« 2015年3月 | トップページ | 2015年5月 »

2015年4月の22件の記事

2015年4月30日 (木)

海外で普及しない洗浄便座の理由

前にテレビで、日本に来ている外人が、自分の実家に温水便座をプレゼントしようと、苦労している番組をやっていたが、なぜ外国では温水便座が普及しないのか、先日の日経で欧州の例を報告していた。

欧州で普及しない洗浄便器 立ちはだかる群雄の壁
     フランクフルト支局 加藤貴行

 欧州はイースター(復活祭)休暇が過ぎ、ようやく春らしくなってきた。欧州の長い冬を越えるとほっと一安心することがある。寒いトイレで我慢を強いられる環境から解放されることだ。日本ではかなり普及してきた暖房付きの温水洗浄便座だが、欧州ではまず見かけない。背景を探ると、欧州独特の住環境や商慣習が見えてくる。
 「ここから温水が出て洗浄します」。3月中旬、フランクフルトで開かれた世界最大級の衛生設備・冷暖房などの見本市「ISH」で、TOTOのブースを訪れると人だかりができていた。

いまだ珍しさ
 どうも同社の説明員が「ウォシュレット」を作動させる光景が珍しいようだ。衛生陶器などの代理店の男性は「これは便利で、衛生的だ」と感心していた。
 日本で便利さを実感してきた身としては、なぜ浸透しないのかが不思議でならない。欧州の駐在員同士でも話題になる。「世界で最も進んだトイレ文化を持つ」といわれる日本の企業は努力している。
 TOTOは2008年に独デュッセルドルフに現地法人を構え欧州市場に本格的に進出した。TOTOヨーロッパの蔵元克之社長は「1990年代に米国、中国に進出し、最後に行くべき市場が欧州だった。当社が引き金になり欧州でもウォシュレットの関心は高まっている」と語る。
 同社の欧州の売上高は40億円規模まで増えてきたが、域内最大のドイツ市場での便器のシェアは2%程度とみられる。ロンドンなどの高級ホテルを通じてブランドを広げていく戦略をとる。宿泊した富裕層らにウォシュレットの良さを実感してもらい、粘り強く認知度も高めていく考えだ。だが、今も営業赤字が続く。
 いくつか見えない壁があるようだ。一つは域内の競合の多さ。各地を訪れて感じるが、便器ブランドが群雄割拠している。
150430toire0 ドイツではデュラビットや高級陶磁器ブランドでも知られるビレロイ&ボッホが強く、北欧ではサニテック(フィンランド)をよく見かける。南欧に行けば業界最大手であるロカ(スペイン)が圧倒的で、東欧はポーランドの雄セルサニットの陣地と言っていい。
 欧州の建物は長く使われ、100年を超えた建物も住居やオフィスとして現役だ。各地にメーカー系列の代理店網が張り巡らされている。30年程度で住宅を建て替える日本に比べ、新規参入組には非常に食い込みにくい市場だ。
 もう一つ大きいのが、トイレの特徴。欧州は水タンクがビルドインになっていて、姿が見えない。デザインはすっきりしてよいのだが、水の流れが悪くなっても自分で直すわけにもいかず、専門業者を呼ぶことになる。

■「トイレ業界のインテル」
「トイレのインテル」であるゲベリットのトイレ用水タンク。壁に埋め込まれている(ミュンヘンの美術館)
 この水タンクで圧倒的なシェアを持つ会社がスイスのゲベリットだ。便器ほど交換は容易150430toire1ではなく、一度納入してしまえば修理などのサービスで安定した収益が見込める。工事会社の数は3万~4万に及ぶといわれ、衛生陶器メーカーもゲベリットを向こうに回して営業はできない。ゲベリットは「トイレ業界のインテル」と呼んでもよいだろう。
 欧州の住宅設備メーカーはトイレや台所と専門分野に特化した企業が多く、TOTOやLIXILグループのようにトイレのタンクから便座、台所や水栓金具など幅広く手がける「総合型」は少ない。
 「トイレ特化型」は自らの城を守るのに必死で、代理店もオセロをひっくり返すように安易に「浮気」してくれない。そこでTOTOは13年からビレロイに150430toire2ウォシュレットのOEM(相手先ブランドによる生産)供給を始めている。LIXILは14年、水栓金具に強く衛生陶器も手がける独グローエを共同買収した。販路開拓の時間を買う効果もある。
 では、洗浄便座が当たり前に普及するのはいつか。ゲベリットが昨年、サニテックの買収を決め「川下」にあたる衛生陶器の領域の拡大に乗り出した。ゲベリットも自前の洗浄便座を販売しており、この分野を強化しそうだ。
 近年はホームセンターやネット通販でも売られ、売れ筋で2500ユーロ(約32万円)という。だが、筆者のような海外赴任で賃貸アパートに住む身で取り付けるわけにはいかない。ホテルや美術館など公共施設での早期普及を願うだけだ。
 TOTOヨーロッパの蔵元社長は「欧州でつくったブランドがグローバル展開で鍵になる」と語る。欧州は域外には伝統に裏付けされた華やかさを見せているのは事実。一方で、保守的な商慣習が残る難しい市場だ。トイレはその典型例。「岩盤商慣習」が打破されない限り、多くの日本人が毎年つらい冬を経験することになる。」(2015/04/23付「日経新聞」より)

うーん。上の記事ではいまひとつ分からない・・
Netで見ると、なぜ普及しないのか、疑問に思っている人が色々と報告をしている(ここなど)。
それによると・・・
「イタリーの水道水は、カルシウムの含有量がすごく、シャワーもカルシウムの結晶ですぐに目詰まりする。 ヨーロッパは水質が悪い。(水には、カルシウム、ナトリウム、カリウムなどさまざまなミネラル成分が溶け込んでおり、ミネラル分が多い。1リットル中のミネラル分が100mg以下が軟水、200mg以上が硬水とされ、日本の水の場合、殆んどが軟水です。)」

「“温洗便座”を初めて開発したのは、アメリカの企業です。日本でいち早く輸入したのはINAX、自主開発したのがTOTO。日本人は痔が多かったのでヒットした。アメリカでは当初医療用に開発されたんですが、うまくいかなかったみたいです。」

「中国には中国製の“温洗便”がある。値段は日本製よりも安いが、時々熱湯が飛び出し、又故障も多い。」

「かつてTOTOがウォシュレットを広めるため英国進出したものの、まったく受けず撤退したとのこと。
まあこれには配管の問題(イギリスのトイレ用の水は、一般の水道水に比べ浄化度が低い専用水のため、そのままウォシュレットを引くと衛生的にマズいらしい)などがからんでいて複雑なのだが、イギリスを本拠地とするマドンナが前回の日本公演の際に「日本の温かい便座が大好き」などと公言したそうだ。」

「ウォッシュレットって電気で動きますよね。
で、バスとトイレが一緒にあるトコだと、完全防水されたコンセントなどの配電設備が必要になるためなんです。
日本だと基本はトイレと浴室は別ですからね。単純なことらしいです。」

「ウォシュレットは元々はアメリカのアメリカンビデと言う会社が痔の医療用商品として開発したもので、病院や一部患者向けで一般には広まりませんでした。
それを日本のTOTOが特許を買取し改良しウォシュレットとして一般向け商品にしました。」(
ここより)

まあ、言われてみると、確かに国によって事情は色々。
日本の事情を前提に、「なぜ普及しない?」と思っても仕方がない話・・・

しかし、日本人は全員が便利に使っていると思っていた温水便座を、かたくなに拒否しているという人がいるという。
先日、カミさんがランチしたという昔からの友人。「昔からあるものは使うが、新しいものは使わない」と言っていたとか。よって、温水便座も、あるが使わない・・・そうだ。
この奥さま、ご主人から「ヒトラー」と言われているとか・・・。
まあ分かるな・・・。それで、「我が家も同じではないのか?」と言ったら、カミさんが「ウチは“プーチン”」とのたまう・・・
どのウチも、カミさん天下の実態はそう変わらないか・・・

おっと、話がそれた・・・
そう言えば、我が家の2階のPana製便座の調子が悪い。昼間ほとんど使わないため、瞬間式にしたのだが、直ぐに座ると冷たいし、誤動作が多い。洗浄のボタンを押しても途中で止まるので、ストップしてやり直し、という機会が多くなってきた。それに引き替え、安価な1階の貯湯式(ここ)は故障知らず。やはり単純な型が無難なようで・・・

まあ、「あっても使わない」という人がごく少数居られるとしても、温水便座は、一度使ったら手放せない文明の利器。色々な事情があるにせよ、世界でもっともっと普及して良い商品だと思うのだが・・・。

(2015/05/25追)
先日のNHKラジオ深夜便で、パリで30年在住の浅野素女さんが、フランスで暖房便座が普及しない理由について、感想をレポートしていた。(2015/05/15放送)
・フランスでは、暖房便座はめったにお目にかかれない。数年前から売られてはいる。
・フランス人は、人任せ、機械任せが好きではない。自動ドアは非常に少ないし、タクシーのドアも自分で開ける。オートマ車も極端に少ない。トイレも機械任せは気に入らない。
・文化的にも、王政時代、ベルサイユ宮殿にはトイレはなく、下々に人は、庭や階段で用を足していた。
・パリも中世は道そのものがゴミ箱で、何でもそのまま捨てていた。
・便座にカバーを付けたり、暖めるという発想がない。
・スイスの暖房便座のCMに、「スイス、ドイツ、日本で広まっている」とあった。キレイ付きはこれらの国。
・技術的な問題として、水が硬水なので、水道管が石灰分で詰まりやすい。水回りは問題で、特にパリは中世の建物を受け継いでいるので、水漏れが多く、修理の水道屋の費用も高いし、何かあっても直ぐには直して貰えない。だから、あえて、余計な機械を付けたくない。
・普及には相当な時間が要りそう・・・

150430esa<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (2)

2015年4月28日 (火)

森昌子の新録音「哀しみ本線日本海」

森昌子のセルフカバー盤を見付けた。
自分はセルフカバー盤が大好き。つまり好きな曲が新録音で発売されると、すぐに聞いてみたくなる。しかし、編曲が大きく変わっていてガッカリすることもしばしば・・・
先日、ふと森昌子がセルフカバー盤を出していることを知って、直ぐに聞いてみた。聞いていて涙が出た。往年の歌声が戻ってきているのである。(彼女の大病などを思い浮かべながら、ホントウに涙が出たのである!)
これはキングレコードへの移籍による新録音だという。そのうち、「哀しみ本線日本海」を聞いてみよう。

<森昌子の「哀しみ本線日本海」(新録音)>

「哀しみ本線日本海」
  作詞:荒木とよひさ
  作曲:浜 圭介

何処へ帰るの 海鳥たちよ
シベリアおろしの 北の海
私には戻る 胸もない
戻る 戻る 胸もない
もしも死んだら あなた
あなた泣いてくれますか
寒い こころ 寒い
哀しみ本線 日本海

細い汽笛が こころに刺さる
星屑ばかりの 北の空
涙さえ凍る こんな夜
吠える 風に ふるえてる
胸の痛みを あなた
あなた聞いてくれますか
寒い こころ 寒い
哀しみ本線 日本海

入江沿いに 灯りがゆれる
名前も知らない 北の町
凍りつく指に 息をかけ
旅の重さ ペンをとる
綴る便りを あなた
あなた読んでくれますか
寒い こころ 寒い
哀しみ本線 日本海

何よりも、編曲が原曲とそう変わっていないのが良い。何せ、聞く方は、原曲が頭にこびりついている。だからヘンに変わった編曲は馴染まない。

20年間のブランクを経て森昌子が復帰したのが2006年6月。この盤の発売は2014年9月17日だというので、復帰8年目の声である。
復帰した時、自分は大歓迎したもの。現役時代に実に良く聞いていた歌手だったので、特に昔の名曲の再録音を期待していた。しかしそれは今回まで、かなわなかった。実は復帰した当時、テレビで歌う声を凝視(凝聴?)していた。しかし、その声に現役時代の面影は無かった。復帰への期待が大きかっただけに、ガッカリした。20年間のブランクは、肉体労働者の(?)歌手にとっては大変な長さ・・・。声が直ぐに戻るはずもなく・・・。そして子宮ガンという大病・・・
それが、この新録音を聴くと、見事に戻っている。自分のイメージする“森昌子”がそこにいた。移籍の新録音バンザイ!である。

そもそも歌手は、レコード会社の移籍によって再録音する事が多い。石川さゆりも、テイチクへの移籍によって、ほとんどの曲を吹き込み直した。しかもアレンジをほとんど変えずに・・・。それらの録音は自分の宝・・・。前川清も、クールファイブ時代のアレンジをそのままに新録音しているので、実にフィットする。
逆に再録音が自分にまったくフィットしていない例が布施明。何度も書いているように、自分は若い頃の布施明が大好きだった。そして再録音盤も出る度に買ったが、全部NG。アレンジがあまりにも原曲と異なり、自分には合わなかった。井上陽水など、新アレンジでもフィットするものも、もちろんある。自分は難しいのであ~る。

しかし、今回の森昌子の新録音は、次への期待につながる。つまり、これ以外の楽曲の再録音も期待できるので・・・
断トツの歌唱力で若い頃、良く聞いた森昌子。今回の7曲の新録音に続いて、多くの昔の名曲の再録音をぜひ期待したいものだ。(「愛傷歌」の新録音盤はここ

最後に旧録音も聞いてみよう。1981年7月10日の発売盤である。

<森昌子の旧盤「哀しみ本線日本海」>

150428tachibanashi<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月27日 (月)

「広辞苑」の思い出

先日の朝日新聞に、こんな記事があった。
「(バイブルをたどって 戦後70年:1)遠望する人、辞書を編む
 京都は小雨まで品がある。まして古い屋敷に降る雨は。
 烏丸通を折れ、幾つか小さな角を曲がったところに、その屋敷――重山(ちょうざん)文庫はある。広辞苑の編者として知られる新村出(しんむらいずる)が暮らした家で、木戸孝允の住まいの移築という。復元された書斎が一代の言語学者の往時をしのばせる。重山は「出」の字にちなむ。
 広辞苑によれば、という決まり文句を生んだ辞書はいま第6版を数える。岩波書店から初150427koujienn版が刊行されたのは1955年で、新村は80歳に近かった。広辞苑に限らず、「新村出編」の辞書は戦前からの長きにわたる。
 先生は明けても暮れても広辞苑でした、と晩年を知る入江貞子(81)は言う。賄いだった入江は、枕元に資料を持ち込んで調べ物をする姿を覚えている。「欲も得もなく、質素で。歌をよく詠まれ、私の誕生日の折など色紙に書いて、もろてくれるか、と」。重山文庫の一室で、入江は雨降る庭を眺めやった。
 明治一桁生まれの新村は東京帝大で上田万年(かずとし)に師事し、欧州留学を経て30そこそこで京都帝大教授になる。言語学に目を開かれたのは旧制一高時代に聴いた上田の講演で、日清戦争のさなか、練武には行かず友と出かけた。「青春期の文学熱、詩歌俳句、新体詩、時流の文芸に対しての趣味は、相当なもの」だったと書き残していて、この一節の頭には「ご多分にもれず」とある。そうでなくなったのはいつからか、とふと思う。
 学究肌には違いないが、冗談を好み、高峰秀子のファンだった。高峰は谷崎潤一郎と一緒に新村宅を訪れたことがあり、自分の写真が何枚も貼られているのを見て顔から火が出たと後に回顧している。
 明治から昭和までを生き、随筆を含め多くの著作を残したが、政治的主張はほとんど見当たらない。新村の伝記を準備している孫の恭(68)によれば、「三然主義」の人であった。自然を愛し、偶然を楽しみ、悠然と生きる。穏やかで、だからでもあろう、各界に幅広い人脈があった。
 辞書は一人では出来ない。戦前の辞苑改訂から広辞苑発刊に至る作業では、様々な人が尽力し、次男の猛は多くを担って父に伴走した。名古屋大教授を務めた猛は、戦前から平和運動に深く関わった人である。恭は猛の息子で、広辞苑の誕生には「人徳のある祖父と思い入れの強い父」の二人三脚があったと語る。
 言葉は一つひとつが宇宙を成している。その源をたどるにも、この先を考えるにも、これで全て良しということがない。岩波書店辞典編集部の平木靖成(46)は、新語の採用にしても「20年後に、20年前の小説を読む人が引く」ことを考えるという。
 およそ辞書とは完成しないバイブルであり、言葉を定義する営みの際どさを思えば、一冊が万人のバイブルたるべきでもない。ただ、知らない言葉がこれほどある、すなわち自分は何も知らないのだと知る――その効用では立派なバイブルだろう。家庭に職場に、時代は変われど一冊の辞書が置かれてきたのは、それゆえかもしれない。=敬称略(文と写真・福田宏樹)」(2015/04/22付「朝日新聞」夕刊p2より)

前に辞書作りの「舟を編む」という映画があった。辞書を作るには、執念とも言うべき、長大な努力が必要。この映画で、その苦労が良く分かった。
自分が「広辞苑」を買ったのは、昭和48年11月。「広辞苑第2版」。当時3600円だった。
厚い辞書のページを、エイッ!と開いて、お目当ての項目の、いかに近くのページを開くかが勝負だった!?
寮にいるときに、良く開いた。会社ではもっぱら「岩波国語辞典」を愛用していた。これは高校の時に、国語の先生から勧められて使っていたもの。その新版を買った。そして、間違った文字を書かないように、良く使っていた。

それが、今はPCの「広辞苑」を使っている。これは一発で項目が出るので便利。でもそこに“分厚さ”はない。何となく、空間に問い合わせると、返事が返ってくるという不思議な感覚・・・
それに、Netで検索すれば、幾らでも文字の意味は出てくる。何とも便利にはなった。しかし、何と字を自分で書かなくなったことよ・・・。そして、何と漢字を自分で書けなくなったものよ・・・(読むのは得意だが・・・)
最近は郵便でも、パソコンで打った紙を切り取ってセロテープで封筒や荷物に貼る始末・・・
まあこの方が、郵便屋さんには明確に読めて良いのだろうが・・・

ふと「新村出」って誰だ?と調べてみる気になった。「新村出編」は良く知っていても、新村出という人のことは全く知らない・・・
そして、wikiを読んで新発見!何と「にいむら いずる」さんではなく「しんむら いずる」さんだって!! 長い間、大変に失礼致しました! 

wikiによると、「広辞苑」の歴史は、下記のようだという。
『広辞苑』刊行年譜
1935年(昭和10年):『辞苑』(博文館)発行
1955年(昭和30年)5月25日:『広辞苑』初版発行
1969年(昭和44年):『広辞苑』第二版発行
1976年(昭和51年):『広辞苑』第二版補訂版発行
1983年(昭和58年)12月:『広辞苑』第三版発行
1991年(平成3年)11月15日:『広辞苑』第四版発行
1998年(平成10年)11月11日:『広辞苑』第五版発行
2008年(平成20年)1月11日:『広辞苑』第六版発行

150427koujienn150520nikkeiもっぱらPC版の「広辞苑」に頼っているため、まったく開かなくなって久しい分厚い「広辞苑」第二版。
それでも、自分にとって決して「棄てられない」代表の本なのである。

150427kichoumen<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (5)

2015年4月26日 (日)

会計で「お愛想お願いします」は×~注意すべき敬語

今更、新入社員向けの記事でもないが、“「お愛想お願いします」は×”という見出しが気になった。自分も言うことがあるので・・・
新入社員 ここから講座 会計で「お愛想お願いします」は× 注意すべき敬語
 美しい言葉遣い&敬語を身に付けたい人は多い。上司との会話や電話応対、取引先とのやり取りなどで、敬語がきちんと使えるかどうかは、社会人としての信頼感を大きく左右する。前回につづいて、職場でのやりとり、会食の場、メールで間違って使っている敬語がないか、しっかりチェックしよう。
社内で
【1】資料を見たことを伝えるとき
△ 資料を見させていただきました
○ 資料を拝見しました
 敬語を知っている人なら謙譲語の「拝見する」を使うのが常識。「見させていただく」より洗練された印象を与える。
【2】上司や先輩に挨拶するとき
× ご苦労様です
○ お疲れ様です
 「ご苦労様」は目下の人をねぎらう言い方なので不適切。
【3】来客を伝えるとき
× 山本様が来られました
○ 山本様がお見えになりました
 「来られる」は受け身表現に取られかねない。「お見えになる」「お越しになる」「いらっしゃる」などの尊敬表現で。
【4】客を連れてきたことを上司に伝えるとき
× 山本様をお連れしました
○ 山本様をご案内いたしました
 「お連れする」は「連れてくる」「連行する」というニュアンスが含まれ、不快に思う人も。「ご案内する」が適切。
【5】上司の語学力について聞くとき
× 課長は中国語がおできになるんですか
○ 課長は中国語をお話しになるのですか
 目上の人に対して「できる」と能力を問うのは失礼に当たるので避けること。「お話しになる」と表現するのがよい。
【6】大学での専攻を伝えるとき
× 大学では経済学を学ばせていただきました
○ 大学では経済学を学んでおりました
 「~させていただく」は相手の許可を得て行うことに使うので、ここでは不適切。「学んでおりました」でよい。
【7】先輩の助言にお礼を言うとき
△ 先輩のアドバイス、参考になりました
○ 先輩のアドバイス、勉強になりました
 「参考になる」は相手を評価するような印象を与えるので、上司や先輩には「勉強になりました」と言うのが適切。
【8】相手の意見に納得するとき
× なるほどですね
○ おっしゃる通りですね
 「なるほど」に「ですね」を付けて丁寧にしたつもりでも、言葉として不適切。「おっしゃる通りですね」と言う。
【9】上司の話に心が動かされたと伝えるとき
× 部長のお話に感心いたしました
○ 部長のお話に感銘を受けました
 「感心する」は相手の行為に評価を下しているような印象に。目上の人には「感銘を受ける」「感服する」などを使う。
【10】上司に明日の予定を聞くとき
△ 明日、A社には課長も行かれますか?
○ 明日、A社には課長もいらっしゃいますか?
 「行かれる」は尊敬表現の「~される」と「行くことができる」の2通りの意味に取れる。「いらっしゃる」が適切。
【11】客が帰ったことを伝えるとき
× 山本様はお帰りになられました
○ 山本様はお帰りになりました
 「お帰りになられる」は過剰敬語。「お帰りになる」が適切。
【12】部長に聞いてほしいと先輩に伝えるとき
× 部長に伺ってください
○ 部長にお聞きください
 「伺う」は謙譲語なので、相手の行為に使うのは不適切。

受付業務で
【13】名刺をもらうとき
× お名刺のほう、よろしいですか?
○ お名刺を頂戴できますか?
 「~のほう」は接客などで使われがちだが、敬語とはいえないので不適切。謙譲語の「頂戴する」「いただく」を使う。
【14】担当者の不在を告げるとき
× 部長は不在ですが、いかがいたされますか?
○ 部長は不在ですが、いかがなさいますか?
 「いたす」は謙譲語で相手の行為に使うのは不適切。「いかがなさいますか」や「いかがいたしましょうか」と言う。
【15】資料を渡す場所を示すとき
× こちらで資料をご拝受ください
○ こちらで資料をお受け取りください
 「拝受」は謙譲語なので相手の行為には使わない。「お受け取りください」が適切。
【16】メールで非礼を丁寧に詫びるとき
× 厚くお詫び申し上げます
○ 深くお詫び申し上げます
 「厚く」はお礼など、よいことに使う表現。「深く」が適切。
【17】「お体を大切に」と言いたいとき
× お体、ご自愛ください
○ ご自愛ください
 「自愛」は「自分を大切にすること」、つまり体を大事にする意味が込められているので、「お体」は不要。
【18】提案書を見てほしいとき
× 提案書をご拝見いただけると幸いです
○ 提案書をご高覧いただけると幸いです
 「拝見」は謙譲語なので、相手の行為に対して使うのは不適切。相手の見る行為を敬う「ご高覧」が適切。
【19】返事を読んだと伝えるとき
× お返事読まさせていただきました
○ お返事を拝読いたしました
 「読まさせていただく」の「さ」は不要。「拝読」が適切。
【20】会食で店員を呼ぶとき
△ すみません
○ お願いします
 「すみません」は言い方によっては横柄に聞こえる。きちんとした印象を与えるには「お願いします」が適切。
【21】会計を依頼するとき
× お愛想お願いします
○ お会計をお願いします
 「お愛想」は店側が「お勘定」の代わりに使い始めた言葉なので、客側が使うのは不適切。「お会計」「お勘定」でよい。

この人に聞きました。
山岸弘子さん
 NHK学園専任講師。NHK学園で敬語指導に当たる傍ら、航空会社の接客資料の作成や、テレビのクイズ番組の敬語問題の監修にも携わる。全国で研修・講演も行う。著書に『すぐに使えて、きちんと伝わる 敬語サクッとノート』(永岡書店)など。(日経WOMAN 藤川明日香)」(2015/04/20「電子版日経」より)

上に21の例があるが、心配になってチェックしてしまった。
結果は、・・・(大きな声では言えないが)10勝2敗、9引き分け。
2敗は「× 山本様をお連れしました」と「× お愛想お願いします」。
特に、食堂で「お愛想」とは良く使う・・・。

しゃくに障るのでNetで調べてみると、こんな記述が見付かった。
「「お愛想」という言葉は、会計時、お店側が「今日はわざわざお越しいただきましてありがとうございます。こちら、色々と不手際などございましたかもしれません。それなのに、会計のことを申し上げるなど愛想のないことで恐縮です。大変失礼いたしました。どうぞまた、これに懲りずにお越しくださいね」という意味で伝えるものです。
では、お客さん側である私たちがお店の人に「お愛想!」と言ってしまうと、どんな意味になってしまうのでしょう。
「お愛想」とお客さんが言ってしまうと
「このような愛想のない店からはもう出たいので、精算してくれ」というニュアンスになってしまう。
ここは無難に「お会計お願いします」「お勘定お願いします」という言い方にして、言葉の本来の意味合いを理解しておきたいところですね。」(
ここより)

考えてみると、「お愛想・・・」という言い方は、誰に教わったものでもない。誰かが使っていたので、それをまねて言っていただけ。
しかしそれは誤りだったのか・・・

これからは食堂で、「お勘定を・・」と言うことにしよう。
ああ人生! 何と奥深いことか!!(←オーバーだけど・・・)

150426sign<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2015年4月25日 (土)

「従来型携帯(ガラケー)の生産終了 国内各社、17年以降」

先日の日経新聞に、ガラケーの生産がいよいよ終息するという記事があった。
携帯電話の経緯が良く書かれているので、整理の意味で、読んでみよう。
従来型携帯(ガラケー)の生産終了 国内各社、17年以降
 パナソニックなど日本の携帯端末メーカーが独自の基本ソフト(OS)を載せた従来型携帯電話、通称「ガラケー」の生産を2017年以降に中止する。スマートフォン(スマホ)の普及が進み、ほぼ日本だけで通用する従来型携帯は開発が重荷になっていた。コスト削減のため、開発する全端末のOSをスマホの標準である米グーグルのアンドロイドに統一する。日本がかつてけん引した従来型携帯の基幹技術がその役割を終える。

NECは端末完全撤退
 スマホが主にタッチパネル式の画面を搭載し、様々なアプリ(応用ソフト)を取り込んで機能を拡充して使うのに対し、従来型携帯は通話やメールなどの機能に重点を置き、OSなど基幹技術を端末メーカーと通信各社が共同開発してきた。
 今回、メーカーは独自OSの携帯機種の生産を中止する。ただ、折り畳み式やボタンが付いている形状は中高年を中心に根強い人気があるため、外見や操作性が従来風の端末150425keitai1_2の生産は続けるが、実態は従来型ではなくアンドロイド機種となる。NTTドコモの「iモード」などのサービスは当面維持する。
 NECは現在、ドコモに従来型機種を供給しているが、16年3月に新規の開発をやめ、17年3月には生産も終える。既にスマホ事業も13年に中止しており、すべての携帯電話端末事業から撤退する。販売済みの製品は当面修理を受け付ける。
 富士通やシャープ、パナソニックなどの端末メーカーも相次ぎ、端末のOSをアンドロイドに切り替える。世界規模でスマホのシェアが高まるなか、従来型専用のOSや半導体を開発する意味合いが薄れたと判断。スマホ技術の全面採用で新製品開発コストを減らす狙いもある。
 メーカーの撤退を受け、ドコモも徐々に従来型機種の販売をやめ、見た目が従来型のアンドロイド機種を増やす。KDDI(au)やソフトバンクも同様の措置を取る見通し。既にKDDIが2月にシャープ製の見た目が従来型端末を発売しており、ドコモも年内に複数機種を投入すると決めている。

 日本の電機メーカーと通信各社は1990年代後半から端末の共同開発を加速。99年にはドコモが世界初の携帯を使ったインターネット接続サービス「iモード」を開始し、技術面で世界の通信・電機各社をけん引した。
 ただ、07年に米アップルが「iPhone(アイフォーン)」を発売。翌年からグーグルが世界の端末各社と組んで「アンドロイド」を投入するとスマホが一気に普及した。従来型携帯を得意としたノキアは端末事業を売却し、日本勢もリストラを強いられた。国内端末・通信各社がスマホ技術を全面採用することで、アップルとグーグルの2陣営への集約が進むことになる。」
===========
日本式携帯に幕 iモードなど、サービスは継続
 日本の携帯電話端末各社が「ガラケー」と呼ばれる日本独自の従来型携帯電話向けの基本ソフト(OS)や専用半導体の開発から撤退する。代わりに米グーグルのOS「アンドロイド」などを活用し、外見や操作性を従来型と近づけた端末として延命を図る。「ガラケー風」の携帯は生き残るが、端末とともにOSや半導体などを一体開発してきた日本の携帯の事業モデルは終息する。
 各社は従来型携帯向けOSの開発終了後も、アンドロイドを使って同様の携帯の開発を続ける。折り畳み式の形状で数字ボタンや十字キーで操作する使用感も維持する見通しだ。
 従来型携帯を利用するユーザー向けに「iモード」など既存のサービスも続ける。日本では150425keitai3シニア層を中心に従来型携帯の購入者がまだ半数程度いる。世界の主流はスマートフォン(スマホ)だが日本で販売をいきなりやめることはできない。消費者にとっては今まで通りの使い勝手の製品を購入・利用できる。
 これまでNECや富士通など国内大手端末メーカーとNTTドコモなど通信会社が一体となってOSや半導体などを開発し技術を蓄積してきた。今後こうした開発体制は大幅に縮小されそうだ。
 日本では1979年に始まった自動車向け携帯電話が携帯通信サービスの元祖だ。各社は端末の小型化などで米モトローラやフィンランドのノキアなど海外勢と競った。91年に小型携帯の先駆けとなる「mova(ムーバ)」を開始。巨大だった端末をポケットサイズに抑え、携帯の本格普及につなげた。
 99年にはドコモが携帯を使った世界初のインターネット接続サービス「iモード」を始めた。携帯の使い道が音声会話からデータ通信に広がり、着信メロディーや携帯向けゲームなどコンテンツ市場が成長する。
150425keitai2 転機は2007年。米アップルが「iPhone(アイフォーン)」を発売しスマホが爆発的に普及する。携帯向けコンテンツ配信もスマホの大画面やアプリ(応用ソフト)に取って代わられ、世界のコンテンツ産業も大きな変革を迫られた。日本の従来型携帯もシェアを徐々に奪われ、結果として生産撤退に追い込まれることになる。
 国内各社は今後、アンドロイドを活用して従来同様の端末を開発するものの長期的にはスマホに押される可能性が高い。世界のスマホ市場ではアップルや韓国サムスン電子、中国メーカーなどが覇権を握りつつある。
 日本勢は小型ディスプレーやカメラ用半導体などスマホ向けの部品開発で世界トップクラスにあるが、端末開発で世界をリードしてきた役割は終わる。世界のIT(情報技術)市場では米グーグルや人脈サイト最大手のフェイスブックなどスマホ向けサービスやアプリが力を増している。国内各社はスマホ生産を支える部品産業の競争力を高めると同時にネットサービスやアプリなどの新産業の育成が急務になる。」(2015/04/24付「日経新聞」p1、p3より)

携帯事業は“生もの”と言われてきたが、まさにその通り。上の2002年と2013年のシェアを見ると一目瞭然。10年前に2割のトップシェアだったNECが撤退・・・。そして、東芝、三菱、三洋も、とっくに撤退。2002年に2位だったパナソニックも「その他」に落ちているようだ。

それにしても“生もの”はメーカーにとっては、やっかいな存在。ゲーム機も同じだが、当たれば爆発的に売れ、当たらなければ膨大は開発費が回収できない。
思い起こすと、最盛時は24時間稼働の派遣社員で、5000人くらいまで増えた自分の知っている携帯電話の工場も、今は跡形もない。

しかし「ガラケー」タイプが、まだ半数以上を占めているとは、これまた意外。まだまだ健在・・・。まあ、使う方からすれば、キーが欲しいのであって、中味がアンドロイドであろうが構わない。
それにしても、「日本がかつてけん引した従来型携帯の基幹技術がその役割を終える。」という文言が寂しい。でもこれは、かつて世界を席巻したノキアの凋落を見れば、仕方がないことかも・・・。
「娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらはす」という言葉もあるので・・・

いつでもどこでも、という意味で使われていた「ユビキタス」という言葉も死語になった。つまり、それが当たり前の社会になってしまったから・・・
しかし・・・・。
前にも書いたが(ここ)、便利なツールはそれに“使われる”のではなく、“使いこなし”たいものである。

150425saikai<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月24日 (金)

梓みちよの「リンデンバウムの歌」

最近、こんな静かな歌が流れない。たまに聞くと、しみじみとする。

<梓みちよの「リンデンバウムの歌」>

「リンデンバウムの歌」
 作詞:岩谷時子
 作曲:山本直純

リンデンバウムの大きな幹に
愛の言葉を彫ってきた
リンデンバウムのみどりの木陰
勿忘草(わすれなぐさ)が咲いていた
牧笛(つのぶえ)がわたる夕べの空
ふたりの愛の星がのぼってくる
私の好きな 好きなひと
私の甘いくちづけ あなただけに

リンデンバウムの繁みのなかで
森の泉がわいていた
リンデンバウムに夜がくるとき
夜鶯(ナイチンゲール)がないていた
ともしびがゆれる水のほとり
たのしい恋の歌が聞こえてくる
私の好きな 好きなひと
私の甘いくちづけ あなただけに

リンデンバウムの月のあかりに
いつもあなたを待っていた
リンデンバウムは 私のほほに
つたう涙を知っていた
森かげに憩う旅人たち
なつかしい故里を夢みてる
私の好きな 好きなひと
私の甘いくちづけ あなただけに

この歌は、昭和39年(1964年)10月の発売だというから古い。もう半世紀も前の歌。でも決して、古臭くない。

ところで、「リンデンバウム」ってどんな花?とNetで探すと、本名は「セイヨウシナノキ」で別名を「リンデンバウム」と言うらしい。
またシューベルトの歌曲『菩提樹』(歌曲集『冬の旅』)で有名だというので、Netで見たら、この「菩提樹」の原題は「Der Lindenbaum」・・・。ん? 「リンデンバウム」=「菩提樹」??

ここ)によると、
「リンデ(和名:セイヨウボダイジュ=シナノキ科)は、釈迦がその下で悟りを開いた木、いわゆる菩提樹(和名:インドボダイジュ=クワ科)とは無縁の植物であり、ドイツでは仏教とは無関係に古代ゲルマン時代から親しまれてきた木である。」

リンデLinde
Lindenbaum(リンデンバウム=リンデの木)も同じ。その名は樹皮がしなやかであることに由来するという。和名:セイヨウボダイジュ(洋種菩提樹とも)。
冷温帯である欧州中部から南部の一帯にわたって分布するシナノキ科の落葉高木で、日150424lindenbaum1本で菩提樹と呼ばれる中国原産の樹木の近縁種。本来の菩提樹であるインドボダイジュとは全く異なる植物だが、その背景には、仏教がインドから中国にもたらされたとき、聖木のインドボダイジュ(クワ科)が熱帯植物なので、気温の低い中国では育たないための代用として、葉の形がやや似たシナノキ科の樹木が植えられて菩提樹と称され、さらにそれが臨済宗の僧、栄西により1168年に日本にもたらされたという経緯がある。
英名はLime tree(ライムの木)だが、もちろんライムでも柑橘類でもなく(ドイツもイギリスも柑橘類の北限以北)Linde treeが訛ったものであるらしい。よくよく名前を間違えられる木のようです。米名はLinden(リンデン)。」

この歌詞の「リンデンバウム」は、仏教の「菩提樹」ではないな。「ドイツでは古くから愛の象徴」だという「セイヨウボダイジュ」だな・・・

ともあれ、何とも優しい癒される歌ではある。

150424aisatsu<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (4)

2015年4月23日 (木)

新聞における「算用数字」と「漢数字」の使い分け

先日、朝日新聞にこんな記事があった。
「紙面を見ると、算用数字と漢数字が混在しています。どういう基準で使い分けているのでしょうか。(大阪府 無職女性 74歳)

 ■原則は「洋」 変化しない数字は「漢」
 現在、朝日新聞の数字の表記は洋数字(算用数字)を原則としています。漢数字との使い分けは、非常に大ざっぱに言うと「数量など変化するものは洋数字、変わらないものは漢数字」で、縦書きも横書きも同様です。
 日付は「1日、2日、……」と変わり得るので洋数字です。一方「一日中忙しかった」は「二日中~」などとは言わないので漢数字で、他にも「一匹おおかみ」「一を聞いて十を知る」など、慣用句やことわざに出てくる数字は漢数字を使います。
 ただし、変わり得る場合も漢数字のものがあります。囲碁、将棋の段位や歌舞伎、落語など古典芸能の「四代目中村鴈治郎」などです。「一つ、二つ」など「つ」を付ける場合も漢数字です。2001年に洋数字化した当初は「1つ、2つ」も認めたのですが「違和感がある」との声があり、漢数字に統一しました。
 使い分けの例を幾つか挙げてみます。「一人前の職人」は慣用句で変わらないので漢数字、「1人前の料理」は「2人前、3人前、……」もあるので洋数字です。「群衆の一人が話した」は人数が問題なのではなく「群衆の中の、とある人」という意味なので漢数字、「家族4人のうちの1人が話した」は「4人のうち何人話したか」が問題なので洋数字です。
 他の新聞の多くも洋数字中心の表記になっていますが、漢数字から移行した時期は毎日が1996年、読売が2005年などと違いがありました。(用語幹事補佐・八尋正史)」(2015/04/17付「朝日新聞」p37より)

なるほど・・・。
当blogでもこれに倣うとしよう・・・
(当サイトでの、最短記録の記事であ~る)

150423byte<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月22日 (水)

「完治せずとも穏やかな人生」

どうもこんな記事が気になる。先日の日経新聞にこんな記事があった。
完治せずとも穏やかな人生
 滋賀県東近江市で、自宅のベッドに横たわる98歳の女性。1週間前から寝たきりとなり、前日から食事もほとんどとれなくなった。3月上旬のことだ。
 往診に来た永源寺診療所の医師、花戸貴司所長(44)が問いかける。「病院行こうか? 家にいたい?」「……ここがええんや」。かすかにまぶたを開けた女性が答えた。
 近くに住む孫(44)も「家族で最期の時間を大切に過ごしたい」。花戸所長は苦痛をとるための方法などを訪問看護師や薬剤師、介護ヘルパーらと話し合った。2日後、女性は自宅で静かに息を引き取った。

過剰な治療せず
 診療所がある東近江市の永源寺地区は人口約6千人の3割以上を高齢者が占める。自宅で最期を迎えることを9割が希望し、半数が実現している。「家族にとっても命や人生の役割について深く考えるきっかけになる」と花戸所長はいう。
 兵庫県尼崎市の長尾クリニックの長尾和宏院長(56)はこれまでに約800人を在宅でみとった。過剰な投薬や治療をやめ、穏やかな最期を迎える「平穏死」を実践する。
 ただ、あらゆる治療に消極的なわけではない。長尾院長は、胃に穴を開けてチューブで栄養剤などを入れる胃瘻(いろう)を勧めることもある。胃瘻は「不要な延命措置」の代表ととられがちだが、「治さないといけないものと、そうでないものを、はっきり説明したうえで対応する必要がある」という。
 「まあまあ型」と「とことん型」。近年、医療現場でこんな言葉がしばしば聞かれる。
 病気の完治を目指す「とことん」に対し、完治せずとも地域で生活ができるようにする「ま150422nikkeiあまあ」。病院経営管理などが専門の高橋泰・国際医療福祉大教授は「75歳を過ぎるとまあまあ型を必要とする比率が急速に高まる」と指摘する。ところが「現在の日本には『とことん』型を提供しようとする病院が多い」ことが問題とみる。
 将来推計人口などによると、2010年からの30年間で75歳以上の人が800万人増え、税金や保険料などで医療費を支える65歳未満は3千万人減る。毎年1兆円ずつ増え続ける社会保障費をどう抑制するか。一つの解が「まあまあ」と「とことん」の使い分けだ。

患者の声に配慮
 「とことん」「まあまあ」を提唱した永生病院(東京都八王子市)の安藤高朗理事長によると、カギを握るのは患者のトリアージ(治療の優先度を決める緊急度判定)だ。病状に加えて本人や家族の希望を聞き、高度な専門医のもとで徹底的に治療するか、慢性期対応の病院などでじっくりみてもらうかを決める。安藤理事長は「最終的には患者本人の意思が優先される。どう生きたいのか考えておくことが重要だ」と話す。
 日本の医療は、すべての患者を100%健康にする目標に向かって進んできた。しかしその限界は見え始めている。年齢ピラミッドの変化に合わせ、限られた医療資源をどう分配するか。患者側にも「まあまあ」を受け入れる意識改革が必要だ。持続可能な医療の設計図を描くために一歩を踏み出す時は今しかない。」(2015/04/20付「日経新聞」p1より)

先日、同期の連中数人で集まったとき、「(今年はもう)68だぜ・・・」「もういいか・・・」「いや、70までは・・・」という話になった。
もう「お迎え」の話題が出る歳になってしまった。

上の記事は、人生、何年生きたら「ま、いいか」になるのかを教えてくれる。
つまり、「とことん型」は、“まだまだ(生き)足りない!” 「まあまあ型」は“(充分生きたので)ま、いいか”か・・・
それが「75歳を過ぎるとまあまあ型を必要とする比率が急速に高まる」というのだから、我々もあと7~8年!? これは意外と短い・・・

我が家では、カミさんとお互いの終末期の迎え方について良く話しをする。「とことん型」で、イチかバチかの治療を提示されたとき、どう判断するか・・・。つまり、手術をすれば*割は治る可能性があるが、*割は、かえって寝たきりになってしまう可能性がある。と言われたとき、踏み出すかどうか・・・
寝たきりも、意識がちゃんとある場合と、意識はあるとしても認知症が進んでしまう時とがある。
カミさんは「ちゃんとした施設を探してあげるから・・」と言う。「冗談じゃない!オレは自宅がいいんだ!」と言ったものの、認知症になったら、とても自宅での介護はムリ・・・。
それはお袋と義母を施設で送ったことで体験済み。よって、それは仕方がないと思う。しかしそれは正常な意識がないことが条件・・・。シラフでは、一人で施設に行くのは、とても耐えられないな・・・

自分は、やはり75を過ぎれば「まあまあ型」を選ぶ気がする。そして、もし80を迎えられれば、かえって認知症も良いかもと・・・と。これはカミさんの「アナタは気が弱いから、認知症になった方が死の恐怖が無くなるので良いかも・・・」との言葉に同意しての気持ち・・・。

ここ1年で相次いで亡くなったお袋も義母も、認知症がある程度進んでいたので、少なくても死の恐怖は無かった。それは良かった・・・
しかし認知症でも、おとなしい認知症ならともかく、騒いで、身体拘束されるかも知れず・・・。
考えただけでゾッとする・・・

身近な話として、我が家の愛犬・メイ子も、老境に入っているらしい。食事が不規則。食べたり食べなかったり・・・。今までは1日2回のエサをサボったことなど無かったのに・・・
何を考えているのか・・。それが分からないだけに切ない。 メイ子も“その時”は、たぶん何も考えずに「あれ? 何かヘンだよ、おかあさん・・・」で死んでしまうのだろう。
少なくても、死の恐怖については、メイ子の方が幸せな気がするこの頃である。

150422nigakunai<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月21日 (火)

神奈川県~猫、初の殺処分ゼロ達成

先日カミさんがテレビで、神奈川県の猫の殺処分ゼロを達成したというニュースを見ていて(ここ)、「やれば出来る」と、記事に取り上げて欲しいと言う・・・。
Netで検索すると、「神奈川新聞」の記事が一番詳しい。

猫、初の殺処分ゼロ達成 飼育や里親ヘボランティア尽力
 県は16日、2 0 14年度に県動物保護センター(平塚市)に収容された猫の殺処分が初めてゼロを達成したと発表した。猫は多産で外飼いが多く、持ち込まれる子猫が多いため、殺処分ゼロが難しいと言われるが、ボランティア団体が一時飼育や里親探しに尽力した。県によると、都道府県レベルでは初めて。
同センターは、犬の殺処分ゼロも13、14年度と2年連続で達成した。
150421kanagawa2 県によると、横浜、川崎、横須賀の3市以外から動物が持ち込まれる同センターは、14年度に猫を595匹収容。このうち、492匹をセンターの登録ボランティア(42団体・個人)が引き取ったほか、譲渡会で県民が22匹を譲り受け、1匹が飼い主に戻った。収容中の病死もあったが、13年度に398匹あった殺処分は行わなかった。
 特にボランティアが引き取り数を前年度の167匹から3倍近く増やした。県は「犬の殺処分ゼロに刺激され、相当に頑張って引き取り、新しい飼い主を探す活動を懸命にやってくれた」としている。
 県は、猫殺処分ゼロの継続を目指し、県民に対し▽子猫の収容数を減らすための飼い猫の避妊・去勢手術▽離乳前の子猫の引き取り、などをさらに呼び掛けていく。
 築40年以上たち老朽化した同センターの施設改善も検討。有識者でつくる検討会が今月スタートしており、収容犬のストレスを軽減して里親が見つかりやすいようにするための飼育スペースの個室化や、県の動物愛護行政のあり方に関して夏ごろに結論を出す予定。
150421kanagawa1 丸くなって眠る猫、爪を研ぐ猫、跳び回る猫…。多くが、県動物保護センターから引き取られ、殺処分を免れた猫だ。相模原市中央区の猫保護シェルター「たんぽぽの里」。その数、現在70匹以上。16日夕は、女性ボランティアが1人で掃除や猫の遊び相手を担っていた。「捨てられて人間不信になった猫もいる。『人は怖くない』と教えてあげるのも大切なこと」
 一つの命も殺さない-。その意志で2014年度、同センターから成猫32匹、幼猫133匹を引き取った。これ以外に飼い主から直接受け入れた猫は一時保護も含めて200匹を超える。
 石丸雅代代表にとって念願の殺処分ゼロ達成だが、わずかなボランティアだけで継続していくには限界があることも認識している。続けるには「広く市民が意識を共有することが不可欠」と指摘する。
 例えば、「野良猫が子猫を産まないよう、地域が進んで避妊・去勢手術を施すこと。猫を飼う場合も、最後まで面倒を見られるのかよく考えること」。成猫の場合、飼い主の引っ越しや出産、高齢化などによって飼い続けられなくなるなど、人間の事情によるケースがほとんどだ。ボランティアたちは、引き取った猫の新たな里親に対して飼育方法を説明するなどして飼育の定着に努めている。

 それでも、同センターへの持ち込みはなくならず、昨年度は595匹だった。安易に猫を手放す飼い主が後を絶たない中で、独自の策を講じる自治体もある。千葉県は4月に施行した動物愛護管理条例で、飼育できなくなったら他の飼い主に譲渡することや、適正に飼育できない場合は飼わないことなどを県民に求めている。
 石丸代表は「達成はゴールではなく、スタート。殺処分をしないためにどうするか、皆で考えるきっかけにしてほしい」と重ねて強調した。」(
2015/04/17付「神奈川新聞」(ここ)より)

この問題は、「いのち」をどう捉えるかを我々に投げかけてくる。
「命は地球より重い」という言葉があったな…と思って検索してみると、wikiに「1977年9月28日に、日本赤軍が起こしたダッカ日航機ハイジャック事件で、日本政府は10月1日に福田赳夫内閣総理大臣(当時)が「一人の生命は地球より重い」と述べて、身代金600万ドルの支払いおよび、超法規的措置として獄中メンバーなどの引き渡しを決断。」とあった。
そうか…。あくまでも重いのは「人の命」であって、動物の命は対象ではなかった。つまり動物の命は、人間にとって重くない??

子どもはよく虫を殺す。これを止めるべきか?という議論があり、あるテレビで先生が、子どもが虫を殺すのは普通のことで、それで生死を学んでいく、と言っていた。
しかし、その対象が虫ではなく身近な犬や猫だと、オトナでもたじろぐ。“要らなくなって”、例え自分で殺さないとしても、自分で処置する事が出来ず、殺されると分かっていながら、市役所に持ち込む事になる。
でもそれも、遠回りの殺し・・・

散歩の時に、よく居眠りをしている野良猫を見かける。そしていつも話す。「いったいどこで食べ物を見付け、どこで水を飲んでいるのだろう・・・」と。
どこかの家で、野良猫に食べ物を与えているのかも知れない。あるいは、食べていないのかも・・・。でも猫はちゃんと生きている。
原理的に、野良猫がいれば、子猫も生まれる。人が何もしなくても、野良猫がいるだけで、それは増えていく。すると野良猫一掃が必要になる??

それにしても神奈川県の取り組みは、素晴らしい。2年前に1000匹もいた殺処分がゼロとは・・・。
費用的にも、殺処分が一番効率的。それを、手間暇を掛けて、命を救っているのだという。これは自治体として、相当な意志が必要だし、費用的にも県民の理解が必要だ。もちろん、ボランティアさんにとっても、大変な作業であり、永久に続けられる仕組みとも思えない。

この動きを、「いのちの大切さ」という視点で見守りたい。そして、広く多くの自治体が後を追うことを期待したい。

●メモ:カウント~720万

150521kanasibari<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (2)

2015年4月18日 (土)

「車のリモコンキー、なぜ間違わない?」~防げない不正送金

車のリモコンは、つくづく頭が良いと思う。先日、その解説があった。
「(ののちゃんのDO科学)車のリモコンキー、なぜ間違わない?
 ■解除電波に「合言葉」が乗ってるの
 ののちゃん 最近の車はキーをドアの穴に差し込まなくても、ボタンを押すだけでカギが開くね。
 藤原先生 ボタンを押すと「ロックを解除しなさい」という命令の電波が出るの。10メートルぐらいは届くわ。エアコンやテレビのリモコンをイメージすればいいわ。
 のの テレビがたくさん並んでいる電器屋さんでリモコンを押したら、隣のテレビのチャンネルまで変わってしまったことがあるよ。同じ車種の車だと間違ってカギが開いちゃう心配はないのかな。
 先生 それはないわ。さて、どういう仕組みでしょう?
 のの わかった。ラジオなら放送局ごとに書いてある数字が違うもん。「80.0」とか「954」とか。その数字が違うんでしょ。
 先生 周波数のことね。電波が1秒間に振動する数をもとにした数字でふつうはヘルツという単位を使うわ。確かにラジオで使われている電波は局ごとに周波数が違うけど、実は車のキーの電波は315メガヘルツ前後で、だいたいどこも同じなの。
 のの ええ! ならどうやって?
 先生 「ドアを開けなさい」という命令とは別に、車に割り振られた登録番号(ID)の情報を150418nono電波に乗せて送っているの。あるメーカーでは「0」か「1」かで32桁分のIDがあるというわ。約43億通りにもなるの。車がそのIDを覚えていて、一致しないとドアは開かないの。
 のの うーん、むつかしい。
 先生 ラジオで流れる言葉をイメージして。周波数が同じでも話の中身はいつも違うでしょう。電波の中に互いしか知らない「合言葉」が入っていて、それを言ったときだけドアを開けてくれる仕組みなの。
 のの 合言葉がバレるとドアが開けられてしまいそうだな。
 先生 特殊な機器を使えば、車のキーの電波を「盗聴」することもできなくはないわ。そこで最近はIDとは別にボタンを押す度に変わっていくパスワードを潜ませてあるの。車の方は、どういう法則でパスワードが変わっていくかを知っているから毎回変わっても大丈夫なの。
 のの この前乗った車はドアに手をかざしただけでカギが開いたよ。
 先生 これは手をかざすとまずドアから弱い電波が出る仕組みなの。通常、315メガヘルツとは別の周波数の電波を使うわ。ドアから80センチぐらいの範囲にキーがあると、その電波を受信したキーから「ドアを開けなさい」という返事の電波が出るの。トランクの中にキーを忘れたまま閉めても大丈夫な「閉じ込め防止機能」がついた車もある。トランクを閉めた瞬間に電波が出て、トランクにキーがあるとわかると自動的にロックが解除されるの。
 のの 先生より頭がいいとか?
 先生 それにはまだ及ばないわ。(取材協力=日産自動車電子技術開発本部の大平桂慈さん、構成=行方史郎)」(2015/04/11付「朝日新聞」e6より)

車のリモコンでスゴイと思うのは、キーの場所を認識している所。つまり、車内にキーを置いたままにすると、警告が出るし、トランクも同じ。ドアの内外の、たった数センチをも区別している。これはもの凄く頭が良い。
でも、良く電池が切れる。よって、我が家ではいつ電池が切れても良いように、100円ショップで買った電池をダッシュボードに入れてある。これで安心・・

話は変わるが、究極のパスワートと思っていたワンタイムパスワードが、無力になる被害が出ているそうだ。
ワンタイムパスワードでも被害 不正送金の新ウイルス
 インターネットバンキングで不正送金させる新型ウイルスに、国内で約4万4千台のパソコンが感染していた。警視庁が10日、発表した。大手銀行が導入した、取引ごとにパスワードが変わる仕組みを利用していても被害が出ていた。警視庁は指令を出す海外のサーバーを突き止め、ウイルスの無力化を始めた。
150418pw サイバー犯罪対策課によると、ウイルス感染したパソコンに指令を出すサーバーの一つを特定し、接続情報を収集。今年2~3月の1カ月間で約8万2千台の感染を確認した。うち約3万8千台は国外で、感染はその後も1週間に数千台規模で広がっているという。
 ウイルスは、改ざんしたウェブサイトの閲覧などでパソコンに侵入。感染後は利用者に気づかれずに外部から遠隔操作が可能となる。利用者がネットバンキングにログインしたのを検知すると、偽の手続き画面を表示させてパスワードの入力を誘導。「読み込んでいます」などと表示する間に自動的に不正送金する。
 同課はセキュリティー大手と新たなシステムを開発。感染したパソコンがこの外部サーバーに接続した際に、不正送金を指示するデータの代わりに無害なデータを取得させ、ウイルスが働かないようにする取り組みを今月から始めた。
150418pw1 従来のウイルスは、盗んだパスワードで犯人が利用者になりすまして送金していた。そのため、各行はログインごとに異なる「ワンタイムパスワード」を導入。だが新型ウイルスでは、それでも防げない事例が三井住友や三菱東京UFJなどで確認されている。
 警察庁によると、昨年1年間全体の不正送金被害は1876件、約29億1千万円で過去最悪を記録した。(津田六平)」(2015/04/10付「朝日新聞」より)(
写真は同「毎日新聞」(ここ)他より)

この仕組みを見ると、まさにお手上げ。本人はワンタイムパスワードを使って、安心してログインしているつもりが、裏で誰かが振込先と金額を入れている。銀行から「操作された」というメールが来ても、自分は操作しているのだから不信に思わない。残金を見たり、振込先から「入金されない」という連絡が来るまで、不正送金されていることが分からない。
自衛の対策として、銀行の一回当たりの送金金額を低く抑えるとかが必要になってくるが、上の例などでは、銀行はどこまで補償してくれるのだろう・・・
それにしても、つくづく“究極の対策“というのは無いのだ・・・と思う。

車の開閉などなら、それほど被害は大きくないが、これからのマイナンバーなど、たぶんどう対策をしても破られるであろう仕組みが、次々にリリースされていく。すると、破られる前提で全てを考えなければならない・・・。ま、税金含め、隠したい項目が無い自分など、どうでも良いけど・・・(おっと、今日は車のキーの話だった・・・)

150418okan<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月16日 (木)

ニトリ・似鳥昭雄社長の日経「私の履歴書」

先日、朝起きて居間に行くと、コタツの上に新聞が大きく開かれていた。「何だ!読みっぱ140416gendaiなしで」と片付けたら、カミさんが「これを見せたかったの」と言って紙面を指す。
「週刊現代」の広告に、「日経新聞の連載が「面白すぎる」と大評判・ニトリ社長に聞いた「私の履歴書」ホントのところ」という見出し。

実はこの連載、非常にユニークだったので、内容をカミさんに話したことがあり、それでこの広告にカミさんが気が付いたらしい。
今月(2015年4月)の、ニトリ創業者・似鳥昭雄社長の「私の履歴書」は、異例ずくめ。もう半月を過ぎたが、まだ成功の段階に至っていない。

その前半のハチャメチャ人生を、少し抜粋すると・・・
「子供だった昭和20年代は本当に過酷だった。とにかくちょっとでもへまをすると両親からは殴られる。今の時代なら虐待ととられるかもしれない。空腹のあまり「もっと食べたい」なんて言ったら、味噌汁をぶっかけられ、ぶん殴られた。
 父からも月に一回ぐらい、気絶するまでなぐられた。熱があっても手伝いは休めない。逆に「気が抜けている」とひどく怒られる。だから頭はいつもコブだらけだった。「これは愛のムチだ」なんて、考えたことはない。それが当たり前だし、疑問には思わなかった。しかも食器が飛び交う激しい夫婦げんかも絶えなかった。勝つのは腕っ節が強い母だ。」(3回より)

「家では殴られながらこき使われ、学校でも悲惨な目に遭っていた。小学生時代はまさにいじめられっ子。ヤミ米屋だったものだから、「ヤミ屋、ヤミ屋」としょっちゅうののしられた。クラスでも有数の貧乏一家で、着ている衣服はつぎはぎだらけ。体も小さく、トイレに呼びつけられてやはり殴られる。」
「当然勉強はできない。のみ込みが悪く、先生が何を言っているのか分からない。だから通信簿も5段階の1か2ばかり。」(4回より)

「中学校の時、北海道大学の職員が住む住宅地へヤミ米を配達しているときの話だ。札幌市内を流れる創成川沿いでばったりと同級生たちと出くわした。嫌な予感が走ったが、もう避けられない。同級生たちは自転車もろとも川に突き落とした。頭から突っ込んでいれば死んでいただろう。
 どろどろの姿で家に帰ると、母は驚きながらこういった。「米はどうしたの」。私はいたずらされ、川に突き落とされたことを話すと「落ちた米を拾ってこい」という。まるで漫画のような世界だが、仕方がないので創成川に戻り、どろどろの米を持ち帰った。それを食べたのは言うまでもない。」
「中学校時代も勉強は相変わらず。先生の言うことが頭に入ってこないので、授業中は漫画ばかりを書いていた。当然高校入試はことごとく落ちた。最後のとりでは北海道工業高校(現在の北海道尚志学園高校)。ここを落ちたら全滅だが、やはり不合格だった。
 私は「何か手を打たなくては」と考えた。ヤミ米の販売先の友人が北海道工業高校の校長先生だった。夜中に米1俵を届け、「何としてでも合格したいんです」と訴えた。そのおかげかどうかは分からない。補欠合格となった。」
「成績は相変わらず悪い。1年生60人中、成績は58番目。ところが私より下だった2人は程なくやめてしまう。学年どん尻が私の定位置となった。」(5回より)

「そんな短大生活も終わりを迎えた。やはりもう少し大学生活を満喫したい。そこで編入試験を受けたのが北海学園大学だ。当時から道内の私立大学ではトップクラスで、憧れていた。もちろん自分の実力ではとうてい入れない。試験科目は英語と経済学。そこでカンニングを思いついた。英語は編入試験を受ける同じ短大の友人に任せ、経済学は「俺がやる」と決めた。
 ところが英語を担当する友人が問題を解くのに必死で、見せてくれない。一方、経済学の試験内容は「マルクスレーニン主義について知っていることを書け」。私も必死で書いたが、教える余裕などなかった。おかげで英語はさっぱりだった。
結果は私が合格し、友人は落ちた。飛び上がって喜んだ。私の点数は経済学が70点で、英語は5点。両方で70点が合格ラインだった。友人は「なんでおまえが受かるんだ」と愚痴る。それまでとにかくいじめられ、バカにされてきたため、周囲を見返すつもりで北海学園大学には入りたかった。」(6回より)

「名門大学へ入ってもこんな調子で、品格もへったくれもない。アルバイトでは夜のスナックで客の未払い金の「取り立て屋」をしたことがあった。当時は高倉健や菅原文太らの任侠映画の時代。私は浴衣を着て、「その筋の人」を演じる。
 近所に住む弟分を引き連れ、ツケを払わない客の元へ出向く。「ごめんなすって」。もちろんなかなか支払いに応じようとはしない。そこで弟分が暴れる。そして兄貴役の私が「お客さんは払わないとは言ってないだろう」となだめ役に回る。するとたいていの客は払ってくれる。スナックのママは「どうやって回収したの」と驚き、取り立てたお金の半分をもらった。
 あとはパチンコ、ビリヤードにスマートボール。特にビリヤードには自信があり、ハスラーとしてずいぶん稼いだ。この頃、家出して大通公園をうろつく女性が増えてたので、仕事のあっせんをして紹介料をもらっていた。」(7回より)

「契約も取れないまま。ノルマが達成できない他の新入社員は相次ぎ辞めさせられた。私も解雇の対象だが、一つだけ生き残る道を見いだした。花札だ。
 所長が大の花札好きで、毎日のように所長室に呼ばれ、朝方まで付き合わされる。実は花札は得意中の得意で、ほぼ所長を負かしていた。私へのツケは3カ月分の給料に相当する金額になり、催促しても払ってもらえない。私はこう言い放った。「クビの時は借金を返してくださいよ」
 6カ月が過ぎた。契約は相変わらず取れない私だが、花札のおかげで辞めさせられない。ところが本社がこのことに気づき、所長に解雇するように伝えた。所長は私へのツケをどこかで工面し、「悪いけど、これで辞めてくれ」とお金を渡され、ついに解雇されてしまった。」(8回より)

「2カ月後、滝川市で10人ぐらいの水道工事の現場監督をするようになった。主に上水道と家庭を結ぶのが仕事だ。
 監督になったのはいいが、現場作業員をまとめるのが大変だった。昔からの似鳥コンクリートで働く社員もいるが、半分は東北など各地から集まる季節労働者だ。そのリーダー格は体中に入れ墨を彫り、100キロはある巨漢だった。昼間から酒を飲み、面倒な仕事は避ける。昔からいる作業員は当然不満も生まれる。
 ちょっと不満があると季節工たちはストライキに入る。そこでリーダーに「みんなと同じように仕事をしてくれないか」と頼んだ。すると「文句があるなら部下たちを引き揚げるぞ」と脅す。「どうしたら言うことを聞いてくれるのか」と聞くと、「力比べ、相撲、花札、酒で全部勝ったらな」という。
 花札、酒なら勝てるかもしれない。相撲は得意だが、相手は大きい。まず花札は勝った。力比べは70~80キロの石を持ち、何歩歩けるのかという競争だ。石を運ぶのは仕事で慣れており、勝利。そして相撲だ。体重は65キロしかないが、奇跡的に勝てた。次は酒飲み競争。こちらは勝負がつかず、引き分けた。すると親分は「大学出の割にやるじゃないか。言うことは聞いてやる」と言い、和解できた。
 これには生えぬき社員も感心してくれた。道内のどこの現場よりチームはまとまり、仕事のスピードはどこより速く、利益率も群を抜いた。」(9回より)

「1967年(昭和42年)12月に開業した「似鳥家具卸センター北支店」だが、4カ月たっても、売り上げは全く伸びない。・・・
 窮状を見かねた母がある日、こんな提案をしてきた。「結婚すればいい。そうすれば炊事洗濯だけでなく、販売も配送も手伝ってくれる」と言う。好きな女性を連れてこいと言うので、大学時代からの知り合いでお気に入りの女性を母に紹介した。すると母はこう言う。「あの子はいい娘さんね。でも美人はお客さんから嫉妬されるから」と認めず、「愛嬌があり、丈夫で長持ちする人を連れてきなさい」と言う。
 お見合いの数はわずか数カ月間で7回。ただ、こちらが気に入っても「長時間労働で親と同居」という過酷な条件で結婚してもらえる人は少ない。その年の春、8回目のお見合いで出会ったのが今の家内の百百代(ももよ)だ。
 百百代は北海道興部(おこっぺ)町出身で、札幌市の洋裁学校で勉強し、妹とアパートに住んでいた。その大家が母の友人という関係から縁が生まれた。2回ほど会ったが、百百代は「好きな人がいる」と断ってきた。実は結婚するには早すぎるという理由だった。あるとき実家に戻ったところ、なぜか百百代が父と母と一緒にいる。どうやら両親の眼鏡にかなったようだ。
 父は「いいお嬢さんじゃないか。結婚しろよ」と迫る。断ってきたのは相手のはずだが、百百代は父母の熱心な説得に応じて、実家を訪ねてきたという。何より家具店を切り盛りすることに興味を覚えたそうだ。両親は「朝までに返事しろ」と強硬で、結局結婚を決めた。24歳の私と20歳の百百代は68年6月16日、札幌ロイヤルホテルで式を挙げた。結婚式を含め、2人で会ったのはたったの3回だ。
 家内は愛想がいいだけでない。何でも高校時代は「女番長」だったそうで、度胸も満点。商売上手で年間700万円の売上高が採算ラインだったが、結婚1年目から1000万円に達した。居住スペースだった2階も売り場にして2年目には1500万円にまで伸びた。
 私は配達と仕入れに専念できた。実はこの役割分担が似鳥家具センターが成長する原動力になった。もし私が販売がうまかったら、ただの優良店に終わっていた。私が仕入れや物流、店作りに集中したことで企業として羽ばたくことができたわけだから。」(11回より)

「だが麻生店が開店した頃、地元百貨店の家具売り場の責任者を営業部長としてスカウトしたところ、再び会社倒産の危機を迎えた。営業部長が仕入れ価格を水増しして、自分の懐に入れていたのだ。大事な業務をあっさり新参者に任せてしまう私は本当に脇が甘い。店頭価格がじわり上昇し、客足も低下。売り上げは下降線をたどった。
 ある取引先から「お宅の営業部長から賄賂を要求されて困っている」という話を聞いた。実際に賄賂を断った問屋は打ち切られていく。一度問い詰めたら、「会社のためにやっているのに、なぜそんなことを言うのか」と逆ギレしてくる。昼間から札幌競馬場をうろつき、競馬三昧。さらにひどい話がある。勝手に会社の商品を札幌から離れた石狩市などで売っていたのだ。
 社内犯罪の根は深かった。営業部長だけではなく、20人の社員のうち、私と身内、一部の社員を除く16人が連座していた。ある夜、私の家に酔っ払った営業部長がやってきて、ドアをどんどん蹴る。家に上げると「俺を疑っているらしいが、証拠がないだろう。逆らったら会社をつぶすぞ」と脅す。私と家内は目の前に座らされる。たまたま家にあった洋酒「ナポレオン」もすべて飲み干された。米国視察時に奮発して買った楽しみだったのに。
 私と営業部長は社内の味方を増やそうと、お互いに社員に飲ませ食わせの大盤振る舞いをした。もう奪い合いだ。すると調子に乗った社員たちは「懇親会を開きたいのですが」と飲み代を請求してくる。断ることもできず、交際費はうなぎ登りだ。眠れない日々が続いた。店の販売員も売り上げを懐に入れる始末。再び資金繰りの危機を迎えた。「これはつぶれる」。このままつぶれたら一生後悔する。やるだけやってつぶれてやろうと腹をくくった。」(15回より)

ついつい面白くて、長くなってしまった・・・
「人の不幸は蜜の味」という。他人の不幸話は、聞いていて楽しい!!優越感に浸れるから・・?
でも、このニトリ社長の話は、少々度が過ぎている。ここまで赤裸々に自分のネガティブな過去をさらけ出せるものだろうか・・・。何のてらいも屈託もなく、伸び伸びと自分の敗北の(?)前半生を振り返っている。

自分も今までたくさんの「私の履歴書」を読んできた。しかし、ここまで敗戦を書き連ねた例は知らない。こんな話を読んでいると、かえって氏のこれから語る“底抜けの自信”を感じてしまう。最後の逆転劇があるからこそ、自信を持ってこんな敗戦談が書けるのだろう。
Netで検索しても、氏の経歴については、あまり記載が見つからない。wikiにも記載は少ない。
ともあれ、いつから反撃に出て来るのか・・・。今朝の16回目を読むと、いよいよ反撃かな・・・とも感じるが、“予断を許さない”!?
月も半ばを過ぎた。後半の“つまらない成功談”を楽しみに読む事にしよう。

150416post<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月14日 (火)

「スマホ」に使われていませんか?

これはなかなか面白い。先日の朝日新聞の記事。
「スマホやめますか、信大生やめますか」 学長発言、学生に賛否
 「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」。4日に開かれた信州大学の入学式で、山沢清人学長(70)が新入生にこう語りかけ、ネットでも大きな話題になった。学生たちはどう思っているのだろうか。

 ■バランス大事/押しつけ疑問
 山沢学長は若い世代がスマートフォン依存症になっている風潮に触れ、「知性、個性、独創性にとって毒以外の何物でもありません」「スイッチを切って、本を読み、友達と話し、自分で考えることを習慣づけよう」と約2千人に呼びかけた。
 山沢学長は東北大学大学院を修了。2006年に信州大工学部長となり、09年10月から学長に就いている。電気機器学が専門で、携帯電話の技術革新にも携わったという。
 信州大工学部に入学した男子学生(19)は「学長はスマホ自体を否定しているのではなく、使う際のバランスや学生の本分を忘れるな、と伝えたかったのだろう」と理解を示す。
 教育学部の女子学生(18)は入学式翌日、県外の大学に進学した同級生からのメールで、あいさつがネットで話題になっていることを知った。「スマホの功罪は山沢学長自身がよく知っていると思う。スマホは悪いもの、という押しつけはどうか」と疑問を投げかける。
 総務省情報通信政策研究所の2013年の調査によると、10代でスマホを利用している人の割合は63%。1日の利用時間の平均は平日116.9分、休日179.2分にのぼり、テレビ利用時間の平均(平日126.4分、休日183.8分)にほぼ匹敵する。
 7日、東京都新宿区の早稲田大。小雨のなか、左手で傘を差し、右手はスマホ、という学生も少なくない。国際教養学部2年の山口紗葵(さき)さん(19)は友達といる時も、無言になると、ついスマホに目を落とす。「でも、そこで見付けた面白い写真を『見て、見て』と言って、新たな会話が始まる。スマホがあるからといって友人関係が薄くなるということはありません」
 授業でもスマホは欠かせない。教育学部3年の男子学生(22)は「数千字のリポートを提出する時に、まずスマホで入力し、パソコンに転送して印刷する同級生もいますよ」という。キーボードを両手で打つよりも、スマホの「親指使い」の方が早いらしい。都内の別の私立大に通う法学部3年の佐藤瑠美さん(20)は授業を録音し、ノートに取れなかった部分を聞き直すのに使う。パワーポイントを使った授業はスマホのカメラで撮影。分厚い六法全書もアプリをインストールしているので持ち運ばない。

 ■授業で活用の大学も
 大学側もスマホを活用している。早稲田大大学院1年の杉江泰樹さん(22)が学部時代にとった日本文学の授業では、新しい人名や作品名が出てくると、教授が学生全員にスマホで検索させたという。
 立教大では学生向けにスマホ用アプリを用意。休講情報や教室変更は毎朝、アプリ上で通知される。時間割やインターン情報、学内説明会の日程もスマホで確認できる。
 同大3年生のある女子学生の携帯はスマホではないためにアプリが使えず、こうした情報を友人に教えてもらっている。「やっぱりスマホに変えようか迷っています」と嘆いた。

 ■教育現場、情報化ちぐはぐ
 ネット文化に詳しい鈴木謙介・関西学院大准教授(理論社会学)の話
 学長が、スマホと教育における創造性についててんびんにかけて話したことに問題はなかった。ただ、これまでの研究蓄積からいうと、スマホ依存症は個人の心の弱さによって生じるのではなく、個人を取り巻く人間関係が影響することがわかっている。
 教育現場で休講情報をスマホに流すこともあり、学生にとっても欠かせない。電子白板やパソコンなどは採り入れる一方で、スマホはやり玉に挙げられてしまう。教育現場の情報化がちぐはぐになっている。」(2015/04/08付「朝日新聞」P36より)

この話、結局はスマホを使っているか、それとも使われているかの議論のような気がする。この学長は、スマホに使われるな、と言っているのかも・・・

自分は、スマホは持っていない。ガラケーとPCで充分。不便なのは、外出時にサイトアクセスが出来ないくらい。まったく問題ない。
しかし電車に乗ると、全員がスマホに目を落としている。前に電車で、前に座っている人を数えたら、横7人中4人がスマホに熱中していた。

前に、息子が帰ってきたときに、スマホが始終ピーピー鳴る。LINEのチャットだという。「何してる?」というような、つまらない一言が飛び交い、ピー-ピー言うので、スマホが手放せない。このばかばかしさに、息子もとうとう止めたという・・・

自分もスマホ依存症はどうかと思う。常にスマホが離せない生活というのも、窮屈で困るのでは?
でも、自分もそうエラそうなことは言えない。なぜなら、自分はスマホではなく、PC依存症なので・・・。つまり夜、座っている間中、PCを叩いている。部屋に戻るとPCの電源を入れる。何と自分はPC中毒・・・
だから、PCの無い生活は考えられない。もはや手足をもがれたと同じ・・・

ま、同じ穴の狢(むじな)か・・・。でも、上の記事のように、六法全集がスマホに入っている時代。さすがにこれはスゴイ。自分だって、広辞苑をPCに入れているが・・・
それにスマホで撮った写真が“半端じゃない”!!
スマホで撮った写真をよく見るのだが、自分のガラケーとは比べものにならず、専用デジカメと同等。まあこれでは皆が持ちたがるのも分かる。

ウチなんぞ、1歳半の孫が、何とスマホのオモチャを耳に当てて、遊んでいる。これはカミさんが与えたものらしいが、1歳からもうスマホの訓練!?
ああ、スマホの時代よ・・・
それに、カミさんが、NHKのスマホ入門の番組を見ると言い出した。どうも自分だけ取り残されそう・・・
スマホ・・・、買おうかな???

150414puri<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (3)

2015年4月13日 (月)

SONYのウォークマンNW-A17を買ってみて・・・

この1週間、SONYの新しいウォークマンNW-A17(ここ)に“遊ばれて”しまった。でも、何とか稼働状況になったので、今日はその話。
大容量化に伴い、音源をFLACに変えた結果は、大正解。音源が無圧縮になったこともあり、音質の良さは、MP3の比ではない。もうMP3には戻れない・・・

自分は大のウォークマン・ファン。最初に韓国・アイリバーのHP-140というHDDのMP3プレヤーを買って、通勤の時に音楽を聞くようになったのが2004年5月だったので、もう10年以上も前の話。
そして、2010年1月にウォークマンNW-A847に乗り換えた。これが素晴らしい機種で、(ここ)にも書いた。
そして2011年10月に後継機のNW-A857(2010/11/13発売)を買い増したまでは良かったが、それ以降、2011年秋の新製品からSONYは、いわゆるスマホ型に移行してしまい、自分が一番大切にしていた機能、つまりNHKラジオ深夜便を早聞きする(DPC)機能が無くなってしまった。よってその後、自分はウォークマンの買い換えが出来なくなってしまった。
NW-A857を使い続けるしかない・・・。壊れたときの修理は?とSONYに問い合わせると「NW-A857は、生産終了日が2012年3月で、補修用部品の保有期間は、生産終了から6年なので、修理可能期限は2018年3月迄」とのこと。
仕方がないので、ヤフオクで程度の良いものを手に入れようかと思っていたら、何と、NW-A857と同じガラケータイプのAシリーズの新製品が発売になっていたのを“発見”した。
自分は、もうSONYはスマホタイプに移行してしまって、ガラケータープへの戻りは無いと思っていて、新製品のチェックもしていなかったのだ。
製品はNW-A10シリーズ(2014年11月8日発売)。何とSDカードによって容量を増やすことが150413sony出来るという。機能的に、自分にピッタリ。当然、直ぐに買う・・・。
しかし32GBのNW-A16が2万3千円なのに対し、64GBのNW-A17は3万円と高価。SDカードで容量を補完するのであれば、NW-A16の方が、コストパーフォーマンスは良い。
しかし、考えた。携帯でハイレゾを聞いても仕方がないが、容量が大きいのであれば、MP3ではない無圧縮音源(WAV)で聞ける・・・。
そう考えると、今愛用しているHDDプレヤーのHAP-Z1ESのFLACデータをそのまま移せば良い・・・。そして容量を計算すると、本体64GB+SDカード128GBの192GBでも、まったく容量が不足・・・。それで機種は自動的に容量の大きいNW-A17を選ぶことになった。

かくして、3万円のNW-A17に5年保証を付けて3.4万円。それに128GBのSDカードを、Amazonで「NW-A17で実績有り」品を1万円弱で購入。たった4万円余で、これから始まるFM補完放送も受信出来る、大容量のウォークマンが手に入ってしまった!!

さて、データの移行。HAPに音量をそろえたCDのFLACデータを入れているが、HAP→NWへの、そのままのコピーでは、容量が多すぎるため、仕方が無く音源の整理をする事にした。つまりダブっている音源の削除。
まず、「Super Tag Editor」に、HAPのFLACデータを読み込み、それをEXCELにコピー。そして、EXCELで並び替えをして重複音源をリスト化して、PCのエクスプローラと、HAPの音声による曲名・アーティスト検索で音源をチェックしながら重複ファイルを削除して行った。この作業に丸一日かかってしまったが、これによって容量が1割以上削減できた。

さて、ウォークマンへのデータの転送。ここでトラブル。
1)A17のSDカードの「MUSIC」フォルダに、音楽ファイルをエクスプローラでコピーしてUSBコネクタを外すと、「データベース作成中」になるが、中間くらいまで行った時、回転しているマークが止まって(フリーズして)、「WALKMAN」のロゴが出て、再起動がかかってしまう。そしてまた「データベース作成中」が出て、同じことの繰り返し。
2)この再起動を1~2分おきに延々と1~2時間繰り返し、「転送中に接続が解除された可能性があります…」の表示が出て、ホームページが表示される。この間、リセットを含めて一切の操作ができない。
3)PCでSDカードのフォルダを見ると、データは正常に存在している。
4)A17で「フォルダ」表示を見ると、SDフォルダに「楽曲がありません」が出る場合と、“部分的に”楽曲が存在している場合とがある。つまりデータベースの作成が完全ではない。
5)SONYのサービスから言われた「リセット」「SDカードの再フォーマット」を行っても、同じ。

SONYのサービスに電話するも、「返送して症状を確認する」の一点張りで、SDカードとも切り分けが出来ないため、初期不良とは認めない・・・
さて困った。SONYが初期不良と認めないと、交換できない。しかし買った店に電話すると、SDカード込みで、着払いで返送してくれとのこと。そして、店が手配したくれた宅急便屋が直ぐに来て、返送。
次の日に連絡が来て、「再起動を繰り返す現象を、メーカーサポートを含めて確認したので、新品に交換する。今度の製品ではSDカードの認識もOKだった」とのこと。
そして、返送してきた新しいA17の電源を入れると、アレアレ・・・? また再起動を繰り返している。直っていない??
でもしばらくすると、何とかホームの画面が出た。フォルダモードでの認識もOK。何とかデータベースが出来上がったみたい・・・

SONYのサイトを見ると、2015/04/7付でファームが1.10に更新されている。さっそくそれをインストール。これで再起動は無くなるかと思ったが、やはり・・・

結局、この現象は、SDカードに大量の音源を転送したとき、データベースの更新がうまく出来なくてフリーズする、根源的な問題と認識。Netで調べると、再起動を繰り返すこの現象の例は、たくさん載っていた。(SONYのサービスは「初めての現象」とか言っていたが・・・)
結局、解決策は、数百曲ずつ、こまめに音源を転送するしかない。その都度、データベースを更新しながら・・・(SONYも「数千曲を一度に転送するとフリーズして再起動を繰り返します。できるだけ数百曲ずつ、こまめに転送しましょう!」と取説にハッキリ書けば良いのに・・・)
でも、前の機種に比べると、よっぽど程度は良かった。1000曲のSDカードへの転送でも、一発で完了したこともあったし、1400曲の転送でも、5~6回の再起動でデータベースの更新が完了した。

ともあれ、何とか動き出した。
それで音は・・・?
大音量で聞いている。自分の定義は「良い音は、大きな音で聞ける」。つまり、さすがにこの機種で無圧縮のCD音源を再生したときの音は良い。ということ。前のNW-A857は、音源がMP3のせいもあるが、音が刺激的であり、とても大音響では聞けない。さすが・・・
機能的にも言うことはない。素晴らしい。ただ一つ、画面表示で、曲の進捗のバーが、しばらくするとアルバムの表示で隠れてしまうのが不便。アルバム画像を「不表示」にすれば良いのだろうが、その設定方法が分からない。やはり進捗バーは常時表示にして欲しい。
特に自分のように、ラジオ深夜便など長時間の番組を聞くときは進捗の表示が欲しい。
ついでに、一旦停止モードで、早送りボタンを押すと、ツツツーと早送りが出来る機能もそのままなので長時間の番組を聞くときは便利。

これで、自分の通勤でのツールが、格段に良くなった。廃止品の心配も無くなった。何よりも、SONYのSDカードの搭載は、画期的。何度かデータベースの作成のフリーズでトチッても、この機能の搭載はユーザー指向で非常に有り難い。
携帯電話の世界でも、ガラケーが盛り返しているとか・・・。携帯プレヤーも、ガラケー愛好者は多いのである。
早く256GBのSDカードが出ないかな・・・。そうすれば真にハイレゾ音源を持ち運べる・・・。

(2015/04/17追)
音の良さなのだが、改めて電車の中で聞いて、音楽が“腹にズーン”と来た。「これはスゴイ。もうMP3には戻れない・・・」
今まで64GBのNW-A857に入れていたMP3の音楽を、WAV(FLAC)で新しいA17に入れるに当たって、192GBへ容量が増えた分だけFLACにして、残りは仕方がないので、MP3で入れておいた。
しかし、MP3は全部消してしまった。曲数が少なくなっても、もうFLACしか聞けない・・・。
この音質の激変は、ソースに圧縮がかかっていないことと、A17の音質改善の両面があり、それぞれどの程度の割合で良くなっているかは分からない。
それにしても、今回のA17のSDカード化により、環境は激変した。加えて、より容量の大きなSDカードが欲しい。でもこれからSANDISKから発売されるのは、200GBで4万円か・・・。ウーン・・・。

150413nigeta<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月12日 (日)

「自力で時の流れを遅くする」

先日の「朝日新聞」「天声人語」。
「子どもの頃の時間はゆっくり流れる。大人になると時間はたちまち経過する。なぜだろう。信州大の山沢清人(やまさわきよひと)学長は4日の入学式で、脳科学者の言葉を引いた。「周りの世界が見慣れたものになってくると、時間が速く過ぎ去っていくように感じられる」▼なるほど見るものすべてが新鮮な子どもと、大人との違いは明らかだ。だから山沢さんは学生に「自力で時の流れを遅くする」ことを勧める▼新しいことを学び続ける。新しい場所を訪ねる。新しい人に会う。すると脳の取りこむ情報量が多くなり、時間はゆったりしてくる。それが創造的な思考を育てることにつながるのだという。学びへの、遠目が利いたいざないである▼こちらはどうも近いところばかり見ているのではと感じられる。来年度から使われる中学校教科書の検定結果が、おととい発表された。領土問題や歴史認識で、日本政府の見解や立場についての記述が増えているのが特徴だ▼だが、政府見解といっても政権が交代すれば変わりうる。自国だけでなく、他国の主張も知らなければ理解は深まらない。検定基準の改定を含め、その意向を反映した教科書にしたいという安倍政権の思いが前に出すぎていないか▼息苦しさは学びにふさわしくない。京都大の山極寿一(やまぎわじゅいち)総長はきのうの入学式で、世界は答えのまだない課題に満ちていると述べた。失敗や批判に楽観的であれ、「異色な考え」を取り入れよ、と。広々とした心持ちで、ゆったりと学びたいものである。」(2015/04/08付「朝日新聞」「天声人語」より)

ホントウに時が進むのが早い。それを意識するのは、いつも(金)の会社での掃除の時間。フロアを皆で掃除をしながら、ああまた1週間が過ぎてしまった・・・と思う。
確かに、慣れた日常を送っている限り、時は早い。それを遅くするには、「新しいことを学び続ける。新しい場所を訪ねる。新しい人に会う。すると脳の取りこむ情報量が多くなり、時間はゆったりしてくる。それが創造的な思考を育てることにつながるのだという。」
なるほど。これは確かだ・・・

しかし、自分は大の勉強嫌い・・・。それに、新しいことも嫌い・・・
それに引き替え、ウチのカミさんは机に向かって勉強するのが趣味。ストレスを勉強で発散させるというのだから、信じられない。前は中国語に凝っていたが、今はペン習字に凝っている。毎日机に向かって“趣味の”勉強している。

自分はなぜ勉強がキライか・・・。それ、子どもの頃、イヤイヤやった受験勉強の反動のような気がする。学生の頃、勉強はイヤだったがそれは“義務”。仕方なく本を広げた。読みたくて読んだ学校の本など皆無・・・。皆、単位を取るために開いた。と言っては言い過ぎか・・・

でも趣味の本は、いつでも喜んで開く。これは誰も同じ・・・
そう・・・。好きな世界を広げれば良いのだ。
「新しいことを学び続ける。・・・」
学ぶべき“好きな世界”・・・。それは何だ?

高校時代、歴史がキライだった。特に世界史はトラウマが・・・(ここ
でも日本史は、歳を取ってから見る目が変わった。歴史・時代小説が面白い。推理小説などよりも、歴史物が何か自分にはフィットする。
勉強、などという堅苦しい言葉を使わず、歴史物などを読むことで、「新しいことを学び続ける。」ということに代えようかな・・・なんて、これからの時間の使い方を考えているこの頃である。

150412indo<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月10日 (金)

グリーグの「ソルヴェイグの歌」と「オーゼの死」

たまにFM放送の音楽の録音を聞いていて、ハッとすることがあるが、今回はクラシックの歌である。
だいぶん前だが、NHKラジオ深夜便「クラシックへの誘い~グリーグの調べ」(2015 02/19放送)で放送されたシーラ・アームストロング(ソプラノ)が歌う「ソルヴェイグの歌」が耳に残った。それで、またCDを買ってしまった。

<シーラ・アームストロング(ソプラノ)の「ソルヴェイグの歌」>

グリーグ作曲:劇音楽「ペール・ギュント」から「ソルヴェイグの歌」
 ジョン・バルビローリ:指揮 ハルレ管弦楽団 シーラ・アームストロング(ソプラノ)

しかし、有名なクラシックの歌はソプラノが多いな・・・。アルトの名曲はあまり知らない。
このCDを買って、久しぶりに「ペール・ギュント」を聞いた。そして、久しぶりに聞いた「オーゼの死」も美しい・・・
ついでに、これも聞いてみよう。

<グリーグ「ペール・ギュント」から「オーゼの死」>

ジョン・バルビローリ:指揮 ハルレ管弦楽団

昔からお馴染みの曲だが、意外と物語は知らない。せっかくなので、あらすじを読んでみよう。
「『ペール・ギュント』(Peer Gynt )は、ヘンリック・イプセンが1867年に作った戯曲(劇詩)。韻文で書かれた。自由奔放なペール・ギュントが旅に出て年老いて帰ってくるまでの物語。全5幕。
元々は舞台上演を意図して書かれた作品ではなかったが、1876年2月24日、クリスチャニア(現オスロ)の国民劇場で初演された。その際、イプセンの依頼でエドヴァルド・グリーグが劇音楽を作曲している。後にグリーグはこの音楽の中から4曲ずつを選び、2つの組曲に改作した。
<あらすじ>
落ちぶれた豪農の息子で、母オーゼと共に暮らしている夢見がちな男ペール・ギュントは、かつての恋人イングリを結婚式から奪取して逃亡する。しかしイングリに飽きたら彼女を捨て、トロルの娘と婚礼寸前まで行くが逃げ出す。純情な女ソルヴェイと恋に落ちるが、彼女を待たせたまま放浪の旅に出る。山師のようなことをやって金を儲けては無一文になったり、精神病院で皇帝になったり遍歴した後に老いて帰郷する。死を意識しながら故郷を散策していると、ボタン職人と出会うが、彼は天国に行くような大の善人でもなく地獄に行くほどの大悪党でもない「中庸」の人間をボタンに溶かし込む役割の職人だった。「末路がボタン」というのだけは御免だと、ペール・ギュントは善悪を問わず自分が中庸ではなかったことを証明しようと駆けずり回るが、トロルの王も「やせた男」もそれを証明してくれなかった。彼は最後の証人として会ったソルヴェイに子守唄を歌ってもらいながら永眠する。」~wikiより

詳細なストーリーは(ここ)にある。
この詳しいあらずじを読みながら、CDを順番に聞いていると、イプセンの童話の世界に引き込まれていくよう・・・
「ペール・ギュント」の劇を見ることはないが、こんな音楽を聞きながらストーリーを追う。こんな聴き方もまた、楽しい。
それにしても、何と多くの曲で、劇の内容を知らないまま、聞いている音楽が多いことか
今日は、「ペール・ギュント」の勉強をしてしまった!

150410nekoze<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (2)

2015年4月 9日 (木)

政府の戦争への道を止められるのは皇室?

今日の新聞は、昨日と今日、パラオを訪問している両陛下のニュースと、政府の集団的自衛権による自衛隊の活動範囲を世界に広げるニュースが同居していた。

日米、機雷除去の地理条件撤廃へ ホルムズ海峡を想定
 日米両政府は、今月末に18年ぶりに改定する「日米防衛協力のための指針」(ガイドライ150409nikkei1ン)で、自衛隊による集団的自衛権を使った機雷除去を盛り込む方針を固めた。従来、日本周辺に限ってきた機雷除去の地理的な制限をなくすことで、安全保障法制が整備されれば、米国が強く求めていた中東・ホルムズ海峡での機雷除去が停戦前でも可能となる。・・・」(
2015/04/09付「朝日新聞」ここより)

南シナ海 監視分担に期待 米、指針改定にらみ日本に 自衛隊運用 課題多く
 来日中のカーター米国防長官は8日、安倍晋三首相や中谷元・防衛相らと相次いで会談した。米国は南シナ海での岩礁埋め立てなど中国の軍事面での動きに懸念を強めており、国防長官は警戒監視などで日本の役割分担に期待をにじませた。実現すれば中国の海洋進出をけん制する効果は高いが、自衛隊の南シナ海への展開には運用面などで課題を抱えている。・・・
 安倍首相は国防長官との会談で「安保法制や日米防衛協力の指針(ガイドライン)改定を進め、抑止力を高めたい」と強調した。「基本的価値を共有する日米の同盟強化は間違いなくアジア太平洋地域の平和と繁栄に資する」とも訴えた。国防長官は指針改定が「アジア地域や世界の平和と安定を保障する」と応じた。・・・
150409nikkei中国は南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島での大規模な埋め立てを進め、建造物や陸地を造成しており、領有権を争うフィリピンは軍事目的で利用するとの懸念を強めている。中国はベトナムに近い西沙(同パラセル)諸島でも埋め立てを拡大し滑走路を延伸するなど、軍事・行政拠点化を試みている。
 自衛隊と米軍が緊密に連携している東シナ海に比べて南シナ海は「フィリピンなどの海上の防衛力が弱く、中国に付け入るすきを与えている」(防衛省幹部)。米国は国防費を削減しており、自衛隊が南シナ海で警戒監視などを担えば負担が軽くなる。
 日本政府内には指針改定の後、米側が自衛隊への協力要請を強めてくるとの見方が多い。新指針では自衛隊と米軍が平時から情報収集や警戒監視で連携していく方針を打ち出す方向だからだ。
 ただ自衛隊の運用面を考えると、簡単ではない。海域での警戒監視は海上自衛隊のP3CやP1などの哨戒機が主力になるが、航続距離はそれぞれ約6600キロメートル、約8千キロメートルにとどまる。日本の最南端にある海自那覇基地から南シナ海までは約2千キロメートル離れており「P3Cで南シナ海をみるのはきつい」(河野克俊統合幕僚長)という。
 東シナ海や日本海での中国やロシアの動きは依然として活発な状況で、自衛隊の警戒監視部隊の主力を日本周辺に割かざるを得ない実情もある。海自幹部は「南シナ海にも範囲を広げれば、現場の負担はますます重くなる」と話す。日本が南シナ海の監視に乗り出せば、中国の反発も避けられない。」(2015/04/09付「日経新聞」p4より)

いやはや、日本は今後、何と!石油のルート確保のために、自衛隊を1万キロも遠い所に派遣するそうだ。戦争に巻き込まれることを覚悟して・・・。石油など、中東から買えなければ他から買えば良いのに・・・。これは方便以外の何ものでも無かろう・・・
そして、防衛費削減のアメリカに代わって、フィリピン、ベトナム、マレーシアと中国とで争っている南シナ海での警察行動も自衛隊がのこのこ出て行くのだそうだ。アメリカの要求によって・・・
憲法で、戦争を禁じている日本が、政府の一方的な思惑で、戦争への道がどんどんと既成事実化されていく。

それを敏感に、最も憂えているのは、実は皇室ではないかと最近思う。
両陛下の今回の一泊二日のパラオ訪問。「西太平洋戦没者の碑」の前で頭を垂れる両陛下。
言葉には出さなくても、その後ろ姿は、「戦争はダメ」と言っている。
先の皇太子のお言葉(ここ)といい、皇室は平和憲法の改変を心配されているのではないか・・・

150409palau1今回のパラオ訪問では、宿泊は巡視船の中だという。そこまでして行かれた西太平洋への戦没者慰霊。
政治に口出しできない皇室の、国民を思っての“決死の行動”とも見て取れる。
安倍政権の戦争への道作りを止めたいと・・・

日本の子どもの6人に1人が食事も満足にとれない貧困だという。それを尻目に、何百億円ものお金をばらまきに、各国を自慢げに訪問する得意満面の首相の姿・・・。
そりゃ相手国は歓迎するわな・・・。たくさんのお金をくれるのなら、来た時くらいは大歓迎する。でもそれが終われば忘れてしまう。そんな軽い日本の首相なのに、その権力を誰も止められない・・・。

前にも書いたが、止められるのは、皇室しかない? いや、安倍政権はそんなこと、全然怖くない・・・??
それにしても、今日のニュースの対比・・・。
150409palau2高齢の両陛下が、そこまでして「戦争はダメ」と日本の世論を鼓舞している。国民に70年前の戦争の記憶を呼び戻し、首相の暴走を止めろ、と後ろ姿で言っている。
それを止められるのは、国民(選挙)しかいないから・・・。
自分は決して皇室大好き人間ではないが、老齢の両陛下がここまで体を張って戦争反対を唱えている。そんな姿をみると、なぜ国民が目を覚まさないのか、不思議である。
自衛隊に戦死者が出てから気が付いても、遅いのである。

150409hitch100<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (2)

2015年4月 7日 (火)

「業績」と「評判」

人事異動の4月である。先日のこんな記事が気になった。
人事に見る「評判」の実体  (高原豪久氏の経営者ブログ)
 4月は多くの会社で人事異動があり、新しい仲間と出会う季節でもあります。社内で初対面の人と一緒に仕事をするときには、「この人はどんな人なのだろうか」と思うこともあります。楽しみでもあり、不安でもあります。
 さて、人事コンサルタント業界では「企業の人事は評価ではなく評判で決まる」と言うそうです。これは業績を抜群に上げても評判が芳しくないと抜擢(てき)は慎重にすべきだということでしょう。我が社でも、業績は良いのに評判はもう一つだったり、評判は良いのに業績が上がらなかったりと、その内容は必ずしも一致しません。
 定量評価は業績基準や数値目標を達成すれば高まりますが、定性的である評判は主観的イメージの累積であり、その観点では、商品ブランドである「ムーニー」や「ソフィ」といったものと同じです。そしてこれも同様に評判は長い時間をかけて築かれるものですので、一旦落とすと再び高めるにはこれまでかけた分より多くの時間がかかることを覚悟しなければなりません。
 しかし一旦、相当高い評判を確立することができれば、些細(ささい)なことではビクともしないほど盤石になります。そして評価と評判は相互に密接に関係していて、評価が評判を作り、そして評判が評価を高めます。評価はあくまで賞与などの短期的な指標として使いますが、評判は昇格や昇進を検討する際にはより重要視します。
 これは決して人事制度のダブルスタンダードではなく、短期的処遇には評価を、長期的処遇には評判という短期と長期の指標を組み合わせた一つの整合性をもっています。
 それでは評判の実体とはなんでしょうか。「業績をあげた人には報酬で報い、徳ある人材にはより高い地位を与えよ」という古くからの人事の原則があります。難しいのは「徳」をどう判断するかです。業績は定量的に評価できますが、「徳」は人望やカリスマ性、胆力のようなものであり、可視化できるものではありません。
 それでは、評判はどうやって作られるのでしょうか。
 評判というのは、ある人が別の人に下した評価そのものではありません。これもSNSなどを用いた口コミマーケティングと同じで、その人以外の第三者に伝えられて初めて評判となるのです。その時、受け手が同じ意見や別のルートから同じような話を聞いていたら、その評判は良い内容でも悪い内容でも、より一層強化され拡散されるそうです。ということは組織で最も身近なメンバーが、評判の形成について最も影響力のある存在だということですね。
 そして評判の内容も良いものよりも悪いものの方が圧倒的に多く話されますし、「悪事千里を走る」という諺(ことわざ)もあるように、驚くほど一気に拡散します。話す方も聞く方も、他人についての悪い話の方が人間は本能的にインセンティブが働くようです(苦笑)。従って、悪い評判はすぐにできますが、良い評判を作るのはなかなか難しいのです。
 評判の悪い人の特徴は、(1)自信過剰のナルシスト(2)自分のことは棚に上げる評論家(3)自分の立場をわきまえず空気を読まないマイペース、が代表です。
 逆に評判の良い人はその反対の特徴を持っています。つまり、(1)他者への理解からなるきめ細かい配慮が十分にできる人(2)労をいとわない有言実行・率先垂範ができる人、そして(3)自身の組織内での立場と責任を理解し、一番に担うべき本質的な役割を果たせる人、です。
 だからといって、意識して評判を上げようと思い、周囲を気にして、周りに合わせるだけでは評判は決して上がりません。
 評判を高める行為とは周囲に合わせる行為ではなく、主体的・能動的に周囲に働きかける行為です。先述した評判の良い人の3つの特徴にあるように、自身と周囲との相互の役割に合致した言動ができるかどうかです。リーダーが単に部下の顔色ばかり伺っていては信頼を得ることなど決してできません。同様に、若いからと言って浅薄な自己主張ばかりで周囲の意見も聞けないようではチームで仕事はできません。
 そして評判を向上させるポイントは次の3つです。
(1)他者への十分な配慮ができるようになるために、一人一人に対する関心を持って、個々人を十分に尊重すること。
(2)有言実行、率先垂範して評判を高めるために、高い目標に立ち向かい、これを達成する試練を乗り越えること。対して要領ばかりがよくて、途中のプロセスに汗をかくことなく、楽をして成果を出そうとする人は絶対に良い評判は築けません。
そして(3)本質的な役割を理解し、最優先で実行するために徹底して事前準備を行うことです。
 例えば管理職が立場として部下をほめたり叱ったり、これを最初から簡単にできる人はまずいません。特にマネジャーという中間管理職は大変難しいポジションだと思います。もちろん部下とのコミュニケーションが不可欠です。納得しあった相互の信頼関係のもとに密接に連動して、職場内訓練(OJT)で育成しながら業績を上げなければなりません。その役割を見事に演じ切るのは至難の業です。
 ですからマネジャークラスの評判は、すべての階層のなかで最も大きく分かれています。役者の世界では役作りといいますが、我々ビジネスパーソンの世界でも事前準備が非常に重要ですよね。すなわち、自身の役割を正しく理解し、うまく演じられるように必死に勉強し、訓練し、試行錯誤をくり返す中で自分自身の型にしていく必要があります。
 私自身も実感していますが、いろいろな役割において、うまく成果に結び付けられるかどうかは、自分がどれくらい真剣にその役を勉強し、どれくらい真剣に役作りをやれているかにかかっています。

高原豪久(たかはら・たかひさ)1961年7月生まれ。愛媛県出身。創業者で父の慶一朗氏から2001年に、39歳の若さで社長のバトンタッチを受ける。創業者である先代社長慶一朗氏が盤石にした生理用品、子供用紙おむつなど国内の事業基盤を継承。2代目としてアジアなど新興国を中心とするグローバル化をけん引し、P&Gやキンバリー・クラーク、花王など巨大企業を相手に、互角以上の戦いを演じる企業へと導いた。」(2015/04/02付「日経新聞」「経営者ブログ」より)

氏がここで言う「評価」は、自分的には「業績」と言い換えたい。「評価」は「評判」をも含む全体を指しているように思えるので・・・

自分は既に現役をほぼ引退しているので、あまり関係は無いが、上の記事は、現役サラリーマンに取っては非常に参考になるのではないか・・・
それにしても、上の記事には、キツイ言葉が並ぶ・・・
「企業の人事は評価ではなく評判で決まる」
「短期的処遇には評価を、長期的処遇には評判と・・・」
「業績をあげた人には報酬で報い、徳ある人材にはより高い地位を与えよ」

振り返ってみると、自分も、少しは「業績(評価)」を上げたことがあったかも知れないが、「評判」が良かったとは思えない。これは自信を持って言える!!
人の評判というものは、そう変わるものではない。評判が良い人は、誰もがそう思う。逆に評判が悪い人は誰からも評判が悪い。
これは学歴とかはまったく関係が無い。人間性の問題なので・・・

ふと、Kさんという人を思い出した。自分より数年後輩だった彼は、会議などで「あれは誰だ?」と皆に思わせるような存在感を発揮した。後年、彼は工場長(従業員2000人の)になった。決して一流大学の出身ではなかったが、誰もが「まあそうだろうな」と思った。
評判は、それなりの地位を与える。
でも「評判」は、果たして努力で為せるワザか? 自分はどうもそれは天性のような気がする。先に書いたように、人柄、人間性の問題では・・・??

4月から新たな地位でスタートした人も多い。不遇を嘆く人もいる。しかし、周囲の人は見ている。そして“評判”は必ず次のステップを与える。
良い評判がにじみ出てくる人・・・。自分もそんな人間になれれば良かったのだが、自分にはムリだった。今更、やり直しも出来ず・・・
せめて若い人には、「徳ある人」を目指して欲しいものである。

150407aratana<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月 5日 (日)

犬の目の見え方

我が家の愛犬、メイ子(12歳のヨーキー)が階段から落ちたという。
最近のメイ子は、夜になると、カミさんの寝床に入りたがり、夜半に居間に降りていく。所が、昨夜、ドタンと音がしたとか。それから、階段を降りるのに躊躇しているとか・・・
カミさんに言わせると、階段が暗いので、それで足を踏み外したのではないか・・・
そもそも体重3キロのヨーキーにしては、階段を降りるのは結構大変。でも暗くて困っているとしたら、助けねば・・・
というワケで、今日はホームセンターで、明るい常夜灯を買い、階段に据え付けた。これで、常時ある程度の明るさは保てる。これで足を踏み外さなければ良いか・・・
しかし、獣(けもの)の犬は、人間よりもよっぽど目が見えると思っていたが、どうなんだろう・・・

先日の朝日新聞に、犬の目の見え方について、こんな記事があった。
「(ののちゃんのDO科学)犬にはどんな景色が見える?
 ■赤を感じにくく、青っぽいかも
 ののちゃん 犬の散歩コースに、きれいな花が増えてきたよ。犬にはどんな景色に見えているのかな。
 藤原先生 ののちゃんと同じようには見えていないと思うよ。目の奥の網膜にある、色を感じるセンサーの種類が人間より少ないから。
 のの 色のセンサーって?
 先生 人間の目に見える可視光は、波長が長い「赤」から、波長が短い「紫」まで、さまざまな色の光が混じっているのは知ってるわね。
 のの うん。虹が見える仕組みで習ったよ。
150405inu 先生 人間の網膜には「錐体」というセンサー細胞が3種類あるの。感じる色の波長帯がそれぞれ決まっているので、目に入ってきた光の色に応じてそれぞれの錐体が出す信号の強さに差ができるわ。脳はその差を判定して色を認識するのよ。
 のの なんだかややこしいね。
 先生 そうなの。黄を中心に赤から緑にかけての波長が長い領域の光を感じるものと、波長が短い青や紫の光を感じるもの、その間の緑周辺が得意なものの三つよ。
 のの で、犬はどう違うの?
 先生 犬は、長~中間の波長を感じる錐体がひとつで、青の錐体と合わせても2種類しかないの。私たちは犬になれないから想像だけど、犬は赤の光が目に入っても、認識しにくくて、灰色のように感じるらしいの。黄から紫までは感じるはずだから、やや青っぽいというか緑っぽいというか、そんな風に世界は映っているみたい。
 のの えー? じゃあ、きれいな赤いバラとか、おいしそうなお肉の赤とかがわからないの? 残念。
 先生 でもね、明るさを感じるセンサー細胞の「杆体」は、犬のほうが多いの。夕暮れなど薄暗いところでは私たちよりもはっきりとものが見えているはずよ。
 のの ふうん。そういえば、暗くなってから散歩にいくと、前を横切る人や車に、私より先に気付いてくれるわ。ところで、車のライトが当たると犬の目がピカッて光るけど、あれは何?
 先生 人間にはない「タペタム」という膜が反射したの。目の奥にあって、それも犬の視覚に関係があるのよ。光を反射することで、暗い場所でも、ものの輪郭をくっきり浮かびあがらせるの。特に足元がよく見えるみたい。タペタムは猫にもあるわ。
 のの なんでそうなっているの。
 先生 犬は、薄暗いところで行動する性質があるからよ。野生のときは、えさにする動物の動きを逃さずに捉えられるようにしなくてはならないの。色をたくさん感じるよりも、暗いところでもはっきり見えることが大事なのね。
 のの 人間も犬も、それぞれ見え方に持ち味があるんだね。(取材協力=倉敷芸術科学大学・古川敏紀客員教授、構成=熊井洋美)」(2015/04/04付「朝日新聞」e6より)

言うまでもなく、カラー映像は、赤青緑という色の三原色によって作られる。人間もその3つの色のセンサーによってカラー映像を認識する。しかし犬は2色しか認識していないという。
wikiの「錐体細胞」の項には、このような記述がある。
「脊椎動物の色覚は、網膜の中にどのタイプの錐体細胞を持つかによって決まる。魚類、両生類、爬虫類、鳥類には4タイプの錐体細胞を持つものが多い(4色型色覚)。よってこれらの生物は長波長域から短波長域である近紫外線までを認識できるものと考えられている。一方、霊長類以外のほとんどの哺乳類は錐体細胞を2タイプしか持たない(2色型色覚)。哺乳類の祖先の爬虫類は4タイプ全ての錐体細胞を持っていたが、初期の哺乳類は主に夜行性であったため、色覚は生存に必須ではなかった。結果、4タイプのうち2タイプの錐体細胞を失った。」
なるほど・・・。2色型は、夜行性から来ているようだ。
しかし、夜はよく見えるという。

Netで検索すると、こんな記事が見つかった。
「その他の人間の目との大きな違いは、網膜下に『タペタム(あるいは『輝膜(こうまく)』)』 と呼ばれる反射層があることです。(猫にもあります)
このタペタムが光を反射させるため、犬は暗闇でも行動することができます。
150405inunome(懐中電灯は、小さな豆電球の光を鏡に反射させることによって弱い光を増幅して周囲を明るく照らしだしますよね? あれと同じ原理です)
また、タペタムが反射した光のために、暗闇の中では犬の目は光って見えます。
・・・・・
画像を感知する網膜(もうまく)の中には視神経につながっている神経細胞がありますが、犬の目には桿状体(かんじょうたい)という光 (明暗) を感知する細胞は多くあるのに対し、錐状体(すいじょうたい)という色を感知する細胞は非常に少なく、そのために犬は色を感知できないとされています。
ですが、桿状体は人間よりも多く持っていて、光には敏感に反応します。
そのため、朝方や夕暮れ時などの薄暗い状態では、人間よりもはっきりと物を見分けることができます。
これはイヌがもともと夜行性で、夕方から明け方にかけて狩りをしていたためです。
夜の暗がりの中では色は重要な意味を持つものではなく、物の形さえ感知することができれば良かったため、色を感じる機能が発達しなかったのではないかと言われています。」(
ここより)

なるほど・・・。やはり夜行性から来ている。

ともあれ、ひょんな事からメイ子の目について、学んでしまった。でも、それより心配なことは白内障。ウチのメイ子の白内障は、あまり進んでいないが、犬によっては白内障で目が見えなくなることが多いという。
12歳か・・・。最近は、メイ子の健康ばかりが話題になる。「今日は食べたか?」・・・
何とも気になる、老犬ではある。

150405otose<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (2)

2015年4月 4日 (土)

教育費は投資?

先日の日経新聞に、こんな記事があった。
「(エコノ探偵団)教育費は投資になる? 進学、子供に見返り大きく
 「子どもの教育費が大変。お金をかける価値があるかしら」。買い物帰りに事務所に寄った近所の主婦がため息をついた。「教育費が高くても後で利益があれば“投資”と考えられるけれど、どうかな」と、探偵、深津明日香は調査に出かけた。

 まず親が負担する教育費を調べた。文部科学省と日本政策金融公庫の調査をもとに、子130404kyouikuども1人を幼稚園から大学まで進学させる費用の総額を計算すると、すべて国公立なら約1千万円で、すべて私立だと約2400万円だ。
 「今の親は教育費が昔より大変です」というのは、フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史さん(55)。2013年に子どもを産んだ母親の27%は35歳以上。「子どもが大学在学中に定年を迎え、自分の親は要介護の可能性が高くなる。住宅購入費も必要で、学費をどこから出せばいいやら」と腕を組む。

7000万円も多く
 「でも将来は子どもに頼れますよね」と明日香が言うと野尻さんは首を振った。「退職者8千人に聞いたところ、老後を子どもに頼ると答えた人はわずか1%未満です」
 「では教育費は親にとって無駄な支出?」と、明日香が聞くと、野尻さんは「いや、3人の子を大学に進学させましたが後悔していませんよ。教育は家族への投資です」。
 どういうことか詳しく聞くため、明日香は広島大学准教授の島一則さん(44)に電話した。「大卒の男性は高卒より生涯賃金が7千万円ほど上がります。この賃金差が収益です。大学の学費と4年間に稼げなかった収入を投資資金と考えて計算すると、収益率は7%前後です」(島さん)
 島さんは「不況が長引いた中で、大学に進学しないリスクが大きくなりました」という。大学進学の収益率は1970年代に下がり、80年代に停滞したものの90年代後半から再び上昇。「不況下で大卒より高卒の平均賃金が大きく下がったためです」と、島さんはみる。
 そこへ政策研究大学院大学准教授の田中隆一さん(42)がやってきて「教育を受ける利益は本人だけでなく周囲にも及びます」。大卒者が多い都市は平均賃金が高い傾向があり、賃金の上がり方は大卒より中高卒のほうが大きいという。「大卒者が多い都市では仕事がたくさん生み出され人材の需要が増えるためと考えられます」(田中さん)
 「教育水準を高めれば、国にも利益があるのかな」と考えた明日香は、桜美林大学教授の矢野真和さん(70)を訪ねた。「大学在学中は税金を払わないが、卒業後に高収入になれば納める税金も増えます。税収増分が政府の利益と考えられます」と、矢野さん。在学中に納めなかった税金と大学への公的支出を政府が投資した資金だと考えると、収益率は国立大で2%強。国の支出が少ない私立大では10%弱になると計算する。

考える力鍛える
 「個人の収益率と政府の収益率を合わせると、社会全体の収益率が計算できます」と、矢野さん。国立大は6%、私立大は7%弱だという。
 明日香は「優秀な人が大学に行くから大卒の賃金が高いのでは?」と感じた。だが矢野さんは「中学時の成績にかかわらず高校・大学と進学すると賃金が上がります。能力より高等教育を受けたかどうかが賃金に影響します」。
 「なぜ大卒賃金が高いのかしら」。明日香は人材紹介を手掛けるエン・ジャパンに向かった。中途採用支援事業部副事業部長の菊池篤也さん(40)は「ビジネスでは論理的表現力や主体的にものを考える力が必要。大学でこうした力が鍛えられ、企業に役立つ人材となるからです」。サークル活動やアルバイト経験でコミュニケーション能力が高まることも重要とみる。

「学ぶ姿勢大事」
 明日香のスマホに桜美林大の矢野さんからメールが届いた。「調査したところ、大学で調べものや読書の習慣が身につくと、卒業後も学ぶ姿勢ができ、新しいことを身につけやすいことが賃金上昇に関係するようです」
 「大学院に行けば投資効果が高まるかな」と、明日香は経済産業研究所副所長の森川正之さん(55)を訪ねた。森川さんは「大学院卒は大卒より生涯賃金が30%上がり、収益率は平均10~20%と試算できます」。高等教育の水準が上がれば専門的で収益性が高い仕事ができるので、欧米では大学院進学の経済効果が注目されているという。
 大学院を卒業した人は女性や高齢者の労働参加率が高い。「人生で稼げる期間が延びれば個人の収益率も高まり、国富への貢献度も上がります」と、森川さん。ただ「研究対象となった人の7割ほどが理系で、多くが院進学が珍しい世代であることは見落とせません」と付け加えた。
 「大学院に進学すればいいわけでもなさそうね」と明日香が考え込むと、エン・ジャパンの菊池さんがやってきた。「20代に社会人経験を積むのは大変重要です」。大学で学んだ内容が直接仕事に役立つことは少ない。また論理的思考力や問題解決力は仕事の現場で鍛えられる部分も大きい。「35歳までに社会でどんな経験を積んだかで、35歳以降に転職できるかどうかに差がつきます」とみる。
 明日香の報告書を読んだ所長は「君には親も国も多額の投資をしているのだから、そろそろ成果を発揮してもらいたいな」と一言。

(調査メモから)投資効果も考える必要
 文科省によると大学・短大進学率(現役)は2014年度、53.9%。4年制私大のほぼ2校に1校で入学者が定員割れとの調査もある。だが政策研究大学院大准教授の田中隆一さんは「日本の大学進学率が他の先進国と比べて高いとは言えない」。
 ただ、田中さんは「大学進学率を高めればいいわけではない」と指摘する。成長をけん引する産業構造が変わると、高等教育に求められる内容も変わる。高度成長期は重工業中心の経済成長で、平均的に質が高い人材が必要だった。技術革新が求められる現在は「平均を高めるだけでなく、一部でも突出して優秀な人材を育てる高等教育も必要だ」と、田中さん。
 日本生産性本部主幹研究員の木内康裕さん(42)は「大学教育と企業の求めるもののギャップが大きい」。入社してからの教育訓練が“粒ぞろい”の人材育成につながっていたが、不況で企業の教育訓練投資が削られ「かつてのように企業が人材を育てて日本全体の生産性を上げるのが難しい」(木内さん)。
 日本は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で教育への公的支出が少なく、高等教育の家計負担割合が重いが「公的支出を増やすだけでなく、人口が減少する中、投資効果を考えて成長につながる人材育成を目指すべきだ」と、木内さんは話す。(編集委員 大賀智子)」(2015/03/31付「日経新聞」p32より)

そもそも「教育」を「投資」と考えること自体、どうもピンと来ない。子どもに教育という投資をすると、リターンがあるかって?? 今の時代、ある訳がないし、何か次元が違う話に聞こえる。また、昔から子どもに対する最大の遺産は教育だとも言われている。
まあこの話、自分のお金で、自分に教育という投資をするとリターンがどうか・・・と考えると話がスッキリする。
でも教育は、果たしてリターンだけを考えて行うものか? “豊かな生活”が狙いのような気がするが・・・。まあきれい事ではあるが・・・。

上の議論は、「そんなものか・・・」でオシマイ。

話は飛ぶが、先日、カミさんから「アナタの人生は、ひょっとすると竜ヶ崎のライター工場?」と、またからかわれた・・・。
これは以前、こんな昔話(グチ)をしたのをカミさんが覚えていた、ということ。
自分は男3人兄弟の次男。3つ上の兄貴は、入試で国立と私立を受けて、両方受かり、国立に行った。そして自分の時は、親父は「お金が無いから、国立だけ」と言う。「せめて練習のためにも私立をひとつ受けさせて」という自分のお願いも「受験料がもったいない」と冷たく却下。
そして「もし国立に落ちたら、浪人は(お金が無いので)ダメ。市内(竜ヶ崎)にあるライター工場に世話してやる」と言う。自分は背水の陣・・・。
何とか受かったから良いものの、もし落ちていたら、自分の人生はどうなっていたのだろう・・・。
そして可愛い5歳年下の「ちびちゃん」の弟は、堂々と私立に・・・
この不公平・・・。やはり一番“不要”なのが次男なのだ・・・
そんな話をカミさんが覚えていたのだ。

そのライター工場が、ホントウに実在するのか知らなかった。市内のどこにあるのかも知らなかった。
それが、ふとNetで検索したら、何と見付かったのだ(ここ)。

「茨城県ニュースNo.39
昭和37年度(1962年頃)
制作:茨城県
・交通戦争
・龍ケ崎市のライター工場ほか
■伸びゆく地方産業―竜ヶ崎市のライター工場―
・龍ケ崎に1戸だけ残ったライター工場。機械によるライター部品の製造。検品風景。手作業による最終組み立て。
196-/--/-- 龍ケ崎市」

動画は(ここ)の6分目頃から。

実在したライター工場・・・。このニュース映画によると、戦後、竜ヶ崎地方にはライター工場が20軒以上あったが、昭和37年には1軒だけになってしまったとか・・・。
若しかしたら、自分はそこの従業員だった・・・

でもこんな昔話を思い出すと、少なくてもウチの親父は自分に教育の投資をする気は無かった。国立大の受験料を除いて・・・
でも受かってしまったので、仕方が無く・・・
まあ次男なんて、そんなもの・・・。
何だか、あの世で親父に“再会”したら、兄弟のこの“えこひいき”に対して、ぶっ飛ばしてやりたい気がしてきた。幾ら自分に可愛げが無かったとは言え・・・。
(でもまあ、たぶん立場が変われば、自分もこんな憎たらしい次男には同じ仕打ちをしただろう・・・!?)
今日は、親父へのグチであった。何のこっちゃ・・・

1504040otousann


<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (2)

2015年4月 3日 (金)

パンツの洗礼、オンナへの道

先日の朝日新聞のコラムに、こんなのがあった。
「(オトナになった女子たちへ)パンツの洗礼、オンナへの道 伊藤理佐
 むかしむかし、長野県に女子高校生がいました。夜、女子高校生は居間で寝転がってテレビを見ていました。その横でお母さんが洗濯物を部屋干ししています。朝、そのまま外に出すだけにしておきたいのです。ちょうどその女子高校生のパンツのシワをパンパンッとのばしていた時、お母さんは聞きました。
 「あのさ、干してるのアナタのパンツなんだけど。手伝おうとか思わない?」。女子高校生はテレビを見たまま言いました。「洗濯はお母さんの仕事デショ」。お母さんは絶句したままパンツを干しましたとさ。おしまい。
 ……この話、なんど思い出してもタメ息が出るんだが、残念なことに、この女子高校生は150403onnna わたしです。タイムマシンがあったら自分をブッ飛ばしにいきたいんだが、どうしたら乗れるんだろうか。今さらだが母に謝ったほうがいいんだろうか。自分のことながら、せめて少し手洗いしてから洗濯に出すとか、そういうアレがなかったのか? なかったんだな……。
 そんなパンツオーラがにじみ出ていたんだろうか、ある日の飲み会でオトコの編集さんが「あのー、離婚して、中学生のムスメがたまに泊まりに来るんですけど……」とすごく言いづらそうに相談し始めたのが、「娘が置いていくパンツ、俺が洗っていいのだろうか?」バナシだった。女の子ってパンツは手洗いしてソッとどこかに干すものじゃないんでしょうか? つーか、洗わせて恥ずかしくないんでしょうか? わたしは酒を置いた。
 「中学高校生の女子なんて、そんなもんです!」。ハッ。立ち上がっている。昔の自分を擁護したい気持ちになったわたし。必死で自分に助け舟。「自分のパンツがどうやってキレイになるか考えない、それが若さですよ!」
 若さ……。編集さんが納得したか忘れてしまった。女子高校生は18年住んだ自分ちの庭に何の木があったかも知らないで、東京都が地図のどこだか知らないまま上京して、4畳半で自分のパンツを初めて洗うのだった。若さ……のせいにしたい。(漫画家)」(2015/03/29付「朝日新聞」p30より)

自分はこんな軽い話が大好き・・・
「タイムマシンがあったら自分をブッ飛ばしにいきたいんだが、どうしたら乗れるんだろうか。今さらだが母に謝ったほうがいいんだろうか。」という気持ち・・・。分かるな~~
自分も、いまだに「あの行動を消したい」と思う事柄がたくさんある。思い出したくもないので、ここには書かない。いや書ける話なら、後悔していない・・・

「今さらだが母に謝ったほうがいいんだろうか」という所を読んで、昔のこんな事を思い出した。
受験勉強の頃だった。5歳年下の弟と一緒の部屋だった。弟は先に寝る。するとイビキがひどいのである。こっちは受験勉強中だというのに・・・
あったま(頭)にきて、弟が寝ている布団を引っ張って、部屋の外の廊下に出した。寝ていた弟はムニャムニャ・・・
そんな話をいつだったか、カミさんにしたら、「ひどい…!」と絶句していた。それが6年ほど前の話。
ちょうどそんな時、新しいPCを買ったのだが、自分にフィットせず、不要になった。それで弟に「要るか?」と聞くと、「要る」という。
それで「昔、部屋からたたき出したことを許してくれる?」とおずおずと聞いたら、「??」。でも自分は、「あのことは、PCをあげたことでチャラ」と勝手にスッキリした。
何のこっちゃ・・・

まあ、心に残っている「しまった!」と思っていることは、何年経っても、相手が覚えていようがいまいが謝罪をしておいた方が、良いと思う。どんな形にせよ・・・
死んだ後で、閻魔さまと堂々と渡り合うためにも・・・・ね。

150403yoiko <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (3)

2015年4月 2日 (木)

尿1滴でがん診断、「線虫」の嗅覚で実現

先日の「日経gooday」にこんな記事があった。
尿1滴でがん診断、「線虫」の嗅覚で実現
 九州大学などの研究グループは、「線虫」と呼ばれる生物を使って、微量の尿からがんを高感度に検出できることを明らかにした。さまざまな種類のがんを、早期の段階で高精度かつ安価に検出することにつながるという。
 今回の手法は、次のような利点を併せ持つ「画期的な技術」(九州大学)とする。(1)尿1滴で検査でき、苦痛を伴わない。(2)尿の採取に当たって食事制限は不要で、通常の健康診断などで採取した尿を使える。(3)診断結果が出るまでの時間は、約1時間半と短い。(4)1検体あたり数百円以下のコストで検査できる。(5)多くのがんを1度に検出できる。今回の実験では、対象とした10数種類のがんをすべて検出でき、その中には早期発見が難しい膵臓がんも含まれた。(6)ステージ0または1の早期がんや、従来手法では見つけられなかったがんも検出できる。(7)検出感度は95.8%と高い。
 今回の成果は、九州大学 大学院 理学研究院 味覚・嗅覚センサ研究開発センター 助教の広津崇亮氏、伊万里有田共立病院 外科部長の園田英人氏、九州大学大学院 医学研究院 消化器・総合外科 教授の前原喜彦氏の共同グループによるもの。2015年3月11日(米国時間)に、米国オンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載された。

線虫の嗅覚は「犬並み」
 がん患者は特有の匂いを発することが知られている。「がん探知犬」が研究されているのはそのためだ。研究グループは今回、この匂いを識別する生物として「C.elegans」と呼ぶ線虫に着目した。線虫は嗅覚に優れた生物で、犬と同等の約1200種の嗅覚受容体を持つという。
150402sentyu1  研究グループはまず、がん細胞の培養液に対する線虫の反応を調べた。この結果、がん細胞の培養液に対して誘引行動(引き寄せられる行動)を示すことが分かった。この行動は、正常細胞の培養液に対しては見られず、嗅覚異常を引き起こさせた線虫(変異体)では見られなかった。すなわち、がん細胞に特有の分泌物の匂いに線虫が反応していると考えられた。さらに、がん患者のがん組織と正常組織を比べると、がん組織の方を好むことが分かった。
 次に、人間由来の試料に対する線虫の反応を調べた。試料には血液に比べて検査が容易な尿を選択し、がん患者の尿20検体と健常者の尿10検体について、線虫の反応を調べた。その結果、すべてのがん患者の尿に誘引行動を示し、すべての健常者の尿には忌避行動を示した。
 がん患者の尿に対する誘引行動は、嗅覚神経を破壊した線虫では起こらなかった。加えて、線虫の嗅覚神経は、がん患者の尿に対して有意に強く反応した。これらの結果から、線虫は尿中のがんの匂いを感じていると考えられるという。ステージ1のがんにも反応したことから、早期がんを発見できる可能性も示唆された。

感度96%、特異度95%
 研究グループは以上の結果に基づき、線虫の嗅覚を活用したがん診断テストの精度を調べた。具体的には242検体(がん患者が24、健常者が218)の尿について、線虫の反応を調べた。
150402sentyu2  この結果、がん患者24例中23例が陽性を示し、健常者218例中207例が陰性を示した。すなわち、感度(がん患者をがんと診断できる確率)は95.8%、特異度(健常者を健常者と診断できる確率)は95.0%だった。同じ被験者について同時に検査した他の腫瘍マーカーに比べると、感度が圧倒的に高かったという。
 がん患者24例中5例については、尿採取時点にはがんが判明しておらず、2年後の線虫嗅覚テストの時点までに判明した。また、がん患者24例中12例はステージ0または1の早期がんで、すべて陽性だったという。

がん種の特定にも道
 今回の手法では、現状ではがんの種類を特定できない。この点についても既に、特定のがんにだけ反応しない線虫株を作製することに成功している。これを使えば例えば、野生型線虫が誘引行動を示し、大腸がんには反応しない線虫株が誘引行動を示さない場合には、大腸がんだと診断できるという。
 今回の研究を主導した九州大学 味覚・嗅覚センサ研究開発センターは、2014年7月に応用医療センシング部門を設立。線虫嗅覚によるがん診断テスト「n-nose」の基盤技術の開発と実用化に向けた取り組みを始めている。また、センター全部門が協力し、匂いによるがん検知のデバイス化も行う計画。n-noseの自動化とシステム化については、日立製作所およびJOHNANと共同で、早期の社会実装を目指して研究開発を進める。(
2015/3/18 大下 淳一=「日経デジタルヘルス」ここより)

この記事はなかなか面白い。
先日、テレビのニュースでもこの話を聞いた記憶がある。線虫とは、回虫のようないわゆる人間の寄生虫。それが何とガンを嗅ぎ分けるのだという。
冗談かと思ったが、記事を読むと大真面目なのだ・・・

もう死語となった回虫。昔は子どものお腹によく居た。それは普通の光景だった。しかしもう過去の話。
しかし改めてNetで回虫の項を見ると、メスは最大で35センチもあるという。それが人間の体内に居ると思っただけで、ゾッとする。
しかし、前に記事を書いたが(ここ)、藤田紘一郎氏は、自分の体内に回虫を飼っているという。
アレルギー防止に良いのだそうだ。

医学の進歩というと、すぐに薬の開発を思い浮かべるが、このような生物の利用は、何とも“場違い”な気がして面白い。
だからと言って、自分が虫にガンを見付けてもらいたいか・・・というと、それはゴメン・・・
「知らぬが仏」が一番・・・
でも、幾ら相手が線虫でも、早期発見で治るのであれば、それに越したことはない。
いやいやそれより、12歳と歳を取ったとはいえ、我が家の愛犬・メイ子は、散歩の時に、他の犬のションベンのあとをいつも嗅いでいる。そう、これは自分のガンを見付けるための涙ぐましい“訓練”なのだ!?
まあ自分のガンは、メイ子に見付けて貰うことにしよう・・・

150402kuse <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2015年4月 1日 (水)

なぜ学年は4月に切り替わる?

さて今日は4月1日。エイプリルフールというより、期の初め、という感が強い。各社で入社式が行われ、新人が世の中に出て行く日。
一方、学校は静か。散歩で小学校の近くを通っても、校庭の回りに植えてある桜は満開だが、人の気配がない。春休み・・・か。もったいないな・・・

それにしても、なぜ年度が1月でなく、4月スタートなのか・・・?
先日の朝日新聞にこんな解説があった。
「(歴史探偵団)なぜ学年は4月に切り替わる? 明治期、軍や役人の都合で
 春は出会いと別れの季節。「4月1日」に新学年に切り替わる学校では、3月に卒業式があり、4月に入学式がある。だが、明治初期に欧米の教育システムを導入した当初は9月入学制から始まった。なぜ4月に変わったのだろうか。
 自治体や多くの企業が基準とする国の会計年度は、財政法で4月1日~翌年3月31日と定められている。これは大日本帝国憲法が制定される以前の1886(明治19)年から続いている。それ以前は7月~6月制だったが、歳入の約2割を占めた酒造税の納期と会計年度を適合させるために4月始めに変えた。
 酒造税の納期は4、7、9月の年3回あった。本来ならば4月分のみが前年度予算に組み入れられるが、実は、政府は7月分と9月分も前年度に繰り入れて使用していた。軍事費の増加で国の財政が破綻(はたん)していたからだ。

 ■徴兵令に合わせて
 解決策として、政府は85(明治18)年度の会計年度を3カ月短縮し、86年度は4月始めに前倒しした。連動して86年12月に徴兵令が改正され、徴兵検査を受ける義務のある満20歳男子の届け出期日が9月1日から4月1日になった。
 これに文部省が敏感に反応した。86年、教員養成の総本山として東京に設置された高等師範学校(東京教育大学の前身、現・筑波大学)を急きょ4月入学制に変更した。88年には文部省の指示で府県立尋常師範学校も4月入学に変わった。
 船寄(ふなき)俊雄・神戸大学教授(教育学)は「当時の高師と師範には20歳以上の新入生が多く、9月入学のままだと優秀で壮健な人材が先に陸軍にとられてしまう。軍との人材獲得競争だった」と話す。下から連結する旧制中学校、小学校も法令で4月入学に変わる。

 ■大正後期には定着
 1907(明治40)年には、「徴兵猶予願」の書類提出期限が4月15日に。それ以降の入学者は在学証明書がもらえない不都合が生じるため、専門学校(私立大学などの前身)も学年の始まりを4月1日に変えていく。最後まで9月入学だった旧制高等学校、大学も、3月卒業の旧制中学との連係を図るため21(大正10)年に4月入学になる。
 「4月始まり」は教育効果が目的というより、軍や役人の都合によるところが大きい。船寄教授は「子どもたちや学級運営の視点に立てば、夏休みを過ごした後に新たな気持ちで勉学に臨める9月入学制に利点がある」と話している。(上林格)」(2015/03/30付「朝日新聞」夕刊p9より)

何とも、始まりはいい加減なものだ。しかし、上のような文章による説明は分かりにくい。
ここ)に箇条書きの解説があった。
日本の入学時期の変遷
今でこそ4月入学は当たり前になっていますが、昔からそうだったわけではありません。
●江戸時代
・寺子屋、私塾、藩校などでは特に入学の時期を定めず、随時入学できた。
●明治時代初期
・明治維新により西洋の教育が導入され、高等教育では9月入学が主流となる。

しかし、富国強兵政策の影響もあり、様々な新年度が4月から始まるようになります。
●1886年(明治19年)
・政府の会計年度が4月-3月になる。
→会計年度に合うよう、小学校で4月入学が奨励されるようになる。
・陸軍の入隊届出開始日が9月から4月に早まる。
→高等師範学校が4月入学とすることを定める。(優秀な学生を軍隊に確保されてしまうことを懸念?)
●1888年(明治21年)
・全国の師範学校も4月入学となる。
●1900年(明治33年)
・小学校が正式に4月入学となる。

これに対し、帝国大学や旧制高校は9月入学を維持していましたが……
●1919年(大正8年)
・旧制高校が4月入学となる。
●1921年(大正10年)
・帝国大学が4月入学となる。

その後も9月入学を続ける私学もありましたが、やがて4月入学が定着し、現在に至っています。こうして振り返ってみると、4月が始まりの季節になったのは複雑な事情があったからなんですね。」(ここより)

そして、世界ではこんな具合らしい。(ここより)
1月=シンガポール
1月末~2月初め =オーストラリア、ニュージーランド
3月=韓国
4月=日本
5月=タイ
6月=フィリピン
9月=アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ベルギー、トルコ、モンゴル、ロシア、中国

今日の記事は、何のことはない。自分が「ヘエー」と思いながら、単にコピペしただけ・・・

まあ我々年寄りは、とてつもなく月日が流れるのが早いが、今日、新しい人生の節目を迎えた若人たちに、声援だけでも送ることにしようか。

150401nobita <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

« 2015年3月 | トップページ | 2015年5月 »