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2014年11月の23件の記事

2014年11月29日 (土)

クラシックの「名盤」とは何だろう?

世に言う「名盤」がどうも自分にフィットしない。
前に「世界の名指揮者ベスト・ランキング2009」(ここ)という記事を書いたときに、自分のクラシック音楽の歴史のようなことを書いた。
そんなことを機に、自分が今までに聞いてきた音楽(持っているCDやLP)を聞き直しているのだが、それに加えて、世に言う「名盤」と言われているものも聞いている。
それがどうも自分にはフィットしないのである。
まずドボルザークの「新世界」。そもそも最初はトスカニーニだった。高校1年(昭和38年)のときに買った。そして大学1年の時にカラヤンのLPを買った。
そして、実は数年前に、名盤と言われているイシュトヴァン・ケルテス/ウィーン・フィル盤を買ってみた。自分の好きなデッカの録音で、1961年の古い録音だが音も良いという評判。
しかし、幾らひいき目で聞いても、自分にはフィットしなかった。冒頭のホルンの出だしから何か違和感・・・。そして音がうるさい。演奏は、何か技巧的でぎこちなく、出て欲しいタイミングで音が出ない・・・。途中で聞くのを止めたいほど・・・。
これはなぜだろう・・・。カラヤンの音楽が体に染み付いるのかな・・・。

ベルリオーズの「幻想交響曲」。これの定番はミュンシュ/パリ管。自分は大学4年の1969年にLPを買っていた。それから買ったのがメータ/ニューヨーク・フィルのCD。これは1982年に「とにかくCDで出ている幻想交響曲を買いたい・・・」と買ったもの。
これも数年前、改めてミュンシュ/パリ管のCDを手に入れて聞いてみた。これもまた自分にはフットしない。定番中の定番なのだが・・・。どうも自分は気難しいようだ・・・
それでピアノ盤などを買って喜んでいる。ちょと聞いてみようか・・・

<リスト編曲「幻想交響曲」第5楽章より>~Idil Biret(pf)

続いて自分にフィットしなかったのが、同じくミュンシュ/パリ管のブラームスの1番。前の記事でも書いたが(ここ)、この曲は、高校3年のときにカラヤン/ウィーン・フィルで始まったので、その後、テンシュテット/ロンドン・フィル、小澤征爾/サイトウキネン、ヴァント/北ドイツと、当時の評論家の評判を読みながら、色々と買ってみたが、結局聞くのはカラヤン/ウィーン・フィルに戻ってしまう。
それでこれまた名盤の誉れ高いミュンシュ/パリ管のCDを手に入れて聞いてみた。バイロイトの第九のように、圧倒的な評判のCDだ。しかしなぜ自分には違和感が残るのだろう・・・。心に沁みてこない・・・。子どもの時に擦り込まれたカラヤンにかなう物は無いようだ。

逆に自分が感動したのは、佐渡裕がベルリン・フィルを振ったショスタコービッチの5番。テレビで見て感激し、CDで聞き直した。自分にとっての名盤である。
ふと昔テレビで見たカラヤン/キーシンのチャイコフスキーのピアノ協奏曲も思い出した。この演奏も良く覚えている。CDでは聞いたことがないので、今度聞いてみることにした。
つまるところ、音楽の解釈は決して人の評価は自分にはあてはまらない、ということ。
名盤とは、ただただ自分にフィットするかどうか・・・。世の美人と、自分が惚れる女性が違うのと同じ、ということだ。まあ当たり前の話なのだが・・・
SONYのHAP-Z1ESに放り込むために、最近色々と聞いているクラシックの話である。

131129tama <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月27日 (木)

英語「も」大事~益川敏英さんの英語観

先日の朝日新聞に、こんな記事があった。
「(耕論)何のための英語入試改革
 大学入試の英語が大きく変わりそうだ。文部科学省は「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能を測る方式にかじを切ろうとしている。この改革はいったい何のためなのか。そもそも生徒たちは、どういう英語を学ぶべきか。

■「読む」1技能でも研究深めた 益川敏英さん(物理学者)
 最近、国はどうしてこんなに英語、英語と熱心なのかな、と不思議に思うことがあります。たぶん国際ビジネスの現場で、英語で通用する人材が大勢ほしいんでしょうね。文句なしに英語が必要な世界でしょうから。それに我々の時代と違って、いまや英語は世界共通語。「話す」「聞く」も含めた4技能を伸ばそうというのは、間違いではないと思います。
 だけど、学問や研究の世界は、ビジネスの現場とはちょっと話が違う。たとえば国文学では、英語はそれほど重要じゃないでしょう。そういう違いを無視して入試で一律に、全員に4技能を課すのは、どうかな。
<学問は遊びから>
 僕の狭い経験からも、学問で大事なのは「遊び」の心です。教科書通りに覚えることではない。自分で問題をつくり、自分で解いて、ここまでわかるんだと感動する。そんな経験がもとになって、物理や数学が本格的に好きになっていく。自分のセンス、感覚を研ぎ澄ましていくんです。そういうトレーニング、つまり何かに憧れ、情熱を燃やす時間が高校生ぐらいになったら必要なんです。
 だけど若いうちから英語に追いまくられていたら、そんな時間が持てなくなりはしませんか。それで4技能が身についたとしても、逆に専門分野の力がおろそかになったら元も子もない。英語はあくまでも他者に何かを伝えるための道具、手段なんですから。
 僕は語学が大嫌いです。学生時代もまったく勉強しませんでした。物理の本を読んでいるほうが、はるかに楽しかった。
 こんな生き方も、かつてはギリギリ許されました。大学院の入試で、僕が苦手のドイツ語を白紙で出して問題にされたときも、「語学は入ってからやればいい。後から何とでもなる」と言って通してくれた先生がいた。電子顕微鏡の世界的権威の先生でした。
 いまだったら、こんな判定はできないでしょうね。ルール通りにやらないと怒られる。僕がいま学生だったら、大学院に進むこともできなかったかもしれません。
 でも振り返ってみて、英語ができたらもっといろんな研究ができたかも、なんて思うことは一切ありません。断言できます。
<母語で学ぶ強み>
 ノーベル物理学賞をもらった後、招かれて旅した中国と韓国で発見がありました。彼らは「どうやったらノーベル賞が取れるか」を真剣に考えていた。国力にそう違いはないはずの日本が次々に取るのはなぜか、と。その答えが、日本語で最先端のところまで勉強できるからではないか、というのです。自国語で深く考えることができるのはすごいことだ、と。
 彼らは英語のテキストに頼らざるを得ない。なまじ英語ができるから、国を出て行く研究者も後を絶たない。日本語で十分に間に合うこの国はアジアでは珍しい存在なんだ、と知ったのです。
 ちなみにノーベル賞受賞記念のスピーチも、恒例の英語ではなく日本語で済ませました。英語の字幕つきで。英語でやれと言われたら、行く気はなかったですよ。
 こんな僕でも、実は英語は読めます。「読む」の1技能です。だって興味のある論文は、自分で読むより仕方がない。いちいち誰かに訳してはもらえませんから。
 ただし、いんちきをします。漢字がわかる日本人なら漢文が読めるのと同じです。物理の世界だったら基本的な英単語は知っていますから、あとは文法を調整すればわかる。行間まで読めます。小説だとチンプンカンプンですが。
 英語は、できるに越したことはない。でも、できなくたって生きていく道はある。つまり、英語「も」大事なんです。「も」という言葉がないといけないと僕は思う。だから仮に入試で英語が0点の学生がいたとしても、それだけで門前払いにするようなことだけはしないでほしいなあ。
 それに将来はわかりませんよ。20年もたてば、日本語で話せばすぐに翻訳してくれる器具が間違いなくできているはずですから。
 それよりも、まずは学問に本質的な興味を抱くこと。得意分野を磨くこと。その先に、やっぱり英語もできたほうがいいね、という程度の話なのではありませんか。(聞き手 萩一晶)
    *
 ますかわとしひで 40年生まれ。京都産業大学益川塾塾頭、京都大学名誉教授。「CP対称性の破れ」の起源の発見により、08年にノーベル物理学賞受賞。」(2014/11/26付「朝日新聞」p17より)

日本のノーベル賞受賞者で、益川さんほど自分に身近に感じた人はいない。
理由は単純。英語嫌いと聞いたので・・・
その益川さんの英語観である。自分にとっては「その通り!」のご意見・・・

何度も書いているが、自分も語学大キライ人間のひとり。そもそも英語の挫折の歴史は古い。中学1年で英語が始まったが、その3学期には既に挫折している。つまりそこから成績が悪くなっているのである。つまり“合わない”歴史は半世紀にも及ぶ。
高校の授業は、毎時間ただただ時計を見て、終わるのを祈るだけ。差されるのでは・・・という授業中の恐怖感は、いまだに覚えている。特に英語の教科書を読め、ナンテ言われたら、それはもう地獄。
大学でのドイツ語も同じ。今考えても、よくもまあ単位が取れたもの・・・。もちろん入社試験も英語もボロボロ。よくもまあ入社できたもの・・・。
もちろんサラリーマンの現役時代も、読むのだけは何とかこなしても、それ以外はもちろんNG。よって海外出張はことごとく逃げた! でも前にも書いたが、とうとう逃げられなくなって米東海岸に大名(金を掛けたという意味)出張をしたことがある。その時に一緒に行った連中が「英語は出来ない」と言っていたのに、アメリカへの入国審査で、にこやかに談笑しながら入って行く。自分だけ最後に取り残されて、パスポートを出して何か言われても「??」・・・。まあ相手も諦めてくれたが、連中の「裏切り」は許せなかった。
まあ、自分の「(まったく)出来ない」というレベルと「(十二分には)出来ない」の差だったのだろうが・・・

マ、全てがこんな調子・・・
だから語学嫌いでもノーベル賞を取れたことに、当時は拍手喝采したもの・・・。
だからと言って、自分も益川さん同様に、英語を否定しているワケではない。「4技能の全てが必須、前提」という考え方がキライなのである。生徒たちを先ず「4技能全て出来ること」というフィルターにかけ、そこで引っ掛かる(4技能がパーフェクトでない)人間は全て排除する、という考え方に怒りを感じるのである。
自分も「語学なんて単なる手段」でしょう?と言いたい・・・。語学なんか出来なくてもノーベル賞が貰える人がいるのだ。考えるほど怒りが増してくる!!

ある元首相が、海外要人との会談で、自分も一通り英会話は出来るが、細かいニュアンスがあるので話はキチンと日本語でして、通訳はプロに任せる、というスタンスだと聞いたことがある。つまり英会話は必要な時は、その道のプロに頼める。しかし、益川さんの言う通り、本業は誰にも頼めない。

まあ強がりを言っていても、先の米東海岸に行ったときに、「英会話が出来ると住む世界がグローバルに広がる」ことは実感したもの・・・。よって出来ることに越したことはない。
でも我が人生では、とにかく「日本語バンザイ!」 理屈抜きに「日本語バンザイ!」なのであ~る。日常でも困った事はない。海外旅行でも“誇りある我が日本語”で通した。
それが我が人生であり、今更変える気もない。トホホ・・・

141127hitori <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月26日 (水)

中島みゆきの「髪」

最近、昔の歌に凝っている。先日、久しぶりに中島みゆきの「髪」をFMで聞いた。
しみじみとした歌・・・
自分のメモを見ると、この歌が収録されていたアルバム「おかえりなさい」のLPを1980年1月27に買った、とある。このLPの発売が1979年 11月21日だというので、発売間もなく買ったらしい。しかしCDは持っていなかった。
それでCDを手に入れ、久しぶりにしみじみと聞いている。

<中島みゆきの「髪」>

「髪」
  作詞・作曲:中島みゆき

長い髪が好きだと
あなた昔だれかに話したでしょう
だから私こんなに長く
もうすぐ腰までとどくわ

それでもあなたは離れてゆくばかり
ほかに私には何もない
切ってしまいますあなたに似せて
切ってしまいますこの髪を
今夜旅立つあなたに似せて  短かく

長い髪を短かくしても
とてもあなたに似てきません
似ても似つかない泣き顔が
鏡のむこうでふるえます

あなたの写真も残らなかったから
影をあなただと思いたい
切ってしまいますあなたに似せて
切ってしまいますこの髪を
今夜旅立つあなたに似せて  短かく

この「髪」という歌は、wikiによると「1978年、アルゼンチン出身の歌手・グラシェラ・スサーナのシングル「さよならの鐘」のB面に提供された楽曲」だそうだ。
これも聞いてみよう。

<グラシェラ・スサーナの「髪」>

何とも中島みゆきとは、情感が大きく違う・・・

まあそれはそれとして、自分は昔の歌の方が好き。だから最近、買ったLPのCDを借りて聞き直している。あえて昔の作品を新たに聞いている。
小椋佳も初期の作品を聞き直した。山崎ハコも初期の作品を聞いているところ。
自分がよく聞いた喜多郎も布施明も、初期の作品“だけ”が好き。
これは成長していくアーティストに、自分が付いて行けない結果なのだろうか・・・。
とにかく、無性に数十年前の歌が聞きたくなるこの頃なのである。

141126siroari <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月25日 (火)

不調は自覚症状のせい?~「とらわれすぎ」に注意

やっと風邪が治ったみたい・・・。調べてみると4年ぶりの風邪の発熱。先週の(火)に、ちょっと寒気が・・・。(水)に約束があったので、行きたくなかったが無理して一日がかりで出かけたが、てきめん。家に帰ってから発熱。37.5度。自分は幾ら微熱でも、熱にはからきしダメ。
(土)に近くの医院に行って、もらった薬をそのまま飲んだのも悪く、体調が絶不調に・・・。原因は総合感冒薬に含まれている抗ヒスタミン剤。自分はこれに非常に弱くて、体が異常になる。2度飲んで、ハッとそれに気付き、直ぐに飲むのを止めたものの、(日)いっぱいダメだった。
でも何とか昨日から微熱も引き、やっと治ったみたい・・・。
熱があって寝ているときに願うのは、「アクシデントが発生しないこと」。何か事件(家族の病気や事故)があって、出動しないといけなくなっても、熱のある状態だと、とても車の運転も無理・・・。スポーツ選手など、発熱を押して出場、などという話も聞くが、自分には到底無理・・・

さて話は変わるが、先日の日経新聞にこんな話題があった。
不調は自覚症状のせい? 「とらわれすぎ」に注意
 訓練によって発達し続ける人間の能力は底知れない。ときには機械すらしのぐこともある指先の鋭敏な感覚は、職人技と呼ばれる域に達する。しかしこの能力は、ささいな身体の変化をいち早く自覚症状として察知してしまう。そして当人はその症状にとらわれ続けてしまうことがある。
 こんな例がある。40歳になり「若い時のようにはいかない」と言いながらも学生時代にテニスで鍛えた体力には自信がある。ある日、会社の定期健診で不整脈を指摘される。それ以来、通勤途中で階段を登った時の胸の違和感が気になるようになった。
 夜は布団の中で心臓の鼓動が乱れているように感じ、寝付けない。内科で精密検査を受けるが異常所見はなし。しかし相変わらず胸の違和感はおさまらない。
 このように、ちょっとした違和感に過度に注意を集中することにより、自覚症状としてとらえてしまう仕組みを、精神医学では「精神交互作用」と説明している。この作用による自覚症状の原因を追究し続け、社会生活にまで大きな影響を与えてしまうと、「心気症」と呼ぶ病態となる。
 本来の自覚症状は、身体の器官に異常が発生し、その信号として痛みや不快感が脳へ送られて認識される。一方、精神交互作用による症状は、脳から不調を探りにいく。脳が警戒してパトロールを強化したために察知するもので、本能的な生命維持機構でもあるが、症状にとらわれると日常生活に大きな支障となる。
 自覚症状を感じた場合には身体疾患が潜んでいる可能性もあるため、早期受診で身体疾患の有無を判断してもらうことは大変重要だ。身体の機能的な問題が除かれれば、症状に対するとらえ方も変える必要がある。皮肉なことに健康を願うばかりに、症状を気にし続けるとセンサーが日々鋭さを増して自覚症状が強まり、とらわれ続けてしまう。
 精神交互作用による症状からの脱却のポイントは症状の有無ではなく、“機能の良し悪しで判断”である。冒頭の例でいえば「階段は問題なく上れたが、心臓の鼓動が気になる」ではなく、「鼓動が気になったが、階段は問題なく上れた」となる。ちょっとした違いに思えるが、前を向こうとする心は、エネルギー量が大きく違う。(神田東クリニック院長 高野知樹)」(2014/11/08付「日経新聞」s7より)

カミさんに言わせると、特に自分は自己の体調に敏感だそうだ。さっきも「もっと気を外に!」と“号令”をかけられてしまった。まあいつのも事だけど・・・
「そろそろ加齢で色々と弱いところが出てくるのかな・・・」と言うと、「まだ早い!65から75は健康なはず!!」・・・。まあそうだな・・・
先日、カミさんのところに電話がかかってきた知人のおばさんは、現在85だが、80歳まで何不自由なく車も運転していたという。それが80を過ぎて自転車にしたら、転けて、それから体力に自信が無くなったとか・・・。
自分など、それに比べるとまだまだ・・・。結局、上の話では無いが、自分の心の持ちよう・・・。
どうも4年ぶりの発熱に、少し気弱になっている夜なのである。

141125lipovitand <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月24日 (月)

「実は少ない冷房の電力消費」~コタツのスイッチの可視化

先日、日経新聞の記事を読んで、またまた「ヘエー」と思った。
エコハウスのウソ 実は少ない冷房の電力消費
・・・・
 人間は汗が乾く限り暑さには強いが、低温は我慢することができない。体毛が薄い人間は冬に放熱量を抑えるすべが限られるので、気温が20℃を切れば寒低温は我慢することができない。人間は常夏のアフリカで進化するなか、毛皮を脱ぎ捨て暑さに特化した生き物。寒さにはからきし弱いのだ。
141124ondo  図2は、世界の主要都市における冬と夏の気温の関係である。東京は、夏の暑さでは香港やジャカルタ、マニラ並みに高い。一方で、冬はパリやベルリンと大して変わらない。最近では暖冬が多いとはいえ、冬の夜に氷点下を切ることは珍しくない。
 このように日本では「夏は熱帯」「冬はヨーロッパ」という両極端の気候が、1年の中で否応なしに繰り返されている。日本に暮らすというのは、結構“過酷”なことなのだ。
 こうした気象条件と人間側の事情とのギャップを考えれば、日本の大部分の地域において冬の寒さへの備えが何より重要なことは明白である。もちろん、日本の夏もかなり「手強い」ので無視できない。しかし、だからといって冬を軽視するのは絶対にNG。夏と冬のどちらかとなれば、まずは「冬を旨とすべし」である。
視覚イメージと実際のズレ
 しかし、やはり夏のエアコンの消費電力は多いのでは…といぶかる人も多いだろう。当然のことながら、エネルギー消費を削減する「省エネ」は大事だ。ただしイメージだけでは、効果的な省エネはおぼつかない。冷房など、それぞれの用途がどれくらいエネルギーを消費141124ondo1 しているのか、イメージと現実のギャップを見てみよう
 まずは一般的な「イメージ」から見ていこう。「エネルギーを一番使っていると思う用途」を東京理科大学の井上隆教授が消費者にアンケートしたところ、暖房・冷房と答えた人がそれぞれ40%に達し、他の用途を圧倒する結果となった(図3)。
141124ondo2  こうした認識は正しいのだろうか。実は、エネルギー消費の調査結果は大きく異なる(図4)。
 まずはエネルギー消費で「一番」との呼び声が高い暖房から見てみよう。北海道や東北、北陸といった寒冷地では、確かに暖房のエネルギー消費が多い。しかし、関東以南では暖房の割合は約20%にとどまる。
 冷房にいたっては各地域でごく少なく、四国や九州のような比較的暑い地域でも4%足らず。イメージと現実のギャップが一番大きいのがこの冷房なのである。
 逆にエネルギー消費が多いのは、給湯や照明・家電といった“地味”な用途なのである。
給湯・照明・家電はなぜ多い
 なぜ冷房のエネルギー消費は少なく、給湯や照明・家電は多いのか。加熱・冷却する温度と期間に着目すると分かりやすい(図5)。
141124ondo3  冷房が必要なのは夏の限られた期間だけで、1 日の中での使用時間も短い。外気が35℃を超えることは滅多になく、室内の温度も25℃より低くはしないから、内外の温度差はせいぜい10℃。必要な時間帯だけスポットでオンすることが多いので、使用時間も最小限に抑えられている。
 一方で、冬は外気が氷点下になり、内外の温度差が20℃を超える日が少なくない。在室時には暖房をつけっぱなしにすることが多いので使用時間も長く、冷房よりも多くのエネルギーが必要となる。ただし暖房も冷房と同じく、特定の季節にだけ利用される「季節限定」の用途。消費するエネルギーにはおのずと上限がある。
 これが給湯になると、夏場でも水を温めずに風呂やシャワーにそのまま使えることはまずないから、年中エネルギーを使って水を加熱する必要がある。照明や家電も一年中コンスタントに使われる。こうした年間を通して消費されるエネルギーこそが、実はより多くのエネルギーを消費しているのである。
 季節ごとの変化にばかり目がいって、年間を通しての「総量」を見過ごしていては、真の省エネ(省コスト)は達成できない。夏に、ちょこっと使うだけの冷房に目くじらを立てたところで、労多くして幸少なしである。
 本当に省エネをしたければ、給湯や照明など年間を通して発生する用途を抑えた上で、次に暖房の対策に取り組むこと。冷房ばかりに頭がいって他の用途がおろそかにならぬよう、くれぐれもご注意を。
前真之(まえ・まさゆき) 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。」(「
日経新聞」ここより)

いやはや目から鱗だな・・・。イメージでは、暖房・冷房・給湯・照明&家電が4:4:1:1だが、実際は、関東では2:0.2:4:4だという。このイメージとの差は大きい。

どうも冷房は、贅沢をしている気分になる。逆に暖房や照明などは「仕方が無いもの」としてあまり気にしていなかった。しかし、言われてみると、その通りだ。特に給湯は、我が家ではガスだが、消費についてはあまり気にしていなかった・・・。

今日、居間に置いてある石油ファンヒーター(三菱KD-D32C)が壊れた。寒くなって先日から使い出したのだが、数日前、「E4」というエラー表示でストップ。Netで検索すると、ほとんど情報が無いものの、「気化器の余熱サーミスタの不良か制御基盤の故障」らしい。
今まで、分解して気化器の掃除などで修理してきたが、今度は自分では無理・・・。買い換えることにした。
しかしこのファンヒーターは12年前に、たった1万6千円で買ったもの。エアコンの暖房がよく効かず、暖房の補助として毎年良く使った。特にタンクが9リットルもあり、石油が入ったタンクは重いものの、給油回数が少なくて済むので助かっていた。本当にご苦労さんである。

これからコタツのシーズン。もったいないのが、夜中のコタツの電気の付けっぱなし。それを今年は改良した。今までは、寝る前にケーブルの途中にあるスイッチを見て「入」か「切」かを確認していたが、ふと思い立って、使っていなかったフット(足下)スイッチ(15Aで千円強)と100円ショップで買った通電表示が付いた節電タップ(節約スイッチ)を利用して可視化した。つまりコタツの電気が入っているかどうかを目で見えるようにした。これが結構優れもの。
足下スイッチは、元々ホテルのスタンドランプなどに使うもの。まずコタツのスイッチは入れP10003471 たままにしておいて、コンセントに節電タップをつけてつなぐと、電源が入っているときはランプが点く。しかしこれでは、コンセントの場所まで行かないとスイッチの入り切りが出来ない。よって、今回は、100円ショップで買った1mの延長コードで、見える場所までコンセントを延長させ、そこにフットスイッチを付けて、そこにランプだけを見る目的で節電タップを付け、そこにコタツのコンセントをつないだ。
すると、近くに置いたフットスイッチを足または手で押すことで、ランプが見え、コタツに電気が入っているかどうかが直ぐに分かる。
これによって、今年の我が家のコタツの切り忘れが無くなる。これはカミさんにも大好評・・・。

自分は「ケチ」なのではない。「ムダがキライ」だけなのであ~る。

141124takibi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月22日 (土)

「大メディアが危険なのは事実を創造するから」

先日の週刊ポストにこんな記事があった。
ウォルフレン氏 大メディアが危険なのは事実を創造するから
 看板政策であるアベノミクスのメッキは剥がれ、「主張する外交」は世界から全く相手にされない。それでも安倍政権の失政は覆い隠される。このままでは日本に国家的危機が訪れると指摘するのは、30年以上にわたって日本政治を研究してきたカレル・ヴァン・ウォルフレン氏(アムステルダム大学名誉教授)だ。同氏は安倍政権がアピールする「官邸主導」の正体は、メディアと官僚の作り上げた「虚構」だと喝破する。
 * * *
 日本人は「安倍首相の果たしている役割」は何だと考えているだろうか。
「決断を下すこと」だとすれば、それは全くの間違いだ。安倍首相がやっているのは「決断を下したフリをすること」であり、「日本に真の民主主義があると見せかけること」である。
 日本の有権者は何よりもまず、この国の意思決定を牛耳る「現状維持中毒者」の存在に気が付かなければならない。それはメディアと官僚である。
 私は30年以上にわたって日本政治を研究してきたが、安倍政権の誕生から約2年が経ち、一時期の日本政治に芽生えかけた改革の機運は消え失せてしまったように見える。
 政治主導は建前となり、官僚組織が意思決定を独占し、「首相が決断しているかのような虚構」を大メディアが伝える。
 安倍政権の看板政策であるアベノミクスにしても、安倍首相ではなく一部の財務官僚が主導したものであり、株価など数字の上での見せかけの景気回復をメディアが煽っただけだ。
 日本の大メディアが国民にとって非常に危険なのは、彼らが「事実を創造する」からだ。
 官邸を取り巻いた反原発デモや消費増税などの政策に対する抗議活動が大メディアで報じられることはほとんどなかった。今年6月末には、集団的自衛権に関する憲法解釈を変えようとする安倍政権に抗議して、男性が新宿駅前で焼身自殺を図った。民主主義を重んじる国ならトップで報じられて当然のニュースだが、NHKは無視し、他の主要メディアもほとんど報じなかった。
 メディアは本来、権力を監視し、民主主義を守る役割を果たさなければならない。しかし、日本の大新聞やNHKがやっていることはむしろ逆だ。日本国民が国内外の現実を正しく理解する妨げとなっている。
「社会秩序の維持」を優先しようとし、変革につながる刺激的な事象は黙殺する。あるいは自ら進んで変革の芽を摘もうとする。

【プロフィール】1941年、オランダ生まれ。ジャーナリスト、政治学者。NRCハンデルスブラット紙の東アジア特派員、日本外国特派員協会会長を歴任。『日本/権力構造の謎』『人間を幸福にしない日本というシステム』などのベストセラーで知られる。
※週刊ポスト2014年11月28日号」(
2014年11月17日16時0分(ここ)より)

この一文で「日本の大メディアが国民にとって非常に危険なのは、彼らが「事実を創造する」からだ。」という言葉が心に残った。
先の慰安婦問題然り、吉田証言然り・・・である。それに先の戦争も、メディアが自社の儲けのために国民を煽った、とも言われている。
どだいメディアは、一私企業であり、それが書き立てる「事実」が真実かどうかなど、読む側が判断するしかない。それはその通り。
アメリカも、メディアのネガティブキャンペーンなど、テレビのCMも含めて日本の比ではない。でも米国人はそれを自分の目で判断する力を持っているのだろう。
それに引き替え、日本人はどうか・・・
自分を含め、どうも素直すぎる気がする。NHKが言っている事は正しい、とかいう思い込みで、直ぐに信じてしまう。いやいや国民ではないな。自分だな・・・

どうも最近ニュースが暗い。特に下記のニュースなど、あまりに悲惨で聞きたくもない・・・。
「3歳の長女に十分な食事を与えず衰弱死させた事件は、司法解剖の結果、紗弥音ちゃんの腸内には玉ねぎの皮、アルミ箔(はく)、ろうそくのろうが残っていた。胃は空っぽで骨が浮き上がっていたという。大阪府警は紗弥音ちゃんが空腹に耐えかねて口に入れた可能性が高いとみている。」(ここより)

昨夜から、夕食の時にNHKニュースを見なくなった。
毎晩、悪い話(ニュース)を聞きたくないカミさんと、バラエティーが大キライな自分とで、よくチャンネル争い・・・。しかしこの所、自分が譲歩して、ニュースは後で自室で見るようにした。
それで、夕食時はテレビを消す・・・。これも静かでよい。

おっと話を戻そう。
とにかく、話題を自社の基準で選んで伝えるマスコミ・・・。それに扇動されず、自身の目で世の中を見ることの大変さを改めて認識するこの頃である。

●メモ:カウント~660万

141122funda <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月21日 (金)

残念だったピンク・フロイドの新アルバム「永遠(TOWA)/THE ENDLESS RIVER」

これはあくまでも自分の個人的な感想だが、ピンク・フロイドの新アルバム「永遠(TOWA)/THE ENDLESS RIVER」は、少々残念な作品に感じられた。自分の心に響いてこないのだ。
先週、Amazonに予約していたピンク・フロイドの新アルバム「THE ENDLESS RIVER」が届いた。CD+Blu-rayである。安い米国版を注文していたので、3,727円だった。
141121towa 立派な箱に2つのディスクと写真集など。日本語版と違って、立派な冊子には解説もほとんど書いていないので、英語が読めなくても問題なし。
まずBlu-rayをかけてみる。音楽トラックと映像トラックがあるが、映像は短いモノクロの映像なので、まあBlu-rayの必要は無かった。そしてこのBlu-rayディスクに一緒に入っているハイレゾの音源も、再生装置がないので、これも自分にとっては意味が無く、結果としてBlu-ray版を買う意味はなかった。
そしてCD・・・・。数回聞いてみたが、自分の期待とは違っていた。延々と、まるでクレージーダイアモンドの冒頭のようなヒーリング的な音楽が続く。
2曲目にメイスンのドラムスが出てくる。これは確かにピンク・フロイドの音であり、全体的にもフロイドの音楽ではある。しかし自分の期待とは違った・・・

先日の朝日新聞に、このアルバムについての記事があった。
亡きメンバーと「共作」 ピンク・フロイドが20年ぶりアルバム
 幻想的かつ重厚な楽曲で知られる英バンド、ピンク・フロイドが20年ぶりに新アルバムを発売する。重ねた月日と新しいテクノロジーは彼らの音に何を足し、何を引いたのか。バンド結成以来のメンバーで、ドラムスのニック・メイスンにニューヨークで聞いた。
 1970年代に世界を席巻したプログレッシブ・ロックと呼ばれる分野で、全世界2億5千万枚以上のレコード売り上げを記録。キング・クリムゾンなどと並ぶ歴史的なバンドだ。その新アルバム「永遠(TOWA)/THE ENDLESS RIVER」はいわば過去と現在のコラボ作品なのだという。
 「20時間もの録音を元に新たな音を足し、再び蒸留したんだ」。94年のアルバム「対141121mason (TSUI)」収録の際、セッションで生まれた曲の多くが手つかずで残った。それを元にギター、ボーカルのデビッド・ギルモアと新たなアルバムに仕立てた。ロジャー・ウォーターズは参加していないものの、有機的で粘度の高いサウンドは健在だ。
 音源には、6年前に他界したキーボードのリック・ライトも参加している。今は亡きメンバーとの共作であり、追悼なのだという。「収録にはあらゆる最新テクニックを使った。20年前だったら不可能だっただろうね」
 全米1位となった代表作「狂気」の発表から41年。メイスンも70歳だ。「年を取るのは悲しいものだが、自分たちはあまり成長していないらしい。発売にいまだに興奮しているし、聞き手がどう受け止めるか、震えてもいる。若い人にぜひ聞いて欲しいね」
 残念ながら世界ツアーは考えていないという。これがピンク・フロイドとして最後のアルバムに?
 「そうだと思う。レコードにする価値のある楽曲はもう残っていないんだ」
 アルバム中、唯一歌詞があるのが最後の曲「Louder Than Words」(言葉以上のもの)だ。どんなラストメッセージを伝えたかったのか、あえて言葉で問うと――。
 「簡単に言えば『関係』についてだ。2人の、3人の、または地球規模の。でも、聞き手一人ひとりが自分の心にひき付けて解釈して欲しい」
 日本では19日に発売される。(ニューヨーク=真鍋弘樹)」(2014/11/12付「朝日新聞」p21より)

まだ、このCDを聞き込んでいる訳ではないが、何か得体の知れない音楽・・・が第一印象。
今までの名盤のように、聞いて「アッ、あの曲だ!」というような音楽の個性が感じられない。どれも、何となくダラダラと“流している”感じ。付属の映像でも出て来たが、ギルモアがギターを弾き始めて、それに合わせてメイスンがドラムスをたたき出す。それで何となく音楽が出来上がっていく。そんな過程の音源を集めてCDにしたような・・・

同じピンク・フロイドでも、アルバムによって好き嫌いはある。自分は「ウマグマ」などは、ほとんど聞かない。この新アルバムも、自分にとってそれと同じような運命になる予感がする。
これを聞いた後、自分がPink Floydと初めて出会った「原子心母」を聞いてみた。
一音一音、何と凝縮された音楽だろう。それらの音楽に比べ、このアルバムはどうも緊張感が感じられない。そして「アット・ポンペイ」の「エコーズ」・・・。もはやこのCDと比較しても仕方がないグレード。

この新アルバムを聞いて、やはりピンク・フロイドはもう「過去のバンド」であり、今更新しい作品を期待するのは無理・・・、と認識せざるを得なかった。
しかし、ピンク・フロイドは永遠である。過去の音源はいつ聞いても新鮮であり、自分の中でも不滅の存在である。

141121musuko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月20日 (木)

お箸の正しい持ち方

カミさんがたまたまタイムシフトで見た番組が面白いというので、改めて一緒に見た。2014/11/11に放送されたTV朝日の「芸能人格付けチェック~大御所芸能人に品格はあるのか!?スペシャル~」の「品格のあるお箸の持ち方」(これ)という番組。
芸能人が、豆やおでんなどを食べる所を撮り、お箸の使い方を「日本箸文化協会」なるプロが評価していた。結果は、20点満点で、高橋英樹(5点)、梅沢富美男(6点)、梅宮辰夫(7点)、陣内孝則(4点)、榊原郁恵(20点)、ジュディ・オング(15点)、岡江久美子(18点)、和田アキ子(7点)で、女性陣の圧勝。それにしても、男がこれほどボロボロとは・・・。
テレビで見ると、お箸の持ち方が良く分かる。ちゃんとした三角形になるお箸の持ち方では、何よりも箸先に力が入る。

そう言えば、先日の朝日新聞にも、お箸の持ち方の記事があった。
「(どうする?)お箸の正しい持ち方 教室で練習「子どものうち」
   毎日の食事に欠かせない箸。「上手に持てない」と苦手意識がある子どもが多いようです。正しく持てるようになるためのヒントを、専門家に聞きました。
 「世界の人の何割がお箸でご飯を食べているかわかりますか?」。箸製造販売会社「兵左衛門(ひょうざえもん)」(本社・福井県小浜市)文化事業部の中道久次さん(70)の問いかけに子どもたちがざわついた。
 「答えは3割。その中でも、日本は、最初から最後までお箸だけで食べる唯一の国なんです。はさむ、つまむ、切る、はがす、すくう……。箸でできることはたくさんあるけれど、お箸を正しく持てないと難しい。食べ物の好き嫌いにもつながります」
・・・・
141120hashi  栄養士の宮嶋伸枝さん(60)は「保護者も正しくお箸を使えないことも多く、学校で教える必要がある。お箸の正しい持ち方は鉛筆の持ち方にも通じ、勉強面でのよい効果にもつながる」と話す。
 1998年に始まった「お箸知育教室」はこれまでに全国で約2千回開かれた。参加者は子どもに限らず、計10万人以上が箸の持ち方などを習った。講師の中道さんは「クセが強くなってしまっている大人のお箸の持ち方を直すのは難しい。子どものうちに正しい持ち方を教えてあげてほしい」と話す。
 では、正しい持ち方と練習方法は? 自宅でもできる手順をまとめた(図)。コツは、まずは上の箸だけで練習すること。そして、開閉が難しければ、下の箸を押さえた状態で上の箸を動かす練習を。「できないことをやるのは大人でもつらい。練習は、楽しく過ごしたい食事の時間以外に。親子一緒に、短時間の練習を繰り返し、少しできたらほめてあげて」
 ■マナー絵本・ホテルでレッスン
 箸や器を置く位置、尾頭つきの魚の食べ方、スープの飲み方――。子どもに知ってほしい食事のマナーは箸の持ち方以外にもたくさんある。では、どう伝えたらいい? そんな保護者の期待に応える絵本が売れている。
 『テーブルマナーの絵本』(高野紀子作、あすなろ書房)。2011年の出版から3年で約12万部売れた。動物のキャラクターたちとともに和食、洋食のマナーを学べる。バイキングや回転ずしといった外食先でのマナーも取り上げているのが特徴だ。
 山浦真一編集長(56)は「バイキングで食べ終えたお皿に、もう一度料理を盛っていいのか。大人も意外と知らないマナーを網羅できる実用絵本をつくりたかった。保護者が口で言っても身につきにくいマナーが、絵本を介することで自然と身につく、と喜ばれている」と話す。
・・・・
 「お箸やナイフ、フォークの使い方に自信がないと気後れするもの。しっかり身につけて社会に出ることは、一生の財産です」(松尾由紀)」(2014/11/16付「朝日新聞」p15より)

レストランなどで見かけると、お箸の使い方が出来ない子どもが多い。そもそもお箸の元が開いていない。だから挟むときに力が入らない。あれでよくつまめるな・・・と思う。
一度身に付いてしまった持ち方は、大人になってからではもう直らない。要はお箸を使えるようになる子どもの時に、親がどう教えるかにかかっている。
自分の場合、どう教わったかは全く覚えていない。でも自分はパーフェクト!!よって、多分お袋から鍛えられたのだろう。

鉛筆の持ち方も同じ。鉛筆を、まるで棒を握ったような形で持って文字を書く子供もいる。幼少期にキチンと教わらないまま育った結果なのかも知れない。
とにかく、子どもの時の教えは一生付いて回る。最初が肝心。先の芸能人の出来不出来も、本人の責任というより、教える側の親の問題なのかも知れない。
ウチの息子どもがどんなお箸の遣い方をしているかは良く知らないが、少なくてもパーフェクトな自分が教えた記憶がないので、若しかするとちゃんと出来ていないのかも知れない。
でもこれは今更どうしようもないが、残るはウチの孫だな・・・。
1歳の誕生日を迎え、もうスタスタ歩くようになったと聞く。これから覚えることは色々あるが、お箸の使い方も同じ。
でも、孫に直接教える訳にも行かず・・・。上の記事にある絵本をそっと親に贈ることにしようか・・・。

141120neko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月18日 (火)

ずるい安倍首相~衆院解散

いよいよ安倍首相が衆院解散を表明した。1票の格差問題も放ったままで、事態はどんどん進む。
昨日の朝日新聞に、自分の思っていたことと同じことが載っていた。
「(政治断簡)選挙は社会を考える機会のはず 編集委員・松下秀雄
 キツネにつままれたような感じがする。
 だって、安倍晋三首相が意欲を燃やしているのは、集団的自衛権に関する法整備や憲法改正じゃないの? 民意を問うならそっちだろう。集団的自衛権行使を認める閣議決定の前後に衆院を解散すれば、争点は明確になったはずだ。
 でも、そこでは踏み切らなかった。首相がどう説明するかはわからないが、消費増税を先送りして解散すると騒がれている。
 だれだって、増税をせずにすむならその方がいい。
 「本音ではみんなやりたくないこと」で民意を問い、やらないと訴えて選挙を勝ちぬく。その数の力で、意見が分かれる問題で「自分がやりたいこと」を通す。
 もしもそれを狙っているのであれば、ずるい。
     *
 というと、政治のプロから「子どものようなことを!」と笑われるかもしれない。
 きみきみ、選挙のゆくえを決めるのは「暮らし」だよ。アベノミクスや増税先送りで暮らし向きがよくなれば、有権者は歓迎する。ほかの問題で多少の批判を浴びても、政権はひっくり返らない。それが政治の現実だろう――。
 たぶんその通りだ。でもこの発想は「えさを与えれば喜ぶ」に似て、人への軽蔑が含まれている。
 書生論に戻る。選挙は民主主義の一部品でしかない。民主主義の本体は、一人ひとりが社会のあり方を考えること。その機会になりうるから、選挙はとりわけ大切なのだ。
 野田佳彦前首相は消費増税を決めて選挙に敗れた。しかし、問いかけは重かった。
 好んだのはこんな説明だ。
 日本はかつて、多くの現役世代で1人のお年寄りを支える「胴上げ型社会」だった。今や3人で1人を支える「騎馬戦型社会」で、やがて「肩車型社会」になる。だからお年寄りを支える費用を、お年寄りを含む全世代で負担しなければならない。支える側の若い世代を支援する財源も要る――。
 ただ、いま振り返ればこの説明はどこか「上から目線」だ。社会と同時に、それぞれの家族も「肩車」化することに目配りが足りなかった。
 昔は兄弟姉妹で老親を支えられた。だがいずれ一人で一人を支えるようになる。介護などで仕事を諦め、食い詰める。すでにそうなっている人、その不安にかられている人にとって負担増は厳しい。
 「肩車」になるから増税と言われても、家族の立場からみれば、だから払えない。増税への反発は当然だ。
     *
 でも、よく考えよう。
 「肩車型家族」にこそ社会の支えが要る。ふだんは多く負担する代わり、介護などの問題を抱えた時にしっかり支えてもらう。それぞれの事情に応じて働き方や働く時間を選べる。そんな社会にしないと、肩車はつぶれかねない。
 家族の変化にあわせて、どうやって社会で支えあうか。正面から論ずるなら、消費増税を問う意味は大きい。
 なのに「先送り」の是非?
 それで私たちに、何を考えよというのだろうか。」(2014/11/17付「朝日新聞」p4」より)

上の記事で「だれだって、増税をせずにすむならその方がいい。「本音ではみんなやりたくないこと」で民意を問い、やらないと訴えて選挙を勝ちぬく。その数の力で、意見が分かれる問題で「自分がやりたいこと」を通す。もしもそれを狙っているのであれば、ずるい。」という言葉は、全くその通りだと思うし、それが真の狙いなのだろう。

NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」。“やっと”秀吉が死んだが、第41話でこんな場面があった。
千利休「石田様、あなたは何のために働いてらっしゃる?」
三成「無論、殿下のため。豊臣家の天下のためにござる」
利休「豊臣家のために天下があるにあらず。天下のために豊臣家がある」
・・・
言うまでもなく、「安倍政権のために日本があるにあらず。日本のために安倍政権がある」のである。
自分の信念を通すために、営々と積み重ねてきた消費税増税を潰し、それをエサに700億円をかけて選挙をする・・・。
昨日の話の繰り返しになるが、国の財政(借金)が気になる。そして、これでまた振り出しに戻るかも知れない、介護業界の待遇改善の遅れも気になる。

話は飛ぶが、先日の日経新聞に、小椋佳さんの取材記事が載っていた。そこでの小椋さんの発言に目が止まった。
「生前葬」のコンサート 小椋佳さんに聞く
・・・・・
 「顧みると僕の場合、憤りが歌創りの原点でした。街に流れてくる歌が、あまりにも『振り』に染まっている。振りとは『真似(まね)』のことです。演歌なんかに多いですが、慣用句や使い古された言葉を用いている。『僕が歌いたいのはそんな歌じゃない』っていう憤りから、歌を創り始めたんです」
 「今の若い人は何に対しても憤りません。社会の動きとか政治の問題とかについてもです。それは恐ろしいと思えます。例えば、これだけ国債が大量発行されて国家財政が真っ赤っかなのに、政治家は言葉だけで、実際は何もせず、将来世代に借財を押しつけている。例外もいるでしょうけど、若者も近視眼的で、とりあえず苦労しない方を選ぶ。この国の先行きはちょっと絶望的です」・・・・」(2014/11/15付「日経新聞」夕刊p5より)

元銀行家の小椋さんにしても、今の世の中の動きは看過できないと・・・

先日の沖縄知事選で、政府の方針にNOの民意が出た。
今度の衆院選では、秘密法や集団的自衛権での安倍政権のやり方に対して、国民がNOを突きつける良いチャンスとなり得る。
しかし飽きやすい日本人の国民性。「消費税の先送り」というエサに食いついて、全てが元の木阿弥になるのだろうか・・・
小椋さんではないが、今までの安倍政権の傍若無人のやり方に対する憤りをぶつけたい今度の衆院選ではある。

141118seiatu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月17日 (月)

消費増税の先送りに思う~安倍首相の延命策?

世界ではあまり「有名でない」安倍首相。
秘密法や集団的自衛権を強行した安倍さんの真の目的は何か? ある“保守男”は「それは歴史に名を残すこと」と言った。今回の衆院解散もそれか?
解散の目的は、消費税の先送りを民意に問うのだという。消費税の先送りを我々国民はどう捉えたら良いのか・・・

昨日の朝日新聞の社説にこのような一文があった。
「(社説)消費増税の先送り 一体改革を漂流させるな
 来年10月に予定している消費税率の10%への再引き上げを先送りする。安倍政権がこうした方針を固め、民主党も認めた。
 再増税は、7~9月期の国内総生産(GDP)速報などの経済統計を見て、有識者の意見も聞きつつ、安倍首相が判断する。菅官房長官らはそう説明してきたはずだ。
 ところが、GDPの発表を待たず、有識者からの聞き取りが続いているさなかに、政府・与党内で増税先送りと年内の衆院解散が既定路線となった。民主党もこの流れに乗るという。
 ■議論なき政策変更
 首相が公式にはひと言も発しないまま、重要な政策変更が固まる。もちろん、議論がないままに、である。
 2年半前に民主、自民、公明がかわした「社会保障と税の一体改革」に関する3党合意は、次のような趣旨だった。
 ――高齢化などで膨らみ続ける社会保障を安定させる必要がある。その費用をまかなう国債の発行、つまり将来世代へのつけ回しは減らしていくべきだ。負担を皆で分かち合うために消費税の税収をすべて社会保障に充て、税率を引き上げていく。
 負担増は国民に嫌われる。でも避けられない。だから、与野党の枠を超え、政治の意思として国民に求める――。
 そうした精神も議論の空白の中で吹き飛ぼうとしている。
 まず責められるべきは安倍政権だ。税率の再引き上げについては、増税を定めた法律に経済状況を勘案するとの「景気条項」がある。だからこそ、経済統計を待ち、有識者の意見を聞くのではなかったのか。
 確かに、足もとの景気は力強さにかける。とはいえ、08年のリーマン・ショック時のような経済有事とは違う。一体改革は将来にわたる長期的な課題だ。景気が振るわないなら、必要な対策を施しつつ増税に踏み切るべきではなかったか。
 一方、民主党の野田前首相は「景気回復の遅れを政府が認めようとしている中で、増税しろとは言えない」と語る。選挙戦を念頭に、現政権の経済政策の失敗がこの状況を招いたと強調する狙いがあるのだろうか。
 今後、数十年にわたって直面する高齢化と人口減少を見すえ、私たちは「給付と負担」という重い課題に向き合っていかざるをえない。それなのに政治は、「決断の重さ」からいち早く逃げだそうとしている。
 首相は来月の総選挙を念頭に衆院を解散する意向だ。だがその前に、一体改革をどう考えているのか、安倍氏と野田氏は国民の前で一対一で議論する機会を設けてはどうか。
・・・・」(2014/11/16付「朝日新聞」社説より)

理由が何であれ、国民は増税を嫌う。日本は先日書いたスウェーデン(ここ)と違って、政府の税の遣い方を信用していないので・・・。
しかし、安易なポピュリズム(大衆迎合)ではなく、真の将来の日本を見据え、政治を行うのがホンモノの政治家。しかしそれを実行すると、国民の不評を買い、政権は倒れる。過去に増税を実施した政権は、それでも政権の命を賭けてやってきたのではないか。
先の野田政権も同じ。ぶれずに政権の命を賭けて安倍さんと消費税の増税と国会の定数削減を約束し、そして倒れた。
それを、何と安倍政権は、自身の延命のために、それらを反故にしようとしているように見える。

同じく昨日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(日曜に想う)税の攻防、ぶれたら負ける 特別編集委員・星浩
・・・・・
 「税の問題では、ぶれたら付け込まれる。へっぴり腰では身内にも野党にも押されます」と語るのは、2年前に消費増税を決断した野田前首相だ。当時、閣僚の中から「期限を決めずに民主党内の論議を続けましょう」という意見が出た。野田氏は「絶対にダメ。期限を切って結論を出してもらう」と突っぱねた。結局、民主党は分裂したが、野田氏はぶれずに押し切った。
 「ネクスト・エレクション(次の選挙)を優先するか、ネクスト・ジェネレーション(次の世代)のことを考えるのか。孤独な決断でした」という。
 確かに、税をめぐる攻防では、ぶれた首相が追い詰められてきた。細川護熙氏は突然、消費税率引き上げを提起したが、与党からも異論が噴出し、すぐに撤回。政権は求心力を失っていった。橋本龍太郎氏は、所得減税を実施するかしないかの発言が揺れて、参院選で惨敗。退陣に追い込まれた。菅直人氏は消費増税を口にしたが、断行する覚悟がなく、参院選で敗れて、政権は勢いをなくしていった。
 消費増税に絡んで年内の衆院解散・総選挙が確実視されるなか、安倍首相だけでなく、多くの政党が社会保障や財政の将来を見据えるより、ネクスト・エレクションを優先しそうな雲行きだ。執念と執念がぶつかり合う税の攻防。へっぴり腰の政治では、増税はできないことがまた、証明されそうだ。」(2014/11/16付「朝日新聞」p2より)

特に我々年金世代は、消費税は少しでも少ない方が良いに決まっている。しかしそれが次世代への付け回しだとすると、それで良いのか・・・と自問する。

昨日の沖縄知事選で、政府の方針にNOの民意が出た。今度の衆院選で現政権に対して、どのような民意が出るのか・・・
消費税増税の先送りだけを争点に、先の秘密法や集団的自衛権の対応をほおかむりするのか、そして国民がそれらを見抜くのか・・・。それともアベノミクスとやらの化けの皮が剥がれるのか・・・
野田さんも、今、消費税増税を言うと、まんまと安倍さんの術中にはまって選挙に負けるのが分かっているので、容認せざるを得ないのだろう。
先の訳の分からない解釈変更による集団的自衛権の容認と同じように、法律の片隅の「景気条項」を持ち出して同様に理屈をこね回し、3党合意を反古にする安倍さん。

読売新聞が焚きつけたという今回の解散風。
それはそれとして、とにかく消費税の表示が気に食わん。昨夜、近くのスーパーに缶ビールを買いに行ったら、結構安い。いつも買うジョイ本と同じ値段だ。つい、箱で買って、後で気付いたら高い・・・。
忘れていた。この店の表示は「消費税抜き」だった!!
10%への増税でまた便乗値上げがたくさん発生するだろう。しかし国民は既にそれを覚悟している。それなのに、安倍さんが自身の延命のために先延ばしをすると、こんな色々な価格の表示がまだまだ続くことになる。次の世代のためにも予定通りキチンと実施し、スーパーの表示も早く税込み価格に統一すべきだ~~。(何のこっちゃ!)

141117naku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月16日 (日)

「世界で最も影響力のある人物ランキング2014」

先日の日経新聞に、Forbesの「世界で最も影響力のある人物ランキング2014」なる記事があった。

世界で最も影響力のある人物ランキング2014
 ウラジーミル・プーチン氏を「いい人」と呼ぶ人間などいないだろう。2014年、プーチン氏は強引にクリミアを自らのものにし、隣接するウクライナに不穏な代理戦争を仕掛けた。この戦争中に民間航空機を撃墜したのは、ロシアが提供した地対空ミサイルであることはほぼ間違いない。だが豊富なエネルギーを有し、核兵器で武装したロシアを支配する、圧倒的で、予測も理解もできない元首を弱虫と呼ぶ人間はいるまい。
 では、かつての強引な超大国を絶対的な力で支配する人物と、世界最強の国を治めながら身動きがとれずにいる人物のうち、どちらがより実力があるだろう。去年に続き、今年も本誌はロシアのプーチン大統領を世界で最も影響力のある人物に選んだ。第2位にはバラク・オバマ米大統領を、第3位には中国の習近平国家主席を選んだ。
 毎年フォーブスが発表している「最も影響力のある72人」(地球に暮らす全人口のうち、1141116eikyo 億人から1人ずつ選出)は、資金力や視野の広さ、行使する権力、影響を及ぼす人間の数などを考慮して、編集者たちの合評によって選ばれる。
 このリストは最も影響力のある人物のラインアップでもなければ、新しい「時代の顔」のお披露目でもなく、実力の評価結果だ。あくまで世界をつくり変え、人びとや市場、軍隊や人心を動かす力を発揮している人物たちのリストである。いうまでもなくこのリストに異論があれば聞かせてほしい。記事にコメントを寄せ、議論に参加してほしい。
 本年のリストには、17人の国家元首の名前が挙がっている。これらの国々の国内総生産(GDP)を合算すると約48兆ドル(約5520兆円)になる。企業を統括する最高経営責任者(CEO)や会長は39人いて、彼らが支配する企業の売上高は3兆6000億ドル(約414兆円)を超える。そのうち、アリババ集団のジャック・マー氏や騰訊控股(テンセント)の馬化騰氏など新たに億万長者入りした人びとをはじめ、14人が創業者だ。ちなみに本年度のリストには10億ドル以上の資産を持つ富豪29人がいる。彼らの個人資産の合計額は7900億ドル(約90兆8500億円)を超える。
 14年版世界で最も影響力のある顔ぶれはざっと以下の通り。

<最も影響力のある人物トップ20>
順位   名前(肩書)
1 ウラジーミル・プーチン(ロシア大統領)
2 バラク・オバマ(米大統領)
3 習近平(中国国家主席)
4 フランシスコ(ローマ法王)
5 アンゲラ・メルケル(独首相)
6 ジャネット・イエレン(米連邦準備理事会議長)
7 ビル・ゲイツ(米マイクロソフト創業者)
8 マリオ・ドラギ(欧州中央銀行総裁)
9 ラリー・ペイジ(米グーグル創業者)
9 セルゲイ・ブリン(同上 )
10 デイビッド・キャメロン(英首相)
11 アブドラ・ビン・アブドルアジズ・アル・サウード(サウジアラビア国王)
12 ウォーレン・バフェット(米投資家)
13 李克強(中国首相)
14 カルロス・スリム・ヘル(メキシコの実業家)
15 ナレンドラ・モディ(インド首相)
16 ジェフ・ベゾス(米アマゾン・ドット・コムCEO)
17 フランソワ・オランド(仏大統領)
18 ジェイミー・ダイモン(米JPモルガンCEO)
19 アリ・ハメネイ(イラン最高指導者)
20 レックス・ティラーソン(米エクソンモービルCEO)
(1~5位までの人物は前回と同じ。10位以内に2人女性が入ったのは初めて)

<最も影響力のある日本人
順位  名前(肩書)
34 豊田章男(トヨタ自動車社長)
38 孫正義(ソフトバンク社長)
48 黒田東彦(日銀総裁)
63 安倍晋三(日本の首相)
(4人の顔ぶれは前回と同じ。孫氏は前回の45位から順位を上げた)

・・・・・
■アジアの実力者
 米国出身の人々が26人いる一方、アジア太平洋地域からも19人がリスト入りし、気を吐いている。アジア出身の実力者の経歴はさまざまだ。韓国出身の潘基文氏と香港出身の141116eikyo1 マーガレット・チャン氏は世界有数のNGO代表者で、潘氏が国連事務総長を、チャン氏がWHOの事務局長を務めている。また日銀の黒田東彦総裁や中国の李克強首相は、政治に影響を与えるキャリアを持つ。とりわけ今年は、李嘉誠氏やジャック・マー氏、孫正義氏、李彦宏氏、馬化騰氏、郭台銘=テリー・ゴウ=氏(鴻海精密工業の創業者)など、一代で企業を成長させた創業者の躍進が強く印象に残った。
・・・」(By Caroline Howard, Forbes Staff(2014年11月5日 Forbes.com))(
ここより)

この順位は「あくまで世界をつくり変え、人びとや市場、軍隊や人心を動かす力を発揮している人物たちのリストである。」とのこと。
世界的には、まあそうだろうな・・・という面々だが、日本の順位が面白い。トヨタ社長に続いてソフトバンクの孫社長、それに続いて黒田日銀総裁と我が“アベちゃん”の順だという。
「念のため解散」の“アベちゃん”だが、日本で一番影響力のある人!! では無かった。
でも上の記事の「アジアの実力者」では名前が出て来なかったが、でもまあ、リストに名前が“残った”だけでも良かったね。アベちゃん!!

141116wasureta <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月14日 (金)

「やっぱり家族は素晴らしい」??~女は強い!

今朝の日経新聞に「家族の絆を深めよう」という“広告”が載っていた。
自分のように、人生が枯れかかってくると、今更「家族」の議論(?)など、青臭くもあるが、11月の第3日曜日(今年は11月16日)は「家族の日」で、11月9日(日)~22日(土)は「家族の週間」なんだそうだ。
まあ、せっかく日経が今朝の朝刊のP29~P31まで、3ページも費やして“家族の広告”をしているので、ちょっと覗いてみることにするか・・・。

アンケートで「大切だと思う家族の役割は何ですか?」という問いに対しては、①「家族が141114kazoku2 休息する場」(61.4%)、②「愛情を育む場」(45.5%)、③「社会の一員を産み育て社会に送り出す場」(34.1%)、④「働くための活力を得る場」(33.6%)・・・だそうだ。(2014/11/14付「日経新聞」p29~31より)
まあそんなものだが、ちょっと自分の感覚と違うのが、②。自分的には、家庭は何よりも「居場所」、そして「子育ての場」だと思うが・・・。「愛情を育む場」なんて、最初の新婚2~3日の話だろう!?
141114kazoku3 そして、「自分たちは家族だな」と感じるときは、①「自宅で食事をしているとき」(45.0%)、②「年末年始を家で過ごしているとき」(39.5%)、③「おしゃべりしているとき」(33.2%)だそうだが、これは自分の感覚とは違う。自分的に141114kazoku4 は、「何でも話せると思ったとき」、そして「家族が自分の体を気遣ってくれるとき」かな・・・。
例えば休日にショッピングモールなどに行ったとき、「ちょっと腹の調子が悪いのでトイレに行ってくる」とささやいて駆け込めるのは家族だけ。会社の同僚と仕事で外出しているときなど、幾ら腹の調子が悪くなっても、とても言えない。お互い、同じような弱い「お腹」を持っているが故の夫婦だからこそ、分かり合えること。

そして、「理想的な夫婦とは」と「家族で時間を共有して幸せを実感したこと」というテーマ141114kazoku1 で、色々な投稿が載っていた。
自分的には、夫婦とは「最初の相談相手」かな? 体調が悪いときも、最初に話すのは夫婦。朝起きて、悪夢の話を強引に聞かせる相手も夫婦。外出のときに起こった事件を帰ってきて話す相手も夫婦。

そんな夫婦のつもりだが、「ローズ家の戦争」は、いつでも発生する。
でも我が家の夫婦げんかは、いつもカミさんの勝ち。勝率100%。思い出すと、その歴史は古い。最初は新婚旅行。2日目だったか、新婚旅行で船に乗ったとき、話をしなくなったヨメさんにビックリ。何が気に入らなかったか忘れたが、女には「口をきかない」という強力な武器があることを新婚2日目で知った。これは驚異・・・。女性の姉妹がいない自分にとっては、オドロキ以外の何物でもなかった。
そして新婚数週間経った頃、原因は忘れたが、自分に対する、信じられない“悪口雑言”にビックリ・・・。それはもう機関銃!こちらから反論するヒマも無いほどの連射。かくして新婚数週間目で、「女とは怖~い存在だ」ということを悟り、これからの暗澹たる結婚生活に恐れおののいたもの・・・。
忘れていたが、昨日(2014/11/13)でそれからちょうど38年・・・。よくもまあご無事で・・・!!

先日こんなことがあった。夜、やおらカミさんが自分の部屋に来て言う。「激怒すると思うけど、いちおう言っておく。SONYとか書いた段ボール箱を使ったから・・・」「ナヌ?」・・・
納戸に駆け付けて見ると、自分が大事にしていたSONYのオーディオ機器の元箱が、何と中の緩衝材だけが放ってあって、箱がない。「ちょうどよい大きさの箱が無かったので、今日の宅急便に使った」と言う。当然、激怒! 「何で電話ででも、使って良いかと聞かなかったのだ」「オレが激怒すると分かっていながら、なぜ使った!」「中に緩衝材も入っていて、大事に保管してあるのが、見ただけで分かるだろう!」・・・
そうしたら、しばらくして、カミさんが部屋に来て言う。「私にケンカを売ったわね!」「私を怒らせたわね!」
当然、そこから一切口をきかない。今までの経験から、長いときは数週間も・・・。そして、食事の時間になるとお盆に乗った食事を部屋に持ってきて「勝手に食べて!」という毎度のシチュエーションが目に浮かぶ・・・。(まあ食事が無くなるよりはマシだけど・・・)
当然男は音を上げる。「ゴメン。自分が悪かった。段ボール箱も要らないから・・・」
何のこっちゃ!! 自分が“被害者”なのに、何で自分が謝るのか・・・。この大いなる疑問は、今後決して解けることはない。何とも男は哀れな存在なのである。
とにかく言えることは、「女は強い」「男が勝つことは決してない」・・・!!

男は幾ら社会でエラくなっても、いつかはリタイアして、戻る場所は所詮家庭しかない。そして家族に看取ってもらうしかないのだ。
亡くなった渥美清は、決して自分の家族を外部の目にさらすことは無かったという。家族、家庭は男にとっての逃げ場所、そして隠れ家。そこでの居心地を良くするためには、「カミさんには、決して逆らわないこと」を実践する以外にない。
これが結婚38年のベテラン男の、哀れな悟りの境地なのであ~る。
何? まだカミさんに逆らっているって?? 止めとけ! 勝てる訳がない!!

141114siritori <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月13日 (木)

カタルーニャ民謡「鳥の歌」

カタルーニャ民謡の「鳥の歌」については、前に「カタルーニャ民謡~徳永謙一郎、最期のコンサート」という記事を書いた(ここ)。

チェロのしみじみとした、心に沁みる曲である。
それを、先日、オーケストラの編曲で聞いた。これがなかなか良い。アナウンスが入っているのが惜しいが・・・

<カタルーニャ民謡「鳥の歌」~東フィル>
  編曲:カザルス/栗山 和樹
  (チェロ)金木博幸 指揮:円光寺雅彦/東京フィル

もちろんこの曲は、パブロ・カザルスの演奏が本命。1961年11月13日、ケネディ大統領に招かれてホワイトハウスで演奏したのがこれ・・・。カザルス84歳の演奏。

<カザルスの「鳥の歌」~ホワイトハウスにて>

そして1971年10月24日には国際連合本部でも演奏した。「私の生まれ故郷カタルーニャの鳥は、ピース、ピース(英語の平和)と鳴くのです」と語ってからの演奏は伝説的。カザルス94歳。死の2年前の演奏である。

<カザルスの「鳥の歌」~国連にて>

これらは、如何せん音が悪い。最後にお口直しで(失礼!)、良い音の「鳥の歌」を聞いてみよう。

<ミッシャ・マイスキーの「鳥の歌」>

何とも、秋の夜長にフィットする音楽である。

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2014年11月12日 (水)

日本の富裕層数は世界2位

先日の日経新聞にこんな記事があった。
日本の富裕層、1.7倍に 今後5年で クレディ・スイス予想 米に次ぐ世界2位維持
 スイスの金融大手、クレディ・スイスは100万米ドル(約1億1500万円)以上の純資産を持つ日本の富裕層が今後5年で1.7倍に増えるとの予想をまとめた。富裕層の数で米国に次ぐ世界2位の座を維持する。人口が減る日本で富裕層向けサービスは金融の数少ない成長分野。銀行や証券会社などの競争がますます激しくなりそうだ。
 家計の純資産は金融資産と不動産などの合計から負債を差し引く。100万ドル以上の富裕層は273万人だったが、19年には474万人に増える見通し。「日本は富裕層の予備軍が多く、経済成長に伴い富が増える」(クレディ・スイス証券の松本聡一郎氏)という。
 世界でみると、富裕層の数は1417万人いる米国が圧倒的な1位。日本、フランス、英国などが続く。中国は118万人で7位だが、今後5年で94%伸び、229万人になる。5000万ドル以上の純資産を持つ超富裕層は世界で約12万8千人おり、その半分が米国にいる。日本は2887人おり、世界7位という。」(2014/11/11付「日経新聞」p7より)

<100万米ドル以上を持つ富裕層>
       2014年   2019年
①米国   1417万人 1971万人(139%)
②日本    273万人  474万人(174%)
③フランス 244万人  416万人(170%)
④英国    204万人 338万人(166%)
⑤ドイツ   196万人  324万人(165%)
⑥オーストラリア 125万人 171万人(137%)
⑦中国   118万人  229万人(194%)

日本は、ひと声1億円を持っている富裕層の数が世界2位、50億円の大富豪が世界7位だという。
自分にはまったく関係無い話だが、へぇー・・・

せっかくなので、もう少し詳しく見ると、「クレディ・スイス、2014年度「グローバル・ウェルス・141112fugou1 レポート」(ここ)というオリジナルのレポートが見つかった。
それによると、「成人1人あたりの富の中央値」ではオーストラリアが1位だという。日本は6位。これは平均的な人が持つ富なので、国の平均レベル141112fugou2 が分かる。
そして50億円の超富裕層は、中国が2位だという。これも分かるな。世界で中国人の超富裕層が増えているという最近の話題に合う。
そして1億円の富裕層の伸び率では、中国の94%を別格141112fugou3_2 にすると、日本の74%が健闘している。それに対して、米国の39%、ロシアの28%は意外な低水準。理由は良く分からない。
日本の高い伸び率の理由も良く分からない。

何度も言うが、“まったく関係無い話”だが、「ヘェー」と思いながら、ただ眺めておくこととしよう。

141112same <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月11日 (火)

覚えられない「ひもの結び方」・・・

先日の日経新聞にひもの結び方の記事があった(2014/11/01付「日経新聞」s2より)。この図を見ると、なるほど・・・と思う。引っ張れば引っ張るほどに、堅く締まるのが原理的に良く141111himo 分かる。しかし、自分にとってはその実現が難しい。つまり、これらの結び方がいっこうに身に付かないのである。
これも、人それぞれが持っている得手不得手の話かも知れない。つまり、“我が人生”において、「ひもの結び方」はなかなか会得できない分野なのである。
それで、必要になったときに直ぐに覗けるように、ここに記しておくのである。

ふとNetで検索してみた。すると、ひもの結び方の便利なサイトが幾つもある。
ここ)ではワンステップ毎の状態が写真で示され、誰でも結び方の手順が分かる。

ここで、自分が知っている結び方は「たて結び」“だけ”だという事が分かった。同じような「本結び」があるが、自分は使っていない(いや、使えない)。
だから、段ボールをゴミの日に出すときも、縛ったつもりが良く解ける。幸いにして、宅急便はひもをかけなくてよいので助かるが、でもしっかり縛る方法を身に付けておいた方が便利なのは言うまでもない。
若しかすると、これも箸の持ち方と同じく、子供へのしつけの部類なのかも知れない。子どもの時に教えられたことは、一生付いて回る。でも、結び方について教わった記憶はあまり無い。
もちろん我が家では、自分が出来ないので、子供にも教えなかった。
せめて孫に教えられるように、今からでも習おうか・・・。でもまた忘れるだろな・・・。

でも開き直って考えると、出来ないと言うことは、メリットもある。そもそも首吊り自殺が出来ない。体重を掛けたとたん、ひもが解けて落下・・・。子供の虐待も無理だな。手足を縛ったつもりが、直ぐにほどけて、子供から逆襲を受ける・・・。

苦手なことを棚に挙げて、それを覚えることよりも、つい言い訳が先に出る困った老人なのであ~る。

141111sekkenn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月10日 (月)

「わたし流 理想の末期の迎え方」~大村英昭氏の話

毎週録画しているNHK(日)早朝の「こころの時代」。難しい話が多いので、通して見ることは少ないが、今週の放送は「わたし流 理想の末期の迎え方」という刺激的なタイトルだったので、ついじっくりと見てしまった。

「こころの時代~「わたし流 理想の末期の迎え方」
がんを患い「死と向き合う日々」を送る宗教社会学者で住職も務める大村英昭さん。今望むのは「格好いい死に方」。大村さんがたどり着いた「人生のよき終わり方」を聞く。
141110ohmura 「今望むのは、“ダンディーな死に方”をすること」と語るのは、宗教社会学者で、寺の住職も務める大村英昭さん(72歳)。4年前に末期の大腸がんが見つかり「死と向き合う日々」を送っている。「学者」と「住職」、2つの異なる立場で人の死も見つめてきた大村さんが、「自分の死」を突きつけられたとき、心に浮かんだものは?大村さんがたどり着いた「人生のよき終わり方」を聞く。
【出演】相愛大学教授・圓龍寺住職…大村英昭,【きき手】住田功一」(
2014/11/09放送、2014/11/15 PM1再放送 NHKのここより)

氏は4年前の平成22年9月に大腸ガンが見つかり、手術はしたがガンは腹膜にまで広がっており、抗がん剤治療を施さなければ余命は8ヶ月、抗がん剤治療をすれば、2年は生きられると宣告されたという。しかし、昨年の10月からは、自らの意思で抗がん剤治療も止め、今まさに死と向き合った日々を送っているという。

この話の中で、印象に残ったのが「諦観」という話。

<大村英昭氏の「わたし流 理想の末期の迎え方」より>

★この番組の音声(60分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIPファイル)をクリックしてしばらく待つ。

少しメモしてみると・・・
「諦めることに意義を素直に見つめて欲しい。諦めることは絶対に必要」
「色々なものを諦めて、2年間で出来ることを整理して、事業仕分けした。すると自分が歩んでいく道がストンと分かった。だから諦めることは意義があること・・・」
―― 余命を告げられて迷っている人に対して、宗教者として何をおっしゃいますか?
「この世のことは諦めて頂くしかない。親鸞が言っているように、死に様はまだ分からない。それを問うのではなくて、惜しむ人の心にはあなたの一番良いところが残ってそれが思い出されていきます。あなたの行き場所は、「倶会一処(くえいっしょ)=共に一つ所で会う」。その世界に皆が行く。同じ所に帰って行く。ということを説明するしかない」
―― 私は死んだらどこに行くのか?
「親鸞は死に際して、「先立ちて、(浄土にて)かならずかならずまちまゐらせ候ふべし(「親鸞聖人御消息」より」という言葉を使っておられる。「かならずかならず一つところへまゐりあふべく候ふ(同)」。同じ所に皆で行って待っていますよ、という意味。」
「自分も父の後を追いかけてきて、親鸞のお手紙をいつの時からか親父の声だなと、聞こえるようになった」

そもそも自分は、通常の自分と、“その時の自分”(例えばガンの宣告を受けたとき)とは、考え方が違うと思っている。冷静で、分別があるであろう日常の常識的な考え方は、“その時”は失せてしまうだろうと・・・。そしてその時の姿は、頭が真っ白になった焦りとパニックの自分・・・。

だから、色々な人の「死に際して」のような話を聞いても、たぶんそれは頭で考えているだけで、“本番”では違った姿になるのだろうな・・・と思ってきた。
それが今回、まさに初めて本番に際した人の死生観を聞いた。手遅れのガンを持ち、抗がん剤治療も止めた今、あとどの位生きられるのか・・・という人の話。
それだけに、この話は心に沁みる。

Netで氏を検索すると、学者としての業績が色々と出てくる。そして自身のガンについても、2年ほど前に中日新聞にこんな記事を載せていたようだ。

がん患者になってみて 大村英昭・相愛大特任教授(上)
   余命2年だがまだ元気  期間を限定され達観
<死ぬのは「がん」に限る。ただし治療はせずに>。これは中村仁一医師のベストセラー『大往生したけりゃ医療とかかわるな−「自然死」のすすめ』(幻冬舎新書)の帯に書かれたキャッチフレーズです。この本の出版に先立って、中村医師とは何度か対話する機会をもったのですが、その折の語り口がそのまま書物になった感じ、ですから「大村さん、あんたも“古希”やろが、それなら抗がん剤投与なんて止(や)めたほうがいいんじゃない」の声を聞く思いで読ませてもらいました。

 確かに、筆者は一昨年来、国立病院機構大阪医療センターの化学療法室で3週間に1度抗がん剤を投与してもらっています。といいますのが、一昨年の9月初めにステージⅣに近い大腸がんをリンパ節も含めて切除手術してもらったのですが、その際、事前のPET検査でも見つけられなかった“播種(はしゅ)”と呼ばれる転移がんが腹膜にあることが判明し、執刀医からは「放置すれば余命8カ月」の診断を受けたのです。ただし、すぐ代わってやってこられた化学療法室担当の医師からは「これこれの抗がん剤を投与すれば平均余命2年程度には延ばせるはずです」との説明を受けました。
 以来、この8月で早や1年と11カ月になりますから、想定通りですと、残るは1カ月ということになるのですが…。いまのところそれらしい兆候は見当たりません。それどころか、危惧された副作用がほとんどないのを幸いに、お酒もたばこも手術前の状態に復帰してしまったほどです。で、先の中村医師よりも以前に対談した、こちらは「『平穏死』のすすめ」(講談社)を書かれた石飛幸三医師からは、「抗がん剤が効いているというよりは、たぶん大村さんの、その達観ぶりに、がんのほうが“参っとる”んでしょうなぁ」と褒めてくださっています。そういえば、がん宣告を受けた直後に会った友人も「ようそんな平気な顔してられるねぇ」と言ってくれましたから、石飛先生がおっしゃる“達観”もまんざらではないのかもしれません。
 そういう次第で、「抗がん剤も止めたら」という中村医師の言葉を化学療法室の担当医師に伝えたところ、「でも、大村さんの場合、抗がん剤のせいでQOL(日常生活の質)が落ちる、ということがないのでしょう…。だったらこのまま続けてもいいんじゃありませんか」となって、いまに至っているわけです。
 抗がん剤を始めるに当たって、お酒は駄目でしょうねぇと、おそるおそる尋ねた私に、投与します抗がん剤は、どれも「アルコールで左右されるようなやわな毒ではありませんから、全然構いませんよ」と言ってくださったこの先生、当初は、他の医院を紹介しますので“セカンドオピニオン”を求めてくださいともおっしゃったのですが、“やわな毒ではありません”のひとことで、「いや、その必要はありません。すべて先生にお任せします」と申すことができたのでした。
 医師および医療機関への信頼感がなければ、治るものも治らないということは誰もがおっしゃいましょう。私の場合も、「ここで駄目なら、どこへ行っても駄目」といった思い切りが手術前からありましたから、平均余命の形で、いわば期間限定していただいたことで、かえって“すっきり”したと申しますか…、残された時間のなかで何をするべきか、この意味での“事業仕分け”ができたように思います。
 もとより、もう一足の“わらじ”は浄土真宗の僧侶。死ぬことは俗世間−ことに競争社会ゆえ−のしがらみから解放されること、この意味での諦観は自然に身に付けてきたのでしょう。それでも、他人(ひと)ごとが「我が事」になって初めて見えてくるところも多くあります。僧侶としてのそれはともかく、半世紀にもわたって学んできた社会学方面の“事業仕分け”について、次にお話ししたいと存じます。
 おおむら・えいしょう 1942年、大阪市生まれ。京都大文学部卒。大阪大大学院、関西学院大大学院教授を歴任して現在、相愛大特任教授、兼ねて浄土真宗本願寺派僧侶。著書に「臨床仏教学のすすめ」(世界思想社)など多数。現在「新自殺論」を執筆中」((
2012年8月18日付「中日新聞」ここより)

達観することによって免疫が強くなり、ガンが退散した・・・?

余命3ヶ月と言われても、心の持ちようで、色々な“その後”があることを知った。
同病者の灯として、氏の今後の益々のご健勝を祈念したい。

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2014年11月 9日 (日)

北京の「APECブルー(青空)」~いざ鎌倉!

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(風 北京から)中国式APEC~「おもてなし」にも国家の利益
 「ケンカしても勝てないから、合わせるしかないけど、ひどいヤツらだ。撃ち殺された方がいいくらいだよ」
 レストランの女性経営者は私たち客の前で、まくし立てた。ヤツらとは、地元政府の役人たちのことである。
 北京の中心部から高速道路を飛ばして北東に約1時間。川をせき止めて造った人工湖、雁棲湖の近くにある店のなかでのことだ。
 女性経営者の怒りは、この湖畔で今月11日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が開かれることについてだった。
 理由はこうだ。
 レストランは今春までは、建築材料の販売店だった。しかし、地元政府が突然、営業を認めないと言ってきたという。この場所では、見た目の美しい飲食店か商店以外はダメだというのだ。
 なぜかというと、「APECさ」。何とも、めちゃくちゃな話である。
 言われてみれば、郊外の閑散とした街なのに、通りには真新しい飲食店と商店だけがずらりと軒を並べている。看板はみな、当局の指示で赤や緑の原色の統一形式だ。
 ――レストランばかりではもうかりませんよね。
 「関係ないよ。(地元政府は)外国人が来たときにきれいに見えれば、それでいいんだよ。まったく」。女性経営者は悔しそうに言った。
 会議には、安倍晋三首相やオバマ米大統領ら各国首脳たちがやってくる。ホスト役である習近平(シーチンピン)国家主席のメンツをかけて国際的なイメージをよくしようと、中国当局はびっくりするような措置を次々と打ち出している。
 首脳たちに「青い空」を見てもらうため、400キロ離れた街でも自動車の交通が半減され、北京では火葬場の一部業務や結婚届の受理も止まった。動員されたボランティアは100万人に上る。
 市民の不満よりも、「国家の利益」とされるものがどこまでも優先される全体主義国家のすごさである。「君のためではない青空」との意味を込めた「APECブルー」という新語も生まれた。
 2001年10月に上海で開かれたAPECを取材したときのことを思い出す。
 中国の経済規模がまだ、日本の半分にも満たない時期である。中国にとって、大規模な多国間首脳会議のホストは初めてだった。世界貿易機関(WTO)の加盟を目前に控え、世界経済の枠組みに大きく踏み込もうとする高揚感のようなものが、肩に力の入った演出を通じて伝わってきたのを覚えている。
 首脳宣言を、当時の江沢民国家主席が唐突に英語で読み上げたのもそうだったし、大量の花火が上海の中心を流れる黄浦江を昼間のように明るく照らしたのもそうだった。
 あれから13年。中国は世界第2の経済大国となり、国際的な影響力も格段に増した。その自信が、今度は別の意味で力の入った中国式の「地主之誼=おもてなし」(王毅外相)となっているのか。
 10日の夜も、各国首脳の到着を歓迎して、北京の空に盛大な花火が打ち上げられる。この期間中、大気汚染を抑えるため、市民たちはまきを使った暖房に火を入れることさえ禁止されているのに……。
 きらびやかな発展の演出と、一党支配の矛盾に揺れる足元。その深刻なギャップを抱えた北京で、中国外交の舞台の幕が上がる。(中国総局長 古谷浩一)」(2014/11/09付「朝日新聞」p9より)

さすが中国。先の北京オリンピックをみても、まあそうだろうな・・・と思う。

話は変わるが、昨日、カミさんに誘われて、映画「グレース・オブ・モナコ」を見てきた。人気141109monaco 絶頂でハリウッドの女優からモナコ公妃になったグレース・ケリーの物語。この映画のラストが、フランスのド・ゴール大統領から、植民地にされそうになったモナコが、起死回生で打ったグレースの大芝居(赤十字の会議での大演説)の場面。
まさに国を救えるかどうかの「いざ鎌倉」である。

思い起こせば、誰にでも人生で「いざ鎌倉」の場面は色々とある。ここぞ一番、という大舞台。受験などもそれに入るのかも知れない。そして、結婚の申し込みや、住宅の抽選など、その瞬間の可否がその後の人生に大きく影響を与える・・・
今回の北京APECも、中国にとっては「いざ鎌倉」なのだろう。

一方、現役リタイアの自分にとっては、もうそんな場面は来ないような気がする。
先の映画を見て、そんな緊張感溢れる場面と縁が無い自分を、少々寂しくも感じるこの頃である・・・。

【広辞苑】より
「いざ鎌倉」(謡曲「鉢木」による) さあ、鎌倉幕府に大事が起ってはせ参ずべき場合だ、の意。転じて、大事の起った場合。

141109yakyu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月 8日 (土)

「今は昔、高負担スウェーデン」~理想の国とは・・・

先日の日経新聞にこんな記事があった。
今は昔、高負担スウェーデン 「成長あっての財政」根づく 欧州総局編集委員 大林尚
 これには仰天した。
 スウェーデン人は役所をどこまで信頼しているのか。世論調査機関による今春の調査結果をスウェーデン紙が報じた。結果はあらまし次のようなものだ。
 信頼度が低い役所は(1)雇用仲介庁(日本でいうハローワーク)(2)移民庁(3)社会保険庁――の順。高い役所は(1)消費者庁(1)地理院(3)国税庁――だった。
 調査は全体評価、印象、信頼感、サービスの質、改善度の5項目を5600人あまりから聞き取った結果を指数にした。最高点なら135、最低点はマイナス65。平均は25だ。仰天と言ったのは、高信頼度3位の国税庁が48を獲得し、首位のふたつの役所に1ポイント差で肉薄していることだ。
 徴税を担う役所がこれほどまでに信頼されるのは、日本では考えられない。
 スウェーデン国税庁のシンボルマークは扇風機の3枚の羽を模したかたちをしている。じつは、これは吸引機だ。お金をぶんぶんと吸い込む役割を体現している。ある意味でこんな不遜なマークは、納税者の信頼なしには掲げられまい。
141108zei  日本からみると同国は高負担国の代表だ。たしかに消費税にあたる付加価値税の税率は本則25%。高いのは間接税だけではない。湯元健治・日本総合研究所副理事長によると、所得税と住民税を合わせた所得課税の最高税率は56.6%。控除は基礎控除だけ。年金、失業給付、育児休業給付は課税対象だ。じつに国民の96%が税負担をしている(『北欧モデル』から)。
 日本は所得税を払う義務があるのが5100万人と総人口の半数に満たない。国税庁の身近さという点で彼我の差は当然か。
 ストックホルムで耳にしたのは、税は政府にとられるものではなく、投資のようなものという説明だ。原則、医療費に自己負担はない。教育費も大学を出るまでタダだ。納税という投資の見返りにサービスを受益する。その考え方が浸透している。奨学制度が充実しており、生活費に親のすねをかじる学生は少数派。親の世代にしてみれば、それも子供世代への投資ととらえられるのかもしれない。
 信頼度が高い役所の役人は、概してフレンドリーだという。昨年、東海大教授を定年退職して同国に暮らす川崎一彦氏は、日本から年金をもらっている。その年金課税はスウェーデン国税庁の仕事だ。いざ確定申告に出向くと、どうすれば税額を節約できるか、懇切丁寧にヒントをくれた。「税は納める価値があるもの」だと納税者に得心させるための巧みなひと工夫だ。
 そうしたミクロの積み重ねの結果、同国のマクロの国民負担率は58.2%(2011年)になった。負担率は国民所得に対する「税+保険料」の負担割合だ。日本は41.6%(14年度見通し)。消費税率を8%に上げて平年度に8兆円強の増税をしても、かの国とは16ポイントほどの開きがある。
 ただし日本は財政赤字、つまり私たちの世代が子や孫の世代に支払いを押しつけた税が断トツに多額だ。それをふくめた潜在負担率は51.9%。江戸時代、百姓が収穫の半分を年貢に召し上げられた五公五民が平成の世に現出している。
 スウェーデンは潜在負担率と裸の負担率が同じことにも驚かされる。財政赤字ゼロである。いまを生きる世代が消費する医療・教育サービスの元手は、いまを生きる世代の負担で完結させる。バブル経済崩壊後の四半世紀、日本人が怠ってきた財政規律の徹底が根づいている。
 その背景として、この8年間、中道右派の連立政権を担ってきたラインフェルト前首相の成長戦略を見逃すことはできない。減税である。勤め人への減税を何度もした。法人税は課税対象を広げて税率を下げた。
 他国はぜいたく消費とみなして高い税率をかけている外食サービスの付加価値税は、12%に軽くした。レストランで働く若者を増やして若年失業の増大を食い止めようという発想だ。野党はウエーターやウエートレスに多い移民を利するだけだと批判したが。
 ともあれ、国民負担率はいまやフランスやイタリアを下回る。欧州連合(EU)の一員でありながら通貨ユーロを使わない選択をしたのも幸いし、ユーロ危機後は輸出と個人消費が先導していち早く成長軌道に復した。成長がもたらす自然増収と、医療の効率化などによる健全財政の二兎(にと)を追った前政権は、超高負担と決別して政策の自由度を格段に高めた。
 さて、9月の総選挙でラインフェルト氏率いる穏健党は議席を減らし、社会民主労働党を核とする中道左派の連立政権が先月船出した。福祉施設や学校経営への民間参入を推進した前政権が、それを良しとしない高齢の有権者に愛想を尽かされたのが一因と聞いた。
 もっとも国の根幹政策には、左右両派にしっかりとした超党派合意が存する。1999年の年金改革だけではない。「体制選択、憲法、外交でも合意形成されており、総選挙の争点はミリか、せいぜいセンチの違いしかなかった」(スウェーデン政党政治を専門とする岡澤憲芙・早稲田大教授)
 先週、ロベーン新政権が組み直した15年予算案をみると、批判していたレストランへの軽減税率は維持するようだ。「成長あってこその財政と社会保障」。この普遍の理念にも、合意が醸成されてきた。」(2014/11/03付「日経新聞」p4より)

北欧の福祉や政治体制については、当サイトでも何度か取り上げてきた。日本の現状を見るに、小国と言えども学ぶべきヒントがあると思うので・・・

先日の米中間選挙でも世論が大きく動いた。日本でも某首相は日々の株価だけではなく、支持率に非常に敏感だという。そして来週の中国とのトップ会談も、支持率アップの期待!?

それにしても、スウェーデンのこの記事を読んで、「体制選択、憲法、外交でも合意形成されており、総選挙の争点はミリか、せいぜいセンチの違いしかなかった」という言葉には参った。
国民も政治も一体となっている。どこかの13億人の大きな国と違って、強制をしなくても、情報統制をしなくても、皆が同じ意見。よって、納税もスムーズ・・・

ここに出てくる「国民負担率(国民所得に占める税と社会保険の合計額の割合)」につい141108zei1 て、Netで検索してみると、色々なデータがある。大和総研の(ここ)のデータによると、世界的にも日本はかなり低いことが分かる。
しかし、上の記事で「ただし日本は財政赤字、つまり私たちの世代が子や孫の世代に支払いを押しつけた税が断トツに多額だ。それをふくめた潜在141108zei2 負担率は51.9%。」と指摘しているように、日本の納税体制は到底健全とは言えない。子供(将来)世代へのツケ回しで、現役世代が背伸びをしているように見える。
昔のようなピラミッド型の人口構成ならともかく、現在の壺型の人口構成では如何ともし難い。

昨夜(2014/11/07)放送されていたNHK「ドキュメント72時間~山手線一周徒歩の旅・東京都心の“幸福論”」(ここ)でも、貧困の中で必死に働く若者の姿があった。
治安が良く、住みやすいと言われている日本。しかしこのような現実の人々を見ると、どこかいびつな日本・・・。
年金の通知ハガキを見ながら、行動(年金返上?)を伴わず、口先だけで「困った」を連発している自分など言う資格が無いのかも知れないが、北欧と比較して、どんな国が理想なのだろう・・・。

141108syokuyoku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月 7日 (金)

FMシアター「父の代理人」

この番組は、(2014年)8月9日に放送されたもの。それが、文化庁芸術祭参加作品となったことで11月1日に再放送された。それを今朝の通勤途上で聞き直した。
実は、8月に放送されたとき、取り上げようかな・・・と思っていて、そのままになっていたのだが、今日改めて聞いて、やはり取り上げることにした。

<FMシアター「父の代理人」より>

*この番組の全部(50分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIPファイル)をクリックしてしばらく待つ・・・。

NHKの紹介サイトには、「あらすじ」としてこうある。
「夏。雨の夜。築60年の川上浩一(30)の家に、妹さくら(26)と叔父の裕次郎(58)がやってきた。一人の訪問者を迎えるために。それは「川上浩太郎の代理人」を名乗る小山という男だった。浩太郎は、20年前に失踪したまま音信不通の浩一の父。一家の恥と目されるロクデナシである。叔母の加代子(49)も加わり、話は思わぬ方向に転がり始め、家族それぞれの隠されていた思惑や偏見、誤解や本音が炙り出される。突如として遠い他人事だった「ある社会問題」と直面する人々の悲喜劇を通して奏でられる、人生とおカネをめぐる狂想曲。」(NHKのここより)

自分は毎回このFMシアターを聞いているが、今回は“珍しい”と感じた。場面が、家の一室だけ。まるで、ナマの演劇を見ているようなのである。普通は、FM放送の高音質を意識して、色々な効果音が入るのだが、今回は控えめ。あくまでも、出演者の会話が主。

しかし語られている内容は、実にリアル。先に法改正された生活保護の現状と、身内にそれを抱える人たちの本音が赤裸々に語られる。
生活保護については、当サイトでも何度か取り上げた。左の検索欄に「生活保護」と入れると、今まで書いた色々な記事が出てくる。その中で「高2生「借金70万円、なんで俺が」~親子の関係」(ここ)という記事を読み直してしまった。この番組の内容にも通じる、生活保護と家族との関係である。

一方、「親族の関係壊す生活保護法案」(ここ)という記事も書いた。
今年(2014年)、7月1日に施行された改正法については(ここ)に詳しい。

改めて読むと、まさにこの番組で語られている「親族の関係壊す生活保護法の改定」なのである。
こんな番組を通して、「健康で文化的な最低限の生活(ここ)」とは何か、そして家族とは何か、を考え直してみたい。

141107ojiisan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月 5日 (水)

「べつの世界から世を見ている」・・・

先日の、米国の若い女性の安楽死のニュースは、ほとんどのマスコミが取り上げていた。コラムでも、朝日や日経の春秋でも取り上げていた。
その中で、天声人語の表現が気になった。
「詩人の吉野弘さんは、漢字を素材にした佳作をいくつも残した。「往と住」という詩はわずか2行である。〈この世を往かなくてはなりません/この世に住んだものは誰でも〉。やさしい言葉で表された真実の前には、ただ一人の例外もない▼授かった命を返す日は必ずやってくる。返し方は百人いれば百通り。死生観も違うから「授かる」「返す」という言い方に反発を抱く人もおられよう。生き死にをめぐる議論はどこまでも深い▼安楽死を予告し、その通りに亡くなった米国の女性(29)の最期が波紋を広げている。末期がんで余命半年を告げられ、医師が処方した薬を飲んで生を終えた。安楽死が法律で認められている州に、他州から転居しての選択だったという▼「11月1日」と日にちまでネットで宣言していた。残された時間はまだあったのに砂時計を割ってしまった。そんな印象もある。是非を簡単には語れないが、精神科医で病や死について著作の多かった神谷(かみや)美恵子さんが、こう述べていたのを思い出した▼死と直面した人の心にみられるのは、すべてのものへの「遠のき」だという。「世界が幕一枚へだてたむこうにみえるというとき、そのひとはすでにみんなの住む世界からはじき出されて、べつの世界から世を見ている」▼続けて、「その眼(め)のくだす判断も、すでにべつの価値基準で行われはじめている」と。女性はどうだっただろう。安楽死の一つの危うさがこの辺りにあるように、異国のできごとから考えた。」(2014/11/05付「朝日新聞」「天声人語」より)

安楽死については、ここでも今まで色々と取り上げてきたので、今日は論じないが、上の天声人語にあった、「世界が幕一枚へだてたむこうにみえるというとき、そのひとはすでにみんなの住む世界からはじき出されて、べつの世界から世を見ている」「その眼(め)のくだす判断も、すでにべつの価値基準で行われはじめている」という言葉に衝撃を受けた。

よく、ガン宣告を受けた時など、普段見なれている景色が、この上なく美しく見えるという。その話を思い出しながらこの文を読んだのだ。

毎朝、通勤電車を待つホームで、よく空とビル群を見下ろす。天気のよい日は、青い空と白いビル。そして朝日に照る店の看板は、原色の色をまぶしく反射している。
そんな時、いつも「生きているな・・・」と感じる。

しかし、先の一文からすると、日常のこんな風景も、そしてその価値も、ある時から変わってしまうようだ。死と直面した瞬間から・・・
そんなときの「遠のき」・・・。あらゆることを、客観視・・・。

ある意味、そんな見方は理想的な気もするが、そんな非日常が簡単には近寄って欲しくない気もする。
余命の半年を残して、自分を失わないうちに自分の命に終止符を打った女性。その人に見えた世界は、たぶん我々のそれとは別物だったのだろう。
目の前に見える何気ない風景・・・。色即是空空即是色」。全ては消え去る運命・・・。宇宙の長い時間軸からすると、見えている景色は一瞬のまぼろし・・・
色々と、考えてしまう一文ではあった。

141105syouji <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月 4日 (火)

ホームレス千人超に仕事つくる~ビッグイシュー日本代表・佐野章二氏の話

今日の「朝日新聞」夕刊にこんな記事があった。
「(人生の贈りもの)ビッグイシュー日本代表・佐野章二① ホームレス千人超に仕事つくる
 ――ホームレスの人たちが「ビッグイシュー日本版」を街角で販売する姿は見慣れた光景になりました
 2003年9月の創刊ですから、おかげさまで11年と2カ月になります。1年目は月刊でしたが、2年目から毎月1日と15日の2回発行に増やし、いま販売しているのが、ちょうど250号141104bigissue の記念号です。
 大阪で創刊して3カ月後に東京に進出。いまでは北海道から鹿児島県まで15都道府県で販売しています。販売者の数は140人。大阪と東京には事務所があり、スタッフがいますが、あとの地域は約千人にのぼるボランティアが荷さばきや運営を担ってくれています。彼らの存在抜きでは成り立ちません。
 ――表紙に「ホームレスの仕事をつくり自立を応援する」と書いてあります
 そのために有限会社「ビッグイシュー日本」を立ち上げ、雑誌をつくりました。350円の雑誌を1冊売ると、うち半分以上の180円が販売者の収入になります。身を入れれば月に平均400冊は売れる。すると月収は7万2千円、1日だと2400円になります。なんとか路上を脱出して簡易宿泊所に泊まり、コンビニ弁当なら3食とることができる金額です。
 ――ビッグイシューはもともと英国生まれです
 1991年にロンドンで創刊されました。「施し」でなく、雑誌を販売する報酬で自立をめざしてもらうビジネスモデルが斬新で、バーッと世界各地に広がりました。ぼくたちも販売者のことは「ビジネスパートナー」と呼んでいます。
 いま英国で4誌出ていて、ほかにナミビア、南アフリカ、ザンビア、ケニア、エチオピア、オーストラリア、韓国、台湾、日本でも発行されています。それぞれ独立した雑誌ですが、記事や情報交換などで協力しあっています。
 ――日本版のこれまでの実績を教えてください
 11年余りで計651万冊を販売し、計9億3256万円を販売者に提供することができました。販売者として登録した方は延べ1563人。新しい仕事を見つけた「卒業者」が173人います。
 ――ひとつの会社がホームレスの人たちに毎年8500万円の雇用を生み出している計算になります。日本の社会的企業の先駆け的存在です
 まだまだ発展途上です。会社は累積赤字を抱えていますし、大きなことは言えません。「卒業者」の人数ももっと多くていい。ただ、会社立ち上げの時、周りからは「100%失敗する」と猛反対された。それを思えば、よくここまで続いたなあという感慨はありますね。(聞き手・編集委員 神田誠司)
     *
 さの・しょうじ 立命館大学法学部卒業。都市計画プランナーを経て、03年5月から有限会社「ビッグイシュー日本」共同代表。07年9月に設立したNPO法人「ビッグイシュー基金」も含めてスタッフは21人。」(2014/11/04付「朝日新聞」夕刊p5より)

ホームレスの人たちを応援する雑誌「ビッグイシュー」(ここ)については、当サイトに何度か取り上げた。カミさんが良く買ってくるので・・・
その「ビッグイシュー」の佐野代表の話が載っていた。このお話は、「ビッグイシュー」の成り立ちについて知るのに役立つ。

自分がこの雑誌を知ってから4年半。でも、それほど頻繁には買っていない。カミさんとダブルといけないので・・・!?(←これは言い訳・・・)
応援のためなので、ダブってもいっこうに構わないのだ。
せめて、こんな所に紹介することによって、少しでも「ビッグイシュー」が知れ渡り、この活動の応援につながれば嬉しい。
行け行けドンドンだった我々の現役時代と違って、今は誰もがホームレスになる可能性がある。会社の倒産など、個人の努力ではどうしようもない状況が起こり得るのだ。
この活動を他人事と思わず、もし駅前で「ビッグイシュー」を売っている人を見かけたら、ぜひ1冊買おうではないか!!

(関連記事)
ホームレス支援の雑誌「ビッグイシュー」 
「若いホームレスに出番を」~ビッグイシューが10周年 

141104bidai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月 3日 (月)

「企業献金、論争の半世紀」~時代が戻っている・・・!?

久しく聞かなかった「企業献金」が、復活するそうだ。
企業献金、論争の半世紀
 経団連が9月に政治献金への関与を5年ぶりに再開する方針を打ち出した。企業による政治献金は是か非か、半世紀前からの論争を経て経団連の姿勢は揺れ動いており、2009年に当時の御手洗冨士夫会長が下した「中断」の決定を今年6月に就任した榊原定征会長が覆した形だ。記者会見で榊原会長は「(安倍晋三政権と)徹底的に手をつなぐ」と献金の意義を強調したが、経済界でも賛同の声はさほど聞こえない。
 大企業による政治献金の合法性を問う裁判が起きたのは1960年。自民党に対する八幡製鉄(現新日鉄住金)の350万円の献金を巡り、広島県の株主が「事業目的外の行為で定款違反であり、経営者の忠実義務違反である」として当時の社長らを訴えた。
 70年に最高裁大法廷は会社も納税者であり、国民と同様に政治資金を寄付する自由を憲法上有するとして訴えを退けた。企業献金がお墨付きを得たと政治家は喜んだが、「商法の大家」といわれ政治献金容認派の鈴木竹雄東京大学名誉教授でさえ「とんだ勇み足の議論」と批判するなど法律学者からは異論が噴出した。
 検察官出身で77~79年に最高裁長官を務めた岡原昌男氏も93年に衆院政治改革調査特別委員会に参考人として出席した際「(70年の最高裁判決は)法律的に筋が通らない。当時、企業献金が多くの政治家に行き渡り、それを最高裁が違憲、違法とは言えなかった」とやむを得ない判決だったとの見解を示した。
 政治献金に否定的な財界人も少なくなかった。有名なのは74年に経団連会長に就任した土光敏夫氏だ。戦後最悪の金権選挙といわれた同年の参院選で自民党は経団連経由で260億円の献金を調達。激しい批判を浴びた土光氏は「企業からカネを集めているのは花村仁八郎(政治献金担当の経団連専務理事、後の副会長)個人で自分は知らない」と釈明し「次の正副会長会議で経団連経由の献金をやめると提案する」と発言。言葉通り数日後の会議で本当に「廃止」を決議した。
 「企業献金は利益を得ようと思ってやれば贈賄だし、利益はないがカネを出したといえば背任になる」。経済同友会終身幹事を務めた元日本火災海上保険(現・損害保険ジャパン日本興亜)社長の品川正治氏は政治献金に伴う経営リスクをこう表現していた。
 経済界にとって東西冷戦が終結し「自由主義経済を守る」という政治献金の大義名分が消滅。94年には政党助成法が成立して国民1人当たり250円を負担する政党交付金制度が始まった。総額約320億円(2014年分試算、内訳は自民党へ約158億円、民主党へ約67億円など)が共産党を除く各政党に支給され、昔のように経団連に百億円単位の献金要請が来ることもなくなった。自民党にとって財界はもはやメーンスポンサーではない。
 企業の意識も変わっている。元伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎氏は「知り合いの財界人と話しても『個人献金で十分』という意見の人は結構多い」と指摘している。企業による政治献金は本当に必要か、経済界は本音ベースの突っ込んだ議論をすべきではないか。(編集委員 安西巧)」(2014/10/20付「日経新聞」p11より)

昔の企業献金が“必要だった”時代と違い、今は形を変えて、「94年には政党助成法が成立して国民1人当たり250円を負担する政党交付金制度が始まった。」のだという。
つまり、もう企業献金の役割は終わっている。
それを「2009年に当時の御手洗冨士夫会長が下した「中断」の決定を今年6月に就任した榊原定征会長が覆した形だ。」というように、今の会長が無理を通しているようだ。
しかも、目的が「記者会見で榊原会長は「(安倍晋三政権と)徹底的に手をつなぐ」と献金の意義を強調したが、・・」
では、何ともはや・・・

アベノミクスとかいう“言葉先行”の政策がどうも好きになれない。どの政策も、大企業向けであり、案の定、円安で中小企業があえいでいる。インフレ政策も弱者切り捨ての政策に見えて好かん・・・。派遣法も特許権の改定も、そして原発再稼働も、何もかも大企業向けの施策に見える。だから大企業の団体である経団連が、その「お礼」をするらしい・・・

消費税の増税も、そのお金が年金などの国民の福祉に使われるのならまだ分かるが、防衛費や集団的自衛権行使の海外派兵に使われるとしたら、それも好かん。何しろ、(増税の)お金には「名前」が付いていないので、何に使われるかは、皆目わからない。
そもそも我々シルバー族に取ってみると、インフレもお金の価値(貯金の価値)が下がるので好かんし、円安もガソリンや食糧など、海外から輸入する物資の値段が上がるだけなので好かん。そもそも海外に売って儲けられるのは、大企業しかないのだ。

この企業献金もそうだが、どんどん時代が昔の悪い時代に“戻って”行っているようで、何もかもが好かん。
何とか孫の世代が、安心して暮らせるように、世の中が「良い方向」に向かわないものだろうか・・・。ついグチが出てしまう最近のニュースである。

141103taxi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年11月 1日 (土)

重罪人の安楽死は本当に人権の尊重か?

だいぶ前だが、ニューズウィークのこんな記事を見付けた。
重罪人の安楽死は本当に人権の尊重か
    安楽死を認めるベルギーが抱えるもう一つの問題

 つらい状況から死によって救われたいと願うことは、重罪人にも許されるのか。
 ベルギーで先週、強姦殺人などの罪で終身刑となり、収監中だったフランク・ファン・デン・ブリーケンの安楽死が認められた。彼が訴えていたのは、30年間にわたる刑務所での生活による「耐え難い精神的苦痛」。解放されるために安楽死したいと、数年前から求めていた。
 弁護士によれば、ブリーケンは自らの暴力的な性的欲求の克服は不可能だと考え、仮釈放を辞退してきたという。その上で「過去にどんなことをしても、私は人間だ。だから安楽死を認めてほしい」と訴えていた。
 ベルギーでは02年に成人の安楽死を認める法律が成立。昨年は約1800人が死を選んだ。今年3月には、未成年者が安楽死を選ぶことも合法化された。
 根底にあるのは、人権尊重の姿勢だ。だが今回の出来事は、それが時に倫理的な問題を生みかねないことをあらためて浮き彫りにした。「専門家が関心を寄せるのは殺人犯の幸福のことばかり」。ブリーケンに殺された女性の遺族の言葉にも耳を傾ける必要があるだろう。[2014.9.30号掲載]藤田岳人(本誌記者)(
ここ)より)

ベルギーは安楽死の先進国。だからと言って、重罪人も安楽死で“罪を償う苦痛”から逃れて良いのだろうか? 重罪人が逃げる先が「死」なら、過去の罪はすべて許されるのか・・・。
普通の凡人にとって、死は忌み嫌う存在。しかし「明日がない」人にとっては、それは唯一の逃げ場所。

先日、文藝春秋の「スイス「自殺幇助NGO」死の手助けの現場~死にたい人が世界から集まる 桜井勉」(2014年11月号P280)を読んだが、少々ショッキングだった。
ルールとしての、自殺・・・。介護している奥さんがガンの末期になり、自殺を希望。その介護が無くなったら生きていけない夫が、一緒に自殺を希望。そして二人一緒に自殺・・・。

背景は良く分かる。人間の尊厳があるうちに、残り短いと分かっている“苦しみの最期”を、早く終えたいという気持ち・・・。
この重罪人の安楽死も、行き先に希望が見えない「生」なので、末期ガンの患者と同じような話になる。
よくドラマで「簡単には死なせない。充分に苦しんでから死ね」などというセリフがある。
でも、「死によって精算」も有り得るのかな・・・と思いながら読んだ記事ではあった。

141101kokyuu <付録>「ボケて(bokete)」より

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