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2016年8月14日 (日)

NHK「ある文民警察官の死~カンボジアPKO 23年目の告白~」を見て

昨夜放送になったNHKスペシャル「ある文民警察官の死 ~カンボジアPKO 23年目の告白~」(2016/08/13放送ここ)を見た。時宜を得た好企画の番組で、誰にも見て欲しいと思った。

NHKの解説にはこうある。
ある文民警察官の死 ~カンボジアPKO 23年目の告白~
1993年5月4日。タイ国境に近いカンボジア北西部アンピルで、UNTAC(国際連合カンボジア暫定統治機構)に文民として初めて参加していた日本人警察官5人が、ポル・ポト派とみられる武装ゲリラに襲撃された。岡山県警警視、高田晴行さん(当時警部補・33歳)が殺害され、4人が重軽傷を負った。湾岸戦争以来、日本の悲願であった人的な国際貢献の場で起きた惨劇は検証されることなく、23年の月日が流れた。しかし、今、当時の隊員たちが重い口を開き始めている。番組ではカンボジアPKOの襲撃事件を様々な角度から描き出す。そこには、戦後日本の安全保障政策が大きく転換しPKOでもさらなる任務が求められることになった今、私たちが目を背けてはならない多くの“真実”がある。」(
2016年8月13日(土)放送 ここより) (下の動画はここより)

ある文民警察官の死~カンボジアPKO 23年目... 投稿者 gomizeromirai

この番組の中で、印象に残った言葉をメモしてみた。
「外務省 柳井俊二条約局長「湾岸戦争の時はお金を出す以外に何もできなかった。国際的にもそれが批判された。やはり日本としても、ただ日本が平和を乱さないというだけの平和主義では足りない。世界の平和のために何らかの貢献をしなければいけない。人的な貢献を含めて何かしなければいけない。」

(1992年の)PKOを巡る議論は自衛隊派遣に集中。世論の関心も警察官派遣には向けられませんでした。
「参加5原則」は、①停戦合意の成立 ②紛争当事者の合意・・・など。
文民部門に派遣される警察官の任務は、「現地警察家の助演・指導・監視」。武器の携行は認められませんでした。
警察庁長官官房「最近の国会論議と同じで、要するに後方地域の民生支援だと。文民警察ですから戦闘があるような危険地域に派遣するわけではありませんと。今から思うと本当に不思議なぐらい雲をつかむような、とにかくやってみなくちゃいかんと」

UNTACの最大のミッションは、公正な総選挙を行い、民主国家としての基礎を作ることでした。しかし、ポル・ポト派が武装解除を拒否していたのです。1970年代、100万人以上を虐殺したとされるポル・ポト派。・・・

カンボジアに派遣されることになったのは、各都道府県の警察から選抜された75人でした。
「我々が成田から飛行機に乗るときの見送りで、家族がみんな泣いていた。あれを見たら失敗したと思いました。手を挙げるのではなかったと思いましたね」
「言っていいことかどうか分からないんですけど、「今日お返事ください」と最後言われたんですよね。「別に行かなくてもいいよ」「断ってもいいよ」と言われるんですけれども、警察官をいう仕事上は「君断ってもいいよ」と言われても、断れないんですよ。」

隊員たちは、最終的に29カ所に分かれて配置されることになりました。丸腰で任務地に向かった隊員たち。UNTAC本部と連絡手段が無い場所すらありました。任務地には、事前に危険だと警告されていたタイ国境に近いアンピルも含まれていました。・・
「最低限備えてある電話やFAXはおろか、UNTACへの直接の通信手段も持たず、陸の孤島だ」「このような状態をUNTAC本部は知らない」

1月12日、カンボジア北西部の日本人文民警察官の宿舎が40人の武装集団に襲撃されました。
当時の宮澤政権の河野官房長官。「一番気にかけていたのは自衛隊。文民警察は、散っていたので、注意深く見るということまで手が回っていたかどうか・・・」

山崎文民警察隊長は、出発前に政府から活動の実施要領を受け取っていました。そこには、隊員の生命や身体に危害が及ぶ可能性がある場合は、業務を一時休止できるとありました。
「具体的に業務の一時停止ってどうやるのか。「日本だけやめます」と言えるの? どう考えたって一定期間一緒にやってきた仲間がいて、彼らがみんなで「危ないからやめよう」と言ってやめるのなら、それはできるけれど、日本だけが最初に尻尾を巻いて、法律に書いてあるので業務の一時停止を行います。それはできないだろうなと思っていましたね。」

身を守るものは防弾チョッキだけ。その中で、危険にさらされた隊員たち。今回、一部の隊員たちが、独自に自動小銃を調達していたことを初めて明かしました。PKO法に反したとしても、自分の身をまもるためには、この選択しかなかったと語りました。
「自分の身を守るためには、これが一番最適の武器だと判断したからなんです。15ドルです。弾の入った物が20ドル、合わせて35ドル。高いですか?自分の身を守るためだったら僕は安いと思ったんです。・・・」

そしてポル・ポト派の最高幹部が「ポル・ポト派の政策を妨害しているのは日本である。日本大使館員・外交官の命は保証しない。」と声明。

当時のカンボジア大使は、治安に関する情報は、ほとんど秘密指定として外務省に送っていた。「本当は何も秘密指定にしたくなかった。でもそういう情報がどんどん飛び交うと、やはり危ない、危ないということだとね、誰も来なくなるし、ボランティアもいなくなるし、日本人に被害は無くなるでしょうけど、日本との関係は決して好ましい方向に進まないと思いますよね。」
事態の深刻さが必要以上に大きく伝えられることは、国益を損なうと考えていた、と言います。

そして4月14日、日本人文民警察官が初めて武装集団に襲われます。しかしUNTACはポル・ポト派とは断定できない、としました。日本政府も、派遣の前提である停戦の合意は崩れていない、との立場を変えませんでした。
そして1993年5月4日、会議に行く日本人の車列が襲撃され、高田晴行さんが死亡。それでも日本政府は、停戦合意という派遣の前提は崩れていない、という立場を変えることはありませんでした。

柳井さん「世界の他の国々は、ある程度危険があると、犠牲もありうると十分承知してやっているわけですね。みんなが力を合わせて平和を守るというのとなんで、だからそういう貢献を日本としてもしなきゃいけない。
・・・・」(
2016/08/13放送NHK「ある文民警察官の死 ~カンボジアPKO 23年目の告白~」より)

言うまでもなく、日本は自衛隊を筆頭に、海外派兵の話が前のめりで進んでいる。その陰には、こうした危険があることを誰もが“漠然と”知っている。
しかし、忘れられていたこのような事実を白日の下にさらしたこの番組の価値は計り知れない。うがった見方をすると、NHKの籾井会長が放送をよく許可したものだと思う。そこには元河野官房長官が出演していたことも影響しているのかも・・・

ともあれ、平和ぼけしている国民に、海外派兵がいかに危険かを周知させるにはよい番組だと思う。
そして、当時のカンボジア大使が、現地の危険性を隠そうとしていた事実。それは、人の命は、国益よりも軽いことを如実に示している。これは先の戦争での国の考え方そのもの。

この事件をNetで検索してみると、(ここ)に詳しい。ここから毎日新聞の記事を拝借して再掲する。(1993/05/05付「毎日新聞」より)

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その記事を読むと、「監視要員辞退者さらに増加も」という記事がある。
「これまでに十人前後が辞退しているだけに、今回の事件で内定者から更に辞退者が増えることも予想される。」
ここだけが救い。現地の危険に関する情報はアテにならぬ。つまり、現地大使館や政府の発表も、隊員の命よりも国としてのメンツを優先するので、アテに出来ぬ。
すると、先の自動小銃ではないが、自分で自分の身を守るしかない。この警察以上に、命令されれば従うのが自衛隊。でも辞退するしか方法はない。
今の政府の動きは、“自民党の歴史”でもあるので止められない。つまりは、こんな事件を思い出して、“命令されても拒否する、拒否できる”風土を醸成するしかないのかも知れない。

迫り来る派遣隊員の命の危険・・・。それだけに、資料を提供し、PKOに潜むこれらの危険性をNHKの番組として世に出した当時の隊員の勇気に敬意を表したい。
同時に、できるだけ皆でこの番組を見て、戦場に人を派遣することの危険性を再認識したいものだ。


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コメント

初めてメッセージを送ります。
2010年10月にイタリア語同時通訳田丸久美子さんのことを書かれているのを偶然拝読しまして、他の記事も大変興味深くずっとこっそり訪問しておりました。

今回の「ある文民警察官~」の番組は私も見ました。よくぞ放送してくれたと。
カンボジアPKOのことを覚えている日本人は少ないのではないかと思います。
ぼんやりこの国で生活していてはいけない。過去の歴史から学ばなければとんでもない道を歩むことになるのではと危惧しています。

エムズ様と同じ新聞記事や番組を見ていることに苦笑いしたり、気がつかなかったことを教えていただいたりでとても楽しく、そして感謝しております。

クラシック音楽も大好きで音楽の記事も楽しみです。

これからもご自分のペースでブログを続けてくださることを願っております。

時節柄、どうぞご自愛くださいませ。

【エムズの片割れより】
嬉しい“エール”をありがとうございます。
ホントウに、どうしてカウンターが上がるのか、不思議でしたが、“こっそり”見てくれる人が居るんですね。
カウンターを上げるのが目的ではありませんが、書きたいことをメモしています。

投稿: アリエッタ | 2016年8月18日 (木) 17:36

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