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2015年12月の22件の記事

2015年12月31日 (木)

2015年を振り返る~時間の経過が異様に早い

この歳になると、大晦日も正月も、もうどうでも良い。
まあ、せっかく書きだしたので、今年を振り返って、ペンの走るままに書いてみようか・・・

今年は、イスラム国ISの人質問題から始まって、集団的自衛権の安保法制まで、色々あった。そんな意味では、決して良い年では無かった。
まあそれはそれとして・・・

昨夜、寝ようかと部屋を出たら、メイ子とバッタリ。愛犬メイ子も、12月25日で満13歳。人間の歳で言うと、自分と同じ68歳だという。今だけ同期の桜!?
やっこらさと、階段を降りて行く。洗面所で歯を磨いて居間に入ると、いつもの三角窓にメイ子が居ない。あれ?と見渡すと、メイ子のトイレで、ウンチ。思わず「エライ!」と褒めてあげた。メイ子は、便意を催して、カミさんの寝床の横の自分のベッドから、わざわざ降りてきて、ちゃんと用を足す。なかなか出来るものでは無い。そそうをした時に待っている怖ろしいことを知っての行動か!?
最近、メイ子の行動が少しヘン。カミさんの横のベッドがお気に入りのはずが、早々に居間の三角窓に戻ってしまう。まあそれはそれで良いのだが、かなり夜中に部屋を行ったり来たりしているらしい。それに、昨夜の薄暗い階段を降りる様は、やはり歳を感じさせる。
それで、今日はホームセンターに行って、メイ子が夜中に行動する廊下を、少し明るくするために、夜間照明用のナイトライトを買ってきてしまった。これで、少なくともメイ子の夜中の行動エリアは、少し明るくなるので、暗いので階段から落ちて骨折、ということは避けられるかも・・・

それにしても、メイ子の体重が戻らない。メイ子の食欲がないことを書いたのは、10月だった(ここ)。ずっと下痢をして、食欲が無く、体重も激ヤセ。もうダメかと覚悟したが、医者に貰った薬が効いて、すっかり元気になって、今は食欲旺盛。ウンチも元気。もちろん散歩も元気。しかし体重が戻らない。前は3.2キロあったのに、2.4キロに減ったまま。たくさん食べているのに、その栄養はどこに行ってしまうのか・・・。まあ、人間だって大病した後は、簡単には体重が戻らない。まあ、元気なので良いことにしているが・・・

NHK紅白歌合戦も、見なくなって数十年。昔は、民放のレコード大賞を見てから、紅白を見て、最後に除夜の鐘を見たものだが、時代が変わった・・・
大晦日と言っても、まるで見たい番組が無い・・・

夕食前に、風呂に入っていたら、「火~の用~心~」という声と、拍子木のパシパシという音。近所の山に放火があったのが、12月21日の夜中の2時(22日)。今日、散歩の時に、自治会の掲示板を見たら、やはり近所で3件の放火があったという。何か、こっちの方が年末らしい話・・・

ともあれ、今年の年末年始は、珍しく何もイベントの予定がない。2年前はお袋の危篤、1年前はカミさんのお袋が末期だった。
二人を送った今年は、何も無い・・・
ただただ、時間が経つのが異様に早いと感じるだけ。

時間が早いと言えば、近くに「イオンモール八王子IC北」が出来る、と、最初に書いたのが2008年12月23日(ここ)だった。それが、2016年3月オープンと発表になり(ここ)、それがあと3ヶ月後。
しかし、実は工事がまったくスタートしてない。いつまで延期、という報道もない・・・・
この話を最初に知った時、2016年か~~~。ず~っと先だが楽しみ・・・と思った。
その「ずっと先」が、あれよあれよという間に、来てしまった。
モールは出来なかったが、“その時”は来てしまった。この7年があっと言う間・・・

ここまでで書いたら、部屋のインターホンで呼び出し。カミさんからの「年越しソバ」が出来た~という連絡。ほんの少し、形だけソバを食べて、雑談。
昔は、年末に「我が家の今年の10大ニュース」なんていう話をしたもの。それが、重大ニュースがとても10個では間に合わなくなってから、そんな話もしなくなった。

それでも、今年は、葬儀などの大きな事件を除くと、やはり体調の話題が多かった。自分は五十肩やぎっくり腰、風邪、高脂血症等々。不整脈は、薬で「臭い物に蓋」で済んだ。

それで来年は??
まあ来年は、4月から自由になるので、まあ読書三昧か? せっかくこの世に生を受けたのだから、名著は一通り読んでから死にたいもの。
それと運動。これはからきし自信が無い・・・
ともあれ、あと1時間余で今年も終わる。

ま、良い年をお迎え下さ~い。

121231ikkann <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月30日 (水)

相次ぐ冤罪 裁判官の責任は?

先日の朝日新聞に、裁判官の責任についての記事があった。
「(私の視点)相次ぐ冤罪 裁判官の責任問うべきだ 坂元和夫
 昨年3月に一家4人殺害の「袴田事件」に関し静岡地裁が再審を認める決定をし、今年10月には大阪の放火殺人事件の再審開始が決まった。袴田巌氏は死刑執行の恐怖に日々おびえながら45年余りも収監され、大阪の事件で無期懲役とされた被告らは逮捕から20年ぶりに釈放された。
 冤罪(えんざい)が後を絶たないなか、再審が認められず、死刑を執行された人もいるに違いない。無実の人が国に生命や自由を奪われることほどの不条理、不正義はない。
 誤った判決は捜査機関による無理な取り調べと、その結果である虚偽の自白が原因であることが多い。取り調べの全面可視化が実現すれば誤判は確実に減る。しかし、捜査当局は可視化に強く反対し、政府は一部可視化の見返りに司法取引の導入という、冤罪を生む別の原因をつくろうとしている。
 しかし、現行法のもとでも裁判官がその気になれば、簡単に可視化が実現するはずだ。裁判官が、全面可視化のもとでの自白以外は任意性に疑いがあるとして、自白調書を証拠として採用しなければよい。それが一般化すれば、捜査機関もおのずと全面可視化を認めざるをえなくなるだろう。漫然と法改正を待つ裁判官たちの責任は重大だ。不当逮捕、不当勾留、罪を認めないと保釈させない「人質司法」なども、裁判官が令状審査を適切にすればたちどころに解消し、誤判防止に役立つ。
 ところで、間違った判決を言い渡した裁判官の責任はどうなるのだろうか。弘前大学教授夫人殺人事件で有罪判決が確定し、逮捕から28年後に再審無罪となった元被告の訴えに対し、最高裁は1990年、裁判官に違法、不当な目的がない限り、国の賠償責任は生じないとした。一般の公務員と区別して裁判官を事実上、無答責とする理由の説明は、判決文にはなかった。
 裁判官は良心に従って、独立して裁判を行う。後に誤った判決の責任を問われては、裁判官の独立が侵されるという判断があるのかもしれない。しかし、私には裁判官への無答責がその職業意識を弛緩(しかん)させ、誤判を生み出すように思えてならない。裁判官にも一般の公務員と同様、国の賠償責任を認めるべきだ。
 下級裁判所の裁判官の任期は憲法で10年とされている。誤判をした裁判官は再任されるべきではなく、最高裁判事に任命されてはならない。
 裁判官は地位を保障され、一般の公務員よりも高い給料を支給される。それは、裁判官が心置きなく正しい裁判ができるようにするためだ。一人ひとりの裁判官が責任感をもって職務を行うことで、誤判がなくなることを望んでやまない。 (さかもとかずお 元日本弁護士連合会副会長)」(
2015/12/17付「朝日新聞」p15より)

裁判官の責任について、どう考える?
裁判官は、独立してその地位を保証され、簡単にはクビにされない。(ま、「独立している」というのは建前だけど・・・)
それは誤審にも及ぶ。冤罪被告が、死刑になったとしても・・・
上の筆者は、その誤審の責任を裁判官にも問うべきと言う。
さて、どう考えるのか? まさか、そうなると、裁判官がその責任を回避するために、死刑を避けたり、刑が軽くなるように・・・などとはならないだろうが・・・

それにしても、日本の司法制度は、あまりに閉鎖的。可視化も進まない。法廷での録音や録画も禁止・・・
アメリカでは、裁判の様子がテレビ中継されることも珍しくないというのに・・・。
この辺りの事情は、(ここ)に詳しい。

結局、どんな理由を並べ立てても、自信が無いのだろう。裁判官も検察も警察も・・・
だから、色々な理由をまくし立てて、公開を阻む。自己の保身と責任逃れのために・・・

司法取引も、自分も冤罪を生む原因になる可能性が高いと思う。人間は、だれでも逃げたいもの。例え、誰かが自分の犠牲になろうが、自分だけ助かりたい・・・。それが人間の原理。

話は変わるが、先日の韓国における産経新聞・前ソウル支局長の無罪判決での韓国外務省の裁判所への介入にはビックリした。
朝日新聞によると、
「判決直前、韓国外交省は裁判所に異例の「配慮」を求めた。」
「裁判長は判決の言い渡しを始める前に、外交省から検察側を通じて、裁判所に提出された文書を読み上げた。行政府である外交当局が司法府である裁判所に要請をするのは極めて異例だ。」
「韓国外交省当局者は異例の要請について、文書は韓国法務省に出したことを明らかにした。法務省から検察当局、裁判所に渡ったことになる。当局者は「韓日関係を担当する機関として、日本側からの要請を法務省に伝えるのは業務の一部だ」と説明した。」・・・
(2015/12/18付「朝日新聞」ここより)

韓国に比べれば、まだ日本の方が、堂々と介入していないだけマシ??
やはり三権分立は、世界的に見て“夢”のようだ。

前にも書いたが、日本の裁判の有罪率が100%に近いのも、裁判所が単に“検察の求刑×8割”の式で判決するだけの、検察の下請に成り下がっているようで、何とも寂しい。
警察・検察で、最重要なのは言うまでもなく“メンツ”。

こんなお寒い日本の司法制度。我々に出来ることは、何とかその当事者にならないように、下を向いて日々を過ごすだけ・・・。
今年も、ため息の時間が過ぎて行った・・・

151230wakareba <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月29日 (火)

子どもの教育にバラマキを!~大学授業料の推移

だいぶん前だが、「朝日新聞」の「天声人語」に、こんな記事があった。
「いかにも愚問であった。北欧フィンランドで大企業を辞めて会社を起こした人への取材中。子どもが10人いるというので、「事業に失敗したら教育費はどうしよう、と心配になりませんか」とたずねた。向こうはきょとんとしている。
かの国では教育は大学まですべて無料、大学生の生活費まで出るのだ。出産の時には「育児小包」なる箱が届いて、肌着から防寒着までそろう。子どもは社会で面倒を見るとの考え方が確立している。
そんな話を思い出したのは、国立大学の授業料が16年後に年93万円まで値上がりするかも、との試算を紙面で読んだからだ。20万円もしなかった1980年代初めは遠い昔。北欧の高い税負担を割り引いても、彼我の差にため息が出る。
我が国で所得格差が教育格差に転じていると言われて久しい。4年制大学の進学率は親の年収が1千万円を超えると62%なのに、400万円以下では31%にとどまるとの調査もある。私立中学や塾に行かせられるか否かも大きいのだろう。
「教育を受ければ、もっと社会に貢献できる子がいる。もったいなくないでしょうか」と、NPO法人キッズドア理事長の渡辺由美子さんは言う。高校や大学の受験に向けて学習支援をしているのはそのためだ。学生や社会人がボランティアで教える。
日本でも、子どもたちへの「小包」が要る。詰めるのは、学ぶ場、困難を抱える親への支援、無償の奨学金などか。もちろん、お金はかかる。でも、そんなバラマキなら悪くない。」(
2015/12/13付「朝日新聞」「天声人語」より)

ふと、自分の時代の授業料は幾らだったのかと、調べて見ると、うん、確かに年1万2千円だった。
ここ)によると、
「昭和 40 年度の学費
10 年後の昭和 40(1965)年度になると、国立大の授業料は 2 倍の 1万 2,000 円、入学料は 4 倍近い 1,500 円に引き上げられ、初年度納付金の多くは 1 万円台後半までアップし151229kyouiku1 た。
私立大の授業料は文系 5、6 万円、理系 7、8 万円程度で、入学金は数万円程度。入学時の最小限納入額は、文系で 10 万円程度、理系では 12 万~15 万円程度だった。
因みに、当時の大卒初任給は昭和 30 年が約 1 万 1,000 円、昭和 40 年が約 2 万円で、物価は、ハガキが昭和 30・40 年とも 5 円(41 年は 7 円)、米価(10kg)が昭和 30 年約 770 円、昭和 40 年約 1,100 円だった。」

だという。自分は、まさにこの年代なのだ。

そして現在は、(ここ)によると、
「現在、国立大学の授業料は年間535,800円と決まっています。それ以外の入学金等も含めると、初年度納入金は85万円程度になります。一方私立大学は、大学・学部により大きく異なりますが(一般的には理系学部の方がかなり高い)、平均すると授業料が約85万円、初年度納入金は131万円程度です。」
だという。

グラフが見易い。(ここ)によると・・・

151229kyouiku2 151229kyouiku3 151229kyouiku4

昔は、圧倒的に国立が安かったが、現在は1.4倍程度らしい。
時代が変わった・・・

子どもの教育は、親の教育レベルや所得が大きく影響することは言われている。
そして、カミさんによると、下の子は上の子に大きく影響されるという。つまり、下の子は、上の子を真似るので、上の子が賢いと、下の子も賢くなる・・・

しかし、上の記事にあるように、子どもへの教育機会だけは平等に与えてあげたいもの。北欧の授業料タダという政策は、まさに教育の機会は平等。あとは本人の努力次第。
日本の場合は、シングルマザーの家庭が生活保護を受けるような状態で、機会平等にはほど遠い。
「日本でも、子どもたちへの「小包」が要る。詰めるのは、学ぶ場、困難を抱える親への支援、無償の奨学金などか。もちろん、お金はかかる。でも、そんなバラマキなら悪くない。」という指摘は正しい。
でも今の政権では、そんなことは望むべくも無い。子どもにバラまいても、票につながらないので・・・。
バラまくのなら、「政策よりも懐」を重視する投票率の高い老人層に・・・

さてさて、来年は、“国民”が選挙行動で、どう動くのか・・・。

●メモ:カウント~830万

151229musasabi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月27日 (日)

たばこ・大幅増税での禁煙運動を

先日の日経新聞にこんな記事があった。
たばこ大幅値上げの好機 中川恵一
 自民、公明両党は2017年4月の消費税率10%への引き上げ時に軽減税率制度を導入することを決めました。同制度導入に伴い、税収が約1兆円減るとされています。この減収分の穴埋め策として、たばこ増税が浮上しています。増税額は1本当たり3円ともいわれていますが、日本のたばこの値段は国際的には非常に安いレベルです。
 韓国は喫煙率の低下などを目的に、2015年1月から1箱2500ウォン(約270円)から4500ウォン(約490円)に値上げしました。この結果、日本のたばこ価格は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中では最も安くなりました。なお、4500ウォンのうち73.7%が税金で、たばこ値上げにより15年は5兆ウォン程度の税収増となる見込みです。
 たばこの値上げは税収を増やしながら喫煙率を下げる「ウィンウィン」の政策です。日本でも、10年にたばこ税が1本当たり3.5円増えましたが、日本たばこ産業(JT)の価格上乗せによって1箱290~320円の紙巻きたばこが410~440円と過去最大の値上げ幅となりました。
 一時的に販売量は減ったもののすぐに回復し、税収は800億円の増収となりました。その一方で、国の調査による10年の喫煙率(%)は、前年に比べて男性6.0ポイント、女性2.5ポイントの大幅減となりました。たばこ税の引き上げによる税収増と喫煙率の低下は日本だけでなく、世界各国で確かめられています。
 喫煙はがんの原因トップでたばこがなくなれば男性のがん患者の3割が消滅します。喫煙によって年間約1兆8000億円の医療費が上乗せされています。労働力損失や火災などを含めた社会損失は4兆3000億円に上ります。
 現在、男女合わせた喫煙率は約20%です。長期的には低下傾向ですが、近年は下げ止まりつつあります。さらに、がんを含めて年間7000人の死亡原因となっている受動喫煙はむしろ増加傾向にあり、大きな問題になっています。
 オーストラリアでは2000円近くもするなど、欧米ではたばこ1箱が1000円以上する国が珍しくありません。この機会に、日本でもたばこの大幅値上げを考えてもよいと思います。(東京大学病院准教授)」(
2015/12/24付「日経新聞」夕刊p11より)

まだまだガンコにタバコを吸っている人がいる。ウチの会社でも、10時と3時になると、外階段に愛煙家がたむろしている。
これほど体への害が指摘されているものも珍しい。しかし、なお、頑張る人・・・・
そんな人でも、一度、ホントウの病気になって、“タバコが原因”と指摘されると、多分直ぐに止めるのだろうが・・・

自分も若い頃、タバコを吸ったことがある。
会社の独身寮の部屋に遊びにくる同じ階にいる同期の連中が、部屋に来ると「おい、灰皿!」と言いやがる。
何で、自分は吸わないのに、灰皿を用意し、そしてその後始末をしなければいけないのだ!
それで、「オレにも吸わせろ!」と実験したのが運のつき。自分も吸うようになってしまった。
でも確か、子どもが出来てから止めたはずだ・・・
健康診断などで、「いつ吸い始めて、いつ止めましたか?」と問われても答えられなかった。それで、先日、昔の手帳を調べて見たら、こんなメモが見つかった。
自分用のメモとして、記しておく。

1971/8/24(23歳) タバコ止めるの止めた。
1974/7/23 タバコ止めた 歯の裏が黒くなるので、今日からタバコ止めた。←実施出来ず。
1977/7/23(28歳) 禁煙 タバコ3本、禁煙の始め。
1977/10/12 タバコ買ってしまう。
1982/1/9 弟が来て、久しぶりにタバコ。
1986/7/8 タバコの吸い過ぎ?珍しく1箱買って吸っているから。

この貴重なメモを見ると、会社に入った1970年のいつ頃かから吸い始め、1978年1月に生まれた長男が、お腹の中に入った頃に、止めたようだ。
ま、自然だな・・・
たぶん23歳~29歳まで、7年ほど吸っていたことになる。

これがどの位自分の体に影響を残しているから知らない。
でも、今になっては仕方がない。

今は、根っからの嫌煙家。
あんなものを吸って喜んでいる連中が信じられない。
昔、中学時代の友人が41歳で肺がんのため亡くなった。聞くと、職場がタバコの煙で大変だったらしい。その影響だと聞いた。
周囲の人の迷惑のため、そして家庭での金銭の為にも、増税による禁煙運動推進には賛成だな・・・
それにしても、JTの業績が良いらしい。主に海外戦略だという。
まあJTが潰れることも無かろうから、タバコの増税に賛成~!!

151227nioi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月26日 (土)

NHK大河ドラマの系譜

今日は5時間位かけて今年の大河ドラマ「花燃ゆ」の総集編を放送していた。ま、自分は見なかったが・・・。
1年前、今年こそ見るぞ、と「花燃ゆ」を見始めたが、早々に挫折した。吉田松陰という人物は良かったし、前に松下村塾に行ったことを思い出して(ここ)、楽しみにしていたのだが、如何せんその妹の立場から見るドラマは何とも歯がゆく・・・。正面から吉田松陰を描いていたら、自分的には良かったのだが・・・

先日、この歴史あるNHK大河ドラマを、時代毎に整理した記事があった。
「(文化の扉)はじめての大河ドラマ 大名も庶民も荒波に立ち向かう
 戦国大名から一市民まで、NHK大河ドラマは様々な立場から歴史を描いてきた。視聴者の心をつかんできたのは、時代の荒波を乗り越えようとする男たち女たちの生き方だ。
 1作目は幕末の大老・井伊直弼を主人公にした「花の生涯」(1963年4~12月)。同作から「元禄繚乱」(99年)まで9作の演出に関わった元NHKディレクターの大原誠さん(78)によると、当時は映画が隆盛を極め、テレビドラマは「電気紙芝居」と揶揄(やゆ)されていた。この時、NHKの芸能局長が「映画に匹敵する日本一の大型娯楽時代劇を」と発案する。「日本一の役者を集めて(放送時間に)風呂屋を空にしろ」と言われた大原さん。「無謀だった」と笑いながら振り返る。
 大手映画会社5社が、所属俳優を他社には貸さないなどと協定を結んだ時代。だが制作陣は映画スター佐田啓二(中井貴一の父)らを懸命に説得し、番組は成功した。
 当初、毎年作ることは決まっていなかったが、翌年以降「赤穂浪士」や「太閤記」が人気となって続いていく。今では地元の町おこしにつなげようと、全国各地で誘致運動が盛り上がるNHKの顔といえる番組だ。
     *
 過去作品を時代設定で分けると、最多は「戦国もの」。17作ある。来年の「真田丸」で制作151226taigadorama 統括を務める屋敷陽太郎さん(45)によると、戦国は広くなじみのある人物が一番多いという。時代小説や民放ドラマなどでもよく描かれ、石田三成ら天下を取らなかった人物も知られている。
 幕末は戦国に次ぐ13作。坂本龍馬や西郷隆盛など著名な人物は多いが、平均視聴率は戦国ほど伸びないと言われている。屋敷さんが作り手の事情を教えてくれた。「戦国と比べると圧倒的に資料が残っていて、話の展開が縛られる。幕末より前の時代は、講談や浪曲など記録に残っていないストーリーを使いやすいんです」
     *
 制作陣は毎作、史実とフィクションの間で悩む。しかし屋敷さんは「歴史ドキュメンタリーを作るわけではない」。記録が多い幕末でも史実のすきまに「人間ドラマとしての深み」を加える。
 「新選組!」(04年)初回では、主人公近藤勇が坂本龍馬らと一緒にペリーの黒船を見物する。史実では後に敵味方になる間柄。放送後に「息子が試験で間違ったらどうするんだ!」などと批判の電話が相次いだ。黒船を2人で見た記録は見つかっていないが、当時会ったことを否定する記録も無いという。2人が江戸にいたことなどから、物語の伏線となる象徴的な場面として盛り込んだ。
 大河ドラマが半世紀続いたのはなぜか。「時代の困難に大舞台で立ち向かう姿が視聴者に支持されてきたのでは」と大原さん。高度経済成長期には秀吉(65年の太閤記)、経済の低迷期は主君を支える家臣(09年の天地人など)が注目された。来年の主人公は天下統一を目前にした家康が最後まで恐れたという真田幸村だ。(滝沢卓)」(
2015/12/06付「朝日新聞」p34より)

この図が気に入った。毎年見ている人は、それぞれが頭に浮かぶのではないか??
そして来年は、真田幸村だという。意外や、ウチのカミさんが見るという。理由は、真田幸村が好きだからだという。
ま、自分も釣られて見ることになりそう・・・

それにしても、NHKの朝ドラは強い。前の「マッサン」もそうだが、歴史上のあまり有名でない人物を捉えて、半年の長丁場を、視聴者を飽きさせないで引っ張って行く。視聴率調査でもいつも1番。
まあ、惰性で見ている人が多いのだろうが、ウチでも、毎朝見ることが習慣になってしまった。たぶん、今後もそうなりそう・・・
我が家も、段々と一般的な家庭での、毎朝と、(日)の夜、になりそう・・・
でも、この歳になると「将来の楽しみ」というのがどんどん減って行く。否、ほとんど無い。
そんな中、テレビドラマで「次回が楽しみ」でも良いではないか・・・

時間の過ぎる速度が異様に速く、とまどう毎日。
ドラマも目の前を異様な速度で過ぎ去って行く。
あと1週間。今年も何をするまでもなく、去って行く・・・。嗚呼・・・!

151226neko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月25日 (金)

「いのちのケア」~末期がんの内科医・僧侶、田中雅博さんの話

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(インタビュー)いのちのケア 末期がんの内科医・僧侶、田中雅博さん
 人は病と闘い、生き抜こうとする。それでもいずれは、どうしても死が避けられなくなる。そのとき何を感じるのだろう。希望を見いだすことはできるのか。栃木県益子町の内科医で僧侶でもある田中雅博さんは、がんに侵され、余命わずかの身。自分の死を見据え、日本の医療からこぼれ落ちているものを問いかける。

151225tanaka  《陶器で知られる栃木県益子町。田中さんは、1300年近い歴史のある西明寺(さいみょうじ)の住職だ。昨年10月、極めて深刻な段階の膵臓(すいぞう)がんが見つかった。手術したが、今度は肝臓に転移した。今秋、寺で行われた法要の際、別の僧侶に「どうか長生きしてください」と声をかけられると、素っ気なく「それは無理です」と答えた。》

 ――余命わずかであることを公言されていますね。
 「抗がん剤の副作用がひどくなっています。特に手足のしびれ。茶わんを落としたり、つまずいたりします。もう副作用の限界ですから、抗がん剤は効果を期待できる量が使えずにいます。検査結果やデータから、来年3月の誕生日を迎えられる確率は非常に小さい。もう少しで死ぬという事実を直視しています」
 「つい先日、孫が生まれたんですよ。女の子です。どこまで成長を見ることができるか。あと3カ月くらいかな、あるいはもっと短いかもしれない、と考えてしまいます。複雑な思いですね。人の死は思い通りになりません。私も順番が来たわけです」

 ――僧として、医師として、ずっと「死」の問題を考えてこられました。自身の死は怖くない、とおっしゃるのかと。
 「そんなことはありません。生きていられるのなら、生きていたいと思いますよ。私には、あの世があるかどうかは分かりません。自分のいのちがなくなるというのは……。やはり苦しみを感じますね。いわば『いのちの苦』です。自分というこだわりを捨てる仏教の生き方を理想とし、努力をしてきました。生存への渇望もなくなれば死は怖くないはずです。ただ、こだわらないというのは簡単ではありません」
 「かといって死んでしまいたいとも思わない。生きられるいのちは粗末にしたくありません。一方で、自分のいのちにこだわらないようにする。そのふたつの間で、『いのちの苦』をコントロールしているわけです。死の恐怖や不安と闘うというよりは、仲良くしようとしている感じでしょうか」

 《寺に生まれたが、前住職である父親の勧めで医学の道へ。25歳で東京・築地の国立がんセンター(現・国立がん研究センター)で研修医となった。》

 「最初に受け持った患者さんは若い女性でした。がんが体中に転移し、どんどん悪くなっていく。『私は死ぬんでしょうか』と聞かれました。どう答えますか? 科学ではどうしようもないんです。それ以来、たくさんの患者さんから同じように問われ続けました。でも、何もできなかったんですよね……。そうした苦に応える人が病院にいない、と若いときから感じていました。患者は誰に話していいか分からず、看護師や病室を掃除してくれる人に、不安を打ち明けることがあるんです」

 「私は進行がんが専門で、がんセンターでは内分泌部治療研究室長も務めました。医学はいのちを延ばすことを扱うわけですが、そのいのちをどう生きるかという問題にはまったく役に立たない。体の痛みを止める医師が必要であるのと同じように、『いのちの苦』の専門家が必要です。それがほとんどいないのは日本の医療の欠陥だと思います」

 《田中さんが言う「いのちの苦」は医療分野で「スピリチュアルペイン」(spiritual pain)と呼ばれる。世界保健機関(WHO)でも議論され、生きる意味の喪失や死後への不安などが含まれるとされる。
 キリスト教文化を背景とした欧米の多くの病院には、これに対応する専門職がいる。田中さんは1980年代から、日本でも「スピリチュアルケア」(spiritual care=いのちのケア)が必要だと提言。ローマ法王庁が呼びかけた国際会議にも4度招かれ、海外の実情を学んだ。》

 ――いのちのケアとは?
 「欧米では、病院に配置された聖職者がスピリチュアルケアに携わっていることが多いですね。自分の宗教や考えは押し付けません。患者の話を聞くことに徹し、いのちがなくなる苦しみを分かち合おうと努めます。どんな人生であったとしても肯定し、価値を見いだしてもらえるよう促す。人間の尊厳にかかわる仕事です」

 ――死が迫ると、後悔などの感情も起こりそうです。
 「それらも受け入れ、最後の最後まで人生の『ものがたり』を形づくる手伝いをする人が必要です。それを含めての医療であるべきだと思います。科学では何もできなくなったときこそ、非常に多くのことができるはずです」

 「人というのは、元気なうちは自己の欲望にとらわれたり、怒ったり、他人を差別したりするものです。しかし死が避けられないとなったときは、そうしたことから離れて、自分のいのちを超えた価値を獲得するチャンスでもあります。いのちより大事にしたいもの。それは信仰を持たない人にとっても、自身の『宗教』だと思うんですよ。それに気づくことができれば、その大事なもののために残りの時間を生きることができるのではないでしょうか」

 「欧米でスピリチュアルケアにあたる人は宗教だけでなく、哲学や医療などもしっかり勉強しています。ただ、ある人は『知識があるだけではだめだ』と話していました。むしろ、死にゆく患者さんに大事なことを教えてもらうという態度で臨むのです。非常に高度なことですね。人格的にも優れていなければならないでしょう」

 《国内でも専門家を育てる動きがある。全国青少年教化協議会が資格認定する「臨床仏教師」もその一つ。95人の受講者から絞られていき、今春、6人が初めて認定された。約1年半の養成課程では田中さんが内科を担当する診療所も協力し、実習を受け入れた。しかし、医療現場はまだ本格的な導入には慎重だ。》

 ――医療の現場には宗教に対する違和感もあるようです。スピリチュアルケアをする人は宗教者でなければいけませんか。
 「必ずしも宗教者でなくてもいいと思いますよ。欧州では哲学畑の人もいるそうです。ただ、仏教は私たちの死生観に何らかの影響を与えていますから、日本では少なくとも仏教の知識は欠かせません。もし病院で僧衣に違和感があるなら、制服を作ってもいい。ローマの病院でスピリチュアルケアに携わる人に会ったら、白衣を着ていましたね」

 「臨床仏教師の候補者を実習で受け入れた際、ある患者さんは症状が進んで話ができず、筆談でした。候補者に『あなたの考えは浅い』と厳しいこともお伝えになりました。それでも何時間も筆談して、最後は『また来てください』とお書きになった」

 「WHOは緩和ケアについて身体の痛みだけでなく、心理的な側面と(より根源的な)スピリチュアルな側面を総合的に扱う、としています。イタリアのスピリチュアルケア従事者は、死期が迫ってからではなく入院時にすぐ会いに行くと話していました。病棟責任者らの許可もいらず、自由に病室に出入りできるそうです。そういうシステムはいいですね。患者には面談を受ける権利と断る権利を保証しなければなりません」

 ――それにしても、ご自身は穏やかな表情ですね。
 「ぐったりして休んでいることも多くなっていますが、まだ黄疸(おうだん)は出ていません。黄疸が出ると、頼まれている原稿の執筆や講演は難しいので、できる限りのことをやっておきたいと思っています。いま、何でもないことが非常にありがたい。晴れた日はいいなぁと思うし、雨の降る日もいいなぁと感じます。やはり生きているというのはいいことですね」
    *
 たなかまさひろ 1946年生まれ。東京慈恵会医科大卒。74年国立がんセンターに入り、83年寺を継ぐため退職。90年境内に緩和ケアも行う普門院診療所を建設。

 ■取材を終えて
 死が避けられなくなったとき、家族には心配をかけまいと「死ぬのが怖い」といったことを口にしない人がいるのではないだろうか。家族もまた、あまりに重い問いは受け止めきれないかもしれない。そうした気持ちを丸ごと受け止めてくれる第三者がいたら、患者と家族にとって貴重な選択肢となりそうだ。
 日本でも、一部の緩和ケア病棟などには宗教的な問いにも対応できる専門家がいるが、全体ではまだまだ少ない。病院にとっては実習を受け入れてみるだけでも、「患者の本当の幸せとは」「そもそも医療とは」と立ち止まって考える契機になるに違いない。(聞き手・磯村健太郎)」
(2015/12/04付「朝日新聞」ここより)

我々素人とは違って、いわば死に対して“プロ”である内科医であり僧である氏。1946年生まれと言うから、自分より1歳年上。まだ60代だ。
そのプロが自身の死に際して「『いのちの苦』の専門家が必要です。」と言う。
そして(ここ)によると、
スピリチュアルケアとは終末期がん患者に限らず、人生のさまざまな場面・状況で生きる意味を失い、自分に価値をおけなくなった人、生きることの無意味、空虚、孤独、疎外等を感じている人のスピリチュアルペイン(自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛)を和らげ、軽くし、なくするケアのことです。」
だという。

取材記者が「死が避けられなくなったとき、家族には心配をかけまいと「死ぬのが怖い」といったことを口にしない人がいるのではないだろうか。」と言っているが、現実はどうなのだろう・・。
自分は、とても耐えられない。黙っていることが・・・
しかし、それを誰が受け止めてくれるのか・・・
やはり、普通は家族なのだろう。それを言え、受け止めるのが家族や夫婦ではないのか・・・。
しかしそれは建前。現実には、色々な家族の姿がある。
隣家に住む兄弟の葬儀にも出席しない家族の関係もある。

話は“ぶっ”飛ぶが、我が家では、自分が病気で寝込むと、カミさんの機嫌はすこぶる悪くなる。キツイ言葉がなぜか多くなる。よって、自分はただ黙って自室で寝込む・・・
確かに、カミさんの言うことを聞かずに発病することもある。でも病人は弱い立場・・・

でも、イザと言う時は、ウチのカミさんが自分の「スピリチュアルケア」の受け皿になってくれると思う。(否、思いたい!?)
だから、今のうちから、“その時”は、どこに駆け込むのかな~~、ナンテ、調べておく必要は無いのであ~~~~~る。

上の記事。実に淡々としているが、まだ若い僧で医師という氏が、“その時”を目前にしている話だけに、ひと言ひとことが重い・・・。

1412254wame <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月23日 (水)

NHK「新・映像の世紀」第3集「時代は独裁者を求めた」が圧巻

今日は天皇誕生日だという。
今朝の新聞によると「天皇陛下は、会見の半分ほどの時間を使って戦争や平和への思いを語った。民間人の犠牲が大きかったことに触れ、「平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、このことを考えると非常に心が痛みます」と述べた。」とある。
前に何度か書いているが、天皇の平和への想いがひしひしと伝わって来る。

昨夜録画で見た、NHK「新・映像の世紀」第3集「時代は独裁者を求めた」(2015/12/20放送)が圧巻で、脳裏に焼き付いている。

NHKのサイトにはこう解説がある。
「ミュンヘン近郊の山荘で、くつろぐ柔和な表情のヒトラー。その傍らには、23歳年下の愛人エヴァ・ブラウンの姿がある。物語は、地下壕でヒトラーと心中したエヴァの遺品の中から発見されたプライベートフィルムから始まる。
5000万を越える人々が犠牲となった第二次世界大戦。しかし、あの惨劇は一人の独裁者の狂気だけが生み出したものではない。世界恐慌で資本主義に幻滅した人々はファシズムを支持し、世界中の企業がナチスへの支援を行った。自動車王ヘンリー・フォードはナチスに資金援助したと言われ、空の英雄リンドバーグは、ヒトラーと手を組むことが世界を平和に導くと信じた。アウシュビッツ収容所の大量の囚人管理を可能にしたのは、アメリカ企業の開発したパンチカードシステムだった。
なぜ世界は独裁者を迎え入れたのか、なぜ止められなかったのか。未公開映像から浮かび上がる、独裁者に未来を託し、世界を地獄に追い込んでしまった人々の物語である。」(
より)

*この番組は、(ここ)で全編見ることが出来る。

気になったシーンをメモしてみると・・・
・第一次世界大戦の敗戦国ドイツは、多額の賠償金を払えず、経済がどん底。国民は天文学的な物価上昇に苦しんでいた。
・クーデター失敗の獄中のヒトラーを支援したのが、ワーグナー家一族。
・反ユダヤ主義者の自動車王ヘンリー・フォードはナチスに資金援助。
・フォードが経営する新聞は、反ユダヤ主義を掲げた。
・1929年10月、米フォール街で株価が大暴落。世界恐慌の始まり。最も深刻なダメージを受けたのが、敗戦から立ち上がりかけていたドイツ。失業率30%以上。
・ヒトラーが、「強力な独裁政治、ファシズムこそがドイツを救う」と選挙活動を開始。
・ヒトラーは、内閣があらゆる法律を国会の採決無しに制定できる「全権委任法」を、野党を取り込むことで、合法的に成立させた。
・ヒトラーが失業者対策で、世界初の高速道路網アウトバーンを建設。
・ヒトラーが描いたとされる国民車のデザイン画は、VWの建設を経て、「ビートル」という国民車として世に出た。
・ヒトラーは、国民生活の向上のため、週休2日制、週40時間労働を企業に求め、大企業には社員食堂の設置を求めた。
・ドイツの工業総生産は、政権発足後5年で倍増、税収は3倍に伸びた。公共投資で景気回復を図るという先進的な経済政策は大きな効果をあげ、ドイツはいち早く恐慌から抜け出していく。
・1934年の国民投票で、ヒトラーは89.9%という支持率を得る。
・・・・・
そしてユダヤ人弾圧の「ニュルンベルク法」が成立。
・100社を超えるアメリカ企業がドイツに子会社を構え、ドイツと協力関係を築いている。デュポン社は兵器ビジネスに、スタンダード石油はドイツが戦争に備えるために合成ガソリンを生産。GMとフォードも・・・
・ドイツのフォードの子会社は、ドイツ軍の軍用トラックの1/4を生産。ヘンリー・フォードはナチスから勲章まで授与されている。
・レニングラードはドイツ軍によって900日間にわたって封鎖され、飢えと寒さで、100万人以上が犠牲になり、そのうち8割が餓死者。

1944年7月20日、ヒトラー暗殺計画。首謀者はドイツ軍の将校たち。その裁判。
裁判官「総統への忠誠を裏切るとは、いったいどういうことなんだ」
被告「忠誠心はもうありません」
「忠誠心はないだと?」
「総統が世界の歴史に果たした役割は凶悪な犯罪者であると確信し・・・」
「黙れ!」
この人物は直ちに絞首刑。その家族や親類など、600人以上が逮捕され処刑が行われた。

1942年9月2日、第二次世界大戦終結。
151223eizounoseiki ブーヘンヴァルト強制収容所。5万人以上がここで犠牲となった。連合軍はこの場所を、ドイツ人にも見せなければならないと考えた。そして見学させられるドイツ人。
女性は気を失い、男性は顔を背け、“知らなかったんだ”という声が、人びとから上がった。すると、開放された収容者たちは、怒りをあらわにこう叫んだ。いいや、あなたたちは知っていた。

最後のシーン。骨と皮だけになった収容者たちが裸で歩く後ろ姿。
それがこの悲劇の全てを物語ってる・・・

ヒトラーは、ユダヤ人虐殺の狂気の独裁者、とだけ描かれることが多い。しかし、独裁者に合法的になれたのには、ドイツの復興による国民の支持を得たという背景がある。
それをこの番組は丁寧に描いてくれた。
そして、そんなドイツを、単なる儲けの手段として利用したアメリカの大企業。

屍体は、映像でボカされることが多い、この手のドキュメンタリーで、この番組では、これでもか、これでもか・・・と、何度も出てくる。
そう、屍体はこの悲劇を描くのには、目を背けられない現実。

このドイツを他人事として見ることが出来るか?
実は、日本も同じなのだ。
日独同盟を持ち出すまでもなく、日本が南太平洋で行ったことは、まさに侵略国ドイツをマネしただけ。
そう思うと、この番組は、単なる遠いヨーロッパの出来事とは思えなくなる。

今日の天皇の言葉と同時に、我々は改めて「戦争」を深く考えたいし、こんな作品を作ることが出来るNHKを応援したい。

★我が家の愛犬・メイ子も、病気がちながら、本日めでたく13歳の誕生日を迎えました。
151223meiko

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2015年12月21日 (月)

「時代の危機と向き合う短歌」と野坂昭如氏の「日本憂う手紙」

先日、こんな記事を目にした。
この政治この時代、短歌はどう向き合う 歌人緊急シンポ、聴衆は390人
 政治の手法が、そして政治の言葉が荒っぽい。そう憂える歌人たちが6日、東京の早稲田大学で緊急シンポジウム「時代の危機と向き合う短歌」を開いた。聴衆は予想を超える約390人。会場は小講堂から大講堂に変更された。
 講演をした永田和宏さんは冒頭、自分の歌を紹介し、問いかけた。
 《戦後七〇年いまがもつとも危ふいとわたしは思ふがあなたはどうか》
 政治的・社会的なことを詠むのが歌の使命とは思わないという。しかし「第2次安倍内閣以降の動きを見て、やはり『ここだけは譲れない』という思いがひしひしとしている」。いかに歌で状況と対峙(たいじ)できるか――。そう自分に問うてみる必要があると語った。
 次のような歌も引いた。
 《権力にはきつと容易(たやす)く屈するだらう弱きわれゆゑいま発言す》
 「権力側からの圧力に屈しない自信があるかといえば、なかなか難しい。だからこそ、そういう状況にならないように、いま、発言しておきたい」
 これを受けたパネルディスカッションで、三原由起子さんは「短歌がスローガンにならないように」と強調した。自分は正しい、といった歌をつくってはいけない気がするという。対照的な例として挙げたのは次の歌だった。
 《示威の声満つる街路に仰臥(ぎょうが)して人、ひと、人は叢雲(むらくも)見しや 木下孝一》
 (磯村健太郎)」(
2015/12/15付「朝日新聞」夕刊p3より)」

歌人も声を挙げている・・・。
あの永田さんの
「戦後七〇年いまがもつとも危ふいとわたしは思ふがあなたはどうか」
が重い・・・

「火垂るの墓」の作者・野坂昭如氏が、死の2日前に書いたという「日本憂う手紙」も心を打つ。
野坂昭如さん「死の2日前」日本憂う手紙
 「焼け跡闇市派」を自称し、マルチな活動で知られた作家の野坂昭如(のさか・あきゆき)さんが(2015年12月)9日午後10時37分ごろ、心不全のため死去した。85歳だった。
 野坂さんは、永六輔さんがパーソナリティーのTBSラジオ「六輔七転八倒九十分」(月曜午後6時)に、毎週手紙を寄せていた。前身番組「永六輔その新世界」時代の03年12月、脳梗塞で倒れた野坂さんのリハビリや近況報告を兼ねて始まった。7日放送の最後の手紙は、太平洋戦争開戦の日に思いをはせ、日本の現状を憂う内容だった。14日の同番組では、生前の音声で野坂さんをしのぶ。

<7日にラジオ放送された野坂さん最後の手紙(原文)>
 はや、師走である。
 町は、クリスマスのイルミネーションに、
 さぞ華やかに賑やかなことだろう。
 ぼくは、そんな華やかさとは無縁。
 風邪やら何やら、ややこしいのが流行っている。
 ウイルスに冒されぬよう、
 ひたすら閉じこもっている。
 賑わうのは結構なこと。
 そんな世間の様子とは裏腹に、
 ぼくは、
 日本がひとつの瀬戸際にさしかかっているような
 気がしてならない。
 明日は12月8日である。
 昭和16年のこの日、
 日本が真珠湾を攻撃した。
 8日の朝、
 米英と戦う宣戦布告の詔勅が出された。
 戦争が始まった日である。
 ハワイを攻撃することで、
 当時、
 日本の行き詰まりを打破せんとした結果、
 戦争に突っ走った。
 当面の安穏な生活が保障されるならばと
 身を合わせているうちに、
 近頃、かなり物騒な世の中となってきた。
 戦後の日本は平和国家だというが、
 たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、
 同じく、たった1日で、
 その平和とやらを守るという名目で、
 軍事国家、つまり、
 戦争をする事にだってなりかねない。
 気付いた時、二者択一など言ってられない。
 明日にでも、
 たったひとつの選択しか許されない世の中に
 なってしまうのではないか。
 昭和16年の12月8日を知る人が、
 ごくわずかになった今、
 また、ヒョイと
 あの時代に戻ってしまいそうな気がしてならない

(2015/12/11付「日刊スポーツ」ここより)

「たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、同じく、たった1日で、その平和とやらを守るという名目で、軍事国家、つまり、戦争をする事にだってなりかねない。」
「また、ヒョイとあの時代に戻ってしまいそうな気がしてならない。」

という言葉が、重たい・・・

2015年の「今年の漢字」は「安」だという。
安倍の「安」、安保の「安」・・・・
2015年、もうすぐ年も暮れるが、今年は日本国民にとって将来に禍根を残す最悪の年だったような気がしてならない。

151221yasei <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月20日 (日)

NHK ETV特集「“医師の罪”を背負いて~九大生体解剖事件~」

先日、NHK ETV特集「“医師の罪”を背負いて~九大生体解剖事件~」(2015/12/12放送)を見た。前に聞いていた事件だったが、なかなかショッキングなドキュメンタリーだった。

NHKのサイトにはこう解説がある。
NHK ETV特集「“医師の罪”を背負いて~九大生体解剖事件~」
終戦間際の1945年5月から6月にかけて、九州帝国大学医学部で米兵の捕虜を使った生体実験が行われた。世に言う「九大生体解剖事件」。墜落したB29の搭乗員8人に対し、海151220kyuudai 水を使った代用血液を注入するなどのさまざまな生体実験の手術が行われ、捕虜たちは死亡した。戦後70年間タブー視され、多く語られることのなかった「負の歴史」。生体実験に関わった医師や看護師は、すでに全員が事件についてほとんど語らぬまま亡くなってしまった。しかし、ただ一人、そのとき医学生として生体実験手術の現場に立ち会った証言者がいる。東野利夫さん(89)である。東野さんは戦後、福岡市内で産婦人科医院を営みながら、国内外で関係者に取材を重ね、多くの壁にぶつかりながらも、事件と向き合う地道な活動を続けてきた。
事件は、関係者や私たちに一体何を残したのか。私たちは何を反省し、何を語り継ぐべきなのか。番組では、東野さんの証言や亡くなった関係者・遺族への取材を通して、「九大生体解剖事件」からの70年という歳月の意味を見つめる。」(
NHKのここより)

我々は、皆、思い出したくない過去を持っている。しかし、それを本当に「無かったこと」にして良いのか?
それをこの番組は問うているように思う。

誰もが目をそむけたくなるような事実、この例では生きている米兵を、麻酔で眠らせて、「肺を片方取っても生きているぞ」という生体実験・・・。海水を使った代用血液を実際に輸血して、生きるかどうかを試した実験・・・。
それを戦争での“米国の被害者”の日本人が行っていたのである。

その実験のただ一人の生き証人の東野さんが、「その事実を埋もらせてはいけない」と、長年取材し、その機の唯一の生存者である機長に、アメリカに会いにまで行っている。
そして、生涯をかけて集めた資料を公開するチャンスが訪れた。平成26年9月27日に落成した九州大学医学歴史館だ。しかし、九大の判断によって、東野さんの資料の展示は見送られた。
実際に展示されたのは2点。事件の概要のパネルと、「九州大学50年史」のそのページだけ。
東野さんは言う。「心の中で楽しみにしていた。展示する予定で持っていった資料は一点も出されない。力が抜けるほど残念だ。」
判断を下した医学部長は言う。「医師の立場で言うと、カルテにあたるような物とか、診療記録に当たるようなものとか、資料が実は残っていない。一次資料があれは文句なく展示するべきだろうと思ったがそれが、それが無いので、二次資料三次資料、あるいは完全な小説というものなので、ここであえて展示する必要は無いと判断した。」

そして東野さんは、自分の病院でその資料の公開を始めた。東野さんが生涯をかけて集めた資料の展示。70年前の事実・・・

この番組は、「忌まわしい事実を、消し去りたい」という九大の人を筆頭にした今の人たちの思いを、「それではダメだ」と打ち消した、実に良心的な番組だと思った。
この番組は、東野さんの努力を世に知らしめ、「戦争はいけない」と訴えた。一人でも多くの日本人に見て欲しい番組である。この秀作は、たぶん何かの賞を取るだろう。
ここ)をクリックすると全編が見られる。

ドイツが、ユダヤ人虐殺の事実に目をそむけないのと同じく、かつて戦争によって狂気となった我々日本人の現実の姿にも目をそむけず、戦争に参加する普通の国にひた走っている現在の日本の政治を見つめ直す機会としたい。

151220safe <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月19日 (土)

伝書鳩の「いつか見た青い空」

1年ほど前にFM放送で聞いた、伝書鳩の「いつか見た青い空」を最近よく聞く。
伝書鳩とは、1970年代に活動していたフォークグループ。

<伝書鳩の「いつか見た青い空」>

「いつか見た青い空」
  作詞/作曲:荒木とよひさ

きれながの二重目蓋の君の目が
子供みたいなほほえみをかけるとき
そのあどけなさが そのあどけなさが
僕には悲しすぎます


色あせた季節の中にたたずんで
髪をとかすしぐさはきれいですけど
その白い指先が その白い指先が
僕には悲しすぎます

 こみ上げる気持ちが 涙にかわっても
 いつか見た青い空を
 いつも想い出して下さい
 うずもれた想い出だけをつぶやいて
 朝な夕な心のささえにしてるから
 そのふるえる肩が そのふるえる肩が
 僕には悲しすぎます

悲しみをめぐる季節の道ずれに
歩く君の背中に声をかけても
そのうしろ姿が そのうしろ姿が
僕には悲しすぎます

 こみ上げる気持ちが 涙にかわっても
 いつか見た青い空を
 いつも想い出して下さい
 うずもれた想い出だけをつぶやいて
 朝な夕な心のささえにしてるから
 そのふるえる肩が そのふるえる肩が
 僕には悲しすぎます

伝書鳩やこの歌について、Net上にはあまり情報が無い。Wikiで見ても、自分は他には「目覚めた時には晴れていた」くらいしか知らない。「目覚めた・・」は、てっきりビリーバンバンの歌だと思っていたが、伝書鳩が元祖だったようだ。
自分のライブラリーにも、伝書鳩はこの2曲しか無い。

しかし、この歌の作者が荒木とよひさと聞いて、なるほど・・・と思った。
この人の歌は、自分も何十曲も知っている。「四季の歌」から始まって「哀しみ本線日本海」「恋草紙」「そして…めぐり逢い」から「もしも明日が…。」まで・・・。
なるほど、現在は日本作詩家協会副会長だという。
その大御所が若かりし1976年8月に発表したのがこの歌。
本業は作詞なので、作曲した作品は少ない。つまり、“荒木とよひさ作曲”は、「四季の歌」やこの歌が代表では??

ともあれ、自分はやはり70年代のフォーク時代の歌が好き。
当時、多分聞いたことはなかったこの歌だが、初めて聞く歌は、自分にはいつも新鮮である。

151219nankan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月18日 (金)

200億円で新聞を「買収」した安倍政権

先に決まったという軽減税率。
「税制改正大綱では、消費税の軽減税率は、税率を10%に引き上げる再来年4月に導入し、対象品目は「酒類」と「外食」を除いた「生鮮食品」と「加工食品」のほか、定期購読の契約をした、週2回以上発行される「新聞」とし、税率は8%に据え置くとしています。」(NHKニュースより)
この報道に対して、日経は事実を伝えるだけで、ほとんど記事がない。一方、朝日はこんな記事を載せていた。

「<考論>新聞は思索のための食料 京都大の佐藤卓己教授(メディア論)の話
 新聞は「思索のための食料」なので、食料品と同じように軽減税率の対象とすることに原則賛成する。発行間隔が短く読み捨ての新聞は「フロー(流動型)メディア」で、生鮮食品のようなものだ。今後の検討課題となった週刊誌もフローメディアなので新聞と同様に軽減対象とすべきだ。書籍は「ストック(蓄積型)メディア」と言えるが、文化保護の観点からは軽減税率の対象として検討されてもいい。
 一方で軽減税率は低所得者対策でもあり、新聞や高額な書籍は低所得者が手に入れにくくなっている。文化を幅広く行き渡らせるという観点では軽減税率の適用だけでは不十分ともいえ、さらなる議論が必要だ。

<考論>活字メディア一律対象に ジャーナリストの津田大介さんの話
 新聞各社は、将来世代の負担を避けようと、消費増税に向けた世論をつくってきた。それなのに、新聞に軽減税率の適用を求めるのはダブルスタンダードで、多くの国民の理解を得られないだろう。
 その上で、もし欧州諸国などのように、公共性を担う存在として活字メディアに適用するのであれば、一部の新聞だけではなく書籍や雑誌、有料ニュースサイトなども含め一律に対象とするべきだ。
 駅やコンビニで売られる夕刊紙などに軽減税率が適用されないのは、「内容」で区別されているとも言え、政府に都合のいいメディアのみが優遇されることにつながりかねない。政府とメディアが一定の距離をとれなくなる恐れもある。」(
2015/12/16付「朝日新聞」」p3より)

そして社説では、
「・・・ 私たち報道機関も、新聞が「日常生活に欠かせない」と位置づけられたことを重く受け止めねばならない。
・・・しかし、10%の段階で新聞も適用対象になった。社会が報道機関に求める使命を強く自覚したい。」

と、自分たち新聞業界全体で主張してきたのに、まるで第三者的な言い草だ。

自分たちに都合の良いことはどんどん記事にし、都合の悪いことは報道しない。その典型。まさに、安倍政権に魂を売った新聞業界。

民主党・細野政調会長の「水道水や電気、ガスといった、生きていく上で不可欠なものについて議論されずに、新聞だけが議論されることに強い違和感を覚える。現実に切り分けがされた場合、例えばスーパーで買ってくるミネラルウォ-ターは8%だが水道水を飲む人は10%を払うことになる。この1つをとっても、とても低所得者対策としてきちんと整理されたものとは思えない」という発言の方が、よほど説得力がある。

Netではこんな記事があった。
軽減税率というポピュリズムが政治を汚染する 200億円で新聞を「買収」した安倍政権
 自民党の税制調査会は12月16日、消費税の10%への引き上げにともなう軽減税率を正式決定した。酒類と外食を除く食品を8%に据え置くというのは、公明党案の丸のみに近い。これで約1兆円の財源が消えるが、その具体策は決まっていない。
 おまけに「宅配の新聞」がこっそり軽減対象にまぎれこんだ。新聞協会は「EU(欧州連合)でも軽減対象になっている」と主張しているが、EUでは水道も電気もガスも軽減対象だ。日本では水道代さえ10%なのに、なぜ新聞が8%なのか。
・・・
 新聞の軽減額はたいしたものではない。全国の日刊紙を合計しても200億円ぐらいで、政府が新聞を「買収」するコストとしては安いものだ。2016年1月からの通常国会では野党が、矛盾だらけの軽減税率について激しく批判するだろうが、「賄賂」をもらった新聞は政府を批判できない。何しろ最も理屈に合わない軽減対象が新聞なのだから。
・・・
 しかし軽減税率を強く要求したのは、新聞協会の会長社である読売新聞社の渡辺恒雄主筆だといわれる。今回の軽減措置は、読売が一貫して安倍政権を支持してきたことへのご褒美かもしれない。いずれにせよ、新聞が政府に補助金を要求するのは、自殺行為である。・・・」
ここより)

税金を使ってまんまと新聞を買収した安倍政権。 “はした金”で、世論誘導の新聞の口封じに成功した安倍政権。これで、憲法改定までの道筋は出来た!?

それにしても、なぜこれほど日本のジャーナリズムは脆弱になってしまったのか!? 日本の新聞は、なぜこれほど、政権に迎合するようになってしまったのか!? 自らの存在価値を否定してまで・・・
一般市民として、益々新聞の報道が信用出来なくなったことを、深く憂う・・・。

151218hayajini_2 <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月17日 (木)

よみうりランドのジュエルミネーションに行く

昨晩(2015/12/16)は、よみうりランドの「ジュエルミネーション」見物に行ってみた。
キッカケは、カミさんが行っている美容院の美容師さんの話。「結構、よみうりランドの夜の照明「ジュエルミネーション」が良かった・・・」
テレビでもたまに紹介されている。それでカミさんが行く気になり、自分が付き合ったというわけ・・・

八王子ICから行くと、車のナビは、調布で降りろと言う。しかしスマホのナビは、「「府中スマートインター」で降りろと言う。なるほど、スマホの情報は最新。あった・・・・
後で調べて見ると、「府中バス停を利用して設置した都内初のスマートインターチェンジ、中央道「府中スマートインターチェンジ」が平成27年3月7日(土曜)開通します!」とある。
なるほど。開通半年。車のナビが知らないはずだ・・・

日没間もない暗い道を走って、よみうりランドに着くと、駐車場が1500円。平日の夜というのに、立体駐車場は屋上までぎっしり。この調子だと、休日はどんな有り様か・・・

シルバーの入園券600円で園内に入ると、なるほどLEDのイルミネーションが園内を照らす。
観覧車に乗ってみようと行ってみる。二人で1000円。もちろん空いている。そのせいか、ゴンドラも一つおきくらいで乗る。前に脳溢血だろう杖をもった老人の二人連れ。その人がなかなかゴンドラに乗れない。結局、係の人がさきに乗って、抱きかかえるようにして乗せていた。降りる時も大変だ。13分ほどだが、観覧車で上の昇ると、さすがに園内を見渡せる。

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観覧車を降りて、少し腹が減ったので、レストランにも寄ってみたが、それほど出もない。それで、屋台で600円也のトルコ風ハンバーガー「ドネルケバブ」を買って、持参のコーヒーで、木の下のベンチで一服。
時計を見るとちょうど18時。入園の時に貰ったチラシをみると、噴水ショーが18時から。それで噴水に大急ぎで行ってみる。ラストの1~2分だけ見られた。そして18:15のショーも見た。

Img_02241 Img_02351 Img_02371

なるほど・・・。コンピュータにコントロールされた噴水と音楽。反応の良いLEDならでは・・・。
見る場所が噴水の前面と、かなり限定されているため、混んでいる時は、なかなか人の頭で見づらいかも・・・と心配。
ショーが終わると同時に、観客は解散・・・
つらつら歩くに、結構シルバー族が多いのにビックリ。それほど寒くは無かったが、防寒着に身を包んだ年寄りが結構居た。ジェットコースターからは「キャー!」という叫び声・・・
少し寂しいトイレに寄りながら、「夜だから見えないけど、昼間だったら園内は結構アラが見えるんだろうな」なんていう話をしながら、早々に帰途につく。

P10106211 Img_02391 Img_02401

さんざん「行きたい」と言っていたカミさんの感想。
確かにイルミネーションはたくさんあるが、近くのスーパーのものと一緒。
「もう二度とは来ないな・・・」
「そのうち、**ちゃん(孫)を連れてくる?」「いや来ないな・・・」
久しぶりのシニア族の夜遊び。ま、そんなもんでしょう・・・。

151217nannde <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月15日 (火)

ノーベル賞受賞者・大村智氏の話「2億人を熱帯病から守った化学者」

ノーベル賞を受賞した大村智氏については、当blogでも、2013年7月13日に「熱帯救った日本の菌 大村智さんの発見、抗寄生虫薬に」(ここ)という記事で取り上げた。

その前、2012年6月に、NHKラジオ深夜便「こころの時代」でも放送されていた。
今回受賞を機に再放送された大村さんのお話、NHKラジオ深夜便「2億人を熱帯病から守った化学者 北里大学 特別栄誉教授 大村 智(2012/06/14~15放送)(2015/12/10~11再放送)に、改めて聞い入ってしまった。

<NHKラジオ深夜便「2億人を熱帯病から守った化学者 大村智>

*NHKラジオ深夜便「2億人を熱帯病から守った化学者 北里大学 特別栄誉教授 大村 智(2012/06/14~15放送)(2015/12/10~11再放送)(43分+44分)の全部をお聞きになる方は(ここ)をクリックしてしばらく待つ。

大村さんの業績については、この受賞を機にたくさん報道されているが、このお話は、それらの報道に表れていない裏のお話も聞ける。
伸び伸びとしたお話が、聞いていて楽しい。

このお話は残しておきたいな、と思って取り上げた。
ぜひ一度、お聞きになって下さい。

151215katai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月13日 (日)

軽減税率(複数税率)の愚

軽減税率が“自公の協議”で、決着したそうだ・・・。
今朝の朝日新聞の社説。
軽減税率 原点を忘れた政治決着
 政策の原点を忘れ、打算と駆け引きに終始した政治決着というほかない。
 消費税率を10%に上げる際に導入する軽減税率について、自民、公明両党の協議が、迷走の末に決着した。
 生鮮か加工かを問わず食料品全般の税率を8%にすえ置く。税収の目減りは年1兆円に及ぶが、どう穴埋めするか、痛みを伴う具体策は先送りした。
 軽減税率論議を主導したのは公明党だった。来夏の参院選で公明党・創価学会の支援を重視する首相官邸が、軽減税率に慎重な自民党税調を押しきる構図で、減税の対象と金額がつぎつぎと積み上がっていった。
 深刻な財政難のなか、消費増税に伴う低所得者対策に知恵を絞るという課題を果たしたとはとても言えない。
 消費増税を含む「社会保障と税の一体改革」の内容を、改めて思いおこしたい。
 国の借金は1千兆円を超え、今年度も財源不足を埋める新規国債を三十数兆円も発行する。高齢化などで社会保障費の増加が止まらないのが主な理由だ。
 次世代へのツケを少しでも減らし、今を生きる私たちの社会保障も強化する。その財源の柱として国民全体が担う消費税を増税し、税収はすべて社会保障分野にあてる――。それが一体改革の骨格である。
 ただ、消費税には、所得が少ない人ほど負担が重くなる「逆進性」があり、それをやわらげる対策が欠かせない。
 軽減税率は消費者に分かりやすい半面、高所得者まで恩恵を受けるため、税収の目減りが大きい割に効果が乏しい。自公両党はそんな軽減税率の限界を承知していながら、線引きをめぐる攻防に明け暮れた。
 生鮮食品だけという自民の当初案に公明が反発し、菓子と飲料を除く加工食品を加えることに。その後、菓子・飲料にも対象は広がり、一時は外食を含む案まで検討された。
 税収減の穴埋めに、低所得者に医療や介護の窓口負担で上限を設ける総合合算制度をやめて4千億円を捻出する。低所得者対策の一つを犠牲にするとは驚くが、残る6千億円は手つかずのままだ。
 今の世代が直接恩恵を受ける軽減税率の財源を、将来世代への負担の先送りである国債発行に頼ってはならない。
 自公両党は「安定的な恒久財源を確保する」とうたった。社会保障を含む給付を削るのか。負担増に踏み切るのか。政権与党としての責任感が残っているかどうかが試される。」(2015
/12/13付「朝日新聞」社説より)

国民不在のお手盛りの議論で「決着した」と言われてもね~~。
数人の議論だけで、決まるんですね・・・。国会が単なる事後承認機関だとしても、野党や国会という言葉さえ出て来ないウチに決定・・・。
でもそれが今の日本・・・

軽減税率は、単なる複数税率。もちろんその決め方では利権を生む。
10%への消費税アップも、国の借金の次世代へのツケを減らす趣旨なら、国民は我慢するだろう。なぜなら、その借金は、自分たちが恩恵を受けてきた結果なのだから・・・

そして政府は「年金受給者の3割に3万円 参院選前後、1250万人に」配るんだそうだ。もちろん選挙目当てで、「税金で票買う」・・・。これって選挙違反じゃないんだ・・・。

最近の週刊誌の広告が過激だ。買って読む気もしないが、文字は過激・・・
「週刊ポスト」2015年12月18日号の広告。
「衝撃シミュレーション 来年7月「衆参同日選」で「自民一党独裁」そして「憲法改正」へ 「角栄を超えた!」歴代総裁ナンバー1の安倍、支持率も急回復 自民党選挙部隊の極秘調査がはじき出した「ダブルなら圧勝」 菅が、谷垣が「ダブル」を否定せず――「野党連合は絵に描いた餅」の声 そして「橋本出馬」→「改憲連立」が現実になる!」

「週刊現代」2015年12月26日号の見出し。
「衆参ダブル選挙 自民党なんと衆院323議席!「おおさか維新」を吸収して与党は400議席超え。民主党は消滅し、ついに憲法改正へ。圧倒的勝利はこの国を根本から変える。」

そんなに国民はバカなのだろうか・・・。3万円でコロリなのだろうか・・・
野党やメディアは、複数税率も3万円のバラマキも、来年7月の参院選に対する国民への目くらましの“あめ玉”だということは、散々指摘している。それを耳にしている国民は、それでも先の選挙のように、現政権を支持して、「憲法改定」にお墨付きを与えるのだろうか・・・

米国・大統領選では、イスラム教徒の入国禁止を唱える共和党のトランプ氏の支持が増えているという。そしてロシアのプーチン大統領やトルコのエルドアン大統領の独裁色も色濃くなっているという。
いったい世界はどうなって行くのか・・・
せめて日本は、独裁への道だけは国民の手でストップさせたいと思うのだが・・・
(我が家の独裁はもうあきらめたけど・・・。今、カミさんが部屋にやってきて・・・。ああ、とても書けない・・・)

151213tabenai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月11日 (金)

「接触事故の女子高生、「大丈夫」のはずが…」~他人事ではない

こんな記事を読んで、「決して他人事ではない」と思った。
「(法廷ものがたり)接触事故の女子高生、「大丈夫」のはずが…
 裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

 乗用車を運転していた会社員の男性が、自転車と接触事故を起こしてしまった。倒れた女子高校生は大丈夫とうなずいて立ち去ったが、実際は軽傷を負っていた。警察の呼び出しを受け、ひき逃げ扱いされて4年間の免許取り消し処分に。男性は「ケガをしていたと認識していなかったのに重すぎる」と、処分の撤回を求めて裁判を起こした。
 東京郊外の初夏の夕暮れ。薄暮の中を行き交う車がヘッドライトを点灯し始めていた。ミニバン型の乗用車のハンドルを握っていた40歳代の会社員の男性は、コンビニエンスストアの駐車場から交通量の多い幹線道路に出るタイミングをつかめずにいた。別の出口から出ようと諦めて車をバックさせたとき、ドンと鈍い衝撃があった。
 男性は慌てて車を停止させ、運転席から下りた。車の後ろに回ると、倒れた自転車と、片手をついて起き上がろうとしている女子高生の姿が目に入った。
 「大丈夫ですか。頭を打っていないですか」。男性が問いかけると、女子高生は照れ笑いを浮かべてうなずき、立ち上がると制服のスカートを手で払った。男性は倒れた自転車を引き起こしながらもう一度、「大丈夫ですか」と声をかけた。女子高生ははにかんだ表情のまま、自転車に乗って立ち去った。
 その後ろ姿を見届け、男性は運転席に戻って駐車場を去った。その間、わずか数分のできごとだった。
2週間後に警察官、ひき逃げ犯と同じ「免許取り消し4年間」に
 約2週間後、男性の自宅に警察官が現れ、署への出頭を要請した。女子高生は事故で1週間程度の軽い傷を負い、帰宅後、家族に伴われて交番に被害を届け出ていた。コンビニの防犯カメラ映像と買い物で使った電子マネーから男性が浮上し、自動車運転過失傷害の疑いを持たれていた。
 男性は警察署で取り調べに応じ、「処罰から逃れたくて届け出なかった」とする調書を作151211nikkei 成。検察には不起訴とされたが、「免許を4年間取り消す」という処分通知が届いた。
 事故での救護義務違反が35点、安全運転義務違反が4点。別の軽微な違反を加えると累積点数は43点に達し、免許取り消しの15点を大きく上回っていた。「ひき逃げ犯と同じ処分は余りに過酷。ケガが軽くて被害者が診察を拒絶した場合は救護義務違反に当たらないとした判例もある」。男性は都公安委員会に異議を申し立てたが退けられ、都を相手に処分の撤回を求めて提訴した。
 救護義務違反が成立するには、相手が事故でケガをしたか、ケガをした可能性があると認識している必要がある。裁判で男性側は「高校生になれば自分の状況は正確に伝えられる。このときもケガは無いと意思表示していた」と訴えた。
 もし救護義務違反に当たるとしても、「危険性が低い場合は取り消し期間を1年縮める」とする道交法の規定に基づき、免許取り消しの期間は3年とすべきだと主張。「免許取り消しまでは求めない」とする女子高生の母親の嘆願書も提出した。
 対する都側は「経験未熟な高校生なら気が動転して現場を立ち去るのも無理はなく、負傷の可能性を考えるのが自然なのに、確認せずに『ケガは無い』と自分に都合良く解釈しただけ」と反論。取り消し期間は4年がふさわしいと譲らなかった。
 地裁は判決で「少なくとも女子高生がケガした可能性があるとは認識していた」として救護義務違反を認めた。しかし「重大事故になる危険性は低かったし、女子高生側の被害感情も小さい」として、免許取り消しの期間は3年が妥当だとした。
双方が予期しなかった控訴審の判断
 男性は判決を受け入れたが、都側は不服として控訴した。高裁での審理を経て示された判断は双方にとって驚くべきものだった。「そもそも救護義務違反はなかった」――。
 東京高裁は男性が事故後に車から下りて「大丈夫ですか」と声をかけ、女子高生が笑顔でうなずいて正常に自転車をこいで立ち去った点を重視。「男性は救護に当たろうとしたし、ケガは救護を必要としない程度だと信じたことには相当な理由があった」と指摘した。「救護義務違反はなく、累積点数は8点にすぎないので、そもそも免許取り消しに該当しない」
 しかし、民事訴訟法は控訴しなかった側が有利になる判決の変更を禁じている。「地裁の判断には違法があるが変更できず、控訴棄却にとどめるほかはない」。高裁の判決文には裁判官の無念さがにじんでいた。
 免許取り消し処分から一審判決までに2年。高裁判決が確定するまでにさらに7カ月。3年に縮んだ取り消し期間は残り数カ月になっていた。その間に男性は運転免許が必要な営業部を外されて内勤に移り、年収は100万円ほど下がっていた。今更「免許取り消しに該当しなかった」と言われても、過ぎた時間は戻ってこなかった。(社会部 山田薫)」(
2015/12/09付「日経新聞」より)

こんなケースはたくさんある。日常的に全国どこでも起こっているのでは?
しかし、こんなことにもなりかねない・・・。
この男性は、「処罰から逃れたくて届け出なかった」ことを認めているようだが、果たしてどこまでの事故なら届けるべきで、どこまでの事故なら届けるべきでないのか・・・。特に物損事故の場合は、相手との話し合いになる。
一義的には、ケガをしているのかどうかだが、どの位のケガかは、やはり本人の申告だろう。確かに「大丈夫」と聞けば、「ああ良かった。人身事故にならなくて済んだ」とホットする。

このケースの場合は、ある意味、女子高生はこの男性に対して裏切り行為をしたことにならないか・・・。自転車に乗って立ち去ってしまったわけなので、男性は事故届けを出すチャンスを奪われたことにもなるのでは??
しかも、後で被害届を出した、ということは、「ケガをした。人身事故だったので、補償してくれ」という民事と、「道路交通法に則って、刑事罰を」という刑事・行政罰への意志だったとしか思えない。もちろんそれは女子高生の母親の意志。
しかし、“「免許取り消しまでは求めない」とする嘆願書も提出した。”というから、その影響の大きさに、母親はたじろいたのかも知れない。
民事がどう終わったかは知らないが、刑事・行政罰はレールに乗って、警察の論理でどんどん進む。そして公安は、警察や検察と同じく、男のメンツで動く。いったん決めた事が否定されるのは許せない。裁判で自分たちの判断が否定されるのは許せない。ただそれだけのために、この男性の人生が狂う・・・

ではこんな場合は、どうすれば良いのか・・・。
加害者としては、上に書いたように「無かったこと」になるのが一番良い。だから「大丈夫」という言葉を渇望する。
もしそうなら、「決してバレないかどうか」を検証する必要がある。カメラはないか?店でカードを使っていないか・・等々。
しかし、あらゆる所にカメラがある現代社会では、バレることを前提に考えないといけない。
すると、どんなに軽微であっても、警察を呼んで事故扱いにして貰うしかない。
例え、名刺を渡して「何かあったらここに連絡を」と誠意を示しても、もし後で再燃すると、事故証明が無いので保険会社が補償してくれるかどうか分からない。

だからカミさんには、「どんな簡単な事故でも必ず警察を呼べ」と言ってある。理由は簡単。保険を使うためには、事故証明が必ず必要で、それはその現場に警察を呼ばないと作れないから。(後でも作れるかも知れないが、メンドウなので・・・)
とにかく、本人が例えそこを去っても、110番に電話をして「本人は大丈夫と行って帰ってしまったが」という言葉を警察の110番の録音に残しておけばよい。これが自分を守る証拠になる。

民事は保険で済むし、刑事も余程の人身事故でないと逮捕されたりはしない。残るは行政処分だが、それほど悪質でない軽微な接触事故などでは、減点されないこともある、とも聞く。

とにかく、「どんな事故でも、まず110番!」を再認識した記事であった。

151211goukon <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月10日 (木)

上意下達の企業文化と個人の防衛法

先日の日経新聞にこんな記事があった。
VW排ガス不正 私はこう見る「異議許さぬ社風が原因」
               元GM副会長 ボブ・ラッツ氏
 独フォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正では、強いトップの要求に部下が逆らえない独特の企業文化も背景にあったとされている。東芝の会計不祥事もトップの指示が引き金で、ガバナンスのあり方は日本企業も避けては通れない問題だ。元ゼネラル・モーターズ(GM)副会長で長く自動車メーカーの経営に関わってきたボブ・ラッツ氏に話を聞いた。

 ――経営者の視点から見てなぜこうした不正が起きたと考えますか。
 「過去にも自動車メーカーは色々な批判にさらされてきた。だが、GMの点火スイッチやトヨタ自動車の加速の問題はある種の技術的ミスが原因だ。VWは違う。誰かが意図を持ち、窒素酸化物(NOx)の排出量を欺こうとした。オーナー一族の(元社長の)ピエヒ氏が強い権力を持ち、誰も異議を唱えられない企業文化が不正を生んだ」
 「私も過去にピエヒ氏とは会ったことがあるが、彼はやりたいと思ったことは部下に命じてその通りに実現するタイプの人間だ。部下はクビになりたくないので『できません』とは言えない。実はGMも過去にVWと同様のディーゼルエンジンを作ろうとしたがうまくいかず、私はできないと言う技術者を叱責していた。今思えばVWの技術者が上に本当のことを言っていなかったということだろう」
 ――米欧で異なる環境規制に対応するためだったとの見方もあります。
 「米欧、そして日本で規制基準が異なるのは事実だ。3地域それぞれの規制に見合った車をつくるために開発コストが膨らんでいるという問題はある。だがどの地域にもそこに根ざした官僚機構はあるものでそれが統合されるはずもない。規制の差異を不正の理由にあげるのは間違っている。フォード・モーターもGMも、米国ではディーゼル車に力を入れないという選択をしている」
 「ディーゼルが悪い技術だとは思わない。ただ、今の米規制で誰もが買える手ごろな価格のディーゼル乗用車をつくるのはほぼ不可能だ。規制をパスするには車の内部に小さな化学工場を構えるくらいの技術的な対応がいる。それにかかるコストは数千ドル規模にのぼる」
 ――新トップの下、企業体質は変えられますか。
 「ミュラー新社長は内部昇格だ。本来であれば外部の人材を招く方が良かったと思う。会社が構造的な問題に陥ってしまった場合は、外の人を活用したほうが再建がうまくいく。ただ、今のVWを切り盛りできる人材は見つけられないと思う。会社を隠し事のない誠実で開かれたものにし、従業員をひとつにまとめるのは大変な作業だ」
 「新社長は迅速に、かつ強い意志を持ってこれまでの企業文化を変える努力をしないといけない。ウソや違法行為があれば放置せずにすぐに取り除かないといけない。リーダーが率先して変化を示せば、そうした行動がやがて口づてに社内中に広がり、会社が良い方向に向かうだろう」
 ――再建策はどう見ますか。事業の売却なども選択肢になるのでは。
 「そういう記事が散見されるが、例えば高級車の『ランボルギーニ』部門を売っても対価はせいぜい8億ユーロだろうし『ブガッティ』も3億~4億ユーロ程度だ。VWが必要としているのはもっと巨額のお金だ。リコール(無償の回収・修理)や訴訟で300億ユーロから500億ユーロの費用がかかると考えると、一部部門を売却したところで大きな助けにはならない」(ニューヨーク=中西豊紀)」(
2015/12/09付「日経新聞」p7より)

軍隊ほどではないが、どんな企業や組織にも「上意下達(じょういかたつ)」の文化はある。上司の命令に対し、部下が動かなければ、組織は動かない。しかし、それは程度問題。誰もが眉をひそめるような指示内容であれば、動く方も仕方なく「最小限」の動きになる。
それは上司の責任の取り方も背景にある。指示を出した上司が結果責任を取る姿勢なら、部下も思いきって動ける。しかしそれは少数派。ほとんどの上司は、逃げる。保身から責任を部下に押し付ける。それが普通・・・

今日の新聞に、ブラック企業と指弾されたワタミのトップが、白旗を揚げて自らの責任を認めた、とある。遅きに失する。
VWもトップがどれほど関与していたかは知らないが、企業ぐるみの違法行為であることは確からしい。
一方、東芝の場合は、「忖度(そんたく)」という言葉が似合っている。いわゆる「あうんの呼吸」というヤツだ。実は今の日本の政治もまったく同じで、総理の意向がすべて。周囲は首相の意向を忖度して動いている。これが目を覆う惨状であることは、周知のこと。

上のVWと同じ「トップの要求に部下が逆らえない独特の企業文化」だと言われている東芝も、今朝の日経では、「テレビは国内販売も大幅に見直す方針で、テレビやパソコンの開発拠点がある青梅事業所(東京都青梅市)も今後の活用方法について検討する。国内家電量販店での販売撤退や青梅事業所の閉鎖に踏み切れば、国内テレビメーカーとして老舗の名門企業がテレビから完全撤退することになる。」とまで書かれている。REGZAが消える??

上意下達で崩壊した「亀山モデル」もその代表例だが、このように、大きな、絶対に揺るがないと思われていたものが簡単に瓦解していく現代社会。
今の若者は、そんな社会で、何をもって安定した生活を得るのか? 企業は決して個人を守ってはくれない。だから個人で自らを守るしかない。国家資格など、公認の実力の鎧で自己を守るしか方法は無いのか・・・

151210otona <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月 8日 (火)

「電子レンジ」と「ぎっくり腰」

まったく~。電子レンジのお陰で、ぎっくり腰をやってしまったではないか・・・

我が家の電子レンジは、タ-ンテーブルのないフラットテーブル型。前のモデルは回転するタ-ンテーブルだったが、12年も使ったのと、背が低い器しか入らないため、背の高い容器を入れるために、フラットテーブル型を購入したのが3年前。
そもそも機能として、色々あるが、なぜか電子レンジ以外の機能は使っていない。
それが買って直ぐに分かったのが、電子レンジによる暖めムラ。
冷凍食品を電子レンジで暖めると、チンチンの部分と、まだ冷凍のままの部分があるのだ。
フラット型は、当然回らない分だけ、電波の撹拌の知恵が盛り込まれていると思ったのだが、結果として、それは期待外れだったようだ。
よって、買って以来、電子レンジでチンする時は、数十秒ごとに、扉を開いて、場所を変える習慣になっていた。

数日前、たまたま前の機種が、まだ捨てないであったので、「前の電子レンジに戻そうか」という話になり、一人で、重いフラット型電子レンジを運んだのが悪かった。
置いた途端に、“ウッ”。ぎっくり腰のスタートである・・・
(自分のモットーは「ムリをしない・・・」。それなのに・・・。無念である!)

思い返すと、2年前の豪雪の時、家の前の道路の雪かきで、やはりぎっくり腰をやってしまった(ここ)。
例によって、カミさんからコルセットを借りて、腰に巻く。すると楽・・・
2日目くらいで、ぐんぐん良くなったのだが、今回はどうしたことか、今日は3日目だが状態はあまり好転していない。
2年前のメモを見ると、コルセットを取るまでにちょうど1週間かかっている。今回も同じだろう。あと3日も経てば、良くなるだろう・・・

それにしても、電子レンジが気に食わん。ぎっくり腰のオマケ付きだ。
カミさんは「やはり回るとムラがない」とご機嫌・・・
まあ、汚いけど小さい昔の電子レンジをしばらく使うか・・・
そのうちに、今度は使わない色々な機能は不要なので、単機能電子レンジを買おう。もちろん昔ながらのターテーブル型を。
そういえば、今年買い換えたPanaの食器洗い乾燥機。食器の棚の構造が良くないと、カミさんが言っていた。前の東芝製の方が、使い勝手が良いと・・・
とにかく、カタログで選ぶのはダメ。実際に店頭で実機を見て選ばせないと、あとが大変・・・

ともあれ、我が家の電子レンジの「日立」対「東芝」の勝負は、「東芝」の勝ちであった。
その東芝の白物家電がリストラに揺れている・・・。
我が家では、結果として東芝製は当たっているのだが・・・(それなのに、なぜ他社製を買ったかって?? 売れ筋情報に惑わされたのさ・・・。トホホ・・・)

(2015/12/14 95%快癒・・・!?)

151208tatte <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月 7日 (月)

「ワイドFM」が2015/12/07 13時に開局(TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送)

いよいよ、東京3民放ラジオのFM補完放送、「ワイドFM」が今日(2015/12/07)13時から放送を開始した。TBSラジオ(90.5MHz)、文化放送(91.6MHz)、ニッポン放送(93.0MHz)である。
記念すべき、13時からの第一声がこれ・・

<「ワイドFM」放送開局(2015/12/07 13時~)>

「ワイドFM開局記念 TBSラジオ・文化放送・ニッポン放送 夢の同時生放送!
「FMでもキキマス!ゴールデンたまむすび」
2015年12月7日(月)12:55~15:30 オンエア!」
と謳っていたので、開局前の5分間はどうなるのかと思ってTBSラジオを聞いていたら、ヘンデルの「水上の音楽」などが流れて、直前1分間は無音だった。そして13時に生放送に切り替わった。(上の音源は、13時前は縮めてある)
スカイツリーからのナマということで、音質は評価に値しない。10分過ぎの音楽がどうか・・・だ。
それにしても、やはりバラエティー番組。NHK FMの音楽番組を愛する我々シルバーに取ってみると、少し敷居が高い。
正直、自宅で聞く事はあまり無いだろう。

しかし、カーラジオでは威力を発揮するだろう。中波の雑音に埋もれた音とはまったく違う。それも、90~95MHzが受信出来るカーラジオが普及した後のこと・・・

思い返すと、AM放送のFM化について、初めて「AMラジオのデジタル化~FMサイマル放送へ?」(ここ)という記事を書いたのが、2013年2月25日で、同22日付けの読売新聞の記事の引用だった。
そして今年(2015年)の1月に、東京3民法のFM周波数が発表され、「今年の秋から冬にかけて始める」との予告通り、本日の開局となった。

151207fmhokanmapここ)によると、本日(2015/12/07)現在、全国で14局が開局済みであり、2016年春には、大阪、福岡、熊本、宮崎で開局予定だという。
一方、NHKラジオの補完放送の動きは無いようだ。
ともあれ、自分が愛するFM放送が充実していくのは、嬉しい。ぜひ良い音で、音楽などを楽しみたいものだ。

(関連記事)
東京のAMラジオ局のFM同時放送、2015/10/5 試験放送開始、12/7 13時に開局(2015/09/25)
AM放送のFM同時放送開始に向け、FPGA FMチューナーで用意万端(2014/10/13)
関東広域・民放AMラジオ3社が、15年秋よりスカイツリーからFM同時放送開始(2014/09/03)
AMラジオ放送がFM同時放送開始へ~在京3局は15年9月試験放送(2014/03/13)
AMラジオのデジタル化~FMサイマル放送へ?(2013/2/25)

●メモ:カウント~820万
 
141207hoihoi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月 6日 (日)

ビル・ゲイツ氏~社会貢献活動に個人資産の「95%」を投入

先日の朝日新聞に、こんな記事があった。
技術革新、社会貢献から」 ビル・ゲイツ氏インタビュー
 米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏(60)が今月中旬の来日を前に、朝日新聞の単独取材に応じた。デジタルの分野で一時代を築いたゲイツ氏は今、巨額の私財を社会貢献活動に投じる。最も重視するのがポリオやマラリアなど感染症の撲滅。政府や国際機関、企業がいずれも十分取り組めていない分野だ。「個人の資産だからこそ、長期的視野を持ってリスクも受け止められる」と意義を語った。
 ゲイツ氏は2000年に、自らと妻の名を取った「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を設立。08年にマイクロソフトの経営の一線を退いた後は社会貢献活動に取り組む。約9兆5千億円とされる個人資産の「95%」を投じるとしている。
 来日は、感染症対策を含む世界的な医療課題に関する国際会議への出席などが目的だ。16日には東京都内で朝日新聞社主催の対話イベントにも参加する。
 途上国の感染症対策を重視する理由について「子どもの命の不平等に、最優先で取り組みたかった。企業にとってビジネス的な魅力がなく、公的援助も不十分な分野だ」と語った。
 政府など公的機関は財政支出に慎重で、教育や社会保障など社会基盤への支出を優先しなければならない。これに対し社会貢献は「リスクは高くても、難題への突破口につながる分野に資金を出せる」という。「技術革新の多くは社会貢献の中から生まれてきた」
 そうした貢献は富裕層に限らず、ボランティア活動や少額の寄付など様々な方法があると言う。「裕福な国の人には少額でも、最貧国を支援すればすごい効果がある。人には、個人の成功を超えたモラルへの希求がある。自分の周りだけでなく、人類全体まで視野に入れられるかが問われている」と述べた。

子の命を守ることは基本的な価値 ビル・ゲイツ氏、社会貢献を語る
 巨額の寄付など、米国の起業家らの間に社会貢献の機運が高まっている。先頭を走る存在である米マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏(60)が、社会貢献のあり方について語った。
 ゲイツ氏が設立した「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」(本部・米シアトル)はこれまでに約410億ドル(約5兆円)を集め、民間の財団としては世界一の規模だ。約1400人の職員を擁し、100カ国以上で感染症撲滅や教育、農業開発に取り組む。
 ■感染症撲滅に力
 活動の中心に据えるのが感染症の撲滅だ。
 「世界の最貧困層を苦しめる病気について、研究や援助が不十分だと知って非常に驚いた。子どもの命を守るのは基本的な価値。そのために自分たちのお金を使う。それが自分の信じる価値だから」
 巨大IT企業を率いたゲイツ氏は、社会貢献でも「生存率」という指標で取り組みの成果を測り、改善が目に見えるようにすることを重要視している。財団は今年9月、2040年までのマラリア撲滅という目標を国連と共同で掲げた。
 米国では10年、投資家ウォーレン・バフェット氏とゲイツ氏が、資産の少なくとも半分以上を慈善事業や社会貢献活動に寄付すると誓う運動を始めた。
 オラクル共同創設者ラリー・エリソン氏やマイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長、CNN創設者テッド・ターナー氏ら、さまざまな分野の約140人が運動に賛同している。
 若くして成功を収めた人々による巨額の寄付も増えている。フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏は1日、「次世代のために」と、保有する自社株の99%を社会貢献活動に寄付すると発表した。時価総額で約450億ドル(約5兆5千億円)にあたる。

 ■不平等の是正を
 米国で寄付が進む背景には、税額控除などの優遇措置があることも大きい。同時に、自らの資産を使って自ら重要だと考える社会問題に積極的に関わろうとする人が多いのも確かだ。
 ゲイツ氏は「行き過ぎた不平等は問題だ。資本主義は格差是正の方向へ自動的に動くことはない。不平等の是正には、多くお金を持つ人が持っていない人に渡すことだ」と語る。
 社会貢献には、政府にできない役割があるという。「富裕層はリスクが高い分野に資金を出し、政府は基礎研究に資金援助するという協力関係を築くべきだ」
 またデジタル分野の先駆者として「インターネットによって、遠く離れたアフリカなどの困難な状況への距離感を縮められるようになるだろう」とも語った。
 「次世代には、僕らにはなかったツールがある。その技術を使い、支援を必要としている人たちとより深くつながることができる」
 日本に対しては「貿易などの統計を見れば、非常に外向きの国だ。一方で、外国語や移民への態度などを見ると内向きとも言える」と評した。「特に科学分野などで、世界とより強くつながってほしい。日本の科学の発展を豊かにすることにもなる」と期待した。 (シアトル=宮地ゆう、浜田陽太郎)」(
2015/12/05付「朝日新聞」p1、35より)

世界の長者番付の常連のトップであるビル・ゲイツ氏。しかし、その資産の使い方は、“半端ない”!!
「約9兆5千億円とされる個人資産の「95%」を社会貢献に投じる」という。そして「投資家ウォーレン・バフェット氏とゲイツ氏が、資産の少なくとも半分以上を慈善事業や社会貢献活動に寄付すると誓う運動を始めた。
 オラクル共同創設者ラリー・エリソン氏やマイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長、CNN創設者テッド・ターナー氏ら、さまざまな分野の約140人が運動に賛同している。
 若くして成功を収めた人々による巨額の寄付も増えている。フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏は1日、「次世代のために」と、保有する自社株の99%を社会貢献活動に寄付すると発表した。時価総額で約450億ドル(約5兆5千億円)にあたる。」
というから、半端ではない!!

そして「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」は約1400人の職員だというから、その規模も大企業に匹敵する。
確かに、どこかの国のバラマキ政策と違って、キチンと的を絞って援助をしているのだろう。それにしても、この米国の大富豪の活動は、つくづく偉いと思う。

新聞を読んでいると、相続税が今年から多くなったそうで、資産家は資産を借金にかえるために、アパート建設が盛んだという。もちろん銀行はビジネスとして富裕層に、それら節税対策を伝授し、それを自らの仕事につなげる。
自分にはまったく縁が無いので言えるが、世の大富豪さんは、持っているたくさんのお金をどうするつもりなのだろう? まさかお墓に持って行く訳にも行かず・・・
TVドラマ「遺産争続」ではないが、ある程度以上のお金は、家族にとってあまり良い動きにはならないような気がする。
家に資産があると、子どもたちは、それをアテにして、稼がなくなる。いや、稼がなくてもどうにかなると楽観する。少なくとも食いっぱぐれだけはないと・・・
果たして、それは良いことか?? ハングリー精神がなくて、充実した人生が送れるか??

SONYやホンダの創業者は、子どもにその地位を継承させないことで、世の評判になった。なかなか出来ることではない。
しかし、それ以外に、日本ではゲイツ氏のような、大富豪による大胆な社会貢献の話はあまり聞かない。

アメリカ経済誌「フォーブス」が公表した2015年の世界長者番付によると、日本のトップ20は下記だそうだ。
1.柳井正氏 ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長 202億ドル
2.孫正義氏 ソフトバンク社長 141億ドル
3.三木谷浩史氏 楽天代表取締役会長兼社長 87億ドル
4.滝崎武光氏 キーエンス名誉会長 76億ドル
5.高原慶一朗氏 ユニチャーム取締役ファウンダー 55億ドル
6.毒島邦雄氏 SANKYO名誉会長 45億ドル
7.韓昌祐氏 マルハン代表取締役会長 42億ドル
8.森章氏 森トラスト社長 37億ドル
9.伊藤雅俊氏 セブン&ホールディングス名誉会長 34億ドル
10.三木正浩氏 ABCマート創設者 33億ドル
11.永守重信氏 日本電産会長兼社長 33億ドル
12.森佳子氏 森ビル取締役 25億ドル
13.重田康光氏 光通信会長兼CEO 19.5億ドル
14.安田隆夫氏 ドンキーホーテホールディングス会長 17.5億ドル
15.似鳥昭雄氏 ニトリホールディングス社長 16.5億ドル
16.馬場功淳氏 コロプラ代表取締役社長 16億ドル
17.多田勝美氏 大東建託創業者 15億ドル
18.笠原健治氏 ミクシィ会長 14億ドル
19.前澤友作氏 スタートトゥデイ社長 13億ドル
20.岡田和生氏 ユニバーサルエンターテイメント会長 12.5億ドル

日本円では、トップの柳井正氏で、約2兆5000億円、2位の孫さんが1兆7000億円、3位の三木谷さんが1兆円か・・・
こんな人がゲイツ氏と同じような事をすると、格好良いのだが、まあ無理かな・・・
そもそも日本では、ゲイツ氏のように、若くして「もうビジネスは卒業した」という文化がない。よって、死ぬまで現役。つまりは、資産をビジネス以外に使うという時間的余裕も無いのだろう。
ある歳でリタイアする我々サラリーマンと同様、日本の大富豪も、まだ元気なウチに引退して、余生は社会貢献に生きる、という生き方をすると格好良いのだが・・・
ん?オレ? もちろんもし大富豪だったらそうしていたさ・・・。それだけは余裕を持って言えるね・・。ま、有り得ない状況なので、大きな声で言えるのだが・・・
ともあれ、読んでいて、すかっとする記事ではあった。

151206100enn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月 4日 (金)

席譲ったら「ふざけるな」とは・・・

先日の朝日新聞の「声」の欄。
「(声 どう思いますか)10月29日付掲載の投稿『席譲ったら「ふざけるな」とは…』
 ■席譲ったら「ふざけるな」とは…
 男子中学生(東京都 14)
 「人助けはするほうです」「お年寄りが立っていたら、席を譲ります」というあなた。僕も同じタイプです。この間、いつものように席を譲ると、理解を超えた言葉が返ってきたのです。聞いて下さい。
 下校のためバスに乗っていました。どの席も誰かが座っている状況でした。そこへバッグを背負ったおじいさんが乗ってきました。60代ぐらいでした。
 「この席、よければ座ってください」と僕は話しかけました。返答は「ふざけるな」。え? どういうこと? 「近頃の子は学校のマニュアルのとおーりに動かされて悲しいな。座りたいはずなのにヘコヘコ席をわたしてねえ。嫌々なことぐらい、これくらい年とったら分かるのっ!!」
 笑顔で話しかけたのに「嫌々」とは……。何も言えませんでした。おじいさんが特別にプライドが高いのか。他の人もそう思っているけど表に出さなかったのか。後者だと僕は今まで不幸を振りまいていたことになります。本音で困惑。人は難しい。(10月29日付掲載の投稿〈要旨〉)
    ◇
 ■「モンスター老人」敬うのは無理
 主婦(神奈川県 33)
 高齢者のマナーの悪さを感じます。
 私はバイト中、おじいさんにチラシを渡そうとしたら、いきなり「要らない」と2回怒鳴られました。「すみません」と謝りましたが、悲しくなりました。普通に断れないのかと腹が立ちました。
 子供が通う幼稚園では、すごい剣幕で文句を言いに来たおじいさんを見かけたこともあります。また、私の子供が犬と散歩しているとき、両耳にイヤホンをつけたおじいさんから犬を蹴られたこともありました。車の運転も自己中心的で、危ない場面ばかり。
 こうした人たちは「モンスター老人」と言われても仕方がないと思います。年長者を敬えと教えられましたが、無理です。全ての人がそうではないと思いますが、私にとって高齢者は反面教師でしかありません。人生の先輩たちなのに、いったいなぜでしょうか。

・・・・・・・

 ◆(担当者から)励まし続々、全国から111通の反響
 **さんの投稿に111通もの反響をいただきました。年代は10代から80代までと幅広く、北海道から九州まで全国から寄せられました。来週も引き続き掲載する予定です。
 これだけ多くの方々の胸に響いたのは、なぜでしょうか。一つは中学生のせっかくの親切心が裏切られたことを、ひどいと感じた方が多かったからでしょう。もう一つは、暴言を吐いてしまう高齢者の存在を、多くの読者が深刻に受け止めたからかもしれません。
 反響は、励ましの声が大半でした。「読み返すたびに、涙があふれてしまいました」とつづった方もいらっしゃいました。
 一方、「バスに乗った他の大人はどうしていたのか」「60代は元気な人も多い。譲るべきかどうか難しい」と問題提起する声もありました。(高島靖賢)」(
2015/12/02付「朝日新聞」より)

この話。「あるだろうな~」と思う。自分もバスの中で、結構「モンスター老人」を見ることがある。と言っても、席を譲る話では無い。優先席に座る若者への罵声だ。つまり、注意を越えて、怒鳴りつける。だから言われた若者は、かたくなになって知らんふり。だから老人の声は益々大きくなる。
おばあさんは聞いたことが無い。皆、おじいさん・・・。

ふと、自分が優先席を譲られてしまった日は?と振り返ったら、6年も前の2009年3月 6日だった。当時まだ61歳・・・。当日、ショックで?「「シルバーシート」を譲られてしまった日・・・」(ここ)という記事を書いてしまったくらい・・・

自分は空いていると、さっさと優先席に座る方。しかし、ウチのカミさんは決して優先席には近付かない。譲ったり、譲られたりするのが面倒なのか・・・。
確かに、優先席に座ると、譲らなければ・・と、気になる。

話は飛ぶが、ふと、19年前に亡くなった親父のことを思い出した。前にこんな記事を書いたのだ。
「兄が時々言う・・・「実家に帰ったとき、パーカーのボールペンを出して『これ貰ったので、要るならあげるよ』と言うと『ちょうど良かった。買おうと思っていた』と喜んで貰ったという。それが、亡くなってから机を整理していたら、同じボールペンが何本も出てきた・・・」(父がそんなに思いやりのある人間だとは、自分も全く知らなかった・・)」(ここより)

先のおじいさん。この人は「自分の視点だけの人」のようだ。つまり、自分の価値観が全てで、相手の事は一切考えない・・・。だから相手がどう傷つくかにまで思いが及ばない・・・。
この席のことに限らず、全ての事で、相手を思いやる心を持っていれば、こんな事件は無くなる。しかし現実には「モンスター老人」はたくさん居る。
せめて、自分たちがそうならないこと。そして、それらの人には近付かないこと。それしか出来ないのかも・・・

151204iwanee <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月 3日 (木)

「食は命なり。運命なり」~管理栄養士 本多京子さんの話

先日のNHKラジオ深夜便で「「ダウンサイジング」で身軽に生きる~医学博士・管理栄養士 本多京子(2015/06/24放送、2115/11/12再放送)を聞いた。
なかなか印象に残る話だった。

<「ダウンサイジング」で身軽に生きる~医学博士・管理栄養士 本多京子>

*NHKラジオ深夜便「「ダウンサイジング」で身軽に生きる~医学博士・管理栄養士 本多京子(2015/11/12再放送)の全部(41分)をお聞きになる方は(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ・・・)

本多さんの言葉を少し拾ってみると・・・
「高校までは学校が嫌い。大学に入ってから、勉強って何て面白いんだろう、と思った。化学が面白い。全ての授業を、最前列の真ん中で聞いていた。先生との出会いが若い人の人生を変えて行く。勉強が面白いのは、知らないことが分かること。聞いたことは忘れてしまうが、やってみて分かることは、体に沁みる。勉強には、終わりが無い楽しさがある。
今勉強していることを社会に還元するのがテーマだったが、就職は止めた。栄養士の就職先は、学校の給食の献立を立てたり、保健所に行くか、病院給食に行くかがあったが、病気と栄養の関係に興味があったので、実習にも行ったが、現場を知って就職は止めた。どうして具合の悪くなった人が食事療法をするのか。こういう食事をすれば、こういう病気になるのが医学的に分かっているのに、どうしてなっちゃった人を治療するんだろう。なる前の人の啓蒙活動をなぜしないのか。そんな就職先はないので、自分が病気にならない人を作るために、栄養学でどんな仕事が成り立つか、自分で仕事を切り拓いていこうと思ったので、一度も就職試験は受けていない。
指導してくれた教授から、「栄養学を予防的に使う、という話をするためにはその人の信憑性が大事。栄養学の背景には医学的な要素があるので、予防医学的な分野を切り拓くためには、栄養士も医学の勉強もしないといけない。」と言われ、自分が人に話をする時の自信も含めて、キチッと栄養の話が出来る人がいれば、関心をもってくれる企業や人がいるのではないかと、医学部を目指した。それで千葉大学食品微生物教室、早稲田大学体育生理学教室で7~8年、それから東京医科大学の解剖学教室に入って、博士論文を作る事になった。テーマはコラーゲン代謝。・・・・」
「シニア世代では、基礎代謝の低下に伴いカロリーの採りすぎは抑えながら、栄養はキチッと採る。歳と共に、賢く食べなければいけない。それには自分で料理することが脳の老化防止に一番。それにより、添加物の見えない物が見えてくる。」
「大切にしている言葉は、江戸時代の水野南北という人の「食は命なり。運命なり」」

非常に有名な方らしいが、知らなかった。しかし、その人生はスゴイ・・・
勉強嫌いな子ども時代を経て、大学でいわゆる天職に巡り会い、自分の勉強を社会に還元するために、単に就職してオシマイではなく、病気にならない人を作るための仕事を自分で作り出してしまう、という人生。
「勉強」がキーワードだが、いやはや大変な人も居られるものだ。

Netで本多さんについて検索してみると、こんな記述が見つかる。
本多京子プロフィール
実践女子大学家政学部食物学科卒業。東京医科大学で医学博士号を取得。現在、NPO151203honda 日本食育協会並びに日本食育学会理事を務める。プロ野球をはじめ、スポーツ選手に対する栄養指導の経験も豊富で、テレビや雑誌での健康と栄養に関するアドバイスやレシピも多数。著書は60冊を超える。
経歴
実践女子大学家政学部食物学科卒業後、早稲田大学教育学部体育生理学教室研究員を経て、東京医科大学で医学博士号を取得。2007年4月に策定された国民運動「新健康フロンティア戦略」の健康大使。現在、NPO日本食育協会並びに日本食育学会理事。プロ野球のほか、ラグビー、スキー、相撲などスポーツ選手に対する栄養指導の経験を有する。また、日本体育大学女子体育大学、専門学校などの教壇に立つ傍ら、日本紅茶協会ティーインストラクター会長、アロマテラピープロフェッショナルその他をつとめる。
「きょうの料理」(NHK)をはじめとして、テレビや雑誌では健康と栄養に関するアドバイスやレシピを多数作成。
著書は60冊を超え、近著に『別冊NHKきょうの料理 シニアの楽々元気レシピ』(NHK出版)、『Dr.クロワッサン 血液力を鍛える食べ方』(マガジンハウス)、『ウソ?ホント?栄養学がおもしろい!』(成美堂出版)その他がある。」

本多 京子
実践女子大学食物学科卒業後、早稲田大学教育学部体育生理学教室研究員を経て東京医科大学で博士号を取得。
2007年4月に策定された国民運動「新健康フロンティア戦略」の健康大使。日本体育大学女子短期大学では小児栄養学を担当。
現在NPO日本食育協会並びに日本食育学会理事。プロ野球のほかラグビー、スキー、相撲などのスポーツ選手に対する栄養指導の経験を有する。
またエステティックの専門校講師や日本紅茶協会ティーインストラクター会長なども務める。テレビや雑誌・新聞などの健康や栄養に関するアドバイスやレシピ制作に加えて、自ら出版物の企画を手掛けるなど多忙な毎日を過ごしている。」(
ここより)

大学時代の勉強、自分にとってみると、希望の学科ではあったが、面白くは無かった。何故だろう? あまりに基礎学問の羅列で、数式ばかりで面白くなかった??
しかし、本多さんの話を聞いていると、ウチのカミさんも同じだったらしい。キライは理系の科目が無くなり、好きのことだけを勉強する大学時代が花だったとか・・・。
ま、女性は勉強が趣味な人が多いので・・・。

話は変わるが、言うまでもなく、食が体を作る。
151203karadaここ)によると、6ヶ月で体の全ての箇所で細胞が入れ替わるという。
6年と書いてある記事もあったが、結構短い間に体は作り直されている、ということらしい。
そう考えると、一般的に家庭で食を支える母親の役割は非常に大きい。躾けも含めて・・・

先日、2歳になる孫が泊まりに来たが、その食べること、食べること・・・!!
あんなにちっちゃい11.4キロの体で、大丈夫かな?と心配になるくらいよく食べる。そして良く飲む。
しかし、それだけ体が欲しているのだろうと、幼児の発育に目を見張った。
そして、既に女の子。おままごとセットに夢中。おもちゃの炊飯器を開けては「ご飯が無いう~」の連発。未だにあの言葉が頭を離れない。孫が去った後の我が家の流行語・・・
「ご飯が無いう~」、そして「・・・するん」。

この子は今から食にこれだけ関心があるので心配ないが、本多さんの話を聞いて、如何に食が大切かを改めて思い知った。と同時に、勉強は大学からでも間に合う、ということも知った。

151203hamigaki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年12月 1日 (火)

全員が遺産放棄~誰が精算?

だいぶん前だが、日経にこんな記事があった。
家裁の活用法 多額の借金抱え父が死亡 相続放棄、申請が必要
 Aさんの父は、営んでいた家業で借金を抱えたまま80代で亡くなった。Aさんとその妹が帳簿などで調べたところ借金は予想以上に多額で、父が残した預金や不動産などを換金してもとても返済できる金額ではない。何かいい方法はないだろうか。

 相続においては、預金や不動産などの資産だけではなく、借入金などの負債もあわせて受け継ぐのが原則です。Aさんの例で母はすでに他界しており、このままだと、法定相続人であるAさんと妹の2人で借金返済の義務を負わされます。
 父の残した資産を手放すことで負債を全額返済できるならまだしも、そうでないならAさんらには大きな重荷です。こうした場合を想定して民法では「相続放棄」が認められています。資産も負債も一切、受け継がず、親の遺産と無関係になることです。
151201souzoku  事例のように「明らかに債務の規模が資産を上回るのであれば、相続放棄が遺族にとって有効な手立てになる」と弁護士の横堀真美さんは指摘します。相続放棄は遺族間で「合意すれば成り立つと勘違いする人も多い」そうですが、実際には家庭裁判所に手続きをして初めて認められます。
 注意が必要なのは、相続放棄には期限があることです。相続発生を知ってから3カ月以内に手続きをしないと自動的に、資産も負債もすべて相続(単純承認)したとみなされます。どうしても判断がつかない場合は、期間の延長を家裁に申請することが可能です。
 家裁では必要な書類が何かを確認してください。手続きには相続人の戸籍謄本や、亡くなった人の除籍謄本などを添えて、申述書を提出します。申述書は原則、相続人それぞれが家裁に提出する必要があります。
 誰かが相続放棄をすれば代わりの誰かが借金などを相続する必要が生じます。その順番は法律で定められています。仮にAさんと妹が相続放棄をし、他に親族が亡父の弟しかいなかったとすると、その弟が借金を背負う立場になります。相続人になる可能性がある親族に知らせ、相続放棄の手続きをしてもらうのが大切です。
 遺族が全員、相続放棄をしたら、亡父に融資をしていた金融機関はどうしたらいいのでしょうか。債権者は、家裁に相続財産管理人の選任を申し立てることが可能です。管理人は弁護士などから選ばれます。資産や負債を精査したうえで遺族に代わって債権者への返済手続きをする役割です。
 最後に「限定承認」という相続の方法にも触れておきましょう。負債があっても、残された資産の範囲内で返済すればよいという仕組みです。Aさんの例とは異なり、資産のほうが負債より大きい可能性がある場合、容易には相続放棄を決断できないでしょう。そんなときに限定承認を選べば、過剰な借金を背負うリスクも排除できます。」
(2015/11/04付「日経新聞」p17より)

相続放棄は、よく聞く話だが、その後片付け(放棄された後の借金の処置)、つまり全員が遺産放棄した後は、誰が精算するのだろう?

Netで探っていくと、こんな記事が見つかった。
相続放棄をして、相続人がいなくなるとどうなるの?
相続放棄をすると、放棄した人は初めから相続人ではなかったことになります。そうすると、亡くなった方にご両親やご兄弟が居る場合、その方々に相続権が移ったりします。 
 もっとも、マイナスの財産を相続しないようにするために相続放棄する場合がほとんどでしょうから、それらの方々が負担を負わなくてもよいように、事前に調査してそれらの方々の相続放棄手続も行う場合がほとんどです。

 さて、そうやって相続人が誰一人いなくなってしまった場合、亡くなった方が持っていた少しの財産とたくさんの借金はどうなるのでしょうか?
 最終的に財産が残るのであれば、その残った財産は国のものになります。もっともその前に、財産を分け与えるべき人がいないかを調べたり、残された財産の中から借金を平等に返済する必要が生じます。ではこういった事務(清算事務といいます。)を誰が行うのでしょうか。

 相続人全員が相続放棄すると相続人がいないことになりますが、相続人がいない場合は、亡くなった方の財産は「相続財産法人」という一つのまとまりになって、管理され清算されていくことになります。
 そしてその管理や清算を誰がするのかというと、相続に利害関係を持っている人か検察官が家庭裁判所に申し立てて選んでもらう「相続財産管理人」が行うこととされています。 
 ここにいう利害関係人とは通常、亡くなった方にお金を貸していた人などその財産に利害関係を持つ人のことをいい、そういう方々は選任請求ができます。そして請求する際は、誰々に管理人をお願いしたい、と推薦をすることもできますが、家庭裁判所はそれを無視して適任者を選ぶこともあります。
 最後に相続放棄した人はこの相続財産管理人に財産管理を引き渡すまで、その財産がむやみに失われたりしないよう管理する義務を負うことになるので注意して下さい。相続放棄をしたからといってその瞬間から全て解放されるとも限らないということです。

 なお、相続財産管理人の選任を請求する際は、「予納金」というお金を裁判所に納める必要がある場合がある点に注意して下さい。これは管理業務の経費や相続財産管理人の報酬を支払う為の資金になるものであり、亡くなった方のプラスの財産ではそれらを賄えないような場合に備えて納めるものです。
 予納金の金額は数十万円から100万円前後の間で、家庭裁判所が事案の難しさに応じて決定します。つまり亡くなった方のプラス財産がそれ以上ある場合は納めなくて良い場合もありますし、予納金が余れば後で返還されます。
 予納金はまとまった金額になりますし、必ず返ってくるものでもないので、その負担割合については相続放棄する方々の間で決めておいた方がよいでしょう。

 さて相続財産管理人が選任されてしまえば、後はその管理人が法律に従って財産を整理していくことになるので、この問題は相続放棄した方々の手を離れることになります。最終的に処理が終わるまではだいたい1年前後かかる例が多いです。」(
ここより)

なるほど、そんな法律があるのか・・・
「民法第940条
第1項 相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産と同一の注意を以って、その財産の管理を継続しなければならない。」

それに関して、こんな記事もあった・・・。
「また、相続放棄をすると最初から相続人ではなかったことになりますから、相続財産(たとえば家や土地)が残っていたとしても、その後でどうなろうが関係ないということになりそうですが、そうではありません。
相続放棄をした者が、管理下にあった相続財産の管理までも即座に放棄してしまうようなことになると、他の相続人や債権者にとって不都合がありますから、民法は相続放棄をした者の管理継続義務を規定しています(民法第940条1項)。相続放棄によって相続人が1人もいなくなる場合であれば、最後に放棄をした者がこの義務を負うことになりますから、しかるべき手続をとらなければ相続放棄した後も思わぬ責任を追及されてしまうおそれがあるのです。

こういった問題に対処するのが“相続財産管理人”です。相続財産管理人とは、家庭裁判所の審判によって選任され、相続財産の管理と調査・換価などを行う者で、通常は地域の弁護士が就任します。相続人がいるかどうか明らかでない財産は法人化(財団化)するので、相続財産管理人はこの財団を管理する立場となります。
最後に相続放棄をした者の財産管理義務は、この相続財産管理人が相続財産の管理を始められるようになれば終了します。・・・」(
ここより)

結局、遺産放棄のババ抜きで、最後にババを持った人(最後に相続放棄した人)が、管理をしなければいけない、ということらしい。
実際には、「後のことは知りません」と、次の相続人に内緒で遺産放棄をすることは少ないだろうから、まあ一緒に相談するのかな・・・
でも請求は結局、債権を持つ銀行などが、行うのだろう。納める予納金以上の返済を期待して・・・

TVドラマ「遺産争族」(ここ)のような話は、今の世の中ではほとんど無い。
長い介護の間に、少額の蓄財など、簡単に消えてしまう。
これからの世の中、“タナボタの遺産の分配”よりも、“親のマイナス遺産からの逃げ”、または、“せめてマイナス遺産だけは子どもに残さない”という話が、世の中の話題になっていく気がしてならない・・・。

151201neko <付録>「ボケて(bokete)」より

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