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2015年3月19日 (木)

井上陽水の「背中まで45分」~カウントダウンの文化

先日、NHKラジオ第2の「文化講演会」という番組で、東大のロバート・キャンベルさんの講演を聴いた。

はじまりは坂の途中で~日本文学が見せる人間のゆとりと威厳について考えるために」(2015/02/15放送)
講演:ロバート・キャンベル(東京大学大学院教授)
東京大学大学院教授で、日本文学者のロバート・キャンベルさんは、日本には「カウントダウン」の文化があると言う。何々まであといくつ、などと考えることは、人が「死」に向き合った時に大きな意味を持つ。明治時代の二人の文学者、中江兆民と正岡子規の著作から、「死」に向かうカウントダウンの状況で見られる人間のゆとりと尊厳について考える。」(
NHKのここより)

この話の中で、沢田研二が歌った井上陽水の「背中まで45分」について、こんな話があった。

<ロバート・キャンベル講演「はじまりは坂の途中で」より>

どうも気になるこの歌・・・。音源を手に入れて聞いてみた。こんな歌だった。

<井上陽水の「背中まで45分」>

「背中まで45分
  作詞・作曲:井上陽水

出逢いの場所は ホテルのロビー
目と目があって あいさつはなく
夜は始まり それが45分前
会話の為に 名前を聞いて
ありふれた名で すぐに忘れた
指が動いて それが35分前
それからよりそい 二人で恋をし
長い廊下 転がされて
迷い込んだ ホテル ラウンジバー

二人で飲んだ トロピカルシャワー
めまいのように はじけてとんだ
歌も聞こえて それが25分前
笑った後は けだるい気分
眠りませんか? 僕の部屋でも
夢に向った それが15分前
二人で手をとり ダンスをしながら
出てゆくのを 見送るのは
誰もいない ホテル ラウンジショウ

部屋に入れば それがちょうど5分前
ドレスを脱いで 抱きあう時に
背中の指が 静かにはねた
それがちょうど それがちょうど 今
背中まで45分 背中まで45分
背中まで45分 背中まで45分………

なるほど・・・。カウントダウンね・・・。
キャンベルさんの話は、喉頭がんにより、余命1年半と宣告された中江兆民の遺言の書「一年有半」(実際には9ヶ月で死去)、そして正岡子規の「病牀六尺」などを通し、究極のカウントダウンである「死」までの道程について語っていた。

カウントダウンはあらゆる所に存在する。それはある決まった結論に向かって、粛々と進む過程。2020年の東京オリンピックに向かっても、既にカウントダウンは始まっている。もちろん“知らぬが仏”の自分自身の終局にも・・・

まあここで、今さら艶っぽい話をするつもりは毛頭ないが、まあこの歌も、カウントダウン・・・
たった45分で?? まあそんなにうまく行くとは思えない歌なので、この歌はそれほど売れなかったとか・・・

もっとも、自分を振り返ると、お見合いから2週間後、2回目のデートで婚約したので、この歌も理解出来ないことはない。まあ男女の仲は、理屈よりも、感じることなので・・・。

話は飛ぶが、先日見たNHK「プロフェッショナル~仕事の流儀 恐れの先に、希望がある~小児外科医・山髙篤行」(ここ)(2015/03/16放送。再3/20AM1)。
赤ちゃんの手術の成否は、その赤ちゃんのその後の数十年の人生がかかっている。それには入念な準備が必要で、手術の成功の90%は準備段階で決まる。と言っていた。
氏の手術に向かってのカウントダウンである限られた時間の中で行われる真摯な準備の姿に心を打たれた。

カウントダウンという「残された時間」の中で何をするか・・・。上の歌のように彼女を口説くのもよし、山髙医師の絶対に失敗しないために準備をするのもよし、そして中江兆民や正岡子規のように、死への準備をするのもよし・・・
さて、今の自分のカウントダウンの項目は、果たして何か・・・

150319kawa <付録>「ボケて(bokete)」より


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