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2014年10月 1日 (水)

「知性と教養、どっちが大事?」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(be between)知性と教養、どっちが大事?
 今回、「これまでで最も答えにくい質問」(岐阜、55歳男性)といったご感想を多く頂きました。「今回のテーマ、何なんだ? 変だ」(岡山、47歳男性)とのご批判も。ただ、beモニターの皆さんから「知性と教養」についての深い考察がたくさん寄せられました。
教養のあるサルは
 今回のアンケートでは、おおざっぱな定義として、「知性」=「物事を考え抜き、判断する141001chisei 力、論理的な能力」、「教養」=「学問や芸術など世界全般についての幅広い知識」とした。
 ただ、2語の意味は違っても、「知性と教養」はセットで用いられることが多いだけに、分けて比較するのは難しいとの意見も目立った。
 「知性のある人とは頭が良くて教養のある人。知性と教養を対立させるのは無理がある」(千葉、71歳男性)
 「知性は分析や選択の能力で、知性で教養も高められていく。本来ひとつながり」(徳島、73歳男性)
 そんな中で、知性と教養の違いとして多く挙げられたのが、「知性は先天的なもので、教養は後天的なものと考える」(大阪、63歳男性)という意見だ。
 「努力して身につきやすいのは?」の問いには、「教養」が82%、「知性」が18%と、ずいぶん差が出た。「教養」のほうが後天的に身につけることができるから、逆に「大事なほうは?」の問いには「知性」が7割弱を占めるのだろうか。
 「知性と教養が一体となり、人格者が生まれるが、知性は天性のもの、教養は努力によって何とかなるのでは」(大阪、67歳女性)
 今回、とりわけうならされたのは、それぞれのモニターが定義したり、表現したりした「知性と教養」の対比だ。まるで洞察深き哲学者の箴言(しんげん)集を読むような、味わい深い回答が続いた。
 「知性は人の能力の一つ。教養は人間として生きるための術」(愛知、61歳男性)
 「知性は実社会で身につき磨いてゆくもの、教養は精神活動で学び身につけてゆくもの」(京都、59歳男性)
 「知性は教育でつくられるが、教養は生き方で決まる」(兵庫、73歳男性)
 「知性と教養を言い換えると、文明と文化になるか。文化なき文明は無味乾燥だし、文明なき文化は悪因習に陥る。人間にはどちらも必要」(京都、55歳女性)
 比喩やイメージで語った回答にもひきこまれた。
 「知性は自分の中から外に出ていくモノ、教養は外から自分の中に入ってくるモノ」(東京、62歳男性)
 「知性は、にじみ出てくるというプラスイメージ。教養は、ひけらかすというマイナスイメージ」(京都、74歳男性)
 「知性はとがっていて、教養は丸くなっているイメージ」(神奈川、70歳男性)
 「知性の高いサルはいるが、教養のあるサルは見ない」(神奈川、64歳男性)
 具体的にはどんな人が「知性と教養」を兼ね備えた人物として浮かぶのだろうか。
 「今話題の村岡花子さんや柳原白蓮(びゃくれん)さん。本を読み、世の中の動きに関心を持ち、日々の生活をきちんと送りつつ、理想を忘れず、信念を持って行動する人でしょうか」(東京、47歳女性)
 「内田百閒(ひゃっけん)、宮武外骨(がいこつ)、加藤周一。共通項は、偏見を持たずに独自の知性と教養を全方向へ生かして世界を眺めていたことだと思う」(兵庫、45歳女性)
 「白洲正子さん。白洲さんみたいな文化人が少なくなった」(山形、70歳男性)
 「梅棹忠夫先生です。自分にはない品性を持ち、知識も豊富で憧れの人です。私には生まれ持った卑しさがあり、先生に一歩でも近づきたいと思う毎日です」(神奈川、65歳男性)
 「福沢諭吉。今でもその思想や足跡が、われわれの行動指針になる人。知性と教養を兼ね備えた人物だと尊敬する」(大阪、64歳男性)
 現代人の名前は、ほとんど挙がってこなかった。
     ◇
 beモニターへのアンケートをもとにした企画です。(中島鉄郎)」(2014年9月27日付「朝日新聞」b10より)

「知性って何?」「教養って何?」と聞かれても、なかなかその違いを即答するのは難しい。例によって、広辞苑を覗いてみる。
「ち‐せい【知性】①頭脳の知的な働き。知覚をもととしてそれを認識にまで作りあげる精神的機能。「―に欠ける」 ②〔心〕広義には知的な働きの総称。狭義には感覚により得られた素材を整理・統一して認識に至る精神機能。」

「きょう‐よう【教養】ケウヤウ ①教え育てること。②(cultureイギリス・フランス・Bildungドイツ) 単なる学殖・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識。その内容は時代や民族の文化理念の変遷に応じて異なる。「―のある人」「―を高める」「人文主義的―」」

自分はどちらの言葉もあまり好きではない。「知性」は冷酷な人を見下したイメージがするし、「教養」は傲慢なイメージがする。
それよりも、これからのシニア族は「品」という字を大切にしたい。
「品性」「品位」「品格」・・・

もう誰とも競争する必要は無い世代になった。よってこれからは、じっくりと「品性」を保った人間になりたいものである。
それには知性が必要で、教養も可欠!? いや、それよりも「品」が・・・。 それには「知性」が必要なんだってば・・・!?

「ひん‐せい【品性】①ひとがら。人品。人格。「―下劣」 ②〔哲〕性格を道徳的価値として見る場合の称呼。」

「品性のある人」・・・か。つくづく自分には遠い存在であるな~と、思う。

141001kyubu <付録>「ボケて(bokete)」より


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