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2014年6月11日 (水)

「老後の健康 歩いて外出できる体力を」

先日、こんな記事を読んだ。
「(私の視点)老後の健康 歩いて外出できる体力を 山田佐世子
 「団塊世代」が、10年足らずで75歳以上の「後期高齢者」となる。その後の人生の明暗は「歩いて外出できる体力の維持」にかかっている。家事をこなし、公共の乗り物で移動し、スーパーで買い物ができれば、一人暮らしも可能だ。外出できれば、近所の人とも交わり、草花や風のそよぎに季節を感じ、心も豊かになる。買い物をすれば計算もする。歩けなくなると一挙にそれらを失い、医療・介護の対象になる。
 私は健康運動指導士として地域で健康指導をしている。ある市で、将来介護を受ける生活が予想される市民対象の「介護予防教室」で運動指導をした。ストレッチと簡単な筋トレだったが、毎週1回でひと月もすると「手すりに頼らず階段の上り下りができるようになりました」とうれしい声が聞かれ、体力テストでは全員改善の結果を得た。
 だが、健康運動指導士、看護師など要員5名、バスでの送迎など経費がかかり、期間は週1回3カ月のみ。終了すると、体力低下は顕著だった。
 心身を動かさないと老化は加速する。そのターニングポイントは、男性の場合、定年退職時にある。ここで手を打つには、いわば「大人の義務教育」のような場が有用と考える。「定期的に歩いて外出する場」を提供し、地域とのコミュニケーションの構築、健康・調理など知識と技術を習得することを目標とした授業をしてはどうだろうか。
 歩いて通えることが前提なので、65歳前後の1~2年間、半日程度のコースで週に2回くらい学区の小中学校の空き教室に集まってもらう。全員参加は、ホームルームと健康講座くらいにしておいて、パソコン、園芸、手芸などカリキュラムは工夫次第、講師もメンバーの中から出てくるだろう。栄養の整った学校給食を食べれば、筋力低下予防にも効果があるはずだ。
 自治会などで対象者全員に声がけするが、親や孫の世話、仕事や趣味を理由とする不参加は可とする。だが出欠届は義務とする。元気だけど、自ら積極的に出向かない人々を集めることで、点と点がつながり面となれば、子育てや介護、防災の一助にもなり、地域に飲み仲間やゴルフ友だちもできるだろう。終了後に自主活動が継続すれば成功だ。地域差はでるだろうが、医療費や介護費の削減に向けて、市町村でこのような「大人の義務教育」に取り組むことはできないだろうか。(やまださよこ 健康運動指導士)」(
2014/06/06付「朝日新聞」p15より)

言われるまでもなく、足は大事。足が悪くなると、自立が不可能になる。つまり他人の力を借りないと生きられない。
だからと言って、上の記事にある「大人の義務教育」も少しやり過ぎ!!? いや自分のような出不精には、好都合の制度かも・・・!?

先日の、84歳になる叔父が電話で言っていた「車椅子になったら最後」という決意もそうだが、我々もそろそろ足の健康について、何か考えないといけないかも・・・
自分は、“たまたま現在は”足の痛みはない。かと言って、足に良い運動をしている訳でもなく、やはり“たまたま”・・・

この所、パソコンでデータが管理できる万歩計を買って、ズボンに付けている。しかし、会社に行っている日でも、6000歩に届かない。1万歩は結構大変。しかし、自分に釣られて同じように万歩計を付け始めたカミさんは、常に8000歩ほどは行っている。家事でも常に歩き回っているということか・・・

最近、「生老病死」を意識する。まさに我々は老から病への段階に差し掛かっている。先頃両親が逝って、自分たちにかかっていた天井が無くなった。老病死がだんだんと近く感じる。
もちろん体力も落ちている。一番分かるのが、ラジオ体操。テレビに録画しておいた朝の「テレビ体操」という番組を、たまにカミさんと一緒にやるのだが、とにかく手の重さでフーフー。今まで、ラジオ体操をしていて、手の重さなど、考えたことがない。それが何と、今は手が重いのだ・・・!!
当サイトを検索してみたら、1年前に「家でラジオ体操を始めた~「1日40分動けば達者に」(ここ)という記事を書いていた。それをケロッと忘れて、改めて今、テレビ体操の事を書いている・・・。でも、少なくても1年前はラジオ体操をしても、手が重いとは感じていなかったことは分かる。それが今は・・・
そろそろ意識的に自分の体力保持について考えないといけないな・・・。(直ぐに忘れると思うけど)そう意識するこの頃である。
(来年の今頃、また「ラジオ体操を始めた!」ナンテ言う記事を書くのだろうな・・・)

●メモ:カウント~590万

140611key <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

 古希が近くなって確かに足腰の衰えを感じるようになりました。好きな山歩きも回数が減っていますし、本人は走っているつもりなのに、気が付くといつの間にか、歩いています。
 習慣付けて毎日コツコツと歩くということが苦手な私は目標を設けたりイベントに便乗するという形になりがちです。 
 その一つ、東海道53次歩き旅も6月2,3日に京都3条大橋までの50KMを歩き終えました。
感想は?あつかった!!3条で食べたコーヒーシャーベットがうまかった。
次の目標を探し始めています。も一つの目標は75歳まで杖を持たずに山を歩くことです。
 歩いても歩いても一向に減らない体重を気にしつつ中山道のガイド本を図書館から借りてきました。

【エムズの片割れより】
何よりも“実践”が立派ですね。
何でも、目標を持つと良いのかも知れませんね。そこで自分なりに達成感を味わう・・・。
自分も何か目標を持つようにしたいと思います。

投稿: todo | 2014年6月12日 (木) 03:16

他人に頼らない自立の為の運動など大変結構であるが、如何に努力をしていても、何時病気や事故にあい、寝たきりになる可能性は誰にでもある。

その時の話として、一種の「自死」を方法論的に法律的に医学的に議論すべきではないか?
これからの医療費、介護費、年金等が若い人の肩に重くのしかかるのは忍びない。生物としての人間は生殖能力が無くなったら存在価値はあるのであろうか?

それでも生きて居たいという人に特に異論はない。

【エムズの片割れより】
いわゆる「安楽死」については、当サイトでも何度も取り上げてきました。
http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/187-9846.html
など・・・。(左上の検索窓に「安楽死」と入れると過去記事が色々出て来ます)
これから誰もが「老病死」の段階に入ります。そのときに、家族に多くの負担を強いない、と誰が言えるか・・・
それを意識せざるを得ない世代にとっては、他人事ではありません。

投稿: こうちゃん | 2014年6月13日 (金) 12:20

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