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2014年12月 9日 (火)

がんの告知と「魔の2週間」~日ごろ冷静な人も別人に

先日、こんな記事を読んだ。
がんの告知と「魔の2週間」 日ごろ冷静な人も別人に
その言葉は、ある日不意に言い渡される――「がん」。耳にした瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、自分の「命」を改めて認識するようになるという。今や日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代。人生、家族、仕事……。がんをきっかけに診療室で繰り広げられる人間模様とともに、がん治療の最前線を歩み続ける森山紀之・東京ミッドタウンクリニック健診センター長が語る、現代人に伝えたい生き方の道しるべ。

たとえ早期のがんであっても人は必ず取り乱す
 「がんの疑いがあります」という言葉を、みなさんだったらどう受け止めるでしょうか。
 がんの早期発見に大きな力になっているのが健康診断、がん検診、人間ドックなどの検査です。検査によって早期に発見できたなら、それは喜ばしいことのはず。ところがなかなかそうもいかないのが人間というものなのです。
141209gann_2  40代のあるご夫婦のケースです。ある晩、富永大祐さん(仮名)が帰宅すると、奥さんの優美さん(仮名)が真っ暗な部屋で泣いていました。聞けば、以前受けた婦人科検診の結果が出て、「ステージIII」だと言われた、と。インターネットで調べたら「がんが広がっている」「転移が見られる」と書いてあった。「私はがんだ、手遅れだ、もうダメだ」と、優美さんはわんわん泣きながら訴えたそうです。
 大祐さんは日ごろ冷静で穏やかな妻の豹変(ひょうへん)ぶりにびっくりしたようです。ステージIIIは確かなのか、そもそも婦人科検診でがんの進行度までわかるのか。しごくまっとうな疑問を口にし、とにかく優美さんを落ち着かせようと「大丈夫、大丈夫」と笑顔を見せたのですが、取り乱している優美さんは聞く耳を持ちません。それどころか「こんなに深刻なのに、あなたは笑っているばかりで、ちっともわかってくれない」と、夫を責める始末……。

正しく認識していれば大泣きする必要はなかった
 実はこの騒動、優美さんが細胞診の判定分類である「クラスIII」を、がんの進度を示す「ステージIII」と、取り違えたことが引き起こしたものでした。
 よくあるケースなので簡単にまとめますと、細胞診の結果は、「クラス1=異形細胞がない」「クラスII=異形細胞は存在するが悪性でない」「クラスIII=悪性と疑わしい細胞が存在するが断定できない」「クラスIV=悪性細胞の可能性が高い」「クラスV=確実に悪性」の5つに分類されます。優美さんが検診を受けてわかった「クラスIII」とは、がんになるかどうかもわからないレベルで、大泣きする必要はまったくなかったのです。

<がんの検査結果は誤解を招きやすい>
がんになる前の状態を示す例
前がん病変(異形成)からがんに進展する可能性があるかどうかを、「クラス」として判定する検査がある。例えば、子宮頸部の「子宮頸部細胞診」では、その結果をクラス1~5として示し、「クラス1=正常」「クラス2=軽度異形成を疑う」「クラス3a=中度異形成を疑う」「クラス3b=高度異形成を疑う」「クラス4=早期がん(ステージ0)細胞を疑う」「クラス5=ステージIa以上のがん細胞を疑う」という判定がなされる。前がん病変(異形成)は、口腔(こうくう)、胃、子宮、皮膚、大腸、乳房などに起こり、放置しておくとがんに変わるリスクが高まる。
がんがある状態を示す例
がんの状態をステージ(=病期)0~IVの5段階で示す。ステージを判定する方法の一つに、国際対がん連合の「TNM分類」がある。「T因子=がん(Tumor)の大きさ」「N因子=周辺のリンパ節(Node)への転移の有無」「M因子=別の臓器への転移(Metastasis)の有無」に応じて、ステージ0~IVに分類される。ステージがIV期に進むにつれてがんが広がっている状態になる。がんの大きさとサイズ、転移の有無によって「IA」「IB」「IIA」「IIB」などと、さらにステージを細かく分類していく。

 一方、「ステージ」はがんの進度の分類で、転移の有無などをもとにI~IV期に分かれています。先のケースで登場した「ステージIII」は、優美さんが集めた情報にもあったように、がんが進み、すでに「転移が見られる」といったやや深刻な状態です。
 ここで何が言いたいのかというと、日ごろから冷静な人を別人に変えてしまうのが「がん」であるということなのです。そして、そんなときにこそ家族やパートナーなど、患者を取り巻く人の有りようが改めて問われるのです。

生存率が90%でも、「自分は助からない」と思い込む
 がんは命に関わる病気ですから、告知をしたとき、「治るのか、治らないのか」「治せるのか、治せないのか」といった2つの結論が、患者さんとそのご家族にとっての最大の焦点となります。ところが、「早期がんだから、9割の人が助かっています」とお伝えしても、「いやいや自分は助からない方の1割になるに違いない」と考えてしまう人が非常に多いのです。
 これは大変残念なことだと思います。というのも、「きっと死ぬんだ」と沈み込んでしまう人と、「自分は大丈夫だ」と希望を持って生きる人とは、その後の経過が全然違うといってもいいのです。医学をやっている人間として、科学的に説明のつかないものは信じたくないのですが、ストレスから解放されて前向きに過ごすことが、体に与える影響は計り知れません。患者本人のがんばりと、周りの温かいサポートによって、信じられないような出来事が起こることに幾度となく接してきました。その意味では、患者さんの思いを受け止め、寄り添えるご家族の存在もまた、この上ない力となります。
 なかには、受診されたときにすでに末期で手の施しようがないケースもあります。こちらから伝えるにせよ、患者さんに「進行がんですか?」「助からないのですか?」と問われて答えるにせよ、告知の時は大変気を使います。そしてどんな心配りをして伝えたところで、ほとんどの方は「現状を正しく受け止める」ことができません。
 告知の直後は、衝撃を受け、絶望したり、怒り出したり、がんであるはずがないと否認したり。その後は、不安、不眠、食欲不振など日常生活に支障をきたす症状に多くの人が悩まされることになります。私はこの期間を“魔の2週間”と呼んでいます。程度の差こそあれ、がんの告知を受けてから適応するまでにはそのくらいの時間がかかるものなのです。

「生きるか、死ぬか」の二択に目を向けない
 ご家族には、「患者さんはものすごくわがままになります」と説明し、理解してもらえるように努めます。ですが、看病に疲れたパートナーに「おまえは俺が死ねばいいと思っているんだろう?」という投げやりな言葉をぶつけたりするのですから、ご家族はどれだけ苦しいことか。残念なことに、がんをきっかけに離婚をしたり、ご家族の絆が切れてしまったりするのは、場合によっては無理もないことなのかもしれません。
 ですがその一方で、がんになったからこそ、それまで以上に支え合って生きていく見事なご夫婦を今までたくさん見てきましたし、闘病を通して家族の絆が強くなることもあります。
 がんになるということは、本人にとってはもちろん、家族にとっても大変な災難です。ですから、今あるこの状況の中で、精神的にも肉体的にも最も軽いダメージで済ませるにはどうしたらよいかを考えていただきたいと思うのです。とにかく頭を切り替えて、「生きるか、死ぬか」といった二択の結論から目をそらすことが大切。日々の仕事や生活、自分の生きがいなどに集中したり、没頭したりするのでもいい。
 少し不適切なたとえになるかもしれませんが、がんは交通事故や血管イベント(心筋梗塞、脳梗塞など)で突然死んでしまうことに比べれば、期限付きではあっても、というより、期限付きであるからこそ、残された時間を充実させる道が残されています。
 「自分の命を後悔なくまっとうしてほしい」
 どんなケースのがんであっても、私はこう祈るような思いで、日々患者さんやご家族に向き合っています。(まとめ:平林理恵=ライター)

Profile 森山紀之(もりやま のりゆき)
東京ミッドタウンクリニック健診センター長、常務理事
1947年、和歌山県生まれ。千葉大学医学部卒。76年に国立がんセンター放射線診断部に入局。同センターのがん予防・検診研究センター長を経て、現職。ヘリカルスキャンX線CT装置の開発に携わり、早期がんの発見に貢献。2005年に高松宮妃癌研究基金学術賞、07年に朝日がん大賞を受賞。主な著書に「がんはどこまで治せるか」(徳間書店)。」(
2014/12/01付「日経新聞」「日経Goodayセレクション」(ここ)より)

この記事、およそ他人事ではない。自分もまだその(ガンになる)半分に入っていないが、誰でも、いつでもその可能性はある。
気弱な自分の場合、2週間くらいで平常心に戻るとは到底考えられない。

先日、同期会があったが、ある男が「明後日、人間ドックなので、酒を控えなきゃ」と言っていた。「今さら人間ドック?」「何? ドックに行っていないの?」「わざわざ病気を見付けることも無かろう。具合が悪くなったときに病院に行けばよい」「ガンは早期発見が重要では?」「自分だって、市の健診はやっているが、レントゲンはもう撮らない」・・・
70歳がそろそろ手に届く我々の同期会は、相変わらずの病気自慢大会。自分も不整脈や胃酸過多を“誇った”が、10数年前に心臓の手術で3本の動脈を取り替えたBくんや、40代で胃がんの手術をして「脂っこい物はダメなんだ」というOくんにはかなわない。

彼(か)の短歌の河野裕子さんもガンになったときは荒れたというが(ここ)、誰でもそれは避けられない。
しかし、強い人間はいる。どうもウチのカミさんも強そう・・・
先日、カミさんに血尿が出てヒヤッとしたが(その後OK)、その時にカミさんが発した言葉を今でも覚えている。「**と**と**が心配。まだ死ねない・・・」。つまり、まだ3つのことをやり残しているので、自分が死ぬと、そのことが心配だという。

ふと、昔見たTVドラマ「Woman」(第5回)の満島ひかりのセリフを思い出した(ここ~第5回の録音あり)。
「私、死ねないんです。ダメなんです。死ぬのダメなんです。今死ぬと、今死ねないんです。絶対死んだらダメなんです。絶対ダメなんです。何でかって言うと、お話ししたかどうか分かりませんけど、子供がいます。2人います。上の子が女の子で小学校に入ったばかりで1年141209woman 生です。下の子が来年から幼稚園で男の子です。7歳と4歳です。
子供達の父親は、4年前に事故で亡くなりました。なので、私が、いなくなってしまったら、子供達2人だけに、あの子達2人だけになってしまいます。だから死ぬのダメなんです。絶対死んだらダメなんです。
あの子達が大人になるまで、まだ、まだまだ、ず~っとかかります。2人きりになっちゃうんで、死ねません。生きなきゃいけないんです。
小さくて、まだ、小さい命なんです。私が守らなきゃいけない命なんです。・・・」(
ここより)

それにしても女性は、いや母親は強い。この一念があれば、病気さえも退散してしまうだろう。
それに比べて、男はからっきし弱い。もし自分だったら、自分のことだけで頭がいっぱいになって、他のことなど二の次になるような気がする・・・。
とにかく、こんなことを考えなければいけなくなる時が、少しでも先であることを祈ろう。

141209fuann <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

ドラマ[Woman]は良かったですね、自分の孫を置き換えると辛くなり見るのを止めようかと何度も思いました。エムズ様より年上の我々夫婦はもう健診は止めました。最期は一言でも周りの人に感謝の言葉を残して旅立って逝きたいと思います、それには「即・」は一寸・・・明治生まれで仏教の信心篤かった母は亡くなる寸前に御詠歌を口ずさんでました、これにはもう我が母ながら脱帽です。

【エムズの片割れより】
そうですか・・・。
そろそろお袋の1周忌ですが、ウチのお袋は、食べられなくなって亡くなるまでの数か月、自分が死ぬとは全く思っていなかった、と思います。
今では、死ぬ意識をしなくて済んだのは、かえって良いことだったのでは、と思っています。

投稿: 名前?忘れた | 2014年12月12日 (金) 00:37

がん告知を受けて…
人によって百人百様の反応をすると思います。
本にも書きましたが、私の場合は告知を
一人で受け、一人で運転して帰り、
その時夫はちょうど海外出張中でした。
不思議と冷静でした。
あるいはショックが大きすぎたのか、
涙は一滴もこぼれませんでした。
子供たちは21と18、何とかなる!
しかし3匹の犬はどうなる?と思うと
絶対に死ねない、と思いました。
その時から15年余りが経ちました。
聞けば乳がんに卒業はないとか。
今は、猫3匹を置いては絶対に死ねません!と言いたいところですが、
年齢的にがん以外の病気にも襲われかねなく、
神のみぞ知る、運命にゆだねるしかありません。

【エムズの片割れより】
やはりお強いのでしょうね。背景は何なのでしょう・・・。やはり「死ねない」という何かがあったことでしょうか・・・それが猫であれ何であれ・・・。
でも60を越えると、その時がいつであっても不思議ではなく、黙って受け入れるしかないのでしょうね。
実は昨日、同じ年の従兄弟がステージ4の膀胱ガンで入院中と聞き、少々ショックを受けまいした。

投稿: アンディーのママ | 2014年12月12日 (金) 18:37

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