ったらしく、Netに上がっていた。カミさんとそれを見て、ビックリ。その写真の素晴らしさ・・・
スタジオで影のない写真は、タレントさんのポートレートのよう。何よりも、どの写真も、3歳になる孫娘の顔が“輝いて”いる。
いつもハイテンションの孫なので、普段通りなのかも知れないが、それにしても、数十枚のどの写真も、素晴らしい。さすがプロ、と感心した。

思い起こすと、我が家でも、息子が5歳と3歳のときに、記念にと、会社出入りの写真屋さんに、おめかしをして写真を撮りに行ったことがある。お金が無かったので、スタジオではなかったが、店の地下のスタジオで、家族4人の記念写真。
その出来がいまひとつ。何よりも、子どもの表情が堅く、とても飾る気にならなかった。
それ以来、写真屋さんに行くのは止めた。
そういえは、愛犬メイ子もプロに写真を撮って貰った事がある。子ども以上にポーズが難しく、良い写真は一枚も撮れなかった。
しかし、今日見た写真は素晴らしい・・・
幾ら掛かったかは知らないが、衣装や色々な背景も含めて、これならプロに頼む価値はあると思った。
デジカメの時代なので、、数十枚の写真がいとも簡単に撮れるし、その場で出来が確認できる。昔とは大違い。

ともあれ、“鎌首”を上げだしたもうすぐ4ヶ月になる下の子と二人、元気に育っている事は何より有り難い。
カミさんが友人から聞いた話によると、生まれながら病気を持った赤ちゃんも多いという。昔と違って、昔なら流れてしまう赤ちゃんも、生まれてくるからなのかもしれない。
言うまでもなく、子どもにとって、最も大切な事は、両親が健康で仲良いこと。
子どもの悲劇は、ほとんどが、両親の離婚や死別に起因する。
カマキリのように、片親では絶対にいけないのである。
当たり前の話だが、親は、子どもの人生を左右する。これは大変な責任。
一家健康でありさえすれば、他は何でも良いね、と、改めてカミさんと話すこの頃である。

161010suppinn <付録>「ボケて(bokete)」より

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