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2014年8月の25件の記事

2014年8月30日 (土)

伊藤久男の「夕陽行」

先日、半世紀前(1965年)のテープを再生した話を書いた(ここ)。今日はその第3弾。当時のNHKラジオで放送した伊藤久男集を録音したテープに入っていた曲名不詳の歌である。一番の歌詞から、とりあえず「夕陽行(仮)」という題名にしておく。(←「夕陽行」で正しいとのこと。昭和39年5月発売)

<伊藤久男の「夕陽行」>

「夕陽行」
   作詞:野村俊夫
   作曲:船村 徹

草は枯れて 道のなき
荒れ野 寒そに(?)飛ぶ雁よ
ああ青春の
望み破れてさすらいの
旅のわびしき夕陽行

夜ごと結ぶ 夢にさえ
ひとりたどるは故郷よ
ああ沈みゆく
赤い夕日に うらぶれの
胸にあふるる我が涙

上の歌詞は、聞き取りをしたもので、正確ではない。もし、うまく聞き取れた方は教えて欲しい。

この歌探しを、ひとつのゲームとして捉えると、それもまた楽しい。
「ここに半世紀前のNHKラジオの録音があります。分かっていることは、伊藤久男が歌っているという事だけです。さて、この歌は何という歌でしょう??」という質問の解答は??

少なくとも、作曲は古関裕而だと思うのだが・・・(←正解は船村徹だった)
Netがどの位の影響力があるのかは知らないが、もし少しでも情報があれば、ぜひコメントを頂きたく・・・!!

140830sagase <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月29日 (金)

「健康長寿と医療費」そして「スイスへの安楽死渡航」

だいぶ前だが、日経新聞にこんな記事があった。
健康長寿で医療費は減る? 予防の効果、実証なく
 このほど、2014年版厚生労働白書が公表された。今年のメーンテーマは「健康長寿社会の実現に向けて」。日本はすでに長寿社会を実現しているが、これからの課題は「いかに健康な期間を長く保つか」だという。予防に気を使い、健康で長寿であれば、医療費や介護費も抑えられるとの考えだが、果たしてうまくいくのだろうか。
 厚労省の7月末の発表によると、13年の日本の平均寿命は男性が80.21歳、女性が86.61歳。女性は世界でも最長寿。この年初めて80歳代に到達した男性も香港やアイスランドなどと共にトップクラスに入る。医療水準の向上などに合わせ寿命はどんどん延びてきた。
 これに対し「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」である健康寿命は同省によると、男性70.42歳、女性73.62歳(共に10年時点)とされる。平均寿命と健康寿命の差は男性で10年、女性で13年ほどあるわけだが、厚生労働白書は「この差を縮めていくことが重要」と指摘した。
 白書は「我が国における健康をめぐる施策の変遷」「健康をめぐる状況と意識」「健康寿命の延伸に向けた最近の取り組み」の3章構成。注目されるのは「最近の取り組み」。国は要介護状態とならないための高齢者に対する予防事業、現役からの健康づくりなどを積極的に進めるという。
 介護予防では、全国の自治体が地域の実情に応じた体操教室など様々な取り組みがしやすい環境を整える。現役向けには、生活習慣病を防ぐための健診や健診結果に基づいた指導を強化し、禁煙対策も推進。これらの施策で25年に向けて5兆円規模の医療・介護費節減を図るとする。
 医療費や介護費は年間で50兆円近くも使われている。5兆円の節減は大きな効果だ。ところが医療制度に詳しい日本福祉大の二木立学長は「根拠がまったく示されていない主観的な目標、願望にすぎない」と指摘する。
 予防や健康増進活動を進めれば、医療費などは減ると思いたいところ。世界各国でも同じことを考えて、様々なモデル事業や実証研究が実施されてきた。しかし、それらの結果を見ると、健康状態の改善効果などは確かめられるものの、「医療費節減効果はほとんど確認されていない」(二木学長)という。
 禁煙プログラムについては例外的に余命延長と短期的な医療費節減の両方の効果が確認されている。ただ、禁煙によって寿命が延びる分で余計に医療費を使う。その生涯医療費を考慮すると、短期的な医療費削減効果は相殺されかねない。それどころか、禁煙プログラムを実施した方が生涯医療費は多くなるとの研究結果もある。
 予防や健康増進の活動は、国民一人ひとりが幸せに生きていくためにも必要。十分に取り組んでもらいたい。しかし、それで医療費や介護費が減らせるとは安易に考えない方がよさそうだ。
 超高齢化が進む中で、医療費や介護費の抑制は大きな課題であることは間違いない。ただその手法については根拠があるもの、実効性があるものを十分な説明と合意のうえで進めるべきだろう。(編集委員 山口聡)」(2014/08/10付「日経新聞」p3より)

我々シルバー族が、これから担う重たい課題が「平均寿命と健康寿命との間の期間をどうするか?」。
言うまでもなく、上の記事の論は、あくまでも平均値であって、実際に我々がどうなるかは分からない。でも「平均」では、平均寿命と健康寿命の差は男性で10年、女性で13年あるという。つまりこの期間は、“不健康状態”にあると想定される。つまり、他人の介護を必要とする期間である。
よって白書にあるように、「この差を縮めていくことが重要」であることは言うまでもない。
もちろん理想は、健康寿命を平均寿命に近付けることだが、ピンピンコロリはそう簡単ではない。

前に伯母が入っていた老人ホームに見舞いに行くと、全員がテレビの前でボーッとしている。もちろん認知症が進んでいた伯母も・・・。その光景を見るのが辛かった。
そして今年の正月に亡くなったお袋も、見舞いに行くと、いつも「する事がない。家に帰りたい」と言っていた。そしてホームの2年間は、ただただ食べて寝るだけの生活で、認知症も進んでいった。兄貴がよく言う。「お袋のこの2年間は何だったのか・・・」。でもそう簡単に人間は死ねない。

一方、先日こんなニュースもあった。
安楽死目的でスイスへの渡航者急増
 安楽死を遂げるためスイスに渡航した重症患者らの数が、2008年の123人から12年の172人へと4年間で約1.4倍に急増したとの調査結果を、チューリヒの研究機関が21日までに、英専門誌ジャーナル・オブ・メディカル・エシックスに発表した。
 急増の詳しい原因は不明だが、スイスでは医師が薬物を処方し、死を選んだ患者が自ら使用する「自殺ほう助」が事実上認められており、支援する団体も存在する。
 08~12年に31カ国の計611人(23~97歳)が安楽死の目的でスイスに渡航。平均年齢は69歳で約6割が女性。神経疾患の患者が多数を占めていた。国別ではドイツ、英国が多かった。
 欧州では安楽死をめぐる対応が国によって分かれており、制度化すべきかどうかの議論が徐々に活発化している。条件付きを含めると、オランダやベルギーなどでも認められている。(共同)(2014年8月22日)」

「「自殺ツーリズム」 安楽死を求めてスイスへ渡航する人が急増
チューリッヒ大学の研究者らによって「自殺ツーリズム」という研究論文が発表された。安楽死を遂げるためスイスに渡航した外国人が急増しているという。論文によると、2008年は123人だったのに対し、2012年は172人と4年間で1.4倍に急増。神経筋疾患の患者が多数を占めていたという。47Newsなどが報じた。
611人の渡航者を国別に見るとドイツとイギリスだけで3分の2を占め、フランス、イタリアなどが続いた。48%以上の人が神経疾患を抱えていたほか、がん(37%)、リウマチ(25%)、心疾患(15%)などの疾患を抱えており、約3分の1の人が複数の疾患を抱えていた。
スイスには、病気の末期症状や重度の身体疾患・精神疾患者に対し、有資格者の医師と看護師の援助を受けて自殺を幇助する「ディグニタス」という非営利団体が存在する。
論文によると、ディグニタスは年間600件の安楽死の案件を扱っており、そのうち150~200は海外からの渡航者によるものだとしている。論文の中の611人の安楽死のほとんどにも、ディグニタスが関わっていた。イギリスのBBCによると、ディグニタスはその活動によって、年間9000~1万500スイスフラン(100~120万円)を得ていると言われている。
なお、スイスにおける安楽死では、現在1人当たり約3000ドル(約31万円)のコストがかかるという。論文執筆者の一人であるユリアン・マウスバッハ博士は、海外諸国が安楽死を認めていないために患者がスイスまで旅行しなくてはならない状況や、安楽死のコストをスイス政府が支払い続けるべきなのかという問題を指摘しているという。」(2014/08/22付「ハフィントンポスト」(
ここ)より)

このスイスへの渡航者の中に、日本人はいないと言うが、これらの行動は、自ら「自分の寿命と健康寿命を、自分の意志で短縮すること」になる。
自分もそのうち、「今日も生きた!」と実感“できなくなる”日がやってくるだろう。その時に、何ら行動できない自分をどう捉えるのだろう?
ま、認知症になってしまえば、そんな事を考えることも無い訳ではあるが・・・

何とも、こんな記事が気になるトシになりつつあるな~・・・。

140829chinoike <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月28日 (木)

従軍慰安婦記事 誤報の“朝日新聞問題”

今朝、電車の中で日経新聞を読んでいたら、週刊文春と週間新潮の広告があり、従軍慰安婦問題で派手に朝日新聞をたたいていた。面白そうだから買おうかな・・・ナンテ・・・。
そして、昼食に行った近くのそば屋で朝日新聞をめくっていたら、こんな記事があった。
週刊文春の広告、朝日新聞社が掲載断る
 朝日新聞社は27日、週刊文春9月4日号の新聞用広告に、慰安婦問題をめぐって朝日新聞社の名誉と信用を著しく傷つける表現があるとして、朝日新聞への掲載を断った。文芸春秋は朝日新聞社に抗議した。
 朝日新聞社広報部は「当該の広告は論評の範囲を著しく逸脱し、本社の社会的評価を低下させるものであり、本社の広告掲載基準に基づいて掲載に応じられないと判断しました」としている。」(2014/08/28付「朝日新聞」P36より)

おっと、戦争だな・・・。朝日新聞に、文春だけでなく新潮の広告も見当たらないな・・・と思っていたら、朝日は新潮の広告も拒否したようだ。
朝日新聞が週刊新潮の広告も拒否
 新潮社は28日、朝日新聞に「週刊新潮」9月4日号(8月28日発売)の新聞広告の掲載を拒否されたと明らかにした。
 新潮社によると、当該号の広告には朝日新聞の旧日本軍の従軍慰安婦問題に関する報道をめぐり、「『朝日新聞社』の辞書に『反省』『謝罪』の言葉はない!」などの文言があった。
 朝日新聞が26日、「反省」の文字や読者が減っているとした見出しを修正するよう求め、新潮社が拒否したところ、27日に掲載を見送ると連絡があった。新潮社の広報担当者は「批判されたから広告を拒否するとは言語道断。来週号で今回の問題を検証したい」と話している。」(2014年8月28日共同通信(ここ)より)

この問題については、朝日の記事を鵜呑みにする訳にはいかない。外紙はどう捉えているのかと思ったら、ニューズウィークの記事が見つかった。

慰安婦問題の本質は大誤報を認めても謝罪しない「朝日新聞問題」だ
       池田信夫 エコノMIX異論正論
 8月5日から6日にわたって朝日新聞は慰安婦問題の特集を組み、これまでの「強制連行」に関する一連の記事が誤報であることを認めて取り消した。30年以上にわたって繰り返してきたキャンペーンが誤報だとわかったら、まず謝罪するのが常識だが、朝日新聞は謝罪せず、「慰安婦問題の本質を直視せよ」と開き直っている。
 慰安婦問題の本質とは何だろうか。慰安婦というのは戦地で仕事をしていた娼婦のことで、1990年ごろまでは大した問題ではなかった。それが日韓の外交問題になったのは、1992年1月の朝日新聞の記事が発端だ。これは1面トップの「慰安所 軍関与示す資料」という見出しで、慰安婦が「挺身隊の名で強制連行」されたと書いた。
 今回の特集で認めたように、この記事は事実誤認である。慰安婦は民間業者の募集に応じて、賃金をもらって働いていたのだ。「韓国の済州島で『慰安婦狩り』をやった」という吉田清治の話も、本人がフィクションだと認めた。軍の関与については、1992年に加藤官房長官が公式に認めて謝罪した。
 本来はここで終わりだった。内地でも娼婦は届け出制で、一人ずつ警察や保健所が管理していた。それと同じことを戦場では軍がやっていただけで、国家責任でも戦争犯罪でもない。ところが朝日新聞は「日本政府は強制連行を認めよ」というキャンペーンを張り、韓国政府がこれに呼応して国家賠償を求めた。
 それに対して1993年に河野官房長官が、強制があったとも受け取れる談話を発表したが、これが逆効果だった。
 この談話が「日本政府は強制連行を認めた」と受け取られ、国連が日本政府の「性奴隷」を非難する報告書を出し、2000年代には米議会でも慰安婦非難決議が出るようになった。
 しかし慰安婦に国家賠償するわけには行かない。民間業者の募集した慰安婦に賠償したら、戦時中に(同じく民間の募集で)朝鮮から内地に来た32万人の男性労働者が賠償を求めて訴訟を起こすだろう。最高裁の判例で(内地も含めて)民間の生存者には何も賠償しないことが確定しているので、それは不可能なのだ。
 河野談話のころまでは他のメディアも似たようなもので、「政府が強制連行を認めた」と報じたメディアもある。しかし吉田が嘘を認め、証拠が何も出てこないため、他のメディアは90年代後半にはこの問題を報じなくなった。そんな中で、朝日新聞だけが1997年になっても特集を組んで慰安婦キャンペーンを続けた。
 ほとんどの海外メディアは日本の情報を朝日新聞を通じて知るので、朝日の告発記事が伝言ゲームのように歪曲され、誇張された。このころになると問題は慰安婦の存在そのもにすり替わり、「日本政府はかわいそうな性奴隷の存在を否定している」という話が世界中に広がった。
 このため2007年に第1次安倍内閣で「強制連行の証拠はない」という閣議決定をしたが、これで問題が再燃した。安倍首相は各国政府とメディアに集中砲火を浴びて河野談話を実質的に追認し、このあと政府は慰安婦問題にコメントしなくなった。
 このころにはほとんどの国内メディアが強制連行を報道しなくなったが、朝日新聞だけが政府を攻撃し続けた。
 なぜ朝日新聞は、嘘と知りつつ慰安婦キャンペーンを続けたのだろうか。1997年には吉田の話の「真偽が確認できない」と認めたのに、過去の誤報は訂正しなかった。このとき「女子挺身隊」が誤りであることも知っていたはずだが、言及もしていない。彼らがいまだに謝罪を拒否するのは、謝罪すると経営者の責任問題に発展するからだろう。
 要するに、慰安婦が国家に強制されて性奴隷になったという「慰安婦問題」はもともと存在しないのだ。これは朝日新聞が自作自演した朝日新聞問題である。ところが彼らは誤報を訂正しないで「それは枝葉の問題だ」と強弁し、日本政府に謝罪と賠償を求めてきた。これが日韓両国に憎悪の悪循環を生み、外交を混乱させてきた弊害の大きさははかり知れない。
 大誤報を書いた植村隆記者は今年3月に朝日新聞を退社したので、彼を国会に呼んで事実関係を確認する必要があるが、本質的な責任は、誤報が判明したあとも逃げ回った編集責任者と経営者にある。本来は報道機関が自主的に第三者委員会で解明することが望ましいが、朝日新聞にはその気がないようなので、国会がやるしかない。(ニューズウィーク日本版 2014年8月20日配信掲載)(ここ)より)

どうもこの記事の方が、まともに見える。

実は自分も先日まで、慰安婦問題は“存在する”と思っていた。それが、先日、民放の番組を見ていたら、カメラを抱えて現地取材をしたところ、「韓国の済州島で『慰安婦狩り』をやった」という吉田清治氏の著書にある話が、軒並みウソであることが分かったという。たった5時間の滞在で、現地の住民が「そんな話は知らない」と証言しているのだ。
こんなに簡単にバレることを天下の朝日新聞が・・・。まさか・・・。と思ってみたが、どうもこの話は朝日に分が悪いらしい。

先日の、自分とある人との会話・・・。
「この前、民放でやっていたが、現地住民に聞くと、吉田清治氏の著書にあるような話は聞いたことが無いと言っていた。そんな簡単に分かることを、大新聞が現地の状況も調べずに報道するとは考えられない。しかも、それだけ大々的に行われていたことなら、幾らだって証拠や証人が出てくるはず。それなのに、“やっと証人が見つかった”という話は何かヘン!?」
「だから慰安婦問題なんか、最初から無かったのだ。朝日がでっち上げて、国際問題までにしてしまった」
それがホントウとすると、この話は、取り返しが付かない大事件・・・。

先日のテレビ番組、『週刊BS-TBS報道部』「検証・メディアの戦争責任」(2014/8/17放送)で半藤さんが言っていたが(ここ)、戦前戦中と、戦争をネタに新聞は販売部数を伸ばし、国際連盟を脱退すべき、とキャンペーンを打ち、自分たちが国を動かしているという権力のオゴリで、軍部と結託をして国民を戦争に向かわせた・・・とか。そのような実態があるとすると、今回の慰安婦問題は全くそれと同じ構図ではないのか・・・

それにしても、自社に対する反対意見が載っているから、その広告を閉め出すなど、大新聞がやることとは思えない。
実は自分は、新聞は少しは「公」だと思っていたが、この朝日の行動で、まさに新聞・マスコミは“私”であることが良く分かった。
マスコミに踊らされず、よくよく真実を見る目を養わなければ・・・と再認識した“朝日問題”ではある。

(関連記事)
「朝日新聞」の慰安婦報道~池上彰氏コラム掲載拒否のドタバタ劇 

140828syoubu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月27日 (水)

原発事故による避難者の自殺判決に思う

昨日(2014/08/26)あった原発事故による避難者女性の自殺の福島地裁の判決。在京6紙のうち、朝日と毎日が今朝の社説で取り上げていた。
「(朝日新聞・社説)原発と自殺―過酷さに司法の警告
 福島第一原発の事故のために避難生活を強いられた女性が、命を絶った。つかの間だけ戻れた自宅で焼身自殺した。
 夫と子どもたちが東京電力に賠償を求めて提訴した。約2年の審理をへて、裁判所はきのう、東電の責任を認めた。
 判決は、避難生活によるストレスの過酷さを強調している。慣れ親しんだ暮らしや仕事を奪われ、将来も見えない。その心の負担はあまりに重い。
 ひとたび事故を起こせば、避難生活の中で自ら死を選ぶ人が出ることを東電は予想できたはずだ。判決はそうも指摘した。
 原発の事故は、人間の環境も人生も激変させる。そこで起きた自殺との因果関係をそもそも否定する方がむずかしい。まっとうな司法判断である。
 避難中の自殺はこのほかにも起きている。事故が時を超えて、どれほど重い苦難を人びとに強いているか、この判決は改めて考えさせる。
 事故と自殺との関連性はこれまで、あいまいにされてきた。遺族が直接、賠償を求めても、東電側が因果関係を認めなかったり、認めても遺族には納得できない低い額を示したりといった対応が多かった。
 今回の裁判でも東電は、女性の精神的な弱さに責任があったかのような主張をしてきた。この判決を機に、そうした姿勢を反省すべきだ。
 個々の人間の心が強かろうが弱かろうが、死を選ばせるほどのストレスを与えたことに免罪符はないだろう。
 家族関係や健康など、自殺をとりまく状況はさまざまだ。原因の厳密な特定はむずかしい。だとしても避難生活の中で起きたケースである限り、直接、間接に事故が影を落としていることは明らかといえる。
 東日本大震災に関連した自殺者の人数は、遺体を調べる警察が判断し、内閣府がまとめている。それによると、福島県内では、2011年10人、12年に13人、13年に23人と、時間がたつほど増えている。岩手、宮城両県より多く、今年も7月末までに10人にのぼっている。
 計56人の半数近くの年齢は、50~60代に集中しており、動機は、健康問題(27人)、経済・生活問題(15人)などが挙げられている。
 いま何より肝要なのは、震災と原発事故がもたらす悲劇をこれ以上、起こさないことだ。
 被災者を死に追い込まないために、ストレスをいかに小さくできるか。その手だてを、国、自治体、東電を中心に社会全体で急がねばならない。」(2014/08/27付「朝日新聞」社説より)

「(毎日新聞・社説)避難者自殺判決 東電の責任厳しく指摘
 福島第1原発事故に伴う避難生活中に自殺した58歳の女性をめぐる裁判で、慰謝料など約4900万円を遺族に賠償するよう福島地裁が東京電力に命じた。東電にとって厳しい判断が示された。
 自殺をめぐる責任の所在が司法の場で争われることは少なくない。近年、過労自殺などで企業側に厳しい判断も出ている。そういった中で、原発事故による避難生活のストレスと自殺の関係が正面から争われ、判決は因果関係を明確に認めた。
 個別事例での判断とはいえ、原発事故をめぐる他の訴訟や和解交渉に与える影響は少なくないだろう。
 女性は、原発事故後の2011年7月、当時、計画的避難区域に指定されていた福島県川俣町の自宅に一時帰宅した際、自殺した。訴えたのは、女性の夫と子供3人だ。
 原発事故により、女性は生まれて以来ずっと住んできた故郷を離れ、避難生活を余儀なくされた。子供と別居し、働いていた養鶏場の閉鎖で仕事も失った。野菜を融通し合うなど密接な近隣住民とのつながりも失った。短期間に次々と襲ったこうしたストレスが女性を「うつ状態」に至らしめたと判決は認定した。
 女性には、震災前から不眠などの症状があり、心身症と診断され、通院治療を受けていた。東電側は、「個体側の脆弱(ぜいじゃく)性」として、こうした事情を指摘し、責任を争っていた。
 判決は、この点も考慮しつつ、自殺の要因の8割は原発事故によるストレスと認め、賠償額を算定した。
 いったん放射性物質が広範囲に飛散すれば、地域の居住者が避難を余儀なくされ、ストレスを受けてうつ病などを発病したり、自殺者も出たりすることを東電は当初から予見可能だったとまで判決は踏み込んだ。
 避難生活を送る人の中には、ストレスに強い人も弱い人もいる。脆弱性といった言葉で切り捨てることは許されない。判決が示した災害弱者への目配りは理解できる。
 原発事故をめぐっては、訴訟以外の紛争解決法として、国による原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介手続き(原発ADR)がある。こうした場で、自殺に限らずさまざまな観点から東電の責任が問われている。被害の訴えに対し、どう賠償をするか。あるべき賠償の範囲についての考え方もさまざまだ。
 いずれにしろ、被害者の声に真摯(しんし)に耳を傾け、被害に見合った賠償に応じることが、原発事故を起こした東電にとっては原点になるはずだ。
 福島県では、自殺を含む震災関連死の死者数が1670人を超え、地震や津波で亡くなった直接死を上回る。こうした人たちへの賠償のあり方についてもさらに議論が必要だ。」(2014/08/27付「毎日新聞」社説より)

被告である東電は、この裁判でどう主張していたのか・・・。新聞記事の断片を拾ってみると・・・
●「・・・裁判の中で「はま子さんの脆弱(ぜいじゃく)性を考えれば、原発事故が自殺の原因だとは言えない」と主張した東電に・・・」 (朝日ここ
●「東電は「原発事故で強い心理的負担が生じたことは認めるが、事故前から睡眠障害で薬を飲んでおり、原発事故以外の原因を考慮するべきだ」として争っていた。」 (日刊スポーツここ
●「東京電力側は「遺書が見つかっていないなど、自殺の原因がはっきりしない」と主張しました。」 (NHKここ
●「東電は「個人的要因を踏まえて因果関係の有無を判断すべきだ」と争う姿勢を崩さなかった。」 (河北新報ここ
●「東電側は「はま子さんはストレスへの耐性が弱かった」などと主張していたが・・・」 (毎日ここ
●「共同通信によると、今回の訴訟で、東電は「原発事故で強い心理的負担が生じたことは認めるが、事故前から睡眠障害で薬を飲んでおり、原発事故以外の原因を考慮するべきだ」と主張した。」 (ロイターここ

どれも苦しい言い訳である。たぶん本音とは違って・・・!?

前にも書いたが、自分は、現役時代に原発に設備を納入していたメーカー、という立場もあったため、原発の拒否派ではない。心情的には容認派・・・。
しかし、避難民のことを思うと、「原発は正義」とはとても言えない・・・。

今回の原発事故では、東電に無限責任があるとされている。しかしそれは正しいのか?各電力会社は、国策として原発を推進してきたのは間違いないし、国の方針、規制のもとで、作られてきた。よって、各電力会社から言わせれば、国の指導(許可)のもとに原発を作ってきて、一旦事故になれば「東電は無限責任」というのでは、あまりに国が無責任・・・と言いたいのでは??
今回事故の責任は、国も電力会社も、そしてそれを受け入れた自治体(そして受入に賛成した議員を選んだ住民も?)にもあるが、今更何を言っても始まらない。

結果として、今認識しなければいけないことは、自殺者まで出している避難民の現状をどうするか・・・だけ。しかしその策はなかなか見つからない・・・。それほど大変な事態なのだ。

前にも書いたが、(今更どうしようもないが)そもそも“人の住んでいない場所に原発を作る”という発想はなかったのか・・・。つまり、“事故になっても最低限の被害で済む立地”という発想は無かったのか・・・(孤島に作ると良いが、送電線が大変なのかな・・・?)

もし自分が避難者だったら・・・。「金など要らん。とにかく自宅に帰らせてくれ」とだけ言うように思う。
そんな意味で、幾ら精神的に弱かったとは言え、事故さえ無かったらこの女性も自殺はしなかったと思えるだけに、あまりに「事故」を見ないことにしてきたツケの重たさを感じる。そして、今更ながら“原発の恐ろしさ”におののく今の自分である。

140827nisesatu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月26日 (火)

「出世の極意」

先日の日経に面白い一文があった。
出世の極意 高橋秀実
 私は大学を卒業後、3年間会社に勤めて転職した。しかし転職先が半年でつぶれてしまい、以来、ずっとフリーである。
 フリーとは潜在的失業者のことで、いまだかつて「役職」というものに就いたことがない。友人や知人たちの役職の移り変わりを眺めているばかりなのだが、かれこれ30年近く眺めているうちに、「出世する人」と「出世しない人」を見分けられるようになってきた。両者は雰囲気からして明らかに違うのだ。
 誤解を恐れずに言わせていただくと、出世する人は、おおむね仕事が「できない」人である。もちろん無能という意味ではない。「できない」と素直に表明できる人。恥をさらせる人で、全身から何やら「できない」というオーラが漂っているのだ。考えてみれば、自分が「できない」からこそ人にお願いするわけで、彼らはおのずと腰が低く、感謝を忘れないのである。
 例えば、出世した知人の考える企画などは驚くほど陳腐だ。編集者として大丈夫なのか? と私は心配になり、思わず「そうじゃないでしょ」「こうしたほうがいいでしょ」などと熱く語り、語りながら次々とアイデアが思い浮かんだ。彼はいうなれば踏み台。ダメな企画を率先して提出し、まわりはそれを喜々として追い越していく。身を挺(てい)して「できない」をさらすことで周囲の「できる」を引き出すのである。逆に「できる」人はできるから命令するばかりで、周囲の「できない」を浮き立たせてしまうのだろう。
 そもそも「出世」とは仏教語で、世を出る、つまり出家と同様に私利私欲、俗世間を離れることを意味していたらしい。なんでもかんでも「できる」ように振る舞うのは煩悩にほかならず、それでは出世しないのだ。「出世」という言葉は今では「世を出る」ではなく「世に出る」という意味で使われているが、私が察するに、これは「世を出る」と「世に出る」ということではないだろうか。つまり「できない」と悟ると人は謙虚になる。自らをわきまえているので周囲の信頼を得て、世の中から必要とされるようになる。仕事とは世に「できない」ことがあるからそれを補うために発生するわけで、みんなが「できる」ようでは仕事自体がなくなってしまうのだ。
 そういえば先日、私は雑誌の企画で注目企業の社長たちに「座右の銘」をたずねて歩いた。どんなビジョンを持ってリーダーシップを発揮しているのか取材しようとしたのだが、全員が「座右の銘はありません」と答えた。ひとつの考え方ですべてを掌握するなんて到底できませんと。記事の企画上、それでは困ると私が訴えると、ある社長は「だったら何がいいですか?」と私に訊(き)いた。
「私が決めるんですか?」
 驚いた私は彼としばらく話し込んだ。世間話を聞きながら、私が「それにしましょうか」と提案すると、彼は「じゃあそれでお願いします」と微笑(ほほえ)んだ。主体性に欠けるようだが、彼によれば「社長」とは機能にすぎず、人に利用されるのがその務めだとか。
 出世する人は、その佇(たたず)まいが公園に似ている。公園は人が集まり遊ばれてこそ公園で、自分が遊ぶわけではない。だからひとりでいると、どこか寂びしさが漂っており、つい手を貸してあげたくなるのである。(ノンフィクション作家)」(2014/08/08付「日経新聞」夕刊p7より)

なかなか含蓄のある一文だと思う。ほとんどのサラリーマンは、上司との人間関係で苦労している。役職の上の人は、自分はエライ人、と勘違いして部下に“命令”を下す。「業務命令」と称して、押し付ける。「きかなければクビだぞ!」と脅(おど)す。部下も「仕方がない」と我慢する。それがどんな理不尽であっても・・・。そして部下にストレスが溜まっていく・・・。
それが良くも悪くも普通の(悪い)組織の現実の姿だと思ってきたが、“「社長」とは機能にすぎず、人に利用されるのがその務めだ”というスタンスは、それこそエライ・・・!

会社(社会)における人間関係は、つくづくお互いの人間性の問題だと思う。上司が熟した人間であれば、周囲の人は黙ってその人に付いて行く。命令されなくても、その意に沿う。しかし薄っぺらな人間の上司であれば、その時の命令こそ聞くが、それはその立場に対して仕方なく従っているだけで、その人がその立場を離れた瞬間に皆その人から離れていく。まあそんなもの・・・。

世の中のサラリーマン。上の記事にある「出世する人」が上司であったなら、どれほど皆の日常が生き生きとするか・・・。そして、どれほど世からパワハラが減るか・・・
しかし、自ら相手(上司)を選べないのも、これまた歴然たる現実である。
(ところで、石破幹事長は上司(自民党総裁)の“命令”に背き、安保相を辞退するんだって・・・。この上司の元では“出世しない”と悟ったのかな・・・??)

140826tabemono <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月25日 (月)

「無縁化、さまよう墓」

だいぶん前だが、朝日新聞を見てビックリ。何と朝刊のトップが、お墓の話なのだ。
無縁化、さまよう墓 不法投棄続々、「墓の墓」も
 先祖代々受け継がれてきた墓が受難の時を迎えている。墓守が絶えた無縁墓から撤去された墓石は、慰霊の場を離れ、さまよう。人里離れた山中に“墓の墓”が現れ、不法投棄も後を絶たない。
 高松市のJR高松駅から車で30分の山中に“墓の墓”がある。約1ヘクタールの空き地にコンクリートで固めた最大幅100メートル、高さ15メートルの扇状の巨大なひな壇が設けられ、壇上に墓石1万基が並ぶ。
 「古石材預り所」と称する管理者(52)によると、中四国や関西の寺から撤去された墓石を石材店などの業者が持ち込んでくる。家庭の事情で墓を引き払い不要になった墓石のほか、無縁墓もある。1基1万円で受け入れ、最近は年300基ほど集まる。クレーン機で石を整然と並べ、定期的に雑草をとる。「ここ数年でどんどん増えている。もうけはないが、やめたくてもやめられない」。まだ9万基収容できるという。
 一方、不法投棄された“墓の山”もある。兵庫県南あわじ市の山中には推定1500トンの墓石が山積みにされ、山の頂は高さ4メートルに達する。6月半ば、県淡路県民局の職員3人が墓石に合掌しながら現場を見て回った。
 「比較的新しい墓もある。墓碑銘から、代々にわたり大切にされてきたんだろうなと思わせる墓もあります」。県民交流室の小塩浩司環境参事は言う。
 2008年に廃棄物処理法違反容疑で逮捕・起訴された石材処理業者は、墓石の処分を安く請け負い、破砕などの適正処理をしないまま淡路島に捨てていた。県は撤去するよう指導するが、ほとんど手つかずのままだ。
 墓石の不法投棄は昨年も広島県、京都府内で見つかり、ここ5年の間に茨城、千葉、兵庫など各県で業者が逮捕されている。
 不要になった墓石は通常、寺や霊園、石材業者が預かるか、処理業者が破砕処分する。だが別の方法をとる業者は少なくない。関東の石材店の社長は「破砕には手間と金がかかる。たたりを恐れて処分しない業者もいる」と話す。
 無縁墓はどれほどあるのか。全国的な調査はないが、熊本県人吉市は昨年、全国でもまれな市内の全墓地995カ所の現況調査をした。
 人口はこの10年で1割減り3万4500人。65歳以上が32%を占める。「墓が雑草に埋もれている」「墓石が転げ落ちている」。近年増え始めた市民の相談を受け、役場はまる1年かけて、明らかに長く人の手が入っていない墓を拾い出した。
 「結果は想像以上でした」。市環境課の隅田節子課長補佐は言う。市内の墓1万5123基の4割超、6474基が無縁墓だった。8割が無縁の墓地もあった。「市として何ができるか。知恵を絞りたい」。妙案はすぐには浮かばない。(才本淳子)」(2014/07/30付「朝日新聞」P1より)

少子化、墓守が不在 過疎進み、各地で撤去
 都市部への人口流入と地方の過疎化、少子高齢化、未婚化。社会の急激な変容が墓の荒廃を加速させる。自治体は無縁墓の撤去を進める一方、血縁に頼らない新たな墓のかたちを模索する。
・・・
墓の問題に詳しい第一生命経済研究所の小谷みどり主任研究員は「公営も民営も無縁化の傾向は同じ。需要がある墓地は新たな使用者のために無縁墓の撤去を進める。需要がない墓地はそのまま荒れ果てていく恐れがある」と指摘する。
・・・
 国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、人口に占める65歳以上の高齢化率は2025年には3割を占め、団塊の世代は75歳を超え「多死時代」が到来する。一方で未婚化が進み、中高年を中心に35%が単身世帯となる。過疎化も劇的に進む。民間研究機関「日本創成会議」は、40年までに全国896自治体が「消滅可能性都市」になると予測する。
 「つまり墓を継ぐ子がいない独り身の死亡者が増え、特に過疎地では墓を世話する人そのものがいなくなる」(槇村さん)
・・・
 血縁の有無にかかわらず不特定多数の人を埋葬する「合葬墓」を設ける自治体も増えている。朝日新聞のアンケートでは東京都と11の道府県庁所在市が公営墓地に整備していた。
 都立小平霊園(東村山市)に11年度整備された合葬墓は、木々の下に1万人の遺骨を埋葬できる。12年度は500人分の募集に16倍の申し込みが、昨年度は1600人分の募集に10倍の申し込みがあった。高まる需要に、13年度には都立八柱霊園(千葉県松戸市)に10万人埋葬できる巨大墳墓を整備した。大阪市も10年度に市設瓜破霊園(平野区)に合葬墓を設置。2万4千人埋葬でき、現在956人が眠る。(才本淳子)」(2014/07/30付「朝日新聞」P2より)

墓には、お骨の収納場所と、故人を偲ぶ場所という2つの側面があるように思うが、昨今、あまりに遠い墓地には、故人を偲ぶために行くにはしんどく、ついサボってしまう。そしてそれが当たり前になって、故人が遠くなる・・・。

我々団塊の世代が次々とリタイアし、これからそれぞれが人生の“終活”に向かう時代なので、世の中で墓の話などが多い。
それぞれの家庭で事情が異なるにせよ、これは避けては通れない話。

先日、NHKの「団塊スタイル」で「どうする?お墓」(2014/08/01放送(ここ))をやっていた。
二人の娘の嫁ぎ先と一緒に、3家合同の墓を作った話や、墓の引っ越しなど、色々・・・。地方のお墓を、遠くてお参りできないからと引っ越そうと思ったら、檀家が少なくなって困っているお寺から、離壇料120万円を要求されたという話など・・・。
番組の最後の方で、「本人が子どもたちに迷惑をかけないように・・・と、散骨を頼んでも、子どもたちが、冥福を祈る場所が欲しい、と言うかもしれず、一方的にやるのではなく、家族で事前に良く話し合いを・・・」と言っていた。
確かに、死んだ後のことは、残された家族の問題となる。よって本人の意志はあるにせよ、残された人の意志で全てが決まることも多い。だから生前に公営墓地を申し込んでおくこともあり、先日の記事(ここ)のように、生前枠では抽選倍率が20倍を超えたりもする。

しかし家代々の墓がある家では、亡くなった先代は、自分が入った墓がいつまでも継承されるであろうことを期待しているだろうが、代が変わると、場所や経済的な問題を含めて、継承者の考え方も変わる・・・。

墓の問題は、誰かが病気になってからでは話が出来ない。全員が健康なうちに、必要な相談はしておいた方が良いのかも知れない。
我々シルバー族にとって、終活は笑い事ではないのである。

140817papa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月24日 (日)

柴又の帝釈天に行く

今日は、ひょんな事で、江戸川の河川敷にある柴又野球場で行われた試合の観戦に行ってP10000211 きた。この暑いのに、審判団が立派で、試合前にはバットの太さまで検査していたのにはビックリ・・・。まあ試合は試合として、この界隈は初めて。
あの寅さんが、いつもたたずんでいたのがここか・・・と思って、しばし周囲を眺める・・・。

帰りに、帝釈天に寄った。柴又の駅前から参道が続き、帝釈天まで歩く。この暑い盛りだというのに、黄色の“はとバス”が何台も停まり、観光は元気だ。
やはりここは、映画の寅さんの場所。山田洋次が書いた寅さんの有名なセリフの碑もある。このセリフも昔の話になりつつある・・・。

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境内に上がって、お参り。 映画で、寅さんが帝釈天に行くと、午前様が境内から見下ろして話をしていたが、その場所はよく分からなかった。
でもひょんなことで、そのうちに一度は行ってみないと・・・と思っていた帝釈天に行った。

でも、つくづく“老人が夏の盛りに動くのは、生命のキケンがある・・・”と思った散策ではあった。

140824kami <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月23日 (土)

NHK「朝ドラ」の歴史・・・

先日、NHKの朝ドラについて、こんな記事があった。
「(文化の扉)はじめての連続テレビ小説 女の人生、時代に寄り添い描く
 「あまちゃん」が社会現象化し、その後も高視聴率を維持している「NHK連続テレビ小説」。1961年の放送開始から、現在の「花子とアン」で90作目。さまざまな曲折を経て、今がある。
 記念すべき第1作は「娘と私」。獅子文六原作の小説をドラマ化した。ただ、「連続テレビ140823asadora 小説」の名前通り、5作目まではナレーション中心の「脚本読み上げ形式」による放送だったという。
 ドラマ仕立てとなるのは6作目の「おはなはん」から。結婚、出産を経て女性の半生を描く形式が圧倒的に支持され、その後の定石に。期間平均視聴率は前作「たまゆら」より10ポイント以上、上昇した。
 伝説となったのは83年の「おしん」。日本のテレビドラマ史上最高の視聴率を誇る。NHKドラマ番組部の遠藤理史部長は「今も海外で新たに放映されるという知らせが届き、ドラマ部で話題になる。自分たちが朝ドラを作る目標というか、壁というか」と語る。
     *
 遠藤さんによると、これまでのヒロイン像は、時代ごとに大きく三つに分けられる。初期は「おはなはん」から「おしん」あたりまでで、古い価値観と戦って働く女性。「縛られた場所から出るヒロインの時代」と認識している。
 女性が仕事を持つことが特別ではなくなると、記者(はね駒〈こんま〉)、土俵作り(ひらり)、弁護士(ひまわり)、大工(天うらら)と、「女性が進出しきっていない職種で頑張るヒロインの時代」に。
 さらに、2001年の「ちゅらさん」以降は、仕事ではなく「女性の自己実現」がテーマに。家族や恋人とともに、自らも成長する過程を描く。
 時代物でも、現代の女性=視聴者の目の変化を意識している。「花子とアン」では、ヒロインの花子も親友の蓮子も、以前ならNGだった道ならぬ恋を経て結婚した。また、前作「ごちそうさん」では小姑(こじゅうと)による嫁いびりが好評だったが、制作サイドは「かつて嫁目線で見ていた人たちが、今は姑目線を楽しんでいるのでは」。
     *
 朝ドラには低視聴率が続き、廃止論が浮上した時期もある。「いつの時期かは言えないが、そういう話はあった」と遠藤さん。流れを変えた節目の作品は、10年度の「ゲゲゲの女房」。総合での放送時間が15分繰り上がり、午前8時からの放送になった。当時の幹部が、「俺が責任を取る!」と言い切って断行したのだという。
 それまで、やや低迷していた視聴率は、期間平均で18.6%を記録。朝ドラ終了直後に放送される情報番組「あさイチ」が始まったのも、この時期だ。司会の井ノ原快彦さんと有働由美子アナウンサーが感情移入して朝ドラの感想を述べる姿は、現在では見慣れた感があるが、当時のNHKでは、前の番組を受けて発言することの是非も議論されていた。
 NHKのドラマ制作者がチーフプロデューサーとして担当できる朝ドラは通常、キャリアの中で1本だけ。ヒロインも脚本家も、原則として生涯で1本。2本目、3本目が無いからこそ、緊張感を持って作り続けられるのだ。(後藤洋平)」(2014/08/18付「朝日新聞」p24より)

朝ドラについては、前に「NHKの朝ドラ「カーネーション」が面白い」(ここ)という記事を書いた。
「カーネーション」は、ホントウに久しぶりに見た朝ドラだった。その時の記事で、自分の朝ドラの歴史を書いている。大学入学直前に、最初の1週間だけ見た「おはなはん」。仕事で詰めていた横須賀の旅館の食堂のテレビでやっていた「おしん」。そして毎日見た記憶があるのは「君の名は」「ちゅらさん」くらいか・・・
それが、我が家では「カーネーション」以来、朝ドラを見るのが習慣化してしまった。「梅ちゃん先生」「あまちゃん」「ごちそうさん」そして現在の「花子とアン」。
特に、底抜けに明るい「ちゅらさん」は面白かった。そして見落としたのが「ゲゲゲの女房」。しかし既に2012年にBSで再放送されたらしいので、当分見られないな・・・

このドラマは各家庭の朝の定番らしく、亡くなったお袋も、再放送の朝ドラも含めて、毎朝二つを見ていたっけ・・・
自分など、朝ドラの新参者だが、ベテランさんは、番組名を聞いただけで、その当時のことが思い出されるのでは?
そんな意味で、多くの人の人生に根付いている(!?)番組ではある。

140823kaiwa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月22日 (金)

イギリスでは飲酒運転は普通のことらしい・・・

当サイトのコンセプトは「ヘエー!」・・・。
先日、NHKラジオ深夜便「WN イギリス・コルチェスター 黒川育子」(2014/08/14放送)で、英国の飲酒運転の話に、改めて「ヘエー!」・・・
この話によると、英国では、呼気中アルコール濃度80mg/l以上にならないと違法ではないのだそうだ。だから、英国のパブには駐車場があって、皆いっぱい引っかけてから帰るという。その基準の80mgを50mgにする改善案もあるとか・・・。

<NHKラジオ深夜便・WN イギリス・コルチェスター 黒川育子さんの話>

まさかイギリスだけ飲酒運転がOKということは無かろう、と調べてみると、日本では血中ア140822insyu1 ルコール濃度0.3mg/ml以上(呼気中0.15mg/l以上)が酒気帯び運転だが、イギリスではやはり日本より緩く、それぞれ、同0.8mg/ml以上(0.35mg/ml以上)となっているようだ。
140822insyu2 よって、日本では「ビール300ml、ワイン120ml以上飲むとアウト!!」(ここ)だが、イギリスでは、「ビール550ml以上飲むとアウト!!」ということらしい。
ちょっとした違いだが、放送で言っていたように、風土が問題のようで、日本のように「飲むなら乗るな」が徹底されておらず、「一杯ならOK」という風土らしい・・・。

ところで、飲んだ後の時間的経過はどうなんだろう?
140822insyu3ここ)によると、「体重約60kgの成人男性で、1単位(ビール中びん1本、日本酒1合、焼酎0.6合)のアルコールが体内から消えるまでに約3~4時間かかります。2単位では、約6~7時間、3単位では、約9~10時間、4単位では、約12~13時間かかります」とのこと。

それにしても、自分の頭から「飲酒運転」という言葉が消えてから久しい。もうそんなチャンスもないが、現役時代は車で通勤していたので、会社の飲み会があると、そのキケンもあったわけだ。それを避けられたのは、カミさんの協力があってこそ・・・。
飲み会のとき、散会した後で家に電話すると、必ずカミさんが車で迎えに来てくれた。そして翌朝は、会社の前まで車で送ってくれた。だから駐車場に車を置きっぱなしにしてもまったく困らなかった。これがもし電車とバスで行ったら、時間が3倍はかかっただろう。
今思えば、そんなワケで、飲酒運転をする必要がなかったので、ラッキーだった。飲んでも「明日困るから」と運転してしまう例は多いのだろう。

ともあれ、飲酒運転は風土の問題が大きいと思う。もちろん国毎もあるだろうが、日本でも地域での意識の違いがあるように思う。前に田舎である会席があったとき、他の人が車で来たのにはビックリ。案の定、何事もなかったように車で帰っていった。
車の事故は取り返しが付かない。起きてしまった後では、時間は過去には戻らない。そのことを改めて肝に銘じたい。

140822mouitido <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月20日 (水)

東京の地下鉄のレール幅は3種

今日は、しょうもない雑学・・・。先日の日経にこんな記事があった。
地下鉄レール幅は3種 都営・メトロ、相互直通で相手先に合わす
 都営地下鉄と東京メトロの計13路線が走り、都心を縦横無尽に駆けめぐる地下鉄。普段、何気なく乗っている人も多いだろうが、あまり知られていない事実がある。レール幅が路線によってそれぞれ違い、3種類の規格があるのだ。
140820chikatetu  東京メトロ銀座線と丸ノ内線、都営浅草線と都営大江戸線はレール幅が1435ミリメートル。「標準軌」という国際的な規格で、車体が安定し、乗り心地がよく、速度を出しやすい。他の東京メトロの路線と都営三田線は1067ミリメートルで「狭軌(きょうき)」と呼ばれる。建設費を抑えられ、日本では最も多い幅だ。一方、都営新宿線は1372ミリメートルと中間の長さを採用。「馬車軌間」と呼ばれ、都電の前身、東京馬車鉄道が採用した幅だ。なぜバラバラなのだろうか。
 「すべては直通運転の相手先にあわせた結果です」。東京都交通局の伊藤千晶主任に尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。都営で最初に開業した浅草線は戦前から運転していた直通先の京浜急行電鉄にあわせ標準軌を採用。都はその後の新路線も、浅草線と車両の検査工場を共有するため同じレール幅の採用を計画していた。
 だが、三田線は都心への直通運転を望む東武鉄道と東急電鉄(いずれも狭軌)との接続案が浮上し、急きょ狭めることに。都は新宿線の直通先である京王電鉄(馬車軌間)に幅の変更を求めたが、工事で乗客に不便をかけたくない京王が拒否。結局、京王にあわせる形となった。
 東京メトロも事情は同じだ。初期に開業した銀座線・丸ノ内線は他線と直通の予定がなく、脱線の可能性が低い標準軌を採用した。初めて狭軌のレール幅を採用したのは日比谷線で、東武と東急との直通運転を計画していたからだった。現在、私鉄などとつながっている東京メトロの7路線はすべて1067ミリメートルと狭軌で統一されている。
 ただ、レール幅が異なることによる問題も。伊藤主任は「車体や部品の共通化ができず、保守コストも高く、検査が大変」と嘆く。都営にはそれぞれの幅に対応する3カ所の検査工場がある。一方、東京メトロはレール幅が2種類のため手間は少ないという。ホームからレールを見ながら路線の歴史を想像してはいかがだろう。くれぐれもホームから転落なんてことはないようにご注意を。
〈もっと知りたい〉
○日本で最も狭いレール幅は762ミリメートル。東京にはなく、近畿日本鉄道の内部・八王子線など例はわずか。ちなみに大雪など気象条件が厳しいロシアでは、運行がより安定する1520ミリメートルが一般的となっている。
○レール幅が同じ浅草線と大江戸線の間には、検査工場を共有するため双方の路線をつなぐ約400メートルの「連絡線」がある。運転の方式が違うため、大江戸線の車両は浅草線内を電気機関車にけん引されて走る。」(2014/08/19付「日経新聞」p31より)

レールの幅は、全て相互直通の相手先に合わした結果だとか・・・。実は自分は勘違いしていた。直通運転は、開通した後で、双方の話し合いで相互乗り入れするのだとばかり思っていた。しかし現実は、最初から乗り入れを前提に建設されていたのだ。
確かに、各社・各路線のシステムが違えば、他社の線路を走るなど無理。最初から計画されていなければ出来ないことなのだな・・・。それもそうだ・・・。

いつも思うのだが、線路の幅はとにかく狭い。JR在来線などたった1メートルしかない。両手を広げただけでも1.5メートルはある。それなのに、たった1メートルで、時速100キロ以上のスピードで電車は走る。重心はかなり高いだろうに・・・。それに対して自動車は電車よりもよっぽど重心は低いが、車輪の幅は広い・・・。
まあそれなりの設計がされているのだろうが、自分の中の七不思議!?

連日の猛暑。広島では土石流で多くの人命が失われたという。夜中に家ごと流されたら、寝ている人間はひとたまりもない。
この頃、異常気象が続く。何か不穏な世の中・・・
こんな雑学で、「ヘエー」と感心している日常は貴重なのであ~る。

140820suman <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月19日 (火)

「ふるさと納税」をしてみた・・・

だいぶ前の記事だが、日経にふるさと納税についての記事があった。

ふるさと納税で届く特産品 コメ・肉・魚・・・自治体競う/確定申告忘れずに

 コメや肉、魚介といった全国各地の特産品がわずかな出費で手元に届く――「ふるさと納税」と呼ばれる制度を活用すると、そんなうれしい話が現実のものになる。制度をよく理解して上手に活用すれば、日々の家計にとってメリットは大きい。ふるさと納税の仕組みと、活用法を紹介しよう。

 「自治体によってさまざまな特産品があるので選ぶのも楽しい」。東京都在住の会社員Aさん(37)は今春、鳥取県に対して1万円の「ふるさと納税」をし、代わりに猪鍋(ししなべ)の食材セットを受け取った。5千円程度に相当するといい、「友人を招いてホームパーティーを開き一緒に味わった」。
 ふるさと納税は、その名称から誤解しがちだが、寄付金を意味する。自分が住んでいる地域とは別の市区町村や都道府県に寄付をして確定申告をすると、一部が所得税・住民税から差し引かれて税金が安くなる。
 寄付先の自治体は自分の故郷である必要はない。寄付を通じて特定の地域を応援できる。寄付を受ける自治体にとっては低迷する税収入を補い、地域振興にもつながる利点がある。

 2008年に始まった制度だが最近は別の意味で注目されている。寄付への「お礼」として140819nouzei1 地元特産品などを用意する自治体が増えているからだ。品物の内容をサイト上などで詳しく紹介し、数十種類の中から選べる例も少なくない。品物を受け取れるのは一定額以上の寄付をした場合。例えば寄付1万円でコメ10kg、1万円で牛肉500gの詰め合わせ、といった具合だ。市場で売られている価格で換算すると寄付額の50%を超える例もある。
 寄付する側にとっての良さを知るため制度の仕組みをもう少し見てみよう。寄付金のうち2000円(基礎控除)を超える部分について、一定額を上限に税金が全額控除されるのが基本。その上限額は、給与や家族構成などにより異なる。
140819zouzei2 例えば給与収入が600万円で、高校生の子どもが1人いる夫婦の場合、上限額は約3万5000円。寄付が仮に3万円なら、2000円を除く2万8000円分の税金が戻ってくる計算。実質的に2000円の自己負担で特産品が手に入るのだ。
税控除の恩恵は同じ年に複数の自治体に寄付したときも受けられる。例えば3つの自治体に1万円ずつ計3万円を寄付した場合も実質負担は2000円。お礼はひとりにつき年に1度に限る自治体が多いが、複数の自治体への寄付により様々な特産品を入手することが可能だ。

 以上を理解したうえでどこに寄付するか考えてみよう。まず候補にしたいのが、日常的に食べるコメ。新米が出回る秋に送付してくれる自治体が多い。一定量のコメを確保したうえで肉や魚、果物などを選ぶのも一案だ。自治体の中にはQUOカードなどの金券やスーパーの商品券をお礼として配るケースもある。受け取った券で自分の好きなモノを買えるので便利だ。
 地域内の旅館やホテルの宿泊券にレジャー施設の利用券がつくこともあるので旅行好きにお薦め。寄付が集まり過ぎて品不足になると申し込みを打ち切るケースもあるので、その場合は翌年度に早めに申し込もう。
 寄付の申し込みは、自治体のサイト上の指示に従って記入するのが一般的。送金手段は銀行振込や現金書留など。自治体によって「Yahoo!公金支払い」というサービスと連携しクレジットカードやTポイントで払えることもある。
 寄付をした後に忘れてはならないのが寄付金控除の確定申告。自治体から届く証明書(受領書)を保管しておき翌年、申告書とともに税務署に提出しよう。(日経マネー編集部)」(2014/07/26付「日経新聞」Ps5より)

実は、6月に開かれた毎年恒例の元の会社の同期会で、T君が、このふるさと納税について、体験談を披露していた。どうやら実質2千円で、各地の特産品が手に入るというのだ。
だから、「納税する金があるのなら、自分で買ってきたら良いのに・・・」というヤジにもめげずに薦めていた・・・。

まあこんな記事もあったので、モノは試しと、先日、ある市に1万円の寄附をしてみた。市のサイトに申込書があり、それに書いて、PDFにしてメールしたら、振り込み口座の連絡が来て、そこに1万円を振り込んでオワリ。混んでいるので、お礼の特産品は10月になるという。
それにしても、今回寄附した市は、特産品の品目が多い。立派なカタログがある。酒、米、肉から梨、柿などの果物や味噌、お菓子まで、色々・・・。

自治体によっては、お礼のお米が足りなくなり、遊休土地でまた米を作り出したという話もあるようで、良い回転になって結構な話だ。
今回は試しだったが、あと1万円どこかに追加しようかな・・・と思っているこの頃である。

140819honmono <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月18日 (月)

「寺田寅彦 独りで逝った最初の妻」

今日は、「読み物」である。先日の日経新聞に載っていた記事である。
愛の顛末 寺田寅彦(1)妻たちへの思慕 独りで逝った最初の妻
 東京都文京区の小石川植物園は、日本でもっとも古い植物園である。江戸幕府が設けた小石川御薬園がはじまりで、明治時代に東京大学が設立されるとその付属施設となった。一般にも公開されて人気を呼び、泉鏡花「外科室」、北原白秋「植物園小品」、森鴎外「田楽豆腐」などの文学作品にも登場している。
140818terada  恩賜賞を受けた物理学者であり、漱石門下の文人としても知られる寺田寅彦にも、ここを舞台にした作品がある。明治38年(1905年)の「団栗(どんぐり)」がそれで、肺を病んで早世した最初の妻・夏子との思い出が綴(つづ)られている。
 夏子が喀血(かっけつ)したのは、東京の本郷西片町で暮らしていた明治33年の暮れのことだった。年が明けて2月の暖かい日、寅彦は医者の許可を得て、夏子を植物園につれていく。
「団栗」には書かれていないが、実はこのとき、夏子は東京を離れて寺田家のある高知で療養することが決まっていた。感染を怖(おそ)れた寅彦の父親の指示だった。
 久しぶりの外出を妻は喜んだ。当時の寅彦はまだ帝大生で、22歳と17歳の若い夫婦である。夏子が高知に移るのは同月の下旬のことで、寅彦はせめて東京でのふたりの思い出を作ろうとしたのだろう。
 園内の温室を見学してから池の方へ行くと、母親が男の子と小さい女の子を遊ばせていた。それを見た妻は「あんな女の子がほしいわねえ」と言う。彼女はこのとき5カ月の身重だった。
 出口に向かう途中、妻は不意に「おや、どんぐりが」と声をあげる。そして、道の脇の落ち葉の中に落ちているどんぐりを、熱心に拾いはじめるのである。
〈ハンケチにいっぱい拾って包んでだいじそうに縛っているから、もうよすかと思うと、今度は「あなたのハンケチも貸してちょうだい」と言う。とうとう余のハンケチにも何合かのどんぐりを満たして「もうよしてよ、帰りましょう」とどこまでもいい気な事をいう〉と無邪気な妻の姿を描写した後、ふいに転調するように、話は数年後へと移る。
〈どんぐりを拾って喜んだ妻も今はない。お墓の土には苔(こけ)の花がなんべんか咲いた〉
 そして、妻の忘れ形見のおさな児が、かつての母と同じように植物園でどんぐりを拾う姿が描かれる。拾ったどんぐりを父の帽子の中に広げたハンカチに投げ込み、〈頬(ほお)を赤くしてうれしそうな溶けそうな顔〉をする子に、父は妻の面影を見るのである。
〈……亡妻のあらゆる短所と長所、どんぐりのすきな事も折り鶴のじょうずな事も、なんにも遺伝してさしつかえはないが、始めと終わりの悲惨であった母の運命だけは、この子に繰り返させたくないものだと、しみじみそう思ったのである〉という述懐でこの短篇(たんぺん)は締めくくられる。寅彦の作品の中でも特に愛されている一篇である。
 植物園でどんぐりを拾った日から1年9カ月後、夏子は高知で死去する。最愛の妻をひとり寂しく死なせたことは、幼少時から人一倍感受性の強かった寅彦のその後の人生に寂寥(せきりょう)の影を落した。友人の安倍能成は、寅彦が亡くなったとき、彼のことを「実に寂しい人」「自分の苦患を自分の裏にせき止めて容易にこれを人に分たなかった」と弔辞で述べている。
 夏子の療養先は、高知市内から小舟で2時間ほどの海辺の村、種崎だった。5月26日、寅彦のもとに夏子がぶじ女児を出産したとの報(しら)せが届く。この日の寅彦の日記には「幸ありて桃の若葉と照り栄へよ」という句が記されている。種崎のあたりは、桃の木の多いところだった。
 貞子と名付けられたその子は、生後まもなく寅彦の実家に引き取られる。夏子は自分の手でわが子を育てることも許されなかった。寅彦は6月9日の日記にこう書いている。
〈……又夏よりも手紙来る乳の張るたび此(この)乳を呑(の)ます様ならは如何(いか)に嬉しからんと思ふなど言ひ越せり〉
 この年の夏、寅彦は高知に帰省しているが、その間、日記を書いていない。山田一郎『寺田寅彦 妻たちの歳月』(岩波書店)によれば、実家でわが子と対面したが、夏子とはなかなか会えなかったという。感染を怖れた父に厳しく止められていたのだ。
 寺田家は土佐藩の下級武士の家系で、寅彦はその長男である。父の利正が40歳を過ぎてやっと生まれた男子で、幼少時から優秀だったこともあり、期待を一身に受けて育った。結核とはいえまだ寝ついたわけではなく、しかも出産を控えていた夏子をいちはやく隔離したのは、大事な跡継ぎを守るためだった。
 夏の終わり、寅彦は肺尖(はいせん)カタルの診断を受ける。大学を休学してそのまま高知で療養することになったが、父の決めた療養先は須崎だった。夫婦は同じ高知にいながら、別々に療養生活を送らなければならなかった。(ノンフィクション作家:梯久美子)」2014/08/10付「日経新聞」p23より)

寺田寅彦(2) 妻たちへの思慕 海を隔てたはかなき逢瀬
 寺田寅彦の最初の妻・夏子は美しい人だった。結婚式の日の写真を見ると、黒紋付のすらりとした立ち姿に、大きな目が印象的だ。寅彦の19歳年長の姉・駒の回想によれば、駒の子供たちは「お夏さんの目が光るからラムプはいらぬ」と言って夏子をからかったという(小林勇編『回想の寺田寅彦』岩波書店)。
 寅彦と夏子が高知市内で結婚式を挙げたのは、明治30年(1897年)7月のことである。夏140818terada1 子は松山旅団長を務めていた陸軍少将・阪井重季の長女だった。新郎新婦は満年齢でいえば18歳と14歳という若さで、寅彦は熊本の第五高等学校に在学中だった。
 当時としてもかなりの早婚だが、寅彦の友人だった安倍能成は〈これは恐らく一粒の男種を伝えようとあせる両親の意志に、寺田さんがひたすら孝順だったせいであろう〉と書いている(「寅彦の墓に詣づ」)。父の利正は婿養子で、寅彦は結婚20年以上たってようやく生まれた男子だった。
 親同士の決めた結婚だったが、ふたりの仲はむつまじかった。だが挙式後は別々に暮らすことになる。寅彦は単身で熊本に戻り、夏子は高知の寺田家で家事や行儀作法を習った。家風に早くなじむようにということだったのだろうが、14歳の夏子にとっては心細い日々だったに違いない。
 ようやく一緒に暮らすことができるようになったのは、寅彦が熊本五高を卒業し、東京帝大物理学科に入学してからのことである。しかし若い夫婦の東京での暮らしは長くは続かず、1年足らずで夏子は喀血(かっけつ)。明治34年2月、身重の身体で東京を離れて高知県の種崎に隔離され、そこで産んだ娘・貞子とも引き離される。この年の夏から、寅彦も肺尖(はいせん)カタルのため高知県の須崎で療養することになったことは前回書いた。同じ高知県にいながら、寅彦は須崎、夏子は種崎、まだ乳児である貞子は高知市内の寺田家と、家族はばらばらに暮らさなければならなかった。
 寅彦が療養のため休学した期間は1年だが、この間、夫婦が会うことができたのは数回にすぎない。正月や貞子の初節句などで、寅彦が須崎から実家に帰っているとき、そこへ夏子が訪ねてくるのである。しかし夏子の住まいを寅彦が訪ねることは、感染を怖(おそ)れた寺田家が許さなかった。
 夫婦の間では頻繁に手紙がやりとりされた。明治34年11月23日の寅彦の日記には〈朝夏の端書が来て自分の今の境遇は波打際の落葉の様なものだと云つてある〉と書かれている。
 山田一郎『寺田寅彦 妻たちの歳月』(岩波書店)には、なかなか会えなかったふたりの、何とも切ないエピソードが記されている。
 寅彦が海路で須崎から高知市内の実家へ向かうとき、船は種崎の近くを通る。寅彦が事前にその日時を手紙で報(しら)せておくと、夏子は浜に出てハンカチを振ったという。
 寅彦の日記を調べてみると、確かに〈船浦戸に入りて雑喉場(ざこば)の前を過る時種崎の方の岸に見とるらしき女夏に似たり〉(明治34年11月26日)という記述がある。この日寅彦は、2日後の誕生日を実家で過ごすため、船で須崎から高知市内へ入ったのだった。
 地図を見ると、高知港に至る浦戸湾の入り口は、種崎と桂浜にはさまれた幅200メートルほどの狭い海峡になっている。ここを通る船からは、岸辺にいる人の姿がかなりはっきり見えたに違いない。それにしても、海をへだてた船上と岸辺での逢瀬(おうせ)とは、ふたりは何とはかない夫婦であったことか。
 明治35年1月19日には、正月を実家で過ごして須崎に戻る寅彦を、夏子が浜に出て見送ることになっていたようだ。この日の寅彦の日記には、〈船和楽園の前を過ぐる時浜を見たれど約束の人も見へず〉とある。寅彦は船上から目を凝らしたことだろう。しかしそこに夏子の姿はなかったのだ。翌日の寅彦の日記には、夏子から体調をくずしている旨の手紙が来たという記述がある。
 7月、夏子は種崎から桂浜のはずれへと転居を余儀なくされる。結核患者が暮らすことを近隣の住民が嫌がったためだ。あまりに不憫(ふびん)な夏子の境遇に、寅彦は〈暴風雨。桂浜の茅屋を思ふ〉(8月11日)〈朝夢に襲はれて泣く〉(8月13日)と書いている。
 9月から帝大に復学することになった寅彦は、8月21日、夏子のもとを訪ねた。
〈夏は思ひし程衰弱し居らず。戯れに写生帖にハンケチ頸に巻きたる姿を写す。別れ際に我衣の懐のだらしなく膨れたるを見て〉
 この日の寅彦の日記は、ここで唐突に途切れている。夏子は別れ際に、寅彦の着物を直してやったのだろうか。
 これがふたりの今生の別れとなった。11月15日夜10時、夏子死去。東京の下宿で寅彦がその報せを受け取ったのは、翌朝になってからのことだった。(ノンフィクション作家・梯久美子)」(2014/08/17付「日経新聞」P23より)

あまりに若い夫婦の死別の話・・・。寺田寅彦の話だが、何とも切ない話だ。
自分は寺田寅彦の作品を読んだことが無かった。それで今回、上に載っていた「どんぐり」を青空文庫で読んでみた(ここ)。何とも切ない・・・。

明治の時代は、親の決めた結婚が普通・・・。寺田寅彦の最初のこの結婚は、18歳と14歳という学生結婚なのでビックリ。そうとうな親の焦りがあったのだろう。しかし、ここにも書いてあるように、夏子17歳の暮れに肺結核を発病。翌2月に高知に療養転居して、5月に女の子を出産したが、翌年秋に、19歳で逝去したという。何とも短い生涯だ。当時の肺結核は死の病だったので、当時は仕方がなかったのかも・・・。でも幾らうつるとは言え、隔離は何とも残酷だ・・・。

その後、寅彦は夏子が亡くなって3年目の27歳の時に、浜口寛子と再婚したが13年後に寛子も31歳で死去。そして40歳の時に酒井しん子と再々婚するが、寅彦は転移性骨腫瘍のため57歳で亡くなったという。

ふと、自分の父方の祖父母を思い出した。とっくに亡くなったが、祖父母は、母親どおしが姉妹で、二人は従兄弟だという。2つ違いで生まれて直ぐに、親が結婚の約束をして、その通りに結婚したという。
当時は、それが当たり前だったとはいえ、祖父母夫婦も、まさに親の意向で全てが進んでいる。

こんな一文を読んでいると、心がふと別世界に行ってしまう・・・。
あんまり関係無いけど、そのうち小石川植物園にも行ってみようかな・・・。

140818yome <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月17日 (日)

スーザン・オズボーンの「荒城の月」と「浜辺の歌」

何度も同じ事を書くが、NHK FMを聞いていると、たまに“アレッ”と思う自分が知らない歌に出会うことがある。今日もそんな歌だ。スーザン・オズボーンが歌う日本の唱歌である。今日はそのうち2曲を紹介する。(この所、音が悪い音楽が続いたが、これは音が良い)

<スーザン・オズボーンの「荒城の月」>

<スーザン・オズボーンの「浜辺の歌」>

上の2曲とも、ハープによる分散和音が何とも心地よい。
「荒城の月」については、当サイトはかなりこだわっており、今までにも色々な楽曲を挙げている。しかしこのスーザン・オズボーンの「荒城の月」は、前に紹介した上海交響楽団の音楽と似ている(ここ)。

上の2曲も編曲は日本の編曲者。そして上海交響楽団の「荒城の月」も編曲は日本人だ。やはり日本の唱歌は、日本人の編曲が自分にはフィットする。

いつも思うのだが、「荒城の月」は実に単純な二部形式の旋律。それが何で、こうも日本人の心に入り込んでくるのか・・・
今日は、少し風変わりな日本の唱歌ではあった。

●メモ:カウント~620万

140817jidouteate <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月16日 (土)

「お墓をどうする?」~「樹林墓地」10倍の申し込み

お盆である。昨日は親父の18回目の命日だった・・・。
先日、日経新聞の「春秋」に、お墓についてのこんな記事があった。
「3代前から東京で暮らしている。祖父母が生まれた広島に、今はつき合う親戚もいないけれど、先祖代々の墓は広島の寺にある。東京で亡くなった祖父母も、広島に長く住んだわけではない父も、そこに眠っている。墓参りに行かねばとも思うが、足が遠のいて久しい。
墓とは誰のためにあるのだろう。3.11から半年たった頃、津波の被災地を走った折の光景が忘れられない。建物の跡形もない土地が延々と続く中で、太陽を反射してキラリと光る一画が所どころに現れる。真新しい御影石の墓石が整然と並んでいた。地元の人々が何よりも先に再建したのは、失われた命の居場所だった。
親鸞は、墓の下に死者の霊が集まることなどないと教えた。自らの死期が近づいたときに、こう語ったと伝えられる。「某(それがし)閉眼せば賀茂河にいれて魚に与うべし」(改邪鈔(がいじゃしょう))。それでも人は亡き親や友に手を合わせる所がほしい。墓とは去った者のためでなく、残された者が己の心に向き合うための装置であるに違いない。
ならば墓は近い方がよい。豪華な本堂の改修やら行事やら、高額の寄進を催促する手紙を送ってくるばかりの寺との関係には、いささか疲れてしまった。そう嘆く声が少なくない。不義理を気に病むより、思い立ったら行ける近場で簡素に樹木葬を、という人も多い。親鸞が現代の宗教の姿を見たら、なんと言うだろうか。」(2014/8/14付「日経新聞」「春秋」より)

話は飛ぶが、今朝のNHKニュースで、こんな放送をしていた。
「樹林墓地」10倍の申し込み
樹木の下に遺骨を共同で埋葬する「樹林墓地」について、東京都がことしで3回目の募集を行った結果、1600人分の募集に対して10倍を超える申し込みがあり、特に、生前に本人などが申し込むケースが目立っています。
「樹林墓地」は樹木の下に遺骨を共同で埋葬するもので、自然葬への関心の高まりや、管理費がかからないことなどから、人気を集めています。
東京都は、この樹林墓地を多摩地区の都立小平霊園に整備していて、先月ことしで3回目の募集を行いました。
その結果、1600人分の募集に対して、10倍を超える1万6929人分の申し込みがあり、高い人気が続いています。
申し込みの内容を見ますと、▽家族の遺骨を遺族が埋葬するケースは3倍前後の倍率にとどまっている一方、▽生前に本人などが申し込むケースは、最大でおよそ20倍となっていて、生前での申し込みに人気が集まっています。
東京都は「家族などに迷惑をかけないよう生きているうちに自分で墓を決めておきたい」という思いから生前の申し込みに人気が集まっていると見ています。
樹林墓地などの都立霊園の抽せん会は今月27日に東京都庁で行われます。
(2014/08/16朝のNHKニュース:ここより)」

このサイトでも、お墓については色々と考えてきた。今回もお盆なので、また・・・
お墓は、お骨を納める所、という他に、普通なら**家の家族が一緒に眠る場所、という事になろうか・・・。しかしそれが崩れている。上にある、「豪華な本堂の改修やら行事やら、高額の寄進を催促する手紙を送ってくるばかりの寺との関係には、いささか疲れてしまった。」という話には、心当たりがある人は多いのでは?

故人を偲ぶのは、お墓に行かないとダメか? 自宅で線香を上げてお参りするのではダメか?・・・
ウチのカミさんは、「形が大切なのではなく、お参りする心では?」と言い、自分の作業机の後に、亡くなった近しい人たちの写真を飾り、手元供養で毎日お線香を手向(たむ)けているという。
確かに、立派なお墓を作っても、誰もお参りに行かず、草ぼうぼうより、例え、正式な仏壇は無くても、亡くなった人を忘れず、偲んでいる人が居る方が、故人には供養になる気はする。

前に、今日ニュースで言っていた小平霊園に、昨年(2013年)行ったことがある(ここ)。
都立の霊園は初めて見たが、好印象だった。何よりも宗教色が無いのが良かった。今日の140816toeibochi ニュースで言っていた、H26年度の募集要項を見てみた(ここ)&(ここ)。
やはり管理料は安い。しかも、「合葬埋蔵施設」や「樹林型合葬埋蔵施設」は、ニュースで言っていた通り、管理料は無い。
それでは、それぞれの埋葬方法で、遺骨の行く先はどうなっているのだろう?
都の説明サイトにはこうある(ここ)。

「•一般埋蔵施設
 一般的な平面形式の墓地で、区画割された土地を貸し付けします。墓石等は設置されていません。
•芝生埋蔵施設
 芝生の平坦地に等間隔に埋蔵施設を配置しています。カロート(納骨施設)のみあらかじめ設置されています。
•長期収蔵施設
 使用期間30年間の納骨堂です。期間満了時に更新が可能です。
•立体埋蔵施設
 使用許可日から起算して20年間は、遺骨を地上のカロートに個別に埋蔵し、その後は地下に共同埋蔵します。
•合葬埋蔵施設
 一つのお墓に多くの方々の遺骨を共同埋蔵する施設です。「一定期間後共同埋蔵」とは、使用許可日から20年保管後に共同埋蔵するもので、「直接共同埋蔵」とは、納骨時に速やかに共同埋蔵するものです。
•樹林型合葬埋蔵施設
 樹林の下に、ご遺骨(粉状でお預かりした遺骨を含む)を直接土に触れる形で共同で埋蔵する施設です。」

これらは、個人の考え方で選択される。自分や家族の遺骨が、他人の遺骨と一緒に合葬されることに対する抵抗感があるかどうか・・・。それは「速やかに」または、「20年後」かも知れない。
そして人気の「樹林型合葬埋蔵施設」は、「遺骨1・2体用」「遺骨・生前2体用」「生前1・2体用」と3種類あるらしいが、場所はちゃんと並んで確保されるのだろうか・・・。でもそれ以外の周囲の人は、他人さま・・・。個別の従来型の墓地以外は、全てお隣さまをどう捉えるかが問題となる。
それを気にしないなら、遺族にとっても、これは非常に有り難い形かも知れない。そして「家族などに迷惑をかけないよう生きているうちに自分で墓を決めておきたい」という気持ちも理解出来る。しかしこれも、事前の家族(遺族)の賛成が必要となろう。何せ、お墓は残された家族のために存在する側面もあるので・・・

年に一回、お盆を機に、夫婦で自分たちのお墓をどうするかについて、話し合って置くのも良いのかも・・・ね。(何?ウチ? お盆と言わず、自分たちのお墓に関する討議は、連日行われているのであ~る)

140816passport <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月13日 (水)

SONYの「HDDオーディオプレーヤーHAP-Z1ES」が素晴らしい

SONYの「HDDオーディオプレーヤーHAP-Z1ES」(ここ)が素晴らしい・・・。実は、これについて今まで色々と言っていたのだが、結局買ってしまった。
結果は大正解! まずその音。繊細な高音、そして腹に響く低音。今まで自分が経験しな140813hapz1es かった音の世界がここにはあった。そしてタブレットによる操作性の素晴らしいこと・・・。
同じく昔のHDDプレヤーNAC-HD1を愛用している自分の使い方からすると、文句の付けようが無い。音は、今まで自分が聞いていた(NAC-HD1)⇒D/Aコンバータ(DA-200)の音がアナログテレビとすると、HAP-Z1ESの音は、まるでハイビジョンテレビに変わったほど・・・と言っては言い過ぎか・・・!?
まさに、「SONYさん!参りました!降参!降参!」といったところ・・・(理屈などはどうでも良い。重要なのは、「またあの音を聴くのが楽しみ・・・」と思うかどうか・・・)

実は昨年(2013年)10月の発売を待っていた自分だったのだが、その仕様ゆえ、買うのを諦めた経緯がある。それが結局今回、前言を翻して買ってしまったワケ・・・。

前に「SONYのHDDオーディオレコーダー(NAC-HD1)に惚れた話」(ここ)という記事で書いた通り、自分は、NAC-HD1の大ファン。AM/FMチューナー機能こそ使っていないが、取り込んだCD音源の再生だけでなく、毎日FM放送のアナログ録音に活躍している。
しかしこの製品は2007年5月~2009年10月まで売っていた製品で、後継機種が欲しかった。その自分の期待に応えてくれた(?)HAP-Z1ES発売のニュースを聞き、「SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」の発売が楽しみ」(ここ)という記事を書いて発売を楽しみにしていたのが、昨年の9月だった。そして、早々(はやばや)と操作用にSONYのタブレットも買って準備していた。
しかしその後、仕様が分かってくると、「SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」は多分買わないな・・・」(ここ)、「SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」の残念な仕様」(ここ)と、仕様が分かるにつれ、自分のNAC-HD1の代替品の期待とは違っていたため、購入意欲は減退していった。

その発売から、9ヶ月・・・。先日、価格COMの「レビュー」と「クチコミ」を読んでいたら、非常に「HAP-Z1ES」の評判が良いのである。それで、ちょっと考え直した。自分はPCオーディオはやっていないが、先日買った外付けHDDにCDをリッピングすれば良いので(まあ大変だが・・・)、つい、買ってみようかな・・・と。
そしていつもの価格コムの通販で調べ、思ったよりも安く買えた。
それから機器が届くまでの間に検討した課題が、リッピングのソフトはどうする?ファイル形式は?・・・
結局、WAVでは、タグ情報が充分でないらしいので、FLACでCDをリッピングすることにして、リッピングソフトも、SONY製が無難だろう、と思い、「MediaGo」とした。結局これも大正解。いつも使っているMP3tagというフリーソフトでタグを自由に変更できるので、非常に便利。
そしてアンプとのつなぎも、せっかくなのでXLR出力を利用することにして、XLRケーブルを自作するため、サウンドハウスで、モガミのケーブルとXLRのコネクタを手配。これは前にRCAケーブルを作った時と同じ(ここ)。
よって今回は、「HAP-Z1ES」→自作XLRケーブル→STAX製ヘッドホンアンプ(SRM-007tA)→ヘッドホン(SR-009)という極めて単純な構成。(自分はスピーカーでは聴いていない。ヘッドホン専門)

「HAP-Z1ES」が家に着いて、まず驚いたのが、その重さ。本体だけで15Kg近くもある。自分が愛用しているKENWOODのFMチューナーL-02Tも、たかだかFMだけのチューナーだが13Kgもあるので、重さだけで、「SONYのやる気」を感じて、好感・・・。
LANケーブルと電源をつなぎ、用意しておいた香西かおりの「あゝ人恋し」のファイルを転送する。(そもそも自分が聞くのは、歌謡曲が多いのである)
そして、38万円のヘッドホン(SR-009)を耳に当てて、再生・・・。ウーン・・・。続いて送った前川清も・・・。そして「これはスゴイ!」と唸った・・・。特にギターの音の生々しいこと・・・。

最初、音が小さいな、と思った。相当にボリュームを上げないと、何か物足りないのである。その原因は直ぐに分かった。刺激のない暖かな音なので、ボリュームを上げても、うるさく感じられない。自分の勝手な「良い音」の定義は、「うるさく感じられない音」なので、まさに、自分にこの機械はフィットした。
NAC-HD1の音と聞き比べてみた。NACの音はやはりボーカルが固い。ボリュームを上げると声がうるさい。なるほど・・・。格が違う。次元が違う・・・。並べて置いても、愛用のNAC-HD1がオモチャに見えてしまう。

次に、「HAP-Z1ES」を買うつもりで、前に買ってあったSONYのタブレット(SGPT111JP/S)にソフトをインストール。これには少々手こずった。そもそも自分はスマホ嫌い。アカウントがどうだとか、うるさい。でも何とか「HDD Audio Remote」が動くようになると、これが非常に使い勝手がよい。曲を選択すると、即座にスタートする。HDDに入れた音源(CD)が一目瞭然・・・。これはスゴイ! 何よりも「アルバム」や「アーティスト」と同様に、「フォルダ」から選曲できるので有り難い。これは必須。
そして何よりも使い勝手が良いのが、タブレットでの「音声での検索」。アーティスト名もトラック名も、片言の言葉(音声)で検索してくれる。何とこれが音声が平仮名に変換された時でも検索してくれる。もちろん一部分の言葉でも・・・。これはもうHD1に比較すると“異次元”の世界・・・。

実は、今までのNAC-HD1にも、CDをリッピングして沢山入れてあるが、実はほとんど聞いていない事に気が付いた。音源を、歌手名や作曲家別のフォルダーに収納しているのだが、何よりも曲の選択が大変で、いつもシャッフルで聞いていた。それがタブレットになって、HDDの中味が一目瞭然。これなら、HDDの中味全体がつかめる・・・。まさに棚に置いてある数百のCDが全てタブレットに入っている。そしてまるで電子図書館のようにクイックに覗けるのだ。しかもアクセスが早い。アルバムを選らんで、再生するまで、ほんのコンマ数秒。CDプレヤーだと、CDを探して、プレヤーにセットして、選局して・・・、と時間がかかるが・・・。
しかもPCのエクスプローラからNASとして認識するので操作が自由。これも非常に分かり易い。

リモコンに音量調整のボタンがある。押すが反応無し。どうも連携したSONYのアンプ用らしい。とにかく取説が無いので、この辺は手探り。幾ら世の中はスマホ時代で、勝手に触りながら覚えろ、と言っても、我々シニア族はやはり一通りの取説は欲しい。(追:その後、サイトの取説がだいぶ充実した)
もし取説が無いのなら、せめてユーザー通しのコミュニケーションサイトを提供するとか・・・。
10年ほど前に、iRiverのmp3プレヤーを買ったが、その時に、iRiverのサイトにユーザー向けの交友サイトがあった。そこのサイトに、ユーザーが分からないことを投稿すると、知っているユーザーが返信してくれる。現在は価格COMのクチコミサイトがそれになっているようだが、そんなサイトをSONYが提供してくれると、情報交換が出来て良いのだが・・・。
まだ使い始めて数日だが、だいたい分かった。しかしまだ一つだけ解せない動きがある。
ある「1,2,3・・・10」の順で入っているアルバムを聴いていたとき、仮に3曲目を聞いている時に、次に聞きたい曲を「再生キューの次曲に追加」で選ぶのだが、「Aを聞いて次にBを聞きたい」と押していくと、「3→B→A」という動きになってしまう。なぜ「3→A→B」にならないのだろう・・・。どこかに設定があるのかな??

さて、曲の解析は他のSONY機器と同じだが、NAC-HD1にはあった「全曲シャッフル(気まぐれチャンネル)」や「新着チャンネル」そして「アーティスト別」のシャッフルが無い。これは残念。
(2014/08/19追)
(失礼しました。シャッフルの使い方が分かりました。
アーティスト別のシャッフルは、「アーティスト」で並んだ名前を長押して「再生開始」ボタンを押し、シャッフルボタンを「FOLDER」または「TRACK」にする。「FOLDER」だと、例えば、選んだアーティストが3つのフォルダA,B,C(CDアルバム)を持っていたとすると、A,B,Cフォルダをシャッフルして、B→A→Cなどの順で、それぞれのフォルダの音楽を順に再生して行く。「TRACK」にすると、A,B,C全ての曲をまとめてシャッフルして再生する。
全曲シャッフルは、「フォルダ」モードで、全てのフォルダの上の階層(PC名など)が表示されている時に、同じく長押しして「再生開始」を押して、シャッフルボタンを上と同じようにする。つまり、長押ししたフォルダの、下の階層を対象にシャッフル再生が出来る。)

そして、自分の至極の時・・・。ベッドでヘッドホンを耳に当て、聞く。すると、何と選曲用のタブレットが重い・・・。確かに600gもあるので仕方がない。よし、軽いタブレットに買い換えるぞ!と調べると、軽いのは3万円もする。高い! そうだ、スマホの本体だけを手に入れて、Wi-Fiだけつないで単にリモコンとして使ったら・・・と思い付き、DOCOMOに聞くと、契約しなくても、Wi-Fiでインターネットはつながるという。これだ!と思って、楽天市場で、新品の白ロムのスマホ本体を、送料込み4500円で買った。ちゃんと動き出したが、それでも少し重いけど・・・。
これで万全整った。あとはCDをリッピングして、転送するだけ。これが意外と早い。1枚のCDのリッピングに数分。別の作業をしながら次々にCDを交換していると、そう大した仕事ではない。ここ連日、パソコンが壊れるのでは?と思うほど、連続してリッピング中・・・。

結局「HAP-Z1ES」について、自分なりにこう結論付けて納得した。
1)CDメーカーでの音源ハイレゾ化は、44K/16bitのオリジナルを色々と細工してハイビット化し、「ハイレゾ」として売っている。この「HAP-Z1ES」はその機能を本体内に持っているので、全てのCD音源に対して音が良くなるのだろう。
2)その「音の改善」に特化した製品なので、コンセプトが単純なだけに分かり易い。そして本体の重量で(!)、音にこだわったことが納得できる。(付属のRACケーブルがTV用でかわいらしい。一応は付けているが、まあ使う人はいないな・・・)
3)前に買ったクライバー/ウィーンフィルのハイレゾの「運命」を聞いてみたが、それほど感激しなかった。それよりもCD楽曲の音の改善の方が顕著。
4)タブレットの「HDD Audio Remote」が再立ち上げしたことがあるが、今までの何度かのバージョンアップを経て、もう変な動きはない。転送速度も充分。

かくして、こんな素晴らしい音が手に入った。ふと気付くと、毎日使っていたNAC-HD1に全く電源が入っていないことに気付いた。もしかすると、FMの録音以外ではもう使わないかも・・・。そして、NAC-HD1を愛用している人は、ほとんどがこれに買い換えるのではないか?自分のようにFM放送をアナログで録音している人以外は、すべての点で、上位なので・・・。
何よりも、HD1とユーザーとのインターフェースがCDだけで内部が見えないが、Z1ESは、PCにより中味が丸見え・・・。この安心感は格別だ。

今日も、もう何時間もぶっ通しで、音楽を聞いている。棚に飾ってあっただけの昔買ったCDが、数十年ぶりに現役復帰している。これは素晴らしいこと。
それにしても、データのバックアップが精神的に楽なのは有り難い。外部HDDに持っているデータをHAP-Z1ESに転送するので、常にバックアップのデータが手元にある。NAC-HD1は、(ここ)にも書いたが、数十時間をかけて外部HDDなどにバックアップを取るのだが、失敗すると苦労して貯めたデータが全部パー。その点、データの消失を実質的に考えなく良いので、ものすごく楽だ。
久しぶりに、値段では計れない貴重な製品を手に入れられた。これで音楽を楽しむため、少しでも長生きせねば・・・。

(2014/08/20)
7000曲弱のCDをリッピングして転送するのに1週間かかってしまった。でも色々と分かってきた・・・。
・スマホでの操作だが、タブレットと違って、スマホは画面が小さいだけに、フォルダモードなどでの表示文字が少なく、例えば「交響曲第」という文字ばかり並んで、次に書いてある演奏者が表示されない・・・。タイトル名を直して分かるようにするしかなかったが・・・。スクロールでもしてくれると有り難かったが・・・
・それと、タブレットやスマホでの電源ON/OFFが、現在の状態を示しているのだという。自分の感覚では、ON状態のときに「OFF」ボタンがあると、それを押したい感覚なのだが、現状を示しているのなら仕方がない。
・ファイルの転送では、外部HDDのフォルダ名を変えると、必ず再転送される。Z1ESのフォルダ名と両方同じように変えても、再転送。まあ仕方ないけど・・・。もちろん元のフォルダ名を変えた時は、Z1ES側は新旧の二つのフォルダになるので、古い方のフォルダは別に消さないといけない。
・Z1ES側のゴミ箱は、常に削除しておかないと、消したはずの楽曲が表示されてややこしい。(追:結局、転送はエクスプローラだけで行うようになった

・(追:2015/03/17)Z1ESにファイルを新しい曲を転送した時、タブレットやスマホが、その転送したファイルを認識(同期)しないことがある。その時は、タブレットを立ち上げておいた状態で、何かの曲をエクスプローラでHAPに転送し、タブレットに「同期」アイコンが出たら、それを押して同期させると成功する。

(追:2016/01/19)
本機でのCDのリッピング方法は、2015年11月24日にアップデートされた「USB外付けDVD/BDドライブからの直接CDリッピング」が最高です。ぜひお試しあれ!(
ここ

(付録)★データベースの削除方法(SONYのここより)
データベースの消去または設定の初期化を試す(スペシャルモード)
ハードディスクオーディオプレーヤーの不具合が解決しないときは、[スペシャルモード]と呼ばれる機能を使ってみてください。
1.スタンバイ(シャットダウン)状態のとき、HOMEボタンを押しながら、電源ボタンを押す。
[スペシャルモード]画面が表示されます。
2.[データベースを消去する]または[すべての設定を初期化する]を選ぶ。
データベースの消去または設定の初期化が完了したら、メッセージに従ってハードディスクオーディオプレーヤーを再起動してください。

・データベースを消去する :

ハードディスクのフォーマットを行うわけではなく、登録されている情報のみを消去します。データベースの消去後はハードディスクの再スキャンを行なってください。データベースの消去後はコンテンツが一切表示されず空になったように見えますが、実際にはコンテンツがハードディスク内に残っています。再スキャンを行なうことでコンテンツが再登録され、表示されるようになります。」

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「SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」は多分買わないな・・・」 
「SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」の発売が楽しみ」 
「SONYのHDDオーディオレコーダー(NAC-HD1)に惚れた話」 

140813virus <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月12日 (火)

「徴兵制、まさか…ね?」

終戦記念日が近くなり、毎年恒例だが戦争の話題が多い。
(今日は、徴兵制の勉強!? コピペで長いが、勉強なので・・・)
今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
徴兵制、まさか…ね? 政界・ネット、議論広がる
 あり得る、あり得ない――「徴兵制」をめぐる発言や議論が広がっている。安倍晋三首相は自ら繰り返し、否定している。

 ■政治に不信感、「派兵」に敏
 「徴兵制につながるというとんちんかんな批判がある。徴兵制が憲法違反だということは私が再三、国会で答弁している」。5日、自民党本部で開かれた地方組織の幹部を集めた会合。安倍首相は集団的自衛権の行使を認めた閣議決定に触れる中で、徴兵制について自ら否定した。首相は最近、こうした発言を繰り返している。
 専門家の間では、高度化した現代の戦争では訓練を受けていない一般市民を徴兵しても意味がなく、徴兵制はあり得ないとの見方がある。政治的にも極めて難しいとみられる。
 だが、首相が徴兵制を再三否定する背景には、最近、与野党の政治家らが徴兵制について発言し、ネットなどでも関心を高めていることがあるとみられる。
     *
 「自衛隊員が何十人と亡くなることが起きた時、今のように自衛隊員が集まるか。集団的自衛権を積極行使すると徴兵制にいかざるを得ない」。民主党の枝野幸男元官房長官は5月18日、さいたま市での講演で語った。安倍首相が同15日の記者会見で集団的自衛権の行使容認の検討を明らかにした3日後だ。
140812tyouheisei  ツイッターなどで話題になり、発言を伝えた朝日新聞デジタルの記事には、賛否合わせて4千を超えるツイッターのリツイート(転載)があり、政治家の発言では飛び抜けて多かった。この後も、自民党幹事長経験者らが徴兵制の可能性に言及した=表。
 また、メディアでも雑誌「週刊プレイボーイ」が7月28日号で徴兵制を特集し、産経新聞は2日付朝刊の連載記事で「あり得ない徴兵制」とする記事を掲載。朝日新聞は6月25日付朝刊で「将来、徴兵制を敷かざるを得ない」とする元防衛官僚で新潟県加茂市長小池清彦氏のインタビューのほか、投稿欄「声」でも関連の投稿を掲載した。
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 市民向け憲法勉強会を主宰する太田啓子弁護士(横浜弁護士会)は「集団的自衛権が連日報じられ、『戦地』『派兵』などの言葉に人々が敏感になっているのではないか」と考える。
 「徴兵制になるのか」「子どもが戦地に行くのか」。勉強会では、母親から毎回のようにこんな質問があがる。太田さんは「現実的ではないと思います」と答えるが、「東日本大震災以降、政治への不信感が強まり、その言葉が容易に信じられなくなっている」と考えている。
 一方、元内閣法制局長官の阪田雅裕さんは、背景に憲法解釈の変更を閣議決定で行った政権の手法があると考えている。
 内閣官房は集団的自衛権の行使容認の閣議決定後、ホームページで「(徴兵制の採用は)全くの誤解。徴兵制は憲法上認められません」と否定した。憲法18条は「奴隷的拘束及び苦役からの自由」を掲げ、徴兵制が認められない根拠とされる。だが、阪田さんは「歴代内閣が積み重ねてきた憲法9条の解釈変更がこれほど簡単にできるのなら、議論に厚みのない憲法18条の解釈を変えるのもわけないだろう」とみる。
 政権中枢にある政治家の過去の発言も、この見方を補強する。いま自民党幹事長の石破茂氏は02年5月、衆院憲法調査会小委員会でこう述べた。「徴兵制が憲法違反であるということには、意に反した奴隷的な苦役だと思わないので、どうしても賛成しかねる」
     *
 別の観点もある。
 一つは少子化だ。自民党の野田聖子総務会長は月刊誌「世界」6月号で「少子化が進み、(自衛隊員の)担い手がいなくなろうとしている」と指摘。ネット上では少子化で自衛隊の志望者が減れば、将来は徴兵制になるのではないかとの議論もみられる。太田さんの勉強会に参加した40代の母親の一人は、ママ友同士で「子どもが兵隊に取られちゃうのかな」という会話を交わしたと明かす。
 もう一つは安定した職場としての自衛隊に貧困層から入隊希望者が増える「経済的徴兵制」への指摘だ。
 ジャーナリストの堤未果さんは著書「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書)で貧困家庭やワーキングプアの若者が、軍が提示する学費補助や医療保険などに誘われて入隊する実態をリポートした。日本でも格差拡大が指摘される。堤さんは「今のまま貧困やワーキングプアが広がれば、徴兵制にせずとも日本は同じ道をたどるだろう」と話す。
 「徴兵制」に現実性は乏しい。しかし、安全保障論や憲法論と同時に、少子化や格差の拡大など社会が抱えるさまざまな課題も、徴兵制をめぐる発言や議論の背景にありそうだ。(渡辺哲哉)」(2014/08/12付「朝日新聞」p4より)

集団的自衛権、必然的に徴兵制に」~枝野幸男・民主党憲法総合調査会長
 自分の国を自分たちで守ることについてはモチベーションがあるので、個別的自衛権を行使するための軍隊は志願兵制度でも十分成り立つ。しかし中東の戦争に巻き込まれ、自衛隊の方が何十人と亡くなるということが起きた時に、今のようにちゃんと自衛隊員が集まってくれるのか真剣に考えないといけない。世界の警察をやるような軍隊をつくるには、志願制では困難というのが世界の常識だ。従って集団的自衛権を積極行使するようになれば、必然的に徴兵制にいかざるを得ないと思う。(さいたま市のオープンミーティングで)」(2014/05/18付「朝日新聞」より)

下記は先月の記事だが、印象に残った記事だ。
「(インタビュー)老兵は闘う 元官房長官・野中広務さん
 ――安倍政権が集団的自衛権の行使容認を閣議決定しました。自民、公明両党も了承しました。
 「内閣の解釈で憲法の基本を変えるなんて本末転倒でしょう。絶対にやってはいけない。この問題の深刻さがようやく浸透してきて、この夏、地元に戻った国会議員は有権者の考えを肌で感じ取るはず。地方から大変な批判が出てくると思いますよ。それを、秋以降の国会論戦や個別法案の審議にどう生かせるか。このままでは来春の統一地方選や次の衆院選で自民党は公明党とともに、必ず鉄槌(てっつい)をくらう。現役の政治家の良識に訴えることが、私に残された仕事だと思うとるんです」
 ――自主憲法制定は自民党の党是です。手続きさえ踏めば、憲法は改正してもいいという考えですか。
 「憲法を常に見直す態度は変えてはならない。ただ、すべての条文を同じように扱うべきではない。9条があり、武力行使をしてこなかったから、戦後70年近く平和でおれた。9条は変えてはならないと思う」・・・
 ――かつての自民党は、宏池会(現・岸田派)に代表されるハト派が、タカ派的な勢力とバランスを保ってきました。今は、首相や内閣に注文や批判をすることはほとんどありません。
 「自民党の多様性が失われてしまったんです。政治改革の名のもと、選挙制度を中選挙区制から小選挙区制に変えてしまったから。僕は守旧派というレッテルを貼られたけれども大反対した。党本部が選挙区の調整やカネの配分に大きな権限を持ち、派閥の存在が薄れた。党総裁である首相の意向に従う議員ばかりになり、党内の左右のバランスは崩れたんです」
・・・・
 「偶発的な接触から、いつ戦争が起きるかわからない。その可能性を除去しておかないといけない。自衛隊は戦争にいかない前提で入隊した人たちが多いから、実際に行けといわれたら辞める人も多いはず。その次に何がおきるか。国防軍ですよ。いずれ必ず徴兵制がやってくる」
・・・・
 ――集団的自衛権の行使容認を含め、安倍政権は戦後日本のありようを大きく見直そうとしています。
 「戦争がどれだけ深い傷痕を国内外に残したか、もっと謙虚にあの時代を検証してほしい。『戦後レジームからの脱却』いうてね、歴史を消してしまうようなやり方は間違っている。それは国際社会への復帰につながった東京裁判も否定する。だから安倍さんはA級戦犯が祀(まつ)られている靖国神社に参るんですよ」
 「政権批判をするたび『売国奴』などといわれ、家族を含めて大変な目におうてきた。けど、僕がいわなければ誰がいう? 戦争が繰り返されたら、我々世代のつらい経験は『無』になってしまう。あの戦争で亡くなった人々の無念さを伝えなければ、死んでも死にきれない」・・・・
」(2014/07/18付「朝日新聞」p15より)

いつものように、朝日新聞の記事なのだが、「徴兵制」という言葉が、現代の日本で、話題になること自体が異様な光景・・・。首相が何と言おうが、国民が「徴兵制」を懸念する引き金を引いたのは、現政権なのだ。
「徴兵制」という非常に分かり易く、刺激的な言葉が、いとも簡単に使われているのもどうかと思うが、かと言って100%有り得ない、と強く否定することも出来ない気がする。
まあ、「徴兵制」という言葉に踊らされるのではなく、自分自身で、その背景を認識することも必要かな・・・と思って、長く引用した。

140812suika <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月11日 (月)

「車水没、閉じ込められたら…」

台風が去って、台風一過の晴天・・・と思いきや、今週の天気はあまり良くないらしい。でも2日遅れで、甲子園の高校野球も始まった。
しかし今年ほど、テレビのニュースで雨の話題が多かった年は無いのでは? 毎週、特に四国の豪雨で、ガード下の車が水没している光景が多かった。

先日、こんな記事があった。
車水没、閉じ込められたら…ドアが開くのは浸水後 JAFが実験 水圧の差小さく
 集中豪雨や台風により冠水した道路で水没した車両から脱出する実験を日本自動車連盟(JAF)が実施し、脱出が難しくなっても浸水が進んで車内外の水圧差が小さくなれば、かえってドアが開きやすくなるという結果を公表した。
 高架下を通る掘り下げられた道路が冠水し、車が下り斜面で停止した場面を想定し、車内に空気が残っている状態と、車内に浸水し車内外の水位が一致した状態を比較。セダンの前席ドアとミニバンのスライドドアを開ける実験をした。
 両車種とも水深が30センチから120センチまでは、車内に空気が残っている場合は水深にかかわらず、車外の水圧でドアが開かなかった。一方、両車種とも車内に浸水した後は車内外の水圧差が小さくなり、水深120センチでもドアを開けられた。
 車の窓ガラスをスマートフォン、ビニール傘、脱出用ハンマーなどで割る実験では、実際に割れたのはハンマーだけ。JAFは「ハンマーを運転席から手が届く範囲に置いてほしい」としている。パワーウインドーは両車種とも、水深90センチ以上だと電気系統の故障などで作動しなかった。
 車両の救援件数は関東地方に猛烈な雨が降った6月25日に関東1都5県で計55件あった。台風8号が九州を横断した際の7月11~16日には九州7県で計366件に上った。」(
2014/08/10付「日経新聞」p31より)

水に飛び込んだ車のドアが開かないのは、水圧の関係でよく分かるが、実験結果は初めて聞いた。しかし水深30センチで開かなくなるとは、意外。その時はパワーウインドーで窓を開けて逃げるしかないが、90センチまでは開くらしい。“そのとき”は先ずこれだな・・・。
とにかく窓を開けて脱出。もし窓が開かなかったら、車内に浸水するのを待つしかないか?
それにしても「ハンマーを運転席から手が届く範囲に置いてほしい」というJAFの話も乱暴だ。もし彼女を隣に乗せていて、ハンマーが見つかったら、「殺人の用意?」と逃げられるのは必定。
まあウチのカミさんも言ったが、道路が冠水していたら、絶対に突っ込まないでUターンに限る。
まだまだ台風シーズンは続くというのに、今年の雨は異常だね。

140811sukide <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月10日 (日)

童謡「角兵衛獅子(かくべえじし)」

先日、こんな童謡を聞いた。ボーイ・ソプラノの岡田孝が歌う「角兵衛獅子(かくべえじし)」という歌である。

<童謡「角兵衛獅子」(岡田孝)>

「角兵衛獅子」
  作詞:久保田宵二
  作曲:佐々木すぐる

笛や太鼓に はやされて
おどる二人の 角兵衛獅子
赤いダリアよ コスモスの
咲いたお庭の 昼さがり

兄か弟か 友達か
かわいならんだ 角兵衛獅子
さかささか立ち 水車
きらりお獅子の 目が光る

結ぶわらじも きりきりと
旅から旅への 角兵衛獅子
遠い越後へ 帰る日を
胸にかぞえて またおどる
(1961年3月20日発売)

何とも素朴な伴奏である。
この歌の情報はほとんど見つからない。Netで検索しても、美空ひばりの「角兵衛獅子の唄」ばかり出てくる。でも作曲は、「月の沙漠」の佐々木すぐるであり、この歌はれっきとした童謡である。

童謡歌手はほとんどが女子。この歌声もまるで女声のよう・・・。しかしこの歌は、男子が歌っている。見事なボーイ・ソプラノで・・・。
「岡田孝は、兵庫県西宮市の出身。父親の転勤の都合で小学校時代を東京で過ごします。上京したのは歌のレッスンのためでもあったという音楽少年は、やがて変声期になる頃に再び関西へ帰ることになるのですが、それまでの間に数々のレコーディングに参加しています。低音から高音までムラのない綺麗なボーイ・ソプラノで、丁寧な日本語の発音は見事です。後に大阪音楽大学声楽科へ進みテノール歌手としてクラシックの世界で活躍。その後はファルセット(裏声)で歌うカウンター・テノールに転向し、演奏活動やCD制作のほか、後進の指導にも当たっています。」(田中修二)

140810kakubeejisi ところで、wikiによると、「角兵衛獅子(かくべえじし)とは、新潟県新潟市南区(旧西蒲原郡月潟村)を発祥とする郷土芸能。越後獅子(えちごじし)もしくは蒲原獅子(かんばらじし)とも呼ばれる。」だという。
どれだけ世に知られているかは分からないが、自分の知らないこんな童謡もあったのだ。

140810kuso <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月 9日 (土)

「公共事業、なぜ中止にならない?」~『サンクコスト(埋没費用)』の呪縛

先日、日経新聞でこんな記事を見付けた。
エコノ探偵団 公共事業、なぜ中止にならない
 過去の投資「もったいない」 費用対効果見極め冷静に
 「公共事業って、いったん工事が始まると、まず中止になりませんよね。どうしてなんでしょうか」。探偵事務所の近所に住む大学生の疑問に、探偵の松田章司が首をかしげた。「あまり深く考えたことがなかったな。調べてみましょう」
 「そういえば『八ツ場(やんば)ダム』の事業見直しと再開が話題になったな」。
 国が群馬県長野原町で建設している八ツ場ダムは1960年代に計画が決まったが遅々として進まず、2度の計画変更を経て事業費は2100億円から4600億円まで2倍以上に拡大。「無駄な公共事業の典型」として2009年に民主党政権が事業中止を決めたものの、11年には一転して再開することになった。
 国土交通省の担当者は「学識経験者の意見も踏まえ、治水と利水の両面で建設が最も有利という結論が出ました」と説明する。

回収不能な費用
 章司は公共経済学に詳しい関西学院大学教授の上村敏之さん(42)に意見を求めた。上村さんは「断言はできませんが、再開が決まった背景に『ここまで多額の金を使っているのだから、中止して無駄にしたらもったいない』という気持ちはあったように思えます。『サンクコスト』の呪縛です」と説明を始めた。
140809cost  「サンクコスト(埋没費用)」とは、既に支払ってしまって回収不能な費用のこと。ダム建設をそのまま進めて完成させても、中止しても、すでにかかった費用が戻ってこないことには変わりない。だから、事業を続けるか中止するか判断するときには、いくら巨額でもサンクコストを考慮に入れてはいけない、というのが経済学の考え方だ。
 そのままダムを完成させるまでの工事費など「追加でかかる費用」と、ダムによる洪水防止効果や水道水の確保など得られる利益をきちんと計算し、中止したときのダムに代わる治水・利水対策の追加費用とその対策で得られる利益に比べて、メリットがあれば続けるのが正しい。「ところが往々にして、取り返せないサンクコストがもったいないからこのまま続けよう、と考えてしまう人が多い」と上村さん。章司は「整備新幹線の建設がいったん始まると中止にならないのも、同じ問題ですね」と納得した。

甘い計画横行
 政策研究大学院大学教授の福井秀夫さん(55)にも話を聞いた。「地方の有料道路では完成した後もサンクコストにとらわれて、建設費を償還するため通行料金を取っていることが問題です」
 本来、道路は建設前にきちんと費用対効果を分析し、メリットのあるものだけ建設すべきだが、実際には過大な需要を想定した甘い計画で建設してしまい、高額の通行料を設定して利用するクルマがほとんどないケースも多い。結局は建設費の償還も難しくなる。「それなら、もう造ってしまった道路の建設費はサンクコストなのだから、無料開放して補修費用は税金で負担した方が、利用するクルマが増えて利便性が高まります」

撤退判断難しく
 福井さんは、原子力発電所の再稼働問題でも反対派・賛成派の両方に「サンクコストの呪縛」があるとみる。「原発は立地費用が膨大だから発電コストは決して安くないという主張は、立地費用がサンクコストであることを無視している点で妥当性を欠きます。一方、すでにある原発を活用しないのはもったいないという主張も、今後のリスクも含めた追加的費用に見合う便益があるか、きちんと検証が必要です」という。
 早稲田大学教授の川本裕子さんに聞くと「サンクコストの考え方は企業経営にとってとても大事です」という。企業が新規事業に多額の投資をしても、うまくいかないことは多い。その場合、既に投資したお金の多くは回収不能なサンクコストになる。事業を続けた場合の追加費用を考えると撤退した方が合理的な場合も多いが、サンクコストを「もったいない」と考えてなかなか撤退できない。
 「多くの金融機関が、明らかに回収の見込めない融資先にも貸し続けていた1990年代の不良債権問題も、客観的な現状認識ができずサンクコストにとらわれていたことが背景にありそうです」と川本さんは付け加えた。
 「根が深い問題だな」。章司が調査を終えようとすると、慶応義塾大学教授の中島隆信さん(53)から電話がかかってきた。「『もったいない』と考えて、なかなか撤退できないのは国や企業だけでなく個人も同じです」。中島さんは具体的な例を挙げてくれた。「賭け事をして負けたら、負けを取り返そうとして、さらにたくさん賭ける人がいます。でもその負けはもう返ってこないサンクコスト。忘れることが重要です」
 投資した株の株価が大きく値下がりした場合、客観的には株価が戻る見込みが薄いのになかなか損切りできないのも同様の例だ。「レンタルDVDを見始めて『つまらない』と思ったのに、料金がもったいなくて最後まで見る私もサンクコストにとらわれていますね」と章司は納得した。
 「食べ放題の飲食店で料金の元を取ろうとつい食べ過ぎて後悔することも、サンクコストを理解していれば避けられるかも」。事務所で報告を終えた章司が所長に一言。「食べ放題店巡りが好きな所長も、あと一皿を諦めれば、ダイエットに成功できるのに」」(
2014/08/05付「日経新聞」より)

「サンクコストの呪縛」とは、なかなか考えさせられること。この考え方は新しいものではないが、「サンクコスト(sunk cost)」という言葉は初めて聞いた。沈んでしまって見えなくなった費用か・・・。

これは確かに判断を狂わせる。何でもうまく行っている場合は良いが、メーカーでの開発や、賭け事での引き際で、判断を狂わせる。
進んでいることを「止める」のは、結構な決断が必要。もちろん責任も生じる。だから何とか「今まで通りで良い」という理由を探す・・・。大組織ではどこもそうだ。自分の時代だけ無難に過ぎれば良い・・・。
上の記事の賭け事の例も、自分も心当たりがある。昔、独身時代、北九州への出張で、時間が余ったのでパチンコをしたことがある。かなり玉が出た。そのうちに減ってきて、「さっきくらいに戻せたら止めよう」と思うウチに、玉が全部無くなった。
自分はやっていないが、株なども同じだな・・・。もう少しと思ううちに下がってしまう。
これも「ある瞬間で判断」ということが出来ていない結果。
しかし「サンクコストの呪縛」は何にでも通用する話。全ての事は、過去には戻れない。とすると、将来どうなるか、だけを念頭に判断すべき。

自分のように初老になると、過去の経験は、“肥やし”になると同時に、ネガティブな“しがらみ”にもなりかねない。
これからの人生、「将来だけを見て判断」という視点を心掛ける必要があるかも知れない。

140809mondai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月 8日 (金)

「空き家率、最高の13.5%」~7割が「何もせず」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「空き家率、最高の13.5% 820万戸、都市圏も上昇 総務省調査
 全国の空き家が820万戸にのぼり、総住宅戸数に占める割合が13.5%で過去最高となったことが29日、総務省の住宅.土地統計調査で明らかになった。人口減少や高齢者の施設への入所などが、空き家率を押し上げている。
 調査は1948年以来、5年ごとに実施。今回は昨年10月時点の総住宅数、空き家数などを調べた。
140808akiya1  全国の空き家率は前回調査時の13.1%から0.4ポイント上昇した。もっとも高いのは山梨県(22.0%)、次いで長野県(19.8%)、和歌山県(18.1%)。人口減少や高齢化が進む地方が上位を占めた。
 人口が増加かほぼ横ばいの大都市圏でも空き家率は上昇傾向にある。東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県のうち埼玉(10.9%)、神奈川(11.2%)は前回より上昇。大阪府(14.8%)は全国平均を上回り、愛知県(12.3%)も前回より1.3ポイント上昇した。
 一人暮らし高齢者も過去最多を更新し、552万世帯にのぼった。持ち家率が8割を超える団塊の世代も多くが65歳を超え、「空き家予備軍」が拡大している。(田中聡子、武井宏之)」(
2014/07/30付「朝日新聞」より)

総務省発表の詳細は(ここ)にあるが、1割以上が空き家とは・・・

一方、一一部の自治体では、対策も進んでいるらしい。
健全でない日本の空き家率 7割が「何もせず」
        不動産コンサルタント・長嶋修
 総務省が7月29日に公表した「2013年住宅・土地統計調査」(速報集計)によれば、13年140808akiya 10月1日時点での総住宅数は6063万戸と、5年前に比べ305万戸増加した。そして、約820万戸の空き家を我が国は抱えていることが明らかになった。日本全体を賃貸住宅経営に例えれば、その空き家率は過去最高の13.5%と、決して健全な状態とはいえない。この調査は5年ごとに行われるが、前回(08年)調査より空き家は63万戸増加。今後は、本格的な世帯数減少の局面に入ることを踏まえれば、今後のこのトレンドは加速することが予想できる。

空き家対策に乗り出す自治体が増加
 こうした事態を受けて、地方はもちろん、埼玉県所沢市などの郊外ベッドタウン、さらには東京23区の足立区においても税金を投入して空き家対策が行われ始めた。
 「空き家バンク」といったデータベースをつくり、空き家が目に留まる工夫を施す、空き家を資源と捉えて空き家活用を促進するなどの方策に着手する自治体も年々増加している。
 埼玉県所沢市では10年10月、「所沢市空き家等の適正管理に関する条例」を施行、老朽化で倒壊危険がある、景観や衛生を損なうとみられる空き家に対する市の勧告に従わない場合には氏名公表するなどして、ある程度の効果を得た。

解体費用を助成する自治体も
 この条例をきっかけに、全国約1700の基礎自治体のうち、200程度で空き家対策条例の制定が相次いでいる。東京都足立区では、区の勧告に従って住宅の解体を行う場合には解体費用の9割、上限100万円までを助成する制度を打ち出している。
140808akiya  ところで、空き家を放置している所有者はいったい、どういった意向を持っているのか。コンサルティング会社の価値総合研究所(東京・千代田)が13年11月に実施した「消費者(空き家所有者、空き家利用意向者)アンケート」によれば、空き家の所有者のうち、売却や賃貸などを検討しているのは24.0%にすぎず、71.0%の人は特に何もせず所有しているだけということがわかる。
 その中で、空き家を管理すらせず放置しているという人は12.8%。ある程度推測はできたものの、やはり衝撃的だ。その内訳は、一戸建てが74.1%と大半で、立地は農山漁村地域や郊外より市街地や市街地周辺のほうが60.3%と多い。

行政が建物を解体できる法案制定
 こうした事態を受けて自民党は「空き家対策推進特別措置法案」を今秋にも国会に提出する見込み。老朽化で倒壊危険がある、景観や衛生を損なうとみられる空き家を「特定空き家」に指定、所有者に対し建物修繕や除却、木の伐採などを指導・助言、ひいては勧告・命令できるとしている。そして命令に従わない場合は50万円以下の過料を科し、行政が行政代執行により建物を解体することもできる。
 また相続後の不動産登記が正しく行われていないケースでは所有者を探し当てることも難しかったが、固定資産税情報を内部利用できるとすることで所有者の特定を促す。
 ただ本法案の効果はあくまで未知数である。秋田市ではすでに、命令に従わない所有者に代わり、行政が建物の撤去などを行い、その費用を所有者に請求しているが、代執行の費用を回収できないケースが多い。12年3月に秋田県大仙市で行われた代執行の解体費用180万円弱はまだ回収のめどは立っていないもようだ。

税制改正も視野に
 また政府は税制改正も視野に入れている。現在、住宅が立つ土地は固定資産税が6分の1に低減されているため、わざわざコストを掛けて解体をし、そのうえ固定資産税が6倍に上がる、というようなことをしたがらない所有者が多いのだ。これを根本的に見直し、倒壊危険や景観阻害などの外部不経済があると認められる空き家についてはこの軽減措置を、15年の税制によって外し、逆に所有者が自ら解体を行った場合には、軽減措置を継続する方針だ。
 このように空き家対策は徐々に進められつつあるが、こうしたいわゆる「空き家対策」だけ行うのでは不十分だ。空き家が大量発生するという「結果」に対処するのではなく、その原因に迫る必要がある。」(
2014/08/06付「日経新聞」より)

少子高齢化の時代、どの家も1軒くらいは親戚などで空き家の心当たりがあるのでは??
先日、「3軒分の実家の遺品を30万円で整理した話」(ここ)という記事を書いた。
実家の両親が亡くなったあと、空き家になった家や家財の処理は、結構大変なもの・・・。
結果、上の記事にもあるように、「わざわざコストを掛けて解体をし、そのうえ固定資産税が6倍に上がる」という理由から、誰も住まなくなっても、そのまま家を放置することが多い。
結果として、あらゆる所に、“お化け屋敷”が出現する。大通りに面している家でも、荒れ果てた家の庭から樹木が道路にはみ出している家も見かけるので、相続などの問題があるのかも知れない。

そう言えば、駅から会社への通勤路に、やはりお化け屋敷がある。朽ちかけた家は外面をツタで覆われ、家全体が緑一色。その隣の空き地は、背丈ほどある雑草群。毎年草は刈られているが、それでも1年経つと草ボウボウ・・・。これでは、年に一度の草刈りも大変だ。
ここは道路が狭いために、幾ら23区内といえども、家を建てることが出来ないので売れないらしい。戦災で焼けた隣の地域は、道路が整備され、新しい家やビルが立ち並ぶが、焼けなかったこれらの地域は、戦前のスラムのような古い家々が並び、朽ちていくだけ。たまに家を立て直すところだけは、法により敷地の一部を道路に供出しているが、幅が広くなった道路は一部だけで、全部つながるのは遠い将来のこと・・・。

そう言えば、前に「日本人口減少の恐怖~90年後、今の5~7割減?」(ここ)という記事を書いた。もう5年も前だ。

今の空き家率は1割強だが、90年後は、7割に達するかも知れない、という。これも少子高齢化社会の落とし子。
まあその頃には、先だって生まれた孫も良いトシ90歳。ま、いいか・・・

古いとは言え、余る住宅・・・。一方、母子家庭などの生活困窮者は、小さなアパートの家賃で食べることにも汲々・・・。
このギャップを埋める手立ては無いものだろうか・・・。

140808zatugaku<付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月 6日 (水)

作家・落合恵子さんの話~NHK「こころの時代」「いのちをつなぐ」より

先日、NHK「こころの時代」「いのちをつなぐ」(2014/08/03放送)を見た。(2013/07/07の再放送)
NHKのこの番組の解説にこうある。
「作家・落合恵子さんは自宅で7年間母を介護した。それは、未婚のまま自分を産み育ててくれた母との関係を見つめ直す日々だったという。深まる「いのち」への思いを聞く。

140806ochiai 作家・落合恵子さんは、50代半ばから7年間、母の春恵さんを自宅で介護した。未婚のまま出産する道を選んだ母は、落合さんが生まれたとき「私のところに来てくれてありがとう」と語りかけた。そして「自分の人生は自分で決めなさい」と教えてくれた。尊敬してきた母が認知症に倒れたとき、落合さんは介護を通して改めて母との縁を結び直すことを選んだ。母と自分との関係を見つめ直すことで出会った「いのち」の奥深さを語る。【出演】作家…落合恵子、【きき手】町永俊雄」(ここより)

日曜日の朝の、Eテレのこの番組は、毎週録画している。しかし出演者は宗教者が多く、番組全部を見ることは、実はほとんど無い。しかしこの落合恵子さんの話は、一気に見てしまった。
実は、自分は落合さんの本を読んだこともないし、知っているのは名前だけ。(絵本の好きなウチのカミさんは、子どもが小さかった頃、落合さんのクレヨンハウスに行ったことがあり、記念写真も残っているとか・・・)
しかし今回の話で、落合さんがいわゆる父無し子(婚外子)であり、母親が苦労して育て、そして母を看取った人生を語っていた。
その中で、印象に残った部分を少し聞いてみよう。

<NHK「こころの時代」「いのちをつなぐ」落合恵子より>

*この番組の音声(60分)をお聞きになる方は(ここ)をクリックしてしばらく待つ。

母・落合春恵さんは2007年8月に84歳で逝去したというが、この「その人を失って本当に悲しいと思う気持ちは、回復する必要があるのか?喪失の悲しみをずっと胸の奥に置いたまま生きていく人生があっても良いのではないか・・・」という言葉が心に残った・・・

そしてこんな詩の一部を紹介していた。

「・・・・
十歳で死んだ
人生の最初の友人は、
いまでも十歳のままだ。

病いに苦しんで
なくなった母は、
死んで、また元気になった。

死ではなく、その人が
じぶんのなかにのこしていった
たしかな記憶を、わたしは信じる。

ことばって、何だと思う?
けっしてことばにできない思いが、
ここにあると指さすのが、ことばだ。」
長田弘『花を持って、会いにゆく』より

もうすぐ、お盆である。年に一度くらい、亡くなった人を偲ぶのも、良いのでは?
例えその人が自分にとってどのような位置付けにせよ・・・。

140806catch <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月 5日 (火)

英国の医療制度

先日の日経新聞に、英国の医療制度についてのこんな記事があった。
英国営医療 じわり市場化 家庭医、コスト減に一役
               欧州総局編集委員 大林尚
 英国の誇りといえば女王陛下とジェームズ・ボンド。
 2年前。ロンドン五輪の開会式に、6代目ボンドを演じるダニエル・クレイグがバッキンガム宮殿のエリザベス女王を五輪スタジアムへとエスコートする場面があった。女王をむかえた8万観衆が目にしたのは、スタジアムに浮かびあがったNHSという人文字。ナショナル・ヘルス・サービスの頭文字だ。国営医療制度と訳せばいいだろうか。
140805ukiryou  日本の健康保険が加入者と事業主が払う保険料を主な財源にして運営しているのに対し、NHSの財源は税金だ。患者は原則として無料で診療を受ける。第2次大戦後、1945年の総選挙で大勝した労働党の首相、アトリーが創設した。
 NHSの素地は大戦中にできていた。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学部長の名を冠したベヴァリッジ報告だ。すべての国民を包含する雇用、年金、医療制度が必要だと訴えた報告は、アトリーにとって福祉政策の指南書になった。
 私たちが子供の頃、教科書に出てきた「ゆりかごから墓場まで」はこの政策を指す。アトリーは福祉国家をめざし、基幹産業を矢継ぎ早に国有化。結果として経済社会の活力と効率を損ね、英国病を発症させた。
 NHSを五輪の晴れ舞台で世界に宣伝したのは、保守党の論客キャメロン現首相も、医療制度の維持に腐心しているからだ。といっても保守党はやはり国営医療が気に入らない。
 キャメロン政権が2012年に議会に出したNHS改革法案が、ことし成立した。狙いは3兆5千億円の医療関連費の削りこみだ。手立ては(1)管理部門のリストラ(2)民間病院とNHS病院との競争促進(3)家庭医の権限強化――の3つ。
 政権が意を用いているのが、国営のかたちは残しながらも市場原理を生かして医療の質と効率を高める改革だ。広い権限を手にした家庭医がその先兵である。
 家庭医は英国でGP(ジェネラル・プラクティショナー)と呼ばれる。NHSは患者に自らが登録したGPにかかることを義務付けている。もちろん救急は例外だが、いきなり大学病院へ行くことが許される日本と違い、病院の専門医に診てもらうにはGPの紹介が必須。GPはゲートキーパー(門衛)の異名をとる。
 1年前に安倍晋三首相が受けとった社会保障制度改革国民会議の報告書にこうある。「緩やかなゲートキーパー機能を備えたかかりつけ医の普及が必須」
 日本の医療改革が英国を手本にしているようにも読めるが、GPとかかりつけ医とはまったくの別物である。Aという人が病気やけがをしたときに日ごろ診てもらっている医師Bがいれば、BはAのかかりつけ医だ。患者側の選択で決まるのだから、かかりつけ医になるのに研修はいらない。
 GPになるには医学部卒後の基礎研修ののち、最短3年の専門研修を受ける。「研修中は毎年、指導医のチェックを受け、一定評価を得れば一人前として登録される」(武内和久、竹之下泰志著『公平・無料・国営を貫く英国の医療改革』)
 著者のひとり、竹之下氏は製薬会社の欧州法人の最高経営責任者だ。かつて風邪を引いたとき、登録GPに症状を説明したら「レモネードを飲んでゆっくり寝るように」という指示。
 日本人の感覚からすれば薬も出してくれないのかとの不満が出るところだが、ウイルス性疾患に抗生剤はほとんど効かない。「『レモネード処方』は間違っていない」と、竹之下氏。
 ロンドンから高速列車で北へ2時間半。中核都市リーズ郊外の診療所に所属する日本人GPの澤憲明氏を訪ね、丸1日、密着した。
 朝8時。予約済み患者が順にやってくる。鬱病の57歳女性、高血圧症の63歳女性、高コレステロール症の63歳男性……。澤氏は丁寧に問診し、聴診や血圧測定する。足の痛みを訴える82歳女性はX線検査を求めたが必要なしの診断。不要な理由をとことん説明する。
 白衣は着ず、ワイシャツ姿。問診しながらの電子カルテ記入は、きちんと診ていないのではという不信を抱かせるもとになるので患者の退室後に済ませる。患者用のいすは背もたれと肘掛け付き。対面角度やパソコンの位置にも気を配る。「患者の不安と期待をくみ取るための工夫です」
 来院の手間を省くために、患者の勤め先近くの薬局に処方箋を電子送信することもある。軽症者とは電話でやりとりし、薬局チェーン「ブーツ」で買うべき銘柄を指示する。肺炎を風邪と誤診せぬよう痰(たん)の色まで尋ねる。これで1件1400円ほどの処方箋料が節約できる。患者が直接、薬局で買えば税財源の国営医療費が私的医療費に置き換わる。民の力を生かした一種の市場化である。
 GP診療所の収入の一定割合は生活習慣病などの患者の健康を回復させた度合いに応じ決まる業績連動。澤氏は「私たちはどうすれば医療費を安く抑えられるかを考えている」と語る。
 英国人にも不満はある。耳にしたのは「すぐに病院に行けない」というものだ。GPに病院を紹介された患者が、緊急度に応じて遅滞なく高度な専門医療を受ける態勢を強化するのも、NHS改革のひとつだろう。
 社会主義を志向した政治指導者が生んだ国営医療。その進化は日本の医療改革よりずっと早くて大胆だ。」(
2014/08/04付「日経新聞」p4より)

英国の医療制度については、前に「「命の値段」英国の仕組み」(ここ)で取り上げたことがある。
財源が有限であることから、医療と言えども費用対効果を考える英国の姿である。

福祉の国の北欧はどうか・・・
前に「人を大切にする国 デンマーク」(ここ)という記事で、こんな事を書いた。
「・病気になっても金はかからない。薬代の一部は個人負担があるが、治療・診察・検査・入院費は全て税金。だから“心配だから貯蓄を”というお年寄りはいない。ほとんどの医療機関は公的施設。
・医療との関わりはドライ。医療は治療。それ以上はしない。つまり療養型の病棟などは無い。そこは福祉がカバー。病院は予約を取って行くところ。日常の健康面で頼りにするのは、家庭医。
・介護については、デンマークでは三つの原則がある。「自己決定」=自分らしい人生を最後まで生きるには自分の人生は自分で決める。「継続性」=自分の家でなるべく長く生活出来るように。ライフスタイルの継続性。「残存機能の活用」=残っている体の機能は全部使う。
・デンマークでは、長生きしたいという人はまずいない。大切なのは、自分らしい人生を最後まで送ること。」

英国もデンマークもメインは家庭医。そのフィルターを突破しないと、大病院の専門医にはかかれない。この制度をどう見るか・・・。
確かに、患者の必要以上の贅沢は省かれ、より必要としている重病者に対して必要な医療が効率的に施される気はする。しかし医師も人間。患者との“相性(=相互信頼)”をどう考えるか・・・

先日、ある病院で、家族の病状の説明を受けたが、主治医が非常に寡黙な方で、説明が良く分からない。食い下がって一応は聞いたのだが、もしこれが自分の主治医だったら、またはいわゆる家庭医やGPだったら、さぞかし困っただろう・・・と思った。

日本の場合は、もし最初にかかった医師の対応に不満があれば、セカンドオピニオンなど、自分が納得の出来るまで、再診断を仰ぐことも出来るし、病院をかわって主治医を替えることも出来る。もちろん費用は別だが・・・
反面、今の日本の医療では、上の記事のレモネードの話ではないが、「本当に必要か?」と思われる医療が行われていることも事実。

自分としては、全体で大きなムダが生じていることは認めつつ、今の日本の制度の方が、患者にとっては有り難いような気もする。
それはそれとして、我々もいずれは現実となる“死を待つ”までの医療。今後の“時間と共に衰えていく自分の現実”を考えると、つい憂鬱になってしまうね・・・。

140805hakkekyu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月 4日 (月)

「食事宅配 シニア記者が体験」

先日、todoさんから頂いたコメントの、「宮本みち子先生の「リスク社会のライフデザイン」・・・胸に突き刺さる指摘がイッパイあるけど、特に厳しいのは「高齢の女性にとってのリスクは男の配偶者―――高齢の男性にとってのリスクはひとり残されること」(ここ)という言葉が、今更ながら身につまされる。
この指摘は、まさにその通りだと思う。女性のことはここでは置いておくことにして、男性の場合、「ひとり残されること」の恐怖は想像に難くない。
その原因は死別だけではなく、その他にも色々と考えられる・・・!?

今朝の日経新聞にこんな記事があった。
食事宅配 シニア記者が体験
 「シニア向け」をうたう商品やサービスが最近目立って増えている。日経MJはシニア記者の「体験団」を結成。第1回のテーマに「高齢者向け配食サービス」を選び、食べ比べた。その結果、総合評価でワタミと日清医療食品が頭一つ抜けた印象だった。
140804takusyoku  6月下旬~7月上旬に常温・チルドの夕食に絞って試した。価格は1食500円台から650円。店頭販売の弁当に比べて割高感はあるが、栄養バランスのよい多量の具材を使ったおかずが売り物だ。
 利便性は、1回1食から注文可能なタイプの評価が高くなる。セブン-イレブン・ジャパンの「セブンミール」やシルバーライフ(東京・新宿)の「まごころ弁当」など3つがこのタイプ。その他は最短注文期間が平日5食だ。セブンミールもワタミもより安い弁当はあるが、記者の食欲を考えて量が多いタイプにした。
 量的に物足りないものもあった。とりわけ70~75歳前後向けの「高齢者専門食」を前面に出したシニアライフクリエイト(東京・港)の「宅配クック ワン・ツウ・スリー」の弁当などは「高齢者でも少ないのでは」と思った。
 味で最高評価に近かったのが日清医療の「食宅便」。記者も多少料理をこなすが、豚肉と白菜の生姜(しょうが)煮、揚げ穴子と小松菜の卵あえ、クワイのゴマ味噌あえなど素人はとてもかなわない。
 おもてなし度は全般的に高かった。週5日も同じスタッフと顏を合わせていれば世間話もするし、料理・サービスへの注文を吸い上げる「絆」にもなる。(7月18日付)

専門記者の目~「見守り」もサービスの柱
 自治体などによる高齢者向け配食は要介護・要支援の認定が必要だったり、単身世帯に限定するなどと利用のハードルが高いのが実情。より手軽に注文できる民間各社や生協のサービスは味や栄養バランス、利便性を競う一方、実際に手渡し、安否確認をするサービスも売り物です。シニア記者が主要な7種類を体験・点検しました。」(
2014/08/04付「日経新聞」p27より)

この記事は「日経MJ」(2014年7月18日号)からの抜粋のようだ。この記事で比較したのは下記の7社らしい。
・ワタミタクショク「まごごろ御膳」
・日清医療食品「食宅便」
・コープみらい「舞菜弁当」
・タイヘイ「鶴御膳」
・セブンミール「日替り御膳」
・宅配クック ワン・ツゥ・スリー「普通食」
・まごころ弁当「普通食」

思った以上に、たくさんのサービスがある。エリアがどうなっているのは分からないが・・・

カミさんの旅行不在も含めて、男がひとりになってまず困るのが食事だろう、と思う。自分など、いつも感心している。世の妻たちは、毎日のメニューを、よくもまあ考えるものだと・・・。
「今日の食事は・・・」と、冷蔵庫に残っている食材と新たに買ってくる食材で、毎日3食分を作る・・・。これは大変なこと。毎日のことだと考えただけで気が遠くなる・・・。自分など、差し詰め料理の本の1ページから順に、書いてある通りにやって、残った食材は捨てる・・・位しかできないだろう。

前に足の悪い田舎のお袋が、食材の宅配を頼んだことがあったそうな。でも直ぐに飽きて止めてしまったとか・・・。でも週に1度届く市の弁当配達サービスは、楽しみにしていたという・・・
たくましい女性はどうにでもなろうが、男の場合は命のピンチになりかねない。その助っ人としての「高齢者向け配食サービス」は、老人ホームに逃げ込まなくても生きて行ける手段として、有用かも・・・。
先のお袋のように、「飽きる」などと贅沢は言わない。原因はともあれ、一人残された時に備えて、こんな情報もメモしておくことにした。

140804okyaku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月 3日 (日)

「終末期」何をどこまで・・・?

今朝の日経新聞にこんな記事があった。
終末期(2)何をどこまで 「延命治療」に課題
 治療によって病気が治り、元気を取り戻す可能性があるときに、治療の意義を否定する人はいないでしょう。では、病気の性質上、回復が見込めず再び元気な状態に戻らないと分かったときはどうでしょうか。例えば認知症は、現在の医療では回復は望めません。多くの場合、軽い物忘れから始まり、やがて外を歩き回ったり道に迷ったりします。通常、診断後5~10年以上たつと末期の寝たきり状態になります。
 この末期の状態で肺炎になったらどこまで対応すべきでしょうか。薬の服用にとどめる、点滴注射までするといった選択があります。認知症は回復しませんが、肺炎は通常、治療で改善します。同じように慢性の心臓や肺の病気も回復は困難ですが、一時的に悪化した場合、改善を目指してどこまで治療するかが問題となります。
 元気な状態への回復が望めない場合、「治療を開始しない」あるいは「治療を中止する」という選択肢もありえます。認知症の末期に、胃瘻(いろう)で胃に穴を開け栄養剤を注入してまで延命治療をしない、あるいは認知症がさらに進み、胃瘻をはずすというものです。心臓が止まりかけたときに注射を打ち一時的に動き出すようにするかどうか、という選択もあります。
 元気にならない状況で、病状改善を目指し、どんな治療をどこまで実施するのか。「延命治療」の難しい点です。(池上直己・慶応義塾大学医学部教授)」(
2014/08/03付「日経新聞」p14より)

終末期についての記事は色々あるが、自分はこの記事で「元気な状態への回復が望めない場合、「治療を開始しない」あるいは「治療を中止する」という選択肢もありえます。」という文言が新鮮に映った。
医師が書く記事で、「治療を開始しない」と言うスタンスは、今まであまり目にしたことがなかったので・・・。
こらからの時代、「病気はどんなものでも治す」「一日でも長く生かすことが医療の役割」、といった従来のスタンスは見直されていくのではないかと、思った一文だった。

先日、ある病院に見舞いに行った。入院している部屋は男女混合の7人部屋。部屋にはテレビもなく、皆がうつろな目をして寝ているだけ。つまり認知症の人を集めているような部屋に見えた。
他人のことをとやかく言うつもりはないが、もし自分だったら・・・、と考えると、「元気な状態への回復が望めない場合、「治療を開始しない」」というスタンスは非常に有り難いと思える。
もし毎日やることがあり、楽しくて、生きている甲斐があるのなら、一日でも長生きしたいと思うだろう。生きている意味があるので・・・。しかし、もし認知症や、回復が望めない場合は、いかに早く苦しまずに最期を迎えるか、にステージが移っても良いように思う。
手足を拘束してまでも点滴をして、数日間命を永らえることに何の意味があるのか・・・
北欧では、ある年齢以上になったときは、積極的な治療はしないとも聞く。

しかし自分がもしそのような状態に陥った場合は、その決定手段はもはや本人にはない。よって、生きている毎日が“本人にとってベターでは無い場合”は、何もしないで自然に任せる、ということを家族に頼んでおくしかない。
病院の一室を見て、益々“人間が死ぬのは大変だ・・・”と感じた。

140803kaibou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年8月 1日 (金)

「改憲を」19県議会、自民主導 意見書・請願、「日本会議」提唱

今朝(2014/08/01)の朝日新聞の1面を見て、驚いた。何と、県議会が改憲の請願を可決しているのだという。カミさんがいつも「記事が長過ぎる!」と言うが、この記事の動きは注視しておきたい。

「「改憲を」19県議会、自民主導 意見書・請願、「日本会議」提唱
 国会へ憲法改正の早期実現を求める意見書や請願が今年に入り19県議会で可決、採択されたことがわかった。こうした意見書、請願はいずれも初めて。新憲法の制定を掲げる運動団体「日本会議」が昨秋から国民運動として提唱し、自民党本部の要請を受けた同党140801kaiken1 会派が各議会で採決を主導した。
 意見書は地方議会で全会一致ではなく、主に多数決で決まり、法的拘束力はないが、地方から住民の意思として政府や国会の政策に反映するよう迫り、世論を喚起する狙いがある。
 東アジア情勢が厳しくなるなか、条文に家族観を反映させ、大規模災害などにも対応するため「新たな時代にふさわしい憲法」が必要とする内容。文言の違いはあるが、内容は似ている。
 日本会議は昨年11月の全国代表者大会で、全国の都道府県議会などで憲法改正の意見書の可決を促す運動方針を表明。大会に参加した石川県議が、日本会議の案文をもとに作成し、今年2月の同県議会で初めて可決された。これを受けて自民党本部は3月、「大規模な国民運動が不可欠」として、都道府県連に意見書の可決を促す文書を配布。その際、石川県の意見書を参考にするよう添付した。3月には6県議会で、6、7月には11県議会で可決。兵庫県議会は請願を採択した。他の議会でも秋以降に提出する動きがあり、さらに広がりそうだ。
 日本会議は、憲法改正によって日本の真の独立をめざすと主張。日本会議を支える国会議員懇談会の特別顧問である安倍晋三首相の政権下で、党幹部らへの働きかけを強めている。
 日本会議広報担当の村主真人氏は「憲法は生活に関わる身近な問題で、地域での意識づくりが大事だ。私たちの意思を国会へ届けていきたい」と話した。
 一方、憲法解釈を変更し集団的自衛権を行使できるようにすることに慎重姿勢や反対を訴える意見書も今年に入って約200の市町村で可決された。岩手、長野、岐阜、沖縄の4県議会でも可決されたが、ほかの26県議会では請願とあわせ否決、不採択とされている。(池尻和生、渡辺哲哉)

地方から改憲の声、演出 日本会議が案文、議員ら呼応
 今年に入り、早期に改憲を実現するよう求める地方議会の動きが目立ってきた。議決までの過程をたどると、安倍政権の足元で勢いづく改憲勢力の姿が見えてくる。
 国会論戦のようだった。7月11日、安倍晋三首相のおひざ元である山口県議会。
 「憲法をどう改正するのか具体的な議論を進める段階に入ってきている」
 議題は、自民系会派の議員らが提出した憲法改正を促す意見書案。自民党の友田有(たもつ)議員団会長はこう、正当性を強調した。
 反対派の議員らは「憲法解釈を変更する閣議決定はアジアに新たな緊張をつくり出す。いま憲法改正を議論すればさらなる緊張が高まる」と声を上げた。
 意見書は過半数を占める自民系会派などの賛成で可決。一方で集団的自衛権の行使容認に反対する請願は、不採択となった。
 こうした動きのきっかけは、昨年11月13日に決まった日本会議の運動方針だ。東京で開かれた日本会議全国代表者大会。「憲法改正への国民運動を一層強化し、国民投票で適正に判断できるよう、国民の啓発に努めなければならない」。国会議員や地方議員ら約800人を前に、会長の三好達元最高裁長官があいさつした。
 「全国に志を同じくする人が多数いる、そんな連帯意識を代表者大会で感じ取った」。運動の発火点は2月の石川県議会。その中心的な役割を担った中村勲県議はこう振り返る。大会に参加した後、日本会議が作成した案文を参考に意見書づくりを進めたという。

自民、国会発議めざしムード作り
 はじめは自民党本部と呼応したわけではなかった。が、本部もすぐにこの動きに乗る。石川が意見書を可決した後、日本会議国会議員懇談会の副会長を務める高市早苗政調会長は、「憲法について(都道府県連に)お願いできませんか」と党の担当者に依頼した。党本部は3月13日付で要請書を都道府県連に配布し、石川の意見書も添付した。
 日本会議は安倍首相の長年の「政策的ブレーン」でもある。首相の反東京裁判史観や教育、安全保障などの主張は、日本会議が掲げる政策と重なり合う。幹部の一人はこう打ち明ける。「我々の活動を中心的に実践してきた一人が安倍首相だ」。衆院では自民党をはじめ改憲勢力が発議に必要な3分の2を超え、参院でもそれに迫る。こうした政治状況は戦後初めてだ。
 自民党は4月から全国各地で党の憲法改正草案を党員らに説明する会合を頻繁に開いている。その場で船田元・憲法改正推進本部長らは、2年後の16年夏の参院選前までに国会発議を行いたいと強調する。
 日本会議熊本の多久善郎理事長は、今回は過去の運動に増して意味は大きい、と主張する。「意見書を通じ、議員や支援者の方にこの問題の理解を深めていただく。仲間が千人いるなら千人が本気にならないと、国民投票は勝利できない」
 日本会議が仕掛けているのは意見書運動にとどまらない。来春の統一地方選を見据え、改憲への大規模集会を各地で開く予定だ。朝日新聞が入手した内部資料には、意見書や請願の書き方、運動への質問に答える「Q&A」などの資料も盛り込まれている。憲法改正の意義を説明するDVDや、ポケットティッシュもつくった。
 「戦後、ずっと改憲を叫び続け、ようやく最大、最高のチャンスに巡り合った。こんな時代に巡り合ったのは幸せなんです」。6月16日、宮城県議会における自民党会派の勉強会。講師役の百地章日大教授はこう呼びかけた。
 日本会議はこの秋、全国3分の2を超える都道府県議会で、意見書の可決を目指している。

護憲派、危機感強める
 護憲派は、危機感を募らせている。
 憲法9条を守ろうと、2004年に設立された「九条の会」は各地で約7500になった。約200の市町村議会で集団的自衛権の行使容認への慎重・反対を求める意見書が可決した。
 今後は、運動をさらに強める考えだ。集団的自衛権の行使を認める閣議決定で「9条は骨抜きにされた」とし、改憲も現実味を帯びていると感じるからだ。同会は設立以来初めて統一の行動方針を決め、まず10月を「行動月間」とし、各地でデモや集会を開催。11月には東京で大規模集会も予定する。「我々も正念場。会の生命線をかけた運動です」(事務局長)
 また、民主、社民系などの地方議員らは6月、「自治体議員立憲ネットワーク」を設立。集団的自衛権の容認に反対する署名活動や地方議会での意見書運動も進める方針だ。(池尻和生、渡辺哲哉)

「真正保守」掲げる 安倍首相と重なる思想
 日本会議は、「真正保守の政治を実現する」(同会HP)ことをめざす国民運動組織。元号法制化を推進した作曲家黛敏郎氏(故人)らの活動を源流に、1997年、歴史・伝統の尊重140801kaiken2 や新憲法制定を掲げた「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」が統合して設立。「右派」「保守系」とされる団体では国内最大級の組織だ。
 会長は三好達・元最高裁長官。役員名簿には神社本庁や宗教団体の幹部、大学の名誉教授らが名を連ねる。事務局によると、個人会員は約3万5千人。全国47の都道府県本部のほか、地域に約230支部がある。「誇りある国づくり」を合言葉に、皇室敬慕の奉祝運動、愛国心の育成、靖国神社の公式参拝などの運動を展開。なかでも新憲法制定に向けた憲法改正は「日本会議の悲願」(幹部)とする中心的政策だ。
 また、日本会議を支えるため設立された超党派の「国会議員懇談会」には289人が参加。安倍首相と思想的に近く、集団的自衛権の行使を認める閣議決定の際にも、支持する見解を出した。役員名簿(4月現在)によると、安倍政権の閣僚では計8人が役員。民主党、日本維新の会、次世代の党などの国会議員も参加している。地方議員連盟には約1700人が参加し、ネットワークを広げている。」(
2014/08/01付「朝日新聞」p1、p6より)

「日本会議」について、wikiにはこうある。
「公式ホームページでは「美しい日本の再建と誇りある国づくりのために、政策提言と国民運動を行っている民間団体」と自称している。」
海外報道~その主張から、この団体を「右翼団体」や「日本最大級の国粋主義者団体」と評する意見が海外のマスコミにも一部ある。アメリカのニューヨーク・タイムズはこの団体を「ナショナリスト組織」とし、イギリスのエコノミストは「伝統的価値」への復帰と旧日本軍の悪行への「謝罪外交」の否定を主張する「ナショナリスト・シンクタンク」と報道したことがある。」(
wikiのここより)

上の「集団的自衛権を行使できるようにすることに慎重姿勢や反対を訴える意見書も・・・26県議会では請願とあわせ否決、不採択とされている」という部分について調べてみると、産経新聞に、こんな記事が見つかった。

閣議決定、地方の「支持」鮮明 「反対・慎重」意見書案38議会が否決 可決5を圧倒 早期改憲要求17
 集団的自衛権の行使を容認する政府の閣議決定に対し、47都道府県議会と20政令市議会のうち、今年に入って38議会が閣議決定に反対・慎重な対応を求める意見書案や請願を否決、不採択としていたことが14日、分かった。意見書の可決は5議会にとどまり、半数140801kaiken3 以上の議会で政府への支持が表明された格好だ。早期の憲法改正を求める意見書も18議会で可決された。
 各地方議会のホームページの議事録などを基に今年に入ってから今月14日までの採択状況を調べた。その結果、行使容認の閣議決定に関し、反対・慎重な対応を求める意見書案を否決したのは25議会。同様の意見書案の採択を求める請願・陳情を不採択や不了承としたのは13議会だった。
 意見書案の大半は共産党議員らが提出しており、自民党議員らの反対で否決となったケースが多い。福島県議会は行使容認反対の意見書案を否決した一方、行使容認を支持した上で「国民への十分な説明」を求める意見書を可決。北海道議会は3月に続き7月も反対の意見書案を否決している。札幌市議会は昨年12月には反対の意見書を可決したが、今年5月は否決とした。
 逆に、明確に行使容認反対の意見書を可決したのは岩手県議会のみで、長野、岐阜、沖縄の3県議会と新潟市議会は慎重な対応を求める内容だった。岐阜県議会では自民党議員が提案者となって可決された。
 一方、憲法改正の早期実現を求める意見書を可決したのは18議会に上った。日本を取り巻く安全保障環境の変化などに対応した新しい憲法を求める内容で、提案されながら否決したのは堺市議会のみだった。
 集団的自衛権の行使容認に反対・慎重な地方議会については、一部のメディアが今月1日の閣議決定前に盛んに取り上げ、「地方議会で異論相次ぐ」(6月30日放送のNHKニュース)、「地方黙っていない」(毎日新聞6月28日付朝刊)と報じていた。ただ否決した議会の数には触れていなかった。」(
2014/07/15付「産経新聞」(ここ)より)

相変わらず、どちらも各紙の政治スタンスが、文脈に如実に表れていて面白い。
それにしても、「戦後、ずっと改憲を叫び続け、ようやく最大、最高のチャンスに巡り合った。こんな時代に巡り合ったのは幸せなんです」という言葉は、何ともリアル・・・
しかし結果として、国民が選んだ多数議員が「改憲」への道をひた走っている・・・。

何度も言うが、自分は政治的イデオロギーなどは無い。いわゆるノンポリ。でも「人を殺してはいけない」「戦争をしてはいけない」・・・。ただそう思っているだけ・・・。

しかし、「茶色の朝」(ここ)が日本でも着々と近付いているようだ。
それに対して、我々が持っている手段は、選挙の1票だけ。その使い方によって、子どもたちの未来が変わってしまう・・・。
この所、ニュースで持ちきりの長崎県佐世保市の高1同級生殺害事件。加害者の「人を殺してみたかった」という言葉が、国中を恐怖に陥れている。
それと同じ国民の感性で、“戦争が出来る国”にひた走っている政治の動きを、何とか止められないものだろうか・・・。

140801kanabun <付録>「ボケて(bokete)」より

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