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2014年12月の26件の記事

2014年12月31日 (水)

大晦日に・・・「平成落首考」

今日は大晦日。2014年もあと数時間で暮れる。
先日の新聞に、(自分は好きだが作れない)川柳の記事があった。

平成落首考 2014年後半 西木空人
 「電柱で鳴くはふるさと持たぬ蝉(せみ)」「列の蟻(あり)忙しそうな振りのヤツ」。動物に託して人間社会のあれこれを連想させる。川柳の得意技のひとつです。
 感電した仲間をとことん介抱するように見えるサルの姿が、テレビで話題を集めました。「蘇生さす猿の赤ひげ腕確か」。一方で大学病院の同一医師の手術を受けた患者が、高い割合で術後に死亡していると報じられた。
 コトは医療に限りません。いったい人間はどうなっているのか。朝日川柳掲載句を拾いながら、この半年の世相の一端に触れます。
   × × ×
 「キリギリス蟻を嫉妬す定年後」。最後に笑うのは、コツコツ努力した蟻である。日本の学校では長く、そう教えられてきました。
 けれど道徳観とは変わるもののようです。「景気さえ良くなりゃそれでみんな良し」といった割り切りが、昨今のリーダー層には色濃い。
 つまりは「あるところにはあるという時代なり」「来年も今年のようにとお金持ち」。
 表立った政治献金も再開されました。「堂々と金目でしょうと経団連」。でも「世間ではそれをワイロと呼ぶんです」と川柳子は筋目を重んじます。
 「はしゃぐのは株式だけの秋祭り」「原発で地方創生カネしごと」。首相はしきりにデフレ脱却を唱えますが「インフレの良さが分からず呻吟(しんぎん)す」。
 「生涯をハケンせむとて生まれしや」「介護費詰めて看取(みと)る骨皮」と嘆いても、川柳子は声高にはなりません。11月末の句に「万両が毎年届くこの季節」。ささやかな庭の情景です。
   × × ×
 声高にあらず。しかし川柳子には、「斜め読み」する癖もある。「徘徊(はいかい)に行ってきますと出る散歩」のように。
 ノーベル平和賞のマララさんを心から称(たた)えつつも「すべての子に教育しても殺しに出」と気を巡らせる。
 物理学賞の天野教授がチャレンジ精神の大切さを説けば「しなくてもよいチャレンジもあり」。祝賀パーティーでのダンスのことですね。
 女性の地位向上を唱える首相の言葉も、一歩引いて評します。「輝ける女性の夫になるが夢」
 衆院選投票日を前に「絵に描いた餅を食うから焼いてくれ」と求めました。「政治は人なり人はウソつく」という前提なのです。
   × × ×
 「お隣に今も生きてる不敬罪」。韓国の政権は内憂外患、大変なようです。
 「苦虫を表に出してする握手」「それでいいなら何でいまごろ」。これは日中関係。
 「なぜ停戦できぬと激論よその国」。8月、パレスチナ自治区ガザでの応酬に際しての句です。外交の属性はたぶんこの辺りに存する。
 中間選挙で米民主党が大敗しました。「この度は言えず憂い勘働かず」(イエス・ウィ・キャン!)。それを受けた同じ11月7日の句が「オバマにならぬうちに解散」。衆院選を予見し、首相の胸のうちを測ってみせました。
 「日本にも格差進めばナッツ姫」も予見、警告でありましょう。
   × × ×
 「弱き犬吠(ほ)え吠えあとに下がるなり」。弱き犬とは、新聞・テレビに違いない。「このままじゃマスコミ多弱の仲間入り」という句もあった。政権追随の傾向が目立つ、との指摘です。「権力にもの申さねば価値はなし」「いいのこれメディアと首相食事会」
 朝日新聞の問題をめぐって、たくさんの句が寄せられました。あえてひとつ挙げれば「猿にでもできる程度じゃ明日は無い」。ハンセイなどという甘い言葉は、およそ通用しますまい。
   × × ×
 「人間の出没最多と熊ニュース」。いろいろな立場からモノを見ることが大切です。
 「年寄りをだます詐欺の世続く世よ」。オレオレ詐欺の被害額は史上空前。熊だってこれほど非情ではない。
 ただし、自分を茶化(ちゃか)すユーモアも豊かに持っているのが人間、でもあるのです。「オレだオレ 女房無言で電話切り」のように。
 ほどなく新しい年が訪れます。祈念の一句です。「欲言わん穏やかな四季順に来い」
 (「朝日川柳」選者)」(2014/12/29付「朝日新聞」p8より)

これらの句をじっくりと読むと、今年も色々あった。良い年だったかと問われると、なかなか力強い返事が返せない・・・。世間も個人も・・・
でもまあ、年末を無事に迎えられたことだけでも、ラッキーなのかも・・・

定番ですが、良いお年を・・・

141231sand <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月30日 (火)

「ゴリラの行動の話」~京大総長・山極寿一氏の話

先日、NHKラジオの日曜カルチャー「人間を考える」で、ゴリラ研究の第一人者の山極寿一氏の話を聞いた。氏は、昨年の京大の総長選で、総長就任による研究の停滞を心配した仲間から、投票反対運動が起こったのは記憶に新しい。
氏の話は、前に「目は囗ほどに…大切な対面」(ここ)という記事で書いたことがあった。

この番組も、そんな内容も含む面白い話であった。人間とゴリラの関係は、ゴリラと猿との関係よりも近い。
猿の社会では、必ず相手よりも強いか弱いかを瞬時に決める必要があり、目が合った時に決まる。目を逸らさなければ争いが始まる。そして強い者が食べ物を独占する。
しかしゴリラ(チンパンジー、ボノボ)の世界では、目(特に白目)の状態で挨拶をしたり会話をしている。そして、食べ物も、弱いメスからねだられると、分けてしまう。そして皆で輪になって食べる。まさに人間と同じ・・・
今日はゴリラの行動の話だった。
普段は、通勤の途中で聞き流しているラジオの番組だが、この番組は面白くて、つい2回聞き直してしまった。

<カルチャーラジオ・山極寿一氏の「人間を考える」>

★この番組の全部(60分)をお聞きになる方は(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。

カルチャーラジオ 日曜カルチャー「人間を考える~人間へのメッセージ」(1)講師:山極寿一>~2014/12/7放送
各界の著名人に、豊かな人生経験の中から、様々な感動や発見のエピソードを通して、人間のすばらしさや生きる力等について語っていただく連続講座。12月は「人間へのメッセージ」、<動物から人間へ>をテーマにします。動物の世界に深くかかわってこられた4人の方々をお招きし、それぞれがどのように動物とかかわるようになったか、日ごろ動物とかかわりながら、「人間」がどのように見えてきたか、「動物」から見た「人間世界」や「人間の素晴らしさ」について語っていただきます。

講師:山極 寿一(やまぎわ・じゅいち) 
京都大学学長。1952年東京生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。カリソケ研究センター客員研究員、(財)日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手を経て、理学研究科教授。専攻はゴリラの社会進化と生態学的適応、ゴリラとチンパンジーの種間関係や霊長類から見た家族の起源とホミニゼーション(人間化)。著書に「森の巨人」「ゴリラとヒトの間」「家族の起源 父性の登場」など多数。10月から京都大学学長(総長)に就任。 」(
ここより)

どれだけの視聴率があるのかは知らないが、NHKのラジオ講座は、なかなかに面白い。

141230chikyu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月29日 (月)

「インフルエンザ、予防接種したのに…」

今日のTVニュースで、宮崎市高岡町の養鶏場で高病原性鳥インフルエンザ(H5亜型)が確認され、200人がかりで約4万2千羽を殺処分したと言っていた。
鶏に身になってみると、何ともはかない命だ。それほどウイルスは怖い・・・

先日の新聞にインフルエンザの予防接種の記事があった。
インフル、予防接種したのに…
ウイルス、毎年マイナーチェンジ 症状を軽減、「感染しない」は誤解
 例年より3週間ほど早く流行期が始まったインフルエンザ。予防ワクチンを接種したので自分はかからないと安心している人がいたとしたら、それは誤解だ。今シーズンはワクチンを部分的に変更し、効果の改善が期待されているが、それでもまったく感染しないわけではない。油断は禁物だ。

 国立感染症研究所は全国約5000の医療機関から週間の患者数の報告を受けており、それが平均で1機関当たり1人を超えると全国的な流行と判断される。今シーズンは11月24~30日の週で1.9人と初めて1人を超えた。12月1~7日の週で3.49人、8~14日の週で7.38人と増え続けている。通常は年明け1~2月にピークを迎える。
 予防接種をしたのにインフルエンザにかかってしまった。こんな体験をした人もいるだろう。日本のインフルエンザ用ワクチンは感染を完全に防ぐためのものではない。予防接種をしてもかかることがある。
 ではなぜ接種するのか。それは、症状をある程度軽減したり、重症化するのを抑えたりする効果が期待されているからだ。インフルエンザでは慢性呼吸器疾患や糖尿病などの基礎疾患を抱える人や免疫力が低下している人、高齢者や子どもが重症化する恐れがある。
効率より効果優先
 他の病気のワクチンと違い、インフルエンザでは予防接種を毎年する必要がある。感染研・感染症疫学センターの砂川富正第二室長は「ウイルスが突然変異でマイナーチェンジを毎年のように起こすから。細胞とくっつくたんぱく質などが変わり、ワクチンが効きにくくなる」と説明する。
 重症化などを改善する効果は、どの種類のウイルスをもとにワクチンを作るかなどによって変わる。今シーズンの日本のワクチンについて、感染研の小田切孝人インフルエンザウイルス研究センター長は「日本は効果を優先した。効き目の改善が期待されている」と話す。一部の種類で海外は製造効率の高いものを採用したが、日本は効き目を狙って別の種類を選んだ。
 製造に使う種類は事前に流行を予測して決める。製造に何カ月もかかるため、日本では前のシーズンが終わる前の3月下旬までに選ぶ。その後に情勢が変化しても修正できない。予想と流行がずれれば、効果も低下する可能性がある。
141229infuru1  インフルエンザウイルスはA、B、C型に大別される。大きな流行の原因となるのはA型とB型でそれぞれ種類がさらに分かれる。A型では近年、H1N1とH3N2(A香港型)だ。2013~14年にかけての日本の昨シーズンは、調べたうちの4割以上がH1N1で、次いでB型、H3N2の順だった。だが流行の比率はシーズンによって変わり世界共通とも限らない。
 日本のワクチンはH1N1、H3N2、B型の3種類を組み合わせて作る。ただ、同じH1N1でも様々な種類があり、それがうまく流行と合わないと効き目が弱まる。近年、特に効果の低下が問題になっていたのがH3N2だ。製造に使う鶏卵でウイルスが増殖しやすいようにする過程でわずかな変化が起きていた。
 そこで今シーズン向けではH3N2の中であまり変化しないものを探し、日本は従来から変更し、「ニューヨーク/39/2012」という種類を選んだ。
 今シーズンの流行は今のところほとんどがH3N2だ。このまま主流になるとは限らないが、一般にH3N2は高齢者が重症化して肺炎になる恐れが比較的高いとされる。小児が重症になって脳症を発症するケースも含め、重症化を抑えるのに役立つ可能性がある。
 一方、B型はビクトリア系統と山形系統という2種類のウイルスが候補だが、両方とも流行するなど予想が難しい面がある。日本の来シーズン向けにはB型を2種類とも採用し、計4種類で作るワクチンに変更する準備が進んでいる。
手洗いなど総力戦
 ワクチンは重い急性疾患を持つ人などは接種をしない方がよい場合もある。また、接種141229infuru2 による副反応が起きる例もある。かかりつけ医と相談して接種するかどうか決めることも大事だ。砂川室長は「ワクチンを接種したから大丈夫ではなく、手洗いをするなど総力戦で対応して」と話し、他の予防策の大切さも強調する。
(編集委員 賀川雅人)」(2014/12/26付「日経新聞」夕刊p7より)

自分も先日、今年のインフルエンザの予防接種をした。
振り返ると、ここ10年来、ずっとインフルエンザの予防接種をしてきたのだが、昨年からカミさんがやらなくなった。それまでは、カミさんがアレンジして、接種料が安い医院を探し、強制的に接種をさせられていたのに・・・
聞くと、老人ホームに行くときに、インフルエンザを持ち込んではいけないと思ってしていたという。それが、お袋が亡くなったりで、その必要が無くなったので、しなくなったという。
しかし自分の場合、65歳以上は2200円だということもあり、近くの医院で自分だけ受けている。しかし、2日ほど調子が悪かった。まさにそこで貰った注意書き通りの、倦怠感と熱っぽさ・・・。しかし、こんな副作用をしてまでも、受けるべきか・・・と疑問に思った。

上の記事とダブルが、インフルエンザの予防接種の効能について、厚労省のサイトにはこうある。
Q.18: ワクチンの接種を受けたのにインフルエンザにかかったことがあるのですが、ワクチンは効果があるのですか?
インフルエンザにかかる時はインフルエンザウイルスが口や鼻から体の中に入ってくることから始まります。体の中に入ったウイルスは次に細胞に侵入して増殖します。この状態を「感染」といいますが、ワクチンはこれを完全に抑える働きはありません。
 ウイルスが増えると、数日の潜伏期間を経て、発熱やのどの痛み等のインフルエンザの症状が起こります。この状態を「発症」といいます。ワクチンには、この発症を抑える効果が一定程度認められています。
 発症後、多くの方は1週間程度で回復しますが、中には肺炎や脳症等の重い合併症が現れ、入院治療を必要とする方や死亡される方もいます。これをインフルエンザの「重症化」といいます。特に基礎疾患のある方や御高齢の方では重症化する可能性が高いと考えられています。ワクチンの最も大きな効果は、この重症化を予防する効果です。

※平成11 年度 厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症研究事業「インフルエンザワクチンの効果に関する研究(主任研究者:神谷齊(国立療養所三重病院))」の報告では、65 歳以上の健常な高齢者については約45%の発病を阻止し、約80%の死亡を阻止する効果があったとされています。

以上のように、インフルエンザワクチンは、接種すればインフルエンザに絶対にかからない、というものではありませんが、ある程度の発病を阻止する効果があり、またたとえかかっても症状が重くなることを阻止する効果があります。
ただし、この効果も100%ではないことに御留意ください。

Q.30: インフルエンザワクチンの接種によって引き起こされる症状(副反応)にはどのようなものがありますか?
・・・全身性の反応としては、発熱、頭痛、寒気(悪寒)、だるさ(倦怠感)などが見られます。接種を受けられた方の5~10%に起こり、こちらも通常2~3日でなくなります。」(
ここより)

またこんな記載もある。
「インフルエンザ予防接種の有効性は世界的にも認められています。我が国においても高齢者の発病防止や特に重症化防止に有効であることが確認されています。
 65歳以上の高齢者に対して行った調査では、予防接種を受けないでインフルエンザにかかった人の34%~55%は、予防接種を受けていればインフルエンザにかからずに済んだこと、また予防接種を受けないでインフルエンザにかかって死亡した人の82%は、予防接種を受けていれば死亡せずに済んだことが報告されています。」(
ここより)

そう言えば、前に予防接種をしたのにインフルエンザにかかったことがあった。その時も「接種を受けたから、これ位で済んでいるんだ」と医者に言われたっけ・・・
その効果は、結果として比較できないので分からない。安心料か・・・。しかも自分の場合、その10%に入る副作用を覚悟して・・・

それにしても、この冬は、早くも1週間ほど風邪で微熱が出たり、腹風邪?で2~3日腸炎を起こしたり・・・。その時にしみじみ思った。「何もない」状態がいかに有り難いことか・・・
カミさんに幾ら言われても、マスク大キライ人間を押し通している自分だが、この接種がキチンと働いてくれることを祈ろう。65歳以上では、5割の人がインフルに罹らず、8割の人がインフルで死ぬのを避けられるそうなので・・・。

141229namae <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月28日 (日)

NHK「プロフェッショナル」~バスケットボール部監督・井上眞一

今日(2014/12/28)のスポーツニュース。
高校女子バスケット 桜花学園3連覇で2年連続3冠
141228ohka ウインターカップ 全国高校バスケットボール選抜優勝大会第6日(28日・東京体育館)
 女子決勝で桜花学園(愛知)が昭和学院(千葉)を72―67で下して3年連続20度目の優勝を果たし、昨年に続いて全国高校総体、主力として出場した国体との3冠を達成した。」(
ここより)

実は、高校女子バスケットボールなど、自分はまったく興味が無かった。それが先日のTV番組を見て以来、新聞のスポーツ欄に「桜花学園」という見出しを見付けてから、気になりだした。
その番組は、NHK「プロフェッショナル」。先日、「洋菓子職人・橫溝春雄」(ここ)を見てから、この番組に興味を持ち、ついでに録画してあった、同じく「バスケットボール部監督・井上眞一」(2014/11/24放送)を見た。これも凄かった・・・
(再放送:2015年1月5日(月)午前1時25分~午前2時13分 NHK総合)

NHKのサイトの解説にはこうある(ここ)。
NHK「プロフェッショナル」
勝利は、信頼でつかみ取る 高校女子バスケットボール部監督・井上眞一

王者を育てる、おじいちゃん
毎年選手が入れ代わる、高校スポーツの世界では、チームが強さを維持し続けることは非常に難しい。だが、その常識に反して、約30年にわたり高校女子バスケットボール界で「絶対王者」として君臨する高校がある。愛知県名古屋市にある桜花学園高等学校。そのバスケ部監督が、井上眞一(68)だ。
井上の指導者としての成績は、図抜けている。全国4,000校がひしめく高校女子バスケットボール。その3大大会と言われる、夏のインターハイ、秋の国体、そして冬のウインターカップ。それらの大会で井上は、過去29年でなんと56回の全国優勝を誇っている。単独の監督でこれほどの全国優勝している例は、ほかにない。

信頼の上の、厳しさ
練習は週6日、夕方4時15分から夜7時30までの約3時間のみ。強豪校の多くは朝練をするが、ここは体育館が住宅街にあるため、放課後の3時間で全てを教え込む。バスケットボール部の部員は総勢24人。中学では全国大会に出場するトップレベルの選手たちが集まっている。だが、井上の指導の特徴は、徹底して基本をたたき込むことにある。ドリブルする141228inoue 際のボールのつき方、パスをする際の重心移動から、レイアップシュートの基本動作まで、とにかく基本を徹底させる。さらに、練習時は常に本番の試合を想定して行われるため、井上は選手たちに、極度の集中力と緊張感を求める。そのため、コートにはいつも井上のどなり声がこだましている。一見、井上と選手たちの距離感は遠いようにも見えるが、真実はそうではない。
練習が終わって、併設する寮に戻ると井上は人が変わったように笑顔になる。選手たちも井上を「おじいちゃん」のように慕い、ため口で会話をするようにもなる。井上は言う。「選手が自分のほうを向くように距離感を縮めて、自分の子どものようにかわいがりながら、なおかつ厳しくする。信頼関係を構築していくことは、選手の力を最大限引っぱり出すためには、絶対必要なものだと思っています」。選手との信頼関係を築くことができるのは、ひとえに井上の人間力に尽きる。実は井上はコートの上では「怒ったふり」をしているのだと言う。コートでは、選手のやる気を掻き立てるために緊張感を持って怒ったふりをする。しかし、コートを一歩離れると「おじいちゃん」に変貌できてしまうのは、怒ったふりをしているからなのだ。

ひとりも、脱落させない
桜花学園のバスケ部は全寮制。井上が決めたルールはたったひとつ。門限が22時、それだけだ。ここでは1年生が上級生より先にごはんを食べることも珍しくない。部活動でありがちな、上下関係が一切ない。部屋も1年生から3年生までが混じる相部屋。井上は、むやみな上下関係や厳しい規律を求める声には、それが体罰につながると断固反対している。『「そういうふだんの態度だからプレーがうまくいっていないんだ」とかを言いがちなんですね。僕はそれは反対で、一生懸命やる、ひとつのことを一生懸命やることができる人間っていうのは、僕は必ず人間的に成長していくというふうに信じています』。勝利に導く指導力が、語られることが多い井上。だが井上が最も心を砕いてきたのは、そのことではない。バスケットボールが好きで、上達したいとやってきた選手を、1人たりとも脱落させないこと。事実、井上が監督に就任して以来29年、特殊な事情を除けば、退部した生徒は出ていない。

日々、本番の試合を想定した練習を課す井上だが、その内容は毎日変わり続ける。選手たちが今、どのレベルにいるのか、そして次のレベルへ到達するためには何が必要なのか考え続け、そのつど練習メニューを修正し、新たな方法を模索する。それができるのも、バ141228inoue2 スケットボールに関する井上の膨大な知識があってこそ。井上は、練習時間以外は自宅でバスケットボールの戦術研究をしている。バスケットボール界屈指の理論家として知られる井上は、常に最新のバスケットボール理論に精通している。本場アメリカのコーチングに関する書籍や、NBAや大学リーグの試合を見て、高校生に応用できる戦術はないか、日々研究している。「勝ちたいだけじゃ勝てない。勝つための準備をいかにするか。」それが井上の仕事術だ。戦術研究のたまの息抜きは、もっぱら映画鑑賞。無類の映画好きである井上は、特にラブロマンスを好む。お気に入りは「シェルブールの雨傘。」曰く、「ハッピーエンドは好きじゃないです。最後ダメになるやつが好き。」」(NHKのここより)

氏のスタートは、学生時代のバスケットの選手だったときの、理不尽な上下関係にあったらしい。だから体罰につながる上下関係を廃しているという。
確かに、スポーツの実戦では、1年生だから、3年生だから、と言うより、各選手の実力で勝敗が決まる。だから、上下関係を廃したからといって、それによってチームの実力が左右されるとも思えない。なるほど・・・。

総勢24人の部員は、自分から志願してきた少数を除いて、井上監督が全国の中学から集めているらしい。野球を始め、どんな競技も、各高校が選手の発掘と育成を行っているが、社会人チームと違い、選手は成長と共にどんどん交代していく。そんな世界で、常勝チー141228ohka1 ムを維持していることのすごさ・・・
井上監督は、「選手の人生を預かっている」という。そんな意識からか、決して現状に満足はせず、各人の将来を見据えて、より強くなるために選手たちに個別のチャレンジをしていく。だから、目が届く範囲は限られているため、現チームの20人程度が限界だと言う。
厳しさと暖かさ・・・。
スポーツの世界に限らず、どんな世界でも、「育成」という観点では、井上監督のスタンスは、その成果に裏打ちされた説得力がある。
この番組では、2014年10月21日の「第69回国民体育大会」での優勝までが取材されている。そして今日、それに続く「第45回全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会」(ウインターカップ)にも優勝したということ。まさに敵無し・・・。

言うまでもなく、チームは「人」。その「人を育てる」のは、何よりも難しい。井上監督の育成のスタンス(方法)は、どんな世界にも通用するのではないかと思いつつ、見た番組であった。(1月5日に再放送があるので、良かったら見て下さい)

141228machiawase <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月27日 (土)

お薦めの「歴史・時代小説」ベスト10

正月休みに入ったので、意を決して「壬生義士伝」を読み始めた。この小説は兄貴の推薦で、いつも「読んだか?」と言われるので・・・
そう言えば、前にお薦めの歴史小説のベスト10があったな・・・と思って探したら、9月の日経「何でもランキング」の記事が見つかった。自分の備忘録としてメモしておく。

歴史・時代小説でタイムトラベル
 読書の秋、この連休はお気に入りの1冊を手に、時空を旅する気分を味わってはいかがだろう。数ある小説のジャンルでも、人気のある「歴史小説」「時代小説」から現役作家の作品でお薦めを専門家に聞いた。
 歴史小説は過去の時代を舞台に、その時代の様相を描こうとする小説をいう。時代小説は古い時代の事件や人物に題材をとった通俗小説をいう。史実にどのくらい忠実であるかという度合いで区分される。
 設定によっては過去に例のない作品が次々と現れやすい分野でもある。今回はいま活躍している作家に限ったため、より趣の新しい作品がランキングに登場した。
 調査では全部で98の作品が推された。主な舞台となる時代は、「江戸」(50%)と「戦国~安土桃山」(33%)が多い。昨年、何でもランキングで「日本史に夢中になれる本」で作家が存命中か否かにこだわらずお薦めを専門家に聞いた。その時に比べると戦国時代がおよそ2倍となった。
 「江戸」はほぼ同じ割合だった。だが昨年は幕末が中心で全体の41%だったのに対し、今回はわずか8%だった。
 八重洲ブックセンターの内田俊明さんは「戦国時代は題材が豊富。一方、幕末はテーマが限られ、良作はでるが点にすぎず線にならない」と最近の状況を読み解く。かつての作家が書きつくした感もある幕末では、新しいテーマを見いだすのも難しいのかもしれない。
 だが過去の作家とはちがう視点で果敢に挑む作品はどんどん生まれている。目に留まった1冊から歴史に親しんでみてはいかがだろう。

1位 村上海賊の娘 和田竜 485ポイント
 波打つ海に浮かぶ船と船の間を、弓矢やもり、火縄銃、ほうろく玉(爆弾)が飛び交い、海賊が躍動する――。現在の広島県と愛媛県の間の瀬戸内海の島々を拠点とする「村上海賊」の当主の家に生まれた勇猛な女性「景(きょう)」。彼女を主人公に、大活劇が繰り広げ141227murakami られる。織田信長による本願寺の一向宗門徒攻略戦の中で、現在の大阪湾に結集した海賊船同士の逆転に次ぐ逆転の合戦場面は思わず引き込まれる。
 信長を除くと、一般に有名とは言えない登場人物が多い。だが主人公と仲間はもちろんのこと、敵側にいる海賊や武士の心情や立場も細かく描かれ、群像劇としても優れている。歴史ファンならずとも楽しめる。
 合戦の大胆な描写の一方で、「信長公記」など多彩な史料を引用して海戦とその背景の大名たちの勢力情勢などを解説し、一見、荒唐無稽な物語に現実味をもたせた。(1)新潮社(2)上下各1728円
逆転に次ぐ逆転 合戦シーンに興奮!!
・「海戦を扱った小説は少なく、その代表となるだろう作品。女性の主人公はこびることも愛に溺れることもなく、容赦ない」(母袋幸代さん)
・「出てくる方言に驚いた。よく書き分けたと、感心した」(加来耕三さん)

2位 剣豪将軍義輝 宮本昌孝 300ポイント
 室町幕府末期の将軍、足利義輝の活躍を描く。義輝は剣の達人とされた塚原卜伝の指導を受け、歴代の征夷大将軍の中でも最も武術に精通した人物だったという。初陣で敗戦141227yoshiteru の辛酸をなめ、その後に剣の奥義を究めようと修行に励み、畿内・阿波の国の戦国大名だった三好長慶と何度も戦を重ねた。
 織田信長ら有力戦国大名の陰に隠れがちだからこそ、義輝の活躍は新鮮だ。彼の遺児を主人公に、本作のその後を描く小説「海王」も刊行されている。(1)徳間書店(2)上710円、中741円、下771円(新装版)
壮絶な生きざま 涙…そして涙
・「将軍でありつつ1人の剣豪として生きた足利義輝の壮烈な生きざまにただ感涙。最後の圧倒的な迫力に感動」(安本朋幸さん)
・「義輝が剣で研さんを重ね、将軍の風格を備えていく姿が爽快。躍動の戦闘シーンや情感あふれる人間ドラマなど読み応え抜群だ」(辰本清隆さん)

3位 壬生(みぶ)義士伝 浅田次郎 290ポイント
 南部藩を脱藩して新撰組に加わった武士、吉村貫一郎が過酷な運命の中、妻子への愛と義に殉じていく姿を描く。いきなり主人公が切腹を決意する悲壮な場面から物語がひもと141227mibugisi かれ、以降は幕末と後世に生き残った新撰組隊士ら関係者への聞き取り場面が交互にあらわれるという凝った構成だ。読み進めるうちに少しずつ、主人公の生きざまや抱いていた思いが浮き彫りになっていく。(1)文芸春秋(2)上下各724円(文庫版)
愛と義に生きた新撰組隊士
・「幕末に流れていた空気を、新撰組の群像を通して体感できる。主人公の家族を思う切ない生き方は現代人の共感も呼ぶのでは」(田河慶友さん)

4位 蜩ノ記(ひぐらしのき) 葉室麟 205ポイント
 江戸時代、九州の豊後を舞台にした時代小説。主人公の武士、戸田秋谷は無実の罪で141227higurasi 10年後の切腹を決められて幽閉される。過酷な運命に負けず、命じられた家譜編さんを黙々と続ける。「蜩ノ記」は主人公が書く日記の名前で、懸命に生きるヒグラシに自らを重ねている。人はどう生きていくかという普遍的なテーマを問いかける。10月4日に映画公開。(1)祥伝社(2)741円(文庫版)
命の期限にどう向き合うべきか…
・「切腹を命じられつつもまっすぐに生きる主人公が胸を打つ。日本人の原風景だ」(倉田裕子さん)

5位 野望の憑依者(よりまし) 伊東潤 195ポイント
 鎌倉時代末期から南北朝時代、足利家の執事だった高師直(こうのもろなお)の活躍を141227yabou 描く。既存の価値観にとらわれず、粋な服装を好む「婆娑羅(ばさら)」としても名をはせた。冷めた目で敵を徹底的に排除していく野望に満ちた生き方がスリリングだ。(1)徳間書店(2)1782円
稀代の悪人、見参!
・「注目の歴史作家が、稀代(きだい)の悪人を新解釈で魅力的に描いた」(内田俊明さん)

6位 光秀の定理(レンマ) 垣根涼介
 敵城に至る道は4つあり、うち3つには伏兵が潜む。2つの道までは伏兵を見極め、残る道は2つ。無人の道を行ける可能性は本当に50%か――。謎めいた問いかけが主題を表す。明智光秀が主人公の戦国物語でありつつ数学の確率論を考えさせる。「新しい光秀像を見せてもらった」(三瓶ひとみさん)(1)KADOKAWA(2)1728円

7位 みをつくし料理帖 高田郁
 江戸の町で、関西の上方料理に腕を振るう澪(みお)は天性の味覚とたゆまぬ努力で料理の道を進む。東西の食文化の違いも学べる。「江戸グルメ小説の傑作。ひたむきな主人公の姿に涙してしまう」(宇佐美亮祐さん)(1)角川春樹事務所(2)596~670円(文庫版、全10巻)

8位 櫛挽道守(くしひきちもり) 木内昇
 幕末、櫛(くし)職人の娘とその家族の喜びと苦難の歴史が展開される。「黒船来航、桜田門外の変、皇女和宮の降嫁といった幕末の動乱を背景に、職人を目指すヒロインや家族を描く」(渡辺淳子さん)(1)集英社(2)1728円

9位 等伯 安部龍太郎
 「松林図屏風」で有名な絵師、長谷川等伯は戦国の争乱や身近な者の死を乗り越え、「天下一の絵師になる」と大望を果たす。(1)日本経済新聞出版社(2)上下各1728円

10位 天地雷動 伊東潤
 「長篠の戦い」を新解釈で描く。武田信玄の死から、その子・勝頼と、対決する信長、秀吉、家康のそれぞれの立場での戦い。(1)KADOKAWA(2)1728円
  ◇  ◇  ◇  
 調査の方法 存命中の作家の歴史/時代小説で、歴史を学べる、テーマが斬新などの観点で専門家がお薦めを原則10作品、順位付けし選んだ。選者は以下の通り(敬称略、五十音順)
 宇佐美亮祐(宝島社「この時代小説がすごい!」編集部)▽内田俊明(八重洲ブックセンター本店)▽加来耕三(歴史家・作家)▽倉田裕子(有隣堂店売事業部主任)▽三瓶ひとみ(丸善丸の内本店)▽田河慶友(「歴史読本」編集部)▽辰本清隆(PHP研究所「歴史街道」編集長)▽松本剛(リブロ新大阪店店長)▽母袋幸代(三省堂書店神保町本店課長)▽安本朋幸(TSUTAYA商品本部BOOKマーチャンダイザー)▽渡辺淳子(楽天ブックス)」(2014/9/13付「日経新聞」s1より)

読書家ではない自分は、どれも読んだことはない。でも「蜩ノ記」はドラマで見たことがあるな・・・と思っていたら、2012年のFMでのラジオドラマだった。

まあ、所詮自分はミーハー。歴史・時代小説も、何から読んで良いか分からないので、まあその気になったら、このお薦め順に読むのが無難か・・・。(そのために、ここにメモしておくのだ!)
その前に、壬生義士伝をまず読まなくっちゃ・・・。何せ、読むつもりで8月に買ったのだが、4ヶ月も経って、やっとページを開く有り様なので・・・
ここに書いた事で、「この正月休みに読むぞ!!」と自分に気合いを入れているエムズ君なのであ~る。

141227benkyo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月25日 (木)

NHK「プロフェッショナル」~洋菓子職人・橫溝春雄

最近、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組を見始めた。
というのは、先日、たまたま録画してあったNHK「プロフェッショナル」~「街を灯(とも)す、真心の洋菓子 洋菓子職人・橫溝春雄」(2014/12/23午前1時~)を見て、感心したからである。
この番組は、川崎市新百合ヶ丘で、ウィーン菓子工房「リリエンベルグ」(ここ)の横溝春雄さんのドキュメンタリーだった。この番組は2月の放送の再放送だった。
NHKのサイトの解説にはこうある(ここ)。

街を灯(とも)す、真心の洋菓子 洋菓子職人・橫溝春雄

“真心”を、突き詰める
都心から離れた郊外の住宅地にありながら、連日400組を超える客が集まる横溝の洋菓子店。
その手が生み出す洋菓子は、ザッハトルテ、イチゴのショートケーキなど素朴で家庭的なものがほとんどだ。創業から25年、数多くの熱烈なリピーターを生み出し続けている秘密141225lilienberg は、48年間研さんを積み重ねた技術だけではないと、横溝は言う。レシピ通りに作っても、その日の温度や湿度によって出来上がりが変わる洋菓子の世界。横溝は生地作りやクリーム作りなど、いかなる工程においても、その状態が最高であるか、目や肌で確かめながら丁寧に仕事を積み重ねていく。その基本を絶対におろそかにしない。「食べる人に、少しでも喜んでもらおうと、真心を細部に宿らせ、突き詰める。母親が子どもに作るような、温かみのあるお菓子、それが目標です。」そう横溝は語る。
その信念は、食材の選び方にも表れる。果物は契約した農家から送ってもらった旬のものに限定し、その時期以外は使わない。
そして作り立てが常に店に並ぶよう、少量ずつ、その都度作る。
手間を惜しまず、真心を込めることで、横溝の店は熱狂的な支持を集めてきた。

ひとつのケーキの先に、ひとつの笑顔がある
横溝は、現在25名(※放送時)の弟子を抱える親方でもある。そのほとんどは、横溝の下で職人のキャリアをスタートさせた者たちだ。弟子たちに横溝が繰り返し言うのが、「ひとつ141225yokomizo のケーキの先に、ひとつの笑顔がある」という言葉。横溝の厨(ちゅう)房では、1日1,500個を超える生菓子、3,000個を超える焼き菓子が作られている。またそのラインナップも、季節ごとに少しずつ変わる。そうした中で、自分たちが生み出すどの菓子をとっても、食べた人が思わず笑顔になるクオリティがなければ、プロの仕事ではない。洋菓子職人は、食べた人を幸せな気持ちにできる仕事。その誇りと責任をいかなるときも忘れてはならないと、弟子たちに伝え続けている。

君の失敗は、僕の失敗だ
親方として弟子を育てる横溝は、職人の世界では珍しく懇切丁寧な教え方をする。例えば、若い弟子が生地作りを失敗したときには、その弟子の横に寄り添い、1から作業をともに見直す。失敗の原因を見つけ、それをしっかりと認識させれば、2度と同じつまずきはなくなり、着実に成長していけると考えるからだ。横溝自身、ヨーロッパで修業していた20代、パン生地作りがどうしてもうまくいかず追い詰められたことがあった。そのとき、雲の上のような厨房の責任者が、言葉も通じないなか、身振り手振りで1日寄り添い、一緒に失敗の原因を探してくれた体験を持つ。「こういう親方になりたい。」当時思った気持ちのままに弟子と向き合い、これまで50名を超える優秀な職人を世に送りだしてきた。

街のケーキ屋さんとして、地元の人に愛される温かい店でありたいと考えてきた横溝。そのこだわりは、洋菓子の味以外にも及ぶ。例えば、店構え。おとぎ話から飛び出したような楽しい外観が特徴だ。また店の厨房の様子は、売り場の窓から自由にのぞける設計。子どもたちが、洞穴のなかをのぞくように、ワクワクさせたいと考えたからだ。
ハロウィンやクリスマスなどのイベントの時期は、スタッフ総出で店の内外に飾りつけを行い、通りかかる人にも楽しげな雰囲気を感じてもらうようこだわっている。閉店後も、ランタンの灯は夜通しつけておく。どうしたら街の人にほっとしてもらえるか、そのことを横溝は考え続けている。」(
NHKのここより)

番組の中で、特に印象に残ったのが、ザッハトルテを作るときのチョコレートの作り方。108141225sachertorte 度に暖めたチョコレートシロップを、板の上で何度も冷やしながら練る。シャリッという食感を生む結晶を作っているのだという。それには大変な根気と手間がかかっている。なるほど、これだけの店のファンがいる背景には、これだけの積み重ねの努力があるのか・・・と、感心した。
そして弟子の育て方にもカメラは向かう。厳しくも暖かく若い人を育てる。そして育った弟子は一人前として各地に自分の店を構えて行く・・・。
横溝さんの店は、この1店舗だけで支店などの拡大はしていないという。理由は「一番大切なのは一緒に働く人々の輪。店舗数を増やしたら、それができなくなってしまう」からだという(ここより)。(この方のインタビュー記事は結構色々なサイトにある。~ここなど)

そしてクリスマスには4日間、昼夜二交代の24時間体制で、3500個ものクリスマスケーキを作るという。12月22日の初日分だけで1100個・・・。
クリスマスのケーキは、いちどきに出るので、てっきり作りだめをしておいて、クリスマスの時期に解凍して売るのかと思っていたら、この店では、“作り立て”にこだわっているため、ケーキの出来たてを、その日のうちに売るのだという。
まさにケーキ作りのプロである・・・。

カミさんにこの番組のことを話したら、「店の名前は?」「どこにあるの?」・・・
でも結構遠い・・・。まあ食べられないな・・・
でも店のHPを見ると、焼き菓子については地方発送をしているらしい(ここ)。
まあ、機会があったらひとつ食べてみたいものだが・・・。
なかなか印象的な番組だったので、ブルーレイで残しておくことにしよう。

141225omomi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月24日 (水)

「中韓への親しみ最低 内閣府調査 歴史問題など響く」

先日の各紙に、中韓への“親しみ度”の調査結果が載った。
中韓への親しみ最低 内閣府調査 歴史問題など響く
 内閣府が20日に発表した外交に関する世論調査によると、中国、韓国への親近感は1978年に調査を開始して以来、両国とも最低となった。中国に「親しみを感じない」は141224chuukan 83.1%で昨年の調査よりも2.4ポイント上昇し、3年連続で8割を超えた。韓国は8.4ポイント上昇の66.4%。関係が比較的良好だった2011年からの上昇幅が30ポイントを超えた。
 中国は沖縄県・尖閣諸島を巡る摩擦、韓国は慰安婦問題など歴史認識で対日批判を強めたことが影響したとみられる。
 「親しみを感じる」も両国ともに過去最低となり、中国は14.8%で初めて15%を下回った。韓国は31.5%と昨年から9.2ポイントの低下。米国に「親しみを感じる」は昨年と同水準の82.6%だった。
 北朝鮮をめぐる関心事項(複数回答)では、日本人拉致問題が88.3%と昨年から1.9ポイント上昇した。核問題への関心は54.0%と16ポイント低下し、ミサイル問題も55.6%で5.2ポイント下がった。
 拉致問題以外の7項目は低下し、日本人の拉致・行方不明者の再調査を巡る5月の日朝合意を受けて関心度が増している。
 調査は10月16~26日、全国の20歳以上3000人を対象に面接方式で実施。1801人から回答を得た。有効回答率は60.0%だった。」(2014/12/21付「日経新聞」p2より)

日経の記事には、推移のグラフがあった。このグラフを見て、中国への親しみ度が急速に悪化していることが分かった。何と現在の「親しみを感じない」率は83%だという。しかも一貫してその率が上昇している。一方、韓国は最近でこそ6割を超えたが、最初から5割ほどであまり変わっていない。

中国については、先の大戦の影響か、日本は中国の人に気を遣っていた時期があった。思い出すと、現役時代の1980年代ころだったか、中国の宝山製鉄所に新日鐵経由で、あるシステムを納入した。その時に工場に来た中国の人を迎えるために、その仕事に関係のない人まで駆り出されて、門からズラリと並び、拍手をして迎えたことがあった。当時は自分が若かったこともあり、「何で?」と思ったもの。人民服を着た中国の人も、拍手をしながら車から降りて歩いてきた。その後の、中国の人との通訳を介しての打合せでは、特に緊張した記憶は無い。でも、中国の人に対する気の遣いようは異様なほど特別だった。
これは、戦争時に悪いことをした、という意識からだったのかも・・・

それが、今ではどうか・・・。表面上は、中国人観光客の激増、などと浮かれている。そして、概して観光客の日本の観光の評判は良いようだ。しかし、その人たちを見る目は、この統計からはあまり宜しくないようだ。
我が家でも、5年ほど前までは、中国各地に旅行したが、日本人だからといって、中国の人の我々への態度で、悪い印象は全く無かった。
しかし韓国はどうも違うらしい。昔、カミさんが友人と韓国旅行をしたことがあるが、お店で買い物をするときに、日本人だと分かると、「しょうがないから売ってやる」という態度に変わり、日本人に接する態度は、非常に厳しいものがあったと聞いている。

島国の日本からすると、隣国は中国と韓国しか無い。それが、原因は何であれ、お互いにこんな雰囲気だとすると、非常に残念・・・。まあ、片想いなど有り得ないので、これを改善するには相当な時間が必要となるのだろう。
でもこんな統計を見ると、日本人も、米国の人種差別を非難する資格など無いのかも知れないな・・・、とも思う。

141224christmas <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月23日 (火)

「ことば遊びのススメ」~小野恭靖氏の話

先日、NHKラジオ深夜便で「明日へのことば「ことば遊びのススメ」大阪教育大学教授…小野恭靖」(2014/12/7放送)を聞いた。
この中で、色々と面白い話を聞いた。
まず苗字。 「小鳥遊」さんを何と読む? 解答は「たかなし」さんだって・・・。
「小鳥が遊ぶ」⇒「天敵がいない」⇒「鷹がいない」⇒「タカナシ」・・・なんだそうだ。
Net(ここ)で見たら小鳥遊さんは全国で40人ほど居られるとのこと。しかも古くからの由緒あるお名前らしい。
続いて「十」さんは何と読む? 解答は「つなし」さんだって。ひとつ、ふたつ・・・、ここのつ、「とお」⇒“つ”がない ⇒ 「つなし」だって・・・。
実にウィットがあって楽しい。
Netで検索してみたら、(ここ)に同じような「なるほど・・・」と思わせる苗字が載っていた。

月見里(やまなし/月を遮る山がないという意味から)
四月一日(わたぬき/春になると綿の入った衣の綿を抜くことから)
一(にのまえ/「一」は「ニ」の前の数字であることから)
九(いちじく/一字で「九」と読むから)

そう言えば、散歩で良く前を通る家に「神」さんという家がある。「かみさま」では困るよな・・・といつもカミさんと話す。

回文(上から読んでも、下から読んでも同じ)も、こんなのを紹介していた。
「ながきよの とをのねぶりの みなめさめ なみのりふねの をとのよきかな」
「長き夜の とをの眠(ねぶ)りの 皆目覚め 浪(なみ)乗り船の 音のよき哉」
(意味:「永い間、眠ってしまっていた。船に乗っていたら波の音があまりにも心地よくて、思わず眠りが覚めてしまった。波の音は何と素晴らしいことだろうか」等々)

何とも、楽しむには少々「学」が必要だが、なかなか面白い。

141223ikura <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月22日 (月)

「“ハーフ”の悩みをわかって下さい」~サンドラ・ヘフェリンさんの話

カミさんと見ているNHKの朝ドラ「マッサン」。今朝(2014/12/22)の回では、4歳に成長した養女のエマちゃんが登場。なかなかのきかん坊のようで・・・
ここで、エマちゃんが英語で話す場面があった。なるほど、母親がスコットランド人なので、英語も自然と身に付くようになるのだろう。

この場面を見て、前にNHKラジオ深夜便で聞いた面白い番組を思い出した。そして調べてみたら、その音源が残っていたので、今日はその紹介。

NHK「ラジオ深夜便」▽列島インタビュー「“ハーフ”の悩みをわかって下さい」コラムニスト…サンドラ・里美・ヘフェリン 2014年11月3日(月) 午前1:10~午前2:00

<「“ハーフ”の悩みをわかって下さい」(部分)>

★この番組の全部(41分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。

この話を聞いていて、不思議に思ったのが、父親とはドイツ語、母親とは日本語で話すというルールの家庭の子供の姿・・・。それが日常的だとしても、何か不思議な家庭・・・。よく混乱しないな・・・。もっとも両親の間ではドイツ語で話していたらしいが・・・。
でもドイツで(子供とは日本語でしか話さないという)“日本人を張った”お母さんの姿勢は立派!?

141222haefelin1 話の中で、「お顔は外国人」とあったので、お写真を拝見すると、確かに日本人ではないな・・・。しかし声だけ聞くと、完全な日本人。この違和感・・・。それが彼女の“ハーフ”の悩み!?

テレビ番組で、よく流ちょうな日本語を話す外国の人が出てくる。大相撲の白鵬や、中韓の人が話している分には違和感はない。しかし欧米人やアフ141222haefelin2 リカの人があまりに流ちょうに日本語を話していると、もの凄い違和感!! 「凄いな~」と感心してしまう。
これこそ「差別」か!!

ハーフの人は、結構近くにもいる。バスの中でも見かける。でも、先のラジオのヘフェリンさんの話では無いが、顔を見て、まず先入観が生まれてしまう。そして、その色眼鏡で全てを見てしまう。「当然日本語は出来ないんでしょう??」「エエッ! 何で話せるの???」・・・(あーら不思議・・・)
その先入観との違い・・・。小学校などの子供の世界では、それが強く出てイジメにつながるのか、それとも子供らしく直ぐに違和感が消えて仲良くなるのか・・・

それにしても、お顔がドイツ人で心が日本人?という、このヘフェリンさんの話は、ハーフの人とのお付き合いについて、大いなる助言を与えるものであることは間違いない。
幸い?近くにハーフの方が居られないので、自分には参考にならないが、とにかく“ヘエー”という「面白いお話」(失礼!)なので、良かったらダウンロードして全部を聞いてみて下さい。

<ヘフェリンさんの関連サイト>
ハーフを考えよう(ヘフェリンさん自身のサイト) 
アースインタビュー/サンドラ・ヘフェリン 
日刊ゲンダイ(2014/12/22付)~「ここヘン」で注目されたサンドラ・ヘフェリンの秘蔵写真 

141222doushita <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月21日 (日)

ピアノ独奏によるベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」

最近、オーケストラ曲のピアノ編曲盤に、はまっている・・・
今までも、交響曲のピアノ編曲盤などを耳にする度に、「ヘェー」と思って挙げてきた(ここなど)。
最近では、モーツァルトの「レクイエム」のピアノ版(ここ)や、ベルリオーズの「幻想交響曲」(ここ)などを挙げてきた。
今日は、色々と聞いてきた中で、演奏者自身のアムランの編曲によるベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」を紹介しよう。

<ピアノ独奏・ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」#1~アムラン(pf)>

もともとピアノ曲なので、聞いていて違和感がない。しかしこのマルク=アンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin)による編曲と演奏。11分過ぎから始まるカデンツァは、相当に違和感がある。アムランが自由自在にピアノをあやつるのは良いのだが、何と「運命」の旋律まで出てくる。この演奏はライブだが、オーケストラと一緒の通常の演奏でのカデンツァは、ここまで出来ない。でも何とも面白い。何度も聞きたくなったCDであった。

それにしても、このようにオーケストラ曲のピアノ編曲盤をわざわざ聞く人は少ないと見え、CDの種類も少ない。
前にも書いたが、これらの作品が作曲された当時は、もちろん録音など無いので、一般大衆がオーケストラ曲を身近に楽しむため、ピアノへの編曲が普通で、よくピアノで演奏されていたという。
作曲者も、チャイコフスキーのように、交響曲をまずピアノで作曲し、それからオーケストラ曲に仕上げていった作曲家もいるし、ブラームスのように、自分で編曲する作曲家や、リストのように、大作曲家の名曲を次々にピアノに編曲した人もいる。
しかし、指揮者が「如何に作曲家が意図したか・・・」を念頭に演奏するのとは逆に、作曲家の意図とは関係無く、このように自由奔放に編曲してしまったものを、好きこのんでCDを買って聞く人は、相当な物好き・・・。
でも自分はどうもその少ない一人のようなのである。つまり、どうも自分は「変種」が好きなようなのである。
今まで、「ヘエー、こんな音楽もあるんだ~」と聞いていたが、この頃はピアノ編曲盤を自分が聞く「一つのジャンル」として捉えて聞いている。つまり素直に「自分はピアノ編曲盤が好きなんだ」と悟って、この頃、そんなCDを集めて聞いているのである。
そんなワケで、機会があったら、また紹介したい。

141221nokori <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月20日 (土)

笑いの効能

先日、笑いについての、こんな記事があった。
「(Reライフ)笑顔、毎日咲かせよう~笑う門には福来たる
【1】期待される効果は 免疫力アップ、血圧下げる
 笑いが健康にいい、とはよく聞くが、実際にどんな影響があるのだろう。内科医でプロの落語家でもある立川らく朝さん(60)によると、主に三つの健康効果が見込める。
 一つ目は、免疫力を高める効果だ。がん細胞やウイルスをやっつける体内のナチュラルキラー細胞は、笑うことで活性化する。
 二つ目は、血圧を下げる役割だ。循環器や消化器などの活動を調整する自律神経には、交感神経と副交感神経がある。このうち交感神経は興奮したり、ストレスがかかったりすると活発になり、血圧や脈拍を上げる。逆に、副交感神経は寝る前などリラックスした状態になると、活発に働き血圧を下げる。笑うことで副交感神経が優勢になる。
 また、血糖値を下げる効果もある。笑うと、インスリンを分泌する遺伝子の作用で血糖値の上昇が抑えられ、糖尿病の改善が期待できる。大阪の糖尿病専門の病院で患者に漫才のDVDを貸し出したところ、実際に血糖値が下がった例もあるという。
 では、どうやって笑えばいいだろう。「我田引水ですが、落語を薦めます」とらく朝さん。「人情の機微が詰まり、人生経験が深い人ほど楽しめる。登場人物は誰もいい加減で、自由。現実をしばし忘れるのに最高」という。

 【2】愉快じゃない時でも ヨガやスマホで「笑活」
 面白くなければ笑えないという人も多いだろう。だが、笑う動作を体操にした健康法「笑いヨガ」に冗談やユーモアはいらない。インド人医師が考案した。動物をまねたポーズなどを取り、手足を動かしながら、ひたすら笑う。
 11月下旬、東京都文京区の「日本笑いヨガ協会」を訪ねると、20人近い愛好者が集まっていた。記者もやってみた。不思議なもので、初めは機械的に笑っていたが、他人につられ、すぐ自然に笑えるようになる。「笑いを繰り返すと全身の血流が良くなり、爽快感が生まれる。そのうち本当におかしくなります」と代表の高田佳子さん(56)。
 ITを使う手もある。NPO法人「プロジェクトaH(アッハ)」(大阪府東大阪市)は、笑いを「アッハ」という単位で表示するスマートフォンの無料アプリ「アッハ・メーター」を10月に公開した。
 スマホのマイクが「あ」や「は」の声と、笑いのリズムを拾う。「あっはっは」ならば「3アッハ」、「あははは」は「4アッハ」といった具合に笑いを数値化する。
 今は簡易版だが、やがては歩数計のように1日に笑った結果を「見える化」できれば張り合いが出る。代表の池田資尚(もとひさ)さん(30)は「このメーターで笑う活動『笑活(わらかつ)』をしましょう」と呼びかける。

 【3】パターン学んで次々と 「だじゃらー」競い合う
 くだらないけど、つい笑ってしまう。そんな「だじゃれ」の効果に着目するのは今年、「日本だじゃれ活用協会」を立ち上げた代表理事の鈴木英智佳(ひでちか)さん(39)だ。
 だじゃれの使い手を「だじゃらー」と呼ぶ。いつでも気軽に、簡単に笑いを生み出せるツールとして、だじゃれを活用してもらうワークショップを各地で開いている。
 鈴木さんはだじゃれの構造を分析し、いくつかのパターンに分類した。ワークショップでは、参加者がこの構造を学んで練習した後、数人ずつ2組に分かれ、サッカーさながらの「PK戦」に臨む。出された「動物」「魚」などのお題に対して、制限時間内にいくつ言えるかを競う。
 「サンマ三昧(ザンマイ)」「このサイ、ださい」「近隣のキリン」。記者も一度見学したが、参加者たちは短い時間でコツをつかみ、矢継ぎ早にだじゃれを繰り出していた。
 日本語はだじゃれ向きだと鈴木さんは言う。母音が「あいうえお」の五つ、子音も他の言語より少なく、似通った音がつくりやすい。
 ただ、一歩間違えると「オヤジギャグ」。鈴木さんいわく、「だじゃれには相手を楽しませようとする愛があるが、オヤジギャグは自己中心的」。記者もアラフォー。お互い気をつけましょう。(佐藤秀男)(2014/12/07付「朝日新聞」p17より)

笑いが健康に良いとは、よく言われる。しかし笑うにはキッカケが要る。自分はテレビのお笑い番組は大キライだし、落語も聞かないので、あまりキッカケがない・・・!?
落語といえば、自分の歴史は古い。小学校高学年の時、鉱石ラジオを作って、屋根にアンテナ用のニクロム線を張り(生まれて初めて蜂に刺されたのは、このとき)、クリスタルレシーバでよく聞いた。そのラジオ番組の中に落語があった。勉強机に向かって一人クスクスしていたのは小学校5~6年生の頃だったので、自分は小学校の時から落語を聞いていたのだ。しかし、トシを取ってからは全く聞かない。何せ、話が右から左へと抜けてしまって、頭に残らないのである。
数年前、兄貴に誘われてナマの落語を聞きに行ったことがある。周囲の皆さんは、時たまドッと笑うが、自分は付いて行けない。何が可笑しいのか分からない。
つまりは、落語の話の世界に入り込めないのである。これは自分の場合、歌の歌詞と同じ。言葉が抜けて行ってしまう。これはもう自分の特技だな・・・
つまり落語でも笑えない。よって、なかなか笑うネタが無い??

それにしても、上の記事にあるように、効果を期待してワザとらしく、意識的に笑うのは好きでない。まして笑いの回数を測っても仕方がない。要は、本当に笑える状況かどうか・・・では?

でもウチのカミさんは、結構笑う方かも知れないな・・・。自分の話はいつもマジメなのだが笑う・・・。ん? 笑っている?笑われている・・・??
確かに、「笑う」のと「笑われる」のとでは大いに違う。自分は決して「笑われている」とは思わないが、まあ笑いがある日常というのも貴重ではなかろうか・・・

●メモ:カウント~670万

141220omosiroi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月19日 (金)

「西洋医がプライベートで使いたい漢方薬」

先日、テレビ朝日の「医者に聞きにくい病気・薬の疑問を解消!! 3時間SP」(2014/12/16 19:00~)という番組で、「西洋医学の医者30人に聞いた!~西洋医がプライベートで使いたい漢方薬講座」を見た。
これは自分の“そのとき”用の備忘録・・・。

この番組では、“西洋医で漢方薬のスペシャリスト”だという帝京大学医学部附属病院 准教授 新見政則氏が解説していた。カミさんによると、この方は結構有名な方らしい。
「西洋医学の医者30人に聞いた」結果、「葛根湯(かっこんとう)」「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」「五苓散(ごれいさん)」「加味逍遙散(かみしょうようさん)」の4つの漢方薬を紹介していた。

「かぜにでも どんなときにも 葛根湯(かっこんとう)」
「かぜ」「インフルエンザ」「腰痛」「肩こり」「扁桃炎」「急性胃腸炎」「中耳炎」「ひざ痛」「筋肉痛」「月経痛」「胃痛」「下痢」「頭痛」
・葛根湯に含まれる麻黄(まおう)という生薬はかぜやインフルエンザ対策になる。
・葛根湯は、痛みには何にでも効く。

漢方薬は様々な症状を治す可能性のある生薬が何種類も集まって出来ている。2種類以上の色々な生薬を足して病気を治そうという足し算の知恵。それに対し、西洋医学は一つの原料から本当に効く成分だけを抽出している。

・葛根湯は体を温め理という7種の生薬が合体。その中で「麻黄」はかぜなどの熱が出る症状の改善に期待。(麻黄湯)
・麻黄は体の中の熱を上げる → 免疫反応が昂進して、汗をかきやすくなる。
・漢方薬は本来ある体の免疫を活性化させて病気を治すのに対し、西洋薬は症状毎に症状を緩和する。

「筋肉が けいれいしたら 芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」
「筋肉痛」「月経痛」「腰痛」「肩こり」「胃痛」
・芍薬に筋肉の緊張を緩和する作用があるのではないかと言われている。
・漢方薬が、人によって効果に差がある理由は、漢方薬を分解する役割は腸内細菌なので、人によって持っている腸内細菌が違うため、差が出る。
・処方される漢方薬は、薬局で処方箋がなく買える薬と、成分はほとんど同じ。

「二日酔い お任せ下さい 五苓散(ごれいさん)」
「子どもには どんなときにも 五苓散」
「二日酔い」「めまい」「むくみ」「下痢」「かぜ」「内臓のムカムカ」「頭痛」「胃痛」「急性胃腸炎」
・水のアンバランスを治そうというのが五苓湯の知恵 → 余分な体の水分を排出する効果が期待される。
・桂皮(シナモン)は鎮静・解熱の効果が期待される。
・五苓散が子どもに期待できる症状は、急性胃腸炎(嘔吐、下痢、口喝など)。

「イライラに 女性の味方 加味逍遙散(かみしょうようさん)」
「更年期障」「自律神経失調症」「冷え性」「頭痛」「ひざ痛」「肩こり」「便秘」「しもやけ」
・更年期障害や自律神経失調症の改善が期待される。
・紫胡(さいこ)は精神安定、解熱効果に期待される。
・当帰(とうき)は血流を改善する効果が期待される。

とまあ、こんな調子だが、家の中を探したら、「葛根湯」と「加味逍遙散」が出て来た。でも少々古い・・・

そうこうしているうちに、腹風邪(?)を引いてしまった。早速カミさんが近くの薬局で「葛根湯」を買ってきた。見ると有効期限が、何と2019年11月。5年も先だ。ということは、先に見つかった古い葛根湯も期限ギリギリ??

先の腹風邪!?「葛根湯」が効いたのかどうかは分からないが、まあ治ったことは治った。それに、今の自分には「加味逍遙散」が必要だとカミさんが言うので、これも飲んでみようか・・・
自分も老年になって、あちこち調子が悪い。こんな漢方でバランスを取り戻せると良いのだが・・・。

141219ikane <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月17日 (水)

「IT普及度、日本11位に低下」

先日の日経新聞にこんな記事があった。
IT普及度、日本11位に低下 トップ10圏外に 13年調査
 国際電気通信連合(ITU)が2013年の情報通信の普及状況を国ごとに比べたところ、日本は166カ国・地域のなかで11位だった。前年より1つ下がり、08年以来5年ぶりにトップテン圏外に転落した。
 家庭で使う光ファイバー回線など固定通信の利用率が低いことが影響した。首位は教育141217jyouhou 分野や行政手続きの電子化が進んだデンマークだった。
 ITUは国連の専門機関。07年から各国の情報通信の普及状況を調べてランキングにしており、13年の分をこのほどまとめた。携帯電話や光回線の契約率、パソコンの保有率などを総合的に比べている。日本がトップテンから外れるのは11位だった08年以来となる。携帯は普及しているが、光回線の契約率が低いことが順位を押し下げた。
 08年以降ずっと首位だった韓国が2位に落ちた。3位のスウェーデン、4位のアイスランド、6位のノルウェーなど北欧諸国が上位を占めた。携帯によるインターネット利用が増えている英国が7位から5位に順位を上げた。米国は14位、中国は86位だった。」(2014/12/01付「日経新聞」より)

<国別IT普及度 ベスト15>
①デンマーク
②韓国
③スウェーデン
④アイスランド
⑤英国
⑥ノルウェー
⑦オランダ
⑧フィンランド
⑨香港
⑩ルクセンブルク
⑪日本
⑫オーストラリア
⑬スイス
⑭米国
⑮モナコ

日本は結構ITは普及していると思っていたが、11位だって・・・。意外と下位だね・・・。
それにしても、北欧はあらゆる分野で、世界のトップを走っている。国が小さいとは言え、国民は文明を謳歌している。まさに国民の実力の成果か・・・?

141217online それに引き替え日本では、前に電子政府と称して、多くのムダが発生したことは記憶に新しい。まあこれらの例は、「お役所仕事」の延長線上に国のIT施策があった結果なのだろう。国にお金が無い昨今、これらにかけた税金が今更ながらもったいない・・・。(ここ

話は飛ぶが、先日Netでこん記事を見付けた。
「「日本人はなぜ中国人の日本製品ボイコットを気にしないの?」=訪日中国人がガイドの説明に納得!―中国ネット

9日、中国のインターネット上に、ツアー旅行で日本を訪れた際に、ガイドから言われた言葉に衝撃を受けたというブログが掲載された。
141217hannichi (写真は、2012年9月に四川で起きた反日デモで「日本製品ボイコット」の横断幕を掲げる中国人。 2014年12月9日、中国のインターネット上に、ツアー旅行で日本を訪れた際に、ガイドから言われた言葉に衝撃を受けたというブログが掲載された。)
日本旅行をしたときのガイドが、「日本人はどうして中国人の日本製品ボイコットを気にしないのか」という問いに答えたときのことをはっきりと覚えている。それにはちゃんとした理由があったのだ。
ガイドは「中国古代の4大発明は羅針盤、紙、火薬、印刷。これは中国人の世界文明に対する大きな貢献です。では、皆さんは日本人の現代の世界に対する4大貢献を知っていますか?」と聞いた。誰も答えないのを見ると、ガイドは「それは、インスタント麺、パソコン、デジカメ、ハンディー(ビデオ)カメラです」と続けた。
なるほど。そう考えると、現代の生活の中で日本製品を拒否し続けられる人がどれだけいるか疑問だ。ガイドが言う通り、このことを理解するだけで「日本製品ボイコットを叫ぶのは単なる憂さ晴らしにすぎない」ということが日本人にもはっきりとわかるのだろう。
ガイドは「本当に日本製品をボイコットするためには、純国産のものを使用しなければなりません。それには、中国人が自らの科学レベルを向上させ、厳しい研究を重ねて独自の技術を開発しなければならないのです」と言った。ガイドの理性ある話は、私に日本製品ボイコットに対する新しい考え方を教えてくれた。(翻訳・編集/TK)Record China 12月15日(月)配信
ここ)より」

ここに紹介されているガイドさんは、中国の添乗員のガイドさんなのだろう。なるほど、そんな見方もあるのか・・・と思う。

世界から見た日本。そして隣国のガイドさんから見た日本・・・。日本のITについての評価も様々・・・。
先の衆院選のテレビ東京の特番で、池上さんの安倍首相へのインタビュー。
――これだけの議席を確保すると、安倍総理の悲願である憲法改正が視野に入ってくると思うが、ご本人の手で成し遂げたい?
「国民的なご理解が必要です。国民投票で過半数の支持を得なければいけません。理解を深めるところから進めていきたい」
――憲法改正に向けて一歩一歩進んでいく、ということですね。
「そういうことですね」
池上氏は安倍首相の話を次のようにまとめた。
「憲法改正の熱意、野望をまったく隠そうとされなかった」(
ここより)

まさか、日本が「徴兵の普及度、日本*位に急上昇」ナンテことは無かろうが、中国のガイドさんが、「日本人の現代の世界に対する4大貢献の一つは武器です・・・」なんて言う時代が来る??
(選挙の事はここに書かないと誓ったのだが(バカバカしくて)、なぜか筆がそっちに向かってしまう・・・。この記事は「IT普及度」の話なのに・・・)

141217fukusayou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月16日 (火)

「頑張れ、受験生!」「死後同居?」湊かなえのコラムより

今日の日経夕刊の「プロムナード」というコラム。湊かなえ氏のタイトルは「ありがとう、さようなら」。読むと、半年続いた連載が今日で終わりとか・・・

先日も「旅立ちのBGM」(ここ)を取り上げたが、当blogのネタ用フォルダにまだ眠っている氏の記事を思い出した。だいぶ前の記事だが、読んでみよう・・・
「(プロムナード)頑張れ、受験生! 湊かなえ
 サイン会で読者の方から、私の小説を読むきっかけとなった作品を挙げられることがよくあります。映像化されたものがほとんどですが、今年に入ってから、私の作品の中では1、2を争うマイナーな短編集がその中に混ざるようになりました。
 入試や模擬試験の問題として取り上げられたからです。一部抜粋という形だったので、続きが気になって本を読むことにした、と言われ、そういう出会いがあるのだなと、とても嬉(うれ)しく思いました。
 入試問題となる場合、試験前の問題流出を防ぐため、引用されることは原作者に知らされません。サイン会の後に、入試問題として使用しましたと、問題用紙と模範解答が届きました。有難(ありがた)いことに数校が別々の短編を取り上げてくれています。早速解いてみるか、とワクワクしながら問題用紙に向かいました。
 まずは漢字問題。私は小説を書く際、自分が書けない、読めない漢字はなるべく使わないように心がけています。普段口にしない単語や熟語もそうです。
 私の作品の登場人物は、自分と同様、一見どこにでもいそうな人たちばかりです。だから、特別な言葉は用いません。「驚いた」よりも「驚愕(きょうがく)した」の方が字面としては賢そうに見えるけれど、日常生活の中で「驚愕した」と言ったことなど、おそらく一度もないので、小説でも「驚いた」と書きます。そのため、漢字の読み書きは全問正解でした。
 本文中に5カ所ほど空欄があり、適切な擬音語、擬態語を選びなさいという記号問題がありました。こんなに多用していたのか、と気付かされ、猛反省です。擬音語や擬態語はイメージを伝えるのにとても便利ですが、どこか漠然としており、これらを頼らずに描写することを意識して書いた文章の方が、より鮮明に場面を浮かび上がらせることができると自分に言い聞かせながら書いていたはずなのに、と。
 ある担当編集者からは「……」を使うのは手抜きだと言われたこともあります。みんな使っているのに、と不満に思いながらも、「……」と書いた場所に無理やりにでも言葉を当てはめてみると、あら不思議。奥まで踏み込んでいたと思っていた人物の内面に、さらにもう一歩入ることができたような気がして、おおっ、と歓声を上げてしまいました。
 人物の内面。傍線部の時の主人公の気持ちを何文字で答えなさい、という問題もありました。これははじめから模範解答を見てしまいます。そして、ああそうだな、と納得はするのですが、それは自分が全文を知っているからで、抜粋された箇所だけ読んでも解るのかな、と心配になったりもするのです。
 逆に、この作品を読んだ人が試験を受けていたら、とも想像してみます。この学校に入るのは運命なんじゃないか、と奇跡に遭遇したような気分になり、絶対に合格できると確信して、実力以上のパワーが発揮できそうです。湊かなえがそれほど好きなわけじゃないけど、お母さんが読んでいたからたまたま手に取ったという人は、お母さんありがとう、と心から感謝するかもしれない。ついでに湊もありがとう。
 楽しい想像が尽きることはありませんが、出会いとは予期せぬところに転がっているものであり、今後も作品を通じて一人でも多くの方と出会えたら幸いに思います。(作家)」(2014/11/11付「日経新聞」夕刊p7より)

「(プロムナード)死後同居? 湊かなえ
 田舎の農家の大家族で育ったわたしは、都会のサラリーマンの核家族に憧れていました。この夢だけは絶対に叶(かな)えてやると、強く誓っていたのに、自分の田舎とは別の田舎に住む長男と結婚してしまいました。それでも構わないと思えるような大恋愛ではなかったのですが……。人生とはなかなか計画通りにはいかないものです。
 しかし、NOと言えないわたしが一つだけ、結婚直後にきっぱりと宣言したことがあります。
「同居はしません」
 家として完成している旦那さんの実家は、何年経っても自分の家ではなく、ただ住まわせてもらっている場所にしかならなそうに思えたからです。
 結果、旦那さんの実家から自転車で10分のところに家を建て、10余年、良い関係を築けているのではないかと思います。
 ところが、先日、旦那さんのおじいさんの法事がありました。会ったことがないため、思いを馳(は)せることもなく、炎天下、墓前でお寺さんが読経するのを聞きながら、ぼんやりお墓を眺めていると、ふと、疑問が生じてきました。
 わたしが死んだら、この先祖墓に入るのか?
 信仰心の薄いわたしは死んだら全部終わりだと思っています。死後の世界などあるはずがない。でも、もしあったらどうしよう。お墓が一つの家だとしたら、会ったこともない旦那さんのご先祖たちと一緒に住むことになる。何人入っているのか知らないけれど、大、大、大家族ではないか。よそ者のわたしはどれだけ気を遣わなければならないんだ。
 どうにか回避できないかと考えました。死ぬ前に自分の墓を建てておくのはどうだろう。周囲に空きはないので、少し離れたところになるけれど、それくらい距離があった方が上手(うま)くいくはずだ。それなら、個人墓ではなく、夫婦墓の方がいいかもしれない。そもそも、墓なんているのだろうか。トンガの海や大好きな南八ヶ岳に散骨。しかし、残った人に負担をかけたくはない。
 答えが出ないまま、食事の場に移り、その席で旦那さんのお母さんに訊(たず)ねました。
「わたしが今死んだら、やっぱり、××家(湊はペンネームです)のお墓に入らなあかんのやろか」
「しゃあないやろな」
 仕方ないと言われては、それまでです。知っている人が誰もいないわけではないし、骨壺(こつつぼ)が部屋みたいなものだろうし、年々図太(ずぶと)くなっているので、同居になってもどうにかやっていけるのではないかな、という気もしています。
 妻たるもの、夫の家の墓に入るのは当然ではないか。死後の同居がイヤだと? このバカものが!
 と、長年、身を粉にして家庭を支えてきたと自負している男性方からお怒りの声が聞こえてきそうなことも重々承知しています。しかし、実際、世の奥さま方はお墓のことをどんなふうに考えているのでしょう。特に、そういう方々の奥さまは。
 問題を先送りにするため、市販薬で1週間ほどダマしダマしやり過ごしていた胃痛を診察してもらいに、病院に行きました。コーヒーを控えるようにと言われ、それを原動力に原稿を書いているわたしは、今は墓よりもそちらの方が深刻な問題になっています。(作家)」(2014/8/12付「日経新聞」夕刊p7より)

よく読んでいた欄なので、終わるのは残念だが、仕方がない。しかし、この連載は上の記事のように、なかなか楽しかった。氏も自由に書いていたようで、自書のPRなどをしていた記事もあった。
それで、自分は湊かなえ氏の小説を読んだことがあったかな・・・と考えると、無い・・・
そもそも自分は小説をほとんど読んでいないのだ。でも湊かなえの映画やドラマは見たことがある。映画で「告白」は見たし(ここ)、wowowドラマで「贖罪」も見たな・・・

でもこんな“おっかない”小説を書く作者も、こんなコラムも書くんだね・・・。
とにかく読んでいて、ついニヤッとする楽しい連載であった。

141216shikashi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月15日 (月)

「将棋」~親父の思い出

先日の朝日新聞に、「将棋や囲碁をやっている人は1割」という記事があった。
「(be between 読者とつくる)囲碁・将棋、やってますか?
 日本の伝統文化と言われる囲碁と将棋。平安貴族や戦国武将も親しんだ日本人にとって身近なボードゲームです。でも、縁側に盤を持ち出して親しい人と「まずは一局」。そんな光景は減ってきているようです。盤を挟んだこちらと向こうで、さまざまな思考や感情が行き交う奥深い世界。あなたは楽しんでいますか。
懐かしき「縁側で一局」
141215syougi  「やっている」はわずか1割。担当として囲碁・将棋のプロやアマチュアが盤上で情熱を燃やすさまを見てきた記者にとっては、いささかショッキングな数字だった。
 やらない理由の最多は「ルールが分からない」だった。「父親に教えてもらったがルールが覚えられず、すぐにやめた」(埼玉、47歳女性)、「やってみたいと思い、子ども向けの本を買って読んでみたが、理解できなかった」(神奈川、74歳男性)という回答が続出。「中学の時、父と祖父に惨敗。その後、『あそこがダメ』『センスがない』と言いたい放題言われ、一気に将棋が嫌いになった」(神奈川、40歳男性)という苦い経験の持ち主もいた。
 日本生産性本部の「レジャー白書2014」でも囲碁・将棋人口は減少傾向にある。2013年の囲碁人口は280万人、将棋670万人。ともにここ5年で最低だった。
 やっている人はどこに魅力を感じているのだろうか。
 頭脳スポーツとも言われ、「毎日ネットで将棋を指すが、ボケ防止に役立っている」(大阪、72歳男性)といった声は年配の人を中心に多い。千葉の男性(78)は「学生時代に囲碁を覚え、その時の碁敵が退職後も好敵手。月に1、2度打ち、終了後に2人で一杯やりながら碁の反省や近況を交換するのが至福の時」だといい、勝負だけではない楽しみ方もある。担当記者としては「戦いが好きな人、じっくり攻めてくる人。人となりや性格が分かり、人間観察が必要な人間くさいゲーム」(神奈川、67歳男性)という意見に共感を覚えた。
 ただし、今回のアンケートで対戦相手として最も多かったのは、人間ではなくコンピューターゲームだった。
 将棋ではコンピューターソフトがプロ棋士に勝つほど強くなった。現代では周りに相手がいなくても、パソコンに向かえば色々な強さのソフトと対戦できる。「勝負にこだわると相手とのコミュニケーションが悪くなるので、最近はパソコンのゲームで毎日楽しんでいる」(愛媛、70歳男性)との声もあるほどで、もはや「縁側で一局」の時代は過ぎ去ったのかもしれない。
 その一方で、「やっていない」と答えた9割の人のうち「やってみたいと思う」人は半数近くいた。対戦したい相手を聞くと、今度はゲームやネットではなく、友人・知人、家族が上位を占めた。人間関係が希薄になったと言われる時代ゆえか、人間同士が顔を突き合わせた時代へのあこがれさえ感じさせる。
 実際、盤を挟めば簡単に世代を超えた交流が生まれる。神奈川の女性(69)は「孫と一緒にやっているが、勝負の時は情け容赦しない。負けてあげたら強くならないし、悔しがる気持ちも大事にしている」。長崎の女性(62)も「韓国の高校生の男の子とその母親を民泊させた時、会話もままならない中、息子が将棋盤を持ち出すと、男の子も韓国にも似たようなゲームがあると言って2人で大いに盛り上がっていた」といい、時には国境や言葉の壁さえ飛び越える。
 論理的思考や判断力が身につくという知的なイメージが強いからこそ、「子どもの頃は人が集まれば囲碁か将棋を必ずやっていた。ルールの分からない子も『山崩し』から駒に親しんだ。身近にやっている人がいなくなり、さみしい」(東京、59歳女性)という声は少なくない。そんな中、こんな希望の声も届いた。「昔は核家族ではなく、祖父によく教えてもらった。今、孫が時々しているのを見ている。早く上達して相手になってほしい」(北海道、65歳男性)。その願い、かなうとうれしい。(深松真司)」(2014/12/13付「朝日新聞」b10より)

 こんな記事を読みながら、ふと18年前に亡くなった親父を思い出した。何度も書いているが、自分は将棋や囲碁はやらない(=出来ない)。しかし、親父や兄貴や息子は将棋を指していた。
特に将棋が好きだった親父は、現役のサラリーマン時代、会社の将棋の同好会で、大山さんを招待したことがあって、そのときに書いて貰った「**(親父)さんへ」という大山さんの“書”が床の間に飾ってあった。

息子が小学校2~3年生の頃だったか、やっと将棋のルールを覚えた頃、自分も将棋のルールだけは知っていたので「オレに勝ったら何でも買ってやるぞ」なんて言って遊んでやったら、何と負けてしまった。それで自転車を買う羽目になった。その後息子は、しばらく駅ビルにあった将棋の教室に通ったが、当時はコンピュータ将棋も無く、日頃将棋を指す相手がいなかったため、あまり上達しないままで終わった。
その後、息子が再スタートをしたのが中学生になった頃だったか、田舎に帰ったときに親父(=息子の祖父)から将棋盤と駒を貰った。それから息子は凝り始め、将棋連盟の近くの将棋クラブに通うようになってから強くなり、今に至っている。
実は、ちょうど息子が思春期に差し掛かっていたとき、親父はこの息子を非常に心配していたと、親父が亡くなったあとに兄貴から聞いた。正月などは家族で田舎に帰っていたのだが、そのときに息子と将棋を指すと、親父が負けるようになってきた。普通は「孫が数十年やっている自分より強くなった」と喜ぶのだが、親父は違った。当時高校生だった息子の態度、人間性を非常に心配していたという。「このままではダメだと・・・」。
当時思春期の息子は、将棋だけは指すものの、田舎に帰っても、家族に挨拶をしない。口をきかない・・・。祖父母を含めた家族に対するそんな態度を、「人間としてなっていない・・・」と親父は非常に心配していたという・・・。しかし将棋に負けている状態だと、メンツのためか、なかなか言えなかったらしく、「まず将棋で孫を負かせてから、祖父としてキチンと言い聞かせなくてはいけない」と、将棋の本を読んで猛勉強していたらしい。
そして、息子が高校2年の時に脳出血で突然亡くなった親父の枕元には、赤鉛筆で線を引いて勉強していた将棋の本が残されていた。葬式の時、兄貴が「孫に色々と言い聞かせたかっただろうに、それがかなわないうちに死んでしまったな・・・」と言いながら、その将棋の本をお棺に入れて一緒に焼いた。
それからもう18年になる・・・。

自分はやらない将棋だが、なぜか親父(祖父)と息子(孫)との不思議な縁を感じる「将棋」である。

141215funn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月13日 (土)

法政大学ギタークラブOBバンドによる、羽村「ゆとろぎコンサート」その3

法政大学ギタークラブOBバンドによる、「羽村市生涯学習センターゆとろぎ」での「ゆとろぎコンサート」に、またカミさんと行ってきた。
今回が3回目なので、自分たちももう慣れたもの。3分前に到着。観客はいつもの通り、高齢者が多い。
今日は演目の中で、「タブー」を聞いてみよう。

<法政大学ギタークラブOBバンド「タブー」~編曲:青木健司>

P10003591 P10003621 P10003641

さて今日の演奏だが、結構練習したらしく(?)、違和感なく(失礼!)聞けた(←これは重要なこと!)。上の「タブー」も途中で少々アンサンブルを崩したが、何の何の!ドンマイ!ドンマイ!
しかし相変わらず、スピーカー(拡声)が良くない。全員のギターにマイクを付けているのだ141213housei ろうか・・・。とにかくギターの音だけが、右手のスピーカーから大きく聞こえる。
確かにこのバンドの売りである(?)パーカッションに、音量的にギターが負けるので拡声しているのだろうが、パーカッションの“ナマの素晴らしい音”に対して、曇ったスピーカーからのギターの音が残念!!
このようなミニコンサートでは、楽器のナマの音を聞きたいもの。しかし拡声によって音は台無し。ただ直接聞こえるパーカッションやリーダーの演奏する電気ギターだけは「良い音だな・・・」と感じる。
ところで、「拡声一切無し」というのは無理なのだろうか? 場所が玄関ホールという残響が期待できない“音楽にとって最悪”の場所なので、それは無理か・・・。でも、幾らクラシックギターの音が小さいとは言え、「アランフェス協奏曲」ではギター1本で立派にオーケストラと張り合っている・・・

さてお馴染みの「ヒゲの迷?名歌手」さんの登場。今日の曲目は声を張り上げないおとなしい曲だったので、安心して(!)聞けた。ま、このバンドの名物ですね・・・

ともあれ、今回は3回目。前の記事を見ると、このコンサートは年に一回のペースで行っているらしい。
いつでも元気なOBバンドではある。

(関連記事)
法政大学ギタークラブOB会による、羽村「ゆとろぎコンサート」 
法政大ギタークラブOB会の記念演奏会に行く 
法政大学ギタークラブOB会のミニコンサートに行く 

141213denwa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月12日 (金)

“人生で”再び聞き直している音楽・・・

先日、リタイアした会社のミニ同期会があった。1970年に入社して同じ工場に配属になったメンバーの同期会である。正式には年に一回だが、皆ヒマなので、半年ぶりにミニの同期会。13名が集まった。
久しぶりに会ったO君。ハイレゾの話になった。先日、電気屋でハイレゾの音を試聴し、それなりの音なので、自分もハイレゾを始めようかと思っているとのこと。
自分的には、ぞっこん惚れ込んでいるHDDプレヤーHAP-Z1ES(ここ)を薦めたいが、人には聞くスタイルがある。O君は、Net通販は大キライだという。それに音源をNetでダウンロードするスタイルもキライとか・・・。
それで結局、「クラシックを最高の音で聞くならSACD」という店の薦めで、SACDプレヤーを買い、SACDディスクを買い始めたという便りがあった。
なるほど・・・。自分と違って、お金も時間もあるし(?)、今までのクラシックCDを聞くスタイルの延長線上にあるSACDは、O君らしい選択・・・。

自分はと言うと、O君とは違って、クラシックも聞くものの「歌謡曲を良い音で」がメインのため、「現在あるCDを如何に良い音で・・・」が主目的になる。(M君は先の同期会で、「何で前川清を良い音で聞く必要があるのか・・・」なんて言っていたが・・・)
とにかくHAP-Z1ESは、CD音源を良い音で再生してくれるのと同時に、タブレットによる音源(曲)へのアクセスが自由自在であるので非常に便利であり、全ての音源をこれに放り込んでいる。

「この所、アナタおかしい・・・」とカミさんが言うように、少々おかしくなっている。
レンタルCDを借りまくり、図書館からクラシックのCDを借りまくっているから・・・
FMなどから集めた音源も、当然CDにはかなわない。それで、聞く歌手のCDをレンタルで借りて、FMから集めた音源をCD音源に入れ換えている。やはりCDのオリジナル音源は良い音なので・・・
そして、クラシックの音楽も、改めて集め直している。幸いなことに、近くの図書館に結構なCDがあり、図書館の蔵書をNetで検索して、レコ芸の「名曲ガイド」という本で“お薦め”を確認して、予約して借りている。

一度乗れた自転車は、数十年後でも乗れるという。それと同じで、昔覚えた音楽の旋律も、しっかりと頭に入っているようで、久しぶりに聞いても覚えている。
つまり、若い頃にLPを買って、現役の頃は忙しくて聞くヒマが無く、ホントウに30~40年聞いていなかった曲も、今改めて聞くと、ちゃんと旋律が頭に残っている。ベートーベンの「大公」やピアノ協奏曲第1番、フランクの交響曲など、昔LPを買った頃を思い出してCDを借りているのだが、ちゃんと旋律を覚えている。そんなものか・・・

でも新しい発見はほとんど無い。つまり、クラシックのいわゆる名曲と言われている曲は、自分も知っていて今でも聞くが、昔、名曲といわれているものでも、自分にフィットしなかった曲は、今聞いてもフィットしない。トシと共に音楽の好みが変わる、ということは無いようだ。
でも、自分の音楽人生を一から振り返っていることは事実。音源をHAP-Z1ESに放り込む、という作業を通して「この曲は昔聞いたな・・・」と思って、改めてCDを借りている。もっともだいたい借り終わって、それを聞くのはこれからだが・・・。

まるで、音楽、特にクラシックが自分の中で還暦(一回りして最初に戻る)を迎えたようである。

141212yuusyoku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月11日 (木)

いまさら「1票の格差」~さて、選挙だが・・・

衆院選まであと3日と迫ってきた。でもいっこうに緊迫感がない。テレビの、選挙についての情報番組も激減しているという。「1票の格差」についても飽きてしまったのか、あまり騒々しくない。そんな中で、今朝の朝日新聞こんな指摘があった。
「(読み解き経済)一票の格差 理論経済学を研究する松井彰彦さん
・・・・
 日本の選挙制度は、残念ながらアローの定理を心配する以前の水準にある。一票の格差問題がそれだ。今回の衆院選では、一票の格差は最大で2.14倍との報道がなされた。この数字は様々な問題を投げかける。例えば、社会保障問題一つ取ってみても、その改革の遅れが、将来世代に与える負担は大きい。
 ここで指摘したいのは、一票の格差ゆえに、社会保障制度改革の遅れによって不利益を被る若年世代の有権者の声が不当に小さくなっている点である。20歳以上50歳未満の有権者と50歳以上の有権者の比は、一票が最も軽い東京1区で57%対43%、一票が最も重い宮城5区で41%対59%となっている。若い世代がより多い選挙区の一票の軽さがそのまま彼らの発言力の軽さにつながっていると言ってもよい。
 しかし、本当の一票の格差は現在の若年世代と高齢世代との間にあるのではない。真の格差は未(いま)だ生まれ来ぬ子どもたちと私たち大人の間にある。当たり前のことだが、どのように選挙制度を改革しようとも(仮に今の子どもたちに選挙権を与えることができたとしても)、未だ生まれ来ぬ子どもたちに選挙権を与えることはできない。
・・・
今、日本国民が手を染めつつある最大の過ちは、社会保障や税制の改革の先送りをすることによって、未だ生まれ来ぬ子どもたちに、1人当たり数百万円もの借金を生まれながらに押し付けようとしていることである。
 選挙制度はアローの定理が述べるように完全なものにすることはできない。しかし、不完全なものを少しでも大義ある制度に近づけようという努力を怠ってはならない。選挙権のある者同士の間での平等がその第一。そして、第二は、選挙権のない者への押し付けを慎むということである。これらの原則が守られなければ、私たちはいずれ、未だ生まれ来ぬ子どもたちの反乱や革命を招くことになるであろう。選挙がどのような結果に終わっても、一票の格差の解消と、将来世代を借金まみれにしない努力だけは超党派で行うことを心からお願いしたい。」(
2014/12/11付「朝日新聞」p38より)

目の前の議席確保のために、次世代へ問題を先送りしている今の政治屋・・・
もう少し、我々国民も声を挙げないといけないのでは・・・??

先日、その問題点を整理した記事があった。日経のサイトの、今までの記事をまとめた「超サクッ!ニュースまとめをMyニュースでまとめ読み」という欄である。まあ知られている話だが、見ておこう。
「1票の格差」国会、抜本是正に及び腰
 最高裁が「違憲状態」と判断した「1票の格差」が抜本是正されないまま、衆院が解散され、総選挙が行われる。昨年7月の参院選を巡る「1票の格差」訴訟の上告審判決で、最高1312111ppyou1 裁大法廷は26日、選挙無効を求めた訴訟について「違憲状態」としながらも、「違憲」「選挙無効」などと踏み込んだ判断は示さなかった。専門家は格差解消に及び腰な国会の姿勢を批判している。
1票の格差とは
『1票の格差は、議員1人当たりの有権者数が選挙区ごとに異なることで、有権者の投票価値に差が生じる現象。最高裁は最大格差が「2.43倍」だった2012年衆院選について、昨年の大法廷判決で「違憲状態」と指摘した。』
「0増5減」とは
『今回の衆院選では格差改善のため、高知や佐賀など5県の選挙区を3から2に減らし、小選挙区の総定数を300から295とする「0増5減」が適用されるが、それでも格差が2倍以上の選挙区は1月時点で14に上る。』
是正が進まない原因は
『「日本の国会議員は世襲が多く、いわば家業になっている人が少なくありません。落選につながりかねない選挙区の変更への反発は与野党を問わず激しいものがあります。議員の選び方は小選挙区と比例代表のどちらがよいのかなどの『選挙制度改革』、国会議員が多すぎないかという『定数削減』。これらの課題と『1票の格差』をまぜこぜに議論する人が多いことも出口をみえにくくしています」』
『元最高裁判事の泉徳治弁護士は「増税延期などの政策判断を問うなら、選挙に国民の多数の意思が正確に反映されなくてはならないのに、その前提条件が整っていない」と指摘。「格差解消にはさらに18増18減が必要だが、与野党とも取り組む気がない。主文で明確に『違憲』と宣言してこなかった最高裁にも責任がある」と話している。』
今後の訴訟の行方は
『「1票の格差」が是正されないまま国政選挙が行われているとして、選挙のやり直しを求めている弁護士グループが17日、東京・霞が関で記者会見し「このまま衆院を解散すれ1312111ppyou2 ば、投開票日の翌日に全295選挙区で選挙無効訴訟を起こす」として、衆院で高まる解散機運にクギを刺した。』
『升永英俊弁護士は「1年たっても(格差が)解決せずまた選挙をすれば、最高裁は違憲と判断するしかない」と強調。久保利英明弁護士も「投票価値が平等でない選挙制度では、国民の信を問うことはできないはずだ」と批判した。』
他の先進国では
『国によって様々だ。例えば米上院議員は「州代表」と位置付けられ、憲法によって人口と無関係に各州2議席が割り振られるため、最大格差は60倍を超える。「先進国で最も民主的でない議会」とも言われる。』
『2007年の国民議会選挙で最大格差が5倍を超えたフランスでは、憲法裁判所の違憲判断を受けて1県に最低2議席を与える規定を撤廃、2.37倍まで是正した。』
『先進国中で規制が厳しいのはドイツ連邦議会下院。原則として各選挙区の人口が全国平均の上下25%を超えてはならないとされ、格差はおおむね2倍程度に抑えられている。』
(超サクッ!ニュースまとめをMyニュースでまとめ読み)」(
2014/11/26付「日経」(ここ)より)

マスコミは盛んに自民党圧勝の予想を伝えている。「1票の格差」なんてもう過去の話のように・・・。有権者に、他の選択肢は無いのか・・・。世論誘導も含めて、何もかもが、首相の想定通りに進んでいるのを止めるために、「軽い1票」があるとは言え・・・・

話は変わるが、ヘイトスピーチの違法性を認めた判断が最高裁で確定したが、各党の見解は色々だという。
各党、法規制は足並みそろわず
 平和・人権問題に取り組む約20の市民団体などでつくる「外国人人権法連絡会」(東京)は衆院選前、ヘイトスピーチに関して主要政党にアンケートした。
 「国が具体的な対策を策定する必要性」についての質問に自民、民主、維新、公明、共産、社民の各党が「必要」と回答。「人種差別撤廃基本法等の制定」の賛否を問う質問では自民が「検討中」、維新が「党としての立場は未定」、公明が「現段階では賛成、反対のいずれでもない」とし、民主、共産、社民は「賛成」だった。
 次世代は二つの質問について「結論が出ていません」と回答。生活と改革は11月28日までに回答がなかった。」(
2014/12/11付「朝日新聞」より)

こんな記事を読むと、何もかもが「今の日本はもう救いがないな・・・。もうダメだな・・・」ナンテ思ってしまう・・・。
そう言えば、今朝の新聞の週刊誌の広告に「ルポ“進次郎の乱”完全密着 「数字を並べ立て、ガンガンやればいいってもんじゃない」。アベノミクスとは一線を画し、“新自民党”結成も視野に。官邸も神経を尖らせる小泉進次郎こそ最強の野党だ!」なんていう文字があった。(週刊文春 2014/12/18日号の広告より)

まあ、選挙結果を待つまでもなく、今の流れを止められるのは、意外と自民党内のこんな若い力かも知れないな・・・

141211dousitan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月 9日 (火)

がんの告知と「魔の2週間」~日ごろ冷静な人も別人に

先日、こんな記事を読んだ。
がんの告知と「魔の2週間」 日ごろ冷静な人も別人に
その言葉は、ある日不意に言い渡される――「がん」。耳にした瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、自分の「命」を改めて認識するようになるという。今や日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代。人生、家族、仕事……。がんをきっかけに診療室で繰り広げられる人間模様とともに、がん治療の最前線を歩み続ける森山紀之・東京ミッドタウンクリニック健診センター長が語る、現代人に伝えたい生き方の道しるべ。

たとえ早期のがんであっても人は必ず取り乱す
 「がんの疑いがあります」という言葉を、みなさんだったらどう受け止めるでしょうか。
 がんの早期発見に大きな力になっているのが健康診断、がん検診、人間ドックなどの検査です。検査によって早期に発見できたなら、それは喜ばしいことのはず。ところがなかなかそうもいかないのが人間というものなのです。
141209gann_2  40代のあるご夫婦のケースです。ある晩、富永大祐さん(仮名)が帰宅すると、奥さんの優美さん(仮名)が真っ暗な部屋で泣いていました。聞けば、以前受けた婦人科検診の結果が出て、「ステージIII」だと言われた、と。インターネットで調べたら「がんが広がっている」「転移が見られる」と書いてあった。「私はがんだ、手遅れだ、もうダメだ」と、優美さんはわんわん泣きながら訴えたそうです。
 大祐さんは日ごろ冷静で穏やかな妻の豹変(ひょうへん)ぶりにびっくりしたようです。ステージIIIは確かなのか、そもそも婦人科検診でがんの進行度までわかるのか。しごくまっとうな疑問を口にし、とにかく優美さんを落ち着かせようと「大丈夫、大丈夫」と笑顔を見せたのですが、取り乱している優美さんは聞く耳を持ちません。それどころか「こんなに深刻なのに、あなたは笑っているばかりで、ちっともわかってくれない」と、夫を責める始末……。

正しく認識していれば大泣きする必要はなかった
 実はこの騒動、優美さんが細胞診の判定分類である「クラスIII」を、がんの進度を示す「ステージIII」と、取り違えたことが引き起こしたものでした。
 よくあるケースなので簡単にまとめますと、細胞診の結果は、「クラス1=異形細胞がない」「クラスII=異形細胞は存在するが悪性でない」「クラスIII=悪性と疑わしい細胞が存在するが断定できない」「クラスIV=悪性細胞の可能性が高い」「クラスV=確実に悪性」の5つに分類されます。優美さんが検診を受けてわかった「クラスIII」とは、がんになるかどうかもわからないレベルで、大泣きする必要はまったくなかったのです。

<がんの検査結果は誤解を招きやすい>
がんになる前の状態を示す例
前がん病変(異形成)からがんに進展する可能性があるかどうかを、「クラス」として判定する検査がある。例えば、子宮頸部の「子宮頸部細胞診」では、その結果をクラス1~5として示し、「クラス1=正常」「クラス2=軽度異形成を疑う」「クラス3a=中度異形成を疑う」「クラス3b=高度異形成を疑う」「クラス4=早期がん(ステージ0)細胞を疑う」「クラス5=ステージIa以上のがん細胞を疑う」という判定がなされる。前がん病変(異形成)は、口腔(こうくう)、胃、子宮、皮膚、大腸、乳房などに起こり、放置しておくとがんに変わるリスクが高まる。
がんがある状態を示す例
がんの状態をステージ(=病期)0~IVの5段階で示す。ステージを判定する方法の一つに、国際対がん連合の「TNM分類」がある。「T因子=がん(Tumor)の大きさ」「N因子=周辺のリンパ節(Node)への転移の有無」「M因子=別の臓器への転移(Metastasis)の有無」に応じて、ステージ0~IVに分類される。ステージがIV期に進むにつれてがんが広がっている状態になる。がんの大きさとサイズ、転移の有無によって「IA」「IB」「IIA」「IIB」などと、さらにステージを細かく分類していく。

 一方、「ステージ」はがんの進度の分類で、転移の有無などをもとにI~IV期に分かれています。先のケースで登場した「ステージIII」は、優美さんが集めた情報にもあったように、がんが進み、すでに「転移が見られる」といったやや深刻な状態です。
 ここで何が言いたいのかというと、日ごろから冷静な人を別人に変えてしまうのが「がん」であるということなのです。そして、そんなときにこそ家族やパートナーなど、患者を取り巻く人の有りようが改めて問われるのです。

生存率が90%でも、「自分は助からない」と思い込む
 がんは命に関わる病気ですから、告知をしたとき、「治るのか、治らないのか」「治せるのか、治せないのか」といった2つの結論が、患者さんとそのご家族にとっての最大の焦点となります。ところが、「早期がんだから、9割の人が助かっています」とお伝えしても、「いやいや自分は助からない方の1割になるに違いない」と考えてしまう人が非常に多いのです。
 これは大変残念なことだと思います。というのも、「きっと死ぬんだ」と沈み込んでしまう人と、「自分は大丈夫だ」と希望を持って生きる人とは、その後の経過が全然違うといってもいいのです。医学をやっている人間として、科学的に説明のつかないものは信じたくないのですが、ストレスから解放されて前向きに過ごすことが、体に与える影響は計り知れません。患者本人のがんばりと、周りの温かいサポートによって、信じられないような出来事が起こることに幾度となく接してきました。その意味では、患者さんの思いを受け止め、寄り添えるご家族の存在もまた、この上ない力となります。
 なかには、受診されたときにすでに末期で手の施しようがないケースもあります。こちらから伝えるにせよ、患者さんに「進行がんですか?」「助からないのですか?」と問われて答えるにせよ、告知の時は大変気を使います。そしてどんな心配りをして伝えたところで、ほとんどの方は「現状を正しく受け止める」ことができません。
 告知の直後は、衝撃を受け、絶望したり、怒り出したり、がんであるはずがないと否認したり。その後は、不安、不眠、食欲不振など日常生活に支障をきたす症状に多くの人が悩まされることになります。私はこの期間を“魔の2週間”と呼んでいます。程度の差こそあれ、がんの告知を受けてから適応するまでにはそのくらいの時間がかかるものなのです。

「生きるか、死ぬか」の二択に目を向けない
 ご家族には、「患者さんはものすごくわがままになります」と説明し、理解してもらえるように努めます。ですが、看病に疲れたパートナーに「おまえは俺が死ねばいいと思っているんだろう?」という投げやりな言葉をぶつけたりするのですから、ご家族はどれだけ苦しいことか。残念なことに、がんをきっかけに離婚をしたり、ご家族の絆が切れてしまったりするのは、場合によっては無理もないことなのかもしれません。
 ですがその一方で、がんになったからこそ、それまで以上に支え合って生きていく見事なご夫婦を今までたくさん見てきましたし、闘病を通して家族の絆が強くなることもあります。
 がんになるということは、本人にとってはもちろん、家族にとっても大変な災難です。ですから、今あるこの状況の中で、精神的にも肉体的にも最も軽いダメージで済ませるにはどうしたらよいかを考えていただきたいと思うのです。とにかく頭を切り替えて、「生きるか、死ぬか」といった二択の結論から目をそらすことが大切。日々の仕事や生活、自分の生きがいなどに集中したり、没頭したりするのでもいい。
 少し不適切なたとえになるかもしれませんが、がんは交通事故や血管イベント(心筋梗塞、脳梗塞など)で突然死んでしまうことに比べれば、期限付きではあっても、というより、期限付きであるからこそ、残された時間を充実させる道が残されています。
 「自分の命を後悔なくまっとうしてほしい」
 どんなケースのがんであっても、私はこう祈るような思いで、日々患者さんやご家族に向き合っています。(まとめ:平林理恵=ライター)

Profile 森山紀之(もりやま のりゆき)
東京ミッドタウンクリニック健診センター長、常務理事
1947年、和歌山県生まれ。千葉大学医学部卒。76年に国立がんセンター放射線診断部に入局。同センターのがん予防・検診研究センター長を経て、現職。ヘリカルスキャンX線CT装置の開発に携わり、早期がんの発見に貢献。2005年に高松宮妃癌研究基金学術賞、07年に朝日がん大賞を受賞。主な著書に「がんはどこまで治せるか」(徳間書店)。」(
2014/12/01付「日経新聞」「日経Goodayセレクション」(ここ)より)

この記事、およそ他人事ではない。自分もまだその(ガンになる)半分に入っていないが、誰でも、いつでもその可能性はある。
気弱な自分の場合、2週間くらいで平常心に戻るとは到底考えられない。

先日、同期会があったが、ある男が「明後日、人間ドックなので、酒を控えなきゃ」と言っていた。「今さら人間ドック?」「何? ドックに行っていないの?」「わざわざ病気を見付けることも無かろう。具合が悪くなったときに病院に行けばよい」「ガンは早期発見が重要では?」「自分だって、市の健診はやっているが、レントゲンはもう撮らない」・・・
70歳がそろそろ手に届く我々の同期会は、相変わらずの病気自慢大会。自分も不整脈や胃酸過多を“誇った”が、10数年前に心臓の手術で3本の動脈を取り替えたBくんや、40代で胃がんの手術をして「脂っこい物はダメなんだ」というOくんにはかなわない。

彼(か)の短歌の河野裕子さんもガンになったときは荒れたというが(ここ)、誰でもそれは避けられない。
しかし、強い人間はいる。どうもウチのカミさんも強そう・・・
先日、カミさんに血尿が出てヒヤッとしたが(その後OK)、その時にカミさんが発した言葉を今でも覚えている。「**と**と**が心配。まだ死ねない・・・」。つまり、まだ3つのことをやり残しているので、自分が死ぬと、そのことが心配だという。

ふと、昔見たTVドラマ「Woman」(第5回)の満島ひかりのセリフを思い出した(ここ~第5回の録音あり)。
「私、死ねないんです。ダメなんです。死ぬのダメなんです。今死ぬと、今死ねないんです。絶対死んだらダメなんです。絶対ダメなんです。何でかって言うと、お話ししたかどうか分かりませんけど、子供がいます。2人います。上の子が女の子で小学校に入ったばかりで1年141209woman 生です。下の子が来年から幼稚園で男の子です。7歳と4歳です。
子供達の父親は、4年前に事故で亡くなりました。なので、私が、いなくなってしまったら、子供達2人だけに、あの子達2人だけになってしまいます。だから死ぬのダメなんです。絶対死んだらダメなんです。
あの子達が大人になるまで、まだ、まだまだ、ず~っとかかります。2人きりになっちゃうんで、死ねません。生きなきゃいけないんです。
小さくて、まだ、小さい命なんです。私が守らなきゃいけない命なんです。・・・」(
ここより)

それにしても女性は、いや母親は強い。この一念があれば、病気さえも退散してしまうだろう。
それに比べて、男はからっきし弱い。もし自分だったら、自分のことだけで頭がいっぱいになって、他のことなど二の次になるような気がする・・・。
とにかく、こんなことを考えなければいけなくなる時が、少しでも先であることを祈ろう。

141209fuann <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月 8日 (月)

ピアノ独奏版のモーツァルトの「レクイエム」

何度も書いているが、当サイトのコンセプトは「ヘェー!」・・・。クラシック音楽でも、たまにこの「ヘェー」に出くわす。

先日、NHKラジオ深夜便<奥田佳道の”クラシック”の遺伝子⑥>(2014/11/24放送)で、何とピアノによるモーツァルトの「レクイエム」を聞いた。編曲したチェルニーはモーツアルトが亡くなった年の生まれであり、ベートーヴェンを師として持ち、リストの少年時代にレッスンを与えたという。
それでどうも気になって、結局放送で紹介のあった小川京子演奏のCDを買ってしまった。その幾つかを聞いてみよう。

<チェルニー編曲ピアノ独奏版「モーツァルト:レクイエム」より「②キリエ」~小川京子(pf)>

<同ピアノ独奏版「モーツァルト:レクイエム」より「③怒りの日」>

<同ピアノ独奏版「モーツァルト:レクイエム」より「⑤恐るべき御稜威の王」>

<同ピアノ独奏版「モーツァルト:レクイエム」より「⑧涙の日」>

このCDについて、HMVのサイトにこんな解説があった。
モーツァルト:レクイエムのピアノ独奏版! 編曲はカール・チェルニー
2011年12月、モーツァルト没後220年を記念するコンサートで全曲が演奏され(おそらく日本初演)、モーツァルト・ファンのあいだで話題となったチェルニー編曲によるピアノ独奏版の『レクイエム』。
 今回登場するCDはその3ヵ月後にセッション・レコーディングされたもので、演奏・音質共に万全な状態で作品を楽しむことができます。
 ピアノの練習曲で知られるチェルニー(ツェルニー)は、交響曲や協奏曲、室内楽なども残しているほか、他の作曲家の作品の編曲もおこなっており、モーツァルトでも、すでに「4手ピアノ伴奏と声楽のための編曲」が知られていました。
 今回の演奏は、そこからさらに大胆に音の集約が図られたヴァージョンということで、声楽部分も管弦楽部分も、ピアノ独奏ですべて表現してしまおうという思い切ったアプローチが注目されるところです。ちなみに元のヴァージョンは、よく知られるジュスマイヤー版です。
 演奏はこの編曲版の紹介者でもある海老澤敏氏の奥様で、古典派作品に造詣の深いピアニスト小川京子。
 レクイエムのピアノ編曲といえば、ナウモフによるフォーレのレクイエム編曲と、ブラーム自身の編曲によるドイツ・レクイエム4手ピアノ版が知られており、どちらもたいへん美しいピアノ曲として楽しむことができただけに、今回のチェルニーによるモーツァルトの編曲にも、期待が寄せられるところです。(HMV)」
ここより)

このトシになると、何を聞いてもあまりビックリしなくなるが、このような異質な音楽(失礼!)には興味が湧く。
ピアノ編曲版というと、ベートーベンの交響曲やベルリオーズの幻想交響曲などのCDは持っているが、前にも紹介したように、ブラームスの交響曲(ここ)や、ワーグナーなどの作品(ここ)もあるようだ。

クラシックも一通り聞いてしまうと、このような番外編も面白い。
ついでに、こんな記事を書きながら、ついピアノ版のブラームスの交響曲第1番のCDを注文してしまった。チャイコフスキーの悲愴や、ドボルザークの新世界のピアノ版もCDがあるらしい。ちょっと聞いてみたくなった・・・
まあ、こんな楽しみ方もあるということで・・・。

(関連記事)
モーツァルトの「レクイエム」(涙の日)の版による聞き比べ 

141208cola <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月 7日 (日)

「勉強しないとああなるわよ」は最低だ~小島慶子さんの話

先日、こんな記事を見付けた。
小島慶子「勉強しないとああなるわよ」は最低だ
 これから子どもの受験の追い込みだという家庭も多いはず。父さんと母さんは努力して学校を出て会社に入り、頑張って働いている。だから君も頑張っていい学校に入り、いい会社に入って、特別な人におなりよ。ごらん、世の中にはそういう努力をしなかったから負け組になっている人がいっぱいだ。君はあっちじゃなく、こっちの住人でいなくちゃいけないよ……。

■「唯一の正解」よりも「価値を問う力」を
 人一倍の努力と実績を誇りに思う人ほど、我が子にそう言い聞かせるのだろう。でも、子どもが大人になってから生きる時代をまだ誰も見ていない。子どもの未来にはいいときばかりではないだろう。そのとき「こっちの世界」なんてもうないかもしれないのに、無責任な将来保証をして一度きりの子ども時代を受験勉強に明け暮れさせるのが、本当に強い人間を作ることなのだろうか。受験自体が悪いのではない。ただ、もう一度考えてみよう。人生に必要なのは唯一の正解ではなく、自分にとって何が価値あるものかを問う力だ。
 ある消防士さんにこんな話を聞いた。高い使命感を持って命がけで仕事をしていても、「税金を払ってやっているのだから感謝しろ」「消防士にしかなれなかったような者が」と言われ、緊急車両を便利屋のように呼びつけようとする電話が絶えない現実を前に、若い消防士たちが次第に目標を見失っていくのだと。
 絶望と虚無を抱えた消防士に守られる社会をあなたは生きたいだろうか。しかしそうして彼らを使用人扱いする心ない人たちが火災に巻き込まれたら、それでも彼らは危険を冒して助けにいくのだ。あなたにはできるか? 税金もらって働いているなら当たり前か?

■清掃の仕事について、あなたは子どもに何を話す?
 何でもお金の額で計って、学歴や肩書きで優劣つけて、困っているひとや大変な人を見たら「お前がそこにいるのは、怠け者で頭の悪いお前自身のせいだ」と言い、自分を助けてくれる人にも「お前が私を助けるのは、お前の仕事なのだから当たり前だ」と言う。なるほど、ベビーカーを畳めとか保育園がうるさいとか言うわけだ。そのうち車椅子も畳め、寝たきり老人は死ねと言い始めるだろう。自分もそうなることがあろうとはかけらも想像せずに。
 どうしてこうなったのだろう。なぜこんなに不寛容で偏狭な意見が大きな顔でまかり通る世の中なのだろう。
 以前、こんな母親がいた。転勤先のニューヨークの街角で清掃をする黒人を指差して、小学生の子どもにこう言ったそうだ。「見なさい、勉強しないとああなっちゃうのよ」
 彼女は一度でも足元のゴミを拾ったことがあるのか。今日あったゴミが明日ないのは当然だと思っているのか。自分がやりたくないその仕事に従事している人がいるから街の衛生状態が維持されているのに。
 人が嫌がる仕事をするしか生きる方法のない人がいるのはなぜなのかと考えようとしないのだろうか。彼と自分の違いが何であるかではなく、なぜそんな違いが生まれるのかを問い、その理不尽な現実に対して、自分にできることがあるのだろうか? と問うたことはあるのだろうか。
 おそらくその母親は子どもに正解を与えようとしたのだろう。彼女自身が正解だと信じる人生設計を我が子に刷り込むために「あってはならない人生」を提示して脅したのだ。しかし、もし彼女の子どもが清掃の仕事をするしか生きる方法がなくなったらどうすればいいかを、彼女は教えるべきではなかったのか? ゴミを拾う黒人と自分の子どもを同じだと考える視点があれば、そうしたはずだ。

■彼らは将来、同じ社会を生きる
 日本の大企業の駐在員の妻である自分と、ニューヨークでゴミを拾う黒人とは、彼女にとって別世界なのだろう。けれど、彼女の子どもと彼とが同じでないという保証などどこにもない。その仕事は社会に必要だし、清掃をする人とそうでない人が同じ社会でそれぞれに人生に期待して生きていることに変わりはない。なぜ違いが生まれるのか、どうしたらそれぞれの幸せを求めて共に生きる世の中にできるのかを問う力をこそ、彼女は子どもに与えるべきだったと思う。
 なぜなら、どれほど親が「選ばれた環境」を子どもに与え、「よりすぐりの教育」を受けさせても、子どもはいつまでもパパ、ママ特製の無菌室にいることはできないからだ。教育の機会が得られず充分な養育を受けられなかった人たちと、大事に大事に隔離して育てたあなたの子どもは、必ずや同じ社会で利害を共にすることになる。だからもし、あなたが子どもに熱心に教育投資をするなら、充分な教育の機会を得られない子どもの支援もするべきだ。日本は先進国中でも子どもの相対的貧困率が高い。15.7%もの子どもが、充分な教育の機会を得られず、将来も貧困の連鎖の中に生きなくてはならない状態にある。

■誰でも人生に期待して努力できる社会へ
 充分な教育を受けられなかった貧困層の彼らも、あなたの子どもと将来必ず出会うのだ。手塩にかけた我が子と一緒に社会を作る人たちが、社会に見捨てられた恨みを募らせているのか、しんどいときに誰かが手を差し伸べてくれた経験を胸に社会に貢献しようとするのかでは、その先の社会は全く違ったものになるだろう。
 あなたの子どもに必要なのは、親の投資で得た学歴ブランドで勝ち組電車に乗って逃げ切ることではなく、自分が恵まれた環境で身につけた力を生かして、自分とは異なる背景を持つ人たちと協力して社会を営む知恵である。
 勉強しなかった奴らは貧乏でも自業自得だと言う人々と、勉強ばかりして特権を得ている奴らは人の痛みのわからないクズだと言う人々は、同じだ。どっちがより報われるべきかという不毛な争いで世の中を語ったつもりになっている。誰でも人生に期待して努力したら報われる社会にすること、自分が極めて弱い立場に置かれたときにも生きる希望を捨てずにいられるような社会を実現すること、教育も福祉もそのためにあるはずだ。私は、そのために税金を使って欲しい。救急車をタクシーがわりに呼んだり保育園を街から追い出したりするためなんかに、税金を払っているんじゃないのだ。

小島慶子
 タレント、エッセイスト。放送局アナウンサーとして15年間勤務の後、現在はタレント、エッセイストとして活動中。小学生の息子が二人。著書に『解縛(げばく) ~しんどい親から自由になる』(新潮社)、『女たちの武装解除』(光文社)、『失敗礼賛~不安と生きるコミュニケーション術』(KKベストセラーズ)など。現在は家族の拠点をオーストラリアに移し、自身は仕事で日豪往復の日々。(日経DUAL 2014年10月17日付の記事を基に再構成)」(
2014/12/02付「日経新聞」(ここ)より)

なかなか耳の痛い指摘である。
この一文を読みながら、前にテレビで見たこんな話を思い出した。
市役所だったか、人の多さや仕事の効率化を指摘されたときの、「自分たちは、難しい公務員試験に合格して採用された。よって過去に苦労してきたので、今ある平穏な(楽な)仕事は当然だ」という反論・・・。
これも「こっちの世界」の話なのかも知れない。過去の勉強によって得られた既得権益の世界とは、何とも・・・

毎週楽しみに見ているNHKの「ドキュメント72時間」。先週は「さすらいの“シャケバイ”」(2014/11/28放送)(ここ)だった。
毎年秋のサケ漁の時期。どこからともなく集まって来る若者たちは、人手不足の漁協のシャケ加工場のアルバイト。そこには「サラリーマンは最悪の仕事」と言う、自由な、そして将来に大きな不安をもつ若者がいた。住み込みのバイトを探しながら渡り歩く生活。それが良いかどうかは別にして、生き方は色々ある、ということを教えてくれる。
そうなのだ。仕事は、過労で命をすり減らす職場だけではないのである。目の前の仕事の世界だけしか目に入らず、過労死になってしまう人がいる一方、このように、そんな職場を捨てて、良い意味でそこから脱出した人たちもいる・・・。この番組は、そんな色々な生き方を教えてくれる。

話は戻るが、子どもは、親の後ろ姿を見て育つという。子どもは親の鏡とも・・・。とても納得出来ない話だが、さりとて100%否定する事も出来ず・・・

ウチの近くの小学校は、3方を山に囲まれている。唯一開いている方に校舎が建っているので、校庭の騒音は外に出づらい。しかし、校庭に狭い道路をはさんで面している家が1軒ある。その家が何十年も空き家なのである。その隣からは住んでいるが、その空き家の1軒が気になる。校庭の騒音である。校庭でのこどもの声は筒抜けだし、チャイムの音も筒抜け。
若しかしたら、その騒音で逃げ出して空き家になっているのでは?と・・・

保育園を住宅街に作らせない、と裁判になっている話もあるらしい。
小島さんの指摘は正しい。しかし、「自分の家の近くに保育園を作っても良いですよ」とホントウに言えるのか・・・。そこには「子どものためなら!」と大きな声で言えない自分が居る・・・。
「総論賛成、各論反対」なんていう言葉もあったっけ・・・。

141207jyan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月 5日 (金)

「妻と娘を守る義務がある」~三男殺害、父への判決

先日の朝日新聞にこんな記事があった。(少々長いが・・・)
「妻と娘を守る義務がある」 三男殺害、父への判決
 就寝中の息子の胸を刃物で刺し、命を奪った父に告げられたのは、執行猶予付きの判決だった。東京地裁立川支部で先月下旬にあった裁判員裁判。裁判長は「相当やむを得ない事情があった」と述べた。ともにプラモデル作りが好きで、二人三脚で大学受験に臨むほど仲が良かった父子に、何があったのか。
 三男(当時28)への殺人罪に問われたのは、東京都八王子市の父親(65)。黒のスーツに青紫のネクタイを締め、法廷に現れた。事件までは、監査法人の会社員。同僚からは「まじめ」「誠実」と思われていた。
 事件の経緯を、検察の冒頭陳述や父親の証言からたどる。
 約10年前、三男は都立高2年のとき、精神の障害と診断された。通信制高校に移るなどしたが、浪人生活を経て大学にも進学。充実した学生生活を送った。卒業後はガス会社に就職した。
 しかし、次第に変化が生じる。仕事がうまくいかず、職を転々とした。「自分をコントロールできない」と本人も悩んでいた。昨年夏ごろから家族への言動が荒くなり、次第に暴力も始まった。
 今年5月下旬、母親が三男に蹴られ、肋骨(ろっこつ)を骨折。「これから外に行って人にけがさせることもできる」。三男はそんな言葉も口にした。
 父親は、警察や病院、保健所にも相談を重ねた。
 警察からの助言は「入院治療について、主治医と話し合って。危害を加えるようでしたら110番して下さい」。保健所でもやはり、「入院について主治医と話して下さい」。
 一方、主治医の助言は、「入院してもよくなるとは言えない。本人の同意なく入院させれば、退院後に家族に報復するかもしれない」。ただ、「警察主導の措置入院なら」と勧められたという。
 措置入院とは、患者が自身や他の人を傷つける恐れがある場合、専門の精神科医2人が必要と認めれば、本人や保護者の同意がなくても強制的に入院できる制度だ。
 主治医は法廷で、「家族の同意によって入院させた場合、三男は入院についてネガティブに考えると思った。警察主導の措置入院なら、本人の認識を変えるきっかけになると思った」と証言した。
 ただ、警察は措置入院に前向きではなかった。被告が相談に行っても、「措置入院には該当しないのでは」との返答。三男は暴れても、警察が駆けつければ落ち着いたし、警備業のアルバイトを続けられていたことなどが理由だった。
 いったい、どうすればいいのか――。父親は追い詰められていった。
 6月6日、事件は起きた。
 この日、父親は1人で病院に行き、主治医に三男の入院を相談。ソーシャルワーカーを紹介されたが、入院については、あくまでも警察主導の措置入院を勧められた。
 午後8時半。妻からメールが入る。妻が誤って三男のアルバイト先の仕事道具を洗濯してしまい、三男が「殴る蹴る以上のことをしてやる」と怒鳴っている――。そんな内容だった。
 父親は急いで帰宅した。暴れる三男を目にして、110番通報した。
 駆けつけた警察官に、父親は再度、措置入院を懇願した。三男はこの日、両親の顔を殴るなど、いつも以上に暴力を振るっていた。しかし、三男は警察官が来てからは落ちついた。「措置入院にするのは難しい」。警察官は言った。
 警察官が帰ると、三男は就寝し、父親は風呂に入った。
 弁護人「風呂では、何を考えた?」
 父親「主治医や警察に入院をお願いしたが、最終的には措置入院もできなかった。今の精神医療の社会的仕組みでは、私たち家族は救えないのではないか。そう思いました」
 弁護人「今後ますます暴力は激しくなると」
 父親「はい。三男は『今度は刃物を使うから覚悟しろよ』と言っていた。今度は刃物を振り回すと思った。私は逃げられても、妻はひざが悪いので逃げられない」
 一家は当時、両親と三男、三男の妹である長女の4人暮らし。ただ、母親も長女も三男の暴力におびえ、追い詰められていた。
 弁護人「家族で逃げることは考えなかったのですか」
 父親「家を出ても、三男は私の勤務先を知っている。職場に怒鳴り込んでくると感じました」
 弁護人「警察に被害届を出すことは」
 父親「警察に突き出すことは、三男を犯罪者にしてしまうこと。その後の報復を考えると、それは出来ませんでした」
 父親は法廷で、「三男は自分が犯罪者になることを恐れていた。家族がそうさせることはできなかった」とも話した。
 7日午前3時前。父親は風呂を出ると、2階にあった出刃包丁を持ち出し、三男の部屋に向かった。寝ている三男の横に中腰で座り、左胸を1回、思い切り突き刺した。
 父親「わたしは、妻と娘を守る義務がある。警察や病院で対応できることには限度があるが、暴力を受ける側は悠長なことは言っていられない。私は夫として、父として、こうするしか思いつきませんでした」
 刃物を胸に突き刺すと、血が流れ出る音がした。しばらくして、手を三男の鼻にかざした。息は止まっていた。
 父親はそのまま、三男に寄り添って寝た。
 弁護人「何のために添い寝を」
 父親「三男とは、もとは仲が良かった。三男のことを考えたかった」
 父親は法廷で、何度か三男との思い出を口にした。
 ともにプラモデルが好きで、かつて三男は鉄人28号の模型を自分のために作ってくれた。大学受験の時には一緒に勉強し、合格通知を受け取った三男は「お父さん、ありがとう」と言った。大学の入学式、スーツ姿でさっそうと歩く三男をみて、とてもうれしかった――と。
 弁護人「あなたにとって、三男はどのような存在でしたか」
 父親「友達のような存在でした」「三男にとっても、私が一番の話し相手だったと思います」
 朝になり、父親は家族に事件のことを話さぬまま、警視庁南大沢署に自首した。
 家を出る前、「主治医に相談に行かない?」と尋ねた妻に、「行くから。休んでて」とだけ告げたという。
 母親「主人は子どもに向き合い、とにかく一生懸命でした」
 証人として法廷に立った母親は、涙ながらに語った。
 母親「私は三男と心中しようと思ったが、できませんでした。警察などに何回も入院をお願いしても、できなかった。どうすれば良かったか、私にはわかりません」
 一方で父親は、事件から半年を経て、いまの思いをこう語った。
 父親「今から思えば、三男を家族への暴力行為で訴え、世の中の仕組みの中で更生の道を歩ませるべきでした。三男の報復が怖くても、三男のことを思えば、そのように考えるべきでした」
 地裁立川支部は11月21日、父親に懲役3年執行猶予5年を言い渡した。検察側の求刑は懲役6年だった。
 裁判長「被害者の人生を断ったことは正当化されないが、相当やむを得ない部分があったと言わざるを得ない。被告は、被害者の人生の岐路で、父親として懸命に関わってきた」
 ただ、こうも続けた。
 裁判長「家族を守ろうとしていたあなたが、最終的には家族に最も迷惑をかけることをした。これからは、もっと家族に相談するよう、自分の考えを変えるようにして下さい」
 父親は直立し、裁判長の言葉を聞いた。
 法廷には、母親のすすり泣く声が響いていた。(塩入彩)」(2014/12/04付「朝日新聞」より)

子どもの家庭内暴力は、夫のそれよりも救いようがない。夫は他人でも、子どもは自分たちが産み育てた存在・・・。
もし自分だったらどうするだろう・・・。
正論は家族による更生は諦めて、警察に被害届を出して“社会の仕組み”の中で更生させて貰うのだろう。しかし子どもを犯罪者として摘発することへのためらい・・・。もちろんそうすれば、一生、息子からの報復を恐れながら暮らすことになる・・・

物騒な話だが、ここまで努力して行き詰まった場合、親として「殺す」という選択肢は存在するように思う。自分が育てた人間が、家族に、そして社会の人々に危害を加える存在になるとすると、それを抹殺する責任が親にはあると思う考え方は、有り得るのではないか・・・。

この7月に起きた佐世保女子高生殺害事件を思い出す。この事件も親としてやりきれない・・・。親は自殺してしまったが、その父親も死ぬ時に、こう思ったのかも知れない・・・。「他人さまを傷付ける危険性が分かった時点で、自分との心中も含め、なぜ親として自分が娘を抹殺しなかったのか・・・」と。
でもそれは理屈の話。事後の話・・・。そこまでは考えたくない・・・

どの家でも、思春期の子どもは親と摩擦を起こす。でも普通、その過渡期を過ぎると通常の人間関係に戻るもの。
でもそうならない家族も多いと聞く。家庭内暴力に耐えかねて四国遍路に出る親もいると聞く・・・。特に息子と親との会話はどの家庭でもなかなか難しい。
“普通の会話”が出来る親子関係・・・。もしそれが実現しているとすれば、それだけで良しとしなければいけないのかも知れない・・・。

141205denwadai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月 4日 (木)

結果として安倍首相のナショナリズムを応援する日本国民

今朝は起き抜けから、夫婦共に機嫌が悪い。原因は新聞の見出し。朝日には「自民300議席超える勢い 衆院選・序盤情勢調査」。そして日経も「自民、300議席うかがう 衆院選序盤情勢」という見出し。
残念だが、これで決まりだな・・・。毎回選挙毎に、予想がくつがえるのを期待しているが、残念ながら選挙結果はいつもマスコミの予想通りで終わる。よって、今回衆院選も、首相は自民党の議席が減るのを前提に色々と発言していたが、結果は自民党が現有議席294を超える議席を獲得して終わるのだろう。今から、安倍首相の高笑いが目に浮かぶ・・・

それにしても、先の秘密法や集団的自衛権の強行、そして日銀やNHKのトップの人選、はてまた参院の1票の格差是正の議論で、自党の参院選挙制度協議会の座長の更迭など、目に余る政権の露骨なやり方は、背景に「2016年12月までの絶対多数の議席」があった。4年間の悠々たる議席の余裕があった。批判側は、選挙で民意を示す場がないと嘆いた。
それが、捉え方によっては今回、民意を示すチャンスが与えられた。
しかしその予想結果は、朝日によると「①自民は単独で300議席を超える勢いで、公明とあわせて定数の3分の2(317議席)を上回る可能性がある ②民主は公示前の62議席から上積みするものの、伸び悩み、100議席には届かない公算が大きい ③維新は公示前の42議席から後退、次世代も公示前の19議席から1ケタになりそう ④共産は公示前の8議席から倍近く増える見通し」(2014/12/04付「朝日新聞」より)だというのだ。
同様に、読売、日経、産経、毎日のどの紙にも、今日の朝刊のトップには「自民党は300議席超・・・」という文字が踊る。

国民の渇望する景気回復。それに対して、経済(大企業)優先とのパックでナショナリズムを推進する安倍首相。そして看板のアベノミクスに対抗する経済戦略を国民に示せていない野党群・・・。その結果として日本国民が自民党に白紙委任して、益々進んでいく民主主義の後退や戦前化・・・。

そして主権者の国民は、というと・・・
昨日の夕方のテレビで、投票に対する街頭インタビューを見た。そこでの発言が「仕事が忙しいので(?)投票には行ったことがない(31歳女性)」「投票所に行ってから誰に投票するか決める(若い主婦)」「やっぱり顔でしょう。顔を見ればやってくれそうかどうかが分かる(若い女性)」「投票所に行って、書きやすい名前を書く(同)」・・・(2014/12/03の民放テレビより)

親父が亡くなって18年。前にプロ野球好きの親父に聞いたことがある。「巨人の中継ばかりで、何が面白いの?」「巨人が負けるのが楽しい」・・・
不甲斐ない野党に国民が期待をしていないのが現実としても、反自民で、「仕方なく野党に投票・・・」という構図さえも、この国には無いらしい。

以前、英FT(フィナンシャル・タイムズ)は、「安倍氏は日本そのものにとって危険な存在になり得る」(ここ)と報じ、中国・新華社通信は、もっと露骨に「今回の衆院選を「アベノミクス」への賛否にとどまらず、安倍首相の「政治暴走」に対する信任投票と位置づけた。そのうえで、「最大の(解散の)動機は、可能な限り首相の座にとどまり、それによって、在任中、暴走の勢いを増し、任期内に憲法改正、国防改造など個人的な政治野心を実現することにある」と報じた。」(ここ)という。

まさに海外メディアが報じている通りに動いている日本・・・。
先に死んでしまう我々はもうどうでも良いが、結果として“安倍首相のナショナリズムを応援する日本国民”の姿に、ただただ孫の将来に憂いを感じる。

141204abe <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月 3日 (水)

「旅立ちのBGM」

何とも、うら寂しいタイトルである。
先日の日経新聞にこんなコラムがあった。
旅立ちのBGM 湊かなえ
 実家にかえった時のこと。近所の葬祭会館では出棺の際に、故人が生前好きだった曲を流してくれることを聞きました。
 エンディングノートが流行っているように、こういうことは早めに決めておいた方がいいだろうと、妹と2人で、両親を見送る際の曲について話し合いました。ちなみに、両親はともに元気で、今年もおいしいみかんを送ってくれたばかりです。
 姉妹の意見は割とすぐに一致し、父はカラオケでよく歌っていた北島三郎さんの「風雪ながれ旅」、母は寝る前によく聞いていた加藤登紀子さんの「百万本のバラ」がいいだろうということになりました。
 そこに両親がやってきました。姉妹で話し合った結果は伝えず、出棺の時の曲は何がよいかと訊(たず)ねると、2人とも、私たちが想像していなかった曲名を挙げました。若かりし時に胸をときめかせた映画のテーマ曲、両親との思い出の歌。父は生まれた時から父親ではなく、母は生まれた時から母親ではなかったのだという、当たり前のことに気付かされました。
 それでは、自分は何がいいだろうと考えます。今、私が死んでも葬儀は別の葬祭会館で行われ、曲を指定することはできないかもしれませんが、それは物事を考えるとっかかりであって、自分のこれまでの人生を音楽という面から振り返ることに意味があるのではないかと思います。いや、単純におもしろそうです。
 まずは、自著の映像化作品主題歌メドレーなどよいのではないかと思います。良い曲ばかりを作っていただいたので、人生の終わりをドラマのエンディングのように華やかに迎えることができそうです。しかし、それでは湊かなえ(ペンネームです)の葬式です。最期の瞬間まで湊かなえとして生きるのならそれでもいいのですが、自分の人生にはまだまだ第3ラウンド、第4ラウンドがあるような気がするのです。
 それでは、人生における思い出の曲。歌謡曲なら、大切な仲間たちと肩を組んで何度も歌った、中島みゆきさんの「時代」がいいなと思います。洋楽なら、トンガで過ごした2年間、毎日のようにラジオから流れていた、アバの「ダンシング・クイーン」がまず一番に思い浮かぶのですが、葬儀に参列してくれた人たちから、何でこの曲なんだろう? と疑問を持たれ、そんなことを考えているうちに車が出てしまった、という状態になりかねません。
 そういえば、結婚式の披露宴の和装での入場曲は、旦那さんの趣味で、ドラマ「鬼平犯科帳」のテーマソングでした。新郎新婦が金屏風の前まで小走りで向かいました。改めて、死ぬ時は1人なのだなと感じます。
 最後は、ミュージカルナンバーから。一番好きな曲を選ぶのは難しいのですが、「自分は去っていくが、大切な皆さんにはまた明日がくる。どうかお元気で!」という意味を込めて、「屋根の上のバイオリン弾き」の「サンライズ・サンセット」がいいのではないかと思います。しかも、それが私の王子様的存在である、バイオリン2人とピアノ1人のインストゥルメンタル・ユニット「TSUKEMEN」の演奏なら、最高の旅立ちになる予感がします。
 すぐには決まりませんが、曲など何でもいいので、大切な人たちに笑顔で見送られるような人生を送れるといいなと思います。(作家)」(2014/11/25付「日経新聞」夕刊p7より)

子どもの頃、同じようなことを考えたことがあった。自分の葬式に流す音楽・・・。
クラシックの聴き始めだった高校時代だったか、挙げた曲は、ベートーベンの英雄交響曲の第2楽章の葬送行進曲、ショパンのピアノソナタの葬送行進曲、そしてマーラーの交響曲「巨人」の葬送行進曲。ついでに、ワーグナーのニーベルングの指輪の葬送行進曲やモーツァルトのレクイエムも候補か・・・
それから半世紀。そんな気はどこかに吹き飛んだ。
もし自分の葬式にベートーベンやモーツァルトが流れたら、それは「やらせ」で鼻につく。あまりに自分がエラそうで辟易する。ゴメンだな・・・

今それを考えるとどうなるのだろう。自分の好きな歌? 自分の宝の歌は布施明の「摩周湖の夜」だけど、何かそぐわない。そもそも歌詞がある歌は、何かを主張しており、それが自分の主張と合うのか疑問。しかも「死人に口無し」の死んだ後のこと・・・。あ~めんどうくさい。
すると静かなイージーリスニング?? まあそんなところが無難か・・・

40年前の自分たちの結婚式。ステレオ好きの友人と一緒に、音楽は全部自前で行った。新郎新婦入場ではワーグナーの「婚礼の合唱」、ケーキ入刀では、メンデルスゾーンの「結婚行進曲」。
まあそれほど異質でなく、若気の至りで楽しかったが、葬式となるとそうはいかぬ。

そもそも葬式そのものに対して、年を経る毎に意味を感じなくなってきている自分は、僧侶のよく分からない読経よりも、自分の知っている経典を、CDからのBGMとして流す方が合うような気がする。般若心経、観音経、阿弥陀経などなど・・・。

まあ死んじゃってからだと、何も言えないので、上の記事の湊かなえさんのように、自分の旅立ちを気にする場合は、我々シルバー族はそろそろそれを考えておく時期なのかも知れない・・・ね。

141203tekisyutu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月 2日 (火)

「国別ブランドランキング」ベスト20~日本が世界トップに

先日、こんな記事を読んだ
日本、国別ブランドランキングで世界トップに
 ここ1年、日本は景気回復にもがいているが、世界中の人々のあいだで日本のブランド評価は着実に高まっている。
 国際的なブランドコンサルティング会社のフューチャーブランドが毎年発表している国別ブランド指標※で、日本は同調査で初めて、世界で最もブランド力の高い国に選ばれた。この国別ブランド指標は、さまざまな消費財のブランド評価に用いられるのと同様の基準に基づいて、世界各国のブランド認知を数値化したものだ。
 今年の国別ブランドランキングには、過去のランキングと比べ、少し変化が見られる。その最大の理由は、フューチャーブランドが、評価対象となった75カ国のどの国にもブランドとしての資格があるわけではないと判断し、同社が定めた「国別ブランド」の評価基準を満たす国を22カ国に絞ったためである。この評価基準には、ある国が、高品質の製品をつくっているか、生活したり留学したりしたいと思わせるような場所か、質の高いインフラが整っているかなどの認知が盛り込まれている。

実際に訪問、仕事をする可能性高まる
 「『国としてのブランド』になるには、その国の製品やサービスに対する人々の購買意欲が高く、生活したり留学したりしたいと思わせる国でなければならない」と同社のリポートは述べている。
 また、回答者が特定の国のブランドを高く評価するとき、リストに挙がっているほかの国々より「その国を訪れ、人に薦め、その国と商取引をする」可能性を高める点も明らかにしている。
 さらに同リポートは「“ステータス(名声)”と“実感”との関連で当社が定めた6つの基準に基づき、人々が(国のブランドについて)平均より強い認知を示したことを意味する。具体的に、文化や歴史、観光、物産の質の高さで認知するように、その国の生活の質や価値観、仕事のしやすさという要素を同等に強く認知している」と述べる。
 各国のブランド評価にあたり、フューチャーブランドは世界17カ国(米国、カナダ、ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、英国、ドイツ、フランス、ロシア、トルコ、南アフリカ、アラブ首長国連邦、インド、中国、タイ、日本、オーストラリア)でひんぱんに海外旅行をしている2530人の回答者からデータを集めた。
 「今年の調査結果を見ると、強いブランドを持つ国は、外国人の訪問回数や評価の高さ、海外からの投資金額、製品やサービスに対する消費者の支持など、数値化された競争力においても優位に立っていることが分かる」。フューチャーブランドの国際戦略部門を統括し、リポートの共著者でもあるトム・アダムズ氏はそう語る。「企業ブランドやコンシューマーブランド同様、国のアイデンティティーや評価も管理を怠らないことが重要であり続ける」
※2012年の回で8回目を数えている。今回からは調査法が変更になった

日本のテクノロジーを評価
 日本は今年初めて、長年君臨してきたスイスをしのいで第1位の座に就いた。回答者は、日本と聞くと「ユニークさ」を評し、テクノロジーや医療、教育、歴史遺産や芸術、文化を連想した。
 ある回答者は「日本は停滞することなく、常に向上し続けている。ロボット開発技術やロボットエンジニアリングで世界に勝っている」と述べた。
131202brand1  回答者は、テクノロジーや家電製品、自動車を日本が持つ「概して高度な専門性」と評価し、日本が最も力を発揮している分野として、テクノロジーとイノベーションを挙げている。
 今年第2位となったスイスについて、回答者は、高い生活水準、治安のよさ、医療と教育を連想すると答えた。日本同様、スイスが他分野より力を発揮している領域としてテクノロジーとイノベーションを、また、概して高度な専門性を持つ分野として高級消費財を挙げており、「美しい」「清潔」「安全」「高価」といった言葉で形容している。
 永世中立国で秘匿体質の金融機関で知られるスイスを、ある回答者は「きわめて効率のよい交通機関、ビジネスに対する先見性、銀行業、美しい風景、生活の質の高さ、もてなし上手な人々」といった言葉で評している。
 ロレックスやネスレ、パテックフィリップ、タグ・ホイヤー、リンツ&シュプルングリーなど、スイスの代表的ブランドはいずれもチョコレートメーカーか時計メーカーだ。
 国別ブランドの第3位はドイツだった。回答者は「ビール」「テクノロジー」「文化」「自動車」「治安のよさ」「驚異的」などの言葉で形容している。
 ある回答者はドイツについて「欧州の経済圏、ひいては欧州全体を下支えしている」と述べ、「しかもドイツは第2次世界大戦の荒廃から立ち直り、わずかな年月のあいだに議論の余地がない、世界のリーダーの地位を築いた」と書いた。
 回答者はおおむね、ドイツを生活水準の高さ、先進的なテクノロジー、整備の行き届いたインフラと関連づけた。ドイツが持つ「概して高度な専門性」は自動車分野にあると考えられており、これに次いでテクノロジー、交通機関が挙げられている。代表するブランドには、シーメンス、アディダス、バイエル、フォルクスワーゲン、ルフトハンザが含まれる。
 昨年第8位だった米国はランクを1位上げて第7位に就いた。リポートには、回答者が今後最も影響力を持つと考える都市のリストが添えられており、ニューヨーク市が第1位になった。
 重要なのは、ブランドランキングの上位を占めた国々が、政治や経済に最大の影響力を持つとみなされているわけではなく、テクノロジーやイノベーションなどの分野で強みがあるという点だ。
 フューチャーブランドの会長、クリストファー・ヌルコ氏は「国別ブランド評価は、政治や経済での重要度と同じくらい、イノベーションやテクノロジー、環境分野で持つ力のことを指す。このことは、将来の国のブランド評価を形成する原動となる要素に変化が生じていることを示している」と語る。
 このリストの作成に用いられた「ブランド」の基準に届かない国々について、アダムズ氏は「国別ブランド指標を見れば、訪問者の選択を左右する評価基準のうち、どのレバーを引けば国のブランド認知が向上するか、貴重な洞察が得られるはずだ」と述べた。
By Kathryn Dill, Forbes Staff(2014年11月12日 Forbes.com)」(2014/11/27「日経新聞」(ここ)より)(公式なレポート原文は ここ

<「国別ブランド」トップ20>
① 日本
② スイス
③ ドイツ
④ スウェーデン
⑤ カナダ
⑥ ノルウェー
⑦ 米国
⑧ オーストラリア
⑨ デンマーク
⑩ オーストリア
⑪ ニュージーランド
⑫ 英国
⑬ フィンランド
⑭ シンガポール
⑮ アイスランド
⑯ オランダ
⑰ フランス
⑱ イタリア
⑲ アラブ首長国連邦
⑳ 韓国

この、国に対するブランド評価。この結果をどう捉えたら良いのだろう・・・。
評価基準は、文化や歴史、観光、物産の質の高さ、生活の質や価値観、仕事のしやすさだという。なるほど・・・。「Made in Japan」を含む、「Japan」のイメージ全体なのだ。これは久しぶりに日本国民として誇って良いことではないか・・・。

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全体を眺めてみると、北米を除く上位の国は、どの国も個性がある。その民族の文化への評価にも見える。
それに引き替え、米国は「切磋琢磨の強さ」「自由競争の強さ」というイメージ。
逆に中国などは、製品などは世界を席巻しているとは言え、やはりイメージは悪い。それでも28位・・・
それにしても、英国が12位、フランスが17位、イタリアが18位とはどうしたことだろう・・・。

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でもこんな評価を見ると日本人として元気が出てくるね。でもその元気、戦争に向かうエネルギーにだけは使って欲しくないけど・・・。安倍さん!!

141202sauna <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年12月 1日 (月)

「禍転じて」・・・!?

先日、愉快なコラムを読んだ。
禍転じて 関西大学東京センター長 竹内洋
 管理職をやっている人であれば、こんな経験があるだろう。部下がとんでもない間違いをおこしたと思って叱責したが、まったくの誤解で、バツが悪くなってしまったという経験である。私にも、そんなことがある。それも一人ではなく、大勢の学生相手にである。ある国立大学で、定年退職年度末の授業のことだった。授業中くぐもった携帯の音がした。携帯が流行(はや)りだしたころである。そのうち止めるだろうとおもったが、鳴り止(や)まない。
 最終講義の草稿も準備していた。いままで20年間この大学で授業したが、拙い講義にもかかわらず私語で悩ませられたことは一度もない。すばらしい学生たちだったと書いていた。美しい終わり方だと思っていた。それだけにこれでは私の最終講義の草案が台無しだと思った。そんなこともあって、「いいかげんに携帯を止めんか」とどなった。ところが学生はにやにやしている。注意しているのに、にやにやとはなにごとか。よけい激高した。最近の○○大学の学生の質は大衆化で悪くなったなどと悪態をついた。
 学生たちは教室の隅のほうを指さしている。教室の隅におかれたデイパックあたりから鳴っている。犯人は私だったのである。さんざん説教したあとなので、体裁悪いことこの上なかった。いや大衆化は大学教授のほうでしてとか、しどろもどろの弁解に終わった。
 まもなく、最終講義が行われた。20年間私語には出会わなかったという話のあとにこの逸話を加えた。会場は大笑になった。美しく終わることはできなかったが、「懺悔(ざんげ)」はできた。笑いの中で、胸のつかえがとれたのである。」(2014/11/11付「日経新聞」夕刊p1より)

こんなコラムを読みながら、自分の人生で同じような思い出があるかな・・・と考えてみた。
苦い思い出や、「わざわい」は幾らでも思い出す。しかしそれが転じて・・・となると・・・、思い出さない。
つまり自分の場合、転じないのである。悪いことが良く転じないのである。
アッ!そうだ。若い頃、一度ヨメさんに逃げられそうになったことがあったっけ。でもいまだにそのヨメさんと同居が続いている・・・。
これって、「禍転じて」・・・かな?? いや「禍」のままかも・・・!?? ・・・・・(合掌)

141201seitaikei <付録>「ボケて(bokete)」より

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