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2014年8月 9日 (土)

「公共事業、なぜ中止にならない?」~『サンクコスト(埋没費用)』の呪縛

先日、日経新聞でこんな記事を見付けた。
エコノ探偵団 公共事業、なぜ中止にならない
 過去の投資「もったいない」 費用対効果見極め冷静に
 「公共事業って、いったん工事が始まると、まず中止になりませんよね。どうしてなんでしょうか」。探偵事務所の近所に住む大学生の疑問に、探偵の松田章司が首をかしげた。「あまり深く考えたことがなかったな。調べてみましょう」
 「そういえば『八ツ場(やんば)ダム』の事業見直しと再開が話題になったな」。
 国が群馬県長野原町で建設している八ツ場ダムは1960年代に計画が決まったが遅々として進まず、2度の計画変更を経て事業費は2100億円から4600億円まで2倍以上に拡大。「無駄な公共事業の典型」として2009年に民主党政権が事業中止を決めたものの、11年には一転して再開することになった。
 国土交通省の担当者は「学識経験者の意見も踏まえ、治水と利水の両面で建設が最も有利という結論が出ました」と説明する。

回収不能な費用
 章司は公共経済学に詳しい関西学院大学教授の上村敏之さん(42)に意見を求めた。上村さんは「断言はできませんが、再開が決まった背景に『ここまで多額の金を使っているのだから、中止して無駄にしたらもったいない』という気持ちはあったように思えます。『サンクコスト』の呪縛です」と説明を始めた。
140809cost  「サンクコスト(埋没費用)」とは、既に支払ってしまって回収不能な費用のこと。ダム建設をそのまま進めて完成させても、中止しても、すでにかかった費用が戻ってこないことには変わりない。だから、事業を続けるか中止するか判断するときには、いくら巨額でもサンクコストを考慮に入れてはいけない、というのが経済学の考え方だ。
 そのままダムを完成させるまでの工事費など「追加でかかる費用」と、ダムによる洪水防止効果や水道水の確保など得られる利益をきちんと計算し、中止したときのダムに代わる治水・利水対策の追加費用とその対策で得られる利益に比べて、メリットがあれば続けるのが正しい。「ところが往々にして、取り返せないサンクコストがもったいないからこのまま続けよう、と考えてしまう人が多い」と上村さん。章司は「整備新幹線の建設がいったん始まると中止にならないのも、同じ問題ですね」と納得した。

甘い計画横行
 政策研究大学院大学教授の福井秀夫さん(55)にも話を聞いた。「地方の有料道路では完成した後もサンクコストにとらわれて、建設費を償還するため通行料金を取っていることが問題です」
 本来、道路は建設前にきちんと費用対効果を分析し、メリットのあるものだけ建設すべきだが、実際には過大な需要を想定した甘い計画で建設してしまい、高額の通行料を設定して利用するクルマがほとんどないケースも多い。結局は建設費の償還も難しくなる。「それなら、もう造ってしまった道路の建設費はサンクコストなのだから、無料開放して補修費用は税金で負担した方が、利用するクルマが増えて利便性が高まります」

撤退判断難しく
 福井さんは、原子力発電所の再稼働問題でも反対派・賛成派の両方に「サンクコストの呪縛」があるとみる。「原発は立地費用が膨大だから発電コストは決して安くないという主張は、立地費用がサンクコストであることを無視している点で妥当性を欠きます。一方、すでにある原発を活用しないのはもったいないという主張も、今後のリスクも含めた追加的費用に見合う便益があるか、きちんと検証が必要です」という。
 早稲田大学教授の川本裕子さんに聞くと「サンクコストの考え方は企業経営にとってとても大事です」という。企業が新規事業に多額の投資をしても、うまくいかないことは多い。その場合、既に投資したお金の多くは回収不能なサンクコストになる。事業を続けた場合の追加費用を考えると撤退した方が合理的な場合も多いが、サンクコストを「もったいない」と考えてなかなか撤退できない。
 「多くの金融機関が、明らかに回収の見込めない融資先にも貸し続けていた1990年代の不良債権問題も、客観的な現状認識ができずサンクコストにとらわれていたことが背景にありそうです」と川本さんは付け加えた。
 「根が深い問題だな」。章司が調査を終えようとすると、慶応義塾大学教授の中島隆信さん(53)から電話がかかってきた。「『もったいない』と考えて、なかなか撤退できないのは国や企業だけでなく個人も同じです」。中島さんは具体的な例を挙げてくれた。「賭け事をして負けたら、負けを取り返そうとして、さらにたくさん賭ける人がいます。でもその負けはもう返ってこないサンクコスト。忘れることが重要です」
 投資した株の株価が大きく値下がりした場合、客観的には株価が戻る見込みが薄いのになかなか損切りできないのも同様の例だ。「レンタルDVDを見始めて『つまらない』と思ったのに、料金がもったいなくて最後まで見る私もサンクコストにとらわれていますね」と章司は納得した。
 「食べ放題の飲食店で料金の元を取ろうとつい食べ過ぎて後悔することも、サンクコストを理解していれば避けられるかも」。事務所で報告を終えた章司が所長に一言。「食べ放題店巡りが好きな所長も、あと一皿を諦めれば、ダイエットに成功できるのに」」(
2014/08/05付「日経新聞」より)

「サンクコストの呪縛」とは、なかなか考えさせられること。この考え方は新しいものではないが、「サンクコスト(sunk cost)」という言葉は初めて聞いた。沈んでしまって見えなくなった費用か・・・。

これは確かに判断を狂わせる。何でもうまく行っている場合は良いが、メーカーでの開発や、賭け事での引き際で、判断を狂わせる。
進んでいることを「止める」のは、結構な決断が必要。もちろん責任も生じる。だから何とか「今まで通りで良い」という理由を探す・・・。大組織ではどこもそうだ。自分の時代だけ無難に過ぎれば良い・・・。
上の記事の賭け事の例も、自分も心当たりがある。昔、独身時代、北九州への出張で、時間が余ったのでパチンコをしたことがある。かなり玉が出た。そのうちに減ってきて、「さっきくらいに戻せたら止めよう」と思うウチに、玉が全部無くなった。
自分はやっていないが、株なども同じだな・・・。もう少しと思ううちに下がってしまう。
これも「ある瞬間で判断」ということが出来ていない結果。
しかし「サンクコストの呪縛」は何にでも通用する話。全ての事は、過去には戻れない。とすると、将来どうなるか、だけを念頭に判断すべき。

自分のように初老になると、過去の経験は、“肥やし”になると同時に、ネガティブな“しがらみ”にもなりかねない。
これからの人生、「将来だけを見て判断」という視点を心掛ける必要があるかも知れない。

140809mondai <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

サンクコスト(sunk cost、埋没費用)については経済学用語なので知っていましたが、サンクコストの「呪縛」という言葉は知りませんでした。埋没費用についてはウィキペディアに簡単な説明があるので、ここ(↓)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%8B%E6%B2%A1%E8%B2%BB%E7%94%A8

を見てください。ここでは、「呪縛」という言葉こそ使われていませんが、サンクコストに関して人間が陥りやすい非合理的行動の面白い例があげられています。この「サンクコストの呪縛」とほぼ同じ考え方が「行動生態学」では「コンコルドの誤り」として知られているようです。以前に行動生態学が専門の長谷川真理子さんのエッセイ「科学の目 科学のこころ」(岩波新書)という本を読んだことがありますが、その中に次のような興味深い一節がありました。超音速機コンコルドは、開発の最中に、たとえ出来上がったとしても採算がとれないしろものであることが判明してしまった。ところが、英仏両政府はこれまですでに大量の投資をしてしまったので、いまやめるとそれが無駄になるという理屈で開発を続行したが、その結果はやはり使いものにならなかった。このように、さまざまな状況の下で、どこでやめるべきかについての意思決定が必要になるが、過去の投資の大きさこそが将来の行動を定めると考えることを「コンコルドの誤り」と、「行動生態学」では呼ぶのだそうです。この「コンコルドの誤り」は人間のいろいろの活動の中に見られるとして長谷川さんは2つの例をあげています。

・作戦自体が誤っているのに、これまでにその戦いで何人もの兵隊が死んだから、その死を無駄にすることができないといって作戦を続行する。(司馬遼太郎「坂の上の雲」の読者なら、日露戦争の、死傷者6万人を出した旅順要塞めぐる死闘をを思い出すでしょう。児玉源太郎が乃木から指揮権を預かり、203高地を攻めるまで同じ作戦が繰り返された。)
・科学者だって「コンコルドの誤り」から自由ではない。旧パラダイムに慣れ親しんで研究してきた学者たちは、それが誤りであることを知らされても、なかなか旧パラダイムを捨てようとはしないのは、これまで自分が大量の投資をしてきた理論を捨てたくないという「コンコルドの誤り」から抜けられないからだ。大陸移動説を提出したウェーゲナーに対し、当時のアメリカ地質学会の大物の一人は「大陸が安易に動くなどという考えが許されるなら、われわれの過去数十年の研究は何だったのか?」といって反対したという。

 では、人間以外の動物の場合どうか?一羽の雄の鳥がある雌に求愛して、長い時間を費やして求愛し、たくさんの餌をプレセントに持ってきたが雌はいっこうに気に入ってくれない。雄は続けるべきか、やめるべきか?一昔前には、雄はこの雌に大量の「投資」をしてきたので、いまさらやめると損失が非常に大きくなるので求愛はやめないだろう、という議論があった。しかし、鳥たちはそのようには行動しないで、いま求愛をつづけている隣にその雄はまだ一度も求愛していないが、求愛されれば十分応える気のある雌がいたとすると、過去の投資がどうあろうと、さっさとそちらに乗り換えるという。したがってそうした「コンコルドの誤り」はほかの動物の世界では成り立たないらしい。なぜ人間の思考はコンコルドの誤りを犯しがちなのだろうか、なにか人間の思考形態に深くかかわるものがあるにちがいない、と長谷川さんは言っています。

【エムズの片割れより】
分かり易い話をありがとうございます。我々の日常でもよくある話ですね。
これからこの原理を活かしましょう。

投稿: KeiichiKoda | 2014年8月10日 (日) 21:25

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