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2015年7月 1日 (水)

中国、韓国、ロシアの「歴史教科書」に描かれている日本

「文藝春秋」(2015年7月号)の「中国、韓国、ロシアの「歴史教科書」日本はいかに描かれているか 佐藤優」という記事を読んだ。
この手の記事をどう読むかはなかなか難しいが、いちおう気になった部分をメモしてみると・・・

(中国)
「行き詰ったら変える」

 まずは中国から見ていくと、中国の歴史教科書は、階級闘争史観と徹底したリアリズムに貫かれていることがよくわかります。
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 〈中国の古典『周易』には「行き詰ったら変える。変えたら通る。通ったら続ける」と書いてある。改革とは変えることであり、時代に遅れた旧制度や旧文化と旧思想を取り除き、豊かな活力のある新制度や新文化と新思想を創ることである〉(『歴史 選修1 歴史上重大改革回眸』人民教育出版社)
 簡単に言ってしまえば「行き当たりばったりでいいから、上手くやれよ」ということです。マルクス・レーニン主義的な発展史観ではなく、臨機応変であることこそが歴史から学べることだ、と言っているのです。
 重要なのは、この言葉が歴史教科書自体にも適用される点です。この教科書を学んでいて、行き詰るところがでてきたら、そこは切り捨ててしまえばよい、自分の都合のいいものに入れ替えてしまってもいい、ということです。中国が共産党の一党独裁でありながら事実上、資本主義化しているのも、この言葉で簡単に理解ができます。社会主義に「行き詰ったから変えた」のです。
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 そして戦後の日本に対する言及は極端に少なく、日中国交正常化に関して事実が淡々と記されているのみです。
 全体を通して見てみると、中国の歴史教科書は基本的に、反日教育でナショナリズムを煽るのではなく、世界史の中で中国がどのように振る舞ってきたのかを描こうとしています。領土を奪われたのも一時的に弱かった時代のことであって、本質的に我々は昔から一貫して大国であった、と考えていることは節々から伝わってきます。彼らは決して、経済が発展したから大国の仲間入りを果たしたのではないと考えていることもわかる。
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 即ち中国は、単なる反日ではなく、反ファシズム陣営としてアメリカやイギリスなどと共に大きな戦争を戦い、そして勝ったことを強調したいのです。現在まで続く世界秩序を作ったプレイヤーであるという自負がひしひしと伝わってきます。

(韓国)
「テロリスト史観」の韓国

 続いて韓国の教科書です。今回、私が一番驚いたのは、この韓国の教科書に書かれた歴史観でした。この国の歴史観は日本にとって脅威だといっても過言ではありません。世界の教科書の中でも極めて珍しい、「テロリスト史観」によって貫かれているからです。「我が国の先達はここまで追い詰められ、テロをせざるを得なかった」、そういった歴史が延々と綴られているのです。
 北朝鮮との親和性は予想以上に強く感じられ、また北朝鮮の歴史教科書よりも過激な内容になっています。
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 韓国の教科書の本当の特異性が見られるのは、日韓併合前後からです。日本では韓国のテロリストと言えば伊藤博文を暗殺した安重根が思い浮かびます。ところが、その扱いはあっさりしたものです。
 〈張仁煥と田明雲はアメリカのサンフランシスコで日本の侵略を美化していたスティーブンスを狙撃し、安重根は満州のハルビンで伊藤博文を暗殺した(1909)〉(同前)
 そして、安重根以外のテロリストの行動に関する記述が続きます。
 〈朴烈は1923年日本で国王の暗殺を企てた。趙明河は1928年台湾で日本の皇族を刀で襲う義挙を行った〉
 〈1932年に韓人愛国団員の李奉昌が東京で日本の国王が乗ったとみられる馬車に爆弾を投げた。失敗したが、このことに対して上海の新聞では失敗を惜しむ論調で報道した〉
 〈韓人愛国団員だった尹奉吉は記念式の壇上に爆弾を投げ日本軍将軍と高官らを暗殺した。尹奉吉の義挙は世の中を驚かしたものであり、特に中国人に深い印象を与えた〉(同前)
 きりがないのでここまでにしますが、要するに天皇や政府高官を暗殺しようとしたテロリストを延々と紹介(李奉昌と尹奉吉は肖像写真っき)しているのです。安重根の“功績”がそれほど高くないこともわかる。
 その理由は明白です。伊藤博文は初代首相と言っても、国の元首ではありません。重要なのは「玉」。日本の国家元首である天皇や皇族の命を狙った者が、韓国の教科書では最も偉大だとされているのです。
文明国において、テロによって現状を打破する試みを褒め称えることは、通常考えられません。しかし、韓国は違う。伊藤博文暗殺に「成功」した安重根よりも、天皇暗殺に「失敗」したテロリストについて詳しく書いています。さらに言えば、これらの記述からは、天皇暗殺という動機を掲げただけで称賛に値し、手段や結果はどうでもよいという場当たり的な思考も見え隠れしています。
 この教科書で教えられるのは「我が国のテロリズムの歴史はこれだけ長い」ということに他なりません。イスラエルでもアイルランドでもそういった教育はしていません。韓国は“恨”の文化といわれますが、教科書も怒りに突き動かされて作られている。カーツと頭に血が上る怒りの感情が底流を貫いているようです。
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 〈朴正煕政府は国民の反対を押し切って韓日協定を批准した。その結果韓国は経済開発に必要な資金の一部を充当でき、韓米日共同安保体制が形づくられた。その反面、日本の植民支配に対する謝罪、略奪文化財の返還、日本軍「慰安婦」や強制徴用者などさまざまな問題を解決することができなくなってしまった〉(同前)
 教科書に、「日韓の問題は解決することができなくなってしまった」とわざわざ記すところに韓国の歴史観の特異性が見て取れます。
 このように韓国の歴史教科書では、自民族内での同質化の比重が非常に高いため、普遍性がありません。ありていにいえば、この教科書を学んでも世界と渡り合う客観的な知性や歴史観を持てるとは思えない。これが、中国やロシアの教科書との最大の違いです。しかし、隣にこうした歴史観を持った国があることは、我々も改めてしっかりと認識しておかねばなりません。

(ロシア)
「最も狡猾なロシアの教科書

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 これは、「インターネット情報を用いて」という前段部分が、重要なポイントです。なぜなら、ロシア語で「露日戦争」と検索すれば、スターリンが一九四五年九月二日に行った対日勝利演説が必ずヒットするのです。
「一九〇四年の露日戦争の時のロシア軍の敗北は、国民の意識の中に重苦しい思い出を残した。それは、我が国の上に汚点をとどめた。わが国民は、いつの日にか日本が粉砕され、汚点が払拭される時が来ると信じて、待っていた。われわれの年長者たちは、四十年の間、その日を待ちわびた。そして、その日が到来したのである」
 これを読めば、第二次大戦の日本との戦争が、日露戦争の復讐戦だったことが、すぐ理解できるようになっている。ロシアの教科書執筆者は、この辺りまでしっかりと計算した上で、設問を作っているのです。復讐戦となった第二次大戦における対日戦争の記述からは、ロシアという国家の狡猾な部分が読み取れます。
 〈ヤルタ会談での根本的な合意に従って、ソヴィエト政府は1945年4月5日に日本との中立条約の破棄を通告し、8月8日に日本に宣戦布告した〉(『ロシアの歴史』)
日ソ中立条約の破棄を通告しているから、一見正々堂々としているように思えます。ところが、この条約が翌年まで有効だったことは全く書かれていないのです。
 確かにソ連は日本に対し宣戦布告も行ないました。しかし、電報を封鎖して日本に連絡がいかないように策略をめぐらし奇襲攻撃をしたことにはまったく触れてない。また、日本では火事場泥棒のごとき突然の参戦だったように扱われますが、周到な準備をしていたことをにおわせています。
 〈8月19日に関東軍司令部は、降伏する準備があると表明した。同盟諸国軍の共同攻撃を受けて、1945年9月2日に日本は完全に降伏した。これは第二次世界大戦の幕を下ろす出来事だった。サハリン南部とグリル列島がソヴィエト連邦の手に渡った〉(同前)
最後に書かれているグリル列島とは千島列島と北方領土のことです。ロシアでは、八月十九日になって初めて日本が降伏の準備を始めたように書かれているのです。千島列島の最北端にある占守島に、ソ連軍が上陸を始めたのは八月十八日のことでした。戦争が終わり武装解除中だったにもかかわらず、突如としてソ連軍が、攻撃を仕掛けたためやむなく応戦したと日本人は理解しています。ところが、ロシア人はそうはとらえていません。戦争は、九月二日まで継続されていたのだから、日本領を攻撃し占領したのは、通常の戦闘行為だと考えているのです。当然、グリル列島の占領も正当化されます。
 戦後は、日ソ共同宮言の記述と北方領土問題に関する記述が若干あるだけで、日本はほとんど登場しません。・・・

(日本)
「旧時代の教育をする日本

 翻って、日本の教科書について考えてみましょう。私は現在は同志社大学、過去に早稲田、慶應などで演習を受け持った経験があります。そこで世界史の重要な項目「ロシア革命」「真珠湾攻撃」や「ソ連崩壊」などの年号に関して、百聞の小テストをしてみました。ところが、全く答えられません。百点満点で、早稲田では平均五・〇点、慶應では四・八点でした。
 なぜ、このような事態になるのか。それは日本の教科書には物語がなく、単なる事実や用語の羅列ばかりが延々と続く、受験勉強以外には役に立たないものだからです。受験が終われば知識が定着せずにすべて忘れられてしまう。中国、韓国、ロシアそれぞれの教科書は、独自の物語性があって、読んでみると非常に面白い。一方の日本では、巨大な年表でしかないので、読み進めるのが苦痛です。
 これは、日本のエリート養成のシステムが後進国型であることの証明に他なりません。記憶とその再生を、ことのほか重視する。これは、旧時代の教育です。
 教科書から各国の歴史観や思考法のポイントを見てきました。ロシア・中国は世界のどこの国の人間とも話ができるような、徹底したリアリズムと普遍性を持った歴史を教え、韓国は独自色が強く、国際的に通用しない内側を向いた歴史を教えています。そして日本は、単なる年表を暗記させる、後進的な歴史教育です。
 日本の歴史教育は、一年間で通史を勉強するような暗記中心の詰込み型から、少しでも早く脱するべきです。そして物語性を重視し、今までより分量の多い教科書を作る必要があります。その教科書をロシアのように数年かけて学ぶことこそが、これからの世界で生き抜く知恵と思考を身に付ける、有効な方法になるでしょう。」(「文藝春秋」2015年7月号p118~「中国、韓国、ロシアの「歴史教科書」日本はいかに描かれているか 佐藤優」より)

最近の大西議員の「マスコミ懲らしめ論」などを聞いていると、「そこまで総理にへつらうのか・・・」と思ってしまう。いや、意外と総理が言わせている単なるアドバルーンかも・・・?

教科書は、将来の自国民を育てる基盤。それらを覗くと、それぞれの国としてのスタンスが読み取れるもの。
この記事では、韓国はキケン。日本は、何もやっていない・・・と言う。まあ何もしていないのは無害かも知れないが・・・

良くも悪くも、このような国の歴史観というものは、どの国でも長い時間を経て醸成されていくもの。それは簡単には変わらない。つまり文化なので・・
それが、日本では、現政権によって急速に変えられようとしている。
なるほど・・・。歴史修正主義とは良く言ったもの。

Netで「歴史修正主義」を検索すると、こんな解説が出てくる。
「従来の歴史観と違う歴史観を主張する者に対して「客観的な歴史学の成果を無視し、自らに都合の良い過去は誇張や捏造したり、都合の悪い過去は過小評価や抹消したりして、自らのイデオロギーに従うように過去に関する記述を修正するものである」として批判する場合に用いられる言葉。否認主義。「修正」の語が「正しく直す」という肯定的な意味であることから、旧来の歴史観に立つ者は「歴史改竄主義」と呼ぶこともある。」(wikiより)

「ここでいう歴史修正主義とは、「南京大虐殺まぼろし論」や「アウシュビッツのウソ」(ガス室による組織的虐殺などなかったとする論)のように歴史的に存在したことをあえて無かったと強弁したり、侵略戦争や植民地支配、軍隊などによる組織的虐殺行為など、今日批判的な評価が定着している事象について評価を逆転させて支持・擁護する主張をさす。「歴史修正主義の克服」(山田朗・高文研)P14より。」

日本の歴史教育は、こんな「歴史修正主義」による歴史改竄よりも、今までの年表暗記の無害教育の方が、マシなのかも・・・
何とも情けない現在の国情ではある。

●メモ:カウント~750万

150701wave <付録>「ボケて(bokete)」より


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