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2015年5月18日 (月)

ウィーン少年合唱団と京都エコーの「流浪の民」

今日の「朝日新聞」夕刊を見ていたら、ウィーン少年合唱団が来日している、という記事があった。1955年の初来日から60周年だという。
10~14歳の約100人の団員が4組に分かれており、今回はブルックナー組だという。

ウィーン少年合唱団と聞くと、どんな歌を思い出す??
普通は、ヨハン・シュトラウスのワルツだろうが、自分は、なぜかシューマンの「流浪の民」なのだ・・・

<ウィーン少年合唱団の「流浪の民」>

この歌は日本でも合唱曲としても歌われている。
次に合唱団京都エコーの「流浪の民」も聞いてみよう。

<合唱団京都エコーの「流浪の民」>

  「流浪の民」
    作詞:エマニュエル・ガイベル
    訳詞:石倉小三郎
    作曲:ロベルト・シューマン

  ぶなの森の葉隠れに 宴(うたげ)寿ひ(ほがい)賑はしや
  松明明く(あかく)照らしつつ 木の葉敷きてうついする
  これぞ流浪の人の群れ 眼(まなこ)光り髪清ら
  ニイルの水に浸されて きららきらら輝けり

  燃ゆる火を囲みつつ強く猛き男(おのこ)やすらふ
  女立ちて忙しく酒を酌みて差しめぐる

  歌い騒ぐその中に 南の国恋ふるあり
  悩み払う祈言(ねぎごと)を 語り告ぐる嫗(おうな)あり

  愛し(めぐし)乙女舞ひ出でつ(ソプラノソロ)
  松明赤く照り渡る(アルトソロ)
  管弦の響き賑はしく(テノールソロ)
  連れ立ちて舞ひ遊ぶ(バスソロ)

  既に歌ひ疲れてや 眠りを誘ふ夜の風
  慣れし故郷を放たれて 夢に楽土求めたり

  東(ひんがし)空の白みては 夜の姿かき失せぬ
  ねぐら離れ鳥鳴けば いづこ行くか流浪の民

  いずこ行くか流浪の民 いずこ行くか流浪の民
  流浪の民

非常に難しい訳詞だ・・・
ここ)のサイトに大名死亡氏訳による、“原詩に忠実”な訳があった。

「流浪の民」
森の影の中、ぶなの枝の間で、皆が動き、衣ずれをさせ、ささやき合っている。
炎はゆらめき、光はちらつく。色とりどりの姿に、葉むらに、石に。
そこには流浪のジプシーの群れがいたのだ。その目は輝き、その髪はひるがえる。
ナイルの聖なる流れのほとりで生まれ、スペインの南国の光に肌を焼いて。

掻き上げた草木に燃え上がる炎のまわり、荒ぶる勇ましい男たちは寝そべる。
女たちはかがんで食事を用意し、忙しく古い盃を満たしていく。

物語や歌の声が輪の中に響く、花咲き色鮮やかなスペインの庭のように。
悩みや危難を払う妖しの呪文を、皆の聞くままに老婆は唱える。

黒い瞳の乙女たちが踊りを始める。
そこへ松明は赤い光を投げる。
ギターが鳴り出し、シンバルが響く。
何と荒々しく踊りの輪のからみ合うことか!

やがて夜の踊りに疲れて皆はやすらう。
まどろみに聞こえるぶなの葉ずれ。
そして幸多き故郷を追われた者たちは
夢の中に幸せの国を見るのだ。

しかしもはや東の方朝は目ざめ、
美しい夜のさまを消していっている。
一日の始まりにラバは土に蹄を立て
ジプシーの群れは遠ざかっていく。ジプシーよ、誰が「どこへ」と問うだろうか?

Netで眺めていたら、こんな解説もあった。
「日本の合唱曲『流浪の民』の原曲「Zigeunerleben(ジプシーの生活)」の歌詞は、ドイツ北部リューベック生まれの有名な詩人エマニュエル・ガイベル(Emanuel Geibel/1815-1884) の詩が用いられている。
ガイベルの詩には、クララ・シューマンをはじめ様々な作曲家により曲が付けられている
日本語の歌詞は、石倉小三郎氏による訳詩がつけられたもので、原詩を越えたとの声を聞くほどの名訳ぶりで有名。ちなみに、石倉訳での「ニイルの水」とは、原詩ではドイツ語で「der Nil(ニール)」つまりナイル川を意味する。」(
ここより)

ここで「原詩を越えたとの声を聞くほどの名訳ぶりで有名」というのが面白い。
訳詞とは原詩を越えてはいけないのでは?? 訳詞はあくまでも“ジェネリック”、つまり“セカンドソース”。つまり、原詩あっての訳詞なので、原理的にオリジナルを越えることは無いのでは・・・?

それにしても訳詞は難しい作業。旋律には合わせないといけないし、あまりに原詩とかけ離れてもいけない。作詞の方はよっぽど楽かも・・・

今まで、旋律だけを聞いていた「流浪の民」。ひょんなことで、「流浪の民」の詩の世界を勉強してしまった。

150518mimizu<付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

いつも懐かしい歌をありがとうございます。幼いころ家にあったレコード(むろんSP盤ですね)の中の一枚でこれと同じ混声合唱の日本語版でした。物心つかないうちから繰り返し聞いていたので歌詞も伴奏のピアノもありありと思い出すことができます。しかし「女立ちて忙しく」の前の部分はついに何と言っているのかわからずじまいでした。不思議なのは最後の部分で、同じ訳詩者なのに「ねぐら離れ鳥啼けば」「ねぐら離れて鳥啼けば」「ねぐらすてて鳥啼けば」の三種類があることです。私の記憶にあるのは三番目、今多分多く歌われているのは一番目だと思います。どうしてでしょうね、エムズの片割れさんならご存じではないでしょうか。
最近の演奏ではテンポが昔のものより速いようですね。何か聞いていて落ち着かない感じを受けます。特に最後のピアノ伴奏で終わる部分は昔のものはずいぶんゆっくりとしていたように記憶しています。

【エムズの片割れより】
随分をお詳しいようで・・・
自分など、歌詞はさっぱりで・・・
確かにテンポは早いですね。これがオリジナルなのでしょうか・・・。あまりに忙しくて、歌う人も大変ですね。

投稿: 雪爺 | 2015年5月22日 (金) 20:33

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