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2016年1月 7日 (木)

監房に閉じ込めないオーストリアの刑務所

先日、カミさんが駅前で買ってきた「ザ・ビッグ・イシュー」にこんな記事があった。
オーストリア、プフの刑務所 監房に閉じ込める考えは、時代遅れ。
  再犯しない生活習慣を身につける場に

オーストリアの受刑者は、入所初日から出所後の生活に向けた準備を始める。ザルツブルク近郊に新たにオープンした刑務所の所長に、これからの刑務所のあるべき姿を聞いた。

図書館、フィットネスルーム、キッチンも完備。独房は不要という結論に
 新たな刑務所がザルツブルクで建設され、6月末には200人の受刑者が旧市街にある以前の施設からプフにある新たな施設へ移送された。新しい刑務所には、受刑者のための図書館、フィットネスルーム、キッチン設備まで完備され、デザインも明るくて魅力的だ。刑160107keimusyo 務所長であるディートマー・クネベルは「私たちの仕事は、ここに滞在する受刑者たちと真摯に向き合うこと」と話す。「初めて収監された人は、多くの場合、自由を奪われたことによるショック状態に陥ります。私たちは、その人に対して細心の注意を払うようにしています。自由とは私たちが有するものの中で最も重要なものの一つですからね」
 新たな施設は85%が1人部屋で、あとは男性2人用、女性2人用の部屋となっている。「一方で、新刑務所では孤立する場所が一切ありません。過去5年において、多くのサポートや職業提供があり、また訪問という形で外部との交流を行うなどの対策を講じることができ、その結果、懲罰的な独房は不要だという結論にたどり着くことができました」
 近代的なガラス建築で有名な、レオーペン刑務所に代表されるように、オーストリアの受刑者たちの境遇は、近年目覚ましく改善している。その根底にあるのは「刑務所は懲罰施設ではなく、犯罪を再び起こさないような生活習慣を身につける場所である」という考え方だ。実際、こうした刑務所を世界に先駆けて整えたノルウェーでは、16%という世界一低い再犯率を誇っている。ちなみに日本は47%だ。

社会を反映する刑務所、11種類の仕事とワークショップも開催
 再犯を防ぐ上で大きな鍵を握るのが、出所後に仕事を見つけられるかどうかだ。このため、プフの新刑務所でも、職業訓練に力を入れている。
 「新しい施設では調理や洗濯、掃除、木材工芸、自動車整備など11種類の仕事を提供するとともに、徐々に受刑者たちに日常的な労働習慣を身につけてもらえるよう、やる気をあげるワークショップも定期的に開催しています」
 ただ、こうした取り組みの際によく使われる。“社会復帰”という言葉には、クネベルは疑義を呈する。「たとえばある人は、たまたまカップルの間で議論がピートアップし、結果的に相手を攻撃して、けがを負わせたり死に至らせたりしてしまったのかもしれません。でもそれまでの20年間は立派に社会の一員だったわけですから、社会復帰が必要とは思いません。一方、罪を犯す以前から、人格形成の過程で常に極限に近い状況に置かれた人たちというのも存在します。このタイプの人たちは定職に就かず、また不安定な暮らしをしていることが多いです。彼らにも社会復帰という言葉はそぐわないと思います。なぜなら、彼らは始めから社会と交わってこなかったのですから」
「刑務所のシステムは、その時代の社会の発展を反映している」というのがクネペルの考えで、受刑者たちが甘やかされすぎだ、という一部の声には真っ向から反論する。
 「彼らが刑務所にいる期間中に働いたり、ある程度社会生活を送ったりすることができなければ、私たちはどうやって彼らの今後の生活の準備を行うことができるのでしょう。それをやらないことの方が、私はとんでもなく愚かだと思います。『刑務所にいる人たちは甘やかされすぎだ。彼らは24時間監房の中に閉じ込めておくべきだ』というような意見は、もはや時代遅れです」
 オーストリアは、ソーシャルワーカーや地域のNPOが連携し、社会全体で執行猶予者の更生を支える保護観察制度も充実している。将来的に、刑務所のない社会を持つことは可能か、という問いに、クネベルはこう答えた。「それは不可能でしょう。地域社会をしっかり機能させていくためにも、一定の基準や規則が不可欠です。それらを維持するためにも刑務所が必要だと思いますよ」(「
ザ・ビッグ・イシュー」274号p18より)

この話、そう簡単には結論が出ない。普通に考えれば「やり過ぎ!」・・・
しかし、これを実践しているノルウェーでは、再犯率が世界一低い16%だという。日本の47%に比べるとはるかに低い。
確かに、刑務所の役割は、出所後の再犯率の低下がある。娑婆に出ても居場所が見付からない場合、再犯の可能性は高まる。
ふと、前に見た映画「ショーシャンクの空に」(ここ)を思い出した。
長い刑期を終え、娑婆に出た人が、結局、自分の居場所を見付けられなくて自死。主人公の友人も、同じ道を辿りそうになるが、居場所を求めて主人公のもとへ脱出・・・

出所後に、仕事に就け、キチンと居場所と収入が得られれば、再犯はしないかも知れない。しかし、被害者感情からすると難しい・・・

北欧やオーストリアの上の事情は、福祉が整っている結果かも知れない。日本の場合、娑婆に出ても、結局食べることができず、食住が保証されている刑務所に戻りたくて、また無銭飲食をする、という話はよく聞く。
もし上のような刑務所があると、日本の場合は、いわゆる「ワーキングプアー」の人たちが押し寄せるのではないか・・・

こんな国があることを知ると、国民の幸福は、経済だけではないな・・・と思う。

日本は「挑戦!挑戦!そして挑戦!」だそうだ・・・
世界には、思ったことを口に出せない国があることも事実だが、せめて日本は、政治は「ナマの人間(国民)」を見つめて行うべきと思う。
はたして、選挙前に現ナマ3万円を老人たちにばらまくことが、「ナマの人間(国民)」を見つめて行う政治なのだろうか・・・
何とも、日本は後進国だな・・・と感じて読んだ一文ではある。

160107maji <付録>「ボケて(bokete)」より


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