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2016年6月の20件の記事

2016年6月29日 (水)

日本は2035年に崩壊!?~「実業」から「虚業」への結果

NHKラジオ第2で放送中の、カルチャーラジオ「科学と人間~地球と生命の46億年史」(東京工業大学地球生命研究所特命教授 丸山茂徳)(2016年4月~6月放送)(ここ)を聞いている。
宇宙や地球、そして生命の誕生、といったテーマで、なかなか興味深い話である。テキストを買おうかな・・・、でも難しそうだな・・と躊躇していたが、大分回が進んではいたが、先日、160629maruyama テキストを買ってしまった。そして現在、前の放送を聞きながら“復習中”。
それが、第12回「21世紀の日本の課題」(2016/06/24放送)から、ガラッとテーマが変わった。第11回の「宇宙に生物はいるか」というテーマからは、激変。しかし、その指摘を聞いていると、なるほど、と納得・・・。
日本が「実業」から「虚業」に変わって行くなかで、組織90年の法則に則ると、2035年頃には日本という組織が崩壊するかも・・・という話。

<カルチャーラジオ「地球と生命の46億年史」(12)より>

*この番組の全部(30分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。
●NHKのサイト(ここ)で全回を聴くことが出来る。

「虚業」という言葉は知らなかった。
広辞苑によると「きょ‐ぎょう【虚業】(「実業」をもじった語) 堅実でない事業。実を伴わない事業。 ―か【虚業家】」とあった。

NHKのテキストからその部分をメモしてみる。
実業と虚業
 われわれの社会の未来を考える上で、実業と虚業、そして組織の崩壊ということを考える必要があります。実業とは人間が生きていく上で、必要な衣食住を生産し、さらにより豊かなものを生み出す職業のことです。日本は食料自給率40%の国家です。日本で自給自足の生活をしようとしたら、人口1億2000万人のうち、4800万人しか養うことができません。つまり、残りの7200万人分の食料を外国から輸入しなければならない宿命を背負っています。それにはお金が必要です。食料を購入し代金を支払うために、日本は車やコンピューターなど様々な製品を製造し、それらを輸出することによって収入を得ねばならないのです。そのような製品をつくり出す産業が実業であり、もちろん、人間の食料を生産・採集する農業、漁業や、それらをサポートする農林水産関連産業も重要な基盤産業です。
 これに対して虚業とは、実業や基盤産業によって豊かになった国家における芸術やスポーツなどの職業をさすもので、物質的豊かさの上に精神的豊かさを充実させるための職業です。虚業ということばの中には、否定的なニュアンスがあるととらえる人もいますが、ここで表現したい本質的な意味合いは、人生に潤いを与える豊かさを目指すための職業であるということです。虚業は、古くからある収穫祭などに見ることができます。実業だけの社会で、毎日仕事をしていては疲れる一方なので、より豊かな人生を味わうためにこういった職業が発生してくるのです。しかし、国家が疲弊すると、そういった分野の職業は縮退せざるを得なくなります。人々は毎日の生活に精一杯にならざるを得ないからです。
 このような原理から考えて、史上最大の豊かな時代を迎えた日本で、芸術や芸能、スポーツなどが繁栄することは当然の結果であるといえます。しかし、虚業の発展は、同時に実業の衰退化と表裏一体の関係にあります。かつてのローマ帝国が滅んだ原因は、外国の台頭ではなく国家の中で実業が衰退し、虚業が巨大化したことにあります。つまり、虚業は、社会の衣食住の基盤を支えることはできないのです。重要なことは、食料自給率40%の日本にとって、能力のある多くの若者が虚業を目指すことは、実業の衰退を加速し、国家が内部から崩壊していく状況を招きかねないということです。ローマ帝国をはじめとする過去の歴史に学ぶとすれば、マスコミによる行き過ぎた虚業の宣伝は、国家の衰退につながるということを理解する必要があります。

組織の本能 組織は90年で崩壊する
・・・江戸時代が終わると、旧来の農民保有地に私的所有権が認められました。その第1世代では、富農が零細な農家を吸収し、巨大な豪農が生まれます。豪農の主人は真面目に農業をすることによって巨大化しますが、そのことによって地域の中心的役割を担うようになります。その地域の選挙で選ばれる議員やあるいは国会議員へと選出されると、地域のみならず日本の中心的役割を演ずる必要が生まれます。そこでは、教養が必要とされ、豊かな知識なくしてその役割を全うできません。したがって、第2世代に教養をつけさせる必要を認識し、大学へ進学するという道が開けることになります。第2世代は、父親の苦労を間近に見て育つために、科学や芸術、スポーツを専攻することは少ないでしょう。すぐに社会に役に立つ実業家を目指し、会社員や会社経営者への道を歩むことになります。しかし、その子供である第3代目は、父親の苦労を知らずに育ちます。そのために、第3世代になると虚業を選択する子供が育ち、第1世代から引き継いだ農地を手放し、第2世代が創業した会社を崩壊させてしまうのです。各世代の持続期間が約30年とすれば、近似的には30年×3世代の約90年で財産はすべて失われることになります。
 明治元年から数えて73年目(1941年)に、組織の内部崩壊によって、日本は太平洋戦争という無謀な戦争を選びました。そして、1945年の第2次世界大戦の敗戦というかたちで日本は廃墟と化しました。それが、日本がゼロから国家を再建する出発点となりました。戦後の復興は、第1世代の大活躍によって、田中角栄の時代をピークに再び黄金時代を迎えました。その背景には、日本は軍備を禁じられたという、非常に恵まれた環境にあったということも見逃してはならないでしょう。そしてその34年後、1979年にエズラ・ヴォーゲルが書いた『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の時期が日本国家史上最大の繁栄の時代でした。現代の日本は虚業が繁栄し、再び崩壊に向かう直前にあるといえるでしょう。組織の崩壊まで90年という法則を適用するなら、日本は2035年に崩壊するということになります。そしてそれは、第3世代の日本人が虚業の繁栄(実業の衰退)を担い国家の終わりを招くことを示唆しています。・・・・

マスコミの社会的責任
 啓蒙活動の中心を担うマスコミの社会的責任を考えてみると、人間の歴史の中で、マスコミがこれだけの社会的重要性をもった時代はかつてなかったといえるでしょう。日本が近代化された明治以降に、日本の発展と崩壊を支配したのは、今日的視点から見れば、政治の迷走や軍部の暴走もさることながら、マスコミによって国民感情が煽られたことが主な原因であるといえます。現代でもますます加速度的に威力をもち、先ほど述べたような日本国民の内部崩壊、あるいは精神的崩壊の主要な原因もマスコミによる洗脳であるとさえいえます。つまり、虚業に憧れる世代をつくり出すことを助長しているからです。
 ここで、改めてマスコミの社会的責任を考えてみましょう。人間は1人では生きられないという宿命の論理的展開の延長線上にそれぞれの職業の社会的責任があり、科学者や工学中心の技術者、そして実業家、政治家の社会責任が存在しなくてはなりません。その中でのマスコミの社会的責任とは一般的には権力の監視です。日本が無謀な太平洋戦争に突き進んだ元凶の1つは、マスコミの戦争賛美論であり、権力の監視と正反対の方向に進んだことは自明です。それを反省することなく、マスコミは虚業賛美論によって、若者を虚業に向かわせる最大の原因となっているのは疑いありません。・・・」(
NHKカルチャーラジオ「地球と生命の46億年史」テキストp128~136より)

前にも何度か書いているが、自分はテレビのお笑い番組が大キライ。お笑い芸人さんが、詰まらないことで、手をたたいて大笑いしている姿は、とても見ていられない。それがどのチャンネルでも・・・なのである。それで、日本はこんなお手軽な番組で笑っていられる状態なのかと心配になる。

氏は、それが法則に則った進捗であり、そろそろ崩壊だという。
会社30年説というのは聞いたことがあるが、確かに1世代30年と考えると、90年でオシマイ、となることもうなづける。

氏は、日本の目指すべき方向として、食糧自給率100%、つまり明治初期の4000万人まで人口数を減らす。そして、戦争を無くし、軍備に費やす予算を最少にするために、「世界統一国家」が完成することだと言います。
そして、その啓蒙活動の中心を担うマスコミの社会的責任・・・・。

イギリスのEU離脱といい、次期米大統領候補のTPPの否定といい、結果として積み重ねてきた努力が泡のように消える時代に突入している。何でもそうだが、作ることは大変だが、壊すことはいとも簡単。
世界中が、良くない方向に進んでいる。我々はサッサとこの世からおさらばできるが、これから生まれる子どもたちの世代を考えると、うなってしまう。
上の放送を聞いて、考え込んでしまった。

160629mondai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月28日 (火)

子どもの貧困と子ども食堂

先日の朝日新聞に子どもの貧困の記事があった。
「(いちからわかる!)子どもの貧困格差、日本で深刻なの?
 ■先進41カ国で8番目に大きい。学力や健康に影響も
 アウルさん 子どもの貧困格差が深刻と聞いたわ。
 A その国の最貧困層の子どもが標準的な子どもに比べて、どれぐらい厳しい暮らしをしているか。それに着目したのが、子どもの貧困格差だ。貧困率が貧困の広がりを表すのに対し、貧困格差は深まりを示す指標だ。先進41カ国で日本は8番目に格差が大きかった。ユニセフ(国連児童基金)が4月に発表した。
  どう計算するの?
 A 厚生労働省の国民生活基礎調査から2012年の数値を使った。18歳未満の子どものいる家庭の年間手取り収入を家族の人数で調整した金額を、まず試算。それを順番に並べ、下から10%目と真ん中の子どもの金額差を数値化した。子どもに収入はないけれど、その金額に相当する生活水準にある、という考え方だ。
160628kodomonohinkon   それで結果は?
 A 下位10%目は84万円で、真ん中の211万円より127万円少なかった。最貧困層の子どもの金額は、標準的な子どもの4割にも満たない。上位の北欧諸国は6割以上だよ。
  順位は下がったの?
 A ユニセフが日本について分析したのは今回が初めて。今までは各国と比較可能な日本のデータがそろわなかった。ただ、首都大学東京の阿部彩教授が今回分析したところ、日本は1985年より格差が拡大している。
  貧困の度合いが大きいと、どんな問題が?
 A 貧困から脱するのが難しくなる。学力低下や健康悪化のリスクも高まるので、金銭的支援だけでなく、手厚く多彩な支援がもっと必要だ。
  対策をとらないと。
 A 限られた財源をどこに充てるかは、議論が必要。現金給付のほか、子育てにお金がかからないようにすることも考えないと。教材費なども含めた義務教育の完全無償化を望む声も大きいよ。(田中陽子)」(
2016/06/11付「朝日新聞」p2より)

日本の下位10%の(バーチャルの)“子どもの収入”は、84万円で、平均の211万円の6割ダウンだそうだ。そしてそれは先進41カ国中34位で、下から8番目なんだそうだ。
これをどう見る??

それに呼応するかように、今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
「(いちからわかる!)「子ども食堂」、全国に増えてるって?
 ■地域の人が運営し、料金安く。居場所作りをめざしている
 ホー先生 「子ども食堂」が各地でオープンしているそうじゃな。
 A 子どもが一人でも入れる「食堂」のことだね。おなかをすかせたり、家で一人でごはんを食べたりしている子を支えようと、地域の人がごはんを提供しているんだ。支援団体のほか、主婦や自営業者が仲間と一緒に公民館や寺などで開いている食堂も多い。
  子どもしか利用できないのかのう。
 A 親子連れや地域の人たちでにぎわう食堂もある。一方、支援の必要な子だけを対象にしているケースもある。
160628kodomosyokudou   増えたのはいつからじゃ?
 A 子ども食堂という呼び方は、2012年に東京都大田区で開かれた食堂が先駆けとされる。首都圏を中心に各地の食堂が集まる「こども食堂ネットワーク」には現在、約90カ所の食堂が参加し、その多くは昨年以降に開設されたそうだ。全国には数百カ所あるとも言われている。
  料金はどうなっているのじゃ?
 A 子どもは無料か、1食100~300円ほど。大人も300円程度が多いようだ。
  運営していくのは大変じゃろう。
 A 地域の人から食材を寄付してもらう食堂も多いけど、一番の課題は子どもたちにどうやって知ってもらい、来てもらうか。ネットワークが昨年7月から開いている「こども食堂のつくり方講座」には、これまで約140人が参加してノウハウを学んだそうだ。
  ホホウ!
 A 子どもの貧困が広く問題となり、何かできないかと思う人は増えている。ただ「貧困」を前面に出すと、食堂に来る子どもたちが偏見を持たれかねない。運営する人たちの多くは試行錯誤を重ねながら、子どもの居場所づくりに取り組んでいるんだ。(斉藤純江)」(
2016/06/28付「朝日新聞」p2より)

子ども食堂について、自分が最初に知ったのは、NHKラジオ深夜便の番組。食べていない子どもに、食べさせなくては・・・と近所の子どもたちに、ボランティアで食事を提供している女性の話だった。
子ども食堂については、テレビのドキュメンタリー番組でも取り上げており、全国に広がっているようだ。

上で紹介されていた「こども食堂ネットワーク」(ここ)のサイトによると、月1回が多く、月2回の所は少ない。
言うまでもなく、どんな子どもにも、「食」は最優先で与えなければいけないもの。しかし、現代の日本でも、それは「当たり前」ではない。それはゾッとする光景・・・・

先日、福岡で孫と会った。夕食で入った食堂。ふと、iPhoneで撮った短い動画に、2歳半の孫の声が入っていた。「もうすぐご飯が(買って?)来る~」「楽しみだね~(以下言語不明瞭)・・・」
こんな当たり前の光景が、当たり前ではないという現実・・・

また話が飛ぶが、昔、小学校低学年の頃、親父に叱られては、台所の板の間に正座させられた。そして「ご飯なし」。何で叱られたかは、もちろん覚えていない。しかし「ご飯抜き」の記憶は消えない。後でお袋が食べさせてくれたが、たった1食抜くだけでも、大事件だった。
しかし、自分の子どもを叱った時、我が家では「食事抜き」は無かった。それはカミさんが「食事をさせることは親の最大の義務」というスタンスを変えなかったから。自分も「確かにそうだな」と思ってきた。
しかし、世の中では、「一日のまともな食事は、学校給食だけ」という子どもが居り、夏休みなどはピンチ。その話を先生から聞いて、子ども食堂を始めた人もいる、とテレビのドキュメンタリーでは紹介していた。

今日も、たまたま行った豊田駅の前の鋪道に、ホームレスの人が寝ていた。雨が降った時、どうするのかと思った。それが子どもだったら、と考えると、心が縮む。

我々、「食事は当たり前」の世代が、親の色々な事情で「食べられない」子どもたちに、何か出来る事は無いか?
「こども食堂ネットワーク」(ここ)のサイトを眺めながら考えてしまった。
キーワードは「親から子への貧困の連鎖を断ち切る」こと。

なお、Netで見ると、Youtubeで子ども食堂についてのテレビ番組を見ることが出来る。(ここ)(ここ)など。
そこで紹介されていた、きずなづくり大賞2014東京都知事賞受賞作品 「あさやけ子ども食堂(山田和夫)」の作文も(ここ)で読むことが出来る。

160628satoko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月26日 (日)

ホルンとピアノによる「ラプソディー・イン・ブルー」を聞く

今日は、ある人に誘われて、「多摩かたつむりの会」の第12回定期演奏会に行ってきた。場所は、武蔵小金井の駅前にある「小金井宮地楽器ホール」。
160626katatsumuri1 今日は、勘違いから始まった。「宮地楽器ホール」というので、楽器屋さんの店先の小ホールだとばかり思っていたら、何と大ホール。八王子のオリンパスホールと同じで、ホールの名前を売ったのだと分かった。
ホールは、7~8割の入りだろうか、たくさんの人。最前列まで人がいっぱい。それに壇上には、椅子が30以上。こんな大規模とは・・・。いやはや失礼しました。

この会は、「ホルンアンサンブル」だという。ホルンだけによる楽団を聞くのは初めて。最初の一音から、まずその音量に圧倒された。それはそうだ。オーケストラでも、ラッパの音は大きい。それが30も同時に鳴るのだから、それは大変な音。
それにしても、音域は大丈夫なのだろか?Netで見ると、ホルンはトランペットやトロンボーンに比べて、音域が広いそうだ。それで単一楽器によるアンサンブルが可能になるのか??

最初は、お馴染みのシベリウスの「フィンランディア」。意外とこの曲はホルン合奏に合う。重々しい160626katatsumuri2 北欧の音。しかし、そもそもホルンの音は、歯切れが悪い。それに目を覚まさせてくれるのが、パーカッション。その歯切れの良い音で、全体が引き締まる。
残念ながら、全体の“アンサンブル”はまあまあ。アマチュアなので仕方がない。
今日のコンセプトは「ジャズ」ということで、コントも交えて、ジャズの解説もあった。

ジャスの演奏の後は、ピアノ独奏が入った、ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」。これを聞いて、“来て良かった”と思った。
しかし、最初のホルンの音からして心配になった。大丈夫かな・・と。しかしピアノが入ってからは本格的。ピアニストは、まさにプロである。確実なタッチと、豊かな情感。もちろんミスタッチなど無い。
ホルンとピアノによる「ラプソディー・イン・ブルー」。珍しいので聞いてみよう。

<ホルンとピアノによる「ラプソディー・イン・ブルー」>
(「多摩かたつむりの会」pf:青木里紗)

どの曲もそうだったが、残念ながらホルンの音量に対し、ピアノが負けている。ホルンに負けじとピアノが大音量を出す部分もあるが・・・・。原理的に仕方がないのだが、ホルンがピアノに気を遣って、少し音量を控えてくれると聞き易かったのだが・・・
そして知らなかったが、この曲は、ピアノ演奏が大変に難しい曲なのだそうだ。
貰ったパンフレットにこうあった。
「ピアノ独奏が入るこの曲は、一種のピアノ協奏曲風な雰囲気も持っており、ヨーロッパの160626katatu1 クラシック音楽とアメリカのジャズを融合させた、いわゆる「シンフォニックジャズ」として高く評価された曲である。
 ・・・と書くと聞こえは良いかもしれないが、このピアノがとにかく大変なのである。
(筆者もスコアを見たときに「マジでこれを弾くの!?」と思った)
 今回のソリストである青木さんがこの難曲をどう料理するのか。その一挙手一投足にご注目いただきたい。」

確かに、鍵盤を走る指を見ていると、それは複雑。・・・にもかかわらず、ホルンと違って(失礼!)、このピアノだけは安心して聞いていられた。
このピアニスト、同じく貰ったパンフレットにはこうあった。
「青木里紗
 国立音楽大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻出身。在学中は、ソロコンサートや卒業演奏会に選抜出演。卒業後、ザルツブルク夏期国際音楽アカデミーに参加。
160626katatu2  その後、クラシックに限らず様々なジャンルの音楽に関わりつつ、映画のサントラのレコーディングに参加するなど、楽曲のアレンジもこなす。
 現在、都内各地でのライブ活動、ミュージカル公演でのバンド出演、スクールコンサート、サロンコンサート、クルーザーやレストラン等でのイベント&パーティー演奏の他、ブライダルプレイヤー、ラウンジプレイヤーとしてなど幅広く活動している。
 Vocal&PianoのDUOユニット“fleuge”のメンバー。」

なるほど、やはりプロだった・・・

このような、アマチュアの演奏会は、楽団の関係者ならいざ知らず、我々のような第三者?にとっては、やはり“聞かせ所”は、欲しいもの。つまり今回の「ラプソディー・イン・ブルー」のように、「なるほど・・・」と、うならせる演奏が一つは欲しい。その点では大成功。
しかし、話を繰り返すが、音量のバランスはどうにかならないか・・・
ホルンの演奏者は、皆一生懸命音を出しているのは分かる。しかし会場で聞くと、そのバランスは、非常に大きい。フルオーケストラでも、ブラスが30人もいる事は無いので、幾らピアノ協奏曲でも、これほどの音量の差にはならないだろう。
上の音は、音量を圧縮してピアノの音を大きくしてみたが、ひょんなことで、音量のバランスについて考えてしまった。
併せて、演奏におけるプロとアマの差について、納得してしまった演奏会ではあった。

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2016年6月23日 (木)

喉の痛みに「蜜煉川貝枇杷膏」はいかが?

やっと探し当てた。中国の家庭薬「蜜煉川貝枇杷膏(みつれんせんばいびわこう)」だ。
9年前の2007年4月末に、上海に行った(こ)。
当時、中国語を勉強中のカミさんが、中国に行ったら買う、という物をあらかじめ探して、買ってきた。その中に、「ビワのシロップ」があった。
160623china1 カミさんの記憶によると、上海から蘇州に行った日、その時のガイドさんに上海の店に連れて行って貰って、これを買ったという。
この甘いシロップが、何年もの間、我が家で「喉の特効薬」として君臨していた。風邪などで、喉が痛い時に、小さじ一杯のこのシロップを舐めると、アラ不思議、治ってしまうのである。
しかし、何年か前、古くなったので、棄ててしまった。名前もメモしないで・・・

無くなってしまうと、また欲しくなる・・・。数年前、Netで探して、「これかな」という物を買った。しかし着いてみると、サラサラとした液体。これでは無かった。
そして先週だったか、また同じ話が持ち上がって、またNetで探してみた。すると、「うん、これだな」というのが見付かった。それで注文してみた。
それが当たった。まさにこれだった。日本でも買えたのだ。

製品名は「京都念慈菴」が作っている「蜜煉川貝枇杷膏(みつれんせんばいびわこう)」。
その使い方と効能は・・・
蜜煉川貝枇杷膏(みつれんせんばいびわこう)
製造元:京都念慈庵総厰
中国圏で人気の家庭保健薬で、大人から子供まで、誰でも安心して飲めます。『地球の歩き方』にも紹介されてます。
成分:川貝、枇杷の葉、沙参、茯神、橘紅、桔梗、半夏、北五味子、北杏仁、款冬花、遠志、甘草、蜂蜜、薄荷など。
効用:長引く咳、痰。風邪、喉の痛み、睡眠不足、タバコや飲酒過度、肌荒れなど。
用法用量:1回大さじ1、1日3回。薬をスプーンに移し、口に入れて、徐々に飲み込んでください。夏の暑い時は、冷蔵庫に冷やして、一層美味しく飲めます。
1箱150ml」(
ここより)

160623china2 160623china3 160623china4

Netで見ると、色々なところで購入が可能だ。しかし値段が結構違う。それで今回は「北京友諠商店ネットショップ」(ここ)という店に注文してみた。
一個の値段は税込み1,382円だが、他に送料と代行手数料1,500円が必要で、合計3,382円
だった。
Netから注文すると、次の日に振り込みの銀行口座番号がメールで来て、今回ゆうちょに振り込むと「入金受領のお知らせ」、そして「追跡番号のお知らせ」のメールが届いた。メールには日本の代行業者の住所、電話番号もあるので、安心。
そして、注文から10日後には届いた。見ると、香港製で、北京からの航空郵便だった。製造年月は2016年1月、有効期限は2018年12月とあった。

それにしても、便利な時代。Netで注文しただけで、個人輸入として中国から直送されてくるとは・・・

前にも書いたが、先のガイドさんの話によると、やはりこれは中国のどの家庭にも常備されている家庭薬らしい。
甘いシロップなので、子どももOK。一家におひとついかが??
喉の痛みには「蜜煉川貝枇杷膏」!!(宣伝料は貰っていないので、念のため)

(2017/01/04追)
半年で150mlを使い切ってしまった。追加注文しようと調べてみると、Amazonが安かった。300ml×2本で送料込み5210円。安い通販店を探した方がよいようだ。

160623kuroneko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月22日 (水)

「孫社長が心変わり」~ソフトバンク:245億円のアローラ副社長が退任

「ソフトバンク、アローラ氏に報酬165億円 孫氏後継候補」~会社は誰のものか?」ここ)という記事を書いたのは、ちょうど1年前の2015年6月20日だった。その時に、世間が懸念した両者の軋轢が、何とたった1年で発生し、もう退任だという。

ソフトバンクのアローラ副社長退任へ 孫氏と考えにずれ
 ソフトバンクグループ(SBG)は21日、孫正義社長が自身の後継者候補としていたニケシュ・アローラ副社長が22日の株主総会を最後に退任する、と発表した。SBGは株主総会にアローラ氏ら8人の取締役再任の人事案をかける予定だったが、急きょアローラ氏の選任部分を取り下げる。直前に首脳人事が変わるという異例の事態だ。
 SBGによると、アローラ氏は数年内に孫氏に代わってトップとして指揮をとりたい意向だったが、これに対して孫氏は当面、自身が指揮をとりたい考えだった。トップの座を譲る時期で両者の考えにずれがあり、結局、アローラ氏が退任を決めた。アローラ氏は7月1日付で顧問に就く。
 アローラ氏はインド出身。米携帯大手Tモバイルを経てグーグルに移り、同社の最高ビジネス責任者に就任。孫氏が2014年、165億円の高額報酬で招き、15年も約80億円という破格の報酬だった。SBGではインドやインドネシアの新興企業投資などを手がけてきた。
 孫氏はアローラ氏という腹心を得て、日本から世界に事業展開する「ソフトバンク2・0」を唱えてきたが、構想は大幅な修正を余儀なくされそうだ。(大鹿靖明)」(
2016/06/22「朝日新聞」p2ここより)

アローラ氏と意見合わず 孫社長「あと5年は続ける」 ソフトバンク副社長退任
 ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義社長がほれ込み、高額報酬で招いたニケシュ・アローラ副社長が突如、退任する。早くトップになりたいアローラ氏と、なかなか地位を譲らない孫氏。2人の確執が一気に表面化した格好だ。ソフトバンク2・0はどこへゆくのか――。
 グーグル在職中のアローラ氏の手腕に感心した孫氏は2014年、頻繁に米西海岸に足を運び、アローラ氏を口説いた。最後は日本料理店の紙ナプキンに高額報酬を約束するサインをし、彼のスカウトに成功。アローラ氏も「マサ(孫正義氏のこと)は天才。彼と毎日一緒にいる」と一時は「相思相愛」の仲だった。
 アローラ氏は着任すると出身地のインドや東南アジアなどの新興企業に相次いで投資をし、インドでは大がかりな太陽光発電事業をスタートさせた。しかし、もともと日本市場が中心のSBG社内からは「ニケシュのために、いちいち英語で報告しないといけない」「人事権をちらつかされた」などと古参幹部を中心に戸惑う声があがっていた。孫氏もアローラ氏と意見が合わず、側近の前で珍しく愚痴をこぼすことも。アローラ氏も高額報酬の割には思ったほどの実績をあげていない。
 こうしたことからSBGは3月、国内統括会社と海外統括会社に分け、国内は古手の宮内謙取締役が、海外はアローラ氏が担うようすみ分けた。指揮系統を整理した格好だが、アローラ氏からすると権限が縮小したと映ったかもしれない。
 さらに匿名の投資家グループが米法律事務所を通じて1月、SBGに対してアローラ氏の調査を求める書簡を送付。大手投資ファンドのアドバイザーとの兼任などを問題視した。SBGは20日になって、取締役会に設けられた特別調査委員会が調査の結果、「評価するに値しない結論に至った」とのコメントを発表したばかりだった。
 孫氏は21日、「あと5年か10年は社長を続ける。その間ニケシュを待たせてはいけないと考えた」とコメントした。(大鹿靖明)」(
2016/06/22付「朝日新聞」p10ここより)

Netでググると、こんな記事もあった。
ソフトバンク:アローラ副社長が退任「孫社長が心変わり
ソフトバンクグループのニケシュ・アローラ副社長は任期切れとなる22日の株主総会で退任する。孫正義社長の後継者候補だったが、孫氏が当面、社長を続ける意欲を示し、在籍2年足らずでの退任となった。
 孫社長とアローラ副社長が21日夕、都内でブルームバーグなどに話した。8月で59歳になる孫氏は、アローラ氏を招へいした当初は60歳前後で社長を譲ろうと考えていたが、時期が近づくにつれて葛藤が生まれた、と説明。「正直な気持ちで、まだ社長を続けていきたいと伝えた」と話した。
 アローラ氏は「孫社長が心変わりし、もっと仕事をしようと思った以上、クレイジーな天才である孫社長には、大きな収益を生み出し続けてもらうべきだ」と述べた。退任は2人で話し合った結果といい、アローラ氏は7月以降、顧問として残る。アローラ氏が600億円相当の自己資金で購入していたソフトバンク株は、21日付終値で孫社長が購入する。
 アローラ氏はグーグルの最高事業責任者だった2014年に、孫氏に請われてソフトバンクに入社した。海外事業責任者として活発に合併・買収(M&A)を展開し、アリババ・グループ・ホールディングの一部保有株やゲーム開発会社スーパーセルの売却も主導した。15年3月期には166億円の報酬を受け取った。
宮内氏が副社長に
 「退任をよく見せることは難しい」とBGCパートナーズ(シンガポール)の日本株セールス担当マネジャー、アミール・アンバーザデ氏は指摘。アローラ氏が任せられてきた役割を考えると「株価が上がることはまずないだろう」と分析した。
 アローラ氏の後継の副社長には、宮内謙取締役が再び就任する。海外での投資活動や事業は孫氏のほか、ロナルド・フィッシャー取締役らが引き継ぐ。孫氏はアローラ氏の投資手法から、保有資産を「現金化することの大切さも学んだ」と説明。アリババやスーパーセルの売却により、「資金的余裕ができたことで、投資機会があれば速攻で動ける」と述べた。
 孫氏はアローラ氏を招へいした当初は60歳の誕生日を迎えたら、社長職を譲ろうと考えていたという。ただ残り1年余りとなった時点で、「やり残したことがいろいろある」と考え、職を譲るのが惜しくなった。「気持ちが成熟していないのにバトンを渡したら、渡した後にもめるのも嫌だ。だから正直に話したほうがいい」とし、「ニケシュには迷惑掛けたと申し訳ない気持ちでいっぱい」だと述べた。
 後継者育成は、創業者の孫氏が経営判断の多くを担うソフトバンクの長期的な課題だ。孫氏は「少なくとも5-10年は社長のまま走りたい」と話した。
 一部の投資家グループはアローラ氏の実績や適性に疑問を呈し、ソフトバンク取締役会に対し同氏の内部調査を行い、必要であれば解任するよう要求していた。ただ同社は、特別調査委員会が調査した結果として、評価するに値しない内容だとの結論に達したと20日に発表していた。(天野高志、Pavel Alpeyev、中村友治)」(
2016年6月21日 ブルームバーグここより)

まさに絵に描いたようなドタバタ劇。誰もが失笑するドタバタ劇。
しかし、この孫氏の独り相撲に投じられた会社のお金は、14年度165億円、15年度80億円の計245億円だという。
前にも書いたが、幾ら孫氏が創業者で、20%の株主とは言え、こんな事が可能であることに、まず驚く。会社から見れば、一人の人間に245億円の投資(アウトプット)をした。それに対する、インプット(成果)はいったい幾らなのだろう?とても245億円の利益を会社にもたらしたとは思えない。とすると、そのマイナス分は、孫氏はどのようにして株主や社員に説明するのだろう? どう責任を取るのだろう?

創業者のような“お山の大将”が、後任者にそれまで持っていた権力を譲ることは難しい。いや、ほとんど不可能ではないか?
それを成し遂げたのは、本田宗一郎くらいしか知らない。

実は自分も現役時代、同じような事をしていた。自分の領分を誰かに譲った後、極端に寂しくなる。そして干渉したくなる。報告が遅いとイライラする。自分に“お伺い”をたてに来ないと怒る。スジが違うと分かっていても、それは感情の問題。
その点、孫氏は、それを予見して避けたのが今回の人事。しかし、2年前、孫氏はそんなにスムーズに禅譲が可能だと思っていたのか? もしそうだとすれば、勘違いも甚だしい。

それにしても、副社長から平取に降格せられたり、また副社長に上げられたり、宮内氏も大変だ。
今回に懲りて、孫氏も死ぬまで現役トップを貫くだろう。そして、孫氏にそれが出来なくなった時、ソフトバンクという会社がどうなるのか、ま、あまり関係無いけど・・・ね。

(付録)今日、初めてある新聞社から、世論調査の電話がかかってきた。「家族が二人の場合は、年下の人にお願いします」と言うので、残念ながらカミさんが回答した。
もちろん名前などは名乗らず、「今回の参院選では誰に投票しますか?」「安倍政権を支持しますか?」等々の質問に答えていった。
いままで、「世論調査はホントウにちゃんとやっているのか?」と、我が家では良く話題になっていたが、今回の電話で信じることにした。
裁判員もやってみたいが、こっちは一向に連絡がない。

160622hone <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月21日 (火)

郵便物の「不在連絡票」に思う

郵便の不在時の対応が、どうも気に入らない。
今日も、外出して戻ったら、佐川と郵便の2つの不在票が入っていた。放って置いたら、佐川の携帯から電話があり、これから届けに伺う、とのこと。

問題は、郵便物。郵便受けに入る物なら良いのだが、大きくて郵便受けに入らない物や、受け取り印の要る郵便物は、「郵便等ご不在連絡票」に書いてある通りに、こちらから連絡をしないと受け取れない。
通販など、来るのが分かっている郵便物なら分かるが、相手から一方的に送られてくる郵便物だと、こちらからアクションを起こさないと受け取れない、という状況がどうも気に入らない。
別にこちらは受け取りたいワケではない。そもそも、何が送られてきたかも分からないので、受け取らなければいけない義務もない。しかし“窓口まで取りに来い”といった「行動」を強制される。

改めて「不在連絡票」を眺めてみる。方法は5つ。1つ目はPC、スマホからの申し込み。や160621yuubinfuzai ってみると、住所氏名、電話番号、アドレス等々、とにかく色々な情報を登録しないといけない。
2つ目は、電話による自動受付。当日の再配達は18時までらしい。3つ目は、郵便・FAXによる申し込み。4つ目が郵便局の窓口での受け取り。5つ目がコールセンター。
カミさんが、電話の自動受付にチャレンジしたが、なぜかうまく行かない。それで、自分が試しにコールセンターに電話してみた。
しばらく待たされたが、19時までの受付なら、当日の21時までに配達するという。スマホでの登録と同じく、住所氏名、電話番号等、色々な情報聞かれた。
雑談としてコールセンターの人に聞いてみた。
「相手からの一方的な郵便物を、こちらから郵便局に出向かないと受け取れない、または連絡しないと、届けない、という郵便局の姿勢が、どうも気に食わない。“一度しか届けません” “もし不在だったら、在宅の時に届けるので、いつ在宅か連絡せよ”という姿勢が、“上から目線”で宅急便とは大違い」⇒「ゆうパックなどは、宅急便と同じく、再配達しています。」
「不在票が郵便受けで他の投函物に隠れてしまった、とかで、放って置いた場合はどうなるの?」⇒「保管期限を過ぎると、差出人に自動的に返送される。」

まあコールセンターの人に言っても仕方がないので、ここまでだったが、どうも“お上”のやり方のようで、気にくわない。結局、19時前に電話したら、20時前にはピンポーンが鳴った。わざわざこの一つの郵便物のために、バイクで来てくれたのだ。それはそれで大変。
しかし、この方が本当に効率的、そして顧客志向なのだろうか?
次の配達のときに、もう一度届けてくれる方が、受け取る側も楽だし、配達の人も、わざわざ一つの郵便物だけのために動かなくて済むと思うのだが・・・・

郵便配達の仕組みとして、“二度は届けない”という何か大きな理由があるのだろうか?自分には分からない。
そしてこの仕組みは、昔からそうだったのだろうか? それも分からないが、あまりに「顧客志向」から離れているようで、好かない。
うがった見方をすると、ゆうパックなどの民間の宅配便と競合する部分は、民間と同じようなサービスをするが、そうでない部分は、自分たちの都合で、手間を顧客に押し付けているように感じる。「一度だけ届けに行ったが、不在だったのでザンネンでした~。連絡をよこさないと、届けてあげないよ。放っておくと、返送しちゃうからね。」・・・・
心当たりの無い郵便物だと「勝手にしろ!」と言いたくなってしまう。
それに引き替え、クロネコは不在票に携帯番号が書いてあるので、直ぐにドライバーと連絡が付き、再配達してくれる。佐川は、コールセンターへの連絡など、郵便と同じような仕組みだったが、最近はドライバーの携帯番号が書いてあることもあるらしい。

ま、それにしても、自分も心が狭くなったもの。そんな事に目くじらを立てている・・・。
逆のケースが、スーパーなどのレジ打ちの人の対応。「いらっしゃいませ」の挨拶から始まって、生ものなどの梱包、ビン類への緩衝材の付加、等々、とにかく、そこまでやらなくても・・・と言いたくなるような丁寧な対応。
しかもそれは、どの店でもほぼ同じなのだ。つまりは、既に「日本の文化」になっている。
ま、それと引き替え、郵便の再配達の仕組みは、自分にとっては、「悪い日本の文化」のように思えてならない。
今日はグチでした。

160621sagawa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月20日 (月)

オーブントースターのヒーターを強引に修理した話

今日は、オーブントースターを強引に修理してしまった。(ここに書くつもりが無く、写真を撮らなかったのが残念!)

ウチで使っているオーブントースターは、いつもAmazonで“売れている”製品を安く買っている。1年ほど前、使っていたトースターがだいぶん汚くなってきたので、買い換えることにした。いつものようにAmazonで、「ベストセラー1位」という文字に踊らされて、今までと同じメーカーの物を買った。何と2千円!安過ぎる!
ところが、そこからが問題。我が家では、ほとんど、冷凍の食パンを焼くのだが、上面がこんがり焼ける頃は、下面が真っ白。つまり上下での焼けのムラがひどい。
ウーンとうなったが、買ってしまったので、仕方が無く使っていた。結局、冷凍の食パンを焼く時は、少し経ったら上下をひっくり返して焼くしかなかった。

使い出して、1年。だいぶ汚れてきたので、買い換えようかという話になった。前に使っていたモデルが焼きムラが無く良かったので、そのモデルと同じ物に戻そうと思った。すると、昨年までは売っていたが、今は廃止になっていて同じモデルが手に入らない。
それで、その後継機種を買おうかと、クチコミを読むと、やはり焼きムラはあるらしい。
160620toaster1 いっそのこと、中古でも良いので、好印象の前のモデルを買おうかとヤフオクで検索。すると運良く、状態の良い物が見付かった。それを落札。
送られて来たものを開梱したら、何と内部のヒーターの石英ガラスが割れている。梱包を厳重にし過ぎて、かえって梱包材から圧力がかかり、割れ160620toaster4 たらしい。(出品者に連絡したら、返金するので、壊れた現品は処分してくれとのこと)
せっかく、新品同様の“欲しいモデル”が手に入ったのに惜しい!

それで今日、「壊れたモデル+汚いモデル=欲しいモデル」に修理できないか、調べてみる事にした。
まずヒーターのパワー。このメーカーの製品は、どれも上560W、下440W。しかし、今使っている“汚いモデル”は、1000Wとしか仕様に書いていない。それで今日、メーカーに電話で確認してみた。結果、こんなことが分かった。
*昨年2千円で買ったモデルは、他のものと同じく上560W、下440W。⇒つまり、汚いモデルのヒーターをそのまま壊れたモデルに取り付ければ復活する!

・「ヒーターのそばに付いている金属の棒は何?モデルによって、上に付いていたり、下に付いていたりするが・・・」⇒「それは強度を増すために付いている。モデルによって上に付いたり下に付いたりしている理由は、工場に確認しないと分からない。当社は工場は持っていないので、聞くしかない」
・「今使っているモデルは、ヒーターの中央部が暗い。前使っていたモデルは均等」⇒「それは中央のニクロム線を伸ばしているので、温度が低いのが原因。設計のため」
・「今使っているモデルは、食パンを焼くと下が白い。」⇒「オーブントースターの場合、ピザなどを焼く時に上を主に焼きたいため、上が強くなっている。よって食パンは苦手。設計をそうしている。」
・「ヒーターに付いている金属棒によって火力が弱まることはないか?」⇒「それは無い」
・「焼き網が、モデルによってメッシュ状と金属棒タイプがあるが、それが原因で下が白くなることはないか?」⇒「メッシュ状のものは材料のコストが高い。焼き方に違いはない。」
・「ヒーターが割れたが、修理は可能か?」⇒「可能だが、送料の半分を持って貰うため、新品を買う方が安くなる。」

そうか・・・。設計的に上のヒーターが強く、それが原因で焼きムラが出るのか・・・。しかし、前に使っていたモデルのように、焼きムラが出ないものもある。つまり、ヒーターのパワーだけでなく、形状の設計(違い)によって、色々・・・
つまり結論として、以前使っていたモデルは良かったので、それを実現すれば良い。つまりは、ガラスが割れているものの修理だ。

まず分解。両サイドのカバーを外すと、ヒーターの交換が可能。ヒーターを分解しているうちに、ヒーターそのものは設計の問題があるので、ヒーター全体の交換ではなく、石英ガラスだけを取り替えることにした。そして割れた棒状の石英ガラスを外す。
それから「汚い今使っているモデル」も同様に、ネジを外して分解し、ヒーター部の石英ガラスを外す。幸いにも径が同じだった。しかしヒーターのビスは、3mmと4mmだったので、やはりヒーターは同じ物ではない。よって全体を変えない方が良い。
かくして、割れたガラスだけを交換した。
それで復活。もちろん試運転もバッチリ。当たり前だ。

かくして、無料で、1年前まで使っていたモデルのほぼ新品が手に入った。
オーブントースターはAmazonで2千円~3千円と安い。しかし、我が家のように、冷凍食パンが中心などの使い方によっては、焼きムラなど不満が出る。それには、「満足していたモデル」に戻すのが一番安心。要はそれをどう手に入れるか・・・

またしても、“夢中になって”修理したので、少し腰が痛くなってしまった。ヤレヤレ・・・

160620nekoze <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月19日 (日)

物の整理中・・・

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(be between 読者とつくる)「持たない暮らし」にあこがれる?
 「断捨離」「ときめく片付け」「10着しか服を持たない」……あふれる物との闘い方が流行する様は、物の豊かな時代の必然のようです。さらに進んで持ち物を極限まで減らし、空き部屋のような空間で暮らす「ミニマリスト」に関心が集まるこのごろ、「持たない暮らし」にあこがれる人がやはり多数を占める結果となりました。

 ■「捨てられない」は悪か
 モノを極力持たない「ミニマリスト」の流行は欧米発。米国の男性2人組「ザ・ミニマリスツ」はウェブで200万人の読者を獲得するなど注目を集める。エッセー集『minimalism 30歳からはじめるミニマル・ライフ』(フィルムアート社)は、物を減らすハウツーよりも、どんな生き方をするかについて多くの紙幅を割く。ミニマリズムとは「有意義な生活や人生を送るためのツール」。本当の目的は、自由、幸福に生きることだという。
160619dansyari  一方、beモニターの皆さんの「すっきり」願望は、もっと切実な体験に基づく。
 「母の遺品の多さに参った。母はきちんとした性格だったが体力、気力が衰え放置していたのだと思う。体力があるうちに断捨離をしなければ」(兵庫、70歳男性)、「夫の叔母をワンルームの老人マンションに転居させたが、元の3DKの賃貸が荷物の山。現在両方の家賃を払っている。自分は子どもに迷惑をかけないよう体力のある間に身軽になりたい」(大阪、58歳女性)。
 なぜ、捨てられないのか。
 「『使えるからと取っておいてはダメ』と片付け本にあるが、壊れてない物は捨てられない」(東京、51歳女性)、「必要な時のためにと捨てきれないのが貧乏人の性(さが)。物を持たないのは実は豊かな証し」(大阪、56歳女性)。
 他人にはゴミでも、自分にとっては宝だということも。
 「昔集めたアイドルグッズ。手に入れた時の苦労や使ったお金を思うとゴミにもできない」(兵庫、56歳女性)、「現役時代の書類は、生きてきた軌跡と思うとなかなか処分できない」(長野、64歳男性)、「結婚の時に親がそろえてくれた和服類など一度も手を通さないまま。裏地にシミが出てしまい、処分するしかないが……」(千葉、79歳女性)。
 結果、家族の中の意思統一が難題に。「夫が何でもとっておくので本当にいや。中学の時の洋服とか。別れて暮らしたい」(東京、52歳女性)、「終活を意識して自分のものは順次廃棄しているが、空いたスペースに妻がものを詰め込んで、家の中が片付かない」(千葉、58歳男性)。
 とはいえ、すべての物がありがたく、持つことが幸せだった時代は確かにあった。
 「戦後、中国からリュックサック一つで引き揚げてきた。物が増えると暮らしが一段上昇したように感じられ、心が豊かになる。物に囲まれるのが夢だったからか捨てられない」(福岡、78歳男性)
 そもそも、持たない暮らしってそんなにステキかしら?という根源的な疑問も。
 「物のない、すっきりしたお宅にうかがうと寂しい。家は適度に散らかっていてちょうどいい」(東京、77歳女性)、「シンプルライフを目指し欲しい物も我慢していたが、仕事のモチベーションが下がった」(群馬、46歳女性)。持たない暮らしを実践し、がらんどうに近い部屋に暮らす神奈川の男性(32)も「たまに、好きな物が適度にある部屋に憧れる」。
 「物を持たないこと自体が目的になって、快適に生活するという本来の目的が見えにくくなっていることに違和感がある」(福島、27歳男性)という指摘もあった。
 数年前、ブームの片付け法に乗って後悔した山形の女性(51)は「持たない暮らしに注目しつつも冷静に受け止めたい」。少なくとも捨てられないことは、絶望的な悪癖だとも言えないはずだ。(大庭牧子)」(
2016/06/18付「朝日新聞」b10より)

3月で“毎日が日曜日”になって、身辺整理を始めた。要は、自分の持ち物の、不要品の処分である。
今まで、ほとんど何も捨てなかった。定年後、時間が出来たら“見るから”“読むから”と、全てをため込んできた。そして今、時間が出来た。さてと・・・
まず、自分の趣味のオーディオ関係の機材は、使わないものは全て処分した。何のことはない、ヤフオクで全て売り払った。そして今あるのは、日常使っている機材だけ。
書籍は、処分が難しい。売れないのである。昔の新刊本など、Amazonで見ても、中古品は全て1円だ。よって、まとめて市の処分場に運ぶことにした。というのは、先日、雑誌・雑紙の日に家の前に出したら、多すぎたせいか、本の束をひとつ置いていかれた。一度にたくさん出すな、という意思表示だ。それから直接処分場に持って行くことにした。

貰った本を処分するのは抵抗がないが、自分で昔読んだ本は、少し抵抗がある。よって、毎日、1冊ずつ、ざっと読み返してから処分するかどうかを考える事にした。
しかし、今まで処分した物で、後で失敗した、という事が無い。これは我ながら意外・・・
つまりは、“棄てられる”ということだ。
でも、上の記事の「物のない、すっきりしたお宅にうかがうと寂しい。家は適度に散らかっていてちょうどいい」という意見に賛同だ。ほどほどが良い・・・。

他の部屋の整理も始めた。天袋にあった着物類も全て処分した。もちろん着物は着ないが、昔、お袋や伯母が、「もったいないから」と“貰わされた”もの。
前に、義母がそごうデパートで100万円で買ったという加賀友禅・浜ちりめんを3万円ほどで処分したが、先日テレビ(2016/06/17「ニッポンのミカタ」)でやっていた「タンス屋」という着物のリサイクル業者の番組で、あれでもラッキーだったということを知った。
テレビによると、家庭のタンスに眠っている着物は40兆円! しかし買い取りが出来るのは、正絹と帯だけだという。ウールなど、それ以外は、査定ゼロ。処分に困った家庭が査定をして貰っていたが、買い取ってもらえたのが40点のうち9点、金額が7500円。他の家で、これは良いと評価してくれた小紋も査定は2500円。57点のうち買ってくれたのが9点で1万円。あまりの安さに、ビックリだが、仕方なく売っていた。
どうも着物のリサイクルは、相場の1%位で買い取って、洗濯して売りに出す時は、20万円が1万5千円と、1割以下らしい。
こんな話を聞いていると、着物は宝石と似ている。デパートで新品を買う時は高くても、売る時は二束三文。まあ、棄てるしかないな・・・

話は変わるが、2年ほど前に「3軒分の実家の遺品を30万円で整理した話」(ここ)という記事を書いた。
そうなのだ。自分の物をたくさん持っていても、自分に処理能力があるうちは、自分で責任が取れるので良いが、自分たちが“さっさと居なくなった”後、それを遺族に片付けさせるのは如何なものか・・・。残されて、それを整理する人は大変だ。
つまりは、歳を取ったら、やはり「断捨離」が必要だ、ということだろう。

今日は涼しい。こんな日には、部屋を順番に整理して行くと良いのだが、この所ちょっと停滞気味。
ここに書くことによって、“自分に檄を飛ばす”年金生活者ではある。

160619kutusita <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月17日 (金)

都議団リオ視察1億円超!?~共産辞退分を自民等に再配分

今朝、起きて居間に行ったら、早起きのカミさんが、「テレビで都議団がリオ視察で大金を使うらしい。しかも共産党などが辞退したら、その分、自民党などが増えるらしい」と言う。それでタイムシフトで確認したら、テレビ朝日の「グッド・モーニング」という番組で、やっていた。日刊スポーツの今朝の報道だという。
Netで探したが、その記事が見つからず、初めてコンビニに日刊スポーツを買いに行ってしまった。(その後、この記事がNetに公開されていたが・・・)

舛添知事の高額出張非難したのに・・・都議団リオ視察1億円超!?
 東京都の舛添要一知事(67)が高額出張費などの問題で辞職を決める中、厳しく追い込んだ都議が今夏実施する、リオデジャネイロ五輪・パラリンピック視察の出張費が、予算を大きく上回る可能性があることが16日、分かった。8月5日の開幕まで2ヵ月を切り、リオ中心部のホテル代は4倍以上に高騰しており、東京都議会は派遣する都議27人と随行員のホテルを押さえておらず、宿泊費が膨大に増える見込みとなった。
2016617nikkannsports <27人4回に分け>
舛添氏を厳しく指摘した都議会自体が「大名視察」となる可能性が出てきた。都の規定によりリオ地域における都議1人の宿泊費は1泊1万7400円。旅行代理店関係者によると、リオ市内のホテル代は4倍以上に高騰しており、規定額の4倍は1泊約7万円となる。議会局によると現時点でホテルを確保できておらず、さらなる高騰に巻き込まれる可能性も出てきた。
 視察に行く都議27人は五輪とパラリンピックの開・閉会式4回に分け、それぞれ3泊7日の旅程。最も高騰する五輪中は2度に分けて7人ずつが行くが、リオに詳しい旅行関係者は「これから、7人が同じ日程で泊まれるホテルを取るのは非常に難しい」と断言。
需要過多によりホテルも強気で「1泊いくら」ではなく、宿泊費固定の「パック売り」が常識で「最近、普段1泊2万円のホテルが4泊30万円以上というのを見た」という。視察予定日に合わない可能性すらある。
<予算6200万円>
各会派の振り分けは自民16人、公明5人、民進系6人。経費削減などの理由から共産と生活者ネットが計5人を辞退したが、枠は削減されず自民に3人、民進系に2人が再分配された。
リオ視察の本年度予算では都議20人、随行職員6人の派遣を想定し、計6200万円を計上。しかし派遣人数増に加え、ホテル未確保の状況から、かなりの増額が見込まれる。議会局も予算について「実態とかけ離れている」と話した。
 都議のフライトは全員ビジネスクラス。この座席確保も完了していないという。ある都議は「海外視察は都議1人300万円ほど使っていいとされている」と話し、随行職員の旅費など全経費を含めると1億円に迫ると指摘する声もある。
 また、高額出張費が問題となったことで知事の飛行機、ホテルも確保できていない。政策企画局は「新知事と相談する」としたが、知事選開票日は五輪開幕の6日前となる7月31日が有力で、高騰幅も予測不能。
 14日には静岡県の川勝平太知事が、確保したホテルが1泊8万円と規定の4倍を超える見通しとなったことからリオ五輪視察をとりやめたばかり。

<都知事よりずさん>
 ★案の定、都知事・舛添要一を守ろうとしながらも、グリップしきれず、最後は追い込む形になった自民党都連。都連会長・石原伸晃の指導力の欠如や、都議会自民党の面々のお祖末さは、あたかも舛添が悪で自らが正義のような振る舞いだが、前知事・猪瀬直樹といい、舛添といい、それを担いでおいて引きずり降ろすやり方は製造者責任が問われても仕方があるまい。
 ★まして、知事以上にずさんな政務活動費の運用を堂々と行い、リオ五輪も多額の公費を使い大視察団を編成するなど、今後は都議たちに舛添を責めたブーメランが返ってくることになるだろう。もし都議会の解散が回避されたと安堵(あんど)しているのなら大間違いだ。1回約40億はかかるという都知事選挙の費用は民主主義の対価だとしても4年で3回も知事選を行うなど、候補者選定の間違いや、都の有権者に優良候補者と信じ込ませた罪は重い。すべて税金で賄われることを考えれば都民への負担は大きく、その予算が福祉や教育、耐震対策など適切に運用されていたならばと考えたくもなる。もし反省しているのならば自民党都連や都議は給料の引き下げや、政治資金の在り方について都独自の改正案を早急に策定すべきだろう。
 ★一方、ポスト舛添については早速、御用評論家たちが都民にはほぼ無名の民進党衆院議員・長島昭久の名前を出し始めた。自民党から出しにくいポスト舛添の候補者を民進から出し、側面支援で乗り切ろうという判断だ。しかし都議は自民、公明が圧倒的多数を占め、民進党は野党第2党。結局、長島は取り込まれるだけになる。政界関係者が言う。「自公が民進の長島で来るなら、野党統一候補は自民党衆院議員の小池百合子を擁立すればいい。お互い他党に手を突っ込んでくるなら、そのくらいの戦略が必要だ」。ポスト舛添の仁義なき戦いが始まった。(K)」(
2016/06/17付「日刊スポーツ」p19ここより)

この話はひどい。これは事務方の姿勢の問題かも知れない。特に「経費削減などの理由から共産と生活者ネットが計5人を辞退したが、枠は削減されず自民に3人、民進系に2人が再分配された。」という部分。
共産党がどう抗議したかは分からない。しかし、辞退の趣旨を無視したこの動きは信じられない。
それに、予算20人がなぜ27人になる?話題になっていない時なら、「ダマテン」でこっそり・・・というのもあるだろうが、ここまで舛添問題で無駄遣いが指摘されていながら、いや、指摘していながら、この体たらくは許せない。自分たちこそ、お手盛り軍団ではないか・・・・

都の事務方を含めて、議員の抜本改革が必要だ。目の前の都民税の通知を見ながら、「これを打破するには、橋下都知事が必要かも・・・」と思った。(アベ君と仲がよいのは気にくわないが・・・。でも“ある事情”から出ないらしいが・・・)

160617dorobo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月16日 (木)

桝添外し、報道の「お祭り」

昨日(2016/06/15)、桝添都知事が辞表を提出し、“お祭り”が終わったが、それを斜めに見ている記事はないかな・・・と思っていたら、今朝の朝日新聞にこんな記事が載っていた。

「(耕論)舛添氏だけが悪いのか
「祭り」騒ぎ、報道は反省を 江川紹子さん(ジャーナリスト)
 もうげんなりして見たくもありません。テレビや新聞の報道のことです。舛添さんのクビをとることが目的になって「早く辞めよ。この道しかない」と走り始めると止まらない。「祭り」状態です。
 騒ぎに乗っかって舛添さんを、ここぞとばかりに正義漢ぶって一斉にたたきまくる。芸能人の不倫報道と同じレベルとしか思えません。そして次の餌食を探しに行くのでしょう。
 そもそも「東京」の知事のことを連日、全国津々浦々にトップニュースで伝える、会見も生中継。そんな必要があるのでしょうか。マスメディアの東京中心主義、極まれりです。
 もちろん舛添さんの公私混同は批判されて当然です。でも一刻も早く辞めさせなければならない問題なら、なぜ週刊誌が伝える前に大きく報道できなかったんですか。
 都庁のなかには記者クラブがあって大手メディアが常駐しています。記者は会見にも出られるし、庁内を歩き回って会いたい人に会え、資料も利用できる。情報にアクセスできるチャンスを最大限いかして取材ができるのです。
 それに、舛添さんは知事になる前は国会議員でした。知事にふさわしいのか、その時点から調べることもできたのに、ほとんどノーマークでした。
 こういう時だからこそ、舛添都政を冷静に点検し、辞職のメリット、デメリットを解説するようなメディアはないのでしょうか。次は都知事選に誰が出るか、そして参院選と政局報道になるのでしょう。いつもの繰り返しです。
 前経済再生担当相の甘利明さんのカネをめぐる問題は、いったいどうなっちゃったんでしょうか。表舞台から引っ込んだら報道しなくなるわけでしょ。表に出て下手な言い訳をする人、偉そうにしてきた人を引きずり下ろす快感もあるのでしょう。
 メディアの役割が権力監視というなら、それを果たせなかったのです。反省すべきだと思います。落ち目になった人をたたくのが権力監視というなら、中央の元気な政権の監視なんかおぼつかないです。人々のマスメディアへの信頼がどんどん後退していくでしょう。
 もう一つ、都議会はこれまで何をしていたんですか。与党は問題がここまでこじれる前に、「これはまずい」ときちんと知事に申し入れるべきだった。野党は、この問題を掘り起こして追及できなかった。この点も批判されるべきです。果たして議員としてふさわしいのでしょうか。不信任案が可決されて知事が都議会を解散すれば、選挙戦で議員たちは知事の問題で何をやったか、説明せざるを得なくなったでしょう。その機会はなくなりました。(聞き手・桜井泉)
     *
 えがわしょうこ 58年生まれ。元神奈川新聞記者。坂本堤弁護士一家事件を機にオウム真理教問題に取り組む。著書に「勇気ってなんだろう」など。」(
2016/06/16付「朝日新聞」p15より)

なかなかのキレである。同じく、1面の記事でも、お祭り報道に関して、こんな文言もあった。
「・・・・テレビのワイドショーが連日、問題を取り上げた。
 《公費で海外に行くのがうれしいのか。『ファーストクラスで海外』というさもしい根性が気にくわない》《議員の公用車も要らないと思っている》
 こうした著書での過去の記述が洗い出され、言動との不一致が指摘された。民放関係者は「舛添氏の報道を一度やめたら、同時間帯の他局の番組に視聴率を奪われた。視聴率が取れる話題だった」と明かす。・・・」(
2016/06/16付「朝日新聞」p1より)

確かに桝添さんは、知事になってからテングになってしまい、自滅した。
組織の長、つまり権力者になると、自分自身に惚れ惚れし、それに目がくらんで「テング」になる人は多い。自分の実力に対し、その言動を冷ややかに見ている回りの目があることに気付かず、結局は失速して終わる。サラリーマン世界でもよくある話。
アフリカ各国の権力者の長期政権が、例外なく腐敗する構造とも似ている。

それはそれとして、報道各社の暴走ぶりはやはり行き過ぎ。視聴率至上主義だとこうなるのであろう。しかし、東京のローカルTV局「東京MX」ならともかく、全国ネットでの都議会の長時間生中継はいかにも行き過ぎ。もちろん新聞の「号外」も・・・。(もっとも今日のイチローのヒットでも号外を出すほどなので、号外も安っぽくなったもの・・・)

そして、今回の辞任劇を仕掛けたのが、またもや「週刊文春」。これをどう見るか・・・
大手メディアをコケにして立派? それとも、結果として政治家を摘発してクビにする怖い存在?

今回の事件を横目で眺めてみると、ザル法と言われている政治資金の公私混同など、誰でもやっている話のように思えてならない。
よって、政治家全員を「ドキッ」とさせた効果は否定しない。しかし、もしこれが政治家全員の問題としたら、説明ヘタの桝添さんは「オレだけじゃない」と思っているのでは・・・?
まあ、スピード違反も「オレだけじゃない」と言っても許してくれないが・・・。

期待するのは、他のメディアも、週刊文春と同じように、後に続けて「摘発」(=暴露)すること。前の石原都知事も色々あったように聞く。それが許されて、桝添都知事だけが許されないのもおかしい。

この調子で、数人のクビを取れば、それを“忖度”して?日本の政界も少しはキレイになるかも知れない。

ともかく、キッカケは週刊文春でも、世論は国民。次の都知事を選ぶのも都民。
報道におもしろおかしく乗っかるだけでなく、賢い都民になりたいものである。
(自分もこれからは、テレビのワイドショーなどを、なるべく見ないようにしよ~っと!今回は夢中になって見ちゃったので!?)

160616kanasimi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月14日 (火)

映画「シチズンフォー/スノーデンの暴露」を見る

今日は、渋谷まで行って、映画「シチズンフォー/スノーデンの暴露」(ここ)を見てきた。
この映画の存在を知ったのは、先日の朝日新聞の映画評。そこにはこうあった。

「「スノーデンの暴露」、波紋なお 「シチズンフォー」ポイトラス監督
 米国家安全保障局(NSA)などによる、世界規模の情報収集と監視が、エドワード・スノーデン氏による告発で明るみに出てからほぼ3年。告発の経緯と、その内容を追い、昨年に長編ドキュメンタリー部門でアカデミー賞を獲得した「シチズンフォー スノーデンの暴露」が160614snowden1 11日から日本で公開される。スノーデン氏から最初に情報提供を受けた当事者でもある、ローラ・ポイトラス監督は「告発の波紋は、今も広がり続けている」と語る。
 「シチズンフォー」は、スノーデン氏がポイトラス氏に接触した際に名乗ったコードネーム。情報提供の約束を受け、ポイトラス氏やジャーナリストのグレン・グリーンウォルド氏らが2013年6月に香港でスノーデン氏に会い、提供を受けたファイルを元に記事を発表する経緯を描く。
 狭いホテルの部屋の中で、国家権力の監視能力がいかに強大になっているかや、改革を約束しながらもその能力を利用するオバマ政権への失望を淡々と説明するスノーデン氏。取材を元にした、グリーンウォルド氏の記事が世界中に衝撃をもたらし、やがてスノーデン氏の存在に注目が集まる様子。まるでサスペンス映画のような展開だが、すべて実際の出来事だ。
160614snowden2  カメラの後ろにいて、声しか登場しないポイトラス氏は作品で目立たないが、告発には不可欠な存在だった。04年のイラクでの取材をきっかけに米政府の監視対象となり、米国に帰国するたびに捜索を受けていたポイトラス氏は、イラク戦争とグアンタナモ収容所を追ったドキュメンタリーに続く第3作として、接触を受ける前から監視活動についての作品を撮り始めていた。情報提供先に選んだ理由を聞かれ、スノーデン氏が「あなたが自分を選んだのです」と答えたほどだ。
 「3部作を通じて、01年の同時多発テロの後、米国に何が起きたのかを描きたかった」というポイトラス氏は、スノーデン氏の暴露をきっかけに「各国政府が何をしていて、大量監視に結びつくテクノロジーがいかに強力であ160614snowden3 るか、世界中で意識が高まった」と指摘する。スノーデン氏を訴追した、米国のホルダー前司法長官も今年5月のインタビューで「行為は違法だった」としながらも「議論を起こした点で、公益に貢献した」と認めた。
 一方、政府に許容される行為と規制をめぐる議論は進んでおらず、米大統領選でも話題になっていない。候補になる見通しのドナルド・トランプ氏、ヒラリー・クリントン氏はどちらも、監視活動を制限する方向ではない。
 「正直、この国と世界にとって、二人とも怖い選択肢だと思う」というポイトラス氏も「政治のテーマになっていないのは残念だ」と語るが、自身の活動は止まっていない。内部告発サイト「ウィキリークス」のリーダー、ジュリアン・アサンジュ氏の拘束を追った次作「リスク」は今年のカンヌ映画祭で発表した。(ニューヨーク=中井大助)」(
2016/06/03付「朝日新聞」夕刊p4より)

この映画は2014年の作品。内容は、既に知られていること。しかし、ここに登場するカメラが、“そこに居合わせた”と考えると、リアリティが違う。
つまり、香港のホテルで、スノーデンが初めて英新聞「ガーディアン」のインタビューを受ける場面が写っている。そして、実名が報道されたあと、無精ヒゲを剃って、身を隠す場面など、そう思って見ると、まさに舞台裏のそのもの。

Wikiでみると、「スノーデンの弁護士によるとロシアでは普通の生活を送り、仕事をしたり様々な都市へ旅行しているという。2014年7月、弁護士によりロシア内の滞在期間延長が申請され、3年間の期限付き居住権を得た。」とのこと。
この映画の最後に、スノーデンの恋人もロシアに渡ったと言っていた。一人よりも、二人の方がよっぽど良い。これは救い・・・・

さて、良く知られた事件だが、改めてこの事件をどう捉えるか?
その情報を受けたジャーナリストの側の対応が、改めて立派だと思った。もちろんスノーデン本人が、相手を慎重に選んだこともあるが、マスコミがそれをちゃんとスクープしたこと。それは、「ワシントン・ポスト」が慎重だったため、第一報は「ガーディアン」の単独スクープだったという。
これらは、第一報を打つかの判断が非常に難しい。彼のウォーターゲート事件で名をはせた「ワシントン・ポスト」でさえ二の足を踏んだと言うから、その影響の大きさがしのばれる。

もしこの情報が、日本のマスコミにもたらされたとしたら、ちゃんと報道するだろうか、と想像すると、1000%潰されるだろう。テレビドラマでよく出てくる「上の判断でボツだ」が関の山。比べるものバカバカしい・・・。
そんな意味で、世界のマスコミの立ち位置と、「政府が右ということを左というわけにはいかない」とのたまう子供じみた日本のマスコミとの落差を改めて感じた。

さて、久しぶりに渋谷に行ったが、もうワケが分からぬ。大きな工事中でもあり、映画館を探すのが、一苦労。それにしても、この映画、都内では2箇所でしか上映していない。新宿ピカデリーなど、上映が朝9時と、夜の9時の時間帯。これでは行けぬ。結局渋谷に行ったが、こちらは平日だったが3~4割ほどの混み具合。
まあ見る人がかなり限られる映画ではあるが、そのうちにテレビで放送したら、“復習” したい映画ではあった。

160614rikon <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月13日 (月)

後退する日本の福祉~障害年金「等級判定のガイドライン」の導入と課題

先日、ある冊子で、こんな記事を読んだ。少々長いが、この記事はピックアップしておく必要があると思ったので記す。

障害年金「等級判定のガイドライン」の導入と課題
    フリーライター 中田礼二
 読者の皆さんは、障害年金の判定に「等級判定のガイドライン」(以下、ガイドライン)というものが導入されることをご存じでしょうか。
 これは、障害年金の支給率(申請者のうち何人に支給されるか)が都道府県によってばらばらで、最大6倍もの地域差があることを受け、全国的に判定基準を統一しようとするものです。
「年金不支給」と判定された人の割合を2010年から12年までの平均でみると、最少(最も支給率が高い)の栃木が4%だったのに対し、最多(支給率が最低)は大分の24.4%でした。ちなみに東京都は不支給が10.3%で、全国平均(12.5%)よりやや支給率が高い結果となっています。
 さて、このガイドラインですが、「地域差を是正するならいいことじゃないか」と思われるかもしれません。しかし、このガイドラインにより、これまで障害年金を受けていた人が受け取れなくなる(不支給になる)可能性が指摘されているのです。まずは、このガイドラインがどのようなものか見てみましょう。

 従来の障害年金の申請手続きでは、申請者(支給を希望する当事者)の生活能力について医師が評価した診断書を提出します。これを、認定医が読み込んで該当する等級を判定するという仕組みでした。しかし、この診断書に記載される内容や認定医の判断基準にばらつきがあり、結果として支給率が地域によって大きく異なりました。
160613syougai1  こうしたことの反省から、新しいガイドラインを軸とした申請の仕組みでは、診断書の記載内容をより統一し、記載される「日常生活能力の程度」と「日常生活能力の判定」の平均を組み合わせて等級の目安を出すことになりました。この「組み合わせ」は表・図の通りです。たとえば、「日常生活能力の程度」が(3)で、「日常生活能力の判定」の平均が2.6の人は、「2級又は3級」という等級の目安になります。この目安をもとに日本年金機構・事務センターの認定医がその他の要素も考慮しながら最終的な等級を決めるのです。診断書の記載内容は新たに作成される「診断書の記載要領」によってある程度統一され、それを「組み合わせによる目安」に掛け、さらに中央の日本年金機構の認定医がすべての認定を行うことで、地域差は人幅に解消される見込みです。
160613fukusi2_2  一方で、この「目安」がこれまで不支給率の高い地域の実態に寄せてつくられており、これまで年金をもらっていた人も不支給になるのではないかと懸念する声もあります。上に例示した、「日常生活能力の程度」が(3)、「日常生活能力の判定」の平均2.6の人の枠、あるいはその。つ下の伜は、地域で暮らす多くの知的障害のある人が該当する枠だと思われます。ここに「又は3級」、すなわち障害基礎年金の不支給の可能性が明示されていることは、そうした方々の中に「不支給」と認定されるケースが出てくることを意味します。
 ガイドラインの導入について検討した厚生労働省の専門家検討委員会でもこうした指摘がなされ、目安をそのまま機械的に等級として認定せず、それぞれの生活状況などを考慮して認定することになっています。たとえば、以前から年金の不支給や打ち切りが問題視されていた就労している知的障害のある人の場合は、次のような点を考慮すべきと例示されています。

○一般企業で就労している場合(障害者雇用制度による就労を含む)でも、仕事の内容が保護的な環境下での専ら単純かつ反復的な業務であれば、2級の可能性を検討する。
○一般企業で就労している場合(障害者雇用制度による就労を含む)でも、他の従業員との意思疎通が困難で、かつ不適切な行動がみられることなどにより常時の管理・指導が必要な場合は、2級の可能性を検討する。
○就労系障害福祉サービス(就労継続支援A型、就労継続支援B型)および障害者雇用制度による就労については、1級または2級の可能性を検討する。

 ちなみに就労と年金の関係については、「労働に従事していることをもって、直ちに日常生活能力が向しししたものと捉えず…(中略)…仕事の種類、内容、就労状況、仕事場で受けている援助の内容、他の従業員との意思疎通の状況などを十分確認したうえで日常生活能力を判断する」として、就労=年金不支給という判定がなされないよう釘が剌されています。
 また、その他の多くの知的障害のある人に関わるものとして、次のような例示もなされています。

○特別支援教育、またはそれに相当する支援の教育歴がある場合は、2級の可能性を検討する。
○療育手帳の判定区分が中度、重度(知能指数がおおむね50以下)の場合は、1級または2級の可能性を検討する。それより軽度の判定区分である場合は、不適応行動等により日常生活に著しい制限が認められれば、2級の可能性を検討する。

 報道によると、このガイドラインを使った新しい障害年金等級判定の仕組みは、来年4月から導入される見込みとなっています(2016年1月27日、共同通信配信記事)。現在、年金を受給中の入加期間中に申請をやり直す必要はなく、新しい仕組みが導入された後に新規で申請する場合と更新・再申請する場合から対象となります。
 知的障害のある人やその家族等にとっての障害年金をめぐる問題は、地域差だけではありません。大きな問題の一つとしては、就労による年金減額・停止の問題があります。東京都育成会の事業所利用者からも、これまで年金を受給していた給与所得のある人が状態の変化がないのに支給停止となったケースや、一定の所得があることで医師が「支援の必要なし」と診断書に記載して支給停止になったケースなどが報告されています。家賃をはじめとして生活費が高い東京都の場合、給与所得があったとしても年金が打ち切られることで生活が成り立たなくなる人は少なくないはずです。
 また、いわゆる「水際作戦」として、年金事務所の窓口で就労や障害の程度を理由に申請書類すら渡してもらえないという問題も、これまで全国的に報告されています。こうした問題は、今回のガイドライン導入だけでは何ら解決しません。
 ある日突然打ち切られる、もらえるはずなのに不支給になった、そもそも申請すらさせてもらえない…。こうした事態が起きたら声を上げて是正を求めていくことが、今後も必要になります。」

国の福祉関係の関門が、時間と共にどんどん狭くなっているようだ。結局、国にお金が無いので、役人は“遵法での経費減”に頭をひねっているのかも・・・。
そう言えば、国民年金についても、必ず破綻するので、出来るだけ早く貰っておいた方が良い、と、巷ではまことしやかに言われている。

消費税が8%から10%にもし上がっていたら、福祉にどれくらい回るのか、“ググって”みたらこんな記事が見つかった。
どうも2%アップ分は、福祉には回らないようなのである。

社会保障財源、どこから取ろうとしているのか
   下関市立大学経済学部 教授 関野 秀明

前回私は、上位1%の大企業が持つ金融資産270兆円と上位2%のお金持ちが持つ金融資産241兆円、合計511兆円もの巨額の富の中からわずか0.6%、3兆円を社会保障給付に移転することで、医療、介護、福祉という国民の人権・生存権を守ることを提案しました。 このように負担能力に応じて課税し生存権を守る必要に応じて充分に給付する財政政策は「所得の垂直的分配」と呼ばれます。反対に安倍政権は、負担能力のない庶民に消費税増税を課し社会保障財源とする「所得の水平的分配」政策に囚われています。
<消費税増税分の大半は 既存財源との置き換え>
しかし、ここで2つの重要な事実が存在します。 第一に重要な事実は、政府の宣伝とは正反対に、消費税増税の大半が社会保障充実に使われないことです。図1は、消費税率引き上げにより予想される増収の使途を示しています。2014年度の税率8%による増収は5兆円です。そのうち1.3兆円は、「社会保障制度安定化財源」と言いながら、既存の財源(所160613fukusi2 得税や法人税から社会保障費に充てられている部分)と消費増税の財源とを単に置き換えるだけです。同様に2.95兆円は、「基礎年金財源の充実」と言いながら、2000年代後半に所得税・住民税の定率減税を廃止する庶民増税で生み出した既存財源と消費増税の財源とを単に置き換えるだけです。また2000億円は消費税率引き上げにより社会保障経費も3%増税分の経費が必要となる手当てです。
結局、わずか5000億円だけが社会保障充実財源ということになります。2017年度の税率10%による増収は9兆円強です。ここでも14年度と全く同様に、4兆円強が「社会保障既存財源の置き換え」、3兆円が「基礎年金既存財源の置き換え」、4000億円が「消費増税に伴う経費」であり、わずか1.8兆円だけが社会保障充実財源ということになります。
<社会保障充実をはるか に超える国民負担増>
そして第二に重要な事実は、14年度5000億円、17年度1.8兆円という社会保障充実をはる160613fukusi1 かに超える社会保障国民負担増、給付削減が実行されていることです。図2は、安倍政権がすすめる社会保障国民負担増、給付削減のメニュー一覧を示しています。これらの国民負担増、給付削減の総計は3兆2550億円にものぼります。これでは消費税を増税してもその税収は全く庶民には分配されないことになります。逆に、私が考えたような3兆円規模の「所得の垂直的分配」さえ実現できれば、現在実行されつつある社会保障の削減も消費税の増税も全て中止することが可能だということです。」(
ここより)

中止にはなったものの、消費税2%のアップは、福祉の充実に回るものだと、思っていた自分がバカだった。
世の中、時間と共に、福祉の予算はどんどん削られていくようだ。上の障害年金もそうだが、あらゆる福祉が、改悪されていく。
我々庶民は、“政府の宣伝”に惑わされず、現実を良く見極めながら、一票を投じないといけない。

●メモ:カウント~900万

160613matigai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月12日 (日)

国内のお金の流通量は101兆、国の借金は1000兆円

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(Re:お答えします)世に流通するお金の量なぜ分かる?

 ■日銀が金融機関による出し入れを把握
 
世の中に流通するお札と硬貨の両方を合わせたものを「現金通貨」といいます。まずはお札と硬貨がどのように流れているのか見てみましょう。
 お札と硬貨はともに独立行政法人の国立印刷局と造幣局でそれぞれつくられた後、日本銀行が製造費用を支払って受け取ります。
 民間の金融機関が、日銀内に持っている口座から預金を引き出すことで、これらのお金は世の中に出ていきます。逆に古くなったお金は、毎日、金融機関から日銀に戻ってきます。
 日銀はこのように世の中に出ていくお金と、戻ってくるお金を数えています。その差をみれば、世の中に流通しているお金の量を正確に把握することができるのです。
 日銀によると、今年4月のお金の流通量は101兆7841億円で、40年前の8倍超に増えました。これは国の経済規模が大きくなるのに伴い、使われるお金も増えていくからです。
 景気のよいときには使われるお金も増える傾向にあり、高度経済成長期の1970年代やバブル期の80年代には、1年間で10%以上伸びることも珍しくありませんでした。
 2002年には定期預金のペイオフが解禁となり、金融機関が破綻(はたん)した際に保護されるのは元本1千万円とその利息だけになりました。この年も2桁の伸び率を記録しました。「銀行に預けておくよりはタンス預金の方が安全」という心理が働いたとみられます。
 13年4月以降の日銀の大規模緩和も、お金の伸びにつながっているようです。日銀が大量に国債を買い入れているために金利は低下。預金金利も限りなくゼロに近づき、お金を預ける魅力は薄れています。3%前後だった伸び率は少しずつ上昇し、今年1月にマイナス金利政策の導入が決まると6%台に達しました。
 日本は他の先進国と比べて、経済規模の割に流通量が多いのが特徴です。カードではなく現金で決済する人が多いことや、比較的治安がよいこと、現金自動出入機(ATM)が普及して利便性が高いことなどがその理由と言われています。
 近年はコンビニや交通機関で使える電子マネーが普及し、インターネット上で流通する仮想通貨も登場しました。日本人の「現金好き」も変わっていくかも知れませんね。(高田寛)」(
2016/06/11付「朝日新聞」p3より)

言われてみれば、日銀からのアウトプットとインプットの差が流通量。当たり前だ。
そしてその量が101兆円だという。国内の「現金」を全部足すと101兆円・・・・
「兆」という単位も、随分と身近になったものだ。前は、あまりに大きな単位にピンと来なかったが、この頃は自分も感覚的に何となく分かるようになってきた。

そして今年(平成28年度)の一般会計予算は約96.7兆円なので、世の中の現金の量と同じ・・・。
そしてその予算のうちの4割弱は、将来世代の負担となる借金(公債金収入)に依存するという。その借金の額は、日経によると、
「「国の借金」15年度末で1049兆円 国民1人当たり826万円
 財務省は10日、国債や借入金、政府短期証券をあわせた「国の借金」の残高が2015年度末時点で1049兆3661億円になったと発表した。政府短期証券の発行が一時的に抑えられたことで、14年度末から3兆9911億円減少した。15年12月末との比較では、国債残高の増加により4兆7757億円増えた。
 今年4月1日時点の総務省の人口推計(1億2698万人、概算値)で単純計算すると、国民1人当たり約826万円の借金を抱えていることになる。
 内訳は国債が910兆8097億円となり、14年度末から29兆3250億円増えた。一時的な資金不足を穴埋めする政府短期証券は33兆1395億円減の83兆7489億円だった。借入金は1766億円減の54兆8075億円だった。」(
2016/05/10付「日経新聞」ここより)

つまり、国の“将来世代が負担する”借金の1000兆円は、現在国内で流通している現金総額の10倍。その額がいかに大きいかが分かる。

今朝、テレビを見ていたら、「子どもや孫のクレジットカードで勝手に買い物をして良いのか?」という発言があった。まさに、孫やまだ生まれていない曾孫のクレジットカードを、勝手に作って使っているのが、今の日本なのだ。

他方、安倍晋三首相のブレーン、内閣官房参与 浜田宏一氏による反論?も読んでみよう。1年前の記事だが・・・
日本がギリシャのように破綻しない理由
いくら借金をしているか、いくら資産を持ってるか

現在、ギリシャが事実上の債務不履行に陥っている。ユーロ圏にとどまるためには、多大な困難を乗り越えなければならない。
これに伴い、「政府の債務は日本のほうがギリシャより大きい。日本の財政は大丈夫なのか」という声が上がっている。
日本では20年以上にわたって政府の歳入より歳出が多い状態が続いている。日銀の資金循環統計によれば、地方公共団体を含めた日本の一般政府の負債合計は2015年3月末で1206兆円、名目GDP490兆円の246%に達した。IMF推計によるギリシャの対GDP比176%より大きい。
政府がこうした自転車操業を行っている状況はもちろん、望ましいことではない。しかし、日本の政府債務の対GDP比がギリシャに比べて大きいとしても、そこだけを捉えて「このままいけば、日本もギリシャと同じように債務不履行に陥り、経済がめちゃくちゃになる」と考えるのは大間違いである。
日本政府はかつても今も、「近い将来に資金繰りがつかなくなって債務返済が滞る」という状況にはない。世間の注目が集まっているいい機会なので、この点について述べたい。
ある人がお金持ちか貧乏かを考えるなら、その人がいくら借金をしているかだけでなく、いくら資産を持っているかも見なくては判断できない。当然、国家・政府も同じはずなのだが、財政危機を唱える人々はなぜかそこに言及しない。
日本の一般政府は、債務返済のために現金化できる資産を売り払ってきたギリシャ政府と異なり、15年3月末でまだ574兆円に達する金融資産を保有している。それを負債総額から差し引くと、残った分はGDP比で130%弱となる。
よい状態とはいえないが、一般政府の純債務残高が14年末で312億ユーロ、GDP比で174%となるギリシャよりはましといえる。日本では金融資産のほか、政府が保有する土地や官庁の建物など実物資産も相当な額に上る。
しかも日本は官民を合わせて見たとき、世界で最も多くの対外資産を持つ純債権国である。日本の対外純資産は14年末時点で366兆円と、24年連続で世界一である。このため、ギリシャ問題のような経済危機が起きると、世界の投資資金が円に集まり、円高が発生する。つまり、日本政府が発行している日本の円は、ECBが発行するユーロより、米国政府が発行する国債より信用があるということだ。対外純債務がGDPを大きく超えているギリシャとは、この点がまったく異なる。
日本では政府の税収を担保する家計の金融資産も、15年3月末で1700兆円以上と莫大だ。財務省は「政府債務というツケを次代に残すな」というが、家計の保有資産もいずれ将来世代に移転されることになる。日本人ほど将来世代のことを考えている国民はいない。
日本政府の債務は、円建てで発行されている。このため返済を求められれば、日銀でお金を刷ることにより、すぐに返すことができる。
同じことはギリシャにはできない。ギリシャの通貨はユーロで、借金もユーロ建てである。ユーロはECBが発行しており、ギリシャ政府はECBにお願いしてお金を貸してもらわなければ、政府の債務を返済できない。そのためには、ドイツなど他のユーロ加盟国を説得しなければならない。そこも日本とは決定的に違うところだ。
もちろん、日銀で刷ればよいといっても、あまりお金を刷りすぎればインフレになってしまうが、今の日本はインフレではなくデフレなので、そこを心配する必要はない。
そもそも、市場が日本国債が返済不能となることを心配しているのであれば、高い金利を約束しない限り、誰も日本国債を買ってくれないはずである。
ところが、日本国債の発行金利は、15年7月初めの10年国債で、年率0.5%前後であり、15%近いギリシャ国債とは比較にならない。同時点の米国10年債、イギリス10年債はどちらも2%台である。それだけ日本国債は、マーケットで返済の確実性を信頼されている。(イェール大学名誉教授・内閣官房参与 浜田宏一)」(
2015年8月11日 プレジデントオンライン(ここ)より)

改めて認識する。GDPが490兆だとすると、国家予算はその2割とか・・。少し使い過ぎていないか? そして借金は国民全員が働いて生み出すお金(付加価値)の2年分か・・・

なるほど、この論によると、確かに借金は1206兆円あるが、政府は金融資産が574兆円あり、対外純資産も366兆円ある。加えて「家計の金融資産も、15年3月末で1700兆円以上と莫大だ。財務省は「政府債務というツケを次代に残すな」というが、家計の保有資産もいずれ将来世代に移転されることになる。日本人ほど将来世代のことを考えている国民はいない。」のだそうだ。
つまり、政府の574兆円の資産や海外貯金366兆円、そして何よりも「家計の金融資産1700兆円」があるので、それはいずれは将来世代に“遺産相続”される。
だから1000兆円を借金をしても、トータルではまだまだプラスだ、ということらしい。

でも、どうなんだろう。親の遺産(農地など)、つまり先祖が営々として蓄積してきた財産を、自分たちの世代だけで、そして今の自分たちの都合だけで“消費”してしまって良いものだろうか?
先代から受け継いだ遺産を、よりプラスして次世代に受け継がせなくて良いのか?
何よりも、これらの国の営々と蓄積されてきた資産は、安倍首相が勝手に使って良いお金なのか?

確かに、消費税のアップは、我々庶民の日常ではツライ。しかし、かと言って孫のクレジットカードを勝手に使って良いことにはならない。
やはり我々世代は、インプット(歳入)に合わせて、アウトプット(歳出)を絞らなければいけないのではないか? そして、借金返しを直ぐにでも始めなければいけないのではないか・・・。

160612erabe <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月11日 (土)

「今日を丁寧に生きる」という言葉が気に入った

今朝、カミさんと一緒に朝ドラを見た後、「暮らしの手帖」の話になって、“丁寧に暮らす”、から「今日を丁寧に生きる」という言葉が出て来たので、つい「その言葉、気に入った!」となった。
日々、何気なく暮らしているが、一日一日を丁寧に生きる、という事は、難しいが大切な気がする。まあ「丁寧」という言葉も、安倍首相の「丁寧に説明」の連発で安っぽくはなったが・・・

どうでも良いことだが、夕方、ある知人にご機嫌伺いの電話をしたら、1時間も話してしまった。この男、大の保守男だが、自分とは視点が違っていて、なかなか面白い。話したことで、頭に残っていることをメモしてみると・・・
「桝添知事は、このまま知事を続けて貰った方がよっぽど大変。都民も役人も、バカにしてしまっている知事は、すべての仕事が針のむしろ。部下に指示を出しても、相手が心の中では自分をバカにしている、と分かっていたら、それは辞めたよりツライ」
「第三者調査の佐々木弁護士は切れ者。猪瀬前都知事の弁護を担当し、略式起訴を勝ち取った。小渕優子元経済産業相の政治資金問題でも、弁護を担当した。これからもたくさん依頼がくるのでは?」
(弁護士二人と言っても、一人は同じ事務所の若手だった)「それは自分ひとりで充分ということ」
「オバマ大統領が広島を訪問したことは大変なこと。あのスピーチを英文で読むと素晴らしい。歴史に残る演説となり、数年後の入試に出てくるのでは?」
「北海道の子ども置き去り事件。7日後に発見されたが、この子どもの胆力はたいしたもの。普段通学で、歩き慣れていた(片道40分?)ので、夜でも歩けたのだろう。そして演習場にとどまっていれば、誰かがそのうちに見付けてくれるだろうと、判断して、とどまった。それが正解だった。もし死んで見付かったら、親は保護責任者遺棄等罪で逮捕されていただろう。無事に見付かったので全てがチャラ。(捜索費用など、親に請求が行くのでは?)それは世論が許さないので、無し。もしそんなことをしたら、安倍政権の評価が落ちるのでしない」
「沖縄の死体遺棄事件。(最初から「殺した」と言っており、殺人事件なのが分かっていながら、なぜ死体遺棄事件?)どんな事件も最初は死体遺棄で引っ張る。死体を遺棄したことは立証出来ても、他の人が殺した、と言い張ることもある。拘留は23日が限度で、それが過ぎると起訴するか、釈放しなければいけない。証拠がそろっていないのに、起訴しても、無罪になるかも知れない。だから普通は、死体遺棄で23日間拘留し、その間に証拠を固めて、改めて殺人罪で逮捕拘留して、また23日間を稼ぐ、というのが普通。」

今日は、タイトルと全く関係無い話になったが、まさに「つれづれなるままに、・・・心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば・・・」である。

このところ、“毎日が日曜日”になっても、結構忙しい。ほとんどが自分の趣味関係で、だが・・。でも毎日が忙しい、ということは、「今日も丁寧に生きている」ことの証左のような気もする。まあこじつけ、だが・・・ね。

160611black <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月 9日 (木)

「櫛田神社」と「キャナルシティ博多」に行く

一昨日は、6月4日に生まれた2番目の孫に会いに、福岡まで行ってきたが、昨日(2016/06/08)は、帰りの飛行機の時間まで少し時間があったので、ホテルの近くの「櫛田神社」と「キャナルシティ博多」に行ってみた。
4331 ホテルは、祇園駅の近く。天然温泉が売り物というホテルを選んだのだが、クチコミの評価が高いだけあって、カミさんは満足。福岡市の真ん中で温泉に入れるとは・・・
パジャマや加湿器が備えてあり、夜は、無料の夜鳴きそばのサービスがあったり、何よりも朝食のバイキングの品数が多かった。中国、韓国の人の利用も多く、結構評判の良いホテルらしかった。

ホテルに荷物を預けて、市内をブラブラ歩く。直ぐ近くに櫛田神社はあった。結構由緒ある神社らしく、757年の創建とか。大規模・・・。
拝殿から大きな太鼓の音。誰かがお払いをしているらしい。
境内を一回りしてみたが、色々な見せ場?があり、なかなか面白い。稲荷神社にある、京都伏見稲荷の千本鳥居のような赤い鳥居。そして、しょんべん小僧や茶室、御神輿。山笠はカラだったが・・・。
境内にいた人は、ほとんどが外国の人のようだった。そのせいか、おみくじの自動販売機が、日本語、英語、韓国語、中国語、台湾語と表示があった。いかに外人の観光客が多いかを物語っている。

4351 4401 4371 4431 4461 4511

帰りがけ、楼門の天井に「干支恵方盤(えとえほうばん)」なるものがあった。説明板によると「矢印は恵方(えんぎのよい方角)を示している。毎年大晦日には、矢印を回転させて新しく迎える恵方を示す」とある。
つまり今年の、縁起の良い干支は「巳」だそうだ。これにカミさんは大喜び。自分と前日に久しぶりに会った初孫が巳年なんだそうだ。

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ふと、櫛田神社の前に、「博多町屋ふるさと館」なるものがあったので入ってみた。昔の家の中や、土産物店。博多人形もあった。
それから、またブラブラ歩いて、キャナルシティ博多に行ってみた。立派な歩道橋は、地下鉄の駅と結んでいるようだ。
入ってビックリ。川がある。ガイドブックによると、人工の運河に沿って170店舗の専門店が集合するショッピングモールだという。これはなかなか規模がデカイ。平日の午前中のせいか、人はまばら。休日は、人で一杯になるのかな?と心配してしまう。
見下ろすと、噴水の向こう側がグランドハイアットのホテルになっている。噴水に向かって硝子張りのロビー。なかなか豪勢。

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4771 ふと音楽が流れ出す。ウィンナワルツだ。結構音が良い。噴水が踊り出した。なるほど・・・。でも1曲で終わってしまって残念。
それにしても、福岡の街の真ん中にこんな大規模なモールがあるとはビックリ。大規模モールは普通郊外にあるのだが・・・。

少し調べて見た。我々がよく行く「イオンモールむさし村山」とのWikiによる比較では、キャナルシティ博多は1996年開業で村山は2006年。店舗数は170対180で、村山の勝ち? 商業施設面積では、51千㎡対84千㎡でこれも村山の勝ち。でも2011年開業の「イーストビル」の12千㎡を入れると、63千㎡か・・・・
まあ、村山よりも少し小さい・・・と思うと、だいたい感じが分かった。

さて、飛行場に行く前に昼食を、と、カミさんが食べログで調べてきた「大地のうどん」という店に行くことにして、バスで祇園から博多駅に・・・
店に向かって歩いて行くと、直前を歩いていたサラリーマンの数人がそのまま店に入る。まだ12時前だというのに、店は満員。しかし、流れは速く、それほど待たずに入れた。カミさんは、名物だというゴボウの天ぷら。自分はカレーうどんを頼む。
店の中には、茹でるのに時間がかかります、との張り紙。確かにうどんが出てくるのに、少し時間がかかった。両隣もサラリーマン。店の中はほとんどがサラリーマンだ!?

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自分が頼んだカレーうどんは、予想と違った。中にカボチャや鶏肉の天ぷらが入っている。そうだ、これは先月まで通っていた会社の近くの店のメニューと同じだ。たまにメニューにカレーうどんがあったが、その中にカボチャや鶏肉が入っていたっけ。自分の大好物メニューだったが、それとそっくり。つまり、九州のカレーうどんがモデルだった!?
自分は期待していなかったが、うどんにコシがなかったのは気に入った。カミさんは不服らしかったが、自分にはフィット。

結局分かったのは、ホテルもランチも、クチコミは結構当たっているということ。
かくして、半日の博多巡りを終えて、一路羽田に戻ったのでありました。

160609gaki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月 8日 (水)

由紀さおりの「博多人形に寄せて」~二人目の孫と初対面

昨日(2016/06/07)、福岡まで、6月4日に生まれた我が家二番目の孫に会いに行ってきた。赤ん坊を見るといつも思うのだが、小さいが精巧。体の割に大きい手のひらなど、しわ160608kako くちゃだが、手相も指紋の一人前。その上、生意気にもちゃんと爪まで生えている。自分に子どもが生まれた時も同じことを感じたが、赤ん坊の印象はいつも同じだ。これほど精巧なミニチュアは無い。
2年半前の初孫に比べると、少しおとなしそうだが、でもしっかりと泣き声を上げていた。

今日は祇園の付近を散策したのだが、博多人形を売っている店があった。思い出すと、160608hakata 昔、親父が初めて福岡に出張した時、芸子さんの博多人形を買ってきた。それが、ずっと実家の玄関の側に飾ってあった。

今日の帰りの電車の中、そう言えば、博多人形の歌があったな・・・と思い出して探したら、由紀さおりの「博多人形に寄せて」という歌があった。

<由紀さおりの「博多人形に寄せて」>

「博多人形に寄せて」
  作詞:清水みのる
  作曲:中田 喜直

博多人形の
やさしさを 飾る窓
中州 那珂川 川端あたり
街に灯りの ともるころ
よみがえる よみがえる
遠い日の歌

博多人形に
花ごよみ めくる姉
やがて どんたく 山笠まつり
はずむ囃子に 亡き母の
ほほえみを ほほえみを
思い浮かべて

博多人形の
舞扇 あでやかに
博多帯しめ 筑前しぼり
粋な姿に おもかげの
なつかしい なつかしい
幼ななじみよ

改めて聞いてみると、何かしみじみとした良い歌だ。
この歌は昭和47年12月の「NHKみんなのうた」で放送されたそうで、だいぶ前の歌。しかし、昔からある童謡のようで、自然で美しい。

二人目の孫がどのような人生を送るか分からないが、こんな歌を口ずさみながら、幸多かれと祈った。

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2016年6月 6日 (月)

議会で3分の2を占めるとどうなる?~ハンガリーの例

今朝の朝日新聞の記事。長い記事だが、この話は重要だ。
「(憲法を考える)「3分の2」、進む権力集中 2010年ハンガリー、中道右派が大勝
 野党の反対を押し切って新たな憲法を作る。チェック機関である憲法裁判所の権限を弱める。その一方で、メディア規制を強化する――。ハンガリーで権力の一元化が進んでいる。2010年、中道右派「フィデス・ハンガリー市民連盟」が総選挙で、憲法改正に必要な「3分の2」の議席を獲得したことに端を発する。選挙での大勝は、政権に万能の力をもたらすものなのか。現地を訪ねた。

 ■新たな憲法、個人より共同体
 ハンガリーの首都、ブダペスト。中央を流れるドナウの河畔にあって、ひときわ威光を放っているのが、築110年を超える国会議事堂だ。ここに、厳重に保管されているものがある。「聖なる王冠」。王国時代からの権力の象徴だ。
 2012年に施行された新憲法の前文にあたる「民族の信条」には、この王冠が登場する。「我々は……民族の統合を体現している聖なる王冠に敬意を払う」
 オルバン・ビクトル党首率いるフィデスは10年、当時与党だった社会党への不信票をとりこみ、386議席のうち263議席を獲得、政権を奪還した。これを「投票所革命」と位置づけ、憲法の部分改正を10回以上繰り返し、並行してまったく新しい憲法を制定した。
 新たに憲法に盛り込まれた規定からは、個人の権利より民族や共同体を重くみる思想が浮かび上がる。
 ▼個人の自由は、他者との共同においてのみ、展開することができると信ずる
 ▼我々の共生の最も重要な枠組みが家族及び民族
 ▼何人も……その能力及び可能性に応じた労働の遂行により、共同体の成長に貢献する義務を負う
 狙いは何か。第1次オルバン政権(98~02年)で報道官を務めた、週刊誌編集長のボロカイ・ガーボルさん(54)は言う。「経済危機が深刻化する中で、働いて国家に尽くすよう国民の価値観を変えようとした」
 憲法学者のマイティーニ・バラージュさん(41)は「民族主義的な主張は、政権が権力を強めるための一つの手段」とみる。「民族や共同体を強調することで、敵/味方という分断を社会に持ち込んだ。難民排斥の動きはその一例だ」
 昨年夏、難民の入国を阻むため、オルバン政権が国境にフェンスを次々と作ったことは記憶に新しい。欧州連合(EU)諸国との協力を拒み、強権的な政治姿勢を象徴する出来事だった。

 ■憲法裁判所の人事も介入
 政権の対決型政治スタイルは、新憲法の制定過程でも発揮された。
 新憲法の案が国会に提出されたのは11年3月。わずか9日間の審議で1カ月後に成立させた。賛成262票、反対44票、棄権79票。「3分の2」の威力を見せつけた。
160506hungary  社会党の国会議員、バーランディ・ゲルゲイさん(39)は「新憲法をつくること自体には反対ではなかったが、与党は全く聞く耳を持たず、合意を取ろうとしなかった」と振り返る。
 政権はチェック機関である憲法裁判所も政治のコントロール下に置こうと、人事にも手をつけはじめる。
 野党抜きでも憲法裁判所の裁判官を任命できるよう憲法を変え、予算や税、財政に関する法律を裁判所の審査の対象から外してしまった。
 「違憲の法律の憲法化」という状況も生まれた。憲法裁判所が家族や宗教に関する法律の規定を「憲法違反」と判断すると、これに反発した政権は13年、法律ではなく憲法のほうを改正し、違憲の規定を憲法に書き込んだ。さらに新憲法が施行される前の憲法裁判所の裁判の効力は失われる、と明記した。
 元大統領で、90~98年に憲法裁判所長官を務めたショーヨム・ラースローさん(74)は言う。「憲法裁判所の果たしてきた役割を台無しにするものだ。1人の人間に権力が集中し、立憲主義とは呼べない状況が生まれている」

 ■「バランス欠く」メディアに罰金
 メディアを規制する独立機関の再編や公共放送職員の大幅リストラなど、オルバン政権は次々にメディアへの介入を始めた。とりわけ、国内外で激しい議論を巻き起こしたのが、11年1月施行のメディア法だ。
 主な内容は、規制機関「国家メディア・情報通信庁」の下にある「メディア評議会」が、新聞やテレビ、ラジオなどの報道内容について、(1)バランスを欠いている(2)民族、宗教、マイノリティーの尊厳を傷つける――などと判断した場合、メディアに罰金を科すというもの。
 国内の報道機関は猛反発し、欧州委員会や欧州議会などからEUの基本理念である報道や表現の自由を脅かしかねないとの批判が相次いだ。ハンガリー政府は、外国籍メディアを適用対象から除外するなどしたが、微修正にとどまった。
 リベラル系の全国紙「ネープサバッチャーグ」は当時、新聞の1面全面を23カ国語で表記された「ハンガリーの報道の自由は失われた」の文言で埋め尽くし、抗議の意思を表明した。
 現在の編集長、ムラニ・アンドラーシュさん(41)は「政府から直接圧力を受けたことはないが、政府系の広告が明らかに減り、収益に影響している」と話す。さらに「公共放送で政府批判が報じられなくなった」とも。例えば新憲法の施行直後の12年1月、ブダペスト市内で数万人規模の抗議デモがあったが、ごく小さな扱いだったという。
 オルバン政権に批判的なラジオ局「クラブラジオ」に周波数が割り当てられないという問題も起きた。クラブラジオ潰しではとの批判が高まった。
 クラブラジオ側が裁判で勝訴し、現在は別の周波数で放送を続けている。同社を経営するアラト・アンドラーシュさん(63)は「広告収入は激減したが、基金を作って1万5千人の市民が寄付で支えてくれている。我々は決してコントロールされない」と話した。

 ■個人が義務果たす社会に トローチャーニ司法相
 新しい憲法を作った狙いはどこにあるのか。トローチャーニ・ラースロー司法相(60)に聞いた。
     ◇
 ハンガリーは政治的、経済的、道徳的な三つの危機に陥っていた。汚職が繰り返され、累積債務は膨らみ、政治家はうそをつく。これまでの憲法は、危機に対応できなかった。
 グローバル化が進み、国と国の価値観の差がなくなっている。人々は消費することばかりに関心が向かい、責任や義務は置き去りにされる。共同体を守るため、我々のアイデンティティーとは何かを決定したことに新憲法の意義がある。
 二つの世界観がある。個人の人権を中心に置く考えと、社会の中に個人を位置づけ、伝統や歴史を尊重する考えだ。我々は後者の世界観、価値観を言葉にし、国民に伝えたかった。
 労働に関する価値観が憲法に入ったことも重要だ。手当など給付を中心とする福祉国家ではなく、仕事をする義務を果たし、個人が責任をとる社会作りを目指す。家族に関しても親に子供を育てる義務があるのと同様に、子供も大人になれば、年老いた親の世話をする道徳的義務がある。
 憲法裁判所の権限を弱めたと批判があるのは承知している。私も4年間判事を務めたが、体制転換後の20年間、憲法裁判所が国の価値観を判決の形で表明していた。憲法の上に憲法裁判所があり、憲法以上の権力を持っていた。新憲法によって、この上下関係を変えたに過ぎない。

 ■<視点>傍観者ではいられない
 合意形成を欠いた新憲法の制定、司法の独立への介入、国家による特定の価値観の押し付け……。ハンガリーで目の当たりにしたのは、「数の力」を背景にした「非立憲」的な政治の姿だ。しかし、すべて憲法や法律の定めにはのっとっている。民主主義の一つの帰結なのだ。
 「独裁は決して民主主義の決定的な対立物でなく、民主主義は独裁への決定的な対立物でない」。ナチスの独裁を正当化したドイツの法学者、カール・シュミットは著書「現代議会主義の精神史的状況」に記す。
 民主主義は時に多数の専横を生む。だからこそ、憲法で権力を縛るという立憲主義の考え方を手放すわけにはいかない。立憲主義が根底におくのは、「多数で決めたことでも、だめなものはだめ」。自由で民主的な社会には、民主主義と立憲主義をバランスよく使っていく術が不可欠だ。
 ハンガリーで起きている立憲主義に対する民主主義からの挑戦。「非立憲」的政治は、日本でも進んでいる。傍観者でいられるだろうか。(編集委員・豊秀一)

 ◆キーワード
 <憲法改正、国民投票必要なし> ハンガリーの国会は一院制で、国会議員の3分の2以上の賛成があれば憲法改正ができる。日本のような国民投票は必要ない。現在の与党は2010年と14年の総選挙でいずれも「3分の2」の多数を得たが、15年の補欠選挙で敗れ、現有議席は「3分の2」をわずかに下回っている。」(
2016/06/06付「朝日新聞」p2より)

このハンガリーの例は、まさに日本での “安倍政権の今後”を予見しているようで怖ろしい。
つまり、安倍首相が、与党の3分の2の議席の確保を目指しているが、それが実現した時に、国はどうなるか・・・。
このハンガリーの例は、「国会は一院制で、国会議員の3分の2以上の賛成があれば憲法改正ができる。」というので日本とは違う。しかし「現在の与党は2010年と14年の総選挙でいずれも「3分の2」の多数を得た」ということは、11年4月に制定された新憲法を含む上記の政権の動きに対して、国民が信を与えたという事。
これでは国民は文句を言えない。もし国民がこの政権の横暴を否定したなら、14年の総選挙でこの政権は敗れるはず・・・

民主主義とは難しい。多数決とは難しい。
上の記事での指摘、つまり「民主主義は時に多数の専横を生む。だからこそ、憲法で権力を縛るという立憲主義の考え方を手放すわけにはいかない。立憲主義が根底におくのは、「多数で決めたことでも、だめなものはだめ」。」という指摘はその通りだ。

最近、新聞・テレビの世論調査を見るのがツライ。相変わらず、現政権をの支持率が高い。
それを背景に、相変わらず「選挙で信を得た」と言いながらの「何でもやり放題」を許している。国民が選挙という手段で止めようとしていないのだから、益々政権はつけ上がる。

ハンガリー国民が、これだけの理不尽をされながら、なぜ止めようとしなかったのかは分からない。「15年の補欠選挙で敗れ、現有議席は「3分の2」をわずかに下回っている。」というのがせめてもの救いだが、良く分からない。

繰り返し出てくる話が、アフリカは民族が単位。多数決では、必ず多数の民族が勝つ。だから政権は変わらない。そして変わらない政権は必ず腐敗し、私利私欲に走る。という悪循環。
日本でも1強は絶対にダメ。必ず専横政治になる。
早くも参院選のフェーズになったが、目を覚まして欲しい日本の国民である。

160606tasuuketu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月 5日 (日)

「こども食堂」に思う

昨日(2016/06/04)のTBSテレビ17:30から「報道特集~こども食堂大繁盛の裏に」(ここ)という番組を放送していた。
この番組の言葉を少しメモしてみる。
「日本では6人に1人の子供が貧困状態にあります。こうした子供たちに、地域の人たちが食事を提供する「こども食堂」が全国各地で誕生しています。
こども食堂は、経済的理由で食事が充分に取れない子供などに、地域の人が無料もしくは低料金で食事を提供する場所で、都内だけでも40カ所以上あるとみられ、全国でも急増しています。」
「午後5時半、こども食堂が開店。料金は子供100円、大人500円」
「毎週来ている准看護師をしているシングルマザーは、正看護師を目指して専門学校で勉強中」
「この食堂を始めたキッカケは、副校長から「給食以外に、晩ご飯と朝ご飯でバナナ1本だけ、という子供が入学してきた」と聞いたことで、こんな飽食の時代、日本の中でそういう子供が居ること自体に、すごく驚き、ショックを受けた。」
「子供の貧困は家庭の責任だとか言うけども、そうじゃない部分だっていっぱいあると思う。誰にも言えないことを、どこかでポロッと言える場所があれば、助けを求めていける場所があれば、何とかなることっていっぱいあるんじゃないかと思う。」
「子供の貧困問題で、今最も深刻な場所は沖縄だ。子供の貧困率は全国平均16.3%(2012年)だが、沖縄は29.9%(2015年)、 3人に1人の子供が貧困状態にある。一人親世帯では58.9%(2015年)」
「ホームレスの人たちの過去を見ると、やっぱり家庭に問題がある。結局貧困に問題がある。子供の時から、何らかの支援体制を作らないとダメだなと思う。負の連鎖をどこで断ち切るか・・・」

理由は何であれ、食べられない子どもがたくさん居るという現実。戦争状態の世界の国の話では無い。飽食の、現代の日本の話である。

今ここに、赤ちゃんが誕生したとする。その赤ちゃんが、すくすくと育つ環境は何か?
上の話のように、全ては貧困から来る。貧困の原因は何か? やはり“家庭”が全て。
それでは、新しく誕生した「命(赤ちゃん)」に対して、親はどうあるべきか?
言うまでもないことだが、平和な両親の居る家庭の維持が絶対。そのためには、どんな事情があるにせよ、ハンディのあるシングルマザーは避けたいし、例え両親がそろっていたとしても、そもそも離婚の話が出る家庭にはしない。つまりは、子どもを決して一人親にしないことが第一歩なのだろう。沖縄では、一人親の家庭の6割が貧困にあえいでいるということからも・・・

しかし現代は、会社の業績不振から、リストラされて崩壊する家庭も多いと聞く。すると、会社をクビになっても、収入を得る手段を持っておくことが必要になる。それには、自分の能力を国家が認定する国家資格の取得はひとつの手段かも知れない。

今の時代、何が起こるか分からない。子どもを貧困に陥らせないために、親の責任は重大。国はアテにはならないが、でも幾らかは救ってくれる仕組みがあるかも知れない。そんな制度を探し、利用し、周囲の善意を得ながら、とにかく「子どもを飢えさせない」という最も基本的なことだけは、今の日本で実現したいもの。

話は変わるが、昨日(2016/06/04)の朝、我が家で2番目の孫が誕生した。3時間の安産だったという。初孫の時は16時間だったので、良かった。体重は2900gで、初孫3320gに比べると少し小さいという。しかし、これほどの喜びはない。命がつながることの有り難さ、嬉しさ・・・。
2年半前の初孫と、昨日生まれた孫の写真を比べて見ると、同じ女の子のせいか、まるでコピーしたように似ている。あえて言うと、眉の形が少し違うかな・・・。
福岡で生まれたばかりの赤ちゃんの写真を見ながら、“たくさん食べて”、明るい人生を歩んでくれることをのみ祈った。
1000兆円の借金があり、なかなか住みにくくなった日本ではあるが・・・

160605utagai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月 3日 (金)

生活習慣病の薬に思う~飲むべきか?

我々のように、古希(←とうとうこんな言葉を使うようになってしまった!)に近くなってくると、一つやふたつの生活習慣病は持っているもの。
自分の場合も、(生活習慣病ではないが)持病としては、胃酸過多と不整脈を持っており、薬を飲み続けている。
今の胃酸過多は、ピロリ菌の除去が原因らしい(ここ)。
前の記事を読むと、自分のピロリ菌除去からちょうど10年経ったようだ。blogは日記なので、それを読むと、2012年1月から胃酸を抑える薬を飲んでいるらしい。つまり、もう5年も飲んでいることになる。
“毎日が日曜日”になったので、ストレスも減ったため、数日前から薬を止める実験を始めた。今までは、薬を止めると、途端に再発したので、止められなかった。今度はどうだろう・・・

それと、不整脈(心臓細動)の履歴を見たら、直近の発作は2014/05/29だった。ちょうど丸2年経ったのだ。その時は、近くの大学病院で色々な薬を点滴で入れたが、心房粗動が併発して止まらず、結局、電気ショックで止まった。それ以来、不整脈恐怖症になったので、その先生の外来に通うことにして、「シベノール」という薬を飲んでいる。
これが相性が良いらしく、丸2年、発作はゼロ。
ほぼ3ヶ月毎に薬を貰いに行っているが、都度、血液検査と心電図を取る。心電図はいつも快調なのだが、毎回「中性脂肪が多いね」と言われている。これが問題!

自分は、過去の検診結果をパソコンで一覧表にしているが、昔の記録を見ると、最初に規定の150をわずかに超えたのは、42歳の時だった。そして48歳からは総崩れ。62歳の時に、一時的に良いデータがあるが、毎回、大幅にオーバー。
そして、不整脈の主治医から、毎回「**さん、薬飲む?」と言われている。
「いや、飲まない」と頑張っているが・・・。「じゃあ運動しなくちゃ!」「ハイ・・・」
でも、自分の運動が続くはずもなく・・・

話は変わるが、先日、“目から鱗”の話を聞いた。
散歩の時に、同じ団地にあるカミさんの昔からの友人の家に寄った。玄関先で一緒にしばらく雑談をしたのだが、生活習慣病の話になって、例のごとく病気自慢大会!
その奥さんがこんなことを言っていた。「自分はコレステロールが高いが、薬を飲むことにした。食事制限をすると、あれもダメこれもダメ、で何もかもおいしくない。それだったら、薬を飲んででも、おいしい物を食べたいじゃない!?」
な~るほど! そんな考え方もあるのだ・・・。
食べたい物を我慢してでも、薬を飲まずに頑張るか?それとも、(安易に?)薬を飲んで食べたい物を食べるか?

もちろんこれは、医者に言わせると言語道断なのは分かっている。自分で色々な努力をして、それでダメなので、最後の手段として薬で抑える・・・。それは分かっているが・・・

薬は飲み続けると、副作用が怖いらしい。前に胃酸を抑える薬で、医者に「飲み続けて大丈夫?」と聞くと、「薬を飲むことによるメリット(QOL(生活の質)の改善)と、薬を飲み続けることの弊害(副作用、費用)との比較でしょうね」という。
自分の場合、特に肝臓の値も変化がないので、薬を飲んで症状を抑えた方がメリットがある、と判断して、飲み続けていた。

さて、そろそろマジメに取り組まざるを得ない自分の中性脂肪。前に、初めて言われた時に、確か本を買って読んだと思うのだが、もうすっかり過去の話。
「そもそも中性脂肪は、放っておくとどうなるの?」から勉強!
先日本屋に寄ったら「中性脂肪の高い人がまず最初に読む本」という本があり、タイトルが気に入って買ってしまった。
まだ読み始めだが、放っておくと動脈硬化から心臓や脳の重大な病気になるらしい。
この本をよく読んで、生活習慣の改善を頑張るつもりではあるが、もし挫折しても、上のコレステロールの奥さんのように、「(自堕落でも)最悪、薬で逃げられる」と思うと気が楽!
とても医者には言えないが、先の考え方を念頭に、「(ストレスがたまる!)生活習慣の改善はほどほどに、いざとなったら薬で抑えればいいや」と安易に考え始まった古希前のシルバーではある。

160603tukue <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月 1日 (水)

今日は、当サイトの10周年記念日

今日(2016/06/01)は、当サイトがスタートして、ちょうど10年目である。
そう、最初の記事を書いたのが、2006年6月1日だった(ここ)。
10年前の記事を眺めてみると、当時のことを色々と思い出す。清里のロッジに愛犬を連れて泊まりに行った。そのベッドに転がって、何を書こうかと空想していたのを思い出す。
それがまさか、10年も続くとは・・・

そもそも当blogは、「現役を引退して、毎日家に居ることになったら、何をしてすごそうか?」というのが大きなテーマだった。兄貴から囲碁を勧められたが、早々に挫折。
確かに老後の時間を“潰す”には、囲碁・将棋は理想的。しかし自分は勝負事は大の苦手。こればかりは才能の問題なので如何ともし難い。
結局、この10年間、老後の確たる目標も出来ないまま、「サンデー毎日(毎日が日曜日)」に突入してしまって、早2ヶ月余。
しかし“怖かった”「サンデー毎日」も、結構忙しくしている。最近の口癖は「時間が無い。こんな調子では、あれよあれよという間に死んでしまう。」
つまり、何かワイワイしている間に、死ぬ歳まで行ってしまう。という感じ。
誰も、定年を迎えると、半年は色々な片付けで忙しいが、勝負はそれ以降だ、というが・・・

さて、この10年、一体自分は何を書いてきたのだろう。そしてその変遷は・・・・!?
まず「政治的な話は止めよう」というスタンスで始めたのに、最近は時事問題の話が多いこと・・・。段々とタガが緩んだ証拠である。
そしてカミさんが言うには、最近は歌の記事が少なくなったという。前は三日と空けずに歌だったのだが、最近は少ない・・・。
これは、自分あ挙げたい歌が、10年でだいたい取り上げてしまった、ということなのだろう。しかし、これもまた変化・・・

データを拾ってみる。ココログの管理ページによると、当サイトの記事数は2,938件、コメント数が4,548件だそうだ。容量でいうと、1.82ギガ。その他に音楽データやZIPデータを保存し160601emuzu ているところが、10.7ギガで1300ファイルほどある。これが「エムズの片割れ」の10年間の実績。
それにしても、たくさんのコメントを頂いたものだ。なかなか返事を書けずに心苦しいのだが、Netでよくあるという誹謗中傷のコメントは、ほとんど頂いた事がない。これだけはありがたい。特に政治的なことを書くと、信条の違いから、厳しいコメントが来ると予想していたが、それがほとんど無いため、つい時事的な話題が多くなってきた、ということもある。

ともあれ、一日に4~5千件のページビューがあり、今日現在でカウント895万5,611であり、1000万のカウントも目の前になってきた。
「サンデー毎日」をどう過ごすかを考えるためのblogだったのが、何と、「blogを書くこと」が“その解”になってしまった。
それと、このサイトは自分にとっては「防備録」であり「日記」の側面もある。さっきも、別のPCに「Radikool」というラジオの録音のフリーソフトを設定したのだが、何のことはない、前に自分の書いた記事を参考に設定している。左上の「サイト検索」で、直ぐに昔の記事が見つかるので便利。

話は変わるが、数日前から、自室の“書斎”に閉じ籠もっている。実は、自室の横に、1.3m×1.7mほどの書斎(穴蔵)?を作ってあった。今まで、納戸でほとんど使わないまま、20数年が経ったが、改めて、ここに机を入れて「机に座る生活」を始めた。
これが何とも具合がよい。落ち着く。PCを置き、机に新聞を広げ、雑誌を広げると、まさに自分の城だ。
それに、ここに座ると、テレビを見ない。だらだらテレビが自分の日常だっただけに、これは革命的な変化。

退職と共に日経を読まなくなったせいか、この頃blogネタに困っている。でも、どうしても書きたい記事に限って、隔日程度で細く長く続けるつもりです。
今後ともよろしくお願いします。

160601kame <付録>「ボケて(bokete)」より

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