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2015年6月の24件の記事

2015年6月30日 (火)

「お弁当日記」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
お弁当 あなたと私 つなぐ宝箱
 ■1年139メニューを絵日記に 妻へ贈る「ありがとう」
 少し色あせた大学ノートが4冊。千葉県船橋市の****さん(64)、***さん(63)にとっての宝物だ。ノートの右側には、色鉛筆で描かれた弁当のイラスト、食べた感想とともに、必ず「ごちそうさま」の一言が。左側には弁当の写真が貼ってある。
 1994年、双子の娘が高校に入り、弁当をもっていくことになり、太郎さんも会社に持参することにした。毎日、3人分の弁当を作ってくれる妻に感謝を示す方法はないか? そこで思いついたのが「お弁当日記」。妻には内緒で書きため、翌年の誕生日にプレゼントしようとした。スタートは7月7日。この日は、のり弁と鶏手羽の塩焼きなどのおかずだった。
 お昼休みになると、弁当のふたをあけ、写真を撮り、イラストを描く。1級建築士でもある太郎さんは多少の絵心があった。10分ほどで仕上げて、食べ始める。急な仕事で弁当を食べられないときは、同僚に食べてもらい、写真だけ撮ってもらった。
 1年間で日記はノート4冊分になった。翌年6月14日。ノートの末尾に「お誕生日おめでとう 僕からの誕生日プレゼントです。いつもどうもありがとう タロー」と書いて渡した。受け取った由美子さんは「びっくりして涙が出て、娘たちと食い入るように見ました。家族の動向のメモも書いてあり、家族の1年間の記録でもあるんですね。ただ手抜きした日が、わかっちゃいますね」と苦笑する。
 ノートに描かれた弁当の数は139。太郎さんは「娘たちが孫の弁当メニューに困ったとき、役に立つのを楽しみにしています」。(石村裕輔、浅野真)」(2015/06/24付「朝日新聞」p33より)

この記事を読んで、ふと、昔カミさんが描いていたお弁当日記を思い出した。カミさんに言うと、ごそごそと出してきた。
これは長男が中2、次男が小学校6年で、中学受験に挑んでいたときのもの。次男は夕食を、塾の授業の合間に食べていたので、主に夕食のお弁当。その幾つかがこれ・・・
(毎日のスケッチの隣にあるメモに、個人名や成績の事が書いてあるので、それが無いページを探すのが大変だったが・・・)
(長男のお弁当日記)

Te1 Te2 Te3

(次男のお弁当日記)

T1 T2 T3

自分に言わせると、これはカミさんの趣味。まず「お弁当」が好きなんだな。そして絵を描くのも趣味。だからこんなノートが何冊も残っている。でも子どもたちは、その存在を知っているのかどうか・・・
一方、自分はお弁当の冷えたごはんが嫌い・・・。だから弁当も好きではない。一方、カミさんは冷えたごはんが好きなんだそうだ・・・。信じられん・・・

弁当と言えば、自分は高校時代を思い出す。昭和35~38年当時、今のようにタッパウェアの弁当箱もなく、アルマイトの弁当箱からおかずの汁が包んである新聞紙に滲んで・・・
でも、高校時代の昼休みは、包んである新聞の記事を読みながら食べていた。好物は、肉だんご。これは挽肉とタマネギを団子にしたものを揚げ、甘醤油で煮たもの。これが好きだった。お袋が作ってくれたそれ以外のおかずは全く覚えていない。

でも確かに、お弁当は母親と自分とを結ぶ連絡便。でも当時は、有り難いとも思わなかった。

そして今、コンビニではお弁当が溢れ、お弁当屋もおおはやり・・。それが結構おいしいらしい・・・。

もう25年近く前、1991年の我が家の「お弁当日記」ではある。

150630shika <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月28日 (日)

脚本家「倉本 聰」の講演会:わたしたちと放送~放送90年

HKラジオ第2を聞いていると、色々な人が講演会で話をしている。その中には、なるほど・・・と教訓を得るものがある一方、「ヘエー」と、面白いものとがある。
先日聞いた、「カルチャーラジオ日曜版」「人間を考える わたしたちと放送 ~放送90年(2)倉本 聰」(2015/06/14放送)は、後者の“面白い”講演だった。

NHKの解説にはこうある。
人間を考える わたしたちと放送~放送90年
各界の著名人に、豊かな人生経験の中から、様々な感動や発見のエピソードを通して、人間のすばらしさや生きる力等について語っていただく連続講座。6月は「わたしたちと放送」をテーマにします。
今年はラジオ放送開始90年。IT技術の革新やインターネットの普及にともなって、メディアのありようも変わり、存続の危機も叫ばれています。一方でグローバル化の甚だしい今日、情報の即時性、重要性はますます高まっています。
わたしたちの放送がどうあるべきか、これからの放送とわたしたちの社会のありようを問いかけます。」(
ここより)

そしてこの講演の、倉本聰氏に経歴について、こうある。
倉本 聰(くらもと・そう)
脚本家、劇作家、演出家。昭和10年、東京都生まれ。東京大学文学部美学科卒業後、昭和34年ニッポン放送入社。37年に退社後、脚本家に転身。52年、富良野に移住。59年から役者やシナリオライターを養成する私塾「富良野塾」を主宰。平成17年には、閉鎖された富良野プリンスホテルゴルフコースに植樹して、同地を自然の森に戻そうとするNPO法人C・C・C富良野自然塾を開設し、その塾長に就任。代表作に『北の国から』『前略おふくろ様』『昨日、悲別で』『ニングル』『優しい時間』など多数。」

★この番組の全部(60分)をお聞きになる方は、(ここ)をクリックしてしばらく待つ。

この倉本聰氏の話は、まさに人生の回顧録。
「北の国から」で有名な倉本聰氏だが、誰でも突然売れた訳ではない。そこには長い下積みがあり、色々な事件がある。

この話を聞いていて、NHKの大河ドラマ「勝海舟」を巡ってNHKと衝突があり、それがキッカケで北海道に移り住んだ、ということを知り、「ヘエー」と思って、Netで検索してみた。
すると(ここ)(ここ)というサイトで、その経緯が詳しく書かれていた。

軋轢の原因は、脚本家と演出家の境。それが「脚本家が演出権を侵害している」という事になり、ぶつかったらしい。
これは音楽でもあるらしい。編曲家は、楽譜を渡された後は、自由らしい。しかし、時には作曲家から、「ここはこうして」と注文が付くこともあり、制限がかかる。
でも編曲家も演出家も、原点は作曲家や脚本家の原作があってこその存在。自分的には、原作者の意図が勝ると思うのだが・・・
これはクラシック界における指揮者も同じ。指揮者は、いかに作曲者の意図を表現するかが仕事だという。つまり、「自分はこう思うから演奏する」のではなく、「作曲者は、楽譜には書いていないが、こう思って書いたのだろう」と想像して、それを具現化する。
そんな前提で上のNHKの演出家とのぶつかり事件を読むと、自分には違和感を覚える。

それにしても、雑誌の取材者との話は、やっぱり・・・と思う。つまり、取材の相手のことなどよりも、“読者にとって面白い”ことだけをつまみ食いして記事にする。まさに、マスコミとはそんなものなのだろう。

ともあれ、ひょんな事で、倉本聰氏の人生をなぞってしまった。
「北の国から」については、前に書いた(ここ)。これは「もう一度見たい20世紀の名作ドラマ」アンケートで、断トツの1位だった。
また、前に自分が感激したフジテレビの「風のガーデン」(ここ)も倉本聰。

昔の自分の記事を読むと、「北の国から」「優しい時間」「風のガーデン」が「富良野三部作」だという。そう言えば、「優しい時間」は見ていない。
そのうち、たぶんNetで探せば動画がどこかにあるだろうから見てみようかな・・・

150628mizu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月27日 (土)

「彼女」~死に向かう姿

先日の日経。
「(プロムナード)彼女 若松英輔
 余命が限られていると分かっていても彼女は、そのことを周囲に伝えるのを強く拒んだ。話を聞いた人が自分のことで人々が心配するのがいやだったのである。そこには夫の家族や自分の両親もふくまれていた。関係が悪かったのではない。親友も死まで彼女の闘病を知らなかった。
 だが容体が悪化し、腹水がたまり始め、夫ひとりでは介護することができなくなる。隠し通すことができなくなって彼女は、自分がガンであることを両親に伝えた。以後、夫ともども彼女の実家で暮らすことになった。亡くなる五ヶ月ほど前のことである。
 腹水だけでなく、胸にも水がたまり、呼吸することすら困難になることがあった。激しい苦痛であることは明らかだった。だが彼女は苦しみを訴えない。夫は「何でも言っていいんだよ。苦しいときはそう言ってね」と話した。すると彼女はしばらくだまってこう言った。「ありがとう。でもいいの。私が感じていることそのまま口にしたら、聞いたあなたはきっと、耐えられないと思うから」
 亡くなる前日のことだった。胸水の勢いが増して呼吸が困難になり、救急病院に搬送された。医師は応急処置をし、夫に状況は極めて深刻だと伝えた。彼女と夫が病室に入ると彼女の母親が来ていた。このとき、ほとんど口をきけない彼女が母に言ったのは、疲れるといけないから今日は家に戻って、明日また来てほしいということだった。「明日」は来なかった。彼女は、自分の最期を母親に見せまいとしたのである。
 二人きりになると彼女は、酸素マスク越しで夫にむかって、「ごめんね。少し疲れちゃった」と言った。亡くなったのは彼女の母親が病室を出て、三時間も経過していないときのことだった。夫は、まず妻の両親に連絡をし、自分の家族にもはじめて妻の闘病と死を伝えた。翌日が密葬と決まった。彼女は実家に運ばれ、その晩、夫は妻の横で寝た。幾度か顔をさわってみたが、つめたく動かない。当然ながら話しかけても応答はない。なぜか涙は出なかった。
 密葬には夫の家族も参列した。夫の母親は棺をつかみ、「どうして、あなたそこにいるの」とむせび泣いた。その声を聞いたとき夫は、本当に妻がいなくなったのだと初めてのように思う。わずかに残っていた理性がほころんでいたら夫は、葬儀を妨げるほどに慟哭したかもしれない。
 精神科医だった神谷美恵子の『生きがいについて』にはしばしば、愛する者を喪った若い女性の手記が引かれる。だが、手記を書いた女性とは、患者のひとりではなく、突然恋人を喪った若き日の神谷自身だったのである。
 「ガラガラガラ。突然おそろしい音を立てて大地は足もとからくずれ落ち、重い空がその中にめりこんだ。私は思わず両手で顔を覆い、道のまん中にへたへたとしゃがみこんだ。底知れぬ闇の中に無限に転落して行く。彼は逝き、それとともに私も今まで生きて来たこの生命を失った。」
 だが同書で神谷は、イギリスの詩人テニスンの次のような一節も引いている。
 「愛し、そして喪ったということは、いちども愛したことがないよりも、よいことなのだ」
 本当なのだろう。今はこの詩人の呻(うめ)きもよく分かる。これまで書いてきた「彼女」とは、五年前に逝った私の妻である。(批評家)」(2015/06/11付「日経新聞」夕刊p7より)

読んできて、何とも切ない。
大いなるものは、なぜこうも、人間の最期に、苦難を与えるのか・・・
そこに救いは無いのか・・・

こんな記事を読むたびに、最期まで意識があるのは残酷だと思う。
意識が正常なだけに、苦痛も敏感に受け止めてしまう。
それにしても「夫は、まず妻の両親に連絡をし、自分の家族にもはじめて妻の闘病と死を伝えた。」という推移に、それを聞いた夫の家族はどう思うのか・・・
夫である息子と、その両親との関係を色々と想像してしまう。
家族とは何か? 息子と親との関係とは・・・

自分なら耐えられないな・・・。家族とは、迷惑をかけあうもの。心配をされあうもの。家族だからこそ色々なことを一緒に悩み、起きた問題に巻き込むもの。それが出来るから家族。それが出来ないなら、他人と同じで真の家族とは言えないのでは??

そうは言っても、相手の心痛を思って、事実を伝えないのも、やはり「思いやり」・・・
家族には色々な形があり、一概には定義できないもの・・・。それは分かる。
しかし少なくとも自分は、家族とはどんな喜びも哀しみも分かち合える存在、と捉えたい。
まあ、我が家で起こった大事件は、たぶん家族に直ぐに伝わるだろう。上の彼女のように、それを秘匿しておくだけの力が無いだけだが・・・

話は飛ぶが、今日、ある男と話をしていて、こんなことを思った。
「今後起きるであろう課題は、起きた時に考えよう・・・」

想定される事件は、起こる前にシミュレーションをしておいて、予め方策を練っておくことは必要だと思っていた。でも、状況は刻々と変わる。その事件が起きた時は、既に周囲の状況は変わっている。何よりも、人の心も時間と共に変わっていく。つまり、以前にシミュレーションしたときとは、状況が違うのである。
よって、起きた時に考えよう・・・

えっ? 何の話かって?? 
お墓をどうするとか、病気になったらどうするとか、腰痛で動けなくなったらどうするとか・・・、ま、すべてさ・・・

150627musuko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月25日 (木)

地震情報と、震源地までの距離計算

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(今さら聞けない+)地震情報 人の目も使って震源特
 地震が起こると、気象庁が数分のうちにテレビやインターネットを通じて、地震の震度や震源の場所を速報します。どうやって調べているのでしょう。
 気象庁によると、地震の発生を受けて約1分半後に、震度3以上を観測した地域名を伝える「震度速報」を発表します。5分後には、震度3以上を観測した市町村名などについての「震源・震度に関する情報」、または震度1以上を観測した地域名などの「各地の震度に関する情報」を出します。津波が予想される場合は、地震から約3分後に津波警報や津波注意報が発表されます。
      □     □
 震度や震源を調べるのに使われているのが、全国約1500カ所に設置されている地震計と約4400カ所にある震度計。気象庁だけでなく、自治体や大学、研究機関が設置しているものです。
 地震計は地面の揺れを波形としてとらえ、震度計はさらに揺れの加速度などから震度を計算します。内蔵された東西、南北、上下の3方向のセンサーが揺れを感知します。20年ほど前までは、震度は気象庁の職員の体感をもとに決めていたそうです。地震の規模はマグニチュードで示し、各地で観測された波形から自動的に推定されます。
 震源を特定するには、地震で生じる2種類の波を利用します。まずやってくる「カタカタ」と150625jisinn 小さく揺れるP波、その後に「ゆさゆさ」と大きく揺れるS波です。
 地面を伝わる速さは、P波が秒速約7キロ、S波は秒速約4キロ。震源が観測点のすぐ近くだと、P波とS波はほとんど一緒に来ますが、震源から離れた場所ではP波とS波との間に時間差(初期微動継続時間)が生じます。この時間差で観測点から震源までの距離を割り出せます。少なくとも3カ所で震源までの距離がわかれば、震源を特定できます。
 この作業は、東京都千代田区の気象庁と大阪市中央区の大阪管区気象台で同時に行われています。
 地震発生をとらえると、当直の職員数人が専用端末で揺れの波形を確認し、P波とS波がどこから始まっているかを読み取ります。道路工事など地震以外の揺れである可能性があるので、人の目で一つひとつ確認しています。
      □     □
 しかし、今年2月に三陸沖で発生した地震で、震源を実際よりも約100キロ沖合にあると間違えるケースが起きました。二つの地震がほとんど同じ場所で、数秒の差で発生していたのを、一つの地震と判断したのが原因でした。大阪管区気象台地震火山課の新納孝寿(にいのうこうじ)調査官は「めったに起きたことがない地震だった」と言います。
 気象庁は対策として、マグニチュード6以上で、深さ100キロ以内で起きた地震の場合はP波だけを使って震源を特定する方法も使い、割り出した震源の位置を比較する手順を加えました。P波が観測点に到達した時間と、観測点同士の位置関係から震源を特定する方法です。それぞれの計算で出た震源が50キロ以上離れていれば複数の地震として扱い、適切な発表ができるようにしました。
 また、地震が海域で起き、津波が発生する恐れがあるときは、予想される津波の高さに応じて大津波警報、津波警報、津波注意報が発表されます。
 予想に使われるのが、震源と規模の条件を変えてコンピューターでシミュレーションし、作成してある約10万通りの津波予想データベース。ここから適切な事例を選び、沿岸部での高さや到達予想時間を推定しています。
 しかし、震源が陸地に近いと、すぐに津波が襲来する恐れがあります。気象庁は「海岸付近で強い揺れや弱くても長い揺れを感じたときは、すぐに避難を始めてほしい」と呼びかけています。
 ■記者のひとこと
 今回の取材で、震源を特定する作業に人の目と手がかかっていることを知りました。てっきり自動化されているものと思っていました。東日本大震災があった2011年には、小さいものも含めて約30万個をチェックしたそうです。外国ではどうやっているのか気になりました。(福島慎吾)」(2015/06/13付「朝日新聞」e6より)

ま、そうだろな・・・・
所で、上の写真にある、震源までの距離の計算式が分からない・・・。
でも方程式を立てれば分かるはず・・・・

写真の1)を見て、二元一次方程式を立てる。
地震までの距離(y)=P波の速度(p)×初期微動までの時間(x)
地震までの距離(y)=S波の速度(s)×(初期微動までの時間(x)+初期微動継続時間(d))
つまり下記を解けばよい。
y=p×x
y=s×(x+d)

上の式から、x=y/p
下の式に代入すると、
y=s×(y/p+d)=s×(y+p×d)/p
y×p=s×y+s×p×d
yの項を移項して、
y(p-s)=s×p×d
よって
y=s×p×d/(p-s)=(p×s)/(p-s)×d
つまり写真にある
地震までの距離(y)=P波の速度(p)×S波の速度(s)/(P波の速度(p)-S波の速度(s))×初期微動継続時間(d))
となる。

なるほど・・・。合った・・・

まだまだ中学2年生の数学は解ける。
あと10年後、孫が中学生になったら教えてやるかな・・・
でも、その頃は、こっちがボケていたりして~・・・。あ~ヤダ!

150625migikiki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月24日 (水)

「がん」と「癌」の違い

「ヘエー!」こんな定義があるらしい・・・
「(がん社会を診る) 「がん」と「癌」の違い 中川恵一
 この連載では一貫して「がん」という言葉を使っていますが、「癌」との違いをご存じでしょうか。
 「がん」は遺伝子の突然変異によって細胞が増殖する悪性腫瘍全般を指します。漢字の「癌」とは微妙な違いがあります。医学用語の「癌」は、臓器の表面を覆う上皮の細胞から発生する悪性腫瘍を意味し、英語ではカルチノーマと呼びます。ギリシャ語のカニを意味するカルキノスが語源で、当時唯一診断できた乳がんがカニの甲羅のように硬いことから名付けられました。
 上皮とは、皮膚や粘膜など、身体や臓器の表面を覆う組織ですが、外界とつながっていることが特徴です。たとえば、胃癌ができる胃の粘膜は、口や肛門を通じて外界とつながっていますから上皮の一つです。肺癌ができる気管支上皮も、膀胱(ぼうこう)癌ができる移行上皮も、鼻や尿道を通して外界と連続しています。膵臓(すいぞう)などは一見、身体の外とつながっていないように見えますが、膵臓癌ができる膵管は消化液を十二指腸に運ぶためのパイプですから、胃と同様に外界と連続しています。悪性腫瘍のほとんどは、こうした上皮細胞が悪性化した癌です。
 一方、骨や筋肉、脂肪のように外界につながっていない肉にあたる細胞からできる悪性腫瘍を「肉腫」(英語ではサルコーマ)と呼びます。肉腫は癌より頻度は少なく、悪性腫瘍全体の1%を占めるにすぎません。癌とちがって、若い世代にも多く、小児の悪性腫瘍の2割近くが肉腫です。肉腫は幅広い年齢の患者で、全身のさまざまな場所にできるため、治療法も、治療効果も多様なものになります。
 「癌」や「肉腫」のほか、白血病や悪性脳腫瘍など、すべての悪性腫瘍を総称したものが「がん」で、100種類以上あります。東京都にある国立がん研究センターが「癌研究センター」ではないのは、すべての悪性腫瘍を診療の対象にしているからです。
 ただ同じ「がん」でもできる臓器やタイプごとに、できやすい年齢もたちの悪さも全く異なります。日本人は「がんか、がんでないか」で一喜一憂しますが、「がん」という言葉でひとくくりにするのは間違っています。どの臓器のどんな種類の「がん」かが重要なのです。(東京大学病院准教授)」(2015/06/11付「日経新聞」夕刊p10より)

自分は今まで「がん」と「癌」は、単なる書き方が違うだけで、行っている意味は同じだとばかり思っていた。しかし、
「がん」=悪性腫瘍全体を指す
「癌」=悪性腫瘍のうち上皮性のものを指す
のだという。

では「ガン」は???
どうも「がん=ガン」らしい。

何? 自分の一番キライな言葉? 「がん」さ・・・

150624kinsyou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月23日 (火)

ダ・カーポと森山良子の「小さな日記」

先日、FM放送の録音を聞いていたら、ダ・カーポが歌った「小さな日記」が流れてきた。
この“現代的な”編曲が、何とも気になった。ダ・カーポも、せっかくなので、斉唱ではなく、2部合唱で歌えば良かったのに・・・!?

<ダ・カーポの「小さな日記」>

「小さな日記」
  作詞:原田晴子
  作曲:落合和徳

小さな日記に綴られた
小さな過去のことでした
私と彼との過去でした
忘れたはずの恋でした

ちょっぴりすねて横向いて
黙ったままでいつまでも
やがては笑って仲直り
そんなかわいい恋でした

山に初雪降る頃に
帰らぬ人となった彼
二度と笑わぬ彼の顔
二度と聞こえぬ彼の声

小さな日記に綴られた
小さな過去のことでした
二度と返らぬ恋でした
忘れたはずの恋でした

言うまでもなく、この歌はフォー・セインツの1968年のデビュー曲で、当サイトでも前に取り上げた。(ここ

改めて歌詞を読むと、“彼”は山で遭難したのかな・・・??

実はこの歌、自分が学生時代に森山良子の歌で散々聞いた大好きな歌。よって、自分にとっての老舗は、森山良子・・・

<森山良子の「小さな日記」>

この歌が収録されていた「カレッジフォークアルバム」は1969年6月5日発売。自分が大学4年の時だ。離山良子は自分と同じ歳なので、当時21歳。何とも初々しい歌声である。
色々な人が歌った「小さな日記」だが、自分にとって“青春”を思い出させる歌ではある。

最後に、フォー・セインツが再結成された時の、2008年の録音も聞いてみよう。(なおオリジナルの1968年Verは(ここ))

<フォー・セインツの「小さな日記」(2008年Ver)>

(関連記事)
フォー・セインツの「希望」~結婚式で歌っちゃった歌 

150623hatena <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月22日 (月)

「報道の自由」日本なぜ低い?

前に「報道の自由度、日本は世界140カ国中61位」(ここ)という記事を書いた。
民主主義が完成している日本・・・と思っていたが、どうしてどうして、それは自分の大きな勘違いだった・・・・

先日の朝日新聞にその「理由」の記事があった。
「(Re:お答えします) 「報道の自由」日本なぜ低い?
 「報道の自由度ランキング」で日本が61位と低い順位だったのはなぜですか。自由度が乏しいとどんなデメリットがありますか。(東京都、パート、40代)

 ■特定秘密法施行など影響
 ランキングは、パリに本部がある国際NGO「国境なき記者団」(RSF)が毎年発表しています。日本は、東京電力福島第一原発の事故後の情報開示や取材の制限などが問題となった後、2012年の22位から13年に53位に急落し、その後も、少しずつ順位が下がっています。
 RSFは、記者の殺害や逮捕、訴追の状況を調べるほか、80項目ほどからなる質問状を各国に送って集計しているそうです。フリーの人たちも含めた内外の記者のほか、インターネットで発信するブロガーや学識経験者らも対象です。
 これらを彼らが独自に指数化して国・地域を並べます。上位はフィンランドなど北欧諸国が常連。最下位グループは中国や北朝鮮、シリアが170位台に並び、指数からみて「とても深刻」だといいます。15年版では、英国(34位)や米国(49位)は「満足できる」。日本は14年より二つ順位を下げて61位で「留意すべき問題がある」とされています。
 RSFでアジア太平洋地区を担当するベンジャマン・イスマイールさん(33)は、「日本の状況は、ますます悪くなっている」と見ています。取材の方法しだいで記者が懲役刑を受ける可能性も指摘されている特定秘密保護法の施行などを例に挙げます。
 ドイツ紙の東京特派員による「外務省から攻撃にさらされるようになった」との回顧。政権の座にある自民党がテレビ局幹部を呼び出して説明を求めたこと。報道への圧力や介入とみなされるような事例が続きます。16年版では、さらに順位が下がるかもしれません。
 報道の自由が大切なのは、「自由に情報が伝えられないと、(権力者らに)説明責任を果たすよう求められなくなる」(イスマイールさん)からです。
 というのは、事件でも事故でも政策でも、「都合が悪いこと」はときに隠されたり、あいまいにされたりします。読者や視聴者に判断材料を提供するのが報道の大きな役割です。取材の場面でも、新聞の発行や番組の放送でも、報道の自由に対する圧力や介入は、その大きな障害となります。 (パリ支局・青田秀樹)」(2015/06/09付「朝日新聞」p13より)

国会の実況中継を見ていた訳ではないが、先の安保法制の党首討論の、何と無機質なことか・・・。質問に正面から答えず、ただただはぐらかす討論に幾ら時間を割いても、国民の理解など得られるはずもなく・・・
今日(2015/06/22)の朝日の世論調査によると、「安倍内閣の支持率は39%で、前回(5月16、17日調査)の45%から下落した。・・・安全保障関連法案への賛否は、「賛成」29%に対し、「反対」は53%と過半数を占めた。同法案が内閣支持率に影響したとみられる。」だって。
それでも、会期延長をして、何が何でも安保法案を通そうとする政権・・・。

昼食の時に行った食堂で、他紙を読むことがあるが、そのスタンスの多様性に驚く。新聞も一法人。人格と哲学を持っている。その法人の主張を有料で、読者に撒き散らす。それをどう捉えるのかは読者に委ねられる。
確かに、世の中で両極端の主張が展開されていることは、報道の自由と見られなくもない。しかしそれらはほんの一握りの事象で、時の権力者にとって不都合な情報は徹底的に隠されている。それは、東洋ゴムや某電気メーカーの不祥事を見れば一目瞭然。
一私企業で、こんなにもあるのに、膨大な情報量がある国家運営で、隠されている事実がどれだけあるのか・・・

今日読んだある週刊誌に、首相は結構マスコミの記者を相手見に、オフレコを連発しているそうだ。それが一切表に出て来ないのは、政府が完全にマスコミを牛耳っている結果、とあった。
また、6月12日に、山崎拓、亀井静香ら4長老が安倍政権に反対表明の記者会見をしたが、読売新聞だけは、このニュースを一切無視して報道しなかったという。
こんな話を聞くに、日本の61位も、なるほどな・・・と思う。

半藤さんは、「こんな事をテレビで自由に発言できるだけ、まだ日本はマシ」と言っていたが、今だけかも・・・。ああ怖ろしい・・・。

150622shimae <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月21日 (日)

昼寝の効能・・・

今日のような休日の夕方、本を読んだりTVを見たりしていると、何とも眠い・・・。つい寝てしまうと、夜、寝付きが悪いのに・・・

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(フロントランナー)久留米大学教授・内村直尚さん 昼寝を勧める睡眠伝道師
「強者も睡眠に気を使わないと力を発揮できない」
 午後1時15分。昼休みを終えた生徒が教室へ戻ってくる。そろそろ、午後の授業がスタートかと思いきや、校内放送に意表を突かれた。「エネルギー充電のための午睡タイムに入ります」
150620hirune  照明を消し、ブラインドも閉じて。ほの暗い教室で生徒が次々に顔を机に伏せていく。流れてきたのはモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。やわらかなメロディーが心地いい。福岡県立明善高校(久留米市)で2005年から続く午睡の風景だ。
 15分後、再び放送が。「日光を浴び、ストレッチを行い午後の授業に備えましょう」
 顔を上げた生徒たちは、伸びをしたり、首を回したり。ぐっすり眠った人もいれば、目を閉じていただけの人もいるようだ。
 明善高のほか、茨城、静岡の高校や愛媛、佐賀の中学でも、体調を整え学力向上も期待できる午睡の導入をアドバイスしてきた。生産性や効率アップを求める企業や学校などの講演依頼がやまず、全国各地で年に50回はこなす。
     *
 自称、睡眠伝道師。
 明善高が午睡について生徒にアンケートしたところ、「効果を実感」「必要だと思った」と答えた生徒が、それぞれ8割近くに達した。さらに、保健室の利用率の低下や部活動の成績向上など、学力外での効果も実証されたという。「数分の仮眠が大きな利益を生むのです」。長年の研究に裏打ちされた言葉だ。
 福岡県小郡市の神職の家に生まれた。「医学の視点で人の心を学びたい」と、久留米大学医学部へ。神経精神医学を研究していたさなかの1981年に日本で初の専門の睡眠診療外来が設けられ、睡眠障害の診断・治療に関心がわいた。
 本格的に関わりだしたのは、01年にハワイ沖で起きた実習船えひめ丸沈没事故の生存者の心のケアを担当してからだ。生存者には、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状だけでなく、睡眠障害もあることに気づいた。以来、数々の社会的事件の被害者を診察。10年、精神疾患には睡眠が深く関わっていると指摘する論文を書いて、注目を浴びた。「睡眠療法で、100万人を超えるうつやその予備軍の病状を緩和できる」と訴える。日本睡眠学会理事を務め、代表的な睡眠薬の治験も担う。同学会理事長の伊藤洋・東京慈恵会医科大学教授は「精神疾患にまつわる睡眠研究で先駆的な人」と評する。
     *
 人間は「体内時計」により、午前と午後の2~4時に眠気のピークを迎える。本来なら、この時間にしっかり眠って生活リズムを整えたいが、現代社会ではなかなか難しい。「あまり重要ではない会議は午後イチがお勧め」と笑う。
 昨年3月に発表された経済協力開発機構(OECD)の調査では、日本人の平均睡眠時間は7時間43分で26カ国(平均8時間19分)中、韓国に次いで2番目に短い。厳しい日本人の睡眠事情。だからこそ、思う。「生涯の4分の1は眠っている。快眠が4分の3を左右します。睡眠を制する者は、人生を制するのです」

 ――お昼寝って「子どもっぽい」と言われませんか。午睡の推進に反発は?
 質問そのものが先入観で洗脳されていますね(笑)。
 すでに、「大人の昼寝」を自然に実践している人たちはいます。例えば、大工やとび職など高所作業が伴う仕事の人。電車やトラックといった大型輸送機の操縦・運転者も。命の危険に直結する職場で働く人は、自身の体調を意識し、日中の休憩時間を確保しています。
 車の長距離運転を思い出して下さい。眠くなったり疲れたりすると車を止めるはずです。技術系の職種やスポーツ選手もそう。自身のパフォーマンスを強く意識します。学校での午睡も同じ狙いです。睡眠不足などで疲れた脳を一休みさせて、午後からの集中力を高める。少し休むとスッキリした経験は誰にもあるでしょう。居眠りで先生が叱ったり、チョークを投げたりする時間がもったいない。
 ■「目覚めよ」
 ――睡眠についての講演では、スポーツにまつわる事例を取り上げています。
 聞き手の心をつかみやすいからです。北京五輪で競泳の北島康介選手が前回大会に続き金メダルをとりました。北島さんでさえ、当時、決勝の時刻にあわせて半年前から時差を調整していたそうです。また、プロ野球で唯一の400勝を達成した金田正一さんは「夜の付き合いを避け、しっかり睡眠をとった。自分より才能豊かな選手はたくさんいたが、皆消えていった」と語っていました。強者でも睡眠に気を使い、誤ると力を発揮できないのです。
 久留米大でも実践しています。医師国家試験の半年前から受験生の脳の覚醒を試験開始直前の朝9時に合わせる生活をしてもらいます。勝つための「戦略」です。
 ――睡眠障害による判断ミスが大惨事の原因になるともいわれます。
 チェルノブイリ原発事故やスペースシャトル・チャレンジャー爆発事故、スリーマイル島原発事故の原因の一つに関係者の睡眠不足も挙げられています。1993年の米研究報告書では「Wake Up America」(目覚めよ、アメリカ)というスローガンを出したほどです。睡眠不足で生産性が低下します。経済損失につながって、日本では約3.5兆円に達するという報告もあります。睡眠をあなどってはいけません。
 ■仮眠を推奨
 ――快眠のためのアドバイスを。
 起床時間を一定にし、早起きしましょう。朝の光を浴びると15時間後に眠気が現れ、就寝時間も規則正しくなります。朝の光と体内時計がリズムを生みます。
 次は就寝前。寝る前に強い光を浴びると、睡眠ホルモンのメラトニンが抑制され、眠りにくくなります。深夜は明るい照明の店に行くことや、パソコン・携帯電話の使用も控えましょう。
 時差ボケも要注意です。国内でも起こります。それは月曜日。週末が休みで寝だめする人がいますが、午前中は時差ボケ状態です。眠さやだるさは時差ボケと同じ仕組みです。
 睡眠は単なる活動の停止ではありません。ヒトのような脳が進化した高等動物には「大脳の休息」。質のよい睡眠があって、脳は高い情報処理能力を発揮する。睡眠不足が続くと、血中アルコール濃度が0.1%のほろ酔い状態と同じです。
 ――学校での居眠りは?
 よくウトウトしていましたね。当時は子どもが多い時代だったので、運よくチョークは他の友だちに飛んでいました。今、就寝は午前0時を過ぎますが、大学の医局には午前7時の一番乗りです。同僚や学生にコーヒーを入れるのが朝の日課。カフェインの効果で皆の脳を覚醒させます。講演などで移動が多いので、車中でよく仮眠しています。
 ――睡眠に対する意識は変わってきましたか。
 厚生労働省は昨年、11年ぶりに「睡眠指針」を改訂、午後の早い時間での仮眠を推奨しています。うつなどの精神疾患が社会問題化し、国も本腰を入れ始めました。スペインには「シエスタ」という昼休憩の慣習があり、これを採り入れた日本企業もあります。量販店に快眠グッズが充実しているのは需要の表れです。
 ――今後の目標は。
 昨年末、睡眠の専門家約10人と協賛企業などで「ボディクロック研究会」を発足させて睡眠の調整から作業効率をアップさせる方策を考え、一般向けに発信しています。インターネットでの睡眠診断なども実施しますが、課題は受け皿。睡眠や心の悩みに気軽に相談できる町の診療所はまだまだ少ない。地域で活躍する臨床家の育成にも力を入れていきたいですね。(文・写真 池田良)」(2015/06/13付「朝日新聞」b1より)

これはなかなか良い。昼休みにチョコッと昼寝をするだけで、午後の活動がどれほど引き締まるか・・・

眠気と聞くと、いつも高校時代の世界史の授業を思い出す。決まって世界史の時間になると、いつもウトウトしていた気がする。教科書には、ミミズの痕のような鉛筆のスジ・・・。ウトウトしながら、指先の鉛筆が教科書を這う・・・。それで、世界史の成績? 良い訳がない!!!

現役時代の30年間は、昼休みは55分だった。50分に予鈴が鳴った。昼寝という習慣はなかった。それから転勤しての約10年間は45分。そして現在の会社は1時間。
入社したとき、これは長い、と思った。それで皆、昼休みは昼寝をしている。
自分もなるべく、机に突っ伏して昼寝をする事にしている。
少しでも眠れたときの爽快感は格別。
だから、上の記事のような高校での昼寝は非常に有効だと思う。

そう言えば、世界では、昼寝の習慣がある国があったな・・・・と見てみると、「シエスタ(siesta)」という習慣があり、「スペイン語でお昼もしくはその時間の昼休憩(13:00~16:00が目安)を指す言葉である。」とwikiにある。
「ペルーでは通常お昼を大学や会社で取るという習慣はなく、午前中の授業や仕事が終わった後は家に帰り、家族と一緒に食事をするようです。
会社員は、お昼から2時間半くらい昼休みがあるので、家が近い人は昼食を食べに帰り、仮眠を取ったあと、再び職場に戻ります。」
「スペインの旧植民地であるアルゼンチンにもシエスタの習慣が存在する。アルゼンチンのシエスタの時間帯は、基本的に午後1時~午後4時である。仕事をするのは午前8時~午後0時と午後4時~午後8時が一般的である。」

これらは、その国の気候との関係が深く、快適に過ごすための文化・知恵なのだろう。
日本の昼寝とはちょっと違う・・・

しかし、自分も歳を取ってきて、睡眠について頭を悩ます事が多くなってきた。
この頃は、夜中に起きると、開き直って、トイレに行った後はヘッドホンで音楽を聞いたりしている。そして音楽がうるさく感じると、それは眠気のサイン・・・

同期の連中と夜中に起きる話をすると、皆、同じように起きると言う。還暦を過ぎた人で、朝までぐっすりと目覚めずに眠れる人がどの位いるのだろうか?

老人にとって睡眠は、何ともやっかな存在である。

150621kusyami <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月20日 (土)

「ソフトバンク、アローラ氏に報酬165億円 孫氏後継候補」~会社は誰のものか?

今日は、会社は誰のものか、という話である。
今朝(2015/06/20)の各紙にこんな記事が載った。日経には、
ソフトバンク、アローラ氏に報酬165億円 孫氏後継候補
 ソフトバンクが昨年9月に米グーグルから招いたニケシュ・アローラ氏(47)に対し、2015年3月期に165億円余りの報酬を支払ったことが19日提出した有価証券報告書で分かった。アローラ氏は同日付で副社長に就任した。孫正義社長が「最重要の後継候補」と表明しており、破格の巨額報酬で迎え入れた。
 有価証券報告書によると、アローラ氏には総額165億5600万円の報酬が支払われた。こ150620softbank のうち株式による報酬が19億9500万円で、総額には入社に伴う契約金を含んでいる。孫社長の前期の役員報酬は1億3100万円で、これとは別に保有する自社株から100億円の配当を受け取った。
 米フォーブスの調べでは、米主要企業の経営者で13年に報酬が最も多かったオラクルのラリー・エリソン最高経営責任者(当時)ですら7840万ドル(約96億円)だった。国内では高額報酬で話題を呼んだ日産自動車のカルロス・ゴーン会長兼社長が9億9500万円(14年3月期)を受け取った。アローラ氏はこれらを大きく上回った。
 アローラ氏はインド出身。ドイツテレコムの携帯電話子会社Tモバイルの欧州部門幹部などを経て04年にグーグルに移った。同社の幹部時代に孫社長と出会った。インターネット事業などの議論を交わすなかで「人格や洞察力、情報革命への情熱にほれ込んで口説き落とした」(孫社長)。
 昨年9月のソフトバンクへ移籍後は、孫社長と二人三脚でアジアのネット企業への投資を加速してきた。今月3日に発表した韓国のネット通販大手フォワード・ベンチャーズへの10億ドル(約1230億円)の出資はアローラ氏が主導した。
 ソフトバンクが前期に株主に支払った配当の総額は475億円だった。アローラ氏が受け取った報酬はその約3分の1に当たる規模だ。
 ソフトバンクは利益の8割を国内通信事業で稼ぐ構造から脱し、海外展開を加速する方針。戦略を実行する上で、孫社長はアローラ氏を最も重要な後継者候補と宣言していた。同社が19日に都内で開いた定時株主総会で取締役に選任され、代表権を持つ副社長に就任した。」
(2015/06/20付「日経新聞」p3より)

あまりに突出した報酬の額にビックリ。
そう言えば、この後継者選びでは、社内で不満が出ていたな・・・と思って、前の記事を検索したら、こんな記事があった。

ソフトバンク、幹部一斉解任で社内に波紋&不満噴出 孫社長の暴挙か
 ソフトバンク内部が大揺れに揺れている。孫正義社長が自らの「後継者」として、米グーグル元最高事業責任者のニケシュ・アローラ氏を指名したことをめぐって波紋が広がっているのだ。
 特にソフトバンク社内では、孫氏を長年支えてきた経営幹部らが一斉に解任されたことについて、急速に不満が高まっている。孫氏にしてみれば、海外戦略を強化するための後継指名だったようだが、その意に反し、孫氏の求心力は一気に低下しているようである。
 孫氏がグーグルからスカウトしてきたインド人のアローラ氏は現在、持ち株会社であるソフトバンクグループの取締役会副議長を務めている。6月下旬に開かれる株主総会後の取締役会で代表取締役副社長に昇格し、名実ともに孫氏に次ぐナンバー2に就任するのは報道の通り。
 決算会見の席上、孫氏はアローラ氏を「有力な後継候補」と紹介し、「今後はグループの海外戦略を担当させる」と明言した。
 一方、グループ人事では、創業当時から孫氏を支えてきた宮内謙代表取締役副社長が取締役に降格し、海外事業を担当してきた後藤芳光氏と藤原和彦氏も、昨年就いたばかりの取締役から外れることになった。業界関係者は、このように指摘する。
「宮内氏はずっと黒子役を務めてきたから、トップになることはないだろうとは思っていたが、まだ若い後藤さんと藤原さんまで持ち株会社から追い出すとは驚くべき人事だ。いかに実力主義とはいえ、あんなドライすぎる人事をやられたら、生え抜き社員はやる気を失ってしまうだろう」
 しかも孫氏は、経営幹部を育成するための研修プログラムをまとめ、若手社員に経営トップとしての姿勢を教えてきた。その最中に、海外超大手企業からのスカウティング人事。
「生え抜きを育成すると口では言いながら、外部から幹部をスカウトしてくるのでは、生え抜きが活躍する場の可能性がなくなってしまう」(同)
 ソフトバンクは3年前に米通信大手のスプリントを約2兆円で買収するなど、海外事業の強化を急いでいる。最近では海外のインターネット関連企業の買収を積極的に進めており、その事業の中心にグーグルで経験を積んできたアローラ氏を充てる方針とみられる。
 そのアローラ氏は、インターネット業界では以前から有名人であり、ハリウッドスターらとの親交も深いという。
 会社の成長に向け、有能で派手な人脈を誇る外国人幹部をスカウトしてお披露目した孫氏だが、社内の評判は散々であり、「独善的な運営」(ソフトバンク中堅社員)との批判も出ている。」
(2015/06/09付(ここ)より)

そして5月の、後継者指名をした時の記事・・・
孫正義社長が事実上の後継者候補を指名 権力闘争に懸念と識者
 後継指名したのは、インド出身の外国人だった。今月11日の決算記者会見で、ソフトバンクの孫正義社長は7月1日付で社名を「ソフトバンクグループ」に変更すると発表。同時に昨秋、米グーグルから引き抜いたニケシュ・アローラ氏(47)を代表権のある副社長に抜擢する人事を明らかにした。
 孫社長は「最重要な後継候補」とアローラ氏を紹介。「私より10歳若く、能力も人格も素晴らしい」とベタ褒めした。アローラ氏とはどんな人物なのか。
 1968年、インド空軍で働く家に生まれたアローラ氏はインドの名門バナーラス・ヒンドゥー大学卒業後、奨学金を頼りに渡米。トイレと風呂場が1つしかない家を男5人でシェアしながら、苦学したという。99年に転職したドイツテレコムで頭角を現すことになるのだが、就職するまでに送った履歴書の数は400通を軽く超えたという。
 転機は04年のグーグル移籍だった。営業やマーケティングなどを統括する上級副社長にまで上り詰め、12年には5100万ドル(約60億円)の報酬を提示されたことで話題をさらった。
「昨年、アローラ氏はブラッド・ピットらハリウッドの大物俳優を招きイタリアで盛大な結婚式を挙げています、孫社長も出席しました」(関係者)
 果たしてアローラ氏は、後継者として成功するのか。ソフトバンクに詳しい経済ジャーナリストの真保紀一郎氏がこう言う。
「カリスマ創業者の孫社長がどんな人事をしても社内からの反発や異論は少ないと思います。軋轢が生じるとすれば、今は蜜月の孫社長とアローラ氏の関係が壊れた時です。スティーブ・ジョブズがアップルを追われた時のように権力闘争が起きないとも限りません。実際、孫社長は自分が慢性肝炎で闘病中の83年、野村証券出身の大森康彦氏を三顧の礼で社長に迎えいれましたが、治癒した直後に解任しました」
 孫社長は「まだ引退するつもりはない」と言い、交代時期も示していない。ユニクロの柳井会長兼社長も、後継指名した玉塚元一社長氏をわずか3年で“追放”している。アローラ氏がトップに就くまでに一悶着あるかも知れない。」
(2015/05/14付(ここ)より)

実は、自分が(半)現役時代、ソフトバンクモバイルの前のボーダフォン時代に、この会社とかなり蜜に仕事をしていた経験があるので、どうも気になるのである。
孫社長はソフトバンクの創業者であり、20%の大株主でもある。しかしこの人事は、日本人の感覚には相容れない。
言うまでもなく、会社は人の集まり。一人の力など微々たるもの。ソフトバンクに限らず、多くの人たちの努力によって、現在の会社がある。しかし、今までの功労者を切って、自分ひとりが惚れた人材を突然持ってきてトップに据える。これでは、会社のモチベーションはどうなるのか・・・。「やってられない」という声が聞こえるようだ。
しかも、165億円という、途方もない報酬(引き抜き額)。これらを20%の株主の意向一つで、決められるものか・・・。それに使うお金は、会社のお金である。
あまりに、会社を私物化しているように見えて仕方がない。

165億円は2014年の半年に支払われた額であり、今年度の報酬は分からない。幾ら今まで「12年には5100万ドル(約60億円)の報酬を提示されたことで話題をさらった。」人物でも、日本の企業風土で、社員全員が孫社長と同じようにアローラ氏に“惚れて”、それに見合う業績を出すかは分からない。
アローラ氏自身も大変だ。まあ世界担当だというので、部下に日本人は少ないのかも知れない。しかし、少なくても、自分が引き抜かれて入社したことで(成り行きでなく)、自分が得た報酬の数倍の業績アップにつなげ、「165億円の引き抜き料は安い買い物だった」と市場が評価するようでなければ、居場所が無くなる。

それに、もし上のような孫社長との軋轢で、去るような事態になると、消えた165億円は孫社長が弁償するのかな!?

乞われて挫折したトップが、枚挙に暇がないことは上の記事でも指摘されている。
姜尚中(カン サンジュン)氏が、聖学院大学の理事長に乞われて、2013年3月に東大教授の定年を3年残して退職し、翌2014年に5年の任期で聖学院大学学長になったが、“惚れた”理事長との軋轢で(?)この2015年3月に、たった1年で聖学院大学学長を辞任したのは、つい最近のニュース。

飼い犬に咬まれることなど、企業ではごくふつうの出来事。つまり自分で招聘してきた人物と不仲になる事など、良くある話。
上の記事での指摘も大いに有り得る。しかしその時の傷は深い・・・
しかもそれは、現場の社員と縁のない別世界で動く・・・

まあ自分はソフトバンクの社員でないので幸いだが、つい社員の心情を思ってしまう・・・。
ちなみに、我が家の携帯はdocomoとauだが、「softbankに変えることは永遠に無くなったな・・・」と感じた記事であった。

150620yabbe <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月19日 (金)

またも「七十肩」か・・・

どうも、我が左の「七十肩」が本格化してきたようである。
右の「六十肩(または五十肩)」を“やった”のが、(当blogで検索すると)2009年2~3月頃(ここ)。
良くなってきたのが10月頃らしい。治るまでに、半年か・・・。いつ全快したのが、記録がないので分からない。こんな徐々に進む病気は、何となく始まって、何となく終わる。よって日時がハッキリしない。
今回の左腕の「七十肩」は、4月頃からスタートしたらしい。ハッキリと自覚してメモしたのが2015/4/24とある。服を着るとき、左手を通すときに痛い!・・・と。
散歩の時に、「背中に手を回すと、左手は貝殻骨の上に行くが、右手は六十肩をやったので、貝殻骨に届くのがやっと・・・」とカミさんにやって見せたのは、ごく最近のような気がするが・・・

5月末に1歳半の孫が遊びに来たとき、座ったままでは「高い!高い!」が出来ない!! まあ10キロにもなっているそうなので、仕方がないが、肩が痛くてまったくダメだった。
6月の初めに、同期のお茶会があったとき、「どうも七十肩らしい」と言ったら、ほぼ全員が、両肩を順番にやっているという。blogを改めて読むと、兄貴も2回やっていた。

しかし2度目となると、こっちもベテラン。何も動じない。オモリを持っての運動なんて、もうしない。針治療ももちろんしない。
現在は左腕を後に回すと、ベルトの少し上が限度。でもそれほど困らない。

困るのは、会社で昼休み、暗い事務所で、腕も枕に昼寝をするのだが、そのとき、いつもの左腕を枕にすると、何か突っ張って痛い。
背中がかゆくなったときも困るが、家の中にいるときは、孫の手がある。
おっともう一つ、電車などでつり革を持つ時がツライ。左手でのつり革は諦めた・・・

まあベテランで、動じはしないが、でも不便。早く「七十肩が治った」という記事を書きたいものである。(まさにblogは備忘録。自分で検索すると、前回のときの様子を思い出せるのでなかなか良い・・・)

(2015/07/06追)
「七十肩」がいよいよ進んできた。右腕を背中に回すと、腰ベルトのあたりまで上げるのがやっと・・・。この2週間で10センチほど下がった感じ・・・。尻ポケットの財布を取るのがこれから大変・・・
でも、自分はベテラン! 何の治療もするものか!! 時間が経てば治るさ!!

(2015/07/10追)
いよいよ、ベルトはおろか、尻まで手が行かなくなってきたぞ・・。尻ポケットがツライ・・・(実況中継中)

(2015/07/16)
背中に左手を持って行くだけで痛い。まして左尻のポケットなど“遠い存在”。トホホ・・・。

(2015/07/28)
左尻の財布がとれないことは続いているが、頭にクシを入れることもNG。左手が後頭部に行かない・・・。左方向60度、前方向100度、後方向45度が限界。通勤時に、カバンを前後に振り回してはいるが・・・。背中に手を回すのが、一番ツライ。シャツ脱ぐ時は、カミさんに引っ張って貰っている。トホホ・・・

(2015/09/19)
NHK「ためしてガッテン」(ここ)を見て、肩こりには筋膜が影響していると知り、筋膜治療と実施しているという医院に行って、「トリガーポイント注射」をして貰う。2回受けたが、注射自は痛い。効果は・・・

(2015/10/06)
やっと底を打った感じ。ここ数日、尻ポケットから財布を取れるし、左側を下にして寝ることも何とか可能。さて・・・

(2015/10/10)
日を追って、良くなっているのを実感。日常生活であまり意識しないで済む。ただし、腕を後にすると、ベルトまで上がらない。

(2015/10/13)
何と、左手が首の後まで行くようになった。後頭部も何とかOK。ただし背中側はベルトまで行かない。

(関連記事)
今回の「五十肩」は手ごわい・・・ 
五十肩~最後の(?)鍼治療 

150619jet<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月17日 (水)

梓みちよと倍賞千恵子の「忘れな草をあなたに」

前に「忘れな草をあなたに」を取り上げたのは、もう7年も前(ここ)。
先日、久しぶりに梓みちよの「忘れな草をあなたに」を聞いた。昔から良く知っている歌だが、梓みちよの歌は、放送ではあまり聞いたことが無い。エコーがたくさんかかった独特の録音である。

<梓みちよの「忘れな草をあなたに」>

「忘れな草をあなたに」
  作詞:木下龍太郎
  作曲:江口浩司

別れても 別れても 心の奥に
いつまでも いつまでも
憶えておいて ほしいから
幸せ祈る 言葉にかえて
忘れな草を あなたに
あなたに

いつの世も いつの世も 別れる人と
会う人の 会う人の
定めは常に あるものを
ただ泣きぬれて 浜辺に摘んだ
忘れな草を あなたに
あなたに

喜びの 喜びの 涙にくれて
抱(いだ)き合う 抱き合う
その日がいつか 来るように
二人の愛の 思い出そえて
忘れな草を あなたに
あなたに

この歌については、前にヴォーチェ・アンジェリカと菅原洋一の歌を取り上げたときに(ここ)、書いているので繰り返さないが、この歌は心に残る名唱が他にも色々ある。

自分が一番好きな録音は、菅原洋一だが、上の梓みちよの歌と、倍賞千恵子の歌も素晴らしい。

<倍賞千恵子の「忘れな草をあなたに」>

歌の印象は編曲によって大きく違って来るが、この歌はどれも編曲が素晴らしく、どれも長く残る録音である。

自分は子どもの頃から叙情歌が大好きで、伊藤久男の「あざみの歌」や「山のけむり」などからスタートした。しかし、時代の流れか、この頃、新しい叙情歌に出会うことが少なくなった。
でも、良い歌は永遠に残る。この歌もそのうちの1曲であろう。

150617urashima <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月15日 (月)

がん告知で浮かび上がる「夫婦の関係」

先日の「日経Gooday」にこんな記事があった。
がん告知で浮かび上がる「夫婦の関係」
動揺するパートナー、本人落胆させる言動も
その言葉は、ある日不意に言い渡される――。「がん」。次の瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、我が人生を改めて振り返る。今は日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代。がんをきっかけに診察室で繰り広げられる人間模様とともに、がん治療の最前線を歩み続ける森山紀之・東京ミッドタウンクリニック健診センター長がつづる、現代人に贈る生き方の道しるべ。

自分はがんを免れられても、身内が同じだとは限らない
 もしも、自分ががんになってしまったら、いったい何が起こるのか、どんな気持ちになるのか、何をしなくてはならないか――。この連載では、できるだけ詳しくお伝えしてきました。「2人に1人ががんになる時代」に生きる私たちは、その現実から目を背けられないことも、だんだんと分かってきたのではないでしょうか。
 あなたががんを免れたとしたら、それはそれで幸いなことです。しかし、あなたはがんにかからず大丈夫だったとしても、あなたにとって大切な誰か、例えばパートナーががんにならない保証はどこにもありません。
 そこで今回は少し趣向を変えて、「もしもパートナーががんにかかってしまったら……」というケースについてお伝えしたいと思います。
「がんであることを告知されると、当人が受ける心理的な衝撃は大きく、心をかき乱され、不安にさいなまれます。これは聞かされる側の身内も例外ではなく、ときに、本人以上にろうばいしてしまうこともあります」
 ある50代の男性のケースです。検診の結果、胃がんであることが判明し、それを告知する日には奥さんを伴って診察室にやってきました。結果を示しながら、「胃がんです」と口にしたとたん、「あれほど検診を受けてと昔から言ってきたじゃない! 私のことを無視するからこうなるのよ!」と、奥さんが大声を上げました。
 「なんだと? そんなことを言うけど、お前だって……」と、言い返すご主人。こうしてだんだんと2人で声を荒らげ始め出すと、とうとう夫婦ゲンカが始まってしまいました。

■「生命保険にはちゃんと加入しているのか!」
 がんを告知した瞬間に、夫婦ゲンカが始まるケースは、しばしば起こることなのです。がんであるとの診断結果は、たとえそれが初期のものであっても、本人が受ける心理的な衝撃は大きく、心をかき乱され、不安にさいなまれます。これは聞かされる側の身内も例外ではなく、動揺している本人と同じか、ときに、本人以上にろうばいしてしまうのです。
 今度は別の2つのケースです。いずれも奥さんががんであることを告げるや、次のような言葉がご主人の口をついて出てきたのです。
 1人は、「生命保険にはちゃんと加入しているのか!」。そしてもう1人は、「お前は死ぬからいいけど、残される俺の身にもなってみろよ……」。
 どちらのケースも、実は動揺したことを紛らわせるために、思いついた言葉をそのまま口にしてしまっただけなのだと思います。冷静であれば、おそらく絶対に口にしない言葉だったでしょう。しかし、現実には、がんである衝撃を受け止めなくてはいけない奥さんに向かって、「一緒に頑張るよ!」といった言葉はひと言も発せられなかったのです。今後の治療において、最も心強い支えになる必要があるパートナーにすら、信じられないことを口走らせてしまう。これもまた、がんなのです。

がんにかかった本人をがっかりさせてしまう原因
 多くの人たちが「がん=死」だと思い、気持ちが後ろ向きになる。がんにかかったのが自分ではないにもかかわらず、「これでおしまいだ」と悲観的になり、パートナーを思いやったり、次の手立てを自分が冷静に考えたりすることができなくなるのです。
150615gankokuti こうして、治療に入っても、不確かな情報をパートナーに与えて不安をあおったり、「いつ治るんだ?」といった本人には答えようのない問いかけで、気持ちを逆なでしてしまったりする。また逆に、「頑張れば治る」などの安易な精神論で励ましたり、あるいはつらさの余り、パートナーの悩みを無視し、無口、無関心になったりする。
 これらはどれも、がんにかかった本人をがっかりさせてしまう原因になりかねません。こうした言動を取らないようにするのが難しいのは十分承知していますが、可能な限り、意識しておくようにしたいものです。

<がんにかかった本人を落胆させる4つの行動>
1.不安をあおるような情報を与える
「治療」「薬」「生存率」「医師」「病院」などに関する不確かな情報は言わない。
2.本人の気持ちを逆なでするような言動を取る
「いつ治るんだ?」「なぜがんになったんだ?」など、パートナーが答えようのないことは言わない。
3.安易な精神論で励まし続ける
パートナーはいつも頑張っている。「もっと頑張れる」「頑張れば治る」などの言葉で、今以上の努力を要求するような言い方はしないこと。
4.パートナーを無視したり、無口になったりする
パートナーは常に不安な状態にある。相手からの言葉には、とにかく耳を傾ける。
(森山先生の取材をもとに、グッデイ編集部でまとめた。)

がん患者の気持ちは「日々豹変する」
 がんになった患者というのは、「豹変(ひょうへん)する」と心得ておいてください。あれだけ頼りがいのあった主人が、信じられないほど弱々しくなる。あるいは、きれい好きで気配りの人だった奥さんが、身の回りに無頓着になり、とてもわがままな人になってしまう。こうしたことは珍しくありません。
 治療をする過程においても、がん患者は絶えず心が揺れ動きます。例えば「早く死にたい」「手術方法を変えてほしい」と口走ったかと思えば、気持ちが落ち着くと「死にたくない」「もっと頑張りたい」と力を振り絞りながら訴える。
 身内ならば「できるだけのことはしたい」と思っていますから、このような患者の豹変ぶりに、多かれ少なかれ振り回され続けることになるでしょう。その際には、こう考えてみてください。
 パートナーがわがままを言っているのではなく、がんが言わせているのだ、と。
 パートナーががんだと分かったとき、みなさんに心がけていただきたいことが2つあります。1つは「決して慌てない」、そしてもう一つは「どんなときにも味方になる」こと。ただ、この2つの実践は、決して簡単ではありません。支える側として、心身ともに消耗してしまうときもあるでしょう。そうした際には、パートナーではなく、がんを恨んでください。

ご夫婦が培ってきた「歴史」「絆」を垣間見た
 今まで、たくさんのがんの患者とその家族と接してきた経験から、つくづく思うことがあります。それは、がんという病気は、家族や夫婦がそれまでに「どのように歩んできたのか」「どんな関係を培ってきたのか」を浮かび上がらせてしまうことです。まるでリトマス試験紙のように、夫婦や家族の関係をあらわにしてしまう側面があるのも、がんという病気なのです。
 最後に、もう一つのエピソードをご紹介しましょう。がんのご主人と一緒に闘った60代女性の話です。
 ご主人はゴルフが何よりも生きがいの人でした。がんが進行して骨転移が分かった時点で、骨折を恐れた主治医から、ゴルフは控えるようにと言われてしまいました。仕事を引退してからは、明けても暮れてもゴルフばかりだったのに、生きがいを取り上げられると、日に日にふさぎ込み、体が弱り、生気を失い鬱状態にまでなっていきました。
 ご主人の様子を見るに見かねた奥さんが、「ゴルフはできないのでしょうか」と私のところに相談にやってきました。「骨折はそれほど心配する必要はない。むしろ動ける間は、本人がやりたいということはどんどんやらせたほうがいい」と私はアドバイスしました。

■「余命半年」がゴルフ再開で5年間生き永らえる
 奥さんを連れだってゴルフを再開したら、その男性は見違えるほど元気になっていきました。「余命半年」と宣告されたにもかかわらず、その後に5年間も生き永らえ、それこそ「最後の最期」までゴルフをご夫婦で楽しみました。奥さんが私に送ってくれた手紙には、「ゴルフを再開するという選択は間違っていなかった」という言葉とともに、感謝がつづられていました。
 ふさぎこむご主人を見た奥さんが、「本人のためだ」と意を決してゴルフの再開を勧め、励まし、そして最期まで一緒にゴルフ場に通ったことに、このご夫婦が培ってきた「歴史」「絆」を垣間見た気がします。もしも、積み上げてきたものが相手に対する「不満」や「不信」であったとするならば、恐らく「静かに病院で過ごしてほしい」と、パートナーにゴルフは再開させていなかったと思うのです。余命も、ずっと短かったかもしれません。
 パートナーががんになったら、あなたは何をしてあげられますか?
 あなたががんになったら、パートナーは何をしてくれるでしょうか?
(まとめ:平林理恵=ライター、森山紀之=東京ミッドタウンクリニック常務理事)」(
2015/06/01付「日経Gooday」(ここ)より)

なかなか重たいテーマである。

思い出すと、我が家では「死」を意識したことが、2度ほどある。1度目は、長男が1歳半のときに、熱性けいれんのため救急車で担ぎ込まれた夜中の医院で、口から泡を出して心臓が止まりかけたとき。そしてもう一回は、昨年10月、カミさんが血尿の検査のため膀胱鏡の検査室から出てきて、マジメな顔で「何かあった!」と言ったとき。

どちらも結果的には「死」まで意識する必要は無かったものの、特に昨年は「とうとう我が家も・・・」と思ったもの。

この記事にあるように、我々も老年になるに従い、“それ”がいつ起きてもおかしくない。
その心構えだけはしておきたいものだが、まあ気が弱い自分には無理・・・

でも、カミさんとは、そんな“想定話”はよく話に出る。「私が寝たきりになったら、ちゃんと看病してくれる?」「もちろんだ!」
ここで問題なのは、自分の「もちろんだ!」という返事のレスポンス。カミさんが言い終わらないうちに返事をしている。
これは2つの原因が考えられる。1つは、いつもカミさんの事だけを考えているので、“そんなこと言われなくても返事が出来る”という状態。もうひとつは、何も考えていなくて、頭を経由せず、耳から入った言葉に反応して自動的に口から言葉が出る場合。
ま、今のところ、正直“後者”の気がするが、でも、がんばると思う。でもたぶん順番は逆だろうが・・・

歌人の河野裕子さんの例もあり(ここ)、誰も死の恐怖からは逃れられない。

たぶん先に逝く自分が“そのとき”、「やはり結婚しておいて良かった」と思えると信じているのだが・・・。(でもカミさんに「“その時”は、ちゃんとケアしてくれるか?」聞けば、同様に(何も考えないで)「もちろんよ!」と返事するだろうな・・・) トホホホ・・・

150615niichan<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月14日 (日)

「アジア上位100大学、中国最多 日本を逆転 英誌」~東大生の就職ベスト5

先日の日経新聞にこんな記事があった。当サイトは、相変わらず、ベスト10が好きなのである。
「アジア上位100大学、中国最多 日本を逆転 英誌
 【ロンドン=共同】英教育誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションは10日、中東を含むアジアの今年の大学ランキングを発表した。東京大が2013年の発表開始以来3年連続でトップだったが、上位100校に入った日本の大学は昨年より1校少ない19校で、21校の中国に初めて校数で首位の座を譲った。
 13年に22校だった日本は2年連続の減少となり、昨年2位の中国に逆転を許した。今回の19校も東大や神戸大などを除く15校が昨年より順位を下げており、同誌は「中国に対抗するため研究投資を増やさなければならない。迅速に対処すべきだ」と指摘している。
 日本に続く3位は昨年と同じ韓国で13校。
 日本勢の大学はほかに京都大(9位)、東京工業大(15位)、大阪大(18位)、東北大(19位)、名古屋大(32位)など。
 学生1人当たりの教員数や論文の影響力、国際化の度合いなど13の指標で比べた。同誌は世界の大学ランキングも毎年発表している。」(2015/06/11付「日経新聞」より)

<アジアの2015年大学ランキング>
①東京大学
②シンガポール国立大学
③香港大学
④北京大学
⑤精華大学
⑥ソウル国立大学
⑦香港科技大学 
⑧KAIST(韓国)
⑨京都大学
⑩南洋理工大学(シンガポール)

<アジアの2015年大学ランキング~日本の大学>
1位 東大
9位 京大
15位 東工大
18位 阪大
19位 東北大
32位 名大
33位 首都大学東京
40位 東京医科歯科大
48位 筑波大
58位 九大
59位 早大
63位 北大
73位 慶大
75位 順天堂大
78位 広島大
81位 神戸大
88位 岡山大
91位 大阪市立大
99位 千葉大

ここより)

このランキングを見て気が付くことは、一橋がないな・・・。そして、首都大学東京が意外と高位だな・・・。私立大が3校と少ないな・・・。
それにしても、東大が1位で、何とか日本のメイツを保った感じだが、全体として少々残念なランク付けではある。

同じサイトに、東大生の就職先についてランキングがあった。これも「ヘエー」と思って見た。

<東大生 新卒就職者数 トップ5>
00年 ①IBM 42 ②NTT 40 ③富士通34 ④ソニー33 ④日立33 
01年 ①日立52 ②IBM 47 ③ソニー45 ④富士通41 ⑤みずほFG 40
02年 ①IBM 60 ②日立43 ③NEC 33 ④ソニー29 ⑤東芝29 
03年 ①IBM 51 ②NTTデータ38 ③トヨタ36 ④日立35 ⑤ソニー34
04年 ①日立35 ②トヨタ35 ③ソニー32 ④NTT東日本28 ⑤NTTデータ28 
05年 ①みずほFG 47 ②NTT 37 ③トヨタ31 ④キヤノン26 ⑤三井住友銀行23
06年 ①みずほFG 94 ②日立51 ③トヨタ45 ④NTTデータ38 ⑤東芝37
07年 ①みずほFG 82 ②日立41 ③大和証券38 ④NTTデータ36 ⑤東芝34 
08年 ①三菱東京UFJ 59 ②日立51 ③ソニー48 ④みずほFG 41 ⑤NTTデータ39
09年 ①ソニー57 ②みずほFG 43 ③トヨタ41 ④日立40 ⑤三菱商事36
10年 ①日立41 ②三菱東京UFJ 40 ③三菱商事37 ④NTTデータ37 ⑤富士通35
11年 ①日立41 ②三菱商事41 ③楽天36 ④三菱東京UFJ 33 ⑤三菱重工31
12年 ①日立56 ②三菱商事39 ③三菱東京UFJ 37 ④東芝34 ⑤富士通28 
13年 ①日立53 ②三菱東京UFJ 36 ③三菱商事35 ④DeNA 34 ⑤三菱電機33
14年 ①日立55 ②三菱東京UFJ 37 ③トヨタ36 ④三菱重工32 ⑤三菱商事27
ここより)

東大生がエライとも思わないが、ま、ひとつの指標として眺めてみると、日立が多い。日立は、博士のたまり場と昔から言われていたが、予想以上。そして04年からのIBMの凋落と、10年からソニーが消えた・・・。そう言えば、Panaやシャープが無いな・・・
そして意外なのが、楽天やDeNAにも結構行っている・・・。東大生は名門企業しか行かないのかと思っていたが、どうもそうではないらしい・・・

話は飛ぶが、先日の「日経新聞」の「春秋」。
「「大日本帝国の贅沢(ぜいたく)品」。作家の三浦朱門さんは、旧制高校というものをこう言いあらわしている。なにかと窮屈な戦前の世の中にあって、ここだけは別天地だったという。若者たちは自由と自治を謳歌し、哲学や文学に親しみ、あれこれ思索を巡らせることができた。▼旧制高校への進学者が同世代の1%しかいなかったからこそ、こういう世界は成り立ったのだろう。いずれ国をしょって立つエリートに、あえて無駄な時間を過ごさせるシステムだったともいえる。だから高等教育が大衆化した戦後は、そんな教養主義もすたれていく。いまや岩波文庫を一冊も持たぬ大学生は珍しくない。▼文部科学省が全国の国立大に出した通知は、こうした流れを加速させるに違いない。「社会的要請」に鑑みて、教員養成系や人文社会科学系の学部などは組織の廃止・分野転換をすすめるよう求めている。すぐに役に立たない教育は要らないというわけで、旧制高校の教養主義とは対極にあろう。ずいぶん割り切った話だ。▼空理空論をもてあそぶ授業は困るが、いかに大衆化したとはいえ実学一辺倒で大学の値打ちが保てるかどうか。教養なんかサヨナラというならこの国の未来は心もとない。あとで値打ちのわかる贅沢品より、何事もお手軽な消耗品で間に合わせる時代。ファストフード、ファストファッションの次はファスト大学だろうか。」(2015/06/11付「日経新聞」「春秋」より)

この、国のお手軽な、目先だけを見たような政策に辟易する。
別に、ベスト10に入る事が目的ではないが、「教員養成系や人文社会科学系の学部などは組織の廃止・分野転換をすすめる」ことが、日本の長い目で見た発展に寄与するのかどうか・・・
そして、今度は大学に国旗掲揚、国歌斉唱の実施の有無を調査したんだそうだ。
国の関与を益々増やそうという色々な動き・・・。
日本の、世界的評価がどんどん下がって行くのも仕方がない最近の政治ではある。

150614yumiya<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月13日 (土)

NHK文化講演会「明るい<晩年>に向かって」講演:林望から

もう1ヶ月も前の話だが、NHKラジオ第2の「文化講演会「明るい<晩年>に向かって」講演:林 望(作家・国文学者)」(2015/05/10放送)が面白かった。

放送の解説にこうある。
「「明るい<晩年>に向かって」講演:林 望(作家・国文学者)
60代の後半に入った林さんにとり、明るい晩年の良き手本は亡き父・雄二郎さんである。情報化社会を予見した未来学者としても知られる雄二郎さんは、平成23年に95歳で亡くなった。散歩や読書を楽しみ、常に新しいことを仕入れては家族団らんで話すなど、生き生きと暮らしていた父の人生を振り返りつつ、誰もが予期できない「死」、そして天命をまっとうするためにも大切な「健康」について語る。」(
NHKのここより)

★この番組(60分)をお聞きになる方は(ここ)をクリック。

実は自分は、林望氏を知らなかった。wikiでみると、東大総長だった林健太郎の甥だという。父親の林雄二郎も有名な方らしい。
近くの人に「林望って知ってる?」と聞くと、結構皆さん知っていた。なるほど、だからこの講演会の会場も広い日比谷公会堂なのだ・・・・

本題に入ろう。この父親と息子の関係は羨ましい。最大の遺産は子どもへの教育。
それはその通り!
95歳で亡くなったという父は、母が亡くなってから、それまでまったくやっていなかった家事を黙々とこなしたという。
そして、1時間前に元気だったのが「お父さんが呼吸をしていない」という電話が、ホームからかかってきたという。こんな老衰もあるのだ・・・

色々ある親子の関係、そして何とも、たくましい老後を見た。

150613taijyuukei<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月11日 (木)

「日本の競争力、27位に低下」

まあ、世界の色々な組織が、色々なランク付けをして発表している。日経も、それを色々と紹介するので、「ベスト10」が好きな自分は、ついそれに反応してしまう・・・。

日本の競争力、27位に低下 首位は3年連続で米
 【ジュネーブ=原克彦】スイスの有力ビジネススクール、IMD(経営開発国際研究所)が27日発表した「2015年世界競争力年鑑」で、日本は総合順位を6段階下げて27位となった。順位の低下は3年ぶり。円安の効果で観光収入や国際貿易の指標が改善したが、経済成長率の鈍化や構造改革の遅れが響いた。
 調査対象は61カ国・地域。日本は政府部門の財政と移民政策に加え、ビジネス部門の国際経験と経営幹部の競争力が最下位だった。企業の社会的責任や平均寿命で1位の評価を受ける一方で、語学力が60位、管理職教育も57位にとどまった。
 総合の首位は3年連続で米国。アジア太平洋地域では2位の香港、台湾(11位)、韓国(25位)が順位を上げたが、マレーシア(14位)、タイ(30位)、インドネシア(42位)は下がった。」(2015/05/28付「日経新聞」より)

詳細なランクは(ここ)にあるが、ベスト10を拾ってみると・・・

<「2015年世界競争力年鑑」総合順位>
①米国
②香港
③シンガポール
④スイス
⑤カナダ
⑥ルクセンブルク
⑦ノールウェイ
⑧デンマーク
⑨スウェーデン
⑩ドイツ

日本の27位は、22位の中国や、25位の韓国よりも下・・・。
でも32位のフランスや45位のロシアよりもマシ・・・!?

とにかく、評価項目で順位はいくらでも変わるの。この順位も、どんな項目を挙げて、それらにどのようなポイントを与えるか・・・
まあ、こんな結果は、全然気にしないが、米国が100ポイント、というのが気にくわない。米国を100として相対評価したのなら分かるが、好戦国の米国が、満点をイメージする100という数字がどうも好かん・・・

だったら、こんな話題を取り上げなければ良いのに・・・。 ま、そうだな・・・
それでも、どんな評価でも高順位を獲得する北欧各国にだけは、敬意を表そう・・・。

150611haisya<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月10日 (水)

都はるみの「しあわせ岬」

先日、NHK BSのアーカイブスの番組を見ていたら、若い頃の都はるみが「しあわせ岬」を歌っていた。この歌は、mp3音源を持っていたので、知ってはいたが、改めて「しあわせになりたいなァ」という最初の旋律が気に入り、またじっくりと聞いてしまった。
もちろんCD音源を持っていなかったので、それも手に入れて・・・

<都はるみの「しあわせ岬」>

「しあわせ岬」
  作詞:たかたかし
  作曲:岩久 茂

しあわせになりたいなァ
愛する人の胸に抱かれて
ホロホロと泣きたいなァ
悲しみを忘れて あまえてみたい
あゝ 海に赤い夕陽が沈む
あなた乗せた船は 船は見えない
岬に 春が来るというのに

しあわせになりたいなァ
あなたと二人ここで暮らせたら
苦労さえ楽しいなァ
どんなわがままでも 聞いてあげたい
あゝ こんな夜はお酒をつけて
ひとり待てばあなた あなた恋しい
岬に 春が来たというのに

しあわせになりたいなァ
浜木綿が咲く北の岬は
潮騒の音ばかり
くちびるが燃えます 日暮れが来ます
あゝ そうよここがあなたの故郷
帰る時をわたし わたし待ちます
岬に 春が過ぎてゆくけど

この歌は、1977年10月1日発売だという。もう40年も前の歌だ。
都はるみは、自分にとって特に好きな歌手というわけではない。でも大好きな歌は色々ある。最初に好きになったのが「北の宿から」。この歌は1975年12月1日発売。カミさんと、最初の頃のデートでこの歌のことが話題になった。カミさんの嫁入り道具の中にこの歌のEPレコードがあった。
その後、気になったのが「夫婦坂」(1984年9月30日発売)。この歌は、関西に出張に行ったときに、営業さんと一緒に行ったスナックで流れていて知った。
そして(ここ)にも書いた「ふるさとよ」(1996年2月21日発売)だ。すでにこの3曲は当サイトで挙げている。

この「しあわせ岬」は、「ふるさとよ」と似ている感じ・・・、と思ったが、4曲とも作詞も作曲者も別だった。
この歌は、発売の1977年の紅白歌合戦で歌ったらしいが、wikiによると都はるみは1997年を最後に紅白には出場していないという。
そういえは、都はるみも自分と同じ歳。でもまだまだ元気・・・
クラシックの音楽家の活動期間は長いことが知られているが、(ここ)にも書いたが、歌手の寿命も結構長い。
見習わねば!?

150610nioi<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月 9日 (火)

「この国はどこへ行こうとしているのか・・・」

なるべく政治的なことは話題にしたくないのだが、政治は目に余る状態が続いている。
今朝の「朝日新聞」の社説・・・

「(社説) 「違憲」法制 政治権力は全能ですか
 一瞬、聞き間違えたかと耳を疑った。
 「現在の憲法をいかに法案に適用させていけばいいのか、という議論を踏まえて閣議決定を行った」。安全保障関連法案を審議する衆院特別委員会での、中谷元・防衛相の答弁である。
 前日に衆院憲法審査会で3人の参考人が安保関連法案は「憲法違反」と断じたことを受け、民主党の辻元清美氏が「政府は法案を撤回した方がいい」と指摘したことに対するものだ。
 憲法「を」法案に適用させる――驚くべき発言である。
 言うまでもなく、憲法は日本の最高法規であり、憲法「に」法律を適用させなければならない。ところがいま、政府の方針を最上位に置き、それに合わせて法律をつくることで、実質的に憲法を変えてしまおうというまさかの事態が進行している。その一翼を担っているのが、仮にも「法の番人」と称されてきた内閣法制局である。
 法制局は、憲法違反の法案が国会に提出されないよう事前に審査し、「法の支配」を守る役割を担ってきた。いや、「番人」ではなく、曲芸的な憲法解釈でむしろ政治を支えてきたのだとの批判は常にあるが、それでも、現憲法下では集団的自衛権の行使は認められないという一線は守ってきた。
 憲法審査会で笹田栄司早大教授は、これまでの法制局の仕事を「ガラス細工と言えなくもないが、本当にギリギリのところで保ってきていた」と評価し、今回はそれを「踏み越えてしまった」ので違憲だと指摘した。
 だが、横畠裕介法制局長官はどこ吹く風、複数の元長官の批判や懸念にも背を向け、「政権の番人」としての覚悟すら感じさせる。その姿は、人事に手を突っ込まれた時の官僚組織の弱さを見せつけている。
 今回の安保法制を突き詰めると、最後には、生死にかかわる重大な判断を無限定に委ねてしまえるほど、政府を、政治を信頼できるかという問いが残る。
 人事で法を我がものにしようとする安倍晋三首相。専門家集団としての矜持(きょうじ)を捨て、一線を越えた内閣法制局。自らが国会に招いた参考人の「違憲」の指摘を「人選ミス」と矮小(わいしょう)化し、政府に憲法を守らせる役割を忘れて追認機関と化す与党。そして誰が何と言おうとも、立ち止まる気配すら見せない政府。
 自省と自制を欠き、ブレーキのはずれた人たちに、国の存立がかかった判断を委ねられるか――答えを出すのは、首相でも与党でもない。主権者たる私たちひとりひとりである。」(2015/06/09付「朝日新聞」社説より)

一方、読売新聞はどう捉えているのか・・・。案の定、朝日とは全く逆の主張をしている。
「(社説)集団的自衛権 限定容認は憲法違反ではない
 昨年7月の政府見解で決着したはずの憲法問題が今、蒸し返されたことに違和感を覚える。
 中谷防衛相は安全保障関連法案審議で、集団的自衛権の限定行使について、「憲法違反にならない」と答弁した。「これまでの憲法9条の議論との整合性を考慮し、行政府の憲法解釈の範囲内だ」とも語った。
 前日の衆院憲法審査会で自民党推薦の参考人が法案を「憲法違反」と断じたことを取り上げ、法案の撤回を求めた民主党議員に、正面から反論したものだ。
 参考人の長谷部恭男早大教授は「従来の政府見解の基本的論理で説明がつかないし、法的安定性を大きく揺るがす」と述べた。首をかしげたくなる見解である。
 政府は、集団的自衛権の行使について「我が国の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険」という、極めて厳しい要件をつけている。
 この要件は、自国の存立を全うするために必要な自衛措置を容認した1959年の最高裁の砂川事件判決を踏まえたものだ。
 国民の権利が根底から覆される事態に対処する、必要最小限度の武力行使は許容されるとした72年の政府見解とも合致している。
 これは、内閣が持つ憲法の公権的解釈権に基づく合理的な範囲内の憲法解釈の変更だ。国会は現在、法案審議を通じて関与し、司法も将来、違憲立法審査を行える。
 まさに憲法の三権分立に沿っており、法的な安定性も確保できる。新見解が「立憲主義に反する」との野党の批判は当たるまい。
 むしろ、抑制的過ぎた過去の憲法解釈を、国際・社会情勢の変化に応じて適正化したのが実態だ。かつて自衛隊の存在自体にも憲法違反との批判があったが、今は、すっかり影を潜めている。
 中谷氏は、集団的自衛権の限定行使について「やむを得ない自衛措置として初めて容認される」と述べた。国際法上の集団的自衛権とは異なる点を認めたものだ。
 抑止力を強化する観点では、本来、他国と同様、行使の全面容認が望ましかった。だが、過去の解釈との整合性などから限定容認にしたのは現実的な選択だった。
 看過できないのは、政府提出法案の内容を否定するような参考人を自民党が推薦し、混乱を招いたことだ。参考人の見識や持論を事前に点検しておくのは当然で、明らかな人選ミスである。
 法案審議は重要な局面を迎えている。政府・与党は、もっと緊張感を持って国会に臨むべきだ。」(2015/06/06付「読売新聞」社説より)

日本を代表する2紙。これらを読む国民は、新聞に書いてあることを鵜呑みにしているのであろうか・・・
・・・どっこい、各紙の世論調査では、面白い結果が出ている。
読売新聞の世論調査では、「安全保障関連法案の今国会での成立については、「反対」が59%(前回48%)に上昇し、「賛成」の30%(同34%)を上回っている。」(2015/06/08付「読売新聞」)
社説の主張とは逆の結果!?
NHKの世論調査では「安全保障関連法案を、今の国会で成立させるという政府・与党の方針について聞いたところ、「賛成」が18%、「反対」が37%、「どちらともいえない」が37%でした。」(2015/06/08付NHKニュース)
朝日新聞では「集団的自衛権を使えるようにする法案に「反対」は43%で、「賛成」の33%を上回った。安倍晋三首相が安保関連法案について、日本が米国の戦争に巻き込まれることは「絶対にありえない」と説明したことについては、「納得できない」68%が「納得できる」19%を大きく上回った。」(2015/5/19付「朝日新聞」)

それにしても、まさに日本列車は“脱線”している。しかし運転手を選んだのは国民・・・

かうかうさんから教えて頂いた、昨日(2015/06/08)の「毎日新聞」夕刊の半藤さんの記事。「特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 作家・半藤一利さん」(ここ )。
「あのころだって日本には、ヒトラーのような圧倒的な独裁者がいたわけではなかった。
150609handou 「むしろ政治家は、民衆のうちにある感情を受容し、反映する形で民衆を左右した。最初は政治家が世論を先導しているようでも、途中から民衆の方が熱くなり、時に世論が政治家を駆り立てたんです」」
と言う半藤さんの言葉が重い・・・

自分はNHKの夜7時のニュースを見ながら夕食をとるのが日課だったが、この頃はカミさんから「不愉快!自分の部屋で一人で見て!」と言われて、自由に見られなくなった。「不愉快でも、起こっている事実を知ることは必要」と自分は言うのだが・・・
それでも、もう“あの顔”を見たくないし、話も聞きたくない。よってテレビのリモコンで“あの顔”が出てくると直ぐに「音消」ボタンを押すのが最近の習慣・・・。

でも、そんなことで解決できるはずもなく、タカを括っていて戦死者が出たときに、その責任を取るのは、現政権に投票した「(答えを出すのは、首相でも与党でもない。)主権者たる私たちひとりひとりである。」
それとも、「1800人が1人増えただけさ・・・」という首相の言葉に納得してしまう??
この国はどこへ行こうとしているのだろう・・・

●メモ:カウント~740万

150609esa<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月 8日 (月)

FMシアター「沈黙とオルゴール」

先日、NHK FMのFMシアター「沈黙とオルゴール」(2015/05/30放送)を聞いていて、つい、その世界に引き込まれてしまった。
NHKのサイトにはあらすじとしてこう紹介がある。
FMシアター「沈黙とオルゴール」
難関中学に合格したばかりの晶子(12)は、入学時の健診で、進行性の「感音性難聴」と診断される。晶子が中学受験をする時「今、頑張れば、将来の選択肢がたくさん増えるんだ」と父や先生から嫌というほど言い聞かされ、勉強を頑張ってきた。彼女は「耳が聴こえなくなったら、私の人生の選択肢は、ほとんど無くなっちゃうよ」と、男手一つで育ててくれた父・深山達雄(42)に八つ当たりする。絶望の中、「五月二日、鈴の音が聞こえなくなった」と、失った音を日記に書く晶子。これは、音を失い、孤独の中にいる一人の少女と聴導犬との心のふれあいの物語。」(
ここより)

★このドラマ(50分)を聞かれる方は(ここ)をクリック。

このドラマ、時間の経過と共に、段々と耳が聞こえなくなっていく女子中学生の恐怖が、何とも痛ましい。日記風に物語は進んでいく。

自分も突発性難聴をやっているので(ここ)、この話は他人事ではない。しかし自分のような片耳の難聴と、このドラマのような両耳がホントウに聞こえない状態とは、事情が全く違う。片耳では日常生活はまったく普通。しかし両耳だと、これは聾の世界だ。
これから、という中学生に襲う病魔・・・。聞いているだけで胸が張り裂けそうになる・・・

先日、NHKの「ドキュメント72時間~高尾山・なぜかふらりと都会の山へ」(2015/05/29放送(ここ))を見たが、ここにも、耳が聞こえない女性との若いカップルが写っていた。

まだ交際して間もないという二人。男性の手話もまだぎこちない。でも女性の表情は明るく、普通目には何も分からない・・・。
この女性の姿が、ドラマの中学生とダブった・・・

先日、耳も聞こえず目も見えない人のドキュメンタリー番組を取り上げた。(ここ

何気なく暮らしている我々。
その“何気なく”が、どんなに幸せなことか・・・
もう少し、何気ない日常に感謝しなければ・・・と思うこの頃である。

150608hashi<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月 7日 (日)

我が家の庭の“歴史的大転換”の日~砂利を敷いた

ここ数日は、我が家の庭にとって、“歴史的大転換”の日となった。
つまり、庭の木を大幅に伐採して、砂利を敷いてしまったのだ。

  (before)    (after)
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我が家の庭は、家を建てる時に、大胆にも駐車場から広くコンクリートを張っている。それでも、少しは土の庭がある。
これがなかなか苦労のもと。毛虫や蜘蛛のたまり場になるし、蚊もひどい。放って置く訳にもいかず、カミさんがせっせと世話を焼いていた。
でもそれも限度。カミさんが、大幅に庭を縮小すると言い出した。自分は、庭については何もしていないので、異論のあるはずもなく・・・

それで、毎年頼んでいる“おじさん”に相談。庭の木を大幅に整理することになった。2日の予定だったが、1日目にほとんどの庭の木を伐採。そして2日目に、砂利を敷くところの整地と、農業用の防草シートを張ってくれた。

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1日半の作業で、2万円強。伐採した木々も持って行ってくれるので助かる。

それで昨日は、砂利敷き。これは我々の仕事。いったいどの位の砂利を買えば良いのか? そして運搬方法は?? 広さを測ると、2m×6.5mで、面積は13㎡もある。
Netで見ると、2.5センチの厚さで、1㎡あたり10Kgの砂利袋が4つ必要。3センチの厚さだと5つ必要らしい。すると少なくても50袋、普通でも60袋も必要!

近くのホームエンターで、前に軽トラを無料で借りて運んだことがあった。電話すると、軽トラが2台あり、無料で貸すという。でもそのホームセンターは少し規模が小さく、砂利の種類が心配。
それで、少し遠いが、別の大きなホームセンターに電話で聞くと、50袋だと軽トラでは無理で、1トントラックが必要だという。さすがに大きな店だけあって、1トントラックは2台、軽トラは3台あるという。やはり大規模店舗の方が安心だな、とその店に行くことにした。

石は白い方が良いとカミさんは言っていたが、店の店頭に、特売のような白い石が山積みしてあった。聞くとこの店オリジナル製品だという。しかも安い。10Kgで348円。10袋だと3280円だという。Netで見た時は、1袋500円位するのかと思っていたが、意外と安い。
余ったら、他に蒔けばよい、とのことで60袋を買う。トラックは、免許証を見せるだけで、OK。ただし任意保険は入っていないので、事故があったらお客さんの保険で・・・と言っていた。(石の配送を頼むと5千円弱かかるという。自分で運ぶのが安い・・・)
石を運ぶ台車も貸してくれと言ったら、貸し出し用の台車は無いので、必要があれば買ってくれと、さっさと台車売り場に連れて行かれた。カミさんが、別に使う事もあるだろうから・・・と言うので、一番安い台車を買ったが、何と2480円! 何でも安い・・・
自分でトラックを店の裏に回して、石を積んで貰う。時間制限が2時間なので、早速出発。トラックを運転したのは、大学を卒業したときに、友人と二人で、家まで下宿の荷物を運んだ時以来だ・・・。オートマではあるが、コラムシフトなので少々戸惑う。でも、ま、こんなもの・・・

P10008671 P10008701 P10008761

無事家に着いてからが大変。いやはや、さすがに石は重い。台車があったから良いようなものの、無かったら完全にギブアップ。前の道路から庭まで、一度に5袋ずつ運んでも、13回の往復。さすがに疲れた。

P10008741カミさんはどんどん石を蒔く。でも、下の黒いシートが見えないように・・・と蒔いていったら、60袋蒔いても、足りなくなってしまった。結局、トラックを返した後で、もう10袋買って、今度は自分の車に積み、全部で70袋を蒔いた。これでも所々に黒いシートが見える。
この砂利の量は半端ではない。13㎡で、合計700Kgの砂利を蒔いたわけだ。

かくして、上の写真のような「before」「after」になったわけ・・・
でも、さすがにスッキリとした。ウチの庭は周囲の家に囲まれて風通しが悪いが、これで少しは良くなったようだ。

カミさんは「やはり自分の考えていた方向性は、間違っていなかった」と自画自賛・・・
ま、これで蚊の発生も減るだろう。白い石が太陽光を反射してまぶしい・・・。でもこの白さもいつまで続くか・・・。段々とくすんでくるのだろうが・・・

我が家の庭の“歴史的大変換点”の数日であった。オシマイ・・・。お疲れさま~

150607indoor<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月 5日 (金)

「受験勉強」の効能!?

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(プロムナード)受験勉強 今野 敏
 今回は、多くの人から反対意見をいただきそうな話題に、あえて触れてみたいと思う。受験勉強の話だ。
 過熱した受験産業の影響か、まるで受験が悪いことのように、マスコミが取り上げ、また、受験そのものが教育にとってマイナスだというような風潮ができあがった。
 その結果、ゆとり教育が提唱され、いわゆるゆとり世代が生まれたわけだ。それはそれでいいと思う。物事には、必ず悪い面といい面があるものだ。
 そう。どんなことにもいい面があるのだ。では、受験勉強にもあるのか。私は、ある、と思っている。
 受験勉強は、ともすれば批判の矢面に立たされる。どういう批判が多いかというと、まずは、受験勉強で詰め込んだ知識が、その後役に立ったことなどない、というものだ。
 なるほど、と思う。たしかに、受験のためだけに学んだ知識や解答のテクニックそのものは、社会に出てから役に立つものではない。
 受験生に対するプレッシャーも、批判の理由となる。若者たちを受験から解放して、もっとさまざまな可能性を考えさせるべきだという意見がある。ごもっともだ。
 では、受験勉強は、本当に人生に役立たないのか。私自身の経験で言えば、おおいに役立ったと思う。
 私は、月に平均して五、六本の連載をかかえている。どの締め切りも、だいたい遅れたことがない。こうして、長年仕事を続けてこられたのも、受験勉強の経験があったからかもしれないと思っている。
 自ら目標を設定して、その目標を達成するために集中的に知識を蓄積し、なおかつ、問題解決のためのトレーニングをする。そんな充実した経験は他にあるだろうか。
 その経験が後の人生に生きないはずがない。だいたい、受験勉強が役に立たないと批判するのは、ちゃんと受験勉強をした経験がない人に多いのではないかと思うのだが、どうだろう。
 詰め込み教育ではなく、いろいろな可能性を、などとよく言うが、受験勉強一つ乗り切れないで、社会に出て何ができるというのだろう。
 どんな世界にだってそれなりの厳しさがある。プロスポーツの世界や芸能界の競争率は、受験の比ではないはずだ。
 職人の世界だって、料理人の世界だって、厳しい修業が待っている。いや、そういう特殊な世界だけではない。会社員にとっても、あるいは公務員にとっても、目標設定と、目標達成のための努力はとても重要なものなはずだ。
 勉強が得意な子もいれば、苦手な子もいる。それを、勉強だけでフルイにかけるのはおかしいという意見もある。もちろん、そうだ。だが、受験はすべての子供に強制をしているのではない。あくまでそれを選択した者だけがやるものだ。
 そして、学校の勉強は、努力すればそれなりの結果が得られる。だから、ある程度公平だとも言える。
 スポーツや音楽などの芸術を考えてみるといい。それは才能によって大きく左右される。とても公平とは言えない世界なのだ。
 苦しみを乗り越え、目標に向かって一歩一歩歩み続ける。
 私にとって、受験勉強というのは、人生でそういう工夫を初めて学んだ機会だったと思う。(作家)」(2015/05/20付「日経新聞」夕刊p7より)

受験勉強か・・・。もう遠い過去の言葉になってしまった。
自分も、どちらかと言うと、この意見に賛成。「受験勉強一つ乗り切れないで、社会に出て何ができるというのだろう。」という意見も、そうだろうと思う。

自分は、日本の受験制度は、結構フェアーな仕組みだと思っている。
フェアーと言えば、前の司法試験は非常にフェアーな仕組みだったらしい。論文試験は複数の人が採点し、その点に差が出た時には、必ず協議する。もちろん氏名欄と解答欄は番号を振ったあとに切り放され、誰の答案か、採点者は分からない仕組み。
面接試験も、順番が直前に抽選で決まり、面接者と受験生の間を完全に切り放す仕組みがあったと聞く。
受験資格無し。そして、試験のフェアーさがあればこそ、法曹の信頼度が保たれる。

学校の受験塾の世界も、これから少子の時代を迎えい大変らしい。Z会が栄光ゼミを買収するというニュースも先日流れた。Z会という名も懐かしい。半世紀も前の自分の受験の時代からあった。自分も少しだけZ会の通信添削をやったことがあるが、難しくて止めてしまった。

そもそも頭の出来は、親からかなりの部分を受け継いでおり、鳶(とんび)が鷹を生むことはほとんど無い、と自分は思う。
あと15年後、孫の時代の受験事情はどうなっているのか・・・。
ウチの1歳半の孫も、鳶が鷹を生んだことを期待して、何とか行く末を見届けたいものだが・・・

150605neteta<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月 4日 (木)

タオルに思う~タオルソムリエだって!?

今日は、タオルの話。
朝や寝る前に顔を洗ったとき、顔を埋めるタオルに“幸せ”を感じることがある。
だから、タオルもバカに出来ない・・・
先日、朝日新聞にタオルについての記事があった。何だか、タオルソムリエなるものがあるそうだ。

肌触りや好みは様々 タオルソムリエに聞く
 厚さも大きさも感触も様々なタオル。どんな違いがあるのか、上手な手入れ法などを名誉タオルソムリエの檜垣美佐子さんに聞きました。タオルソムリエは、四国タオル工業組合などが運営するタオル選びのアドバイザー資格です。
     *
 タオルには二通りの使い方があります。風呂場でタオルにせっけんをつけて体を洗うといったように、ぬれた状態で使うのがウェットユース。日本の手ぬぐいの流れをくむ使い方です。これには絞りやすく乾きやすい薄地のタオルが適しています。浴用タオルが代表的で、コラムに出てくる「旅館のタオル」はこの種類です。
 一方、乾いたまま、ぬれた手や体を拭くのがドライユース。水をしっかり吸い込むのが大事ですから、ウェットユースより厚手で織りの密度が濃く、パイルも長めな方がいい。バスタオルやフェースタオルなどが代表例です。
 これは想像ですが、薄いタオルが好きという方は、肌をぬぐって水分を拭き取るように使っているのではないでしょうか。フワフワであれば、タオルで肌を押さえて水を吸わせている。タオルの動かし方に違いがあるのではないかと思います。
 タオルは布製品の中でも肌触りが重視される品です。日本には肌感覚が細やかな人が多く、好みがたいへん違います。日本に流通するタオルは数千種と言われます。細かい好みに対応し、タオルは嗜好品(しこうひん)と言ってよい状況です。
 吸水性や柔らかさを保つには、干す前にタオルの両端をもってよく振り、糸の間に風を入れて繊維を開かせてください。柔軟剤は吸水性を損なう場合や毛羽抜けの原因となることもあります。できれば毎回使うのではなく、タオルが硬くなってきたら使うことをお勧めします。(聞き手 編集委員・大村美香)」(2015/05/20付「朝日新聞」p31より)

なるほど、タオルには2種類あるのか・・・
自分は、厚ぼったいタオルはキライ、と宣言して、浴室の前のタオル置き場には、自分用とカミさん用、そして自分の風呂用の薄いタオルが、分けて置いてある。
風呂に厚ぼったいタオルで入ると、絞るのが大変。だからキライ・・・
しかし、洗った顔を拭くのは、薄いタオルではどうもスッキリしない。むしろ厚いタオルの方が吸い込まれるようで、気持ちがよい。
これを発見したのは、つい最近。我が家のピンクのタオルがそうだ・・・。上にも書いたが、その厚ぼったいタオルに顔を埋めると幸せ・・・を感じる。

カミさんは、自分用のタオルをしっかりと分別している。それを自分(私)には使わせない。
今度、黙ってカミさんのタオルを使ってみようかな・・・。
もしそれで、もっと幸せを感じたら、今の、カミさん用、自分用、自分の風呂用の3種類から、自分の風呂用の薄いタオルと、それ以外、の2種にさせよう。
確かに、自分は厚いタオルはイヤ、と宣言はしたものの、若しかしたら、カミさん用だけは今治タオルだったりして~~・・・
まったくウチのカミさん、自分だけ毎日幸せを感じていたとしたら、許せん!

150604kaidan<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月 3日 (水)

「良いウンチと悪いウンチ、どう見分ける?」

先日の「日経Gooday」にこんな記事があった。
良いウンチと悪いウンチ、どう見分ける?~自分の“平便”を知るための5つのポイント
 みなさん、いいウンチしていますか?
 昔から、健康のバロメーターとして「快食、快眠、快便」といわれるように、お通じは私たちの健康と深くつながっている。世の中に出回っている健康情報を見ても、「腸にいい」「お腹に優しい」などと、お通じ関連の効能をうたうものが、かなり目立つ。
 それだけ多くの人が、ウンチに気を配っているのだろう。うん、実にいいことだ。
 そこで今回は、ウンチの基本に立ち返ってみたい。ウンチの素材に関する素朴な疑問や、お通じとの日々の付き合い方を、「日本うんこ学会」会長で消化器外科医の石井洋介氏に教えてもらうことにしよう。

ウンチは「食べカス」だけではない
 まず、最初の質問。そもそも、ウンチは何でできているのだろう?
 「ウンチを単に『食事の食べカス』だと思っている人が多いですが、それだけではありません」と石井氏。一番多いのは水分で、これが全体の8割程度を占めるという。
 では、水分を除けば、あとは食べカス?
 「いやいや、『腸内細菌』がかなりの割合を占めます。それから、古くなってはがれ落ちた150603unchi1『腸粘膜の細胞』も大量に含まれます。それに『食べカス』、これは食物繊維が中心ですね。この3つが、水分を除いたウンチの主な成分です」(石井氏)
 仮に、1日の排便量を200グラムとして計算すると、160グラムは水。残りの40グラムが「腸内細菌」「腸粘膜の細胞」「食べカス」となる。この3つはそれぞれ10~20グラムといったところだろう。
 中でも重要なのが、腸内細菌。腸の中には総量1キロほどの細菌がすみ着いている。菌の種類は数百種にのぼる。その一部が、ウンチにも出てくるわけだ。
 「近年の研究で、ウンチの中にどんな菌が多いかによって、太りやすさや病気のなりやすさが左右されることがわかってきました」と石井氏はいう。腸内細菌の働きは、全身の健康状態に大きな影響を与える。だから、すんでいる菌の種類を調べれば、体の健康度が分かるのだ。
 「ウンチの菌を調べて病気のリスクを予測したり、食生活をアドバイスするといったサービスも、もう実現間近です」と石井氏。体のことを知るうえで、ウンチはとても貴重な情報ソースなのである。

腸粘膜の細胞は2日周期で生まれ変わる
 さて次は、「腸粘膜の細胞」。「古い細胞がはがれ落ちる」というのは、皮膚で垢(あか)ができるときと同じ仕組みだ。ということは、腸の中では、連日10グラム以上の“垢”が発生しているのですか?
 「ええ。10グラムの垢って、ものすごい量ですよね(笑)。肌の細胞は、入れ替わるのに1カ月ほどかかりますが、腸の細胞はわずか2日で入れ替わる。驚異的なスピードで生まれ変わっているのです」と石井氏。
 腸には、口から取り込んださまざまな成分が流れ込む。ときには刺激物や、有害な物質が紛れ込むこともある。そういった成分に直接さらされるため、腸粘膜の細胞は傷みやすい。だから、常にハイペースで再生産されているのだ。
 そして最後の「食べカス」。これは通常、直近の数日に食べたものの残りカスだ。皆さんもときどき、ウンチの中に、最近食べたトウモロコシやキノコの痕跡を見つけることがあるだろう。
 「要するに、ウンチには、直前まで体の一部だった素材や、ごく最近食べたものが大量に含まれている。ウンチは、お腹の中の『今』を映す鏡。だから、体のコンディションがそのまま反映されるのです」(石井氏)

特に色の変化をじっくり観察
 「まずは毎回、ウンチをよく観察してください」と石井氏はいう。注目ポイントは5つ。色、量、太さ、形、そして頻度だ。
 毎回見ていれば、「自分のウンチはこんな感じ」という“いつものパターン”が分かってくる。「よく『毎日出なければダメですか』などと聞かれるのですが、例えば2、3日に1回でも、150603unchi2それがいつものペースであれば問題ありません」(石井氏)。「普段通り」が、何よりの快便のサインというわけだ。
 「普段の体温のことを平熱といいますが、ウンチも、自分の“平便”を知っておくことが大事。そうすれば、何か異常が起きたときに、『いつもと違う』と、すぐに気づけます」と石井氏は強調する。
 特に重要なのは、色だ。健康な便は通常、黄色ないし茶褐色。便全体が赤くなっている場合は大腸や直腸の出血が、コールタール状の真っ黒い便の場合は胃や十二指腸の出血が考えられる。また、肝臓や胆道に異常があるときは、灰白色になることも。
 もちろん、トマトやイカスミをたくさん食べたときにも、一時的に赤や黒のウンチが出る。こういうのは問題ない。だが、食べたもので思い当たる節がないのに、いつもと違う色の便が続いているときは、早めに病院へ行ったほうがいい。
 なお、自分の“平便”を把握するには、ウンチの色や形を、排便のたびに記録するといい。しばらく記録し続けていると、変化のパターンや食事との関係も自然に見えてくる。日記や手帳にメモるのでもいいが、日本うんこ学会加盟団体が開発したスマホアプリ「ウンログ」を使えば、より手軽に記録できる。

ウンチを大っぴらに語れる世の中であってほしい
 「実は、いいウンチを作る大事な要素が、もう一つあります」と石井氏は話す。
 ほう、何でしょうか?
 「それは、ココロです」
 はぁー、なるほど。
 腸は、ココロの状態とつながりが深い臓器。強いストレスが続いたときなどに、お通じが乱れやすいのは、思い当たる人も多いだろう。「快適なココロ」も、快便のための大事なエッセンスだ。
 「残念ながら、今の世の中では、トイレに行くこと自体がストレスになるケースも少なくありません」と石井氏は指摘する。職場などで便意をもよおしたとき、周囲の目に気兼ねして、ゆっくりトイレに行けないことがよくあるのだ。
 石井氏が「日本うんこ学会」という強烈な名前の組織を立ち上げた背後には、そんな世間の風潮を少しでも変えたいという思いがあるという。
 「日本は、学校や職場で『ウンチに行ってきます』と口にすることのハードルが、異常に高いのです。これが自然に言えるような世の中にならないと、いいウンチは出にくいし、ましてウンチに血が混じっていると気づいてもなかなか病院へ行かないでしょう。そのハードルを下げたいのです」(石井氏)
 なるほど。快便と健康のためには、ウンチを大っぴらに語れる世の中であってほしいというわけだ。
 まずは、日々の観察と記録。そしてもし可能なら、ウンチについて語る機会を探ってみよう。もしかしたら思わぬところで、おおらかに語り合える「ウン友」と出会えるかもしれない。(2015/5/26 北村 昌陽=科学・医療ジャーナリスト)

<石井洋介さん(日本うんこ学会会長/消化器外科医)>
消化器外科医として大腸癌検診率向上を目指し、腸内細菌を美少女化したスマホゲームアプリ「うんコレ」(2015年公開予定)の開発・監修を手がけるなど、「ウンチと健康を気軽に語れる世の中」の実現に向けて多方面から幅広く活動している。」(
日経Gooday(ここ)より)

まあ内容的には、ある程度知っていることだが、「腸の中には総量1キロほどの細菌がすみ着いている」や、「腸粘膜の細胞は2日周期で生まれ変わる」というのはオドロキ。

病気は、「いつものペース」「いつもと違う」がキーワード。それは分かる・・・

それにしても、「日本は、学校や職場で『ウンチに行ってきます』と口にすることのハードルが、異常に高いのです。」というのは悲しい現実。

ふと中学校の頃を思い出した。(前にこの話をカミさんにしたら、“人権問題だ!”と憤っていたが・・・)
言うまでもなく、中学の頃は思春期でナイーブな時期。自分の行っていた中学のトイレは、独立した別棟にあり、男子小用の(個別の便器や仕切のない)コンクリートの壁に、皆が並んで用を足す。その背後に並んだ個室の前には、女子が仲良しの友だちと連れだって、お互いにドアの番をしながら、順番に個室に入って用を足す。
つまり男子の小用をしている背後に女子がたむろしている・・・(この環境は、自分の卒業後すぐに、新築の中学建屋に移転して改善されたが・・・)

自分はそんな環境で、大はもちろん小も出ない・・・。それで1日中、トイレに行かなかった。
体育の時間の前、自宅が校庭のすぐそばだったので、自宅のトイレに駆け込んだ記憶も・・・
そんなとき、いつも思っていた。「女子はいいな・・・。小用をするときに、“ついでに(”バレないように)大も出来るから・・・」
それが間違いだと、結婚してから分かった。カミさんに言わせると、そんなことは無いと言う。女だって、いくらトイレに行っても、「大」は意識するという。後から入る人への臭いを気にして・・・。
まあ、“『ウンチに行ってきます』と口にすることのハードルが高い”日本では、“一人が一番”・・・。自由にトイレに行けるので・・・。

日本では、そんなナイーブなトイレだからこそ、小学校で、“男子用も全室個室”という話題を聞くと、それは良いことだと思う。
ナイーブな子どもの心を斟酌してあげる。それが良い教育だろう・・・

たまたまウチの夫婦は、二人ともお腹が弱い。だからお互い、どこでも自由に「トイレに行ってくる」と言える。こんな自由な発言は夫婦以外では出来ない。
ま、夫婦なればこそ!?
海外旅行に行っても、観光地に着くと同時に、ガイドさんが「ここもトイレは・・・」。
なぜ日本人がトイレに敏感なのか・・・。理由は良く分からないが、神経が細かいのかな・・・
人生の最後(寝たきりになっても)に残る、食事と排泄行為。
何とも、生きるとは、面倒な事だ。

150603date<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月 2日 (火)

「世界の住みやすい都市」ベスト10

先日、こんな記事を見付けた。自分の好きなベスト10である。
世界の住みやすい都市ランキングTOP10、日本から選出された「3都市」とは?
 英国情報誌モノクル(MONOCLE)から発表されている2014年版の「世界でもっとも住みやすい25都市ランキング」のうち、ベストテンにはなんと日本の都市が3箇所も含まれている。実際にこれらの都市の顔ぶれをみると、世界の都市に対する評価の視点を垣間見ることができて非常に興味深いものがある。
 このランキングは犯罪率、医療制度、学校、景気、公共交通網に加え、緑地スペース、文化への取り組み、日照時間、電気自動車の充電スポット数、スタートアップビジネスの容易さなど、実に多角的な視点から評価されランクされている。さっそくその上位10都市を紹介することにしよう。

1位 コペンハーゲン(デンマーク)
 コペンハーゲンは前年に引き続き1位を獲得。スカンジナビアの中でも特にコペンハーゲンは人々の生活のためにデザインされた街であることが大きく評価されており、それを随所で味わうことができる点で評価が高い。地下鉄や市バス、水上バスなども完備されており、街でのアクセスが良い点、近代的なものと自然との調和がはかられている点でも評価が高くなっている。
2位 東京(日本)
 東京は2013年から2つ順位を上げている。モノクルによれば、東京は巨大都市として経済面と文化面で双方の恩恵がありながら、街の荒廃がない。また食文化、ショッピング、アートといった側面はこれまで以上に魅力的になっており、大都市であるにもかかわらず人々に親切心がある点が評価されている。
3位 メルボルン(オーストラリア)
 メルボルンはたびたび英国のエコノミスト誌でも世界で最も住みやすい都市として高評価を得ているが、街としての安定性、医療、文化と環境、境域、都市基盤といった点では、のんびりして住みやすい点が評価されていることがわかる。市内各所にはイギリス風の建造物も多く、西欧人がシンパシーを感じやすい街であることもプラスに働いている。一方、シドニーと違ってきらびやかな夜の世界も展開されており、伝統と近代的なセンスが融合している点が評判につながっている。
4位 ストックホルム(スウェーデン)
 北欧のベネチアと称せられるストックホルムは自然豊かな街というだけではなく、随所にデザインが意識されていることがわかる。見た目だけのデザインではなく、仕組みとしてセンスのあるものが多いのがこの街の特徴で、観光客がストックホルムに対する新たな気づきや発見ができるように様々な工夫がされている点が大きく評価されているものと思われる。
5位 ヘルシンキ(フィンランド)
 欧州の中でもバルト海に面するヘルシンキは独特の存在だ。自然との共生を実現した首都は透明感があり、穏やかな佇まいが好感される。歴史的な公園や広場も多く、随所に帝政ロシア時代の建物が残されているのが独特な雰囲気となっている。一方、町並みにはモダンなデザインも多く取り入れられており、単なる歴史的都市には留まらない魅力がある。伝統とモダンのバランスを意識した点が評価されている。
6位ウィーン(オーストリア)
 ウィーンは昔ながらの欧州の街というイメージが強いが、実際に訪れてみると、若者のためのホットスポットが多く、スポーツイベントも多数開催される場となっている。快適な川辺の砂浜も独特で、緑の保養ゾーンが多い点も評価されている。文化面ではゲイコミュニティが存在したりユダヤ文化の伝統が残されていたりと、他のエリアにはないユニークな面が多いところもこの街を特徴づけている。
7位チューリッヒ(スイス)
 チューリッヒはスイス最大の都市で、国のほぼ中央に位置する。ジュネーブはフランスに隣接し文化的にもフランスに近いものがあるが、チューリッヒはスイスらしさをもっとも訴求した街であり、古き良き欧州を感じることのできる街でもある。物価は高いが、他の欧州の都市と比べて安全で安心に暮らせる街としての評価を感じる。
8位ミュンヘン(ドイツ)
 ミュンヘンは2013年と変わらず8位にランクインされている。中世から変わらない町並みを残しながらも、EUの中で最も成長著しいドイツを牽引していく新たなテクノロジーやサービスを取り入れる街としても注目されていることが理解できる。
9位 京都(日本)
 京都も2013年からランクを3位上げている。街の佇まい、空気感といったものからして、国内のどのエリアにもない独特雰囲気を持っている一方、新しいものを比較的容易に受け入れる街という部分も大きく評価されていることがわかる。観光客を年間5,000万人迎え入れても150万の人が暮らし働くという、歴史と現代生活のバランスが評価されていることがわかる。
10位 福岡(日本)
 福岡は2013年から2つ順位を上げている。東京からは距離があるものの、職住接近の街で自転車通勤が多く、しっかりとした文化を持っており、しかも海も陸も食材にあふれた魅力的な街であることがしっかりと評価されている。国内小都市として独自路線を歩み、新しいビジネスで活性化されている点も評価が上がった要因であろう。

 このように、世界の住みやすい街からの視点で見たときに、日本の街が思いのほか住みやすいと評価されている点が注目される。日本の街も改めて観察してみると意外な評価ポイントが浮かび上がることになるかもしれない。(ZUU online 2015/05/16配信(ここ)より)

ヘエ~ですね。
それにしても、北欧はスゴイですね。色々なベスト10で、いつもトップに並んでいる。世界で、やはり住むなら北欧??

ところで、我が八王子はどうも番外らしいが(!!)、日本の3都市が「世界の住みやすい都市」ベスト10に入っているとはオドロキ。世界的に評価されている都市なんだって・・・
東京、京都は分かるとしても、福岡が入っているのだ。自分は福岡には住んだことがないので分からないが、海の幸はうまいと聞いたことがある。
そう言えば、札幌も住むには良い街らしい。現役の時、札幌の赴任していた人が、東京への転勤を命ぜられ、ブツブツ言っていた。
「札幌は、文化的には東京と同じ。幾ら寒くても、道は地下道でつながっているし、住むには一番。せっかく家族のスキー-をそろえたのに・・・」と。

まあどこに住んでも、“住めば都”とも言う。八王子だって・・・!?
面積は広いが、ま、色々とね・・・

150602tenn<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年6月 1日 (月)

ゴルフ場が、メガソーラー発電所に変身

先日の日経新聞に、最近のゴルフ場事情の記事があった。
ゴルフ場に吹くアゲンストの風
   プレー人口は4割減、市場規模は半減
 コースの予約は3カ月、練習場は3時間待ち――。バブル景気の象徴的な存在だったゴルフ場が今、低迷にあえいでいる。市場規模は1992年をピークに半減。約800万人いる団塊世代が人気をけん引してきたが、若者のゴルフ離れなどにより、コース利用者も1480万人(92年)から860万人(2013年)にまで減少した。
芝が太陽光パネルに
 経営破綻するゴルフ場は11年ごろから相次ぎ、この5年間で全国約100カ所が閉鎖に追い込まれた。東日本大震災以降、広大な敷地がメガソーラー発電所に転用される例が広がった。今年3月から発電を始めた「サニーソーラー福島中央発電所」(福島県須賀川市)もその一つ。東京電力福島第1原子力発電所の事故の影響で閉鎖に追い込まれたゴルフ150601golf1場跡地に、10万枚以上のパネルを設置した。上空から見下ろすと、かつてのコースにパネルが敷き詰められ、黒いうろこのように並んでいた。事業者の「サニーヘルス」(東京・千代田)によると「遮る物が少なく、立地としては好条件」(西村豊一取締役)。一般家庭8000世帯分の消費電力をまかない、すべて東北電力に売電している。
 維持費を低く抑えられる太陽光発電所だが、新たな造成を行わないゴルフ場の跡地では夏場に伸びる雑草が悩みの種。パネルに木陰がかかると発電効率を落としかねない。兵庫県稲美町のゴルフ場跡地に開設された「ニッケまちなか発電所明石土山」では、パネルを背に5匹のヒツジが草をはみ牧歌的な風景が広がる。「除草だけでなく無機質な風景に癒やしを与える効果も期待している」(同社)
 14年末までに太陽光発電所に転用されたゴルフ場は59カ所にのぼる(日本ゴルフ場経営者協会)。しかし、それも既に飽和状態に。最近は電力の固定買い取り価格が下落しており、新規参入数の伸びは鈍化している。用地転換もままならず放置されるコースも少なくない。
若者の取り込みがカギ
 「道具も車もないしゴルフなんて」――。若い世代に身近に感じてもらうため、日本ゴルフ場経営者協会は、14年8月から民間企業などと手を組み20歳の若者を対象にプレー代を無料にする取り組みを始めた。「団塊世代が元気な間に新たなファンを育てなければ。まずはコースに来てもらいたい」(大石順一専務理事)。2月、日本プロゴルフ協会が「ゴルフ市場再活性化に向けた新たな提案」を公表、業界を挙げて危機に立ち向かうため本腰を入れ始めた。
 ゴルフ場運営各社もあの手この手で市場の再活性化に挑んでいる。大手のアコーディ150601golf2ア・ゴルフやPGMホールディングスでは、経営を効率化し低価格路線を実現してきた。家族連れでも利用しやすい施設作りで世代を超えた楽しみ方を提案する。北関東を中心にゴルフ場の再建を請け負うIGMパートナーズ(末冨典男社長)は、複数のコースでプレーできる共通券を発行するなどして稼働率向上を目指す。
 サッカーとゴルフを融合させた「フットゴルフ」もその一例だ。ゴルフ場に親しむきっかけになればと、導入するコースが増えている。国内では現在、常設の3カ所を含め13カ所で楽しむことができる。海外では欧米を中心に30カ国以上に愛好家がおり、W杯も開催されている。取材に訪れたこの日、初めてゴルフ場にやって来たという若者たちの楽しげな笑い声がフェアウエーに響いていた。
 日本のゴルフ場は1960年前後からバブル期まで建設ラッシュが続き、企業の接待などに利用され、ビジネスにおける重要なコミュニケーションツールともなってきた。ピーク時には2460カ所と米国、英国に次ぐ世界第3位となり有数の競技人口を誇った。
 16年のリオ五輪から正式種目となるゴルフ。業界に吹くアゲンストの風が20年の東京大会の頃には、フォローに変わっているだろうか。(写真部 瀬口蔵弘、柏原敬樹)」(2015/05/25付「日経新聞」p33より)

なかなかすさまじいデータである。
プレー人口は、01年度比36%減、市場規模はピークの半分、5年で100コースが廃業して、59箇所がメガソーラーに変身、そして会員権相場は、90年の4388万円から現在は145万円だという。

会社でのたまり場=給湯室で、同僚がよくゴルフの話をしている。また、前にいた会社のOBたちも、ゴルフでつながっている。
確かに、お金と時間と体力があれば、良いレジャーではあるが、今の若者がゴルフ・・・と想像すると、少し違和感を覚える。
厳しいご時世、とてもそんな余裕は無いのでは・・・と。

しかし上の写真は壮観だ。伝統あるゴルフコースが、次の時代の象徴の(?)メガソーラーに・・・とは、時代も変わったものだ。

自分はとっくにゴルフは卒業した。あんなに、自由気ままに打てない遊びは面白くない。何回打ったって良いではないか・・・。少ない方が良いなんて・・・!
それでも我が家では、近くの打ちっ放し場のチャージがまだ残っている。カミさんが前に練習した時の残り。確かに、打ちっ放しで、カキーンとドライバーを打つときの爽快感が格別なのは、分かる。
でも、ゴルフに才能が無いことは分かっているいので、これ以上のお金を掛ける気は毛頭無い。だから、まだ残っているこの分だけは、打ちっ放しで使ってしまわないともったいない・・・。
少し暖かくなってから・・・と思っていたら、もう真夏・・・。日本の春と秋は本当に短い。
仕方がない。秋になって少し涼しくなってからやるか・・・ナンテ、なかなか縁が切れないゴルフではある。

150601sensou<付録>「ボケて(bokete)」より

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