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2015年1月10日 (土)

「誰も少年を助けなかった 祖父母殺害し強盗、懲役15年」

少年事件で、背景に親子関係があるものは、何とも切ない事件が多い。先日のこの事件も同じだ。
誰も少年を助けなかった 学校通わせず母親は金を無心 祖父母殺害し強盗、懲役15年
 祖父母を殺害し金品を奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われた少年(18)が昨年暮れ、さいたま地裁で懲役15年の判決を受けた。法廷で明らかにされたのは、少年の「無援の日々」だった。裁判長は問うた。大人は救いの手を差し伸べられなかったのですか。

 事件があったのは、昨年3月26日正午ごろ。少年は埼玉県川口市のアパートに暮らす祖父母を包丁で刺すなどして殺害し、母親(42)=強盗罪などで服役中=と共謀して現金約8万円やキャッシュカードなどを奪った――とされる。
 昨年12月に6回開かれた裁判員裁判で、検察と弁護側の冒頭陳述や少年、母親の証言で明らかにされた事件までの経緯はこうだ。
 小学4年。
 生活が大きく変わった。別居を続けていた母親と父親が離婚。少年を引き取った母親は知人男性から金銭的な支援を受けるかたわら、ホストクラブ通いを続けた。1カ月帰宅しないこともあった。「捨てられたかと思った」。少年は弁護人から問われて答えた。
 ■公園に寝泊まり
 5年生になると、母親が交際する別の男性と3人で静岡県内へ。学校に通ったのは2カ月間。その後、住民票を静岡に残したまま埼玉県内などを転々とし、自治体も居場所を把握できなくなった。
 金があるときはホテルに泊まり、ないときは公園で野宿をする生活。男性からは理由もわからないまま、暴行を受けた。
 ■「殺してでも金を」
 中学校にも行かなかった。この間に13歳年下の妹ができた。母親は少年に親戚に金を無心するよう強く求めるようになった。「中学で野球部に入って道具が必要なんだ」。少年は、うそを重ね、実父のおばから現金400万~500万円を借りた。
 男性が失踪すると、母親は少年への依存を強めた。
 16歳だった少年は母親と2歳の妹を養うために塗装会社に就職し、会社の寮に家族で住み込んだ。浪費する母親からせがまれて給料の前借りを始めると、「(相手を)殺してでも金を持ってこい」と母親にたびたび言われるようになった。給料の全てが前借りの穴埋めに充てられるようになった。
 そして事件当日。
 「殺してでも金を持ってこい」。母親はこの日も自身の父母から金を借りてくるように迫った。1人で祖父母宅に行ったが、祖父に強い口調で断られた。「母親から言われた言葉を思い出した」。法廷で少年はそう振り返った。証人として出廷した母親は「殺害は指示していません」と言った。
 殺害以外に方法があったのではないか。
 検察側に問われた少年は「それ以外、考えられなかった」と言った。弁護人が「昔から母親の指示に従って生活しており、自ら考えて行動することができなかった」と言葉を継いだ。少年は母親と目を合わせようとしなかった。
 一番の味方であるはずの母親に追い詰められ、肉親から嫌がられながら借金を重ねた。少年の親族に裁判長は言った。「あなただけではないが、周りに大人がいて、誰かが少年を助けられなかったのですか」。少年の情状証人に立ったのは10年以上前に別れた実父だった。
 懲役15年――。
 判決を言い渡した裁判長は前を向く少年に「君のことを思う人と一緒に、社会に帰ってくるのを我々も待っていようと思う」と語りかけた。少年は「はい」と、小さな声で答えた。この日、判決を不服として東京高裁に控訴した。
 正月、少年に年賀状が1通届いた。事件の弁護人からだった。「年賀状をもらうのは小学校以来。うれしかった」。少年は差出人の弁護士に笑顔を見せたという。 (高橋克典)」(2015/01/08付「朝日新聞」p34より)

祖父母が、娘にそそのかされた孫に殺される、という悲劇・・・。
自分は主犯は母親だと思うが、この母親は息子と同じ強盗殺人ではなく、単に強盗だけで起訴され、懲役4年6月の判決だったという。子どもの頃から親の道具として使われてきた息子。確かに2人を殺した罪は重いが、主犯の母親との量刑の差に違和感を覚える。
それにしても、親と子の関係の事件は多く、いかにその関係が難しいかが分かる。

先日、正月の挨拶に、ヨメさんが孫を連れて遊びに来てくれた。1歳を過ぎたばかりの孫は、髪の毛も増えて、女の子らしくなってきた。その成長は目を見張るばかり。今回来た時も、最初は、母親の胸に、まるで赤ちゃん猿が母猿の胸にひっついているように離れなかったが、徐々に慣れてくると、一人で歩き出した。
昔の我が家のことはもう忘れてしまったが、この孫と母親との姿を見るにつけ、赤ん坊の後に母親が居なかったら、どんなにか精神が不安定になるか・・・と思い、改めて母親が子どもにとって絶対的な存在であることを感じた。
そして、その絶対的に信頼している母親から、「(相手を)殺してでも金を持ってこい」と日夜命令されていた今回の事件。
逃げ場所の無い子供は、親によってどうにでもなってしまう。殺人者にもなってしまう・・・。
しかしその背景を見るにつけ、今回の裁判での母親の罪状がどうも腑に落ちない・・・。

話はまたまた飛ぶが、先日、カミさんが「これは短編なのですぐに読める」と、図書館から借りてきた小池真理子の「怪談」の「幸福の家」というところを読めと言う。自分は気が弱いので、ホラー物には近付かない。タイトルが「怪談」なので、躊躇したものの、命令には逆らえない・・・。読むと、どうってことのない展開・・・。でも最後は、背筋がゾゾッと・・・
ここで描かれている親子も、平和な家庭の父親が、知人の借金の保証人になったばかりの家庭の崩壊。そして父親による一家心中・・・。

「親と子の関係」について、つい考えてしまう。子どもがそれなりの年齢になれば、親から独立、が普通。しかし、そんな簡単には行かない家庭がたくさんある。子どもの引き籠もりの家庭も多いと聞く。
どれも、周囲や社会がそれらに気付き、支援の手を差し伸べられないか・・・だ。
まさに裁判長が、主犯の母親の実姉(伯母)に対して「あなただけではないが、周りに大人がいて、誰かが少年を助けられなかったのですか」と言っていた言葉が沁みる・・・。
「親と子」について、改めて色々と考えさせられてしまった事件であった。

150110tori <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

昔から親に放棄された子供っていましたね。私の小学校の同級生だった女の子は中学時代は救護院、15歳から多分一人で生活、18歳で自殺してしまいました。息子の同級生は酒乱の父親と中学までは暮らし、その後暴力団の組員になってしまいました。数年後に出会った時、指が何本か詰められていたそうです。
この罪を犯した少年の祖父母は保護者として責任がないのでしょうか。普通に生活をしていたのなら極道の娘から引き離して育ててやろうとは思わなかったのでしょうか。親としての自覚のない娘を育てた祖父母もまた人間として失格の様な気がします。こういう子供を救う手だては誰でもいいから見つけた人が行政に訴えることだと思うのですが、怖かったのでしょうか。
この少年が優しい人に見守られて幸せになれるように願わずにはいられません。

【エムズの片割れより】
親戚中が遠巻きにしていたようですね。
しかし刑期を終えても、こんな母親が付きまとうと、更生できませんよね。親子の縁を切ることから、新しい人生が始められるのでしょうが、血でつながった二人の縁を心配します。

投稿: 白萩 | 2015年1月11日 (日) 17:31

親族に問いかけた裁判長の問いは、私も考えさせられました。

彼の親族だけでなく、彼の住んでいる町内、街には、これだけ沢山人がいて、どうして誰もこの家族に手を差し伸べられなかったんだろうと思います。
この場合、家庭を仕切る母親が、あるいは子ども本人が、人との距離を作らざるを得ないほど寂しくて、引きこもっていたり攻撃的に荒れてしまっていたとしても、どうしてそうなってしまったのか、誰かが痛みを分ち合い、自分の時間を母親ないし子どもに寄り添わせることをしなければ、抜け道がなかったのではと思います。
ここまできたら周りも困難だろうけれど、親族だけの問題と思えないです。

もちろん、自分と他人との境界を守らなければ、一人ひとりの生活や自分の喜びに向き合う事は、本当の意味では成し遂げられないでしょう。
この家族の問題はとても大きくて時間もかかるでしょう。家族が外との繋がりをシャットダウンすれば手を差し伸べるのは困難だし、一緒に寄り添って考える側も、精神的にも時間的にも重いものがのしかかると思います。

世間には、当然問題のある人に対し、それなりの理由があっても見捨てると認識している人もいれば、向き合う事が苦にならなかったり、義務と認識している人もいます。
良い悪いではなく、もっと人が関わり、後者に繋がれる状況が当たり前になればいいと思っています。

それでも、自分に出来る事は、相手の表面も内面もよく観察し、何かあれば自ら声をかけ、共に考える……こういうやりとりしかできないのでしょう。

【エムズの片割れより】
DVの子どもも、親から家庭内の問題、と言われてしまうと、外部からはなかなか手が出せないようです。なかなか難しい問題ですね。

投稿: 通りすがり | 2015年1月14日 (水) 13:32

この事件の本当の被害者は、この少年だと思います。
どんな事情があれ、この祖父母殺害が悪いというのなら、それと同じくらい、この少年を放置した祖父母の責任も重いと思います。
それこそ、どんな事情があれ、虐待されている孫を救うべきだったと思います。
殺された時に感じた祖父母の苦痛と、少年が長年受けてきた苦痛、どちらが地獄だったかなんて、すぐ分かります。
大人が苦痛を受けたのではなく、小さな子供が、苦痛を受けたのです。
この祖父母が生きていて、少年が保護されれば、祖父母だって保護責任者遺棄ではないか。
少年から見れば祖父母は加害者では?
検事、裁判官の方には、その事をよくよく考えてほしと思います。
そして寛大な対応をしてほしいです。

【エムズの片割れより】
このケースの場合「正当防衛」という考え方は無いのでしょうか・・・。自分が生きるためにパシリをやり、それが行き過ぎたパシリだった・・・
結果的に「殺した」という事実だけが残ってしまって・・・
とにかく、このようなことが二度と起こらないように、社会が変わって欲しいものですね。

投稿: 育児奮闘中母 | 2015年9月 4日 (金) 23:43

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