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2015年9月の19件の記事

2015年9月28日 (月)

スナック菓子、なぜやめられない?? 「寸止めの味」とは?

先日、もう少しで2歳になる孫娘が遊びに来たが、駅で迎えて車に乗ったとき、ママが「これだあれ?」と指さすと、「**ちゃ~ん」と珠のような可愛い声で答えるではないか! いやはやビックリ!
そして、それから10日も経たないのに、今度は「カレー食べたいな~」と言い出したとさ・・・

先日の「日経Gooday」にこんな記事があった。
スナック菓子、なぜやめられない 「寸止めの味」とは
 
ある種の食べ物には、食べることをどうにもやめられなくなる不思議な魅力(魔力?)が宿っている。「♪やめられない止まらない~」というスナック菓子のCMではないが、実際、「なぜか手が止まらない」という感覚を、多くの人が実感しているだろう。
 そしてそれがときに、ヘルシーな体形を目指す老若男女を悩ませることにも。
 単なる「おいしさ」とはちょっと質が違う、あの「やめられなさ」の正体は、何なのか? これが、今回のテーマ。龍谷大学農学部教授で、食の嗜好研究センター長の伏木亨さんに、早速話を聞いてみよう。
 「『やめられない味』現象は、ネズミを使った実験でも確認できます」。伏木さんは、こんなふうに話し始めた。
 ほほぉー、そうなんですか。何を食べさせるとそうなるのですか?
 「濃縮・精製された食用油や砂糖です」

快感を生み出す脳内回路の「報酬系」が働く
 ネズミに普通の餌を好きなだけ与えると、カロリーが足りたところで自然に食欲が収まって、食べるのをやめる。ところが、濃縮された油や砂糖を与えると、食欲にブレーキがかからず、ぐんぐん食べて太るという。
 「このとき脳を調べると、『報酬系』という神経回路が働いています」
 報酬系は、中脳の「腹側被蓋野(ふくそくひがいや)」という部位から前脳の「側坐核(そくざかく)」へ伸びるドーパミン神経系の働きで、もっと欲しいという感覚を作り出す脳内回路のこと。これは、ニコチンや麻薬、アルコールなどの欲求を感じるときにも働くメカニズムだという。油や砂糖は、こういった嗜好品や薬物と同類の強烈な切望感を、脳内に生み出しているのだ。これに連動して、神経伝達物質の一つである「ベータエンドルフィン」の分泌も幸福感・満足感をもたらす。
 「脂肪や糖質は、動物が生きていくための大事なエネルギー源になる成分。その味を際立っておいしくてもっと欲しいと感じるのは、生きていくうえでとても貴重な能力です」と伏木さん。
 なるほど。食糧事情が厳しい野生環境を生き抜くには、栄養価の高い食べ物を目ざとく見つけ、食べられるときに食べられるだけ食べておく必要がある。脂肪や糖質の味に対して鋭敏に反応する脳内システムは、もともとはそんな生き残り行動のために働いていたと考えられる。
 「だが人間は、味の快楽を追求するあまり、食材を濃縮・精製して食用油や砂糖を作り出しました。自然界には存在しないこれら高濃度・高純度の食品が、報酬系を激しく刺激したときに、“やめられない味”が生まれたと考えられます」(伏木さん)
 うーん、これは人間の欲望が作り出した味だったのか。

人間は「4種類のおいしさ」を感じている
 「人間が感じる『おいしさ』は4種類あると、私は考えてきました」。伏木さんはこう話を続ける。
 一つ目は「生理的なおいしさ」。これは、体が求める栄養素の味をおいしいと感じる性質で、「運動をして疲れたら甘いものがおいしい」などというのが代表例。あらゆる動物はこの種の性質を持っており、生き物の基本的な能力といえるだろう。
 二つ目は「文化的なおいしさ」で、幼いころから食べ続けた味をおいしいと感じる性質を指す。海外滞在中に和の味を食べると、やたらおいしく感じるのがこの例だ。
 三つ目は、「情報によるおいしさ」。高級なワインの味、流行の味、珍味のようないわゆる大人の味などは、情報をもとに「こういうのがおいしいのだ」と学ぶことで、身に付いていく。情報によって覚える、後天的なおいしさ感覚だ。
 「通常、大人の味というのは、生理的な感覚でいうとむしろ有害なサインといえる『苦味』や『酸味』が強いものです。そういう味を『これが“通の味”』などという情報をもとに味わい、達成感を楽しんでいるのですよ」と伏木さん。ふーむ、なかなか複雑なことをやっているものだ。人間だけが味わえる、手の込んだ味わいといえよう。
 そして最後が、先ほど紹介した、脳の報酬系が働く「病みつきのおいしさ」。「ラーメン、お好み焼きのようなB級グルメやスイーツなど、油味と甘みが強く効いた刺激的な味が典型的です」

人間の「やめられない」には、ネズミと違うメカニズムがある?
 「ただ、ここからは、最近改めて考えたのですが……」と、伏木さんは身を乗り出してきた。
 「ネズミと違って、人間にとって本当にやめられない食べ物って、こういう刺激的な味よりも、ちょっと薄味に抑えたあたりのゾーンにあると思いませんか?」
 ふむふむ。確かにいわれてみると、脂っ気が強いB級グルメや、砂糖と脂肪のダブルパ150928nikkei ンチが利いたコテコテのスイーツは、強烈な快感を得られるけれど、「やめられない味か?」と問われると、ちょっと違う気もする。むしろ、刺激が強い分、満足感も意外と早めに湧いてくる。
 それに対して、本当に「やめられない味」というのは、それこそあのCMソングのスナック菓子のような、味はやや薄めで、風味が効いた感じ……。
 「そうなんです。味はむしろ控えめで、ちょっと物足りないぐらい。その分、香りで郷愁がそそられるようなものの方が、よほどやめられないと思うのです。ポップコーンとか、おかきとか。ポテトチップも、濃厚なバーベキュー味よりも、実は“うす塩”ぐらいの方が止まらない」
 うーむ。ポテチの話は個人の嗜好のような気がしないでもないが、でも分かる気もします。
 「でしょ? 私はこのような、やや薄めで風味のある味を『寸止めの味』と呼んでいます。報酬系を興奮させるB級グルメ的な味は、実は飽きるのも早い。寸止めに抑える方が、飽きがこず、心地よさを長く持続させられる。ここにネズミと違う、人間特有の“やめられなさ”があるように思うのです」

飽きのこない味だから、やめられない
 伏木さんによれば、「寸止めの味」の原形は、世界中の食文化の中に見つけられるという。イタリアンならペペロンチーノのパスタ、フレンチならオニオンスープなどがそうだ。「もともとは、毎日食べても飽きのこない、シンプルな家庭料理という位置付けで作られた味でしょう」
 そして、「だしを多用する和食は、『寸止めの味』の宝庫です」(伏木さん)。
 世界中で生まれた、家庭の味。飽きにくくて、控えめな優しい風味が、油味と甘みも効いているスナック菓子などに採用されると、飽きないゆえにかえって手が止まりにくい。だから「やめられない止まらない~」になる、ということだろうか。
 「だからダイエットを考えるなら、薄味のスナック菓子はいつまでも食べてしまいやすい。むしろ、こってりと強烈な高級スイーツをしっかりと味わう方が、満足度が高く、『やめられないループ』にはまりにくいと思いますよ」
 ほー、これはいいことを聞きました。みなさん、寸止めの味には注意しましょう。(北村昌陽=科学・医療ジャーナリスト)

Profile 伏木亨(ふしき とおる) 龍谷大学農学部食品栄養学科教授、食の嗜好研究センター長」(2015/09/14付「日経Gooday」(ここ)より)

上の文で、「二つ目は「文化的なおいしさ」で、幼いころから食べ続けた味をおいしいと感じる性質を指す。海外滞在中に和の味を食べると、やたらおいしく感じるのがこの例だ。」は心当たりがある。
昔、現役の時、アメリカに出張したとき、夜遅く日本料理屋で食べた「うどん」が忘れられない。アメリカには日本の一流店しか進出していないだろうから、おいしいのは当たり前だが、それでも「うどんって、こんなにうまかったっけ?」と食べたもの。

人の味の好みには、どうもDNAが関係しているように思う。前に書いた九州のさしみ醤油(ここ)のように、自分はどちらかと言うと、九州の甘い味が好みのようだ。
ふと思い出すと、お袋は九州・長崎の出身。20歳頃まで暮らしていたという。自分もその影響か、九州の味は、いったん「うまい」と思うと、皿に残った汁まで舐めたくなる・・・

話は飛ぶが、先日スーパーの食品売り場で、カミさんから「ごま塩を探して」と言われて売り場をさまよいながら、「味の素って、まだ売っているのかな?」と思った。
子どもの頃、親父が醤油を垂らした皿に、必ず「味の素」を振っていた。それ以来、実は自分は「味の素」の存在を知らない。使ったことがない。まあこれはカミさんのポリシーの問題だろうが・・・

それにしても、2歳でカレーの味を覚えたというウチの孫娘。伯父とパパに似て、ごはんが大好きだという。(そして曾祖父に似て、お風呂も好きだとか・・・)
**ちゃんの前途は洋々・・・。世の中には、うまいものがたくさんあるぞ!
うまいものをいっぱい教えてあげたいが、10月1日付のパパの転勤で、今日(2015/09/28)、福岡に両親と共に“飛んで行って”しまった・・・。
ザ・ン・ネ・ン!!

150928boss <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月27日 (日)

NHK BS1「憎しみとゆるし~マニラ市街戦 その後~」を見て

毎年楽しみにしているNHK BSプレミアム「ザ・ベストテレビ2015」(ここ)。今日と明日の放送である。
外出から帰って、さっそく1日目の録画を見た。これはその一つ。BS1スペシャル「憎しみとゆるし~マニラ市街戦 その後~」である。

NHKのエデュケーショナルのHPに、こう紹介がある。
(ドキュメンタリー部門 最優秀賞)
 BS1スペシャル「憎しみとゆるし~マニラ市街戦 その後~」

  NHKエデュケーショナル/椿プロ/日本放送協会
昭和20年、廃虚と化したマニラの街で、2歳の娘の遺体を抱きしめ立ち尽くす男がいた。のちにフィリピン大統領となるキリノ。日米両軍が戦ったマニラ市街戦で妻と3人の子を失い、日本軍を激しく憎んでいた。しかし8年後、キリノは大きな決断をする。憎しみからゆるしへ。そして反対を押し切って、日本人BC級戦犯全員に恩赦を与える。なぜキリノは決断したのか。遺族やマニラ市街戦の生存者の貴重な証言で、その真相を描く。」(
2014年8月29日放送。ここより)

★この番組の動画は(ここ)で見ることが出来る。

マニラ市街戦については、当サイトでも2007年に取り上げた(ここ)。
日本が占領していたフィリピンに攻めてきたアメリカ軍との戦闘で、マニラ市民を10万人殺したという事実。この番組は、キリノ大統領が、その戦犯を恩赦で救うまでの葛藤を描く。

ガンに冒されての、病牀での大統領権限の「特赦」。
終身・有期刑戦犯の全員釈放。死刑囚は終身刑に減刑のうえ、日本に送還。日本の刑務所で服役。
唯一生き残った次女は父のキリノ大統領に問う。「どうしてゆるせるの? お母さんもほかの家族もみんな殺されたのに、どうしてなの?」
「もしゆるすことができなければ、穏やかな人生が訪れることはないんだ。我々はゆるすことを学ばなければならない」

そして手術の2日前、1953年7月6日、フィリピンと日本の国民に向けて放送で声明を発表。「私は日本人戦犯に対し特赦を与えた。妻と3人のこども、さらに5人の親族を殺された者として、自分の子孫や国民たちに我々の友となり、わが国に長く恩恵をもたらすであろう日本人に対し、憎悪の念を残さないために。結局のところ日本をキリノ大統領は隣国となる運命なのだ。」
フィリピン国民の反発は強く、1953年11月10日の大統領選で大敗。そして大統領任期切れの2日前、服役中の元戦犯死刑囚全員に恩赦令を出し、全員釈放。そして2年後に死去。

ナレータは番組の最後に言う。「日本とアメリカの戦争によって、街を破壊され、愛しい者を奪われたフィリピンの人びと。憎しみの連鎖を断ち切りたい。許すことが出来なければ、前には進めない。マニラ市街戦から69年が経ちました・・・・」
市民は言う。「私たちは憎むのではなく、ゆるすことを選んだのです。しかし忘れない。“現実に起きたこと”は忘れてはならないのです。」

番組のあとのゲストたちの討議で、こんな言葉が印象に残った。
森達也「彼らが許すかどうかを煩悶して悩んでいる時期に、対象は僕たち日本なんです。日本の人たちはそれについて知っていたかというと、記憶すらしていない。どう考えてもバランスがおかしい」
梯久美子「謝罪という言葉ばかりが近年問題となるが、それ以前に、知ることと、忘れないことをやっているかどうかがまず問われるべき」
三宅キャスター「新たな証言から、市民の証言から、マニラ市街戦の実態と私たちが考えなければならないことを浮き彫りにしてくれた番組だと思います」

「戦争は、勝っても負けても、絶対にしてはいけない」ということと、そして「ゆるす」ということを考えさせられた番組であった。
繰り返すが、この番組は(ここ)で見ることが出来ます。なお明日(2015/09/28)、第2部が放送されます。

(関連記事)
太平洋戦争を考える(2)~マニラ市街戦での殺戮 

===============
★今年の「ザ・ベストテレビ2015」は非常にレベルが高かった。もしお見逃しされた方は、ブルーレイディスクをお貸しする事が出来ます。emuzu-2●fc5.so-net.ne.jp(●は@に書き換え)にご連絡下さい。(2015/10/05追)

(付録~当サイト推薦番組)

NHK BSプレミアム「ザ・ベストテレビ2015」(ここ
<第1部」9月27日(日)午後0時~3時40分>

▽午後0:05ごろ~民放連賞テレビ教養番組「SBCスペシャル 刻印~不都合な史実を語り継ぐ」(信越放送)▽午後0:58ごろ~ATP賞「BS1スペシャル 憎しみとゆるし マニラ市街戦 その後」(NHKエデュケーショナル、椿プロ/NHK)▽午後1:57ごろ~放送文化基金賞「ETV特集 薬禍の歳月~サリドマイド事件50年」(NHK)
<「第2部」9月28日(月)午後0時~4時15分>
▽午後0:05ごろ~日本放送文化大賞「NNNドキュメント マザーズ~特別養子縁組と真実告知」(中京テレビ放送)▽午後1:00ごろ~文化庁芸術祭賞「君が僕の息子について教えてくれたこと」(NHK)▽午後2:12ごろ~ギャラクシー賞「QABドキュメンタリー 裂かれる海~辺野古 動き出した基地建設」(琉球朝日放送)▽午後3:09ごろ~“地方の時代”映像祭賞「NHKスペシャル 里海 瀬戸内海」

150927kieta <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月25日 (金)

東京のAMラジオ局のFM同時放送、2015/10/5 試験放送開始、12/7 13時に開局

在京のAMラジオ局(TBS、文化放送、ニッポン放送)がFM補完中継局として、15年秋にスカイツリーからFM同時放送が開始されることになっていたが、マッノさんからの情報によると、昨日(2015/09/24)「V-Low受信対策センター」のHP(ここ)が公開され、詳細なスケジュールが発表になったという。

それによると「2015年10月5日より、東京地区においてV-Lowマルチメディア放送とFM補完放送の試験電波が送信されます。」とのこと。

周波数は、下記。
TBSラジオ 90.5MHz
文化放送  91.6MHz
ニッポン放送 93.0MH

スケジュールは、下記のようである。

140925vlow2_2 

それによると、開始は、2015年10月5日の午前10時。そして11月5日午前10時から実質的な連続放送になるようである。

中波の音は、音質的に雑音で聞くに堪えない。radikoも良いが、音質は悪い。それが、今後は高音質のFMでも聞けるようになる。

これらの放送は、従来の76~90MHz受信のFMチューナーでは聞けない。90~95 MHz受信にも対応したFMチューナーが必要だが、この対応FMチューナーも11月にヤマハから発売になる(ここ)。T-S1100(75,000円)、T-S501(35,000円)である。中波独特の番組、つまり野球中継などがリアルになるだろう。

当サイトは、マッノさんからの情報などから、在京中波ラジオ局のFM化を追いかけてきた。それもそろそろ終盤である。
あとは、NHKのラジオ第1と第2のFM化だが、こっちのほうの情報は全く無い。
これはどうなるのだろう・・・。同じようにFM化がされると嬉しいのだが・・・

(追:2015/10/05)
いよいよ試験放送が始まった。TBSの午前10時の試験放送の第一声がこれである。八王子での5素子のFMアンテナで、FPGA FMチューナー(ここ)での受信である。

<TBS試験放送の第一声:2015/10/05 10:00~(第1段階)>

電波の出力がどの位かは分からない。しかしノイズレベルは、NHK FM(ここ)などに比べると悪い。
ちなみに、電波がない状態で、録音機器(NAC-HD1)のノイズレベルは、24.2dB。NHK FM/スカイツリー/L-02Tでの無音の時のノイズレベルは、25.4dBだった。それが、今日のTBSの状態は、39.0~40.2dBだった。音楽が86.8~89.0dBだったので、S/Nは49dBほどしか取れていない。15dBほど悪い。これは電波が弱いとしか思えない。たぶん徐々に出力を上げて試験して行くのだろう。
なお、午前10時のアナウンスと、午後0時のアナウンスは状態が違うので、これも色々やっているのだろう。

(10/05 午前10時のアナウンス)(10/05 午後0時のアナウンス)

150925tbs100510 150925tbs100512

(追:2015/10/07)
<文化放送 試験放送:2015/10/06 10:00~(第1段階)>

上と同じ条件で、10月6日の文化放送の状態は、無音状態でのノイズが40.2~42.7dBだった。音楽が87.6~90.2dBだったので、S/Nは45~50dBほどしか取れていない。

<ニッポン放送 試験放送:2015/10/07 12:00~(第1段階)>

上と同じ条件で、10月7日のニッポン放送の状態は、無音状態でのノイズが41.8~42.7dBだった。音楽が88.6~91.6dBだったので、S/Nは47~50dBほどしか取れていない。
どれも第一段階で、出力を絞っているので、定格出力になればOKであろう。そもそもNHK FMと同じアンテナの場所から同じ出力なので、変わるはずがない。

★そして朗報。我がバリコン式のFMチューナーL-02Tは、予想通り90M以上もバッチリ受信。TBSは90.5MHzなので、全く問題なく受信出来る。文化放送は91.6MHzなので、音はちゃんと再生するが、チューニングメータが中央にならず、ステレオにならない。
でもTBSが良好に受信できるのは有り難い。もちろん音質は言うまでもなく素晴らしい。

(追:2015/10/09)
<TBS試験放送:2015/10/09 12:00~(第2段階)>
第2段階での、TBSのノイズレベルは、30.4~31.8dBだった。音楽が87.6~88.5dBだったので、S/Nは56dB~58ほどだった。

<TBS試験放送:2015/10/09 16:00~(第3段階)>
第3段階での、TBSのノイズレベルは、27.7~31.0dBだった。音楽が87.8~89.4dBだったので、S/Nは57dB~61dBほどだった。もはやS/Nとしては充分な段階。

*2015/10/10の第3段階のTBSで、音楽のピークと、アナウンス間の無音部との比較によるS/Nは、10素子FMアンテナ+L-02Tでは55.3dB、5素子FMアンテナ+FPGAチューナーでは58.6dBであった。これはFPGAの実力の結果か?

(追:2015/11/17)~12/7 13時に開局
TBSのHPより
ワイドFM 2015年12月 7日(月)13:00 開局
2015年12月7日(月)13時からいよいよTBSラジオが「FM90.5MHz」でも聴くことができるようになります。
また、当日はワイドFMの開局を記念し、TBSラジオ・文化放送・ニッポン放送、普段は裏番組同士の3番組が同時生放送!夢の共演を果たします。
ワイドFMの電波が送信される「東京スカイツリー」展望デッキから、開局の瞬間を熱くお届けします。ラジオの歴史が変わる一日…
ご期待ください!」(ここ

(関連記事)
AM放送のFM同時放送開始に向け、FPGA FMチューナーで用意万端 

150925catseye <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月24日 (木)

安保法制反対デモの参加希望者は2000万人!~産経世論調査

毎日新聞のこんな記事が目にとまった。
産経世論調査:安保法案反対デモの評価をゆがめるな
 ◇産経新聞とFNNの合同世論調査にもの申したい
 安全保障関連法案の参院採決が迫る中、9月12、13日に実施した調査で「安保法案に反対する集会やデモに参加したことがあるか」と質問し、3.4%が「ある」、96.6%が「ない」と答えたという。これを受けて産経新聞は15日の朝刊で「参加した経験がある人は3.4%にとどまった」と書いた。
 安倍政権の応援団として、全国に広がる安保法案反対デモが気に入らないのはよく分かる。「毎日新聞や朝日新聞はデモを大きく扱っているが、デモに参加しているのはたった3.4%にすぎない」と言いたいのだろう。
 だが、日常生活の中で特定の政治活動に参加する機会のある人がどれだけいるだろうか。この世論調査は全国の男女1000人に電話で質問したとされ、そのうちデモや集会に参加したと答えた人が34人いたと推定される。素直に考えれば、これは大変な人数だ。全国の有権者1億人にこの数値を当てはめれば、安保法案反対デモの参加経験者が340万人に上る計算になる。
 調査ではさらに、デモ・集会に参加したことがないと答えた人(回答者全体の96.6%)に「今後、参加したいか」と尋ね、18.3%が「参加したい」と答えたという。これはつまり、回答者全体の17.7%がデモ・集会に参加したいと考えている計算になる。実際に参加したと答えた3.4%と合わせると、5人に1人が安保法案反対のデモ・集会に参加した経験があるか、参加したいと考えていることになる。有権者1億人に当てはめれば2000万人。この調査結果にゆがみがないと仮定すれば、「安保法案に対する世論の反発の大きさを示した」と書かなければならない。
 もちろん、自宅の固定電話にかかってくる世論調査の電話を拒否する人も多く、調査に応じた人の割合を有権者全体にそのまま当てはめること自体に無理がある。そもそも1000人程度の無作為抽出による世論調査というのは、国民意識の大まかな傾向を探るのが目的だ。1000人中1人いるかどうかも分からない特定の政治活動参加者について数値を割り出せるものではない。デモ・集会の参加経験を無理やり数値化したうえで、法案賛否などの数値と同様に扱い、「3.4%にとどまった」などと書くのは、世論調査の社会的な役割とはほど遠い「扇動記事」と言わざるを得ない。
 産経新聞の記事は、デモ・集会に参加したと答えた3.4%の内訳分析まで行っている。「参加経験者の41.1%は共産支持者で、14.7%が社民、11.7%が民主、5.8%が生活支持層で、参加者の73.5%が4党の支持層だった」。これも首をかしげざるを得ない。参加したと答えた推定人数わずか34人を母数に、支持政党の内訳をパーセンテージで、しかも小数点以下まで算出することに統計的な有意性はほとんどない。数人の回答が変われば、大きく数字が動く。あえて記事にするのなら、「参加経験者の大半は共産党などの野党支持者だった」と書くのが関の山だ。そして、デモ参加者に野党支持者が多いことには何の驚きもない。
 1000サンプル程度の無作為抽出調査では、パーセンテージで通常3〜4ポイントの誤差が生じるとされる。にもかかわらず、3.4%という小さな数値を根拠に「デモに参加しているのはごく少数の人たちであり、共産党などの野党の動員にすぎない」というイメージを強引に導き出したのが産経新聞の記事だ。とても世論調査分析とは呼べないものであることを指摘しておきたい。【世論調査室長・平田崇浩】(
2015/09/17付「毎日新聞」ここより)

ここで指摘されている産経の記事をNetで探して読んでみた。

FNN世論調査で分かった安保反対集会の実像 「一般市民による集会」というよりは…
 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が12、13両日に実施した合同世論調査によると、国会周辺など各地で行われている安全保障関連法案に反対する集会に参加した経験がある人は3.4%にとどまった。共産、社民、民主、生活各党など廃案を訴える政党の支持者が7割を超えた。最近注目を集める反対集会だが、今回の調査からは、「一般市民による」というよりも「特定政党の支持層による」集会という実像が浮かび上がる。
 集会への参加経験者の41.1%は共産支持者で、14.7%が社民、11.7%が民主、5.8%が生活支持層で、参加者の73.5%が4党の支持層だった。
 集会に参加したことがない人は96.6%で、このうち今後参加したい人は18.3%、参加したいと思わない人は79.3%だった。
 「今後参加したい人」が各政党支持層に占める割合を見ると、高い順に生活44.4%、共産42.5%、民主41.1%、社民28.5%。特定の政党支持者の参加意欲が目立った。
 参加経験者を年代別に見ると、最も高いのは60代以上の52.9%で、40代の20.5%、50代の14.7%が続いた。20代は2.9%で、20代全体に占める参加経験者の割合は0.8%にとどまった。各年代での「今後参加したい人」の割合を見ても、60代以上の23.9%がトップ。20代も15.5%だったが、「60年安保」や「70年安保」闘争を経験した世代の参加率、参加意欲が高いようだ。
 市民団体「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」が主催して8月30日に国会周辺で行われた集会は「一般市民の怒り」を前面に出し、党派性を薄めた印象を与えた。だが、共産、社民、民主各党などの支持層が中核を担っていることが調査結果からうかがえる。
 この市民団体は9月14日夜も国会周辺で集会を開き、民主党の岡田克也代表、共産党の志位和夫委員長ら野党幹部が出席した。岡田氏は“支持者”に向け、「野党が協力しながら廃案に追い込んでいく」と訴えた。」
(2015/09/15付「産経新聞」ここより)

改めて、マスコミとは何だろう?と考えてしまう。マスコミとは、世の中の事実を、読者に伝える媒体では??(まあ「無色で」とまでは言わないが・・・)
しかし、この産経の記事は違う。自分の思っているように、数字をもてあそび、ある予断のもとで書いている。読者を自分たちの考え方に誘導しようとしている。
まさに毎日が指摘した通り、34人サンプルを全く意味のない0.1%精度で論じている。1人=2.9%である。一人動けば、3%動く・・・
そして、その数字は、見る方向を変えると、毎日の言う通り「安保法制反対デモの参加希望者は2000万人!」に変貌する。産経の思惑を裏切って・・・

太平洋戦争も、マスコミが自紙の販売拡大のために戦争を扇動した、という評価は既に固まっている。
先の「法的安定性は関係ない」「だって戦争に行きたくないじゃん、という自分中心、極端な利己的考えに基づく」という発言と同じく、安倍首相の歓心を買いたいのだろう。
しかし、天下の大新聞がそこまでするか?と感じさせる記事・・・。

それにしても、他紙の記事を、名指しで批判する記事も珍しい。毎日も、同じジャーナリストとして許せなかったのだろう。
それにしても、産経のこの記事は、恥ずかしいほどにレベルの低い記事だ。
日本のマスコミも、ことここに極まれり、である。
毎日の怒りが、せめてもの救いではあるが・・・。

150924suihanki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月22日 (火)

柳田邦男氏の講演「戦争と平和」~「戦争が廊下の奥に立つてゐた」

先日、todoさんから、 渡邉白泉さんが1939年に詠んだという「戦争が廊下の奥に立つてゐた」という句を紹介頂いた(ここ)。1941年の真珠湾攻撃の直前の時期である。

先日、NHKラジオ第2「カルチャーラジオ日曜版」「人間を考える~平和ということ(2)講師:柳田邦男」(2015/09/13放送(ここ))を聞いたが、ここでも同じ句が紹介されていた。

<柳田邦男氏の講演「戦争と平和」より>

★この講演の全部(60分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリック。

自分は珍しく、この講演を4回も聴いてしまった。
自分は、たくさん読んでいる訳ではないが、ノンフィクション作家としては、昔の「マッハの恐怖」から読んだ柳田邦男氏と、半藤一利氏が好き。
その柳田邦男氏がこの講演で、「戦争と平和」について、こんな話をしてくれた。

「戦争の恐怖体験は、体に染み付いて、決して忘れない。」
1)世代交代と体験の風化
・現在世を担っている戦後世代の議論の中に、戦争の恐怖や非人間性の話が出て来ない。
・抑止論が盛んだが、何か違う。理屈で考える。戦争を体験した世代は、一線を画している。戦争は絶対にしてはいけない。良い戦争も悪い戦争もない。巻き込まれるのは弱者。
2)戦争を語る視点
・2つの視点がある。一つは国家や国益から戦争を論じる。もう一つは人間一人ひとりの悲劇や実体験から。
3)命の人称性
・一人称(自分)、二人称(大切な人)、三人称(他人)があるが、戦争は限りなく三人称の世界。戦争に一人称、二人称という視点を入れたら、絶対的に戦争は否定しなくてはいけない

4)人間の無人称化の恐怖
・人間を人間として見ない「無人称化」が戦争で最も怖い。核爆弾のような大量殺戮兵器や無差別爆撃がそれ。ナチスが600万人を殺したユダヤ人は、もはや人間ではない、無人称化の象徴。アイヒマンは最後の裁判で「私は忠実な官僚です。上官であるヒトラーの命令に従っただけです。私に責任はない。」と言ったという。
5)国益論・国家存立危機論
・国を守るとは何なのか、そこで生きている国民、一人ひとりの人間を守ることなのか、を見つめなければいけない。そこを戦争体験者の話を抜きにして語ると、往々にして理屈だけでこね回していってしまう。
6)平和とは何か

今の日本について、たくさんの人と一緒に、もう一度この句を味わいたい・・・
「戦争が廊下の奥に立つてゐた」

150922ikuna <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月21日 (月)

不思議な映画・・・安藤サクラの「0.5ミリ」

WOWOWで、映画「0.5ミリ」(ここ)を見た。何とも不思議な映画・・・としか言いようがない。

安藤サクラの映画は、前に「かぞくのくに」を見て、彼女の存在を知った。その圧巻の演技力・・・。
それが、今月、WOWOWで安藤サクラ特集があり「百円の恋」と、この「0.5ミリ」が放送され、録画を見たというわけ・・・

3時間に及ぶ映画だが、長さは感じない。ふと終わってみて、何の解決も無い事に気付く。それでNetでこの映画について読んでみる・・・。
公式HP(ここ)には、こんな紹介がある。

「冥土の土産におじいちゃんと寝てあげてくれない?」
ある日のこと。ヘルパーのサワは、派遣先の家族から、おじいちゃんと一晩過ごしてくれという依頼を受ける。しかもその当日、予期せぬ大事件に巻き込まれた彼女は、いきなり「家15092105miri ナシ・金ナシ・仕事ナシ」の人生崖っぷち状態に立たされた。
サワは生活のため、“おしかけヘルパー”をすることに……。駐輪場の自転車をパンクさせまくる茂ジイさんや、女子高生の写真集を万引きする義男など、サワはワケありクセありのおじいちゃんたちを見つけ出しては、軽やかに家事と介護をこなし、その生活に入り込んでゆく。はじめこそ困惑するおじいちゃんたちだったが、天真爛漫に振る舞うサワに対し、不器用さゆえに社会や家族の中での居場所をなくしていた彼らも、徐々に心を開きはじめる。あふれんばかりの生命力を発しながら、全身全霊でぶつかってくるサワの存在に突き動かされ、“死”に近い場所にいたおじいちゃんたちの“生”が再び輝きだす。
老いは、誰にでも等しく訪れる。高齢化社会へと突入し、身近な人や自分自身の老いに戸惑いながら生きている私たちに、「死ぬまで人間は懸命に生き抜くんだ」とスクリーンから叫ぶサワの姿が、“生きること”“人生を全うすること”の本当の意味を教えてくれる。(
ここより)

そもそも原作・監督の安藤桃子は安藤サクラの実の姉だという。それに、とにかく「0.5ミリ」という題が不思議・・・

Netで検索すると、安藤監督が、この「0.5ミリ」について語っていた。曰く・・・
「0.5ミリ」というタイトルは初めから浮かんでいた、と伺ったのですが、監督にとっての0.5ミリは?
「答えは無限大にあるものだと思っています。例えば、後で調べて分かったことなのですが、零戦の機体の厚みは0.5ミリだったり。その0.5ミリに堀越二郎は人生をかけたのだと知ったときには、その希有な偶然に驚きましたし、0.5ミリって単位はシャープペンだけじゃなくて、色んなところに潜んでいる。坂田利夫師匠は「年寄りが、最後の人生をどう生きるかの生き様が0.5ミリだと思うんですけど」っておっしゃってくださいましたし、津川雅彦さん演じる義男先生が話す0.5ミリも正解なんですよ。ですから、自分の0.5ミリを押しつけたくないっていうのはありますが、自分自身としては、0.5ミリは「心の尺度」だと」
「心の尺度」とは?
「小学生のときには30センチ定規で“センチ”の勉強をして、そこから徒競走とかで単位が“メートル”になって、大学生くらいになると、車で街に出たり旅行に出かけたりして“キロ”になる。そうやって、どんどん宇宙を意識したり、世界地図を見たり、子供の頃には分からなかった数字での尺度や距離っていうものが実感として理解できるようになりますよね。だけど、それと反比例して人との距離感は掴みづらくなってくる。それは何だろうって思ったときに、「心の尺度」っていうものが、どこかに確かに存在するんだろうなって。それが、ちょうど “0.5ミリ”。産毛は触れますし、静電気も起きるし、体温も感じる。だけど実際に触れてはいない。1ミリの半分で、間の場所、中間地点のような気がしています」(
ここより)

自分でも感想になっていない思うが、面白いとか、楽しいとか、そういう言葉を通り越した、何か表現出来ない不思議さを感じながら、一気に見た3時間ではあった。
(そう言えば、今日は敬老の日・・・。あまり関係無いけど・・・)

(追)反応の鈍い自分は、映画を2度見て復習しないと理解出来ないのだ。この映画も、復習してみて、やっと“分かった”。なるほど、そういうことか・・・
「知らなくていい真実って、あると思う・・・」

150921ninjin <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月20日 (日)

安保法案成立~米議会における安倍首相の演説を振り返る

今朝(2015/09/20)の新聞の1面。朝日新聞は「安保法成立 戦後防衛政策の大転換」として、大々的に安保法案について紙面を割いていた。それに引き替え、日経は、2番目の記事で「安保法成立 首相、国連総会で説明」と、もはや過去形。
まあ、経済界代表の日経のスタンスはそんなもの・・・。
「自由と平和のための京大有志の会」のサイト(ここ)にもあるように「戦争は、兵器産業に富をもたらす。」

まさに、今朝の朝日新聞にあるように、法案賛成の団体は、“見事に”経済界だけ・・・
声明や談話を出した主な団体や団体の代表
◇反対 日本弁護士連合会会長、全国保険医団体連合会、日本児童文学者協会、全日本教職員組合、自由人権協会、日本平和委員会、日本消費者連盟、消費者・生活者9条の会、立正佼成会、真宗大谷派、日本ジャーナリスト会議、日本民間放送労働組合連合会
◇賛成・評価 平和安全法制の早期成立を求める国民フォーラム(櫻井よしこ氏ら)、経団連会長、日本商工会議所会頭、経済同友会代表幹事」(
2015/09/20付「朝日新聞」p39より)

ここで改めて、2015年4月29日に安倍総理が米国議会で演説した内容を確認したい。
全文は外務省のサイト(ここ)にあるが、安保法案に関する部分を抜粋すると・・・

地域における同盟のミッション
 私たちは、アジア太平洋地域の平和と安全のため、米国の「リバランス」を支持します。徹頭徹尾支持するということを、ここに明言します。
 日本は豪州、インドと、戦略的な関係を深めました。ASEANの国々や韓国と、多面にわたる協力を深めていきます。
 日米同盟を基軸とし、これらの仲間が加わると、私たちの地域は格段に安定します。
 日本は、将来における戦略的拠点の一つとして期待されるグアム基地整備事業に、28億ドルまで資金協力を実施します。
 アジアの海について、私がいう3つの原則をここで強調させてください。
 第一に、国家が何か主張をするときは、国際法にもとづいてなすこと。第二に、武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと。そして第三に、紛争の解決は、あくまで平和的手段によること。
 太平洋から、インド洋にかけての広い海を、自由で、法の支配が貫徹する平和の海にしなければなりません。
 そのためにこそ、日米同盟を強くしなくてはなりません。私達には、その責任があります。
 日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき、日本は、危機の程度に応じ、切れ目のない対応が、はるかによくできるようになります。
 この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすでしょう。
 戦後、初めての大改革です。この夏までに、成就させます。

 ここで皆様にご報告したいことがあります。一昨日、ケリー国務長官、カーター国防長官は、私たちの岸田外相、中谷防衛相と会って、協議をしました。
 いま申し上げた法整備を前提として、日米がそのもてる力をよく合わせられるようにする仕組みができました。一層確実な平和を築くのに必要な枠組みです。
 それこそが、日米防衛協力の新しいガイドラインにほかなりません。昨日、オバマ大統領と私は、その意義について、互いに認め合いました。皆様、私たちは、真に歴史的な文書に、合意をしたのです。」(
ここより)

これに対し、民主党・岡田代表は30日「特に、安倍総理は安全保障法制について、「戦後、初めての大改革です。この夏までに、成就させます」と明言した。しかし、国会審議はおろか、法案提出すらなされていない段階で、これほどの重要法案の成立時期を外国、それも議会で約束するなど前代未聞、国民無視・国会無視ここに極まれり、である。」ここより)と指摘し、「菅義偉官房長官は同日の記者会見で、こうした批判について「政府の決意を発言することは国会軽視でも何でもない」と述べた。」

この経緯を振り返ってみると、安倍首相が、国会前などのデモをまったく無視する姿勢も理解出来る。まさに、視線は米国だけに行っていて、「米国から評価されたい!」だけ・・・。だから、最初から日本国民など、眼中に無かった。
「数で自分は何でも出来る」と思い込み、三権分立のはずの国会さえも従え、安倍首相にとっては、法案提出以降のすべてが結論ありきのセレモニー。国会での議論も、内容などはどうでも良く、審議時間だけがそこそこ説明できる実績時間に達すれば良かった。だから答弁がどうぶれようと、ヤジで「早く質問しろよ」「そんなことどうでもいいじゃん!」となった。
(しかしYoutubeなどの動画でそのヤジを聞こうとすると、その部分の音声は消されていて聞けない。まさか政権の横やりとは思いたくないが・・・)

それにしても、数によって、自分は独裁者だと勘違いした男は怖ろしい。それを許した何百人の与党国会議員の“投票マシーン”化も怖ろしい。目標はただただ祖父の岸元首相を超えて、歴史に残る偉大な(悪名高い)首相として名を残すこと。その個人的欲望だけのためなのに、保身(自民党公認)のために自己の心を殺して、それに手を貸すとは・・・

しかし、今朝のニュースによると、新しい動きが出て来たようだ。
共産、野党選挙協力へ 次期衆参選の候補者調整呼びかけ
 共産党は19日、中央委員会総会を開き、来年夏の参院選や次の衆院選で、候補者調整を含む選挙協力を他の野党に呼びかける方針を決めた。過去の国政選では、ほぼ全選挙区に候補者を立ててきたが、自民党に対抗するためには野党間の選挙協力が不可欠との判断だ。ただ、民主党など他の野党には、共産党への拒否感も強く、うまく機能するかは不透明だ。
 総会後、志位和夫委員長は会見で「国民世論には戦争法案を潰すため、野党がバラバラでなく一つにまとまって欲しいという声がある」と述べ、今回の決定の経緯を説明した。近く、安全保障関連法の採決阻止で共闘した民主党、維新の党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちと、参院会派の無所属クラブに協議を呼びかける。
 志位氏は、具体的な協力方法について「我々が立てず相手を通す。相手が立てないで我々を推す」とも述べ、候補者調整を想定していることを明らかにした。全国規模で他党に選挙協力を呼びかけるのは初めて。
 共産党はこれまで、比例区の票を掘り起こす目的もあり、全選挙区への候補者擁立を基本方針にしてきた。昨年の衆院選では、295選挙区のうち292で擁立した。ただ、民主が政権を奪った2009年の衆院選では、当時300の選挙区中、152での擁立にとどめたことがあった。共産が立てない空白区は「自主投票」としていた。(高橋健次郎、渡辺哲哉)」(
2015/09/20付「朝日新聞」p4より)

小選挙区制においては、「一強多弱(一強他弱?)」では勝負にならない。その象徴の“唯我独尊”の共産党が変わるらしい。
どの選挙区も、極端に言うと、現与党と野党連合の二人の戦いになれば、議席も変貌する可能性がある。この後は野党連合にかかっている。
国民が、それぞれの選挙区で法案賛成議員の名を覚え、それを落とすことにだけ注力すれば、まだ元に戻せる可能性も残る。

今朝(2015/09/20)のTBS「サンデーモーニング」で、小林節・慶大名誉教授が、今日の暴挙について、国民に忘れさせないリマインド(再確認)させるための啓蒙活動の一環としての憲法訴訟も構えようと思っています」と発言していたが、ぜひ期待したいものだ。
「すぐに忘れるさ」という首相に「国民をなめるなよ」と言うためには、これから喧伝するだろう「経済政策重視」という“目くらまし”に惑わされない意識が国民に必要。
次の選挙で、何とか現況をひっくり返したいものだ。

150920banana <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月18日 (金)

「(法案)賛成議員を落選させよう!」

見たくもないニュースばかり・・・。まさに今、戦争法案が参院で可決されようとしている。数の力で・・・。
そんな中、この記事にはハッとした。

安保法案:合言葉は「賛成議員を落選させよう」
国会前で、街頭で、ネットで、野火のように広がる
 安全保障関連法案に反対する人々が集まる国会前で、各地の街頭で、ネット上で、一つの合言葉が野火のように広がっている。「(法案)賛成議員を落選させよう」。来年の参院選をにらみ、抗議のうねりが「落選運動」へと発展する可能性が出てきた。
 今月11日、国会前。「テレビでビートたけしさんが『選挙で呼びかけをした方がいい』と言っていた。じゃあさせてもらいましょう」。学生たちでつくる「SEALDs(シールズ)」の中心メン150918rakusen バー、奥田愛基(あき)さん(23)=明治学院大4年=がひと呼吸置いて、声を張り上げた。「賛成議員を落選させよう」。参加者たちが鳴り物を打ち鳴らしながら大声で唱和する。
 16日、国会前で与党の参院議員の顔写真を並べ、落選を呼びかける人がいた。「強行採決がなされようとしている今、我々に残された手段は議員を揺さぶること」。シールズに刺激され60~70代で結成した「OLDs(オールズ)」のメンバーで、建築作業員の枚田繁さん(66)だ。「法案が通っても来年の参院選まで声を上げようと話し合っています」
 ネット上では、法案が7月に衆院を通過したころから言及が増え始めた。「落選運動の準備しとこっと」「地元議員に非応援メッセージを送ろう」
 総務省によると、落選運動は他の候補を当選させる目的でなければ「選挙運動」には当たらない。ウェブサイトなどでメールアドレスを示す義務があり、虚偽の事実を広めれば罰則の対象となる。
 選挙プランナーの松田馨氏は「やり方次第だが、結果を出すことは難しい」と話す。それでも、シールズの中心で活動する筑波大大学院生の諏訪原健さん(22)は「『落選させよう』は、9月に入り増えているコール」と話す。「最後は選挙で自分たちの声を届けないといけない。法案が通って終わり、という動きにはしない。今起きていることを簡単に忘れる社会にはしたくない」【川崎桂吾、石戸諭】」(2015
/09/17付「毎日新聞」(ここ)より)

そうなのだ。我々に残された手段はこれ!

特に頭から離れない言葉がある。
「その環境整備に向けて、終盤を迎える国会運営もアクセルを踏み始めた。安保法案を審議する参院特別委員会で、法案採決を前提とする中央公聴会の15日開催を野党の猛反発のなか決めた。首相周辺は言う。「法案を(強引に)成立させても、来年夏の参院選には『もう忘れちゃいましょう』『そんなこともあったね』とすることが大事だ」・・・」(2015/09/09付「朝日新聞」(ここ)より)

「安倍官邸は「3連休を挟めば、国民は忘れる」などとうそぶいているという。」(2015/07/17付「日刊ゲンダイ」(ここ)より)

「なめる」を広辞苑でひくと、こうある。
な・める【嘗める・舐める】(「なめ(無礼)」の動詞化という)⑤相手、または事を、頭から馬鹿にしてかかる。みくびる。浄、夕霧阿波鳴渡「さても―・めたり―・めたり、この夕霧に足もたすは」。「―・めたことを言いやがる」

まさに安倍政権は国民をナメている。これから国民が出来ることは、数の力で逆襲するしかない。それには「(法案)賛成議員を落選させよう!」運動しかない。
今回、「国民の代表」という位置付けも忘れ、ただただ自己の保身のために“安倍政権の駒”と化して、投票マシンに走った賛成議員を落とす。もちろん「平和の党」を捨て去った公明党も然り。
その運動が盛り上がることしか、ない。

150918utaidashi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月15日 (火)

経済学者・浜矩子さんに聞く~日銀倒産!?~自ら墓穴掘るアベノミクス

先日、カミさんが買ってきた(ホームレスを支援するために駅前で売られている)「ビッグイシュー」(VOL.270 2015/09/01号)(ここ)に、こんな記事があった。長いが読んでみたい。

日銀倒産!?日本発の世界経済恐慌の可能性も
自ら墓穴掘るアベノミクス 市民はいかに向き合うべきか
浜矩子さんに聞く

2012年9月1日号の誌面で、浜矩子さん(経済学者)から「日本の課題の解決が世界のモデ150915bigissue ルになる時代」という提案がされた。それから3年、衆議院で強行採決された安保法制が参議院で審議されるなか、今の日本社会、そして日本の経済状況について、佐野章二(ビッグイシュー日本代表)がインタビューした。

富国強兵路線で放置される 格差社会の貧困問題
佐野 前回(198号/2012.9.1)、浜さんとお話させていただいてから3年になります。まず、この間の、日本や日本の経済の状況をどんなふうにご覧になっていますか。
 端的に言って、まずい状況になってきていますね。強い経済を取り戻すことを通じて強い日本を取り戻す「富国強兵」路線にしたがって、政策が展開される状況下にあって、まさに日本経済の二極化、格差問題があらわになっています。
 たとえば、株式市場の活況を盛り上げるために金と労力が投入される。それと対になって、明らかに円安を目指す政策的対応が進められていく。円安のせいで、国民にとっては生活費が上がり、中小零細企業にとっては生産費が上がる状況になっています。反対に、大手の輸出企業は円安のおかけで計算上の売り上げや収益が増える。だから彼らの株価も上がる。大企業の収入や収益が伸びれば、その結果として税収は増える。かくして、「ほれ、ごらんなさい。我々の政策のおかげで経済はよくなり、財政再建問題についても成果があるじゃないですか」と政府は胸を張る。これはまったく姑息な自作自演です。株高と円安を無理矢理に演出することで、無理矢理につかの間の税収増をひねり出す。蜃気楼ですね。
 ところで、この経済政策は「経済をよくすることで人々の好感を買っておいて、強権的・国家主義的な政治外交の方向性を是認させる策略だ」と言われたりするんですけど、実はそれよりはもっと質が悪いと思います。「強兵のための富国」を確かなものにして強権的な大日本帝国を取り戻すことに照準が当てられている。決して我々を喜ばせようということでさえもない。あくまでも強い国家をつくるための強い経済づくりが彼らの狙いです。そこを、しっかり見極めておく必要があると思います。
 この3年間、我々は最悪な政策環境の中に身を置くことを強いられてきたと言えますね。
佐野 今、浜さんが一番問題だと思われているところはどこでしょうか?
 そうですね。とてつもなく豊かな経済社会の中で、貧困者というふうに分類される人々がいることこそが巨大なる問題です。国全体が貧しいのであればしょうがない。でも、このあふれんばかりの豊かさの中に貧困があることは許されないこと。何はともあれ、まずはそこを踏まえておかないといけない。
 そのうえで、子どもの貧困率というのが問題になる。子どもがお腹いっぱい食べられない、このありえないことが放置されているということが実はもっとありえないことです。これを何とかしなければという切迫感が、まともな政策責任者ならあるはずなのに、そこの認識のすっ飛び方が本当に大きな問題だと思います。

成長していないと心配 その時代感覚が安倍政権を支える
佐野 貧困問題について、まず第一に、解決責任のある人がそう思っていない。そういう政治家、リーダーがどうして生まれてきたと思われますか?
 うーん、DNAなんですかね(笑)。やっぱりそれは、彼らが育ってきた環境が大きいでしょうね。そういう集団が公共政策あるいは公共財というものを私物化し、ハイジャックしてしまっている、これが今の状況の悲劇だと思うんですよね。
 彼らは自分たちの目的である“戦後レジームからの脱却”つまり戦前に戻るということのために公共財の総動員体制を敷いています。
佐野 我々自身も含めて、高度成長ボケか、今の豊かさに慣れたがゆえの他者への無関心もありました。
 それはあります。ただ、今の豊かさに慣れきれていない。成長していないと心配でしょうがないという世代感覚がまだ人々にも残っていると思うんですよね。安倍政権の経済政策が、「三丁目の夕日は美しい」的な発想と時代感覚を持っている人たちにアピールしてしまったという面はあると思いますね。彼らはそこにつけ込んできた。
佐野 戦後70年間、平和な状況を維持したけれども、同時に安倍さんのような人たちを許容してしまうメンタリティもつくってしまった。
 でも、この状況を「平和ボケ」というように受け止めてはいけないと思うんです。ある意味では、平和ボケほど素晴らしいことはない。本当に世界中が平和ボケになれば絶対に戦争は起こらないわけで、それを悪いと言うのは筋が通らない話。とかく、「政治の質はそれを選ぶ者たちの質を反映する」といような言い方がされますが、あまりこれを言ってはいけないと思います。やはり、問題は選びの対象となる人々の方にある。どんなグルメでも、メニューが最悪なら、選択のしようがありません。
 それに、安倍政権を支持している一般の人たちも、のっぴきならない状況に追い込まれている面があると思うんです。もう失うものはすべて失ってしまったというような状況に追い込まれた中小零細企業の経営者、従業員、さらには構造的失業者たち。彼らは成果が出るまでは、安倍政権を支持し続けなければならないと考えざるをえない。背に腹は代えられない感覚で、致し方なく、今の状況を我慢している。逆に言えば、そういう人たちの本当の絶望がもたらす期待につけこんで、「株を上げて景気をよくしますよ」いう。この鉄面皮な犯罪性のほうこそ糾弾されるべきだと思うんです。
 最近一段と盛り上がってきた市民たちの反戦・反権力の動きの高まりの中で、活動している人たちを見ても、その民主主義的感受性というものは、選んだほうが悪いと言われるような性格のものではないと思うんですね。

強い国家を取り戻すためだけのアベノミクス
 「安保法制はだめ、もっと経済政策に専念してください」というような、あれかこれかはいけない。実際に自民党の中でもそういう言い方をしている人たちがいますが、もう全否定的にやっつけていかないといけない状況です
佐野 そのアベノミクスをつぶしていくと考えた時に、彼らの弱い環はどこなのでしょうか?
 彼らは経済が“売り”からではなくて、強い日本を取り戻すためにアベノミクスをやっている。特段それで得点を稼ごうとも思っていない。そこを見誤らないことが重要です。
佐野 得点を稼いでいるふうに見るという見方自身が、乗せられてしまっている?
 そうです。彼らとしては、経済全体がうまく回らなくてもいいんですよ。強兵路線に役に立ってくれる人たちに恩恵が及べばいい。多くの人々を不幸に陥れるような状況になった時に、本来のバランスを取り戻すのが経済政策の使命です。突き詰めれば弱者の救済の機能を働かすということです。そういう経済政策の本来の姿とあまりにも遠いものが、いわゆる「アベノミクス」なるものです。
 そして驚くべきことに、安倍さんは囗が裂けても格差という言葉は発しない。ようやく直近の施政方針演説の中に、貧困という言葉は出てきましたが。
佐野 「子どもの貧困」というかたちで使いましたよね。

日本から始まる日銀倒産?!よる世界経済恐慌
 そうそう、あの時だけです。それも、貧困問題にどう対応するかという脈絡の中で語ったわけではなく、格差という言葉はついに使っていない。
 政策的には、彼の金融政策は限界に来ています。これもまた金融政策と言えないものです。要するに金融政策という名の下に、日銀は日本国政府に対する金貸し業をやっています。新発国債が発行される1.5倍のペースで市場から国債を買い続けて、日銀の財務状況は爆弾を抱えた状態になっています。
 中央銀行の倒産というのは概念的に成り立ちえないはずのことですけれど、あれだけ不良債権の山を抱えて、国債が暴落するような状況になれば、誰も日銀券を信用しないということになって、今のギリシヤよりもひどい状況になっていきます。
佐野 中央銀行が倒産すると、どういう状況になるんですか?
 ものすごくイメージしにくいですよね。理屈としてありえないことです。資産価値が大暴落すれば、普通の会社だったら借金を返せなくなって倒産します。ところが、日銀の場合の借金は日銀券なので……、しかし、日銀がもたないとなったら、円の為替レートが暴落し、誰も日銀券を持ちだからなくなる。日本株も大暴落する。端的に言えば経済活動がマヒして、日本経済が物々交換の世界に戻っていく。人々は金を買ったり、国外脱出したりとか。日本人だから略奪行為はないと思いたいところですが、物を買えなくなったら盗むしかないということになってしまうかもしれない。でもそこまでいくと大変だという名目の下で、統制経済になる。そこで国家に権力が集中され配給制などが導人されてしまう。
佐野 今、おっしゃったような状況は、日本の問題にとどまらない。ギリシャの問題でこれだけ波及力があるわけですから、日本がそういう状況になれば……。
 世界に冠たる債権大国ですから、日本のカネがグローバル経済を回しているという面がけっこうあります。ところがそこから資本が流れてこない、取引がぜんぶ干上がってしまうとなれば、これはもう大変な話ですよ。だからこそ、中央銀行が日本円という自国通貨の価値を守ることは、もとより唯一にして最人の責務だと言えるわけです。でも、今の日銀は、そのような認識をどこかに置いてきてしまったようです。
佐野 それはリーマン・ショックどころじゃないですね。日銀倒産の世界恐慌です。
 すると、彼らはその機に乗じて強引に経済的国家主義を確立してしまう。
佐野 そういうことに、私たち一市民も想像力をたくましくする必要がありますね。
 経済的混乱の世界は、権力を完璧に掌握する絶好のチャンスですからね。今こそ強いリーダーシップが必要という言い方になって。ヒトラーみたいな人物が出てくる。そういう素地ができあかってしまいつつあるということですよね。

ありえないはずの政策災害が起こっている
佐野 ご著書に出てくる「政策災害」という言葉も、今の状況を言いえて妙だと思いますが、この言葉を思いつかれたのは?
 この政権が発足したことによって、自分が囗にするとは思ってもみなかった言葉が出る場面が多くなってきました。絶対にありえないはずの、「中央銀行倒産」とか「中央銀行恐慌」とか。結びつくはずのない言葉が結びついて、四文字熟語ができあがる。「政策災害」というのも、つい囗をついて出てきた言葉なんです。
 たとえば先ほども申し上げましたけれど、円安をどんどん追求する結果として中小零細企業は生産コストが上がり、一般家庭の生活コストも上がる。両方とも、円安政策がもたらした災害の被害者となっています。また、労働法制問題についても同様です。派遣法の改正で、職場では派遣の事実上の無期化がすすめられてしまえば、労働者もどんどん政策災害の被害者と化していく。雇用に3年の期間制限をつけるというのは、人を人として見ていないからできる。彼らは労働者を労働力、技術者を技術力、国民を国力としか見ない。人を見ないで展開されている政策は自ずと人をいじめる、すなわち、人にとっては災害であるというふうになってしまうんですよね。
佐野 派遣法の問題が出ましたが、浜さんは働く人のエンプロイ・アビリティ(雇われ力)も問題にされていますね。
 そうですね。エンプロイ・アビリティがある、つまり“つぶしの効く人材”であるためには、ずっと働いている必要がありますよね。長く職場から離れていればスキルが錆びついたり、失業して無理な生活を送っていると健康を害して働くこともできなくなったりする。そんな状況に追い込まれた人たちは、完全に雇われ力が低下している。そういう状況が放置され、奇妙なかたちで人手不足になって、企業の人手不足倒産のようなことも起こっている。そうやって経済のバランスを崩していく彼らの成長戦略は、白ら墓穴を掘る方向に行きつつあると言わざるを得ません。
・・・・・・
・・・・・・
社会を変える仕事したい若い人 安保法制反対をリードする学
佐野 浜さんは成熟した先進国の日本こそが世界のモデルになりうると言い続けておられます。
 経済の大人度ランキング、成熟度ランキングということで言えば、日本がダントツにトップで、前人未到の領域に達しています。ここからどういうふうに一段と成熟度を高めていくかということが注目されています。やっぱりあそこまで大人になると考えることが違うんだな、自分たちもああいうふうにやればいいんだな。そんな風に思ってもらえるようになるといい。シビックエコノミーはその答えの一つであると思って、たぶん間違いないだろうと思います。
佐野 日本はトップクラスの成熟を実現したけれど、その豊かさを安倍政権は権力的、暴力的に強兵富国というかたちで簒奪(さんだつ)をしようとしている。
 そういうことです。国家のために総動員しようとしているわけです。だから、彼らはそういう意味で本当のテロリストかもしれない。恐怖政治を敷きたいという意味でも、暴力的に人々の貴重な財産を奪うという意味でも。
佐野 一方で、今、若い人に、むしろ社会を変える仕事がしたいというような人たちが出てきていて、それが彼らの価値になっている。
 そうだと思いますね。実際に、私か勤務している同志社ビジネススクールでも、たとえば、クラウドファンディングを使ってソーシャルビジネスを立ち上げる、またはサポートするためのシステムづくりを学位論文のテーマにする人たちが出てきています。あるいは、図書館とか地域に根ざしたシビックサービスの円滑な拡充の在り方を考えるというようなテーマを追求する人たちも出てきました。ビジネススクールでの勉強を通じて、倫理的経営とか道徳的経営を身につけたいという感覚をもっている人もけっこう増えています。それなりに希望は見えていると思います。
佐野 本号でも特集しましたが、力強いのは安保法制反対を若い学生たちがリードしているということですね。立憲主義の考え方で、憲法こそが支配者を縛るんだと、憲法を背景に安倍政権と堂々と対峙しています。
 ようやく学生のところまできたっていうところが心強いですね。やはり、粘っていれば状況は必ず変わる。
佐野 長時間、ありがとうございました。

はま・のりこ
1952年生まれ。一橋大学経済学部卒。経済字者。三菱総合研究所初代ロンドン駐在員事務所長として1990~98年英国在住。現在、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。著書多数。」(「ビッグイシュー」(VOL.270 2015/09/01号)p8~11より)

今日(2015/09/15)は、国会で安保関連法案の中央公聴会が開かれ、SEALDsメンバーの奥田愛基氏(明治学院大学生)も発言していた。
発言の冒頭は、決してNHKが放送しないもの。
「あのー、すいません、こんなことを言うのは非常に申し訳ないのですが、先ほどから寝ている方がたくさんおられるので、もしよろしければ、話を聞いて頂けるようおねがいします。僕も2日間ぐらい緊張して寝られなかったので、僕も帰って早く寝たいと思っているので、よろしくお願いします。」と・・・
そして・・
「3連休を挟めば忘れるなんて国民を馬鹿にしないでください。」
そして最後の発言・・・
「最後に私からのお願いです。SEALDsの一員としてではなく、一人の人間としてのお願いです。どうかどうか、政治家の先生たちも、個人でいてください。政治家である前に、派閥に属する前に、グループに属する前に、たった一人の個であってください。自分の信じる正しさに向かい、勇気を出して孤独に思考し判断し、行動してください。
みなさんには一人一人考える力があります。権利があります。政治家になった動機は人それぞれ様々あるでしょうが、どうか政治家とはどうあるべきなのかを考え、この国の民の意見をきいてください。勇気を振り絞り、ある種賭けかもしれない、あなたにしかできない、その貴い行動を取ってください。日本国憲法はそれを保障し、何より日本国に生きる民一人一人、そして私はそのことを支持します。
困難な時代にこそ希望があることを信じて、私は自由で民主的な社会を望み、この安保法案に反対します。2015年9月15日、奥田愛基。」(
ここより)

まさに、今の国会は、歴史に残る日本の恥であろう。

150915syougi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月13日 (日)

FMシアター「秋のレッスン」

昨夜聞いたNHK FMシアター「秋のレッスン」(2015/09/12放送)が、何故か心に沁みた。
なかでも、「失ったものを数え始めた時が老いの始まりなんだぞ。」というセリフが・・・

このストーリーを今朝、カミさんに話したら、結構評判が良かったので、ここに取り上げる気になった。
NHKのサイトにあるあらすじは・・・

NHK FMシアター「秋のレッスン」
【あらすじ】宗一郎(68)は、音楽の世界では知らない人はいないほどのヴァイオリン奏者だったが、近ごろ手の震えに悩んでいた。そろそろ第一線の引退時期か…。そんな矢先、同じヴァイオリン奏者でもあり、しっかり者の妻・枝里子がクモ膜下出血で呆気なくこの世を去る。途方にくれ、仕事もキャンセルし、事実上の引退を してしまう宗一郎。後輩から学生時代の恩師で、硬骨の演奏家として名を馳せた棹田慎矢(88)が老人ホームに住んでいるという話を聞き、訪ねてみるが…。 クラシック音楽界のトップ演奏家という、頂点を究めた主人公が、後半生におくる黄昏のハーモニーを音楽的情感豊かに描く。」(
NHKのここより)

<FMシアター「秋のレッスン」より>

★この番組に全部(50分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリック。

この番組は、再放送だというので、検索してみると、初回放送は2011年8月27日だった。
この時は「失ったものを数え始めた時が老いの始まりなんだぞ。」というセリフがあまり気にならなかったが、今回はどうも気になる。

あれから4年経った。歳も4つ増えた。つまり、自分にも確実に老いが迫ってきている。
あと半年。サンデー毎日の日々が刻々と迫る。
だから・・・、なのだろう。このセリフが心に残るのは・・・
人生の現役時代に比べ、失った物はたくさんある。でも、このセリフの通り、数えることは止めよう。そして、新たな宿題に挑戦しよう。
さて宿題か・・・。何の宿題をやる?
ま、半年かけて、それの品定めをするとしようか・・・。

150913image <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月11日 (金)

「江戸の遺伝子」徳川恒孝著~Uさんの読書ノート

Uさんが送ってくれる「本の紹介」。今回のテーマは江戸時代である。(いつも難しいUさんの「本の紹介」だが、今回は自分にも分かった!)

「各位
雨が続く鬱陶しい季節ですがお元気でお過ごしのことと存じます。
今回の「本の紹介」は「江戸の遺伝子」徳川恒孝著 PHPである。吉祥寺のお気に入りの古本屋で、徳川18代宗家が書いた本と言う事で購入した次第である。小生、幼稚園から高校まで目白に住んでいたが、目白通りを挟んで5分くらいの所に、徳川さんのお屋敷があった。宗家であったかどうかはわからない。その記憶が本書を手に取らせたんかも知れない。
江戸時代の芸術についての本は多く出ているが、本書のように世界史との関連で江戸時代を表しているものは珍しい。小生は、江戸時代の経済、特に幕府中枢で、米と貨幣をどうコントロールしていたかに興味がある。残念ながら本書にもこの記載が無い。(2015/09/04付)」

★「江戸の遺伝子」徳川恒孝著~Uさんの読書ノートのPDFはここ

何度か書いているが、自分は歴史が大キライだった。もちろん学生時代の話。特に世界史は、カタカナを色々と暗記することが要求され、ギブアップだった。
それが、年齢を経て、このところ歴史が面白いと思うようになってきた。
相変わらず、世界史はすんなりと頭に入ってこないが、この本は、上の紹介にもある通り、江戸時代を世界の歴史との対比で教えてくれるので、なかなか面白かった。

長年の自分のテーマ:「サンデー毎日をどうするか?」について、歴史がひとつのテーマになるかな・・・?と思うこの頃である。

150911akiru <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月10日 (木)

「日本を元気にする会」の参院投票~「国民拘束」の実験

今朝の日経に、こんな記事があった。
「国民拘束」の実験
 9日の参院本会議で可決した労働者派遣法改正案の採決で、一つの政党の所属議員の投票行動が割れた。党分裂かと心配されそうだが、この党は違う。1月に結成した「日本を元気にする会」。重要法案の採決で、インターネット会員に賛否を募り、所属議員5人がその比率に分かれて投票する仕組みだ。
 重要法案の投票行動で比率投票を採用したのは今回が初めて。会員の回答は賛成が51%、反対が49%。松田公太代表ら3人が賛成し、山田太郎政調会長ら2人が反対に回った。ちなみに議員個人の主張と投票行動はぴったり一致したという。
 松田氏は「国民の政治参加意識を高めたい。最後は国民が決める『国民拘束』だ」と話す。党が所属議員の賛否をどちらかに決める「党議拘束」は取らない。公明党の石井啓一政調会長は記者会見で「我々のような伝統政党には取りえない珍しい投票行動だ」と語った。(潤)」(2015/09/10付「日経新聞」p4より)

これは面白い。まさに、“代議員”制である。しかも、法案毎の国民の声が、国会に具体的な投票数として届く仕組み。

先日、WOWOWドラマで「予告犯」という番組を見た。Netで裁判を行い、有罪か無罪かは、Netでの投票で決めるというもの。
何かこれに似ている。

しかしこっちの方が、よほど民主的。現政権のように、選挙で「勝った」ら、まるで国民から白紙委任をされているように振る舞う独裁者に比べると、耳が国民に向いている。代議員として、国民の声を国会につなげようとしている。
「日本を元気にする会」が、これから全ての法案に対してこのようなスタンスで行くのかどうかは分からないが、でもこんな話を聞くと、何か心が明るくなる。

それに引き替え安倍政権は、鬼怒川決壊で大災害が起きていて、国民の安全確保に注力しなければいけない今の状況の中でも、予定通り安保法案を強行採決するのだろうか・・・
ま、最初から国民に目が行っていないので、考えるだけムダか・・・

150910omae <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月 9日 (水)

ピアノによるタンゴ「ジェラシー」

先日、ピアノ演奏によるコンチネンタル・タンゴの名曲を聞いた。

<「ジェラシー」松岡直也(pf)>

これはなかなか面白い。クラシックの交響曲などのピアノ編曲版を良く聞く自分だが、タンゴのピアノ編曲版を聞いたのは初めて。
当然、楽団の様々な音符をピアノに移した場合、超絶技巧が要求されるのは普通。でもこの曲はそれほど複雑ではないようだ。
ハウゼによるオリジナルの一例はこれ・・・

<アルフレッド・ハウゼ楽団の「ジェラシー」>

前にも書いたが、オリジナルがアナログテープであるハイレゾ音源を、最近色々と買っている。当然、このハウゼのコンチネンタルタンゴも、マスターテープはアナログのはず。
この音源がハイレゾで出ると楽しみ・・・

イージーリスニングの世界も、一時代が終わったようで、あまり聞かれなくなった。再編成の楽団や、再録した物もあるが、やはり何でもオリジナルの音源が良い。

ふとFM放送で聞いたこのピアノ版ではあるが、それを機に、昔のイージーリスニングのハイレゾ音源を探している最近の自分ではある。

●メモ:カウント~780万

150909onee <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月 7日 (月)

沖縄と本土への米軍駐留を要請した昭和天皇

歴史とは、奥が深いもので、こんなことがあったなど、自分は知らなかった・・・。
先日読んだ、矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」にこんなことが書いてあった。

<昭和天皇の「沖縄メッセージ」>
 PART3では、GHQが人間宣言と日本国憲法を書いて、昭和天皇を東京裁判から守ったところまでご説明しました。ところがその日本国憲法のなかでマッカーサーが日本に戦力放棄をさせたことから、マッカーサーと昭和天皇、それまで1体となって「アメリカの日本占領政策=戦後日本の再建計画」を進めてきたふたりのあいだに亀裂が入り始めます。
 いっさいの武力をもたないことこそ、日本の安全を守る道だと説得するマッカーサーに対し、政治的リアリストである昭和天皇は、5大国が拒否権をもつ国連が、米ソの対立によって機能しない以上、独立後の日本の安全は、本土への米軍の駐留によって確保したいと考えるようになります。この間の事情については、『昭和天皇・マッカーサー会見』『安保条約の成立-吉田外交と天皇外交』(ともに豊下楢彦/岩波書店)という名著がありますので、ぜひお読みいただきたいと思います。
 戦後日本の安全保障政策に関し、最初に日本政府の頭越しに出された昭和天皇の提案は、1947年9月19日の「沖縄メッセージ」でした。
 これはマッカーサーの政治顧問だったシーボルトに対し、天皇の側近クループの主要メンバーだった寺崎英成が口頭で伝えた「政策提案」です。その内容を記録したアメリカ側の公文書が、当時、筑波大学助教授だった進藤榮1氏によって発見され、1979年4月号の雑誌『世界』で発表されることになったのです。

「天皇の顧問、寺崎英成氏が、沖縄の将来に関する天皇の考えを私(シーボルト)に伝える目的で、日時を約束したうえで訪ねてきた。
 寺崎氏は、アメリカが沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、明言した。天皇の見解では、そのような占領は、アメリカのためになり、また日本にも保護をあたえることになる。(略)
 さらに天皇は、沖縄(および必要とされる他の島々)に対するアメリカの軍事占領は、日本に主権を残したままでの長期リース―25年ないし50年、あるいはそれ以上―というフィクションにもとづくべきだと考えている。天皇によるとこのような占領方法は、アメリカが琉球諸島に対して永続的な野心をもたないことを日本国民に納得させるだろう(略)」(「分割された領土」『世界』1979年4月号)

 この秘密メッセージを読んでだれもが驚くのは、天皇が米軍に対し沖縄を半永久的に占領しておいてくれと頼んだという事実ですが、もっと驚かされるのは、21世紀になったいまも沖縄の現状は、基本的にこのとき天皇が希望した状態のままになっているという事実です。
 また注目すべきは、沖縄に対するアメリカの軍事占領は「日本に主権を残したままでの長期リースというフィクション」にもとづくべきだと天皇は考えている ということです。つまり形のうえでは沖縄は日本の領土だけれども、それを日本が米軍に貸すことにする。そうしたフィクションのもと、事実上は無期限に米軍が沖縄に居すわればよいというのです。・・・・
 アメリカが沖縄を信託統治領にすることに、まず日本が同意する。そのうえで「実際に信託統治を開始するまでのあいだ」というフィクションにもとづき、米軍が沖縄のすべての権力を独占的に握るというあのトリックです。なぜそのような安っぽいトリックが実際に成立したかというと、それは「昭和天皇と日本の支配層がそうした構想に合意していたから」だったのです。

<沖縄をめぐる軍部と国務省の対立>
昭和天皇の「沖縄メッセージ」は、アメリカのとくに軍部にとって、非常に重要な意味をもっていました。というのも、アメリカ国内では沖縄の戦後処理をめぐって、軍部と国務省が真っ向から対立していたからです。
・・・・
ソ連の了承を得て1度統治を始めてしまえば、あとは拒否権を行使して思いのままに軍事基地化できると考えていたのです。
 しかし国務省はそうした軍部の構想に反対で、1946年6月には、沖縄を「非軍事化したうえで」、つまり基本的に米軍基地をなくしたうえで、日本に返還すべきだと主張していました。大西洋憲章に始まる「領土不拡大」の大原則があったため、
「沖縄のような大きな人口の地域を支配下におけば、アメリカは帝国主義だという批判にさらされることになる」
「領土の拡大はアメリカの道徳的地位と政治的リーダーシップを大きく損なうことになる」

と考えていたのです。
 同年11月の文書でも国務省は、沖縄を非軍事化したうえで囗本に返還することをふたたび主張し、同時にアメリカの世論も、軍部による南洋諸島の戦略的信託統治構想を、
 「偽装された領土の併合である」
 「国連におけるアメリカの道徳的地位を損なう」
 と批判している
と書いています。
・・・・

<沖縄への半永久的駐留につづき、本土への駐留もみずから希望した昭和天皇>
・・・・
 「日本の国土に米軍基地をもうけることを日本側から働きかけるような試みは、憲法問題をもっとも深刻なかたちで引き起こすだろう」
 その後の歴史を見れば、憲法9条2項をもちながら、米軍の駐留をウラ側から働きかけたことが、日本国憲法の権威を傷つけ、法治国家崩壊という現状をもたらした原因であることはあきらかです。
 しかし昭和天皇はまさに、沖縄メッセージでの提案につづき、ダレスヘの「天皇メッセージ」によって、「日本側からの自発的な申し出」にもとづく日本全土への米軍の駐留を提案していたのです。
 なぜそんなことを自分から提案しようとしたのか。その謎を解くカギは、この口頭メッセージがダレスに伝えられた日付にありました。1950年6月26日、その前日の6月25日には朝鮮戦争が勃発していたのです。

<「朝鮮でアメリカが負けたら、われわれ全員死刑でしょうなあ」>
「口頭メッセージ」を文書化する作業のとき、松平康昌とそのほかの天皇の側近数名が、パケナムとともに葉山の御用邸の近くで数日合宿して、文面を考えたことがわかっています。
その議論のなかで、ある天皇の側近のひとりが、「朝鮮でアメリカが負けたら、われわれ全員死刑でしょうなあ」と首筋をたたいて言ったということが、アメリカ側の文書(「ダレス文書」)に残されています(『裕仁天皇5つの決断』)。
 つまり昭和天皇や、近衛のような大貴族だけでなく、天皇の側近など、日本の「支配層」の人びとの多くが、共産主義革命が起きたら自分たちは首をはねられると本気で思っていたのです。そうした共産主義への恐怖が、安保村の誕生当初から存在していた。
 248ページで近衛上奏文における共産主義への恐怖についてお話ししましたが、252ページの「沖縄メッセージ」にも、実は省略した部分に次のような記述があったのです。
「天皇はそのような措置〔=米軍による沖縄の軍事占領の継続〕は、ソ連の脅威ばかりではなく、ソ連が日本に内政干渉する根拠に利用できるような『事件』を引き起こすことを恐れている日本国民のあいだで、広く賛同を得るだろうと思っている」
 文中に書かれた、ソ連が事件を引き起こすことを恐れている「日本国民」とは、もちろん一般庶民のことではなく、「死刑」を恐れる日本の支配層のことでした。ソ連が日本国内の共産主義者を使って内乱を起こし、それに乗じて一気に体制を転覆して、自分たちの首をはねてしまうのではないか。
 戦中から戦後へつづく、こうした共産主義革命への一貫した恐怖が、憲法9条2項による「戦力放棄」とあいまって、沖縄や本土への米軍駐留継続の依頼へとつながっていったのです。それは昭和天皇個人の判断というよりも、あきらかに日本の支配層全体の総意だったといってよいでしょう。
 昭和天皇からメッセージをもらったダレスは、
 「これが今回の日本訪問でもっとも重要な成果だ」
 と大変よろこんだといいます。そして8月の同メッセージの文書化をへて、翌年2月にダレスがつくった日米安保条約(旧)の前文には、
 「日本国は、その防衛のための暫定措置として(略)日本国内およびその附近にアメリカが軍隊を維持することを希望する
 と書かれていました。つまり、あくまで日本側からの希望に、アメリカ側が応じる形で駐留するということになっていたのです。
・・・より本質的な原因としては、
 「米軍駐留を日本側から、しかも昭和天皇が日本の支配層の総意として要請した」
 ところにあったといってよいでしょう。」(矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」p251~p263より)(太文字は本文通り)

自分にとってはなかなか衝撃的な事実。昭和天皇は、自分的には「良い人」と捉えたい存在。それが沖縄の人から見ると・・・、どうなんだろう・・・

今日聞いたNHKラジオ深夜便「特集・昭和史を味わう~第20回 マッカーサーと昭和天皇 ノンフィクション作家 保阪正康」(2015/09/06放送)を聞いた。
その中で、昭和22年11月14日の第5回の昭和天皇とマッカーサーとの会見で、保坂さんが「沖縄基地を容認する。いわゆる沖縄に対してアメリカが一定の権限を持って駐留することに対して、天皇はかなり積極的にそれを認めた、ということが話し合われたと言われている。」と言っていた。
「天皇も、それがあったから、沖縄に対して晩年まで、沖縄に行きたい、沖縄の人たちにお会いしたいと言っていたのは、天皇としても何らかの意思表示をしたい、という思いがあったのだろうと思う。沖縄に対して複雑な感情があったのだろう。今、それを今上天皇がくみ取って沖縄に何度も行って、沖縄の人たちと新しい関係を作っているのは、それが伏線となっているのではないか。」とも言っていた。

未曾有の被害者を出した沖縄戦と言い、これらの事実と言い、結局(沖縄の人には申し訳ないが)昭和天皇を含めた本土の人たちは、沖縄は日本本土とは別、という捉え方をしているのではないか?
それが今日(2015/09/07)も政府との話し合いで物別れになった辺野古の問題にもつながっている。
何でも犠牲は沖縄に強いる、という沖縄戦以来の日本の70年の歴史。
知れば知るほど、沖縄人たちに申し訳ないと思う。

150907ayamari <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月 6日 (日)

NHK「ドキュメント72時間~大仏を見上げる霊園で」

先日、NHK「ドキュメント72時間~大仏を見上げる霊園で」(2015/09/04放送~再放送:9月9日am2:25~)を見た。相変わらず、普通の人たちを突然に取材し、色々な人生模様を描き出している。
今回は、茨城県牛久市にある牛久浄苑。120mの大仏で有名。お盆の3日間の取材である。
NHKのサイトにはこう解説がある。
大仏を見上げる霊園で
茨城県牛久市にある高さ120mの大仏。その足元に広がる関東最大級の霊園が舞台。お盆には多くの人が大切な人への思いを抱えて墓参りにやって来る。ガンで先立った息子との思い出を語る親、事故で亡くなった友人の墓に足繁く通う若者、一人で育ててくれた母親の墓を感謝の気持ちを込めて磨く子ども。供養の花火が打ち上げられるまでの真夏の3日間、大仏を見上げる墓地に密着。生きる人と亡き人との不思議な対話に耳を傾ける。」(
NHKのここより)

色々な想いでお墓参りする人たちの中で、3つ印象に残った。
69歳の主婦。靴を脱いでお墓の掃除をしている・・・。
「お父さんのおうちなので・・・。主人なんです。もう21年になるんだけど、ここはお父さんのおうちだから土足ではあがりません。」
最愛の夫とはお見合いで出会った。お互いにビビッと来て、直ぐに結婚。子供が出来た後も、出かける時はいつも手をつないでいたという。
「またこうやって泣いてはいけないんだけど、もう泣くのはやめようと思うんだけど、まだね、だめなの。でも大丈夫です。」
「お父さんね、50(歳)なんです。聞かれないのに言っちゃってごめんなさい。言えるようになったもんだから。バイクが好きでね、バイク事故。「行ってきます」って言って、だからすごくしんどかったです。」
家から見送った後姿が最後だった。なかなか受け入れることが出来ず、21年経った今も毎日のように通っているという。
「本当会いたいですね。ちょとだけでもいいから。お骨も私がこうなったときには、お父さんのを出してもらって、ぐちゃぐちゃに混ぜてもらって、ひとつにしてもらうの。それを子どもにも言ってあるし・・・。会いたいね。夫婦って何なんでしょうね。赤の他人が一緒になって、こんなに大切な人になるって知りませんでした。」

たぶんこの主婦は、死は怖くはないのでは? それは「あの世で、会いたかったお父さんと会えるかも知れない」という希望があるので・・

そして35歳で最愛の息子をガンで亡くし、もっと話しておけば良かったとつぶやく69歳の主婦。突然ガンの宣告を受け、たった2ヶ月で亡くなったという。髪は真っ白・・・

そして7人の子どもを育て、彼女の所でくも膜下出血を起こした夫。その彼女と二人で看取ったという67歳の元保険外交員の豪快な生き方・・・

この牛久大仏には、昔、両親を乗せてドライブした時に寄ったことがある。広い墓園を散歩した時、確か「森光子」を赤い字で書いたお墓があったっけ・・・

前にこの大仏を見た時は、単なる人寄せのための巨大大仏だとばかり思っていたが、今こうして大仏を見ると、大きな懐にたくさんの人を抱くために大きいのかな・・・とも感じる。

亡き人との関係を、色々と考えさせられた、番組だった。

150906kenka <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月 5日 (土)

NHK「らじる★らじる」のPC録音~「radika」から「Radikool」に乗り換え

NHKラジオがパソコンで聞ける「らじる★らじる」が2015/9/1付けで仕様変更を行ったらしく、愛用の「radika」でエラーになり、うまく録音出来なくなった。この記事はその対応策を転記した、自分用のメモである。

★2015/12/09朝から「radika」での聴取が不可能な状態に陥っています。オリジナルの「つくったもの公開所」サイトのコメント(ここ)にも、まだ解決策は挙がっていません。(2015/12/09追記)
■当方は
、「Radikool4」に乗り換えました。これは非常に完成度の高い優秀なソフトで、ノントラブルで運用中です。⇒本ページの下の追記を参照。(2015/12/12)

前にも「radikaによるパソコンでのラジオ予約録音」(ここ)という記事で書いたが、自分はNHKラジオ深夜便などの番組を「radika」というフリーソフトを使ってパソコンで録音している。
それが、この9月に入ってから、録音の調子が悪くなった。全部ダメというワケではないが、何番組も録音されていない。しかもパソコンの画面には見たことがないエラー表示が・・・
まあ録音専用のパソコンはXPの古いモデルだったので、寿命かな・・・と、1年前まで現役だったXPで試してみた。するとまったく同じ現象で録音出来ない。

これはパソコンではなく、送り側の問題だな、とググった。たぶんNHKが9月から何かを変えたので対応出来なくなった・・・。たぶん対策も出ているだろうと・・・
そして見付けた。
2012年で開発が終了している「radika」はもう古く、「Radikool 」がお薦めらしいが、それも「9月1日からNHKの仕様変更により Radikool 3では NHKの聴取・録音ができなくなりました。」(ここ)という注意書きが・・・。やっぱりNHKが何か変えたんだ・・・
やはりフリーソフトでは限界がある?メンテ付きの有料のアプリを買わないとダメかな?と、ググっていると、あった!!「radika」の9月1日対応の方法だ。

「radika」のオリジナルサイト「つくったもの公開所」の2012年10月27日のコメント。何と725ものコメントがある。その最後の所(ここ)に、次のようなコメントがあり、自分とまったく同じ現象。
「2015年9月1日のお昼過ぎから、NHK第2の録音ができなくなりました。主にあらわれるエラーメッセージは、「キーを取得できませんでした」「プレイリストの取得に失敗しました」です。どなたか対処法を、お教え下さい。NHKの語学講座(英語)の録音ができなくなり困っています。」

その対処方法は、
管理者権限でメモ帳を開いてください
c:\windows\system32\drivers\etc
の中の
hosts
を開いて
以下のように書き換えてください。

# Copyright (c) 1993-2009 Microsoft Corp.
#
# This is a sample HOSTS file used by Microsoft TCP/IP for Windows.
#
# This file contains the mappings of IP addresses to host names. Each
# entry should be kept on an individual line. The IP address should
# be placed in the first column followed by the corresponding host name.
# The IP address and the host name should be separated by at least one
# space.
#
# Additionally, comments (such as these) may be inserted on individual
# lines or following the machine name denoted by a '#' symbol.
#
# For example:
#
# 102.54.94.97 rhino.acme.com # source server
# 38.25.63.10 x.acme.com # x client host

# localhost name resolution is handled within DNS itself.
127.0.0.1 localhost
#69.192.3.158 netradio-r1-flash.nhk.jp
#69.192.4.175 netradio-fm-flash.nhk.jp
#69.192.4.204 netradio-r2-flash.nhk.jp
::1 localhost
203.211.199.181 w-radiko.smartstream.ne.jp
#↑前回変更
#↓今回修正
#117.104.135.68 netradio-r1-flash.nhk.jp
#117.104.139.218 netradio-r2-flash.nhk.jp
#117.104.135.62 netradio-fm-flash.nhk.jp
#変更 2015-10-28

#↓今回修正
23.212.108.234 netradio-r1-flash.nhk.jp
23.212.108.229 netradio-r2-flash.nhk.jp
23.212.108.236 netradio-fm-flash.nhk.jp
#変更 2015-12-04

なるほど・・。「c:\windows\system32\drivers\etc」を叩いて開いたフォルダに「hosts」というファイルがある。ダブルクリックすると「ファイルを開くプログラムの選択」画面になるので「メモ帳」で開く。
何やら書いてあるので、全部削除して、上の文字列をコピーして貼り付け。上書き保存でオシマイ。これでちゃんと動き出した!!(XPの場合。WIN7は下記)

いやはや世の中には、エライ人がいるもので、ちゃんと方法を教えてくれる。いやはや助かった!!

(WIN7で「管理者権限で開く」方法~「スタート」「全てのプログラム」「アクセサリ」の中の「メモ帳」を右クリック、「管理者として実行(A)」で、「無題-メモ帳」が開いたら、「ファイル」「開く」で「c:\windows\system32\drivers\etc」を選び、下のファイル名を「すべてのファイル」にすると、「hosts」ファイルが見えるので、それを開いて修正、上書きする)

(管理者権限で開く以外にも、「hosts」ファイルを右クリックして、プロパティ/セキュリティで「users」を選んで、「編集」で「hostsのアクセス許可」の窓から「users」を選んで「フルコントロール」の「許可」にチェックを入れて「適用」、で上書きが出来ました。~これで良いのかな??)

★2015/10/28にまた変更になったため、上記「hosts」を変更しました。

★2015/12/04にまた変更になったため、上記「hosts」を変更しました。

(追:2015/10/30)
ダメ元で、NHKにメールで「IPアドレスを度々変えるので迷惑している。これから変えないで欲しい。」と打ったら、こんな回答が・・・。ま、そんなもの・・・
「お問い合わせいただいた件でございますが、NHKのネットラジオは専用アプリ(らじる★らじる)またはPCサイトでサービスをご提供をしております。
ネットラジオ「らじる★らじる」とは異なるアプリ(または機器)での聴取について、当方ではご案内ができませんことを、ご理解いただきますよう、よろしくお願いいたします。」

(追:2015/12/10)~「Radikool4」に乗り換え
★とうとう「Radikool4」(ここ)をインストールしてしまった。使い出してビックリ。完成度が非常に高い。素晴らしい。radikaにこだわることは無いのかも知れない。使い始めで、気が付いた点をちょっとメモ・・・。
・ieが必要とのことで、ie9が動いていることを確認。
・上のサイトのリンクより、「.NET Framework 4.5」をインストール。結構時間がかかった。
(CSRAとJCBAは、使わないのでキャンセルした。その方がCPUの負荷が軽くなるという記述があったので・・・)
・まず音が出ない。→「IE用のFlashPlayerがインストールされていること」→Adobeサイトからのインストールは失敗(ieが停止)→FlashPlayerが必要なサイト(例えばここ)を開いたら自動的にインストールした。→PCの再立ち上げで音が出た。
・予約設定も簡単。録音のファイル名は、今までの自分のradikoに合わせ、『15[SMONTH][SDAY]-[SHOUR] [TITLE] 』とした。
・カバーを閉じたスリープ状態から、予約時間になっても立ち上がらない。→WIN7では「電源オプション」「プラン設定の変更」「詳細な電源設定の変更」「スリープ→スリープ解除タイマーの許可」を「有効」にする。いずれも「ヘルプ」(ここ)に載っている。
・予約時間が終わっても、PCがスリープにならない。→「録音終了時の挙動」をスタンバイに設定。
・radikaでは、カバーを閉じても、スリープにならないでradikaの予約動作が継続したが、Radikoolでは、予約録音中にカバーを開けてから、閉じると、PC設定通りのスリープに移行してしまい、録音は中断される。
・予約録音の停止は、「予約一覧」「進行中のタスク」で選んで右クリック「停止」。
・なお、radika用にhostsファイルの書き換えをしている場合は、元に戻す。(または、追加した3行の前に「#」を付ける。#23.212.108.234 netradio-r1-flash.nhk.jp 等)

▲今まで廃品利用のXPを使っていたが、RadikoolはXPでは動かないので、WIN7で稼働。順調に動き出したぞ!

(関連記事)
radikaによるパソコンでのラジオ予約録音 

150905ikemen <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月 4日 (金)

戦後初めての日本人戦死者~1950年・朝鮮戦争で機雷掃海中

今日の日経の記事。
機雷掃海 隠された「戦死」
朝鮮戦争、海保が後方支援 安保法案に重ねる遺族 「国民 納得いく議論を」
 朝鮮戦争の米軍の掃海任務に派遣され、機雷の爆発で亡くなった海上保安庁職員がいる。9条を定めた日本国憲法施行後で、「戦死」の問題化を恐れた日米両政府は長くかん口令を敷いた。遺族は今、国会で大詰めを迎えつつある集団的自衛権の行使を含む安全保障法制の見直し議論を複雑な思いで見つめている。

 「料理が得意でね。生きていたら大きな食堂でもやっていたんじゃないか」。大阪市の会社役員、中谷藤市さん(88)は、朝鮮戦争中に死亡した弟、坂太郎さん(当時21)の遺影を前に寂しそうな表情をみせた。
 坂太郎さんは1945年春、志願兵として海軍に入り、終戦後は海上保安庁で日本近海の残存機雷の掃海業務に当たっていた。当時の海保の掃海部隊は、海軍から組織を引き継いでおり、元軍人ばかりだった。
 朝鮮戦争が50年に始まると、半島周辺海域の機雷に手を焼いた米軍は、日本に掃海支援を求めてきた。既に現憲法は施行されており、9条に抵触する可能性もあったが、占領下の日本政府は極秘裏に海保の掃海艇30隻以上で「特別掃海隊」を編成。坂太郎さんが乗り込んだ木造艇「MS14号」も下関を出港し、戦場に向かった。
 50年10月17日午後3時すぎ、砲弾の飛び交う北朝鮮・元山沖の北緯39度付近。掃海中だったMS14号は突然、轟音(ごうおん)とともに水しぶきの中に姿を消した。僚船が慌てて駆けつけたが、波間に破片と重油が漂うだけ。海中の機雷に触れたのだった。海に投げ出さ150904nikkei れるなどした他の乗員20人余は救助されたものの、船内にいた坂太郎さんだけが死亡した。
(写真は、掃海艇が機雷に触れ死亡した弟の遺影の前で話す中谷さん(大阪市浪速区))
 約1週間後、家族の元に米軍将校がやってきた。「公になると国際問題になりかねない。補償はする。瀬戸内海で死亡したことにしてほしい」。将校は「戦死」を口外しないよう強く迫った。父はそれを受け入れ、家族にも厳しく口止めした。掃海業務による死亡は約30年後、事件当時の海保長官が自身の著書で明らかにしたことなどから公となり、坂太郎さんは戦没者として公式認定された。
 折しも国会で進む安保法制の見直し議論では、集団的自衛権の行使例として中東・ホルムズ海峡での機雷掃海が取り沙汰されている。中谷さんは「特別掃海隊は米国に頼まれて海外の戦場で掃海作業をした。国会で議論されている状況と全く同じだ」という。
 「機雷掃海でも戦死者は出る。もし安保法制を見直すなら、国民全体が納得できる議論をしてほしい。それが弟の死を意味あるものにする方法だ」。中谷さんはそう考えている。」(2015/09/04付「日経新聞」p35より)

前に「戦後70年間戦争をしなかった国は8カ国」(ここ)という記事を書いた。
そのときは、戦後日本は一人の戦死者も出していない、という認識であった。しかし、上の記事でみると、戦後間もない1950年に、既に戦死者が出ていた。しかしその事実は闇に葬られていた・・・

それにしてもアメリカという国は、とんでもない国。「戦争放棄」の憲法を日本に与えておきながら、理想は理想として棚に挙げ、現実は属国日本を意のままに戦争に駆り立てる。
戦争放棄を謳った「マッカーサー草案」の、たった4年後の話である。

幾ら憲法違反でも、政府は国民に内緒であれば、何でもやる。
今の安倍政権は、国民に内緒ではなく、堂々と憲法違反をしようとしているので、まだマシかも知れないな・・・

150904youiku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月 3日 (木)

「悪の凡庸さについて」~なぜ日本人は寝たままなのか?

このところ、先日読んだ矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」の話が多い。この本にこんな一節があった。
悪の凡庸さについて
 いまこの文章を書いている2014年の東京では、『ハンナ・アーレット』(マルガレーテ・
フォン・トロッタ監督/2012年)というドイツ映画が予想外のヒットをつづけています。この映画の主人公は、エルサレムで1961年に始まったナチスの戦争犯罪者アドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、問題作「エルサレムのアイヒマン-悪の凡庸さについての報告」(雑誌「ニューヨーカー」連載)にまとめた有名な女性哲学者です。
 大きな議論を呼んだそのレポートの結論、つまりナチスによるユダヤ人大量虐殺を指揮したアイヒマンとは、「平凡で小心な、ごく普通の小役人」にすぎなかった、しかしそのアイヒマンの「完全な無思想性」と、ナチス体制に存在した「民衆を屈服させるメカニズム」が、この空前の犯罪を生んでしまったのだ、という告発に、多くの日本人は、現在の自分たちの状況に通じる気味の悪さを感じているのだと思います。
 アーレントが問いかけたきわめて素朴で本質的な疑問、つまり大量虐殺の犠牲者となったユダヤ人たちは、
「なぜ時間どおりに指示された場所に集まり、おとなしく収容所へ向かう汽車にのったのか」
「なぜ抗議の声をあげず、処刑の場所へ行って自分の墓穴を掘り、裸になって服をきれいにたたんで積み上げ、射殺されるために整然と並んで横たわったのか」
「なぜ自分たちが1万5000人いて、監視兵が数百人しかいなかったとき、死にものぐるいで彼らに襲いかがらなかったのか」
 それらはいずれも、まさに現在の日本人自身が問われている問題だといえます。
「なぜ自分たちは、人類史上最悪の原発事故を起こした政党(自民党)の責任を問わず、翌年(2012年)の選挙で大勝させてしまったのか」
「なぜ自分たちは、子どもたちの健康被害に眼をつぶり、被曝した土地に被害者を帰還させ、いままた原発の再稼働を容認しようとしているのか」
「なぜ自分たちは、そのような『民衆を屈服させるメカニズム』について真正面から議論せず、韓国や中国といった近隣諸国ばかりをヒステリックに攻撃しているのか」
 そのことについて、歴史をさかのぼり本質的な議論をしなければならない時期にきているのです。」(矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」P103~104より)

この部分を読みながら、ゾッとした。
「なぜ自分たちが1万5000人いて、監視兵が数百人しかいなかったとき、死にものぐるいで彼らに襲いかがらなかったのか」
言われてみると、実に不思議・・・。幾ら機関銃で撃たれても、数百人と15000人では、勝負にならないはず・・・。
確かに同じなのだ。今の日本と・・・

Netで内閣支持率の検索をしていたら、こんなページがあった。報道ステーションの内閣支持率の推移である。(ここ
それによると、支持率が下がると政権は倒れることが良く分かる。
しかし現在の安倍内閣の支持率は、まだまだ高く、当分倒れるとは思えない。
憲法違反と山口繁・元最高裁長官までが言っている(2015/09/03付「朝日新聞」)安保法政の成立を前に、日本人はなぜ“寝たまま”なのか・・

150903jitensya <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年9月 2日 (水)

公共の場で~会釈と一言が大切

少し前だが、先日の日経にこんなコラムがあった。
「(スマートマナー)公共の場で 会釈と一言が大切
 出かける先々で夏休み中の家族連れに出会います。走り回る子どもをビシバシしかる親、何も言わない親など様々です。
 街や駅、ホテル、乗り物の中など公の場での振る舞いは、普段身についた素が出てしまいます。突然きちんとしようと思っても無理です。ましてや子どもは大人の背中を見て育つもの。
 5年後の東京五輪・パラリンピックのセールスポイントは「おもてなし」。そのためだけ
ではありませんが、自分の公共マナーはこれでいいのか? と振り返ってみる機会です。
 公共マナーで大切なのは笑顔での会釈と「ありがとうございます」「恐れ入ります」「どうぞ」「お先に」といった気持ちを伝えるさりげない一言です。
 例えば扉を開けてもらったら、黙って通らず軽く頭を下げてあいさつを。エレベーター内で、何も言わずにぬっと他の人の鼻先に手を出してボタンを押すのは失礼です。一声かけるか、「三階をお願いします」と言って押してもらいましょう。黙っていても何も伝わりません。
 先日、狭いバス車中の真ん中にベビーカーを置いた若い夫婦がいました。スマートフォンに夢中で、他の客の迷惑そうな冷たい視線に気づきません。そこへ小学生が「お願いしまーす」と乗り込み、「ありがとうございましたァ」と降りて行き、周囲がホツと和みました。ギスギスしがちな世の中、あいさつも消えがちでしたが、続けようと勇気づけられました。(コミュニケーション塾主宰  今井登茂子)」(2015/08/22付「日経新聞」s3より)

こんな記事が気になるのは、やはり自分も同じように思うせいかも知れない。
自分も知らない人に声を掛けるのが苦手な部類。
これは日本人特有なの、それとも男だからか・・・

先日、NHKの「ドキュメント72時間~ニューヨーク コインランドリー劇場」(2015/08/21放送)という番組を見た。
NYのアパートには洗濯機禁止のところがあるそうで、24時間コインランドリーがおおはやり。そこには様々な人種の人が通う。自宅近くは物騒なので、ここまで通ってくると言う人。その人たちも、店を出るときは、周囲の人に挨拶しながら出ていく。
日本人は、はたしてコインランドリーを出るときに、アカの他人に挨拶して店を出るだろうか? ほとんど無言では?

「挨拶」と聞くと、まずスーパーのレジの挨拶を思い出す。いつもレジ打ちを始めるときは「いらっしゃいませ」。お金を払い終わると「ありがとうございました」。これがキチンと腰を折って挨拶する。とてもまねができない・・・。

挨拶は文化・習慣が大きいような気がする。この手の話では、いつも息子の高速の料金所での“挨拶事件”を思い出す(ここ)。
「以前、九州の息子が帰省の折、一緒に車で田舎に帰ったとき、高速道路を運転させていた息子が、高速を降りて料金所で金を払うときに「ありがとうございました」と言っている。反射的に「エライな~」と言ったら、「挨拶するのは当たり前だろう」と叱られてしまった。関東では皆“無言”と思ったが、九州では挨拶するのが普通らしい。」
という話である。

九州はそんな暖かい風土や文化があるのだろうか?
近いようで遠い九州ではある。

(関連記事)
「あっ」と「おっ」~日経「春秋」から

150902passport <付録>「ボケて(bokete)」より

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