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2015年12月21日 (月)

「時代の危機と向き合う短歌」と野坂昭如氏の「日本憂う手紙」

先日、こんな記事を目にした。
この政治この時代、短歌はどう向き合う 歌人緊急シンポ、聴衆は390人
 政治の手法が、そして政治の言葉が荒っぽい。そう憂える歌人たちが6日、東京の早稲田大学で緊急シンポジウム「時代の危機と向き合う短歌」を開いた。聴衆は予想を超える約390人。会場は小講堂から大講堂に変更された。
 講演をした永田和宏さんは冒頭、自分の歌を紹介し、問いかけた。
 《戦後七〇年いまがもつとも危ふいとわたしは思ふがあなたはどうか》
 政治的・社会的なことを詠むのが歌の使命とは思わないという。しかし「第2次安倍内閣以降の動きを見て、やはり『ここだけは譲れない』という思いがひしひしとしている」。いかに歌で状況と対峙(たいじ)できるか――。そう自分に問うてみる必要があると語った。
 次のような歌も引いた。
 《権力にはきつと容易(たやす)く屈するだらう弱きわれゆゑいま発言す》
 「権力側からの圧力に屈しない自信があるかといえば、なかなか難しい。だからこそ、そういう状況にならないように、いま、発言しておきたい」
 これを受けたパネルディスカッションで、三原由起子さんは「短歌がスローガンにならないように」と強調した。自分は正しい、といった歌をつくってはいけない気がするという。対照的な例として挙げたのは次の歌だった。
 《示威の声満つる街路に仰臥(ぎょうが)して人、ひと、人は叢雲(むらくも)見しや 木下孝一》
 (磯村健太郎)」(
2015/12/15付「朝日新聞」夕刊p3より)」

歌人も声を挙げている・・・。
あの永田さんの
「戦後七〇年いまがもつとも危ふいとわたしは思ふがあなたはどうか」
が重い・・・

「火垂るの墓」の作者・野坂昭如氏が、死の2日前に書いたという「日本憂う手紙」も心を打つ。
野坂昭如さん「死の2日前」日本憂う手紙
 「焼け跡闇市派」を自称し、マルチな活動で知られた作家の野坂昭如(のさか・あきゆき)さんが(2015年12月)9日午後10時37分ごろ、心不全のため死去した。85歳だった。
 野坂さんは、永六輔さんがパーソナリティーのTBSラジオ「六輔七転八倒九十分」(月曜午後6時)に、毎週手紙を寄せていた。前身番組「永六輔その新世界」時代の03年12月、脳梗塞で倒れた野坂さんのリハビリや近況報告を兼ねて始まった。7日放送の最後の手紙は、太平洋戦争開戦の日に思いをはせ、日本の現状を憂う内容だった。14日の同番組では、生前の音声で野坂さんをしのぶ。

<7日にラジオ放送された野坂さん最後の手紙(原文)>
 はや、師走である。
 町は、クリスマスのイルミネーションに、
 さぞ華やかに賑やかなことだろう。
 ぼくは、そんな華やかさとは無縁。
 風邪やら何やら、ややこしいのが流行っている。
 ウイルスに冒されぬよう、
 ひたすら閉じこもっている。
 賑わうのは結構なこと。
 そんな世間の様子とは裏腹に、
 ぼくは、
 日本がひとつの瀬戸際にさしかかっているような
 気がしてならない。
 明日は12月8日である。
 昭和16年のこの日、
 日本が真珠湾を攻撃した。
 8日の朝、
 米英と戦う宣戦布告の詔勅が出された。
 戦争が始まった日である。
 ハワイを攻撃することで、
 当時、
 日本の行き詰まりを打破せんとした結果、
 戦争に突っ走った。
 当面の安穏な生活が保障されるならばと
 身を合わせているうちに、
 近頃、かなり物騒な世の中となってきた。
 戦後の日本は平和国家だというが、
 たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、
 同じく、たった1日で、
 その平和とやらを守るという名目で、
 軍事国家、つまり、
 戦争をする事にだってなりかねない。
 気付いた時、二者択一など言ってられない。
 明日にでも、
 たったひとつの選択しか許されない世の中に
 なってしまうのではないか。
 昭和16年の12月8日を知る人が、
 ごくわずかになった今、
 また、ヒョイと
 あの時代に戻ってしまいそうな気がしてならない

(2015/12/11付「日刊スポーツ」ここより)

「たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、同じく、たった1日で、その平和とやらを守るという名目で、軍事国家、つまり、戦争をする事にだってなりかねない。」
「また、ヒョイとあの時代に戻ってしまいそうな気がしてならない。」

という言葉が、重たい・・・

2015年の「今年の漢字」は「安」だという。
安倍の「安」、安保の「安」・・・・
2015年、もうすぐ年も暮れるが、今年は日本国民にとって将来に禍根を残す最悪の年だったような気がしてならない。

151221yasei <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

 この「朝日」の記事と同じ日の「中日新聞」にも 歌人たちの緊急シンポの記事がありました。この中で 永田 和宏さんは今の状況を…・1、言論抑圧2、自粛という名の畏縮  3、問題発言を繰り返して聴く側を不感症にする 4、(「国益」などの)抵抗できない全能の言葉が民衆を追い立てる、の4つのステップの末に気が付くとものが言えなくなっていると、かたっています。また・・・・「私は怖い。屈しないで発言し続けて投獄されて死ぬのは耐えられない。だから今、発言できるときに発言していきたい。」と歌で時代に向き合っていくよう会場に向かってうながしたそうです。「今一番 言葉が危うい」という危機感を強く感じます。
 私は神戸である授業を受けに行く途中、京都の同志社大学 構内にある 尹 東柱の詩碑を訪ねました。ハングルで詩を書いた というただそれだけで1945年に殺されてしまった人の詩碑です。  モノを言えない時代の先にはこういう「時代」がありましたし ありえます。
 話が前後しますが、私が聴講している大学で12月3日に永田 和宏さんの講演がありました。同じ時間帯に 同じ建物の別会場で約束があったため本当に残念でしたが「講演」には家人に参加してもらいました。 小さな地方大学???にも足を運ばれお話しをされている その決意の底にこのような危機感があることを改めて知りました。
 「朝日」の購読は10年前にやめましたが 朝日歌壇だけは毎週…・・大学の図書館でチェックして気になる歌を 書き取っています。今日火曜日 午後の授業の前に図書館に寄っていきます。 

【エムズの片割れより】
永田さんは京都在住ですものね。
それにしても、「言いたいことが言えない世の中」の事が、まさか現実の心配事になるなど、今まで考えていませんでした。

投稿: todo | 2015年12月22日 (火) 07:10

それにしても、情けないのは自民党の議員だ。あれだけの議員がいるのに誰も安倍発言をおかしいという人がいない。大の大人が一握りの人間の決めた事に、国民の反対の声を聞かずに全員一致で賛成してしまう不思議。知性と歴史認識の欠如。
無責任時代で原発事故もオリンピックの競技場のやり直しの莫大な補償金支払いも、誰一人責任を取らないで浮かれている。誰かに責任を取らせて後世に範を示して貰いたい。前森総理がテレビの中で笑い顔が映るたびに腹が立って仕方がない。国民が汗水たらして働いて収めた税金を湯水のごとくドブに捨てられているのは許すことが出来ない。これは犯罪ではないのかと思う。私は彼に損害賠償をして貰いたい。

【エムズの片割れより】
小選挙区制の弊害では?
公認を貰うために、政府の投票マシンになる。幹事長の言いなりにならないと、公認が貰えず、落選するので、自分の議員という身分維持のために、国民そっちのけで、党の言いなりになる・・・
それが分かっていながら、投票する国民が多いので、もうお手上げ!?

投稿: 白萩 | 2015年12月22日 (火) 11:21

永田さんの歌には こんなものもあります。

権力はほんとに怖い だがしかし 怖いのは隣人なり互いを見張る

まさかそんなとだれもが思ふ そんな日が たしかにあった戦争の前

なによりも先に言葉が奪はれて 言葉が民衆を追い立てるのだ


永田さんの「妻 河野裕子 闘病の十年 歌にわたしは泣くだらう」 という本を読みました。歌で気持ちを表せることの素晴らしさと 御夫婦の愛情に泣いてしまいました。
かけがえのない奥様を失って、そしてこの時代を見つめることになってしまった永田さんのお気持ち、、、つらいです。

以前ここで紹介していただいた 戦争が廊下のおくに立っていた とうたった渡辺白泉はこのうたで投獄されたとか。

世の中 国立競技場で盛り上がっている(?)ようですが 世界に向けて 福島はコントロール下にある、と言った首相の嘘を皆忘れているのでしょうね。嘘ばかりだから慣れてしまって真実を見る力が失せてしまったのでしょうか。

【エムズの片割れより】
ご紹介、ありがとうございました。
永田、河野夫妻については、当サイトでもだいぶん研究?させて頂きました。
歌は俳句と違って自由ですね。その分、言いたいことが口語体で言える。
自分も短歌の才能があったら・・・!?

投稿: エムエス | 2015年12月23日 (水) 00:32

戦争中、お互いに監視しあって戦争や天皇の悪口をちょっとでも言ったら即、密告すると言う隣組という制度がありましたが、月に一回、周り番で常会をやっていました。4,5歳だったと思いますが、覚えています。恐ろしい世の中があったことをあの時の大人は忘れてしまったのでしょうか。いつの間にか戦争が起こっていました。今の自民党には自由と民主が無くなって国を良くするという気骨のある議員がいなくなり、腐りかけています。そのうち隣組を作れと言い出すかも。ああ、焼け跡の青い自由な空気が懐かしい。

【エムズの片割れより】
今日の夜のニュースで、自民党の国会議員夫妻が、二人そろって育児休暇を取ると報じられていました。
その是非は別にして、何とも国会議員は軽くなったものです。
そんな軽いのりの人たちが、戦争も軽く考えているとしたら、何ともやりきれません。

投稿: 白萩 | 2015年12月23日 (水) 10:33

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