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2015年4月 1日 (水)

なぜ学年は4月に切り替わる?

さて今日は4月1日。エイプリルフールというより、期の初め、という感が強い。各社で入社式が行われ、新人が世の中に出て行く日。
一方、学校は静か。散歩で小学校の近くを通っても、校庭の回りに植えてある桜は満開だが、人の気配がない。春休み・・・か。もったいないな・・・

それにしても、なぜ年度が1月でなく、4月スタートなのか・・・?
先日の朝日新聞にこんな解説があった。
「(歴史探偵団)なぜ学年は4月に切り替わる? 明治期、軍や役人の都合で
 春は出会いと別れの季節。「4月1日」に新学年に切り替わる学校では、3月に卒業式があり、4月に入学式がある。だが、明治初期に欧米の教育システムを導入した当初は9月入学制から始まった。なぜ4月に変わったのだろうか。
 自治体や多くの企業が基準とする国の会計年度は、財政法で4月1日~翌年3月31日と定められている。これは大日本帝国憲法が制定される以前の1886(明治19)年から続いている。それ以前は7月~6月制だったが、歳入の約2割を占めた酒造税の納期と会計年度を適合させるために4月始めに変えた。
 酒造税の納期は4、7、9月の年3回あった。本来ならば4月分のみが前年度予算に組み入れられるが、実は、政府は7月分と9月分も前年度に繰り入れて使用していた。軍事費の増加で国の財政が破綻(はたん)していたからだ。

 ■徴兵令に合わせて
 解決策として、政府は85(明治18)年度の会計年度を3カ月短縮し、86年度は4月始めに前倒しした。連動して86年12月に徴兵令が改正され、徴兵検査を受ける義務のある満20歳男子の届け出期日が9月1日から4月1日になった。
 これに文部省が敏感に反応した。86年、教員養成の総本山として東京に設置された高等師範学校(東京教育大学の前身、現・筑波大学)を急きょ4月入学制に変更した。88年には文部省の指示で府県立尋常師範学校も4月入学に変わった。
 船寄(ふなき)俊雄・神戸大学教授(教育学)は「当時の高師と師範には20歳以上の新入生が多く、9月入学のままだと優秀で壮健な人材が先に陸軍にとられてしまう。軍との人材獲得競争だった」と話す。下から連結する旧制中学校、小学校も法令で4月入学に変わる。

 ■大正後期には定着
 1907(明治40)年には、「徴兵猶予願」の書類提出期限が4月15日に。それ以降の入学者は在学証明書がもらえない不都合が生じるため、専門学校(私立大学などの前身)も学年の始まりを4月1日に変えていく。最後まで9月入学だった旧制高等学校、大学も、3月卒業の旧制中学との連係を図るため21(大正10)年に4月入学になる。
 「4月始まり」は教育効果が目的というより、軍や役人の都合によるところが大きい。船寄教授は「子どもたちや学級運営の視点に立てば、夏休みを過ごした後に新たな気持ちで勉学に臨める9月入学制に利点がある」と話している。(上林格)」(2015/03/30付「朝日新聞」夕刊p9より)

何とも、始まりはいい加減なものだ。しかし、上のような文章による説明は分かりにくい。
ここ)に箇条書きの解説があった。
日本の入学時期の変遷
今でこそ4月入学は当たり前になっていますが、昔からそうだったわけではありません。
●江戸時代
・寺子屋、私塾、藩校などでは特に入学の時期を定めず、随時入学できた。
●明治時代初期
・明治維新により西洋の教育が導入され、高等教育では9月入学が主流となる。

しかし、富国強兵政策の影響もあり、様々な新年度が4月から始まるようになります。
●1886年(明治19年)
・政府の会計年度が4月-3月になる。
→会計年度に合うよう、小学校で4月入学が奨励されるようになる。
・陸軍の入隊届出開始日が9月から4月に早まる。
→高等師範学校が4月入学とすることを定める。(優秀な学生を軍隊に確保されてしまうことを懸念?)
●1888年(明治21年)
・全国の師範学校も4月入学となる。
●1900年(明治33年)
・小学校が正式に4月入学となる。

これに対し、帝国大学や旧制高校は9月入学を維持していましたが……
●1919年(大正8年)
・旧制高校が4月入学となる。
●1921年(大正10年)
・帝国大学が4月入学となる。

その後も9月入学を続ける私学もありましたが、やがて4月入学が定着し、現在に至っています。こうして振り返ってみると、4月が始まりの季節になったのは複雑な事情があったからなんですね。」(ここより)

そして、世界ではこんな具合らしい。(ここより)
1月=シンガポール
1月末~2月初め =オーストラリア、ニュージーランド
3月=韓国
4月=日本
5月=タイ
6月=フィリピン
9月=アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ベルギー、トルコ、モンゴル、ロシア、中国

今日の記事は、何のことはない。自分が「ヘエー」と思いながら、単にコピペしただけ・・・

まあ我々年寄りは、とてつもなく月日が流れるのが早いが、今日、新しい人生の節目を迎えた若人たちに、声援だけでも送ることにしようか。

150401nobita <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

初めてコメントをさせていただきます。

ひと月ほど前に出逢った「森田童子」の「蒼き夜」
の刹那の美と透明感に魅せられて、いろいろ調べている中で、貴ブログにめぐり合いました。

学生時代はJAZZ、ロック、R&Bが主で、(つまり、洋楽専門でした)
それ以降も長年、邦楽は殆どと言うくらい接した事はありませんでしたが、
今は森田童子の世界に埋没し、毎夜魂を何処かに置き忘れて朝を迎える始末です。(笑)

ぶろぐ主様のおかげで、良い音源で聴かせていただける事に感謝しております。
ありがとうございます。

この回のエントリー内容と違うコメントで申し訳ありませんでしたが、どうしても御礼致したく、書かせていただきました。
失礼いたしました。m(_ _)m

【エムズの片割れより】
自分も森田童子のCDは全て手に入れましたが、CDの入手が難しく、中古盤も非常に高価なのが難点です。
でも自分にとっては、非常にフィットした歌手でした。

投稿: 白木蓮 | 2015年4月 2日 (木) 02:06

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