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2014年11月10日 (月)

「わたし流 理想の末期の迎え方」~大村英昭氏の話

毎週録画しているNHK(日)早朝の「こころの時代」。難しい話が多いので、通して見ることは少ないが、今週の放送は「わたし流 理想の末期の迎え方」という刺激的なタイトルだったので、ついじっくりと見てしまった。

「こころの時代~「わたし流 理想の末期の迎え方」
がんを患い「死と向き合う日々」を送る宗教社会学者で住職も務める大村英昭さん。今望むのは「格好いい死に方」。大村さんがたどり着いた「人生のよき終わり方」を聞く。
141110ohmura 「今望むのは、“ダンディーな死に方”をすること」と語るのは、宗教社会学者で、寺の住職も務める大村英昭さん(72歳)。4年前に末期の大腸がんが見つかり「死と向き合う日々」を送っている。「学者」と「住職」、2つの異なる立場で人の死も見つめてきた大村さんが、「自分の死」を突きつけられたとき、心に浮かんだものは?大村さんがたどり着いた「人生のよき終わり方」を聞く。
【出演】相愛大学教授・圓龍寺住職…大村英昭,【きき手】住田功一」(
2014/11/09放送、2014/11/15 PM1再放送 NHKのここより)

氏は4年前の平成22年9月に大腸ガンが見つかり、手術はしたがガンは腹膜にまで広がっており、抗がん剤治療を施さなければ余命は8ヶ月、抗がん剤治療をすれば、2年は生きられると宣告されたという。しかし、昨年の10月からは、自らの意思で抗がん剤治療も止め、今まさに死と向き合った日々を送っているという。

この話の中で、印象に残ったのが「諦観」という話。

<大村英昭氏の「わたし流 理想の末期の迎え方」より>

★この番組の音声(60分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIPファイル)をクリックしてしばらく待つ。

少しメモしてみると・・・
「諦めることに意義を素直に見つめて欲しい。諦めることは絶対に必要」
「色々なものを諦めて、2年間で出来ることを整理して、事業仕分けした。すると自分が歩んでいく道がストンと分かった。だから諦めることは意義があること・・・」
―― 余命を告げられて迷っている人に対して、宗教者として何をおっしゃいますか?
「この世のことは諦めて頂くしかない。親鸞が言っているように、死に様はまだ分からない。それを問うのではなくて、惜しむ人の心にはあなたの一番良いところが残ってそれが思い出されていきます。あなたの行き場所は、「倶会一処(くえいっしょ)=共に一つ所で会う」。その世界に皆が行く。同じ所に帰って行く。ということを説明するしかない」
―― 私は死んだらどこに行くのか?
「親鸞は死に際して、「先立ちて、(浄土にて)かならずかならずまちまゐらせ候ふべし(「親鸞聖人御消息」より」という言葉を使っておられる。「かならずかならず一つところへまゐりあふべく候ふ(同)」。同じ所に皆で行って待っていますよ、という意味。」
「自分も父の後を追いかけてきて、親鸞のお手紙をいつの時からか親父の声だなと、聞こえるようになった」

そもそも自分は、通常の自分と、“その時の自分”(例えばガンの宣告を受けたとき)とは、考え方が違うと思っている。冷静で、分別があるであろう日常の常識的な考え方は、“その時”は失せてしまうだろうと・・・。そしてその時の姿は、頭が真っ白になった焦りとパニックの自分・・・。

だから、色々な人の「死に際して」のような話を聞いても、たぶんそれは頭で考えているだけで、“本番”では違った姿になるのだろうな・・・と思ってきた。
それが今回、まさに初めて本番に際した人の死生観を聞いた。手遅れのガンを持ち、抗がん剤治療も止めた今、あとどの位生きられるのか・・・という人の話。
それだけに、この話は心に沁みる。

Netで氏を検索すると、学者としての業績が色々と出てくる。そして自身のガンについても、2年ほど前に中日新聞にこんな記事を載せていたようだ。

がん患者になってみて 大村英昭・相愛大特任教授(上)
   余命2年だがまだ元気  期間を限定され達観
<死ぬのは「がん」に限る。ただし治療はせずに>。これは中村仁一医師のベストセラー『大往生したけりゃ医療とかかわるな−「自然死」のすすめ』(幻冬舎新書)の帯に書かれたキャッチフレーズです。この本の出版に先立って、中村医師とは何度か対話する機会をもったのですが、その折の語り口がそのまま書物になった感じ、ですから「大村さん、あんたも“古希”やろが、それなら抗がん剤投与なんて止(や)めたほうがいいんじゃない」の声を聞く思いで読ませてもらいました。

 確かに、筆者は一昨年来、国立病院機構大阪医療センターの化学療法室で3週間に1度抗がん剤を投与してもらっています。といいますのが、一昨年の9月初めにステージⅣに近い大腸がんをリンパ節も含めて切除手術してもらったのですが、その際、事前のPET検査でも見つけられなかった“播種(はしゅ)”と呼ばれる転移がんが腹膜にあることが判明し、執刀医からは「放置すれば余命8カ月」の診断を受けたのです。ただし、すぐ代わってやってこられた化学療法室担当の医師からは「これこれの抗がん剤を投与すれば平均余命2年程度には延ばせるはずです」との説明を受けました。
 以来、この8月で早や1年と11カ月になりますから、想定通りですと、残るは1カ月ということになるのですが…。いまのところそれらしい兆候は見当たりません。それどころか、危惧された副作用がほとんどないのを幸いに、お酒もたばこも手術前の状態に復帰してしまったほどです。で、先の中村医師よりも以前に対談した、こちらは「『平穏死』のすすめ」(講談社)を書かれた石飛幸三医師からは、「抗がん剤が効いているというよりは、たぶん大村さんの、その達観ぶりに、がんのほうが“参っとる”んでしょうなぁ」と褒めてくださっています。そういえば、がん宣告を受けた直後に会った友人も「ようそんな平気な顔してられるねぇ」と言ってくれましたから、石飛先生がおっしゃる“達観”もまんざらではないのかもしれません。
 そういう次第で、「抗がん剤も止めたら」という中村医師の言葉を化学療法室の担当医師に伝えたところ、「でも、大村さんの場合、抗がん剤のせいでQOL(日常生活の質)が落ちる、ということがないのでしょう…。だったらこのまま続けてもいいんじゃありませんか」となって、いまに至っているわけです。
 抗がん剤を始めるに当たって、お酒は駄目でしょうねぇと、おそるおそる尋ねた私に、投与します抗がん剤は、どれも「アルコールで左右されるようなやわな毒ではありませんから、全然構いませんよ」と言ってくださったこの先生、当初は、他の医院を紹介しますので“セカンドオピニオン”を求めてくださいともおっしゃったのですが、“やわな毒ではありません”のひとことで、「いや、その必要はありません。すべて先生にお任せします」と申すことができたのでした。
 医師および医療機関への信頼感がなければ、治るものも治らないということは誰もがおっしゃいましょう。私の場合も、「ここで駄目なら、どこへ行っても駄目」といった思い切りが手術前からありましたから、平均余命の形で、いわば期間限定していただいたことで、かえって“すっきり”したと申しますか…、残された時間のなかで何をするべきか、この意味での“事業仕分け”ができたように思います。
 もとより、もう一足の“わらじ”は浄土真宗の僧侶。死ぬことは俗世間−ことに競争社会ゆえ−のしがらみから解放されること、この意味での諦観は自然に身に付けてきたのでしょう。それでも、他人(ひと)ごとが「我が事」になって初めて見えてくるところも多くあります。僧侶としてのそれはともかく、半世紀にもわたって学んできた社会学方面の“事業仕分け”について、次にお話ししたいと存じます。
 おおむら・えいしょう 1942年、大阪市生まれ。京都大文学部卒。大阪大大学院、関西学院大大学院教授を歴任して現在、相愛大特任教授、兼ねて浄土真宗本願寺派僧侶。著書に「臨床仏教学のすすめ」(世界思想社)など多数。現在「新自殺論」を執筆中」((
2012年8月18日付「中日新聞」ここより)

達観することによって免疫が強くなり、ガンが退散した・・・?

余命3ヶ月と言われても、心の持ちようで、色々な“その後”があることを知った。
同病者の灯として、氏の今後の益々のご健勝を祈念したい。


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