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2016年1月の19件の記事

2016年1月30日 (土)

「もののけ姫」でハンセン病患者描いた 宮崎駿監督語る

前に「ハンセン病・多摩全生園の見学ツアーに行く」(ここ)という記事を書いた。
そこにも書いたが、案内してくれた人が、こういう話をしてくれた。

「「千と千尋の神隠し」という映画があるが、宮崎駿監督は近くに住んでいることもあって、こことは非常に縁が深い。人権の森のプロジェクトにも1千万円の寄付を貰った。「千と千尋」や「もののけ姫」の時は、この辺りでよく見かけた、という話も聞いている。ラストで、千尋は自分の名前を取り戻して、現代に戻っていく。そのときに手を振っているカエルの姿の人も、もしかすると名前を取られて外に出られないのかも知れない。千尋は外に出られたから良いが、我々はむしろカエルさんに目を向けなければいけないのではないか・・・。全生園のオマージュのような気がしている。出るときに橋を渡るが、ここでは堀・・・。宮崎さんが言っているわけではないが、自分は、残された人をどう思いますか?という隠しテーマがあるような気がしている。・・・」(ここより)

先日の朝日新聞の社会面と多摩版に、この話を裏付ける話題が載っていた。内容は同じだが、二つとも読んでみよう。

宮崎駿監督、生への思い 「もののけ姫」ハンセン病患者
 映画監督の宮崎駿さん(75)が28日、東京都港区で開かれた「ハンセン病の歴史を語る人類遺産世界会議」で講演し、代表作の一つ「もののけ姫」(1997年公開)の一場面でハンセン病患者を描いた経緯について語った。
160130miyazaki1  題目は「全生園で出会ったこと」。宮崎さんは「もののけ姫」の制作中、自宅から歩いて15分ほどの国立ハンセン病療養所多磨全生園(東村山市)を訪れた。園内の資料館で、患者の脱走防止策として療養所内で使われていたブリキやプラスチック製の「通貨」などの展示を見て衝撃を受けた。「おろそかに生きてはいけない。作品を真っ正面からやらなければならない」と思ったという。
 「もののけ姫」にハンセン病患者を思わせる包帯姿の人々を登場させたのは「業病(ごうびょう)と言われながら生きた人たちを描かなければ」との思いに駆られたからだったというが、一方で「(当事者が)どう受け取るのかが恐ろしかった。映画を見た入所者たちが喜んでくれてよかった」と振り返った。
160130miyazaki2  療養所に入所する佐川修さんと平沢保治さんが友人として登壇。2人から「子孫を残さないよう断種された」と苦しんだ体験を聞いた宮崎さんは「何かの教訓に残ることが大事。病気に生きる苦しさの巨大な記念碑をずっと残していけたらいいんじゃないか」と述べ、施設の保存を訴えた。
 全生園の入所者は最大1500人以上だったが、28日現在で195人に減り、平均年齢は84・5歳と高齢化が進む。宮崎さんは、隔離の歴史を伝える記念公園として全生園の施設などの保存を図る「人権の森構想」に協力。園内の寮の復元のために寄付をしている。(青木美希)」(
2016/01/29付「朝日新聞」多摩版(ここ)より)

「もののけ姫」でハンセン病患者描いた 宮崎駿監督語る
 映画監督の宮崎駿さん(75)が28日、東京都内で講演し、ハンセン病療養所を訪れたことがきっかけで、代表作の一つ「もののけ姫」の一場面でハンセン病患者を描いたことを明らかにした。映画で登場する包帯姿の人々で、ハンセン病患者と明示してはいないが、「業病(ごうびょう)と言われながら生きた人を描きたかった」と述べた。
 宮崎さんが講演したのは、ハンセン病施設の歴史保存を考える国際会議「人類遺産世界会議」の冒頭。自宅近くの国立ハンセン病療養所多磨全生園(東京都東村山市)を訪れ、「深い苦しみが集積した場所」と感じて衝撃を受けたという。全生園を「記念の場所として教訓を残してほしい」と述べ、隔離の歴史を伝える建物や森の保存を訴えた。
 講演後の記者会見では、憲法改正についても語り、「戦争で苦労した人が目の黒いうちは、平和憲法をやめようなんて言えない。変えなきゃいけないとしても世界で一番最後でいい」と反対した。「21世紀に入って、今までの枠組みで考えられないことが世界中で起こり、イスラムとIS(過激派組織「イスラム国」)など、新しい葛藤と矛盾が噴出している。目を開けて、道を誤らないようにやっていくしかない」とも語った。
 原発再稼働については「再開せずがんばるべきだ。原発を使わず、石油に依存しないですむような、これまでと違う発想でやらないと」。沖縄の米軍普天間飛行場移設は、移設阻止をめざす「辺野古基金」の共同代表を務めていることを踏まえ「やめなさいと言いたい。辺野古の海は残した方が沖縄の人のためにもなる」と訴えた。(編集委員・北野隆一)」(
2016/01/29付「朝日新聞」p33ここより)

たまたま、NHK「探検バクモン」「ハンセン病を知っていますか」の再放送も見た。(放送:2015年6月10日/再放送:2016年1月27日ここ

改めて、見学した時の衝撃を思い出した。

こんなことも過去にはあった・・・。

先日、天皇が訪れたフィリピン。現地人110万人の犠牲者を出したマニラ大虐殺と同じで、これも日本人として決して忘れてはいけない事実。
機会があったら、ぜひ一度「国立ハンセン病資料館」(ここ)を訪ねることをお薦めしたい。

(関連記事)
ハンセン病・多摩全生園の見学ツアーに行く 

160130kehai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月29日 (金)

「日本のメディアは劣化している」

今朝の朝日新聞の「池上彰の新聞ななめ読み」が面白かった。

「(池上彰の新聞ななめ読み)首相動静 安倍氏は誰と食事した?
 新聞を読み比べていると、新聞が書かない事実が見えてくることがあります。なぜ書かなかったのかと考えると、想像あるいは妄想が高まります。たとえば、安倍晋三首相の行動についてです。
 新聞各社は、安倍首相の前日の行動を朝刊で掲載しています。各紙はどう書いているのか。
 日本経済新聞のタイトルは「首相官邸」です。1月22日付の記事を見ると、「18時55分 大手町の読売新聞東京本社ビルで渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長ら」と記載されています。その後の安倍首相の行動は、「20時52分 富ケ谷の私邸着」となっていますから、首相は渡辺会長らと会食したのでしょうか。その記載がありません。
 一国の総理が、特定の新聞社に赴き、社内で会食する。費用は誰が出したのでしょうか。読売新聞は、安倍首相を食事に呼ぶような借りがあるのでしょうか……、などと妄想をたくましくしてしまいます。
 いやいや、仲の良い2人が食事をしただけ、ということもあるでしょうから、妄想はやめておきます。
    *
 ところが、同日付の毎日新聞の「首相日々」を見ると、出席者は他にもいたようです。
 渡辺会長の他に「今井環NHKエンタープライズ社長、評論家の屋山太郎氏らと会食」となっています。やはり会食だったのですね。屋山氏は評論家ですから、首相との会食は取材を兼ねていることも考えられますが、今井氏は元NHK政治部記者でニュースキャスターも務めていました。取材現場を離れて久しいですから、これは友人としての会食でしょうか。
 では、会場を提供した読売新聞はどう書いているのでしょうか。こちらは「安倍首相の一日」。
 「東京・大手町の読売新聞東京本社ビル。渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長・主筆、清原武彦産経新聞社相談役、芹川洋一日本経済新聞社論説委員長らと会食」
 読売新聞は、渡辺会長が「主筆」でもあると書いています。会長というと、経営の責任者のイメージが強いですが、主筆は、その新聞の論調を決める責任者。読売新聞の論調を決める責任者が、首相と会食する。首相としては、読売新聞に自分の主張を理解してほしいという思いがあっての会食でしょうか。それとも渡辺会長が首相にアドバイスをしたのでしょうか。
 いやいや、考え過ぎかも。単に友人同士の気楽な食事会だったのかもしれませんから。
    *
160129syusyou  ここで気になったのが、日本経済新聞社の論説委員長が加わっていたこと。この事実が、日経新聞には書いてなかったからです。日経新聞の読者に自社の論説委員長が首相と会食したことを知られたくなかったからでしょうか。
 いやいや、ここでも私の妄想が高じただけかも。単にスペースの都合で入らなかっただけでしょうか。
 安倍首相としては、日経新聞の社説を担当する人に、自分の立場を理解してもらいたかったのでしょう。
 さて、誰が芹川委員長を会食に呼んだのでしょうか。渡辺会長か、それとも安倍首相が、芹川さんも呼んでよと頼んだのか。おっと、勝手な想像は慎まねば。
 会食には産経新聞社の相談役も加わっていたのですね。読売新聞と産経新聞の幹部が安倍首相と仲がいいということが、この記述から見えてきます。
 さて、朝日新聞は、誰と会っていたと書いているのか。こちらは「首相動静」です。
 「渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長、橋本五郎・読売新聞東京本社特別編集委員、今井環・NHKエンタープライズ社長、清原武彦・産経新聞相談役、ジャーナリスト・後藤謙次氏、芹川洋一・日本経済新聞論説委員長、早野透・桜美林大教授、評論家・屋山太郎氏と食事」
 朝日新聞の記述によって、会食参加者の顔ぶれが判明しました。記事はこうでなくてはいけません。
 と思ったら、翌日の紙面に、早野氏は同席していなかったという訂正が掲載されました。事実確認はむずかしいものですね。」(
2016/01/29付「朝日新聞」p17より)

こんな指摘を読むまでもなく、日本のメディアはどうしてしまったのか・・・

今朝(2016/01/29)AM8:15頃の「テレビ朝日」「羽鳥慎一モーニングショー」で、昨日の甘利経済再生相の「政治とカネ」にまつわる辞任に関し、コメンテーターの玉川徹氏がこんな発言をしていた。
「説明はするが大臣は続けるんだろうなと、新聞やテレビなどのメディアはそういう風にしか捉えていなかった。それはメディア側の劣化だと思う。今回もこのような大きな事を報じるのは週刊文春。週刊文春は立派。ジャーナリズムをちゃんとやっているから。一方、新聞やテレビはそれをやっているのか? 果たしているのはいつも雑誌じゃないですか。そう言う意味で、劣化を感じる。
大臣を止めたんだからこれでいいじゃないかと、これをそのまま見逃してしまうようだと、国会も劣化しているだろうし、新聞やテレビも劣化しているだろうし、これでいいと国民が言ったら、国民の劣化でもある。だからここはしっかりやらなければいけないと思う。」

現在の日本では、「劣化」という言葉がピッタリだ。
国民を“扇動する”新聞の、政権との癒着は目に余る。何もかもが劣化している。
それらを見抜くことが出来ずに、投票している我々国民が一番劣化しているのではないか・・・、と思いつつ、読み、そして聞いた。

160129tabecha <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月28日 (木)

日本人の睡眠時間、世界でも最短!?

この記事もヘエ~~~
先日の日経に、各国の睡眠時間の比較があった。
日本、大人も睡眠時間短く 働き方の見直し必要
 日本は「疲労大国」といわれる。背景にあるのは世界的にも短い睡眠時間だ。労働時間は短くなっているものの負担は増しているほか、子供も小学生くらいから塾などに通い夜更かしにつながることも多い。疲労の蓄積は万病のもととされる。十分な睡眠時間を取りながら生活する習慣が欠かせない。
160128suiminjikan  経済協力開発機構(OECD)が2009年に公表した報告書によると、日本人の1日の平均睡眠時間は7時間50分だった。OECD加盟国の平均より30分ほど短く、国別でも韓国に次いでワースト2位。「短眠国」が浮き彫りになった。
 働き過ぎによる激しい疲労から脳や心臓の疾患で命を落とす「過労死(KAROSHI)」という言葉は、今や国際語として使われている。疲労を防ぐよう、働き方や睡眠習慣をできるだけ見直すことが大切だ。」(2016
/01/24付「日経新聞」p14より)

この統計は初めて見た。睡眠時間を世界的に見渡してみると(OECDだけど)、何と日本は韓国と並んで最短。
この事実をどう捉える?

まず7時間50分という絶対時間。
当サイトに睡眠に関する記事は多いが、前の記事を見ると(ここ)、日本の場合、中学生の8時間から70歳台の6時間弱まで、そんなに長くない。7時間50分という値さえ、長い。しかし、それを持ってしても、各国は日本よりも30分から1時間も長い。
これを、どう理解しよう・・・・

話は飛ぶが、何度も書いているように、自分の悪夢はひどい。特に、今朝のは最高にひどかった。
昨日、雨戸を閉めるのを忘れていて、朝、部屋に光が入って眠りが乱されたかも知れないが、またまた恒例の英語の悪夢・・・。
英語の大教室に少し遅れて入っていくと、やはり遅れた生徒が4人、先生から前に呼び出されて、日本文を渡され、バツとして英訳しろと言う。とてもとても・・・
他の生徒はサッサと英文を書いて自分の席に戻っていく。自分はただ一人、四苦八苦。
しかも英訳したものを、皆の前で読み上げろと言う。そんなこと~~・・・

むりやりその話をカミさんに聞かせると、相変わらず「英単語から覚えよう」ナンテ言う。飛んでもない・・・

しかし、こんな悪夢を見るくらいなら、欧米のように長く眠る必要は無い。
短く、夢を見ないでぐっすりと眠る手段は無いものか・・・
もちろん「運動をしなさい」ナンテ言う当たり前の解答ではなくて・・・

150128tonton <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月26日 (火)

徳永英明の「種」

先日、昔の音源を聞いていたら、こんな歌が出てきた。徳永英明の「種」という歌だ。

<徳永英明の「種」>

「種」
  作詞/作曲:徳永英明

「ごめんね」なんて言葉聞かせないで
拭った涙は思い出にしないで
歪んで見える街の景色は
あなたの心映してるから?

夕日が二人の影長くするほど
繋いだ指と指がほどけてゆく
憂鬱な顔で空を見ないで
僕のせいだね胸が痛いよ

心を開いて 二人の気持ちが
掛け違ってたなら そっと伝えて

どうにもならない 二人の心を
いつまでも繋ぐ 種があればいいね…

喧嘩はしないなんて濁さないで
わがままながらも許しあえていたら
黄昏れてゆく街の景色に
僕は明日を描けてたかな?

心を開いて あなたの気持ちが
戸惑ってたなら そっと伝えて

あなたの笑顔が 二人の明日に
優しさを運ぶ 風になればいいね…

あなたの素顔が 二人の心を
いつまでも繋ぐ 種になればいいね…

当サイトは、実はこんな現代的な歌?は苦手なのである。
しかし、それでも徳永英明の歌は「青い契り」(ここ)に続いて2曲目。

この歌手の、独特の歌い方・・・。
歌詞は良く分からない。それでも、何か魅力がある。
・・・と言っても、徳永英明で音源を持っているのは、ほんの数曲。つまり、ほとんどの歌は自分にフィットしない。CDを何度聞いても、聞きたいと思うのは、やはりほんの数曲。

つくづく自分は“広く浅く”だと思う。一般的にヒットした歌は自分にも入ってくるが、ヒットしなかった歌は、自分にも入ってこない。やはりミーハーなんだな・・

狭く深く・・・の歌手は、森田童子と手仕事屋きち兵衛の二人だけかもしれない。
この二人は、全てのCDを手に入れた。

そう言えば、高校の時、山本有三に凝って、作品を全て読んでやろう・・・ナンテ思ったこともあった。まあ挫折したけど・・・

歌は最初の数秒間を聞いただけで、自分にフィットするかどうかが分かる。
この「種」という歌は、どの位ヒットしたかは分からないが、自分にとって、ちょっと気になった歌なのである。

160126itadaki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月25日 (月)

「そっくりな親子と似ていない親子」遺伝の不思議・・・

先日、こんな記事を読んだ。
そっくりな親子と似ていない親子、その分かれ目は?
 「カエルの子はカエル」という言葉もあれば、「トンビがタカを生む」という言葉もある。笑ってしまうくらいそっくりな親子もいる一方で、外見も性格も全然違って、とても血がつながっているとは思えないような親子もいる。
 考えてみれば不思議だ。そっくりな親子と、似ていない親子。その分かれ目はどこにあるのだろう? 遺伝学の専門家である東京大学大学院総合文化研究科教授の太田邦史さんに聞いてみた。
 「よく父親似、母親似なんて言いますが、それは一部だけを見たときの話。実際にはどんな人も、両親の遺伝子をきっちり半分ずつ受け取っています」と太田さんは話す。

親からの遺伝で外見、能力が決まる
 人間の遺伝子は約2万個あるといわれ、どんな遺伝子を持っているかによって外見が変わってくる。
 髪の色や身長も遺伝子で決まる。オランダのエラスムスMC大学医学センターのファン・リウ博士たちは、「顔立ちに影響を与える5つの遺伝子」を2012年に発見した。例えば、その中の「PRDM16」という遺伝子で鼻の高さや幅が決まるという。
 遺伝子で決まるのは外見だけに限らない。体質や能力として表れることもある。
 例えば、マラソンや高地生活に有利な遺伝子なんていうのがある。「全身に酸素を運ぶ(赤血球の)ヘモグロビンの能力を高める遺伝子があり、これを持っている人はチベットのような高地で生活がしやすくなったり、長距離走が得意になったりする」と太田さん。確かに、親子2代にわたって活躍するスポーツ選手も少なくない。
 もともと1個の受精卵から分かれた一卵性双生児は、まったく同じ遺伝子を持っている。だから、見た目は100%の確率でそっくりになる。一方、いくら見た目がそっくりでも、親子がまったく同じ遺伝子を持つことはありえない。46本ある染色体のうち、半分は父親から、もう半分は母親から受け取るからだ。
 「同じ両親から生まれた子供でも、その遺伝子の受け継ぎ方が違う。それで兄弟でも顔が変わってくるわけです」(太田さん)

親に似ない子供は祖父母からの隔世遺伝
 一方で、父親にも母親にも似ていないケースもあるが、それは祖父母の隔世遺伝を受けた子供であることが多い。少々話が難しくなるが、遺伝学の話をひもときながら説明しよう。
 遺伝子は細胞の中のDNA(デオキシリボ核酸)に乗っている。そのDNAが「ヒストン」というたんぱく質に巻きつき、小さく折りたたまれたものが染色体だ。
 通常の細胞は、父方と母方の2セットの染色体を持っている。人間の染色体は1セット23本が2セット、合計46本ある。仮に、父親の染色体がAとBの2本1セットで、2セット4本の染色体しかないとしよう。祖父方からもらった「祖父A」「祖父B」、祖母方からもらった「祖母A」「祖母B」の4本だ。
 この父親の持つ細胞から精子を作ると、染色体は1セット2本に減らされる。これは母親が卵子を作る場合も同様だ。合体して受精卵になったときに、精子の1セットと卵子の1セットの染色体が合わさって2セットになる。
160125iden1  2セット4本の染色体を持つ父親が1セット2本の染色体を持つ精子を作る場合、AとBの染色体の組み合わせは以下の4通り。(1)祖父Aと祖父B、(2)祖父Aと祖母B、(3)祖母Aと祖父B、(4)祖母Aと祖母Bで、4パターンの染色体を持った精子ができることになる(下の図参照)。

多様な遺伝を生む「ランダム・アソートメント」の仕組み
2セット4本の染色体を持つ父親が1セット2本の染色体を持つ精子を作る場合、祖父母から受け継いだAとBの染色体の組み合わせは4通り。実際には人間の染色体は1セット23本なので、2の23乗で838万8608種類もの精子や卵子ができる計算になる。

 「つまり、新たに子供を作るとき、祖父母のDNAがシャッフルされてランダムに受け継がれる。ランダム・アソートメントという現象です」と太田さん。

160125iden2  その具体例として、血液型の隔世遺伝の例を見てみよう。下の図で、父は祖母1からの遺伝でA型、母は祖母2からの遺伝でB型だった(O型の遺伝子はA型、B型の遺伝子との組み合わせだと血液型には表れない)。しかし、父と母が交配する際に、父が祖父1から受け継いだO型遺伝子を持つ精子を提供し、母は祖父2から受け継いだO型遺伝子を提供する場合、その掛け合わせによって生まれた子供の血液型は、祖父1と同じO型となる。このような遺伝の仕組みによって、父母ではなく、祖父母の特徴を受け継いだ隔世遺伝の子供ができる場合があるのだ。

血液型の隔世遺伝の例
父は祖母1からの遺伝でA型、母は祖母2からの遺伝でB型。しかし、父が祖父1から受け継いだO型遺伝子を持つ精子を提供し、母は祖父2から受け継いだO型遺伝子を提供すると、生まれた子供の血液型は祖父1と同じO型となる

 同様に、両親ともに二重まぶただったとしても、一重まぶたの子供が生まれることもある。両親のどちらにも似ていない子供を俗に「鬼っ子」などと呼ぶが、それは祖父母や曽祖父母が持っていた遺伝子のなせる技であることが多いのだ。

似てるけど同じではないのが親子
 ランダム・アソートメントによって精子や卵子の染色体の組み合わせが4パターンになるのは、染色体が1セット2本しかない場合。実際には人間の染色体は1セット23本なので、2の23乗で838万8608種類もの精子や卵子ができる計算になる。
 それだけではない。「さらに、精子や卵子を作る際には、父母とは異なる染色体を生む、“組み換え”という現象も起こります」と太田さんは続ける。先の図では祖父母が持っていた染色体を受け継ぐ前提で説明したが、実際は祖父方と祖母方の遺伝子が混じった、今までにない新しい染色体ができることもあるという。
 「このランダム・アソートメントと組み換えによって、精子や卵子の染色体パターンは無数に増える。その結果、親と子の遺伝子は必ず違ってくるでしょう。共通点も多いけど、相違点も多い。“似ているけど同じではない”のが親子なんです」
 材料は先祖代々受け継いだ同じ遺伝子でも、どれを選び、どれを捨てるかで一人ひとりが変わってくるわけだ。
 外見が父親にそっくりな息子がいたとしても、それはバリエーションの一つにすぎない。性格、体質、能力などを細かく見ていけば、「父親と違うところ」は必ず見つかる。
 愛する子供にはできるだけ有利な遺伝子を渡してやりたいが、自分のどの遺伝子を受け継ぐかはまさに「神様のおぼしめし」で、コントロールすることはできない。
 しかし、なぜそこまでして新しいパターンを増やそうとがんばるのだろう?
 「効率を考えれば、ひとりでどんどん自分のコピーを作るだけの無性生殖のほうがはるかに増えやすい。一方、自分とは違う遺伝子を持った子供を作るオスとメスの有性生殖は、効率が悪い代わりに多様性ができるわけです。父と母のDNAが混ざることで、新しいものができる。天変地異が起きて環境が激変しても、バリエーションが多ければ誰かが生き残れる可能性が高くなるでしょう」と太田さんは説明する。
 そう考えると、「似ていない親子」は多様性を求める生物の戦略的には正しい方向に進んでいると言ってもいいのかもしれない。(伊藤和弘=フリーランスライター)

Profile 太田邦史(おおた くにひろ)東京大学大学院総合文化研究科教授」(2016/1/18付「日経Gooday」より)

先日、弟が言っていた。「最近、兄貴がどんどん親父に似てきたでしょう」。
従姉妹から来た年賀状。毎年、皆で笑っている家族写真があるが、娘がどんどん大きくなっているため、ちょっと見ると、どれが従姉妹で、どれが娘か分からない。それほど娘たちが母親に似ている。

一方、我が家ではどうか? 二人の息子は、誰にも似ていないと思っていたが、どうやら長男はカミさん系で、次男はウチ系らしい。

しかし隔世遺伝はあると思う。例えば、将棋。次男の趣味だが、自分はまったく指せない。しかし、親父と兄貴は大好きだった。こればかりは、自分の親父から孫への隔世遺伝だと思うしかない。
自分の音楽の趣味は、どうやら二人に遺伝したようだ。まあ、カミさんも好きなので、これは逃げようがない。自分も両親が好きだったので、逃げられなかった・・・!
一方、カミさんのお絵かきの趣味は、息子には全く受け継がれていない。

最近、2歳になる孫娘が、“お絵かき”がだいぶん上手になってきたそうだ。これは、カミさんの遺伝だって・・・。一方、テレビで放送される歌も、勝手に覚えて歌うそうな・・・。これは自分の遺伝だな・・・。
確実に我々祖父母からの隔世遺伝だな・・ナンテほくそ笑んでいる平和・・・!?
(まあ孫にとっては迷惑な話かも知れないが、これも自然の摂理・・・)

人間、良い面が出ると「オレの遺伝」、悪い面が出ると「オレじゃない」と言うのが普通だが、何とも不思議な遺伝の仕組みではある。

160125koi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月24日 (日)

朗読の「ヘンゼルとクレーテル」と「アラジンと魔法のランプ」

先日、ラジオでグリム童話の「ヘンゼルとクレーテル」、そして「アラビアン・ナイト」の「アラジンと魔法のランプ」を初めて聞いた。

<朗読「ヘンゼルとクレーテル」~「おとえほん 世界昔話」より>

童話は残酷。
飢饉による口減らしの物語。
このお話では、継母となっているが、原作では実母が実父を説得して、二人の子供を捨てるのだそうだ。
そして、魔女が子供を食べること。そして妹が、魔女を突き飛ばして、殺すシーン・・・
とにかく残酷。
こんな怖い話を、子供にどうお話しするのか・・・

続いて「アラジンと魔法のランプ」だ。

<朗読「アラジンと魔法のランプ」~「おとえほん 世界昔話」より>

このお話は、知っていたようで、詳細は知らなかった・・・

実は、自分は“幼児教育の欠如”(カミさん曰く)で、このような童話をあまり知らない。
子どもの頃に、お袋に読んで貰った記憶もあまり無い。まあ幼稚園から泣いて逃げ帰った“幼稚園の落第生”の自分なので、仕方がないが・・・

試しに、このラジオで聞いた“お話”を、カミさんがどの程度知っているか、聞いてみた。すると、スルスルとスジを話す・・・。
「何で知っているんだ?」「子どもの頃に、夢中になって自分で読んだ」とのこと・・・。自分は読んだ記憶がないので、まあ負けか・・・

しかし、今後、こんな話題が出るとすると、孫娘だが、住んでいる所が少々遠い・・・
それに、「おばあちゃんがお話ししてくれる・・」はサマになるが、「おじいちゃんが昔話をしてくれる」というのは、あまりサマにならない。
でも、まあ人生の宿題のひとつとして、「グリム童話」など、今からでも読んでおくか・・・・。

160124televi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月22日 (金)

遠くのものが大きく見える「錯覚」

だいぶん前だが、こんな記事があった。
遠くのものが大きく見える錯覚
       立命館大学教授北岡明佳
 人間の目は小さく見えるものを遠くにあるととらえようとする。しかし遠ざかる友人を見たとき、目の網膜に映る像はだんだん小さくなるが、身体か小さくなったとは感じない。友人の大きさは変わらないとわかっているからだ。距離がちがうと網膜に映る像の人きさは変わるが、人間は物体を見る距離が変わったためで物体の大きさが変化したとは認識しない。「大きさの恒常性」と呼ぶ現象だ。
160122sakusi_2  これとは別に、遠くにあるものの網膜に映った像が人きく見える現象がある。この写真の中央の自動車をコピーして左上にはりつけて遠くに位置すると人きく見え、右下にはりつけて近くに位置すると小さく見える。これは「奥行きの知覚」によって起こる錯視(さくし)だ。
 大きさの恒常性は見る距離によって物体の本当の大きさが変わって見えないようにする知覚の働きだ。奥行きの知覚を利用した錯視にはこうした合理的な理由が見当たらない。錯視は「間違った視覚」なので、これは錯視と呼ぶにふさわしいだろう。」(
2015/12/19付「日経新聞」s15より)

どうって言うことのない話題だが、上の写真をどう見ても、右下よりも左上の車の方が大きく見える。
でも寸法を測ると同じ写真・・・

結局、幾ら“自分の目”で見ても、100%正しい、ということは無い・・・という事??
つまり、幾らそう思っても、あまり大きな声では言わないで、逃げ道を作っておかないと、痛い目に遭う。

話は上とまったく関係無いが、こんな記事を目にした。
アベノミクスで「現金が紙クズ」になる日
明けから世界的な株安の連鎖が始まり、日本も株安・円高が加速している。「アベノミクスにも翳りが出た」との声も聞かれるようになったが、安倍首相は「短期的なもの」と強気の姿勢を崩していない。
そんななか、安倍政権がアベノミクスを正当化する後ろ盾としていたノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授が、“異次元金融緩和”の失敗を認めた。元大蔵省主任研究官の小黒一正・法政大学教授は、こう解説する。
「海外で最も権威のあるクルーグマン教授が、うまくいかなかったと認めました。安倍首相やリフレ派(金融緩和論者)は梯子を外された格好です。クルーグマン教授は98年以降、『市場に対し、日銀がより慎重にならず、インフレ促進へ動くと信じ込ませるような驚きを与えるべきだ』という内容のショック療法を唱えてきました。しかし昨年11月に国際通貨基金(IMF)主催の会合で『(日銀がインフレ促進の驚きを与えれば)後は自動的に問題を解決できるという考え方は楽観的すぎる。そうなることはない』と話しました。日本での異次元金融緩和という“実験”は失敗に終わったのです」(「
SPA」2016/1/26号p30より)

今日は株価が反発したらしい。
ま、アベノミクスを「錯視」とは言わないけど・・・

160122mate <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月20日 (水)

がん10年生存率~発生部位で大きな差 乳がん80% 膵臓は5%切る

今朝の各紙に、がんの10年生存率の記事があった。朝日新聞によると・・・
がん生存率、10年後は58% 3.5万人追跡調
 国立がん研究センターなどの研究グループは19日、がん患者を10年間追跡して集計した10年後の生存率を初めて公表した。全てのがんの10年生存率は58.2%で、5年生存率より5ポイント近く低かった。胃や大腸では5年生存率とほとんど変わらない一方、乳房や肝臓は5年後以降も下がり続けており、部位別の傾向が浮き彫りとなった。
 研究グループは一般的な5年生存率のほか、より長期の分析を進めており、全国規模の10年生存率が初めてまとまった。がんと診断された場合、治療でどのくらい生命を救えるかを示す国の指標となる。
 県立のがんセンターや国立病院機構など全国16のがん専門病院で、1999年から2002年に、がんと診断された約3万5千人を追跡した。初期から末期まですべての進行度合い(ステージ)が含まれている。
160120gan  主な部位別では、甲状腺の91%が最も高く、前立腺(84%)、子宮体がん(83%)、乳房(80%)と続いた。低いのは膵臓(すいぞう、4.9%)で、肝臓(15%)、胆囊(たんのう)胆道(20%)、食道(30%)と続いた。
 5大がん(胃、大腸、肝臓、肺、乳房)のうち、胃と大腸は5年生存率と比べて2ポイント前後しか変わらなかった。臨床現場では現在、5年間が治療や経過観察の目安とされており、それを裏付けた格好となった。
 一方、乳房の場合、5年生存率は9割近いが、5年後以降もほぼ同じ割合で生存率が下がる。集計した千葉県がんセンター研究所の三上春夫・がん予防センター部長は「何年経っても再発し、根治が難しいことを示している」と話した。
160120gan0  肝臓は約3割の5年生存率が1割台に下がる。肝臓がんは慢性肝炎や肝硬変を経て発症することが多く、手術ができても再発率が高い。国立がん研究センターの若尾文彦・がん対策情報センター長は「最初のがんを治療しても、次々とがんが出てくる傾向がある」と説明した。乳房や肝臓などのがんでは、6年目以降も引き続き、経過観察する必要があるといえそうだ。
 ただ、調査の対象となったのは10年以上前にがんと診断された患者で、研究グループでは「医療の進歩で、現在の生存率は向上している」とする。国立がん研究センターの堀田知光理事長は「10年前は(治療効果が期待できる)抗体医薬や分子標的薬が出て間もなかった。今、診断された人の10年先の生存率はずいぶん変わっているだろう」と話している。
 集計結果は、全国がん(成人病)センター協議会のサイト(
http://www.zengankyo.ncc.go.jp)で見ることができる。(石塚広志)
     ◇
《調査の詳細》研究に参加した全国32のがん専門病院のうち、信頼性を担保するため患者数50人以上、追跡率90%以上などの条件を満たした岩手から大分までの16病院が対象。1999年から2002年に白血病などを除く計28種類のがんと初めて診断された3万5287人(5~94歳)を分析した。患者はがん以外の病気や事故などで亡くなる場合もあるため、がん以外の死亡の影響を補正した「相対生存率」で示している。」(
2016/01/20付「朝日新聞」p1より)

がんは5年経てば安心、と思っていたが、それは胃や大腸に限ってのことらしい。知らなかった・・・
特に乳がんが怖い。乳がんは見付けやすく、キチンと手術すれば治ると聞いていただけに、少し怖い。
上の「全国がん(成人病)センター協議会のサイト」(ここ)をチョコッと覗いてみた。
すると、かなり細かく、色々な生存率のグラフが出る。(ここより)

例として、60代女性の乳がんで見てみると、1期から4期までで、こんなに違う・・・
    (1期)       (2期)        (3期)

160120nyuu1 160120nyuu2 160120nyuu3

    (4期)       (全期)

160120nyuu4 160120nyuuzen

ところで、医者は、自分の死因を選べるとしたら、ガンが一番人気とか・・・
確かに、どうせ死ぬ。いつか・・・は別にして・・・
家族に迷惑をかけながら、ベッドで何十年も寝たきりになるのはイヤ。また、何の用意もしないまま死ぬのもゴメン。それよりもガンで・・・という発想も分かる。
確かに、ちゃんとした準備期間があって、死ぬ間際まで元気で過ごせるガンの人気が高いのも分かる気がする。まあ精神的に持てば・・・の話だが・・・

しかし、そう言ってもナ~~~
何度も書いているが、いつになったら人生、「もういいか」と思うか?

老後、生き甲斐を持って生きている人は、いつになっても「まだまだ」と思うだろうし、「この世で、やる事は終わったかな・・・」と思う人は、若くても「そろそろ潮時か・・」と思うかも・・・

何?自分の場合!? 「まだまだ!!」
じゃあ、いつ頃「もういいか」・・・かね??
人一倍、死が怖いので、何百歳になっても「まだまだ~」なんじゃないか??
トホホ・・・

●メモ:カウント~840万

160120claimpan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月19日 (火)

HAP-Z1ES(HAP-S1)の「CD直接リッピング」の音質が素晴らしい

HAP-Z1ES(HAP-S1)の、アップデートによる「USB外付けDVD/BDドライブからの直接CDリッピング」(ここ)の音質改善が素晴らしい。

ひょんな事で、SONYのHDDオーディオプレーヤーシステムHAP-Z1ES(HAP-S1)の“CD直接リッピング”の音源を聴く機会があった。
160119hap1 その音質の素晴らしさにビックリ。いつも聞いているCDの音が、高音がきらめき、中低音が豊かに響く・・・。
最近、ハイレゾ音源に凝っており、かなりのハイレゾ音源を購入したが、この“CD直接リッピング”の音は、購入したハイレゾ音源に勝るとも劣らないほどの?高音質・・・。
世界が広がった!!

結論として、愛機HAP-Z1ESにFLACでリッピングしてある音源をすべて、“CD直接リッピングのWAV”にリッピングし直すことにして、現在リッピング中。

しかしSONYのHAP-Z1ES(HAP-S1)のコンセプトは素晴らしい。発売が2013年10月26日であり、既に発売後2年以上経っているが、ソフトのアップデートによって日々“進化”しており、何年経っても最新機種!!
実は2015年11月24日にアップデートされた、この「USB外付けDVD/BDドライブからの直接CDリッピングに対応しました」は、まったく興味がなかった。
これはPCを持っていない人向けのサービスで、既にCDからのリッピングを終わっている人にとっては無関係、と思っていたから・・・
しかし、先の音源を聞かせてくれたベテランさんに聞くと、この機種を使う気になったのは、本体に直接、外付けドライブからリッピング出来るようにアップデートがあったから、だそうだ。それにWAVでも、曲情報等がひも付けされるのを評価したのだという。

自分が無視していた“CD直接リッピング”が目的で購入した人も居る・・・
その目的が、この高音質の実現にあったとは・・・

加えて、WAVの方が音質が良く、「リトライあり(低速)」で遅くリッピングした方が、元のCD音源に近くなるという。そして、得られたWAV音源は、自分のように下手に音量レベルの変更などの加工はしない方が良いという。つまり原音源のWAVファイルは、せいぜいタグ情報の変更くらいにして、なるべく手を加えないことが音質保持には重要らしい。

確かに、WAVを聞いてみると、絶対値として、FLACよりもWAVの方が、音が良い・・・
そもそも自分が音源をFLACにしたのは、タグ情報があるため。しかし、このCD直接リッピングの音源には、WAVでも、ちゃんと曲の情報が付加されていてまったく問題ない。それにFLACによるデータ量の圧縮も自分には、音質重視から、その必要も無い。

Netで探すと、(ここ)に、CD直接リッピングについてのプロの角田郁雄氏による「ところで、今回HAP-Z1ESでCDリッピングしたジョニ・ミッチェル『Mingus』のWAVファイルの音がすごく良い。音の透明度が上がり、オープンチューニングのギターやジャコ・パトリアスのリヴァーヴの効いたベースの響きも鮮やかだ。ジョニ・ミッチェルの微妙な声使いも鮮明になり、音楽全体のリアリティーが増した思いとなる。」というコメントがあった。
なるほど・・・。
しかし、SONYのサイトには「直接リッピングの方が音が良くなる」という記載は見付からなかった・・・

さて、ドライブを買おう。
SONYの推奨ドライブは「DVR-UA24EZ2A」(I.Oデータ)、「LDR-PUB8U3T」(ロジテック)、「BRXL-16U3」(バッファロー)の3機種だという。自分は上の角田郁雄氏が使っていた「DVR-UA24EZ2A」とした。通販で6千円ちょっと・・・
160119hap2 昨夜着いて、早速リッピングした。それがCD一枚のリッピングに何と30分もかかった。ドキッ!これでは困る。先の、これを教えてくれたベテランさんから「1時間に5~6枚」と聞いていたのに・・・。それが2枚目のリッピングは10分くらい。つまりドライブが雪の中を運ばれてきたので冷たく、直ぐに動かしたのでレンズが曇ったか??
どのCDも、リッピング後に表示されるリトライ回数は「0」。少し時間がかかるが仕方がない。順番に再リッピングだ。

そして、“WAVに目覚めた”自分は、NAC-HD1からの音源移動も、今までのFLACを止めて、WAVにすることにした。前に(ここ)にNACからのウォークマン経由のPCMリッピングについて書いたが、FLACに変換する必要は全く無い。まあ音量のレベルの問題はあるが・・・
つまり、NACからウォークマン経由で得られたWAVファイルは、既に曲情報は全て入っているので、そのままHAPにコピーした方が音が良い。加工は全くせずに・・・

しかし、分からない。FLACも、デジタル信号であり、「可逆圧縮であるため、元の音声データからの音質の劣化が無い。」はずである。それがなぜWAVの方が、格段に音が良いのか?
素人的に考えると、元のPCM信号に戻すためのプロセスで、復号するFLACは不利なのかも知れない。
今までは、WAVもFLACも音は同じ、と思って、考えもせずにFLACを考えていたが、NACからリッピングしたFM放送の音源も、FLACよりも明らかにWAVの方が音が良い。
それと、CDはデジタルデータが入っているだけ。それを単に読み出すリッピングという作業で、何で音が変わるのか? CDのエラー補正の影響? でもまっさらなCDでも、この直接CDリッピングで、音が変わる・・・。
HAPは、CDのデジタル音源を良い音で、というコンセプトなのに、CDデータの取り込みという入力部でも、音の改善が出来るとは・・・

そもそも、良い音=自分にフィットする音は、じっくりと比較して聞いて判断する物では無いと思う。つまり、聞いた最初の一瞬で決まるもの。今回の直接リッピングのWAVも、最初の一瞬で決まった。WAVとFLACの違いも同様。
アップルのジョブズではないが「わぉ!」である。

SONYが、HAPのアップデートで何をしているのかは知らない。自分にとっては、理屈などはどうでも良い。得られた結果が全て・・・。
その結果として、この“CD直接リッピング”の効果は素晴らしい。たぶん、今回のバージョンアップで、SONYはHAPにとって最良のCDリッピング方法を示してくれたのだろう。
今回も、「SONYさん、参りました」というところ・・・
さて、次のSONYのバージョンアップは、何をしてくるのか・・・

このバージョンアップで進化を遂げる「HAP-Z1ES」は、将来、「歴史的名機」として名が残るような気がする。

(関連記事)
SONYの「HDDオーディオプレーヤーHAP-Z1ES」が素晴らしい 
NAC-HD1からWAV/FLACとして読み出す方法 

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2016年1月17日 (日)

営業努力いっぱいの「ホテルニュー白亜紀」

一昨日(2016/01/15)から1泊2日で、茨城県日立市にあるお寺に、義母の一周忌に行ってきた。
日帰りもツライので、カミさんが安価なホテルを予約した。ひたちなか市のいそざき温泉「ホテルニュー白亜紀」が、まさに営業努力一杯に見えたので、今日はその紹介・・・

カミさんに聞くと、そのホテルは、クラブツーリズムのPR誌に載っていたのだという。近ツー扱いだったが、1万円余で泊まれるというので、電話で予約したのだという。
行ってみてビックリが多かった。
まずビックリしたのが、ゴーストホテルの隣。「オイオイ大丈夫か?」と思いつつ、その前を通り過ぎると、人気(ひとけ←“にんき”ではない)のあるホテルがあった(失礼!)。駐車場に車を止めると、ホテルのお兄さんが寄ってきて、荷物を運んでくれるという。せっかくかので持ってもらった。バッグからは、下着が見えるままで・・・
160115hakuaki 4時前だったが、既にロビーには客がいる。オジサンが案内をしてくれる。昆布茶が出た。部屋に行く時、自分は聞いていなかったが、カミさんが説明を受けていた。何やら、柄の入った浴衣を選べるそうだ。それにシャンプーなどの入浴剤も選らんで、小さな容器で持っていって使えるそうだ。
入浴時に、カミさんが選ぶというので、「オレは要らん!」というと、女性だけのサービスだという。そりゃそうだ・・・

Img_03341 Img_03351 Img_03281

さっきのオジサンと部屋に行く。3階だ。窓から海が見える。遠くには煙の吐く煙突。聞くと、Img_03371 東海原発だという。部屋の電気を点けようかと、ひもを引っ張ると、天井の蛍光灯の器具が割れていて、セロテープで貼ってある。子供の枕投げの被害か??
オジサンが、コーヒーについて説明してくれる。100gのコーヒー豆は、残りは持って帰って良いと言う。何やら、この辺りでは有名な「サザコーヒー」というのだそうだ。家に帰ってNetで見ると、なるほど結構大きなチェーンらしい。
P10107151 カミさんは、今飲むと眠れなくなるので、挽くだけ挽いて、粉を持って帰って、家で飲もうと言うので、人力で挽いた。これが結構大変だった・・・
これは、今朝飲んだ。我が家では、もっぱらインスタントコーヒーなので、粉の量が分からない。Netでみると一杯10gらしい。大さじ2杯。100gだと10杯分か・・・・
それにしても、なかなか珍しいサービスである。

館内の視察。カラオケルームがあるという。、カミさんが予約しようという。ヤダと言ったが、残念ながら4時まで・・。
ロビーに皇太子視察の写真。20年ほど前、隣にある「国営ひたち海浜公園」の視察に皇太子が来た時に、休息を取ったらしい。
当時はピッカピカだったのだろう。まあ20年経てばそれなりに・・・

風呂に行った。さっきのオジサンは、100円のロッカーがあるが、お金は戻ってくると言っていた。自分は、まあいいや、と思って行ったが、風呂に入って、他の客と一緒に脱いだら、おっと100円玉が無い。無料のは無いのか・・・。と思いながら、仕方なく、また着て部屋に小銭を取りに行った。カミさんも困って出てくると思って、親切にも200円持って・・・
裸になって行くと、何だ奥に無料の駕籠があるじゃないか・・・。失敗失敗・・・

風呂は、ホンモノの温泉だけあって大きい。大きな浴槽に二人だけ。と、外から人が入ってきた。露天風呂があるらしい。行ってみると、あった。暗くて海は見えなかったが、風が寒い。あわてて浸かったが、やはり冬の露天風呂は厳しい。

夕食のレストラン。食前酒もうまい。やはりオジサンが一生懸命、説明と料理運びをしてくれた。ビールだと腹が一杯になるので、熱燗ひとつ500円。
決して、豪勢ではなかったが、不満もなく。刺身や「常陸牛の赤味噌仕立て」、そして最後の、「イナダの胡麻茶漬け」も、暖かなだし汁を別に持ってきてくれて、何か良心的な料理P10106961 で楽しめた。我々には充分。
朝食も、だし巻き卵がうまい。バイキングで、飲み物もパンも充分。それに、客足が心配だったが?平日なのに、満席・・・。
客が少ないと思っていたが、満室だったらしい。

部屋は数えたら12.5畳もある。イビキ対策で、布団を離す距離も取れ、充分。畳は古いが、トイレは小さいが清潔。この辺は心配りをしている。トイレがキタナイと、幻滅だが、更新したらしい。

帰るとき、精算したらビックリ。何と一人1万円だという。500円の熱燗と入浴税を入れて、二人で20,800円。つい「安い!これで良くやっていけるね!」なんて、フロントの人に軽口をたたいてしまった。

帰ってサイトを見ると(ここ)、我々のコースは「【e宿限定】平日&50歳以上限定!10000円ポッキリ! 絶景の海側のお部屋確約!【旅の友掲載企画】【近ツー60周年】大感謝セール!オリジナル☆」だったらしい。
空き室情報を見ると、1月の空きは無い。2月も半分くらいは空きが無い。
なるほど・・・。人気があるらしい。サイトの評価も相当上の方・・・

古いホテルだが、とにかく「営業努力」が良く分かった1泊だった。

帰る時は、車が見えなくなるまでオジサンが手を振ってくれた。自分もツイ、運転しながら手を振ってしまった。シルバー族どおしでのバイバイの手・・・

ついでに、隣にあった「酒列(さかつら)磯前神社」に寄ってみた。誰も居ないのに、事務所には巫女さんがひとり・・・

Img_03391 Img_03091 P10107001

まあ、来年の三周忌も、またこの宿で良いかな・・・と思ったホテルだった。

160117isono <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月14日 (木)

ショスタコーヴィチの「ワルツ第2番」

この曲、先日FM放送で聞いて「どこかで聞いたことがある」と思った。

<ショスタコーヴィチの「ワルツ第2番」シャイー:ロイヤル・コンセルトヘボウ>

Netで調べてみると、この曲は、もともと映画「第一軍用列車」(1956)の音楽として書かれた曲だそうだ。否「1938年、新設のプロムナード・オーケストラからの依頼により作曲された」との記載もある。
そして通称「ジャズ・ワルツ第2番」の正式な曲名は、「プロムナード・オーケストラのためのジャズ組曲第2番 第2曲:リリック・ワルツ」らしい。

それにしても、この旋律・・・。あの重々しい“交響曲第5番のショスタコーヴィチ”の音楽にしては軽い・・・。

やはり、どこかで聞いたことがある・・・。しかしじっくりと、通して聞いたのは初めて・・・
どこで聞いたのだろう? どうやら、コンサートのアンコールの曲としても有名らしいので、自分も曲名を知らないまま、アンコールで聞いて頭に残っていたのかな??

世の中で「有名な曲」はたくさんある。自分にフィットする曲は幾らでもある。もちろん自分もその全部を聞いた訳ではない。こうしてFMなどで聞いて、初めて「そんな曲もあるんだ・・・」と知る。
そして「生きていて良かった~」となる!?
まあ寿命まで、自分にフィットする音楽を探し続けるのさ・・・

160114netuki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月12日 (火)

「中小企業診断士トップに~取得したいビジネス関連資格」

今朝の日経に、こんな記事があった。
中小企業診断士トップに
取得したいビジネス関連資格 本社など調査 やはり英語、簿記上位

 日本経済新聞社と就職・転職情報サービスの日経HRは共同で、ビジネスパーソンを対象に新たに取得したい資格(語学検定含む)を調査した。首位は中小企業診断士で前年の6位から大きく順位を上げた。上位には英語能力テスト「TOEIC」や企業の財務部門での業務に生かせる日商簿記検定など、実用性の高い資格が多く入った。

客観的な証明に
 今後資格取得に向け「勉強したい、勉強を始めている分野がある」と回答したのは40.6%だった。資格取得を目指す目的(複数回答)の首位は38.8%の「自分の知識・スキルの客観的な証明になるから」で「将来のキャリアアップのため」(28.0%)が続いた。
 取りたい資格で首位の中小企業診断士は経営コンサルタントを認定する唯一の国家資格で、中小企業の経営診断・助言を担う。合格率約4%と難易度は高いが、経営全般に関160112sikaku わる知識を習得できるため会社員や公務員など幅広い業種で人気を集めている。将来のポストに不安感を抱く会社員らが、昇格や独立への備えとして取得するケースが増えていると見られる。
 前回1~3位を占めたTOEICの人気も根強い。2位にTOEICテストのCレベル(470~730点未満)、3位に同Bレベル(730~860点未満)が入った。英語圏の多くの大学などが入学要件に用いるTOEFLテストも4位に入っており、企業のグローバル化が進むなかで語学力の必要性が高まっていることを反映した。
 5位は宅地建物取引士で前年の4位から順位を落としたものの人気は根強い。日商簿記検定は6位に2級、7位に3級がそれぞれ入った。

1~2年以内に
 いつまでに資格を取得したいかでは、1~2年以内が42.2%で最多だった。主に難関資格の取得に向け、2年以上の長期計画を立てている人も21.5%に上った。
 勤務先で資格取得に対する支援がある人は46.2%。具体的には、学費の一部援助や報奨金・資格手当の支給などが挙がった。資格取得に対する評価・処遇があると答えた人は27.9%で、海外赴任や昇格の条件などになっているという。

AIの影響 会計や語学「需要減る」
 今回の調査では68.0%が現在、ビジネス系の資格を保有していると回答した。そのうちの半数弱が、資格が仕事に役立っていると答えた。
 役立ち度が高いのは、マンション管理に必要な管理業務主任者(1位)と情報処理技術者試験の最難関であるプロジェクトマネージャ(同)だ。いずれも保有者全員が役立っていると回答している。3位のメンタルヘルス・マネジメント検定2種(ラインケアコース)は、2015年12月のストレスチェック義務化を受け、9割以上が役立っているとしている。
 年収が増えた資格があると回答したのは8.3%。増えた金額は10万円未満が47.8%で最多で、次いで10万~50万円未満(37.0%)だった。
 急速に実用化が進む人工知能(AI)技術の影響についても聞いた(複数回答)。AIの登場で将来、ニーズの低下が見込まれる資格として、日商簿記検定(1~3級、7.6%)や英語能力テスト(6.5%)といった会計系や語学系資格が多く挙がった。いずれもコンピューターとの親和性が高くAIでの代替が可能と見られたようだ。

満足度、専門性に比例 保有資格「低コスト」も評
 保有している資格への満足度について聞いたところ、ランキング上位はIT(情報技術)関連の難関資格など専門性が高い資格が目立った。「満足」の内容としては、コストパフォーマンスの高さが高評価につながる傾向が見られた。
 満足度は資格取得にかかった「費用」と「時間」、現在の業務への活用度、将来的に活用できる見込み(将来性)の4項目の合計で算出した。
160112sikaku1  首位はITエンジニアの国家試験である応用情報技術者だった。例年合格率が2割程度という難関資格だが、エンジニアに必要な幅広い知識が身につくため、取得後も業務に役立つとの声が多い。活用度ランキングでは現在で5位、将来でも7位に入っている。
 IT系の資格では他に6位にマイクロソフト認定資格、13位にITパスポートが入った。ITエンジニアだけでなく一般のビジネスパーソンにとっても業務で使うソフトウエアへの習熟度が高められる点が満足度につながっているようだ。
 低コスト資格では、2位の秘書技能検定2級が費用と時間ともに満足度トップだった。ビジネス実務法務検定の3級(3位)と2級(4位)も活用度の割に手軽に取得できたとして上位に入った。9位の社会保険労務士は現在・将来ともに活用度ではトップだった。

 調査概要 2015年11月6~12日にインターネットによるアンケート方式で実施した。回答者は主に20~40歳代のビジネスパーソン903人で、内訳は男性が703人、女性が200人。各設問で回答者数7人以下の資格は除外した。」(2016/01/12付「日経新聞」p11より)

「もう会社は個人を守ってくれない」
自分の現役時代は、会社が潰れることなど、夢にも思わなかった。だから、来た仕事をとにかくこなすことにのみ、注力していれば良かった。しかし、今は違う。
「人を大切にします」なんていう企業理念を掲げた会社があったが、実際はまったく人を大切にしなかった・・・
つまり、経営環境は、何をも踏み潰す。
最近の良い例が、東芝メディカルシステムズ(株)の売却。東芝本体の赤字を埋めるため、連結売上高4000億円、従業員数1万人規模の優良子会社を、「少なくとも50%以上、場合によっては100%を売却する。」のだそうだ。
つまり、サラリーマン、自分たちの事業で幾ら頑張っていても、株主など、他の事情で、どうにでもなってしまうと言うこと・・・
では、サラリーマンは、どうやって家族を守ったら良いのか・・
その解が、この資格なのかも知れない・・・

前に一時期、サービス会社に居たことがある。サービスは機器の修理等、個人の技術力に負う所が多い。つまり能力のある人が修理に行くと、短時間で修理が完了する。逆に能力のない人だと、修理時間に多くの時間がかかり、人件費もかかる。それがもし、かかった時間で費用を客に請求すると、能力のある人は“稼げない”結果につながる。
よって、エンジニアの能力で時間単価を上げたいが、この人の能力を測る尺度が難しい。客に説明できる応力の尺度がなかなか難しいのである。
結局、行き着いた先が「資格」だった。上の記事にもあるように、公的に人の能力を認めているのは、資格しかない。特に国家資格だ。民間資格は、それを知っている会社は認めてくれるが、有効期限のある企業資格は、なかなか維持が難しいし、ゼネラルではない。

サラリーマンは、退職するとタダの人。よって、転職するにしても、持っている資格によって、自分を売り込むしかない・・・。

この調査結果では、「中小企業診断士」が人気トップだという。しかし合格率はたったの4%だという。これは、天下の司法試験などよりも下。内容はともかく、相当に難しいらしい。
そして語学の資格も人気があるという。しかし語学は所詮ツール。英語は話せて当然であり、そこがスタートライン、という位置付けの企業も多い。よって、語学は確かにひとつの能力ではあるが、だからと言って、ビジネスマンのスキルを評価する基準にはならない。

話は戻るが、もはや「会社は個人を守ってくれない」。
それを前提に、現代のサラリーマンは、いつ会社から放り出されても、家族を養えるだけの何らかの能力を日常的に蓄えておかなければならない時代になってしまったようだ。

返す返すも、我々の現役時代は、行け行けドンドンの良い時代だった・・・

160112enter <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月11日 (月)

「ほめ言葉という薪を焚く」

今日、カミさんと少し遠い南大沢まで買い物で足を伸ばした。
その車中、「褒める」ということで、今朝の「朝日新聞」の「天声人語」の話になった。

「(天声人語)ほめ言葉という薪を焚く
 イタリアものの珠玉のエッセーで知られる故・須賀敦子さんが、最初に留学した先はフランスだった。だが言葉はいっこう上達しなかったそうだ。ものを言うのがこわくて、寮の電話が鳴ると誰か出てくれないかとあたりを見回した。
それがイタリアへ行くと、2カ月で日常に不便のない程度に操れるようになった。理由の一端を、仏では言葉をけなされ、伊ではほめられたからではないか、と回想している。
まず下宿先の家族が、須賀さんが口にする一語一語に驚き喜んでくれた。食事のとき、ひとつ新しい表現をおぼえるたびに、ブラーヴァ(うまい)と歓声があがった。「私はほんとうに自分がブラーヴァなのだろうと信じこんでしまい、イタリア語がすきになり上達が早かった」。
そんな話を、元日の紙面で読んだ「ほめる達人」の記事に思い出した。目の前の小さな価値を見つけることを大切にし、短所も前向きにとらえる。おべんちゃらとも、おだてあげとも違う、ほめ上手の達人検定が、じわりと人気なのだという。
叱って導くのも大切だろう。だが叱られてばかりだと自己肯定感は低くなりがちだ。それでなくても、なじる、けなすといったネガティブな言葉が飛び交うとげとげしい時代である。
きょうは成人の日。若い世代が「どうせ駄目」「どうせ無理」と自分を縛ってしまうようでは悲しい。須賀さんの心に明かりをともしたような、ほめ言葉という薪(まき)を惜しまず焚(た)きたいものだ。この温かさに元手はかからない。」(
2016/01/11付「朝日新聞」「天声人語」より)

この記事で話の出ている元旦の「ほめる達人」の記事を読んでいなかったので、Netで読んだ。

「「ダメ」では人は動かない 日本ほめる達人協会のスゴ技
 ほんのちょっと見方を変えれば、短所は長所になる。「ほめる達人」(ほめ達)に目覚めたきっかけは、あるアルバイト店員の変化だった。

覆面調査でダメ出し
 一般社団法人「日本ほめる達人協会」理事長の西村貴好(たかよし)さん(47)は2005年、客を装って接客態度などを調べる覆面調査を請け負う会社を創業した。依頼は飲食店や美容室、車のディーラーなどから。20個良い点を見つけると、悪い点はその5倍見つかった。悪い点は証拠をつけて、「設備はきれいなのに接客は殿様商売」などとダメ出しをした。
 正確に伝えれば喜んでもらえると思い、報告書には長所も短所もすべて記したが、反応は芳しくない。「ここまできついことを書くんか」と眉をひそめる依頼主も。報告書の効果は乏しく、歯がゆさが募った。
 創業から2年半が過ぎたころ、焼き鳥チェーンの店舗の調査依頼が舞い込んだ。調査スタッフの評価は厳しい指摘が並んだ。自らもこの店舗を利用したことがあるが、そこまで悪い印象はない。試しに悪い点はそぎ落とし、良い点に焦点を当てた。
 一人のアルバイト女性について、報告書にこう記した。
 「食材の産地について答えられないことは厨房(ちゅうぼう)に確認し、回答した。誠実な対応に好感が持てました」
 知識不足を指摘するのではなく確認に走ったことを前向きにとらえ、「丁寧な仕事ぶり」と評したのだ。店では動きが鈍いとされていた女性は自信を持ち、仕事にスピード感が出て、新人の教育係になった。失敗を重ねたから教え方はうまい。系列店の100人以上の中で最優秀アルバイトに選ばれた。周りも活気づき、店の売り上げも伸びた。
 これを機にダメ出しは封印して、「ほめる覆面調査」に方向を転換。良い点はすべて報告書に書き込み、悪い点はすぐに直せて波及効果が大きそうな1、2個に絞って伝えるようにすると、ほかにも業績アップにつながる事例が続いた。
 ほめることの効果をもっと生かせないか――。そんなころ、友人と後輩の自殺の報が相次いで届いた。壁にぶつかり追い詰められた人にとって、ほめ言葉は「心のエアバッグ」になるのではないか、と考えた。
 「ほめ達」を名乗り、10年に「ほめ達」検定を開始。翌11年に協会を設立し、「ほめ達」を広める旅に足を踏み出した。

■「ほめ達」続々、2万3千人
 検定は、入門者向けの3級から上級者向けの1級まである。合格者は「ほめ達」の認定証がもらえる。
 昨年12月下旬。千葉県銚子市であった3級検定に40人ほどが集まった。西村さんは、目の前の小さな価値を見つける大切さ、短所も前向きにとらえるという極意を説いた。ダメ出しの達人だったからこそ説得力がある。隣り合った人同士でほめ合うワークショップもはさんで約3時間。検定試験を受ければ、3級は全員が合格できる。
160111homeru  当初は手探りだった。「ほめる=おべんちゃら」という誤解もあり、定員150人の会場に受験者13人という日も。コツコツ続け、口コミで受験者は増えた。「身の回りの検定合格者が機転の利いた言葉を上手に繰り出し、すてきだったから」といった動機が目立つようになった。
 「ほめ達」の普及に共感する各地の合格者が支部を作り、人生に変化を感じるようになったという体験談も寄せられた。認定証を見せれば商品を割引する協賛企業も出てきた。講演やセミナーも増え、昨年は検定を含めて210回、人前に立った。子育て中の父母や介護の現場で働く人たちからも声がかかる。
 「ほめ達」という生き方を選んで強く感じるのは、「人を幸せにする人がもっと幸せになる」ということ。こんな例えをしばしば使う。
 シャンパンタワーの最上段のグラスが自分の心で、それが満たされれば幸せが周囲に行き渡るようになる。循環がよくなると協力する人が出てきて、注ぐシャンパンが枯れることはない――。
 検定を始めて間もなく6年になる。全国に広がった「ほめ達」は、2万3千人を超えた。
 「暗闇の中ではダイヤモンドも石ころ。ろうそくの明かりをともし、普段は見えていない価値に気づける人をこれからも増やしていきたい」(兼田徳幸)」(
2016/01/01付「朝日新聞」より)

話は飛ぶが、今月の日経「私の履歴書」は、小椋佳氏。もう40年近い“付き合い”になるが、まさに秘話の連続・・・
その中にこんな事が出て来た。

小椋佳(4) 中の下 有象無象が褒められた 小学校の授業後「お歌上手ね」
・・・黒門小学校では、クラス替えということがなかった。従って6年間全く同じクラスメートで過ごした。一方、担任の先生はよく替わった。小幡、野口、米田、柿沼の4先生に教わった。・・・・。
 柿沼先生は理科系の先生なのに格別に音楽が好きだった。クラスで器楽バンドを組ませ、放課後演奏の練習をさせた。柿沼先生は歌も大好きで、クラス全体を合唱団と見立て、毎朝の始業の前と一日の授業の終わりには必ず何らかの曲を合唱させた。
 どの先生の時だったか、私たち3組担任の先生が風邪か何かで休み、その日一日は1組の稲葉先生という女性教師が代わって私たち3組を受け持つことになった。その一日の中のある時間、稲葉先生はクラス全員一人一人独唱をする授業とした。「おせどの おせどの たけやぶは すずめの ねんねの おやどです」という同じ一節を五十数人が順番に歌った。
 その授業が終わった後、稲葉先生がつかつかと私の傍に来て、「カンダコウジ君、お歌上手ね」と言ってくれた。褒められるという覚えがおよそなかった私である。この一言は私の心に強烈に残った。・・・(作詩・作曲家)」(
2016/01/05付「日経新聞」「私の履歴書~小椋佳」より)

子どもの頃の、先生のひと言で、それからの人生が大きく変わることがある。
小椋佳氏の作曲家、歌手として業績も、このようなことが背景にあったのかも知れない。

同様に、NHKラジオ深夜便で、色々な人の話を聞いていると、アーティストや学者など、その道を極めた人が、その道に進むことになったキッカケが、小学校時代の先生からのひと言であった例は、非常に多く聞く。

自分は、褒める事が苦手だが、車の中では、カミさんの「孫だけは褒めて育てたいね」という話になった。
新しい命は、無限の可能性があるだけに、自分を肯定できる人生を歩んでほしいもの・・・。

それにしても、今朝の天声人語の「ほめ言葉という薪を焚く」題は、うまい!

(関連記事)
「褒めるコツ」・・・ 
「教育というのはいいところをもっと褒めること」 

160111nekokan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月 9日 (土)

政治の正当性~多数決を疑う

今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
政治の正当性 経済学者・坂井豊貴さん
 多数決、死票多く生む 選挙結果 民意とズレ
 民主主義の基本は多数決だ。選挙で多数を得た者が当選し、議院内閣制では、選挙で多数を握った政党が内閣を組織。与党と一体で法案を成立させる――。それが「常識」と思っていた。だが昨秋、本屋で一冊の本が目に付いた。書名は「多数決を疑う」。その筆者を訪ねた。

 ――なぜ多数決を疑っているのですか。
 「大きな問題があるからです。特に1位しか当選しない衆院の小選挙区制度。有権者は自分の考えの一部に過ぎない『どの候補者を一番支持するか』しか表明できません。その160109tasuuketu1 結果、票の割れが頻発して死票が大量に生まれている。比例区で復活の余地がありますが一部に過ぎません。民主主義の根本理念は、治める者(政治家)と治められる者(国民)の同一性ですが、ものすごくズレている。少数派はもちろん、多数派すら大事にしていません」
 ――多数派もですか。
 「多数決は51%を押さえれば勝てる制度です。ところが過去3回の衆院選で政権を担った自民、民主両党は、半分以下の得票率で小選挙区の70%超の議席を獲得した。いずれも多数派の支持を得たとは言えない。それなのに多数決は疑われないまま使われてきた『文化的奇習』なのです」
 民意とは何だろう。安全保障法制が成立した昨年9月19日、私は参院本会議場の記者席にいた。登壇した野党議員が国会前の反対デモに触れた際、与党席から「少数!」とヤジが飛んだことを思い出す。各種世論調査の「民意」は反対が多くデモも頻発したが、与党は衆参多数の議席を背景に押し切った。政権は「民意を得ている」として政策を推し進めている。
 「民意ではなく、選挙結果と言うべきです。政策課題が『財政』『外交』『環境』とあるとしま160109tasuuketu す。政策別ならB党支持が多くても、選挙になるとA党が勝つことがある=表。オストロゴルスキーのパラドックスと言います。選挙は、各政策への多数意思を反映するものではないのです」
 ――それでも小選挙区制度で政権交代が可能になりました。政権に一定の裁量を与え、選挙で審判を仰ぐのが基本ではないですか。
 「国会では有力政党が三つか四つ。そこに公約が数年に一度、『抱き合わせ販売』されています。アベノミクスは支持するが、他の政策にはノーが言いたい、そんな人はどこに投票すればいいのでしょう」
 「多数決の正当性を確保するのは極めて難しい。だから権力の暴走を食い止める権力分立と人権保障によって、多数決で決められることを制限する。これが『立憲主義』です。権力に一定の裁量は許されても、憲法の範囲内でなければなりません」
 ――その憲法は改正しにくいとされてきました。
 「確かに改憲手続きを定めた憲法96条は、衆参両院で3分の2の議席がないと発議できません。しかし、小選挙区制では半数に満たない有権者によって地滑り的勝利が可能ですから。参院選も1人区が32もあります。3分の2は難しくない。96条は見かけよりはるかに弱いのです」
 ――いまの多数決に代わる案はありますか。
 「フランス革命前、科学者ボルダは広い意思を示す方法として、選択肢が三つの時、1位に3点、2位に2点、3位に1点を配点する『ボルダルール』を考案しました。今は中欧スロベニアが採用し、太平洋の島国ナウルも似たような制度を採用しています。豪州は決選投票のような仕組みを用いている。これらの国で有権者は1位だけでなく2位や3位も選べるのです」
 ――そうした制度の改正はすぐにはできません。現状に不満を持つ有権者は、夏の参院選でどうすればいいと考えますか。
 「一番支持する候補というよりも、自分がギリギリ許容できる政党のなかで勝つ可能性が一番ある候補に投票することです。でも選挙でしか意思表示ができないというのは、制度としては貧しい。選挙以外のデモや言論などのルートを尊重する文化を担うことです」
     *
 1975年生まれ。慶大経済学部教授(社会的選択理論)。著書に「多数決を疑う」「社会的選択理論への招待」など。

 ■取材後記
 小学校のクラス委員長選挙に始まり、多数決をあらゆる場面で体験してきた。選挙における多数決の正当性を疑っていなかった私は、坂井氏の話に目からうろこが落ちた。
 政治がその時々の民意に流されているだけではかじ取りできないだろう。公約していない政策課題が出てくるし、時には増税など痛みを強いる決断も必要だ。
 だが、最近の政治は政権を握ると、増幅された議席を「民意」と言い切り、「決められる」政治へと突き進んでいないか。多数決による意思の集約には限界があることを、為政者は謙虚に受け止めるべきだと思う。(相原亮)」(
2016/01/09付「朝日新聞」p5より)

「経済」で票を集め、議席を確保するやいなや、自分の思い込みの「外交」に突き進む現政権。
何とかならないものかと思っていたが、なかなか難しいようだ。

ところで、どうような背景で、今の小選挙区制に変えたのか?
色々な見方があるだろうか、「Newsweek」というブランドを信じて、1年以上前だが、こんな記事を読んだ。
小選挙区制は「政治改革」だったのか 池田信夫
・・・・1990年代の初め、リクルート事件などをきっかけにして、政治改革を求める声が強まった。自民党竹下派の内紛で主導権を失った小沢一郎氏は、小選挙区制を推進する「改革派」を名乗り、中選挙区制を守ろうとする政治家を「守旧派」と呼んで、グループで自民党を離党した。
 この結果、宮沢内閣の不信任案が可決され、1993年の総選挙では「55年体制の打破」が争点になった。小沢氏は「中選挙区では派閥ができる」とか「社会党のような万年野党が続く」と批判し、「小選挙区制になれば二大政党による政権交代でイギリスのような健全な議160109seitou 会政治ができる」と主張した。与野党のほとんどが小選挙区制に反対だったが、この総選挙で生まれた細川首相が、河野総裁との話し合いで選挙制度改革を実現した。
 多くの反対を押し切って小選挙区制を実現したのは、小沢氏の政治力である。ただ彼が考えていたのは、自民党右派が新党をつくる「保守二党論」だった。このため細川首相が辞任したあと、小沢氏は渡辺美智雄氏を離党させる工作をしたが失敗に終わり、結果的には社会党が連立与党から抜け、村山内閣で自民党に政権が戻ってしまった。
 このあとも小沢氏は新進党で二大政党をめざしたが内紛がやまず、1997年末に解党してしまう。彼はこの後も自由党を結成して自民党と連立したが失敗に終わり、このとき公明党を連立与党に引き込んだことで、自公政権が続く結果になった。自民党は国民の支持を失っても、いろいろな党を飲み込んでしぶとく生き残った。
 選挙制度改革から15年たって、やっと2009年に政権交代が実現したが、民主党政権は自民党よりひどく、3年で政権を失った。民主党が壊滅したため、その後は55年体制より極端な自民党一党支配に戻ってしまった。
 こう振り返ると、小選挙区制が政治改革だったのかどうかは疑問である。河野氏も後悔しているように、それはかえって政治の劣化を促進したのではないか。中選挙区では小党分立が起こりやすいが、小選挙区はでは絶対多数を取らなければならないので、大衆迎合の傾向が強まる。
 そのいい例が、今回の総選挙である。安倍首相は「消費税増税の延期の是非を問う」と称して解散したが、延期に反対する党は一つもない。投票する人の年齢の中央値が60歳を超えているので、増税を延期して負担を将来世代に先送りすることが、政治的には正しいのだ。中選挙区なら「若者党」のようなすきま政党も出てくる可能性があるが、小選挙区制にはそういう多様性がない。
 世界的にみても、小選挙区制が成功しているのは、英米のように階級対立のはっきりしている国だ。日本のように均質な社会では明確な争点ができず、八方美人のバラマキ政策になりやすい。かつては自民党が地方の土建業者をバラマキ公共事業で集票基盤に使ったが、民主党はバラマキ福祉に変えただけだった。
 その結果が、1000兆円を超える政府債務である。ここまで来ても増税をいやがり、負担を先送りする政治家も悪いが、そういう彼らのインセンティブを作り出している選挙制度にも問題がある。昔の中選挙区制にそっくり戻るのは考えものだが、もう一度、選挙制度審議会で議論してもいいのではないか。」(
2014年11月26日ここより)

民主党政権の評価は色々あるので、上の記事も、そう鵜呑みにも出来ないが、改めて、当時の状況をかいま見た。
正直、1993年当時は、仕事に忙しく、自分の目はほとんど政治に向いていなかった。しかし、非自民の細川内閣で決まった小選挙区制だったのだ・・・

とにかく、現政権の暴走を止めなければいけない。それには、国民として、何をすべきか・・・
誰も、自分に有利な制度を変えようとはしない。よって、今の一党支配の状況で、小選挙区制が変わるとも思えない。
まずは、今の制度の問題点を、国民が良く理解、勉強するところから始めないとダメかも知れない・・・。遠い、日本の民主主義ではある。

160109shippo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月 7日 (木)

監房に閉じ込めないオーストリアの刑務所

先日、カミさんが駅前で買ってきた「ザ・ビッグ・イシュー」にこんな記事があった。
オーストリア、プフの刑務所 監房に閉じ込める考えは、時代遅れ。
  再犯しない生活習慣を身につける場に

オーストリアの受刑者は、入所初日から出所後の生活に向けた準備を始める。ザルツブルク近郊に新たにオープンした刑務所の所長に、これからの刑務所のあるべき姿を聞いた。

図書館、フィットネスルーム、キッチンも完備。独房は不要という結論に
 新たな刑務所がザルツブルクで建設され、6月末には200人の受刑者が旧市街にある以前の施設からプフにある新たな施設へ移送された。新しい刑務所には、受刑者のための図書館、フィットネスルーム、キッチン設備まで完備され、デザインも明るくて魅力的だ。刑160107keimusyo 務所長であるディートマー・クネベルは「私たちの仕事は、ここに滞在する受刑者たちと真摯に向き合うこと」と話す。「初めて収監された人は、多くの場合、自由を奪われたことによるショック状態に陥ります。私たちは、その人に対して細心の注意を払うようにしています。自由とは私たちが有するものの中で最も重要なものの一つですからね」
 新たな施設は85%が1人部屋で、あとは男性2人用、女性2人用の部屋となっている。「一方で、新刑務所では孤立する場所が一切ありません。過去5年において、多くのサポートや職業提供があり、また訪問という形で外部との交流を行うなどの対策を講じることができ、その結果、懲罰的な独房は不要だという結論にたどり着くことができました」
 近代的なガラス建築で有名な、レオーペン刑務所に代表されるように、オーストリアの受刑者たちの境遇は、近年目覚ましく改善している。その根底にあるのは「刑務所は懲罰施設ではなく、犯罪を再び起こさないような生活習慣を身につける場所である」という考え方だ。実際、こうした刑務所を世界に先駆けて整えたノルウェーでは、16%という世界一低い再犯率を誇っている。ちなみに日本は47%だ。

社会を反映する刑務所、11種類の仕事とワークショップも開催
 再犯を防ぐ上で大きな鍵を握るのが、出所後に仕事を見つけられるかどうかだ。このため、プフの新刑務所でも、職業訓練に力を入れている。
 「新しい施設では調理や洗濯、掃除、木材工芸、自動車整備など11種類の仕事を提供するとともに、徐々に受刑者たちに日常的な労働習慣を身につけてもらえるよう、やる気をあげるワークショップも定期的に開催しています」
 ただ、こうした取り組みの際によく使われる。“社会復帰”という言葉には、クネベルは疑義を呈する。「たとえばある人は、たまたまカップルの間で議論がピートアップし、結果的に相手を攻撃して、けがを負わせたり死に至らせたりしてしまったのかもしれません。でもそれまでの20年間は立派に社会の一員だったわけですから、社会復帰が必要とは思いません。一方、罪を犯す以前から、人格形成の過程で常に極限に近い状況に置かれた人たちというのも存在します。このタイプの人たちは定職に就かず、また不安定な暮らしをしていることが多いです。彼らにも社会復帰という言葉はそぐわないと思います。なぜなら、彼らは始めから社会と交わってこなかったのですから」
「刑務所のシステムは、その時代の社会の発展を反映している」というのがクネペルの考えで、受刑者たちが甘やかされすぎだ、という一部の声には真っ向から反論する。
 「彼らが刑務所にいる期間中に働いたり、ある程度社会生活を送ったりすることができなければ、私たちはどうやって彼らの今後の生活の準備を行うことができるのでしょう。それをやらないことの方が、私はとんでもなく愚かだと思います。『刑務所にいる人たちは甘やかされすぎだ。彼らは24時間監房の中に閉じ込めておくべきだ』というような意見は、もはや時代遅れです」
 オーストリアは、ソーシャルワーカーや地域のNPOが連携し、社会全体で執行猶予者の更生を支える保護観察制度も充実している。将来的に、刑務所のない社会を持つことは可能か、という問いに、クネベルはこう答えた。「それは不可能でしょう。地域社会をしっかり機能させていくためにも、一定の基準や規則が不可欠です。それらを維持するためにも刑務所が必要だと思いますよ」(「
ザ・ビッグ・イシュー」274号p18より)

この話、そう簡単には結論が出ない。普通に考えれば「やり過ぎ!」・・・
しかし、これを実践しているノルウェーでは、再犯率が世界一低い16%だという。日本の47%に比べるとはるかに低い。
確かに、刑務所の役割は、出所後の再犯率の低下がある。娑婆に出ても居場所が見付からない場合、再犯の可能性は高まる。
ふと、前に見た映画「ショーシャンクの空に」(ここ)を思い出した。
長い刑期を終え、娑婆に出た人が、結局、自分の居場所を見付けられなくて自死。主人公の友人も、同じ道を辿りそうになるが、居場所を求めて主人公のもとへ脱出・・・

出所後に、仕事に就け、キチンと居場所と収入が得られれば、再犯はしないかも知れない。しかし、被害者感情からすると難しい・・・

北欧やオーストリアの上の事情は、福祉が整っている結果かも知れない。日本の場合、娑婆に出ても、結局食べることができず、食住が保証されている刑務所に戻りたくて、また無銭飲食をする、という話はよく聞く。
もし上のような刑務所があると、日本の場合は、いわゆる「ワーキングプアー」の人たちが押し寄せるのではないか・・・

こんな国があることを知ると、国民の幸福は、経済だけではないな・・・と思う。

日本は「挑戦!挑戦!そして挑戦!」だそうだ・・・
世界には、思ったことを口に出せない国があることも事実だが、せめて日本は、政治は「ナマの人間(国民)」を見つめて行うべきと思う。
はたして、選挙前に現ナマ3万円を老人たちにばらまくことが、「ナマの人間(国民)」を見つめて行う政治なのだろうか・・・
何とも、日本は後進国だな・・・と感じて読んだ一文ではある。

160107maji <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月 6日 (水)

ボニージャックス&ヴォーチェ・アンジェリカの「モスクワ郊外の夕べ」

だいぶん前だが、これもFM放送で、ボニージャックスとヴォーチェ・アンジェリカによる「モスクワ郊外の夕べ」を聞いた。

<ボニージャックス&ヴォーチェ・アンジェリカの「モスクワ郊外の夕べ」>

「モスクワ郊外の夕べ」
  ロシア民謡
  日本語詞:合唱団白樺

ざわめきも今はなく ものみな微睡(まどろ)む
*君知るやすばらしき 夕べのひととき

白き月の光に 河波も静か
*歌声は遠く流る 夕べの静寂(しじま)を

恥じらいに目を伏せて いとしい恋人は
*わが胸に頬よせて 明日をば夢見る

東ははや白みぬ よき朝の来たり
*忘るるなこの夏の 夕べのひととき
(*:繰り返し)

この歌がなぜ気になったかというと、ボニージャックスとヴォーチェ・アンジェリカとの組合せが面白いと思ったから・・・
大学の男声合唱のグリークラブが、その発表会で、近くの女子大の女声合唱団とコラボして、混声四部合唱をやることはよくある。
考えてみると、ダークダックスやボニージャックスのような男声合唱コーラスが、女声合唱コーラスと一緒に混声をするのは自然なこと。しかしそんな曲はいままで聞いたことが無かった。
160106boche 聞いてみると、6人の女声の素直な声が美しい。そして4人の男声もさすが・・・。実にレベルの高い(失礼!)歌を聞かせてくれる。

この放送に使われたCDは1988年9月の発売。ちなみに、ヴォーチェ・アンジェリカの活動期間は1980年代末頃までとのこと。
この組合せが気に入ったので、この曲以外の音源もあるのかな・・・と思ってNetで探してみたが、この歌以外は見付からなかった。

もっと色々な曲を聞いてみたいボニージャックスとヴォーチェ・アンジェリカの組合せではある。

160106_bra <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月 4日 (月)

若い人の、戦争の現実への直視

今日は、こんなニュースがあった。
首相「参院選、自公で過半数確保」 争点に改憲掲げる
・・・安倍晋三首相は4日午前、首相官邸で年頭にあたって記者会見し、今夏の参院選の獲得議席目標について「自民、公明両党で過半数を確保したい」と表明した。憲法改正については「参院選でしっかりと訴えていく。国民的な議論を深めたい」と選挙戦を通じて理解を求める考えを示した。・・・」(
2016/01/04付「日経」ここより)

いよいよ、選挙の争点に改憲が出て来るという。

だいぶん前だが、こんな記事があった。
「(声)中学生の朗読劇が中止とは…
   会社員 女性(福岡県 47)
 福岡県の町立中学校で、戦争の悲惨さを伝えるため、戦時中の写真をスクリーンに映し、生徒たちが上演する予定だった朗読劇が中止になった。「衝撃が大きい」と町が判断したという。長崎原爆資料館が「黒焦げとなった少年」と題して展示している写真などが含まれていた。広島市に生まれ育った私は中止に悲しみを感じた。
 広島や長崎なら、同様のことを生徒たちが企画しても誰も中止にはしないのではないだろうか。平和学習が原爆資料館で毎年のように行われてきたからだ。
 確かに被爆者の写真にはショックを受ける。焼けただれた人間たち。死ぬ間際の紫斑。黒焦げの遺体。しかし、唯一原爆を落とされた国は私たちの日本なのだ。忘れてはならない。目を背けてはいけない。幼い子供たちにも、豊かな日本にも愚かで恐ろしく悲しい過去があったことを伝えるのが平和への道しるべなのだ。
 生き残った被爆者も今は少なくなった。今日、我々がすべきことは、事実を後世に伝えていくことだ。戦争と原爆の悲惨さを伝えたいという中学生たちを、町としては応援すべきだったと思う。とても残念だ。」(
2015/12/9付「朝日新聞」より)

そして、これも前だが、日経の「春秋」にこんな記事もあった。
「中国・湖南省で生まれ育った林耶凡さんが母親とともにカナダに移住したのは、13歳の時。アナスタシア・リンという新たな名前で暮らし始めても、しばらくは中国で教わったことを信じていたそうだ。やがて、1989年の天安門事件など共産党政権の暗部を知る。
声を上げないではいられなかった。中国に人権を、中国に民主主義を、と。大学で演劇を学び、女優となってから、言動は熱を帯びた。効果的なアピールの場になると期待して参加したのが、ミス・ワールド・コンテスト。今年5月にカナダ代表の座を射止め、今月19日に中国のリゾート地で開く決勝に出る資格を得た。
そこまでだった。招待状はとどかず、自腹を切っての現地入りも阻止された。オタワ駐在の中国大使館員はカナダ紙に告げた。彼女はペルソナ・ノン・グラータ(歓迎されざる人)だ――。もっとも、3日に香港からカナダに戻ったリンさんは空港で大歓迎を受けた。ミスコンに出る以上の効果があったといえるだろう。
無粋な。中国当局の対応にそんな感想を抱いた人は少なくあるまい。ひるがえって日本。旧日本軍による戦争被害などをテーマに都内で開いたシンポジウムに、細菌戦被害者の遺族ら中国人12人が出席できなかった。ビザ発給を拒んだ理由を外務省は明らかにしていない。こちらはこちらで恥ずかしい気分を禁じ得ない。」(
2015/12/10付「日経」「春秋」より)

先日、南沙諸島で、中国が岩礁に作った滑走路に“民間機”を着陸させたという。
そんな事も背景に、「改憲」を目指す政権・・・。

一方。今年の参院選から選挙権が18歳以上になり、若い人にも選挙への門戸が開かれるという。
しかし上の記事のように、戦争の現実から目をそらせようとしている世の中の動きが不気味だ。
中国などは、昔からそうだが、日本でも、世間の風潮が、若い人から「戦争の現実を見る目」を奪っているようで怖い・・・
先の戦争によって、どんな悲惨な現実が生まれたか・・・。それをキチンと教えた上での投票を、世の大人は若い人に促すべきでは?

自分が絶賛しているNHK「新・映像の世紀 第3集 時代は独裁者を求めた」(ここ)もそうだが、マスコミも、ぜひ生々しい戦争の現実を報道し、若い人にもそれらに目を向けさせ、制限のない情報の中で、自分の1票を投じて欲しいもの。

我々老人と違って、その1票が自分に跳ね返ってくる可能性が大なのだから・・・

160104miyage <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月 2日 (土)

退職者の「事業計画書」

先日の日経より。この記事は、自分への戒めとして挙げるものである。
退職者こそ、年末に「事業計画書」をつくろう
     経済コラムニスト 大江英樹
 企業に勤めていると、期末には必ずやらなければならない仕事が出てきます。それが翌期の事業計画書作りです。名前はそれぞれ会社によって多少違うものの、次の期の営業計画や目標を作成するためのプランであることは同じです。サラリーマンにとってはおなじみのこの「事業計画書」、私は退職者こそこれを毎期作るべきだと考えています。むろん、個人の場合は企業のように決算期があるわけではありませんので、この時期、すなわち年末に作るのです。
 「事業計画書」というと何やら大げさですが、要するに来年1年間で何をやろうか、何をやりたいかをスケジュール化するということです。これは“来年の抱負”といった抽象的な精神論などではなく、極めて具体的に決めるのです。例えば来年はどこそこへ旅行に行きたいとか、どこの美術展に行きたいといった具合です。
 さいわい年末にはいろんな雑誌が特集をやってくれていますから、来年1年間に開催される美術展だとか、スポーツのようなイベントが掲載されます。そういうものを調べて自分が行きたいとか、参加したいと思うイベントについて、真新しい来年の予定表に書き込んでいけばいいのです。私の知り合いには全国各地で開催される「郷土のお祭り」のスケジュールを見ながら「今年はどこへ行こう」と計画している人がいます。
 サラリーマン時代の事業計画書と違ってこんな楽しい計画書はありません。サラリーマン時代の事業計画は基本的に、上から数字が下りてくるというのが常でしたから、好むと好まざるとにかかわらず、“計画に従う”という感覚の強いものでした。
 ところが「自分の事業計画書」は本当に自由気ままに作れますし、途中で嫌になったら誰に遠慮気兼ねすることなく修正することだってできます。私自身も年末になると翌年の事業計画書を作ります。もっとも私の場合は定年後に自分の事務所を持って仕事をするようになったので、文字通り「事業計画書」なのですが、定年退職後の1年目は事務所を作ってもほとんど仕事らしい仕事もなかったので、存分に自分のやりたいことの計画書を楽しんで作ることができました。
 退職した後に自分の事業計画書を作るメリットは3つあります。まず1つ目は日々の生活が惰性で流されなくなるということです。よく、退職した人にとって必要なことは「きょういく」と「きょうよう」だと言われます。これは「教育」でも「教養」でもありません。「今日、行く」と「今日、用」ということです。
 つまり日々何かやるべきことを持っているかどうかという、現役時代には考えもしなかったことが現実の悩みとなってくるのです。でも事業計画書を考えることで毎日がなすべきこともなく終わってしまうということにはならないはずです。
 2つ目のメリットはどんなものでも目標を持つことで活動のモチベーションが維持できるということです。これは仕事の経験上、みなさんも良くお分かりだと思います。そして最後のメリットは、他愛のない事業計画であったとしても続けることで長期的に自分がやりたいことや進むべき方向が見えてくるということです。実はこれが最大のメリットではないかと私は思います。
 定年後に進むべき方向を見失ってしまった人を私は何人も見てきました。これはとても悲しいことです。実際退職しても平均的には20年~25年ぐらいの長い人生が待っているわけですから、自分の進むべき方向がはっきりしてくるということは充実した老後を送るためには欠かせないことだと思っています。
 とはいえ、あまり気張って考える必要はありません。私自身、来年は少しやることの目標を引き下げようと思っています。計画書だからといって毎年目標を引き上げる必要はありません。企業ではないのですから、対前年度比の数字など何の意味はないからです。そして今、まさに来年の計画を楽しみながら考えているところです。
 みなさんも真っ白な来年のダイアリーを買って自分の事業計画を考える楽しみを一緒に味わってみませんか。」(
2015/12/24付「日経新聞」より)

この記事、まさに今の自分を言い当てているようで、無視できない。
「きょういく」と「きょうよう」か・・・。明日は我が身だな・・・

要は、年の初めに、その年の計画を立てよ、ということ。
確かに、目標をあらかじめ立てれば、それまでに何をするかの道筋が見え、日常もメリハリが付く。でもこれが意外と難しい・・・。
ふと、自分の今年のイベントは?と考えても、1月の法事旅行くらいで、後は何も出て来ない。つまり、行き当たりばったり、ということ・・・。

今日の記事は、「自分も、こうしないといけないな・・・」という戒めで載せた。
後日、カミさんと相談しながら、今年のイベントを策定する事にしよう。

2016年が始まったが、何の計画もない年初である。これはいかん!
このままでは、またダラダラと1年が過ぎてしまう!!

160102kinenn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年1月 1日 (金)

「おみくじ」~賀状に思う

新年あけましておめでとうございます。

さて、先日の日経新聞のコラム。
おみくじ 宮田珠己
 毎年、年の瀬になると、1年の日記を読み返す。いつの頃からか年始に引いたおみくじを日記に貼るようになって、この時期、当たったかどうか確認してみたりしている。
 まあ当たっているとは言い難く、もともと当たるとも思っていない。けれど初詣に行くとやはり引いてしまうのがおみくじである。
 私の見たところ、おみくじは将来のことを予言しているというよりも、それを引いた時点での心の状態を表しているように思われる。
 調子のいいときは大吉が出て、いまひとつよくないときは凶が出たりする。心の中身をおみくじに見透かされている気がするが、それもまた気のせいなのだろう。
 いずれにせよ、当たりもしないのにおみくじを引き、それによってなんとなくほっとしている。
 待ち人だの家移りだの訴訟だの、いろいろ書いてあるが、悪いことはあっても死ぬとまでは書いていない。ああ、今年も死なないんだと安心する。気休めである。
 父もおみくじが好きな人だった。というか気にする人だった。
 晩年の正月、病の床で初詣に出かけられず、私は父の代わりにおみくじを引いた。頼まれたわけではなかったが、きっと気にしているだろうと思ったのだ。
 本人が引かなければ意味がないようだが、本人が引けないなら、長男である私が引いたものが一番納得がいくだろうと考えた。
 私は立て続けにおみくじをふたつ引き、ひとつ目が自分、ふたつ目が父のものと決めていた。
 父のおみくじは小吉であった。
 病気は長引くが本復するとあったので、安心して病室へ持って行って見せたのだったが、父はすぐにでも退院したいと思っていたのか、一瞥(いちべつ)してつまらなそうな顔をした。
 何度でも引いて大吉を出してから持って来ようと考えなくもなかったのだが、わざとらしくてできなかった。
 それからひと月もせず父は逝き、おみくじは実にあてにならんと思ったのだけれども、結局今でも初詣に行くとおみくじを引いて、小さく一喜一憂している。
 占いはおしなべてそういうものなのだろう。当たらないことはわかっている。わかっているけれど、いいことを言ってもらって安心したい。
 それでいい。落ち込んでいるときに、今は苦しいですが後半は持ち直しますとか言われると、それだけで少しほっとする。当たらないから無意味というものでもない。
 かりそめでも癒やされるなら無意味ではない。
 私は以前、世界各地の海を旅して、サンゴがそこらじゅうで死んでいるのを目の当たりにし、ノイローゼのようになったことがある。ちょうど今年と同じようなエルニーニョの年で、海水温が高くなりすぎて白化していたのだ。
 悲惨な光景に気鬱になった私を救ってくれたのは、いくつかの科学の本と、テレビのお笑い番組だった。
 テレビなんてくだらないから見ないという人があるけれど、調子の悪いときに心癒やされることもある。くだらないものは無意味ではない。そのくだらないことに救われる場合もあるのだ。
 この正月も私はおみくじを引きにいこう。来年はきっといい年になる。(エッセイスト)」(
2015/12/24付「日経新聞」夕刊p7より)

今日は元旦。さぞ、寺社は初詣で混んでいることだろう。だから、我々は近寄らない。数日過ぎて、空いてから行くことにしている。
自分は「おみくじ」を買う方ではない。でもたまに買うと、だいたいが吉。凶は出た記憶がない。

先日テレビで、「おみくじ」について放送していて面白かった。12月30日の「羽鳥慎一のモーニングショー」という番組(ここ)。
それによると、吉とか凶とかの割合は昔から決まっているそうだ。浅草寺などはその割合を守っているとか(ここ)。
その割合とは、大吉17%、吉35%、半吉5%、小吉4%、末小吉3%、末吉6%、凶30%だそうだ。
末吉は、「これから良くなる」ということで良い方かと思っていたが、下から番目だって・・・。
吉が半分、凶が3割か・・・

それに、おみくじは、木の枝などにくくりつけて持って帰らない物と思っていたが、持って帰っても良いんだって・・・。ま、それほどマジメに読んでも仕方がないが・・・

さてお正月。
元旦は年賀状。シニア世代はこれをどう捉えるのだろう?
卒業してから一度も会ったことがない人と毎年やりとりをしているかと思えば、数日前に会った会社の同僚とやりとりしている場合も多い。
そもそも年賀状の意味とは??
シニア世代になると「まだ生きてます」が年賀状とか・・・
でも、今日来た年賀状に、「私も古希を迎え先人方に習い、誠に勝手ながら、念頭のご挨拶を本年をもちましてご遠慮させて頂きたく存じます。」というのがあった。

思い返すと、親戚の二人から同じような手紙を貰った事があった。一つは、自分の従姉妹の奥さんが倒れたので、それを機に・・・(ここ)。
もう一つは、叔父が高齢故の賀状卒業(ここ)。

今日貰った賀状でも、近況が分かるものは非常に少ない。
そんな中で、貰って嬉しかったのが、一枚だけあった。

昔、頼まれ仲人をした元部下から、家族の写真と、各写真の説明、そしてこんな事が書かれていた。
「末っ子が入園。上の二人も勉強に習い事に大きく成長した一年でした。子供の成長につれ、一年の時の早さを感じます。今年も笑顔あふれる健やかな一年となりますよう、お祈り申しあげます。」
参った・・・
奥さんが書いたのであろう小さな、しかしきれいな文字。
まさに手に取るように近況が分かる。1年の家族の成長が分かる。これこそまさに本来の年賀状の姿・・・
何度も読み返してしまった。

でもその他は、ほとんどが印刷の文字だけ。何のために賀状か・・・。まあ「生きてるな」は分かるけど・・・
でもエラそうなことは言えない。自分だって、自筆を加えるにしても、キタナイ字で「今年もよろしくお願いします。」程度だ。何が“よろしく”か・・。また今年だって、会うことは無いと分かっていながらも、「よろしくお願いします。・・・」なのだ。

でも上の、本当の意味での近況を知らせてくれる賀状を貰うと、まだまだ自分は賀状を卒業しない。でも印刷だけの賀状のやりとりは、徐々に減らして行く方向かも知れない。

年に一回だけ、賀状を通して今までの人間関係を振り返る元旦である。

150101shiniri <付録>「ボケて(bokete)」より

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