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2016年5月の17件の記事

2016年5月30日 (月)

NHK「こんなはずじゃなかった 医師 早川一光」を見る

カミさんに勧められるまま、NHK「ハートネットTV~こんなはずじゃなかった 医師 早川一光」(2016年5月26日放送、6月2日13:05 Eテレで再放送)を見た。
在宅医療の現実・・・。色々と考えさせられた。

NHKのサイトにこう解説がある。
こんなはずじゃなかった 医師 早川一光
地域医療のパイオニアとして知られ、NHKの連続ドラマのモデルにもなった老医師が、がんになりました。自宅で、自らが作り上げた手厚い在宅医療、在宅介護に支えられながら、150530hayakawa1 医師は、「こんなはずじゃなかった」と語り、それを題名にした新聞連載を始めました。
医師の名は、早川一光(かずてる)、92歳。戦後、京都市西陣で住民立の堀川病院を作り、「在宅医療」という言葉も制度もなかった時期に、積極的に地域に出る活動を展開。「西陣の路地は病院の廊下や」を合言葉に、病院を出ても安心して医療を受けられる体制を整えました。「わらじ医者」の愛称で親しまれる老医師が、自ら患者になり、死を見つめた時、現在の医療や介護について何を感じ、何を伝えようとしているのでしょうか?「こんなはずじゃなかった」とは何を指しているのでしょうか?
番組は、自宅のリビングに置かれたベッドで一日の大半を過ごしつつ発信を続ける早川医師の暮らしを描き、未来に向けたメッセージを聞き取ります。」(
2016年5月26日放送、再放送2016年6月2日13:05 Eテレ)(NHKのここより)

この番組を見ながら、自分の心に残った早川さんの言葉やナレーションの言葉をメモしてみた。
「俺は何をしてきたんやろう。「在宅は天国や」と言うてみんなをわあっと煽ってきたけれど。実際に天国なんか?今天国かと思うとね、かえって地獄じゃねえか」
「早川さんは2年前、生まれて初めて入院生活を経験しました。病名は「多発性骨髄種」というがん。もろくなった背骨が折れたため救急車で運ばれました。退院後は自らが作り上げた在宅医療の仕組みに支えられ、自宅で暮らしています。」
「人の世話になって生きるとは、これほど居心地の悪いものなのか。自分が健康だった時、患者の気持ちは分かったつもりで、本当は分かっていなかったのではないか。
早川さんは患者となった今、胸に浮かぶ思いを「こんなはずじゃなかった」という言葉に表します。」
「夜が怖い。病気になって初めて感じたことです。西の空に太陽が傾き、日が暮れ始めると、「ああまた夜がやってくる」と思います。病気をしてから僕は携帯電話を握りしめて眠りにつきます。かかってくる電話に出るためではありません。かけるためです。夜が更けても眠れない時、人が恋しくなり、人の声が聞きたくなったときのために、これがないと安心して眠れなくなりました。「もしもし大丈夫?」電話の向こうから聞こえてくるこの言葉は、睡眠導入剤よりほっとするのです。」
150530hayakawa2 「(次男の岳人)父がよく、自分は飛行機のパイロットだって話は出てきます。どういう風に着陸をしていくのか、すなわち、どういう風な死に方を、死を迎えるのかと言うことを、それは周りが決めるんじゃなくて、ワシが決める。ワシの一生なんだから、ワシがコントロールすると。管制塔は主治医の先生だと。降りることができるのか降りることができないのか、その情報を最大限聞きながら、やっぱり最後は自分でハンドルを持ちたいと言うのは父の思いですね。」
150530hayakawa3 「寝てる時は「おい、何もせんといてくれ」と言うけども、肺に空気が入らんようになったら、「虚空をつかむ」と言う言葉が昔からあるけどね、もがくだろうな、その時は僕の勝負やな。」
「戦後66年にわたって追い求めてきた在宅医療の理想。90歳を過ぎてがんになり、自ら築いたものをゼロから問い直す早川さん。「こんなはずじゃなかった」。その言葉の奥には「もっと良いものにできるはずだ」と言う、あとに続く人たちへの期待が込められています。」

在宅医療を推進してきた医師本人が、それを“される身”になったとき、何か違う・・・。それを氏は「こんなはずじゃなかった」。
何が「こんなはずじゃなかった」のかは、番組を通して感じて欲しい。

たくさんの人を看取ってきた医師でも、「夜が怖い」。主治医はそれでよいという。
死に際しては、誰もが生身の人間。いくら頭で分かっていても、そのときは人間という動物に帰る。
早川さんが一番イヤなのが「風呂に入ること」だという。かつての同僚に体を洗って貰い、拭いて貰う。イヤだが、自分ひとりで風呂に入るのは出来ない・・・
これは、まだまだ理性が勝っている証拠なのだが・・・

さて自分の場合は??
自分も「最期は自宅で!」という希望はある。しかし、前にも書いたが、それには訪問してくれる医師も必要だし、介護体制も必要。素人ではとても出来ない。
そんな贅沢は、現実には許されないかも知れない。
全ては、カミさんが握っているが、どうしてくれるのか・・・。いや、どこまで出来るのか・・・
「(長患いしないで)ポックリ逝けると良いね」が我が家の結論ではあるのだが、最期の姿は神のみぞ知る!世界・・・・
こんな番組が気になるシルバー族ではある。

160530doubutu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月29日 (日)

オーパス蔵版の「ウラニアのエロイカ」が素晴らしい

エロイカは、この演奏以外は聞かなくなっている。ウラニア「エロイカ」である。
前に「宇野功芳氏が選んだ「フルトヴェングラー・窮極のCDベスト10」~ウラニアのエロイカ」(ここ)という記事を書いた。
5年前だった。それ以来、このオーパス蔵盤のMP3音源を聞いていたのだが、やはりCDが欲しくなった。
それで、「仏TAHRA FURT 1031」というCDを買ったのだが、その音にビックリ。高域がぎらぎらして、到底聞いていられない。
それで、改めてopus蔵盤のウラニア「エロイカ」のCD(OPK7026)を買ってしまった。両者、音がまるで違う。
周波数特性を測ってみると、その違いははっきり。

<仏TAHRA FURT 1031>  <オーパス蔵盤>

160529furt 160529opus

音も違う。
<ウラニアの「エロイカ」仏TAHRA FURT 1031>

<ウラニアの「エロイカ」オーパス蔵盤>

この違いについて、オーパス蔵盤のライナーノーツにこう解説があった。
ウラニア「エロイカ」・・・  木廣輝男
 1944年12月19、20の両日、フルトヴェングラーとウィーン・フィルはRRG(ドイツの全国放送組織)の「マグネトフォン・コンツェルト」と呼ばれる放送コンサートのためにベートーヴェンの交響曲第3番「エロイカ」、および第1番を録音した。この「エロイカ」の録音テープは戦後になってアメリカのウラニア社が東ドイツの放送局から他の多数のRRGテープと共に購人し、1953年にフルトヴェングラー初の「エロイカ」長時間レコードとして発売した。「ウラニアのエロイカ」はやがて輸人され、戦時中のフルトヴェングラーのベートーヴェン演奏にまだ殆ど触れたことがなかった日本のクラシックファンはその緊迫感、躍動感、前進性にあふれる演奏に真から驚嘆した。ここに、現在までも続く「ウラニア伝説」が生まれたのである。やがて「ウラニアのエロイカ」はカタログから姿を消し、しばらくの間は全くの昔語りと化していた。
 ところが1970年前後のほぼ同時期にフランスPathe(2C051-63332M)、アメリカのVOX(TV-4343)、イギリスのUnicorn(UNI-104)から、この「ウラニアのエロイカ」と細部まで全く同じ演奏がフルトヴェングラー夫人の正式なライセンスを得て発売されたのである。まもなく我が国でも日本コロムビア社からDXM-101として正式発売され、再び大きな反響を巻き起こした。それ以降今日まで日本初め各国に多くの「ウラニアのエロイカ」LPやCDが作られ、その間に色々な事実が明らかになって「ウラニアのエロイカ」の問題点も次第にはっきりしてきた。
 第一に「ウラニアのエロイカ」はピッチが半音近く高くなっていた。ということは演奏時間がそれだけ速くなっていたということである。その責任はウラニア社にはなく、1998年にフランスのTAHARA社がオーストリー放送協会(ORF)に保存されていたテープをCD化する際に調べたところ、ORFのテープそのもののピッチか高く、その演奏時間はウラニアのLPの演奏時間とほぼぴったり一致したのである。これまでに発売されたLPのうち、このピッチの異常に気か付いて初めて修正したのは、海賊盤を別にすれば日コロムビアのDXM-101であった。VOX社もピッチを正しくしてTHS-65020として再発売した。これは日本ではフィリップス、フォンタナ両レーベルで廉価版として発売されている。
 CD時代に入っても、ピッチを修正したものと未修正のものが依然として混在している。未修正のCDの多くは「ウラニアのエロイカ」の音色をいかに忠実に再現しているかを謳い文句にしているが、我々の関心事はウラニアのエロイカではなく、「フルトヴェングラーのエロイカ」を聴きたいわけだから、これらのCD(或いはCD-R)は全て失格である。現在のところピッチの点で合格となるCDはPricelessとBayer (D-16395、BR200 002この2種のCDでは共通して第2楽章157小節に全休止が入る。これはVOX盤のサイドブレークの位置に相当す150529eroicafurt る)、東芝EMI (TOCE-3730など)、TAHRA盤(FURT 1031、前述のようにORFテープ使用)、Grand Slam (GS-2005、ウラニアLPの復刻)などで、それほど多くない。墺Preiser (90251)とメロディアのCDは別種の、恐らくモスクワ放送が取得したテープによるものだが、第1楽章冒頭和音に故障があったらしく、電子的編集で2番目の和音を2回繰り返している。このため2和音が他のCDとは異なる時間間隔で鳴っている。
 ウラニア盤の第2の問題点はイコライザカーブがはっきりしないという点である。ウラニア盤のジャケットのテクニカルノートでは再生にあたってターンオーバ周波数を500Hz、高域滅衰を13.7dBとするよう指示していて、これらのパラメータは現在のRIAAカーブと矛盾しない。しかしウラニア社では1953年まではNABカーブ(あるいは旧コロムビアカーブ)を用いたはずで、ある種の「ウラニアのエロイカ」盤は明らかにNABカーブによる再生の方が納得の行く音質が得られる。高めのピッチと正しくないイコライザカーブの相乗効果によって著しくハイ上がりの「エロイカ」が再生されることになり、それがフルトヴェングラーの演奏そのものと誤解されていたきらいがある。
150529eroicaopus  今回オーパス蔵でこの「エロイカ」を復刻するにあたって、5種類のウラニア盤を試聴した。その結果ウラニア盤の音質はマトリックス番号つまり製盤の時期だけでは決まらないことが分かった。大抵の盤の音はグリーンドア(GDCL-0001)の復刻CDで聞く音と本質的に変わらない。ハイ上がりのややヒステリックな音で、ウラニア盤特有のパチパチノイズが激しい。その中でただ1枚、本シリーズの復刻者である安原氏が保存していた1枚だけは殆どサーフェスノイズがなく、低域から高域まで非常にバランスの取れた音質をもっていた。しかも細部まで鮮明に聴こえるのである。これまで耳にしてきた「ウラニアの音」というのはLPの保存法の不適切、多数回のトレースによる音溝の劣化など、副次的な理由による音質変化の結果ではなかったかと思われるほどである。ピッチ調整を施して出来上がったものは高域の歪が極小で、「ウラニアのエロイカ」とは随分異なった趣の、実に雄渾壮大な「エロイカ」であった。」(
opus蔵「OPK7026」ライナーノーツより)

断片的に、音のピッチの違いについては聞いていたが、イコライザカーブについては知らなかった。しかし、このカーブの違いは、“壊滅的な”影響が出る。演奏会場の音とはまるで違ってしまう。
この仏TAHRA盤が、イコライザ補正の影響でこんな音になっているのかどうかは分からない。しかし、opus蔵盤の、何と聞き易い音か・・・。安心して聞いていられる。
もちろん世界中に色々ある音源については、聞いていないので分からない。でも自分にとっては、このopus蔵盤が一枚あれば充分だ。

それにしてもフルトヴェングラーは、“人類の歴史”に残る演奏を残している。これ以外にも、バイロイトの第九(ここ)や、「運命」の1947年5月27日の歴史的ライブ録音(ここ)などなど・・・
ハイレゾに凝る一方、こんな古い録音も聞いているシルバー族ではある。

160529rei <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月26日 (木)

アフリカ・援助トラクターを「売る」

最近凝っているNHKラジオ第2「カルチャーラジオ 歴史再発見 アフリカは今~カオスと希望と 松本仁一」。
先日放送された「第八回 農業への無策~飢餓のアフリカ」の中で、こんなエピソードが紹介されていた。

<NHKラジオ「アフリカは今⑧農業への無策」より>

援助トラクターを「売る」
 ただの援助というのは、よほど先まで見通して実施しないと悪影響しか生み出さない。しかしちょっと頭を働かせると、すばらしい結果を生み出すようになる。
 85年、イタリア政府が西アフリカのガーナに、トラクター100台の援助を申し出た。総額で230万ドル分だ。イタリア政府はそれをガーナ政府に渡すことをせず、国連食糧農業機関(FAO)に渡して配分を任せた。
 FAOのガーナ事務所には知恵者の職員がいた。「ただのトラクター」はだれも手入れしようとせず、一年足らずで壊れてしまうケースを彼は多く見ていた。彼はイタリア政府に「トラクターを70台に減らしてほしい」と申し入れる。残り30台分の予算で、整備工場を三か所に作ってほしい。それとガーナ人の優秀な若者を送るから、半年間、トラクターの整備技術を教育してほしい――。その上で職員は、トラクターが欲しいと希望した70の地区に対し、市価の三分の一の値段でトラクターを売ったのである。払いは10年ローン、作物の物納とした。
 それから、教育が終わって帰国したガーナ人整備技術者を各地区に送り、「よく分かるトラクター」という巡回講座を開いた。使ったあとは必ず洗え。こまめに油をさせ。ネジはまず左に回し、カチッといってから右に回せ。おかしいところがあったらすぐに整備工場に連絡しろ……。字が読めない農民にも理解できるごく初歩的なマニュアルを、徹底的に教育した。トラクターは自分たちが買ったものだ。壊れてしまっても、残りのローンは払わなければならない。農民たちは必死になった。毎日きれいに水洗いする。ちょっとおかしいと思うと工場に自転車を飛ばし、「クラッチから変な音がする」「ギアがひっかかる」と報告する。物納されたローンの作物は市場に出され、代金は整備工場の技術者の給料となった。
 同じころ、隣の地域に日本などが100台の「ただのトラクター」を援助した。一年たらずで80台が壊れた。しかしイタリア援助のトラクターはFAOのアイディアのおかげですべて動いており、93年に再訪したときもぴかぴかのままだった。・・・」(
NHKカルチャーラジオ「歴史再発見 アフリカは今~カオスと希望と」テキストP108より)

なかなか含蓄のある話である。これは全てに通じる。
よくテレビで、アフリカで高級医療器具が、ただホコリに埋まっているところを見る。最初は使っていても、壊れたらそれでオワリ。修理することが出来ず、そのうち使い方も忘れ去られる。
結局は、自己満足の結果なのだろう。「オレたちは援助してやった。有り難いと思え」。
しかし使われた税金は、まったくの無駄遣い。
相手の事を真に考えた援助なら、上のFAOのような動きが模範。

ふと、新入社員の頃に担当したソ連向けのシステムのことを思い出した。あるプラントメーカーからの発注で、システムを組む時、照明器具に、ソ連規格のランプが入る事を検討させられた。日本製の照明器具に、日本製のランプ。予備ランプを付ければ、それで良いではないか、と思ったものだが、長く使う器具の消耗品は、現地調達が出来なければダメ。当然の検討だったが、当時はそこまで思い至らなかった。

「援助は相手の事を考えて」はどんな事にも通じる基本中の基本だと、改めて思った。

(関連記事)
改めてNHKラジオ「アフリカは今」から聞く衝撃 
NHKラジオ「アフリカは今」が衝撃的 

160526yaruki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月24日 (火)

大物・週3日登庁の石原都知事と、小物・舛添都知事の違い

今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
「(THE HUFFINGTON POST)舛添知事たたきの功罪
   医療ガバナンス研究所理事長・上昌広(かみまさひろ)さん
 政治資金の私的流用などの問題を巡り、東京都の舛添要一知事への批判が強まっている。
 「このような振る舞いは慎んでもらいたいと思う。また、政治家としての責任はとっていただきたい。ただ、同時に舛添知事を、このような理由でたたくことが、果たして納税者の利益になるのかは疑問を感じる」。医療ガバナンス研究所理事長で医師の上昌広さんは「『政治家・舛添要一』を正確に評価するために 厚労相時代の功績を振り返る」(18日)でそう訴える。
 舛添氏が政治家として卓越した能力を持っていると、上さんは評価する。特に厚労相時代、日本医師会や官僚といった「抵抗勢力」と闘って成し遂げた医学部の定員増が際だった業績だと指摘。医療への社会的関心が高まっていたことに加え、舛添氏は「誠実に勤務する姿」によって部下の信頼を得たのだという。
 上さんは「舛添たたきをすることは簡単だ。果たして、それだけでいいのか、納税者の皆さん、ぜひ、考えて頂きたい」と問う。(中野渉)」(
2016/05/24付「朝日新聞」p12より)

世の中、桝添外し一辺倒。実は自分もそのうちの一人なのだが、上に記事を読みながら、同じように御神輿を担ぐのでは面白くない。桝添知事の足を引っ張るのではなく、押す記事はないかと探したら、こんな記事(ここ)が見つかった。

ひらきなおれ!舛添要一
  渡辺輝人 弁護士(京都弁護士会所属)2016年5月20日
舛添要一・東京都知事が、海外出張時の宿泊費の無駄遣い問題に始まり、公用車の乱用、都知事立候補時の政党助成金の流用、都知事就任後の政治資金の不適切な使用など様々な問題で追及されています。6月初旬からは東京都議会も始まるので、いよいよ、針のむしろに座ることになりそうですね。筆者は、舛添氏を擁護するつもりは全くなく、指摘されている問題が事実なら辞任止むなしか、と思います。しかし、舛添バッシングがここまで盛り上がった経過についてはどうにも納得いかない部分があり、他の事例との均衡から、いくつか指摘したいと思います。
「やりたい放題」は石原都政時代から
都知事の海外出張時の豪遊は以前から問題になっており、筆者が知っている限り、もっとも度が過ぎていたのは石原慎太郎氏が都知事だった時代です。当時、しんぶん赤旗は一生懸命追及していましたが、社会全体での問題にはついになりませんでした。石原氏の豪遊っぷりに比べると、舛添氏のなんてセコイくらいだと思います(だから許されるということではありません)。
【たとえば、2001年6月11~21日に行ったガラパゴス諸島(エクアドル)の視察。石原知事と二人の特別秘書など計8人で出張し、総額1444万円を支出しました。
~中略~
石原知事らは、エクアドル政府主催の昼食会などに出席した後、13日にガラパゴス諸島に入り、翌14日から18日まで4泊5日で、小型クルーザーと「ホテル並みの施設」(旅行会社ホームページ)を備える大型クルーズ船「サンタクルス」号で、ガラパゴス諸島を周回しました。
出典:2006年11月16日しんぶん赤旗「石原東京都知事 税金使った“海外旅行”豪遊 1回平均2000万円」】

公用車の乱用についても、確かに、別荘くらい自分の車で行けよ、恥を知れ、と思うわけですが、これも週3日しか都庁に来なかった石原慎太郎氏に比べると都庁に出勤するだけマシなんじゃないかとすら思えます(だから許されるわけではありません)。
舛添氏を追及するのであれば、一緒に、石原慎太郎氏の数々の所行も追及すべきなんじゃないかなと思います。法律と違い、政治責任に時効はありませんので。

政党助成金の流用は立候補時から指摘されていた
舛添氏の新党改革時代の政党助成金等の不正な流用についても、政治資金オンブズマンの活動で有名な上脇博之・神戸学院大学教授が、2014年2月の都知事選前の時期からずっと指摘していたことです(下記記事参照)。ドリル優子こと小渕優子氏の件などをみても、選挙前に指摘されていた「政治と金」問題は、当選すると“みそぎが済む”のが政権与党界隈の考え方のように思えるので、舛添氏にだけ潔白を求めるのが突出してみえます。なのでドリル氏や下村博文氏についてももっと突いてはどうでしょうか。そういえば、安倍首相の献金禁止企業からの政治献金問題や、地球13週分のガソリン代の問題もいつのまにかどこかへ行ってしまいましたね。後者についてはつい1ヶ月半ほど前の話で、支援者に対する利益供与の可能性すら指摘されている(週刊朝日2016.4.13)だけに、本来は捨て置けない問題のはずです。ガソリーヌ山尾こと民進党の山尾志桜里議員が、秘書を追及する、と言った記者会見の続報がいつまで経っても出てこないことも合わせ、丹念な報道が求められます。

上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場
「新党改革」(舛添要一代表)の借入金2億5000万円の違法返済問題
「新党改革」(舛添要一・代表)のマネーロンダリングにおける「グローバルネットワーク研究会」(舛添・代表)の重要な役割

甘利明・前大臣はどこへ行ったのか
不正な献金の話で言えば、最近ニュースになった話題で圧倒的にどす黒いのは甘利明氏の献金問題で、元検察官の複数の弁護士から、甘利氏やその秘書があっせん利得罪に問われる可能性すら指摘されています(拙稿「朝日・毎日は甘利氏の疑惑追及を幕引きしないと信じる」参照)。この件は、政治家が自分で集めたお金のセコイ流用の話ではなく、ワイロ性すら想定される話なので、問題の質がずっしりと重くなります。当の甘利氏は、国会には出てこない一方で、地元では元気に活動している、という指摘も一部にあり(日刊ゲンダイ「国会サボリの甘利氏も真っ青 地元で“落選させる会”が発足」)、舛添氏に対する疑惑と比べても、捨て置けない問題なのではないかと思います。

オリンピック招致の2億円問題は都議会でも追及されるべきでは
6月初旬には、東京都議会が開催されるようです。今の展開だと、火だるまになった舛添都知事が、その前後に辞任に追い込まれる可能性もあり得るように思います。しかし、それで脇に追いやられてしまう可能性があるのが、2020年の東京オリンピック招致に絡む2億円の「コンサル料」問題です。
この「コンサル料」については、フランスで捜査当局が捜査に乗り出す一方で、日本ではJOC(日本オリンピック委員会)竹田恒和会長が、すでに存在しないと報道されているコンサル会社相手の守秘義務を楯に契約書の公開を拒否する法的には奇妙な展開の中で、主務大臣である馳文科大臣が早々に火消しを始めており(2016.5.17産経「東京五輪 馳文科相「核心に触れる情報必要だった」 コンサル料の妥当性強調」)、日本政府がこの問題を深める気がないのは明らかでしょう。
この点、「コンサル料」を支出したオリンピック招致委員会は東京都とJOCが中心になって結成されていたところ、東京都は、平成24年度、平成25年度に合計して33億円余の税金をオリンピック招致につぎ込んでいると思われ(東京都のHP:PDFなので注意)、25年度については使用途が「テクニカル・プレゼンテーション IOC総会での最終プレゼンテーション等」とされています。使用途として示されている時期が、「コンサル料」の支払いの時期と一致しているのです。この2億円の「コンサル料」については、出所が一向に明らかにならない点も含め、不自然な点が多すぎます。都民の税金が万一「コンサル料」に使われていないか、または、関連する他の不正な用途に使われていないか、都知事・都議会を挙げてチェックすべきと筆者は思うのです。オリンピック開催となれば、都民の税金のみならず、多額の国税が投入される祭典となるわけで、“言い出しっぺ”である都知事・都議会の責務は重大です。ところが、舛添氏のカネの問題で6月議会が紛糾すれば、この件がどこかへ吹き飛んでしまう可能性は大いにあるでしょう。

ひらきなおれ!舛添要一さん!
このような諸処の事情を鑑みると、舛添氏があっさり辞任する展開は、好ましくないように思います。まずは自身の疑惑について説明責任を果たしつつ、「政治と金」問題の先達たちに「貴方たちも同じ穴の狢じゃないか。何で私だけ火だるまなんだ」と開き直り、“ガソリンに火をつけて回る” のが、公平・正義の観点から重要と思います。オリンピック招致を巡る問題は、舛添氏就任前の問題であるだけに、本来的には追及しやすい立場のはずです。辞めるのであれば、せめて「コンサル料」に関する都の見解を明らかにしてからにして頂きたいと思います。まかり間違っても、舛添氏辞任と参院選で、オリンピック招致の問題が何やらうやむやになる超絶展開だけは止めて頂きたいと思います。」(
ここより)

読んでいて、何とも小気味よい。
指摘していることは、公正に読める。

その他に、下の記事(ここ)が痛快だ。
舛添より酷かった石原慎太郎都知事時代の贅沢三昧、登庁も週3日! それでも石原が批判されなかった理由(2016.05.09)
・・・・・・
さらに言えば、舛添都知事は「湯河原へ行っているときに大地震が起きたら指揮がとれないだろ!」と糾弾されているが、実は、石原氏にいたっては、都知事でありながら登庁すらせずに、たびたび“行方不明”になっていたという。
「サン毎」は04年1月25日号で石原氏の「勤務実態」についても追及しているのだが、入手した公文書によれば、石原氏の“出勤”は週平均でわずか3日程度。また、公用車の運転日誌によれば、登庁日も自宅を出るのはだいたい午前10〜11時ごろだったという。
 企業の相談役でも石原氏よりは“出勤”しているのでは?と思えるサボりっぷりだが、しかも問題は、知事日程表にしばしば登場する「庁外」なる文言だ。これは、知事の動向を職員たちが把握していない日を指す。つまり“動静不明”なわけだが、これが資料に記された1年間7カ月の期間で、なんと110日も数えられたという。
 つまり、今、舛添批判のひとつとなっている「都知事が緊急時に連絡がつかない」という問題についても、石原氏はその“先駆者”と言えるのだ。いや、一応湯河原の別荘にいることが分かっている舛添都知事と比較してみると、職員らが行く先を把握していなかったという石原氏のケースは「危機管理」の観点から見ても、よっぽどトンデモだろう。
 では、なぜ、目を爛々とか輝かせて舛添都知事を追及しているマスコミがあの時、石原都知事の問題を徹底追及しなかったのか。それは、石原批判が多くのメディアにとって“タブー”だからだ。
 ご存知のとおり、石原氏は芥川賞選考委員まで務めた大作家であり、国会議員引退後、都知事になるまでは、保守論客として活躍していたため、マスコミ各社との関係が非常に深い。読売、産経、日本テレビ、フジテレビは幹部が石原べったり、「週刊文春」「週刊新潮」「週刊ポスト」「週刊現代」も作家タブーで批判はご法度。テレビ朝日も石原プロモーションとの関係が深いため手が出せない。
 批判できるのは、せいぜい、朝日新聞、毎日新聞、共同通信、TBSくらいなのだが、こうしたメディアも橋下徹前大阪市長をめぐって起きた構図と同じで、少しでも批判しようものなら、会見で吊るし上げられ、取材から排除されるため、どんどん沈黙するようになっていった。
 その結果、石原都知事はどんな贅沢三昧、公私混同をしても、ほとんど追及を受けることなく、むしろそれが前例となって、豪華な外遊が舛添都知事に引き継がれてしまったのである。
 にもかかわらず、舛添都知事だけが、マスコミから徹底批判されているのは、今の都知事にタブーになる要素がまったくないからだ。それどころか、安倍政権の顔色を伺っているマスコミからしてみれば、舛添都知事は叩きやすい相手なのだという。
・・・・
 舛添都知事の不正を暴くのは意味のあることだが、「マスコミもやる時はやるじゃないか」などと騙されてはいけない。強大な権力やコワモテ政治家には萎縮して何も言えず、お墨付きをもらった“ザコ”は血祭りにする。情けないことに、これが日本のメディアの現状なのである。(宮島みつや)」
ここより)

石原都知事は、1999年~2012年まで4選。つまり週3日出勤など、何をしても、都民は支持したという事。(なお、都知事の勤務時間は“決まっていない”そうだ。~2016/05/26TV朝日「羽鳥モーニングショー」による)
会社でもそうだが、誰も上の地位になるほど、自分の時間が無くなるもの。それが都のトップという最上位の立場でも、自分の時間を確保したというのは、まあ大物というか、公私混同の極みというか、言語を絶する。
上の記事のように、喝破することが出来るのは、Netの記事ならでは・・・
それに、今回指摘されているような“些細な!?”ことは、誰でもやっている事のような気がする。
誰も、たたけばホコリが出る。今度は、文春を向こうに回して、新潮あたりが、もっと大物の政治家をつかまえて、徹底的に調べれば、必ずドジは見つかる。
それが首相だったら、もと面白い。
おっと、日本のマスコミは“強大な権力やコワモテ政治家には萎縮して何も言え”なかったんだっけ・・・
新聞もテレビも総動員でお祭りをしている。それに国民が乗っかって・・・
これも、マスコミによる国民の扇動、と捉えると、何か背筋が寒い。クワバラクワバラ・・・

160524mama <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月23日 (月)

2016年の「サラリーマン川柳」ベスト10

第一生命保険が「第一生命サラリーマン川柳コンクール」の第29回の投票結果を発表した。
そのベスト10は下記だという。

<2016年「私が選ぶサラ川ベスト10」>
1位「退職金 もらった瞬間 妻ドローン」元自衛官(6305)
2位「じいちゃんが 建てても孫は ばあちゃんち」川享(4114)
3位「キミだけは オレのものだよ マイナンバー」マイナ(3881)
4位「娘来て 『誰もいないの?』 オレいるよ」チャッピー(3675)
5位「福沢を 崩した途端 去る野口」サイの京子(3477)
6位「カーナビよ 見放さないで 周辺で」トラ吉ジイジ(2551)
7位「決めるのは いつも現場に いない人」七色とうがらし(2427)
8位「妻が見る 『きょうの料理』 明日もでず」グルメ老(2358)
9位「ラインより 心に響く 置手紙」豆電球(2189)
10位「愛犬も 家族の番付 知っている」ワンワンマン(2060)

(第一生命のここより)

例によって、自分が選んだベスト10(ここ)との答合わせをしてみる。
2月に自分が選んだ10作品で、“大衆”が選んだものと一致したのは、2位、3位、4位、7位の4作品だった。そしてベスト10以下では、20位、27位、52位、60位、76位、79位に位置付けられていた。
これは自分のセンス(選んだ作品)の、世の中の評価との乖離を示すが、あまり合っていない。

それにしても、5位の意味が分からぬ。「福沢を 崩した途端 去る野口」??
あっ、そうか・・・。1万円札を崩したら、とたんに千円札が消えて行くということか・・・
あ~なるほど。それが分かっていたら、自分もベスト10に選んだのに・・・・。悟るのが遅かった!

しかし、1位の作品が断トツの得票数だが、自分には分からぬ。自分の場合、「退職金 貰った瞬間 ローン返済へ」なので、あまり関係無かったが・・・・

それにしても、毎年うらやむ、このセンスの持ち主たち・・・。
自分は作るのは到底無理なので、また来年も楽しませて下さい。

(関連記事)
2016年の「サラリーマン川柳」入選作 

160523kodomo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月22日 (日)

柴田元幸訳「現代語訳でよむ日本の憲法」を読む

先日、「英文で読む日本国憲法」(ここ)という記事を書いたが、注文していたその本、『現代語訳でよむ日本の憲法』=柴田元幸・翻訳がやっと届いた。
付録に、現代語訳した憲法の朗読のCDが付いており、それを聞きながら本をめくっていくと、55分で全文が読めてしまう。
それにしても、今更ながら、日本国憲法は短いと感じた。

当然だが、訳は、正文とはニュアンスが異なる。
例えば、この本では、衆議院が代表者会、参議院が評議員会と訳されている。非常に素直に、予断なく英文の憲法を読むと、こうなってくるらしい。
その中から、前文、第9条、そして最近話題になる第99条を聞いてみよう。

<「現代語訳でよむ日本の憲法」柴田元幸・訳より>

これを、正文を眺めながら聞くと、なかなか面白い。
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

「第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

「第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」

前に「ジェームス三木の「憲法はまだか」を読んだ」(ここ)という記事を書いた。
もう9年も前である。その時にも感じたが、GHQ草案は短期間に作成された。
この本のP126にある表によると、1945年2月3日にマッカーサーが三原則(天皇を元首とする、戦争を放棄する、封建制度を廃止する)を示し、民政局にGHQ草案の作成を指示し、翌4日に作業班が設置され、2月13日に日本側にGHQ草案が提示されたというから、まさに10日間で草案が出来たことになる。しかし、全文の短さを考えると、そんな乱暴な作業だったとも思えない。もちろん手本の欧米の憲法もあったわけで・・・

改めて、全文を聞いてみて、第102条が気になった。
「第百二条  この憲法による第一期の参議院議員のうち、その半数の者の任期は、これを三年とする。その議員は、法律の定めるところにより、これを定める。」

つまり、「第四十六条  参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。」となっているが、最初の任期3年の人をどう決めたのだろうと・・・

Wikiによると「第1回参議院議員通常選挙」の項にこうある。
「この選挙は、日本国憲法の制定によって新しく設置された参議院における最初の選挙である。参議院議員の改選規定は日本国憲法第46条に定められているが、この選挙では第1期の参議院議員を選出したため、日本国憲法第102条の定めにより全議席の選出が行われ、当選者を当選順位に基づいて上位当選者と下位当選者の125人ずつ2つのグループに分けた。上位当選者の任期は規定どおりの6年として第3回参議院議員通常選挙における改選議席、下位当選者の任期は3年として第2回参議院議員通常選挙における改選議席とした。
なお、岐阜県選挙区では、定数2に立候補者が2名しかなく、無投票当選となった。そのため、どちらを上位当選者とするかはくじ引きで決定した。」

ま、そうだろうな・・・

もちろん日本国憲法の正文は日本語だが、世界の人たちは、日本語が分からないため、この公式な英語版を読んでいる。つまり、世界の人たちは、日本の憲法をこう理解している(読んでいる)のだ、という意味で、この訳は面白いと思った。
(英語の分かる人は英語原文(ここ)を味わえば良いが・・・)

(関連記事)
英文で読む日本国憲法 

160522ipaid <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月20日 (金)

改めてNHKラジオ「アフリカは今」から聞く衝撃

1ヶ月ほど前に、「NHKラジオ「アフリカは今」が衝撃的」(ここ)という記事を書いた。
NHKラジオ第2「カルチャーラジオ 歴史再発見 アフリカは今~カオス(混沌)と希望と 松本仁一」という番組が始まり、その内容に衝撃を受けたという話。その続編である。
(そもそも当サイトで、同じ話を2回取り上げるのは珍しいが、それだけ重たい話だという事・・・)
このシリーズは、4~6月の放送で、現在第7回まで放送されたが、前に増して衝撃的な話である。

★第1回から第7回までの放送を(ここ)、第8回から第13回を(ここ)に置くので、出来れば聞いて欲しい。(2016/11/23改)

この番組のテキスト「歴史再発見 アフリカは今」から、一部を抜き書きしてみると・・・
第6回 他部族国家の問題~ジンバブエ p80より
・・・・
ついに部族内から反乱
 通貨が崩壊した09年、国連食糧計画(WFP)は、ジンバブエ1300万人の国民のうち510万人が飢餓状態にあると発表した。その年、ムガベ大統領は85歳の誕生日を祝うため、120万ドルをかけて大々的なパーティーを開いた。さらに同年、大統領はグレース夫人のため香港で580万ドルの大豪邸を購入した。
 こうしたことが相次ぎ、同じショナ族の中からさえ批判が強まる。中心になったのは、労組系の野党「民主変革運動」(MDC)だ。MDCは部族にとらわれない全国組織で、部族構成でいえばむしろショナ族出身者の方が多い。
 07年3月、MDC議長のモーガン・ツァンギライ(55)は容疑も示されずに逮捕され、取調べ室で暴行を受けた。頭を鉄棒で殴られ、入院は2か月に及んだ。今でも右目が不自由だ。ツァンギライは、翌08年3月の大統領選挙に立候補した。命をかけた立候補だった。
 ツァンギライもショナ族。「部族選挙」が崩れた。日本政府が派遣した選挙監視団までが「とても公平とはいいがたい」と評した選挙だった。それでもツァンギライが第1回投票で首位となった。しかし必要な過半数に足りず、決選投票となる。同時にツァンギライ攻撃が開始される。選挙期間中に交通事故に2度あった。いずれも対向車がぶつかってくる事故だった。ツァンギライは「生命が危険」を理由に撤退を表明。結局ムガベが「圧勝」で5選を決めた。ムガベは2013年に再選され、現在6期目だ。
 植民地化される前、アフリカの人々が最も強い帰属意識を持っていたのは部族だった。植民地支配が引いた国境線は、英・仏・ベルギーなど宗主国の力関係で引かれたもので、部族意識など無視された。国境線のままの独立は、アフリカに多くの「多部族国家」を作りだす。それは国民の帰属意識を形成するうえで大きな障害となった。アフリカのほとんどの国で、指導者は、自分の部族に国家の富を分配し、地位の安定を図る。その結果、国作りが放置された。・・・・」(NHKのテキストより)

第7回 石油資源の搾取の構図~ナイジェリア p89より
・・・・
「まとめて独立」-アフリカ共通の悲劇
 西アフリカのギニア湾に面するナイジェリアは1914年にイギリス領となった。アフリカの中では比較的遅い植民地化だ。もともとナイジェリアという一つの地域ではなかった。ハウサ族を中心とする北部地域、ヨルバ族を中心とする西部地域、イボ族を中心とする南東部地域。大きく分けてその3つの異なる地域があり、それぞれに文化が違った。唯一の共通点はニジェール川とその支流が流れていることだ。それで英国は「ナイジェリア」と名をつけ、ひとくくりにして支配した。
 アジアの植民地化とは、そこがもっとも違う点だ。アジアでは「インド」という一応まとまった地域があり、それを英国が植民地にした。「中国」「フィリピン」など、ほとんどがそうだった。独立後はそれぞれが「インド」「中国」「フィリピン」になった。しかしアフリカは違う。「ナイジェリアという国」がもともとあったのではない。英国がばらばらな植民地を支配に都合がいいように仮にまとめただけの、一体感のない地域だった。
 例えば、首都アブジャを中心とした北部ハウサ系の人々はイスラム教でハウサ語を話し、人口の29%を占める。西部のラゴスを中心としたヨルバ系の人々は、ヨルバ語を話し、キリスト教や伝統宗教で、人口の21%。南東部ポートハーコートを中心としたイボ系の人々はイボ語を話し、キリスト教や伝統宗教で、人口の18%だ。それぞれが他のグループに対し「彼らも同じナイジェリア人」といった親近感や同朋意識は持っていない。
 1960年、そのばらばらな地域を、英国は1つの国として独立させてしまった。ばらばらにすると、地域によっては利権をフランスなどのライバル先進国に奪われる恐れがあると思ったのだ。中央政府は、人口が多い北部のハウサ族が支配するようになる。選挙をすれば必ずハウサの候補が勝つためだ。ハウサだけが政権を握る状態が続くと、政府はたちまち腐敗した。ジンバブエと同じ経過である。
 少数派イボ族の不満が高まり、67年5月、「ビアフラ共和国」としてナイジェリアからの独立を宣言する。これに対して中央政府は軍事力で対応した。「ビアフラ戦争」が始まった。英国の支援を受けた政府軍がビアフラを包囲し、食料など生活物資の輸送路を遮断したため、ビアフラは飢餓状態に陥る。武器弾薬も底をつき、70年、ついに降伏。ビアフラは東部州として中央政府の支配下に入ることになる。この戦争でビアフラ側の民間人150万から300万人が死亡したといわれる。・・・」(NHKのテキストより)

この番組の第2回は「かつて立派な王国があった」というタイトル。
つまり、アフリカはそれなりの歴史に基づく秩序があったが、それをヨーロッパのいわゆる列強が、自分たちの都合で、侵略し、支配し、そして放り出したため、今のアフリカの悲劇が生まれたという。
アフリカの人びとにとってみると、いつ終わるか分からない貧困が続いている。そして、一部の特権階級に富は偏る。
価値観は自分(の部族)さえ良ければ良い!?

先の東京五輪招致の賄賂疑惑も、贈賄相手のアフリカの実力者の顔を見ると、上のような日常から“ごく普通のこと”、と納得が行く。

なぜこのような政府の腐敗が止まらないのか。なぜ南アのマンデラのような指導者が現れて収拾出来ないのか? 結局、教育の貧困から人が育たないのが原因かも知れない。

日本にいると、遠いアフリカの国情には疎く、北朝鮮の独裁ばかりが目につく。しかし、世界を見渡すと、北朝鮮のような独裁国家はアフリカにはたくさんあるということらしい。

NHKのテキストは、放送内容がそのまま書かれている。放送を聞かないとしても、このテキストを読むだけでも価値がある。
放送は13回中第7回と、半分を過ぎた。この先の放送で、アフリカの現状を脱する明るい“解”の話が聞けるのか心配だが、じっと耳を澄ませて聞く事にしよう。
世界は広い・・・

(関連記事)
NHKラジオ「アフリカは今」が衝撃的 

●メモ:カウント~890万

160520aiaigasa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月18日 (水)

英文で読む日本国憲法

先日の朝日新聞で、日本国憲法の英語版を訳した本があると知った。
「(憲法を考える)英文で読む日本国憲法 アメリカ文学研究者、翻訳家・柴田元幸さん
 日本国憲法には日本語の「正文」のほかに英文版がある。70年前の憲法公布の際に、日本政府が発表した。GHQ草案とは異なる。海外では日本の憲法というとこれが読まれてきた。昨年、翻訳家の柴田元幸さんが新たに「現代語訳」し、出版した。英文を素直に読んで見えてきたという憲法のメッセージとは。

160518kenpou  ――柴田さんは現代アメリカ文学の翻訳の第一人者であり、村上春樹さんとの親交の深さでも知られています。なぜ今、日本国憲法の、それも英文版からの現代語訳をしようと思ったのですか。
 「もし英文版の文章がものすごく官僚的で、国民の権利なんか考えていないようだったら、やらなかったでしょうね。でも一昨年、英語雑誌の仕事で読んでみたら、そうではなかった。簡単に言えば、ちょっといい感じ、だった。新訳の形で出すことで、憲法の主体は僕らにある、自分たちで国を動かすんだという精神が見えるだろうと。だからやる気になったというのはあります」
 「日本語の憲法の正文って『黒い』ですよね。画数が多い感じがする。新訳することで、あの黒々しい感じがもうちょっと抜けるかなとは思いましたね。英文版の方がわかりやすい。英語よりも日本語の方が、時代とともに変化している度合いが強いので」
 ――訳す際に心がけたことは。
 「文学作品の翻訳でも、読者にこう見てほしい、こう読んでほしい、ということは考えません。英文を素直に読めばこう読めますというものを提示しようと。ただ、僕は憲法の専門家ではないので、憲法学者の木村草太さんに相談しながら現代語訳を進めました」
     *
 ――柴田訳を読んで、まず、前文の出だしで驚きました。正文の冒頭は「日本国民は、」ですが、柴田さんの訳は「私たち日本の人びとは、」で始まります。どうしてこう訳したのですか。
 「『私たち』としたのは単純に、英文にそう書いてあるからです。“We,the Japanese people,”とある。素直に訳せばWeは落とせないですね。だから訳す。問題はpeopleで、『国民』という訳はすぐには出てこない。しかも『国民』というと、その上に何か別の権力があるという響きがしてしまうような気がする。『人びと』のほうがそれは薄いかなと。でも『国民』が全然駄目というわけではありません」
 ――英文版はどういう英語ですか。翻訳家として英文を読み、どういう印象を受けましたか。
 「前文とか9条とか、明らかに普通の法律文書ではこういう言葉は使わないだろうなという、気合が入っている英語です。それは強く思いました」
 ――気合が入っている?
 「言葉の選び方が一つ。9条の正文で、国際平和を『誠実に希求し』とありますが、英文版は“Aspiring sincerely”です。『心から何々を願って』という表現で、法律的な言葉ではないですね」
 「戦争を『永久に放棄する』の英語は“forever renounce war”です。私も『永久に戦争を放棄する』と訳しましたが、foreverは、心情的に、絶対に、という気持ちを感じさせる言葉です」
 ――そうなんですか。
 「憲法とは、私たちはこういう人びとです、日本とはこういう国です、と海外に向けて見せる、アピールするものでもあると思います。ひどい戦争があった、二度と起こしてはならないという文脈のもとで書かれていることは間違いない。正文でも前文で『政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうに』とある、この『再び』は、英文ではnever againと書かれています」
 「この憲法全体に、『人びと』が隠れた主語として存在している。二度と戦争を起こさないと決意したのは、日本政府のエリートではなく、我々日本の人びとなんだという構図が、英文からもはっきりしています」
 「12条で、憲法が保障する自由と権利を『人びとの不断の努力によって守るんだ』ということを述べていますが、英文版は“shall be maintained by the constant endeavor of the people”です。人びとはこうしなければという精神を述べています。具体的に何かを定めるというよりは、人びとの気持ちを導くような言葉です」
 ――本の中で、前文と9条と97条は、英文の質がほかと明らかに違うと書いていますね。
 「初めから英文版を読んできて、97条に来たら、突然ボルテージがバンとあがる感じがしました。“fruits of the age-old struggle of man to be free”とあります。僕はここを『長年にわたり人間が自由を求めて努力してきた果実である』と訳しました。こういう言葉が出てくると、一気に目が覚めるというか、『起きろ』と言われた感じがした。続けて“for all time inviolate”、これは正文では『永久』とありますが、僕は『未来永劫(えいごう)』としました。ここの英語は、気合が入っているというか、肩に力が入っている感じ。熱いです。ほかの条文とは違います」
 ――内閣の行政権を定めた65条で、正文は「行政権は、内閣に属する」ですが、柴田訳は「内閣には、法律に従い国政を執行する権限を与える」。「属する」と「与える」ではずいぶん違いますが。
 「新訳とは、じゃんけんの後出しなので、違いを際だたせなければという意識があったのかもしれません。英文は“shall be vested in the Cabinet”です。最初から『属している』とは書いていないだろうと考えました」
 ――内閣に「権限を与える」存在が別にいる、つまり主権者が与えるのだということですか。
 「そこまで計算して訳してはいませんが、そういう意図はありますね。僕はアメリカ文学ばかりやってきたので、政府に権限を与えるのは国民だというのが当然だと思っていて、あまり考えずにこういう訳が出てくるのでしょう」
 「人びとの上に誰かがいて、『あなたたちにこういう権利をやるからね』ではない。国会議員にせよ内閣にせよ、我々の代表者である、そういう意識が英文から感じられます」
     *
 ――翻訳していてあらためて気付いたことは。
 「99条の憲法順守義務が守られていないなとか、いろいろありますが……。アメリカの独立宣言がいい意味で生かされている、ことですね。だからこの憲法は押しつけだ、ととられたら僕の本意ではないけれど」
 「13条が幸福を追求する権利を定めています。生命、自由、幸福を追求する権利です。これはアメリカ独立宣言の中でも一番特徴的とされているところです。アメリカらしさが際立っているところがこの憲法に入っていることが、英文を見るとわかる。アメリカの理想が入り込んでいるのであれば、個人的にはいやではないです」
 ――日本語は読めないが、英語なら読めるという人が日本国憲法を知るのは、この英文版からです。どう読まれると思いますか。
 「もし僕が日本国憲法について何も知らないでこの英文を読み、一言で形容しろといわれたら、選ぶ言葉は『アイデアリスティック』(理想的)です。この言葉は二面性があって、『そんなの理想主義だ』と否定的に使われることもあるし、『理想的だ』と積極的、肯定的に使われることもある。個人的には後者を強調して言いたくなります。この憲法を読んでそう思う人は、海外でも多いでしょう」
 ――それにしても、ポール・オースターやリチャード・パワーズなど米文学の翻訳に取り組んできた柴田さんが憲法を新訳したのは意外でした。これまでは政治や社会の問題について発言すること自体、少なかったのでは。状況が変わったということですか。
 「たしかにそうですね。かつて多様性が大事だとあれだけ言われていたのに、今は言われなくなったのに愕然(がくぜん)としていて。もっとまともな世の中だったら、やらなかったかもしれないですね」(聞き手 編集委員・刀祢館正明)
     ◇
 しばたもとゆき 1954年生まれ。東大特任教授。昨年、日英対訳の「現代語訳でよむ 日本の憲法」(アルク)を出した。
◆憲法の英文版は官邸のサイト(ここ)で読める。」(
2016/05/12付「朝日新聞」p17よ

これは面白いな・・・と、Netでググってみたら、前に毎日新聞の書評に挙がっていたそうだ。
今週の本棚 池内紀・評 『現代語訳でよむ日本の憲法』=柴田元幸・翻訳、木村草太・法律用語監修(アルク・1620円)

戦後70年」の意味深い成果
 ほとんど知られていないことだが、日本国憲法は二つある。一つは日本語、もう一つは英語でつづられていて、ともに1946年11月3日に公布された。
 「英語でつづられ」とくれば、すぐさまGHQ(連合国軍総司令部)作成の憲法草案をいわれそうだが、ちがうのだ。GHQ草案をたたき台にして日本国憲法が完成した。当時、日本はGHQ占領下にあり、官報は日本語と英語で出されていた。おのずと新憲法は英訳されて英文官報に載せられた。HIROHITO(天皇)につづいて吉田茂ほか、田中耕太郎、石橋湛山(たんざん)、金森(かなもり)徳次郎など、戦後の代表的な知性が英語のつづりで連署している。
 訳者が「はじめに」で述べている。
 「この本は、それを現代日本語に訳したものです」
 おおかたの人はアッケにとられるかもしれない。日本国憲法は現代日本語で書かれている。英訳されたものを日本語に訳すと、元の日本国憲法にもどるのではないのか?
 日本国憲法と「現代語訳日本の憲法」とは同じものだが、しかし違っている。たしかに日本国憲法に書かれているが、すぐには見えないものが現代語訳を通して見えてくる。ひそかに隠されたかもしれないものが明るみに出てくる。現憲法の語りの特性、これをつづった人たちの語感、感情の高ぶりまでもが見えてくる。
 なぜそのようなフシギが生じたのか。柴田元幸という得がたい翻訳者の力である。彼は原文のもつ「観念」を、過不足なくつたえる役をつとめた。より多からず、より少なからずつたえる。それはとてもとても難しいことなのだ。個性的に、独創的に訳すことがどんなにラクであるか。現代アメリカ文学で数々の修羅場をくぐってきた人だからこそできたことだろう。
 法律にはうとい訳者のために、憲法学者の木村草太が監修をつとめた。両者の対談「英語からみた『日本の憲法』」が収録されていて、そのなかで柴田元幸は述べている。憲法だから全体的には「法律の文章」だが、「前文」と(戦争の放棄を明記した)「第9条」と(基本的人権にかかわる)「第97条」は、「英文の質」「気合いの入り方」があきらかに違っている。主語がきちんと明示され、誤解の余地のない言葉が使われている。ためしに現代語訳第9条前半。
 「正義と秩序にもとづく国際平和を心から希(ねが)って、日本の人びとは永久に戦争を放棄する。国として戦争を行なう権利を放棄し、国同士の争いに決着をつける手段として武力で威嚇すること、また武力を行使することを放棄するのである」
 つねづね日本国憲法は悪文として槍玉(やりだま)にあげられてきた。とりわけ改憲派は声高く、憲法正文の和文脈と欧文脈がゴッタになった文体を、それこそGHQに「押しつけられた」ことの証拠であるように言い立てる。
 風変わりな仕事を引き受けたばかりに、訳者は一つの「法律の文章」が成長していく過程をつぶさに知った。人類の希望を一段と輝かせる条項を盛りこもうとしたのである。日本語がねじれ、ぎこちないのは当然だ。
 「日本国憲法英文版は、全体としては非常に明快だし、日本語の正文も十分口語的で明快です。そもそもこの英文版から、正文とはかけ離れた、ものすごく分かりやすくくだいた日本語が出てくるべきではないと思うんです」
 言葉を尊重する人のこの上なく誠実な見方である。「戦後70年」のカラ騒ぎのなかにはじめて、まさに今、とりわけ意味深い成果がもたらされた。」(
2015年9月6日付「毎日新聞」ここより)

買おうと思ったが、時すでに遅し。どの通販サイトも品切れ。一応頼んだものの、いつ送られてくるか分からない。
でも、何か楽しい。憲法に書いてあることの“解釈”が学問になっているが、英訳は、所詮ホンモノとは違う。普通は意訳だ。
それに何と書いてあるのか?・・・
自分が英語が堪能なら、もちろん英語版を“味わう”。しかし英語オンチの自分は、このような訳した本を読むしかない。
その本を読んでから、またコメントすることにしたい。

(関連記事)
柴田元幸訳「現代語訳でよむ日本の憲法」を読む 

160518neoki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月15日 (日)

「電通タブー」~東京五輪の賄賂疑惑、日本のメディアでは「電通」の名が消える

海外の報道で、東京五輪の賄賂疑惑で、電通が絡んでいるにも拘わらず、日本のマスコミはそれを報道していないという。
東京五輪招致で1億6千万円の“裏金”に「電通も関与」とイギリス紙報道! だが国内メディアは一言も電通に触れず
 衝撃的ニュースが飛び込んできた。2020年東京五輪を巡る、招致委員側による“巨額「裏金」疑惑”を英紙「ガーディアン」が報じたのだ。記事によれば、招致委員会は、国際陸上競技連盟(IAAF)のラミネ・ディアク元会長の息子、パパマッサタ・ディアク氏が関係するシンガポールの会社の口座に、総額130万ユーロ(約1億6千万円)を支払っていた疑い。すでにフランスの検察当局が捜査に乗り出しているという。
 ディアク親子は五輪開催地の選考に関与していたと見られている。ラミネ氏は、13年まで国際オリンピック委員会(IOC)の委員を兼任しており、また、息子のパパマッサタ氏も国際陸連でマーケティングコンサルタントを務めていた。つまり、五輪開催地の投票に強い影響力を持つ人物なのだ。また、世界アンチ・ドーピング機関(WADA)の第三者委員会が1月に公表した報告書によれば、日本側が国際陸連に協賛金を支払った証言があるという。
 ここまで証拠が揃っており、フランスの検察当局も動き出していることを考えると、日本側の五輪招致に際した“裏金疑惑”は濃厚。ところが、これを受けた国内メディアの報道は、不可解なほど腰砕けだ。テレビでは今朝から、この招致裏金疑惑について一切報じていない。新聞もまた、ガーディアンの記事をアリバイ的に紹介しただけで、疑惑の詳細についてはほとんど踏み込んでいない。しかも、報道を否定する五輪組織委や政府のコメントを垂れ流すなど、早くも“火消しモード”になりつつある。
 そして、今回のガーディアンのスクープには、国内メディアが全く触れようとしない、もうひとつの疑惑がある。それが、この裏金疑惑に、大手広告代理店・電通が関与していたのではないかという疑惑だ。
 電通といえば、招致活動から東京五輪に食い込み、招致決定後は東京五輪のマーケティング専任代理店として、あらゆるマーケティングや広告利権を一手に掌握すべく動いていたことは周知のとおりだ。
 ガーディアンの記事によれば、パパマッサタ・ディアク氏は、今回の疑惑だけでなく17年の世界陸上と20年のオリンピック入札の際、カタールに500万ドルを要求するなどいわく付きの人物だった。問題は、パパマッサタ氏が国際陸連と電通とのスポンサー契約の権利を持っていたということだ。さらに今回の招致委員会の裏金疑惑についても、ガーディアンは電通がなんらかの形で関与していた疑いを指摘している。記事では、電通と国際陸連とのスポンサー契約は、ラミネ・ディアク氏が会長任期の最後の1カ月で、一方的に29年まで延長させたものだったという事実が明かされている。さらに、招致委員会が裏金を振り込んだとみられる口座を開設した人物は、電通の子会社のコンサルタントであったという。
 東京五輪招致の裏金をめぐる、疑惑の人物と電通との衝撃的な関係。
 だが、電通に重大疑惑が浮上しているにもかかわらず、国内メディアはこれに一切触れていない。
 その理由はもちろん電通がマスコミ最大のタブーだからだ。広告収入に大きく依存するテレビ局はもちろん、あらゆる新聞、テレビ、雑誌などのメディアにとって、アンタッチャブルな存在であることは、今さら言うまでもないだろう。
 前述のとおり、そもそも電通は招致活動から東京五輪に食い込み、東京五輪のマーケティング専任代理店として、あらゆるマーケティングや広告利権をすべて掌握している。たとえば、昨年浮上した佐野研二郎氏デザインの五輪エンブレム「盗用」問題では、電通から審査委員として出向した2名が、佐野氏の原案についてほかの審査委員の同意を得ずに、2度の修正を主導していたことも判明している。だが、このときも、マスコミは電通の責任追及に及び腰だった。
 そして今回の、東京五輪招致の裏金と電通の関与疑惑も、大マスコミはそろいもそろって口をつぐんでいるわけだ。電通タブーを抱えた国内メディアが、今後この疑惑を追及することはできるのだろうか、メディアの動きも注視していきたい。(宮島みつや)」(
2016/05/12付ここより)

もう少し具体的にかいてある記事がこれだ。
東京オリンピック賄賂疑惑、日本のメディア報道では「電通」の名が消える
仏検察が2020年東京五輪招致をめぐる賄賂疑惑について捜査を始めたことが各メディアで報道されている。報道の発端となった英誌The Guardianでは、今回の件についてはっきりと大手広告代理店「電通」の関与を示唆しているにもかかわらず、日本のメディアによる報道では「電通」の名前が姿を消している。
参考:(
ここ
電通は新聞、テレビ局、雑誌といった日本のほとんどのメディアに大きな影響力を持っているため、日本の報道機関では電通批判がタブーとなっている。今回の報道でもその電通の影響力が浮き彫りになった。
まずThe Guardianでは記事にて2つの相関図を掲載している。1つ目の図には電通が入っていないもの。日本の多くのメディアではこちらの図が使われている。
2つ目の図表ではっきりと電通の関与が示唆されている。もちろん日本のメディアが報じるべきはこちらの図だろう。
だが、5月13日のテレビ朝日グッドモーニングでの報道は誰もが違和感を覚えるものだった。

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これにネット上は大騒ぎ。
図表を加工こそしていないが、あえて電通が入っていない図表を使って電通の関与を報道していない。
160515dentu4 5月11日にTwitterに投稿されたツイートの貴重なまとめ。新聞の報道もテレビと変わらない状況。
電通の機嫌を損ねると食っていけない日本のマスコミ。
佐野研二郎氏がデザインした五輪エンブレムのコネ騒動でも電通は絡んでいた。近いうち、この事実を記事にしたnetgeekに圧力がかかるかもしれない。残念ながら、日本の「報道の自由、世界ランキング」は先進国とは思えないほど低い。・・・
The Guardianでは電通が今回の賄賂の橋渡しをした疑いが強いと報道しているのに対し、日本のメディアでは徹底して「電通」の名前を出すことすらしていない。恐るべし電通…。広告収入に頼る日本の報道機関にとって最大のタブーは電通である。」(
ここより)

なるほど・・・。
ここ)にも面白い記事があった。

昨年6月、自民党議員の勉強会で「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」などとの発言があったが(ここ)、まさにマスコミの各社にとっては、広告収入こそが、命綱。
その点では、マスコミに対して、政府以上の圧力団体が電通なのかも知れない。よって、電通が不利になる事件は、日本では報道されない。唯一声を挙げるのは、これらNetの記事。
「電通タブー」という言葉を初めて知った今回の事件である。

160515shinniri <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月13日 (金)

初めてハローワークに行った話

初めてハローワークに行ってしまった。良く聞くハローワーク。自分にとっては初体験・・・
先日、前の会社から封筒が届いた。曰く。「本日離職票が届きましたので送付いたします。一時金が出ますので、職安にお持ち下さい」。
ん?70歳近くでも失業保険が出る???

ハローサークに電話してみると、「緑の書類が一緒に入っていたでしょう。1ページの下に書いてある物を持って、来て下さい」とのこと。
それで、数日後に行ってみた。確か、この辺りだが・・・。あったあった。
昼前に行ったが、それほど人は居ない。受付で聞くと「この書類を書いて・・」という。もう仕事をする気もないので、素直に書いて言われた窓口に持って行くと、係の人が対応してくれた。
「仕事を探す気は無いのですか?」「もう雇ってくれるところも無いだろうから・・・」「それでは一時金は出ませんよ。就職活動をしているが、就職出来ない人に出る給付金なので」「じゃあ仕事を探しています」「ではこちらに丸を付けて、訂正印を押して下さい」

そっか、ここはハローワーク。仕事を探すところ。それなのに、ヌケヌケと「もう仕事をする気はないけど、一時金が貰えるのなら欲しい」というのは、ダメみたい・・・
でも幸いにも係の人は慣れていて、「5月13日の朝9時に来れますか?」「来ます」
誰かから、この呼び出しが重要、と聞いたことがあったので、ここは素直に・・・
「となりの窓口で呼びますので待っていて下さい」。
見ると「資格決定後の職業相談コーナー」と書いてある。ほどなく呼ばれて、「どんな仕事を探していますか?職種は?時間は?・・・」
「なるほど、仕事を探してくれる!?」ちょっと心構えが出来ていなかったのでドギマギ・・・
でも相手も慣れたもの。小さい声で「いちおうハローワークカードを作っておきます。2日来れば終わりますから、指定日に来て下さい。」

それで今日行ってきたというワケ。指定の9時前には着こうと、早めに出たつもりだったが、道路が混んでいて、着いたのが9時ジャスト。言われた箱に赤いしおりを入れて待つ。
案の定、ジャストに着いても、順番はラスト。座る椅子をやっと見付ける。
待っている人は、数十人。百人はいないと思うが、待合椅子にほとんど空きが無い。
こっちは、覚悟を決めて新聞読み・・・
残りがあと数人、というところで、やっと呼ばれた。相手は最初に対応してくれた人。
言われるままに、書類に丸を付け、「あとで呼びますから待っていて下さい」
なるほど、皆、2回呼ばれていたが、ここで待っていた人は、全部自分と同じ「65歳を超えた人」だったのだ。
流れ作業的だったので、1時間もかからずに呼ばれ、「1週間ほどで、この金額が振り込まれます」と言われて終わった。なるほど、今日は、まだ就職出来てない証明日だったのだ。

あまりに自分は不勉強だったが、そもそもこの給付金というのは、「求職活動を支援するための給付として「求職者給付」があり、高年齢継続被保険者に対する「高年齢求職者給付金」がある」という事らしい。

かくして、めでたく「雇用保険高年齢受給資格者証」を貰った。そこには、予想から少し多い金額が書かれていた。
この書類を見ると、「離職時賃金日額」が載っており、それが基本になるらしい。自分の場合は、スローダウンしたので、最後の賃金は安かった。それでこんなもの。

ともあれ、まったく予想外の小遣いが手に入った。確かに46年間に払った失業保険の金額は合計どの位になるかは見当も付かない。それなのに、いちどもお世話になったことがなかったので、最後の退職お祝い金としても“お涙金”は、“お祝い金”なのかも知れない。

ハローワークからの帰り道、シャープが、東芝が、そして三菱自動車が危ない中、自分の場合、よくもハローワークの場所さえ分からなくて済んだもの、と自分の生きた“時代”に感謝。団塊の世代は「やり逃げ」世代と言われるが、その通りかも、と思いながら駅まで歩いた。

160513zou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月11日 (水)

休市日の築地市場と、鹿児島アンテナショップの豚しゃぶランチ

今日は、築地市場と各県のアンテナショップ巡りで、1万2千歩も歩いてしまった!
カミさんがある旅行会社のミニツアーに参加しようかと言い出したのは、正月明け。「OK!」と返事をしたまま、4ヶ月後の今日が来てしまった。

10時に築地市場駅に集合。参加者は、我々を含んで、おばあさん5名と、おじいさん2名、それにガイドさん一人。皆、60~70台。まあ、4時間のミニ歩きツアーだが、平日のこんなツアーに参加するのは、時間がある人だけ。
さて築地市場に向かって出発!・・・と、参加の男性が「今日は築地は休みでしょう?今そばを通ってきたが休みだった」。ガイドさん「エエッ!?」
でも気を取り戻して、行ってみるとやはり休み。どの店も閉まっている。開いているのは寿司屋だけ。
「ここが吉野屋の1号店。でも今日は閉まっているが・・・」。
そして場外に出て、波除(なみよけ)稲荷神社。曇っていた天気も、少し日が差して・・・

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場外市場へ歩いて行った時、ガイドさんが店の前まで行って紹介してくれたのが「刺身BAR P10202151 河岸頭(かしがしら)」。3000円の「名物 築地場外丼」がもの凄いらしい。
そして築地場外市場は、大賑わいだった。紀文がある。そして案内所の前の人だかりは、卵焼き屋。ズラリと人の列。ほとんどが中国の人。買ってはImg_00021 ほおばっている。並ぶのもイヤなので、帰りがけに土産用を買ってみた。
ふと思い出した。この店、前にテレビのドキュメンタリーで放送していた店だ。
歩きながら、薩摩揚げが一本100円というのを見付けた。これを買ってカミさんと歩きながら食べる。結構うまい。うなぎも一本買ってみた。そして珍しいクジラカツも買ってみた。
それにしても、日本人が居るのか?と心配してしまうほど、中国の人が多い。価格表示も、全て税込み。外人さんに「消費税を入れると108円」というもの格好が悪い。店員さんも、我々日本人が「コレ下さい」と言うと、ホットしているような・・・。
確かに、観光地!?築地も、外人さんで持っている感じ。

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実はこのミニツアー、各県のアンテナショップ巡りも目的。色々な県を廻ったが、銀座熊本館が圧巻。SONYビルの隣、外堀通りに面した古いビルに、熊本県の色々な出先が入居しているらしい。そrにしても、立派な風格のあるビル。日動画廊も同じビル。

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昼食は、かごしま遊楽館(ここ)の2階のレストラン「遊食豚彩いちにいさん」で「黒豚の野菜蒸しセット(1,150円)」(ここ)。
この豚汁を最初にすすった時、「これはうまい!」と感嘆!甘いみそ。自分にはピッタリ。炊き込みご飯もうまいし、ほっかほかの豚しゃぶも、デザートのパインも・・・
しかし、ここから事件!食べ終わったあと、カミさんが自分には合わなかったという。他のツアー客にとっても、「甘い」という評価だったらしい。
しかし自分にはピッタリ。そもそも九州の味は甘い!?
前に九州の「さしみ醤油」の事を書いた(ここ)。どうも自分には九州の味が合うようなのである。
確かに、お袋は長崎生まれ。その血統のせいか???
毎週でも食べたい「「黒豚の野菜蒸しセット」、自分は◎だがカミさんは△。味の話は、なかなか難しい・・・・
この豚汁のミソ。レストランの店員さんに「このミソは下のアンテナショップで売っているの?」と聞きたかったが、無理かな・・と思って、食後、1階のかごしまのアンテナショップで聞いてみた。「上のレストランで今、豚汁を食べたが、同じミソはある?」「全く同じではないが、この麦ミソが近い」と言う。それで、つい買ってしまった。
しかし、この味は、カミさんはキライ。いくらミソを買っても、家でカミさんがそれを使って味噌汁を作ってくれるかどうか・・・・

かくして、12000歩を歩いて、新橋駅で解散。
・・・と、久しぶりの新橋。前に行っていた店でコーヒーを飲もうと、駅前のコーヒーショップに行くが、皆消えている・・・!たった7年前に通った店が軒並み・・・
この7年間の激変にビックリ!?

今日のイベントを振り返るに、築地市場が休市日の日に、日程を組むとは、ツアー会社も怠慢では?この企画は15年12月に作ったらしい。多くの人が関係する築地市場の休日予定。ツアー会社が、築地市場の休市の日を確認していなかったと思われる。
まあそんなものか・・・
それと、海外旅行などに行くと、バスが休憩と称してお土産屋に長時間停まる。結局それはツアー会社とお土産屋のコラボなのだが、自分にとって、今日のミニツアーは、そのお土産屋だけを廻る企画のように思われた。それを有償で、わざわざ廻る・・・。そしてそれぞれの店で土産を買いながら・・・・
ウチのカミさんは、それを承知で楽しんでいる。この店では、ソフトクリームが美味しいらしい・・・とか言いながら。
まあ、県のアンテナショップなので、コラボも有り得ず、公正は公正だが・・・・
何?今日の収穫??
自分にとっては、ランチが自分に合ったのと、4時間歩いても、帰ってそれほどダメージは無かった。これは収穫・・・・
次は、旅行雑誌の勧める外歩きを辿ってみよう。

160511remocon <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月 9日 (月)

「原爆を許すまじ」の歌

北朝鮮では、36年ぶりの朝鮮労働党大会で核開発が叫ばれ、はたまた米国では、トランプ共和党大統領候補の「米国は世界の警察官はできない。米国が国力衰退の道を進めば、日韓の核兵器の保有はあり得る」と述べたというニュースが伝えられている。
核が、何とも安っぽくなったものだ。

NHKラジオ深夜便で「特集 昭和史を味わう「国際社会への復帰」ノンフィクション作家・保阪正康」(2016/05/02放送)を聞いていたら、懐かしい「原爆を許すまじ」の歌が聞こえてきた。

<「原爆許すまじ」日本合唱協会>

(なお日本合唱協会のタイトルは「原爆許すまじ」となっている。)
これは1番だけなので、Youtubeを検索すると全曲があった。

<「原爆を許すまじ」合唱:アンサンブル・ヴェルソー>

「原爆を許すまじ」
  作詞:浅田石二
  作曲:木下航二

ふるさとの街やかれ
身よりの骨うめし焼土に
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの街に

ふるさとの海荒れて
黒き雨喜びの日はなく
今は舟に人もなし
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの海に

ふるさとの空重く
黒き雲今日も大地おおい
今は空に陽もささず
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの空に

はらからのたえまなき
労働にきずきあぐ富と幸
今はすべてついえ去らん
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
世界の上に

この歌が出来た背景は(ここ)に詳しい。初演は1954年(昭和29年)7月28日だったという。

上の文献から、作られた過程を抜き書きしてみると、
「音楽センターが原水爆禁止の創作歌を募集したのは1954年の6月のことであった。センター発行の機関誌『音楽運動』第3号(1954年5月25日)で関鑑子が呼びかけたものである。」
「木下航二が若竹青年会の場で浅田石二に詩を書くことを依頼したのはセンターの呼びかけから間もなくのことであった。「6月下旬のころのある日曜日の夕方」に木下は浅田から三篇の詩を受け取った。そこから一つを選び、作曲したのが今日に伝わる「原爆を許すまじ」である。次節で見るように、作曲上歌いにくいところを木下が改作している。この作品を木下は7月20日の締め切りぎりぎりに音楽センターに提出したという。」
「浅田が作詩した「原爆を許すまじ」原詩は次のようなものである。

「原爆を許すまじ」
祖国の街やかれ殺された
みよりのほね埋めしやけつちに
いまは白い花咲く
みたび許すまじ
呪う原爆われらの街に

祖国の海荒れてふりそそぐ
くろい雨喜びの日々はなく
いまはふねに人もなし
ああ 許すまじ
呪う原爆われらの海に

祖国の空重く奪われて
太陽、殺リクの炎、煙
きょうまた天おおう
みたび許すまじ
呪う原爆われらの空に

はらからのながき歴史たえまなき
労働にきづきあぐとみと幸
人もみな死に絶えん
ああ許すまじ
呪う原爆世界の空に

現行版と大きく異なるのは、それぞれ1行目の最後の一節(5文字)をカットしたことと、最後の行の「呪う」を外したこと、2番・4番にある「ああ許すまじ」と1番・3番にある「みたび許すまじ」を組み合わせてリフレインとしたこと、「ああ許すまじ」のあと原爆「を」と語調が整えられていること、「祖国」を「ふるさと」に置き換えたこと、などである。三行目もすべて「今は」から始まる形に統一されている。そういう意味では、原型を保ってはいるものの「原詩に大幅に手を入れるという暴挙」と木下本人が述べているのは間違ってはいない。」
「歌が最初に公表されたのは7月28日の音楽センター定期演奏会「平和歌曲の夕べ」においてである。指揮者は林光、伴奏者は萩原希史夫、中央合唱団が歌い、歌唱指導も行われた。木下はこのときは立ち会っていないと回想している。」(
ここより)

昭和29年か・・・。
昭和40年始めの自分の学生時代、この歌は知っていたが、うたごえ運動を含め、それほど多く歌われてと言う記憶は無い。
1954~55年は、原水爆禁止運動のピークだったという。それを背景にこの歌も多く歌われたが、その後衰退したらしい。

今この歌を聞いてどうか・・・
テーマは不変。しかし、やはり古い。
当時歌っていたのは若い世代だが、今の若い世代が一緒に歌うとは到底思えない。つまり、そもそもある思想(原水爆禁止のような思い)の元で、一緒に合唱すること、そのものが無い。

こんな歌を聞きながら、「核も戦争も、戦後70年間で風化してしまっている」と認めざるを得ないこの頃の日本である。

160509yukadann <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月 7日 (土)

おむつケーキを作った

今日は、カミさんの指示で、おむつケーキを作った。
いよいよ、二人目の孫の誕生が来月に迫ってきた。ヨメさんによると、何事もなく順調に育っているという。これ以上ありがたいことはない。二人目も女の子だという。
P1020191_3 ちょうど2年半前、初孫誕生のときは、誕生の前日、陣痛が始まってからおむつケーキを作ったものだが、今回は、二人目とあって、ヨメさんも我々も、比較的落ち着いている。
今回も作ろうという話にはなっていたが、あと1ヶ月になったので、そろそろ作るか・・・と、今日着手。

久しぶりに「クラフトギャラリー・エムズ」(ここ)の再演である。つまり、指示はカミさん、労働(手作業)は自分、という分担なのである。
Youtubeで、一通り作り方を勉強してから取りかかる。先ずは、おむつを透明の袋に入れ込P10201701 む。幾つ作ったら良いかが分からない。上に乗せるわんちゃんの大きさと、福岡まで飛行機の手荷物で運ぶためのバックの大きさから、紙で枠を作った。そこに透明袋に入れたおむつをギューギューに詰める。なるほど、きちP10201711 っと詰めれば、落ちてこない。

土台が出来たら、周囲に飾りのリボン。両面テープで何とか止まる。そして上にわんちゃん。まずわんちゃんには、リボンを付けろと言うので、これは原理的に糸で取り付けるしかP10201741ない。老眼にむち打って、縫う。
そもそも自分は小学校の頃の家庭科でやった程度で、針と糸には縁が無い。しかし、カミさんに比べたら、よっぽど自分の方がうまい。原理的に考えれば、どうにでもなる。これは洋裁学校出身のお袋の遺伝子のせいかも知れない。
P10201731 ハート印の飾りに付いていた針金で、わんちゃんを止める。うん、なかなかうまく止まった。
あとは、何やら花などの飾りを取り付けて完成。

P10201771 P10201751 P10201852

息子夫婦は福岡なので、手も足も出ない。初孫も、どのくらいしゃべるようになったのか、皆目分からない。来月二人目が生まれたときは、九州に飛んで、会える。

ま、「あんただれ?」と言われると思うが、覚悟の上。でも本当にそう話したら、感激するかも・・・。その成長に!

大阪の叔母と二人目が出来た、と前に話したら、「女の子だったら良いね。女の子の姉妹は、それは仲が良い」と言っていた。
しかし、二人目の登場は、初孫にとって青天の霹靂では? それこそ「あんただれ!?」
前に誰かの家で、「はやく病院に帰ったら?」とお姉ちゃんが言った、という話を聞いた。
これからママは自分ひとりのものではない。さてさて・・・

あとひと月。このまま、何事もなく日々が満ちる事だけを祈っている毎日である。
「はやく出てきな!お姉ちゃんのときよりも、うまくオムツケーキが出来たので!!」

160507private <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月 6日 (金)

久~しぶりのゴルフ練習

今日は、久しぶりにゴルフの打ちっ放しに行ってきた。そもそもゴルフをしない自分が、なぜか? 理由は、練習場のICチャージがまだたくさん余っているから・・・
そもそも自分は、数十年前に「ゴルフの才能無し」として、とっくに卒業したのであ~る。

実は、2010年3月24日のことだった。カミさんが、ゴルフをやっている息子との心の距離を縮めたいと、ゴルフの練習場に通い始めた。息子が帰郷したおりに、一緒に息子の好きなゴルフに行って、同じ時間を共有するのだという。
それから年末に息子と一緒にプレーするまで、ゴルフスクールに通った。しかし、2010年の年末に“本番”のただ1回のプレーをしたのを最後に、カミさんはゴルフと縁を切った。理由は、もちろん才能の限界!?

いつだったか、打ちっ放しでも行くか、と練習場に行って、ICカードにチャージした金額を見て貰ったらビックリ。1万数千円も残っていた。
それからがプレッシャー。何とか使わないともったいない・・・
しかし、ちょうど1年前から自分は五十肩で腕が動かなくなった。それが治ったら行こう、と言っていたが、その再開がやっと今日だった、というわけ。

ちょうど連休が終わったので、今日は空いているだろう、と思って行ったのだが、営業開始の20分後に着いたら、満員。待ち時間が40分と書いてある。反対側の小さな練習場は空いている、と聞き、そっちに向かった。
平日は女性は打席料が無料だという。カミさんはゴルフセットを持って行ったが、もちろん自分は持っていない。それで200円でドライバーだけ借りる。

良く分からないまま、ICカードで2カゴのボタンを押したら、ゴロゴロ出てくる。後で見たら、100球だった。こんなにたくさん・・・
仕方がない。打とうか・・・
前回来た時は、結構「バギッ!」と言って、スナップ良く打てたが、今回はなかなか・・・・

それにしても体力が無くなった。10球打ったくらいでフーフー。カミさんに交代しようにも、まるでやる気無し。そもそも、クラブの握り方すら覚えていない。半年以上ゴルフスクールに通ったはずが、この「すっかりカラ」状態は理解が追い付かない。

Img_04651 100球打つのに、1時間もかからない。しかし結構ムキになって打ったので、疲れた~
唯一の収穫は、五十肩がまるで気にならなかった。決して完全に治ったワケではないが、ゴルフのクラブを振るのに支障は無いようだ。
それにしても、チャージの残額を使い切るまで、1回100球打っても、あと10回は来ないといけない。このカードを誰かにあげようか?と思っても、この練習場に来るような知人はいない。知らない人にあげるのも、どうか思う。
幸いにも、チャージした金額に期限はない。季候の良い春秋に1度ずつ行っても5年。
まあ出来れば、自分も時間がある身。せめてこの1~2年で使ってしまおうと思っている。
何せ、運動大キライ人間なので、“もったいない”をキーワードに、運動のためにも通うことにしようか・・・。

160506ganbatta <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月 4日 (水)

「日本の報道界」~長いものには巻かれろ?

最近、同じような話ばかりで、自分としてもイヤになってしまうが、でも今日本で進行している政権の報道への圧力については、メモしておきたい。
今朝の「天声人語」・・・。特に目新しい話ではないが・・・
「(天声人語)香港と日本の報道界
 ひと昔前まで、香港の新聞や雑誌は「報道の自由」の旗を高く掲げ、中国共産党や財界の不正に果敢に切り込んだ。だが近年は様子が違う。本土の影響が強まり、親中派の意向が経営陣の顔ぶれや報道内容に色濃く表れるようになった▼先月末、ある香港紙の編集幹部がいきなり解雇された。租税回避の実態をあばいたパナマ文書を詳報した当日のことだ。あの文書には党中央が神経をとがらせている▼ラジオでは、鋭い政府批判で人気の司会者が降板させられた。「香港政府が局に圧力をかけた。放送免許更新という魔の呪文に局がひざまずいた」と司会者は明かした。親中派企業は占拠デモの参加者ら民主派に近いメディアへの広告を急減させた▼驚いたことに先日発表された国際調査では、そんな香港よりも、日本の方が「報道の自由」度が低いと判定された。世界180の国と地域を調べた国際NGO「国境なき記者団」が、香港を69位、日本を72位とした▼上位には北欧や西欧の国が並び、下位には独裁国が目立つ。西欧中心の見方ではないかと思うものの、72位という順位には記者として自責の念を抑えがたい。報道の将来を思うと、焦燥感がこみ上げる▼それにしても、昨今の自民党議員らによる居丈高な物言いは、やはり常軌を逸している。担当相が放送局に電波停止をちらつかせ、議員が報道機関を懲らしめる策を勉強会で披露する。あの種のふるまいがなければ、日本がここまで評判を落とすことはなかっただろう。」
(2016/05/04付「朝日新聞」「天声人語」より)

やっぱり・・・という話・・・
「(話そかな、:5)話そう、したたかに
 3月17日、23年間続いたNHKの報道番組「クローズアップ現代」は、最終回で社会の課題に向き合う若者たちを取り上げた。昨夏、安全保障関連法案への反対デモで注目された学生団体SEALDs(シールズ)の奥田愛基(あき)さん(23)も登場した。
 その2日後、奥田さんは京都市での集会で、「NHKは昨年6月から取材していたのに、全然企画が通らなくて」と話した。NHKはデモだけでなく、昨年7月には、大学での日常風景なども撮影していた。
 どの番組で放映されるか明確には告げられず、奥田さんは昨年11月、担当者から「放送を目指しているが、企画が通らずごめんなさい」と言われたという。
 それがクローズアップ現代に決まったと言われ、3月に改めて撮影。「出演は口外しないで」と念押しもされた。放送が実現し、奥田さんは思った。「現場は頑張ってくれたんだ」
 NHKの労働組合に加入する放送職場の職員たちが、昨年9月に開いた緊急集会のチラシにはこうあった。「じつは今、NHKでは安保法案関連の放送が、出しにくい?」
     *
 番組は4月、「クローズアップ現代+」に衣替えし、初回からキャスターを務めた国谷裕子(くにやひろこ)さん(59)は降板した。
 ある現役ディレクターは国谷さんを「相手が誰でも聴くべきことを聴く人」と信頼する。印象に残るのは、2014年に菅義偉官房長官が出演した回。集団的自衛権への道を開いた閣議決定に「歯止めがかかるか、多くの人が心配している」などと繰り返した。
 国谷さんの降板について、NHKの板野裕爾(ゆうじ)専務理事(当時)は3月の参院総務委員会で「現場の判断を優先した」と答弁した。
 朝日新聞の取材に国谷さんが答えた。昨年12月に契約を更新しないと伝えられ、理由は「番組をリニューアルし、キャスターも一新するためとのことでした」という。「11月末に制作現場はキャスター継続との提案をしており、一緒に番組を制作してきた方々は、替えずにいきたいと、最後まで強く主張したと、あとで耳にしました。それを聞いて、これまで23年間続けてきて本当によかったと思いました」とコメントした。
 NHK広報局は放送時期や降板に関する質問に「番組の内容は、報道機関としての自主的な編集権に基づいて、その都度、判断しています」と回答した。
 最終回翌日、国谷さんへの「感謝の夕べ」が東京・原宿の中華レストランであり、番組に携わった歴代関係者約300人が集った。
 「1日でも長く一緒に仕事を続けたかった」。あいさつが続く中、現役ディレクターは「自分が担うべき責任を、国谷さんに負わせてきたのではないか」と自問し、思った。「責任を果たすため、したたかに番組を作り続けよう」
     *
「SEALDs KANSAI(カンサイ)」のメンバーだった女性(24)は2月、中心メンバー用のLINE(ライン)のグループから「脱退」した。街頭に立つこともやめた。
 「おじさんにばれたら」と気になった。日頃から世話になっているおじは現政権に肯定的。「波風を立てたくない」と思った。
 街頭で「意見を言うことは当たり前」と訴えてきたのに。自己矛盾に陥った。
 今春、大学院を修了。久しく会っていない友人に電話をかけ、政治について話すことを始めた。
 これまでにも、「お祭り騒ぎしたいだけじゃないの?」などとデモへの偏見を耳にしてきた。思いをわかってもらうには一対一で話すことがもっと必要かも。それは、今の私にもできる。
 「街頭で声を上げることと、身近な人と話すことは、私にとって同じ」。これからも自分の考えを言葉にしたい、と思っている。」(
2016/05/03付「朝日新聞」p26より)

政権に厳しい発言をしてきたキャスターは、この春、皆“失脚?”した。会社側は「現場の判断」や「本人の希望」として逃げる。しかし、その現場の実態は違う・・・
それにしても、ここまではっきりと書いた記事はなかった。管官房長官への厳しい指摘と、国谷さんへの、昨年12月に契約を更新しないと伝えられた、という話が対になった記事を・・・

せっかくの文字になった事実。それをここ(このblog)にピンで留めておきたい。

「報道ステーション」古館伊知郎キャスターの降板にまつわる裏話も聞きたいものである。建前の話では無く・・・
でも、どの世界も「長いものには巻かれろ」なので、どうかな・・・

160504wakaranaku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月 2日 (月)

「多数で決めて何が悪い?」

明日は憲法記念日か・・・。今年はなぜか気になる・・・
今朝の朝日新聞の1面に、記事のプロローグとしてこんな記事があった。
「(憲法を考える)立憲vs.非立憲 多数で決めて何が悪い? 論説委員・坪井ゆづる
 「立憲主義って何だ?」
 「これだ!」
 4月29日夜。安全保障関連法の廃止を求める高校生ら約500人のコールが、国会前に響いた。
 これまでの護憲派とは異なるリズム、新しい言葉。
 いま問われているのは護憲か改憲かではない。そんな議論のはるか手前に前提としてあるはずの立憲主義、政府は憲法に従って政治を行わなければならないという「当たり前」が当たり前でなくなっている――立憲に非(あら)ず。こんな現状を許していいのか? そう訴えたくて集まった。
 安倍晋三首相は国会で、憲法解釈の「最高責任者は私」と言い切った。「立憲主義にのっとって政治を行うことは当然だ」と繰り返しているが、本当にそうしているだろうか。
 2014年7月、首相は集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。それまでの内閣が重ねてきた憲法解釈を、ひっくり返した。
 その前年、内閣法制局長官に集団的自衛権の行使容認に前向きな外交官を起用したところから、この流れは想定された。権力者が「法の番人」を自分色に変える。日銀総裁。NHK人事。みずからの力をこれほどためらいなく行使する首相はかつてない。
 権力を分散させて相互間の「均衡と抑制」を図る憲法の考え方からは遠い。
 昨年6月の衆院憲法審査会。参考人の憲法学者3人がそろって安保関連法案を「違憲だ」と指摘した。だが耳を傾けることなく採決を強行した。説得して納得を広げるより、結論ありきで走る政治手法が目立つ。
 数の力がすべてだ。○か×か、多数で決めて何が悪いのか――。ぎすぎすとした政治が広がっている。
 だが、これは安倍政権で突然、始まったわけではない。1990年代から少しずつ、私たち主権者の同意を得て準備されてきた。
     ◇
 これまで憲法は「護憲VS.改憲」で論議されることが多かった。でも、それでは見えないことも出てきている。今回は「立憲VS.非立憲」という新しい「レンズ」で、日本の現在に目をこらしてみる。」(
2016/05/02付「朝日新聞」p1より)

そしてこれは少し前の記事だが、「タガを外した」ことについて、こんな記事もあった。
「(社説余滴)大平首相と安倍首相 小村田義之
 サミット、消費税、衆参同日選――。そんな言葉が躍るのは今に限った話ではない。
 大平正芳首相のころもそうだった。
 大平氏は1979年、日本で初めて開かれた東京サミットの議長を務めた。その秋、一般消費税の導入を掲げて総選挙に突入するが、国民の反発を受けて撤回。80年の衆参同日選のさなかに急死する。
 もう一つ、大平氏と安倍首相の類似点を求めれば、ともに歴史的な決断をした政治家ということだろう。
 大平氏は75年、三木内閣の蔵相(現・財務相)として、不況による歳入不足を埋めるため、当時は禁じ手とされていた赤字国債の本格発行に踏み切った。
 バブルで税収が増えた数年間、発行はゼロになったものの、一度外れたタガは元に戻らず、いまや日本は借金漬けである。その後の財政運営まで大平氏の責に帰すのは筋違いだが、時の政権の決断が、思いもよらぬ未来を招く実例と言えないか。
 安倍内閣による集団的自衛権の行使容認はどうだろう。これもいわば歴代政権の禁じ手だった。そのタガを外した安保法制が、日本をどんな方向に導くのか。
 あれが時代の変わり目だったのかと、時が流れて、明確にわかることがある。安保法制に反対する社説を書いてきて、そんなことを思うことが度々あった。
 大平氏の蔵相秘書官だった森田一・元運輸相を訪ねた。見えてきたのは、苦悩の中で赤字国債の発行を決断した政治家の姿である。
 大平氏はもともと、赤字国債に反対だった。高度経済成長は歴史の例外であり、発行すれば歳出の膨張に拍車をかけると見切っていた。省内で何度も会議を開き、部下に「赤字国債は万死に値する」と回避する知恵を求め続けたが、最後は追い込まれた。
 自らを責める思いがあったのだろう。首相になると、財政再建のため一般消費税の導入を訴えた。「説明すればわかってもらえる。国民を信頼している」と漏らしていた。
 信念と正反対の決断をした大平氏と、安倍氏は違うのかもしれない。森田氏は「安倍さんに悩んだ様子はないですね。やりたくないことのために、何度も会議を開いたわけではないですね」と言う。
 どれだけ苦悩したか。決定過程は重視されたか。
 2人の首相の鮮明な対照がそこに浮かびあがる。(こむらたよしゆき 政治社説担当)」(
2016/04/15付「朝日新聞」p14より)

今朝、ボーっとテレビを見ていたら、最近田中角栄の本が売れているという。石原慎太郎の本もベストセラーとか。そして、昔の田中角栄の「日本列島改造論」の本も中古でも高価とか・・・
そして「政治は力だ、力は数だ、数は金だ」という田中角栄の言葉が、思い出されているという。
これらは、米大統領選のトランプ候補の快進撃にも通じる。
世界的に、強いリーダーを求めているのか・・・

さてここからが本題だが、彼のヒトラーも、法に則って、独裁政権を打ち立てた。
戦前の日本も、現在の安倍政権も、全ては遵法で動いているという。
つまり軍も独裁政権も、最初から独裁では無かった。それは国民が支持した結果。
しかし、いざそれらが崩壊すると、国民はさも自分たちが独裁の被害者であるかのように振る舞う。
繰り返すが、それらのリーダーを選んだのは各国の国民であったはず・・・。
戦前の日本の国民は、日露戦争で勝ったと浮かれ、熱狂して、軍をして戦争への道に突き進ませた。
ドイツも日本も米国も、選挙という手段で、幾らでも止められたはずが、結果として“止めなかった”。
現在の安倍政権も同じ。何度か行われた選挙で、安倍政権の専横を止める機会があったにもかかわらず、先の北海道の補欠選挙も含めて国民はそれを“止めなかった”。

さっきニュースで、NHKの世論調査の結果が放送されていたが、国民の認識(勉強)がまだまだのような気がしてならない。
上の記事のように、「一度外れたタガ」は元に戻らない。
安倍首相は、良くも悪くも歴史に名を残しつつある。それをどう評価して、今後も任せるかどうかを決めるのは、やはり国民。
今後、何があっても、国民は被害者の振りする事は出来ないと思うのだが・・・
現代の世代が、将来の世代に対して!

160502dakko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月 1日 (日)

「日本の個人番号カード」に思う

発行でトラブル続きだという日本の個人番号カード(マイナンバーカード)。
少し古い記事だが、こんなに使いこなしている国もあるという。
「(ワールドけいざい)税申告・投票…IDカード1枚 エストニア「電子政府」サービス
 バルト3国のひとつのエストニアでは、税の申告や投票、会社の設立登録や薬局での薬160501bangou1 の受け取りが、一つのIDカードで済ませられる。日本の「マイナンバー制度」に似た、国民番号制度が定着しているためだ。政府は国外に住む外国人にもサービスを使えるようにし、企業誘致にいかそうとしている。
 ■労働時間短縮、GDP2%分の試算
 首都タリンの薬局では、客が差し出したIDカードを読み取るだけですぐ160501bangou3 に、医師が発行した電子処方箋(せん)と客に渡す薬が、薬剤師のパソコン画面に映し出された。薬剤師のマーラ・ニグラスさん(31)は「いちから情報入力の必要がある紙の処方箋に比べ、お客さんの待ち時間もずっと少なくて済む」と話す。いまは9割以上が、IDカードで済ませるという。
160501bangou2  これも「電子政府」のサービスによるものだ。行政への申請手続きは電子化され、役所や公的機関、薬局や病院が必要な情報をやりとりできる。病院では患者が別の病院で受けた治療歴もすぐ調べられる。医師のクリスティーナ・ポルドさんは「別の病院にわざわざ問い合わせる必要はなくなった」と喜ぶ。
 電子政府づくりは、1990年代後半に始まった。旧ソ連から独立を回復し、国の立て直しが本格化したころだ。ICチップ入りのIDカードは、2002年から。15歳以上は所持が義務づけられ、約9割の国民が持つ。政府のポータルサイトからは税金の申告や会社登録などの申請ができ、所得税の還付手続きは通常、数分で済むという。ICチップの情報を入れた携帯端末でも操作できる。
 インターネット上で本人の意思を確認できる電子署名機能を活用して、05年には電子投票を始めた。昨年の議会選では投票した人の約3割が利用した。電子署名はインターネットバンキングや企業の電子契約書へのサインにも使われる。紙のやり取りが減り、労働時間が短縮されて、国内総生産(GDP)の2%分を別の仕事にまわせるとの試算もある。
 ■外国人も2日以内で起業
 政府は14年12月、国外で暮らす外国人も電子政府サービスを使えるようにした。「電子住民」になれば、2日以内で必要な企業の設立登録ができるという。エストニアはEU加盟国で、欧州の共通通貨ユーロを使う。国外の起業家が現地で企業を設立すれば、28カ国が加盟するEU域内で取引がしやすくなる。
 ITコンサルタントのスタニスラフ・ユリンさん(34)は、電子住民のひとり。EU域外のウクライナの首都キエフにいるが、昨年10月、エストニアでIT企業を起こした。「電子サービスで取引上の手続きが簡単。ウクライナは規制が厳しいから」と言う。
 電子住民は2月の時点で約9千人、設立した企業は約340社にのぼり、年内に1500社を見込む。エストニアで、進出する起業家を支援する会社を開いた小森努さん(41)は、これまで日本から約10社の設立を支援したという。
 政府は電子住民を増やそうと、現在は日本を含む約40カ国にある在外大使館での申請窓口を、年内に200カ国以上に増やす。現地で銀行口座を開くには、いまは原則、一度は本人がエストニアに行く必要があるが、この夏以降はネットだけでできるという。
 新たなサービスを模索する動きもある。証券取引所に上場する企業の株主が電子住民なら、その企業の株主総会でネット投票ができるしくみをつくれないか。タリンで取引所を運営するナスダックは、実現に向けた試験を年内に始める。
 国外へのオフィス移転や移住を考える人に、世界各地の生活情報などを提供するIT企業「テレポート」のステン・タムキビ最高経営責任者も「電子住民は、国際的にビジネスの機会を探す企業経営者も多い」と、客が増えていくことを期待する。
 ■データベースを分散 個人情報保護・サイバー攻撃防止
 エストニアでも、政府の情報管理を懸念する声はあった。システム開発に携わったIT企業のサイバーネティカによれば、サイバー攻撃を受けたことは過去にあるが、個人情報の流出の大きな被害はないという。
 システムには、役所など900以上の機関がつながる。一つの巨大なデータベースをつくらないのは、プライバシーを保護し、サイバー攻撃を防ぐため。各機関が管理する個人情報を、事前に決められた範囲のなかでやり取りするしくみという。医師が発行する処方箋を管理するセンターには、薬局は客のIDカードがあればアクセスできるが、政府でも関係がなければアクセスできない。
 カードを持つ人はポータルサイトで、自分のどの情報をだれが閲覧したのかを確認でき、心当たりがなければ通報できる。個人番号は隠さない。カードと暗証番号がそろわないと、個人情報にはアクセスできないと理解されているからだ。
 政府の最高情報責任者のタービー・コトカさん(36)は「人口に対して国土は広く、行政運営を効率化する必要があった。政府の取り組みに批判もあるが、やらないといつまでも(効率的な)電子化の世界に入れない」と説明する。(タリン=寺西和男)」(
2016/03/27付「朝日新聞」p7より)

個人番号カードの是非については、色々な意見がある。しかし日本では既にスタートしている。だったら、より便利になるはず・・・だが、どっこいなかなかうまく行っていないようである。

3つほど例を挙げる。
先日、ある役所に手続きに行ったら、免許証と個人番号カードが必要だという。仕方なく両方を持って行ったら、個人番号カードに写真があるため、それで本人確認が出来るはずが、カードでは番号だけ見て、改めて免許証で本人確認をしていた。
個人番号カードは、免許証に代わって証明出来るはずだが、現場ではまだまだそれが分かっていないようで、全ては従来通り・・・・。
2つ目。ある市役所から、1年半前に亡くなった人宛に、ある請求書が届いた。その担当部門に「死者に請求書が来た」と電話すると、恐縮しながら「返信用封筒を送るので返送してくれ」とのこと。同じ市役所で、死亡届を出したのに、横のつながりはどうなっているのか?
亡くなった情報は、市役所内でコンピュータ上、共有されていないのか??
3つ目。ある市役所から、請求書が届き、少し期限を過ぎたら、矢の催促の電話。
先日、市役所から手紙が来て、「本来免除されるべき金額なので、手続きの書類を送るので、署名捺印して返送してくれ。今まで納入された金額を全額返金する」とのこと。
これも横のつながりが無かったせいか・・・

それにしても、市役所の対応のスピードは、通常のビジネスの世界とはかけ離れて遅い。全ての項目が細かく分かれて人に分散されており、他の人での代用がきかないようで、「担当者が居ないので分からない」となる。

こんな経験もある、死者への請求書を発行した部門のある担当者。本当に親身になって対応してくれ、我が家にとっては恩人とも言える人。その人が、“あまり熱心に対応したせいか?”他の部署に移ってしまった。
働き過ぎて、出る杭になったのでは?と心配したほど・・・

前大阪市長の橋下徹氏。あまり好きではないが、これらの役所の対応を見ていると、役所の職員に厳しかった橋下さんの姿勢に、今ごろ、拍手喝采をしたくなった。
ふと、我々の近くの役所でも、橋下さんのような首長が出て、果敢に改革してくれないかな・・・と思うこの頃。
個人番号カードが利用されて、役人の仕事が減っても、人員減とはならないだろう日本のお役人体質・・・。
自分もこの次に生まれてきたら、潰れる可能性のある会社ではなく、お役人を目指そう!?

160501torikowasi <付録>「ボケて(bokete)」より

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