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2015年2月27日 (金)

「こわい夢」

自分は夢をよく見る。だからこんな記事もマジメに読んでいる。
こわい夢 千早茜
 悪夢体質である。
 とにかく頻繁に悪夢をみてうなされる。それもひどい時には一晩に幾つもみる。
 世の中の人々が一体どれだけ夢をみているのかは知らないが、夢占いやフロイトの夢判断などがあることから考えれば、みんなそこそこ夢はみるものなのだろう。昔飼っていた犬でも寝ながら吠(ほ)えたり足をばたばたさせていたりしていたので、人間がみていなかったらなんだかちょっとさみしい。
 けれど、周りの人に訊(き)いてみると、私くらい一晩にたくさん夢をみている人は多くはないようだ。私は基本的には一晩に四つ五つくらい夢をみる。まったく夢をみない晩はほとんどなく、少なくても二つか三つはみる。一度、夢日記をつけようと思ったことがあったが、夢があまりに多く、ひとつひとつが長いので面倒になりやめた。
 何かの本で読んだ情報によると、人は一晩にかなりたくさんの夢をみているが覚えていないことが多いそうだ。とすると、私は夢においては異様な記憶力が発揮されていることになる。しかし、残念ながら平素の記憶力はどうもぱっとしない。寝る前に明日やることをメモに書いて仕事机の上に置いておかなくては、次の日は何からはじめたらいいのか途方にくれるくらい頼りない記憶力だ。どうも記憶の容量を夢に取られているような気がする。悔しい。
 私の夢はいつもフルカラーで、匂いや感触まである時がある。楽しい夢ならいいのだが、悪夢だとひどい思いをすることになる。悪夢は暴力的なものが多い。戦場にいたり、怪しい人間に追われたり傷つけられたりする。ここには書けないような凄惨な目に遭ったりもする。感覚がある夢の時だと恐ろしく痛い。おまけに、夢というのは不思議なもので一定のパターンがあり、なにやら不穏な気配を感じて「あっこれはまずい展開になるやつだ」と気付いても、自分の選択で夢の結末を変えることができない。「嫌だ、怖い」と思いながらも、定められた受難へと突き進んでいく。一度、腕をナイフで切り裂かれた夢をみて、あまりの痛みに叫びながら跳び起きると、片腕だけが熱くなっていたことがあった。休息のために寝ているのに、起きて鏡を見ると目の下には隈(くま)、ということもたまにある。ちょっと脳よ勘弁してくれよ、と思う。
 悪夢は本当に疲れるし、あまりに濃厚だとどっちが現実かわからなくなり、一日のはじまりがどんよりとしたものになる。ただ、けっこうバラエティに富んだ不幸や災難を夢で経験しているので、そういったものに対する耐性はついたと思う。それでも、怖くて仕方ない夢はある。小さい頃は父が死ぬ夢だった。その夢をみてしまうと、震えながら父の部屋へと暗い廊下を走った。父は寝ていても仕事をしていても、私の背中をぽんぽんと叩(たた)いてくれた。叩くリズムは心地良く、大きな手は温かく、私は深い息をついて安堵した。温(ぬく)もりだけは夢にはない。自分の体温が自分では感じられないように、さすがの脳も人の温度は作りだせないのかもしれない。
 今はうなされると夫が手を握ってくれる。悪夢は辛いものだけど、そばにいる人のありがたみと日々の平穏さを教えてくれる気がする。とはいえ、みないに越したことはないのだが。(作家)」(2015/02/17付「日経新聞」夕刊p7より

自分も夢を見る大家。だから夢の話題には事欠かない。1年前にも「怖い夢」(ここ)という同じような記事を書いている。でも懲りずにまた書く・・・

朝起きて、カミさん相手に夢の話をするのは日常。今朝の夢は、亡くなったお袋や伯母が登場。なぜか前に住んでいた家で、居るはずのない兄貴が引っ越しの整理をしている。自分も一緒になって、古いテレビなどを、捨てる捨てないの作業・・・。まあ夢はワケが分からない。

自分が顔を洗いながら、忘れる前に夢の話を始めると、カミさんはいつも「何? 今の話は夢の話? 黙って聞かなければいけない?」・・・。「もちろん聞かなければいけない!」と無理に聞かせる。まあそれは覚えている物語なので話せる。しかし上の記事のように、自分も一晩で幾つもの夢を見るので、朝その全部を話せる訳ではない・・・
いわゆる悪夢は、「これは夢だな。起きれば逃れられる」と意識して、無理に目を覚ますこともある。その時は「ああ、夢で良かった」とホッとする。逆に、楽しい夢では「ああ、これは夢だな。続きを見たいな・・・」と、目が覚めそうになっても、無理をして眠って続きを見ようとしたこともある。少しだけだが、夢も意識でコントロール出来そうな所が面白い。

今朝のように、亡くなった人が夢に出てくることもある。親父はほとんど出て来なかったが、昨年お袋が亡くなってから、親父も“お袋とパック”で出てくるようになった。内容的にはどうって言う話では無いが・・・

人には霊感の強い人がおり、その人は霊を見ることが出来ると言う。ウチの長男もそんな一人。昨年お袋が亡くなったときも夢に出てきて、自分に対する文句を言っていたそうな・・・
そして先日亡くなった義母も、夜、自室で見えたという。
その息子の話を聞いて以来、夜中にトイレに行くときに、怖くなっている。トイレの前の廊下の常夜灯のそばに誰かが出てくるような気がして…。おお、怖っ!!
カミさんに言うと、「前兆でゾゾッとするらしいので、それが無ければ出て来ない」と言うが、なぜが怖い…。それに、さっき、「お墓の刻印ができたら気にならなくなった」と言うと「四十九日が過ぎるまでは、この辺をうろちょろしているよ」ナンテ言いやがる。

夢を見るのは、眠りが浅いためだという。でもなかなかそれを治すわけにも行かず・・・
これも加齢とはいえ、たまには夢を見ないでぐっすりと眠りたいものである。

150227conveni <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

私は霊というものを信じていませんが、人間の脳の中に何かを予知する能力が存在しているのではないかと思っています。脳科学が進めばいずれは解明されるでしょうね。
夢、私もよく見ます。カラーです。赤色と緑が多いです。一番多く見る夢は数学のテストを受けている時に子供が迷子になって行方不明になる困った夢です。数学が出来ないいい訳なのでしょうね。空を飛ぶ夢、黄色く濁った濁流の天竜川をいとも簡単に泳ぎ切る夢。子供が死んでお葬式を出している夢は2回みました。1回は単位不足で卒業できませんと次の日大学から葉書が届きました。もう1回はバイク事故で足の骨を折ったと次の日電話がきました。息子のお葬式の夢は見たくないですね。
一番切なかった夢は年を取って白髪を染めている私を大学の制服を着ている彼にじっと見られていた夢です。忘れられない美しい夢は広い緑の牧場に沿った道を、憧れの美しい彼と肩を並べて歩いている夢です。実に綺麗な夢でした。こんな夢を毎夜見ていたら私は美しく若返るでしょうに1回しか見ませんでした。夢ノートを付けたこともありましたが支離滅裂な夢が多くて辞めました。でも夢を見るのは大好きです。

【エムズの片割れより】
いやはや白萩さんも、夢の大家ですね。それにしても、夢は何を背景に見るのか・・・。自分の深層心理を覗ける数少ない手段かも・・・。

投稿: 白萩 | 2015年2月27日 (金) 23:18

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