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2015年8月の20件の記事

2015年8月31日 (月)

FMシアター「ビオレタ」~思い出や記憶をいれる「棺桶」

先日のFMシアター「ビオレタ」(2015/08/29放送)がなかなか良かった。
少し早い初秋に、こんなホンワカしたお話も、宜しいかと・・・

<FMシアター「ビオレタ」>

★この番組(50分)をお聞きになる方は(ここ=ZIP)をクリック。

NHKのサイト(ここ)に、こんなあらすじが書いてある。
FMシアター「ビオレタ」
私が拾われたのは、行き場のない想いを入れる箱「棺桶」を売る店
田中妙(たえ)は、婚約者に突然別れを告げられ、雨の路上で泣きじゃくっていたところを「ドーベルマンのような」凛々しい女性・菫(すみれ)に拾われ、菫が営む雑貨屋「ビオレタ」で働くことになる。「ビオレタ」は、菫手作りの可愛らしい雑貨のほかに、行き場のない思い出や記憶をいれる「棺桶」なる美しい小箱を扱う少々風変わりな店。何事にも自信を持てなかった妙は、ビオレタでの出会いを通し、戸惑い悩みながら少しずつ変わっていく…。人生を自分の足で歩くことの豊さをユーモラスに描き出す、心のすきまにしみこむ温かな物語。」(
NHKのここより)

題の「ビオレタ」とは何だろう?とNetで検索していたら、この作品は「第四回ポプラ社小説新人賞受賞作」だそうで、この6月に出版されたホヤホヤの本だということを知った。
150831violetaここ)に詳しいが、作者の寺地はるなさんは、「1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。会社勤めと主婦業のかたわら、小説を書き始める。『ビオレタ』で、第4回ポプラ社小説新人賞を受賞。2015年6月『ビオレタ』(ポプラ社刊)でデビュー。」で、「受賞の報せを受けたのは、子どもを保育園に迎えに行き、自宅へと自転車を走らせている途中だったという。」とのこと。

この作品のテーマは「行き場のない思い出や記憶をいれる「棺桶」」。
誰も、思い出したくない思い出はあるもの。二度と思い出したくない記憶、それを葬ってくれる手段があるとしたら、確かに心は軽くなる。

世では「忘れられる権利」が議論されている。
人の記憶は時間と共に薄れて行く。しかしNet時代では、それが永遠に自分に突きつけられる可能性もある。怖ろしいことだ・・・

人は誰でも、色々な過ちを犯す。しかしそれを忘れているから普通に生活することが出来る。しかし一方では、決して忘れない苦い経験も持っている。
それを葬り去る事が出来るのなら、若しかしたら自分も利用するかも・・・

自分も「あれ」と「あれ」を記憶から消し去るため、「ひと箱お幾ら?」なのか、作者の寺地はるなさんに聞いてみたいものである。おっと聞く相手は、雑貨屋「ビオレタ」の菫(すみれ)さんかな??

なお、本の題の「ビオレタ」とは、スペイン語で「すみれ」という意味だという。
「いつも心に棺桶を!」

150831imakita <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月30日 (日)

貧困層に「経済的徴兵制」?奨学金返還に防衛省で就業体験

今日、カミさんが駅で買ってきた「ビッグイシュー」2015/08/15 269号。p24の伊藤悟氏の「テレビを疑い、戦争を嫌おう」という記事の中に、「奨学金を返せない者は自衛隊などでインターンを」と財界人が発言している事を知った。
Netで検索してみると、こんな記事が見つかった。もう1年以上前の東京新聞の記事だった。

貧困層に「経済的徴兵制」?奨学金返還に防衛省で就業体験
文科省は先月末、大学生らの経済支援に関する報告書をまとめた。有識者会議メンバーの一人はその検討過程で卒業後に就職できず、奨学金の返還に苦しむ人たちについて「防衛省でインターンシップ(就業体験)をさせたらどうか」と発言した。若年貧困層を兵士の道に追い立てるのは「経済的徴兵制」ではないのか。

発言の主は、文科省の有識者会議「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」メンバーの前原金一・経済同友会専務理事。住友生命の常務取締役などを務めた人物だ。
150830tokyo 奨学金返済が話題にのぼった5月の検討会で、前原氏は「返済の遅延者が無職なのか教えてほしい。放っておいても良い就職はできない。防衛省などに頼み、一年か二年かインターンシップをやってもらえば就職は良くなる。防衛省は考えてもいいと言っている」と促した。文科省の担当者は「考えてみます」と引き取ったものの、検討会が8月29日に公表した報告書には盛り込まれなかった。
物議を醸す構想だけに、文科省も具体的に検討しなかったようだが、関係者は神経をとがらせる。
大学生や教職員らでつくる「国民のための奨学金制度の拡充をめざし、無償教育をすすめる会」(奨学金の会)の岡村稔事務局次長は「奨学金の返還を名目に、自衛官という仕事を斡旋する制度をつくることになりかねない」と危惧する。
米国では実際、軍に入隊すれば国防総省が奨学金の返済額を肩代わりする制度があるという。「そもそも防衛関係の仕事は心身ともに負担が大きい。安倍政権が集団的自衛権の行使容認を閣議決定した結果、自衛官の仕事はリスクが格段に高まっている。『命が脅かされる』というのも絵空事ではない」(岡村氏)。
学費のために防衛の仕事に就くルートをつくることは、格差社会の助長にもつながりかねない。
藤本一美・専修大名誉教授(政治学)は、米国の現状について「米軍は志願兵制を取るが、貧困層の若者が兵士になる例が非常に多い」と解説する。
米政府が奨学金返還を肩代わりするのは兵士の確保のためだが、格差社会が進む米国では、この制度に頼らざるを得ない貧困層が多い。結果的に兵士の多くを貧困層が占めている。貧困層にとっては、兵士以外の選択を奪われた「経済的徴兵制」なのだ。
三浦まり・上智大教授(政治学)は「米国の場合、防衛の仕事は貧困層に押しつけるあしき構図が定着してしまったのが大きな問題」と指摘した上で、冒頭の前原氏のような発想を批判する。
「そもそも何かと引き換えに大学で学ぶ機会を与えるという考え方が間違い。若者たちには一人一人、自分の能力を引き出すための学習権がある。学生の経済支援を考えるなら、この権利を安心して行使できるよう大学教育の無償化という方向で考えるべきだ」」(
2014/09/03付「東京新聞」(ここ)より)

その時の、実際の発言はこのようなものだったという。
学生への経済的支援の在り方に関する検討会(第11回) 議事録
2014年5月26日(月曜日)15時~17時
・・・・
【前原委員】 前回も申し上げたのですが,こういうやり方も一つあります。今の経済状況を考えると,労働市場は非常に好転しています。まず,延滞している人の年齢別人数を教えていただきたい。それから,延滞者が無職なのか,低収入なのか,あるいは病気なのかという情報をまず教えていただきたい。
 今,労働市場から見ると絶好のチャンスですが,放っておいてもなかなかいい就職はできないと思うのです。前も提言したのですが,現業を持っている警察庁とか,消防庁とか,防衛省などに頼んで,1年とか2年のインターンシップをやってもらえば,就職というのはかなりよくなる。防衛省は,考えてもいいと言っています。
・・・
【前原委員】 防衛省は,2年コースを作ってもいいと言っています。ですから,是非,渡辺課長が中心になって各省へ働き掛けて,やっていただくと,私は日本国の将来に非常にプラスになると思います。・・・」(
ここより)

今日(2015/08/30)は、「国会10万人・全国100万人大行動」が開かれ、全国各地の計約300カ所以上で抗議集会やデモが開かれたという。
東京・永田町の国会周辺の参加者数は、主催者側の発表では約12万人、警察関係者によると約3万3千人という。

相変わらず、主催者側の発表と警察関係者による数字とが大きく違うが、まあそれはそれとして、上のような発言からして、現在の安保法制の強行は、決して安倍首相一人だけの、エネルギーではないことが分かる。
裏には、巨大な軍事産業などの利権がからんでいるのだろう。
そして日本の大きな権力は、徴兵制への道も、既に検討済みなのかも知れない。
何とも、巨大な背後のエネルギーを感じながら読んだ記事ではあった。

150830taisenn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月29日 (土)

在日米軍の殺人者を無罪にする役所間の連係プレー

前回(ここ)に引き続き、矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」からの話である。
こんな記載があった。
殺人者を無罪にする役所間の連係プレー
 ごく簡単に説明しておきますと、たとえば在日米軍の兵士が重大な犯罪をおかすとします。女性をレイプしたり、車で人をはねたり、ひどい場合には射殺したりする。すると、そのあつかいをめぐって、日本のエリート官僚と在日米軍高官をメンバーとする日米合同委員会で非公開の協議がおこなわれるわけです。
 実際に21歳の米兵が、46歳の日本人主婦を基地のなかで遊び半分に射殺した「ジラード事件」(1957年/群馬県)では、その日米合同委員会での秘密合意事項として、
「〔日本の検察が〕ジラードを殺人罪ではなく、傷害致死罪で起訴すること」
「日本側が、日本の訴訟代理人〔検察庁〕を通じて、日本の裁判所に対し判決を可能なかぎり軽くするように勧告すること」
 が合意されたことがわかっています。(『秘密のファイル』春名幹男/共同通信社)
 つまり、米軍と日本の官僚の代表が非公開で協議し、そこで決定された方針が法務省経由で検察庁に伝えられる。報告を受けた検察庁は、みずからが軽めの求刑をすると同時に、裁判所に対しても軽めの判決をするように働きかける。裁判所はその働きかけどおりに、ありえないほど軽い判決を出すという流れです。
 ジラード事件のケースでいうと、遊び半分で日本人女性を射殺したにもかかわらず、検察は秘密合意にしたがい、ジラードを殺人罪ではなく傷害致死罪で起訴し、「懲役5年」という異常に軽い求刑をしました。それを受けて前橋地方裁判所は、「懲役3年、執行猶予4年」という、さらに異常なほど軽い判決を出す。そして検察が控訴せず、そのまま「執行猶予」が確定。判決の2週間後には、ジラードはアメリカへの帰国が認められました。
 「アメリカとの協議(外務省)→異常に軽い求刑(法務省・検察庁)→異常に軽い判決(地方裁判所)→アメリカへの帰国(外務省)」
 という役所問の連携プレーによって、あきらかな殺人犯に対し事実上の無罪判決が実現したわけです。」((矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」P81~83より)

国会で26日、山本太郎議員が「自衛隊は、米軍の2軍ではないんですよ」などと言っていたらしいが、本当は「自衛隊は、米軍の指揮権の下で作戦に従事する一部隊に過ぎません。:深草徹氏」なのだろう。
だから米軍が何をしても、その部下である日本は何も言えない・・・

一番始末が悪いのは、全てが覆い隠されていること。そうならそうと、国民にちゃんと説明すればよい。しかし国民の目を不都合な事実からそらせ、表面上は独立国家のような風を装う。
本当は、新聞などのマスコミがその事実を赤裸々に暴露すれば良いが、どっこい営利企業のマスコミは、そうは動かない。
すると、国民は自分で勉強するしかない。

自分的には「性善説」でものごとを考えたいが、「それは甘い!性悪説で考えるべき・・」と言われてしまう。ま、そうかも・・・

嗚呼、アメリカ合衆国・日本州よ・・・

(関連記事)
在日米軍の事故と日本国憲法 

150829toguro <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月28日 (金)

壊れたプリントヘッドで、正常だったプリンターを壊してしまった話

この記事は、先日体験した、Canonのプリンター560iのヘッドを交換した所、交換したヘッドが壊れていたため、結果として動いていた本体を壊し、続いて今まで動いていたヘッドまで連鎖的に壊してしまった悔恨の話である。

我が家では、カミさん用のPCに、レーザーのモノクロとカラーの2台、それにカラーのインクジェットの計3台のプリンターがつないである。でも日常的に使うのは、インク代が安いインクジェット。
自分のノートPCではほとんど印刷しないので、印刷時は、カミさんのPCで印刷していた。それがつい面倒になって、先日、全く同じ560iをヤフオクで落札して自室にもセットした。
まったく同じ機種にしたのは、インクを純正でない安い互換インクを使っているため、その保守のため、及びCD-Rの印刷が慣れているため。
これがスタート。年賀状しか印刷しない、という売り主の言葉通り、本体の動作はよいのだが、ヘッドが良くなかった。少し置いておくと、ヘッドが目詰まりするらしく、その都度、強力クリーニングをしないと、カラーがちゃんと印刷されない。インクジェットは、やはり継続的に使わないとダメなようだ。
Netでググりながら情報を得て、ヘッドをお湯で洗浄してみたりもしたが、状態は変わらなかった。そもそも自室ではモノクロ印刷で充分なのだが、CD-Rの印刷がカラーモードしか選択できず、文字がヘンな色になってしまうため、仕方なく強力クリーニングをするのだが、インクの消耗もバカにならない。

そんな訳で、仕方なくヘッドを交換することにした。しかし新品だと6500円もする。ほとんど使わないので、中古で充分・・・

それで見付けたのが、「プリントヘッド QY6-0064中古品」というヤフオク。説明を見ると「CanonのMP710で使っていたが、本体が壊れたのでヘッドを出品」とのこと。
「エラーコードは##345で、ネットで調べるとヘッドを動かすメカ部分の故障らしいですが確証はありません。すなわちプリントヘッドそのもののエラーではなさそうですが、本文記載の通り確認する方法がないので・・・。」
出品者を責めるつもりもないが、これを信じてしまったのが、間違いの始まり。

落札して送られて来たヘッドを交換した所、何とプリンターの電源が落ちてしまい、電源ボタンやリセットボタンを押しても、ウンともスンとも言わなくなった。焦った・・・
元のヘッドに戻したいが、ヘッドがカバーの中に入り込んでいるため、それも出来ず・・・。

Netで見ると、しばらく時間を置くと良いらしい。Canonのサイトにも「電源コードを外した状態で、2分間放置してください。」とある。しかしダメ。
Netでググっていると、少し時間が経ったせいか、何とプリンターの電源が入った。ノズルチェックパターンの印刷をすると、色がまるでダメ。元のヘッドに戻したら、ちゃんと動くようだ。強力クリーニングをしたらちゃんと印刷できる。良かった~~
念のため、壊れていると思われるヘッドを付けると、やはり電源が入らない。
ヤレヤレ、送られて来たヘッドが壊れていたのだ、で一件落着、と思ったのがまた間違い。

5分で自動的に電源が落ちる設定にしてあるが、また電源が入らない。やはりウンともスンとも言わない。このヘッドは今まで使っていたヘッドなのに・・・
ナヌ?本体が壊れた??
プラグを抜いて、数時間放って置いても、やはり電源が入らない。ヘッドを動かすと、何と今度は動く。それでヘッドの交換実験も出来た。

結局、行き着いた状態は、
1)壊れたヘッドを付けると、電源が入らない状態になる。
2)“正常だった”ヘッドを付けると、オレンジランプが5回点滅。これはプリントヘッドの異常だという。
3)ヘッドを外すと、正常に電源が入り、PCからも制御可能。

<自分の理解>
・送られて来たヘッドは壊れていた。
・それを付けた正常な本体が壊れた。
・その壊れた本体に正常なヘッドを付けたため、そのヘッドも壊れた。

Netでググってみると、「##345というエラーコードは、どうやらヘッド部分が壊れたようで・・・」とという書き込みがあった。そして、「プリントヘッドを取り外した状態で電源を入れて電源が入るなら本体の基板はやられてはいません。」という書き込みもある。
しかし今回の場合は、「プリンターの修理屋ですが、電源が入らないプリントヘッドで、何台もの本体を壊したことがあるので、電源が入らないプリンターのヘッドは二度と使いません」との書き込みが、自分のケースに合っているようだ。

プリンターの原理は知らないが、今回の故障はこんな推移か??
・プリントヘッドの最悪の壊れモードは、デッドショート
・それを取り付けたため、本体のドライバー(ヘッドを駆動するアンプ)が、オープンモードではなく、ショートモードで壊れた
・その壊れたドライバーに、正常なヘッドを取り付けたため、過電圧などによって正常だったヘッドも壊れた

つまり、このプリンターにはもう何もつながず、静かに退場して貰うしかない・・・

もちろん、出品者からは送料込みで返金して貰ったが、今まで動いていたプリンターが壊れたため、買い換えるしかない。
「安物買いの銭失い」とは良く言うが、これを地で行ってしまった。

<今回での教訓>
・ヤフオクで、アマチュアからプリンターを買ってはいけない。ノズルチェックパターン印刷の画像が付いて、累計印刷枚数が表示されている等、ちゃんと動くことが表示されているプロからのプリンターを買おう。
・壊れた機器から外したプリントヘッドは、絶対に買ってはいけない。特に電源が入らなくなった本体から外したヘッドは絶対に使ってはいけない。ヘッドが原因で動かない場合は、壊れたヘッドで、成城だった本体が皆壊れてしまう可能性有り。

ヤレヤレ・・・

(続き~2015/09/01)
ヤフオクで買い換えた56i。何とそれも同じ現象。都度クリーニングをしないとキレイなカラー画像が出ない。そのヘッドを、正常なカミさんの560iに持って行っても、今度はそちらで発生。ヘッドが原因。
⇒あまり使わないプリンターは、その都度クリーニングをしないと、ダメなようだ。

150828kabinn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月27日 (木)

ボニージャックスの「母さんの蛇の目はむらさき」

暑い暑いと言ってきたが、ここ数日、20度に近い気温で、一気に秋の雰囲気がしてきた。
ボニージャックスが歌うサトウハチローの歌には、秋を歌うものが多い。
秋を歌ったものではないが、こんな歌はどうだろう・・・

<ボニージャックスの「母さんの蛇の目はむらさき」>

「母さんの蛇の目はむらさき」
  作詞:サトウハチロー
  作曲:西脇久夫

母さんの蛇の目はむらさき
母さんの手もうすむらさき
蛇の目の中で見る
母さんの鼻の先も
ぽっちりむらさき
ああそのポッチリが
何か悲しくうつくしく
なつかしく

母さんの蛇の目はむらさき
ああそのポッチリが
何か悲しくうつくしく
なつかしく
母さんの蛇の目はむらさき

同じように、ボニージャックスがサトウイチローを歌ったシリーズでは、「ちいさい秋みつけた」(ここここ)、「お月さんと坊や」(ここ)、「爪色の雨」(ここ)などがあるが、この歌の世界は、ボニージャックスならでは・・・のもの。ダークでは合わない。

しかし、このような歌も忘れ去られようとしているのだろうか?
Youtubeにも無い。Netで検索しても、ほとんど情報が無い。
それほど有名では無い歌なのだろうか・・・??

蛇の目傘か・・・
150827jyanomegasa 子どもの頃は、たぶん使ったと思うのだが、あまり覚えていない。
もちろん今は、いつもカバンに入っている折りたたみ傘。
家からちょっと出るときは、コンビニの透明傘・・・

本当に見なくなった蛇の目傘・・・
wikiによると「蛇の目(じゃのめ)とは、同心円を基調にした模様である。ヘビの目から名づ150827jyanome けられた。」とある。
しかし、「蛇の目」と聞くと、思い出すのが「蛇の目ミシン」。
Netで、「蛇の目ミシン」画像検索をしたら、何とも懐かしい写真が見付かった。
自分は小学校4年まで、埼玉県の与野にいた。その家にこのミシンはあっ150827misinn た。しかしそれはMITSUBISHIだった。
Netでみると、当時「三菱製 家庭用足踏みミシン」は結構有名だったらしく、今でも修理をしている会社があり、「三菱はあの三菱電機で、今はミシンの製造はしていませんが、さすが財閥だけあって・・・」という解説がある(ここ)。
我が家で三菱電機製品を買った最初かも!?

思い出すと、昭和30年代の初め、お袋が、当時単身赴任をしていた親父に隠れて洋裁の内職をしており(親父は内職反対!)、このミシンでいつも縫い物をしていた。
自分もこのミシンが好きで、タオルでゾウキンを縫うのが好きだった。でも、ガチャガチャと、あまりにたくさんミシンで縫うため、絞ったときに堅かった・・・

そして後年、両親が晩年を過ごした茨城の家にも、買い換えたのだろう、同じような足踏みミシンはあった。
実はその家も、取り壊しの日が近くなってきた。廃屋にするのが忍びなく、近く処分することになったからだ。
昭和42年からあの家に両親が二人で住んで29年、その後親父が亡くなってからお袋が一人で住んで18年。半世紀も両親が住んだ家が無くなる・・・

あまりこの歌とは関係無いものの、こんな寂しげな歌を聞きながら、誰も持て余している実家の古い家が壊されることに、一抹の寂しさを覚える、初秋である。

150827chiku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月25日 (火)

在日米軍の事故と日本国憲法

先日、米軍基地で、爆発事故があった。
米軍「保管ボンベ爆発」 相模原火災、市長は抗議文書提出
 相模原市中央区の在日米陸軍相模総合補給廠(しょう)の倉庫で起きた爆発火災で、市は24日、米軍側が「医療用、あるいは溶接用として保管してあった酸素、窒素などのボンベが爆発した」と市に説明したことを明らかにした。
 米軍は原因の究明を進める。在日米陸軍司令部広報室は「米軍の複数の組織が調査に当たる」としているが、組織名や調査期間のめどは明らかにしていない。
 日米地位協定により日本の警察や消防は捜査権を持たず、相模原市の加山俊夫市長は同日の記者会見で協定見直しを国に要請する考えを示した。
 加山市長は「施設内の検証で消防がなかなか立ち入ることができないと聞いている。今回、こういう事例が起きたので(日米が)相互連携を図れるよう、見直しを防衛省に要請したい」と述べた。
 また、同市長は在日米陸軍基地管理本部司令官に対し「ひとつ間違えば大災害となる極めて遺憾な事態で、強く抗議する。万全の対策を講じることを強く要請する」との文書を提出した。
 神奈川県の黒岩祐治知事も「基地周辺住民に大きな不安を与えた。県内には多数の米軍基地があり、早期の原因究明と再発防止策の徹底を強く求める」とコメントした。
 市消防局によると、爆発は24日午前0時45分ごろ発生し、平屋建ての倉庫1棟約900平方メートルを全焼、午前7時10分ごろに鎮火した。焼け跡に酸素ボンベなどが散乱。周辺住民が爆発音を聞いていた。同司令部広報室は「弾薬や放射性物質は保管していない」としている。〔共同〕」(2015/08/25付「日経」より)

こんな記事を読みながら、幾ら国内であっても、米軍基地は治外法権。日米地位協定は日本国憲法の上にあると、改めて認識。

先日、矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読んだ。
その中に、こんな一節がある。
「・・・もともと日米安保条約などの条約は、日本の航空法など、一般の国内法よりも強い。上位にあるそうです。これだけでも私などは「えーっ!」と驚いたのですが、みなさんはいか150825naze がでしょう?
 これは憲法98条2項にもとづく解釈で、「日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守する」ということが憲法で定められているからです。この点に関しては、ほぼすべての法学者の見解が一致しているそうです。
 その結果、どうなるか。条約が結ばれると、必要に応じて日本の法律(憲法以外の国内法)が書きかえられたり、「特別法」や「特例法」がつくられることになります。つまり下位の法律が、新しい上位の法律に合わせて内容を変えるわけですね。
 米軍機がなぜ、日本の住宅地上空でめちゃくちゃな低空飛行ができるのかという問題も法的構造は同じで、「日米安全保障条約」と、それにもとづく「日米地位協定」(在日米軍がもつ特権について定めた協定です)を結んだ結果、日本の国内法として、「航空特例法」という法律がつくられているからなのです。

アメリカ国務省のシナリオのもとに出された最高裁判決
 けれども、いくら条約(日米安保条約や日米地位協定)は守らなければならないといっても、国民の人権が侵害されていいはずはない。そうした場合は憲法が歯止めをかけることになっています。下の右の図の関係です。
150825kenpou  条約は一般の法律よりも強いが、憲法よりも弱い。近代憲法というのは基本的に、権力者の横暴から市民の人権を守るために生まれたものだからです。だから、いくら日本政府が日米安保条約を結んで、それが日本の航空法よりも強い(上位にある)といっても、もし住民の暮らしや健康に重大な障害があれば、きちんと憲法が機能してそうした飛行をやめさせる。これが本来の法治国家の姿です。
 ところが1959年に在日米軍の存在が憲法違反かどうかをめぐって争われた砂川裁判で、田中耕太郎という最高裁長官(前述したとおり、占領中の1950年から、独立の回復をまたいで、安保改訂のあった1960年まで在職しました)が、とんでもない最高裁判決を出してしまった。簡単に言うと、日米安保条約のような高度な政治的問題については、最高裁は憲法判断をしないでよいという判決を出したわけです()。
 するとどうなるか。安保に関する問題については、前ページの右下の三角形の図から、一番上の憲法の部分が消え、左下の図のような関係になってしまう。
 つまり安保条約とそれに関する取り決めが、憲法をふくむ日本の国内法全体に優越する構造が、このとき法的に確定したわけです。
 だから在日米軍というのは、日本国内でなにをやってもいい。住宅地での低空飛行や、事故現場の一方的な封鎖など、これまで例に出してきたさまざまな米軍の「違法行為」は、実はちっとも違法じゃなかった。日本の法体系のもとでは完全に合法だということがわかりました。ひどい話です。その後の米軍基地をめぐる騒音訴訟なども、すべてこの判決を応用する形で「米軍機の飛行差し止めはできない」という判決が出ているのです。
 そしてさらにひどい話がありました。それはこの砂川裁判の全プロセスが、検察や日本政府の方針、最高裁の判決までふくめて、最初から最後まで、基地をどうして日本に置きつづけたいアメリカ政府のシナリオのもとに、その指示と誘導によって進行したということです。この驚愕の事実は、いまから6年前(2008年)、アメリカの公文書によって初めてあきらかになりました。
 判決を出した日本の最高裁長官も、市民側とやりあった日本の最高検察庁も、アメリカ国務省からの指示および誘導を受けていたことがわかっています。『検証・法治国家崩壊』にすべて公文書の写真付きで解説してありますので、興味のある方はぜひお読みください。本当に驚愕の事実です。

)正確には「日米安保条約のごとき、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係をもつ高度な政治性を有するものが、違憲であるか否かの法的判断は(略)裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする」(「判決要旨六」)という判決でした。」(矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」P42~45より)

在日米軍と日本との関係は、かつての占領時代と何も変わっていない、という現実を、日本人はもう少し意識しなければいけない。
それを前提に世の中の動きを見ると、裁判も政治の動きも、理解出来る部分が多い。

我が家の上空も、毎日横田基地への飛行機が飛んでいる。もし我が家に墜落したら、米軍がすっ飛んできて、その周囲は治外法権化するのだろう。
嗚呼、アメリカ合衆国・日本州よ・・・

(関連記事)
在日米軍の殺人者を無罪にする役所間の連係プレー 

150825sabaki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月24日 (月)

「部首の情け」

先日の朝日新聞にこんなコラムがあった。
「(ことばの食感)部首の情け 中村明
 「松という字を分析すれば君と僕との差し向かい」という粋な俚謡(りよう)があるとか。「松」という漢字を左側の扁(へん)と右側の旁(つくり)とに分けると「木」と「公」になる。「木」を音読みしてボク。「公」は「公達」や「公子さん」などキミと訓読みする例がある。それを利用して「君」と「僕」に通わせ、男女の仲睦(むつ)まじい場面を想定したことば遊びだ。何やら四畳半趣味という雰囲気を感じないでもないが、思いがけない発想の転換は心にくいばかりである。
 真偽のほどは定かでないが、こんな話もあるらしい。昔、狐(きつね)に瓜(うり)畑を荒らされて困り果てた人が、墨黒々と「己(おの)が身のつくりを喰(くら)ふ狐かな」と記した札を作り、それを狐除けとしてその畑に立てたという。「狐」という漢字が、けもの扁と「瓜」という旁から構成されているところに目をつけた、斬新な思いつきだ。狐が瓜を食うのは、自分自身の一部を食い荒らしていることになる、というのである。
 普通の日本人は、「狐」に「瓜」が潜んでいるとは気づきにくいから、思いがけない発見ににやりとする。アイデアはなかなかのものだし、着想には感心するが、よほど教養のある狐でないと通じないから、効果のほどは疑問である。(早稲田大名誉教授)」(2015/08/22付「朝日新聞」b3より)

「俚謡」という言葉、知ってた??
例によって「広辞苑」によると
「り‐よう【里謡・俚謡】‥エウ
 民間のはやりうた。一地方の、いなかびたうた。さとうた。俗謡。民謡。」
だって・・・

それはそれとして、漢字一文字でも楽しめるものらしい・・・。
「松」がキミとボクか・・・。なるほど・・・
「真」は「十」個の「貝」? 「紀」は「己」を「糸」でぐるぐる巻き?
この所ニュースでにぎわしている寝屋川の事件でも無かろうが・・・??

色々な人の名前を分解して考えてみた。その人にイメージが近くなるかどうか・・・
フムフム、ナルホド・・・
でもこんなシャレ、教養が無いと楽しめない。
それに頭が疲れる! やっぱりこんな楽しみは、疲れるのでダメだな・・・

150824kao <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月21日 (金)

「書くこと」の意味

先日、朝日新聞でこんな記事を読んだ。
「(記者有論)若い世代の投稿 自分を、他人を、動かす言葉
           声編集・加藤真太郎
 新聞投稿指導の達人がいる。
 東京都町田市立小山中学校の社会科教諭の芝田実さん(52)。「投稿チャレンジ」と銘打ち、宿題の一つとして生徒たちに思い思いの投稿文を書かせる。文章には手を加えず、生徒が希望する朝日、毎日、読売、東京、産経の5紙いずれかに送る。3月まで勤めた立川市立立川第七中学校では、12年間に2万通以上を投稿。1123本が紙面に載った。
 私が担当する朝日新聞の「声」欄にも毎週、多い時は10通を超える投稿が芝田先生から届く。原動力を知りたくて、会いに行った。
 なぜ新聞投稿なのかを、芝田先生はこう話す。「世の中の動きに関心を持ち、自分の考えを発信できる人間に育ってほしい。新聞投稿を書くと、そのために必要な情報収集力、思考力、まとめる力、表現力、発信力が育まれるのです」
 小山中の教室での指導の現場を拝見した。生徒たちが「部活動」「ありがとう」「税金」など自分が書きたいテーマで原稿用紙に向かう。目安は20分間。半分ほどしか埋められない子もいた。芝田先生は「最初は書けなくても、続けることで力がつく」と励ます。
 生徒たちの姿を見ながら、私は「書くこと」の意味を考えた。
 まず、何を書くか考える。それを探すために自分自身の内面を見つめる。夢、目標、悩みごと、いじめ、マナー、政治、教育、平和……。テーマによって、関心は家族や友人、先生といった身近な存在から社会、国、世界へと広がっていくだろう。知らないことは学び、調べなければならない。投稿文には、もう一つの要素が加わる。読む人に理解してもらうための表現力や発信力だ。
 自分の中にあるモヤモヤしたものを文字にして、社会と結びつける。それは自分を発見することであり、自分を鍛えることでもある。
 この一連の作業を芝田先生は「成長の種」と話した。言い得て妙だ。
 こんな例があったという。教師に暴言を吐いたり、授業を抜け出したりしていた女子生徒の投稿が新聞に載った。その後も何度か載り、周囲の見る目が変わった。自信がついたのだろう。生活態度が変わり、自ら投稿に書いた通り、高校合格に向けて懸命に勉強に取り組んだ。
 「声」欄には、1日に200通ほどの投稿が寄せられる。若い世代の意見が、世代を超えた議論に広がることも少なくない。4月に掲載した「シニア世代は働くべきではない」をはじめ、高校生の投稿に賛否両論が寄せられ、何度か反響欄「どう思いますか」につながった。ここに来て、安全保障関連法案や戦争に関する投稿が若い世代からも増えている。
 若い人の「言葉の力」は、多くの人の気持ちを動かす。その力が増すように応援したい。」(2015/08/14付「朝日新聞」p14より)

ここに書かれている芝田実先生のスタンスは、大いに同感。
「新聞投稿を書くと、そのために必要な情報収集力、思考力、まとめる力、表現力、発信力が育まれるのです」・・・
その通りだと思う。

ふと、大学1年(教養)の時のいわゆる「国語」の試験を思い出した。日本文学だったか、課目は忘れたが、試験で「書くこと」についての小論文の出題。
たまたま当時、日記を付けていたので、祖母の短歌の趣味のことなどから、書くことについて、色々と書いた。書きたいことが幾らでも浮かび、答案用紙の裏まで書き殴った。
答案の返却の時、最初に呼ばれた。「A」とあった。

しかしサラリーマンになって、あまり「書く」ことは無くなった。それがメールの時代になってから、書くことが日常化した。
それ以来、このblogも含め、自分にとって「書くこと」は日常化している。

過去の自分の文章を読み返すことはほとんど無いが、でもそろそろ人生の締めくくり。
当blogも含め、後の人の迷惑にならない程度に、書き残すことにしようか・・・

150821henji <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月20日 (木)

森山良子の「Ale Ale Ale」

先日、なちさんから、こんな歌があるのを教えて頂いた。
何ともとぼけた歌である。

<森山良子の「Ale Ale Ale」>

「Ale Ale Ale」
  作詞:村上ゆき/森山良子
  作曲:村上ゆき

ああ あの時のあの Ano Ano Ano
あの人の名前がでてこない
ほらあの時会った あの人なの
もうわかってるのに思い出せない

ほらあのとき食べた Ale Ale Ale
あの店の名前が出てこない
あなたと行った いえあなたじゃなかった
じゃあ だれ それは だあれ

ああ 私の好きな Ano Ano Ano
あのハリウッドスターの名前が出てこない
ジョニー トニー ダニー ハリー
リリリリ リチャード
こんなに夢中に 恋焦がれているのに

ああ 今日も 忘れた あれを忘れた
とりに戻れば ドアのカギがない
あれ 確かここに いえ、違うこっちだわ
探す間に 忘れたものを 忘れたわ

あれよあれよと言う間に
あっという間に時は流れ

あれよ あれよ あれよ あれよ
どれよ どれよ どれよ どれよ
あのね えーと ほらあの そうそうそう それなのよ

ああ 学び舎の友 懐かしい友
還暦 時を超えて また出会う
どお?元気? 互いに変わり果て
誰が先生か生徒かわからない

ああ 初恋の彼 青春の憧れ
あの日のままの 笑顔が浮かぶ
あれはあなただった いえ あなたじゃなかった
じゃあ だれ あなたはだあれ?

あれよあれよと言う間に あっという間に時は流れ
あれよ あれよ あれよ あれよ
どれよ どれよ どれよ どれよ
あのね えーと ほらあの そうそうっ それなのよ

ないないないない わからない ついてゆけない
リモコン パソコン 合コン
アイコン マザコン レンコン ダイコン・・・
でも大丈夫よ 何も恐れはしない
くじけない あきらめない 負けられない

春が来た ガタが来た どこに来た
足に来た 腰に来た 目にも来た
でも変わらないわ あの頃と同じよ 恋心 真心 乙女心

あれよあれよあれよと言う間に あっという間に時は流れ
あれよ あれよ あれよ あれよ どれよ どれよ どれよ どれよ
あのね えーと ほらあの そうそう あ それなのよ

あれよ あれよ あれよ あれよ どれよ どれよ めがね どこよ
あのね えーと 今日 何曜日?
あれよ あれよ あれよ あれよ どれよ どれよ どれよ どれよ
それよ それよ それよ ほら それ それなのよ

前に、同じく森山良子の「30年を2時間半で」(ここ)という歌を取り上げた。
森山良子にはこんな自虐的なウィットを愛する側面もあるらしい。

段々と衰える体・・・。こんな調子で笑い飛ばそう!

それにしても、左腕の五十肩(七十肩)。発症から4ヶ月。最悪値を保っている。しかし今日は、腕組みが出来たので、もしかすると良い方へ戻り出した??
とにかく、まずは左手で尻の財布を取りたい、と願う老人ではある。

150820yabe <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月17日 (月)

山口百恵のハイレゾ音源が素晴らしい

このところ、ハイレゾ音源に凝っている。
先日、清水の舞台から飛び降りた心境で、高価な6800円の山口百恵のハイレゾ集『ゴールデン☆アイドル 山口百恵』(96kHz/24bit FLAC)を買ってみた。CDとそんなに変わらないだろうと思いつつ・・・。

150817momoe まず大好きな「曼珠沙華」を再生してみてビックリ。意外や、素晴らしい音質なのである。冒頭のギターの何と生々しいことか・・・。心に響く! 続いて聞いた「謝肉祭」も同様・・・
今までのCDが、ステレオ装置で聞く室内オーケストラとすると、この山口百恵のハイレゾ音源は、コンサートホールでフルオーケストラを聴いている感じ・・・と言っては言い過ぎか!?

実は自分は、あまりハイレゾ音源は評価していなかった。最初に買ったのが、「運命」の定番、クライバー/ウィーンフィルのWAVのハイレゾ音源。これが自分の駄耳では、CDとの区別が付かなかった。ナーンダ・・・、と第一印象が悪い。続いて買ったカラヤンなどのクラシックのハイレゾのデモ盤も、それほど感激がない。「繰り返して聞こう」と言う気が起こらないのである。
そして、満を持して買った待望の布施明の5.6MHz、DSDですら、最高の音を出すはずが、何とも期待外れ・・・。確かに原理的に音は良いのだろうが、心に響かない。感激がない。
よって、「何だ!ハイレゾ音源もたいしたことはないな・・・」と思い込んでいた。

それがひょんな事で先日、山口百恵のFLAC 96K 24bitのハイレゾ音源を買ったところ、これが素晴らしいのである。CDとの比較は必要ない。心に響くかどうかだけだ。
つられて、他の曲も色々と買ってしまった。どれもFLACだが、山口百恵ほどではないとしても、どれも生々しい音・・・

なぜDSDの布施明が響かないのか? なぜこの山口百恵(だけ?)がすごいのか?これが疑問・・・
レコード会社の、KINGとSONYの違いか? いや、歌謡曲のレコード録音など、同じだろう。そもそも録音スタジオの機器など、そんなに違うはずはない。
レコード会社のハイレゾ化の時の処理? それも、そんなに違いがあるとは思えない。
後から買った倍賞千恵子も、確かに良いが、山口百恵ほど感激しない。

音源の分析は、周波数特性くらいしか自分には出来ない。最初の109秒の分析をしてみた。それがこれ・・・
<山口百恵「曼珠沙華」>
(ハイレゾ音源)(同CD音源)

150817hr1 150817cd1

150817hr2 150817cd2

(それぞれmp3にダウンコンバートして、音量を92dBに調整)
(ハイレゾ音源)(同CD音源)~明らかにCDの高域が高い。

150817hr3 150817cd3

<倍賞千恵子「忘れな草をあなたに」>
(ハイレゾ音源)(同CD音源)

150817wahr1 150817wacd1

150817wahr2 150817wacd2

原理的に、20KHz以下は同じ特性(波形)で、ハイレゾだけ20K以上の成分が多い、という認識だったが、どうもこのグラフをみるとそうではない。横の時間軸を合わせて比べてみても、かなり波形が違う・・・。つまり周波数毎のバランスが違う。
mp3にダウンコンバートして同じ条件でmp3帯域だけを比較してみても、画面を切り替えてみると一目瞭然。CD音源の高域が高いことが分かる。
オリジナルのアナログマスターテープを単にデジタル化しているだけとしたら、同じはずだが、これらFLACの音源が、レコード会社で色々と処理をした結果だとすると、布施明のDSDはむしろマスターと同じ? だからCDと同じように聞こえてしまう?? クラシックも、何もしていないので、CDと同じに聞こえてしまう??
良く分からない・・・

ことによると、自分の再生機のSONYのHAP-Z1ESとの相乗効果??? DSDは何もしていないが、FLACは150817sony1 HAP-Z1ESで色々やっている・・・。そのために、自分の耳には心地よく聞こえる??

改めてHAP-Z1ESのサイトを見てしまった。5.6MHz、DSDとFLACとの処理の違いは何か? 5.6MHz、DSDはスルーでアナログフィルターに行くのに150817sony2対して、PCM系は、「DSDリマスタリングエンジン」と「DSEE(デジタル・サウンド・エンハンスメント・エンジン)」を通っている。
これかな??

自分が聞いている環境は、HAP-Z1ES ⇒ (アンプ)STAX SRM-007tA ⇒(ヘッドホン)同SR-009 という単純システム。自分の「良い音」の定義は「大音量でもうるさくない音」。ボリュームを上げると、ハイレゾ、CD、MP3の違いはハッキリ。MP3などは直ぐにうるさく感じられるが、ハイレゾはさすがに、大音量でもうるさくない(耳にとげとげしく刺さらない)。

とにかく、結果として、布施明のDSD音源よりも、FLACの山口百恵のハイレゾ音源の方が、自分にとっては、感動があった。
お金があれば、布施明のFLACを買ってDSDと比較すれば良いのだが、二重投資をする勇気もない。
ともあれ、この山口百恵で、すっかりハイレゾ音源の虜になってしまった。同じSONYなので、五輪真弓も買ってみようか? キングレコードよりも、自分にとって相性がよいのかも・・・
結局は、アナログテープからハイレゾ音源に変換する時の、マスタリングの妙なのかも知れないが、それがこれほどの効果を上げるとは・・・。山口百恵のハイレゾ化は、誰のマスタリングなのだろう・・・

自分の趣味は歌謡曲を良い音で聞くこと。幸いなことに、良く聞いた1970年代の歌は、全てがアナログマスターの時代。CD規格(44k、16bit)のマスターの音源には期待していない。44Kのハイレゾ化音源は買うつもりはない。しかし、この山口百恵の音源のように、アナログマスターからの色々な歌手のハイレゾ音源の発売は期待される。
森昌子、クールファイブ、小柳ルミ子、ブルーコメッツ、中島みゆき、さだまさし・・・・。昔よく聞いた歌謡曲のハイレゾ音源。先日、五木ひろしが発売になった。まだ“買う決心”は付いていないものの、これから多分続々と発売されるであろうアナログマスターからの昔の歌謡曲のハイレゾ音源。レコード会社にとっても、音源の再活用なのでほとんど費用はかからないだろう。だからどんどん発売して欲しいもの・・・。
我々にとっても、高価な機器に買い換えるよりも、ハイレゾ音源の購入の方が、よっぽど効果が期待できて安上がり。
今後のリリースが楽しみな反面、数千円の音源の購入に「贅沢かな?」とためらっている老人ではある。

(2015/08/20追)
同じSONYレコードの五輪真弓のハイレゾ音源を買ってみた。案の定、山口百恵ほどの違いは感じられない。やはりアナログテープからハイレゾ化するときの、マスタリングの違いらしい。
山口百恵のマスタリングをしたと同じ人のハイレゾ音源を買ってみたいものである。

ここ)に「オリジナルマスターテープから新たにリマスタリングし、ハイレゾ音源として配信。」という記事があった。やっぱり・・・

(関連記事)
歌謡曲のハイレゾと、元気な還暦過ぎの歌手たち

●メモ:カウント~770万

150817ningyo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月15日 (土)

「ちいちゃんのかげおくり」の朗読

先日、NHKラジオ深夜便「アンカー朗読シリーズ 平和を願う物語」(2015/08/03放送)で「ちいちゃんのかげおくり」という朗読を聞いた。
終戦記念日の今日、それを聞いてみたい。

<「ちいちゃんのかげおくり」>

「ちいちゃんのかげおくり」
    あまんきみこ作

「かげおくり」って遊びをちいちゃんに教えてくれたのは、お父さんでした。
出征する前の日、お父さんは、ちいちゃん、お兄ちゃん、お母さんをつれて、先祖のはかまいりに行きました。その帰り道、青い空を見上げたお父さんが、つぶやきました。
「かげおくりのよくできそうな空だなあ。」
「えっ、かげおくり。」と、お兄ちゃんがきき返しました。
「かげおくりって、なあに。」と、ちいちゃんもたずねました。
「十、数える間、かげぼうしをじっと見つめるのさ。十、と言ったら、空を見上げる。すると、かげぼうしがそっくり空にうつって見える。」と、お父さんが説明しました。
「父さんや母さんが子どもの時に、よく遊んだものさ。」
「ね。今、みんなでやってみましょうよ。」と、お母さんが横から言いました。
 ちいちゃんとお兄ちゃんを中にして、四人は手をつなぎました。そして、みんなで、かげぼうしに目を落としました。
「まばたきしちゃ、だめよ。」と、お母さんが注意しました。
「まばたきしないよ。」
ちいちゃんとお兄ちゃんが、やくそくしました。
「ひとうつ、ふたあつ、みいっつ。」と、お父さんが数えだしました。
「ようっつ、いつうつ、むうっつ。」と、お母さんの声も重なりました。
「ななあつ、やあっつ、ここのうつ。」
ちいちゃんとお兄ちゃんも、いっしょに数えだしました。
「とお。」
目の動きといっしょに、白い四つのかげぼうしが、すうっと空に上がりました。
「すごうい。」と、お兄ちゃんが言いました。
「すごうい。」と、ちいちゃんも言いました。
「今日の記念写真だなあ。」と、お父さんが言いました。
「大きな記念写真だこと。」と、お母さんが言いました。

次の日、お父さんは、白いたすきをかたからななめにかけ、日の丸のはたに送られて、列車に乗りました。
「体の弱いお父さんまで、いくさに行かなければならないなんて。」
お母さんがぽつんと言ったのが、ちいちゃんの耳には聞こえました。
ちいちゃんとお兄ちゃんは、かげおくりをして遊ぶようになりました。ばんざいをしたかげおくり。かた手をあげたかげおくり。足を開いたかげおくり。いろいろなかげを空に送りました。
けれど、いくさがはげしくなって、かげおくりなどできなくなりました。この町の空にも、しょういだんやばくだんをつんだひこうきが、とんでくるようになりました。そうです。広い空は、楽しい所ではなく、とてもこわい所にかわりました。

夏のはじめのある夜、空しゅうけいほうのサイレンで、ちいちゃんたちは目がさめました。
「さあ、急いで。」
お母さんの声。
外に出ると、もう、赤い火が、あちこちに上がっていました。
お母さんは、ちいちゃんとお兄ちゃんを両手につないで走りました。
風の強い火でした。
「こっちに火が回るぞ。」
「川の方へにげるんだ。」   
だれかがさけんでいます。
風があつくなってきました。
ほのおのうずが追いかけてきます。
お母さんは、ちいちゃんをだき上げて走りました。
「お兄ちゃん、はぐれちゃだめよ。」
お兄ちゃんが転びました。
足から血が出ています。
ひどいけがです。
お母さんは、お兄ちゃんをおんぶしました。
「さあ、ちいちゃん、母さんとしっかり走るのよ。」
けれど、たくさんの人に追いぬかれたり、ぶつかったり―、
ちいちゃんは、お母さんとはぐれました。
「お母ちゃん、お母ちゃん。」ちいちゃんはさけびました。
そのとき、知らないおじさんが言いました。
「お母ちゃんは、後から来るよ。」
そのおじさんは、ちいちゃんをだいて走ってくれました。

暗い橋の下に、たくさんの人が集まっていました。ちいちゃんの目に、お母さんらしい人が見えました。
「お母ちゃん。」と、ちいちゃんがさけぶと、おじさんは、
「見つかったかい、よかった、よかった。」と下ろしてくれました。
 でも、その人はお母さんでは。ありませんでした。
 ちいちゃんは、ひとりぼっちになりました。ちいちゃんは、たくさんの人たちの中でねむりました。

朝になりました。町の様子は、すっかり変わっています。あちこち、けむりがのこっています。どかがうちなのか―。
「ちいちゃんじゃないの。」という声。ふり向くと、はす向かいのうちのおばさんが立っています。
「お母ちゃんは。お兄ちゃんは。」と、おばさんがたずねました。
ちいちゃんは、なくのをやっとこらえて言いました。
「おうちのとこ。」
「そう、おうちにもどっているのね。おばちゃん、今から帰るところよ。いっしょに行きましょうか。」
おばさんは、ちいちゃんの手をつないでくれました。二人は歩きだしました。
家は、やけ落ちてなくなっていました。
「ここがお兄ちゃんとあたしの部屋。」
ちいちゃんがしゃがんでいると、おばさんがやって来て言いました。
「おかあちゃんたち、ここに帰ってくるの。」
ちいちゃんは、深くうなずきました。
「じゃあ、だいじょうぶね。あのね、おばちゃんは、今から、おばちゃんのお父さんのうちに行くからね。」
ちいちゃんは、また深くうなずきました。
その夜、ちいちゃんは、ざつのうの中に入れてあるほしいいを、少し食べました。そして、こわれかかった暗いぼうくうごうの中でねむりました。
「お母ちゃんとお兄ちゃんは、きっと帰ってくるよ。」
くもった朝が来て、昼がすぎ、また、暗い夜がきました。ちいちゃんは、ざつのうの中のほしいいを、また少しかじりました。そして、こわれかけたぼう空ごうの中でねむりました。

明るい光が顔に当たって、目がさめました。
「まぶしいな。」
 ちいちゃんは、暑いような寒いような気がしました。ひどくのどがかわいています。いつの間にか、太陽は、高く上がっていました。
そのとき、
「かげおくりのよくできそうな空だなあ。」
というお父さんの声が、青い空からふってきました。
「ね。今、みんなでやってみましょうよ。」
というお母さんの声も、青い空からふってきました。
 ちいちゃんは、ふらふらする足をふみしめて立ち上がると、たった一つのかげぼうしを見つめながら、数えだしました。
「ひとうつ、ふたあつ、みいっつ。」
いつの間にか、お父さんの低い声が、重なって聞こえだしました。
「ようっつ、いつうう、むうっつ。」
お母さんの高い声も、それに重なって聞こえだしました。
「ななあつ、やあっつ、ここのうつ。」
お兄ちゃんのわらいそうな声も、重なってきました。
「とお。」
ちいちゃんが空を見上げると、青い空に、くっきりと白いかげが四つ。
「お父ちゃん。」
ちいちゃんはよびました。
「お母ちゃん、お兄ちゃん。」
 そのとき。
体がすうっとすきとおって、空にすいこまれていくのが分かりました。
一面の空の色。ちいちゃんは、空色の花畑の中に立っていました。見回しても、見回しても、花畑。
「きっと、ここ、空の上よ。」
と、ちいちゃんは思いました。
「ああ、あたし、おなかがすいて軽くなったから、ういたのね。」
そのとき、向こうから、お父さんとお母さんとお兄ちゃんが、わらいながら歩いてくるのが見えました。
「なあんだ。みんな、こんな所にいたから、来なかったのね。」
ちいちゃんは、きらきらわらいだしました。わらいながら、花畑の中を走り出しました。

夏のはじめのある朝、こうして、小さな女の子の命が空に。
消えました。

それから何十年。町には、前よりもいっぱい家がたっています。ちいちゃんが一人でかげおくりをした所は、小さな公園になっています。
青い空の下、今日も、お兄ちゃんやちいちゃんぐらいの子どもたちが、きらきらわらい声を上げて、遊んでいます。」

自分はこの物語を初めて聞いたが、この「ちいちゃんのかげおくり」は、小学校三年生の国語の教科書に載っているのだそうだ。つまり、今の子どもたちは、皆知っている話・・・。

戦争で家族がバラバラになって死んでいき、天国で再会するという。そう言えば、今日はお盆。今日は19年前に亡くなった親父の命日。親父もこの辺に来ているのか・・・?
お盆と言えば、子どもの頃に、お袋がキレイな行灯(あんどん)を飾っていたことがあった。
「お盆って何?」と聞くと、亡くなったご先祖が戻ってくるのだという。子ども心に、何か神秘的なものを感じた記憶がある。

戦争でたくさんの人が亡くなり、70年経った今、また戦争の足音が聞こえてならない。
さっき見たテレビで、瀬戸内寂聴さんも「今、昭和17年頃の雰囲気がする。戦争の靴音が聞こえるようで・・」と言っていた。

朝日の夕刊を見ると、「70年、過ち二度と 天皇陛下「大戦に深い反省」 首相、加害責任また触れず 戦没者追悼式」という見出し。
「戦後70年の終戦の日となった15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館(東京都千代田区)で開かれ、約310万人の戦没者を悼んだ。安倍晋三首相は式辞で「戦争の惨禍を決して繰り返さない」とする一方、アジア諸国への加害責任には今年も触れなかった。正午の黙祷(もくとう)に続き、天皇陛下は「おことば」で「さきの大戦に対する深い反省」と、追悼式では初めての表現を使った。」
という記事を読むと、安倍首相の戦争への暴走に、天皇が必死に止めようとしているように見えて仕方がない。

戦争は、数え切れない「ちいちゃん」を生む。
あの悲惨な戦争を風化させないため、もういちど戦争が何を生むのかを考えたい。

150815futaride <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月14日 (金)

「戦後70年 終戦伝えた極秘送信所」

明日は、終戦記念日。70年目である。
先日の日経にこんな記事があった。
戦後70年 終戦伝えた極秘送信所
   玉音放送、世界に 神奈川山中のトンネル利用

 1945年8月15日正午からの終戦の玉音放送は、ほぼ全世界に放送されていた。中国大陸や南方などの軍・在留邦人のほか、南米などの日本人移民にも終戦を知らせるためだった。その電波を発信した極秘の防空送信所が神奈川県の山中にあった。送信所の存在は昭和史の文献でもほとんど触れられていない。
 この送信所は国際電気通信の「足柄送信所」。国際電気通信は政府・軍の国際電信のための設備建設と保守を行う半官半民企業だった。太平洋戦争末期の44年初め、本土空150814housou1 襲の本格化は必至とみた軍、情報局、通信省が必要最小限の送信機を確保するため防空送信所を計画。耐弾式送信所として足柄、隠蔽式送信所として多摩送信所が建設されることになった。
 足柄送信所は御殿場線の廃止トンネルを利用して造られた。神奈川県山北町の谷峨駅の北西約300メートルの場所で、現在トンネル内は何もなく、周囲は雑草で覆われている。
 送信所は44年6月着工、11月に電波を送信し始めた。トンネルは長さ275メートル。岩盤が30メートル以上あり、爆撃に十分耐えられるとみられた。150814housou2 ただ、幅が3.4メートル、高さ4.5メートルとうなぎの寝床のように狭かったため、電話・電信送信機などの機器を設置すると、通路は1人がようやく通れる程度だった。
 45年8月10日、ポツダム宣言受諾の海外送信を多摩送信所が担い、同月15日の昭和天皇の終戦玉音放送の送信は足柄送信所で行うことになる。
 「戦時下の小田原地方を記録する会」の香川芳文さんが2004年、同送信所で勤務していた細谷覚さん(故人)から聞き取った調査によると、東京・内幸町にあった放送会館から電話連絡線を通じて送られてきた放送を増幅して電波送信していた。
 細谷さんは「終戦前夜、放送会館からの放送が終わると同時に、あすは午前4時半に送信準備をするようにと言われ、朝から待っていたがプロ(番組)が来なかった。軍の反乱が起きて、録音盤が奪われそうになった影響だろうか」と話していたという。
 細谷さんによると、8月15日当日は「天皇の声が入るんだからしっかり調整しろよ」と指示があり、現場では「ソ連への宣戦布告じゃないか」という臆測もあったらしい。また、8月14日以前から日本放送協会のアナウンサーが送信所の一室に待機していたが、実際の放送時に何をしていたかはわからなかった。
 玉音放送後は上司が真っ青な顔で「負けた」と言ったことと、女性の職員が泣いていたのが印象深かったと細谷さんは話していたという。
 細谷さんは香川さんの聞き取りに対し、玉音放送の送信先が「(中国大陸の)新京・上海向け」と話していたというが、『国際電気通信株式会社史』は同通信所の送信方面を中国大陸のほかに欧州、南米、北米中部、ボンベイ(現ムンバイ)、シンガポールとしている。
 日本放送協会編『放送五十年史』には「(玉音放送が)八月十五日以降も数日間にわたり海外放送で送出された。詔書は各国語に翻訳され、時差を考慮して順次放送された。翻訳の国語は二十数か国語に達した」と記されている。(編集委員 井上亮)」(2015/08/13付「日経新聞」p31より)

戦時中の放送が、どのように行われていたのか? 自分は興味はあったものの、特に調べもしなかった。それがこの記事で、少し分かった。
やはり送信所も疎開していたのだ。

戦時中の、国民への情報提供は、即時性から言って、やはりラジオ放送。もし空襲などで送信施設が壊滅すると、国として目が見えない状態に陥ってしまう。その貴重な送信機はトンネルの中にあったとは・・・

先日、NHKラジオ深夜便で、「特集・昭和史を味わう・アンコール「昭和と共に歩んだラジオ~戦前編」ノンフィクション作家・評論家…保阪正康」(2015/08/03放送)を聞いていたら、保阪正康さんがこんなことを言っていた。
「ラジオの歴史は昭和の歴史と一緒だと言ったが、ラジオの昭和の初期の歴史は戦争の歴史になってしまう。その初期、ラジオがちょうどメディアとして発達して行く時に、戦争に出会ってしまった。ラジオは戦争に利用された、というのが正直なメディアの姿だと思う。その頃のことを書いているラジオの研究書やラジオの歴史の本を読んでいくと、正直にその事を書いている。例えば、戦争が始まる前までは、冷静に落ち着いてなるべき感情を出さないようにニュースを読む、というのが、戦争が始まってからは、出来るだけ感情を出せと。アナウンサーと言えども国策の宣伝員なのだから情熱を込めて話せと、役割が変わって行った。その意味で言うと、ラジオの発達史というのは、期せずして昭和の歴史が背負い込んだ政治的な制約を証明したことになるのかも・・・」

この中で「アナウンサーと言えども国策の宣伝員なのだ」という言葉が重たい。
当時のNHKは、不偏不党の公共放送でも何でもなく、単なる国の広報機関だったわけで、新聞と違って、軍の言う通りで、法人としての意志も無かったのだろう。

ところで、今日はこんなニュースも流れた。
「安倍内閣は14日、戦後70年の首相談話(安倍談話)を閣議決定した。戦後50年の村山談話、60年の小泉談話に盛り込まれた「植民地支配」「痛切な反省」「侵略」「心からのおわび」といった文言を使う一方で、歴代内閣の方針を引用するなど間接的な表現が目立ち、首相自身の考えは見えにくい内容となった。・・・」(朝日新聞から)

内閣支持率の急落を受けて、「4つの言葉を使えばいいんだろ!」と開き直った感じ・・・。
そう、その調子で、安保法案も取り下げれば良いのに・・・

毎年、戦争を思い出す、暑い夏である。
(そして、明日の8/15、終戦記念日は親父の19回目の命日でもある。合掌・・・)

150814asu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月12日 (水)

誤りがちな日本語表現(2)~読み方

昨日の続き。
先日の日経新聞にこんな記事があった。読み方の誤りの話である。

正しく言える? 誤りがちな日本語表現
<惜しい!その読み方>

1位「いっせい一代」正答率24.4% ~正解「いっせ一代」
 「一世一代」とは一生に一度だけあること。役者が引退するときに仕納めとして演じる晴れ舞台のことなどを言い、「いっせ」が正しい読み方だ。正答率は60代の約31%が最高。歌舞伎などに触れる機会が多かったためかもしれない。20~30代の正解者は5人に1人もいなかった。

2位「きらぼしのごとく」正答率27.9% ~正解「きらほしのごとく」
 「綺羅(きら)」は美しい衣服のこと。「綺羅星(ほし)のごとく」は綺羅が夜空にまたたく星のようにたくさんある意味になる。「きら星」という星ではない。 20代は約34%が正解。一方、50代は26%、60代は24%にとどまった。

150812kotoba2 3位「上意げたつ」正答率29.2% ~正解「上意かたつ」
 「上意」は上の者の意思や命令。「下達」(かたつ)は下に伝えて意思疎通をはかること。20代の約39%、30代で40%が正解した。 50代は25%、60代は19%。うっかり「上意げたつ」などと話せば、若手の戸惑いは大きそう。

4位「すどく」正解率46.4% ~正解「そどく」
 「素読」は文章の中身を気にせずに音読すること。時代劇で子供が「子、のたまわく」と読む場面がそれだ。正答率は20代が最も高く、50%に達した。

5位「じゅっしに余る」正答率52.0% ~正解「じっしに余る」
  「十指に余る」は10本の指で数えきれないこと。「十進法」「十戒」「十傑」「十返舎一九」も「じっ」と読むのが正しい。

6位「したづつみを打つ」正答率63.6% ~正解「したつづみを打つ」
 「舌鼓を打つ」はおいしさに舌を鳴らすという意味。「したつづみ」が正しいが「したづつみ」も広がりつつある。

7位「はすに構える」正答率64.4% ~正解「しゃに構える」
 「斜に構える」は剣道で刀を斜めに構えること。転じて物事にずれた対応の仕方をすることを言う。「しゃ」と読む。

8位「だいがえ案」正答率67.0% ~正解「だいたい案」
 「代替わり」とはいうが、代替は「だいがえ」と読まない。ただ、一部の会社や業界では「だいがえ」が主流のことも。

9位「ありえる」正答率69.1% ~正解「ありうる」
「あり得る」の読みは「ありうる」が正解。とはいえ「ありえる」と読む人も増えており、将来は主流になるかも。

10位「ねんぼう」正答率74.1% ~正解「ねんぽう」
 「年俸」の「俸」を、「棒」と書き間違える人がいる。そのためか「ねんぼう」と読み違える人は少なくない。」(
2015/08/01付「日経新聞」s1ここより)

これも順に見ていこう。
○1位の「一世一代」は、やはり「いっせ一代」でしょう。自分も正解。
×2位の「きらぼしのごとく」は、正解が「きらほしのごとく」だって・・・「きらぼしのごとく」の方が言い易いのだが、ダメかね・・・
×3位の「上意げたつ」の正解は「上意かたつ」だって? いや「げたつ」でしょう!!
×4位の「素読」は「すどく」でなくて、正解は「そどく」だって? いや「すどく」でしょう。ダメだなこりゃ・・・
×5位の「十指に余る」は、「じゅっしに余る」で何が悪い? これこそ言い掛かり・・・!!
×6位の「舌鼓を打つ」も、「したづつみを打つ」でいいじゃないか・・・。確かに漢字ではそうだけど・・・
×7位の「はすに構える」とは良く言うが、「斜に構える」と漢字で書くと、「ななめに構える」と読みたくなる。少なくとも、自分は「しゃに構える」とは言わないな・・・
○8位の「代替案」は、自分も正解の「だいたい案」と言っているが、「だいがえ案」でも通じる。
×9位の「あり得る」は、普通に読むと「ありえる」なんだけど・・・
○10位の「年俸」は「ねんぽう」でこれは自分も間違いない。正解。

つまり、3勝7敗・・・
自分の国語力はこんなもの・・・
これでは「blogなんて書く資格ないな・・・・」と反省中!!

150812machigai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月11日 (火)

誤りがちな日本語表現(1)~慣用句

先日の日経新聞にこんな記事があった。慣用句の誤りの話である。

正しく言える?誤りがちな日本語表現
とかく日本語の表現は難しい。大人でも日ごろ間違った言い方をしていたり、漢字を読み違えていたりすることが少なくない。そこで、間違えやすい表現の解説書などをもとに二者択一の問題を作り、インターネット上で幅広い世代の男女に解答してもらったところ、正解が30%に満たない表現がたくさんあった。
正答率高いのは今どきの若者
 慣用表現には「声をあらげる」「はす(斜)に構える」など、本来の使い方と異なる言い回し150811kotoba1 がそのまま広まり、定着し始めたものもある。そうは言っても仕事など大事な場面で恥をかいていることもあり得る。しっかり、本来の使い方はおさえておこう。
 意外に感じるかもしれないが、調査の全問題合計の正答率が最も高かったのは20~30代だ。就職などのため、試験や面接に備えて懸命に学んだ人が多いようだ。一方、一番間違いが目立ったのは50~60代。「今どきの若者は……」などとは、とても言えない結果になった。家族や友人と過ごすことが多いこの時期、ランキングを参考に互いをチェックして、楽しく正しい表現を身につけよう。

<慣用句~似ているけど違う>
1位「間が特たない」正答率14.3% ~正解「間が持てない」
 「間か持てない」は、時間をもてあましてどうしたらよいかわからない、あるいは、会話などをうまくつなぐことができないという意味。ほとんどの辞書に「間か持てない」と載っているが、一部に「間hs持たない」を載せる辞書も出てきた。 20~30代の正答率は10%程度。若い人ほど本来間違いの「間が持たない」を使っていた。

2位「足元をすくわれる」正答率14.7 % ~正解「足をすくわれる」
 「すきを突かれて失敗させられる」という意味。足はすくえるが、足元はすくえない。ほかに「足元を見る」(相手の弱みにつけこむ)という慣用表現があり、混同しやすいので注意。正答率は最も高い20代が約18%、最低は40代で11%だった。

3位「声をあらげる」正答率24.3% ~正解「声をあららげる」
 漢字で書くと「荒らげる」。読み間違えて「あらげる」と言う人が多い。正答率は60代の約26%が最高。20代は22%と最低だった。若い世代ほど「あらげる」派が目立つようだ。

4位「采配を振るう」正答率29.6% ~正解「采配を振る」
 采配は柄に紙などの房を付けた道具。武将が戦場での指揮に使った。振れば全軍に指図できる。大きく振るっては部下が混乱する。

5位「新規巻き返し」正答率29.8% ~正解「新規蒔き直し」
 「種を蒔(ま)いたが芽が出ないので蒔き直す」から生まれた言葉。劣勢から反撃に転ずる「巻き返し」と混同しやすい。

6位「しかめつらしい」正答率31.0% ~正解「しかつめらしい」
 「しかつめらしい」は「まじめくさって堅苦しい感じがする」などの意味。「しかめっ面」とは全く異なる。

7位「怒り心頭に達する」正解率31.3% ~正解「怒り心頭に発する」
 「心頭」は心の中のこと。怒りが心の底からこみあげる状態を表す。怒りのボルテージが高まることではない。

8位「押しも押されぬ」正答率35.0% ~正解「押しも押されもせぬ」
 堂々として揺るぎない状態をいう。ほぼ同じ意味の表現「押すに押されぬ」と混同して誤りやすい。

9位「熱にうなされる」正答率40.6% ~正解「熱に浮かされる」
 夢にうなされても熱にはうなされない。「熱に浮かされる」は高熱でうわ言をいう、他事を忘れ夢中になる意味。

10位「目鼻が利く」正答率41.3% ~正解「目端が利く」
 目が利く、鼻が利くとはいうが、目鼻が利くは誤り。「目端が利く」は機転がきくという意味。混同に注意。」(2015/08/01付「日経新聞」s1より)

順に見ていこう。
○1位の「間が特たない」は自分も使う。よって正解。
×2位の「足元をすくわれる」は自分も使うな・・・。理屈的に「足をすくわれる」が正解なのは分かるが・・・
△3位の「声をあらげる」はほとんど使わない。まして正解の「声をあららげる」も使ったことはない。
×4位の「采配を振るう」は、そうじゃないの?? 正解が幾ら「采配を振る」なんたって、相手に通じないでしょ!
○5位の「新規巻き返し」なんて知らない。やはり正しい「新規蒔き直し」でしょう。
△6位の「しかめつらしい」「しかつめらしい」はどちらも使わないので関係無し。
×7位の「怒り心頭に達する」の正解は「怒り心頭に発する」だというが、どうも“達したい”感じ・・・
○8位の「押しも押されもせぬ」はそうでしょう。これは自分も正解。
○9位の「熱に浮かされる」もそうでしょう。自分も正解。
×10位の「目鼻が利く」の正解は「目端が利く」だって?? そりゃやっぱり「目鼻が利く」でしょ!

ここで大事なのは、相手にちゃんと通じるか・・・であ~る。
幾ら文学的に誤った慣用句を使っていても、相手が同じ間違いをしていれば、ちゃんと通じるのであ~る。
幾らこんな記事で教わっても、「目鼻が利く」を「目端が利く」になんて、サラサラ言い変える気のない自分なのである。もちろん「采配を振るう」って、「足元をすくわれる」ことがあっても・・・である。

150811nissin <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月10日 (月)

カレーをおいしくする4種の神器は「ニンニク、唐辛子、バター、蜂蜜」

今晩の我が家のメニューはカレー。
どこでもそうだろうが、実は自分は我が家のカレーが一番好き。外食で食べるカレーは、何となく違和感がある。
そんな我が家のカレーだが、今日のカレーは、先日ラジオで聞いてカミさんに教えてあげた隠し味、つまりニンニク、唐辛子、バター、蜂蜜の4つを全部入れたという。
さてそのお味は???
これがなかなかのもので、少し寝かし足りないが、深みは増したような・・・

さて、そのラジオ番組とは、NHKラジオ深夜便“ないとエッセー「カレーに恋して」カレー研究家…水野仁輔”(2015/07/29放送)。
少し聞いてみよう。カレーを美味しく作りたい方は、この12分を聞いてみて下さい。

<「カレーに恋して」カレー研究家・水野仁

カレーは日本で150年の歴史があるそうだが、美味しく作るポイントは、
・タマネギを飴色になるまでよく炒めると甘くなる。最初は強火で。
・長時間煮込む。
・スパイスをたくさん使う。
・何日間も寝かせる。時間を置くことで、尖った味わいに丸みが出る。家庭では、作って直ぐに食べるのではなく、30分~1時間置いておいて、温め直して食べると味がまろやかになる。
・隠し味は、チョコレートを使うこともある。
・カレーをおいしくする4種の神器は「ニンニク、唐辛子、バター、蜂蜜」

だそうだ。

カレーだと、自分はいつも食べ過ぎてウンウンうなる。だから今日は少し控えめに・・・

食べながらTVニュースを見ていると、いよいよ川内原発が稼働するという。3.11の福島原発の事故の際、非常食はカレーしかなかったので、現場の人は毎日カレーを食べていたという。
料理の中でも、色々な事を思い出させるカレー。
昔は、お袋が小麦粉を溶いて作っていたが、今はルーで、オシマイ。つまり家庭での味が同じになっているのかも・・・
そこで登場するのが隠し味、ということか・・・。
何とも奥が深いカレーではある。

(関連記事)
日本式カレーライスの歴史

150810esakureru <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月 9日 (日)

ボニージャックスの「緑の雨江の島」

最近、MDの整理をしている。つまり、カセットの次の世代だったMDである。
その整理の過程で久しぶりに、このボニージャックスの「緑の雨江の島」を聞いた。

<ボニージャックスの「緑の雨江の島」>

「緑の雨江の島」
  作詞:赤城芙士夫
  作曲:磯部 俶

緑の緑の 雨がふる江の島
想い出は遠く
さよならの風の中で
わたしの肩を抱いて消えた人

ああ ああ 石の段ひとつひとつに
夏の日の 夏の日の
ちぎれた愛が よみがえる

ささやくささやく 声がする江の島
想い出は遠く
さよならを告げる雨に
黄色い傘をさして消えた人
ああ ああ 稚児ヶ淵霞む波間に
夏の日の 夏の日の
崩れた影が よみがえる

涙に涙に つつまれた江の島
想い出は遠く
さよならの言葉もなく
小さな舟にゆられて消えた人
ああ ああ 東浜白い渚に
夏の日の 夏の日の
むなしい夢が よみがえる

何と叙情的な旋律か・・・・。
メモによると、この歌は、1993年08月22日にFM放送からカセットに録音し、それをその後MDにダビングしたものだった。
この歌については、Net上にもほとんど情報が無い。唯一あった断片は、・・・
「ボニージャックス「緑の雨江ノ島」自主盤~磯部俶
シングルレコード/7インチ盤 
1983年発売。ビクター音産委託製作による、自主制作盤。両面:磯部俶作曲。」

つまり公式には発売されていないようだ。

またwikiによると・・・
「磯部 俶 (いそべ とし、1917年7月24日 - 1998年11月25日)は、日本の合唱指揮者、作曲家である。」
「男声クァルテット ボニージャックスは、磯部俶が名付け親であり、メンバー4人の結婚式の媒酌人は全員磯部夫妻が務めたという。」

そして『緑の雨江の島』(女声、詞:赤城芙士夫)とあるので、この歌は女声合唱の歌だったらしい。しかしYoutubeでもヒットしない・・・

自分は、アナログレコードも含めて、音楽のメディアは一切棄てていない。だからMDディスクも、FMから音楽を録り貯めたものが100枚以上残っている。
先日、自分が愛用しているSONYのHDDレコードプレヤーNAC-HD1から、PCM音楽データを抜き出す方法を会得してから(ここ)、もっぱらこの機械を一保管場所として使っている。つまりFMチューナーから、これに録音しておいて、そこからPCMデータを取りだして、愛用のSONY HAP-HD1にデータを転送して聞いている。
MDも同じで、先日ヤフオクで安くMDデッキを手に入れ、光のデジタル信号でNACに送って録音し、そこからPCM音源を取り出している。

昔、ウォークマンのMP3で聞いていた時には、これらの音源はすべてMP3化した。しかし、比べてみると、やはりオリジナルのMDの方が音が良い。MDは2000年から使い出している。当時のFMチューナーは、TRIOのKT-5000というバリコン型。しかし2000年9月に壊れ、ほとんど検討せずにSONYのST-S510という安いFMチューナーを買った。
それでも、MP3に比べると音は良い。

MDはもっぱら車で聞いていたっけ。昔の車はカセットとMDとがあり、良く聞いた。今はもっぱらウォークマンだが、まさに自動車通勤と電車通勤で自分の音楽スタイルも変わった。
だから、MDのどの曲を聞いても、馴染み・・・。車で聞いたせいだ・・・

しかしMDからの“新音源発見”が多い。つまり、カセットやMDに録音していた楽曲が、結構未だにCD音源を持っていないものが多いのだ。
よって、FM放送からせっせと集めている音源よりも、よっぽど効率よく新音源を見付けている。

最近、自覚する。自分の趣味は、音楽を聞くことよりも、“音源ファイル収集家”だということを!

150809sakaagari <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月 7日 (金)

「腸内細菌で体が変わる?」

先日の日経に、こんな記事があった。
腸内細菌で体が変わる?
 私たちの腸内には全身の細胞よりもはるかに多い数の細菌がすみ、増殖を繰り返している。「腸内細菌叢(そう)と呼ぶ、この集まりが下痢や便秘などの便通異常だけでなく、全身の健康状態や病気にまで関係することが最近の研究で明石かになってきた。病気の人に健康な人の腸内細菌を移植する治療法も登場し、注目されている。

健康な人から移植 腸炎改善も
 腸内細菌の種類は数百種以上、数は100兆個にも及ぶ。大きく分けると、ビフィズス菌など体に良い働きをする善玉菌、ブドウ球菌などの悪玉菌、連鎖球菌など体が弱った時に悪さをする日和見菌がある。健康な人と腸や全身の病気のある人とでは、これらのバランスや種類の多さなどに違いがあることが分かってきた。
 この数年、健康な人の細菌を患者に移植して、腸炎を治そうという試みが注目されている。きっかけは2013年に米国医学雑誌に発表された、オランダの研究チームの論文だ。
抗菌剤の長期使用で細菌バランスを崩しひどい下痢になる「クロストリジウム・ディフィシル菌感染腸炎」の患者に、健康な人の腸内細菌を注入する「腸内細菌移植療法(FMT)」を実施したところ、9割以上が治ったという。従来の薬による治療法では3割程度の治癒率だった。

国内で臨床試験
 日本でも臨床試験が始まっている。順天堂大学消化器内科では、14年6月から20歳以上の潰瘍性大腸炎の患者を対象に実施している。大腸の粘膜がただれて潰瘍ができる炎症性の腸の難病で、下痢や血便、発熱などが続く。責任者の石川大助教は、「30人に実施し、7割程度の治療効果を確認した。トラブルや副作用もない」と手応えを感じている。
 同科では移植をする前に、患者にまず3種類の抗菌剤を2週間服用してもらい、腸内の悪150807saikin1 い細菌環境をリセッ卜する。「移植単独よりも、この抗菌剤を飲むのを組み合わせた方が、効果的に腸内細菌叢を改善できることが分かった」(石川助教)
 移植する細菌のもとは、患者の家族から提供される便。提供者は血液検査や便検査を受け、感染症や寄生虫などの問題がないことを確かめておく。提供された便を生理食塩水で溶かして、フィルターで粗いカスをこすなどの処理をし、大腸内視鏡を使って患者の盲腸周辺に注入する。
 便は生きた腸内細菌の集まりだ。抗菌剤で除菌をすると腸内からはいったん、悪い菌だけでなく、良い菌もほとんどいなくなる。その後に健康な人の膨大な数の腸内細菌が注入されると、腸内環境が大きく変わる。

免疫に影響も
 腸内細菌が変わると、免疫の働きにも影響が及ぶという。「抗菌剤の服用によって腸内細菌数が大幅に減少したところに、数兆個もの細菌が一気に入り込む。この劇的な変化が、潰瘍性大腸炎の原因とみられる、異常な免疫の働きを改善する可能性がある」と石川助教はみている。
 下痢で1日13回ほどトイレに駆け込んでいた患者が、移植を受けて2ヵ月後には症状が落ち着き、排便回数が同1、2回に減ったという例もある。一方で効果が無い人がいるのも事実だが、「今後はさらに50人ほどに実施して、効果やメカニズムを調べる」(石川助教)。なお、同様の研究は現在、慶応義塾大学、滋賀医科大学でも実施している。
 慶応大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任准教授は、「腸内細菌叢は、腸管の細胞と共に複雑な腸内生態系を作り、免疫系や神経系、ホルモン産生などにも関わる。もはや一つの“臓器”」と話す。
 腸内細菌叢のバランスの乱れは大腸炎や大腸がんなどの腸の病気にとどまらず、肥満やアレルギー、肝臓がん、糖尿病、動脈硬化症などにかかわることがわかってきた。細菌150807saikin2 叢を良いバランスにすることが病気予防につながる。普段から腸によい食事を心がけることが大切だ。
 乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌は、ヨーグルトや発酵食品などに多い。一方、腸内で善玉菌のエサになる食品にはオリゴ糖や食物繊維がある。特に水溶性食物繊維を分解して作られる成分が注目されている。
 「いろいろ試し、自分の腸と相性の良いものを見つけるといい。最初の数日間は腸内細菌叢が変わる途中段階なので、お腹がゴロゴロすることもあるが、続けるうちに安定する。1週間は続けてみてほしい」と福田特任准教授。排便の回数や形、臭いなどの状態が良い方向に変化したら、腸内環境がよくなった証拠だという。(ライター佐田節子)

便の色や臭いで環境チェック
 腸内環境の良しあしを普段から把握するには、便の状態をよく見ることだ。「定期的に排便があり、色が黄色っぽく、形がバナナ状なら、よい腸内環境と思っていい」と福田特任准教授。
 臭いが強いから腸内環境が悪いとは必ずしも言えない。例えば腸内細菌が作り出す酪酸という物質は、ギンナンと同じ臭い成分だ。「酪酸は過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞を増やし、アレルギーや大腸炎を起きにくくする」 (同准教授)
 腸内細菌は食物繊維を分解して酪酸や酢酸、プロピオン酸などを作り、これらが健康に貢献する。ただし、卵が腐ったような臭いは悪玉菌による腐敗臭。注意したい。」(2015/08/01付「日経新聞」s7より)

この治療法は、前にラジオ深夜便で聞いたことがある。言われてみると、なるほど・・・という話。

前に「良いウンチと悪いウンチ、どう見分ける?」(ここ)という記事を書いた時に、
「仮に、1日の排便量を200グラムとして計算すると、160グラムは水。残りの40グラムが「腸内細菌」「腸粘膜の細胞」「食べカス」となる。この3つはそれぞれ10~20グラムといったところだろう。
 中でも重要なのが、腸内細菌。腸の中には総量1キロほどの細菌がすみ着いている。菌の種類は数百種にのぼる。その一部が、ウンチにも出てくるわけだ。」

という話があった。
つまり、便の10%位は、細菌だという。それに1キロの細菌が体内に住み着いているとはオドロキ。
動物の食糞(しょくふん)も、親が持つ腸内細菌を貰う行為、と聞いたことがある。この治療法も同じで、臓器の移植と違って、拒絶反応も少ないのであろう。

自分にも、親戚に潰瘍性大腸炎の人がいるが、でも勧めるのは難しそう。
人体に有害な薬(化学)に頼らず、このようなアナログ的な治療法は、安心。もっと普及すれば良いのに・・・

150807kikann <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月 4日 (火)

2100年の世界の人口順位ベスト10

先日の日経新聞にこんな記事があった。
世界の人口、2100年に100億人超 国連予測、日本は8300万人に落ち込み
 【ニューヨーク=高橋里奈】国連は29日、世界の人口が2100年に112億人に達するとの報告書を発表した。15年現在の人口は73億人で、50年には97億人に増えると予測。22年にはインドが中国を抜き、世界最大の人口を誇る見通しだ。最も速く人口が増えるのはナイジェリアで、50年までに米国を抜き中国に次ぐ3位になるとした。日本は現在の11位(1億2700万人)から2100年に30位(8300万人)に落ち込むという。
150804jinko  予測によると、2100年のインドの人口は16億6千万人で、2位の中国は10億400万人となり、両国で世界人口の24%を占める。3位はナイジェリアで7億5200万人。米国は4億5000万人になるとみる。アフリカで人口が急増しており、上位10カ国のうち5カ国をアフリカ諸国が占める。
 欧州やアジア、中南米を中心に高齢化が急速に進み、世界の60歳以上の人口は50年までに2倍、2100年までに3倍に膨らむという。世界の平均寿命は10~15年に70.5歳だが95~2100年には83.2歳に延びる見通し。日本は83.3歳から93.7歳になるという。」(2015/07/30付「日経新聞」p6より)

<2100年の世界の人口順位(対2010年)>
①インド(② 12億2451万人⇒16億6000万人)
②中国(① 13億5794万人⇒10億400万人)
③ナイジェリア(⑦ 1億5842万人⇒7億5200万人)
④米国(③ 3億1455万人⇒4億5000万人)
⑤コンゴ(20位 6596万人⇒ 3億8900万人)
⑥パキスタン(⑥ 1億7359万人⇒3億6400万人)
⑦インドネシア(④ 2億3987万人⇒3億1400万人)
⑧タンザニア(32位 4484万人⇒2億9900万人)
⑨エチオピア(14位 8294万人⇒2億4300万人)
⑩ニジェール(64位 1551万人⇒2億900万人)
(31)日本(⑩ 1億2653万人⇒8300万人)

ちなみに、現在は・・・
<2010年の世界の人口順位>~wikiより
①中国(13億5794万人)
②インド(12億2451万人)
③米国(3億1455万人)
④インドネシア(2億3987万人)
⑤ブラジル(1億9494万人)
⑥パキスタン(1億7359万人)
⑦ナイジェリア(1億5842万人)
⑧バングラデシュ(1億4869万人)
⑨ロシア(1億4295万人)
⑩日本(1億2653万人)

ベスト10だけ見ても、激変である。
それにしても、アフリカの人口増は爆発的。
倍数で見ると、3位のナイジェリアの4.7倍など可愛い方で、5位のコンゴは5.9倍、8位のタンザニアは6.7倍、10位のニジェールは、何と13.4倍。
でもナイジェリアの、1.5億人が7億人に増えるというのは、絶対数で、気が遠くなる・・・

減る方では、日本が66%に減るが、中国も74%に減る。お隣の韓国も減るだろうが、数字がない。

それと、2100年には日本の平均寿命は93.7歳になるという。つまり、100歳以上の人がゴロゴロ・・・。ここまで来ると、素晴らしいというよりも、怖い。
自分的には、100歳以上の人が溢れている国よりも、若い女性が多い国の方がいいな~~~!???

150804fumu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月 3日 (月)

意外に短い「健康寿命」

先日、日経でこんな記事を見付けた。
意外に短い「健康寿命」 50代早期退職の現実味
  サラリーマンの退職お金マニュアル(1)
 高年齢者雇用安定法の改正で、10年後の2025年までに全ての企業は希望する従業員を65歳まで雇用することが義務付けられる。「あと何年働かなければならないのだ」とため息をつく人たちもいるだろう。退職後のそろばん勘定について調べてみた。

 もしあなたが宮仕えなら、今の仕事を今のペースで何歳まで続けるのだろう。定年の60歳、それとも雇用延長で65歳だろうか。
 世界屈指の長寿国である日本の場合、平均寿命は男性が約80歳、女性が約87歳。余生と言うにはあまりに長い時間が定年後には控えているといわれる。だから働ける間は働きなさい。それが今時の常識だ、とも。

平均寿命よりも「健康寿命」を意識せよ
 だが、退職後の人生をデザインする時、忘れてはならないのが「健康寿命」だ。健康上の問題がなく日常生活を普通に送れる状態が幕を閉じる平均年齢で、日本の場合、男性が約71歳、女性が約74歳。平均寿命に至るまでの時間は、介護など人の助けが必要になる可能性が高い。

150803oiraku1 (老後30年時代などといわれるが、雇用延長で65歳まで働いた場合、退職後の元気な期間は男性6年、女性9年しかない
出所:厚生労働省の「平成25年簡易生命表における平均寿命」および厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会の「第2回健康日本21(第二次)推進専門委員会」資料)

 これら人生のステージを棒グラフで見てみよう。65歳まで働いたとしよう。年金を受け取りながらセカンドライフを満喫できる期間は男性6年、女性9年だ。これは平均なので、もっと長期間、楽しい年金生活を送れるかもしれない。だが、もっと短い可能性もある。
 健康寿命を延ばすには働き続けるのが一番だという。老後にもお金は必要だ。だが、雇用延長や生涯現役社会といった言葉に急かされて漫然と働き続け、動けなくなったら要介護生活、という人生の最期も悲しい。

■退職戦略を考えよう
 ずっと働きたい人はさておき、優雅なセカンドライフに憧れ、できるだけ長い期間、その生活を楽しみたいと願うなら、早期退職も含めた退職戦略が必要になりそうだ。退職後の生活を賄えるだけの収入や貯蓄が確保できれば、早期退職するのもいいし、働く目的を収入から興味、やりがいに移してもいいはずだ。

150803oiraku2  だが、退職後の家計は未知の世界。収入はどの程度あればいいのか、いくら貯蓄があれば辞められるのかなど、見通しを立てるのは難しい。

 そこで日経マネー誌は、50代で会社を辞め、一足先にセカンドライフに漕ぎ出した早期退職者に取材を敢行。退職の動機や退職時のお金周りの状況、資金計画、現在の生活などを次回紹介する。(日経マネー 本間健司)[日経マネー2015年7月号の記事を再構成]」(ここより)

またこの話だ・・・
「健康寿命」か・・・

「健康寿命」については、今までも何度か書いてきた。(ここ)を改めて読むと、大阪市の男性は、68.15歳だという。何と、自分はあと半年も無い!
もちろん平均など、あまり意味は無い。しかし、だ・・・

何度か書いているが、最近の左腕の「七十肩」が手強い。
朝の目覚めもあまり良くない。それにこの所、寝ているときにエアコンで冷やしすぎているためか、お腹の調子も・・・??

ウチのカミさんは、人体の絵を描いて、自分の悪い所を矢印で記している。先日、もう一項目増えた。(どこが増えたかはヒミツ・・・)顔から足まで、絵を描くと、それはもう色々とトラブルを抱えている。
自分は?と言うと・・・、とても怖くて書けない・・・。特に絵に描くなど、怖くて・・・

加齢に伴い、段々と、そして確実にトラブル箇所が増えている。
まだ歩けるウチに、旅行を・・・と思ってはいるのだが・・・

毎回気になる「健康寿命」という言葉ではある。

150803cooler <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月 1日 (土)

宮内庁が「玉音放送」原盤と「御文庫附属室」を公開

今朝のNHKニュースも新聞も、今朝5時に公開になった「玉音放送」原盤と「御文庫附属室」についての記事が詳しかった。
自分も朝日と日経の記事をじっくりと読んだ。

まず玉音放送。正直、全文を意味を考えながら聞いたのは初めてかも・・・
オリジナルの玉音放送を聞いてみよう。

<「玉音放送」原盤~1945年8月15日 正午放送>

玉音放送(現代語訳)
 私は、深く世界の情勢と日本の現状について考え、非常の措置によって今の局面を収拾しようと思い、ここに忠義で善良なあなた方国民に伝える。
 私は、日本国政府に、アメリカ・イギリス・中国・ソ連の4国に対して、それらの共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告させた。
 そもそも、日本国民の平穏無事を確保し、すべての国々の繁栄の喜びを分かち合うことは、歴代天皇が大切にしてきた教えであり、私が常々心中強く抱き続けているものである。150801gyokuon 先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない。
 しかしながら、交戦状態もすでに4年を経過し、我が陸海将兵の勇敢な戦い、我が全官僚たちの懸命な働き、我が1億国民の身を捧げての尽力も、それぞれ最善を尽くしてくれたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、世界の情勢もまた我が国に有利とは言えない。それどころか、敵国は新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使い、むやみに罪のない人々を殺傷し、その悲惨な被害が及ぶ範囲はまったく計り知れないまでに至っている。
 それなのになお戦争を継続すれば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、さらには人類の文明をも破滅させるに違いない。そのようなことになれば、私はいかなる手段で我が子とも言える国民を守り、歴代天皇の御霊(みたま)にわびることができようか。これこそが私が日本政府に共同宣言を受諾させるに至った理由である。
 私は日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。日本国民であって戦場で没し、職責のために亡くなり、戦災で命を失った人々とその遺族に思いをはせれば、我が身が引き裂かれる思いである。さらに、戦傷を負い、戦禍をこうむり、職業や財産を失った人々の生活の再建については、私は深く心を痛めている。
 考えてみれば、今後日本の受けるであろう苦難は、言うまでもなく並大抵のものではない。あなた方国民の本当の気持ちも私はよく分かっている。しかし、私は時の巡り合わせに従い、堪え難くまた忍び難い思いをこらえ、永遠に続く未来のために平和な世を切り開こうと思う。
 私は、ここにこうして、この国のかたちを維持することができ、忠義で善良なあなた方国民の真心を信頼し、常にあなた方国民と共に過ごすことができる。感情の高ぶりから節度なく争いごとを繰り返したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに世情を混乱させ、そのために人としての道を踏み誤り、世界中から信用を失ったりするような事態は、私が最も強く戒めるところである。
 まさに国を挙げて一家として団結し、子孫に受け継ぎ、神国日本の不滅を固く信じ、任務は重く道のりは遠いと自覚し、総力を将来の建設のために傾け、踏むべき人の道を外れず、揺るぎない志をしっかりと持って、必ず国のあるべき姿の真価を広く示し、進展する世界の動静には遅れまいとする覚悟を決めなければならない。あなた方国民は、これら私の意をよく理解して行動してほしい。(協力=国文学研究資料館・寺島恒世氏、国立国語研究所・間淵洋子氏)」(2015/08/01付「朝日新聞」p19より)

公開された宮内庁のHPにこうある。
終戦の玉音放送関係
昭和20年8月14日,昭和天皇には「大東亜戦争終結に関する詔書」を2回にわたってご朗150801gykuon1 読,録音が行われました。このうち,2回目の録音盤(2枚組,3枚組,2セット計5枚)が正本として昭和20年8月15日正午からラジオ放送され,放送終了後は,大切に保管されてきました。
戦後70年の節目に当たり,70年振りに玉音放送用の録音原盤の再生を試みたところ,直接,昭和天皇のお声の再生に成功,録音することができました。」(
ここ)より

それにしても難しい。天皇の声を聞きながら、原文を追っていっても、見失ってしまう・・・。

なお、放送された内容はこんなものだったらしい・・・
「放送は国内、海外、東亜放送の全系統を動員。日本本土、中国占領地、満州、朝鮮、台湾、南方地域に送信することになった。昼間10キロワットの放送出力が60キロワットに増力された。
 正午、時報とともに放送が始まった。主な内容は次の通り。
 「ただいまより重大なる放送があります。全国聴取者の皆さま、ご起立願います」(和田信賢放送員)
 ―君が代
 「これより、謹みて玉音をお送り申します」(下村情報局総裁)
 ―天皇の詔書朗読(4分30秒)
 ―和田放送員による詔書再朗読
 ―内閣告諭
 ―終戦決定の御前会議の模様
 ―交換外交文書の要旨(日本のポツダム宣言受諾の条件の通告文に対するアメリカの回答文)
 ―ポツダム宣言受諾に至った経緯
 ―ポツダム宣言の要旨
 ―カイロ宣言の要旨
 ―終戦にのぞんでの国民の心構え
 ―8月9日から14日までの重要会議の開催経過
 放送は37分30秒続いた。詔書は英仏語など約20カ国語に翻訳して放送された。」(2015/08/01付「日経新聞」p39より)

そして、「御文庫附属室」については、自分はほとんど知らなかったが、その建設について、日経によるとこんなことらしい。

「皇居内3つ目の防空壕である御文庫付属室(御文庫から約100メートル北東)の建設は当時の東条英機陸軍大臣が指示した。41年6月、同盟国のドイツがソ連と戦争状態に入った150801gobunsyo ため、目的はソ連による空襲対策だった。陸軍築城本部の指導により、近衛第一師団などのべ約13万5000人を動員。1日平均約1500人が昼夜休まず突貫工事を行い、同年9月30日に完成した。」
「空襲警報下の突貫工事により補強は同年7月末に完了。のべ12万人が動員された。付属室の防護層はコンクリートなどで3.5メートル厚くなり、総計14.3メートルになった。当時の日本最強の防空施設だった。」
「付属室が公式会議に使われたのはわずか5回(前述以外の1回は8月10日の重臣会議)。付属室の第1の目的は空襲対策だったが、実際は戦争継続を主張する軍の一部勢力を介入させないため「防軍」施設として機能した。日本の運命を決める場としての役割は十分果たしたといえる。」(2015/08/01付「日経新聞」p38より)

何と、この防空壕は、陸軍から守る意味もあったという。
同じく日経のこの記事の見出しに、こうあった。
「御文庫(おぶんこ)付属室と玉音盤は終戦のための重要な「装置」だった。軍の威嚇から隔離された地下の付属室がなければ、終戦の決断はできなかったかもしれない。天皇がラジオで国内外に呼びかけなければ、終戦はより深刻な混乱をともなうハードランディングになっていただろう。戦争を終結させることがいかに困難か。2つの装置はそれを伝えている。」(2015/08/01付「日経新聞」p39より)

映画「日本のいちばん長い日」で、当日の状況は見知っていたが、物心共に防空壕だったわけだ・・・。

その御文庫は頑丈・・・
御文庫付属室の構造は 厚さ3メートルコンクリの外壁
 御文庫付属室は戦後に宮内省を引き継いだ宮内庁の「国有財産台帳」などでは「御文庫附属庫」と表記されている。台帳によると、構造物全体の面積は631.5平方メートル。厚さ3メートルのコンクリートの外壁で覆われている。
150801obunko 内部は御前会議、最高戦争指導会議が開かれた会議室(60平方メートル、間口6メートル、奥行き10メートル)、天皇の休所と次室(各24平方メートル)、機械室(78平方メートル)、通信室(18平方メートル)の5室。各部屋をつなぐ通路の前室と3カ所の便所(天皇専用が「御厠」)がある。各部屋と前室との出入り口は木製と鉄製の二重扉になっており、8カ所の鉄製扉は厚さ25~35センチもある。
 機械室の内部機材について宮内庁は発表していないが、各種文献によると、発電装置・ガスろ過装置・空気清浄を兼ねた冷房装置・飲料水と水洗便所用水タンクがあったという。通信室には外部の重要施設とのホットラインや外部回線と付属室内の電話端末を結ぶ自動交換機などがあった。
 外部からの通路(幅2メートル)と廊下(同3メートル)はU字型で、出入り口近くに爆弾が落とされた際に爆風を外に逃がす構造になっている。西側の通路には御文庫に通じる地下通路出入り口(現在は土砂などで閉鎖)を含む3カ所の開口部がある。」(2015/08/01付「日経新聞」p38より)

最後に、朝日のこの記事が気になった。
総力戦の果て、記憶する 皇室担当特別嘱託・岩井克己
 朽ち果てた惨状に息をのんだ。降伏を天皇が決断した「聖断」の舞台となった地下防空壕(ごう)「御文庫附属室」。公開画像を見て、70年の歳月がもたらす風化のすさまじさを思った。
 「最後の生き証人」徳川義寛・元侍従長から話を聞いたのは戦後50年の節目だった。1945年8月10日、ここで開かれた御前会議に臨む昭和天皇を先導した。14日深夜、宮内省で天皇が終戦の詔書を読み上げて録音するのは扉の外に侍立して聞いた。未明になって本土決戦を叫んで皇居を占拠した反乱将校らに囲まれながら「玉音盤」のありかを隠し通した。将校は「斬れ」と言ったが、一人の兵士が自分をなぐり倒した。とっさに救ってくれたのかもしれないと振り返った。筆者は何度か御文庫内部を見学したこともあり、徳川元侍従長の生々しい体験談は臨場感があった。
 2000年に香淳皇后が亡くなったあと、御文庫や附属室を保存し公開すべきではないかと書いたのも、昭和史の剣が峰となった「現場」が廃屋として放置され、荒れるに任せるのに納得いかなかったからだ。それだけに今年、宮内庁が「附属室」画像を公開したのは驚きだった。
 最近、歴史に関する皇室の発信に、深い思いが込められているように感じる。
 先の戦争に関しては、依然として国内外の歴史認識の亀裂が埋まっていない。名称ひとつとっても「大東亜戦争」「アジア太平洋戦争」などと立場によって分かれる。御前会議の発言を下敷きに起草された「終戦の詔書」が、満州や中国での「事変」という名の戦争に触れなかったことに、「アジア諸国への侵略や植民地支配の責任に頬かむりした」との批判もある。
 その意味で、改めて思うのは天皇の今年の年頭所感だ。
 「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」
 昨今強まる「歴史観の相克」を熟知しているはずの天皇が、あえて「満州事変に始まる」との8文字を加えた意味は深く重いのではないか。今回の公開も視野に入れての布石だったのではないだろうか。
 天皇陛下は国内外を問わず戦場などの「現場」に赴き、体験者一人ひとりの生の声に接することを重視してきたようにみえる。朽ち果てた附属室には、皇太子さま、秋篠宮さまもヘルメット姿で入り、「現場」を見たという。
 戦争の歯車が回り始めたら拡大を止めるのがいかに難しいか。殺し殺され、焼き尽くし焼き尽くされた「総力戦」の行き着いた果てに防空壕で起きたことを、世代を超えて記憶し、風化に抗し語り継いでほしいとの願いを感じる。」(2015/08/01付「朝日新聞」p19より)

確かに今年は戦後70年という節目の年。
今回の公開は、天皇皇后両陛下や皇太子さま、秋篠宮さまのご希望で実現したとか・・・。それに「山本次長によると、天皇陛下は付属室内に入られたことがあり、皇太子さまと秋篠宮さまも今年7月中旬に見学されたという。」

これらの皇室の一連の行動は、前にも書いたが、現政権が驀進している“戦争が出来る普通の国”への、皇室として出来る精一杯の“警鐘”のような気がしてならない。

150801japon <付録>「ボケて(bokete)」より

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