« 「今日を丁寧に生きる」という言葉が気に入った | トップページ | 後退する日本の福祉~障害年金「等級判定のガイドライン」の導入と課題 »

2016年6月12日 (日)

国内のお金の流通量は101兆、国の借金は1000兆円

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(Re:お答えします)世に流通するお金の量なぜ分かる?

 ■日銀が金融機関による出し入れを把握
 
世の中に流通するお札と硬貨の両方を合わせたものを「現金通貨」といいます。まずはお札と硬貨がどのように流れているのか見てみましょう。
 お札と硬貨はともに独立行政法人の国立印刷局と造幣局でそれぞれつくられた後、日本銀行が製造費用を支払って受け取ります。
 民間の金融機関が、日銀内に持っている口座から預金を引き出すことで、これらのお金は世の中に出ていきます。逆に古くなったお金は、毎日、金融機関から日銀に戻ってきます。
 日銀はこのように世の中に出ていくお金と、戻ってくるお金を数えています。その差をみれば、世の中に流通しているお金の量を正確に把握することができるのです。
 日銀によると、今年4月のお金の流通量は101兆7841億円で、40年前の8倍超に増えました。これは国の経済規模が大きくなるのに伴い、使われるお金も増えていくからです。
 景気のよいときには使われるお金も増える傾向にあり、高度経済成長期の1970年代やバブル期の80年代には、1年間で10%以上伸びることも珍しくありませんでした。
 2002年には定期預金のペイオフが解禁となり、金融機関が破綻(はたん)した際に保護されるのは元本1千万円とその利息だけになりました。この年も2桁の伸び率を記録しました。「銀行に預けておくよりはタンス預金の方が安全」という心理が働いたとみられます。
 13年4月以降の日銀の大規模緩和も、お金の伸びにつながっているようです。日銀が大量に国債を買い入れているために金利は低下。預金金利も限りなくゼロに近づき、お金を預ける魅力は薄れています。3%前後だった伸び率は少しずつ上昇し、今年1月にマイナス金利政策の導入が決まると6%台に達しました。
 日本は他の先進国と比べて、経済規模の割に流通量が多いのが特徴です。カードではなく現金で決済する人が多いことや、比較的治安がよいこと、現金自動出入機(ATM)が普及して利便性が高いことなどがその理由と言われています。
 近年はコンビニや交通機関で使える電子マネーが普及し、インターネット上で流通する仮想通貨も登場しました。日本人の「現金好き」も変わっていくかも知れませんね。(高田寛)」(
2016/06/11付「朝日新聞」p3より)

言われてみれば、日銀からのアウトプットとインプットの差が流通量。当たり前だ。
そしてその量が101兆円だという。国内の「現金」を全部足すと101兆円・・・・
「兆」という単位も、随分と身近になったものだ。前は、あまりに大きな単位にピンと来なかったが、この頃は自分も感覚的に何となく分かるようになってきた。

そして今年(平成28年度)の一般会計予算は約96.7兆円なので、世の中の現金の量と同じ・・・。
そしてその予算のうちの4割弱は、将来世代の負担となる借金(公債金収入)に依存するという。その借金の額は、日経によると、
「「国の借金」15年度末で1049兆円 国民1人当たり826万円
 財務省は10日、国債や借入金、政府短期証券をあわせた「国の借金」の残高が2015年度末時点で1049兆3661億円になったと発表した。政府短期証券の発行が一時的に抑えられたことで、14年度末から3兆9911億円減少した。15年12月末との比較では、国債残高の増加により4兆7757億円増えた。
 今年4月1日時点の総務省の人口推計(1億2698万人、概算値)で単純計算すると、国民1人当たり約826万円の借金を抱えていることになる。
 内訳は国債が910兆8097億円となり、14年度末から29兆3250億円増えた。一時的な資金不足を穴埋めする政府短期証券は33兆1395億円減の83兆7489億円だった。借入金は1766億円減の54兆8075億円だった。」(
2016/05/10付「日経新聞」ここより)

つまり、国の“将来世代が負担する”借金の1000兆円は、現在国内で流通している現金総額の10倍。その額がいかに大きいかが分かる。

今朝、テレビを見ていたら、「子どもや孫のクレジットカードで勝手に買い物をして良いのか?」という発言があった。まさに、孫やまだ生まれていない曾孫のクレジットカードを、勝手に作って使っているのが、今の日本なのだ。

他方、安倍晋三首相のブレーン、内閣官房参与 浜田宏一氏による反論?も読んでみよう。1年前の記事だが・・・
日本がギリシャのように破綻しない理由
いくら借金をしているか、いくら資産を持ってるか

現在、ギリシャが事実上の債務不履行に陥っている。ユーロ圏にとどまるためには、多大な困難を乗り越えなければならない。
これに伴い、「政府の債務は日本のほうがギリシャより大きい。日本の財政は大丈夫なのか」という声が上がっている。
日本では20年以上にわたって政府の歳入より歳出が多い状態が続いている。日銀の資金循環統計によれば、地方公共団体を含めた日本の一般政府の負債合計は2015年3月末で1206兆円、名目GDP490兆円の246%に達した。IMF推計によるギリシャの対GDP比176%より大きい。
政府がこうした自転車操業を行っている状況はもちろん、望ましいことではない。しかし、日本の政府債務の対GDP比がギリシャに比べて大きいとしても、そこだけを捉えて「このままいけば、日本もギリシャと同じように債務不履行に陥り、経済がめちゃくちゃになる」と考えるのは大間違いである。
日本政府はかつても今も、「近い将来に資金繰りがつかなくなって債務返済が滞る」という状況にはない。世間の注目が集まっているいい機会なので、この点について述べたい。
ある人がお金持ちか貧乏かを考えるなら、その人がいくら借金をしているかだけでなく、いくら資産を持っているかも見なくては判断できない。当然、国家・政府も同じはずなのだが、財政危機を唱える人々はなぜかそこに言及しない。
日本の一般政府は、債務返済のために現金化できる資産を売り払ってきたギリシャ政府と異なり、15年3月末でまだ574兆円に達する金融資産を保有している。それを負債総額から差し引くと、残った分はGDP比で130%弱となる。
よい状態とはいえないが、一般政府の純債務残高が14年末で312億ユーロ、GDP比で174%となるギリシャよりはましといえる。日本では金融資産のほか、政府が保有する土地や官庁の建物など実物資産も相当な額に上る。
しかも日本は官民を合わせて見たとき、世界で最も多くの対外資産を持つ純債権国である。日本の対外純資産は14年末時点で366兆円と、24年連続で世界一である。このため、ギリシャ問題のような経済危機が起きると、世界の投資資金が円に集まり、円高が発生する。つまり、日本政府が発行している日本の円は、ECBが発行するユーロより、米国政府が発行する国債より信用があるということだ。対外純債務がGDPを大きく超えているギリシャとは、この点がまったく異なる。
日本では政府の税収を担保する家計の金融資産も、15年3月末で1700兆円以上と莫大だ。財務省は「政府債務というツケを次代に残すな」というが、家計の保有資産もいずれ将来世代に移転されることになる。日本人ほど将来世代のことを考えている国民はいない。
日本政府の債務は、円建てで発行されている。このため返済を求められれば、日銀でお金を刷ることにより、すぐに返すことができる。
同じことはギリシャにはできない。ギリシャの通貨はユーロで、借金もユーロ建てである。ユーロはECBが発行しており、ギリシャ政府はECBにお願いしてお金を貸してもらわなければ、政府の債務を返済できない。そのためには、ドイツなど他のユーロ加盟国を説得しなければならない。そこも日本とは決定的に違うところだ。
もちろん、日銀で刷ればよいといっても、あまりお金を刷りすぎればインフレになってしまうが、今の日本はインフレではなくデフレなので、そこを心配する必要はない。
そもそも、市場が日本国債が返済不能となることを心配しているのであれば、高い金利を約束しない限り、誰も日本国債を買ってくれないはずである。
ところが、日本国債の発行金利は、15年7月初めの10年国債で、年率0.5%前後であり、15%近いギリシャ国債とは比較にならない。同時点の米国10年債、イギリス10年債はどちらも2%台である。それだけ日本国債は、マーケットで返済の確実性を信頼されている。(イェール大学名誉教授・内閣官房参与 浜田宏一)」(
2015年8月11日 プレジデントオンライン(ここ)より)

改めて認識する。GDPが490兆だとすると、国家予算はその2割とか・・。少し使い過ぎていないか? そして借金は国民全員が働いて生み出すお金(付加価値)の2年分か・・・

なるほど、この論によると、確かに借金は1206兆円あるが、政府は金融資産が574兆円あり、対外純資産も366兆円ある。加えて「家計の金融資産も、15年3月末で1700兆円以上と莫大だ。財務省は「政府債務というツケを次代に残すな」というが、家計の保有資産もいずれ将来世代に移転されることになる。日本人ほど将来世代のことを考えている国民はいない。」のだそうだ。
つまり、政府の574兆円の資産や海外貯金366兆円、そして何よりも「家計の金融資産1700兆円」があるので、それはいずれは将来世代に“遺産相続”される。
だから1000兆円を借金をしても、トータルではまだまだプラスだ、ということらしい。

でも、どうなんだろう。親の遺産(農地など)、つまり先祖が営々として蓄積してきた財産を、自分たちの世代だけで、そして今の自分たちの都合だけで“消費”してしまって良いものだろうか?
先代から受け継いだ遺産を、よりプラスして次世代に受け継がせなくて良いのか?
何よりも、これらの国の営々と蓄積されてきた資産は、安倍首相が勝手に使って良いお金なのか?

確かに、消費税のアップは、我々庶民の日常ではツライ。しかし、かと言って孫のクレジットカードを勝手に使って良いことにはならない。
やはり我々世代は、インプット(歳入)に合わせて、アウトプット(歳出)を絞らなければいけないのではないか? そして、借金返しを直ぐにでも始めなければいけないのではないか・・・。

160612erabe <付録>「ボケて(bokete)」より


« 「今日を丁寧に生きる」という言葉が気に入った | トップページ | 後退する日本の福祉~障害年金「等級判定のガイドライン」の導入と課題 »

コメント

ここ数年お札が綺麗になったと思われませんか。特にお札は昔のように皺くちゃだったり破けていたり、セロテープで修復されたり、文字が書いてあったりするお札を全く見なくなりました。お札から人生の哀歓が伝わってこなくなりました。何か淋しい気がします。「これは俺の札だ」と書いてあったお札、見た事がありました。住所と名前が書いてあれば送りかえして貰えたかもしれませんね。

【エムズの片割れより】
確かに言われてみるとキレイですね。昔はしわくちゃだった・・・
今度、1万円札にそっと住所氏名を書いてみようかな・・・。戻ってくるかどうかの実験!

投稿: 白萩 | 2016年6月13日 (月) 13:18

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「今日を丁寧に生きる」という言葉が気に入った | トップページ | 後退する日本の福祉~障害年金「等級判定のガイドライン」の導入と課題 »