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2016年3月の18件の記事

2016年3月31日 (木)

感音難聴の治療薬!?

今朝の日経の記事。
独製薬大手、難聴治療で京大と研究 細胞再生へ新薬開発
 独製薬大手のベーリンガーインゲルハイムは、京都大学と組み難聴治療薬の研究を始める。耳の奥の内耳にある重要な細胞を再生させることができる画期的な新薬の創出を最終目標とする。京大が外資系製薬と初期段階から創薬研究するのは珍しい。まず4月からの3年間で、京大の研究成果を基に重要な細胞が損傷する原因と再生手順の特定をめざす。
 ベーリンガーは外資系製薬大手のなかで唯一、日本に創薬の研究所をもち続けている。循環器や呼吸器など5領域を重点疾患に掲げる同社にとって難聴は経験の乏しい領域だが、治療法が現在はまだ無い疾患の解決を重視する経営戦略の一環として、日本発の創薬に京大と挑む。
 具体的には同大内耳研究グループの中川隆之講師や同社の技術者計10人程度が、音の振動を電気信号に変換して脳に伝える「内有毛細胞」を再生する新薬の研究に取り組む。世界で最も多い身体障害の一つである感音難聴を対象にする。
 研究費は年数千万円のもよう。感音難聴は内耳の細胞や神経の問題で起きる。完治が難しいとされる一方、最近は治療薬の可能性を示す研究成果の発表が相次いでいる。」(
2016/03/31付「日経新聞」p13より)

誰も、自分が抱えている病気の特効薬?のニュースには敏感。
自分もそのひとり(ここ)。
感音難聴は、内耳の神経細胞の破壊・摩耗であり、その神経は再生しないため、治らない、というのが定説。
自分の右耳も同じ。高域が聞こえない。よって幾ら良い音で音楽を再生しても、実は聞こえるのは左耳だけ。右耳は、低域だけが聞こえる。幸いにも、ボーカルは何とか聞こえるので、ヘッドホンで音楽を聞く限りでは、かろうじて違和感なく聞ける。それだけが救い・・・

言うまでもないが、数多い病気の中で、死に直結する病気に次いで困るのが、体の一部が壊れて治らない病気。誰もひとつや二つ、抱えているもの。
でもそれが趣味に直結していると、その落胆は大きい。逆に、その治療法が出来るかも知れないと聞くと、将来に明るい道が開ける。
それにしても、漢音難聴を直す薬、という話題は初めて聞いた。自分にとっては、数百万円の価値がある。
かつての慶大病院の主治医は「これだけ聞こえていれば、日常生活に不自由はないでしょう?」と冷たく言うが、趣味の話になると、そうではない・・

この記事では、研究がこれから、という段階なので、いつ実現するかは分からない。たぶん数十年先の話なのだろう。
つまり、自分が生きている間には実現しそうにないが、でも長生きする目標が出来たようで嬉しい。そう、自分は長生きして、この漢音難聴を直して、改めて“良い音を両耳で”聞くのだ!!
もっとも、その頃には、老人性の難聴で、音楽どころではないかも知れないが・・・。
でも、たまには嬉しいニュースもあるものだ。

160331sazae <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月30日 (水)

萎縮するテレビ報道の現場

今朝の朝日新聞の記事を、うなずきながら読んだ。
「(インタビュー)テレビ報道の現場 「報道特集」キャスター・金平茂紀さん
 NHK、TBS、テレビ朝日の看板キャスターがこの春、相次いで交代する。そんななか、高市早苗総務相による放送法違反を理由とした「停波」発言も飛び出した。テレビ局の報道現場でいま、何が起きているのか。TBS「報道特集」キャスターの金平茂紀さんに話を聞いた。

 ――テレビの報道ニュース番組が偏向している、という声が出ています。安保法制の報道を巡り、昨年11月読売新聞と産経新聞に掲載された「放送法遵守(じゅんしゅ)を求める視聴者の会」の意見広告では、TBSの番組「NEWS23」が名指しで批判されました。
160330asahi  「だれが偏向だと判断するんですか。お上ですか、政治家ですか。日々の報道が公正中立かどうかを彼らが判断できるとは思わないし、正解もない。歴史という時間軸も考慮しながら、社会全体で考えていくしかないでしょう。議論があまりにも粗雑過ぎます」
 ――偏向を指摘された番組アンカーの岸井成格さんが「NEWS23」から降板しました。
 「NHKの国谷裕子さん、テレビ朝日の古舘伊知郎さんもこの春、降板します。僕も記者ですから取材しました。3人とも事情は違うし、納得の度合いも違う。一緒くたに論じるのは乱暴すぎます。安倍政権の圧力に屈したという単純な構図ではない。しかし、報道番組の顔が同時にこれほど代わるというのは単なる偶然では片づけられません」
    ■    ■
 ――本当に圧力とは関係ないのですか。
 「会社は『関係ない』と説明しています。岸井さんも『圧力はなかった』と記者会見で発言しました。しかし、もし、視聴者のみなさんが納得していないとすれば、反省しなければなりません」
 ――金平さん自身、3月31日付で執行役員を退任されます。何かあったのでしょうか。
 「会社の人事ですから、その質問をする相手は、僕ではなく、会社でしょう。事実として残るのは、TBSで最も長く記者をしてきた人間の肩書が変わったということです。いずれにせよ僕は、どのような肩書であろうが、なかろうが、くたばるまで現場で取材を続けるだけですが」
 ――政治、とりわけ自民党による放送番組に対する圧力は歴史的に繰り返されてきました。
 「1967年7月、TBSの報道番組『ニュースコープ』のキャスターだった田英夫さん(故人)が、北ベトナムに日本のテレビとして初めて入りました。ベトナム戦争で、米国に爆撃されている側からリポートするためです」
 「その取材をもとに特別番組を放送したのですが、放送行政に影響力を持つ、いわゆる『電波族』の橋本登美三郎・自民党総務会長が、当時のTBS社長に『なぜ、田君にあんな放送をさせたのか』とクレームをつけた。さまざまな経緯の末、田さんは実質的に解任され、社を去りました。田さんの報道は、当時は反米・偏向だと政権ににらまれたのかもしれません。が、ベトナム戦争がたどった経過を考えれば、事実を伝えたとして評価されこそすれ、偏向だと批判されるいわれはありません」
 ――当時、TBS社内は、田さん降ろしに抵抗したと聞いています。岸井さんの件でいま、社内はどうなのでしょうか。
 「おおっぴらに議論するという空気がなくなってしまったと正直思いますね。痛感するのは、組織の中の過剰な同調圧力です。萎縮したり、忖度(そんたく)したり、自主規制したり、面倒なことを起こしたくないという、事なかれ主義が広がっている。若い人たちはそういう空気の変化に敏感です」
 ――同調圧力ですか?
 「記者一人ひとりが『内面の自由』を持っているのに、記事を書く前から社論に逆らってはいけないという意識が働いている。それが広く企業ジャーナリズムの中に蔓延(まんえん)している。権力を監視する番犬『ウォッチドッグ』であることがジャーナリズムの最大の役割です。しかし現実には記者のほうから政治家や役人にクンクンすり寄り、おいしい餌、俗に言う特ダネをあさっている。こんな愛玩犬が記者の多数を占めれば、それはジャーナリズムではない。かまない犬、ほえない犬に、なぜだといっても『僕らはほえないようにしつけられてきた。かみつくと損になるでしょ。そう教えられてきた』。そんな反応が現場の記者から返ってくるわけです」
    ■    ■
 ――報道の現場は深刻ですね。
 「ジャーナリズム精神の継承に失敗した責任を痛感しています。僕自身も含め、過去を学び、やり直さないといけない。安保法制、沖縄の基地問題、歴史認識や福島第一原発事故など、僕らの国のテレビは独立・自立した存在として、報じるべきことを報じているのか。自責、自戒の念がわきあがってきます」
 「戦争の翼賛体制下でメディアは何をしてきたのか。放送も新聞も権力の言いなりとなり、国策と一体化した報道をやった『前歴』がある。戦後、その反省に立ち、放送局は政治権力から独立し、国家が番組内容に介入してはならぬ、という精神で放送法が生まれた。電波は国民のものであり、自主・自律・独立でやっていく。放送の原点です。ところが、政権側には、電波はお上のものであり、放送局を法律で取り締まるという逆立ちした感覚しかありません」
 ――高市早苗総務相が放送法の規定をもとに、放送の内容によっては「電波停止もあり得る」と発言しています。当事者であるテレビ局の報道に迫力を感じません。
 「僕はニュース価値があると思って担当の番組で発言しました。ところが、発言があったこと自体に触れないテレビ局もあった。自分たちの生命線にかかわる話なのに、ニュースとして取り上げない。えっ、どうしてなんだろうと思いましたね。テレビ朝日の『報道ステーション』やTBSの『NEWS23』『サンデーモーニング』はこの発言の持つ意味も含めて報道していました」
 「先日、田原総一朗さんや岸井さんらと記者会見しました。他局のキャスター仲間何人かに声をかけたのですが、参加者はあれだけというのが現実です。それでも、誰ひとり声を上げずにいて、政治権力から『やっぱり黙っている連中なんだ』なんて思われたくはないのです。こういう社外からの取材をリスクをおかしながら受けているのもそのためです」
 「一昨年の総選挙の前に、自民党が選挙報道の『公平中立』を求める文書をテレビ各局に送りつける、という『事件』もありました。そのこと自体が僕の感覚ではニュースです。でも社内の会議で話題にはなってもニュースとしては扱わない。危機管理ばかりが組織で優先され、やっかいごとはやりたくないということになる。僕はそれが耐えられなかったから、担当の番組でコピーを示し、こういう文書が送りつけられたと伝えた。中には『あんなことをやりやがって』と思っている人もいるかもしれませんが」
 ――危機管理優先がジャーナリズムの勢いをそいでいます。
 「朝日新聞がそうですね。とりあえず違う意見も載せておこうと、多様な意見を紹介するとのお題目で両論併記主義が広がっていませんか。積極的に論争を提起するのではなく、最初から先回りし、文句を言われた時のために、『バランスをとっています』と言い訳ができるようにする。防御的な発想ではないですか」
    ■    ■
 ――「NEWS23」の初代キャスターだった筑紫哲也さん(故人)とは長い間、一緒に仕事をされたそうですね。
 「2008年3月、筑紫さん最後の出演で語った言葉が忘れられません。『大きな権力を持っている者に対して監視の役を果たす』『少数派であることを恐れない』『多様な意見を提示し、社会に自由の気風を保つ』。筑紫さんは、この3点を『NEWS23のDNAだ』と遺言のように語って、逝きました。それがいま、メディアに携わる人たちに共有されているのかどうか。責任を感じています」
 ――記者の原点を忘れ、組織の論理に流されてしまっている自分自身に気づくことがあります。
 「記者の仕事は孤独な作業です。最後は個ですから。過剰に組織の論理に流れ、全体の空気を読んで個を殺していくのは、記者本来の姿ではありません。それでも一人ひとりの記者たちが、会社の壁を越え、つながっていくこともできる。声を上げるには覚悟がいるけども、それを見ている次の世代が、やがて引き継いでくれるかもしれない。萎縮せず、理不尽な物事にきちんとものを言う若い仲間たちが実際に育ってきているのをつい最近も目撃しました」
 「『報道なんてこんなもの』とか、『視聴者や読者はそんなもん求めてねえよ』と、シニシズム(冷笑主義)に逃げ込んではいけません。僕らの仕事は、市民の知る権利に応えるためにあるのです。報道に対する市民の目が厳しい今だからこそ、一番の根本のところを考えてほしいと思います」 (聞き手=編集委員・豊秀一)
     *
 かねひらしげのり 53年生まれ。77年TBS入社。モスクワ、ワシントン両支局長、報道局長などをへて、執行役員。04年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。」(2016
/03/30付「朝日新聞」p19より)

上の電波停止の高石発言を「発言があったこと自体に触れないテレビ局もあった。」のはNHK。
ここまで露骨な政権側の報道姿勢だと、まともにNHKニュースを見ることは出来ない。一般視聴者にとって、NHKニュースが信用出来ないと言うことは、大変な事。
ではどの局のニュースを見る??

上の記事で田英夫が出て来た。Wikiによると「1962年10月から放送を開始した『JNNニュースコープ』の初代のメインキャスターとなり、1968年3月まで務めた。日本独特の文化であるニュースキャスターの先駆けであるとされている。」とある。
1962年というと、昭和37年、そして辞めた1968年というと昭和43年である。
まさに自分が高校時代から大学生の頃である。特に大学1年の頃は、「朝日ジャーナル」を愛読していた時期。時代はベトナム戦争のころ。
当時、テレビを見る環境には無かったが、田英夫は良く覚えている。応援もしていた。そして解任されたことも覚えている。だから、その後、国会議員として選挙に出た時には、真っ先に投票した。

結局、辛口は抹殺される。
上の現場の声を聞くと、テレビ報道の現場は、まさに萎縮してしまっているという。
我々一般国民は、辛口キャスターが全員解任されるなかで、今世界で起こっていることをどこで知ったらよいのか・・・
「軽減税率」で買収されてしまった新聞、そして高石発言などで萎縮しているテレビ。
何事も、長い目で見れば良い方向に向かうのが世の常。しかし、今の日本は、時間と共に、転落し続けるようで怖い。

160330yada <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月29日 (火)

「終活」のミス、書き間違えた遺言の行方

だいぶん前だが、こんな記事を読んだ。
「(法廷ものがたり)「終活」のミス、書き間違えた遺言の行方
 裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

 在職中にがんで亡くなった警察官の男性が遺言を残していた。「交際していた女性に財産を残します」。ところが遺言書で肝心の預金先の金融機関名が間違っていた。このままでは口座の預金が女性に渡らなくなってしまう。遺言書作成に関わった司法書士は、本来の預金先の金融機関に支払いを求めて民事訴訟を起こした。

 警察官の男性には3歳下の弟がいた。弟が中学生のころ交際していた女性は、男性にとっても親しい妹のような存在だった。7年間続いた弟との交際が破局した後も、男性は女性を気遣い「元気にやっているか」と時々連絡を入れた。だが会うことはなく、いつしかその交流も途絶えた。それから14年。何かに導かれるように2人は偶然再会した。
 当時、男性は41歳、女性は37歳。男性は独身で結婚歴もなかった。女性は結婚していたが、家庭は冷え切っていた。一人娘が大学を卒業したら夫と離婚するつもりだった。交際が始まることに大したきっかけはいらなかった。「離婚したら結婚しよう」「男の子が生まれたら名前の一文字を取ってこんな名前にしよう」。2人の夢は膨らんだ。

がん発覚後、司法書士に遺言作成を依頼
 男性の肝臓がんがわかったのは、そんな「幸せな日々」のさなかだった。発覚した翌月に入院し、退院後も自宅で療養を続けた。長くは生きられないと悟ったのだろう。1人になっても女性が生活に困らないように、男性は遺言で財産を残そうとした。
 遺言の作り方が分からないので、インターネットで検索すると多くの宣伝広告が出てきた。「相続のスペシャリストが在籍」「知らないと損する」――。ある司法書士事務所が目を引き、2人はすぐに訪問の約束を入れた。
 司法書士の助言のもと、公証役場で作成した公正証書遺言は4項目からなっていた。男性は女性に(1)都銀の普通預金(2)A銀行の普通預金(3)B組合の財形預金(4)支給される退職金――の全部を遺贈するというものだった。
 男性は両親からの相続財産は唯一の肉親となった弟に引き継ぐ代わりに、警察官の職務を通じて蓄えた財産は女性にすべて残すつもりだった。男性は堅実な暮らしぶりで浪費癖もなく、女性に残せる金額は合計で3000万円を超える見込みだった。
 男性は警察官として勤務し続けたが、病状はやがて悪化し、遺言書作成の約4年後に亡くなった。女性はまだ夫と離婚していなかったが、男性の身の回りの世話を続け、最期まで闘病生活を支えた。男性は生前、遺言書作成を相談した司法書士に執行も委任しており、葬儀の後、司法書士はそれぞれの金融機関に口座解約と女性への交付の手続きを取った。
 ところが、A銀行から思わぬ回答が届く。「本人名義の口座はない」というのだ。慌てて調べてみると、遺言書に「A銀行の普通預金」として記載された口座番号はB組合の普通預金のものだった。
 男性は普段、A銀行のATMを使ってB組合の預金を引き出していた。遺言書を作った日、通帳が手元になかったため、男性は代わりにカードとATMの利用控えを持参していた。司法書士と公証人はA銀行の利用控えを見て勘違いしたのかもしれない。遺言書を読み上げて確認したときに男性も誤りを指摘しなかった。
 遺言書に記載がなければ、B組合の口座に残っていた845万円は唯一の法定相続人である弟に相続されることになる。弟は「意図的にあえてA銀行とした可能性がある」と主張して、遺言の執行を求める女性と激しく対立した。付き合って別れた過去の感情のもつれも尾を引いていた。何とか話し合いで解決しようと、司法書士は女性と弟を相手取って家裁に調停を申し立てたが2人は互いに譲らず、不成立に終わった。
 司法書士はB組合に払い戻しを求めたが、「女性と弟の双方から払い戻しの請求を受けており、どちらかに確定しない限り応じられない」と拒まれたため、やむなく提訴した。B組合も板挟みになっていただけで積極的に争っていたわけではなかった。審理は淡々と進み、判決が言い渡された。

判決は男性の意思を尊重
 裁判官は判決の冒頭で「遺言の文言だけみれば遺贈の対象はA銀行の預金でB組合の預金とみるのは困難」としたが、「存在しない口座の預金を表示する理由も見当たらない」と指摘した。男性が預金すべてを女性に遺贈するつもりだったことを疑わせる証拠はなく、単純ミスは明らかだった。
 裁判官は多少の困惑をにじませつつ「どの過程で誤りが生じたかは不明だが、男性が女性に遺贈する意思で遺言したとの判断を左右するものではない」として司法書士の訴えを認め、女性への払い戻しを命じた。
 勝訴の判決に最も安心したのは司法書士だったに違いない。こうした単純ミスが起きないように、遺言書作成の際に預金通帳の現物、少なくともコピーを確認するのは鉄則だからだ。余りにもひどい過失だとして女性は当初、この司法書士を訴えるつもりだった。
 遺言書に記された退職金が女性の手元に渡らなかったことも、女性の不信感を増幅させていた。退職前に亡くなった場合の死亡退職金の請求権は、通常家族(この場合は弟)に帰属し、遺言による相続の対象外とされている。女性はそれを後に相談した弁護士から聞かされた。
 「専門家でもないのに宣伝で専門家を装い、知識がない私たちをだました。彼が亡くなったことを受けとめるのに精いっぱいの時期に、彼が残してくれた遺言がめちゃくちゃにされることを受け入れるわけにもいかず、本当につらかった」。女性は法廷に提出した陳述書で怒りをあらわにした。
 判決は一審で確定し、退職金分を除く総額約3880万円が女性に渡った。女性の陳述書には「もう彼はいませんが約束を守って独り身になるため、夫と話し合いをしています」と書かれている。(社会部 山田薫)」(
2015/1/7 日経電子版(ここ)より)

この日経の「法廷ものがたり」は、我々の周囲でありそうな話がよく書かれている。
今回の遺産の話は、自分にはあまり関係は無いが、でも世代的には身近な話題。

司法書士というプロが絡んだ遺書でも、こんなミスが起こり得ると言うこと。
「男性は両親からの相続財産は唯一の肉親となった弟に引き継ぐ代わりに、警察官の職務を通じて蓄えた財産は女性にすべて残すつもりだった。」という事なら、「“財産の全て”を女性に」と書けば良かったのかも知れない。
なまじ細かく書いたので、誤謬が生じたのかも・・・

それでも「退職前に亡くなった場合の死亡退職金の請求権は、通常家族(この場合は弟)に帰属し、遺言による相続の対象外とされている。」のだそうだ。
この司法書士は、そんな事も知らずに遺書を作成したのだ。
遺書作成のプロと謳っている司法書士ですらこの程度。
依頼する側は、これではたまったものではない。普通、書いたことが実現出来ると思って、司法書士に頼む。それが弁護士ではないとは言え、実現不可能なことが書かれてしまう。

死亡退職金については、なるほど・・・と思える。本人が亡くなった時点で、本人の処分が可能な財産は、遺書で差配することが出来る。しかし、死んだ後で精算される死亡退職金は、死んだ後に発生、計算されるので、まだ本人の物になっていない。よって、死んだ時点では財産ではない、という事なのだろう。

そうだとすると、どんな手段がある? 死ぬと分かった時点で、退職し、退職金を受け取っておく? いや、それでは自己都合退職になってしまって、退職金は安くなってしまう。
でも受け取らないと、自分の意志に反して他の人に行ってしまう。
例えば、内縁の妻などが遺族で、自分に家族がいない場合、退職金は内縁の妻ではなくて、国家に没収されてしまう??

まあ裁判などを経れば、リーズナブルな結果にはなるのだろうが、メンドウ・・・

退職金など、家のローンの返済でとっくに遣ってしまっている自分など、全く関係のない話題だが、何か世代的に気になった一文であった。

●メモ:カウント~870万

160329sunore <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月26日 (土)

首相の憲法改定に向けたワナ「消費増税先送り」

今朝の朝日新聞のこんな記事を苦々しく読んだ。
首相、にらむ景気と選挙 消費増税先送り検討
 安倍晋三首相が、2017年4月に予定される消費税率引き上げの先送りも視野に入れはじめた。国内の景気や世界経済の情勢をなお見極める考えだが、夏の参院選を見すえ、「増税」が争点化するのを避ける狙いもありそうだ。ただ、一昨年に続き再び増税を見送れば、財政再建の道のりは極めて難しくなる。
 ■世界経済への懸念、念頭
 「リーマン・ショックとか大震災級の出来事は、いつ起こるか分からない。その事態がいつ起きようとも国民、経済をしっかりと守っていく」。首相は25日の参院予算委員会で、経済が減速することへの危機感をあらわにした。「経済政策の選択肢を誤ってはならない」とも強調した。
 政府が23日に発表した3月の月例経済報告は、国内の景気判断を5カ月ぶりに下方修正した。大きな原因の一つが、国内総生産(GDP)の約6割を占める個人消費の低迷だ。期待した春闘でのベースアップも前年より小幅にとどまった。今後も消費が上向かず、4月以降の報告でさらに下方修正されるようなことがあれば、景気の後退感はますます強まることになる。
 増税先送りを判断した場合に備えて、政権は後ろ盾を得ようとする動きにも出始めている。首相の発案で始まった国際金融経済分析会合には、消費増税に批判的なノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授らを招待。スティグリッツ氏は世界経済について「16年はさらに弱体化する」といった懸念を示し、政権に対して消費増税延期や積極的な財政出動を求めた。
 首相は今後、月例経済報告や5月18日に発表される16年1~3月期のGDPの1次速報などを考慮。その上で、今夏の参院選を見すえ、5月26、27日の伊勢志摩サミット前後にも最終判断する可能性がある。
 自民党内からは「首相には増税を先送りした前例がある」(中堅議員)との声が上がる。首相は14年11月、消費税率10%への引き上げを15年10月から1年半延期すると発表。「大きな変更を行う以上、国民に信を問うべきだ」と訴えて衆院を解散し、14年12月の衆院選で与党で3分の2を上回る議席獲得につなげた。
 首相は今回も、消費増税を先送りした上で衆参同日選に踏み切り、「二匹目のドジョウ」を狙うのではないか――。与党内ではそんな観測が公然と語られる。首相が今夏の参院選で、憲法改正の発議に必要な3分の2以上の議席を改憲勢力で確保することに照準を定めているためだ。(相原亮、鯨岡仁)
 ■子育てや介護、財源に不安
 とはいえ、国と地方を合わせて、1千兆円超の借金を抱える日本の財政状況は先進国で最悪のレベルだ。
 政府は財政健全化の目標として「基礎的財政収支(プライマリーバランス)の20年度の黒字化」を掲げる。国や地方の予算で政策に使う経費を借金に頼らず、税収などでまかなえるかをみる指標だ。政府は主要7カ国(G7)の会議などで20年度に収支を黒字にすることを約束してきた。
 だが、内閣府の試算では、予定通り17年に増税しても20年度の収支は6.5兆円の赤字。仮に増税を再延期すれば税収は落ち込み、黒字化は絶望的だ。
 首相は14年11月に増税延期を表明した際、「財政再建の旗を降ろすことは決してない。17年4月に確実に消費税を引き上げる。20年度の財政健全化目標も堅持する」と語った。税収増の一部は子育てや介護など社会保障の充実策に充てられる予定で、増税が先送りされれば、こうした財源の手当てもできなくなる。
 自民党内の財政規律派や公明党には、予定通りの増税を求める声も根強い。公明党の山口那津男代表は23日のBSの番組で「安倍さんご自身が国民に約束した重みもある。決まっていることを軽々に変えるべきではない」と、釘を刺した。自民党の谷垣禎一幹事長も「(増税は)既定方針だ」と語る。(大津智義、南彰)」(
2016/03/26付「朝日新聞」p3より)

いくら何でも、安倍さん、それは無いでしょう!? こんな目的は・・・
「首相は14年11月、消費税率10%への引き上げを15年10月から1年半延期すると発表。「大きな変更を行う以上、国民に信を問うべきだ」と訴えて衆院を解散し、14年12月の衆院選で与党で3分の2を上回る議席獲得につなげた。
 首相は今回も、消費増税を先送りした上で衆参同日選に踏み切り、「二匹目のドジョウ」を狙うのではないか――。与党内ではそんな観測が公然と語られる。首相が今夏の参院選で、憲法改正の発議に必要な3分の2以上の議席を改憲勢力で確保することに照準を定めているためだ。」

今回も、着々と準備が進んでいる。
わざわざノーベル経済学賞受賞者を米国から呼んで、増税延期をするべきだと言わせたり、ムード作りが着々と進んでいる。
そしてまた「大きな変更を行う以上、国民に信を問うべきだ」と訴えて衆院を解散する。争点は「増税を延期したが、良いですか?」
国民は「税は安い方が良い」とばかりに自民党に投票。すると、またまた自民党議席が増え、「国民の支持を得た政権だ」とばかりに、憲法改定に突き進む・・・。

こんなだまし討ちが2度も行われ、税負担の軽減というニンジンによって、国民はそれを許しそうなのだ。
増税の真の目的を踏みにじり、自分たちのアベノ何とかという施策の失敗を逆に利用し、増税先送りというポピュリズムをお手玉に取って、悲願の憲法改定に突き進む首相。
それを止められそうにない国民。

もっともっとマスコミは、「増税先送りとパックになった衆院選は、憲法改定へのワナ」だということを、国民に伝えなければいけないのではないか?
そんな思いをもって読んだ今朝の記事であった。

160326babaa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月25日 (金)

プロスポーツ選手の懐事情

日経の「プロスポーツ選手の懐事情」(ここ)という記事が面白い。

順番に見て行こう。
<トッププレーヤーの「単価」はいくら?>
野球
 田中将大(大リーグ日本人最高年俸・ヤンキースの投手)
   1試合 92万ドル(約1億580万円)
テニス
 ノバク・ジョコビッチ(男子テニス・世界ランキング1位)
   1試合 21万6,400ドル(約2,489万円)
ゴルフ 
 イ・ボミ(日本女子ゴルフ・15年賞金女王)
   1試合 720万円
相撲 
 白鵬(横綱)
   本場所取り組み 1日 約260万円
競馬
 戸崎圭太(15年、中央競馬の最多勝ジョッキー)
   1レース 18万7,000円以上

160325nikkei01 160325nikkei02 160325nikkei03 160325nikkei04 160325nikkei05 160325nikkei06

<プロが活躍できるのは何年?>
・競艇   約30年
・競馬   約17年
・野球   約 9年
・大相撲  約6年
・サッカー 約6年

<プロスポーツは「格差」が大きい>
・男子ゴルフの獲得賞金(15年 日本ゴルフツアー機構)
  トップ 金庚泰 1億6,598万円 
  最下位 264位 11万円
・女子ゴルフの獲得賞金(15年 日本女子プロゴル協会)
  トップ イ・ボミ 2億3,049万円
  最下位 169位以下 0円
・プロ野球の推定年俸
  広島 黒田博樹 6億円
  育成選手 240万円
・大相撲力士の年収
  十両以上 1,600万円以上
  幕下以下 最大90万円
・騎手の獲得金額
  1位 M・デローム 1億4,015万円
  勝利数100位の騎手 566万円

160325nikkei07 160325nikkei08 160325nikkei09 160325nikkei10 160325nikkei11

<プロになるのは狭き門?>
・野球 倍率 約2,055倍
・サッカー 倍率 約917倍
・ボートレーサー 約40倍
・騎手 約14倍

160325nikkei12 160325nikkei13 160325nikkei14 160325nikkei15 160325nikkei16_2

<手取額は意外に少ない?>
・年俸1億円の野球選手
  手取額 4,125万円(手取り率 41.3%)
・年収500万円のサラリーマン
  手取額 476万1,500円(手取り率 95.2%)

今まで聞いていた話とそう変わらない。
しかし改めて、プロスポーツの世界は、寿命が短い。例えば、野球一筋で生きてきた人は、幾ら有名選手でも、引退後の生活をどうするかは課題。解説者などになれるのは、ごく一部。 高校野球の監督も、なかなか狭き門では?

160325nikkei17 昨日(2016/03/24)の新聞に「田中乱調、4回7失点~自責点自己ワースト」という記事があった。先の松坂もそうだが、幾ら高年俸の契約でも、資本の体は生もの。契約期間をベストコンディションで維持するのは難しい。

その点、日本のサラリーマンは、寿命が長く、安定している。
しかし、それは今までの日本・・・・。
これからは、何が起こるか分からない。シャープ、東芝のように、歴史ある大企業でも、明日何が起こるか分からない。
そんな状況で、安定して家族を養うことが出来るのは、役人しかないのかも・・・??

160325bento <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月24日 (木)

高3の生徒名簿が自衛隊に提供されている

先日の朝日新聞のこんな記事が気になった。知らなかった・・・
名簿提供、割れる自治体 自衛官勧誘、「高3情報」渡すか閲覧か
 自衛官の勧誘に生かすため、高校3年生らの名前や住所など個人情報を提供するよう自衛隊側が自治体に求めていることについて、自治体の対応が割れている。住民基本台帳を自衛隊側に閲覧してもらうにとどめるか、自治体が紙などにまとめた名簿を提供するか。名簿提供には、法的根拠のあいまいさや個人情報保護上の問題を指摘する声もある。
 防衛省によると、自衛官の募集対象となる18~26歳のうち、主に高校卒業予定者の情報を毎年、自治体から得てきた。住民基本台帳に載っている名前と生年月日、住所、性別を、自衛隊の地方協力本部(地本)の職員が閲覧し、書き写す方法が以前から一般的だった。
 2013年度以降は、自衛官募集への協力について以前から都道府県向けに出してきた大臣通知に、紙などで「名簿」を出すことを求める項目を入れ、各市町村への周知を求めている。閲覧では転記ミスが起こり、人件費もかかるという理由だ。
 同省のまとめでは、14年度は全国約1700の市区町村のうち、「閲覧」で対応したのは半数強の957。うち558自治体は、名簿提供の依頼を自衛隊側から直接、受けたものの応じなかった。
 一方、名簿を提供したのは4割弱の634自治体で、前年度より69増えた。07年の同様の調査では2割強だった。残る約1割は同省側が情報提供を求めていないなどの自治体という。
 自衛隊側は名簿提供の法的根拠として二つを挙げる。
 一つは、自衛官募集に関する一部事務を知事や市町村長が行うと定めた自衛隊法97条。もう一つは、自衛官募集に必要な時は防衛相が自治体に「資料の提出を求めることができる」とする同法施行令120条だ。同省人材育成課の担当者は「名簿提供は自治体の義務でなく、あくまで防衛省が協力を依頼する事項だと整理している」と話す。

 ■提供派「関係深い」 閲覧派「根拠弱い」
 自衛隊の施設がある地域では、名簿提供に協力的な自治体が目立つ。陸上自衛隊の駐屯地がある鹿児島県霧島市は、10年以上前から紙で名簿を提供している。市の担当者は、自衛隊法97条を根拠に挙げた上で「駐屯地が近く、ふだんから関わりも深いから協力している」と説明した。
 陸自が駐屯する兵庫県伊丹市は、12年からCD-Rに名簿を入力して提供してきた。「阪神大震災の時に災害派遣でお世話になった。できる限りの協力をしたい」と担当者。13年度からCD-Rと紙を出す同県姫路市の担当者は「提供の内容は住民基本台帳の閲覧と同じ」と説明する。
 長野市は市内に駐屯地はないが、高校3年生の名簿を紙で提供している。市の個人情報保護条例に「国などへの情報提供は相当な理由がある場合、認められる」とあり、自衛隊法を根拠に「相当な理由がある」と判断した。
 一方、朝霞駐屯地がある埼玉県朝霞市。昨年1月に提供の依頼があったが、閲覧にとどめた。住民基本台帳法が定めた「閲覧」の規定に沿ったという。
 福岡市も閲覧での対応を続ける。市の条例で、住民基本台帳の情報を提供する条件を「法令等に定めがある時」としており、「自衛隊法施行令の『資料の提出を求めることができる』との表現では根拠としては弱い」と担当課は話す。
 個人情報の問題を検討する諮問機関に意見を聴く自治体もあるが、判断はばらばらだ。高知県南国市の審議会は14年、閲覧も提供も自衛隊が得る内容は変わらないなどとして「提供は問題ない」。一方、11年の福岡県古賀市の審議会答申は「提供しないことが適当」。法令の解釈が不明確というのが理由だ。審議会の会長は「なぜ(国が)統一方針を出さなかったのか」と審議で指摘した。
 沖縄県では41市町村の大半が名簿の提供をしていない。その一つ、北谷(ちゃたん)町の野国昌春町長は「自衛隊をめぐる住民感情への配慮が提供を断る一因」と話す。太平洋戦争での沖縄戦で「軍民一体」の地上戦が展開されたため、今でも住民の自衛隊への反発が強いという事情がある。

 ■<考論>「目的外利用」で違法
 甲南大学法科大学院の園田寿教授(情報問題)の話 自衛官募集のために住民基本台帳の情報を自治体が紙などで提供するのは法的根拠がない。住民基本台帳法で禁止する「個人情報の目的外利用」にあたり、違法だ。提供の根拠として国が挙げている自衛隊法施行令120条(防衛大臣は自衛官などの募集に関し、知事や市町村長に必要な資料の提出を求めることができる)で想定されるのは、適齢者数などの統計的な資料だろう。個人情報を扱う規定は同法にも施行令にもなく、これらを根拠に提供を求めるのは拡大解釈だ。
 ■<考論>判断尊重、運用も妥当
 新潟大学の鈴木正朝教授(情報法)の話 自衛隊法やその施行令など根拠があり、防衛相が住民基本台帳の情報提供を依頼し、自治体が応じるのは適法だ。住民基本台帳法に「提供」の規定がないことで違法とは言えない。提供の判断は自治体に委ねられ、各自治体の個人情報保護条例に照らして行われる。提供に応じない自治体もあるが、国はその判断を尊重しており、運用も妥当だ。

 ◆キーワード
 <自衛官募集と住民情報> 各都道府県にある自衛隊地方協力本部(地本)が自治体から得た情報の多くは、募集の案内の郵送などに利用される。高校新卒者らを中心に募集する「一般曹候補生」の15年度の応募は前年度より約6千人減って約2万5千人。現在の募集区分になった07年度以降では、東日本大震災時の自衛隊の活動が注目されて最多となった11年度のほぼ半数。」(
2016/03/22付「朝日新聞」p39より)

知らなかった・・・。自分だけかも知れないが・・・
自衛官に応募するかどうかは、一般企業と同じで、応募者の自由。それなのに、自衛隊だけは、名簿という個人情報が、自衛隊に提供され、それによって機械的に勧誘が行われているという。これが一般企業だったらどうか? 名簿を片手に、無差別に安価に勧誘できる・・・。こんなバカなことはない。しかし自衛隊だけは特別だという。

そもそも、住民基本台帳の情報は何のためにあるのか? 一般的に頭に浮かぶのは、紙の情報からコンピュータの情報への転換だろう。それが、まさか、自衛隊の募集に直結しているとは、国民はどこまで知っているのか?
上の「「目的外利用」で違法」という考え方が常識だろう。

先に、防衛大の任官拒否が話題になった。
防大生の任官拒否、倍増 今春47人、雇用改善など影響
 幹部自衛官を養成する防衛大学校(神奈川県横須賀市)を今春卒業する419人のうち47人が、自衛官に任官しない意向を示していることがわかった。昨年の任官拒否者25人のほぼ2倍だ。防衛省は民間の雇用状況改善が理由とみるが、関係者の間には「安全保障関連法の影響も完全には否定できない」との声もある。
 任官拒否者は東日本大震災翌年の2012年に4人まで減少したが、以後は徐々に増加した。今年の47人は1992年以降で最多。91年はバブル景気と、湾岸戦争をめぐる自衛隊海外派遣の議論が重なった時期で、過去最多の94人だった。うち約10人が「湾岸戦争の影響」を理由に挙げたという。
 防衛大の学生は特別職の国家公務員で、授業料はかからない。卒業後は、陸海空の自衛官として幹部候補生学校に入校する。防衛大の今年の卒業式は21日にあるが、防衛大は任官しない意向の学生の説得を続ける予定という。
 防衛省関係者は任官拒否の増加について「大卒の就職状況が良くなり、防衛大になじめなかった人が流出しているのでは」とみる。一方で「大きくはないとは思うが、安保法制の影響はゼロとは言えない」とも話した。
 12年には任官拒否者に学費相当額を返納させる自衛隊法改正案が国会に提出されたが、成立しなかった。(福井悠介)」(
2016/03/20付「朝日新聞」より)

この原因を、就職状況が良くなったから、と捉えるのは、あまりにノー天気。明らかに安保法制の影響だろう。
70年近くに及ぶ自衛隊の専守防衛の考え方が、一内閣の解釈で、世界中の紛争に巻き込まれて、他国のために死ぬ可能性が出て来た現在、入学したときの動機とは明らかに状況が変わっている。もし責めるなら、任官拒否の防大生ではなく、安倍内閣だろう。

じわりじわりと、世の中が変わっている。確実に変わってきている。
ベルギーのテロ事件や、米トランプ氏の暴言も含めて、世界中が良くない方向に向かっている。せめて日本は・・・と思いたいが、どっこい、そう甘くはないのである。

160324jigoku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月22日 (火)

両親の虐待で中学生自殺、相模原市児童相談所は保護せず

カミさんが、昼の番組(TV朝日pm1時「ワイド・スクランブル」)でこんな話を聞いて、それはもう不機嫌・・・
中学生虐待 警察や児相指導むなしく 自殺図り2月死亡
 相模原市児童相談所は22日、両親から虐待を受けて児相に通所していた男子中学生が自殺を図り、今年2月に死亡していたと明らかにした。生徒は虐待が続くため保護を求めていたが、児相は「切迫した緊急性がなく、家庭環境は改善の方向に向かっている」として、親の同意なしに強制的に引き離す職権での保護を見送っていた。
 児童相談所は、子どもの安全を確保するために、虐待を受けた子どもを親から引き離し、一時保護することができる。原則は子どもや保護者の同意を得るが、放置すると「子どもの福祉を害する」場合は、職権で強制的に保護する権限を持っている。
 相模原児相の鳥谷明所長によると、2013年11月に生徒の額が腫れて顔に傷があることに当時通っていた小学校の教師が気付き、市に通報した。児相が経過を見ていた14年5月末、生徒は深夜にコンビニエンスストアに「親に暴力をふるわれた」と逃げ込み、警察に保護された。
 児相は両親から事情を聴いた上で虐待事案と認定。虐待をやめるよう両親を指導し、6月から男子生徒と両親を一緒に毎月1〜3回程度、児相に通所させた。それ以降、生徒は児相職員に「暴力をふるわれるので家にいたくない」「児童養護施設に行きたい」などと度々訴えていたが、児相は保護を見送った。
 その後、生徒は10月上旬から親の体調不良を理由に通所しなくなった。児相職員は学校を訪れて面談していたが、生徒は11月中旬、親戚宅で首つり自殺を図って意識不明となり、重度心身障害となった。昨年6月に児相に入所した後、容体が悪化して今年2月末に死亡した。
 厚生労働省は、職権による一時保護について通知で「保護者の反発をおそれて控えるのは誤り」とし、積極活用するよう求めている。鳥谷所長は「一人の尊い命がこういう形で失われたことについて大変深く、重く受け止めている」としつつ、「通所によって親との関係が改善しており、職権で生徒を保護するだけの緊急性、差し迫った状況はないと判断した」などと説明している。【高橋和夫、黒田阿紗子】
<児童相談所>
 児童福祉法に基づく、都道府県と政令市に設置が義務づけられている機関。2006年から希望する中核市も設置できるようになり、現在全国に208カ所ある。18歳未満の子どもや家庭に関する相談、調査をするほか、虐待を受けた子どもの一時保護なども担当する。15年7月からは児童虐待の全国共通ダイヤル(189番)の対応もしている。」(
2016/03/22付「毎日新聞」より)

Netで見ると、上の毎日新聞の記事が一番詳しいが、タイトルが気にくわない。「警察や児相指導むなしく」とは何だ。何でかばう!?

朝日のタイトルの方が、フィットする。
相模原の中学生自殺 両親の虐待で相談、児相は保護せず
 相模原市は22日、両親から虐待を受けて市児童相談所(児相)に通所していた男子中学生(死亡当時14)が、自殺を図って2月末に死亡したと発表した。児相には強制的に親から子どもを引き離して保護する職権などが認められているが、児相は「急迫した状況ではなかった」などとして保護していなかった。
 児相によると、2013年11月、生徒の顔がはれているなどと、市の担当課から通報があった。児相は当初、学校などを通じて対応していたが、14年6月の深夜に生徒がコンビニに駆け込み、警察官に保護される事案が発生。生徒が「親から暴行を受けた」などと説明したことから、以降は定期的に両親と生徒への直接指導を続けていた。
 だが、14年10月に母親の体調不良で両親への指導ができなくなった。児相は学校で生徒への指導は続けてきたが、生徒は11月中旬に親族宅で自殺を図った。その後、意識不明の状態が続いていたが、今年2月に死亡した。
 両親による生徒への暴力は遅くとも小学校高学年から続き、両親も認めていたという。児相は生徒の一時保護を提案したものの、親の同意が得られず、生徒への指導も可能だったことから、一時保護は行わなかったという。生徒は児相が関わる以前から継続して児童養護施設への入所を希望していたという。
 児相の鳥谷明所長は22日の記者会見で「我々がかかわってからは関係改善がみられたので、職権保護をしなければならないような急迫した状況ではなかった。対応は間違っていなかった」と説明し、「一人のお子さんの命が失われたことは大変深く重く受け止めている」とした。今後、対応が適切だったかについて市の審議会に意見を求めるという。また、両親の暴行と生徒の自殺との因果関係については、「因果関係を私の口からはっきりと述べることはできない」とした。」(
2016/03/22付「朝日新聞」夕刊p10より)

テレビで言っていた、相模原市児童相談所で少女を裸にしたという事件は、こんな事だったらしい。
児相職員 育成体制に不備…相模原市報告書
 相模原市児童相談所(児相)の職員が一時保護中の少女たちを全裸にして所持品検査を行った問題で、市は15日、検証報告書と再発防止策を発表した。実務経験の浅い職員が様々な課題を抱える子供の対応に苦慮し、適切な助言を受けられる体制もなかったことが問題の背景にあるとし、基本動作マニュアルを策定するとともに、他自治体との人事交流、外部の専門家による指導などを通じて職員の育成を図っていくという。(矢牧久明)
 報告書は全裸検査が発覚した昨年12月から今月8日にかけ、児相の一時保護所の職員50人(非常勤を含む)に聞き取り調査し、外部有識者の意見を踏まえてまとめた。
 全裸検査は昨年8月、子供たちが職員に要望などを伝える「意見箱」の記入用紙が1枚なくなったことから、女性職員2人が少女9人に対して行った。
 報告書によると、職員2人は当初、服のポケットの中を確認して所持品をチェックしようとした。しかし、以前に保護中の少女が売春に関するメモ書きを下着に隠していたことがあったため、女性上司が「その方法では不十分」と認めなかった。
 これを受け、職員2人は、1人が少女の前に立ってタオルを広げ、周囲から見えにくい状況にしたうえで、少女にすべての衣類を脱いでもらい、もう1人が衣類を細かく調べる方法を提案。上司は「不正抑止になる」と実施を指示した。
 報告書はこの点について「性急な対応」とし、「刃物などとは異なり、切迫した危険性があるものではなく、緊急に所持品検査を行う必要がなかった」と結論付けた。
 相模原市児相は政令市移行に伴い2010年に開設され、一時保護所は14年に開所したばかりだ。報告書は「職員の実務経験が浅く、専門的指導、助言が十分に受けられる体制ではなかった」と指摘。「想定以上の困難に直面し、職員は適切な対応の判断に迷っていた」といい、「児童に向き合うよりも、問題を起こさせてはならないという管理意識が強くなっていったと考えられる」とした。
 市は再発防止策として▽横浜、川崎市など他の自治体との人事交流▽所持品検査の具体的な方法などに関するマニュアル策定▽外部の専門家による定期的な専門的指導――などを挙げ、児相内部で人権侵害や虐待が疑われる事案が発生した場合は公表することにした。
 記者会見した佐藤暁・こども育成部長は「人権研修を継続的に行い、子供の立場に立った施設運営ができるよう職員を育て、信頼を回復していきたい」と述べた。」(
2016/03/16付「読売新聞」ここより)

子どもの最後の駆け込み寺である児童相談所が、こんな体たらく!
どうもその原因が、「相模原市児相は政令市移行に伴い2010年に開設され、一時保護所は14年に開所したばかりだ。」にあるとすると、市民にとっては、あまりに滑稽であり、悲劇!
こんなバカバカしい話はない。“誰か”が実力以上に背伸びをして、失速!?

カミさんがいつも言う。「親になってはいけない人が、親になっている。」
家庭というオリの中で、子どもは逃げ場が無く、このような痛ましい事件になってしまう。しかし、両親は罰せられない。
そして、この相模原市児童相談所も、この失態についてどう責任を取るのか?少なくとも、所長の発言からは、責任を取る姿勢はみじんも感じられない。その指導をするべき国は、この事態をどう捉えているのか?

先に、「石破茂地方創生担当相は15日の衆院地方創生特別委員会での地域再生法改正案の趣旨説明で、昨年成立した同法の法案を間違えて読み上げた。最後まで読んだ後、間違いを指摘された石破氏は「違うものだった。申し訳ない」と陳謝した。」という失態があった。
原因は「17日の聞き取り調査によると、事務方は今年の法案説明の原稿の書式をより見やすい昨年のものに変更しようとして、パソコンで昨年の原稿に今年の原稿を上書きして、書式を残す方法を試みた。しかし、上書き後の保存に失敗し、昨年の原稿のままになっていたという。石破氏は16日の衆院地方創生特別委員会で「途中で変だと気がついたが、どこかでちゃんとした文章が出てくると期待して読み、最後まで出てこなかった」と釈明している。」(ここより)

これは、大臣が、審議と言っても何も考えて居らず、ただただ事務方のレールの上を歩いているだけ、という体たらくを露見させてしまったが、間違えた事務方の人の将来は、これで吹っ飛んでしまったのでは!?

大臣に恥をかかせてしまった事務方の人と、将来がある少年の命を自らの怠慢で救えなかった相模原市児童相談所の責任者、いったいどちらの責任が重いのか?
今の日本は、人の命よりも大臣の恥の方がよっぽど重大事件なんだろうな・・と思いつつ聞いた事件であった。

繰り返す。(カミさんの言葉だが)
「親になってはいけない人を親にもってしまった子どもは、国が救い出さないといけない!」

160322ohayo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月20日 (日)

定年退職後のペース作り

今朝の日経に、まるで自分へのアドバイスのような記事があった。
定年退職後 時間かけてペース作り
 先月、海外に住む知人を訪ねた。観光などはせず、のんびりと時間を過ごす旅行だ。それでも、たまっていた原稿を書くつもりでパソコンや資料を携えて出かけた。
 しかし、時間ができたのにもかかわらず、執筆はほとんど進まなかった。うつらうつらしながら過ごしてしまった。怠け者だと自分でも思ったが、考えてみると、これは人間の自然な反応なのかもしれない。
 よいストレスという意味の「ユーストレス」という言葉がある。私たちは、仕事でも趣味でも、ほどほどのストレスを感じているときが最も力を発揮できる。まったくストレスがないと力が入らないし、力を入れすぎてもエネルギーが空回りしてしまう。
 今回、まさに心理的ストレスがない状態に置かれた私は、見事に何もできずに過ごすことになった。そうすると、仕事をしていない自分に対する罪悪感がわいてきた。
 団塊の世代の最後尾に属しているからだろうか、何もしないと居心地が悪いのだ。だからといって、何かをしようという元気が出てくることもなかった。
 この1年間、私は生活のリズムをつかむのに苦労した。昨年春に前職を定年退職したあと、自ら生活を管理し、仕事をしていくことになった。それだけ自由度が高まったのだが、つい無理をしてしまうなど、なかなかうまくいかない。
 今月で定年退職する人も多いと思うが、自分のリズムやペースを見つけるまでに、それなりに時間がかかると考えたほうがよい。焦らずにペース配分を考えながら、過ごしてほしい。(認知行動療法研修開発センター 大野裕)」(
2016/03/20付「日経新聞」p14より)

「ペース配分」だそうだ・・・
自分の場合は、恵まれていたと思う。最後の半年は、週3日で、8時半に家を出る重役出勤。よって“サンデー毎日”へはスローダウンだった。よって、それほど、ペースということは感じていない。でもこれからは分からない・・・。

充実した時間、というものはある。現役時代、ハツラツとして動いていた時は、何事もテキパキとしていた。その瞬間瞬間は、充実していた時間だったと思う。
しかし、引退も近くなってくると、時間全体が弛緩していたのは確か。
これからも、放っておくとそんな時間がダラダラと過ぎて行く。それではもったいない。だから、何かの目標を持って動くべき・・・
そう頭では思っている。

今日、Amazonに、月間予定表のホワイトボードを注文した。これからは予定表を見る機会は極端に減る。つまり、会社のように、何時から何の会議・・・という事は無いので、時間の感覚が違ってくる。
だから、何かの行事があるときは、よほど注意しないとダラダラした時間の中に埋もれてしまう。よって、“見える化”なのだ。
カミさんは、「そんなの設置しても、どうせ何も予定は無いのでしょう?」と言う。いやいや、カミさんがいつ居ないのか、も予定のひとつだ。

ま、自室の掃除から、ぼちぼちやるさ・・・

まだ自分には良く分かっていない、退職後の「ペース作り」ではある。

追)何と、長男が退職祝いをしてくれるとか・・・。せっかくなので、さっきカミさんと3人で、外食に行ってきた。いよいよ立場が逆転。自分もおごられる立場か・・・
嬉しいようでもあり、寂しいようでもある。

160320aitu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月18日 (金)

現役リタイアの日

実質、今日(2016/03/18)でサラリーマンとしての現役生活が終わった。ちょうど46年間だった。振り返ってみると、結構長かった。
現役時代、工場勤務が30年間、本社勤務が2年、子会社に移って7年余、知り合いの会社に移って7年弱の計46年だった。

会社で退職の挨拶回りをして、いつものように家に帰ってくると、何とカミさんから花束!!
おっと違った!? ここで感激してはいけない。何かヘンだ。花束ではなく、花瓶なのだ。しかもささっている花が、白い菊の花。つまり、先日お彼岸用に買った仏さま用の花が、何と退職祝いで出て来た!
これはウィットか? それとも節約? いやいや、サラリーマンとして“お陀仏”という意味か!?

まあ、赤飯を炊いて祝ってくれたので、そして、これからの我がリタイア生活を考えて、それ以上はこの事は論じない。

話を戻そう。
そもそもこのblogを始めたのは、「リタイア後は何をしよう?」がテーマだった。こんなblogを書きながら考えてみようかなと・・・
それから約10年も経ってしまった。それで、解は見付かった??

実は見付からなかったのだが、先日、兄貴からのチャレンジで、「それも良いかな」というテーマが見付かった。ここでは明かさないが、今後は少しそのテーマを考えてみようと思っている。

自分は結構「現役」にこだわってきた。何よりも、健康問題が大きかった。どこかに勤めていれば、生活のパターンが規則的になり、心も拠り所を得て安定する。
生活のパターンが変わるリタイアの時期は、病気に注意、とはよく言われる。自分が思うに、これは結局“住み家”または“居場所”の問題のような気がする。
サラリーマン一途の男が、会社という拠り所から放たれたときの不安定。それが病気を呼び込むような気がする。
だから現在、テーマが“見付かりそう”な自分は安心!? ところがそうではない。そんな簡単なものではない。

とは言っても、振り返ってみるに、自分のサラリーマン生活は恵まれていたと思う。最大に恵まれていたのは、“時代”。
1970年入社の自分は、高度成長期のまっただ中。給料は毎年数10%ずつ上がり、とにかく仕事をこなすのに精一杯。仕事が無くなる、会社が潰れる、と言うようなことは一切考えなくて済んだ。行け行けどんどんの時代だった。
しかし、さすがに定年を意識する頃になると、会社の業績も黄色ランプが点り、リストラという言葉も一般化してきた。そして希望退職の募集が始まった。
でも、何とか自分は逃げ切った。子会社や、縁ある会社での計14年間の延長線は、まさにラッキー。
健康的にも、現役時代、ストレスから来る難聴や、胃酸の出過ぎ、心臓の勝手な振る舞いはあるものの、命に関わる事がなかったのもラッキー。
その他も、まあまあラッキーだったのでは?? 全てが“時代”だった・・・

さて、それで今後だ・・・
このblogは10年も続いているので、これも何かの縁として、気が向いたときに書くとして、さてその他の生活は??

とりあえず、カミさんに言う通りに動くしかない。これだけは決まっている。
テレビの影響で「この家で暮らす限り、私の言葉は絶対だ!」なんて、言いやがる!
トホホ・・・

まあボチボチ・・・。結局、これが行き着いた現在のスタンスのようである!?

160318fukutuu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月17日 (木)

タイムシフト視聴用アダプタを買う~DBP-S600

カミさんが女子会で、友人から、タイムシフトマシンを別のテレビで見られるアダプターがあるという話を聞いてきた。
我が家のタイムシフトマシンは、東芝のDBR-M190。買って4年になるが、非常に重宝している。使い方は、カミさんが台所で“ながら”で見ている番組で、気になった番組を後で確認することが主。
もちろん台所のテレビで、DBR-M190をLAN経由で見られるようにはしてある(ここ)。しかし、その操作性の悪さ(番組を探すのが大変!)から、実際にはほとんど使っていないようだ。

実は、自分の部屋のテレビでは過去番組は見られない。つまり自分のテレビは型が古いため、LAN経由のDLNAに対応していないため、M190の視聴が出来ない。
それで、“現役リタイア祝い”に、自室でもタイムシフトを買おうかと思ったが、躊躇している。つまり、そんなに見ることは無いのではないかと・・・。
よって、自室のテレビで居間のタイムシフトマシンが“ちょっとだけ覗けたら”それで済むのだが・・・

それが、女子会で聞いてきた話は、ネットワークアダプタによって、別室で見られるようになったという体験談。
160317dbps600 そうか、アダプタという手があったか・・・と、早速Netで検索すると、東芝の「ブルーレイディスクプレーヤー DBP-S600」(ここ)というものがあった。確認すると、カミさんの友人もこれを買ったという。
対応機種にM190が載っており、何よりも過去番組の表示が、番組表形式なので良い。

まさに、これだ!と思って、昨日、直ぐに注文。今日送られて来た。
さて、セットしての感想・・・。

まず操作性。台所にある東芝のテレビのレグザリンクでの過去番組視聴と、つい比較してしまう。

<東芝テレビのレグザリンクと比較した難点>
・番組表だが、DBP-S600を立ち上げても、新しい番組がない。「過去番組の更新」ボタンを押す必要があり、結構時間がかかる。これはストレスになる。
・30秒スキップのボタンがない。東芝のテレビでは、LAN経由でも30秒スキップのボタンは機能する。これが無いと、CMスキップに不自由。
・早送り、巻き戻しの画面が荒い駒落としなのは残念。
<良い点>
・M190ダイレクトと同じように、過去番組表から番組を選択が出来ること。これは良い。これが無かったら、自分もDBP-S600を買わなかったほど・・・。

<M190ダイレクト視聴のリモコンとの差>
・レグザリンクでも同じだが、番組毎に転送しているためか、番組を連続して見ることが出来ない。つまり、3時間番組の最後を見たい時など、延々と早送りが必要。M190のリモコンのように、後の番組を選んで、戻しボタンで前の番組の最後を探すことが出来ない。自分もあまり勉強していないが、DLNAから来る制約なのかも知れない。

<東芝テレビのレグザリンクもDBP-S600も>
・LAN経由で見る場合は、M190の電源を入れっぱなしにしておく必要がある。

ともあれ、自室でも過去番組を見ることが出来るようになった。
しかし結論として、やはり自室用のタイムシフトは別に買いそう・・・・。過去番組表の収集など、あまりに操作性が悪い。
この製品はあくまで「ブルーレイディスクプレーヤー」なので、過去番組の視聴はオマケ機能なのかも知れない。
Panaの今年の春バージョンの発表を待つか・・・・

ともあれ、ひょんなことで、“ちゃっちい”ものの、たった1万円で、自室でも過去番組を見られるようになった、という話である。
それにしても、女子会での友人、こんな新発売の製品を良くウォッチしているものだと、カミさんと感心する事、しきりであった。

160317ink <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月15日 (火)

NHKスペシャル「原発メルトダウン 危機の88時間」を見て

NHKスペシャル「原発メルトダウン 危機の88時間」(2016/03/13放送、再放送は3/15の深夜)を見た。
前にも同じような番組があったが、改めて原発事故の恐ろしさを知った。

NHKの解説にはこうある。
NHKスペシャル「原発メルトダウン 危機の88時間」
世界最悪レベルとなった原発事故から5年。東京電力福島第一原子力発電所では、事故の後処理、廃炉の作業が日夜続けられているが、今なお溶け落ちた核燃料の状態を直接見ることさえできず、事故の全貌は明らかになっていない。あの日、現場で何が起きていたのか?なぜ、放射能を封じ込めることができず、大量放出に至ったのか?NHKは事故直160315fukusima 後から、「メルトダウン・シリーズ」として、専門家とともに独自の事故検証を行い、内外に高い評価を得てきた。非常用の冷却装置を使えず、一気にメルトダウン・水素爆発した1号機。原子炉冷却の“切り札”とされた消防車による注水に死角があり、メルトダウンを食い止められなかった3号機。そして、故・吉田所長が死をも覚悟したという2号機の危機…。今回、そうしたこれまでのスクープを網羅し、新たに東電関係者など500人を超す当事者たちの証言を加え、事故を決定づけた、震災発生からの88時間を映像化する。最新の解析結果から再現された原発を襲う津波の全貌。「まるでミサイルのような」と現場が証言した水素爆発の精細なCG。88時間を、時間軸に沿いながら、中央制御室や免震重要棟など現場が何を目撃しどう行動したのか、密室の緊迫したドラマを詳細に描いていく。これは、これまでの科学調査報道に「ヒューマンファクター」を加えた、震災5年目における「メルトダウン」の決定版である。」(
NHKのここより)

戦後史が、書く人により、書く視点により様々に描かれるのと同様に、この原発事故も、描き手によって、いかようにも表現される。責任の所在も含めて・・・
よってこの番組も、Netで検索すると、色々な意見がある。
しかし、ここでは、番組への評価は別にして、原発事故そのものを考えてみたい。

この番組で描かれている88時間は、起こったことをこのドラマで取り上げるかどうかの“取捨選択”はあるだろうが、少なくとも事実の一端は描かれている。
今の自分には、それだけで、充分。つまり「原発は怖ろしい」ということへの再認識には、充分な内容だった。

ひとつ残念なのは、この番組では、1~3号機の事故については描かれているが、4号機については触れていない。前に「福島第一原発4号機~東京を救ったのは、東電の工事の不手際だった」(ここ)でも書いたように、4号機では、「米国の専門家が「福島第一原発4号機の燃料棒を保管するプールに水がほとんどない」と指摘したことを受けて、「米国政府が、福島第一原発の半径五十マイル(約80キロ)に住む米国民の避難を求めた」事でも有名。さらに、「50キロ圏内は速やかに避難。汚染レベルが高くて移転を求めるべき地域が110キロまでの範囲の中に生じる。移転希望の受け入れは200キロ圏が対象になる」と政権内部で考えられていたのだ。

まさに、吉田所長が、最悪東日本には人が住めなくなる、と予想し、最後は神頼みしか無かった、という現実がそこにあった。
この番組で改めて振り返ってみても、まさに神風でありラッキーの連続以外の何物でもなかったこの事故。
東日本に住めなくなると言うことがどう言うことか? 福島でさえこれだけ悲惨なので、もう想像を絶する事態。つまり原発事故は「誰も責任を取れない」状況になり得ると言うこと。東電の幹部と、政府の役人が全員クビをくくっても責任は取れない。

そんな、人間の生活を根こそぎ破壊しかねない、そして人間が御しきれない神の領域の原子力を、果たして人類は使って良いものか??
核兵器も、飛行機事故で爆発寸前に行ったこともあり(1961年ゴールズボロ空軍機事故)、核の事故が人類に与える影響は想像を遙かに超える。

100%の安全はない、と証明した福島原発事故。それを先取りして原発を止めたドイツ。
一方、福島は福島として、原発再稼働に走る政権。

前にも書いたが、現役時代に原発の仕事に携わっていた関係で、自分はどうも原発には甘かったが、この番組を見て、それを完全に打ち砕かれた。
内容の評価は色々あるにせよ、将来に残しておきたいNHKのドキュメンタリードラマである。

160315sunao <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月14日 (月)

マクドナルド、再生は可能か?

カバンの底から、昔の日経の切り抜きが出て来た。1ヶ月も前の記事だが、たぶん今でも新鮮だろう。

マクドナルド、再生は可能か 「客離れ」に隠れた問題点
 原価よりも安い値段で商品を売ったらどうなるか。赤字となるのは明白だ。それを実践しているグローバル企業がある。日本マクドナルドホールディングスだ。優秀な人材を多く抱え、数字には明るいはず。同社は商売の基本を踏み外しているのではないだろうか。
 「(日本進出以来)過去45年の歴史の中でもっとも厳しかった」。同社が発表した2015年12月期決算。サラ・カサノバ社長は決算を振り返った。言葉通り、最終損失は347億円で、01年の上場以来最大の赤字決算に沈んだ。使用期限切れ鶏肉事件や異物混入などによって客離れが進んだことだけが理由だろうか。
 冒頭の話に戻るとこうなる。前期の直営店舗売上高は1425億円。一方、材料費や労務費などの原価は1431億円。原価率は100.4%になる。売るだけ赤字が膨らむ負け戦だ。創業者、藤田田氏が陣頭指揮を執り、低価格化に突き進んだ00年12月期でも原価率は79.3%。利益は出ていた。100%超は上場以来、今回が初めてだ。
 ファストフードでは原価率は60%台が一般的といわれる。日本マクドナルドの原価率は高めだったが、薄利多売の高速回転で利益を積み上げていった。それを支えていたのが商品開発、価格設定、セットメニュー、広告宣伝、出店選定などの精緻なマーケティング手法だったはず。
 だが旧経営陣末期の12年12月期ごろから原価率が急上昇する。勝利の方程式を解けなくなってきていた。チキンを使ったバーガーで3倍以上の価格差をつけたり、チーズバーガー2個の合計金額がダブルチーズバーガー1個の金額よりも安いことがネット上で「不思議だ」と話題にもなったりした。原価以上の価格を設定するのが難しいのなら、消費者が認める価値の創造力がないことになる。
 直営店と同様の商品、サービスを提供するフランチャイズチェーン(FC)店での営業も厳しいに違いない。そのため同社はFC店に対して前期に135億円の財務施策を実施。だが本業で稼ぐためにFC店になった加盟店主にしたらたまったものではない。ミルク代よりも原価を上回って売れる価値のある商品を求めるのは当然だ。
 財務基盤が脆弱なFC店が構造的な業績不振に見舞われた時は本部がブランド維持のためにFC店を直営店化することがよくある。例えば吉野家は競合激化など外食環境が変化するなかで4割あったFC店を順次、直営店に転換し今では1割を切った。日本マクドナルドのFC比率は7割近くで高止まりしている。
 同社は1月に33カ月ぶりに来店客数が前年を上回り、今月は名前を公募した新商品も人気だ。40代の同社OBは「あれだけのブランド力があるから復活できる」と古巣の行方を見守る。
 カサノバ社長も会見で「今年は明るい一年になると確信している」と語った。ならばなぜ、米本社が同社の一部株式の売却を検討しているのか。旧日本軍のように戦局不利なのにあたかもそうでないような「転進」という意味合いになっていないだろうか。外資系だからそんなことはないと思いたいが。(編集委員 田中陽)」(
2016/02/22付「日経新聞」p9より)

別に自分はマックのファンでもないのだが、衰退すると困る。理由は、近くにある唯一のファーストフード店なので・・・

閑古鳥が啼いていて、バスの中から「今日の客の入りは?」と店内の様子をうかがっていた頃に比べ、今はだいぶ良くなってきているようだ。
先日も書いたかも知れないが、何よりもコーヒーが濃くなった。前は、量だけは多いが、まるでコーヒーの味がしなかった。それほど薄かった。それが最近はちゃんとしたコーヒーになっている。
そのせいか、昨日もイトーヨーカドーのフードコートのマックで、100円コーヒーを飲もうとしたら、長蛇の列であきらめた。

このまま、客が戻って、経営が良くなると良いが・・・
繰り返すが、散歩の時の“ご褒美コーヒー”が無くなるのは寂しいので・・・。

160314hiragana <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月13日 (日)

「希望の牧場」~福島の売れない肉牛にエサを与え続ける牧場

カミさんに「何かブログネタ無いか?」と聞いたら、この絵本を持ってきた。
森 絵都・作、吉田 尚令・絵による「希望の牧場」という絵本だった。

絵本なので直ぐ読める。
この絵本について、Amazonの解説にはこうある。
希望の牧場 (いのちのえほん23)
内容紹介
原発事故後、福島で牛たちの声なき命を守る
この絵本は、福島原発の警戒区域内に取り残された「希望の牧場・ふくしま」のことをもとにつくられた絵本です。
160312kibounobokujyou 「希望の牧場・ふくしま」では、餌不足の問題が深刻化していくなか、今も牛たちを生かすための取り組みが続いています。
東日本大震災のあと発生した原発事故によって「立ち入り禁止区域」になった牧場にとどまり、そこに取り残された牛たちを、何が何でも守りつづけようと決めた、牛飼いのすがたを描きます。
売れない牛を生かしつづける。意味がないかな。バカみたいかな。いっぱい考えたよ。
「オレ、牛飼いだからさ」

出版社からのコメント
闘いつづける「希望の牧場」のすがたを、「悲しみ」ではなく「強さ」をこめて絵本に残せたらと考えました。 ―森 絵都

東日本大震災のあと発生した原発事故によって「立ち入り禁止区域」になった牧場が、福島県の浪江町にあります。
だれもいなくなった町の牧場にとどまり、そこに取り残された牛たちを、何が何でも守りつづけようと決めた、牛飼いのすがたを描きます。

「希望の牧場・ふくしま」では、餌不足の問題が深刻化していくなか、今も牛たちを生かすための取り組みが今も続いています。」(Amazonのサイトより)

この物語?は、現実の話だという。
印象に残る言葉が、「牛飼い」「エサ食って、クソたれて――まいにち、それだけだ」「意味をなくしたのは、牛だけじゃないぜ。」「すべてが意味をなくした。」「売れない牛に、まいにち、エサをやる。」「な、オレたちに意味はあるのかな?」
そして最後の言葉が、
「オレは牛飼いだから、エサをやる。きめたんだ。おまえらとここにいる。意味があっても、なくてもな。」

Netで検索すると、「希望の牧場・ふくしま」(ここ)と同時に、通販生活のサイトに、畠山理仁氏による「決死救命、団結!――希望の牧場・吉沢正巳の訴え」(前編はここ)(後編は ここ)というサイトが見付かった。このドキュメンタリーを読むと、事情が良く分かる。

話は変わるが、先日、テレビのドキュメンタリー番組で、無人化した福島の街の様子を見た。ドローンで撮ったのだろう、空中からの映像には、家の周りからツタの枝が伸び、家全体を、屋根の上のテレビのアンテナまで覆う姿が映っていた。自然の力で、住んでいた家が飲み込まれていく・・・
そして街を闊歩するイノシシの群れ。動物たちの住みかは、無人の家。
それら動物たちは、当然放射能に汚染されている。

現在日本のある地区が、まさに人のは入れない空白の地帯として存在している。そこで、汚染されながらも生き続けている牛たち。肉牛として価値が無くなっても、そして「元農水省の役人からは『動くがれき』とまで言われてしまった存在」でも、エサをやる吉沢さん・・・

我々も今一度立ち止まって、今後の日本の原発を考えてみないといけないな、と思った。
幸いなことに?今朝のTBS「サンデーモーニング」でも言っていたが、“政権の方向に反する判決を出しても、最近の最高裁は、その裁判官を左遷させなくなった”そうなので、少しずつ変わって行くかも知れない。

160313ebi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月12日 (土)

安倍首相、保育所を「保健所」と誤読

このニュースが、なかなか面白い。
今朝、朝日新聞を読んでいて、この誤読の記事が見つからない・・・
批判的な朝日が・・・おかしいな? 日経には「首相、保育所を「保健所」 言い間違え」という囲み記事があったのに・・・

Netで検索すると、何と産経新聞の記事が一番詳細なように見えた。
安倍首相、「保健所」誤読で議場騒然 「子供の苦労ないから…」と共産委員長
 安倍晋三首相は11日午前の参院本会議で、待機児童の解消に関し「保育所」と答弁すべきところを「保健所」と誤読した。首相は「保育所」と言い直したものの議場が騒然となった。共産党の吉良佳子氏の質問への答弁。
 これに対し、共産党の小池晃政策委員長は11日の記者会見で、「子供を保育所に預けた経験があり、苦労した経験がある、あるいはそういった苦労している人の声に耳を傾けたことがあれば、保育所を保健所と言い間違えることはない」と批判した。
 小池氏はこれとは別に「こういう問題で苦労していたら、あまりああいう言い間違いはしない」と語り、「耳を傾けたこと」の部分を省いて首相を重ねて批判した。首相には子供がいない。
 小池氏は首相の誤読について「お疲れなのかなあという感じを受けたが、疲れたで済まされる話ではない」と強調。「(待機児童問題について)本当に真剣に向き合う姿勢なのかなという感じがする」と述べた。同時に「言い間違いだということですぐに訂正したので、これ以上責任を追及することはない。首相にはきちんと答弁していただきたい」と注文を付けた。」(
2016/03/11付「産経新聞」ここより)

TBSのサイトには、画像付きのニュース番組が載っていて、議会の状況が分かる。

首相「保育所」言い間違え、議場が騒然とする場面も
 野党側が待機児童の問題をめぐる政府の対応について追及を続けるなか、11日の参議院本会議では安倍総理が「保育所」を「保健所」と言い間違え、議場が騒然とする場面がありました。

 「待機児童の解消は待ったなしです。この4月から保育所に入所できない多くの親たちが先週末、保育園に落ちたのは私だ、と国会前に集まり、ネットの署名は約1週間で2万8千筆に達しました。この切実な声を総理はどう受けとめているのでしょうか」(共産党 吉良佳子参院議員)

 「厚生労働大臣に届けられた署名を受け取って拝見しました。子どもが生まれたのに保健所に預けられない、仕事を続けられない。子どもが生まれたのに保育所に・・・。子どもが生まれたのに保育所に預けられない。仕事を続けられないという大変なご苦労、切実な思いが伝わってまいります」(安倍首相)

 安倍総理は「保健所」を「保育所」と言い直し、このように述べたうえで、「働くお母さんたちの気持ちを受け止め、待機児童ゼロを必ず実現させる決意だ」と強調。保育士の待遇についても「この春にとりまとめるニッポン1億総活躍プランの中で、具体的で実効性のある改善策を示し、人材を確保していく」と訴えました。
 しかし、総理の言い間違いで本会議場はしばらく騒然とし、民主党の加藤参議院国会対策委員長は「同じ政治家として間違ってほしくない。保健所となるとニュアンスが違ってくるのでやや感じが悪い」と批判しました。(11日12:58)」
(2016/03/11付TBSニュースここより)

この議場のやりとりを見ると、共産党議員が自分の言葉で述べているのに対し、安倍首相の答弁は、明らかに、答弁書の棒読み。自分は何も考えていない。頭が何も考えていないので、目が文字を追って口に出しているだけ。だから“読み”間違える。
野党が「子供を保育所に預けた経験があり、苦労した経験がある、あるいはそういった苦労している人の声に耳を傾けたことがあれば、保育所を保健所と言い間違えることはない」と指摘している通りだと思う。

お忙しい総理なので、答弁書の棒読みも仕方がないのかも知れない。うっかり自分の思うことを言ってしまうと、先の「そのメールについて私は承知しておりません」「匿名ということですので、実際どうなのかということは私は確かめようがないのでございます」(ここ)という答弁になってしまって、そっちの火消しの方が大変だから・・・。

しかし、こんな国会のこんなシーンで、国民は分かってしまう。今の日本の政治が・・・
そして深く絶望する。
日本の政権の目が、国民を向いていないことが良く分かる出来事だな、と思って聞いたニュースではあった。

160312syake <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月 9日 (水)

「報道圧力 安倍政権はやめよ」ワシントン・ポストが社説

こんな記事を読んだ。
「「報道圧力 安倍政権はやめよ」 ワシントン・ポストが社説
米有力紙ワシントン・ポストは6日、政治的に公平でない放送を繰り返す放送局に電波停止を命じる可能性に言及した高市早苗総務相の発言や安倍晋三首相に近い自民党議員による勉強会での沖縄2紙への圧力などを取り上げ、安倍政権はメディアに圧力をかけるべきではないと批判する社説を掲載した。
 ワシントン・ポスト紙は高市氏の発言の背景には安保法制に関する報道など「メディアに対する安倍晋三首相のいら立ち」があると分析した。NGO「国境なき記者団」が調査した2015年のランキングで、日本の「報道の自由度」が180カ国中61位となっていることも紹介した。
 社説は「日本が戦後に成し遂げたことの中で最も誇るべきものは、経済の奇跡ではなく、独立したメディアを含む自由主義制度の確立だ」と指摘。「首相にいかなる目標があっても、それら(自由主義制度)を犠牲にして追求するべきではない」と強調した。【ワシントン=問山栄恵本紙特派員】」(
2016/03/09付「琉球新報」ここより)

この記事に関し、ワシントン・ポストの社説そのものが読みたいと、検索すると(こ)のサイトに訳があった。

「(2016年3月5日付「ワシントン・ポスト」紙の社説)
日本では、政権に都合の悪いジャーナリズムはつぶされる
 3年前の選挙時に安倍総理によって打ち出された、日本の低迷中の経済を活性化せんとする野心的プログラムであるアベノミクスはこれまでのところ好調であるといえるものではない。安倍首相は、財政的刺激、金融緩和、構造改革(「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略」)のための「三本の矢」を放つと約束した。日銀が、最近のマイナス金利を含め、急激な反デフレ手段を講じ、安倍氏は金融面で劇的な政策を打ち出した。しかしながら、2015年終盤の3ヶ月間のマイナス成長を含め、迫力に欠ける結果を見て、日本市民は不安感をいだき、安倍政権の支持率も落ち込んできている。一方、中国と北朝鮮は軍事力を示して地域の安定を乱そうとしている。
 こうした悪いニュースに囲まれると、一般的に、多くの指導者達は、それらのニュースを報道するメディアを非難し始める。残念ながら安倍氏も例外ではない。事実、政府とその支援者達による公式・非公式のメディアに対する圧力は、安倍氏が首相になってからの不満のタネ(a sore point )である。多くの市民が、2014年1月の、公共放送であるNHKの運営を任された安倍政権支援者の台頭の後ろに、批判的報道を封じ込めようとする安倍氏の傾向があるとみている。NHKの新会長は、従軍慰安婦問題で戦争時にはどこの国でもあることと発言した。それ以来、自民党の調査会は、NHKとテレビ朝日の幹部を呼びつけ、自民党議員は沖縄の二紙の広告収入をなくすと脅した。安倍氏は、沖縄の件ついては謝罪した。
 最近、政府の意向に反することで知られている3人のテレビ・ジャーナリストの辞任することになった。これは放送網に対して、安倍氏を支持する有力者からの圧力があったのでないかとみられている。これらの辞任は、政治報道で「公平さ」を欠く放送局の放送免許を取り消し可能性を述べて波紋を呼んだ高市総務大臣の発言とも時期が重なる。日本民間放送労働組合連合会は放送局に対する「どう喝」であると非難した。2015年、国境なき記者団は報道の自由度で日本を世界180か国中、61番目であるとの評価を発表した。これは11番目とされた2010年からの大きな後退だ。
 安倍政権を苛立たせている報道は主に集団自衛権などの安全保障政策についてであり、これに関する日本メディアの報道は、米国の報道基準では生ぬるいものにすぎない。しかし経済と安全保障の両方の分野で、日本が課題に直面しているのは事実だ。安倍氏はこうした問題に対応するために必然的な物議をかもしつつも、自国を近代化しようとしている。しかし、戦後日本成果の最も自慢すべきは経済の「奇跡」ではなく、独立したメディア(independent media)を含む自由な機構の設立であった。安倍氏の目標はこうしたメディアの自由等の犠牲のもとに行われるべきではない。(「
Squelching bad news in Japan」The Washington Post(2016年3月5日)」(ここより)

この訳が載っていた(ここ)のサイトは、なかなか面白い。Netでは、大メディアが決して論じない観点で、政権批判をしている。

話は変わるが、巨人軍の野球賭博問題で、読売新聞のドンが辞任するという(ここ)。

メディアを浄化する?には、野球賭博しか無いのか・・・!?
そして、日本で唯一戦っているメディアは「週刊文春」しか無いのか・・

それにしても、上の社説で指摘された「2015年、国境なき記者団は報道の自由度で日本を世界180か国中、61番目であるとの評価を発表した。これは11番目とされた2010年からの大きな後退だ。」という現状は、まさに民主主義国家としての日本の恥。

アメリカにただただ追従する日本の政権だが、相変わらず、幾らアメリカからの話でも「自分に不利な話」には耳を傾けないのかな??
何とも、国としてみっともない状態になったものだ。

●メモ:カウント~860万

160309hitode <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月 6日 (日)

「護憲」で本当に勝てるのか~改憲は現実!

今朝の日経新聞で、うなる記事を読んだ。
「(風見鶏)「護憲」で本当に勝てるのか
 写真は60年前、1956年の参院選を報じた日本経済新聞である。違和感を覚えないだろうか。いちばん大きな見出しは「革新派3分の1を突破」。第1党の自民党については「前議席160306gokenn を維持」とあるだけだ。
 当時の読者にはこれで十分だった。この選挙が「3分の2」と「3分の1」を争う戦いであることを誰もがわかっていたからだ。
 その前年、左右社会党の合同と自民党の結党により55年体制が始まる。保守と革新の最初の激突となった参院選の争点は一も二もなく「イコール再軍備」である憲法改正の是非だった。
 自民党が改憲の国会発議に必要な参院の3分の2以上を占めるのか、それとも社会党など革新勢力が3分の1以上の議席を得て阻止するのか。与野党の勝敗ラインはそこに敷かれた。
 この初陣で目標を達成できなかった自民党は続く58年の衆院選でも3分の2に届かなかった。改憲ハードルの高さを思い知り、選挙で憲法を争点に据えることはなくなった。
 今年7月の参院選はそれ以来、久しぶりの憲法決戦になりそうだ。自民党は13日の党大会で採択する運動方針に「憲法改正を行うには衆参両院の3分の2以上の賛成および国民投票における過半数の賛成が必要である」と明記する。
 憲法の規定を復唱しただけではあるが、昨年の運動方針にはなかった表現だ。安倍政権が「3分の2」を強く意識していることが読み取れる。
 安倍晋三首相は1月の年頭会見で「憲法改正は参院選でしっかり訴えていく」と言明した。以降もエンジン全開状態で、今月2日には「私の在任中になし遂げたい」と期限を切った。
 迎え撃つ野党はどうだろうか。民主党の岡田克也代表は「安倍政権のもとでの憲法改正は認めない」と力説する。2月の社民党大会では5野党の首脳クラスが手をつないで共闘する姿勢をアピールした。
 ただ、個々の野党議員に話を聞くと、本当に危機感を抱いているのかと首をかしげたくなることがある。
 「アベノミクス一本やりで3分の2を取っても、改憲が承認されたことにはならない」「自民党は改憲を争点化しないでしょ。勝てないから」
 どの程度訴えれば争点化したことになるのかの判断は難しいが、首相がこれだけ憲法改正に意欲を示していても「死んだふり」と言えるだろうか。
 憲法を争点に据えると自民党が“敗北”するという過去の常識がまだ生きているかも疑わしい。
 改憲勢力とされる自民、公明、おおさか維新の会、日本のこころを大切にする党の4党合計で参院の3分の2以上を占めるには、7月の参院選で77議席を獲得する必要がある。
 公明党が3年前と同じ11議席、おおさかが仮に5議席を取るとすると、自民党のノルマは60議席前後になる。衆参同日選という追い風があれば、3年前の65議席をも上回るかもしれない。そう考えると改憲勢力がこの夏、3分の2に達しない方が驚きである。
 そのとき、護憲の人々はどうするのだろう。「争点ずらしにしてやられた」とはもう言えまい。国会前デモの写真を振りかざして「こちらが民意だ」となお叫ぶのだろうか。
 「まだ国民投票がある」とは言えようが、安倍首相が(2018年の党総裁任期は延長でクリアし)19年夏に衆院選と参院選と国民投票のトリプル選を仕掛けないとも限らない。
 護憲勢力は自分たちがもはや瀬戸際に追い込まれていることを本当にわかっているのだろうか。(編集委員 大石格)」(
2016/03/06付「日経新聞」p2より)

この記事を読んで、誰もがヤバイと思うのでは?
逆に、あまりに我々は改憲に対して、ノー天気なのかも知れない。

上の記事にあるように、13年の参院選で、自民は65議席の実績。それを、今回は60議席を取ると、3分の2に達する可能性があるという。だから「改憲勢力がこの夏、3分の2に達しない方が驚きである。」!!

もはや国会前でのデモなど関係無い。幾らデモをしても、聞く耳がない首相には届かない。
1603060305asahi 国民が3分の2を与えてくれたのだから、それが民意だ。と改憲に突き進むだろう。
安倍首相は政治の、いや“国民をお手玉に取る”プロである。上にあるように、「19年夏に衆院選と参院選と国民投票のトリプル選を仕掛けないとも限らない。」

もはや、憲法改定は、首相の手の内にある、と思った方が確実。
その現状に対して、国民がどう動くのか?
国民がただただ静観して、テレビで“首相が『してやったり!』と本願を果たす満面の笑み”だけは見たくないのだが・・・

160306tewoagena <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月 5日 (土)

「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」

先日、カミさんが何かのチラシに載っていたという、こんな切り抜きを見せた。
「人類の幸福とは何か、深く問いかける絵本
『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』
くさばよしみ編/中川学絵
2012年、ブラジルで開かれた国際会議。世界各国が環境が悪化した地球の未来について160305speech 話し合いました。各国代表者が意見を述べ、会議も終わりに近づいたころ、ウルグアイのムヒカ大統領の番になりました。給料の大半を貧しい人に寄付し、公邸ではなく農場暮らしという小国の大統領の演説に、会場の人たちは関心を抱いていないようでした。しかし、演説が終わったとき、大きな拍手が起こったのです。」

これがYoutubeで見られる。

訳が(ここ)にあったので、じっくりと読んでみよう。
ムヒカ大統領のリオ会議スピーチ: (訳:打村明)
会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。
ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。
しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?
質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。
息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?
なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?
マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。
私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?
このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?
このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。
現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。
ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。
このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。
石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。
昔の賢明な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。
国の代表者としてリオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。
私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。羊も800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。
私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。
そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。
幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。
ありがとうございました。」(
ここより)

160305uruguay そもそも「ウルグアイって、どこだっけ?」・・・
南米のブラジルとアルゼンチンに挟まれた国だった。
国の名前は聞いたことがあっても、場所を直ぐに言えなかった。

Wikiで「ホセ・ムヒカ」を見ると、こんな記載があった。
「彼の個人資産は、フォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)(トラクターと農地と自宅も所有している。 )のみで、大統領公邸には住まずに、首都郊外の質素な住居に暮している。また、給与の大部分を財団に寄付し、月1000ドル強で生活しており、「世界で最も貧しい大統領」として知られている。彼の愛車である1987年製フォルクスワーゲン・タイプ1(2014年現在の価値は2800ドル(約32万円))をアラブの富豪から100万ドル(約1億1600万円)で買い取る事を打診された際、2014年11月14日にラジオで「友人たちから貰った物だから、売れば友人たちを傷つけることになる」と、これを拒否する発言をした。
リオ会議(Rio+20)では、経済の拡大を目指すことの問題点を明確に演説した。また、「世界で一番貧乏な大統領」の絵本が、日本でも出版された。」(
Wikiより)

ブータンと同じで、人間の幸せは、果たして消費か?という指摘。
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

耳が痛い。

それにしても、憲法までも我が物にしようとしているどこかの首相とは大違い。
せめて国のリーダーは、“私欲にまみれている人”であってはいけない。そんな人は絶対に排除しなければいけない。
こんな真に国民の幸せを考えて政治をする大統領を持つ国の人は、どんなに小さな国でも、どんなにお金が無くても、人間として幸せなのだろう。
自分も、結果として「利益」追求の数十年間だったが、せめてこれからは自然体で暮らしたいものだ。

(2016/03/14追)
ムヒカさん、4月に初来日 絵本「いちばん貧しい大統領」
 「世界でいちばん貧しい大統領」の愛称で知られる南米ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカさん(80)が4月に初来日することが14日、分かった。日本を訪れる理由を「本当の幸せについて、日本の人々と相互理解を深めたい」と説明している。
 4月5日に来日、記者会見や大学生を対象にした講演会を行う予定。
 ムヒカさんはゲリラ活動により投獄された後、1994年に国会議員となり、2010年から昨年にかけては大統領を務めた。給料の大半を貧しい人々に寄付し、古い愛車を自分で運転し、農場で質素に暮らす清貧ぶりで国民に愛された。
 ブラジルのリオデジャネイロで開かれた国際会議で12年に行ったスピーチでは、欲望に満ちた文明が人類を危機に陥れていると訴え、「私たち自身の生き方を見直さなければならない」と呼び掛けた。
 演説は反響を呼び、日本では絵本「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」(編・くさばよしみ、絵・中川学、汐文社)の発行部数が16万部を超えた。今月下旬には、政治家としての業績を紹介する書籍がKADOKAWAから文庫で発売される。〔共同〕」
(2016/03/14付「日経新聞」夕刊より)」

160305inu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年3月 3日 (木)

「自分の寿命を知りたい?」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(be between 読者とつくる)自分の寿命を知りたい?
 織田信長が好んだという曲舞(くせまい)の言葉「人間五十年」。実際、つい百年ほど前までは日本人の平均寿命は50歳未満でした。しかし戦後は伸びつづけ、いまでは女性が87歳に迫り、男性も80歳を超えました。そこで聞いてみました。ちょっとSFっぽい質問です。「もし自分の寿命が分かるなら、知りたいですか?」

 ■長寿の迷い、さまざま
 結果は、寿命を知りたい派と知りたくない派が伯仲した。興味深かったのは、その理由。トップはいずれも、そのほうが、「人生を有意義にできるから」だった。
160303jyumyou  知りたい派の多くは、人生を計画的に進められると期待する。「車の買い替えや家のリフォーム。お金のかかることを、どの時期にするのがベストか知りたい」(静岡、46歳女性)、「残された日々に感謝し、一生懸命生きる。会いたい人に会い、歌い、笑う」(大阪、47歳女性)。
 大阪の公務員の女性(56)は、定年まであと3年あまり、若いころに諦めた「大学で歴史学・民俗学・宗教学の勉強をする」という夢を実現したいと書く。「自分の寿命を知り、そこから逆算して人生計画を立てたい」。もし余命が短ければ、すぐに大学へ進む。長いならまずは働いて資金をためるという。
 「終活」を意識した回答も目立った。「65歳くらいで人生を店じまいしたかったが、その年齢に達してしまった。残りを5年と考えて終活している」(長野、65歳男性)、「子どもや孫に迷惑をかけたくない。身辺整理の段取りを組みたい」(京都、64歳女性)。
 長野の女性(53)は「なんで知りたいか。お片づけをしておかなくちゃ! です。家の中のごったく、困るでしょ」。ごったくとは方言で「ごちゃごちゃ散らかった様子」のこと。しかし、あまり早く片づけると、あとから「とっておけばよかった」と悔やみそうで、迷うという。
 知りたい派の多くは、今の人生が楽しいからこそ、それがいつまで続くか知りたいと考える。「ボランティアや自転車、山歩きを制限なく楽しんでいる」(神奈川、68歳男性)、「定年後は非常に有益な人生。外国人に日本語を教え、多数の知り合いもできた」(同、75歳男性)。
 一方、知りたくない派には、明日より日々の生き方を重んじる考えが目立つ。そんな哲学を培う契機として、病気の経験も大きいようだ。
 「一昨年、皮膚がんになった。一日一日を大切に生きる気持ちが強くなった」(静岡、52歳女性)、「4年前、膵臓(すいぞう)がんになった。早期発見だったので今でも生存している。以来、人生の長さより、生き方に重きを置いている」(神奈川、67歳男性)。
 島根の女性(55)は50歳で急性骨髄性白血病になり、人生観が変わったという。「突然、自分に命の選択を突きつけられた。身の回りの整理をし、最小限の暮らしが楽しくなった。再発し、骨髄移植をして、仕事は辞め、家で療養している。先のことは1年くらいしか、考えないようにしている」
 今回は老後の不安についても聞いた。回答で多かったのは、認知症などの病気と、老後の生活費だ。また、理想の寿命を聞いたところ、最多は76~80歳で、平均寿命を下回った。「スーパー長寿」を目指す意欲は、あまり強くないようだ。
 「体にたくさんチューブをつけられ、『ただ生きているだけ』という状態になっては意味がない。昔のように、自然に死ぬことがうらやましい」(東京、50歳女性)
 「知りたくもあり、知りたくもなし」と書いたのは東京の男性(82)。質問はイエスかノーの二者択一だったが、迷いをつづった回答は多かった。健康な人が不慮の事故で亡くなることもあるし、病弱な人が健康を気遣い、意外に長生きすることも多い。結局、開き直るしかないのかもしれない。
 「万事、『なすがママ、きゅうりがパパ』で行きたい」(神奈川、65歳男性)
 (伊藤隆太郎)」(
2016/02/20付「朝日新聞」b10より)

何ともツマラナイ質問をするものだ。「自分の寿命を知りたい?」と聞かれたら、「知りたくない」と即答するに決まっているではないか・・・。
自分の場合の理由は簡単。結果として死ぬ時期を知ることが怖いから・・・
それが、「知りたい」人がいるらしい・・・。

まあそれはそれとして、“明日”が当たり前に来るとは限らない。事故で家族を失った人から良く聞く言葉だ。
当たり前が、どれほど貴重か・・・

自分の当たり前の日常も、いつ終わるか分からないから、安心して暮らせる。もし分かってしまったら、「あと何日・・」と考えなければならない。それは気の弱い自分にとってはツライこと・・・
結局、知らぬが仏で、暮らすしかない。

先日、井の頭線で、「全力で、何も起きない一日を。」という京王電鉄(京王設備サービス)の保全の中釣りを見160303keio た。まさに、保全をする立場から見ると、「何も起こらない」ことが目標。実に言い当てている標語だと思った。
しかしこれは、保守部門だけではない。日常の我々の生活も、まさにこれが目標ではないか。

ほとんど唯一、自分の意志ではどうにもならない「自分の命」。
願いは、孫の成長の姿を見続けたいものだが、これも天のみぞ知る。

「知らぬが仏」の日常を続けるとしよう。

160303keron <付録>「ボケて(bokete)」より

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