« 「お墓をどうする?」~「樹林墓地」10倍の申し込み | トップページ | 「寺田寅彦 独りで逝った最初の妻」 »

2014年8月17日 (日)

スーザン・オズボーンの「荒城の月」と「浜辺の歌」

何度も同じ事を書くが、NHK FMを聞いていると、たまに“アレッ”と思う自分が知らない歌に出会うことがある。今日もそんな歌だ。スーザン・オズボーンが歌う日本の唱歌である。今日はそのうち2曲を紹介する。(この所、音が悪い音楽が続いたが、これは音が良い)

<スーザン・オズボーンの「荒城の月」>

<スーザン・オズボーンの「浜辺の歌」>

上の2曲とも、ハープによる分散和音が何とも心地よい。
「荒城の月」については、当サイトはかなりこだわっており、今までにも色々な楽曲を挙げている。しかしこのスーザン・オズボーンの「荒城の月」は、前に紹介した上海交響楽団の音楽と似ている(ここ)。

上の2曲も編曲は日本の編曲者。そして上海交響楽団の「荒城の月」も編曲は日本人だ。やはり日本の唱歌は、日本人の編曲が自分にはフィットする。

いつも思うのだが、「荒城の月」は実に単純な二部形式の旋律。それが何で、こうも日本人の心に入り込んでくるのか・・・
今日は、少し風変わりな日本の唱歌ではあった。

●メモ:カウント~620万

140817jidouteate <付録>「ボケて(bokete)」より


« 「お墓をどうする?」~「樹林墓地」10倍の申し込み | トップページ | 「寺田寅彦 独りで逝った最初の妻」 »

コメント

こんにちは

私の大好きな歌手です。
四季の冬がCMで使われました。

ホームレスになって居場所が無い。(涙)

【エムズの片割れより】
ホームレス!??

投稿: 空 | 2014年8月19日 (火) 16:54

空様  ホームレスとは穏やかな気持ちで聞けません。事実でしたら貴方のお住まいの役所の福祉課へ行って今日一日でも住むところを提供してもらいましょう。公の機関はそのためにあると思います。頑張って下さい。

投稿: 白萩 | 2014年8月20日 (水) 13:34

すみません、ネット上の話です。ごめんなさい

ああ、またやってしまった。。。(汗)

投稿: 空 | 2014年8月20日 (水) 16:18

早とちりしてしまいましたねぇ。ホームレスの人がどうやってパソコンするのだろうと考えてしまいましたよ。私が単純なのか、空さんが人騒がせがお好きなのか、さて、どう受け取っていいのやら。そばに居られたらほっぺたに平手打ちしてたかも。酔っ払いの夫を50年ひっぱたいて来ましたから、手がムズムズしています。

【エムズの片割れより】
空さんは、1年も前からのコメンテーターですので、お許しを・・・!!

投稿: 白萩 | 2014年8月20日 (水) 20:45

毎度お騒がせいたします、ネットホームレスと書けばよかったですね。
そんなわけで、しばらく居候させていただいてよろしいですか、三杯目はそっと出しますので。
しかし暴力はいけません、絶対反対です。集団的自衛権も反対。

投稿: 空 | 2014年8月20日 (水) 22:00

私は叩かれるのは嫌いですが、叩くのは大好きなので・・・お宅まで手が伸びると良いのですが残念です。集団的自衛権を言いだした人の垂れ下がった頬はおもいきり引っ張った方が良いかも知れませんね。これは出来るだけ大勢で引っ張りたいです。

投稿: 白萩 | 2014年8月20日 (水) 22:39

面白そうな議論が続いてますね。
ところで、初めて聴いたこのスーザン・オズボーンの「荒城の月」の素晴らしさはどうでしょう。英語でしかも一風変わった編曲ですが、心の奥に滲み入りますね。
もともと「荒城の月」の「メロディというのは、外国人にものすごく日本を感じさせるようですよ」(ユーキャン倶楽部、新・叙情歌ベスト選集『美しい歌こころの歌』の付録「私の好きな歌」鮫島有美子より)。
どこかで読んだうろ覚えですが、昔、藤原義江がアメリカからヨーロッパに行く船の中でこれを歌ったら、聴いていた或る紳士が楽譜を呉れないかと言ってきた。その紳士がなんとトスカニーニだとあとで分かった。
また、滝廉太郎がドイツの音楽学校に留学した当初、これを歌った?ピアノで弾いた?ら、先生方も学生達も絶賛したというもの。
とにかく。23歳にして亡くなった滝廉太郎が、せめてあと20年生きていてくれたら、どれだけ沢山の世界的名曲を作っただろうと思うと悔しくてなりません。

投稿: 山下仁平 | 2014年8月21日 (木) 09:12

今インターネットで調べたら、先程の「その紳士が後でトスカニーニだと分かった」というのは間違いでした。お互いにすでに知っていて、トスカニーニに日本の歌をと所望さて「荒城の月」を歌ったそうです。楽譜が欲しいと言われたのは、どこかで読んだ記憶があるので本当だと思います。失礼いたしました。

投稿: 山下仁平 | 2014年8月21日 (木) 10:17

山下様のお話は多分,『少年H』を書かれた妹尾河童さんの著書でお知りになったのかも知れません。私もどこかで読んだ記憶があります。妹尾さんは若いころ藤原義江の家に住んでいて舞台装置などを任されていたようです。義江が声が老化で出なくなってきた時「もうやめた方がいいと」言ったら素直にやめたと書いてありました。若いころ、妹尾さんが住む所がないといったら義江が「家にくればいい」と言ったのが縁だそうです。出会いとは面白いものですね。

投稿: 白萩 | 2014年8月21日 (木) 11:30

白萩様
残念ながら妹尾河童さんの本は読んだことがありませんが、この話どこで読んだか全く思い出せません。それにしても、藤原義江と妹尾河童さんがそのような関係にあるとは知りませんでした。お互い心から信頼し合ってたのですね。羨ましい。

投稿: 山下仁平 | 2014年8月22日 (金) 10:15

山下様 妹尾河童さんの本ではないとすれば朝日新聞のコラムだと思います。どっちか自信がなかったのですが、妹尾さんは義江の事を色々書いておりましので、妹尾さんの本のほうが確立が高いと思ったのです。失礼しました。義江も河童さんも普通の人とは少々変わって居りますから凡人にはない面白さがありますね。私は藤原義江の「出船の港」という歌が好きです。スケールが大きくて子供のころから元気が出る歌だと思っていました。最近はこういうスケールの大きな歌がなくなりましたね。間違い、すみませんでした。

投稿: 白萩 | 2014年8月22日 (金) 14:30

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「お墓をどうする?」~「樹林墓地」10倍の申し込み | トップページ | 「寺田寅彦 独りで逝った最初の妻」 »